Coolier - 新生・東方創想話

美味しい紅茶を飲みましょう

2010/11/21 03:07:48
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「あるがままに」「ベッドの上、枕の下」の続きになります。
そちらを先にお読みいただけたら、幸いです。



  朝から嫌に騒がしかった。いつもならコーヒーの一杯でも入れてくれる小悪魔は図書館の何処にも見当たらないし、窓の外に見える妖精メイドたちは、みんなせわしなく走り回っている。
 極めつけが
「パチュリー様!」
 これだ。
「大変です!」
 扉を開け放った美鈴は勢いそのままにバランスを崩し、前のめりに転がり込んだ。頭に乗っけた竜の帽子がふわりと浮かび、手元に開いていた本の上に舞い落ちる。パチュリーはため息一つ、落ちた緑の帽子を手に取り、頭を抱えながら声にならない声を上げる美鈴を見やる。ふと、ずっと昔にココの常連だった白黒の魔法使いの事を思い出した。彼女が来なくなってもう何年たつのだろう、彼女が本をとるたびに口にしていた『死ぬまで借りていくぜ』という言葉は、すでに事実のモノになってしまった。彼女の元に在った私の本は、随分前に―あの何とかという―古道具屋の店主によって、もと在った場所にその身を潜ませている。
「職務怠慢ね」
 パチュリーは無造作に帽子を投げ、パチリと、指を鳴らす。目には見えない魔の力によって威圧された風の流れが、帽子を元の場所へ、美鈴の頭の上へと戻す。
「飛んでくるナイフが無くなったからって安心してると、私がソレよりも痛いものを投げるわよ」
「そんなことより!」
 美鈴は立ち上がり、量のコブシを胸の前で握って、パチュリーの瞳を見つめる。そのバランスの取れすぎた体も、濁りの無い瞳も、そんなことよりで忠告の言葉を流したことも、そろってパチュリーのこめかみをちくちくさして、眉をひくつかせる。
「大変なんです!」
「うるさいわね、そんな近くで叫ばないでくれる?」
「だって!」
「用件を言いなさい。短く、静かに。じゃないとその口ふさぐわよ」
「お嬢様が!」
 レミィが? とパチュリーは呟いた。相変わらず静まらない声に眉をひそめ、それでも美鈴の訴える瞳から目を逸らすことはなかった。パチュリーの膝の上に置かれた料理書は教える気なんてこれっぽっちも感じさせない文体で葉の蒸し方を書き連ね、二人きりの図書館はどんな些細な音さえも本の隙間へ抱え込んでいるようだった。騒々しい朝はやっぱり騒々しいままで、開けっ放しの扉からは、どこかでみたようなメイド服を抱えた妖精メイドが、足音荒く走り去っていった。

 はじめにパチュリーの事に気付いたのは小悪魔で、手に持った箒を止め、
「あれ? どうされたんですか?」
 と小悪魔は尋ねた。首をちょこんと傾け、部屋の前でぽかんと立ち尽くす美鈴とパチュリーを交互に見比べている。普段は見慣れないエプロンを身につけ、その紅い髪はアップにまとめてピンで留めている。ほこり舞う部屋の空気に、パチュリーは手の平で口元を押さえた。その隣を、四人がかりでクローゼットを持ち上げた妖精メイドが通り過ぎていった。
「連れてこられたのよ」とパチュリーは美鈴を親指で指し示す。「止めて下さい、て」
 はぁ、と小悪魔は曖昧にうなずいた。美鈴は家具が運び出され形を変え行く部屋を呆然と見つめ、そしてパチュリーは不快感を眉間の皺に寄せながら、部屋の中に一歩踏み出した。
「ほらほら、そこしっかり手を動かしなさい。小悪魔、何休んでるのよ。ちゃっちゃとやらないと、今日中に終わらないじゃない」
 部屋の真ん中、質素なベッドの上。
 この間まで悲しみにしおれていた漆黒の羽はその先端を天に向け、数百年変わらない幼い掌は腰にあてがっている。古いベッドの上で仁王立ちになった紅い館のお嬢様は、真紅の瞳で妖精メイド達がひしめく部屋を見渡し
「あら、パチェ」
 大して驚いたそぶりも無く、旧友の存在を見止める。「おはよう」
「おはようレミィ」とパチュリーは言う。名前を呼ばれた小悪魔が、せかせかと床を掃き始める。「朝から随分ご苦労ね。朝日は体に毒よ? 布団の中で包まっていなくて、大丈夫?」
「パチェこそ、喘息持ちにはこの部屋の空気はきついんじゃないかしら? 早く図書室に帰って本の空気を吸わないと、肺が埃にやられちゃうわよ? あ、小悪魔は借りてるから、よろしくね」
 久しぶりだった。こんなやり取りは。押せば倒れるようなこの間の後姿が、うそのようだ。――もしかしたら、『彼女』がいたときより背後に背負った威厳が、強くなっているかもしれない。
「それは構わないけど――」小悪魔が助けを求めるような目付きで、パチュリーを見つめた。「これは一体何の騒ぎ? うるさくて、本もろくに読めやしないわ」
「見ての通りよ」
 レミリアは不適に笑う。口の端から飛び出した八重歯を光らせ、運命を見据えるその瞳をすっと細める。
 と、小さなその胸に、見慣れた銀の懐中時計があることに気がついた。どうして今の今まで気づかなかったのだろう? 彼女にとってその時計は無骨で大きすぎるというのに、まるで生まれたときからそうやって首に下げているみたく違和感というものを感じなかった。
「部屋の片付けよ。どれもコレも古くなってるから、いっそのこと捨てちゃおうと思ってね」
 へぇ、とパチュリーは呟いた。そういう彼女の後ろを、腕一杯に衣服を抱えた妖精メイドが通り過ぎていく。その中には、懐かしいあのメイド服も含まれていた。持ち主がいなくなり、もう何ヶ月もクローゼットに押し込まれていたソレは、うっすらと芳香剤の香りがした。『彼女』の香りはこれっぽっちも、漂ってこなかった。
「何? パチェ、何か言いたいことでも?」
 妖精メイドの後姿を追っていた視線を、目の前に戻す。腰に置かれていた手は体の前で組まれ、ベッドの高さ分、パチュリーを見下ろしている。
 パチュリーが口を開き、言葉を発する前に
「あるに決まってます!」
 美鈴が視界の先に割って入る。声を張り、自分よりも強大な力を持つ幼いご主人を見据える。
「何を考えてるんですか! ここには何もかもが詰まってるんですよ? いた証も、思い出も。それを捨てるだなんて……どうかしてます! お嬢様、考え直してくださ――」
 パチリと
 指を鳴らす音が響いた。
 美鈴の言葉が、次第に小さくなっていく。まるで散らかしたクッキーの欠片をかき集めるように、宙に吐き出された意思ある言葉がその大きさをすぼめていった。美鈴は口を開けっ放しのまま、心底不思議そうにかすれた息ばかりを吐き出していた。まん丸に開けた口は、なんでと動いていたが、その言葉さえ、空気を震わすことは無かった。
 パチュリーが、美鈴の肩に手を置く。振り返った戸惑いの顔に向け、人差し指を唇に押し当てる。戸惑いの顔は不満げな顔に変わり、
「静かに、私が話すわ」
 パチュリーの言葉で、再び戸惑いへと戻る。
「レミィ、あなたが決めたこと?」
 向き直り、変わらず自分達を見下ろすレミリアに声をかける。部屋にいる妖精メイドたちは手を止め、ことの成り行きを見守っている。日の光が窓際に差し、微小の埃を白く輝かしていた。
「勿論」
「後悔はしない?」
「愚問ね」
「はっきり答えなさい」
「しないわ」とレミリアは言った。「決めたの、迷わないって。自分で決めたんなら、その道をまっすぐ行こうて。あったかもしれない楽な道の事なんか考えずに、振り返って足跡ばかり見ないように。だってここは――」
「ココは紅魔館で、あなたは当主だから」
 レミリアは大きく瞳を開き、そして次の瞬間には何よりも安らかに、笑った。『彼女』がいたときよりも、ずっとずっと安らかで、けれど大人びたものだった。
「……一つだけ、聞いていいかしら?」
「それも愚問だと思わない?」
 くすりと、パチュリーは笑った。未だ口を聞けない美鈴が、もどかしそうに二人を見つめていた。
「まだ、十五夜の月に飛び込みたくなる?」
 いいえ
 レミリアは、即答した。
「そこは、私がいるべき所ではないもの」
 そう、とパチュリーは頷いた。そして美鈴の腕を引っ張り、扉へと向かった。妖精メイドたちが道を開け、美鈴はたたらを踏みながら、付いていった。
「――そうそう、最後にもう一つだけ」
 と部屋の出口で立ち止まり、幼い影を振り返る。
「その時計、よく似合ってるわ」

 パチンと再び指を鳴らすと、失われた美鈴の声がよみがえってきた。二、三度咳払いをし、意思どおりの言葉が突き出るのを確認すると、
「――」
 何も言わず、廊下の壁に背を預け座り込んだ。だらんと脚を投げ出し、パチュリーをジトッとした目で見つめた。
「あら、不満そうね」
「別に」とだけ美鈴は言った。窓の外に広がる、すんだ青空を見つめていた。
「仕方ないわよ、あの子が決めたんだから。私たちがどうこう言う事じゃないわ」
「そうですけど」美鈴は投げ出した足を、腕の中に抱え込む。腕に顔をうずめ、瞳を閉じる。「そうなんですけど……」
 閉じたまぶたの裏に何を映し出しているのか、なんとなく、パチュリーは想像がついた。生きる時間が違いすぎる彼女との隙間を埋められるのは、唯一、やさしい思い出だけだとパチュリーは知っていた。けれどそれにしがみつきすぎると、自分自身があっけなく折れてしまうことも、パチュリーは知っていた。
 忘れちゃったんですかね、
 小さく、美鈴は呟く。
「ここにいたことも全部、忘れちゃったんでしょうか」
「忘れることにしたのよ、きっと」
 上から覆いかぶさるパチュリーの言葉に、美鈴はすっと瞳を細める。今にも泣き出しそうなほど潤んだ瞳を、袖にこすりつけた。
「幸せをくれたこと以外は」
 美鈴は顔を上げる。
 太陽を背にしたパチュリーは、光の縁取りをされていた。影に沈んだその体からは、彼女がいた時のような、やさしげな雰囲気に包まれていた。
「レミィらしいじゃない。意地っ張りで、自分勝手で。けど、それがきっとあの子の望んでいた姿だと、思うわ。だってあの子が生涯仕えたのはそんじょそこら吸血鬼じゃないわ。レミリア・スカーレットなのよ」
 パチュリーはレミリアの胸にぶら下がった無骨な銀の懐中時計を思い出していた。その中で時を刻む、か細い秒針を想像していた。無数の歯車が互いに重なりあう、複雑な中身を思っていた。円の中で一秒一秒を積み重ねる時計を、それを胸に紅魔の主として不適に微笑むその幼い美貌を思い浮かべていた。
「あなたも、そう思わない?」
 美鈴は何も答えなかった。けれどその顔に浮かんでいた不満は、すでに塵芥となって消えていた。美鈴は立ち上がり、肩口と瞳に溜まった涙をぬぐった。口をへの字に閉めて、そっぽを向いていた。
「さ、大丈夫なら、フランを呼んで来てくれない? 食堂へ、なんとしてでも連れてきなさい。扉を壊しても、何しても構いはしないから」
 美鈴は振り向き、死にに行けと宣告した本人を見つめた。
「なぜですか?」恐る恐る、美鈴は尋ねた。
「決まってるじゃない」自信に満ちた表情で、パチュリーは答えた。
 思い出していたのだ。昔の事。ありふれた毎日。日陰のテラス、白いガーデンテーブル、鮮やかに透き通った紅茶、届かない脚をぶらぶらさせるレミリア、後ろで微笑むあの子、隣の椅子に腰掛け分厚いページをめくるパチュリー、門を守る美鈴は午睡に誘われ、わがままな妹様は大好きな姉と一緒に紅茶をたしなむ。図書館にはこそ泥の白黒がしめしめと本をせしめて、遠くの神社にはどこかの紅白が空っぽの賽銭箱でも覗き込んでいただろう。空には今と同じ真っ白い太陽が浮かんで、澄み切った空には雲ひとつ無い。ココはどこと聞かれれば、みんなが口を揃えてこう答える。
 幻想郷
 と。
「みんなで、美味しい紅茶を飲みましょう」
お読みいただきありがとうございます。
「あるがままに」「ベッドの上、枕の下」の続きになります。

 一つにまとめろ! とおっしゃる方もいらっしゃるかと思いますが、話の構成上どうしても別々の話としてお読みいただきたいと思い、3つに分けました。ご理解いただけたら幸いです。
 
スイ
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コメント



0.1840簡易評価
13.100奇声を発する程度の能力削除
感動しました…もうこの言葉しか思い浮かばない
14.80名前が無い程度の能力削除
ふっくらした描写ですね。ぬくもりと切なさが行間からにじみ出てくるようです。
パチュリーさんはいいひとだなあ。
15.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしかったです
26.100名前が無い程度の能力削除
三部作、三つともすばらしかったです。
読んでみて、一つにまとめなくて正解であったと私は思います。ありがとう。
29.100名前が無い程度の能力削除
終始綺麗な空気がありました。赤みを帯びた、夕焼けのような透明感。そりゃ死人にはかないませんもの、願われたのであれば叶わせなければ。
32.100幻想削除
3つに分かれてることはむしろGJです。
1つ作品を読み進める毎にこみ上げてくるものがありました。
なにより美しかった。
幻想郷に幸あれ・・・・。
36.100名前が無い程度の能力削除
じんわりと涙が出ました。
それぞれに分けていただいていたおかげで、一つ一つの場面がじっくりと心にしみこんできました。
よい物語をありがとうございました。
37.100名前が無い程度の能力削除
ゆっくりと、でも確実に過ぎていく幻想郷の日々…
その一コマを垣間見たような気がしました

気付いたら目から水が…
44.100名前が無い程度の能力削除
止まって、振り返って、歩き出す
3つに分けたのは正解だと思います