さとり様に呼ばれた。
最近は特に悪戯もへまもやっていないはずだから、お叱りじゃないと思うんだけど、だとしたら厄介事かいつもの発作(肉球触りたい)かなぁ。
さとり様の部屋にノックをして入る。
「お呼びですかさとり様」
「ええ」
椅子に座って編み物をしていたさとり様は、手を止めてメガネを外してからあたいの方を見た。
「実はあなたに折り入って頼みたい事が有るのです」
厄介事の方かぁ。さとり様って折り入って頼みたいとか妙に畏まった言葉を使うからすぐ分かっちゃうんだよなぁ。
逆に肉球を触りたい時もすぐに分かる。いらっしゃいとか言いながら両手をわきわきさせてるから。
(そう言う時は、ええい死なばおっぱい!と飛び込むようにしているけど)
「ふむ、厄介事の方かぁ、ですか」
げ、心を読まれてしまった。
「い、いえ、決して本心でそんな事思っては」
「いますよね」
「うぅ、はい」
「素直でよろしい」
「ところで、五徳や鳴釜を知っていますか」
「五徳ってあの鍋とかの下に置く丸い奴ですっけ、鳴釜は付喪神ですよね」
「そうです、実はその五徳も付喪神や妖怪変化になる場合が有るらしいのですよ」
「へー。まぁ、物である以上は付喪神になる事はあるでしょうけど」
と、さとり様の手元を見ると小さめの本が握られているのに気が付く。
「何ですかその本」
「ああ、これは付喪神になった五徳が描かれた本です」
「なるほど、もう何となく分かりました」
さとり様とも長い付き合いだから分かる。
言わずもがな、その本に書かれた妖怪をペットに欲しいと言っているのだ。
「理解が早くて助かります、頼りにしていますよ」
「分かりましたよ、もう。それじゃ、一応その本見せて貰って良いですか?参考にはしておきたいんで」
「この部屋で見る分には構いませんよ、はい」
と、本を貸りてさとり様が欲しがっている五徳や鳴釜を見てみる事にした。
それにしても、ただの五徳ならともかく、付喪神化した五徳なんて見た事無いなぁ。
鳴釜だって名前しか聞いた事無いし。
・・・
「可愛い……」
よくある妖怪ものの本と言えばそうだけど、とにかく出て来る妖怪の類が可愛かったりぶっとんでたり。
五徳も鳴釜も付喪神のようで、五徳は猫の格好に五徳を腹に巻いてて、鳴釜も(多分)猫の頭に釜を被っている。
「でしょう、もうそれを見た時からペットに欲しくて欲しくて」
と興奮気味に両手をグーにして熱っぽく語る。
こんなペット欲丸出しのさとり様久しぶりだなぁ。
「ついでに言うとこの閑古鳥も欲しいんですが、さすがにこいしに反対されると思いますので」
「でも来たら入れますよね」
「う」
閑古鳥は鳥の格好をしてて、こいつは喋れないけど人の言葉は理解出来るみたいだ。
住み着かれると客足がなくなって商売も立ち行かなくなるから縁起物を置いて入れないようにするらしいけど、縁起物を蹴り飛ばしてでも招き入れるさとり様の姿がありありと目に浮かぶ。
「そう言えば、このヤタガラスって、同じ名前の奴がうちにも居るんでしたね」
この本では紙に書かれたカラスが妖怪化した奴にヤタガラスなんて名前が付いている。こいつは人化も出来るようだ。
「ああ、うちのは黒くてテカテカ光って何考えているのか分からない一つ目の妖怪変化ですけどね」
何気にひどい事言ってないかなぁ。一応神様のはずなんだけど。
「お燐、地底に神など不要ですよ。とにかく今必要なのはこれです」
ずずい、とその本をあたいの顔に近付ける。
「分かりましたから、近いです」
「まぁ、それはそうと五徳と釜を用意しました」
「はやっ」
こう言う時のさとり様の行動力は半端じゃ無いなぁ。
「見た感じ普通の五徳と釜ですね」
「ええ、これは付喪神では無いですね」
「じゃあ、何に使うんですか?」
「それは勿論」
何だろう、嫌な予感しかs
「猫になって被って下さい」
うわぁ、良い笑顔。すっごい期待されてる。
頭が痛い。
・・・
「と言うわけなんだけどさ、お姉さん何か心当たり無い?」
「知らないわよ異変以外の事なんて」
地底での聞き込みは思った通り空振りだったんで、地上に出て聞いて回ってるけどやっぱりこんなもんだろうなぁ。
人里でも付喪神なんて珍しいから見た事無いって話ばっかりだったし。
「うーん、ここも駄目かぁ、一応神様の事だから割と期待してたんだけどなぁ」
「だから、異変とお賽銭以外の事を聞かれても知らないっての」
「そっかぁ。んじゃ魔法使いのお姉さんたちにでも聞いてみる事にするよ」
「そうしなさい」
あ、そうだ。付喪神なんて祀ってないだろうけど、一応ここも神社なんだしお賽銭だけでも入れておくかな。
さとり様も形から入る事で出来る事も有るって言ってたし。
どうせ使わないからと、拾った地上のお金を賽銭箱に入れてお祈りする。
(どうか付喪神のペットが見つかりますように)
祈り終わって、さて次に行こうかとした途端、急に肩を掴まれて無理やり180度回転させられた。
「な、何だいお姉さん」
何か震えているみたいだ。
「お賽銭は」
お賽銭は?何かやり方間違えてたのかな。
さすがに酔っ払ってお賽銭入れながらクックロビン音頭踊ってたさとり様ほどじゃないとは思うけど。
「お賽銭は信仰の形よ、お賽銭を入れたと言う事は信仰されたと言う証」
「え、えっと、つまり?」
「信仰された神様はその信仰に応える必要がある。任せなさい、何件か心当たりを『思い出した』わ」
うわー、都合の良い神様だなぁ。いや、巫女か。
ま良いか、この際頼れるものは頼っちまおう。
「そいじゃあ頼むよお姉さん」
「よし、ついて来なさい」
・・・
「と言うわけで付喪神を頂戴」
森の近くでやっている何でも屋みたいなところがあるから、とそこに同行した。
巫女のお姉さんは早速付喪神が商品として無いか確認してる。
店主はふぅ、と溜め息をついて読んでた本を置いてこっちを見る。
「無いよ、ここには」
「何ですって?」
「無い。大体、付喪神になられると勝手に動かれて困るから、そう言うのは余程の物じゃなきゃ仕入れないようにしているんだよ」
「全くいつも通り頼りにならないのね」
「そう言う事はツケを払ってから言って貰いたいものだね」
「やっぱり無いかい?」
確かに動き回る商品なんてなかなか揃えてられないだろうなぁ。
「まぁ、ここは品揃え悪いしね、店主もやる気無いし」
「だからそう言う事はツケをだね。いや、待てよ。付喪神と言えば」
「何?何か知ってるの?」
「この前山に来た神が、宴会の時に付喪神について話していたよ、内容までは覚えていないけど」
「あー、山の神様って言えばお空に神様をくれた奴だっけ」
神様の事は神様に聞いた方が早かったかな。
「ありがと霖之助さん、んじゃ山に行くわよ」
「あ、ちょいと待ってよお姉さん」
店を出て行くお姉さんに慌てて付いて行く。今度は山らしい。
・・・
「ふむ、付喪神か」
「そう、居るんなら出して欲しいんだけど」
巫女のお姉さんは神様に頼んでる。
いつもはやる気無さそうだけど、お賽銭一つでこうも変わるもんだ。
「残念ながら、付喪神は物に付くんでね、こっちに来る前は幾らか知ってる奴も居たんだが」
「さすがに一緒には来てないって事ね」
「そう言う事。まぁこっちでも気配はするから居るには居るんだろうが、物によっては誰か居る時は出て来ない奴も居るし、道具に徹する奴も居るしな」
「居たとしても、そうそう人前には姿を現さないって事かぁ」
付喪神が居たとしても、気付かない可能性も有るんだ。
「しかし、何でまた付喪神なんぞ探してるんだい」
「えーと、実はごにょごにょ」
と、さとり様からの頼まれ事と、経緯を説明した。
神様は膝を叩いて笑っている。
「はっは!愉快じゃないか、可愛いから欲しいとは。よし、悪意は無いようだし教えても良いだろう」
「え、付喪神に会えるのかい?」
「うむ、お前さんのところにも古くから使われている道具は有るか」
「あ、ああ、そりゃ倉庫に打ち捨てられてるような物も含めたら、それこそ数え切れないくらい」
「そうか、それは都合が良い。こっちが何もしなくても百鬼夜行に会えるかも知れないな」
「百鬼夜行に?」
「ん、ああ、百鬼と言っても鬼や妖怪だけじゃないのさ、時代が下るにつれて付喪神の百鬼夜行も出るようになったんだ」
多分、あたいが怪訝な顔をしていたので、そう付け足してくれた。
「今度の辰の日に、気付かれないようにその倉庫を見張っていると良い。しかし、百鬼夜行は荒御霊の仕業だから気をつけるんだな」
「そこで何が起こっても責任持たないって事だね。それでも良いよ、付喪神の百や二百ならどうにかなるだろうさ」
「ま、どうにもなりそうになかったら、念仏でも唱えるんだな。あいつら何故か仏法には弱い事になってるから」
妖怪が念仏って。
こっちまで何かひどい目に会いそう。
「とりあえずやって見るよ。ありがとうね神様」
「何、神と触れ合おうと言うのは私らにとっても都合の良い事でね、こちらとしても願ったりなのさ」
これで一応目処は立った。
後はさとり様に戻って報告するだけだ。
「これで解決かしら」
「ああ、お姉さんもありがとうね。助かったよ」
「良いって事よ、何か困った事が有ったらここより博霊神社にいらっしゃい、お賽銭持ってね」
「ああ、お賽銭は持って行くようにするよ」
そりゃあんだけ扱いが違えば持ってこうと思うよ。
・・・
「出ますかねぇ」
「出る。と思いますよ、あの倉庫も放置して長いですし」
神様に指定された日の夜、さとり様と例の倉庫を見張っていた。
この倉庫、地霊殿から微妙に遠くて普段誰も来ないし、付喪神が居ても気付かなかった可能性は確かにある。
「いやぁ、しかし冷えますね、毛布用意しといて良かったですよ」
「暖房はここでは使えませんからね、備え有ればという奴です」
あたい達がどの辺にいるかと言えば、倉庫から少し離れていて、しかも倉庫からは死角になる位置。地霊殿の建物の角だ。
もろに外なわけで遮蔽物も無いから寒い寒い。
因みにあたいは猫に戻ってて、毛布に包まったさとり様に抱かれてるから寒さは問題無い。
暖かいし良い気分だし、猫やってて本当に良かったと思う瞬間だ。
「む、出たようですよ」
さとり様のサードアイに反応が有ったみたいだ。
「行って見ましょうか」
「ええ」
倉庫にそっと近付いて中を覗いてみると、居る居る。百鬼夜行の名も伊達じゃない。
けど、妙に気になる事が。
「猫と鳥に化けたのばっかりですね」
「恐らくここのペットの妖力を元にしているのでしょう」
「なるほど、付喪神と言うより妖怪変化の類ですね」
「そちらが近いかも知れませんね」
古びた台の上に立ってリーダーらしい猫変化が話をしている。
「諸君、我々は打ち捨てられた道具である!謂れなき謗りを受けた物、流行りで作り出され飽きられた物も居るだろう。どんな理由があれ、捨てられ朽ちて行くだけの道具、これは動かしがたい事実だ。しかし、我々はこうして魂を得る事が出来た!神は我々に何をせよと言うのか?」
「復讐!」
「そうだ、神は我々にこのような仕打ちをした者に復讐をせよと言っているのだ」
「おぉ、何かすごい物騒な演説してますねぇ、ってさとり様!?」
さとり様は正面に回りひょいと倉庫の入り口を開けて、何でもない顔でつかつかとその演説の中に入って行く。
「あっ」
と、さすがにこっちに気付いた付喪神たちは蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げて行く。
一匹、演説に夢中で気付かない猫を除いて。
「で、あるからしてだ」
ちょいちょい、とさとり様がそいつの背中を押す。
「何だ!今良いところなの、に?」
「こんばんは」
振り向いた付喪神に挨拶をする。
「よ、よよよ、よよ」
「よよよ?」
「妖怪だぁー!」
あ、今気付いた。
今更逃げようとしてるけど無駄だろうなぁ、この距離でさとり様から逃げられた奴は居ないから。
ほら、縄で雁字搦めにされてお終いだ。
「く、こんな事をして仲間が黙っていると思うのか!」
「お仲間でしたら、あなたのためにHail to you(汝に幸あれ)、と祈ってくれていますよ」
「で、でたらめを、言うなぁ」
あ、半泣きしてる。物陰から他の付喪神がばっちり祈ってくれてるからなぁ。
「信じる信じないはあなたの勝手ですけれどね。ところで、先ほどはどのようなお話をされていたんでしょう」
「は、いやぁあ、実に他愛の無い世間話で」
「なるほど、復讐しようなんて考えてるのがばれたら殺される、ここは適当に切り抜けよう、ですか」
ぎょぎょ、って言う擬音が似合いそうなくらい驚いて、口をパクパクさせている。
「な、何で考えてる事を」
「さとり様は心が読めるんだよ」
「へ?さとりって、あの天邪鬼と同じく心が読めるって言う……」
「天邪鬼とは懐かしい言葉を聞きましたね。そうですよ、天邪鬼と同じく心が読めるさとりです」
嘘をついて適当に切り抜けるのが無理だと分かったんだろう、途端にそいつの顔が真っ青になる。
「す、すみませんでしたぁー!」
飛び退き様に、額を地面にこすりつけながらの見事な土下座。
縄で縛られながらこんな事出来る奴は地霊殿のペットには居ないだろう。
「その、つい出来心で」
「出来心と言う事は、またいつかその出来心で復讐を企てる事も有り得ますね」
「滅相も無い!天地神明に誓って二度と致しません」
と頭を下げる。
「そうですか。でもその言葉だけでは信用出来ませんねぇ」
「で、では、どうすれば」
「うーん、そうですね」
考える振りをしているけど、さとり様の中ではもう言う事は決まっている。
相手の反応を楽しんでるんだと思う。
「こうしましょう。私のペットになってここで仕事をして貰えますか?私が常に心を読んでいますから、復讐を考えればすぐに分かりますからね」
「それでしたら願ってもない事です!私たちは道具として使われる事が生き甲斐ですから」
「でも、私は道具としては使いませんよ、ペットとしては扱いますけど」
「それでもこのまま朽ち果てるよりは全然良いです。それに自分自身を使う事だって出来ますから」
意外と器用だな、付喪神って。
「では決まりですね、他の方もよろしくお願いしますね」
「はいっ」
「よろしくねー」
「よろしくー」
それを合図に今まで隠れていた付喪神がわらわらと出て来る。
「何かわらわら出て来てますね」
「長い事放置していましたからね、倉庫も空いて働き手も増えて丁度良いでしょう」
「結局、五徳や鳴釜は居たんでしょうかね」
「あら、五徳はこの子ですよ」
さっきまでさとり様に縛られていた猫だ。
「へ?でも五徳なんてどこにも付けて無いみたいですけど」
「ここですよ、ここ」
さとり様が顎の下を撫でている。
「ひょっとしてその首輪ですか?」
「ええ、五徳としては小さくて使えなかったんでしょう」
「おままごとの道具みたいなもんですか」
「はい、私は小さいおもちゃ用の五徳だったんです。と言っても実際に使えたんです」
「へぇ」
道理でさとり様が倉庫に入るのが早いと思ったら、目当ての付喪神が居たからか。
「小さいと言うだけで使われなかった無念で、変化しました。ああ、世の中小さいって言うのは駄目なんですかねぇ」
「そんな事は無いと思いますよ、小さいまま元の機能が果たせれば誰でも小さい方を取るでしょう」
そうそう、さとり様のだって小さい方が良いに決まっている。無いのは困るけど。
「お燐、あとで私の部屋にちょっと。何が小さいのか詳しく聞かせて貰いましょうか」
「あ、あはは」
聞かれてたよ。
「それじゃ、これからペットとして頑張るので、小さくてもよろしくお願いします!」
と、無い袖をまくりながら、五徳猫は張り切っていた。
その日、さとり様のペットが(数えるのが嫌になるくらい)増えた。
地霊殿がどんどん化け物屋敷になって行ってる気がする。
-完-
あらゆる意味で不足ですね
1. >さとり様は割とペット馬鹿と言われるくらいで行きたいです。
2. >指摘して頂いて助かります。そしてすみません。
やおいにすらなっていない程度の出来。考えよう。
3. >ぬこは可愛いです。もう目が眩むほどに。