―― 私には、友達がいない……
正体不明の私は、何時でも一人で生きていた。
人々は勝手な想像で私を恐れ、妖怪は正体の判らない私を恐れる。
みんな、私を恐れている。なのに友達なんて出来るはずもない。
羨ましかった。
友達がいる妖怪が、ずっとずっと。
仲が良さそうな友達同士を見ていると、胸が苦しくなる。
友達が、欲しい。
一緒に笑ってくれる誰かが、欲しい。
隣にいてくれる誰かが、欲しい。
地底で孤独に暮らしていた私は、何時しかそんな事を考えるようになっていた。
でも、それは叶わないだろうと、心の何処かで諦めていたのかもしれない。
だからこそ、私は正体不明でいられたのかもしれない。
誰かと親しくなる事がなかった故に、誰にも自分の事を明かさなかったから。
……それでも、寂しいものは寂しい。
私も、普通の妖怪のように笑ってみたい。誰かと笑いあいたい。
……ああ、私にもそんな友達が……。
……そんな友達が欲しい、そう思ってた時……。
「私はムラサ!! 村紗水蜜!! あんたもさっさと名前を教えてよ!! 教えなくてもいいから一輪を探して!!」
……それは、本当に突然だったけど、私にとって一生忘れられない、そんな出会いだった……。
* * * * * *
今から遡る事、1000年近く昔の事。
その日、私は一人でぶらぶらとしていた。正確にはちょっと違うけれど、とにかく一人だった。
「……退屈だなぁ」
地底には驚かせて面白そうな人間はいないし、妖怪を驚かせたって面白くないし……。
私は人を食うより心を食う妖怪。そんな私にとって、この退屈は空腹なんかよりも遥かに辛かった。
そりゃあ、ある程度は自分の意思で地底にいるわけだけどさ。暇なものは暇なんだ。
あーあ、何か面白い事でも起きないかな……。
「……ぃぃぃいいやああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
不意に、なんか悲鳴が上から降ってくる。
そして次の瞬間、地鳴りと共に何かが私の傍に落ちてきた。
「な、何事?」
突然の事に、普段驚かす側の私も大いに驚かされたけど……。
「……はいっ?」
何が落ちてきたのかを見て、さらに驚いた。
「船……?」
私の傍に落ちてきたのは、船だった。それ以外の説明なんて出来ない、まごうとなき船。
何でこんなものが急に落ちてきたのかさっぱり判らなかったけど、とりあえず……。
……潰されなくて良かったぁ……。
「痛たたた……。畜生……人間めぇ……!!」
と、船の傍に一緒に落ちていた誰かが、恨めしそうな声を上げる。
船に気を取られてて気付かなかったけど、冷静に考えたら悲鳴が聞こえたんだからその声の主も一緒にいるはずだよね。
だけど船の中じゃなくて、地面に倒れてたって事は……うん、そりゃ痛いだろうね。
まあ、それでも生きてるんだから妖怪なんだろうな。
だったら別に、話しかけるくらいはいいかな。
「貴方、大丈夫?」
船と一緒に落ちてきた、黒髪の少女に声を掛ける。
あれ? この妖気の感じ……妖怪というよりは幽霊とかそんな感じだなぁ。
とは言っても、地面に叩き付けられて痛がってるって事は、実態があるって事だし……なんだろ、この幽霊。
「……うん? あんた誰?」
私の姿を見るなり、いきなり不遜な態度でそんな事を言ってくる幽霊。
私の正体が判らないから、というより、単純に素性を聞いてきたって感じだ。
今まで何度となく素性を聞かれてきてはいるけど、こんな風に聞いてきたのは、この幽霊が初めてだな。
「……あーっ!! そんな事より一輪は!?」
かと思うと、急に大きな声を上げる。鼓膜が破れるかと思った……。
「私と一緒に誰か落ちてこなかった!? なんか青い尼みたいな奴!!」
「いや、落ちてきてないけど……」
「じゃあ探して!! あいつがいないと困るのよ!!」
返答するなり、いきなり掴み掛かってきたもんだ。
何で私はこんな目に遭っているんだろう。何か悪い事したかな……。
「えっと……」
「私はムラサ!! 村紗水蜜!! あんたもさっさと名前を教えてよ!! 教えなくてもいいから一輪を探して!!」
もう駄目だ。私にはこの幽霊を止められる気がしない。
何があったのかもさっぱりだし、何を言っているのかすら、最早よく判らない。
……だけど……。
私は少しだけ、この騒がしい幽霊に期待を抱いてしまった。
この幽霊……水蜜は、私の事をまったく恐れていない。
こんな事、正体不明の妖怪として生きてきた私にとって、初めての出来事だ。
私が何者なのかも判ってないようだし、凄く慌ててるみたいだから、恐れる暇もないだけかもしれないけど。
……少しだけ、信じてみようかな……。
水蜜が、私を変えてくれる事を。私の……。
……私の、友達になってくれる事を。
だから、今だけ私は、正体不明でいる事を止めよう。水蜜にだけ、この名前を明かそう。
私は……。
「私は鵺、封獣ぬえ。宜しくね」
* * * * * *
初めて、私は誰かに名を明かした。
正体不明である事を誇りとしていた私にとって、今まではとても考えられない事だった。
でも、思っちゃったんだから仕方がない。
孤独でいる事が寂しいと。
誰かが隣にいて欲しいと。
友達が、欲しいと……。
「封獣……ぬえ……?」
今まで騒いでいた水蜜が、急に眼を丸くする。
……ああ、やっぱり駄目なのかな。
私の名前を知る前ならともかく、知ってしまった以上は……やっぱり、みんなと同じ反応をするのかな。
人間からも、妖怪からも恐れられる、結局それが私なのか……。
「……なにそれ、変な名前」
がくりと、膝の力が抜けた気がした。
「へ、変な名前……?」
「だって『ほーじゅー』なんて苗字、私が生きてた頃でも聞いた事ないし」
そっちかい。ううっ、確かに変な苗字かもしれないけどさ……。
「は、初めて逢った妖怪に対して、随分な事言ってくれるね……」
「隠し事とか、好きじゃないし」
うわぁ、私とは正反対のこの真っ直ぐさ。
このまっすぐな姿勢の一割でも持っていれば、私にももうちょっと友達がいたような気がする。
「しかも変な羽生えてるし、その槍の蛇とかセンス悪いし、第一なんなのその丈の短い服。誘ってんの?」
ざくっ、ざくっ、ざくっ
水蜜の歯にもの着せない発言が、とにかく心に突き刺さる。
ああ、初めてだよ。私の事をこんなにも直球で馬鹿にしてくれたのは……。
しかも誘ってるってなにさ。
「何が悲しくて初対面の幽霊を誘惑しなくちゃいけないのか説明してもらっていいかな?」
「いや、あんた友達いなさそうだし」
ぐっさーっ!!
まるで頼政公の弓で心臓を打ち抜かれたような衝撃が走る。
……ぶっちゃけ頼政公が射た妖怪は私じゃないんだけど、射られる痛みっていうのはきっとこんなのなんだろうな……。
「ううっ……」
流石に凹んだ。
痛い、痛すぎる。主に私の心が。
妖怪は精神的な生き物なんだから、こういう痛みの方が辛いんだよぉ……。
「あれ? 図星だった?」
それ以上言わないでえええぇぇぇェェ!!
「……うっ!!」
……あれっ?
今まで調子よく喋っていた水蜜が、急に頭を抱えてその身を崩す。
「み、水蜜!?」
「あ、頭が……痛い……っ!!」
無意識に、私は水蜜の肩を掴んでいた。
水蜜の顔は真っ青で、額には大粒の汗が浮き出ている。
「気持ち……悪い……」
しまった。
水蜜は見た感じ、何らかの理由で地下に落ちてきた地上の妖怪だ。
地上と地下では、妖気の密度や空気、気温がまるで違う。
ゆっくりと降りてきたのならともかく……たぶん水蜜の身体が、急な環境の変化に付いていけなかったんだろう。
「痛い……痛いよぅ……ッ!!」
「水蜜!! しっかりして!!」
次第に妖気に慣れていけば問題ない。素直にゆっくりさせておけばいいのだけれど、今の私にはそんな事を考えている余裕がなかった。
ただ、目の前で苦しそうにしている水蜜の姿を、見ていたくなかった。
……人を困らせるのが大好きな妖怪なのに、奇妙な事だと思う。
人の不幸が、人の恐怖が、私の力になる。そんな妖怪だって言うのに……。
……だって、仕方ないじゃん。
水蜜は、孤独になっていった私の心を救ってくれるかもしれない、希望の光なんだから……。
「と、とにかく……」
私は水蜜の身体を抱きかかえ、全速力でその場から飛び去った。
今は水蜜を落ち着かせる事が大事だ。そういう時には、何処かで寝かしつけるのが一番だと思う。
妖気の濃い地獄街じゃなくて、離れたところにある私の家なら……。
「……助けて……聖……」
水蜜が小さく読んだその名前は、私の耳には届かなかった……。
* * * * * *
―― ムラサ、一輪……あなた達は、私の最後の力で地底に送り返します……。
―― 嫌です!! 姐さん!! 私も一緒に!!
―― あなた達まで、私と同じ道を辿る必要はありません……。こんな所に封じられるのは、私だけで充分です……。
―― 聖!! そんな事言わないでください!!
―― ……もしも……もしも星に逢う日がきたら、後悔しないで、と伝えておいて下さい……。
―― そんな……!! 聖!! 私を……!!
―― ありがとう、ムラサ……一輪……。……さようなら……。
―― 聖!! 聖いいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!
「聖!!!!」
「うわっ!?」
はぁ、はぁ……。
さ、最悪の目覚めだわ……。
聖が封印されるその瞬間の、最後の別れ……。
つい先日私たちを襲った、許しがたい人間の横行。
聖に散々助けてもらっておきながら、人間は聖を封印した。
確かに聖は、人間に隠れて妖怪を助けていた。でも、ちゃんと人間を助けているという結果にはなっていたじゃんか。
私も聖に救われた。聖に出会って、私は自らを縛り付けていた、海という鎖から開放された。
その行為はちゃんと、船幽霊である『妖怪ムラサ』の討伐になっていたじゃんか。
ちゃんと、聖は人間を助けていたのに……。
なのに……なのに……ッ!!
「チクショウがぁ!!」
「痛いッ!!」
どごっ、と私の右腕が、何かを殴ったような感触を覚える。
あれ、壁を殴ったつもりだったんだけど、今のは壁の感触じゃないよなぁ。
そもそも、此処は何処? 私は確か、地底に落とされて、なんか変な妖怪に逢って……。
「り、理不尽だぁ……顔面殴られた事なんて今まで一度もなかったのに……」
なにやら悲痛な声が聞こえたので、そっちに顔を向けてみる。
見れば、黒い髪で全身真っ黒で背中に変な羽が生えた……。
「……あれ、あんたは……」
「おはよう……寝起きに手痛い一発をありがとう……」
そうそう、私は確かこの妖怪に逢ったんだっけ。
えっと、名前は……。
「……変態死ね、だっけ?」
「なにその間違え方は!! 何一つ合ってないよ!!」
違った。
「封獣!! 封獣ぬえ!!」
ああ、そうだそうだ。ぬえだぬえ。こいつが助けてくれたの……。
「……って、ぬえ? 確か京の都で暴れてたっていう……」
「何で最初にそっちを気にしなかったんだろう……」
名前を聞くのは二回目だけど、落ち着いて思い出してみると……。
鵺、その名前には聞き覚えがある。
私が人間だった頃、そんな名前の妖怪が、源なにがしによって退治されたって言う話を聞いた気がする。
「んー、まあ、確かにその鵺ではあるけど、その鵺じゃないよ」
「はい? 意味が判るように説明してくれる?」
「あなたが知る鵺と、本物の鵺は別物、って事」
そう言われてみると……。
「……鵺って、頭が猿で身体が狸、尻尾が蛇で手足が虎なんじゃなかったっけ?」
「だから、私は人間の前に姿を見せた事は一度もないよ。
人間が勝手に想像して、勝手に怖がってただけ。頼政公が射殺したのだって、別の妖怪だし」
へー、そうなんだ。ちょっと驚き。
だけどまあ、だからどうしたって言う話だけどね。
「まあ、私はそっちの方が助かったよ。正体不明の妖怪が、正体を知られるわけにはいかないしね」
あー、如何でもいい。
鵺が本当に語り継がれたような姿だったらともかく、こんな少女だと知ってしまったら、怖くもなんともない。
……どころか、ちょっと可愛いかも。そんな事は如何でもいい。
寧ろ……。
「いいの? そんなにペラペラ喋っちゃって。正体不明が売りなんじゃないの?」
話を聞く限り、こいつは正体不明である事が存在意義。
海に縛られていた頃の私が、船を沈める事が存在理由だったのと同じように、こいつもそうなんじゃないのかな?
なのに、初対面の妖怪に自ら正体を明かすような事……。
「うん。私の正体を知った奴は、今まで皆殺しにしてきたからね」
……………。
なんか、急に血生臭い事になりそうな雰囲気ね……。
「……つまり、私を殺せば問題ないって事?」
「いや、違うよ?」
違うんかい。
「人間はそういう事を簡単に喋っちゃうから殺すけど、貴方にはそれを言いふらす理由はないだろうからね」
うん、まあ、ないよ。
「それに、この地獄じゃ私の事を知ってる奴もいるしね。そいつがこれからは地獄を管理するって言うんだから、たまったもんじゃないよ」
何の話だろう。
私はこの世界に来て間もないんだから、判るように……。
……えっ?
「じ、地獄……?」
「えっ? ああ、そうだよ。とは言っても、そろそろ使われなくなるみたいだけどね」
「魔界じゃ、なくて……?」
「魔界? 地獄と魔界は別物だよ。まあ、一応繋がってるけど……」
私の落ち着いていた心が、一気に沸騰したような気がした。
「魔界に行けるの!? どうやって!?」
「ふえっ!? え、えっと、此処を出て丑寅の方向に魔界への門が……」
「法界には行ける!?」
「法界? そりゃまた随分田舎の方だね……」
「行けるのか行けないのかはっきりしなさい!!」
「い、行けるけど……門から結構……って、水蜜!?」
行ける、という言葉を聴いた瞬間に、私の身体は動いていた。
わき目も振らずに、ぬえが言った『丑寅の方角』へと走っていた。
聖……!!
今お迎えに上がります!!
聖の事です、絶対に人間を恨むなと、そう仰られるのでしょう。
貴女が無事なのであれば、それでも構いません……!!
だから、だから……!!
もう一度、あの笑顔を……!!
* * * * * *
「水蜜!?」
急に家を飛び出した水蜜を追って、私も外に出る。
丑寅の方角に眼を向ければ、物凄い速度で魔界の門に向かう水蜜の後姿が辛うじて確認できた。
法界なんて、あんなところに一体何があるんだろう……。
あんなに慌てているところを見ると、よっぽどの事なんだろうけど……。
とにかく、私も法界に行ってみよう。
法界の事は、ちょっと話を聞いたことがある程度にしか知らないけれど、魔界に行くくらいなら出来る。
まあ、魔界人の誰かに聞けば道くらい教えてくれるだろうし。
そうして私は、水蜜の後を追って、魔界の門へと向かった。
* * * * * *
「えっと……確かこっちだよね……」
魔界にやってきた私は、地元の魔界人に法界の場所を聞いて、そして水蜜を探していた。
法界の話をしてくれた糸目のお姉さんは『今の法界には近づかない方がいいわよ~』と言っていたけど……。
「ああ、あの辺か……な……」
法界が見えてきた、そう思う前に、私の思考は一瞬停止した……。
「な、なに、これ……」
私の目の前に広がっていたのは、赤と黒の織り交じった不可思議な世界。
正体不明で摩訶不思議な存在である私ですら、何がなんだか判らないほどに、目の前の光景が意味不明だった。
どうも、その謎の空間は法界の一部分だけに発生している様子。
つまり……これは結界とかそういう類のものだと思うけど……。
こんな不可思議な空間を作り出す結界なんて、私は見た事も聞いた事もない。
と、とにかく……水蜜は……。
「んっ?」
上空から結界を眺めていると、一部分だけバチバチと結界が断続的に弾けているのが見えた。
何者かが、結界に干渉している……そう思った時に、真っ先に思いついたのが水蜜の顔だった。
「水蜜……!!」
不安になって、私はすぐにその部分へと急降下する。
見るだけで判る。この結界はとんでもなく強力だ。私でも破れる気がしない、結界というよりは封印といっていい代物。
そんな結界に、干渉し続けるだなんて……無茶にも程がある。
「聖!! 聖!!」
案の定、水蜜は手にした巨大な錨で、結界をひたすらに殴り続けていた。
錨が結界に触れる度に、水蜜の身体が弾き飛ばされる。
だと言うのに、何度も何度も立ち上がり、錨で殴り続けては、同じ事を繰り返していた。
聖、聖と、ずっとその名を叫びながら……。
「水蜜!! 止めて!!」
とにかく私は、水蜜の後ろに回りこんで、その身体を羽交い絞めにする。
うっ……なんて力だよ……気を抜けばすぐにでも振り解かれそうだ。
「ぬえ!! 邪魔するな!!」
「身体中傷だらけじゃんか!! そんな身体で闇雲に突進してなんになるのさ!!」
水蜜の身体は、結界からの退魔の力と何度も地面に叩きつけられた衝撃で、既にボロボロだった。
錨を振り回す腕も、掌がズタズタになっていて、正直見ていられない。
「煩い!! 私が……今度は私が!! 聖を助けるんだ!!」
「だから!! そんな事したってこの結界は破れないって!! 少しは落ち着きなよ!!」
「ぐっ……!!」
私の言葉を判ってくれたのか、漸く水蜜の腕の力が少し抜ける。
「……判ったわよ……」
それを聞いて、私は水蜜の手を離した。
良かった、思ったよりは冷静みたいだ。
殆ど初対面の関係なわけだし、もうちょっと抵抗されると思ってたけど……。
「……それで、水蜜はこの中にいる人を助けたいわけ?」
「ムラサでいいわよ。……そう、私を救ってくれた、大切な人がね……」
寂しそうな瞳で、水蜜は結界を見つめる。
その眼を見ただけで、いかに此処に閉じ込められている、その“聖”と言う人が、水蜜にとって大事な存在かが良く判った。
……そりゃまあ、大事じゃなければ、こんなボロボロになってまで、助けようとは思わないだろうけど……。
「……その聖って言うのは、どんな人なの?」
水蜜を見ていると、聖と言うのが一体どんな人なのか、気になってくる。
「……言葉じゃ言い表しづらいけど……とにかく、温かい人」
何処か遠くを見ながら、水蜜は静かに語り始めた。
「ずっと海に縛られ続けていた私を、聖は救ってくれた。
私だけじゃない。人間も妖怪も、分け隔てなく助けてくれる、そんな素晴らしい人だった……。
……なのに、なのに……!!」
ぎゅっと、傷付いた手を硬く握る。
その眼には、怒りと悲しみ、二つの意味を持った涙が浮かんでいた……。
「人間は聖を封印した!! 聖に助けてもらっておきながら、聖を裏切った!!
私は……私は絶対に人間を許さない!! そして絶対に聖を助けるんだ!!」
「水蜜……」
ただ悔しそうに、水蜜は言葉を吐き捨てる。
人間への恨みを乗せたその言葉は、まるで呪いの言葉だった……。
「でも、こんな封印をどうやって……」
「それは……」
私がそう言うと、水蜜は言葉を詰まらせる。
やっぱり、そんな事は考えてなかったんだろうな。
それだけ必死なのは判るんだけど……。
「諦めろ、とは言わないけどさ。
せめて、もう少し考えてからでもいいんじゃない? 闇雲に進むだけじゃ、この結界は壊せるもんじゃないよ」
「ぐぅ……」
小さく唸って、沈み込んだ。
「……でも……こんなに傍にいるのに……」
諦めたくない、と呟いた。
小さく肩を震わせるその姿は、さっきまで錨を振り回していたような力強さが全く感じられなかった。
「だからさ、諦める必要はないってば。
ただ、結界を解除する方法を調べたりとか、そういう事から始めようって……」
「それは出来ないわ」
……えっ?
いきなり耳に届いた第三者の声。
私と水蜜は、同時に声のした方へと振り向いた。
「この結界はとても強力。妖怪の力だけじゃ、どうやったって壊す事は出来ないわよ」
ふわりと地面に降り立つ、謎の女性。紅いローブと青みが掛かった銀髪で、黒い6枚の羽が眼を引く。
頭からひょっこり飛び出したアホ毛が気になった。
「貴方は?」
「私はただの通りすがりよ。この結界が気になった、ね」
私達の横をゆっくりと通り過ぎ、その女性は結界に向かって足を進める。
その間に、背中から生えていた羽が、ぱっと消えた。つまり、私と違って身体から直に生えていた羽じゃないって事か。
……妖獣じゃなくて、魔界人なのかな……?
「そ、それより、その結界について何か知ってるの?」
「知っているわけじゃないわ。ただ、この結界は“私の力ですら”干渉する事の出来ないもの。
この結界の力の源となっている存在は、よっぽど実力のある人だったのでしょうね」
結界を見つめながら、淡々と語る。
「この結界をどうにかしたいなら、多分結界を張った本人、あるいはこの結界の事をよく知る者に解除してもらうしかないでしょうけど……」
「……ッ!!」
水蜜の表情が、まるで苦虫を噛み潰したようなものへと変わる。
「星……ッ……!!」
「水蜜……?」
水蜜の小さな、だけと強く深い呟きが、妙に私の胸を打った。
星……って、何の事だろう……。誰かの名前なのかな……。
「それが出来ないのなら、あなた達にこの結界を壊す事は無理よ」
「だけど……!!」
あくまで水蜜は反抗した。
きっと、頭では判っているんだと思う。この謎の女性の言う通りなんだと。
……それでも、諦められないんだな……。
「……この中にいる人があなたの思うような人であるなら、あなたが徒に傷付く姿を見て、喜ぶと思うかしら?」
「……ッ!!」
謎の女性のその一言で、水蜜は完全に言葉を詰まらせる。
確かに……さっき水蜜に聞いたような人ならば、こんなボロボロになった水蜜の姿は、見ていたくないと思う。
水蜜には壊せない結界だと判っているなら、尚更に……。
「水蜜、一旦此処は戻ろう? こういう言い方は悪いと思うけど、今のままじゃ本当に無駄な時間を食うだけだよ」
「お友達の言うとおりだと思うわ。人を思う心は立派だけれど、自分の事をもう少し大事にしなさい」
「……………」
私達の言葉に、何も言い返せないみたいだ。
……私は、誰かを助けたいとか、誰かのために犠牲になろうとか、そういう事を思った事は一度もない。
私は私のために生きて、それ以外の物はただの遊び道具。乱暴に言うなら、そんな感じだった。
『友達が欲しい』、そう思ってからは、そういう意識もだいぶ薄れてきたけど……。
そんな私でも、今の水蜜の悔しさ、無念さはなんとなく判る。
さぞかし、自分の事を呪っていると思う。大切な人を目の前に、無力な自分が。
……だって、私もそうだから。
まだ出逢ってそんなに経っていない相手にこんな事を思うのは、ちょっと不自然かもしれない。
でも、水蜜は私の希望なんだ。
私の正体を知って尚、それがどうしたと言った態度で向き合ってくれたのは、水蜜が初めてだから。
水蜜なら、孤独だった私を変えてくれる。そう思っている。
……それだけに、今の自分が恨めしい。
水蜜の力になれない私の弱さが、とても……。
……どれだけ恐れられて、それだけ力をつけても……。
肝心なところで使えないんじゃ、何の意味もないよね……。
妖怪としては、自分の実力は相当なものだと思ってたけど……所詮、この程度なんだ、私は……。
「……聖……ひじ……り……」
ぽろぽろと、静かに涙を零す水蜜。
……その姿を見ているのが、とても辛くて……私は思わず目を背けた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ただひたすらに謝り続ける水蜜に対して、私が出来た事は……ただ、水蜜をこの場から離れさせる事だけだった。
手を引けば、水蜜は私の後に続いてくる。
此処にいても、無力である事が判っているから……。
「その子を、宜しくお願いします」
結界の前に立つ謎の女性が、最後にそれだけ言ってきた。
私は一礼だけして、その場を離れる。……これ以上、水蜜をこの場にいさせちゃいけないだろうし。
……ごめん、水蜜……。……何も出来なくて……。
……それにしても、あの人は一体何者だったんだろう。
一つだけ判ったのは、あの人が私なんかよりも遥かに強い存在だったと言う事。
だって、あの人から感じたのは、妖怪としての力じゃない。
正直に言うと、あの人の傍にいるのは、かなり息が詰まった。
純粋に力の差がかなり隔たっていた事と、私達とは相反する力をあの人が持っていたから。
……そうだ、あの力の波動は……。
……神……。
* * * * * *
「……良かったのかしら? あれしか言わなくて」
急にそう言ってきたものだから、ちょっとだけ胸がどきりとした。
「……ええ。あなたの言うとおり、ムラサの傷付く姿は見たくなかったものですから……。
すみません、神綺様。わざわざ御足労頂いた上に、ムラサを止めていただいて……」
結界の外にいる魔界の神、神綺様にそう返答する。
実を言うと、この結界の内側からは、外の様子を確認する事が出来る。
本当は、ムラサに声を掛ける事も出来たのだけれど……。
……私は、あえてずっと黙っていた。ムラサが傷付く様を、黙って見続けていた。
……見ているのは苦しかったけれど、ムラサに声を掛ければ、余計に彼女はこの結界を壊そうと、自分を傷付けたと思いますから……。
「……本当に、あなたは慕われているのね。あなたのような魔法使いが封印されるなんて、ちょっと信じがたいわ」
ふふっ、神様にそう言われると、頬がくすぐったいですね。
神綺様は、私がこの法界に封印された直後に、此処を訪れた。
魔界を統治する神なのですから、異変に敏感に反応した結果でしょう。
その時に少しだけ会話をし、そして今、こうして二度目の対面となるわけです。
「ですが、私の行いが人間達の心を徒に逆撫でしてしまった事は確かです。
元々人間だったが故に、人間が『妖怪を助けている事』をどう思うかを、知っていたはずでしたが……」
そう、知ってはいました。
だからこそ、命連の死後、長い間人間“だけ”の味方の振りをして妖怪を助けて……。
私の力を維持するためには、妖怪の存在は不可欠ですからね。
私は妖怪を滅するわけにはいかなかった。人間から依頼されても、妖怪を滅する事はしなかった。
そして一輪やムラサ、星やナズーリンと出逢い、妖怪の悲しい生い立ちを知ってしまって……。
……それが、こうして私が封印される切欠となってしまった……。
「種族の違い、か……」
「……娘さん達の話は止めてくださいよ? 最初にお会いした時に散々聞かされていますから」
「あら、みんな可愛いんだからいいじゃない」
「ははっ……」
乾いた笑い声が、口から漏れた。
ああ、あの時の2時間にも及ぶ神綺様の娘、すなわち魔界人達の話は、長話に慣れている私でも辛かったですね……。
「……でも、夢子ちゃん達ももう少し、私を“母親”として見てくれないかな……」
何処か遠くを見つめる神綺様。その物憂げな姿は、同姓である私も一瞬心奪われそうになる。
「……神と神に造られた魔界人……それもまた、種族の差なのですね」
「そうね……」
ふぅ、と小さなため息が聞こえた。
「幾ら望んだところで、全ての生物は皆別物。どんなに近付いても、同じにはなれない。
みんなみんな別の存在なのに、孤独なはずなのに、孤独を嫌う。不思議なものよね、生き物って」
だから私は、この世界を……。
そう言ったところで、神綺様は言葉を止めた。
……神もまた、孤独な存在か……。
「……確かに、そうかもしれませんね」
人と妖怪、その中間のような存在だっただけに、神綺様の言う事は深く理解できる。
妖怪は人を喰らい、人は妖怪を恐れる。そう聞くだけで、その隔たりが大きい事がよく判ります。
それなのに、私は人と妖怪が一緒になれる事を望んだ。
人も妖怪も、変わらないものだと思った。
「ですが、孤独だからこそ、生き物は誰かと関わる事を望むのです。
確かに生き物は皆別々の存在ではありますが、だからこそ私は判り合う事が出来ると思うのです。
姿形、性格やら何やら、確かに違いますが……。……きっと、孤独を恐れる心、それは同じなはずですから」
そう、私だって……。
……私だって、弟の命蓮の死を目の当たりにして、死ぬのが怖くなった。
だって、私が死んでしまえば、命蓮も私も、孤独になってしまう気がしたから。
私が生きていれば、命蓮は私の心の中に生きていられる。
でも、私が死ねば、私の存在と共に、命蓮と生きた人生、命蓮が生きた証も、消えてしまうかもしれない。
だから私は……死にたくなかった……。
「孤独を恐れる、か……。
でも、あなたはこの法界に封印されて、孤独になってしまったけれど……それで大丈夫なの?」
ふふっ、痛いところを突いて来ますね。
ですが、大丈夫ですよ。
「私には、家族との思い出がありますから。それに、神綺様も私に逢いにきてくださるのでしょう?」
「うふふっ、良ければ今度はお茶でも持ってこようかしら?」
「くすっ、この結界を越えられるお茶があるのでしたら、ぜひ見てみたいですね」
私の口からも、笑い声が漏れた。
本当に、神綺様は温かい方ですね。信仰される神様と言うのは、きっとこのような方が相応しいのでしょう。
この方が傍にいてくれれば、暫くは封印されていても寂しくはなさそうですね。
「……ところで、さっきの子と一緒にいたのは? あの子もあなたのお寺にいたの?」
「えっ?」
神綺様に言われて、そう言えば……と思い返してみる。
封印を壊そうとするムラサを止めてくれた、あの不思議な妖怪。
私がここに封印されたのはつい先日。つまり、ムラサ達が地底に落ちてから、極僅かの時間しか経っていないはずなのに……。
……もう友達が出来たのかしら?
「いえ、私の寺の子ではありません。恐らくは、地底の妖怪だと思います」
「ふぅん。随分凄い力を持っていたけれど……」
そうですね。
結界を通して感じられた妖気は、ムラサをも上回るほどのものでした。
ムラサも相当な力を持った念縛霊でしたが……流石は地底に住む妖怪ですね。
「……まあ、今の私にはどうする事も出来ません。
あの子が悪い子でない事を、ムラサの友達になってくれる事を、信じますよ」
少なくとも、あの子はムラサを止めてくれた。
傷付いたムラサに、手を差し伸べてくれた。
……パッと見だけですが、ムラサの事を悪く思っている様子はなさそうでした。
……何方かは知りませんが、ムラサの事を宜しくお願いします。
あの子もまた、孤独に強く恐怖を覚えている妖怪ですから……。
* * * * * *
「……………」
場所は変わって、再び私の家。
だけどさっきみたいな水蜜と私の会話は、帰ってきてから一度もない。
水蜜はずっと、膝を抱えて蹲っているだけで……顔を上げようとすらしなかった。
……家に帰ってきてからも、ずっと落ち込んでいる水蜜に、なんて声を掛ければいいのかが判らない。
こんな時に声を掛けられないようで、私は水蜜の友達になんてなれるのかな……。
「あ、あのさ、水蜜……」
とにかく、この重苦しい雰囲気だけでも何とかしようと、何も思いつかぬままに水蜜に声を掛けた。
「……………」
……だけど、一切の反応を示さない。
聞こえていないのか、それとも無視しているのか、判らなかった。
「水蜜……」
結局、私の声もどんどん小さくなっていく。
ああ、もう……今まで他人と交流を持たなかった自分が、今になって恨めしい。
なんて声を掛ければいいんだろう……。……なんて……。
「……ごめんね、水蜜」
そう思った時、無意識のうちに、そんな言葉が零れ落ちた。
「……えっ?」
そうすると、今まで無反応だった水蜜が、小さく声を上げる。
「魔界に行けるなんて、言わなければ良かった。
そうすれば、きっと水蜜はこんなに辛い思いをしなくて済んだんだよね……」
事情を知らなかったとは言え、私は水蜜に魔界に行く方法を教えた。
その事が、今こうして水蜜を苦しめていると思うと……なんだか、凄く辛い。
今までは、こういう事をするのが好きだった気がするのに……相手が違うだけで、こうも思いっていうのは変わるものなんだな……。
「……くすっ」
えっ?
「あはは、あははははは……!!」
何故か、急に腹を抱えて笑い始める水蜜。
……な、なんだろう……何か変な事言ったのかな。
「バッカみたい。何でそんな事あんたが謝るのよ。
あんたと私は初対面だったんだから、こっちの事情なんて知らなくて当然じゃない。
しかも、魔界への道を聞いたのは私の方でしょ? あんたが悪い事なんて、何もないわよ」
涙を拭いながらも、淀みなく真っ直ぐにそう言ってくる。
今までの落ち込んだ様子とは違って、水蜜らしい言葉だった。
「水蜜……」
「だから、ムラサでいいって言ってんでしょ?
今までみんな私を“ムラサ”って呼んでたから、下の名前で呼ばれるのはしっくりこないのよ」
漸く、水蜜の顔にさっきまでの明るさが戻ってきた。
ああ、良かった。水蜜が元気になってくれて。
そう思うと、こっちまで嬉しくなってくる。
「でも、私は基本“ぬえ”って下の名前で呼ばれるからさ。
私は逆に、上の名前で呼ぶ事に慣れてないんだよぅ」
まあ、名前を呼んでくる奴なんて2人しかいないけど。
「そんな事言われてもねぇ……ムラサもぬえも、妖怪の種族としての呼称だから、呼び方的には一緒でしょ?」
「へっ? そうなの?」
「あんたねぇ……これでも地上じゃ船幽霊ムラサとして有名だったんだけど?」
「いや、地底に住んでたから聞いたことないよ」
「あっそう……」
何故かまた少し落ち込む水蜜。
うーん、今回ばかりはどうして落ち込んだのか判んないや。
「あー、でも」
「うん?」
「それならやっぱり、私は“水蜜”って呼ぶ事にするよ」
私がそう言うと、水蜜は目を丸くした。
「……なんで?」
「なんでって……」
私としては、そんなの当たり前だと思うんだけど。
地上と地底じゃ、名前の呼び方にも違いがあるのかな?
「だって“ムラサ”じゃ、なんか“水蜜”じゃなくて種族としての“ムラサ”しか見てない気がするもん。
私は“ムラサ”じゃなくて、一人の妖怪“水蜜”と友達になりたいんだから」
「ぬ、ぬえ……?」
顔を真っ赤にする水蜜。
なんだろう、さっきから水蜜の反応が良く判らない。
「あ、あんたなに言って……」
「いいじゃん、どうせ水蜜も地底に知り合いいなくて困ってるんでしょ?
私が色々教えてあげるからさ、友達になろうよ」
「な、ななななな……」
次第に赤さを増して行く水蜜の顔。今にも爆発寸前の爆弾みたいだなぁ。
「何を言っているんだあんたはァーっ!!!!」
爆発した。
「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃん……」
「驚くわよ!! きゅ、急にそんな事言ってくる奴だとは思わなかったわ……!!」
そんなに変な事言ってるのかな、私は。
ま、いいや。水蜜も急に地底に来たりで色々戸惑ってるだろうから。
「とにかく、今日はもう寝よっか。なんか色々ありすぎて疲れたよ」
ふあぁ、と欠伸が一つ。
今日だけで空から水蜜が降ってきたり魔界に行ったり法界で色々あったりで、もうくたくただ。
「うー、確かにちょっと眠いかも……。て言うか今何時?」
「地底に時間の概念はないよ。寝たいときに寝ればいいのさ」
地上と違って、地底には太陽がないからね。
時を計るものもあるっちゃあるけど、この地底の誰もがそんなものは気にしていない。
地底にあるのは、束縛なき自由な時間だけだから。
「じゃあ、休ませて貰うわ。布団はさっきの使っていい?」
さっきの?
ああ、最初に水蜜を連れて来た時に寝かしつけておいたあの布団か。
「うん、使って……」
使っていいよ、と言おうとして、言葉が止まってしまった。
「……どうしたの?」
「いや、布団が……」
私は此処で、重大な事を思い出す。
友達がいないと言う言葉通り、私は一人暮らしである。
当然家にこうして誰かが泊まる事もないし、これからも永劫有り得ないだろうと思っていた。
そうなると、余分な家具を家に置くという発想も出てこないわけで……。
……つまるところ、布団が一つしかない……。
「……………」
「……………」
しばしの間沈黙。
さっきは私が寝る気が無かったから良かったけど、今度は私も眠いのが問題。
「……さっき借りたし、ぬえが使いなよ」
「い、いやいや、客人にそんな事させられないよ。私は布団なくても大丈夫だから」
「でも、此処の家主はぬえじゃん。布団だってぬえのものなんだから」
「うん、私のものだから貸す権利も私にあるよ。遠慮しないで使ってってば」
「うーん……」
布団一つでなんか面倒な事になっちゃったなぁ。人付き合いってやっぱり大変だ。
「私はもうちょっと外を眺めてるからさ。お休み」
「……じゃあ、お休み……」
強引に話を終わらせると、水蜜は漸く折れて布団に潜り込んだ。
それを確認してから、私は家の縁側に腰掛けて、地底の空……天井を眺める。
……相変わらず、地上と違って殺風景な空だなぁ。
地上にいた頃は、満天の星空の下で悪戯を沢山してたっけ。
正体が判らないものに恐怖する人間。それを眺めては楽しんでいた私。
でも、ちょっとした失敗で正体がばれそうになった私は、地底に身を隠す事にした。
表向きは一応封印された妖怪だけれど、半分以上は自主的に地下に降りてきた。
まあ、地上で人を脅かすのにも飽きたところだったしね。ある意味ちょうど良かったのかも知れない。
地下に来てからは、確か200年くらいだっけな。
特に何もする事がなく、ただただのんびり過ごしていた。
……何もしてないけれど、一部の者を除いて、妖怪は私を恐れた。
何故かって、正体が判らないから。正体が判らない者に恐怖するのは、人間も妖怪も同じだった。
私を恐れていないのは、と言うか私の正体を知っているのは、近い将来この地底の主となる、古明地さとりと古明地こいしくらいだ。
あの二人には、私の正体不明の能力は通用しない。どれだけ見た目を欺こうとも、あいつらは心を覗いてくる。
心が読まれれば、当然私の能力は力を失う。正体不明とは、全てが判らないからこそ、初めて意味を成すもの。
見掛け倒しは、さとり妖怪には効かないと言う事だ。
まあ、そんなのは如何でもいいんだけどね。あいつらはちょっとした例外だ。
……とにかく、私は地底で暮らしていても、少々息苦しかった。
地上でも地底でも孤独に生きていた私は、何時しかそんな生き方に疑問を抱くようになっていった。
街を歩けば、楽しそうに会話をする妖怪達を眼にする。
地底の妖怪達は血気盛んな印象があるかもしれないけれど、そんな事はない。
地上なんかより遥かに賑やかで、妖怪同士の争いなんて、滅多な事じゃ起きはしない。
嫌われ者同士、仲良くしようって事なんだろうな。
そんなこんなで、とにかく地底の街並みは賑やかで……。
その中を一人で歩く私は、どうしようもない不安と孤独感に苛まれていた。
なんで、私にはああやって笑い合える友達がいないんだろう。
私も一緒に話したかった。一緒に笑いたかった。一緒に遊びたかった。
だけど、正体不明の妖怪であると言う意識が邪魔をして、そして元々の私の評価が故、結局ずっと一人だった……。
何処までいっても、私は一人の妖怪。
どれだけ友達が欲しいと思っても、孤独な妖怪。
正直、辛かった。隣に誰もいないと言う事実が、何時も何時も私の胸を抉り続けていた。
友達が欲しい、友達が欲しい……ずっと、そればかり考えて、地底で生きてきて……。
……そして……。
……今日と言う日、初めて私は神に感謝したかもしれない。
水蜜に逢えた。初めて、私を恐れない妖怪に出逢った。
友達が欲しいと思い続けてきた私にとって、水蜜の存在はまさに奇跡に等しかった。
この奇跡を、私は逃したくない。
何が何でも絶対に、水蜜と友達になりたい。
私は……もう孤独でいたくないんだ……!!
「ぬえ」
ふえっ?
急に水蜜の声がしたので、私は後ろを振り返って……。
「うわっ! ちょっ!!」
いきなり腕を引っ張られて、なすがままに水蜜に布団の上に放り投げられる。
な、何何何何!?!?
食べられる!? あっちの意味で食べられるの私は!? それは幾らなんでも積極的過ぎでしょ!!
「ほら、さっさと寝るわよ」
……えっ?
「……布団が一つしかないなら、二人で一つ使えばいいじゃない」
「み、水蜜……?」
そうこう言ってる間に、水蜜も再び布団に潜り込む。
「で、でも、こんな狭い布団に二人で……それに……」
なんか、物凄く気恥ずかしい。
幾ら女同士だからって、布団で一緒に寝るなんて、そんな……。
「……あんた、私と友達になりたいんでしょ?」
「えっ?」
私の胸がどきりと脈打つ。
「だったら、一々動揺しないでよ。
友達なら、このくらいの事出来て当たり前じゃない」
私に背を向けながら、そんな言葉を私に投げつけてくる。
……なんだろう……。
何でこんなに、眼の奥が熱いんだろう……。
「水蜜……!!」
ただ私は、ひたすらに水蜜の言葉が嬉しかった。
『友達なら、このくらいの事出来て当たり前じゃない』
……それって、つまり……。
「……ぬえ、これからよろしく」
「……うん! ありがとう、水蜜……!!」
水蜜が、私を友達だと認めてくれた。
今までずっと一人で生きてきた私にとって、初めて友達が出来た瞬間だった。
ありがとう、水蜜。
私なんかと友達になってくれて。
私を、孤独から解放してくれて……。
横になった水蜜の隣に、私も寝転がる。
水蜜の温もりを感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。
ああ、なんだか今日は、久々にいい夢が見れそうだ……。
* * * * * *
―― サミシイ、サミシイヨ……
―― ヒトリハイヤダヨ……
―― ヒトリデシヌノハイヤダヨ……
―― ヒトリハサミシイヨ……ダカラ……
―― アナタ、イッショニシンデヨ……
「嫌だよ」
―― エッ……?
「私は死なないよ。そして、水蜜も死んでない。
これからずっと、一緒に生きようよ。私と水蜜は、友達なんだからさ」
―― ……トモ……ダチ……?
「うん、友達」
―― ……ワタシハ……シンデナイノ……?
「そうだよ、水蜜はちゃんと生きてる。幽霊なのに生きてるっていう表現も、変かもしれないけどね」
―― ワタシハ……イキテイテイイノ……?
「当然だよっ!」
―― ……ああっ……
―― ……ありがとう……ぬえ……
「……ふあっ……?」
ぼやけた視界、その向こうに映る天井。
……ああ、朝か。本当に朝なのかどうかは知らないけれど。
ぬえは……横ですやすやと寝息を立てていた。
その寝顔は、噂に聞いていたような妖怪『鵺』の印象とはかけ離れていて、凄く可愛い。
そう言えば、なんだか変な夢を見たな。
船幽霊として船を沈めまくっていた、あの時の自分の夢だ。
あの時の私は、自分が死んだ事が信じられずに、仲間を増やそうとしてたんだっけ……。
船が沈没して、海に投げ出されて……一人で、孤独に死んでいった私。
それが凄く寂しくて、死んでからもずっと一人で、あてもなく船を沈め続けていた。
人々の恐怖が私を妖怪にするまで……いや、妖怪になってからも、ずっと私は一人だった。
そんな私を、聖は救ってくれた。
海に縛られ続けていた私を、聖は必要としてくれた。
聖のお陰で、私は呪われた海からも、そして孤独の寂しさからも開放されたんだ……。
だけど、私はまた一人になってしまった。
聖は封印され、一輪とは離れ離れに。星とナズーリンは地上に。
聖が封印される間際に、私はこう叫んだ。
『聖!! 私を一人にしないでください!!』
と……。
……そうだ、私は何より、一人になってしまう事が嫌だった。
聖ともう逢えないかもしれないと思うと、たまらなく苦しかった。
だから私は、本気で願った。もう一人になりたくない、一人にしないで欲しい、と……。
そしてその直後に、私はぬえに出会った。
こうしてみると、なんだか聖が私の願いを叶えてくれたようにも、思えなくもないかな。
でも、昨日の一件を思い出しただけでもよく判る。
ぬえはいい奴だ。
ぬえが私と『友達になりたい』と言ってくれた時、私は本当に嬉しかった。お陰で少々混乱したけど。
二度孤独を経験した私にとって、ぬえの存在は聖に等しく大切な存在になるかもしれない。
出逢ってまだ2日目だと言うのに、随分ぬえの事を信頼してるな、と自分に呆れてくる。
でも、ぬえを信じられることには、それなりに理由がある。
ぬえは、初めて私の事を……。
だけど、それだけに、少しだけ不安に思っていたりもする。
ぬえと親しくなってしまえば……また私は、孤独になってしまうんじゃないか。
いつか、ぬえを失ってしまう日が来るんじゃないか。そんな事を考えてしまう。
もしぬえも、私の傍からいなくなってしまったら……。
……私は、今度こそ耐えられないかもしれない。
だから……。
「……今度こそ、絶対に守るんだ……!!」
私はぬえを失いたくない。
私はもう、一人になりたくないんだ。
ただただ寂しく船を沈めるような、あんな自分にはもう戻りたくない。
仲間を求め、仲間を失い、仲間の温かさから引き剥がされ続けてきた私の、最後の好機なんだと思う。
聖……私は、ぬえを守ります。きっとそれが、今の私に出来る最善の事だと思います。
「ふあぁ……」
そんな事を考えている間に、ぬえが眼を覚ます。
「あー……おはよ、水蜜……」
顔をこっちに向けるものの、焦点は合ってなかった。あと寝癖が凄い。
「あんた朝に弱いの?」
「妖怪はフツー朝に弱いよ……」
そういう突っ込みを返す余裕はあるみたいね。
まあ、確かに変わってるかもしれないけど。妖怪は普通夜に動くものだし。
聖と一緒に暮らしていて、規則正しい人間みたいな生活が身についた私の方が例外なのかもしれない。
……今の時間が朝なのかどうかは知らないけどさ。
「んー、じゃあ朝ごはんでも作ろうか?」
「ふえっ……?」
「お勝手は何処? 食材は適当に使っていい?」
「……水蜜、料理なんて出来るの?」
「……なんでそんな意外そうに聞くのよ……」
料理が出来ないと思われてたとは心外ね。
これでも寺の炊事を任されたりしてた事もあるのよ。
……まあ、単純にやる事がない船長だったから、暇潰しも兼ねての事だったんだけど……。
「んー……台所ならあっち……」
焦点の合わない目で、指だけ動かすぬえ。
……あー、なんか腹立つ。
こうなったらあんたのその思い込みを矯正してやるわ。
海の女の料理を甘く見るんじゃないわよ。
* * * * * *
「……美味しい……!!」
「だから言ったでしょうが」
水蜜が運んできた朝食は、今まで自炊してきて、それなりに料理が出来る私でも遠く及ばないほどに美味しかった。
白米に魚の煮付けに味噌汁に野菜の漬け物。普通の朝ご飯のはずなのに、なんでこうも美味しいものが作れるのか。
……ただ、美味しいのはいいんだけど……。
「水蜜、この魚は何?」
地底に魚なんてロクに住んでないはずなんだけどな。
「正体不明の妖怪なんだから、聞かなくても大丈夫よ」
何故だろう、水蜜の笑顔が凄く怖い。
そしてその理屈はおかしい。
「……私、何か悪い事した?」
「別に? この私の料理の腕前を嘗めた事なんて、全然怒ってないわよ?」
「いや、その、ごめんなさい……」
うん、笑っているけど笑ってない。本気で怖い。
人間の恐怖の的である妖怪鵺を恐怖させるなんて……やるね、水蜜……。
まあ、美味しいのは事実なんだから、別に構わないんだけどさ……。
とにかく、暫くは無言で食事を続ける。
美味しいものを食べて、しかも友達と一緒の食卓なのに、どうしてこんなに重苦しいんだろう。
正体不明って怖いんだな。初めて私は、今まで自分がしてきた事に恐怖を感じた。
「そうだ、水蜜」
「ん?」
朝ご飯を終えて、二人でのんびり過ごしていた時。
唐突にある事が思い浮かんだ私は、寝ころんでいた身体をばっと起こす。
「せっかくだから遊びに行こうよ。地獄の街の方とか、まだ行ってないでしょ?」
「へっ?」
頭に疑問符を浮かべる水蜜。
「だからさ、地獄街の方に……」
「いや、それは判ったわよ」
私の言葉を遮ってくる。うーん、何が言いたいんだろう。
「あんた、そんな事していいの?」
「えっ?」
今度は私の頭に疑問符が浮かぶ。
何を言っているのか判らない。なんで私が地獄街の方に行っちゃいけないんだろう。
「……なんで首傾げてんのよ。正体不明なのがあんたの売りなんじゃないの?」
あ、ああ、そう言う事か。
「いいよ別に。どんな姿で街に行ったって、正体不明なのは変わらないんだし。
これが『私の本当の姿』だと認識されない限り、結局は判らないとの一緒だよ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの」
「そういうもんなんだ……」
若干顔を引き攣らせた。判らなくもないと思うんだけどなぁ。
どんなにこの姿が見られたって、正体がばれる事はない。
だって、この姿が妖怪『鵺』だって知ってる者がいないんだから。私の素性を特定出来る妖怪なんていない。
素性が特定出来なければ、それは正体不明である事と一緒だよ。現に何回かこの姿で街を歩いた事もあるしね。
あ、さとり妖怪は例外だけどね?
「とにかく、一緒に行こっ!」
「えっ、わっ、ちょっ!」
水蜜の手を引いて、家の外に飛び出す。
今までは一人で歩く事しかしなかった地獄の街。
そこで楽しそうにしている妖怪を見る度、胸が苦しくなったけど……。
今日は違う。
私には水蜜がいる。
ずっと心待ちにしていた、一緒に歩いてくれる友達がいる。
水蜜と一緒に歩く地獄の街が、私の眼にどう映るのか……。
ああ、凄く楽しみだっ!
* * * * * *
がやがやと、かなりの賑わいを見せる地獄の街。
生前や地上にいた頃に、何度かこの地獄の話は聞いた事があったけど……。
何と言うか、噂と全然違う。地獄って言うのは生前大罪を犯した人間の霊の溜まり場で、もっと陰湿な場所だと思ってた。
だのに今目の前に広がっている光景は、妖怪と死霊で溢れ返った、活気ある街並みだった。
「凄っ……随分賑やかだね……」
「でしょ? なんだかんだでみんな騒がしいのが好きなんだよねー。きひひひひひひっ!」
ぬえが楽しそうに笑う。初めて笑い声を聞いたけれど、不気味というか、変だなぁ。
しかしまあ、本当に騒がしい事。
妖怪達の笑い声なんかを聞いていると、こっちまで気分が高揚してくる。
……でも……。
……いいのかな……この街で楽しんでも……。
聖は封印されて、辛い思いをしているはずなのに……私は……。
「ほら水蜜、あっちでお菓子でも食べよっ!」
ぐいぐいと私の腕を引っ張るぬえ。
でも、私はいまいち乗り気になれない。どうしても、聖の事を考えてしまうから。
……ぬえがこんなに楽しそうにしてるのに、私は……。
「水蜜……?」
……聖……私は……。
「……大丈夫だよ、水蜜」
……えっ?
「水蜜のその気持ち、私にも判る……とは言えないかな、流石に。
今までそんなに大切な人を持った経験がないし、そもそも誰かと一緒にいた事もなかったから。
そんな私がこんな事を言うのも、水蜜に悪いと思う。でもさ……」
そしてぬえは、今一度笑う。
光の差さない地底世界なのに、眩しくて目が眩みそうな笑顔を……。
「水蜜が落ち込んでる姿なんて、誰も望んでない。水蜜が助けたい聖だって、きっとそう思ってるはずだよ。
その人の事を忘れろなんて言わないよ。でも、楽しむ時には楽しんでいいと思うんだ」
……正直、その時のぬえの言葉が、正しいものだったのかは判らなかった。
それでも、私の沈んだ心を癒す分には……十分過ぎるほどに、温かかった。
「ぬえ……」
聖、ごめんなさい。
私には、ぬえの期待を裏切る事が出来そうにありません。
駄目なんです、どうしても。ぬえは私と似過ぎているんです。
ぬえの期待を裏切ってしまえば、確かに私は隣にいても、お互いに心は独りぼっちになってしまうでしょう。
孤独である事の苦しみは……私は、よく知っているので……。
判って……くださりますか……?
貴女も今、とても孤独な思いをしているのかもしれません。
しかし、こう言うのはとても申し訳ありませんが、今の私には貴女を救う方法が判りません。
だけど、此処にいるぬえを孤独から守る方法は判っています。
きっと、貴女ならこう言いますよね……。
『自分に出来る事をやりなさい』と……。
「そう、だね……」
少しだけ、吹っ切れた気がした。
「せっかくぬえが誘ってくれたのに、それを蔑ろにも出来ないわね」
無理やり自分を納得させる事で、漸く私も笑顔になれた気がする。
聖ならそう言う“だろう”……。私の勝手な想像だけれど、きっと間違ってはいない。
だって、私の知っている聖はいつもそうだったから。あの人は、優しすぎたから……。
聖ならきっと許してくださる。
……うん、きっと、ね……。
ああ、駄目駄目。今はぬえの事を考えないと。
私が暗い顔をすると、ぬえまで暗い顔になっちゃうから。
今の私に出来る事は、ぬえと一緒にこの時間を楽しむ事。そうすれば、ぬえは笑ってくれる。
それが、私が出来るぬえへのお返し。私が孤独にならなかったのは、ぬえのおかげなんだから。
聖もきっと、私が暗い顔をするより、笑っている事を望むはずだ。
「じゃあ、行こうよ水蜜っ!」
「うんっ!」
笑顔で頷く。
そして、手を引くぬえと一緒に走りだす。
そうだ、今は楽しもう。
私と同じように笑う、ぬえの笑顔を守るためにも。
聖が私を救ってくれたように……今度は、私がぬえを救ってあげるんだ……!!
* * * * * *
凄く、幸せだった。
水蜜が傍にいてくれる事が。私にも友達が出来たんだという事実が。
一人で生きていた時には、決して感じる事のなかったこの気持ち。
ずっとずっと願い続けてきた、欲していた幸福が、やっと私の元にも届いてくれた。
これからずっと、ずっと、この幸せが続けばいい。
水蜜と何時までも、一緒に笑いあえたらいい。
それだけで、私はもっともっと幸せになれる。
水蜜さえいてくれれば、どんなに他の妖怪から恐れられたって、そんな事知らない。
……だから、ずっと水蜜に……傍にいて欲しい……。
それが……友達を手に入れた私の……最後の願いだった……。
* * * * * *
水蜜と出会い、そして一緒に暮らし始めて、半年くらいが過ぎた頃だった。
あれからは毎日のように一緒に遊び、一緒にご飯を食べたり、一緒に寝たり……。
そのおかげで、地獄街に行くことも多くなって、必然的に地獄の住人とも、少しずつだけど関わるようになってきた。
尤も、正体を明かしてはいないけどね。その辺はおおかた水蜜に仲介を任せている。
さて、当の水蜜なんだけど……。
「ぬえっ!! 次これ着てみて!! あああとあっちのも!! とにかくまずは脱げ!!」
変な方向に覚醒していた。
「あ、あのさ水蜜……」
「言いわけは聞かないわ。とにかく私にその絶壁を拝ませなさい」
「何が言いわけ!? まだ何も言ってないよ!? あと絶壁言うな!!」
水蜜みたいに無駄にでかいよりは苦労がなくていいじゃんか!
「何を言っているの? 確かに聖や一輪みたいに豊満なのも捨てがたいわ。
だけどっ!! でかいのばかりだった寺に住んでいた私にとって絶壁は新たな境地なのよ!! さあもっと私に新世界をォ!!」
「やかましいわこの変態!!」
ざくっ!!
水蜜の顔面に槍を突き刺す。
とは言っても、妖怪(と言うか幽霊)なんだからこんな事で死ぬわけはないし、それに……。
「ふんっ!! その程度でこの私を止められると思うなッ!!」
正直に言うと、今や当たり前の突っ込みになってるからね。
槍が脳ミソ貫いても平気な顔をしていられるのはある意味凄いけどさ……。
ちなみに、水蜜がこんな事になっちゃった経緯を簡単に記しておくと……。
ちょっと前に水蜜と街を歩いていた時、着物を誂えている店があったので、二人で入ってみた。
で、いろいろ着物を見てたら、店主が試しに来てみてもいいという事なので、水蜜に手伝ってもらおうと一緒に着替える事に。
そして服を脱いだら、水蜜が鼻血を吹いて倒れた。
それから数刻後に水蜜が目を覚ました時、何故か↑みたいなおかしな進化を遂げていたという事だ。
いやまあ、元々猪突猛進と言うか、脇目も振らない性格ではあったけどさ……。
……えっ? 服を脱いだ時に下に何か着てたかって?
着てるわけないじゃん、ただでさえ地獄は熱いのに。
「とにかく脱げッ!! ああ一輪!! 今なら判るわあんたの気持ちが!!
愛に性別なんて関係ない!! いかに相手を愛するかが全てなのねっ!!
あんたが聖を狂愛していたのと同じように!! 私も壊れるくらいにぬえを!!」
「いろいろ突っ込みどころはあるけど、とりあえずあんたの住んでたところはホントに寺なの!?
なんかもう一人変態がいたように聞こえるんだけど!? しかもさりげなく自分で狂愛だって認めたよね!?」
「ええそうよ!! 狂愛で何が悪い!!
聖!! 私は悟りました!! 他の者を愛するという事はこんなにも素晴らしい事だったのですね!!
人も妖怪もすべて平等に愛する!! あなたの教えはやはり真理でした!!」
「その人の教えはたぶんまったく別のものだよ!! 間違った解釈されちゃその聖って言う人もたまったもんじゃないだろうね!!
あと平等って言葉の意味をもう一度勉強し直して来い!!」
「あー、二人とも、痴話喧嘩なら外でやってくれないかな何時も言ってるけど」
「ほら!! 私とぬえが夫婦である事はもう周知の事実らしいわよ!!」
「どっからその発想が出てきたの!? あ、店主さんごめんなさい今この変態を外に放り出すんで」
「ちょっ!! 待って!! せめてあと2~3着は見させてよおぉぉぉぉ!!」
煩い。本気で近所迷惑だよ。
ああもう、幾ら人前に出れるようになってきたからって、あくまで私は正体不明の妖怪なんだからね。
こんな余計な事で目立ってどうするのよ。万一でも私の正体が露見したらどう責任取るつもり?
まさか水蜜がこんな危険人物だとは思わなかった……。最初に出逢った時はまともだったはずなんだけどな……。
私も昔に比べて変わった方なんだろうけど、間違った方向に変わるとこうなるのか、覚えておこう。
……ホント、こんな風に変わらなくてよかったぁ……。
「……賑やかなお客さんだね、ヤマメちゃん」
「そうだねー、服屋開いて間もないのに、随分メンドくさい常連が出来ちゃったもんだよ」
「常連なんだ……そう言えば前にも見た気が……」
「キスメと一緒でね。まあ私は賑やかな方がいいから別にいいんだけど」
「うーん……それはよく判らないや……」
「キスメは内気だからねぇ。ま、とりあえずは評判いいみたいだし、これからも気長にやっていこうかねー」
「……うん」
* * * * * *
「あー、疲れたねー」
うん、疲れたよ。水蜜に振り回されっぱなしでね。
今はとりあえず、のんびりと地獄街を二人で歩いている。疲れと言う名の荷物を背負って。
「今日は十分遊んだし、そろそろ帰ろっか」
「そうだね……」
若干ため息交じりにそう返答する。
今日の事は『遊んだ』って言っていいのかな。まあいつもの事だけど……。
「それにしても……」
家に帰ろうと足を動かし始めた途端、今までの騒がしい感じじゃなくて、静かに口を開く水蜜。
「……本当に、ぬえに逢えて良かった」
……えっ?
「聖が封印された時さ、ああ、また私は孤独になるんだって、そう思ったんだ。
人間だった頃に独りで死んで、ずっと独りで寂しく船を沈めてきて……聖に救われて……。
もう一人になりたくなかった。誰かにずっと傍にいて欲しかった。だから、私は聖にずっと付いていこうと思った。
だけど、聖を失って……そして一輪とも離れ離れになって……」
「水蜜……」
「でも、ぬえに逢えた。こうして地獄に落ちてきたすぐ傍に、ぬえがいてくれた。
正直さ、私はあんまり神とか仏とかは信じてないけど……初めて、そう言う存在に感謝したよ。
これで私は、独りにならなくてすむんだって。隣にいてくれる誰かに、逢えたんだって……」
淡々と言葉を繋げていく水蜜。
……なんだろう、凄く眼の奥が熱い。それに、胸がドキドキする。
「ありがとう、ぬえ。私の傍にいてくれて。私を孤独から救ってくれて」
穏やかな表情を崩さずに、静かな声でそう言い放つ。
だけど、そんな静かな言葉でも、私の心をいっぱいに満たしてくれた。
水蜜は何の気もなしに、言葉通りの意味でそう言っただけなんだろうけど……。
私だって、水蜜に逢えて良かったと思っているのは一緒だ。
私だって、孤独でいるのは嫌だった。ずっと独りで生きてきて、誰か隣にいてくれれば、って思ってた。
あの日水蜜が空から降って来て、そして友達になってくれて……。
……水蜜に救われたのは、私の方だ。
こんな充実した、騒がしくて、楽しい生活なんて、水蜜がいなければ絶対に手に入らなかった。
どんなに変わったな、と思おうとも、水蜜は水蜜。私の初めてで、そして一番大事な親友。
だから私は、水蜜にずっと傍にいてほしい。
「あのさ、水蜜……」
こんな事言うのはちょっと照れ臭いけど……。
でも私は、水蜜と何時までも一緒にいたい。
だからこの気持ちを、水蜜に判ってもらいたい。
水蜜、ずっと一緒に……。
「これからも、私と……」
一緒にいて。
そう言おうとした、その時……。
「ムラサ!!」
突如として響いた、第三者の叫び声。
「えっ……?」
今の声は……そう呟いて、慌てて声をした方を振り向く水蜜。
ムラサ、ムラサ……そう言えばそれって、水蜜の名字だったよね……。
それを知ってるなんて、いったい誰……。
私達の目線の先にいたのは、水色の短髪で青い頭巾を被った女性で……。
「一……輪……?」
一輪、と水蜜はその人の名を呼んだ。
「ああ、ムラサ! やっと会えた……!!」
今にも泣きそうな表情で、笑顔をこぼす一輪と呼ばれた女性。
ああ、この人が水蜜の言ってた、水蜜と一緒に地獄に落ちて来たっていう……。
「一輪!! 良かった、ちゃんと生きてて……」
「当たり前よ。姐さんの封印を解くまで、死んでたまるもんですか」
「ははっ、そう言うトコは変わってなさそうで何よりだわ」
水蜜も友達と再会出来て嬉しいのか、笑顔を見せる。
まあ、そりゃそうだよね。水蜜はこの一輪って人の事、随分気に掛けてたみたいだし。
今まで生きているのかすら判らなかった人に再会出来たんだ。喜んで当然か。
「あ、水蜜」
せっかく友人と再会出来たんだ、積もる話もあると思うし、私は先に帰ってようかな。
「ああ、一輪。紹介するわ、私の友達のぬえよ」
「鵺? それって、あの伝説の妖怪の……?」
どうやら一輪の方も、私の事を知っている様子。
まあ、それは間違った知識なんだろうけどね。
「随分と印象が違うけど……まあいいわね。
私は一輪、雲居一輪よ。ムラサとは地上にいた時に、同じ寺に住んでいたわ」
「きひひひっ! 初めまして、一輪さん。水蜜からよく話は聞いてるよ」
何と言うか、水蜜よりは随分と大人びている印象を受ける。大人の女性って言うのはこういう人なのかな。
「まあとにかくさ、水蜜もいろいろ一輪と話したい事あるよね。私は先に帰ってるよ」
「あっ……ごめん、ぬえ。また後でね。それより一輪、聖輩船の事だけど……」
話し始めたのを見てから、私は水蜜達に背を向ける。
うーん、なんだか此処最近はずっと水蜜と一緒にいたから、こうして一人で歩くのも久々だなぁ。
でもまあ、どうせまた後で水蜜と一緒にいられるんだしね。
確かに一人はちょっと寂しいけど、それも水蜜が帰ってくるまでの事だ。ずっと独りだった時の事を考えれば、どうって事ないよね。
そうだ、今日の夕飯は私が作ろうかな。
ずっと水蜜に任せっきりだったけど、私だって一人暮らしは長かったんだ。料理くらい出来るもんね。
一番最初に水蜜の料理を食べた時は驚かされたけど、今度は逆に私が驚かしてやろうかな。
妖怪『鵺』は他人を驚かせて、その心を食べるのが本来の姿なんだ。久々に、水蜜を驚かせてあげようっと。
……この時私は、自分の中に湧き上がっていた黒い感情に、全く気付いていなかった……。
* * * * * *
「……遅いなぁ……」
食卓に並べられた、二人分の食事。
いつもは水蜜が作っているものだけれど、今日は私が作ったものが並べられていた。
昨日までの夕飯とは全然違う。私が作ったご飯が並んでいるのもそうだし……。
……いつもは向かいに座っているはずの、水蜜がいない……。
家に戻って来てから、ちょっと休んで、ゆっくりご飯を作って……。
いつも夕飯を食べ始める時間よりちょっと遅かったけど、逆に言えば水蜜が帰ってくるまでの時間はあったはず……。
なのに、時間になっても水蜜は帰ってこなかった。
今までずっと、水蜜と一緒にいたっていう訳じゃない。時々は、一人で外に出掛ける事もあった。
私自身もたまに一人でいたい事もあったし、いくらお互いに孤独が嫌いだからって、それくらいの事は何度もあった。
だけど、私と水蜜は唯一、ご飯の時だけは必ず一緒にいた。
どんな事があったとしても、水蜜はいつだってご飯の時間には帰って来て、いつも通りに料理を作ってくれた。
そして二人でご飯を食べながら、今日一日あった事を話している事が、私の一番の楽しみだった。
個々で一日を過ごした時は、お互いに。二人で過ごした時は、その思い出を。
そんなちょっとした一時が……。
「……水蜜……」
うん……判ってはいるんだ……。
一輪と再会して、いっぱい話したい事もあるはずだし……。
仕方ない……よね……。
たった半年くらいしか一緒にいない私よりも……一輪の方が、付き合いは長いはずだしね……。
「……先……食べよ……」
誰に言い聞かせるわけでもなく、独りでに口から漏れるそんな言葉。
なんだかいつもよりも重く感じる手で箸を取り、ご飯を摘み始める。
……だけど……。
何を口に運んでみても、全然美味しくなかった……。
勿論、そのままの意味でも水蜜の方が料理が上手いっていうのはある。
だけど、別に私自身も料理は下手じゃない。水蜜に出会うまでは自炊してたんだし、自分で満足出来るくらいのものは作れる。
でも、今私が食べているものは、最早食べ物ですらない気がする。
美味しいとも思えない、かと言って拙いと思っているわけでもない。
何も感じない。
ご飯の味を楽しむよりも先に、何とも言えない孤独感が私を襲う。
ただ一人でご飯を食べているのが、たまらなく苦しい。
いつも目の前にいてるはずの水蜜がいない事が……どうしようもない程に……。
「……………」
駄目だ、これ以上食べられない……。
まだ半分以上残っているけれど、私は箸を置いた。
いつも楽しいはずの食事が、水蜜がいないだけでこんなにも……。
……ああ……。
……それだけ、私にとって水蜜は大切な存在なんだな……。
今の私は、水蜜がいないと……何も出来ないんだな……。
水蜜がいてくれないと……。
でも、水蜜は一輪と再会しちゃったんだ。
離れ離れになって、ずっと逢いたかったであろう友達に、漸く出会えたんだ。
……きっと、私なんかよりも優先するべき存在に……。
「……寝よう……」
食事の片付けもせず、普段の寝る時間よりも遙かに速く、私は何時も水蜜と一緒に寝ている寝室へと足を運ぶ。
水蜜と一緒に暮らし始めてから、私の生活は随分と規則正しいものになった。
ある程度決まった時間に起きて、決まった時間に食事して、決まった時間に水蜜と一緒に眠る。
外の世界でそういう生活をしていたという水蜜に合わせていたら、自然とそれが日常になっていた。
だけど、その日常を作ってくれた水蜜が、日常の中にいなくなっていた。
それだけで、今の私は何をしていいのかが判らなくなっていた。
今はただ、布団を被って少しでも落ち付きたい。
そうだ。幾ら水蜜の帰りが遅いからって、二度と帰ってこないわけじゃない……ハズ……。
単純に、話が長引いちゃったりしてるだけ……だと思う……。
……布団を被れば、少しは落ち着いてものを考えられると思った。
でも、どんなに前向きに考えようと思っても、結局は“ハズ”だとか“だと思う”と言う言葉が必ず最後にくっついてしまう。
「……水蜜……」
私が潜っている、一人用の布団。
水蜜と暮らし始めてから、ずっと二人で一緒に使っていた小さな布団。
水蜜が隣にいてくれた時は、凄く温かかったのに……。
……なんで今は、こんなにも冷たく感じるんだろう……。
「水蜜……水蜜ぅ……」
ただただ、届かぬ声でその名前を呼び続ける。
ぼろぼろと眼から零れる雫が、枕を濡らす。
寂しい……。
一人でいるのが嫌だ……。
早く……。
早く……帰ってきてよ……。
今だけでいい……。
もし一輪と一緒にいたいなら……それでもいいから……。
今だけは……一緒にいて……。
水蜜……。
* * * * * *
「ふあっ……?」
ゆっくりと、眼を開ける。
あれ……私どうしたんだっけ……。
落ち着いて今までの事を思い出す。
結局布団に潜って水蜜の事を考えていて、そのまま寝ちゃったのか……。
……どんな夢を見ていたのかも思い出せない。
ただただ、水蜜の事ばかり考えていた記憶しかない。
「水蜜……」
やっぱり、水蜜が隣にいない。
目を覚ませばいつもそこにいたはずの水蜜が、いてくれない。
寂しい……。
「水蜜……ッ!!」
また、ぼろっと涙が零れる。
やだよ……もう一人はやだよ……!!
水蜜……水蜜、水蜜、水蜜!!
「……呼んだ?」
……えっ?
不意に耳に届いた、そんな声。
今の声って……まさか……。
慌てて声のした方に振り向く。部屋の外の縁側に腰かける、一つの影。
その水兵服姿は……まぎれもなく……。
「水……蜜……?」
「なんでそんな意外そうなのよ」
だ、だって……。
「……だって、もう帰ってこないと思ったから……」
「……あんたねぇ、確かに遅れて帰ってきた事は悪いと思ってるけどさぁ」
呆れた、と言わんばかりの声で返答する。
でも、その水蜜の声が、私の心を少しずつ温めていく。
水蜜が、ちゃんと帰って来てくれた……。
「なんでそんな事で泣いたりすんのよ」
「えっ?」
「だから、なんで私が帰ってこない程度で泣いたりするのかって聞いてんの」
私に背を向けたまま、そう問うてくる水蜜。
なんでって、そんなの決まってるじゃん……。
「だって、一人が嫌だったから……。
何時も水蜜が傍にいてくれたのに、水蜜がいなくなっただけで、凄く寂しくて……」
「はぁ……」
私がそう言うと、物凄くわざとらしく溜息を吐いた。
な、なんでだよぅ。私がずっと独りでいた事、水蜜だって知ってるはずじゃんか。
私は一人でいるのが、孤独でいるのが嫌いなんだって……。
「まあ、悪いとは言わないわよ。それだけあんたが私を思ってくれてるって言うのは、嬉しい事だしね。
だけどさ……」
と、水蜜は漸くこっちを振り向いて立ち上がる。
何と言うか、予想通りの呆れ顔だった。水蜜らしいと言えば、らしいけど。
そして水蜜は、私の前でゆっくりと膝を折って……。
「……なんで、私を信じなかったのよ……」
……まるで海の底に沈んでいってしまうような、不思議な魅力を持った深く暗い水蜜の瞳。
そんな悲しそうな眼は、今までの水蜜だったら絶対に見せなかった……。
……いや、一度だけ見た事があったっけ……。
水蜜に初めて出逢ったあの日……法界の封印の前で見せた、涙に暮れた水蜜の眼だ……。
「私の事を友達だと思ってるなら、絶対に帰ってくるって信じなさいよ。
なのになんで、勝手に私が二度と帰ってこないなんて思うのよ。
なんで信じて待っててくれなかったのよ……!」
水蜜の眼に、少しずつ涙が浮かぶ。
なんで水蜜がこんな眼をしているのか、なんでこんなにも泣きそうなのか、正直よく判らなかった。
でも、これだけは判る。水蜜が、本気で悲しんでいる事だけは。そしてそれが、私のせいだという事は。
……ああ、そっか……。
馬鹿だな、私は。勝手に水蜜に見捨てられたと思って、勝手に自分で泣いて……。
水蜜は私の事を思ってくれていたのに、私はその思いを、自ら撥ね退けていたんだ。
「……ごめん、水蜜……」
本当に、馬鹿だな。いっその事、この場で泣き叫びたい気分だ。
でも不思議と、涙が流れる事はなかった。と言うより、私が泣いちゃいけないと思った。
だって、私にその資格はないんだから。どんなに悔しくても、私は泣いちゃいけない。
水蜜の方が、ずっとずっと悔しい思いをしているはずなんだから……。
「馬鹿……ッ!! この際だからハッキリ言っておいてあげるわよ……ッ!!」
ぽろっ……と、水蜜の眼から涙が零れる。
本当に、呆気に取られる光景だ。でも、水蜜の涙を意外に思っている時間は、私にはなかった。
だって……。
「えっ……?」
ぎゅ……っと、優しく、温かく、そして強く……私を抱きしめる水蜜……。
その温かさが、私の身体全体に、一気に広がっていく……。
「ちょっ!! み、水蜜!?」
突然の事に、軽く混乱してしまう。恥ずかしさとか嬉しさが、色々とぐちゃぐちゃになって。
水蜜の行動はいつもかなり積極的だけど、こんな温かみのあるような抱擁と言うのは、初めてだった。
それだけに……水蜜の本来の温もりが直に伝わってきて……なんだか、凄く気恥しい。
そして……。
「私はあんたを捨てたりしない……あんたの手を絶対に離したりしない!
約束する……だから……だから、私を信じなさい……ッ!!」
私の中で、何かの糸が切れたような気がした。
ああ、駄目だ。
やっぱり、水蜜には敵わないな。
水蜜は知ってるんだから。
友達と言うのが、どんな存在なのか。
友達を信じるって事が、どれだけ大事な事なのか。
誰よりも、何よりも、一人の寂しさを知っているから……。
水蜜は、なにより友達を信じられるんだろうな……。
私はそっと、水蜜の腰に手を回して、ゆっくりと抱き返す。
水蜜の温かさを、もっともっと感じたいから。
真っ直ぐにぶつけてきたその心に、答えてあげたかったから。
私はこの半年間、水蜜にどれだけの事をしてあげられたのかは判らない。
友達になってくれたという大恩に、どれだけ報いる事が出来たのかは判らない。
きっと、一生水蜜の傍に寄り添っていて、一生水蜜と共に生きていても、返しきれないものだと思う。
だから、私はこの瞬間に決意した。
もうどんな事があったって、私は水蜜を裏切ったりしない。
どんなに離れていたって、水蜜の事を信じ続ける。
だからさ、水蜜……。
ずっと……。
ずっと……傍にいて……。
「ありがとう……水蜜……」
私の眼からも、温かな涙が一筋、零れ落ちた……。
* * * * * *
正直な話、凄く悔しかった。
ぬえの事をなにも判っていなかったと知ってしまった時、自分が情けなくなった。
一輪に聖輩船の事を話し、実際に今船を隠している場所まで案内して……。
そのせいで思い出話を色々してしまって、結局ぬえの家に帰るのが遅くなってしまった。
ただその時の私は、遅れてしまって若干悪いとは思いつつも、それを殆ど意識していなかった。
きっとぬえなら、居間に寝転がるなりなんなりしながら、いつも通り迎えてくれると思っていたから。
一輪の事、何から話してやろうかな。そんな事を考えながら、私は家に戻って……。
……泣きながら眠っているぬえの姿を見て、時が止まったような感覚を覚えた……。
水蜜、水蜜と……私の名前を呟き続けるぬえの姿を見て、心を抉られたような気がした……。
ああ……私のぬえへのこの思いは、まだ通じてなかったんだな。
私はぬえの事を、本気で愛していた。それこそ、聖と同じくらいに……。まあ、愛するという言葉の意味合いは若干違うけどね。
とにかく、その思いは今までずっと、私なりにぶつけ続けてきたつもりだった。
それでも、ぬえにはまだ届いていなかったんだ。
ただ私は、ぬえとお互いに信じあえているという自己満足しか持っていなかったんだな。
結局私は、私の事しか考えていなかったんだな。
そりゃそうだよ。
ぬえは私が、初めての友達だったんだから。
今までずっと傍にいた私が、いつも通りに帰ってこなかったら、心配になって当然じゃんか。
孤独である事の寂しさは、私が一番知ってるはずだったのに……。
私が馬鹿だった。
そもそもなんで、ぬえを一人にしちゃったんだろう。
ぬえの事を本当に考えていたなら、そんな事判るだろ。
自分の顔を引っ叩いた。
こんなんじゃ、私は聖みたいになれない。ぬえを救ってあげられない。
そうだよ、今の私は、聖に付き従っていた“ムラサ”じゃない。
ぬえの友達である“村紗水蜜”なんじゃないか。
思い出せよ。なんで私がぬえに惹かれたのか。
……ぬえが、初めてだったじゃんか……。
私の事を『水蜜』って呼んでくれたのは……。
それが、嘗ての私の唯一の不満と言うか、疎外感。
みんながみんな、名前で呼び合うのに対して、私だけは“ムラサ”と呼ばれ続けていた。
嫌だったわけじゃない。だけど、少しだけ寂しかった。
なんだか私だけ、違う世界にいるかのような気がしていたから……。
そりゃあ、聖がそうやって私を差別してただなんて事は、微塵も思わないけどさ。
それでも、ぬえはこの世で唯一、私を“村紗水蜜”として見てくれたような気がする。
本当の私を、見ていてくれた気がする。だからこそ、私はぬえに対してずっと、何も隠さずにいられたんじゃないか。
どんな苦しみも悲しみも、ぬえには全部話せた。そして、喜びも分かち合う事が出来た。
ぬえが私を『水蜜』と呼んでくれなかったら、きっと此処までぬえを信頼する事は、なかったと思う。
だから、私はなによりぬえを信じてあげなきゃいけない。
正体不明の妖怪、封獣ぬえの事を、誰より理解してあげなきゃいけない。
そして……ぬえの一番の友達で、いてあげなきゃいけない。
それが私に出来る、ぬえへの本当の恩返しなんじゃないか……?
「……ごめんね、ぬえ……」
眠っているぬえに対して、一度だけ頭を下げた。
ああ、今日の私には、まだぬえと一緒に眠る資格はない。
明日ぬえが起きたら……どうしようかな。謝ればいいのか……。
……いや……そうだね、何時も通りでいよう。
きっとその方が、ぬえにいろいろ気を使わせる事もないと思う。何の蟠りもなく、ぬえの友達に戻れると思う。
まあ、何時も通りでいられるかは判らないけどね……。
本当に、ごめん。ぬえ。
私はもう、ぬえを一人にしたりしない。
離れている事があっても、ぬえの事を思うようにする。
どんな事があっても……この心だけは、いつだってぬえの傍にいるよ。
だから、私の事も信じて欲しい。
いつでも、私の事を考えていて欲しい。私の傍に、心を置いていて欲しい。
そうすれば、なにがあっても……ずっとずっと、一緒にいられるから……。
ぬえ、大好きだよ……。
居間に放置してあった、二人分の冷めきった夕飯を全部食べた事は……私だけが知っていればいいかな……。
* * * * * *
水蜜と出逢ってから、1000年くらい経っただろうか。時の流れが判りづらい地底じゃ、よく判らない。
今では一輪とも、そして他の妖怪達とも、それなりに仲良くしている。
これまでの間で、地底は少しだけ変わった。そう、地獄ではなく“地底”と、今はそう呼んでいる。
地獄として使われなくなり、相変わらず死霊があちこちに溢れてはいるけれど、増える事もなくなった。
それに元々、妖怪である私達に害はあまりなかったけれど、地底の中心に建つ『地霊殿』の連中によって、ちゃんと管理もされている。
ああ、あと鬼が地底に住むようにもなったんだっけ。
そのお陰で、今まで騒がしかった地底がさらに騒々しくなった。
私も何度か関わった事があるけれど、あまり反りは合わなかった。
何故かって、鬼は嘘を嫌うから。正体不明の私はあまり好まれなかったらしい。
その分、水蜜とは相性が良かったみたいだけどね。
まあとにかく、私を取り巻く環境は水蜜と出逢ってから、本当に慌しいものとなった。
それ以前の私には考えられなかった事だけれど、概ね今のこの生活には満足していた。
一輪もちょっと口煩いけどいい奴だし、地底の妖怪達も、一緒にいて悪い気はしない。さとり妖怪は相変わらず苦手だけど。
そして何より、水蜜がいつも傍にいてくれる。
水蜜があの時言ってくれたように、私は水蜜の事を信じている。心はいつでも傍で繋がっている。
だから私はもう、寂しいと思う事はなくなった。だって、いつだって一緒なんだから。
そしてそんな生活が長く長く続いた、とある日の事……。
……その日がきっと、私が生きてきた千数百年のうち、最も大きな変化の日だったんだろうな……。
* * * * * *
「間欠泉?」
「ええ、さっきそこで聞いた話なんだけど、何でも地底の天井を貫くほどの大きな間欠泉が湧いたらしいわよ」
旧地獄街の団子屋で餡団子を頬張っていた私と水蜜。そんな私達の元に、唐突な話題を持ってきた一輪。
間欠泉ねぇ。新しい温泉でも出来てくれればいいなぁ。
まあそうなったらどうせ水蜜が襲い掛かってくるだろうから、何時も通り槍を脳ミソにぶち込む作業だけど
「近頃天井が揺れる事が多かったけど、天変地異の前触れじゃなきゃいいわね」
水蜜はあんまり興味なさそうだった。
そう言えばやけに地震が多かった時があったなぁ。地底だから、揺れているのは天井なんだけど。
「まあ、地底に天変地異が起きるとしたら、天井が崩れるってくらいじゃないかしら?」
「きひひひっ! そうなったら私達じゃどうしようもないねー」
冗談めかして笑う私と一輪。見れば水蜜も横で笑っていた。
そんな事起きないと判っているし、百億に一つでも起きたら、それはもう私達じゃどうしようもない。諦めて死んだほうが楽だと思う。
だからこそ私達は、こんなくだらない話題で笑っていられたわけだ。
……この間欠泉が、私達のこれからを左右する事になるなんて、この時は全く思っていなかった……。
* * * * * *
一輪から間欠泉の話を聞いた、半月後くらいの事。
「ぬえ!! 今日こそ私のものになれ!!」
「やかましいわこの変態が!! 何本槍をぶち込めば諦めるんだよ!!」
今日も今日とて、私達は家でのんびり過ごしていた。これでのんびりだと言えるようになってしまった自分が凄い。
ちなみに今の水蜜の頭には3本ほど槍が刺さっている。ああ、妖術で槍を作るくらいは簡単に出来るよ。
次は弓矢をぶち込んでやろうかな……。
「ムラサ!! ぬえ!!」
そんな事を考えていたら、突然の一輪の来訪。しかも豪く慌てた様子で。
普段から結構冷静沈着な一輪にしては、珍しい姿だった。
「ん? どーしたの一輪、そんなに慌てて」
「なに二人で昼間からいちゃいちゃしてんのよ!!
いいからちょっと旧地獄街の方まで来て!!」
うーん、と首を捻る私と水蜜。
本当にどうしたんだろう、こんなにも慌てて。一輪らしくもない。
まあ逆に言えば、それほどの自体が何か起こっているんだと思う。
とにかく私達は、ある程度急いで支度をして、一輪の後に続いて旧地獄外へと飛んだ。
そしてその道中、確かにおかしな感じを覚える。
と言うのも、怨霊や地底の妖精、あるいは妖怪達の動きが活発すぎるからだ。
しかも、誰にやられたのかは知らないけれど、打ち落とされた様子で地面にへばっている奴らも結構いるし。
なんだろう、地底でなにが……。
「留守中に勝手に飲むな!」
……えっ?
今、上のほうで聞きなれない声が聞こえた気が……。
私と水蜜と一輪、3人が同時に空を見上げる。私達の目に映ったのは、旧地獄街の空を飛ぶ二つの影。
一つは知っている。金の長髪で額から突き出た緋色の一本角。鬼の四天王の一人、星熊勇儀だ。
だけどもう一人、勇儀と相対している赤い巫女装束を纏った黒髪の少女。あんなのは、私の記憶には一切存在しない。
存在しないどころか……その巫女から感じられる力は……。
間違いない、人間のものだ。
「あっ……」
突然地底に現れた人間。それを見て私達が唖然としている間に、巫女はさっさと旧地獄街の中心部に向かって飛んでいってしまった。
旧地獄街の中心部……そこにあるのは、地霊殿だけど、いったい人間が地霊殿に何の用があるんだろう。
そもそも、なんで人間が地底に? 地上と地底が干渉しあうのは御法度のはずだし、どうやって地底に来たのかも判らない。
私の頭に大量の疑問符が浮かんだ。
「んっ? おお、あんたら見てたのか」
と、呆然と空を眺めていただけの私達に気付いた様子の勇儀が空から降りてくる。
「ゆ、勇儀……よく見えなかったけど、今のって……」
私達と勇儀は顔見知りである。と言うか、地底でこの星熊勇儀と知り合いじゃない妖怪はいないだろう。
何故かって、元々鬼達の中でも特に強力な存在であるのもそうだし、誰彼構わず酒に誘ってくるからだ。
私も呑み比べの餌食になった事がある。被害者か餌食か、この場合はどっちが正しいのかな?
「ああ、その通りだよ。人間さ。それも、とんでもなく強い、ね」
……何故か、胸の鼓動が少し強くなった気がした……。
「人間……? 人間が、なんで地底に……」
「さぁね、例の間欠泉がどうのこうの言ってたけど、それ以上の事は知らんよ」
間欠泉……って、半月前に突然湧き出したあれの事か……。
一輪の言った通り、本当に地上にまで突き抜けてるんだ。
……えっ?
……それって、つまり……。
「勇儀!!」
「んっ? パルスィ?」
私がいろいろ考え始めた瞬間に、またまた突然の来訪者。地上と地底を繋ぐ橋の番人、水橋パルスィ。
今まで地底に人間が下りて来なかったのは、このパルスィが地上から、地下から行き来するものを阻んでいたから。
しかし、そのパルスィも今は顔に絆創膏を張ったり服があちこち破れていたりで随分とぼろぼろだった。
今までのことを考えると、さっきの人間にやられたんだろうな。
「あ、あんたがさっきの人間と戦ってるって聞いて……べ、別に心配して来たわけじゃないんだからねっ!!」
「ああ、さっき負けちゃったよ。地霊殿に行ったみたいだし、後はさとり達に任せるさ」
「ま、負けたって……怪我とかしてないの!? べ、別に心配ってわけじゃ……!!」
仲いいなこの二人。
とかそんな事を考える前に、私の意識は別のところへ持っていかれる。
地上から来た人間。
鬼である勇儀に勝つほどの人間。
地上まで突き抜ける間欠泉。
地上……私には、物凄く懐かしい言葉だ。
千年近い長い時を地底で過ごした私。でもその前は、地上にいた事もあった。
懐かしさもある。だけど今一番気になっているのは、さっきの巫女の事。
今の人間は、あれだけの力を持っているんだ……。
どくんと、また胸の鼓動が大きくなる。
間のいい事に、地底の番人であるパルスィが、今この場にいる。
今、地底と地上の間には誰もいない。
今なら、誰にも邪魔をされる事なく……。
地上に、行く事が出来るんだ……。
「ぬえ……?」
はっと、私の意識が現実に戻ってくる。
ああもう、何を考えてるんだ私は。今更地上に行ってどうするんだよ。
別に地底での生活が不満ってわけじゃないじゃんか。確かに最近は様変わりがなくて退屈だけど、それだけど……。
首を激しく振る。今の考えを、頭の外へ弾き出すかのように。
「ごめん水蜜、なんでもないよ」
笑顔を作って、水蜜の方を見る。
そうだよ、私は水蜜と一緒じゃなきゃ何処にも行かない。
地上に行って、水蜜と離れ離れになるなんて、そんなのは……。
「……いいんだよ? 地上に行ってもさ」
……………。
……………えっ?
「み、水蜜、何を言って……」
頭の中が一瞬でぐちゃぐちゃになった。
水蜜に心を読まれたのもそうだけど、なんで……。
……なんで、地上に行く事を唆すようなことを……。
「判りやすいのよ、あんたは。人間って言葉を聞いただけで、そんなに目を輝かせちゃってさ。
勇儀に勝てるほどの人間がいる地上で、遊んできたいんでしょ?」
優しく微笑む水蜜。何と言うか、少し水蜜らしくない表情だ。
私にそんなものはいないけれど、きっと……優しい母親って言うのは、こういう顔を子供に向けるんだろうな……。
「だから、いいんだよ。遊びに行っても。
ぬえはぬえなんだから。ぬえのやりたい事を、やってみればいいじゃん。せっかくの機会なんだからさ」
水蜜のその言葉で、不思議と私の心は落ち着いてくる。
水蜜がそう言うなら……。そう思わなくもない。
確かに、地上には行ってみたい。1000年前と今とでどれだけ地上が変わったのか、凄く興味がある。
そして、強い人間にも興味が湧いた。今の地上の人間や妖怪は、どれだけ強いんだろうか。
地底でのんびり暮らしていたとは言え、私だって妖怪『鵺』なんだ。戦う事は大好きだけど……。
……だけど……。
……どうしても、頷けない。
……だって……。
「……やだよ……」
だって私は……。
「水蜜と一緒にいられないなんて、そんなのやだよ!」
私は、ずっと水蜜と一緒にいたいんだから……。
「ぬえ……?」
「なんで『私と一緒に』とか、そう言う風に言ってくれないの!?
なんで私だけで地上に行けって感じに言うの!?
やだよ!! 私は水蜜と一緒にいたいんだよ!! 水蜜のいない世界なんて、そんなの私はいらない!!」
そこまで言い終えて、漸く私は自分がわき目も振らずに大声を出している事に気付いた。
慌てて勇儀達の方を振り向いたけれど、いい笑顔でパルスィと話していて、どうやら私の声には気付かなかった様子。
今ので気付かないとか、どれだけ二人の世界に集中してるんだよ、と少し突っ込みたくなった。
「……ふふっ」
っと、今は水蜜と話をしてるんだ。勇儀の事はとりあえず無視しよう。
「……ばーか」
とんっ……。
私の胸に響く、僅かな衝撃。
水蜜が拳を握って、軽く私の胸を叩いた。本当に、凄く軽い力で……。
……凄く軽かったのに……。
……何故か、その何十倍もの力で殴られたかのように、その拳は私の心に強く響いた……。
「忘れたの? あの時、私が言った事……」
あの時?
あの時って……どの時だろう……。
水蜜との思い出が多すぎて、すぐにどの事を言っているのかが出て来なかった。
そうしている間に、水蜜は再び、とても優しい笑顔を浮かべて……。
「私はあんたを捨てたりしない。あんたの手を絶対に離したりしない。
約束する、だから、私を信じなさい……」
その言葉で蘇ったのは、私が一人で寂しく泣いていた、私が水蜜を裏切ってしまった時の事。
だけど、そのお陰で今の私と水蜜がある、そんなとても大切な、あの時の思い出が……。
「水蜜……」
「どんなに離れたって、私はあんたの傍にいる。あんたが私の事を思ってくれれば、いつだって私達は一緒にいられる。
大丈夫だよ、ぬえ。私達は、いつだって一緒。それが……」
そこで一旦言葉が途切れ、水蜜は深く俯く。
私はただ、黙ってその続きを待った。その時私が、どんな顔をしていたのかは判らない。
だけど、既に一つだけ、確かな確信があった。
……ああ、今日この日……。
……私は、地底からいなくなるんだな……。
「それが、親友ってもんでしょ?」
……なんの前触れもなく、視界が滲んだ。
なんの抵抗もせず、ただただ涙を流した。
悲しくて泣いているのか、嬉しくて泣いているのか、さっぱり判らない。
そんな滲んだ視界の中でも、水蜜の眩しい笑顔だけは、しっかりと確認出来た。
やっぱり、水蜜には敵わないな。
水蜜の前では、どうしても私は正体不明でいられない。全部全部、見透かされているような気がする。
それはやっぱり、水蜜が親友だからかもしれない。
何事も隠したくない。水蜜には、私の全てを知っていて欲しい。
嬉しい事も、悲しい事も、私が何を思っているのかも、何もかも、全て。
ああ、あの時の私の選択は、間違っていなかったんだ……。
―― 今だけ私は、正体不明でいる事を止めよう。水蜜にだけ、この名前を明かそう…… ――
「……ありがとう、水蜜……」
ぐいっ、と涙を拭う。
ありがとう、水蜜。
私と友達になってくれて、ありがとう。
私といつも一緒にいてくれて、ありがとう。
私の進むべき道を作ってくれて、ありがとう。
私を親友だと言ってくれて、ありがとう。
私を好きになってくれて、ありがとう……。
「……水蜜、これだけ言わせてもらっていいかな……」
地上へと羽ばたくその前に、どうしてもこれだけは言っておきたい。
いや、正確には言いたい事は二つなんだけど……。
「……なに?」
最後の最後まで、優しく笑ってくれる。
ああ、本当に最高だな、水蜜は。ちょっと真っ直ぐすぎるけれど、それでも……。
私は水蜜の親友でいられた事を、誇りに思うよ……。
「待ってるから、地上で。水蜜が地上に来るまで、いつまでも。
だからさ、さよならなんて言わないよ。……またね、水蜜」
そうだ。
水蜜と逢うのがこれで最後だなんて言うのは、絶対にごめんだ。
だから、またね。
また一緒に遊ぼう、水蜜。
また一緒にいられる日が来るまで、私はずっと待ってるから。
「……うん。またね、ぬえ」
……その時の水蜜の瞳が、少しだけ陰っていた気がした……。
……ううん、信じるんだ、水蜜を。
きっと水蜜も、いつか地上に来てくれる。絶対に、一緒にいられる日が来る。
私がするべきなのは、ただ水蜜を信じて待つ事。それだけでいいんだ。
「水蜜」
一度水蜜に背を向ける。
私の視界の果てには、地上に繋がる一本道がある。
後はもう、そこに向かって突き進むだけ。だから……。
……これが、本当に最後の言葉だよ……。
「大好きだよ、水蜜っ!」
その言葉を最後に、私は地底の空を飛んだ。
水蜜がその言葉で、どんな顔をしたのかは知らない。私はきっと、恥ずかしさで真っ赤になってたと思うけど。
ありがとう。何百回その言葉を言ったところで、水蜜から貰ったものには届かない。
それほどに、水蜜は私にいろいろなものをくれた。
どんなに感謝したって、感謝しきれない。水蜜に返せるものを、私は殆ど持っていない。
だから私はせめて、何があっても信じ続ける。待ち続ける。水蜜の事を。
また一緒に遊べる、一緒に手を繋いで歩けるその日を、思い描きながら。
地上でずっと、待ってるからね。
私の最初で、そして最高の親友さん。
視界の先に見えた光に向かって、私は一気に飛び出していった……。
* * * * * *
……ああ、もう……。
卑怯だよ、ぬえ……。
最後の最後に、そんな眩しい笑顔でそう言われたら……逆に苦しいじゃんか……。
「良かったの? あの子一人で行かせて」
ぬえが見えなくなってから数分後、黙っているのに飽きたのか、そう聞いてくる一輪。
今までずっと黙ってたのに、唐突ね。まあ、そっちの方が良かったからいいんだけど。
「いいのよ。確かにちょっと寂しいけど、此処から先はぬえを巻き込むわけにはいかないからね」
目元に残った涙を拭う。
ホント、よくこの涙を流さずにいられたなぁ。
「ムラサ……あなた、何企んでるの……?」
あっと、うっかり口を滑らせてしまった。
まあいいや、どうせすぐに話すつもりだったし。それが少し早いか否か、って言うだけだ。
そう、私がぬえを地上に行くように唆したのには、二つの理由がある。
一つは、単純にぬえに外の世界を見せてあげたかったという事。
いつまでも私と一緒にいるようじゃ、ぬえのためにならない。
ぬえには悪いけど……少しだけ、一人で頑張ってみて。私に頼らなくても、もうあんたは生きていけるはずだから。
そして、もう一つは……。
「一輪、聖輩船は……もう動かせるよね?」
「えっ……?」
唖然とする一輪。
まさか此処で言うとなんて、思ってなかったのかな?
でも、私には今が絶好の機会だと思う。
地上からの侵入者が来て、今は橋姫もそっちの事に気を取られている。
それと、これは予感だけど……。
……近いうちに、地上と地底の距離が、一気に近付くんじゃないかな……。
鬼の勇儀に勝つほどの人間が、今の地上にはいるんだ。どんな人間だったかはよく見えなかったけど、それだけは確かな事。
地底の他の妖怪達も、その人間に興味を持つに違いない。そしてそれは、同時に地上そのものへの興味にもなるだろう。
そうすれば……ひょっとしたら、地上と地底が、繋がるかもしれない。
これだ、私はこの流れを待っていたんだ。地底に落とされ、ぬえと一緒に暮らしながら、この地底に起きるだろう荒波を。
「1000年近くも待ったんだ。そして、お待たせしてしまったんだ。
地上にいる“あいつ”なら、聖の封印を解く方法を知ってるはず……。
だから、一輪。私達は今、動くべきなんだよ」
地底にいる間、片時も忘れる事はなかった聖の存在。
気を使わせたくなかったから、ぬえとの会話には殆ど出さなかったけれど……。
本当に、長い間お待たせしてしまいました。ごめんなさい、聖。
私は充分に幸せだった。
聖を失ってからも、ぬえのおかげで、幸せでいられた。
そうだ、もう充分だ。これからは、どんな茨道になっても構わない。
聖にも、私の幸せを分けて差し上げたい。
だから……だから、今度こそ助けたい。あのような涙を流したくない。
あんな惨めな思いは、もう二度と……!!
「ムラサ……」
「行こう、一輪。もう一度、聖の残した聖輩船に乗って。
そして、みんなで助けよう。私達が助けてもらったように、今度は私達の手で……!!」
聖。これからの私達の行動を、貴女がどう思うのかは判りません。
ひょっとしたら、どうして人間との溝を深めるような真似を……とお怒りになるかもしれません。
ですが、構いませんよ。お叱りなら、後で幾らでもお受けします。
もう一度、貴女と共に生きられるのであれば……。
そうだ、もう一度一緒に暮らせるようになったら、家族を一人増やしてもいいでしょうか?
封獣ぬえっていう子なんですよ。凄く可愛いから、聖もきっと気に入ると思いますよ。
「そう、ね……」
一輪の方も、漸くやる気を出してくれたようだ。
「こんな最高の機会に、私達が動かないわけにはいかないわね。
行きましょう、ムラサ。姐さんを必ず、救い出しましょう」
改めて言われるまでもないわよ。
それに、この状況に喜んでいるのは、私よりあんたの方でしょう?
冷静ぶってるけど、私達の中で聖を一番敬愛しているのは、間違いなくあんただからね。
まあそんな事、今はどうでもいいんだけどね。
聖、あと少しだけ……待っていてください……。
「ぬえ……」
それと、ぬえ。
ごめんね、また一人にさせちゃって。
でも、今回だけは私の我儘を聞いてほしい。
聖の封印を解くのに、あんたを巻き込むわけにはいかないから……。
聖は人間に疎まれて封印された存在。これからどんないざこざが起きるか、判ったもんじゃないからね。
だけど、これだけは約束するよ。
絶対に、あんたの所に帰るって。もう一度、あんたと一緒に生きるって。
私の帰るべき場所は、あんたの隣だから……。
聖を救いだしたら、必ずあんたに逢いに行くよ。
その時は……あんたが良ければ、一緒に寺で暮らせるといいな。
ぬえ、私も大好きだよ。
ありがとう、私なんかを好きになってくれて。私の友達になってくれて。
また、一緒に遊ぼうね……。
「さあ、行こう! 目指すは地上、面舵いっぱい!!」
* * * * * *
あれから、二ヶ月くらいかな。
地底の生活と、そして水蜜と別れて、それくらいが経った。
この二ヶ月間、私は特に目立った行動をする事はなかった。
と言うのも、当たり前と言えば当たり前なんだけど、私が地上にいた頃と今とでは、変化がありすぎたから。
人間達も妖怪達も、あの時とは全く違う。なんとなくだけど、随分と上手く付き合っているみたいだ。
幻想郷。
博麗大結界によって隔離された、人と妖の共存世界。
昔では全く考えられなかった、闇と光が手を取り合う世界。
正直なところ、物凄く意外だった。
弱い人間が、私達妖怪を殆ど恐れなくなっている事が。
どうも、この世界には新しく“スペルカードルール”とやらが出来たらしく、それによって人間と妖怪の格差が殆どなくなったんだとか。
勿論、真面目に戦えば私達の方が強いだろう。
だけど、それじゃ人間と妖怪の本来の関わり方である、人食い退治しの関係が保たれなくなってしまう。
そうすれば結果的に、人間も妖怪も生きる事が出来なくなる。
人間がいなくなれば、妖怪を恐怖する者がいなくなる。そうすれば妖怪の力も無くなっていき、そして消え失せる事になるだろう。
そう考えると、今のこの世界は凄く理想的なものなんだろうな。
人と妖怪が共に生き、だと言うのに人間と妖怪の存在両方が保たれる。
本当に、昔だったら全く考えられなかった事だ。
この二ヶ月間、そんな感じでずっと地上の事を勉強していた。
どうせまだ地上の魔力の薄さにも慣れてないから、上手く妖力を扱えないしね。
せっかくだから、私もスペルカードを作ってみたりもした。必殺技とか、なんかカッコいいしね。
「きひひひひっ! そろそろ色々やってみようかなー」
地上の事もいろいろ判ってきたし、勉強ばかりの生活にも飽きてきた。
1000年以上生きてるけれど、勉強とかはやっぱり退屈だ。人を驚かしてこその、妖怪“鵺”だしね。
何をやってみようか、どうすれば沢山の人間を驚かせられるか……。
久しく使わなかった、悪戯のための脳をフル回転させる。
きひひひひっ!! これから面白くなりそうだ!!
……そう思った時……。
「痛゛いっ!!」
急に空から降ってきた何かが、私の脳天を直撃する。
いったたたたたた……。急になんだようチクショウ。
ちょっと滲んだ視界を地面に落とせば、そこにはなんだか古臭い木の板の破片が落ちていた。
さっきまでこんなものはなかったし、たぶんこれが空から降ってきたんだろうけど……。
なんだってこんなもんが空から降ってくるかな。どっかの鳥が運んでたのを落としたのかな。
だったら丸焼きにして食ってやる。
……とか思ったんだけど……。
「……………?」
その木片から妙な力を感じて、首を傾げる。
なんだろう、この木片……。見た目はただの古めかしい木の破片だと言うのに……。
それに、この力……前に一度、何処かで……。
「……………ッ!!」
それを思い出した時、私の胸が強く鼓動した。
そうだ……この力はその昔、地底で……!!
それが地上に出て来たって事は……!!
すぐさま私は、木片を手に取って空へと飛び上がった。
何処かに、何処かにいるはずなんだ……。
この木片から感じる力は、間違いなく聖輩船のもの……!!
水蜜……!!
* * * * * *
「……には、飛倉の破片を集めればいいのよね」
「はい、弟様の力が残っているのは、恐らく飛倉の破片しか存在しないはずですので……」
「……本当はもう一つ必要なものがあるはずなのだがな……」
「な、ナズ!! それは言わない約束ですよ!!」
「んっ? どうしたのかしら?」
「い、いえ、なんでもありません……」
空を飛ぶ船の話を聞いて、当の船にこっそり侵入するまでに、3日も掛かってしまった。
と言うのも、昨日まではこの破片だけしか手掛かりがなかったからだ。流石にそれだけで探すのは無謀過ぎた。
だけど今日になって、空を飛ぶ船を見たという話が人里で話題になっていたので、ひょっとしたらと思ったら……。
案の定、空を飛ぶ船と言うのは聖輩船の事だった。そしてそこには、ちゃんと水蜜の姿があった。
だけど、なにか取り込み中らしくて、姿を現すに現せない。
それに、なんだか見た事ない妖怪も二人いる。虎っぽいのと、鉄の棒を持った鼠だ。
「ナズーリン、バラバラになった飛倉を探すのは、あんたのダウジングが頼りなんだからね。しっかりやりなさいよ」
「全く、3日前に急に帰ってきたと思ったら……相変わらず人使いが荒いな船長は」
「うっさいわね」
「まあどこぞの誰かさんみたいに、すぐ物を失くして泣きついてくるよりはまだマシだ」
「な、なずぅ……」
虎妖怪が物凄く凹んだ。
虎ってもっと威厳がありそうなものなんだけどなぁ。
「……おおっ、ほらそこにも破片が浮いてるぞ」
水蜜と一輪、そして虎妖怪がネズミの示した方へと目を向ける。
私も一緒に目線を動かせば、そこには私が持っているのと同じ古臭い木の破片が、空にふわふわと浮いていた。
水蜜達はこの木片を集めてるのかな?
「はぁ……これを集めなきゃいけないとは言え、此処まで破片が小さくなってるとめんどくさいわね……」
「別に全部集める必要はありませんよ。大量には必要ですが……」
「地道に行く事も大事だぞ、船長。おっと、また反応が……」
どうやら、またこの木片を見つけたらしい。
……そう言えばなんでさっきから木片が浮いてるんだよぅ。なんで私の頭の上には落ちてきたんだよぅ。理不尽だ。
破片が浮いていると言う事自体には突っ込まないでおこう。ただの木の破片じゃなさそうだし。
「とにかく、これを集めさえすれば……」
「ええ、私達の悲願が達成されるわ」
2枚の木片を手にし、嬉々とした表情を浮かべる水蜜と一輪。
うーん、ホントに何をしてるんだろうな。さっきから具体的な事は何も言ってないし。
……だけど、なんだか楽しそうだな……。
一輪も水蜜も……地上で私に逢う前に……。
……ずるいな……。
なんで、私に逢いに来てくれないんだよぅ……。
なにかやりたい事があるなら、私を頼ってくれたっていいじゃんか……。
「私は……もう後悔したくありません。必ず……!!」
「ああもう……飛倉は数が多すぎるしアレは場所がまだ判らないし……」
ネズミだけは楽しくなさそうだな。
「さあ、さっさと飛倉の破片を集めるわよ!!」
眩しい笑顔でそう激を飛ばす水蜜。
ああ、本当に楽しそうだな……。
ずるいずるいずるい。私だって、もっともっと地上で遊びたいのに。
私だけ退け者にして……だけど、水蜜が何をしようとしているのかも判らないから、私が出ていっても邪魔になるだけだろうし……。
……うんっ?
……邪魔に……なる……?
「……きひひっ」
思わず、笑い声が漏れてしまった。
「うんっ? 今何か聞こえなかった?」
「そうですか? 私は何も……」
「此処は空だからな、鳥の声でも聞こえたんだろう」
危ない危ない。
折角面白い事を思い付いたんだから、私の存在に気付かれるわけにはいかない。
こっそりゆっくりと、私は聖輩船から離れる。だけど、遠くに行くわけじゃなくて、水蜜達の声が聞こえるくらいには近くに。
妖気も消して、しっかりばれないようにする。もともと私は正体不明の妖怪。こういった隠密行動は、得意分野だ。
水蜜、私を退け者にした罰だよ。
これから、私の遊びに強制参加してもらうからね。
水蜜も知らない、私のとっておきの“種”を……。
「いってらっしゃい、私の正体不明の種達」
手のひらから闇を、闇の中から小さな蛇の形をした種を、大量に作り出す。
闇の中から生まれた種達は、次々と幻想郷の空を飛んでいく。まあ、小さいし結構速く飛べるから、誰も気付かないと思うけどね。
この蛇は、私の能力の一つ。
決まった姿を持たず、他人が見るとその人が持っている知識によって、見え方が変わる代物。蛇の形にしているのは私の趣味だ。
ついでに、寄生したものをある程度コントロールする事も出来る。
今回、私はこの種に簡単な指令をしておいた。それは……。
さてはて、どうなるかな。凄く楽しみだ。
* * * * * *
結果が出たのは、それから3~4時間くらい経った後だった。
「うがーっ!! なんだってこんなにあちこちに散らばってんのよ飛倉がァーっ!!」
「私にも判らん。急に飛倉の反応が拡散して……」
「間欠泉にバラバラにされたって言っても、随分飛び散ったわね……」
「ううっ、これじゃいつまで経っても……」
きひひひひひひっ!!!!
水蜜達の右往左往している姿を見て、心の中で盛大に笑う。
ああ、楽しい! 人の邪魔をするのはやっぱり楽しいな!!
これだよこれっ!! これこそが妖怪“鵺”の本分だよっ!!
私が正体不明の種に指令したのは、ただ単純に『あちこちに飛び回れ』と言う事。
その指令通り、正体不明の種に寄生された木片は幻想郷中に飛び散った様子だ。
さあ水蜜! この幻想郷中に散らばった破片を全部集めてみなよっ!!
何を企んでるのか知らないけど、私を退け者にするような計画は失敗しちゃえばいいよっ!!
「……きひひっ!!」
これからの生活、凄く楽しくなりそうだな。
水蜜が地上に出てきて、こうして楽しそうな遊びも見つかって……。
地上にもたくさんの面白いものがある。
これからもっともっと、面白いものが見られると思う。
期待してるよ、水蜜。もっと私を楽しませてくれるって。
……だから……。
……この遊びが終わったらさ……。
……今度こそ、私に逢いに来てよ。じゃなかったら、私の方から逢いに行くよ。
もう一度、一緒に生きようよ。
信じてるからね、水蜜。だって、私は水蜜の事、大好きだから。
私はもう、水蜜を裏切ったりはしないから。ただ信じて、もう一度一緒に暮らせる日が来るのを待ってるから。
「水蜜……!!」
一緒に、遊ぼうっ!!
それはそうとムラぬえちゅっちゅ
水蜜っつぁんが無駄にでかいブツの持ち主ですと? つまりアンカーを振るう度に無駄なソレがぷるぷると?
……ちょっくら前作を読み返してきます。
っと、その前に作品の感想を。
友情又は愛情という名の相互依存から一歩前に踏み出すためにも、二人の別れは必要だったのだと思います。
私も物語を拝読していて深く頷いていました。
「やっぱそうだよな」と。
ただ、二人が道を分かつ理由について水蜜側は納得できるのですが、ぬえの方はちょっと弱い気がしました。
封獣ぬえの存在意義が地上や人間を欲するのは理解できるので、そこら辺の渇望なり衝動を
もっと強烈に描写してもらえると良かったかな、と感じました。あくまで個人的な願望ですけどね。
細かい指摘で申し訳ありません。
でもムラぬえ誕生秘話、十分に楽しませて頂きました。
さ、言いたいことも言ったし今度こそ水蜜のぷるぷるを妄想しに前作へGo!
(^ω^ )
もっとはやれw
話の内容としては、原作設定の補完として凄い良い出来だと思いました。
星蓮船は特に過去設定が他と比べて詳しくて、さらに物語的にも悲劇かつ救出劇な内容なので単純に良い話ですよね。
聖と神綺が出会っていたり地底1~3面組との関わりなどの細かい部分も描写されているので作品の世界が広がっていて丁寧だと感じました。
上のコメントでもありましたが、ぬえが地上へ戻る理由が若干弱い気がしました。ここまで水蜜の事を思っているなら地上へ行くよりも一緒についていく気持ちの方が強そうな気がします。(もちろん原作と食い違うわけですが)
そこの部分がもっと納得のいく別れ方だともっと自然かなと思いました。
それと、ちょっとぬえが優しすぎるというか精神的にか弱すぎるような感じがしました。個人的好みの問題ですが。
村紗の熱い子っぷりや可愛いぬえ、二人の地底での過ごした日々などなどキャラもストーリーも素晴らしかったです!
ムラぬえちゅっちゅ(^ω^ )
二人の心の動きが、すごく分かりやすかったです。
ムラぬえに興味がない人が読んでも、二人の関係を理解させることができると思います。
でも正直に言ってしまえば、盛り上がりに欠けるので、100kbは途中で飽きてしまいました。
ドラマティックにしろとは思いません。二人のなり初め話はこれで完成していると感じました。
しかしもっと短い作品として語れたのではないかと思います。
パルスィで吹いたw
そしてさりげなく変態性癖をカミングアウトされてしまった一輪さんに合掌。
ルイズやヤマメやパルスィといったキャラを随所に散りばめられていたのも、読んでいて楽しくなる一因でした。
お疲れさまでした!
ぬふぅ…
ムラぬえちゅっちゅの前ではそんな些事どうでもいい!