「どう文? 取材する立場からされる立場になった感想は?」
「最高よはたて。今すぐこの部屋から逃避したいくらいにね」
「逃がさないわよ。アンタと彼のラブラブ生活を根掘り葉掘り聞き出してやるから覚悟しなさい」
「お手柔らかにお願いします」
「白々しいわね。手加減して取材しているアンタを私は見たことないわよ」
「返す言葉も無いわ」
文が結婚する。その話題に一番最初食いついたのははたてだった。
相手は数年前、紫の神隠しにより幻想郷にたどり着いた若い人間。
人里の男に比べて内外共にか弱いイメージが強い。
しかし、人妖分け隔てなく友好的に接する優しさと包容力を持っていた。
文もはたても異界からきた男に興味を抱き、連日連夜取材に飛び回った。
顔見知り同士のゴールイン。その幸せを伝えたいと思うのは、記者としての性分なのだろう。
「さて、地獄の閻魔様に自ら犯した甘美な罪を洗いざらい吐き出す覚悟は決まったかしら?」
「真実と虚言の区別も付かない閻魔なら、死者は皆天国行きよ」
「真実と判断しかねる場合は、こちらの想像で書くほかないわね」
「どこで脅迫を覚えたのやら……わかったわ、博霊神社の神様に誓って私は嘘偽りを申しません」
――随分と頼りないな。
そんな命知らずなことを心中でつぶやき、はたては取材の準備に取り掛かる。
愛用のカメラの最終点検。質問の内容を大雑把に記したメモと手帳。
ちらりと文を見ると、緊張のためか膝の上に置く手が忙しなく動いている。
いつも自信たっぷりな彼女らしからぬ姿に嗜虐心が疼くのはしょうがないことだ。
「まず、二人が知り合ったきっかけは?」
「私とあなたで彼を取材した時。たしか彼が幻想郷に来て一週間もしなかった頃かな?」
「ああ、思い出した。アンタ勢いつけすぎて、あの人に体当たり喰らわせたわよね?」
「あ、あの時は私とはたてとどっちが先に取材するかって競争してて……ぜんぜん前を見てなかったから」
言っても二人は新聞記者。特ダネを相手に譲る気など毛頭ない。
あの日も妖怪の山から人里まで互いの新聞を罵り合いながら駆け抜けた。
今思い出せば醜態を購買読者に晒したようなもの。
その夜、夜雀の屋台で仲良く反省会をする羽目になったのはいい思い出。
「勝ったと思ったら、目の前に彼がいて。頭から激突しちゃったのよねぇ……」
「『舞い上がる鴉の羽、吹き荒れる轟風、触れ合う男女、飛び散る男の肢体』」
「彼死んでんじゃん! 勝手に殺さないでよ!」
「幻想郷最速が突っ込んだために起こった悲劇であった」
「初っ端からBAD ENDじゃない! 急停止しても間に合わなかったのよ! 変な脚色しないで!」
「でなくとも、私が見てた限り彼の鳩尾直撃だったわよアンタの頭」
「お腹から搾り出すような悲鳴が真上から聞こえてきたことはよく憶えてる」
「アンタの上に吐瀉物(ゲロ)が降り注いだら、次の日のスクープにしようかと思ったわ」
「嫌なこと言わないでよ。惚れた男のモノでも遠慮するわ」
「見出しは『嘔吐地獄で微笑む女、射命丸初恋の瞬間!』」
「私の初恋を穢すな! 子供生まれたらどう説明するのよ!」
いきなり来て無礼を働いた二人(主に文)を彼は快く向かい入れてくれた。
元いた世界で彼はまだ学生をやっていたと言う。
見た感じ寺子屋の先生より少し若いくらいだが、この歳まで学を修めるのが向こうだと普通だと言っていた。
元服の風習が根付いているこの世界で、成人になっても学問に身をおくという考えは新鮮そのもの。
ほかにも「うみ」という湖より大きな水溜りの話など、興味深い事この上なかった。
「それじゃ次、彼のどこに惚れたの?」
「え、そんなところも聞くの? 恥ずかしいな……」
両手を紅潮した頬に当て「キャー」なんて柄にもない声をあげている痛い人。
その顔だけ大々的に取り上げて、幻想郷中にばらまいてやろうか。
「ほら顔赤くしてないで、とっとと答えなさい」
「え、えぇっと……優しいところとか、料理が上手なところとか……」
「アンタ料理下手くそだからね」
「失礼ね。ちゃんと料理ぐらいできるわよ」
「猫まんまぐらいしかできないアンタがよく言うわよ!」
「猫まんまも立派な料理でしょ! それに、にとりとか椛に自慢の手料理とか作るもん!」
「食った本人が『二度と食べたくない』って断言する料理が自慢なんて、色々と狂ってんじゃないの?」
川面を力なく漂っている河城にとりが発見されたのは、文の料理を食べた数時間後だった。
たまたま近くを通りかかった妖怪が救助。その時すでに心配停止状態だったという。
慌てて仲間を呼び、下山して永遠邸へと運び込んだ。
時同じくして、白狼天狗の犬走椛も永遠邸へと担ぎこまれる。
こちらは白目を剥き、何かに取り付かれたように爆笑していた。
永遠邸の薬師であり二人を担当した八意永琳はこう語る。
『まず自然毒ではない。まったく未知の薬物が故意に盛られた可能性がある』
奇跡的に彼女たちは一命を取り止めたという。
「はぁ……私の一番の疑問は、彼がなぜ文に惚れたかってことよ」
「そんなの、聞かずともわかるでしょ? こんなに魅力ある女性、探しても見つからないわ」
ドヤ顔で大して無い胸を張る同僚に僅かながら苛立ちを覚えるはたて。
主旨を変更して、お前に猫まんまについて論じさせてやろうか。
至極嫌な表情を見せながら、はたては質問をする。
「では文が思う自分の魅力とは?」
「他の妖怪に比べて私の知能の高さはズバ抜けている!」
「悪知恵や他人を煙に巻く技術は賞賛すべきところね」
「持ち前のスピードを生かした戦法で、弾幕ごっこも負けなし!」
「スピードを生かした逃走術と相手の弱みを握って勝ちを拾う頭脳戦は見事といえるわ」
「そして何より、誰もが認めるこのキュートな顔と抜群のプロポーション!」
「ブフッ……そうね、文は……フッフ!」
「あなたは私を取材しにきたの? それとも喧嘩売りにきたの?」
文の額には明らかな青筋が浮かび上がっていた。
何をいまさら。自分の胸に手を置き確かめるがいい。
「“自称”聡明な文さんにしては愚問ね。私は面白おかしく弄りながら取材しにきたの」
「お帰りしやがれこの野郎」
帰れと言われて「はい、そうですか」と素直に応じるならば記者なんぞやってない。
そのことを自分自身わかっている文は、少し拗ねた様子でそっぽを向いてしまった。
普段弄られているはたてにとって、この取材はある種の復讐みたいなもの。
文が取材を楽しんでいるのもわかる。他人をだしにして遊ぶのはとても面白い。
自分でも染まってきたなと思いながら、大事なところをメモ帳に書き込んでいく。
「プロポーズはどちらが先に?」
「……私が先。待ってても全然来ないから、痺れ切らして言っちゃったのよ」
「『どうか私のパンツを被ってくれ!』と」
「変態じゃない! どんなプロポーズよ!」
「じゃあ何て?」
「普通に『あなたが好きです。付き合ってください!』」
「『椛と!』」
「私と!!」
実際言われて困惑する告白ベスト3には入るな。
今度『花果子念報』で困惑した告白でも集めてみよう、面白そうだ。
「そして文の執拗な脅迫に屈した彼は、泣く泣く首を縦に振るほかなかった」
「脅してない! 告白したの、普通に!」
「笑顔で?」
「笑顔って言うか……緊張でよく憶えてないけど、真剣な表情で」
「『鬼をも睨み殺さんばかりの眼光を向けながら、文は男にスペルカードを突きつけ……』」
「だから、脅してない!」
「それで、彼の返事は?」
「う、うん……『とても……とても嬉しいよ。俺なんかに告白してくれて』」
「『でもババアは無理』」
「ロリコンじゃない!」
「『俺はやっぱり諏訪子様が好きだ!』」
「夫をこれ以上陥れないで!」
軽く半泣きの文。これ以上は本当に泣きそうだから自重しよう。
それにしても相思相愛とはまさにこのこと。彼女の醸し出す空気の甘いこと甘いこと。
茶菓子代わりに使えそうだ。今度博霊の巫女を誘ってお茶会でもしよっと。
「それじゃ、ちょっと突っ込んだ話。出産の予定とかはあるの?」
「気が早いわよ。まだ二人とも新婚生活のことで頭がいっぱいなんだから」
「希望よ希望。どれくらい子供がほしいかとか、どんな子に育ってほしいかとか」
「そうね……子供は、できればたくさん欲しいな」
「具体的に何人ぐらい?」
「うーん……野球チームができるくらい」
「ほう、それじゃ将来家族で日本シリーズを行うと……」
「何十人生むのよ!」
「実況解説も含めると凄い数ね。あ、解説の子の名前は英二で」
「ゆで卵でも食ってろ、そいつ!」
「じゃあどんな風に育って欲しい? 親として何か期待することとか」
「みんな健康に育ってくれればそれで十分だと思う。
少し欲を言うなら、誰か一人『文々。新聞』を引き継いでくれると嬉しいな」
「……それじゃ、早いうちに若い芽を摘んでく必要があるわね」
「何怖いこと言ってんのあなた! 家族に手ぇ出したら承知しないわよ!」
何を言う早見優。こっちだって新聞記者を名乗っている以上、他者の作品が売れるのはまずい。
いかなる手段であろうとも、購買読者を掻っ攫う輩は生かして帰さん。
「んじゃ、これから結婚するに至って悩みとか心配事は?」
「心配事というか、はたても知ってる通り彼って優しいでしょ? 誰に対しても」
「そうね、優しいと言うより相手を傷つけることが出来ないと言ったほうがしっくりくる」
「それよ。彼を信じてないわけじゃないけど、他の女性に心移りしないかどうか」
「安心しなさい文! 彼はそんな人じゃない、私が保証してあげる!」
「はたて……ありがとう。そうよね、そんな人じゃないわよね」
「私以外の女とは寝ないって、ちゃんと約束してくれたから!」
「はたて……その辺詳しく聞かせてもらおうかしら?」
「冗談です……ごめんなさい」
幻想郷最速は鬼をも睨み殺さんばかりの眼光をはたてに向けながら、机の上のペンを喉下につき立てて来た。
殺す気満々じゃないか。危うくチビりそうになった。
彼に伝えておこう。浮気は身を滅ぼすから止めておけ、と。
ようやく解放した文はまたいすに座る。
その時、彼女の表情に僅かな陰りがあったのを見逃すはたてではなかった。
「何か、悩み事がありそうな顔ね」
「わかるの?」
「何年隣で張り合ってきたと思ってるの? ほら、言ったほうがスッキリするんじゃない?」
「記事に書くでしょ?」
「書くかどうか決めるのは私よ」
文はため息をつき、俯きながら考え込む。
普段明朗な彼女が悩みを持っていること自体、はたてにとっては衝撃的だった。
記者として、ライバルとして、そして友人として文の持つ不安を知りたい。
「いつか……彼がいつか、私の前からいなくなっちゃうんじゃないかって」
「第三者として、二人の関係はきわめて良好だし、彼に健康上の不安は無いはずよ?」
「彼は八雲紫によって連れてこられた、いわばイレギュラーな存在。
そんな人が、いつまでもこの世界にいてくれるかと思うと……」
「つまり、彼が元の世界に帰ってしまうのではないかと」
文は力なく頷いた。
入ってくる分には、存在を忘れられるか紫の気まぐれで何とかなる。
しかし、この世界から出るとなると話は別だ。
外界と幻想郷を区切る結界。博霊の巫女が張る強力な壁を越えられるのは、今のところ紫ぐらいしかいない。
その点で言えば、文の悩みは単なる杞憂だと断言できる。
しかし、常識は投げ捨てるものと考える幻想郷において『絶対』とはまずありえないのだ。
「彼との関係が親密になるのは嬉しいし幸せよ。けど、それと同じくらい不安で堪らない」
「そりゃ不安ね」
「彼を愛しているからこそ、彼と離れるのが怖い……怖いのよ」
いつになく弱気な文。恋というものはここまで人を変えるものなのか。
愛することは、執着すること。誰かの傍に寄り添い、誰かのために尽くすこと。
その行為を愚かと言う者もいれば高尚だと言う者もいる。
まだ誰かを本気で愛したことの無いはたてにとって、その答えを導き出すのは難しい。
それでも、目の前の友達にできること。彼女の幸せを後押しすることなら。
はたては机の上に置いてあったカメラを持ち、沈んだ文の表情を撮った。
「こんな顔撮らないでよ」
「しけた面してるからよ、この幸せ者。
まだ見ぬ未来を憂うより、今この時の喜びを享受するほうが利口だと思わない文?」
「はたて……」
「アンタにそんな顔似合わないわ。旦那さんだって、アンタの笑った顔が好きなはずよ。
アンタたち二人の思い出は『花果子念報』が責任を持って残しておく。
たとえ離れ離れになっても、互いに相手を思い出せるように」
文は黙ったまま、はたての視線を受け止めていた。
長年連れ添ってきた仲。言葉以上の何かがそこに存在した。
「取材協力感謝するわ。それと、結婚式楽しみにしてるよ」
道具を鞄の中に詰め込み、はたては玄関へと足を運ぶ。
後は彼女の問題。他人である自分が口を出すものではない。
文がこの程度でへこたれる女じゃないことはよく知っているが。
外に出るとき、不意に文に呼び止められた。
うっすらと目に涙を浮かべた親友は、「ありがとう」とつぶやいた。
●
「ほら、お二人さん! 笑って笑って、ていうかもっとくっついて!」
「はたて! 変なこと言わないで、って! 顔近いわよ」
数日後、守矢神社で二人の結婚式が行われた。
冠婚葬祭を請け負っているのか? というツッコミは野暮というものだぞ。
文はアリスが一ヶ月を要して作り上げた純白のウェディングドレスに身を包んでいる。
素直に、彼女が綺麗。画面越しの親友の笑顔はとても眩しかった。
「旦那さん! 文に飽きたら遠慮なく私のところに来てくださいね!」
「こんな時まで何言ってるの! あなたも了解しないの馬鹿!」
「この分だと心配いらないわな。ほら旦那さん、花嫁をお姫様だっこキボンヌ!」
「だーかーら! ちょっ、駄目だって! みんな見てる、もう!」
他の妖怪たちに囃し立てられながら、彼女は彼の首に手を回す。
はたてはシャッターを押した。この幸福を未来永劫残すために。
「最高よはたて。今すぐこの部屋から逃避したいくらいにね」
「逃がさないわよ。アンタと彼のラブラブ生活を根掘り葉掘り聞き出してやるから覚悟しなさい」
「お手柔らかにお願いします」
「白々しいわね。手加減して取材しているアンタを私は見たことないわよ」
「返す言葉も無いわ」
文が結婚する。その話題に一番最初食いついたのははたてだった。
相手は数年前、紫の神隠しにより幻想郷にたどり着いた若い人間。
人里の男に比べて内外共にか弱いイメージが強い。
しかし、人妖分け隔てなく友好的に接する優しさと包容力を持っていた。
文もはたても異界からきた男に興味を抱き、連日連夜取材に飛び回った。
顔見知り同士のゴールイン。その幸せを伝えたいと思うのは、記者としての性分なのだろう。
「さて、地獄の閻魔様に自ら犯した甘美な罪を洗いざらい吐き出す覚悟は決まったかしら?」
「真実と虚言の区別も付かない閻魔なら、死者は皆天国行きよ」
「真実と判断しかねる場合は、こちらの想像で書くほかないわね」
「どこで脅迫を覚えたのやら……わかったわ、博霊神社の神様に誓って私は嘘偽りを申しません」
――随分と頼りないな。
そんな命知らずなことを心中でつぶやき、はたては取材の準備に取り掛かる。
愛用のカメラの最終点検。質問の内容を大雑把に記したメモと手帳。
ちらりと文を見ると、緊張のためか膝の上に置く手が忙しなく動いている。
いつも自信たっぷりな彼女らしからぬ姿に嗜虐心が疼くのはしょうがないことだ。
「まず、二人が知り合ったきっかけは?」
「私とあなたで彼を取材した時。たしか彼が幻想郷に来て一週間もしなかった頃かな?」
「ああ、思い出した。アンタ勢いつけすぎて、あの人に体当たり喰らわせたわよね?」
「あ、あの時は私とはたてとどっちが先に取材するかって競争してて……ぜんぜん前を見てなかったから」
言っても二人は新聞記者。特ダネを相手に譲る気など毛頭ない。
あの日も妖怪の山から人里まで互いの新聞を罵り合いながら駆け抜けた。
今思い出せば醜態を購買読者に晒したようなもの。
その夜、夜雀の屋台で仲良く反省会をする羽目になったのはいい思い出。
「勝ったと思ったら、目の前に彼がいて。頭から激突しちゃったのよねぇ……」
「『舞い上がる鴉の羽、吹き荒れる轟風、触れ合う男女、飛び散る男の肢体』」
「彼死んでんじゃん! 勝手に殺さないでよ!」
「幻想郷最速が突っ込んだために起こった悲劇であった」
「初っ端からBAD ENDじゃない! 急停止しても間に合わなかったのよ! 変な脚色しないで!」
「でなくとも、私が見てた限り彼の鳩尾直撃だったわよアンタの頭」
「お腹から搾り出すような悲鳴が真上から聞こえてきたことはよく憶えてる」
「アンタの上に吐瀉物(ゲロ)が降り注いだら、次の日のスクープにしようかと思ったわ」
「嫌なこと言わないでよ。惚れた男のモノでも遠慮するわ」
「見出しは『嘔吐地獄で微笑む女、射命丸初恋の瞬間!』」
「私の初恋を穢すな! 子供生まれたらどう説明するのよ!」
いきなり来て無礼を働いた二人(主に文)を彼は快く向かい入れてくれた。
元いた世界で彼はまだ学生をやっていたと言う。
見た感じ寺子屋の先生より少し若いくらいだが、この歳まで学を修めるのが向こうだと普通だと言っていた。
元服の風習が根付いているこの世界で、成人になっても学問に身をおくという考えは新鮮そのもの。
ほかにも「うみ」という湖より大きな水溜りの話など、興味深い事この上なかった。
「それじゃ次、彼のどこに惚れたの?」
「え、そんなところも聞くの? 恥ずかしいな……」
両手を紅潮した頬に当て「キャー」なんて柄にもない声をあげている痛い人。
その顔だけ大々的に取り上げて、幻想郷中にばらまいてやろうか。
「ほら顔赤くしてないで、とっとと答えなさい」
「え、えぇっと……優しいところとか、料理が上手なところとか……」
「アンタ料理下手くそだからね」
「失礼ね。ちゃんと料理ぐらいできるわよ」
「猫まんまぐらいしかできないアンタがよく言うわよ!」
「猫まんまも立派な料理でしょ! それに、にとりとか椛に自慢の手料理とか作るもん!」
「食った本人が『二度と食べたくない』って断言する料理が自慢なんて、色々と狂ってんじゃないの?」
川面を力なく漂っている河城にとりが発見されたのは、文の料理を食べた数時間後だった。
たまたま近くを通りかかった妖怪が救助。その時すでに心配停止状態だったという。
慌てて仲間を呼び、下山して永遠邸へと運び込んだ。
時同じくして、白狼天狗の犬走椛も永遠邸へと担ぎこまれる。
こちらは白目を剥き、何かに取り付かれたように爆笑していた。
永遠邸の薬師であり二人を担当した八意永琳はこう語る。
『まず自然毒ではない。まったく未知の薬物が故意に盛られた可能性がある』
奇跡的に彼女たちは一命を取り止めたという。
「はぁ……私の一番の疑問は、彼がなぜ文に惚れたかってことよ」
「そんなの、聞かずともわかるでしょ? こんなに魅力ある女性、探しても見つからないわ」
ドヤ顔で大して無い胸を張る同僚に僅かながら苛立ちを覚えるはたて。
主旨を変更して、お前に猫まんまについて論じさせてやろうか。
至極嫌な表情を見せながら、はたては質問をする。
「では文が思う自分の魅力とは?」
「他の妖怪に比べて私の知能の高さはズバ抜けている!」
「悪知恵や他人を煙に巻く技術は賞賛すべきところね」
「持ち前のスピードを生かした戦法で、弾幕ごっこも負けなし!」
「スピードを生かした逃走術と相手の弱みを握って勝ちを拾う頭脳戦は見事といえるわ」
「そして何より、誰もが認めるこのキュートな顔と抜群のプロポーション!」
「ブフッ……そうね、文は……フッフ!」
「あなたは私を取材しにきたの? それとも喧嘩売りにきたの?」
文の額には明らかな青筋が浮かび上がっていた。
何をいまさら。自分の胸に手を置き確かめるがいい。
「“自称”聡明な文さんにしては愚問ね。私は面白おかしく弄りながら取材しにきたの」
「お帰りしやがれこの野郎」
帰れと言われて「はい、そうですか」と素直に応じるならば記者なんぞやってない。
そのことを自分自身わかっている文は、少し拗ねた様子でそっぽを向いてしまった。
普段弄られているはたてにとって、この取材はある種の復讐みたいなもの。
文が取材を楽しんでいるのもわかる。他人をだしにして遊ぶのはとても面白い。
自分でも染まってきたなと思いながら、大事なところをメモ帳に書き込んでいく。
「プロポーズはどちらが先に?」
「……私が先。待ってても全然来ないから、痺れ切らして言っちゃったのよ」
「『どうか私のパンツを被ってくれ!』と」
「変態じゃない! どんなプロポーズよ!」
「じゃあ何て?」
「普通に『あなたが好きです。付き合ってください!』」
「『椛と!』」
「私と!!」
実際言われて困惑する告白ベスト3には入るな。
今度『花果子念報』で困惑した告白でも集めてみよう、面白そうだ。
「そして文の執拗な脅迫に屈した彼は、泣く泣く首を縦に振るほかなかった」
「脅してない! 告白したの、普通に!」
「笑顔で?」
「笑顔って言うか……緊張でよく憶えてないけど、真剣な表情で」
「『鬼をも睨み殺さんばかりの眼光を向けながら、文は男にスペルカードを突きつけ……』」
「だから、脅してない!」
「それで、彼の返事は?」
「う、うん……『とても……とても嬉しいよ。俺なんかに告白してくれて』」
「『でもババアは無理』」
「ロリコンじゃない!」
「『俺はやっぱり諏訪子様が好きだ!』」
「夫をこれ以上陥れないで!」
軽く半泣きの文。これ以上は本当に泣きそうだから自重しよう。
それにしても相思相愛とはまさにこのこと。彼女の醸し出す空気の甘いこと甘いこと。
茶菓子代わりに使えそうだ。今度博霊の巫女を誘ってお茶会でもしよっと。
「それじゃ、ちょっと突っ込んだ話。出産の予定とかはあるの?」
「気が早いわよ。まだ二人とも新婚生活のことで頭がいっぱいなんだから」
「希望よ希望。どれくらい子供がほしいかとか、どんな子に育ってほしいかとか」
「そうね……子供は、できればたくさん欲しいな」
「具体的に何人ぐらい?」
「うーん……野球チームができるくらい」
「ほう、それじゃ将来家族で日本シリーズを行うと……」
「何十人生むのよ!」
「実況解説も含めると凄い数ね。あ、解説の子の名前は英二で」
「ゆで卵でも食ってろ、そいつ!」
「じゃあどんな風に育って欲しい? 親として何か期待することとか」
「みんな健康に育ってくれればそれで十分だと思う。
少し欲を言うなら、誰か一人『文々。新聞』を引き継いでくれると嬉しいな」
「……それじゃ、早いうちに若い芽を摘んでく必要があるわね」
「何怖いこと言ってんのあなた! 家族に手ぇ出したら承知しないわよ!」
何を言う早見優。こっちだって新聞記者を名乗っている以上、他者の作品が売れるのはまずい。
いかなる手段であろうとも、購買読者を掻っ攫う輩は生かして帰さん。
「んじゃ、これから結婚するに至って悩みとか心配事は?」
「心配事というか、はたても知ってる通り彼って優しいでしょ? 誰に対しても」
「そうね、優しいと言うより相手を傷つけることが出来ないと言ったほうがしっくりくる」
「それよ。彼を信じてないわけじゃないけど、他の女性に心移りしないかどうか」
「安心しなさい文! 彼はそんな人じゃない、私が保証してあげる!」
「はたて……ありがとう。そうよね、そんな人じゃないわよね」
「私以外の女とは寝ないって、ちゃんと約束してくれたから!」
「はたて……その辺詳しく聞かせてもらおうかしら?」
「冗談です……ごめんなさい」
幻想郷最速は鬼をも睨み殺さんばかりの眼光をはたてに向けながら、机の上のペンを喉下につき立てて来た。
殺す気満々じゃないか。危うくチビりそうになった。
彼に伝えておこう。浮気は身を滅ぼすから止めておけ、と。
ようやく解放した文はまたいすに座る。
その時、彼女の表情に僅かな陰りがあったのを見逃すはたてではなかった。
「何か、悩み事がありそうな顔ね」
「わかるの?」
「何年隣で張り合ってきたと思ってるの? ほら、言ったほうがスッキリするんじゃない?」
「記事に書くでしょ?」
「書くかどうか決めるのは私よ」
文はため息をつき、俯きながら考え込む。
普段明朗な彼女が悩みを持っていること自体、はたてにとっては衝撃的だった。
記者として、ライバルとして、そして友人として文の持つ不安を知りたい。
「いつか……彼がいつか、私の前からいなくなっちゃうんじゃないかって」
「第三者として、二人の関係はきわめて良好だし、彼に健康上の不安は無いはずよ?」
「彼は八雲紫によって連れてこられた、いわばイレギュラーな存在。
そんな人が、いつまでもこの世界にいてくれるかと思うと……」
「つまり、彼が元の世界に帰ってしまうのではないかと」
文は力なく頷いた。
入ってくる分には、存在を忘れられるか紫の気まぐれで何とかなる。
しかし、この世界から出るとなると話は別だ。
外界と幻想郷を区切る結界。博霊の巫女が張る強力な壁を越えられるのは、今のところ紫ぐらいしかいない。
その点で言えば、文の悩みは単なる杞憂だと断言できる。
しかし、常識は投げ捨てるものと考える幻想郷において『絶対』とはまずありえないのだ。
「彼との関係が親密になるのは嬉しいし幸せよ。けど、それと同じくらい不安で堪らない」
「そりゃ不安ね」
「彼を愛しているからこそ、彼と離れるのが怖い……怖いのよ」
いつになく弱気な文。恋というものはここまで人を変えるものなのか。
愛することは、執着すること。誰かの傍に寄り添い、誰かのために尽くすこと。
その行為を愚かと言う者もいれば高尚だと言う者もいる。
まだ誰かを本気で愛したことの無いはたてにとって、その答えを導き出すのは難しい。
それでも、目の前の友達にできること。彼女の幸せを後押しすることなら。
はたては机の上に置いてあったカメラを持ち、沈んだ文の表情を撮った。
「こんな顔撮らないでよ」
「しけた面してるからよ、この幸せ者。
まだ見ぬ未来を憂うより、今この時の喜びを享受するほうが利口だと思わない文?」
「はたて……」
「アンタにそんな顔似合わないわ。旦那さんだって、アンタの笑った顔が好きなはずよ。
アンタたち二人の思い出は『花果子念報』が責任を持って残しておく。
たとえ離れ離れになっても、互いに相手を思い出せるように」
文は黙ったまま、はたての視線を受け止めていた。
長年連れ添ってきた仲。言葉以上の何かがそこに存在した。
「取材協力感謝するわ。それと、結婚式楽しみにしてるよ」
道具を鞄の中に詰め込み、はたては玄関へと足を運ぶ。
後は彼女の問題。他人である自分が口を出すものではない。
文がこの程度でへこたれる女じゃないことはよく知っているが。
外に出るとき、不意に文に呼び止められた。
うっすらと目に涙を浮かべた親友は、「ありがとう」とつぶやいた。
●
「ほら、お二人さん! 笑って笑って、ていうかもっとくっついて!」
「はたて! 変なこと言わないで、って! 顔近いわよ」
数日後、守矢神社で二人の結婚式が行われた。
冠婚葬祭を請け負っているのか? というツッコミは野暮というものだぞ。
文はアリスが一ヶ月を要して作り上げた純白のウェディングドレスに身を包んでいる。
素直に、彼女が綺麗。画面越しの親友の笑顔はとても眩しかった。
「旦那さん! 文に飽きたら遠慮なく私のところに来てくださいね!」
「こんな時まで何言ってるの! あなたも了解しないの馬鹿!」
「この分だと心配いらないわな。ほら旦那さん、花嫁をお姫様だっこキボンヌ!」
「だーかーら! ちょっ、駄目だって! みんな見てる、もう!」
他の妖怪たちに囃し立てられながら、彼女は彼の首に手を回す。
はたてはシャッターを押した。この幸福を未来永劫残すために。
ほんわかさせて頂きました。
さて、とりあえず旦那には後で屋上に来てもらおうか。
誤字報告
>心配停止状態 ⇒ 心肺停止状態
まあ「心配の思考すら停止する程ヒドイ状態」という意味であれば
誤用でも無いような気がしますがw
日本シリーズってww
幻想郷の結婚式での衣装がウエディングドレスというのが、ちょっと気になった。
まあ、好みの問題ですけどねwww
つ~冗談はともかく、何度も読んでしまいます。
で、俺ですよね?(ォィ