地底のはるかそこのそこ。
太陽の光どころか、地上の空気すら吹かない灼熱地獄一歩手前の旧地獄。
そこにあるちょっと大きいお屋敷の地霊殿で、珍しい客が地霊殿の主から珍しい依頼を受けていた。
「昇ってくる朝陽を見たい?」
「ええ、そうです。その通りです」
かちゃりと手にしていたティーカップを置き、古明地さとりは目の前の客に肯定の言葉を送った。
「そんなの見てどうすんのよ」
テーブルに片肘を立て頬杖をつきながら、さも面白くなさそうに、
さとりに呼ばれた珍しい客である博麗霊夢は、言葉を打ち返した。
「まあ確かに、あなたにとっては”そんなもの”なんでしょうけどね」
ふう、とため息をひとつはいて、そう答えるさとり。
その間も胸の上にある第三の目はせわしく動きながら霊夢の顔をまじまじと見つめている。
「朝陽なんて勝手に見ればいいじゃないのよ。第一、朝陽を見るのにどうして私を呼ぶ必要があるわけ?」
霊夢は右手でスプーンを持ち、カップの中身をかちゃかちゃとかき回しながらさとりに尋ねる。
さとりは、むうと顔をほんの少ししかめた後、ゆっくりとそのわけを話し始めた。
「私はその昔、忌み嫌われて地底に追いやられた妖怪なわけですよ」
「それは知ってるわよ」
「そしてその後の長い間、地底の奥で誰とも会わずに暮らしてきたわけですよ」
「それも知ってる」
「そしてついこの間あなたたちが地霊殿に押し入ってきて、本当に、久方ぶりに妹とペット以外の誰かと話したわけですよ」
「全部知ってる話ね」
「以上があなたを呼んだ理由です」
「は?」
さとりはそう言い終ると、もう言うべきことは言い尽したといわんばかりに一つ咳払いをして、
上目遣いのじと目で霊夢を見据え、
「おわかりいただけました?」
と言い放った。
もちろんこんな説明で理解できるはずもなく、霊夢は数秒間、ぽかんと口を半開きにすることを余儀なくされた。
「もう、理解の悪い人ですね」
そんな霊夢の心を読み、理解していないと分かったさとりは、
ぷんぷんという音まで聞こえそうになるような、分かりやすい怒りかたで霊夢にそう言った。
「いやいや、今ので分かる方がどうかしてるわよ」
半ば呆れながら霊夢はそう言って、カップを口に運んだ。
淹れてからしばらく経っていたせいか、もう温くなっていた紅茶を、霊夢が温いと思う。
それと同時にさとりが近くにいた人型のペットに、新しい紅茶をおねがい、と頼み、
それを見た霊夢はカップの中身をぐいと飲み干した。
そして、やっぱりさとりの力って便利よね、と霊夢は思いながら、
新しく紅茶が出てくるまでの間、詳しく理由を聞き出してやろうと体をさとりの方に乗り出した。
「つまりは長い間、朝陽を見ていないから見たいってことでいいのよね?」
「ええ、それで間違いはないですね」
こくりとうなずくさとり。
「そしてそれに私が付き添えばいいと」
「はい、その通りです」
にこりと微笑むさとり。
「どうして私が付き添わなきゃいけないの?」
「それぐらい察してください」
ちょっと困った顔をするさとり。
「分かんないから聞いてるの。それぐらい言えるでしょ?」
「い、言えますけど」
「けど?」
「恥ずかしいというか、言ったらからかわれるというか」
そう言って俯き、もじもじとさとりは肩を揺らす。
その様子を見た霊夢は、とりあえず思いつくことを言ってみることにした。
「もしかして、ひとりで地上に行くのが怖いとか」
「ギクッ」
ポンと投げかけただけの言葉に、擬音を口にしてまでさとりは動揺した。
それを見た霊夢は初めは真顔でさとりを見つめだが、
そのうち、にひひとニヤつき、さらにおいうちの言葉を続ける。
「ひとりで知らない人に会うのが怖いとか」
「うう……」
「地上に行って迷子になったらどうしようとか」
「あうう……」
「むしろ家からひとりで出ること自体が怖いとか」
「ああもう! その通りですよ! どうせ長年、地霊殿に引きこもってましたよ!」
もうほとんど涙目になりながら、さとりは霊夢にそう言った。顔を真っ赤にしながら。
「ごめんごめん、そう怒んないでよ」
「もう! 霊夢さんのいじわる!」
「はいはい、ごめんごめん」
そっぽを向いて頬を膨らませるさとりに、霊夢はすこし楽しそうに笑いながら謝る。
そんな霊夢の顔をちらりと横目で見たさとりは、さっきとは異なる、
何か申し訳なさそうな、困ったような面持ちで俯き、小さい声で話を続けた。
「それにですね、理由はそれだけじゃないんです」
「へ? 他にもあるの?」
その時、ちょうど新しく運ばれてきたアツアツの紅茶に手をつけながら、霊夢が聞き返す。
「ええ、そうなんです。どちらかというと、こちらの方が本命というか」
その言葉に、またも霊夢はにひひと笑って、さとりの言葉を待つ。
少しの沈黙の後、さとりはすうと息を大きく吸うと、一気に話し始めた。
「先ほども申した通り、私たちは忌み嫌われて地底に追いやられたわけです」
「もちろん、昔とは違い、私たちに対する地上の人々の考えが変わったということも聞いています」
「空やお燐、こいしはよく地上に出かけて、楽しいお土産話を聞かせてくれますしね」
「ですが私はそうはいきません」
「私が一人で歩いていると、地上の人々に悪い影響を与えてしまうかもしれません」
「私の力はそういうものなんです」
「そして、それが私には分かってしまう」
「そう考えると、怖いんですよ。一人で地上に行くのが」
そこまで一気に話すと、さとりはふうと一息つき、
すこし寂しそうな顔をしながら、もう一言付け加えた。
「だから、博麗の巫女である霊夢さんと一緒にいることで、まわりの人に安心してほしいわけです」
「あなたが私を押さえてくれると、思ってもらうことで」
そこまで話し、さとりはアツアツの紅茶に手をつける。
すこし多くしゃべったせいか、かわいた喉に甘めの紅茶が沁みわたるのを、さとりは感じた。
そして、目をあげて、霊夢を見る。
すると、霊夢はさっきと異なった、とても真面目な顔でさとりを見つめていた。
「あ、いえ。嫌ならいいんですよ。この話はなかったことで」
慌ててそう言うさとりを霊夢は無言で眺め続けた後、
テーブル越しに割と痛いチョップをさとりのあたまめがけて放った。
ごつんっ!
という音が響く。
「痛いっ!」
「痛い! じゃないわよこの馬鹿!」
「なっ!」
「誰が断るって言ったのよ! 連れて行ってやるわよ地上に! いえ、あんたが行きたくないって言っても連れ出してやる!」
先ほどまでと違い、何かやる気になった霊夢に面食らいながらも、さとりは嬉しそうに答える。
「本当ですか!?」
「ええ、本当よ。明日の朝、連れて行ってあげるわ」
霊夢はそう言い、熱いはずの紅茶をぐいっと一気に飲むと、かちゃんという音と共にテーブルに置いた。
そして面白くなさそうにスプーンをカップの中に放る。
かちゃかちゃんという小気味よい音が響く。
そして、霊夢は言葉を続けた。
「報酬は今日の晩御飯と寝床でいいわ。どうせ明日早いしね」
「それでいいのなら、いくらでも用意しますよ」
ニコニコとうれしそうに答えるさとりに、霊夢は視線を送るといつものけだるそうな顔に戻る。
そして、あと、という言葉と共に一言付け加えた。
「私の晩御飯はちゃんと人間が食べられるものにしてね」
========================================================
「さ、寒いですね」
「あたりまえじゃない。もう秋なんだから」
「風が寒いです」
「風は寒いものよ。さて、地上に出るわよ」
地底へとつながる洞窟。
その入口と出口の二つの役割を果たしている穴から、さとりと霊夢の姿がでてくる。
さとりはいつもの服に、妹のこいしに巻いてもらった薄ピンクのマフラーを巻いており、
霊夢もいつもの巫女服に、こちらは自前のクリーム色のマフラーを巻いていた。
ついさっき、さとりが地上に出るという話を聞いた地霊殿の面々は、ニコニコしながら二人を見送った。
特にこいしは、話を聞いた時からマフラーを巻くとき、見送りの時までずっとニコニコしっぱなしだった。
お燐と空もさとりのことを気遣いながらも、留守はお任せくださいと、自信満々に言い、そしてやっぱりニコニコしていた。
そんな皆の見送りに、不思議に思っている顔をしながら行ってきますというさとりを、霊夢はため息をつきながら見ていた。
そして、力自慢の鬼や橋の番人、仲の良い桶と蜘蛛の妖怪の眼の端にとどめながら、さとりと霊夢は地上にやってきたわけである。
時刻は日の出の半刻ばかり前。
空は快晴で雲ひとつなく、まだ星が輝く漆黒の夜空と、ほんの少し白くなり始めた東の空とのコントラストが、よく映えていた。
「星だぁ」
息を白くしながらさとりが呟く。
じっと、ちかちかと輝く星を見つめるその瞳越しに、霊夢は星を眺めていた。
「目的は朝陽でしょ。星はおまけみたいなものよ」
「でもすごく綺麗ですよ! それに考えてみれば、星も久しぶりに見ました!」
こみあげてくる嬉しさを隠し切れていないさとりの様子に、くすりと霊夢が笑う。
楽しそうに星をじっと眺め続けるさとりに、霊夢は星を指差しながらさとりに言う。
「あっちに見えるのがカシオペア座で、その近くらへんで四つ強く輝いてるのがペガスス座の秋の大四辺形ね」
「へえ。よく知ってますね」
「魔理沙の受け売りだけどね」
はにかみながらそう答える霊夢だったが、そのうちはっと思いだしたかのように、
「星じゃなくて朝陽を見るんでしょ。せっかくだから、一等席で見るわよ」
と言ってさとりの手を取る。
さとりは戸惑いながらも霊夢に聞く。
「一等席ってどこですか?」
その言葉に、まるで子どもが悪戯を思いついた時の様な笑顔を浮かべて、霊夢は真上を指差した。
「空の上に決まってんじゃない」
「霊夢さん、寒いですよぅ」
「我慢しなさい。ここが一番なんだから」
びゅうびゅうという風の音が強く聞こえる空の真ん中に、霊夢とさとりは二人で飛んでいた。
もちろん、さっき霊夢が言ったように朝陽を一等席で見るためである。
高いところで、さらに障害物もない場所で朝陽を見るのは、もちろん一等なのだが、
しかしその反面風が強く、いうまでもなくとても寒かった。
「一等席でなくていいですから、下で見ません?」
「いいから、ここで見るの。朝陽初心者は言うことを聞いてなさい」
「朝陽初心者ってなんですか……」
「ほら、もうすぐだから。それに寒かったらもう少しこっちに来なさいよ」
「うう、ではお邪魔します」
そう言って霊夢の腕にさとりがつかまる。
風で冷えた手に霊夢の腕の暖かさが伝わってくる。
「あ、あったかい」
「それは良かった。私もあったかいわ」
暗い朝にぼんやりと映る二人の影。
おそらく他の人が見たら、一つにしか見えないだろうその影がだんだんと露わになってくる。
空がさっきより白みはじめ、漆黒でしかなかった地上に、新しく影が生まれていく。
「ほら、もうすぐ夜明け。朝陽がのぼるわよ」
遠くに見える山の稜線に強い光が現れ、雲ひとつない東の空が紅く輝きはじめる。
そして、日の出がはじまった。
山の碧と紅のグラデーションがはっきりと映り、嬉しそうに鳥たちが空を飛びまわる。
夜露に濡れた木々の葉が、キラキラと純白に光り、空の蒼がより濃く、より淡く澄み渡る。
さんさんと輝く太陽は、さらに高みを目指して登ろうと、その姿を大きく現し、オレンジの光を放つ。
さとりはその日の出の景色を見ながら、頬を紅潮させ、寒さで震えることも忘れ、ただただ見惚れ続けた。
その横顔を見ながら、霊夢はやさしく微笑んでいた。
日の出がはじまって半刻、すっかり上りきった太陽の光を浴びながらさとりがぽつりと零す。
「きれいでした。とても」
「そう。それはよかったわ」
さとりの言葉を受けて、霊夢は視線を太陽に戻す。
ちゅんちゅんという鳥の鳴き声に、さわさわとゆれる緑と赤の木々のさざめきを聞きながら、霊夢はゆっくりと話し始めた。
「ねえ、さとり。知ってる? 太陽って実は、近づくと焼けて死んでしまうのよ」
突然良く分からないことを言い始めた霊夢に、困った顔をしながらもさとりが返す。
「知ってますよ、それぐらい」
「そう」
そう言って霊夢は、すうと息を吸い、一気に話し始めた。
「そう、太陽だって本当は人にとっては、自分を焼き尽くしてしまうかもしれない、恐ろしいものなのよ」
「その力は、どっかのスキマ妖怪よりも、強いかもしれない」
「でも人は、妖怪は、こうやって朝陽を見て綺麗だって思うし、その光をあったかいって思うのよ」
「たしかに周りの受け止め方は重要かもしれないけど、優しく照らす太陽は皆に綺麗だっておもってもらえるの」
「やさしく輝く太陽だからこそ、みんなに受け入れてもらえる」
「どんな力だってそんなものなのよ。結局はね」
朝日が昇り、そよそよという強さに変わった風を、二人は頬に受ける。
ふるふると震える瞳に霊夢の横顔をとらえながら、その言葉にたいしてさとりが小さく訊いた。
「それでも、それでも寒いと思ってしまったら?」
その言葉を聞いた霊夢は、さとりの震える瞳を見つめ、二コリと笑い、答えた。
「そしたらまた、右腕ぐらい貸してあげるわよ。あったかくなるようにね」
その言葉を受けて、静かにさとりは、ぎゅっと霊夢の腕を掴み、一言つぶやいた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
お互いの顔を見ながら、くすりと二人は笑いあった。
そのとき、きゅるる、というかわいらしい音が、二人のお腹から同時になった。
そしてもう一度顔を見合せて今度は盛大に笑い合う。
「ぷ、ははは」
「もう、霊夢さんたら」
「さとりもでしょ。……体がさめたから、なんかあったかいもの食べたいわね、お茶漬けとか」
「いいですね、それ」
「家来る?」
「……いきます」
そう言って朝日に別れを告げる二人。
名残惜しそうにしながらも、さとりも太陽に手を振って、霊夢と一緒に博麗神社へと向かう。
青空の上で光る太陽が、最後に見た二人が手をつないでいたのは、寒いからなのか、それとも別の理由なのかは、
もともとあったかい太陽にもなんとなく分かった。
太陽の光どころか、地上の空気すら吹かない灼熱地獄一歩手前の旧地獄。
そこにあるちょっと大きいお屋敷の地霊殿で、珍しい客が地霊殿の主から珍しい依頼を受けていた。
「昇ってくる朝陽を見たい?」
「ええ、そうです。その通りです」
かちゃりと手にしていたティーカップを置き、古明地さとりは目の前の客に肯定の言葉を送った。
「そんなの見てどうすんのよ」
テーブルに片肘を立て頬杖をつきながら、さも面白くなさそうに、
さとりに呼ばれた珍しい客である博麗霊夢は、言葉を打ち返した。
「まあ確かに、あなたにとっては”そんなもの”なんでしょうけどね」
ふう、とため息をひとつはいて、そう答えるさとり。
その間も胸の上にある第三の目はせわしく動きながら霊夢の顔をまじまじと見つめている。
「朝陽なんて勝手に見ればいいじゃないのよ。第一、朝陽を見るのにどうして私を呼ぶ必要があるわけ?」
霊夢は右手でスプーンを持ち、カップの中身をかちゃかちゃとかき回しながらさとりに尋ねる。
さとりは、むうと顔をほんの少ししかめた後、ゆっくりとそのわけを話し始めた。
「私はその昔、忌み嫌われて地底に追いやられた妖怪なわけですよ」
「それは知ってるわよ」
「そしてその後の長い間、地底の奥で誰とも会わずに暮らしてきたわけですよ」
「それも知ってる」
「そしてついこの間あなたたちが地霊殿に押し入ってきて、本当に、久方ぶりに妹とペット以外の誰かと話したわけですよ」
「全部知ってる話ね」
「以上があなたを呼んだ理由です」
「は?」
さとりはそう言い終ると、もう言うべきことは言い尽したといわんばかりに一つ咳払いをして、
上目遣いのじと目で霊夢を見据え、
「おわかりいただけました?」
と言い放った。
もちろんこんな説明で理解できるはずもなく、霊夢は数秒間、ぽかんと口を半開きにすることを余儀なくされた。
「もう、理解の悪い人ですね」
そんな霊夢の心を読み、理解していないと分かったさとりは、
ぷんぷんという音まで聞こえそうになるような、分かりやすい怒りかたで霊夢にそう言った。
「いやいや、今ので分かる方がどうかしてるわよ」
半ば呆れながら霊夢はそう言って、カップを口に運んだ。
淹れてからしばらく経っていたせいか、もう温くなっていた紅茶を、霊夢が温いと思う。
それと同時にさとりが近くにいた人型のペットに、新しい紅茶をおねがい、と頼み、
それを見た霊夢はカップの中身をぐいと飲み干した。
そして、やっぱりさとりの力って便利よね、と霊夢は思いながら、
新しく紅茶が出てくるまでの間、詳しく理由を聞き出してやろうと体をさとりの方に乗り出した。
「つまりは長い間、朝陽を見ていないから見たいってことでいいのよね?」
「ええ、それで間違いはないですね」
こくりとうなずくさとり。
「そしてそれに私が付き添えばいいと」
「はい、その通りです」
にこりと微笑むさとり。
「どうして私が付き添わなきゃいけないの?」
「それぐらい察してください」
ちょっと困った顔をするさとり。
「分かんないから聞いてるの。それぐらい言えるでしょ?」
「い、言えますけど」
「けど?」
「恥ずかしいというか、言ったらからかわれるというか」
そう言って俯き、もじもじとさとりは肩を揺らす。
その様子を見た霊夢は、とりあえず思いつくことを言ってみることにした。
「もしかして、ひとりで地上に行くのが怖いとか」
「ギクッ」
ポンと投げかけただけの言葉に、擬音を口にしてまでさとりは動揺した。
それを見た霊夢は初めは真顔でさとりを見つめだが、
そのうち、にひひとニヤつき、さらにおいうちの言葉を続ける。
「ひとりで知らない人に会うのが怖いとか」
「うう……」
「地上に行って迷子になったらどうしようとか」
「あうう……」
「むしろ家からひとりで出ること自体が怖いとか」
「ああもう! その通りですよ! どうせ長年、地霊殿に引きこもってましたよ!」
もうほとんど涙目になりながら、さとりは霊夢にそう言った。顔を真っ赤にしながら。
「ごめんごめん、そう怒んないでよ」
「もう! 霊夢さんのいじわる!」
「はいはい、ごめんごめん」
そっぽを向いて頬を膨らませるさとりに、霊夢はすこし楽しそうに笑いながら謝る。
そんな霊夢の顔をちらりと横目で見たさとりは、さっきとは異なる、
何か申し訳なさそうな、困ったような面持ちで俯き、小さい声で話を続けた。
「それにですね、理由はそれだけじゃないんです」
「へ? 他にもあるの?」
その時、ちょうど新しく運ばれてきたアツアツの紅茶に手をつけながら、霊夢が聞き返す。
「ええ、そうなんです。どちらかというと、こちらの方が本命というか」
その言葉に、またも霊夢はにひひと笑って、さとりの言葉を待つ。
少しの沈黙の後、さとりはすうと息を大きく吸うと、一気に話し始めた。
「先ほども申した通り、私たちは忌み嫌われて地底に追いやられたわけです」
「もちろん、昔とは違い、私たちに対する地上の人々の考えが変わったということも聞いています」
「空やお燐、こいしはよく地上に出かけて、楽しいお土産話を聞かせてくれますしね」
「ですが私はそうはいきません」
「私が一人で歩いていると、地上の人々に悪い影響を与えてしまうかもしれません」
「私の力はそういうものなんです」
「そして、それが私には分かってしまう」
「そう考えると、怖いんですよ。一人で地上に行くのが」
そこまで一気に話すと、さとりはふうと一息つき、
すこし寂しそうな顔をしながら、もう一言付け加えた。
「だから、博麗の巫女である霊夢さんと一緒にいることで、まわりの人に安心してほしいわけです」
「あなたが私を押さえてくれると、思ってもらうことで」
そこまで話し、さとりはアツアツの紅茶に手をつける。
すこし多くしゃべったせいか、かわいた喉に甘めの紅茶が沁みわたるのを、さとりは感じた。
そして、目をあげて、霊夢を見る。
すると、霊夢はさっきと異なった、とても真面目な顔でさとりを見つめていた。
「あ、いえ。嫌ならいいんですよ。この話はなかったことで」
慌ててそう言うさとりを霊夢は無言で眺め続けた後、
テーブル越しに割と痛いチョップをさとりのあたまめがけて放った。
ごつんっ!
という音が響く。
「痛いっ!」
「痛い! じゃないわよこの馬鹿!」
「なっ!」
「誰が断るって言ったのよ! 連れて行ってやるわよ地上に! いえ、あんたが行きたくないって言っても連れ出してやる!」
先ほどまでと違い、何かやる気になった霊夢に面食らいながらも、さとりは嬉しそうに答える。
「本当ですか!?」
「ええ、本当よ。明日の朝、連れて行ってあげるわ」
霊夢はそう言い、熱いはずの紅茶をぐいっと一気に飲むと、かちゃんという音と共にテーブルに置いた。
そして面白くなさそうにスプーンをカップの中に放る。
かちゃかちゃんという小気味よい音が響く。
そして、霊夢は言葉を続けた。
「報酬は今日の晩御飯と寝床でいいわ。どうせ明日早いしね」
「それでいいのなら、いくらでも用意しますよ」
ニコニコとうれしそうに答えるさとりに、霊夢は視線を送るといつものけだるそうな顔に戻る。
そして、あと、という言葉と共に一言付け加えた。
「私の晩御飯はちゃんと人間が食べられるものにしてね」
========================================================
「さ、寒いですね」
「あたりまえじゃない。もう秋なんだから」
「風が寒いです」
「風は寒いものよ。さて、地上に出るわよ」
地底へとつながる洞窟。
その入口と出口の二つの役割を果たしている穴から、さとりと霊夢の姿がでてくる。
さとりはいつもの服に、妹のこいしに巻いてもらった薄ピンクのマフラーを巻いており、
霊夢もいつもの巫女服に、こちらは自前のクリーム色のマフラーを巻いていた。
ついさっき、さとりが地上に出るという話を聞いた地霊殿の面々は、ニコニコしながら二人を見送った。
特にこいしは、話を聞いた時からマフラーを巻くとき、見送りの時までずっとニコニコしっぱなしだった。
お燐と空もさとりのことを気遣いながらも、留守はお任せくださいと、自信満々に言い、そしてやっぱりニコニコしていた。
そんな皆の見送りに、不思議に思っている顔をしながら行ってきますというさとりを、霊夢はため息をつきながら見ていた。
そして、力自慢の鬼や橋の番人、仲の良い桶と蜘蛛の妖怪の眼の端にとどめながら、さとりと霊夢は地上にやってきたわけである。
時刻は日の出の半刻ばかり前。
空は快晴で雲ひとつなく、まだ星が輝く漆黒の夜空と、ほんの少し白くなり始めた東の空とのコントラストが、よく映えていた。
「星だぁ」
息を白くしながらさとりが呟く。
じっと、ちかちかと輝く星を見つめるその瞳越しに、霊夢は星を眺めていた。
「目的は朝陽でしょ。星はおまけみたいなものよ」
「でもすごく綺麗ですよ! それに考えてみれば、星も久しぶりに見ました!」
こみあげてくる嬉しさを隠し切れていないさとりの様子に、くすりと霊夢が笑う。
楽しそうに星をじっと眺め続けるさとりに、霊夢は星を指差しながらさとりに言う。
「あっちに見えるのがカシオペア座で、その近くらへんで四つ強く輝いてるのがペガスス座の秋の大四辺形ね」
「へえ。よく知ってますね」
「魔理沙の受け売りだけどね」
はにかみながらそう答える霊夢だったが、そのうちはっと思いだしたかのように、
「星じゃなくて朝陽を見るんでしょ。せっかくだから、一等席で見るわよ」
と言ってさとりの手を取る。
さとりは戸惑いながらも霊夢に聞く。
「一等席ってどこですか?」
その言葉に、まるで子どもが悪戯を思いついた時の様な笑顔を浮かべて、霊夢は真上を指差した。
「空の上に決まってんじゃない」
「霊夢さん、寒いですよぅ」
「我慢しなさい。ここが一番なんだから」
びゅうびゅうという風の音が強く聞こえる空の真ん中に、霊夢とさとりは二人で飛んでいた。
もちろん、さっき霊夢が言ったように朝陽を一等席で見るためである。
高いところで、さらに障害物もない場所で朝陽を見るのは、もちろん一等なのだが、
しかしその反面風が強く、いうまでもなくとても寒かった。
「一等席でなくていいですから、下で見ません?」
「いいから、ここで見るの。朝陽初心者は言うことを聞いてなさい」
「朝陽初心者ってなんですか……」
「ほら、もうすぐだから。それに寒かったらもう少しこっちに来なさいよ」
「うう、ではお邪魔します」
そう言って霊夢の腕にさとりがつかまる。
風で冷えた手に霊夢の腕の暖かさが伝わってくる。
「あ、あったかい」
「それは良かった。私もあったかいわ」
暗い朝にぼんやりと映る二人の影。
おそらく他の人が見たら、一つにしか見えないだろうその影がだんだんと露わになってくる。
空がさっきより白みはじめ、漆黒でしかなかった地上に、新しく影が生まれていく。
「ほら、もうすぐ夜明け。朝陽がのぼるわよ」
遠くに見える山の稜線に強い光が現れ、雲ひとつない東の空が紅く輝きはじめる。
そして、日の出がはじまった。
山の碧と紅のグラデーションがはっきりと映り、嬉しそうに鳥たちが空を飛びまわる。
夜露に濡れた木々の葉が、キラキラと純白に光り、空の蒼がより濃く、より淡く澄み渡る。
さんさんと輝く太陽は、さらに高みを目指して登ろうと、その姿を大きく現し、オレンジの光を放つ。
さとりはその日の出の景色を見ながら、頬を紅潮させ、寒さで震えることも忘れ、ただただ見惚れ続けた。
その横顔を見ながら、霊夢はやさしく微笑んでいた。
日の出がはじまって半刻、すっかり上りきった太陽の光を浴びながらさとりがぽつりと零す。
「きれいでした。とても」
「そう。それはよかったわ」
さとりの言葉を受けて、霊夢は視線を太陽に戻す。
ちゅんちゅんという鳥の鳴き声に、さわさわとゆれる緑と赤の木々のさざめきを聞きながら、霊夢はゆっくりと話し始めた。
「ねえ、さとり。知ってる? 太陽って実は、近づくと焼けて死んでしまうのよ」
突然良く分からないことを言い始めた霊夢に、困った顔をしながらもさとりが返す。
「知ってますよ、それぐらい」
「そう」
そう言って霊夢は、すうと息を吸い、一気に話し始めた。
「そう、太陽だって本当は人にとっては、自分を焼き尽くしてしまうかもしれない、恐ろしいものなのよ」
「その力は、どっかのスキマ妖怪よりも、強いかもしれない」
「でも人は、妖怪は、こうやって朝陽を見て綺麗だって思うし、その光をあったかいって思うのよ」
「たしかに周りの受け止め方は重要かもしれないけど、優しく照らす太陽は皆に綺麗だっておもってもらえるの」
「やさしく輝く太陽だからこそ、みんなに受け入れてもらえる」
「どんな力だってそんなものなのよ。結局はね」
朝日が昇り、そよそよという強さに変わった風を、二人は頬に受ける。
ふるふると震える瞳に霊夢の横顔をとらえながら、その言葉にたいしてさとりが小さく訊いた。
「それでも、それでも寒いと思ってしまったら?」
その言葉を聞いた霊夢は、さとりの震える瞳を見つめ、二コリと笑い、答えた。
「そしたらまた、右腕ぐらい貸してあげるわよ。あったかくなるようにね」
その言葉を受けて、静かにさとりは、ぎゅっと霊夢の腕を掴み、一言つぶやいた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
お互いの顔を見ながら、くすりと二人は笑いあった。
そのとき、きゅるる、というかわいらしい音が、二人のお腹から同時になった。
そしてもう一度顔を見合せて今度は盛大に笑い合う。
「ぷ、ははは」
「もう、霊夢さんたら」
「さとりもでしょ。……体がさめたから、なんかあったかいもの食べたいわね、お茶漬けとか」
「いいですね、それ」
「家来る?」
「……いきます」
そう言って朝日に別れを告げる二人。
名残惜しそうにしながらも、さとりも太陽に手を振って、霊夢と一緒に博麗神社へと向かう。
青空の上で光る太陽が、最後に見た二人が手をつないでいたのは、寒いからなのか、それとも別の理由なのかは、
もともとあったかい太陽にもなんとなく分かった。
なにはともあれ、good
それでは物語の感想をば。
うん、とってもハートフルなさとれいむですね。
霊夢のイケメン振りも、さとり様の庇護欲をそそる愛らしさも素敵。
二人で朝日を見つめるシーンは、おごそかで美しく何よりとても暖かで大好きです。
叶うのならば次回作でまたお目に掛かれんことを。
ありがとうございました。
ぐはっ!!!(吐血)
ほんわかしてさとりが可愛くて霊夢が姉さんで太陽がゆっくりでとても心が和みました。