幻想の中に現世を見るモノ
現世の中に夢を抱くモノ
夢の中に幻想を識るモノ
みな、今日と明日の境界に立つモノなり
幻想郷の果てに位置する博麗神社。巫女は今日も境内の清掃に勤しんでいる。これは毎朝の日課とも言えることだった。
しかし、決して能率的な作業には見えず、惰性でとりあえずやっているかのようだ。例えば深夜のコンビニ店員みたいな。
八雲紫は、巫女――博麗霊夢の死角に生じたスキマから彼女の様子を窺い、外の世界のことを思い浮かべた。
「紫。さっきから飽きもせずに、そうやってずっと私をのぞき見て、一体なんの用?」
いつから察知していたのか、振り向きもせず霊夢は言った。
「あら。気づいていたの? 鈍いあなたのことだから、このまま最後までお客に気づかずに、失礼してくれちゃうのかと思ったのだけど」
「あんたねぇ。いくらここが幻想郷だからって、声もかけず、スキマからのぞき見してる奴を、私は客だなんて認めないわよ」
「じゃあ、賽銭入れたら?」
「それはもう立派なお参拝客様ね」
○ / ●
紫は居間に上がり込み、お茶を啜っていた。賽銭箱は空のままである。
「で、何なのよ。珍しいわね、あんたが訪ねてくるなんて」
「そうでも無いわよ。あなたが気づかない時が多いだけで、それほど珍しいことでも無いわ」
悪びれず言う紫に、霊夢はため息をついた。
「せっかく温泉が湧いたんだから、ちょっとご相伴に預かろうと思っただけよ」
「入浴料取ろうかしら……」
本気なのか冗談なのか曖昧な表情で霊夢が言う。ここにも境界があるなと紫は一人微笑んだ。そして言い返す。
「この件に関しては私もそれなりの協力をしたはずよ?」
「はいはい、判ってますよ。勝手に入ればいいじゃない。勝手に入るのはあなたの十八番でしょうに」
霊夢はお茶請けに饅頭を出しつつ言った。そして自分も渋くいれたお茶を飲む。
「ええ、もちろん普段はそうしてるのだけど」
「じゃあ、今日はなんで断りにきたのよ?」
霊夢が怪訝そうに訊ねる。
そもそもからして、紫の方から訪問するということが希なことであり、大体においてそれは難儀の前触れだったりするのだ。霊夢が身構えるのも無理は無かった。
「そんなめんどくさそうな顔をするものじゃないわ。たまには一緒にどう? というだけの話なんだから」
「何だそんなこと。にしても、どうしてまた? まさか……」
「私の言葉のひとつひとつに、いちいちそう疑いの眼差しを向けなくても良いじゃない」
霊夢のジトッとした視線と対照的な、カラッとした笑顔を紫は浮かべた。
「あんたの言葉はひとつにつき、十回は疑っておかないと、割に合わないくらいよ……」
大きくため息をついて、霊夢は残りのお茶を飲み下した。
● / ○
真っ昼間である。
それはいい。
女二人である。
それもいい。
湯煙温泉である。
むしろいい。
そして酒である。
これがいい。
幻想郷では人や妖怪、さらには神々までもが――むしろだからこそか? ――とにかく二人以上が集まればそれはもう宴会の準備がいつでも整っている状態である。
「ん~……良い気持ち。あのおバカな鴉騒動も、こうしてお湯に浸かっていると、悪くなかったというか、ちょっとした温泉旅行って感じで良かったわね」
「いや、あんたは旅行してないから……。誰が実際に汗を流したと思ってるのよ」
お湯のせいか酒のせいか、湯面から出ている肩と頬を紅く染めて霊夢は文句を言った。
「私だってあなたの様子を見ながら、何度冷や汗をかいたことか。普段、修行を怠けているからよ」
「うぅ~……」
紫の言うことが、真実であるだけに、霊夢は返す言葉も無く、鼻の先まで潜ってしまった。
その様子に、紫はクスクスと楽しそうに笑う。そして、再び一献傾けた。
「幻想郷は今日も平和ね。何よりだわ」
満足そうな紫。
「私の日常は平和じゃないわ。本当なら今頃本殿の清掃をしていた頃なのに……」
霊夢の不満は尽きないようだ。
「何よ、何事にも不満を持っていたい年頃? いいじゃない。いつか宇宙人たちを懲らしめた時みたいに、たまには二人水入らずも」
「お湯はいるけどね。大体そんなに誰かと入りたいなら、狐や猫とでも入ってればいいのよ」
「式は水に弱いわ。藍はともかく橙には無理ね。藍にもやってもらわないといけないことが多いし、私と遊んでばかりもいられないのよ」
「…………。同情するわ」
「孤独な私に?」
「んなわけあるかー」
それから、少し、静かな時間が流れた。
風がそよぎ、神社の杉の枝葉を揺らす音が耳に心地よい。
ひとときの静寂に満足してから、紫が口を開いた。
「霊夢。あなたにとって妖怪とは何?」
突然の質問に、霊夢はこの妖怪の意志を計りかねる。しかし、だからといって質問の答えは常にひとつで、返答に迷う余地は無かった。
「退治する物よ」
その曇り無く、晴れ晴れとした無色透明の答えに紫は満足した。
「大正解」
人間と妖怪の、曖昧にはできない、それは大事な大事な境界なのだ。
「その答えを聞けて良かったわ」
「何よ……いつも言ってるじゃない。変な紫……」
やはり霊夢は紫の言葉のひとつひとつに怪訝そうな反応を示す。
「定期的に確認しておきたいこと、あるでしょう? 何事にも。霊夢には判らないかなぁ……」
「なぁによその、人をバカか鈍感みたいに」
「あら、それが判ったってことは、思ったほどバカでも鈍感でも無かったようね」
「…………うぅ~」
紫が霊夢へと手を伸ばし、湯面に花のように広がる艶やかな黒髪に指を絡ませた。
「修行を怠ってはダメよ。幻想郷に異変は憑き物」
「おもちだけで十分よ、ほんと」
紫に髪をいじらせたまま、口をとがらせた。
○ / ●
「あれ、紫様。お出かけだったんですか? まだ昼前なのに」
「たまにね、そういう日があるのよ」
八雲の屋敷。幻想郷と外の世界の狭間にある誰でも来られるのに、誰もが来られない場所。
紫の式である八雲藍が、帰宅した主のために着替えを用意する。
「今日も結界に問題はありませんでした。また夜になったらそれぞれ確認に行きますが」
「そう、何よりだわ。ご苦労様。さすが、藍は遊んでないわね」
「……ハァ」
主人の言葉の意志を図りかねながらも、それはそれでいつものことなので、気にせず着替えを手伝う最強の妖獣。九つのシッポがもふもふと揺れる。
「藍もたまにはあの子猫の様子を見ておきなさいな。そろそろ橙を卒業する時が来ても良いんじゃないの?」
様子を見るとは、稽古をつけるとか、教育するとか、そういう意味だなと藍は認識しつつ、首を横に振った。
「橙にはまだ早いです。あの子にはまだまだ橙が丁度良いでしょう」
「それは藍、あなたの未熟のせいでもあるのよ」
窘めるように言う紫。
「私の力不足は結局のところ、紫様が原因です」
藍も主に気を遣わない言葉を返す。
「いいえ、あなたにはちゃんと自らを成長させて、己を高めることができるような式を施しているわ」
「ええ、そうでしたね」
藍ももちろん判っている。その上で、橙はまだそのままで良いと思ってるだけなのだ。そして、そういった藍の想いを、紫も理解している。
「その口ぶり。……なるほど。巫女のところへ行っていたのね」
奥の間から突然の声。さすがの紫も驚いた様子だった。
「幽々子? 珍しいじゃない、あなたが来るなんて」
奥の客間へと向かうと、そこには団子を頬張る亡霊姫、西行寺幽々子とその従者である魂魄妖夢がいた。
「たまにはフラッと現れないとね。幽霊だし」
「ええ、そうね。それが幽霊ね。この家に来るのなんて、あなたくらいの物だし」
二人は楽しそうにほほえみ合った。
藍と妖夢がお茶やらお茶請けやらを用意する。
「で、巫女はどうだったの? いつも通りだった?」
「ええ、いつも通りだったわ。嫌われたものよ。退治してやる、だって」
「ふふふ、相変わらず屈折してるのね。いいじゃない、巫女の心にある愛憎の境界をいじってしまえば。あなたの能力ならできるはずよ?」
幽々子の言葉に紫の表情がほんの少し、幽々子以外の誰にも気づかない程度に引きつった。
「幽々子、あなた私があなたの心の境界をいじっていると思う?」
ふたりのやりとりを、藍は落ち着いて、妖夢はなんとなく緊張して見つめていた。
「そんなはずないわ。だってそれはもう、あなたの好きな私では無いもの」
紫は親友の言葉に頷いた。心から嬉しそうに。
「その通りよ。霊夢も同じ。そして、博麗の巫女は妖怪退治を――異変解決をしなくてはいけないの」
「安心した様子ね」
紫の嬉しそうな表情に、幽々子も釣られて破顔する。
「安心したわ。この前の地底での騒ぎ、あなたは興味もなかったみたいだけど、ああいうことがまたいつ起きるともしれない……というより、必ず起きるから」
「ここは幻想郷、だからね」
「そういうこと」
● / ○
夜まで幽々子と話し込み、紫は珍しく丸一日を過ごし、昨日となるべき今日に別れを告げ、今日となった明日に目を閉じた。夢と現の境界を越えてゆく。
大きな目で見ればいつも通りの幻想郷。細かく見れば常に昨日とは違った今日。珍しく神社を訪ねたり、珍しく来客があったり、珍しく一日中起きていたり。
今日が日常だったのか、非日常だったのかは日常と非日常の境界をどこに定めるかで変わってしまう。異変ですら、それが異変なのかそうでないのか、結局は異変と日常の境界を定義する必要がある。
八雲紫は定義しない。
昨日と今日は続いているし、日常と非日常も一体なのだ。
ただ、幻想郷があるべき姿を失わないように、それを願うのみ。
ただ、願うのみ。
現世の中に夢を抱くモノ
夢の中に幻想を識るモノ
みな、今日と明日の境界に立つモノなり
幻想郷の果てに位置する博麗神社。巫女は今日も境内の清掃に勤しんでいる。これは毎朝の日課とも言えることだった。
しかし、決して能率的な作業には見えず、惰性でとりあえずやっているかのようだ。例えば深夜のコンビニ店員みたいな。
八雲紫は、巫女――博麗霊夢の死角に生じたスキマから彼女の様子を窺い、外の世界のことを思い浮かべた。
「紫。さっきから飽きもせずに、そうやってずっと私をのぞき見て、一体なんの用?」
いつから察知していたのか、振り向きもせず霊夢は言った。
「あら。気づいていたの? 鈍いあなたのことだから、このまま最後までお客に気づかずに、失礼してくれちゃうのかと思ったのだけど」
「あんたねぇ。いくらここが幻想郷だからって、声もかけず、スキマからのぞき見してる奴を、私は客だなんて認めないわよ」
「じゃあ、賽銭入れたら?」
「それはもう立派なお参拝客様ね」
○ / ●
紫は居間に上がり込み、お茶を啜っていた。賽銭箱は空のままである。
「で、何なのよ。珍しいわね、あんたが訪ねてくるなんて」
「そうでも無いわよ。あなたが気づかない時が多いだけで、それほど珍しいことでも無いわ」
悪びれず言う紫に、霊夢はため息をついた。
「せっかく温泉が湧いたんだから、ちょっとご相伴に預かろうと思っただけよ」
「入浴料取ろうかしら……」
本気なのか冗談なのか曖昧な表情で霊夢が言う。ここにも境界があるなと紫は一人微笑んだ。そして言い返す。
「この件に関しては私もそれなりの協力をしたはずよ?」
「はいはい、判ってますよ。勝手に入ればいいじゃない。勝手に入るのはあなたの十八番でしょうに」
霊夢はお茶請けに饅頭を出しつつ言った。そして自分も渋くいれたお茶を飲む。
「ええ、もちろん普段はそうしてるのだけど」
「じゃあ、今日はなんで断りにきたのよ?」
霊夢が怪訝そうに訊ねる。
そもそもからして、紫の方から訪問するということが希なことであり、大体においてそれは難儀の前触れだったりするのだ。霊夢が身構えるのも無理は無かった。
「そんなめんどくさそうな顔をするものじゃないわ。たまには一緒にどう? というだけの話なんだから」
「何だそんなこと。にしても、どうしてまた? まさか……」
「私の言葉のひとつひとつに、いちいちそう疑いの眼差しを向けなくても良いじゃない」
霊夢のジトッとした視線と対照的な、カラッとした笑顔を紫は浮かべた。
「あんたの言葉はひとつにつき、十回は疑っておかないと、割に合わないくらいよ……」
大きくため息をついて、霊夢は残りのお茶を飲み下した。
● / ○
真っ昼間である。
それはいい。
女二人である。
それもいい。
湯煙温泉である。
むしろいい。
そして酒である。
これがいい。
幻想郷では人や妖怪、さらには神々までもが――むしろだからこそか? ――とにかく二人以上が集まればそれはもう宴会の準備がいつでも整っている状態である。
「ん~……良い気持ち。あのおバカな鴉騒動も、こうしてお湯に浸かっていると、悪くなかったというか、ちょっとした温泉旅行って感じで良かったわね」
「いや、あんたは旅行してないから……。誰が実際に汗を流したと思ってるのよ」
お湯のせいか酒のせいか、湯面から出ている肩と頬を紅く染めて霊夢は文句を言った。
「私だってあなたの様子を見ながら、何度冷や汗をかいたことか。普段、修行を怠けているからよ」
「うぅ~……」
紫の言うことが、真実であるだけに、霊夢は返す言葉も無く、鼻の先まで潜ってしまった。
その様子に、紫はクスクスと楽しそうに笑う。そして、再び一献傾けた。
「幻想郷は今日も平和ね。何よりだわ」
満足そうな紫。
「私の日常は平和じゃないわ。本当なら今頃本殿の清掃をしていた頃なのに……」
霊夢の不満は尽きないようだ。
「何よ、何事にも不満を持っていたい年頃? いいじゃない。いつか宇宙人たちを懲らしめた時みたいに、たまには二人水入らずも」
「お湯はいるけどね。大体そんなに誰かと入りたいなら、狐や猫とでも入ってればいいのよ」
「式は水に弱いわ。藍はともかく橙には無理ね。藍にもやってもらわないといけないことが多いし、私と遊んでばかりもいられないのよ」
「…………。同情するわ」
「孤独な私に?」
「んなわけあるかー」
それから、少し、静かな時間が流れた。
風がそよぎ、神社の杉の枝葉を揺らす音が耳に心地よい。
ひとときの静寂に満足してから、紫が口を開いた。
「霊夢。あなたにとって妖怪とは何?」
突然の質問に、霊夢はこの妖怪の意志を計りかねる。しかし、だからといって質問の答えは常にひとつで、返答に迷う余地は無かった。
「退治する物よ」
その曇り無く、晴れ晴れとした無色透明の答えに紫は満足した。
「大正解」
人間と妖怪の、曖昧にはできない、それは大事な大事な境界なのだ。
「その答えを聞けて良かったわ」
「何よ……いつも言ってるじゃない。変な紫……」
やはり霊夢は紫の言葉のひとつひとつに怪訝そうな反応を示す。
「定期的に確認しておきたいこと、あるでしょう? 何事にも。霊夢には判らないかなぁ……」
「なぁによその、人をバカか鈍感みたいに」
「あら、それが判ったってことは、思ったほどバカでも鈍感でも無かったようね」
「…………うぅ~」
紫が霊夢へと手を伸ばし、湯面に花のように広がる艶やかな黒髪に指を絡ませた。
「修行を怠ってはダメよ。幻想郷に異変は憑き物」
「おもちだけで十分よ、ほんと」
紫に髪をいじらせたまま、口をとがらせた。
○ / ●
「あれ、紫様。お出かけだったんですか? まだ昼前なのに」
「たまにね、そういう日があるのよ」
八雲の屋敷。幻想郷と外の世界の狭間にある誰でも来られるのに、誰もが来られない場所。
紫の式である八雲藍が、帰宅した主のために着替えを用意する。
「今日も結界に問題はありませんでした。また夜になったらそれぞれ確認に行きますが」
「そう、何よりだわ。ご苦労様。さすが、藍は遊んでないわね」
「……ハァ」
主人の言葉の意志を図りかねながらも、それはそれでいつものことなので、気にせず着替えを手伝う最強の妖獣。九つのシッポがもふもふと揺れる。
「藍もたまにはあの子猫の様子を見ておきなさいな。そろそろ橙を卒業する時が来ても良いんじゃないの?」
様子を見るとは、稽古をつけるとか、教育するとか、そういう意味だなと藍は認識しつつ、首を横に振った。
「橙にはまだ早いです。あの子にはまだまだ橙が丁度良いでしょう」
「それは藍、あなたの未熟のせいでもあるのよ」
窘めるように言う紫。
「私の力不足は結局のところ、紫様が原因です」
藍も主に気を遣わない言葉を返す。
「いいえ、あなたにはちゃんと自らを成長させて、己を高めることができるような式を施しているわ」
「ええ、そうでしたね」
藍ももちろん判っている。その上で、橙はまだそのままで良いと思ってるだけなのだ。そして、そういった藍の想いを、紫も理解している。
「その口ぶり。……なるほど。巫女のところへ行っていたのね」
奥の間から突然の声。さすがの紫も驚いた様子だった。
「幽々子? 珍しいじゃない、あなたが来るなんて」
奥の客間へと向かうと、そこには団子を頬張る亡霊姫、西行寺幽々子とその従者である魂魄妖夢がいた。
「たまにはフラッと現れないとね。幽霊だし」
「ええ、そうね。それが幽霊ね。この家に来るのなんて、あなたくらいの物だし」
二人は楽しそうにほほえみ合った。
藍と妖夢がお茶やらお茶請けやらを用意する。
「で、巫女はどうだったの? いつも通りだった?」
「ええ、いつも通りだったわ。嫌われたものよ。退治してやる、だって」
「ふふふ、相変わらず屈折してるのね。いいじゃない、巫女の心にある愛憎の境界をいじってしまえば。あなたの能力ならできるはずよ?」
幽々子の言葉に紫の表情がほんの少し、幽々子以外の誰にも気づかない程度に引きつった。
「幽々子、あなた私があなたの心の境界をいじっていると思う?」
ふたりのやりとりを、藍は落ち着いて、妖夢はなんとなく緊張して見つめていた。
「そんなはずないわ。だってそれはもう、あなたの好きな私では無いもの」
紫は親友の言葉に頷いた。心から嬉しそうに。
「その通りよ。霊夢も同じ。そして、博麗の巫女は妖怪退治を――異変解決をしなくてはいけないの」
「安心した様子ね」
紫の嬉しそうな表情に、幽々子も釣られて破顔する。
「安心したわ。この前の地底での騒ぎ、あなたは興味もなかったみたいだけど、ああいうことがまたいつ起きるともしれない……というより、必ず起きるから」
「ここは幻想郷、だからね」
「そういうこと」
● / ○
夜まで幽々子と話し込み、紫は珍しく丸一日を過ごし、昨日となるべき今日に別れを告げ、今日となった明日に目を閉じた。夢と現の境界を越えてゆく。
大きな目で見ればいつも通りの幻想郷。細かく見れば常に昨日とは違った今日。珍しく神社を訪ねたり、珍しく来客があったり、珍しく一日中起きていたり。
今日が日常だったのか、非日常だったのかは日常と非日常の境界をどこに定めるかで変わってしまう。異変ですら、それが異変なのかそうでないのか、結局は異変と日常の境界を定義する必要がある。
八雲紫は定義しない。
昨日と今日は続いているし、日常と非日常も一体なのだ。
ただ、幻想郷があるべき姿を失わないように、それを願うのみ。
ただ、願うのみ。
私は日常描写が苦手なので、こういう作風の方には憧れますねぇ。
でも、作者さんの思う東方についてのテーマ性みたいなものも感じ取れたので、もっと起伏のある話でもいいんじゃないかな、という印象も持ちました。
その分を差し引きということで、この点数で。