Coolier - 新生・東方創想話

紅い白い未来をあんたに

2010/11/12 02:47:56
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 刹那―――――



爆音。
異常事態を聴覚が検知。

私は瞬時に覚醒し、視覚が原因を探査する。
既に床の間に倒れようとしている、縁側の2枚の障子。

開け放たれたそこから、吹き込んでくる月光。
その中心に、両手を掲げて立ち尽くすのは・・・・・・



「はっ・・・・・・!」



 口から漏れ出た気合の声。
私は瞬時に能力を発動。

布団から起き上がりざまに短く飛翔、そのまま宙返りを決めて、
部屋の奥のほうへ―――




一閃。
人影は右手に真っ赤な光棒を生じさせ、それを布団に叩き付けた。
轟音をたて、博麗神社の床に穴が開く。




 闇の中に浮かぶ、狂おしく輝く赤眼。
影よりなお色濃い、漆黒の双翼。


「レミリア・・・・・・・・・」



 そこにいたのは、妖の王、永遠に紅い幼き月、
紅魔館の主にして吸血鬼、レミリア・スカーレットの姿があった。


「あんた・・・・・・どういうつもりよ」




 レミリアの一撃は本気のものだった。
夜半の奇襲といい、やり口が弾幕勝負のそれじゃない。

幻想郷の維持のため、博麗の巫女は神聖不可侵なのだ。
それは妖怪にとっても変わらず、どれほどの理由があっても破られるものではない。


「だいたい、恨みを買うようなこと、したつもりもないし」



 私はグングニルを打ち下ろしたまま、俯き佇むレミリアに声を掛ける。
そうだ。

紅魔異変の直後ならまだしも、このところの私達の関係は、安定そのものだったはずだ。
・・・・・・いや安定どころか、わざわざ日傘さして、呼びもしないのにお茶をたかりに来てたし。


「なっ――!」



 気付いたときには、グングニルは私の腹を掠め、襦袢を引き裂いていた。
見えない。

これが吸血鬼の力かと感嘆する間もなく、レミリアが連撃を繰り出す。
私は祓い棒を念成し、からくも切り結ぶ。

しかし、応戦むなしく、私は5撃目で吹き飛ばされ、襖を突き破ってしたたかに壁に打ち付けられた。


「くっ―――つっ・・・・・・・・・だったらこっちにも、考えがあるわよ!」



 勝てない。
そう判断した私は、自らの能力を最大限に開放する。

これをすると、数日間は虚脱感に襲われるけれど、そうも言ってられない。
勝負は一瞬。
決めないと、やられる!


「行くわよ、夢想天生!」



 能力が発動し、私はおぼろげな大気の膜に覆われる。
そこに突進をかけてくるレミリア。


―――バシィッッッッッ―――――――


 力と力が衝突し、干渉しあって凄まじい音を立てる。
これが私の最大奥義。

すべからく万物より飛翔せし、博麗の力。
夢想天生。

結界に阻まれレミリアは、風圧を前にしたかのように、私に迫れないでいる。
例えどのような力、念を持ってしても、この結界を破ることは出来ない。



そして、


「夢想封印!」



 私の周囲に、4つの念が集約され、陰陽玉の形をとってレミリアに向かっていく。
とっさにグングニルを後ろに構え、弾き飛ばそうとするレミリア。
しかし、そうはいかない。

この玉は、全てを封印する必勝の術。
対象の身体・精神・心・縁を拘束する、絶対の封印。




 低い姿勢から放たれたグングニルの一閃をすり抜け。全ての陰陽玉がレミリアに直撃した。
強い力で吹き飛ばされながら、なお強い力によって、その場に縛り付けられているかのように、レミリアが浮かび上がる。


「うぐ、ぅぅぅがあっっっぐ・・・・・・・・・」



 その容姿からは想像しがたい咆哮をあげるレミリア。
練成された霊力が、彼女を包み込み、その力を奪っていく。
そして、


―――トッ・・・・・・――――――


 夜の王は、ついにその膝を屈した。


「はあ、はあ、はあ、はあ、あんた・・・・・・」



 私も消耗が激しい。
レミリアは完全に封じたとして、この状況でフランや咲夜に追撃を受けたらまずい。

―――――とりあえず、境内に強い妖の気配も殺気も感じない。
まずは安心か。

いざとなったら紫に助けを求める手段もある。
私は念のため、神社を取り囲む結界を発動させるよう、霊力を送ると、いったん戦闘の姿勢を解く。




 目の前には、荒々しく息をつくレミリアの姿があった。
私は彼女にしゃべりかける。


「あんた、ほんと、ねぇ・・・・・・この技使うと、2・3日はだるさが抜けないんだから・・・・・・」



 反応は、なし。
なおもレミリアは、畳に両手を付き、膝を落として俯いていた。
対して私はというと、かろうじて立ってはいるものの、上体を支えるのがやっとという呈だ。


「自分で言うのもなんだけど、私が死んだら、いろいろやばいのよ・・・・・・」



 博麗の巫女は幻想郷の結界を司り、その維持に不可欠の存在だ。
紫によると、即幻想郷崩壊とはいわないものの、かなりの被害が発生するらしい。

だから、博麗の巫女の命を犯してはならない。
それは幻想郷において、絶対の取り決め。
加えて、スペルカードルールの制定以来、物騒な遣り合いは急速になりを潜めている。


「それに、あんたにこんな目に合わされる、あて、ないんだけど・・・・・・」



 そうだ。
今さらながら、初歩的なことに思いが至る。

相当の苦々しさと、少しの締め付けられるような胸の痛みとともに。



 レミリアとは、紅霧異変以来浅からぬ縁がある。
昼下がりのお茶の時間、従者がさす日傘の中、窮屈そうに彼女はやってくる。

吸血鬼は昼 寝るものじゃないのかと問いかけると、別に睡眠を取る必要はなく、日光がうざったらしくて不貞寝しているだけだと返ってきた。



 他愛のないことをしゃべったり、日が落ちてから弾幕で遊んだり、時には紅魔館で洋風お菓子を楽しんだり。

触れ合ってみると、案外人懐っこい。
かと思ったら、やっぱり人智を超えていて、幼いところも大いにあるけれど、冷静で切れ者な面も持っていて。

二面性に彩られた彼女と過ごす時間は、正直楽しかった。
親しい者のうちの1人、・・・・・・だと、少なくとも胸のうちでは言える仲だった。
それなのに。


「ほら、なんか言いなさいよ」



 いまだ一言も発することなく、地に伏せているレミリア。
その腕は自身の顔へと寄せられ、膝を曲げ縮こまり・・・・・・あん?


「び・・・・・・」

「え?」

「う・・・・・・うっ、びぇ・・・」

「嘘でしょ?」

「びぇぇぇぇ~~ん!」

「な、ん、で、よーーーー!!」



 先ほどまでの王者の風格をかなぐり捨て、妖の王 吸血鬼 レミリア・スカーレットは、全力で泣き始めた。

目を強く閉じ、脇目も振らず泣く姿は、もはやただの幼子にしか見えない。


「びーーーー」

「もう、なんなのよー! 私を仕留めそこなったからって泣くかー?」

「うえーーん」

「泣きたいのはこっちよー・・・」

「わーーーん」

「ああ、わかった、わかったわよ。私が悪かった。痛かった? 痛かったよね? ごめん」

「あーーーん」

「・・・・・・・・・」

「うーー・・・」

「黙れ糞ガキ」

「ギャッ・・・!」



 さして強くもない私の堪忍袋の緒は、もはや切れてしまい、レミリアの頭を殴りつけていた。
瞬時に泣き止み、不当な目に合ったというように、見開いた目をこちらに向けてくるレミリア。

その大きな紅い瞳が、月明かりに照らされ、再び揺れ始める。


「ひ、ひぐっ、び・・・」

「だからいい加減にしろ」

「痛い!」



 そう言って両手を頭の上に置き、上からの脅威に怯えるようにしゃがみこむレミリア。
そしてその低い体勢から、きっと私を見上げながら


「ひどいじゃない霊夢! 泣く子を殴りつけるなんて!!」

「よーし、正気に戻ったわね。じゃあ、どうしてこんなことしたのか、説明してもらいましょうか」

「あ・・・・・・」



 とたん、気勢を失い、しゅんと沈み込むレミリア。
膝を抱え、俯き、そう簡単に話してくれるつもりはなさそうだ。


「もう、黙ってたら、訳分かんないわよ」

「・・・・・・・・・」

「はあ・・・・・・なんかさ、あんたにとって私って、結局にっくき博麗の巫女だったわけ?」

「・・・・・・!」



 はっとこちらを見上げ、らしくない憑き物の落ちたような純粋な表情を見せるレミリア。
なんなのよ、その心外みたいな顔は。


「なによ?」

「ち、違うの、霊夢、私は・・・」

「・・・・・・・・・」

「霊夢のこと、本当に大切で・・・」



 ドキッ、とした。
突然だったから。
プライドの高いこいつが、そんなことを言うなんて。

薄暗くてよかったと思う。
こんな状況だというのに、私の頬は、少し赤くなっていたと思うから。


「大切だから、私は・・・」


 またぐずり始めるレミリア。
ああ、もう、仕方ないな、って、なんとなくすっと思われた。


「しょうがないわね」



 そう言って私は、彼女の右隣に座り込み、体を寄せる。
そして左腕を、彼女の頭を包み込むように回すと、なるべく優しい声になるよう、意識して言った。


「なんかあったか知らないけど、とりあえず辛いんなら、泣きなさい。もう殴らないから」

「うっ、うっ、う・・・・・・」



 ゆっくりと一定のリズムで、彼女の薄青の髪をなでる。
そうして私は、彼女が泣き止むまで、ただぼんやりと月を眺めていた。
なんだかなー・・・・・・




★  ★  ★  




「ありがとう、霊夢」

「もういいの」

「ええ、いつまでもこうしているわけにはいかないわ」

「ふーん」



 彼女の肩から腕を解く。
そして少し考えて。


「せっかくだから、お月見しましょ」

「え?」

「いいじゃない。どうせ長い話なんでしょ。お茶が欲しいわ」



 立ち上がり、なんとなく服のすそを手ではたく。


「そこで待ってて」



 縁側を指し示す。
秋の夜長だ。

少々寒いが、上着を着れば大丈夫だろう。
私は衣装棚からどてらを取り出すと、腕を通しながら部屋から出て行った。



 うぅ・・・・・・寒い。
人気を失った廊下は、冷えた空気が沈殿してしまっているようで、底冷えを感じる。

台所のかまどには、もちろん残り火などなくて、薪の燃えかすがあるばかりだった。
火を起こすのも面倒だ。
私は棚から札を取り出すと、念を送って火をつけた。

魔理沙から何枚かもらっている魔道具だが、小憎らしくも便利だ。
けれど、あまり浪費すると、あいつの得意げな顔を何度も見ることになるので、なるべく使わないようにしていた。

ただ、今日みたいな日には重宝する。



 薬缶に汲み置きの水を入れて、火にかける。
そうしておいて今度は、お茶請けを探す。

そうだ、月見団子がまだ残っていたはずだ。
ゆっくりと1人で食べようと思っていたものだが、まあしょうがない。
こんな日もある。



 食料品棚に手を伸ばしたところで、ふと考える。
レミリアはどうしたと言うのだろう。

あの調子だと、話は深刻そうだ。


「あいつ、結構がきんちょだものね」



 1人ごちる。
そういえば、まったく、命を狙われたというのに・・・・・・
私も甘いわね。


「ま、異変を予防すると思えば、これも仕事のうちだわ」



 口に出した言葉は、何に反響することもなく、火に吸い込まれていった。
・・・・・・なによ、嘘ついたみたいな雰囲気になっちゃったじゃない。




  ★  ★  ★




「お待たせ」


 レミリアは大人しく縁側に腰掛けていた。
月の光を浴びて気分が良いのか、ぶらさげた足を前後に振っている。

とりあえず元気になったようで、少し安心した。


「はい、ありがたく飲みなさい」

「ええ、頂くわ」

「緑茶よ」

「ふふ、神社で紅茶を飲むのも似つかわしくないわ」

「神社に悪魔がいるのもね」



 手近な座布団を引き寄せ、正座する。
まずは一口、お茶をすすった。


「白玉団子」



 お茶請けに手を伸ばしたレミリアに告げる。


「別に苦手なものは入ってないと思うけど」

「そう。それにしてもまん丸ね。これを月見の興と考えたのは、この国の雅なところだと思うわ。そもそも、月を見て美しいと思うこと自体、私がいた国では珍しかったもの」

「そこで雅なんて言葉が出る時点で、疑わしい視点だわ」

「あら、私はどんな人間よりも、この国に生きて長いのよ」



 そう言ってこちらを見上げ、優雅な笑みを浮かべるレミリア。
正直、また上品な笑い方が出来るもんだなぁあと、感心してしまった。

ただ、そんなことはどうでもよくて。


「何があったのよ」



 本題を切り出す。


「ええ・・・・・・」



 レミリアが少し言いよどむ。
お茶に口をつけ、今度は何も言わず、静かに待っていた。


「咲夜がね・・・」

「え、咲夜?」



 突然、第三者が話題に上り、驚きを隠せない。


「いや、それじゃわかりにくいわね・・・。ええとね、霊夢、私が幻想郷に来たいきさつ、話したことはあったかしら?」

「・・・・・・いいえ、詳しくは聞いてないわ」



 私がこいつに関して知っていること。
外の世界の、異国の出身で、幻想郷に来て100年とちょっと。

落ち着いて早々、周りを仕切ろうと大暴れして、紫に阻止された。
そういえば、この異変いらい妖怪の気力のなさが明らかになったとかなんとかで、スペルカードルールを制定したのよね。

闘ってもいいから、殺しあわないようにしなさいって。
わりと単純な思いつきだったのだけれど、案外普及したものだわ。


「私はね、生まれの地を追われてここに来たのよ」



 レミリアは語り始める。


「イングランド・・・・・・って言っても分からないわね。まあ、とにかく、ここから遠く離れた土地に生きていたのだけれど、もう妖怪の勢力はかなり弱まっていたの。父は領主のようなことをしていたのだけど、一族もろとも教会の手で殺されてしまったわ。父が善政をしいていたのか、そうじゃなかったのか、幼かったからよくわからない。父の記憶自体、あまりないのよ。まあ、暖かい人ではなかったわね」



 そこでいったん区切って、レミリアは少し寂しそうに笑った。
私は何もいわないで、彼女の瞳を横目で見て、先を促した。


「生き残ったフランの手を引いて、まだまだ妖怪の力が残っていた東へ東へと逃げ続けたわ。お金はあったから、物質的にはみじめではなかったけれど、心は悲惨なものだったわね」



 逃げ回るレミリアの姿を想像してみる。
隣でのほほんとお茶をすすりながら、帆船には二度と乗りたくないとか言っている姿からは、思い浮かべることは難しい。


「けれど、生まれの地と比べればいくらかマシとはいえ、やっぱり妖怪の力は弱くて。それに、頼られるのよ。吸血鬼の血は、幼くとも王であるから。必死に虚勢を張ったわ。既に力は身に付けていたのだけど、周囲を従えることとか、慣れていなかったもの」



 それで今のレミリアがあるのだろうか。
確かに彼女は幼い。

その一方で彼女には、周囲を従わせるような王者の風格があるように思う。
それも、十分に裏打ちされたような。

もちろん、口に出したりはしないけど。


「それに、フランの狂気も手につけられなくなって来たの。もともと感受性の強い子だったけれど、追い立てられるうちにおかしくなってしまった。人間から隠れなければならないのに、暴れられては困るわ。だから私は、フランを監禁したの」



 フランドールのことを思い浮かべる。
私は彼女のことをよくは知らない。

ただ、宴会などに来た際も、レミリアなり美鈴なり、誰かしら傍にいるなという印象がある。
1人歩きしているという話も聞かない。


「そして、分かっていたことだけれど、結局最後は、聖職者どもに見つけられたわ。どうせ追討されると知っていたのだけれど、取り巻きもみんな逃がして、居館の最上階で私は待っていた。自分の死をよ。フランのことも、今思えばひどく薄情だったわね。諦めて、閉じ込めたままだったわ。鎧がぶつかり合う耳障りな金属音と、軍靴が螺旋階段を叩く高い音。ドアが叩き壊そうとしたかのように、勢いよく開かれたとき・・・・・・・・・私はここにいたのよ」



 再び、一呼吸置くレミリア。
彼女は月を見上げているが、その視線どこかは遠く、目に見えない情景を思い浮かべているようだった。


「今思えば、スキマだったのね。本当にびっくりしたわ。目の前には、あり得ないほどの妖力をたたえた妖怪。そしてあの八雲紫のやつは、『最後の吸血鬼ですもの。せっかくだから来て貰ったわ』と笑いやがったのよ。なんだか馬鹿にされたようで不快だったわ。さすがにその時は、唖然とするばかりで何も出来なかったけれど」



 紫は時々、外から人妖をさらってくる。
そもそも幻想郷の結界には、幻想となったものを引き寄せる力があるし、それは異国にも及ぶようだ。

けれど、追い立てられ、まさに調伏されようとしていたレミリアが、幻想であったとは言いがたい。


「そしてあいつは、私に幻想郷について簡単に説明すると、ここで暮らす条件をつけたわ。それはフランを監禁すること。幻想郷を破壊できる存在は構わないけれど、破壊しかねない存在は困るわ、ってね」



 きっと胡散臭い笑みを扇子で半ば隠して、さらに胡散臭い姿だったろう紫。
その前で、攻撃的表情を浮かべるレミリア。
目に浮かぶわね。


「当時は腹も立ったけれど、考えると逆なのよね。そんな存在であるフランも、一緒に助けてくれたのだから」



 まああいつ、露悪趣味のお人好しだもの。


「と、私の幻想入りの話はこんな感じ。その後パチュリーと出会って、美鈴を従えて、紫と真っ向衝突したり、色々あったけれど、今日は省くわ。聞きたかったら、今度お茶にきたときにでも話してあげるわ」

「話したければ話せばいいわよ。会話の種は必要だし」

「ええ、そうするわ」


 そしてレミリアは、ゆっくりとお茶をすする。
意外というより、こいつもかという印象のほうが強かった。

幻想郷出身ならまだしも、外の世界から来るということは、そこにいられなくなったということだ。
天衣無縫な亡霊姫にも、悠々自適な宇宙人にも、厄介を豪快にばら撒く山の神様にも、茶化せない過去がある。


ただ、興味深い話だったとはいえ、聞きたかったことには答えられていない。


「それで、あんたが今日私に襲い掛かった理由は?」

「ええ、そうね・・・・・・」



 目を瞑り、言葉を捜すような表情のレミリア。
そして、ふっ、と目をやわらかく開き、私の方を見上げて言う。


「私って、落ち着いた生活を送ったことがないのよ。この数年を除けば」

「ふ~ん」

「だから、当たり前のようにいてくれる大切な人が、いなくなってしまうことを、知らないのよ」



 紅い瞳が、今は酷く酷く淡い。
まるで悲しい運命を見透かすかのように。


「らしくない顔するわね」

「そうかしら」

「ええそうよ」



 傲慢不遜な不敵な顔でいて、高飛車で品のある笑顔が、あんたのいつもの顔でしょ。


「それで、私を眷属にしてしまおうと」

「ええ、そうね。もう少し遠回りするのだけれど」

「へえ」

「咲夜がね」



 視線をやや下の方へと向け、足を振りながら


「血を吸わせてくれないのよ」



 さっぱりとしていて、その分悲しげな口振りだった。


「それは、吸血鬼の眷属になってくれないということなのよね?」

「ええ、そうね、きっぱりと」


 聞いたことがある。
以前、レミリアが咲夜に永遠に使えることを命じ、それを咲夜は、死ぬまでずっとお仕えしますと切り返したらしい。

それとは違うのだろうか?


「それって、異変のときに戯れに聞いて、断られたってやつじゃないの?」

「いいえ、それとは違うわ。聞いたのはつい一昨日。それも、ちゃんとした形でよ」



 レミリアは語りだす。


「咲夜ほど私によく仕えてくれる者がいるとは思えない。だから、咲夜にはずっと尽くしてほしい。そういう風なことを、主として正式に伝えたわ」

「返事は・・・?」

「少し考えて、私は人間でなくなることが怖いのです。変わってしまった自分が、お嬢様に変わらずお仕えできるのか。それが不安なのです、って」


 返された言葉を、一言一言噛み締めるように、ゆっくりとレミリアは言葉を紡いだ。
人間でなくなってしまう、か。


「ねえ、レミリア」

「なにかしら」

「咲夜が、あなたへの親愛がないから、断ったなんて思ってないわよね」

「ええ、当たり前よ」



 そう言いながらもレミリアは、どこか寂しそうに俯いていた。
私が言わないと、か・・・。

言葉を選ぶ。
当て推量にならないように。
けれど、伝わるように。


「私達人間はね、死が近いから生がかたちどられているのよ」

「え?」

「人間には本当に、あんた達から見たら刹那みたいな時間しか許されていない。だからこそ生がはっきりとしているのよ」

「それはそうだろうけど・・・・・・」



 分かっている。
けれど納得のいかないという表情のレミリア。

それでも、繰り返し伝える。


「短い生と区切られているから、精一杯仕えようと思う。完璧主義に過ぎるような気がしないでもないけど、尊重すべき気持ちでもあるわ」

「・・・・・・・・・」

「分かってあげなさいよ。レミリア」



 私の方を見ず、ただぶらぶらと細い足を振るレミリア。
受け入れがたいのだろう。

そこまで咲夜でなければいけないのか。
どうして?


「ねえ、あんた、どうしてそこまで咲夜にこだわるのよ」

「え?」

「良く仕えてくれる。それだけが理由とは思えないわね」


 意外そうな表情で紅い瞳を向けてくるレミリア。
そうね、私が積極的に話題を掘り下げようとすることなんて、めったにないものね。
ただ今は、なんとなく聞きたかった。

少し考えるような顔。
風が梢を2,3度鳴らした後、レミリアは確かめるように語り始めた。


「咲夜はね、外来人なのよ」

「・・・・・・そう」

「それも、ヴァンパイアハンター。私達の処刑人にして、闇に半ば踏み入りし者共」



 これはまた・・・・・・、びっくりするような話になったものだ。
咲夜が外来人?
それに、


「ヴァンパイアハンター・・・って、それはまた、水と油の関係ねぇ」

「ええそうね、咲夜との出会いは、私を殺しに館に忍び込んだという形だったもの」



 それはまた、すさまじい対決だ。
きっと、気障ったらしい言葉の応酬と、瀟洒な立ち回りが演じられたことだろう。


「まだ5つにもなっていなかったんじゃないかしら。小さい手にナイフを握り締めて、ぶるぶる震えて、それでも目だけは、絶望に浸された自棄の色が強かったとはいえ、力を失わずに」

「え?」

「吸血鬼が滅びし後、今度はヴァンパイアハンターが追われる立場となった。近親を失い、迷い込んだ幻想郷。何をすればいいかも分からず、目の前に現れた吸血鬼。・・・・・・なんというか、藁をも掴む心持ちだったでしょうね」

「・・・・・・・・・」

「そのとき私はね、なんて自分にソックリなんだろうと思ったの。自分を殺そうと、それだけがやるべきことだというような、咲夜に対してね」



 辛い、内容だった。
手短に説明されているとはいえ、むしろ手短だからこそ、想像の余地があった。

幼く、追い詰められた咲夜にとって、吸血鬼を討ち取るということが、唯一残された、唯一・・・・・・・・・許されると思われる行動だったのだろうか。


「消し去ることなんて出来なかった。避けることさえ出来なかった。さすがに心臓は守ったわ。けれど、本当にあの時の私は、らいくないと思うのだけれど、突き立てられたナイフごと、滲み落ちる鮮血ごと、彼女を抱きしめたのよ」


 不謹慎かもしれないが、それは美しい光景だったんじゃないかと思う。
切々と胸を打つような、寂しさを伴った。

どうりで咲夜があそこまでレミリアに忠誠を抱くはずだ。
前々から、どうしてあれほど主従関係とやらに拘れるものかと不思議に思っていた。

どうやらそれ以上、もっと深いところで繋がっていたらしい。
あいつと、こいつは。


「・・・・・・だから、咲夜はあなたにとって特別。そして失いがたいってわけ?」

「ええ、理解してくれて嬉しいわ」

「それでも・・・・・・私からあんたに言えることは、変わんないけどね」

「そう」



 レミリアの表情は変わらない。
悟っているようでいて、寂しそうで、らしくない表現だけど・・・・・・儚い。

話題を変えたくなって、そもそも最初から聞きたかったことを、改めて聞いてみる。


「それで、どうして私を襲ったのよ?」

「う~ん・・・・・・・・・・・・その、ねえ」

「ん?」

「霊夢も・・・・・・大切な人だから」


 ぐっ・・・・・・と、そういうことだろうと予測はしていても、いざ言われてみると、想像以上に恥ずかしくなる。
でも、え、なんで?

別に、私がこいつに何かしたことなんて、あったかしら。
いや、もう、何を言ってんの・・・・・・。


「ふふふ、顔真っ赤よ、霊夢」

「な、こんな暗くて、分かるわけないじゃない」

「分かるわよ。私は夜目が聞くもの」

「ぐぐ・・・・・・」



 そうだろう、そうだろう。
私はいま、顔が赤いはず。

だって、そんなこと言われたら、誰だって照れてしまうわよ。
なによその、分かってるみたいな口元と、悪戯っぽい流し目は!


「大切だ何だいうなら、私の人間でありたいという意志は聞かないの?!」

「ん~・・・・・・いや、霊夢は妖怪になっちゃったらなっちゃたで、状況を受け入れて、それなりに楽しみそうかなって」

「あのねえ・・・・・・まあ確かに、そういうところはあるわよ。でも私は、それ以上に、誰かの眷属になるなんてまっぴらごめん」

「あ・・・・・・・・・そう」

「ええ、そうよ」

「それは、・・・・・・失念していたわ。そうね、それもそうね・・・。」



 いま大事なことを思い出したという風に、一度大きく目を見開き、そして思案顔となるレミリア。
そうよ。

確かに、私自身が人間か妖怪か。
それに興味はあんまりないわよ。
ま、博麗の巫女としての、人間であることの自負はあるけどね。

でも、それ以上に、相手が誰であるとかそういうんじゃなくて、とにかく誰かのためにある自分なんてまっぴらよ。
私は私。
それだけは譲れないわ。


「まったく」

「ごめんなさい。霊夢の魅力は、そこにあるものね」

「魅力かどうかはわかんないけど」

「魅力よ。こんな私にも、普通に接してくれる」


 何気ない一言に込められた想いを察して、黙り込んでしまう。
そんな私の目を、レミリアの紅い瞳は、真っ直ぐに覗き上げてくる。


「私は妖怪の王。人間の仇敵。紅魔館の皆は家族のような存在だけれど、その外に友人はいないわ」

「友人って・・・・・・別に、あんたに特別何かしてるわけじゃないわよ」

「それがいいのよ」

「・・・・・・・・・」

「ふふ」



 小気味良さそうに笑うレミリア。
む、なんか馬鹿にされてる気がするわね。


「でもね、霊夢」

「ん?」

「それでも、私が迎えるだろう寂しさは、どうなるのよ・・・・・・」



 強い気持ちが込められていた。
ハッとして隣を見ると、その紅い瞳に力を込めて、見上げられていた。
引き締まった顔。


「あなたは去る。咲夜も去る。長くともに過ごす友人もいるだろうけれど、それは変わりようのない事実。齢500の大妖としては、情けない発言なのでしょうけれど、もう一度言うわ。私は知らないのよ。大切な存在を失うことを」

「・・・・・・・・」

「おびえているのよ。失うなんて考えてない存在が、いなくなってしまうことを」



 主張するように朗々と語りあげる。
そして一転、力なく俯いて、目を伏せる。

虫の音もピタリとやんで、静けさが際立った。
きっと私は、気まずい顔をしているだろう。

時間の行き着く先が、すっと見通されて、別離の悲しみが、ここまで差し込んできたかのようだった。
あ、少し、胸が痛い・・・


「ねえ霊夢、どうすればいいのよ」

「・・・・・・・・・らしくないわね」

「・・・そうね」



 ああ違う。
そんな言葉を返したいわけじゃない。

どうしろっていうのよ。
なくなるもんはなくなる。

それはしょうがないじゃない。
でも、


「でもレミリア」

「え?」



 レミリアの両肩を掴んで、こちらに向けさせる。
実際の存在からはかけ離れた、本当に頼りない肩の握り心地に、さらに胸が苦しくなる。

だから私は、その肩の上で、驚きの色で揺れる紅の瞳を見つめながら。


「思い出は残るわ」



 届いて欲しい、溢れ出た言葉だった。


「あんたが私のことを忘れようが、あんたが私と関わったこと、それはあんたの中に残る。だったら私達は、ずっと傍にいるのよ」

「・・・・・・詭弁よ」

「ええ、そうかもね」



 そんなことは知っている。
私だって、人生経験があるわけじゃない。

認めたくはないけど、青二才でしかない。
だからわかんないことばかりだけど、正しくないかもしれないけど、それでも


「短い生の中で、喪失を積み重ねる人間は、少なくともそうやって、別れを乗りこえるわ」

「・・・・・・・・・」



 そうだ。
別れは決して、何もかもなくなることを意味はしない。

その人の、心の中に残って、その人の一部になって、残り続ける。


「それに、喪失を予感できる私達は幸いよ」

「どうして? こんなに辛いのよ?」

「いつか失くなってしまうと分かっていれば、大切な存在を見誤らないですむ。せめて長く傍にあれるよう、大事にすることが出来る。・・・・・・そうでしょ?」

「霊夢・・・・・・。」



 頭の中で考えてというより、口から言葉が生まれてくるかのような、浮ついた感覚。
けれど、自分で発し続けている言葉が、耳から私の内に入り、遅れて理解する。

今、私も気付いたんだ。
私なんて幼い。

別離なんてろくに経験していない。
だけど、予感はいつも感じていた。
だから、今の感覚として理解できるんだ。


「でも、あなたは辛いわよね」

「・・・・・・ええ」

「その時は、私達の想いを継ぐものがいるわよ」



 ふっと、優しく、けれど力強く見えるように、レミリアの運命まで保障するみたいに、意識して笑みを浮かべる。


「咲夜はきっと素敵なメイドを見つける。私も、紫に使い捨てにされるんじゃないかと思ってたけど、縦の繋がりはあるっぽいから、娘なり弟子なりが出来るわ。仲良くしてくれると嬉しい」

「でも、」

「大丈夫よ、レミリア。私の後を継ぐものも、きっとあんたの大切な人になる。いつここに来たって、紅白の巫女服を着た友人があんたを迎える。なんだかそれは、おめでたいことじゃない」

「・・・・・・・・・うん」



 レミリアの肩から手を離す。
けれど、まだ、離れてはいけないような気がして、右腕で彼女の体を引き寄せる。

秋夜の冷え込みにもかかわらず、普段と変わらない服装のレミリア。
その体はひんやりとしていて、体の造りが違うんだし、寒くはないんだろうけど・・・。

肩を掴む手に、少し力を込めた。


「ごめんね、こんなことしか言えなくて・・・」

「・・・・・・ううん、いい」

「そう?」

「うん、もういい」



 そのまま私達は、しばらくぼんやりとしていた。
視線は自然と、月の方へと向かう。


「それにしても霊夢。今夜はよくしゃべるわねえ」



 右を見ると、すぐ傍でからかうような笑みを浮かべるレミリア。


「うっさいわねえ・・・・・・。あんたの傍にいれる時間、限られてるってんなら、言いたいことはそのまま言おうって、ちょっと思っただけよ」

「・・・・・・・・・ぷ」

「な!?」



 我慢できないというように、噴出し始めるレミリア。
柔らかにふるわれている月の光も、ささやかな風の音も、全て台無しだ。

・・・・・・・・・ああもう、こいつ、この、ムカツクわ~~!!


「この!」

「痛い!」



 レミリアの頭に、再び拳骨を振り下ろす。
本日3度目の感触。


「なにするのよ!」



 目に涙を浮かべながら、今度はやや強く睨みつけてくるレミリア。
私はあんたが悪いんだとばかりに、しかめっつらでそっぽを向いてやる。

でも、なんだかな、いつまでこんな風に、してられるんだろう。


「うるさい。人が真面目に相手してるってのに、まったく腹立たしいわ」

「だって、らしくないのは事実でしょう?」

「うるさい!」


ただ1つ、願うことは、あんただけが寂しさを感じないように、


「ああもう、あんたのことなんて、もう知らない!」


紅い白い未来を、あんたに。
大切な、とても大切だった関係をなくしました。
けれど、無駄とは思いたくないですよね。
そんな気分で書きました。

次はにとりとヤマメが仲良くなる話か、パチュリーに辛い片想いをしている小悪魔の話で。
Rスキー
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コメント



0.1220簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと単調ですが、面白かったです。
4.90名前が無い程度の能力削除
なんとなく幻想郷の彼女らの場合、
ただ死んだくらいじゃ「二度と会えない」なんてことにはならない気がするw
ほら、あっちの住人が普通にこっちで宴会に参加してるようなトコロだし。
13.90コチドリ削除
『泣く子とレミリアには勝てぬ』
幻想郷ではかなり有名な格言ですよね。
さらにその御本尊自体がピィピィ泣いているんですもの、如何な鬼巫女といえど完敗するしかない。

作者様がどのような気持ちでこの物語を書かれたのかは、正直私には分からない。
ただ、そんな貴方の作品に感銘を受けた読者が一人いる。
その一事を以って、無駄ではなかった事に一ミリでも寄与できたらな、と思います。
14.100名前が無い程度の能力削除
霊夢って一歩引いたところにいる印象があるので
全てをさらけ出す霊夢も人間くさくていいですね。

それとレミリアのカリスマブレイクはもはや違和感ないですねw

次はにとヤマの話,期待してます。
15.100名前が無い程度の能力削除
初プレイが針巫女in紅魔郷の私にとってやはりレミ霊は原点なのだと再確認
31.100名前が無い程度の能力削除
バーのお話から来ました。これからも期待してます。