「いや、だからですね、私はこの可哀相な現状を救って欲しいとお願いしているのです」
「嫌よ」
頭を下げての願いを、一言で切り捨てる。
こうでもしないと、この天狗は何処までも食い下がるのから。
「ですけどね、この状況で私を放り出すなんて、鬼の所業ですよ!」
「あら、嘘を付いていないから鬼でも納得するわよ」
「人でなしー!」
ガタガタとなる引き戸に、文の悲痛な叫びは殆どかき消されていて、それを良い事に私は聞かなかった事にした。
外にちらちらと雪が降る中、文は取材にやって来た。
いつもの格好にマフラーだけ巻いて、ずっと寒そうに両腕を組んで、「何か面白い事は有りませんか」って。
見ているだけで寒そうだったので早々に掃除を切り上げて、家の中に戻ろうとすると、そいつまで付いてくる。
仕方無しに入れてあげると、やっぱりいつもの調子だった。
「それでですね、霊夢さん。この寒い中で繁盛しそうな温泉について色々と聞きたいのですが」
こたつの一区画を占領し、羽までこたつの中に埋めながら、メモ帳を片手に期待一杯に聞いて来る。
勿論神社まで訪れる人間は居ないし、妖怪が来たとしても大した宣伝にはならない。
妖怪がお賽銭を入れてくれる事なんて、そうそう有る事じゃないし。
そんな事を愚痴交じりに話している内に、空の色が怪しくなり始めて、風も強くなって来た。
雪が戸を叩く音が今にまで届いた所で、夢中になって話していた文が外の異変に気付いて、慌ててこたつから飛び出した。
けれど既に外に振っていた雪は吹雪になっていて、境内の木が辛うじて見える程に激しくなっている。
力なくへたり込む文に向かって溜息を一つ、その直後にこれである。
「お願いですっ! 今日だけでもここに泊めさせてください!」
「だって、こんな吹雪の中を飛ぼうものなら、羽が雪塗れで重いの寒いので、大変なのですよ」
どれだけはっきり言おうとも、文は中々折れようとしてはくれない。
本気で、吹雪の中を飛ぶのが嫌なんだろう。
「霊夢さんは、どうしてそこまで私を泊めたくないんですか?」
改めて聞かれて、返事に詰まった。
別段、文だけが嫌いな訳でも無いし、文を泊めたくない理由は、文以外の所に有るから。
「……だって、ここには布団は一組しか無いんだもの」
博麗神社に泊められない理由、それはたった一組しか無い防寒具の所為。
それはもちろん私の為の物で、他人に使わせる余裕なんて無い。
その上今日が寒いのは私だって同じだし、いつまでもこたつを暖めておくわけにはいかないし。
「それじゃあ、一緒に入れば良いじゃないですか」
そう、それも考えたけど大きさが足りない……って!
「あ、あんた何言って……!」
「そっちの方が暖かいですし、私も助かって一石二鳥だと思いますよ」
「うぐ……」
まあ、そこらの知らない異性と一緒よりかは、同姓の上に知ってる仲の文の方がまだ良いのかもしれない。
けど流石に、一つの布団で二人で寝るのは……少しばかり、躊躇ってしまう。
「……私とは、嫌なんでしょうか」
落ちた声のトーンと、不安そうな小鳥の表情。それには日頃の文の事を知っている私でも、少し来るものがあった。
心の何処かで、なんとしても追い出したいと言う気持ちが急激に萎えて、罪悪感が芽生え始める。
「別に、嫌じゃないけど」
「なら決まりですね、よろしくお願いします」
「いやそうじゃなくて……布団は貸さないわよ、ここでなら構わないけど」
だから、このくらいが、妥協点。
「うむむ……せっかく霊夢さんに良い事をしてあげようと思ったのですが、残念ですね」
「良い事……?」
文の言う良い事に、逆に身構えてしまいたくなった。
どう考えてもどう転んでも、怪しい方向に向かざるを得ない言い方だ。
「いや、怪しい意味ではないですよ」
「それ以外に何が有ると言うのよ」
「心外ですね。私は霊夢さんへの心ばかりのお礼の気持ちを思って言ってるのですが」
「……」
言葉に、詰まった。
付き合いが長い所為で、文がどんな時に本気なのか、どんな時に本気じゃないのか、すぐに分かってしまう。
その私の勘が、今の言葉が本気であると示してしまっていた、恨めしい。
「……分かったわよ、好きにしなさい」
それに、ちょっとだけ興味も有る。
本気を出して言うほどの、文の『良い事』に。
「はい。 では、楽しみにしてくださいね」
どう見ても胡散臭い笑顔。なのに、憎めない。
やっぱりこういう所では、文の方が一枚も二枚も上手なんじゃないかと思う。
そもそも、私が文に甘くしてしまうのも原因の一つなのかもしれないけれど。
「それじゃあ、お風呂借りますね」
その一言を残して、文は着替えも持たずにお風呂へ向かってしまった。
少し前に私が入ったばかりだからまだ暖かいとは思うけど、この吹雪の中、室内とはいえすぐに寒くなってしまうはず。
少し考えて、文だから良いかと投げ出した。
「うーん……」
こたつの中に一人、妙な孤独感に苛まれつつ、文が出て来るのを待つ。
誰かが居るはずなのに居ない、文が来なければこんな孤独感は無かったと思う。
元々私は一人で神社に住んでいるのだし、それが当たり前の事だと思って過ごしていた。
だから、今日みたいな事になると、この神社に来ている誰かの事を変に意識してしまう。
「落ち着かないなぁ」
顔を卓袱台に伏せてぐりぐり、仰向けに寝転がって天井を見上げて、よいしょっと勢いをつけて起き上がる。
手持ち無沙汰に陰陽玉をくるくる回していても、思い浮かぶのは文の言い放ったあの言葉ばかり。
『良い事』
何も知らない子供がそれを聞けば、言葉どおりに捉えて喜んで受け入れるだろう。
でも、それが下心丸出しの異性ならば、警戒どころか討伐しても罰は当たるまい。
この場合、前者とも後者とも取れてしまう。勿論、私は後者の可能性が高いと踏んでいるのだけど。
「……何するんだろ」
それでも、あの文がもったいぶってまで行おうとしている事が、気にならないはずが無い。
良い事だという事以外には何一つ話してくれなかったし、肝心の文は今頃お湯に包まれてのほほんとしている頃。
文がお風呂から戻ってきたら、その良い事をされるに違いない。もの凄く不安を覚えながらも、僅かばかりの好奇心が、文への拒否を躊躇わせる。
……期待なんてしていない、はず。
確かに気になる事は気になるけど、楽しみにしているなんて、ありえない。
文のやる事は大抵碌な事じゃないし、今回だけそうじゃないとは言い切れるものじゃないからだ。
だけど、良い事なら仕方ないのかもしれない。
「すみません、遅くなりました」
文がお風呂から上がってきたのは、布団を敷き終わって今のこたつを片付け終わった頃の事だった。
私は寝巻きに着替えているけど、文は雪に塗れていたいつもの一張羅で、所々生乾きの部分が有る。
「濡れたまま入ってこないでよね。ほら、そこに着替えが有るから」
流石に寝床まで濡らされては堪らないので、準備しておいた私の寝巻きの予備を指差して、着替えるよう言いつける。
私はと言えば、文の方を向く事も出来ず、布団の中で丸くなっているだけだった。
さっきの文の言葉が何をしても忘れられなくて、ひたすら何かに耐えているような感じで、色々と一杯一杯。
「あやや、ありがとうございます。 実はこれ、結構冷たいんですよ」
もそもそと、私の見えない所で文が着替えている音がして、余計に意識がそっちの方へ向いてしまう。
布団の中の私は、もにょもにょとしているばかりで、まるでまな板の上の鯉の様に何も出来ないまま、その時が来るのを待つばかり。
この後でされるであろう事に、例え切れない感情が、胸の中で暴れているようで。
「それじゃあ、失礼しますね」
ドクン、と、体が跳ね上がった。
私を覆っていた布団の端っこが、文によって捲りあがり、その中に文の体が入り込んでくる。
近寄ってくる文の気配に、色々な想像が頭の中を駆け抜けていって、熱さで弾けてしまいそうになる。
そして、何かが体を包む様に伸びて来て。
ふぁさ
「……?」
ふわふわな感触に、おなかの辺りを包まれた。
その何かを確かめるべく撫でてみれば、さらさらの毛の様な物が、体を覆っている。
「どうです? 結構気持ち良いですよ」
得意気にそう言いながら、文は私に背中を向けて、その羽を私に被せてきていた。
無理矢理引っ張らないでくださいね、とそれ以外の事を許してくれて、適当に触ってみる。
「これが良い事ねぇ……」
先程までの緊張は何処へやら。
急激に萎んでしまった期待を投げ捨てて、とりあえず今は文の厚意を堪能する事にする。
(……やばい)
文の羽をさわさわと撫でて、ふるふる揺れる羽に撫でられて、くすぐったい様な暖かさが私の体を覆われて。
そんな事をしている内に、気付いてしまった。
(これ、癖になりそう……)
今まで天国だと思いこんで使っていた布団がただの布切れに思えるくらい、心地良い。
触ると柔らかく、ふわふわしているのに変に指や体に絡まなくて、抱きしめてみると血が通っているかのように暖かかった。
おまけに撫でるとくすぐったそうに羽を震わせて、それが肌を撫でるものだから、たまらない。
「んん……」
思わず、声が漏れてしまう。
文の羽が、まるで生きている布団の様に私を柔らかく抱きしめてくれている様な錯覚さえ、覚えさせられる。
それが楽しくてずっと触れていると、文の方から押し殺したような声が微かに聞こえた。
そっちの方を見てみると、文が体を丸めてピクピク震えているのが、背中越しに分かる。
「……えい」
スス、と羽を撫でると、あやや、と小さく反応。
カリカリと少し硬い所を指先で掻くと、くすぐったそうに啼きだす。
つまり、文は羽が弱点なのではないか。そうと分かると、悪戯心が湧き上がって来た。
「あの……れ、霊夢さん? 一体何を……」
声が凄く怯えている文、手元には文の弱点でもありそうな羽。そしてするべき事は一つ。
肌触りの良い羽を容赦無く堪能し、ばっさばっさと布団を跳ね上げる文の反応を、心で楽しむ。
それが楽しくて、何度も何度も文の羽を撫で擦ってみた。
「あ……ややや、やめてくださいこれ以上は――――ッ!!?」
「あ、弱い所発見」
羽の根元辺り――手が届かないのか、そこだけ羽並びが少し荒く、ぼさぼさとしている。
そこを指先で掻く様に触ってみると、とても大きい反応がばさばさと返って来た。
体に近い部分だからなのか、凄くくすぐったそうに羽を揺らして、私の指から逃げ出そうと足掻いている。
「あんまり抵抗すると、追い出すからね」
いたずらっぽく言ってみると、文の抵抗がぴたっと止まった。
やはりこの吹雪の中で外に放り出されるのは嫌なのか、じっと縮こまって、震えながらも身構えている。
これ幸いと、思う存分文の羽を可愛がってあげる事にする。
私が飽きるまでの数時間、文はずっと声を抑えて啼いていた。
「酷い目に遭いました……鬼です、霊夢さん」
「泊めてあげたんだから、ちょっとくらい良いでしょう」
「何処がちょっとなんですか!」
翌朝、目の下に隈を浮かべた文が、膨れ面でいつもの服に着替えているのを眺めながら、布団の中で背伸びをする。
心なしかいつもよりぐっすり眠れたのは、やはり文の羽のおかげなのだろうか。
文が体を動かすたびに、あっちへゆらゆらこっちへぱたぱた、忙しなく動いている羽を眺めながら、昨夜の事を思い出す。
今までは特に何も考えずに接していたけど、いざ昨夜の様なことを体験してしまうと、あの羽が凄く気になり始めてしまう。
布団みたいな柔らかさなのに、滑らかな髪の様にさらさらで、人肌の様に温かい。
誰かに包まれて眠っているような不思議な暖かさを、文の羽に感じた。
「霊夢さん? 何か私の体に付いてますか?」
文が私の視線に気付いて、不思議そうに言う。
羽。 と言ってやりたかったけど、何か負けた気になりそうだったから、なんでもないとだけ返しておく。
「それでは、失礼します。 泊めてくださってありがとうございました、今後も文々。新聞をご贔屓に」
着替え終わるなり、文はすぐに縁側から晴れた冬の空へと飛び立って行ってしまった。
その後に、鴉の羽が二枚はらりと舞い落ちて、真っ白な庭に黒い点を残した。
「……」
何となくその羽を拾い上げて、くるくると回して、軽く撫でてみて、物思いに耽る。
綺麗な羽を持つ文の事が、ほんの少しだけ、羨ましいと思った。
その日の夜、雪ほどではないものの、雨と風が容赦なく気温を下げて来て、窓もガタガタ音を立てて揺れている。
こたつの暖は大分前に消して、お風呂も済ませて、後はいつもの様に眠るだけ。
だけど、眠れない。
寝返りをうっても、布団を抱きしめてみても、どうしても体が布団に馴染んでくれない様な、不思議な違和感が有る。
今日は特にする事が無く一日中のんびり過ごしていた所為か、目も少しばかり冴えていて、落ち着いてまどろむ事も出来ない。
眠れないまま布団の中でころころしていると、ドサ、という音が聞こえて、跳ね起きてその部屋に向かってみれば、白と黒のが倒れ伏している。
一歩近付いてみると、羽がばさりと羽ばたいて、床や私に水しぶきを撒き散らされた。
「…………」
ぐっしょりと濡れた服と羽を纏って、顔を上げた文がじっと私を見つめている。
何かを訴えているような、懇願するようなキラキラした眼で、何も言わずに。
「……泊まってく?」
途端に目を輝かせてブンブンと頷く辺り、分かっててやってるんじゃないかと、それなりに思う。
まあでも、今夜も暖かく眠れそう。
「嫌よ」
頭を下げての願いを、一言で切り捨てる。
こうでもしないと、この天狗は何処までも食い下がるのから。
「ですけどね、この状況で私を放り出すなんて、鬼の所業ですよ!」
「あら、嘘を付いていないから鬼でも納得するわよ」
「人でなしー!」
ガタガタとなる引き戸に、文の悲痛な叫びは殆どかき消されていて、それを良い事に私は聞かなかった事にした。
外にちらちらと雪が降る中、文は取材にやって来た。
いつもの格好にマフラーだけ巻いて、ずっと寒そうに両腕を組んで、「何か面白い事は有りませんか」って。
見ているだけで寒そうだったので早々に掃除を切り上げて、家の中に戻ろうとすると、そいつまで付いてくる。
仕方無しに入れてあげると、やっぱりいつもの調子だった。
「それでですね、霊夢さん。この寒い中で繁盛しそうな温泉について色々と聞きたいのですが」
こたつの一区画を占領し、羽までこたつの中に埋めながら、メモ帳を片手に期待一杯に聞いて来る。
勿論神社まで訪れる人間は居ないし、妖怪が来たとしても大した宣伝にはならない。
妖怪がお賽銭を入れてくれる事なんて、そうそう有る事じゃないし。
そんな事を愚痴交じりに話している内に、空の色が怪しくなり始めて、風も強くなって来た。
雪が戸を叩く音が今にまで届いた所で、夢中になって話していた文が外の異変に気付いて、慌ててこたつから飛び出した。
けれど既に外に振っていた雪は吹雪になっていて、境内の木が辛うじて見える程に激しくなっている。
力なくへたり込む文に向かって溜息を一つ、その直後にこれである。
「お願いですっ! 今日だけでもここに泊めさせてください!」
「だって、こんな吹雪の中を飛ぼうものなら、羽が雪塗れで重いの寒いので、大変なのですよ」
どれだけはっきり言おうとも、文は中々折れようとしてはくれない。
本気で、吹雪の中を飛ぶのが嫌なんだろう。
「霊夢さんは、どうしてそこまで私を泊めたくないんですか?」
改めて聞かれて、返事に詰まった。
別段、文だけが嫌いな訳でも無いし、文を泊めたくない理由は、文以外の所に有るから。
「……だって、ここには布団は一組しか無いんだもの」
博麗神社に泊められない理由、それはたった一組しか無い防寒具の所為。
それはもちろん私の為の物で、他人に使わせる余裕なんて無い。
その上今日が寒いのは私だって同じだし、いつまでもこたつを暖めておくわけにはいかないし。
「それじゃあ、一緒に入れば良いじゃないですか」
そう、それも考えたけど大きさが足りない……って!
「あ、あんた何言って……!」
「そっちの方が暖かいですし、私も助かって一石二鳥だと思いますよ」
「うぐ……」
まあ、そこらの知らない異性と一緒よりかは、同姓の上に知ってる仲の文の方がまだ良いのかもしれない。
けど流石に、一つの布団で二人で寝るのは……少しばかり、躊躇ってしまう。
「……私とは、嫌なんでしょうか」
落ちた声のトーンと、不安そうな小鳥の表情。それには日頃の文の事を知っている私でも、少し来るものがあった。
心の何処かで、なんとしても追い出したいと言う気持ちが急激に萎えて、罪悪感が芽生え始める。
「別に、嫌じゃないけど」
「なら決まりですね、よろしくお願いします」
「いやそうじゃなくて……布団は貸さないわよ、ここでなら構わないけど」
だから、このくらいが、妥協点。
「うむむ……せっかく霊夢さんに良い事をしてあげようと思ったのですが、残念ですね」
「良い事……?」
文の言う良い事に、逆に身構えてしまいたくなった。
どう考えてもどう転んでも、怪しい方向に向かざるを得ない言い方だ。
「いや、怪しい意味ではないですよ」
「それ以外に何が有ると言うのよ」
「心外ですね。私は霊夢さんへの心ばかりのお礼の気持ちを思って言ってるのですが」
「……」
言葉に、詰まった。
付き合いが長い所為で、文がどんな時に本気なのか、どんな時に本気じゃないのか、すぐに分かってしまう。
その私の勘が、今の言葉が本気であると示してしまっていた、恨めしい。
「……分かったわよ、好きにしなさい」
それに、ちょっとだけ興味も有る。
本気を出して言うほどの、文の『良い事』に。
「はい。 では、楽しみにしてくださいね」
どう見ても胡散臭い笑顔。なのに、憎めない。
やっぱりこういう所では、文の方が一枚も二枚も上手なんじゃないかと思う。
そもそも、私が文に甘くしてしまうのも原因の一つなのかもしれないけれど。
「それじゃあ、お風呂借りますね」
その一言を残して、文は着替えも持たずにお風呂へ向かってしまった。
少し前に私が入ったばかりだからまだ暖かいとは思うけど、この吹雪の中、室内とはいえすぐに寒くなってしまうはず。
少し考えて、文だから良いかと投げ出した。
「うーん……」
こたつの中に一人、妙な孤独感に苛まれつつ、文が出て来るのを待つ。
誰かが居るはずなのに居ない、文が来なければこんな孤独感は無かったと思う。
元々私は一人で神社に住んでいるのだし、それが当たり前の事だと思って過ごしていた。
だから、今日みたいな事になると、この神社に来ている誰かの事を変に意識してしまう。
「落ち着かないなぁ」
顔を卓袱台に伏せてぐりぐり、仰向けに寝転がって天井を見上げて、よいしょっと勢いをつけて起き上がる。
手持ち無沙汰に陰陽玉をくるくる回していても、思い浮かぶのは文の言い放ったあの言葉ばかり。
『良い事』
何も知らない子供がそれを聞けば、言葉どおりに捉えて喜んで受け入れるだろう。
でも、それが下心丸出しの異性ならば、警戒どころか討伐しても罰は当たるまい。
この場合、前者とも後者とも取れてしまう。勿論、私は後者の可能性が高いと踏んでいるのだけど。
「……何するんだろ」
それでも、あの文がもったいぶってまで行おうとしている事が、気にならないはずが無い。
良い事だという事以外には何一つ話してくれなかったし、肝心の文は今頃お湯に包まれてのほほんとしている頃。
文がお風呂から戻ってきたら、その良い事をされるに違いない。もの凄く不安を覚えながらも、僅かばかりの好奇心が、文への拒否を躊躇わせる。
……期待なんてしていない、はず。
確かに気になる事は気になるけど、楽しみにしているなんて、ありえない。
文のやる事は大抵碌な事じゃないし、今回だけそうじゃないとは言い切れるものじゃないからだ。
だけど、良い事なら仕方ないのかもしれない。
「すみません、遅くなりました」
文がお風呂から上がってきたのは、布団を敷き終わって今のこたつを片付け終わった頃の事だった。
私は寝巻きに着替えているけど、文は雪に塗れていたいつもの一張羅で、所々生乾きの部分が有る。
「濡れたまま入ってこないでよね。ほら、そこに着替えが有るから」
流石に寝床まで濡らされては堪らないので、準備しておいた私の寝巻きの予備を指差して、着替えるよう言いつける。
私はと言えば、文の方を向く事も出来ず、布団の中で丸くなっているだけだった。
さっきの文の言葉が何をしても忘れられなくて、ひたすら何かに耐えているような感じで、色々と一杯一杯。
「あやや、ありがとうございます。 実はこれ、結構冷たいんですよ」
もそもそと、私の見えない所で文が着替えている音がして、余計に意識がそっちの方へ向いてしまう。
布団の中の私は、もにょもにょとしているばかりで、まるでまな板の上の鯉の様に何も出来ないまま、その時が来るのを待つばかり。
この後でされるであろう事に、例え切れない感情が、胸の中で暴れているようで。
「それじゃあ、失礼しますね」
ドクン、と、体が跳ね上がった。
私を覆っていた布団の端っこが、文によって捲りあがり、その中に文の体が入り込んでくる。
近寄ってくる文の気配に、色々な想像が頭の中を駆け抜けていって、熱さで弾けてしまいそうになる。
そして、何かが体を包む様に伸びて来て。
ふぁさ
「……?」
ふわふわな感触に、おなかの辺りを包まれた。
その何かを確かめるべく撫でてみれば、さらさらの毛の様な物が、体を覆っている。
「どうです? 結構気持ち良いですよ」
得意気にそう言いながら、文は私に背中を向けて、その羽を私に被せてきていた。
無理矢理引っ張らないでくださいね、とそれ以外の事を許してくれて、適当に触ってみる。
「これが良い事ねぇ……」
先程までの緊張は何処へやら。
急激に萎んでしまった期待を投げ捨てて、とりあえず今は文の厚意を堪能する事にする。
(……やばい)
文の羽をさわさわと撫でて、ふるふる揺れる羽に撫でられて、くすぐったい様な暖かさが私の体を覆われて。
そんな事をしている内に、気付いてしまった。
(これ、癖になりそう……)
今まで天国だと思いこんで使っていた布団がただの布切れに思えるくらい、心地良い。
触ると柔らかく、ふわふわしているのに変に指や体に絡まなくて、抱きしめてみると血が通っているかのように暖かかった。
おまけに撫でるとくすぐったそうに羽を震わせて、それが肌を撫でるものだから、たまらない。
「んん……」
思わず、声が漏れてしまう。
文の羽が、まるで生きている布団の様に私を柔らかく抱きしめてくれている様な錯覚さえ、覚えさせられる。
それが楽しくてずっと触れていると、文の方から押し殺したような声が微かに聞こえた。
そっちの方を見てみると、文が体を丸めてピクピク震えているのが、背中越しに分かる。
「……えい」
スス、と羽を撫でると、あやや、と小さく反応。
カリカリと少し硬い所を指先で掻くと、くすぐったそうに啼きだす。
つまり、文は羽が弱点なのではないか。そうと分かると、悪戯心が湧き上がって来た。
「あの……れ、霊夢さん? 一体何を……」
声が凄く怯えている文、手元には文の弱点でもありそうな羽。そしてするべき事は一つ。
肌触りの良い羽を容赦無く堪能し、ばっさばっさと布団を跳ね上げる文の反応を、心で楽しむ。
それが楽しくて、何度も何度も文の羽を撫で擦ってみた。
「あ……ややや、やめてくださいこれ以上は――――ッ!!?」
「あ、弱い所発見」
羽の根元辺り――手が届かないのか、そこだけ羽並びが少し荒く、ぼさぼさとしている。
そこを指先で掻く様に触ってみると、とても大きい反応がばさばさと返って来た。
体に近い部分だからなのか、凄くくすぐったそうに羽を揺らして、私の指から逃げ出そうと足掻いている。
「あんまり抵抗すると、追い出すからね」
いたずらっぽく言ってみると、文の抵抗がぴたっと止まった。
やはりこの吹雪の中で外に放り出されるのは嫌なのか、じっと縮こまって、震えながらも身構えている。
これ幸いと、思う存分文の羽を可愛がってあげる事にする。
私が飽きるまでの数時間、文はずっと声を抑えて啼いていた。
「酷い目に遭いました……鬼です、霊夢さん」
「泊めてあげたんだから、ちょっとくらい良いでしょう」
「何処がちょっとなんですか!」
翌朝、目の下に隈を浮かべた文が、膨れ面でいつもの服に着替えているのを眺めながら、布団の中で背伸びをする。
心なしかいつもよりぐっすり眠れたのは、やはり文の羽のおかげなのだろうか。
文が体を動かすたびに、あっちへゆらゆらこっちへぱたぱた、忙しなく動いている羽を眺めながら、昨夜の事を思い出す。
今までは特に何も考えずに接していたけど、いざ昨夜の様なことを体験してしまうと、あの羽が凄く気になり始めてしまう。
布団みたいな柔らかさなのに、滑らかな髪の様にさらさらで、人肌の様に温かい。
誰かに包まれて眠っているような不思議な暖かさを、文の羽に感じた。
「霊夢さん? 何か私の体に付いてますか?」
文が私の視線に気付いて、不思議そうに言う。
羽。 と言ってやりたかったけど、何か負けた気になりそうだったから、なんでもないとだけ返しておく。
「それでは、失礼します。 泊めてくださってありがとうございました、今後も文々。新聞をご贔屓に」
着替え終わるなり、文はすぐに縁側から晴れた冬の空へと飛び立って行ってしまった。
その後に、鴉の羽が二枚はらりと舞い落ちて、真っ白な庭に黒い点を残した。
「……」
何となくその羽を拾い上げて、くるくると回して、軽く撫でてみて、物思いに耽る。
綺麗な羽を持つ文の事が、ほんの少しだけ、羨ましいと思った。
その日の夜、雪ほどではないものの、雨と風が容赦なく気温を下げて来て、窓もガタガタ音を立てて揺れている。
こたつの暖は大分前に消して、お風呂も済ませて、後はいつもの様に眠るだけ。
だけど、眠れない。
寝返りをうっても、布団を抱きしめてみても、どうしても体が布団に馴染んでくれない様な、不思議な違和感が有る。
今日は特にする事が無く一日中のんびり過ごしていた所為か、目も少しばかり冴えていて、落ち着いてまどろむ事も出来ない。
眠れないまま布団の中でころころしていると、ドサ、という音が聞こえて、跳ね起きてその部屋に向かってみれば、白と黒のが倒れ伏している。
一歩近付いてみると、羽がばさりと羽ばたいて、床や私に水しぶきを撒き散らされた。
「…………」
ぐっしょりと濡れた服と羽を纏って、顔を上げた文がじっと私を見つめている。
何かを訴えているような、懇願するようなキラキラした眼で、何も言わずに。
「……泊まってく?」
途端に目を輝かせてブンブンと頷く辺り、分かっててやってるんじゃないかと、それなりに思う。
まあでも、今夜も暖かく眠れそう。
いいなぁ……。 二人だけの素敵な空間を覗き込めた喜び……。
あやれいむ、よかったです。
あやれいむ、ごちそうさまでした。
そんなの関係ない素晴らしさだったぜ
ニヤニヤさせていただきました。感謝。
テンポ良くて読みやすいですし、お話面白いですし、もうなにより可愛いですし……読んで良かったーと心から思いましたっ。
個人的には最後のシーンの、途端に目を輝かせて~の辺りが脳内再生余裕で、あぁもう可愛いなぁっ!と思いましたw
うん、楽しかったです!
けど、それ以上にあやれいむが可愛い
あやれいむはたまりません。