地霊殿。
旧地獄の管理を任された古明地家が住む、地底の住人ならば誰もが知っており誰もが近寄ろうとしない場所である。
妖怪ですら恐れる妖怪の中の妖怪、覚りが住む屋敷は恐怖の象徴で有名であった。
地霊殿が恐怖の象徴となるその理由は。
「あはは~待ってよお燐~」
無邪気な笑みを浮かべた少女、古明地こいしはペットである火焔猫燐と戯れていた。走る燐の背を追いかけるこいしの姿はどこまでも純粋で穢れ無く。
それだけならばなんともほのぼのとして心洗われる光景だったのだろうけれども。
「ぎにゃーーーー!」
断末魔かと紛う程の悲鳴を上げて燐の体が跳ねる。こいしが放った弾幕の集中砲火を浴びて紙くずの如く燐の身体は吹き飛んだ。
「逃げちゃダメだよ。それじゃゲームにならないじゃないの、もうっ」
プンスカと頬を膨らませて抗議するこいしであったが、燐に逃げるなと言うのはさすがに酷な話であった。
何しろこいしに遊ぼうと持ちかけられてから一切の反撃を許さない勢いで攻撃され続けているのだ。逃げる他に何が出来るというのだろうか。
「もーっ。いいよ、別のペットに頼むから」
こいしは大変不満気な表情で頭から煙を吹いて地面に転がっている燐にそう告げ、去っていった。
「――さとり様!もう、もう限界です!なんとかしてくださいよ!」
「う、うぅ」
全身包帯だらけで東方妖怪から西洋妖怪へクラスチェンジを果たしかけているお燐に詰め寄られ、私は言葉に詰まってしまい困っていた。
「このままじゃあたいくたばっちゃいますよ!あたいだけじゃない、お空だって!」
「うにゅ~……」
お燐に抱きかかえられているお空にはいつもの覇気は無かった。ぐったりとして虚空を見つめている。よっぽどこいしに手酷くやられたらしい。
「で、でもお燐。こいしだって悪気があるわけじゃないと思うのよ。ほら、ちょっと加減を知らないだけで。積極的に遊びに誘ってくると言う事はあの子もあなた達に心を開いている証拠だと思うし……」
「悪気が無いから殊更に性質が悪いんじゃないですかぁ!」
破壊せんとする勢いでお燐は私のデスクに何度も何度も拳を叩きつける。
「それにこいし様は悪戯だって酷いんです!この間なんて何時の間にか頭に鉢巻巻きつけられて『舐めんなよ』の旗持たされて」
「あぁ、あれはてっきりお燐自身のセンスかと思ってました」
「さとり様!」
「……すみません」
小さくなる私。
しかし、お燐もずいぶんと変わったものだ。
以前のお燐は私を敬っていてくれていたものの、私のことを酷く恐れ、私から常に距離を置いて、私との間に壁を作っていた。その恐れっぷりがどれ程か。以前食事の際に、私の分のハンバーグより自分のハンバーグの方が若干大きかった事に気づいたお燐が顔面蒼白になり「違うんです!わざとじゃないんです!許して、ゆるしてぐだざいざどりさまぁあああ」と泣いて私に許しを請うぐらいだ。
そんなお燐もあの地上の人間がやって来た騒動の後、徐々に私に対する恐れを克服していったようで、今では私にこうして意見をするようにまでなった。
こいしもあの人間達と出会い、閉じてしまった心を取り戻す切っ掛けを掴んだと言っていた。好き放題に暴れまわってはた迷惑な連中でしたが彼女たちがこの地霊殿に変化の兆しをもたらしたのは間違いない。
ふ……計り知れないものね。人間が秘めた可能性とやらは……私が出来なかった事をあっさりと……ふふふ。
「開始早々良い話っぽく〆ようとしてもダメです!」
――怒られた。お燐は私が現実逃避する事を許してはくれなかった。
「あたいじゃ力負けしてしまうし、パワーアップしたとは言えお空はゴリ押しが通じないこいし様との相性が最悪。その上お空のおつむじゃパターン一つ覚えて一つ忘れてしまうから無理。他のペット達だって無理。だから、さとり様がこいし様を何とかするしかないんですよ、姉として!」
「あ、姉としてですか」
「そうです姉として!」
それを言われるとお腹がキリキリと痛み出すので止めて欲しいのですが。私がこいしを姉らしく厳しく叱りつける事が出来た試しなんてないんですから。知っているでしょうに。
「こいし」
今日も今日とてフラフラ彷徨っているこいしを探すこと約二時間、私はようやく地霊殿の廊下の一角にてこいしを捕まえることが出来た。
「ん?なぁにお姉ちゃん」
最近のこいしは無意識の能力を抑え気味で、きちんと他人が存在を感知出来るようになっているのだが……ここまで時間がかかってしまったのは私のどん臭さからか、それともこれからこいしに説教する事に対する恐れからか。
「お話があります」
「話。何のお話かな?」
こいしはニコリ、とお燐辺りが見たら卒倒しそうな笑みを浮かべる。
「そんなに難しい顔して。ね、お姉ちゃん」
「うっ」
もちろん私だって例外ではない。妹のプレッシャーに押され、私はあとずさる。
(さとり様、ガンバッテ!)
曲がり角に身を隠し、心の声で声援を送ってくるお燐とお空。正直、ここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが私は皆の期待を背にしてここに立っている。私は勇気を振り絞ってこいしに話を切り出した。
「さ……最近……こいしが……」
「私が?何?」
「あの……す、少し……」
「少し?」
こいしがじっと私の目を見つめて来る。本人に威圧するつもりなどは全くなく、私が一人で勝手に脅えているだけなのでしょうけれど、私は崩れ落ちそうな身体を支えるのに精一杯になっていた。
(さとり様っ)
皆も応援してくれている。頑張れ、私。言え、言うんだっ……!
「………………………………乱暴が、過ぎるのではないかと思いまして」
喉の奥から搾り出した声は蚊が鳴くような代物だった。だが、私は言えた、言えたんだ……!
(うぉおおおおおお!さとり様がやってくれたぞぉおおおおおお!さとり様バンザイ!さとり様バンザイ!)
ペット達も私の勇気ある行動に大盛り上がり。みんな、みんなありがとう!
「え?乱暴って?私、そんな事したかなぁ」
――まぁ、まだ山で言う一合目を越えた辺りなんですけど。
「ふーん。つまり、お姉ちゃんは私がみんなを虐めてるって言いたいの?」
「い、いえそうは言っていませんが。ペット達と遊ぶのはいいのですが、もう少し優しく接してあげることは出来ないかと言っているんです」
「えー?だって霊夢や魔理沙は平気な顔して付き合ってくれたよ?」
「あの方達を基準にされましても……」
こいしは地上に出向いた際に戦う事の楽しさを覚えたらしく、それで手当たり次第にペット達に弾幕ごっこへの誘いを持ちかけていると言う。心の準備など全く出来ていないペット達にこいしが突然襲い掛かってくるものだから、皆一方的にやられてしまっているとお燐から聞いた。
「とにかく、ペット達からも苦情が来ているんです。遊ぶにしても程度と言うものをですね……それに弾幕以外にだって遊び方はあるでしょう?」
「そんなのつまんないもん、私、もっと思いっきり戦いたいもん。それこそ心躍るような殺し合いしたいもん」
可愛らしい言い方で恐ろしい事をさらっと言うこいし。
「あ、そうだ」
こいしは両の手を打ち付けて小気味良い音を響かせた。何か思いついたらしい。
「そんなに迷惑だって言うのなら、お姉ちゃんが私を力ずくで止めればいいじゃない」
「え!?」
「だってそうでしょう?こんなお説教なんかするよりも分かりやすいし、私は戦いが出来て大満足。ほら、一石二鳥、渡りに船!」
私がこいしと戦って、こいしを止める。確かに、この世界においてそれは手っ取り早い方法ではあるけれど。
「そ、そんな……こ、こいしと戦うなんて」
うろたえる私にこいしは。
「あ、ゴメンお姉ちゃん。無理があったよねこの案は」
さとりの私でさえ第三の眼を閉ざしたこいしの心は読むことが出来ない。
けれど、次に発せられたこいしの一言には嫌味も悪意も込められていない事は分かった。
だからこそ残酷にその言葉は私の心を撃ち抜いた。
「だってお姉ちゃん私より弱いもんね。うん、無理だった!」
「しくしくしく……」
その日の夜、私は一人枕を濡らしていた。姉として情けない……皆に申し訳が立たない……。
このままじゃあ皆に恐れられていた頃から針が逆側に振り切って舐められてしまうのではないだろうか。それぐらいあまりにも私は情けない姿を晒してしまった。
「ぐすっ……一体私はどうすれば……」
こいしは今更言って聞く子じゃないだろうし。だからと言って身体を張って止める事も出来ない。
こんな情けない私が胸を張ってこいしの姉であると言えるのだろうか。実はこいしが姉だったのではないのか、そんな気さえしてくる。
(さとりは本当に弱くて情けないんだから、もうっ)
(うぅ……ごめんなさいこいしお姉ちゃん)
(ま、でも大丈夫!私が一生守ってあげるから。ね、さとり)
(お姉ちゃん……)
――悪くない。うん。悪くないどころか、良い。良いわ、これ。こっちでいきましょう、そうしましょう。
だがこんな妄想を働かせた所で今頭を預けている枕もうつつ枕などではないしどうにもならない。
結局私はこいしに立ち向かわなければならないのだ、姉として。
こいしと私の相性は最悪に近い。ただでさえ実力差があるというのに加え、こいしには私の能力を用いた戦い方が全く通じない。第三の目で心を読むことが出来ないだけではない。私のスペルカードに「想起」と言うものがある。催眠術で相手を陥れ、相手の心の奥底からトラウマを掘り起こし具現化させるものだ。
このスペルカードの恐ろしさは以前地霊殿を訪れて、しつこく取材と称して付きまとってきた二匹の烏天狗が良く知っているだろう。想起「うろ覚えの金閣寺」。ただでさえ強烈なトラウマとして残っていた記憶が曖昧に掘り起こされ、凶悪化。
初めは軽口をたたいていた烏天狗達。その余裕がどんどん失われていき、最後には。
50回目を越えた辺りで彼女達の表情が曇り始めた。100回目を越えた辺りで彼女達は苛立ち始めた。500回目を越えた辺りで彼女達は泣いて許しを請い始めた。
そして1000回目を越え、彼女達は考えるのを止めた――――。
このように自分でも恐ろしいものを編み出してしまった、と震え上がってしまうほどのスペルカードであるが、こいしには全く通用しない。第三の眼の力が及ばないこいしに取って何の脅威にもならない。
となると後は真っ向勝負となる。想起以外のスペルカードとなると……残り二種類しかない。勝ち目など、あるはずがなかった。
現状のままではこいしには絶対に勝てない。お燐は私とこいしの相性差を知っててなお、姉補正に期待して私がこいしを何とかしてくれると思っていたらしいが現実は厳しい。
では一体どうすべきなのか?敵わない相手に立ち向かうためにやるべき事は?
……もはや、あれしかないのだろう。
修行するしか、ない。
「あれ、さとり様こんな早くから何処へ?」
「あぁお燐。良いところに」
翌朝。決意を胸に旅立たんとする私は地霊殿の玄関先でお燐に出くわした。
「これから私は当分地霊殿を留守にします。留守中のことはお燐、貴女に任せるわ」
「え!?そ、そんな!それじゃああたい達は……」
慌てふためくお燐の手を握り、落ち着かせてやる。
「私を信じて、待っていてください。必ず、必ず帰って来ますから」
私は、蚊が鳴く様な声なんかじゃなく、力強い声でお燐に宣言した。
「そして、必ずあの子を――――こいしを懲らしめて見せます」
「さ、さとり様……」
お燐は私の手を握り返し、
「分かりました!地霊殿の事はあたいにお任せください!そしてこいし様の事も!あたいとお空が中心になってさとり様が帰ってくるまで持ちこたえて見せます!」
私達はお互いの肩を抱き合い、しばしの別れに浸った。
見送るお燐を背に私は歩く。きっとお燐の目にはカリスマに溢れた私の背中が映っているに違いないでしょう。
お燐、私が4ボスに納まる器では無い事を見せてあげるわ。
そして待っていなさい、こいし。どっちが姉なのか、たっぷり教えてあげる。
修行すると言っても闇雲に行ってもしょうがない。お燐達を長期間放って置くわけにもいかないので時間もかけられない。
私は、旧地獄街道を抜け、縦穴を抜け、地上を目指した。
強くなるために手っ取り早いのは、誰かに師事する事だ。さらにもっと手っ取り早いのは、こいしを実際に打ち倒した者に師事する事だ。
地上に出た私は、真っ直ぐに博麗神社を目指した――――。
「げっ、あんたは」
神社にやって来た私を見るや否や、博麗霊夢は顔をしかめた。
なんでこいつがこんな所に。帰れ帰れ……ですか。まぁ、思われるだろうなとは思ってましたよ。そりゃあ地底から覚り妖怪が自分の所を尋ねて来て良い顔をする者なんていないでしょうけれど。やぁやぁお待ちしてました、遠いところからお越しになって疲れたでしょう、ささっこちらへ!なんて態度を取る人物ばかりだったら私が地底に潜る理由なんて無かったですし。
さてどうするべきか。なんて考える必要はありません。状況を想定済みと言う事は、既に対処が出来ていると言う事でもあるんです。
「これを」
私は挨拶代わりに菓子箱を差し出す。もちろんただの菓子の詰め合わせではない。
「え、何?くれるの?」
「はい。お土産ですよ」
「地底からわざわざやってきて殊勝な心がけな事だけど……何のつもり?」
霊夢はいぶかしみながらも菓子箱を受け取り、中身を確認し始める。
「……あら」
「どうですか?」
「ん、まぁまぁね」
あれ、意外と反応が薄い。黄金色の饅頭をこれでもかと言う程詰めてきたのですが。円、ドル、ユーロと満遍なく。それにまぁまぁって。まるでこういったブツを受け取りなれているかの様じゃないですか。なんですかこの巫女は。
「ま、これだけ貰っておいて帰れとは言えないわね。で、どうするの。上がってく?」
「あ、は、はい」
とりあえず賄賂の贈呈もあって神社に上がる事を許されたようだ。霊夢に案内され母屋の方へと向かう。
と、その時。
「天知る地知る魔理沙知る!」
突如背後から響いた声に驚き振り向くと、そこにはあの白黒魔法使い――霧雨魔理沙がいた。帽子を深めに被り、何やら珍妙な決めポーズを取っている。
「見たぞ聞いたぞ大悪党、巫女に賄賂を贈り懐柔しようなんて真似はこの霧雨魔理沙の目が黒い内は――いたっ」
魔理沙は私と霊夢を指差し何やら口上を垂れていたが言い終わる前に霊夢に頭をお払い棒ではたかれた。
「あんたがんな事言っても説得力ゼロでしょうがこの大悪党」
「いたた……何するんだよ!」
「あんたが人聞きの悪いこと言うからよ」
「なんだよー、賄賂を貰ったのは事実だろー?紫の賄賂で味を占めたのか簡単に受け取りやがって」
「くれるって言うから貰っただけよ」
涙目の魔理沙は霊夢に文句を一通り言い終わると私の方へと向き直り、
「で、一体何事だ?珍しい客が来てるじゃないか」
「さぁ?何か私に用があるみたいだけど」
もちろん私は賄賂を渡しにはるばると地底からやって来たわけでは無く。
普段はこんな上等な物は出てこない、とは魔理沙談のお茶と茶菓子でもてなされた私は一時の休息を楽しみ、一息ついてから地上にやって来た目的を二人に話した。
「妹に勝ちたい、ねぇ」
もちろん少々の恥ずかしさはあった。妹に頭が上がらない姉だと告白しているようなものだから。だが私はここで止まってはいられない。
「それで何で私の所へ弟子入りなんて話になるのよ」
「あなたにはこいしを倒した実績があるじゃないですか。それにこいしだけじゃない。今までに数多の妖怪を退けてきた弾幕戦のエキスパートだと聞きます。もちろんこの私も例外では無く……誰かに教えを乞うとしたらあなた以外には考えられません」
そもそもスペルカードルールの創立者でもある彼女。学べるものは大きい。
それに元はと言えばこいしが戦いに興味を持ち出したのはこの二人が原因でもある。もちろん二人はただ襲ってくるこいしを撃退しただけに過ぎないのだけれども、間接的に責任を取ってもらうためにここは引き下がれない。
「うーん。って言うか妖怪が人間の弟子になるって幻想郷的にはいいのかしら」
「いいんです、今この場では私こそがルールです」
間髪入れず私は答えた。
「うー……」
歯切れの悪い霊夢。人間が妖怪を鍛えるような事をして良いものかと迷っている。
「おいさとり、霊夢よりよっぽど師と崇めるにぴったりな存在がここにいるぞ。弟子は取らない主義だったんだが特別に私の元へ迎えてやろうじゃないか」
と魔理沙が私と霊夢の間に割り込んできた。
「こいしを倒したいんだろ?それなら簡単だ。あいつの攻略法を一つに付き黄金色の饅頭一つと引き換えに教えようではないか」
「……じゃあ『イドの開放』を」
「うむ。まずは後ろに下がるんだ。前方からハート型の弾が飛んできて危険だからな。とにかく下がって避けるのだ。下がって下がって下がりまくるんだ」
「……『スーパーエゴ』」
「これは逆に後方に弾幕が集中するからな!やはり危険だから今度は前へ前へ……」
魔理沙のその邪な表情を見る限り、心を読むまでもなかったので私は霊夢にもう一度頼むことにした。
「うぉーいこの魔理沙さんの貴重な弾幕講座を無視か」
「あんたさとり相手にでたらめ吹き込んでどうすんのよ、そもそも無理でしょ」
「ばっか霊夢、ここで色々吹き込んでこいしに挑ませれば労せず私はさとりを討ち取れるだろ?実に効率のいい妖怪退治だと思わないか?まぁ自分の心に嘘はつけなかったな、失敗したぜ」
いやですから心を読むまでも無かったので。
「それで霊夢さん……お願い、出来ませんか?」
「んー……まぁ素敵な「贈り物」もあった事だし……」
霊夢は私の顔を見つめ、
「さとりがこのまま地底に追い返したら先祖末代まで呪ってきそうな顔してるし。仕方ない、特別に引き受けてあげるわ」
交渉成立。やりました。忌み嫌われた妖怪の名は伊達ではありません。
傷ついてなんかいませんよ?ほんとですよ?本当に……しくしく……。
「しっかし修行と言っても何をさせればいいのかしらねぇ。階段兎跳び往復百回とか?」
「それよりペンキ塗りとかいいんじゃないか?私の家の外装がそろそろ剥げてきていてなぁ、丁度いい機会だ。フットワークが鍛えられる、ってミヤギさんが言ってた」
「誰よミヤギさんって……ここはやっぱり基本に忠実に滝に打たれるってのは?あーでもあそこまで行くのは億劫ねー、めんどくさい」
自分がやる訳では無いからと言って霊夢と魔理沙はあれやこれやと好き勝手に案を挙げている。確かに修行するとはいいましたがもう少し真面目に考えて欲しいのですが……。
「あの、もう少し身になるようなものがいいんですけど」
「えー?でもさ、難しい話なのよね。さとりの最大の武器である想起が使えない条件であの妹に勝つ。言わばミニ八卦炉無しで魔理沙が弾幕戦やるようなものでしょこれは」
「それは……厳しいな」
「よし」
何か思いついたのか、霊夢はそう言ってお払い棒を支点とし、よっこらしょと掛け声を出しながら私に背を向けて立ち上がった。
「ようするに、こいしに勝てるようになればいいんでしょ?だったら道は一つじゃないわ。さとり、ちょっと立ってちょうだい」
背中を向けたままの霊夢に言われるまま私は立ち上がる。何のつもりでしょうか?
「幻想郷で決闘と言えば何も弾幕だけではない。そう、例えば」
ええっと何々……そう、例えばこんな方法も――――――――――はうっ。
「あ」
呼吸が止まる。鈍い痛みが私の腹部を走る。
振り向く。そして、突く。
霊夢から読み取った思考通り、実に腰の入った、岩をも砕く様な気合が込められたお払い棒による一突き。それが私の脇腹に深々と突き刺さった。
「な……なるほど……師匠になる事を引き受けた振りしての奇襲。自分の心までも欺き、自分を頼りにしてきた者を裏切ってまで妖怪退治を貫き通す。さ、さっすが霊夢!私に出来ないことを平然とやってのける、そこに痺れるぅ!けど憧れねぇ!」
「ち、違う、違うって。そりゃあ確かに本気で突いたけども、相手はさとりだし、心を読んで華麗に避けてくれると信じた上での攻撃であって」
私は膝を突き倒れこんだ。あまりの衝撃に上手く呼吸が出来ない。
「さ、さとり!あんたちゃんと私の心読んだんでしょ!ちゃんと避けてよ!そう言う場面でしょ今のは!」
ふ、ふふ……分かってても、避けれない事だって……幾らでもあるんですよ…………。
…………。
「おーい大丈夫か?」
魔理沙がわりと真剣に心配そうな表情で私の顔を覗き込んでくる。
「はい……なんとか」
地獄の痛みにのた打ち回り、屍人の様な呻き声を上げて苦しんでいた私はようやく回復する事が出来た。
「あー、そのー、うん。ごめん」
申し訳なさそうな顔で、霊夢は小声で私に謝る。
「うーん。弾幕が駄目なら格闘で、って思ったんだけど」
と、霊夢は私のつま先から頭のてっぺんまで視線を移動させる。
紫もやし二号に相応しい体つきしてるわね、これは無理かも、ですか。
「でしょ?」
「はい」
まったくもって否定できない。スーパー引き篭もりの私と外を出歩き元気良く遊びまわっているこいし。勝負するまでもないだろう。
「まてまて、まだ結論を出すのは早いぞ。格闘が駄目ならそれを補う物を持てばいいんだ」
まだ諦めるな、と魔理沙は私たちを制した。
「……と、言いますと?」
「武器だよ武器」
魔理沙はそう言って、縁側に立てかけてある自分の箒を指差す。
「ぶ、武器なんですか?あれ」
どう見てもただの箒だ。何か刃物でも仕込んである様子もないし。
「おいおいあれはミニ八卦炉と双璧をなす立派な私の武器だぜ?お前のとこのアホ烏に喧嘩売られた時もあれではたき倒してやったんだ」
自慢げに語る魔理沙。
「武器はいいぞぉ、持っているだけでアドバンテージを取れるんだ。それに、弾幕にだって応用して使うことが出来るからな。命蓮寺の連中を見てみろ、連中全員凶器持ちだぜ?ロッド、鉄輪、柄杓と錨、槍、全身凶器、三叉鉾。あいつら、いつでも声がかかっても良いように準備万端だ」
なるほど、確かに今時代は武器の流れなのかもしれない。うちのお空も制御棒手に入れてからはずいぶんと強くなったものだし。
こいしは空手だ。そこで私が何か武器を持てば、その実力差を埋めることも出来るのかもしれない。
「いいかも……」
「だろ?よし、私の箒を貸してやるからまずは素振りから始めようではないか」
魔理沙から受け取った箒を振り回す。傍から見ればなんとも滑稽に見えるであろう修行を開始して10分ぐらい経過しただろうか。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
地面に突っ伏して私は虚ろな目で空気を求めて喘ぎ、地底には存在しない太陽の光に焼かれていた。
「……霊夢、どう思う?」
「駄目ねこれは。体力が無いってレベルじゃないでしょこれ」
「パチュリーだってもう少し頑張れるぞ……」
「あいつはおっもたそうな魔法書ブンブン振り回してるじゃない。この前二の腕触らせてもらったけど、凄かったわよ」
「さとりが身体を鍛えるにしてもちょっとやそっとの期間じゃ無理そうだな。もやし過ぎるぜ」
「さとりはあまり時間をかけられないって言ってたし。うん、この案却下で」
結局、固まった方針はと言うと。
「あーもう埒があかないわ。弾幕するわよ弾幕!こうなったらひたすら実戦あるのみよ!」
対こいし戦を想定したスペルカード戦を繰り返すと言うものであった。
「幸い今ここには人の技パクらせたら幻想郷一の人間がいるわ。ある程度の再現は出来るはずよ」
霊夢が魔理沙を指差し、
「よし、任せておけ!」
魔理沙が親指を立てて笑う。無茶苦茶言われてるんですけど何でそんなに嬉しそうなんですか、この人。
こいしとの戦いには何の意味も成さない、と言う事で私の第三の眼には目隠しを被せて戦うことになった。この状態でも見えてしまう事は見えてしまうのだが――力は弱まるので修行には丁度良い。
そして私の修行はついにと言うかやっとと言うか、まぁとにかく始まった。
第三の眼の力を封じられた状態で、霊夢が見守る中こいしの技を模した魔理沙との戦闘を繰り返す。ただそれだけの単純なもの。
魔理沙が恋符「夢枕にご先祖総立ちの様なもの」 を高らかに宣言して修行は開始された。
以前一度戦った事があり、敗北した相手。そしてこいしに勝利した事のある相手でもある魔理沙との戦い。あのこいしとの戦いを涼しい顔でこなしてみせる――それは誇張ではなく、幾度も修羅場を潜り抜けて弾幕慣れしている彼女は確かな実力を持っていた。
時に慎重に様子を伺い、時に大胆に前へ。
経験に裏打ちされしっかりした、それでいて捉えどころの無い動きに翻弄され、一回目の戦闘は私の被弾によりあっけなく終わった。
「くうっ」
「どうした?もうおしまいか?」
「いえ……続けてください!」
「そうこなくっちゃな!」
その日の修行は、私がボロボロになるまで続けられた。
次の日、博麗神社に来訪者が現れた。
「あらあら霊夢、これは一体どういう集まりなのかしら?」
「げ……あーこれはその……」
「また勝手な事をして。言い訳は後で聞くわ。……それより」
直接会ったことは無いが、私は来訪者の事を知っていた。その声。そして、
「私も混ぜてもらえるかしら。もちろん、いいわよね?」
その弾幕を私は知っている。
またも私がボロボロになって気を失うまで、その日の修行は続けられた。
次の日、博麗神社に来訪者が現れた。
「なんか魔理沙が今の内にお前も来いって五月蝿いから来てみれば……何してるんだか」
「おー来たか来たか」
私は知っている。その声。そして、
「まぁ良いわ。丁度新型のテストがしたかった所なのよ。これも修行の一環と言う事で付き合ってもらえるわよね?」
その人形の群れを。
次の日、酒臭い小鬼が神社を訪れた。
その次の日、体調の悪そうな魔法使いが神社を訪れた。
そのまた次の日、カメラを構えた天狗が神社を訪れすぐに帰った。
そのまたまた次の日、背中に工具を抱えた河童が神社を訪れた。
なんだか当初の目的を見失っているような気がする。それに、私以外の者同士で戦っているのは気のせいだろうか。
もう当初の方向性は何処へやら、湧いてでたように神社に現れる妖怪たちの相手を私はさせられた。
「これが博麗百人組み手よ!」と霊夢はふんぞり返っていたがそんな事計画していなかったことは心を読むまでも無く分かりきっていた。
果てしないボスラッシュは時計の針が二周りしても続けられ、あまりにも熾烈な修行に私はもはや限界だった。それは神社を訪れた妖怪たちも同じで。待ち時間を持て余した者同士で好き勝手に弾幕戦を始め、それに刺激されたものが混ざっていって、そしてまた新たなものが――と雪達磨式に増えていってもはや何が何だかわからない状況になってしまい、私が戦うまでもなく勝手にボロボロになり神社に転がっていった。
狂乱の連続弾幕パーティは続いていく。
ボロボロになりながらも、記憶が飛び飛びになりながらも私は戦い続けた。
私の第三の眼に被せられた手ぬぐいはいつのまにか取り払われていた。だが第三の眼の力が振るわれることは無い。私は無意識の中で戦っていた。心在らずとも体は動き、次々と迫り来る相手と戦い続けていた。意識を手放し、そして取り戻すと眼前には私が撃ち倒したであろう相手の姿が。
何が私をそうまでさせたのか――そんな事は、分かりきっている。
ただ、こいしに、胸を張って貴女の姉だと言えるようになるために。
それだけの為だ。
気が付くと、私は一人博麗神社の中で立っていた。
立っているのは私だけ。戦(いくさ)の後かの様に、辺りには気を失った妖怪達が屍累々。
「これは……!」
丁度その時。買出しと称して逃げ出した霊夢が帰ってきた。
霊夢は転がる妖怪たちを一通り見回し、それから私に駆け寄ってきた。
「これ、もしかしてあんたがやったの?」
「……多分」
「や、やったじゃない(まさかあれだけの人数を倒すなんて。せめて骨は拾ってやろうと思ってたんだけど)この博麗百人組み手を成し遂げたのはあんたがはじめてよ!(こじつけだけど)これでもう私が教えることは何も無いわ(いやー師匠って楽で良いわね)おめでとう!(何もしてないけど何とかなったようでよかったよかった。さて私はさとりに貰ったお金で久しぶりに人里で豪遊でも……)」
「ふふふ、霊夢さん」
「ん、何?」
渾身の右ストレートで、私は博麗百人組み手最後の相手を打ち倒した。
そして私自身もその場へ崩れ落ち――。
こうして私の修行は終わりを告げた。
ざっ、ざっ、ざっ。
帰ってきた。予定よりも長引いてしまったが私は帰ってきたのだ、この地底へと。
久しぶりの地底の土の感触を噛み締める様に私は一歩一歩力強い足取りで地霊殿を目指していた。
お燐やお空やペット達は無事だろうか。
こいし。待っていなさい。
地霊殿の門をくぐった先に私を待つものがいた。
お燐とお空だ。
「さ、さとり様!」
「お燐、お空」
二人は私を見つけるやいなや、こちらに駆け出してきて抱きついてきた。
「ふふ……待たせましたね、二人とも」
「えぇ!お待ちしてましたよさとり様!」
お燐の身体は所々に傷が目だった。私が地霊殿を留守にしている間、こいしとの戯れに耐え続けてくれていたのだろう。
私は自分の中に闘志が満ちて行くのを感じた。
「さとり様……今日のさとり様、何か違うわ!なんていうか、とてもおっきくなったって言うか、頼もしくなったっていうか」
お空が私を見て瞳を輝かせながら言った。ふふふ、一皮向けた私に感動しているようですね。
「こいしは今、地霊殿に?」
「はい。さっきまであたいとお空を虐め……いやあたいとお空と遊んでいたのですが、遊びつかれて今は昼寝しています」
「そう……」
いいタイミングね。また何処かにフラフラと出かけていたなら探すのが大変ですから。
「今まで貴方達にはずいぶんと苦労をかけさせたわ。だけど、今日でそれも終りよ」
私は威風堂々と宣言して見せた。
「私がこいしを――そう、この地霊殿を治めるこの古明地さとりが、古明地こいしを懲らしめるっ!」
おお、とお燐とお空から歓声が上がる。
更にもう一声。己を鼓舞するように私は叫ぶ。
「姉として!」
今こそ姉としての威厳を取り戻すその時。
私はお燐とお空の期待を背に、こいしの元へと向かうため地霊殿のエントランスホールを潜り抜けて行く。
こいしはお燐の言う通り、自室のベッドの上で眠っていた。起こすのがもったいなく感じる程に可愛らしい寝顔と姿勢で。
いつもなら心行くまでそんなこいしの姿を眺めて目の保養としていただろうけれど、今日の私は違うのだ。
容赦なくシーツを引っぺがして、枕を抜き取り、身体を揺さぶりまくった。
「ふぇ……お、お姉ちゃん?」
無理矢理起こされたこいしは、普段からは考えられない私の蛮行に驚き混乱している様子だった。
当然だろう、私がこんな風にこいしに強く出たなんて初めてのことだ。
そんな妹の姿に少し心が痛みはするが、私は心を鬼にして、寝ぼけ気味のこいしの手を引きエントランスホールまで連れて行った。
私達姉妹以外に誰もいない地霊殿は不気味な静けさに包まれていた。
ペット達にはお燐とお空に誘導してもらい、出払ってもらってる。
「お姉ちゃん……?どうしたのさ一体……」
「こいし」
四、五歩ほどこいしから距離を取り、それから振り向いて私はこいしと向き合う。
そして懐からスペルカードを取り出し、こいしの前にかざした。
「貴女、言ってたわね。お姉ちゃんが私と戦って止めて見せればいいと」
「……!」
「今こそその時。こいし、勝負よっ!」
寝起きでぼおっとしていたこいしの瞳に火が灯る。
「今まで何処で何をしていたのって聞きたいところだけど……」
こいしも私と同じように、懐からスペルカードを取り出して構えを取る。
「うんっ。いいわ、心躍る殺し合い、しましょ?お姉ちゃん!」
あの地獄の様な組み手とは名ばかりのボスラッシュも全てはこの時のため。
もうあの臆病だった私はいない。
「いくよ、お姉ちゃん!表象、『夢枕にご先祖総立ち』!」
こいしは先手を取り、スペルカードを宣言。
数多の鋭いレーザー弾が私をめがけて飛来する。一見ではその弾速に焦り、何処へ逃げればわからなくなってしまう、こいしが初手に用いるスペルカード。
「さぁ、どうするの!お姉ちゃん!」
こいしが私の出方を伺い、笑っている。
以前の私ならば、なす術も無くここで押しつぶされていたでしょう――だが。
「甘いわ、こいし!」
レーザーへ向かって自ら飛び込む。
魔理沙が模した物を何度も何度も避け続けたお陰で、既に頭ではなく体がどうすればいいか知っている。有識では無く無意識――こいしの領域へと私は飛び込んで行く。
レーザーが袖をかすめる。だが私は引かない。
僅かな隙間が生むレーザーの道を突き進み、前へ。こいしに真正面から急接近。
「!」
衝突しかねないギリギリの位置で止まり、こいしと至近距離で対峙する。
「……どうかしら?」
にやり。口元が自然に緩む。
こいしは驚きの表情を浮かべ、しばし固まっていたのだが、
「やるじゃないの、お姉ちゃん」
私がそうしたように、こいしもにやりと笑った。
「そうよ。私はやる時はやるのよ。それが姉と言うものですもの」
「じゃあこれはどう?……そらっ!」
掌をかざし、こいしが弾を放つ。
すぐさま後方へ飛びのき、私はその奇襲を容易くかわして見せた。
またこいしの表情が嬉しそうに緩んだ。
(キャーさとり様ぁー)
(カリスマ全開だわぁ~さとり様!カ・リ・ス・マ!カ・リ・ス・マ!)
この戦いを覗いているお燐とお空の心の声が聞こえてくる。
弾幕力も、判断力も、冷静さも。そして、背中を押す声援もある。いける、いけるわ。今日の私ならこいしを打ち倒せる。
次にこいしが繰り出したのは、視界一面を覆い尽くす弾幕の海。これも既に知っている。細かい弾の嵐は全てフェイク。動かなければどうと言う事はない。
こいしの弾幕は、見せ弾で平静さを失わせ窮地に追い込んで行くタイプの物が多い。脊髄反射で動けば捕まってしまう。
落ち着いて、一つずつ潜り抜けて行く。
もちろん私も防戦一方のままではいない。想起が通用しないこいしにはあまり強力な弾幕は張れないが、私に出来る限りの弾幕を持って応戦した。
こいしが撃ち、私が避け、私が撃ち、こいしが避ける。
戦局は中々動かず、膠着状態が続く。
こいしに互角のままで食い下がる事が出来ているのは自分でも出来すぎだと思った。その事実が私に自信を植え付け、戦いの中で私の動きは更に研ぎ澄まされていく。
そして、それと同時に少しずつ磨り減って行く精神力。
「じゃあこれはどうお姉ちゃん?私のとっておきだよ!『サブタレイニアンローズ』っ!」
両手を広げる大げさなポーズでこいしがスペルカードを宣言する。
恐らくここで勝負が決まる――。
赤と青の二色に分かれた弾が間隔を置いて迫り来る構成のスペルカード、『サブタレイニアンローズ』はこいしがとっておきと言うだけはあって、精神をじわじわと鉋で削り取るかのような嫌らしい弾幕だった。
二色の弾幕にそって旋回し続ける、薔薇を模した弾の塊。
赤、青、交互に迫り来る薔薇弾を避けるためには一箇所に留まり続けるのでは無く、前進か後退か常に二択を迫られ続ける中動き回る必要があった。
下がらなければ……いや、ここで前に出なければ押しつぶされる。だけど隙間が狭い――。
「はぁ……はぁ……」
額を汗が伝う。呼吸が乱れる。焦るな。焦って下手な動きを見せれば負ける。
それに大体のリズムはつかめた。後はこれを維持出来れば。
「粘るわね!じゃあテンポ上げて行くよー!」
「え」
ただでさえ 限界が近い私の精神。それを崩壊させんとこいしが弾幕のリズムを早めてくる。
前、後ろ、赤、青、前、後ろ、赤、赤、後ろ、青、前、赤――あぁ――。
最後はもうわけがわからなくなり、私は真横から薔薇になぎ払われ落ちていった――――。
それからしばらくして。
「うっうっうっ……」
私は地霊殿の床に這い蹲っていた。
どうして。どうして勝てないの。
以前とは比べ物にならないぐらい私は強くなっているはず。その証拠に今までならば1分待たずに落とされていたであろう弾幕も、長時間耐え凌ぐ事が出来ている。なのに、どうして勝てないの……。
一度負けた後、恥も外聞も無く何度もしつこくこいしに食い下がって勝負を挑み続けているが、その殆どが後一歩と言うところで撃墜されてしまっている。
こいしの切り札である『サブタレイニアンローズ』を使わせることが出来ても、最後の最後で被弾してしまう。
いくらこいしを追い詰めた所で、倒せないのであれば一秒で堕とされようが何十分耐えようが同じこと。
やはり私ではこいしに勝てない運命なのか。
「さとり」は「こいし」によって倒される運命なのか。
所詮、私は姉の器ではなかったのか。
「っ」
悔しさと情けなさで涙が溢れる。
こいしの言うとおりだったんだ。弱い私じゃこいしを止める事なんて無理だったんだ。
妹一人まともに受け止められない姉だなんて。もう私はこいしの姉を名乗る資格は――。
「お姉ちゃん」
こいしが私の顔を覗き込んでくる。止めて、見ないで、こんな情けない姿を。
「楽しかったよ、お姉ちゃん」
「――え?」
その言葉に反応して顔を上げると、そこには満たされた表情のこいしが。
「それに、ね」
こいしは私に手を差し出し、
「今日のお姉ちゃん、カッコよかった」
この地底に似つかわしくない、太陽の様にまぶしい笑みを浮かべた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
戦い終われば次に待つのは優雅なお茶の時間。
さとりの自室にて、ファンシーな装飾の施されたソファーに姉妹は隣り合って座っていた。
テーブルの上には色とりどりのお菓子と二人分の紅茶。
「ん、おいし~、運動の後はお茶がおいしいねぇお姉ちゃん」
「そうね……本当にね」
珍しくこいしが淹れてくれた紅茶を、さとりはじっくりと味わっていた。
珍しいのはこいしの行為だけでは無く――このお茶の時間そのものでもあった。
こいしがふらふらと外を出歩く様になってから、こうして二人きりの時間をゆっくりと過ごすのは、さとりにとって久しぶりの事だった。
流れる穏やかな時間。
そんな中、ふとこいしが言った。
「今日は……本当に嬉しかったよ、お姉ちゃん」
「え?」
「あのさ。私が心を閉ざしちゃってから、お姉ちゃんあんまり私に構ってくれなくなっちゃったって言うか……もちろん第三の眼を私が閉じちゃったせいでも、私がフラフラ外出していたせいでもあるんだろうけど。とにかく、ちょっと壁が出来ちゃって、お姉ちゃん私に一歩引いた位置から接してくるようになっちゃったなって」
悲しげな表情でこいしは語る。
「でもね、今日はお姉ちゃんを凄く近くに感じられた。こんなにも近くで」
こいしはさとりへと肩を預け。さとりの手をぎゅっと握った。
「全力で私にぶつかって来てくれて……私をまっすぐ見てくれて、本当に嬉しかった」
瞬間、高鳴るさとりの鼓動。
「こ、こいし……」
握られた手に、さとりは自身の手を重ねる。さとりは第三の眼の力無くとも、気持ちを伝える事が出来るのだと知った。
さとりは酷く後悔した。こんな幸せな時間を過ごせるならばもっと早く妹と向き合うべきだったと。
「お姉ちゃん、ほら、あーん」
「あ、あーん」
「これもおいしいよお姉ちゃん、あーん」
「あーん」
「お姉ちゃんは本当に可愛いね。なでなで」
「ゴロゴロ……ふにゅう」
待ってました、ご褒美の時間だと言わんばかりにこいしに可愛がられまくるさとり。
姉としての威厳はどうなったんだと言う話だが、さとりの中では既に合格ラインに到達しているらしくこいしにされるがままであった。
姉妹と言うよりこれではペットと飼い主状態だが本人は御満悦。
「あはは、こうしてるとなんかお姉ちゃんが私の妹……いやペットみたい」
「違いますよ。私はこいしの姉。そこは譲りません」
「こうやってまるーくなって、私に膝枕してもらって、なでなでされても?」
「そうよ。それでも私は貴女のお姉ちゃんなのにゃ……ゴロゴロ」
戦い終えて気の抜けたさとりはひたすらこいしに甘え続けるのであった。
それはそれはもう酷いもので、地上へ向かう前の整然としたさとりはもう何処へやら。
この光景を見てどっちが姉か?と問われれば実に圧倒的な票差にて結果が出るだろう。
「ねーお姉ちゃん」
「なぁに?こいし」
「また私と戦ってくれる?」
「えぇ、もちろんいいわよ」
「じゃあ他の皆ともまた戦っていい?」
「えぇ、もちろんいいわよ」
「わーい、やったぁ」
幸せの絶頂の中、何も考えずに口にしたさとりの一言。
その一言が、さとりの自室のドアに張り付き聞き耳を立てていた燐と空の表情を歪ませた。
「お、お空……聞いた今の」
「うん、聞いたわ……確かに聞いたわ」
「さとり様……当初の目的忘れてるよ!」
「私じゃないんだから」
そもそもこいしの無差別戦闘行為を控えさせるために、さとりはこいしに挑んだはずだった。
ところが、叱り付ける所か、燐と空の事など忘れひたすらいちゃいちゃ。適当な返事の繰り返し。
いくら恐れ敬うさとりとはいえ、こんな事が許されていいのかと二人は怒り心頭であった。
「お空」
「何、お燐」
「あたい気づいたんだけど」
「何さ一体」
「あのさとり様とこいし様。隙の無い二人が今すっごく無防備だよね」
「うん、無防備だね」
「……チャンスじゃない?」
「……チャンスかも」
「……」
「……」
駆け出す二人。
「お空、GO!」
「発射ぁああああああああ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
ひゅるり、と何処かで風の鳴る音がした。
跡形も無く崩れ去った地霊殿。
瓦礫の山を前に二匹の妖怪が佇んでいた。
顔面蒼白で膝をがくがくと震えさせながら。
「ちょ……お、お空!おくううううううぅぅぅぅぅぅう!」
火焔猫燐は制御棒を正面に構えたまま固まっている霊烏路空に掴みかかった。
「え、だ、だってお燐がやれって……GOって……」
空は燐に非難めいた視線を送った。
「いやいやいやいやここまでやれって言ってないから!隙だらけのさとり様とこいし様にちょっとしたお仕置きする程度の火力で……ほら、部屋一つ吹っ飛ばすぐらいの、爆発オチで幕を閉じる程度の火力で……あぁあぁああああ」
「だ、だって火力の調整が難しかったんだもん。こんな災害級の威力で撃つつもりなんてなかったもん……それにお燐がやれって」
「うぐぐ……た、確かにあたいがGOサインだしたけど……撃ったのはあんたで」
「う、うにゅにゅ……確かに私が撃ったんだけどお燐がやれって」
責任の擦り付け合いが始まった。
一応燐は7:3ぐらいで自分に非がある事は理解していた。しかしあまりの事の大きさが燐を狂わせた。
状況を改善してくれない主人に腹を立て、主人を地霊殿ごと跡形も無く吹っ飛ばしました。
ついカッとなってやった。今では反省している。
で済む話では無いことは空でさえ理解していた。
「ああ、ジーザス!」
崩れるように膝をつき、頭を抱え燐は仰け反る。
「終わりだ……あたい達はおしまいだぁ!」
燐は絶望のあまりかぶりを振った。許されざる、度を過ぎた反逆。
「お、お燐~」
空も己の所業が恐ろしくなってきたのか、涙目でお燐に抱きついた。
二人はひしと抱き合い、おいおいとむせび泣いた。
「こ、こうなったら」
「こうなったら?」
腹は括った。こうなったら行ける所まで行くしかない。燐の眼がそんな事を言いたげに光る。
「きょ、きょ、今日からあた、あた、あた、あた、あた、あた、あた」
自分の両頬をひっぱたき、活を入れてからもう一度燐は言い直した。
「今日からあたいが二代目地霊殿当主だ!」
「は、はぁ!?はぁあ!?」
友人のとんでもない発言に空はひっくり返りそうになった。
「うへへ、こ、こうなったらどうにでもなってしまえ、そうだ、力こそ正義、良い時代になったんだ!今日からこの地底を治めるのはこの火焔猫燐だぁあ!」
「お燐、しっかりしておりーん!おりーーーーーん!」
自分よりはずっと理性的だと思っていた友人の壊れっぷり。空は燐の身体を揺さぶり正気に戻るように問いかける。
「……はっ」
その時空はある事に気が付く。
――自分たち以外のペットが一匹残らずいなくなっている。
みな、さとり達を慕っていたペットだ。見捨てて何処かに行ってしまったわけではないだろうと空は思った。では一体どうして?
潮が引く様に消えたペット達。まるで、災害を察知して逃げ出したかのような――――。
「あはは、あたいが、あたいこそが二代目地霊殿当主のお燐!そしてあたいの懐刀お空もよろしく!地底の連中よ、耳かっぽじって聞きやが……」
その時。
「ええ。よーく聞こえるわ……二代目地霊殿当主さん」
「あ」
「え」
魂までをも凍らせる様な、瓦礫の山から聞こえてくる氷結地獄ボイス。
燐と空にとっては大変馴染み深い声であるが――こんな恐ろしい声色を二人は聞いたことがなかった。
「中々面白いジョークを思いつくじゃないの……ふふふふふ」
声に続いて轟く爆発音。
「にゃあああー!」
「ひぃいいいいい!」
瓦礫の山を吹き飛ばし、現れたのは――気絶しているこいしを守るように抱きかかえたさとりだった。
「あなた達……心を開いて、気軽に、軽いノリで接してくれるのは嬉しいのですが……下克上を企てるなんて、少し度が過ぎやしませんか?ん?」
「すみません!ごめんなさい!調子に乗りすぎました!私が悪かったです!許してくださいさとりさまぁああああああ」
燐は猫の跳躍力で跳ね、降下時の勢いで地面に頭を叩きつけるアクロバティックな土下座を持って、さとりに侘びを入れた。
「あわわわわ」
一方空は腰を抜かしてへたり込んでしまっていた。さとりの三つの瞳による眼光に射抜かれ、指一本動かすことが出来ない。
「あらあら二人ともそんなに脅えてしまって……」
さとりが頬に手を当て、相手が誰であろうと卒倒しそうな笑みを浮かべる。
「先程の攻撃についての件ですが、元はと言えばこいしの責任……そして姉である私の教育不足による責任です」
「え?」
問答無用で塵にされるかと思っていた二人はさとりの意外な発言に目を丸くした。
「私はこいしを懲らしめる、と宣言し、それを果たせなかった。そんな私への罰。あなた達が怒るのも仕方ないと思います」
「そ、それじゃあさとり様」
「わ、私達……」
燐と空の瞳に希望の色が広がっていく。
「ですが」
だが。
「こいしは一度懲らしめられるべきだった……そしてそんな妹を放置し続けた私も一度懲らしめられるべきだった。だから貴女達の行動は必要以上に咎められるものではない。えぇ頭の中では分かっているんです。冷静に分析して状況を判断出来ているんです。だけどね、お燐。お空。私の無意識が言う事を聞かないんですよ。こいしを傷つけるものは誰であっても、どんな理由であっても許せないと――はぁ!」
咆哮を上げるさとり。その咆哮に呼応して、さとりを中心に突風が巻き起こる。
「あわわわわ、さ、さとり様」
そして、さとりに奇妙な変化が訪れた。
「さとり様の髪が――天然パーマからストレートにぃ!」
ふわふわもこもこな、あのさとりの天然パーマが一瞬にてストレートに。怒りが髪に宿ったかの様な、奇妙な髪型。
「あぁ……見える……見えるわ……」
さとりは視線を虚空へと漂わせ、言った。
「な、何が見えるんですかさとり様」
「わ、私達ならもう……」
心を覗かれた所で、既に燐と空の心の中に反抗しようなんて想いは一欠けらも存在してはいない。ならば一体何が見えると言うのか?
「見えるわ……あなた達がこいしを……私のこいしをまた傷つける未来が!あぁ!なんという事でしょう!」
さとりは右手でこいしを更に力強く抱きしめ、左手で拳を作り、血が出るほどに握りしめ、唸り声を上げた。
「は、はぁ!?な、なんですとぉ!?あ、あたい達そんな事しませんよ!ね、お空!」
「う、うん!しません、しませんって!」
二人共心の底からの言葉だった。先程の攻撃も凄まじく後悔しているのだ、何処にこれ以上こいしを傷つける意志があろうか。
「いいえ、私には『見える』んですよ」
すっ、と手の平で顔を覆い隠し、さとりは語った。
「今の私はさとりを超えたさとり……姉を超えた姉。妹を守りたい姉としての心が生み出した、心だけではなく未来さえ覗き見る『第四の眼(フォースアイ)』をもった究極のさとり……テーマ曲は『長女さとり ~ 4th eye』……もちろんラスボス……」
意味不明な事を口走るさとりに燐と空は開いた口が塞がらなかった。
「さとり様、それ見えてるとかじゃなくて」
「ただの被害妄想なのでは……」
二人は恐怖した。やっていない事の罪まで問われる言われは無いのだ。しかし今のさとりには何を言ったところで通じそうにない。
「なんですって?それだけじゃなくこいしとにゃんにゃんですって!?何と言う恐ろしい未来……私だって達成出来ていないと言うのに!」
恐ろしいのはアンタだ。と言う暇は無かった。
はらり、と燐の黒色のリボンが宙を舞う。
「外しましたか……力の制御が、まだ」
リボンを切り裂いたのはさとりが放った閃光。頭を狙ったそれが燐の頭上をかすめたのだ。一拍置いて、後方から爆発音が轟いた。
二人は振り向き、旧都の方角から煙が上がっているのを見た。
「誰かー!誰か助けてーー!」
「さとり様がご乱心!ご乱心なのよー!」
動物的生存本能に基づき、二人はその場から凄まじい速さで逃げ出した。
「守らねば、姉として私が守らねば。変えなければ、姉として私が未来を」
さとりはすぐさま二人の後を追おうとするのだが。
「……ん……んん」
地霊殿崩壊後から気を失ったままのこいしが目を覚ましたのに気づき、追う足を止める。
「こいしっ、気が付いたのね」
気を取り戻したこいしをさとりは優しく抱きしめた。
「お、お姉ちゃん?」
「あぁ良かったわこいし。このまま貴女が目覚めなかったらと思ったらお姉ちゃん気が気じゃなくて」
「お姉ちゃん、くすぐったいよぉ」
頬を摺り寄せてくるさとりがくすぐったくて、こいしは笑う。
「それにしても……」
キョロキョロとこいしは辺りを見回し、
「なんで地霊殿こんな事になっちゃってるの?……それに、お姉ちゃん」
こいしは廃墟とかした地霊殿の事も気になったがそれ以上に気になることがあった。
「お姉ちゃん、なんかいつもと違う……」
天然パーマがストレートになり、妙なオーラを漂わせた姉の変貌がこいしには何よりも気になった。
「私は目覚めたのよ」
「め、目覚めた?」
「えぇ。真の姉へと、ね」
「そ、そうなんだ……あはは……」
にこりと笑うさとり。その笑顔が、こいしには何だか恐ろしく見えた。
「こいし。これからはお姉ちゃんが貴女のことをしっかりと守るからね」
こいしの頭をなで、満足そうに微笑むと、さとりはすぐに帰ってくるからね、と旧都の方角へ向け飛び立っていった。
「……」
残されたこいしは思う。
古明地姉妹の姉は、やはりさとりの方で間違っていなかった、と。
「にやぁああああ」
「うにゅううううう」
旧都を全速力で駆けて逃げ続ける燐と空。
「逃げられはしない……この私からは……」
顔を手で覆うあのポーズのまま、二人の背中を追いかけ着実に距離を縮めて行くさとり。
このままでは燐と空が捕まってしまうのも時間の問題だった。
「そこのおにーさん!鬼ーさん助けてぇ!」
「誰がおにーさんだこら誰が」
燐はなりふり構わず助けを呼んだ。
遠目からでも目立つ立派な一角を持った鬼――星熊勇儀に。
「なんだい、そんなに慌てふためいて」
「私達追われてるんです!」
「追われてるぅ?」
今、勇儀は大変虫の居所が悪かった。それもそのはず。自宅で寝ていた所、突如何者かの攻撃を受けて自宅を木っ端微塵にされたのだ。
火車と地獄烏の話など適当に聞き流し、早く犯人を捜さなければいけないと思っていたのだが、こうも必死に助けを求められたら鬼として放っておけないと思い話を聞くことに。
「で、誰に追われてるって?」
「それが……にゃぁあああ、もう来たぁああ!」
「お、お燐~待って~!」
「あ、おいお前達」
しかし二人はすぐさま駆け出して、逃げ出していったのであった。
「なんなんだ一体」
脇目も振らず逃げて行く二人の背を眺めながら、勇儀はため息をついた。
「……ッ!?」
背後から迫り来る禍々しい気配に、吐いた息を勇儀は飲みこんだ。反射的に勇儀は身を翻す。
「む、貴女は確か鬼の四天王星熊勇儀」
「お前は」
禍々しい気配の正体に勇儀は驚かされた。忌み嫌われ恐れられた覚り妖怪の少女、古明地さとり。
勇儀は思う。恐れられたとは言え、それは能力によるもの。こんな、そこに存在しているだけで人を吹き飛ばしかねないまでの妖気を、この少女は纏っていただろうか?勇儀にそんな記憶はなかった。
「私は今忙しいのです、そこをどいてくれませんか?」
「待て、古明地の」
勇儀は何だかこのままさとりを通すのは色々マズイ気がして、さとりの前に立ち塞がる。
「何のつもりですか?……何々、家を?ははぁ……星熊さん、今なら木っ端微塵の刑は家だけで済ませてあげますからそこをどいてくださいな」
「なにぃ?さっきのはお前の仕業か」
きっ、と鋭くなる勇儀の目元。
鬼に対する罪の自白。自殺行為に等しいものであるが、調子に乗ったさとりは止まらない。
「個人的な恨みも今生まれたけど、古明地、今のお前からは危険な香りがぷんぷんするよ。このまま放っておくと地底の秩序に関わってきそうだ」
「なんです、喧嘩を売っているんですか?ん?ん?」
シュッシュッと拳を打ち出す動作で勇儀を挑発するさとり。留まる事を知らない、恐れを知らない。
「鬼は危険ですからね。私の可愛いくぁわいいこいしをいつ攫ってしまうか分かりません。私の眼も貴女達を放っておく事は良い未来を呼ばないと言っています」
「なに言ってるんだかさっぱりわかりゃしないけれど、とにかくお前を放っておくわけにはいかない。家も新築で建て直してもらう」
「お、やる気ですか?ふふふ、第四の眼を開眼した今の私にとっては鬼とて敵ではな」
さとりが得意げな台詞を言い終わるよりも早く、ノーモーションで打ち出された勇儀の拳がさとりの鳩尾を捉えた。おおよそ少女らしくない呻きをあげさとりは吹っ飛び、坂を下る車輪の勢いで旧都の路面を転がって行った。
山をも砕かんとする勇儀の一撃。どう考えても満身創痍で再起不能となる一撃。
だが、さとりは立ち上がって見せた。
「ふ、ふ、ふ……さ、さすがは鬼の四天王、この私の眼を持ってしても今のは予知出来ませんでした……ごほっ、ぐほっ、ごふおっ」
ワンパンで既に足取りはふらふらで、顔面は血だらけ、更に吐血しながらもさとりは不敵な笑みを崩さない。
「あなたの気持ちはよーく伝わりました。そっちがその気なら――戦争です、戦争ですよ!」
「た、立てるのか……っ!」
勇儀は普段片時も離さない、紅色の杯を投げ捨てた。
「やっぱり今のお前さんは普通じゃない。本気でいかせてもらうよ!」
さとりは血化粧に濡れた顔を歪ませ、口の端を吊り上げ笑う。
「いいでしょう……地底の真の支配者が誰なのか、教えてあげましょう。そして私のこいしには――指一本触れさせないわ!」
その日から古明地さとりは姉としての威厳を取り戻し。
そして旧地獄は地獄の姿を取り戻した。
>ロッド、鉄輪、杓子と錨、槍、全身凶器、三叉鉾
柄杓持てよw
あと、
>すっ、と手の平で顔を覆い隠し、さとりは語った。
ごめん、(`・ω⊂)これしか思い浮かばなかった。
気弱→覚醒型のさとりんはどうして何時もギャグストーリーになってしまうのか
さとり様パネエッす
これはますます恐れられますね…w