心が読めれば、何人分もの頭脳を借りられる。さとり様は、出会ったときから物知りだった。鬼の賢者や、地底の気象学者に匹敵するくらい。
旧都の廃屋で凍えるあたいに、これから数日は霜が荒れると予報した。大気の温度変化の仕組みを、嫌というほどわかりやすく教えて。ご丁寧にどうもと尻尾を向けたら、家に来ますかと誘われた。風の忍び込む隙間はない、暖房は十分。食事と寝床つき。そんな旨い話があるかと疑った。
「あるわ。お金は取らない。貴方は持っていないでしょうし。一方的な施しで気味が悪い? そうね、じゃあ。私の、仕事。手伝ってくれないかしら」
問いかけが、心細そうだったからだろうか。覚り妖怪は、噂ほど危なくないのかもしれない。不満だったら逃げればいい。猫仲間に、恐怖のもてなしの体験談ができる。色々考えて、あたいは三つの瞳の後ろについていった。みなしごの黒猫から、地霊殿の火焔猫燐となった。
さとり様はあたいに、暖炉の特別席や動物用の料理を与えた。人型になってからは、言語や妖怪の教養、家事の技も。記憶力がいい、会話が上手だと称賛された。親友のおくうに乞われて、初歩の計算を指導することもあった。灼熱地獄跡の新しい生活は、極楽のようだった。
毎日愉快な反面、本当にさとり様の役に立てているのか疑問でもあった。あたい達の有する知識は、さとり様にもある。大抵のことを知っていて、手際よくこなせる。あたいの怨霊管理や死体運び、おくうの業火制御。皆、さとり様は習得していた。効率のいい方法を編み出しても、一目で覚えられる。その気になれば、さとり様一人で地霊殿は回せる。大量の幼いペットに囲まれて、あたいやおくうに務めを一任したけれど。
あたいはさとり様の内面を読めなかった。便利な読心の能力はないし、筋の通った推理もできなかった。ほとんど何でもできて、何でもくれるはずの、さとり様が怖かった。特に、時折訪れる沈黙が苦手だった。どうして無力だった、あたい達を集めているのだろう。このひとにも、果たせないことがあるのだろうか。傍にいるのに、感情の距離を捉えた。謎や遠さが恐ろしくて、あたいはさとり様から離れていった。周りも同じだった。
胸に溜まった不信感が、怨霊騒動を招いた。おくうの変貌を、あたいは真っ先にさとり様に伝えるべきだった。けれどもさとり様の処置への怖れから、別の手段を選んだ。地下世界全域、更には幻想郷全体に影響を及ぼすような。
霊は退治された。八咫烏を呑んだおくうは、巫女のお姉さん達に鎮められた。さとり様は、街の偉い鬼に絞られに行った。あたいの所為だ。おくうとあたいは、雪を被った外の門でさとり様を待っていた。何て謝ろうかと、冷える頭で悩んだ。
帰ってきたさとり様は、ごめんなさいと叫ぶ私を黙らせた。
「貴方は友達思いの、いい子に育ったわ。自分を責めることはない」
寛大に許して、初めてのことをしてくれた。
互いのコートの綿雪を払って、決意するように頷いて背伸び。両腕を徐々に回して、あたいの身体を弱く抱き寄せた。空気にされているような、不器用な抱擁だった。他人の心で学習しているはずなのに、頼りなかった。さとり様にも、慣れないことはあったのだ。外気の寒暖に詳しくても、体温のくっつけ方はおくうの九九並み。一般的な愛情表現を、このひとはしてこなかった。親族以外にやれなかった。威厳のある覚り妖怪のようで、一部ではなんて臆病なのだろう。やっと、さとり様の本心に迫れた気がした。近くにいられなくて、ごめんねと思った。可愛いなぁと浮かれた。早速ばれて、お茶の用意を命じられた。焦っている声音が微笑ましかった。
もっと、さとり様と関わってみたいと感じた。
数年で、数百年分とは行かないけれど。少しは、同居人らしくなれた。
猫は月と仲がいいの。月面の満ち欠けと、貴方の心身は対応しているのよ。昔、さとり様に習ったことだ。
新月の今宵、あたいは大分疲れていた。土の天井で見えずとも、月齢は確かにあたいの調子を変えている。飛び跳ねる元気がない。寝たいのに、睡眠の気力も湧かない。煉瓦の炉に籠もって、暖まろうと猫足を進めた。
屋敷の内部は、普段よりも大人しかった。あたい達猫の他、大半の妖も月無しの晩には弱体化するそうだ。おくうは間欠泉のセンターから帰還するなり、自前の鴉羽の毛布に包まった。
目標の部屋に近付くと、身が熱くなりそうないい匂いがした。忙しなく、二本の尻尾が絡まって解ける。先客の猫達が、マタタビ茶を堪能しているのだろうか。分けて欲しいなと前足を騒がせ、ひとの姿に変じた。駆けて扉を開ければ、
「廊下は静かに歩きなさい、床の硝子が抜けるわ。これはマタタビじゃなくて、キャットニップのお茶」
揺り椅子のさとり様が、背の低いティーカップを掲げていた。薪の爆ぜる光を、白い磁器が弾いている。
さとり様も、寝付けない一人らしい。キャットニップは解る。英語では猫噛み草なのに、和名だと何故か犬薄荷になってしまう薬草。庭の薔薇園に鉢がある。今は館内で霜避け中。指先のような頭部に、無数の雪紫の花粒を咲かせる。あたい達猫組を興奮させる、魅惑の香りがする。ハーブティーにできるとは、知らなかったけれど。乾燥させて、おやつや玩具にしていた。
「貴方達を酔わせる成分は、マタタビと一緒ね。葉っぱに熱湯を注ぐだけで、飲み物になるわ。普通の人妖には、眠り薬のような効果があるの」
紅茶や珈琲では、目が冴えるばかり。安眠のために、香草茶にしたという。あたいには、火酒のようなものだけれど。疲労を一時忘れて、くださいと膝に擦り寄った。さとり様はカップの液体を揺らして、
「今日のお燐なら、少量は平気かもしれないけど」
認めながら、何やら惑っていた。スリッパの両足が絨緞について、立とうとしている。小卓の球体ポットはひとつ、受ける器もひとつ。予期せぬ二人目の、あたいのティーカップはない。さとり様が取りに行くつもりだ。あたいが持ってくるか、回し飲みでいいのに。と自然に思考すれば、
「それ、でいいの?」
「はい」
猫噛み茶を細く注いで、カップの持ち手をたどたどしく半回転させた。こっちは口をつけてないからと、指差して渡された。
盃の共有は、神社やあたい達の内輪の宴会では日常。さとり様には、赤面するような非日常。炎の色とは異なる、朱が頬に浮かんでいた。ありふれた親密さに、さとり様はとことん不慣れだ。照れて、でもうっすらにこやかになる。やっぱり愛らしい方だなぁと思うと、更に恥ずかしがる。
「早く飲んでしまいなさい」
「にゃー。猫舌なんです」
白磁に赤毛と猫耳を押しつけられた。ペパーミントのように鮮烈な、あたい専用のお酒。舐めて味わった。
「夏場の花をサラダやソースに使ってもいいのだけれど。貴方達が酔っ払って、地獄が崩壊するわね」
「さとり様がいればだいじょうぶですよ」
「猫の手を借りたいの」
地霊殿の運営を、補佐して欲しい。さとり様の望みの裏には、温かい欲求がある。特別視されるこの方は、実は誰よりも平凡で。常に人恋しさを抱えているのだ。しばらく見ていたら、何となく掴めた。業務の出来不出来以上に、同居や交流を大事にしている。それなのに、特殊な眼や経歴や性格に邪魔されて、真っ直ぐな情を表せずにいる。難儀な方だ。
「ぁ痛」
そうなの。たまには素直に出せればいいのにね。お燐、名案はある? 頼ってくれればいいところで、黒い耳を甘く抓る。
「キャットニップの和名の、犬薄荷は可哀想ね。犬は偽物や、劣っているって意味。犬桜や、犬たでと言うでしょう。草花に優劣はないわ。生き物にも」
学の披露は、恥じらいなく繋がるための術。熱さましになる、栄養が豊富。親戚のブルーキャットミントの話、動物の連想で十二支(卯が猫になる国もあるのよ)、新年の祝い。やがて穏和な授業の声は途切れて、静寂に変わる。
避けたかっただんまりを、あたいは受け入れられるようになった。
博識なさとり様は、愛し方に疎い。言葉では、溢れてしまうのかもしれない。だから、黙してあたいを撫でる。仮定を、
「貴方がそう思うのなら、それで」
厳しく否定しない。当たりのはず。
さとり様のもたらす静けさは、あたいの好きな時間になった。三つ編みの穂先が、衣と擦れる。寝巻き同士が、淡い絹音を立てる。温み火が跳ねて鳴く。数えるほどしか音のない景色に、さとり様の気持ちが溶けている。
単語に置き換えられる心は、僅かだ。あたいも、さとり様のようになれたらと願う。視えて辛い状況は、閉じたいくらいあるだろう。けれども、覚れるから嬉しい日も、必ずやってくる。
精一杯の愛撫が、密に強まった。
毛並みが丹念に整えられる。光沢のあるリボンはほどかれて、あたいの髪がうねる。赤の間に入り込む指先が、あたたかい。
無言の熱に、あたいも何か返したくなった。
閃いて、キャットニップティーの器を持ち直した。さとり様が嗜んでいたように。口をつけて、満足した。また少し、このひとに寄っていけた。
目に見えることも、見えないことも、いとおしいこと。あたいは拒まない。あなたも怖がらないで、遠慮しないで。笑顔で見上げた。
さとり様は、二つの瞼を下ろしていた。いつの間にか、あたいを愛でる手が止まっていた。残念だけれど、左胸は変わらず覚っている。眠れるひとに、届いたはずだ。寝顔が柔らかかった。安心して、微笑んでいるように見えた。
指先に、あたいの真っ赤な糸が巻きついていた。
暖炉を落ち着かせて、さとり様を抱き上げた。子猫のような軽さに、たっぷりの想いが詰まっている。
寝室のベッドに運んで、羽根布団に埋めた。しばし眺めて、あたいも隣に潜り込んだ。お茶の酩酊感と、さとり様酔いの所為にした。
明日、誰が一番に気付くだろう。おくう? 朝帰りのこいし様? さとり様? 揺り起こして、笑ってくれるといい。さとり様のお手本になるように、しっかり抱き締めて目を閉じた。
まどろみを呼ぶ心音の幽かな、しんと積もる夜だった。
旧都の廃屋で凍えるあたいに、これから数日は霜が荒れると予報した。大気の温度変化の仕組みを、嫌というほどわかりやすく教えて。ご丁寧にどうもと尻尾を向けたら、家に来ますかと誘われた。風の忍び込む隙間はない、暖房は十分。食事と寝床つき。そんな旨い話があるかと疑った。
「あるわ。お金は取らない。貴方は持っていないでしょうし。一方的な施しで気味が悪い? そうね、じゃあ。私の、仕事。手伝ってくれないかしら」
問いかけが、心細そうだったからだろうか。覚り妖怪は、噂ほど危なくないのかもしれない。不満だったら逃げればいい。猫仲間に、恐怖のもてなしの体験談ができる。色々考えて、あたいは三つの瞳の後ろについていった。みなしごの黒猫から、地霊殿の火焔猫燐となった。
さとり様はあたいに、暖炉の特別席や動物用の料理を与えた。人型になってからは、言語や妖怪の教養、家事の技も。記憶力がいい、会話が上手だと称賛された。親友のおくうに乞われて、初歩の計算を指導することもあった。灼熱地獄跡の新しい生活は、極楽のようだった。
毎日愉快な反面、本当にさとり様の役に立てているのか疑問でもあった。あたい達の有する知識は、さとり様にもある。大抵のことを知っていて、手際よくこなせる。あたいの怨霊管理や死体運び、おくうの業火制御。皆、さとり様は習得していた。効率のいい方法を編み出しても、一目で覚えられる。その気になれば、さとり様一人で地霊殿は回せる。大量の幼いペットに囲まれて、あたいやおくうに務めを一任したけれど。
あたいはさとり様の内面を読めなかった。便利な読心の能力はないし、筋の通った推理もできなかった。ほとんど何でもできて、何でもくれるはずの、さとり様が怖かった。特に、時折訪れる沈黙が苦手だった。どうして無力だった、あたい達を集めているのだろう。このひとにも、果たせないことがあるのだろうか。傍にいるのに、感情の距離を捉えた。謎や遠さが恐ろしくて、あたいはさとり様から離れていった。周りも同じだった。
胸に溜まった不信感が、怨霊騒動を招いた。おくうの変貌を、あたいは真っ先にさとり様に伝えるべきだった。けれどもさとり様の処置への怖れから、別の手段を選んだ。地下世界全域、更には幻想郷全体に影響を及ぼすような。
霊は退治された。八咫烏を呑んだおくうは、巫女のお姉さん達に鎮められた。さとり様は、街の偉い鬼に絞られに行った。あたいの所為だ。おくうとあたいは、雪を被った外の門でさとり様を待っていた。何て謝ろうかと、冷える頭で悩んだ。
帰ってきたさとり様は、ごめんなさいと叫ぶ私を黙らせた。
「貴方は友達思いの、いい子に育ったわ。自分を責めることはない」
寛大に許して、初めてのことをしてくれた。
互いのコートの綿雪を払って、決意するように頷いて背伸び。両腕を徐々に回して、あたいの身体を弱く抱き寄せた。空気にされているような、不器用な抱擁だった。他人の心で学習しているはずなのに、頼りなかった。さとり様にも、慣れないことはあったのだ。外気の寒暖に詳しくても、体温のくっつけ方はおくうの九九並み。一般的な愛情表現を、このひとはしてこなかった。親族以外にやれなかった。威厳のある覚り妖怪のようで、一部ではなんて臆病なのだろう。やっと、さとり様の本心に迫れた気がした。近くにいられなくて、ごめんねと思った。可愛いなぁと浮かれた。早速ばれて、お茶の用意を命じられた。焦っている声音が微笑ましかった。
もっと、さとり様と関わってみたいと感じた。
数年で、数百年分とは行かないけれど。少しは、同居人らしくなれた。
猫は月と仲がいいの。月面の満ち欠けと、貴方の心身は対応しているのよ。昔、さとり様に習ったことだ。
新月の今宵、あたいは大分疲れていた。土の天井で見えずとも、月齢は確かにあたいの調子を変えている。飛び跳ねる元気がない。寝たいのに、睡眠の気力も湧かない。煉瓦の炉に籠もって、暖まろうと猫足を進めた。
屋敷の内部は、普段よりも大人しかった。あたい達猫の他、大半の妖も月無しの晩には弱体化するそうだ。おくうは間欠泉のセンターから帰還するなり、自前の鴉羽の毛布に包まった。
目標の部屋に近付くと、身が熱くなりそうないい匂いがした。忙しなく、二本の尻尾が絡まって解ける。先客の猫達が、マタタビ茶を堪能しているのだろうか。分けて欲しいなと前足を騒がせ、ひとの姿に変じた。駆けて扉を開ければ、
「廊下は静かに歩きなさい、床の硝子が抜けるわ。これはマタタビじゃなくて、キャットニップのお茶」
揺り椅子のさとり様が、背の低いティーカップを掲げていた。薪の爆ぜる光を、白い磁器が弾いている。
さとり様も、寝付けない一人らしい。キャットニップは解る。英語では猫噛み草なのに、和名だと何故か犬薄荷になってしまう薬草。庭の薔薇園に鉢がある。今は館内で霜避け中。指先のような頭部に、無数の雪紫の花粒を咲かせる。あたい達猫組を興奮させる、魅惑の香りがする。ハーブティーにできるとは、知らなかったけれど。乾燥させて、おやつや玩具にしていた。
「貴方達を酔わせる成分は、マタタビと一緒ね。葉っぱに熱湯を注ぐだけで、飲み物になるわ。普通の人妖には、眠り薬のような効果があるの」
紅茶や珈琲では、目が冴えるばかり。安眠のために、香草茶にしたという。あたいには、火酒のようなものだけれど。疲労を一時忘れて、くださいと膝に擦り寄った。さとり様はカップの液体を揺らして、
「今日のお燐なら、少量は平気かもしれないけど」
認めながら、何やら惑っていた。スリッパの両足が絨緞について、立とうとしている。小卓の球体ポットはひとつ、受ける器もひとつ。予期せぬ二人目の、あたいのティーカップはない。さとり様が取りに行くつもりだ。あたいが持ってくるか、回し飲みでいいのに。と自然に思考すれば、
「それ、でいいの?」
「はい」
猫噛み茶を細く注いで、カップの持ち手をたどたどしく半回転させた。こっちは口をつけてないからと、指差して渡された。
盃の共有は、神社やあたい達の内輪の宴会では日常。さとり様には、赤面するような非日常。炎の色とは異なる、朱が頬に浮かんでいた。ありふれた親密さに、さとり様はとことん不慣れだ。照れて、でもうっすらにこやかになる。やっぱり愛らしい方だなぁと思うと、更に恥ずかしがる。
「早く飲んでしまいなさい」
「にゃー。猫舌なんです」
白磁に赤毛と猫耳を押しつけられた。ペパーミントのように鮮烈な、あたい専用のお酒。舐めて味わった。
「夏場の花をサラダやソースに使ってもいいのだけれど。貴方達が酔っ払って、地獄が崩壊するわね」
「さとり様がいればだいじょうぶですよ」
「猫の手を借りたいの」
地霊殿の運営を、補佐して欲しい。さとり様の望みの裏には、温かい欲求がある。特別視されるこの方は、実は誰よりも平凡で。常に人恋しさを抱えているのだ。しばらく見ていたら、何となく掴めた。業務の出来不出来以上に、同居や交流を大事にしている。それなのに、特殊な眼や経歴や性格に邪魔されて、真っ直ぐな情を表せずにいる。難儀な方だ。
「ぁ痛」
そうなの。たまには素直に出せればいいのにね。お燐、名案はある? 頼ってくれればいいところで、黒い耳を甘く抓る。
「キャットニップの和名の、犬薄荷は可哀想ね。犬は偽物や、劣っているって意味。犬桜や、犬たでと言うでしょう。草花に優劣はないわ。生き物にも」
学の披露は、恥じらいなく繋がるための術。熱さましになる、栄養が豊富。親戚のブルーキャットミントの話、動物の連想で十二支(卯が猫になる国もあるのよ)、新年の祝い。やがて穏和な授業の声は途切れて、静寂に変わる。
避けたかっただんまりを、あたいは受け入れられるようになった。
博識なさとり様は、愛し方に疎い。言葉では、溢れてしまうのかもしれない。だから、黙してあたいを撫でる。仮定を、
「貴方がそう思うのなら、それで」
厳しく否定しない。当たりのはず。
さとり様のもたらす静けさは、あたいの好きな時間になった。三つ編みの穂先が、衣と擦れる。寝巻き同士が、淡い絹音を立てる。温み火が跳ねて鳴く。数えるほどしか音のない景色に、さとり様の気持ちが溶けている。
単語に置き換えられる心は、僅かだ。あたいも、さとり様のようになれたらと願う。視えて辛い状況は、閉じたいくらいあるだろう。けれども、覚れるから嬉しい日も、必ずやってくる。
精一杯の愛撫が、密に強まった。
毛並みが丹念に整えられる。光沢のあるリボンはほどかれて、あたいの髪がうねる。赤の間に入り込む指先が、あたたかい。
無言の熱に、あたいも何か返したくなった。
閃いて、キャットニップティーの器を持ち直した。さとり様が嗜んでいたように。口をつけて、満足した。また少し、このひとに寄っていけた。
目に見えることも、見えないことも、いとおしいこと。あたいは拒まない。あなたも怖がらないで、遠慮しないで。笑顔で見上げた。
さとり様は、二つの瞼を下ろしていた。いつの間にか、あたいを愛でる手が止まっていた。残念だけれど、左胸は変わらず覚っている。眠れるひとに、届いたはずだ。寝顔が柔らかかった。安心して、微笑んでいるように見えた。
指先に、あたいの真っ赤な糸が巻きついていた。
暖炉を落ち着かせて、さとり様を抱き上げた。子猫のような軽さに、たっぷりの想いが詰まっている。
寝室のベッドに運んで、羽根布団に埋めた。しばし眺めて、あたいも隣に潜り込んだ。お茶の酩酊感と、さとり様酔いの所為にした。
明日、誰が一番に気付くだろう。おくう? 朝帰りのこいし様? さとり様? 揺り起こして、笑ってくれるといい。さとり様のお手本になるように、しっかり抱き締めて目を閉じた。
まどろみを呼ぶ心音の幽かな、しんと積もる夜だった。
日本語ってここまで美しくなれるものなんですね。
決して飾っているわけではなく、当たり前のように使っている言葉なのに、なぜか輝いて見えました。
自分ならどうするか? ────無理だな、回れ右だ。
彼女に心を読まれるのが怖いんじゃない。
心を読んだ彼女がちょっとでも不快になるのがスッゲェ嫌なんだ。
おそらくさとり様はクリスタルで出来ている。じんわりと暖かいクリスタルでね。
全ての無意味な悪意から彼女を守ってくれる者が現れんことを願います。
文章を辿っていると、自然とイマジネーションが喚起される。
読後感も文句なし。優しい気持ちになれる物語ですね。
不器用なさとり様も、愛くるしいお燐もとても可愛かったです。
毎回思いますが、深山さんの文章ってとても綺麗ですよね?正直そんな文才がうらやましいです。
良い作品をありがとうございました。
ゆったりと進む二人の会話が実に心地よかったです。
>美しい
嬉しいです。きれいなものには憧れるのですが、なかなか上手く表せないので。
>地霊殿のさとり様
原作で外出をしないからでしょうか、インドアや家のイメージがあります。
自分の場所で何かしている、さとりを書くのが好きです。
>言葉
>文章
ありがとうございます。単語の連なりとしてもお楽しみいただけると、幸せです。
言葉とは、もっと仲良くなりたいです。
>『静』
お話で伝えられたのなら、何よりです。形のないものが、留まっていますように。
>あったけー
>温かい
>ぬくぬく感
お言葉と、皆様の感性があたたかいです。
風邪の季節になりますゆえ、ほんわかしたものでご自愛ください。
この絶妙な味はやはり深山さんにしか出せないんだろうなぁ。
深夜の寒い寒い夜に読んで、本当によかった。美味しくいただきました。ごちそうさま。
次の一杯もお待ちしています。
ゆっくり眠れそう。
語彙や知識の豊富さは、さすが、深山さんだなぁ。
いいなぁ お燐いいなぁ
生々しい