- 前作までのあらすじ -
いつも世話になっている永琳に20万円のマッサージチェアをプレゼントするために、妹紅に雇われて毎日飲む味噌汁の塩分を増やすという自分抹殺業務に就いた輝夜。
しかしその月給は1円。あまりのマゾさに嫌気がさした輝夜はてゐに師事して詐欺を習得しようとするも、永琳にばれて逆に大目玉を喰らい水泡に帰す。
一発逆転を目指した輝夜は守矢神社の主催する「大ボケさんいらっしゃい大会」に出場、ツッコミ役の早苗を相手に持ち前の破滅的なボケを披露して見事に優勝した。
ツッコみ切れなかった早苗は心にトラウマを抱える事になったが、賞金でようやく永琳にマッサージチェアをプレゼントできた輝夜は大満足なのであった。
だがその反動で燃え尽き症候群にかかってしまった輝夜。そんな輝夜に自分探しをして欲しいと願った鈴仙は、早苗の迷惑を顧みず守矢神社へのホームステイを提案する。
早苗を手伝ったり(?)間欠泉地下センターで空に芸を仕込んだりという普段とは違う生活の中で、輝夜が見出したものとは・・・?
↑これだけ分かっていれば、前作を読む必要はありません
輝夜が守矢神社から帰ってきて数日が経った。
相変わらず仕事や家事をする訳ではないが、鈴仙は何やら考え込んでいる輝夜の姿をちょくちょく見かけるようになった。
何も言わずにじっと自分の手を見つめている。
食事中も何だかボーっとしている。
話しかけても生返事しかしない。
永琳によると、輝夜はこれから一皮むけようとしている所なのではないかとの事だ。
色々と憶測だけを巡らせて心配を深めても無駄なので、鈴仙は輝夜が自ら動き出すまで放っておくことにしていた。
そんなある日の昼下がりの事だった。
輝夜が鈴仙の部屋に入って来て、鈴仙の横にちょこんと座った。一応正座だ。
どうしていつも薬学の勉強中に入って来るのだろうと思わなくもないが、とにかく主である輝夜が鈴仙の横に正座した以上、鈴仙としては畏まらざるを得ない。
鈴仙も輝夜に膝を向けてきちんと正座をした。
「姫様、何か御用ですか?」
輝夜はしばらくじっと鈴仙の赤い目を見つめていたが、やがておもむろに手の平を差し出した。
「・・・おて」
「・・・・・・・・・は?」
「『は?』じゃなくて、『おて』よ『おて』!!いい?私が『おて』って言って手を出したらね・・・」
「ちょっと待って下さい!姫様、まさか私に芸を仕込もうとしていますか?」
「ええそうよ。心配しなくても大丈夫、私ならイナバを一流の・・・」
「じゃなくて!犬や猫じゃないんですから、『おて』なんてしませんし、したくありません!」
「犬や猫ではないけど兎なんだから『おて』くらい・・・」
「私をそんじょそこらの野良兎と一緒にしないで下さい!誇り高き月兎なんですよ!ちなみに大概の兎は『おて』なんてできません!」
「この際そんな誇りは捨ててしまいなさい!そして私が『おて』って言って手を出したら、右手をここに・・・」
「のせません!!!」
息を切らせながら鈴仙が全力で拒否すると、輝夜は急に涙目になった。
何だこの無駄な罪悪感は。
輝夜が鈴仙の両肩を掴んで前後に揺さぶりながら訴えかける。
「イナバ~、お願いだから『おて』してよ~。きっとこれが私の天職なのよぉ」
「天・・・職?」
輝夜にぐらんぐらん揺らされながら鈴仙は思い出した。
そう言えば守矢神社へのホームステイ中に間欠泉地下センターで空に芸を仕込んだと言っていた。
もしかしてそれに「やりがい」的なものを感じたのか。
そしてもしかしてこれは輝夜が本当の意味で手に職を持つチャンスなのか。
金策の為ではなく、真に自分のやりたい事として。
そう言うことなら協力しない手はない。
でもその前に・・・
「姫 様、まず は その 揺さ ぶり を 止め て 下 さい。まと もに 喋 れま せん」
輝夜が目指している職業は、言葉に表せば「ブリーダー」ということだろう。
鈴仙の考えでは、プロになる為にはプロの近くで学ぶのが一番手っ取り早い。実際に自分も永琳の側で学んでいる訳で。
幻想郷の面々の中でブリーダーのプロ・・・とは言わずとも、ペットを飼っていると言えば、永遠亭を除けば古明地さとりか八雲紫くらいだろうか。
はっきり言って八雲紫は怖い。というか、式神とペットでは微妙に違う気もする。となれば、答えは一つだ。
「地霊殿で働かせてもらえないか、頼みに行きましょう。あそこなら猫や鴉を始めとして、色々なペットがいるはずです」
「うん!ありがとうイナバ!」
二人は早速車に乗り、数百匹の兎達に引かれて目的地へ向かった。
「なるほど、お話はよく分かりました。輝夜さんは地霊殿でブリーダー修行がしたい・・・という事ですね?」
「そうなの。是非姫様を地霊殿で働けるように・・・」
「ちょっと待って下さい。その前に、一つお聞きしたい事があります」
早苗がゴンッと湯飲みを置いた。
「それならどうして地霊殿に行かないんですか!!!どうして守矢神社に来るんですか!!!どうして私にいっちょ噛ませようとするんですか!!!」
「・・・三つも聞いてるじゃない」
「いいから答えて下さい!!」
「だって私達さとりさんの事よく知らないもの」
「私だってあんまり知りません!!」
「それに早苗さんは姫様の親友でしょ」
「は?は?誰が誰の親友ですって?は?」
「そう言わずに、何とか取り次いで欲しいのよ」
「もう私をこれ以上巻き込まないで下さい!!本当に準レギュラーに昇格してしまいます!!」
「準レギュラー・・・?」
「今回のタグに私の名前が入っていないのがどういう事か分かりますか!?私が『永遠亭メンバー』に含まれてしまっているという事なんです!!これは由々しき事態です!!!」
「ちょっと言っている意味がよく分からない・・・」
「とにかく!私はもうあなた達と関わり合いになりたくないんです!帰って下さい!!」
「そう・・・それなら仕方ないわね・・・」
鈴仙が立ち上がった。
話を聞かずにお茶菓子を頬張っていた輝夜の手を取る。
「姫様、帰りましょう。姫様のブリーダーへの夢は断たれました」
「えぇっ、そんなぁ!早苗ちゃんは私の親友だからきっとお願いを聞いてくれる、ってイナバが言うから来たのに!」
「申し訳ありません。私の見込み違いだったようです」
鈴仙が恨めしそうな目をチラッと早苗に向ける。
輝夜は涙目で真っ直ぐに早苗を見つめる。
「な・・・何ですか、そんな目をしたって無駄ですからね・・・」
ここで情に流されてしまっては負けだ。
早苗はキラキラ光る瞳で何かを訴えかける輝夜から目を逸らした。
部屋から出ていく鈴仙と輝夜を見送りもせず、早苗は一人部屋に残った。
これで良かったのだ。
早苗に断られたくらいで終わってしまう夢なら、最初から大した夢ではない。
というか、そもそも永遠亭と地霊殿の間で話すべき事なのに、守矢神社に来る事自体が間違っている。
そう、最初から早苗には関係ない話なのだ。
自分に言い聞かせつつ、早苗はもう一口お茶を飲んだ。
廊下を歩いて行く鈴仙達の会話が遠ざかっていく。
「残念ですが、姫様の職業探しは一からやり直しです」
「一からって・・・どこから?」
「もちろん、やりたい事を探すところからです。職業探しは自分探しです。また守矢神社にホームステイして・・・」
・・・。
・・・。
・・・。
・・・・・・!?
「ちょ、ちょっと待ったあああぁぁぁ!!!」
「はぁ~~~~~~・・・・・・」
十分後、兎車の上には輝夜、鈴仙、そして深いため息をつく早苗の姿があった。
向かう先はもちろん地霊殿。
「早苗さん、ありがとう!きっと私達の気持ちを理解してくれるって信じていたわ」
「早苗ちゃんは私の親友だもの!当然よ!」
「は・・・はは・・・そうですよね・・・」
どうしてこうなったのか。
地霊殿へ一緒に行ってさとりと交渉するだけなのだが、早苗は気乗りしなかった。
神様達がやった事とは言え、過去に守矢神社は勝手に空に力を与えて地霊殿の面々に迷惑をかけた経緯がある。
その後ろめたさもあって、早苗は何となくさとりと会いたくないのだ。
それでもまた輝夜が守矢神社に転がり込んで来るよりはマシだし、少しくらい我慢しよう。
最良の選択肢とは思いながらも、早苗はまたため息をついた。
そんなこんなで、一行は地霊殿に到着した。
早苗が地霊殿の扉をノックしようとする前に、中からさとりが扉を開けた。
「いらっしゃい。何か御用かしら?永遠亭のご一行様」
さとりが上目遣いに挨拶をする。
幼げな容姿に似合わぬこの落ち着いた態度もまた、早苗が距離を置きたくなる一因でもある。
だが、「永遠亭一行」とは聞き捨てならない。
「私を永・・・」
「私を永遠亭メンバーに加えないで下さいって?あら、ごめんなさいね。でもあなたの心がすっかり永遠亭に馴染んでしまっていたから・・・」
「そんな事あ・・・」
「そんな事ありませんって?でもあなた、自分で思っているより輝夜さんの事が好きみたいよ」
「なっ・・・!!!」
「クスッ・・・自分の気持ちにも気付かないなんて不器用な巫女さんね。あなたは心のどこかで輝夜さんの事を世話の焼ける妹みたいに可愛く思っているのよ」
「嘘よ!!私は・・・私は・・・!」
そんなはずはない。
今まで輝夜にどれだけ振り回されてきたと思っているのか。
大ボケさんいらっしゃい大会ではツッコみ切れない姿を衆目にさらす羽目になり、守矢神社へのホームステイでは「お手伝い」と称して無駄に仕事を増やされた。
一緒にいるだけで精神負担が半端じゃない。
今だって来たくもない地霊殿に関係もないのに無理矢理連れて来られている。
別に放っておけないからここまでついて来た訳ではない。
あれだけ嫌いな態度を露わにしている早苗を無防備に慕ってくる輝夜に、少しずつ胸を打たれ始めている・・・なんて事は絶対にない。
なのにちょっとさとりに揺さぶられたくらいで何故こんなに動揺してしまうのか。
「クスクス・・・あなたの心の声はからかい甲斐があって面白いわね。さて冗談はこのくらいにして、結局何の用なの?」
早苗はガクッとなった。冗談か。
何だか本題を語る気力も失せたが、どうせ用件も勝手に悟られるのだろう。
「・・・輝夜さんを地霊殿で働かせて欲しいって?それは構わないけど・・・その前に輝夜さんには面接の一つも受けてもらいましょうか」
輝夜がさとりの面接を受けている間、鈴仙と早苗は応接間で待機しているよう言われていた。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・早苗さんって、本当は姫様の事が好きだったのね」
「さとりさんが言った事はでたらめです。さとりさん本人も冗談だって言っていたでしょう。忘れて下さい」
「へぇ、そうなんだ」
「ええ、そうですとも」
「ニヤニヤ」
「・・・。」
「・・・新ジャンル、ツンデレ巫女・・・」
ポカッ!
「あいたっ(;x;)暴力反対!!」
一方、面接室ではさとりの面接が始まっていた。
「じゃあまず、あなたがこの仕事を選んだ理由は何ですか?」
「(この質問は確かチルノちゃんの著書、『100%合格する楽勝就職面接術』に出てきたテンプレの奴じゃない。楽勝ね)以前からブリーダーの仕事に興味があって、」
「あ、もうその続きは言わなくていいです。聞く価値が無さそうなので・・・」
「おりょ」
「じゃあ次、あなたの特技を見せて下さい」
「(特技?・・・って言ったら、やっぱり今は芸を仕込む特技がホットよね。でも『見せて下さい』かぁ。周りに動物はいないし・・・いいや、さとりちゃんに『おて』を仕込もう)分かりました、お見せしましょう。さとりちゃん、私が・・・」
「や、やっぱり今の質問は無しです。無かった事にして下さい」
「(でもここで私が天性のブリーダーだって所を見せておかないと、雇ってもらえないかも知れないわ。ここは無理矢理にでもさとりちゃんに『おて』をさせないと!!)いいからいいから、私を信じて、」
「信じません。・・・言っておきますが、私は飼い主の立場だから芸なんてしませんよ」
「あれ、そうですか?(じゃあ胸のとこにぷかぷか浮いてる目玉みたいなのに『おて』を仕込もうかしら)」
「この目も私の体の一部ですから芸はしません。そもそも手が付いてないでしょう」
「むむぅ・・・」
「もう、次の質問に行きますよ。・・・あなたの短所は何ですか?」
「ありません」
「少しは考えてから発言して下さい」
「(考えてって言ったって、私に短所なんてある訳ないじゃない)考えたけどありません」
「そういう短絡的な結論は考えた内に入りません」
「なんで~」
「はぁ・・・次です。挫折した経験はありますか?」
「(挫折・・・挫折・・・詐欺をしようとして失敗した事くらいかな・・・でも『詐欺』って言ったら印象悪いし、何か他に挫折は・・・)」
「詐欺の失敗ですか」
「あぅ」
「ではその詐欺に失敗した時、どうやって克服しましたか?」
「(潔く諦めたんだけど・・・『諦めた』って言ったら印象悪いし、どうしよう・・・)」
「簡単に諦めちゃったんですね」
「・・・さとりちゃんってば、どうして私の考えてる事が分かっちゃうの!!」
「えっ、どうしてって・・・私がサトリだからですが・・・まさか知らずにここへ来たんですか?」
「知らない。何それ?」
「道理で・・・地霊殿で働きたいなんて、おかしいと思ったんです。えっと・・・私は『サトリ』という種別の妖怪で、人の心を読む能力を持っています。もちろん輝夜さんの心の声も聞いています」
「えっ・・・それって・・・」
「初めて私の能力を知った人は、みんなあなたと同じ反応をするわ。みんなが私を怖れて、みんなが私を避けて・・・」
「それって凄く便利ね!!」
「・・・は?」
「わざわざ喋らなくてもいいんだよね!(いぇーい、さとりちゃん聞こえる~?)」
「き・・・聞こえます・・・」
「(さとりちゃんお願い、私を雇って!!)」
「・・・だからって伝えたい事は口で言ってもらっていいですか・・・反応に困りますので・・・」
「(口で言ったら雇ってくれる?)」
「え・・・えーと、それは・・・」
応接間では鈴仙がまだ早苗をおちょくっていた。
「東風谷早苗はっ!世界中の誰よりもっ!蓬莱山輝夜を可愛く思っていますっ!!!」
「ええい、黙りなさいってばこのっ・・・!」
早苗が鈴仙に飛びかかる・・・が消えた。幻覚か。
いつの間にか早苗の背後に立っている鈴仙がおちょくり続ける。
「あるぇ~?何でそんなにムキになるのかな~?」
「それだけ正反対の事を言われたら誰だって怒りますよ!」
「『正反対』だって!むふふ、子供みたいな言い草!」
「むきぃ~っ!!!」
「ちょっと、うるさいわよ。大きな音に驚くペットもいるんだから、気をつけて」
早苗が髪を掻きむしっている所へさとりが入って来た。もちろん輝夜も一緒だ。
悪いのは鈴仙なのに自分だけが注意された気分で、早苗はさらに機嫌が悪くなった。
「そんな事よ・・・」
「そんな事より輝夜さんは合格なのかって?クスッ、早苗さんは本当に輝夜さんの事が気になって仕方ないのね」
「・・・。もう、何なんですかみんなして!別にいいですよ、結果なんて教えてくれなくても。どうせ受かってる訳ないんだから」
「いえ、合格よ」
「・・・へ?」
「だから合格。合格というより、ここで働く資格があると言った方がいいかしら」
「・・・どういう意味ですか?」
「多くの人は地霊殿に近づくことを嫌う。それは私に心を読まれるのを怖れているから。あなたの様に一時は我慢しようと割り切る人もいるけど、ここで恒常的に働こうなんて人はまずいなかった」
「まぁ、そりゃそうかもしれませんね・・・失礼かも知れませんが」
「でも輝夜さんは違った。この人は心を読まれる事なんて何とも思っていない。我慢すらしていない。・・・世界中のみんなが輝夜さんみたいだったら、こいしは・・・いえ、つまらない想像ね」
「世界中のみんなが輝夜さんみたいだったら私が発狂します」
「そんな訳で、輝夜さんは地霊殿で働くことのできる数少ない人材よ。歓迎するわ」
「さとりさんこそ輝夜さんを歓迎できる数少ない人材だと思いますよ」
「ただし、一つ条件があるの。輝夜さんの天衣無縫ぶりはきっと私の手に余るわ」
「でしょうねぇ・・・その気持ち、痛いほどよく分かります」
「だから輝夜さんの保護者に一緒にいて欲しいのよ」
「はぁ、保護者ですか。さしずめ永琳さんですかね」
「部下はダメよ、保護者たりえないもの。・・・どこかにいないかしら?輝夜さんの部下というよりは親友で、輝夜さんの事を妹のように可愛く思っていて、何だかんだ言いながらいつも世話を焼いてくれる様な人は」
「そんな奇特な人いるわけ・・・」
その時、早苗は変な視線を感じた。
輝夜が早苗を見つめているではないか。意味が分からない。
そして早苗は気付く。鈴仙もさとりもじっと早苗を見ている事に。
とても嫌な流れだ。
「えっ・・・保護者ってもしかして・・・私・・・ですか?」
「もしかしなくてもあなたよ。明日からとりあえず一ヶ月、それ以降は・・・」
「ちょ、ちょっと待って下さい!無理ですよ!一ヶ月も神社を空けるなんて、神奈子様はもちろん、諏訪子様すら許すはずがありません!!」
ここで輝夜が早苗の両肩を掴んだ。
瞳を潤ませて、キラキラとした視線を早苗の両目に注ぎ込む。
早苗は視線に耐え難くなって目を逸らした・・・が、逸らした先にも輝夜の顔があるではないか。
目をどこに逸らしても、顔をどちらへ向けても、輝夜のうるうるがついてくる。
・・・鈴仙の仕業か。
「あれれ~、早苗さんは姫様の事が嫌いなんですよね?それなら姫様がどんな潤んだ瞳でお願いしても撥ねつけられますよね?どうして視線を逸らそうとするんですかぁ?」
鈴仙がニヤニヤしながら言った。輝夜に肩を掴まれていなかったらぶん殴っているところだ。
一方、輝夜はその掴んだ両肩を前後に揺さぶり、いよいよお願いモードに入る。
「早苗ちゃん、お願い!!ブリーダーは私の夢なの!天職なの!!」
もう耐えられない。
早苗は固く目を閉じて輝夜の視線を無理矢理遮った。
「天職なら私の協力なんか無くてもやり遂げて下さい!」
「手に職を着けて永琳を安心させたいのよ!!」
「職業なんて他にも沢山あるじゃないですか!」
「ダメなの!動物を扱うこの仕事がいいの!!」
「動物なんてどこにでもいるじゃないですか!!守矢神社にだって、ヘビやらカエルやらが山ほど・・・」
輝夜の揺さぶりが止まった。
・・・あれ・・・?
私もしかして今、とんでもない事を言いませんでしたか・・・?
早苗が固く閉ざした瞼を、恐る恐る開いてみる。
・・・と、そこには向日葵の様に明るい輝夜の笑顔。
まぶしくて目が潰れそうな心地がした。
「ホント!?守矢神社でブリーダーとして雇ってくれるの!?」
「いやそんな事は一言も・・・」
「ありがとう、やっぱり私の親友だね!早苗ちゃん大好き!!」
ああ、何て無邪気な顔で笑うのだろう・・・。
早苗の耳にだけ、何かが崩れていく音が聞こえた。
これはきっと鈴仙の仕業ではない。
守矢神社。
輝夜達と一旦別れて一人帰った早苗は、二柱の神様に輝夜を雇う「許可」をもらおうとしていた。
「輝夜さんがウチで働きたいって?いいんじゃない、人は多い方が楽しいものだよ」
前にも聞いた様なセリフと共に、包容力のある神様達はあっさりと輝夜の受け入れを認めた。
早苗はこの時、一つの知識を得た。
どうしようもなく絶望した時、人は笑うものなのか。
「はは、あはははは、認めて下さってありがとうございます・・・」
明日からが本当の地獄だ。
一方、永遠亭。
今日も例によって、輝夜は疲れて早めに寝てしまった。
輝夜の寝顔を見ながら、永琳は地霊殿での出来事について鈴仙から報告を受ける。
「そう。姫がそんな事を・・・」
「はい。手に職を着けてお師匠様を安心させたいって」
永琳が眠る輝夜の頭を優しくさすった。
「姫、永琳は今でも十分に幸せでございます・・・」
やれやれ、また始まったよ・・・と鈴仙が足を崩して壁にもたれる。
ただ鈴仙もこういう光景を見るのは嫌いではない。
「姫様って、結局お師匠様の為にブリーダーをやりたがってるんですかね?」
「それは違うわ、うどんげ。姫は確かに動物が好きなのよ。そうでなければ『天職』なんて言葉出てこないわ」
「でもお師匠様の為に働きたいって・・・」
「姫はね、自分と同じくらい皆にも幸せになって欲しいのよ。自分だけが幸せなんて嫌。皆を幸せにする為に自分が犠牲になるのも嫌。姫にとっての『幸せ』という言葉は、自分も他人もないのよ・・・」
「ふぅん・・・何か、姫様らしいですね」
「その為には少しくらい我が儘を言う事もあるかも知れない。間違えて突っ走って、余計に迷惑をかける事もあるかも知れない。でも私はそんな姫についていくと決めたの。あの日以来・・・」
「あの日?」
「月の都で、姫が私に蓬莱の薬の調合を命じた時。うどんげはあの時の話は知っていたかしら?」
「いいえ、初耳です。姫様もお師匠様も、あまり語ろうとしませんでしたから・・・」
「そう・・・そうね。あの時、姫の飼っていた兎が死んだのよ。大往生で、もう老衰でいつ死んでもおかしくない状態だったんだけどね。それでも姫は三日三晩泣き喚いていた」
「それで自分は死にたくないと思ったんですか?」
「・・・ちょっとニュアンスが違うわね。姫はその兎の死を通して、もし自分が死んだらご両親にこの悲しみを味わわせる事になると思ったのよ。それで私に蓬莱の薬について尋ねた」
「確かに親より早く死ぬのは親不孝ですが・・・だからって禁忌だった蓬莱の薬に手を出したんですか?」
「私はその時姫に、この薬が禁じられている事も、死ねない事の不幸もたっぷり諭したわ。でも姫の意志は揺るがなかった」
「つまり姫様は、死ねない事が不幸だと知りながら、ご両親の為に蓬莱の薬を飲んだと。それじゃやっぱり姫様は、自分を犠牲にしてるんじゃないんですか?」
「いいえ。私が不死について語った時、姫は言ったわ。『それでも永琳と一緒なら怖くない』って・・・」
「・・・姫様は不死を不幸と思わなかったんですね」
「ええ。きっと今も思っていないわ。それどころか姫は、私の考えまで変えてくれた・・・結局、姫が蓬莱の薬を飲んだのは、既に不毛な永遠を手にしていた私の為でもあったのね。姫がいなければ私は今頃、永遠を不幸と思う永遠の不幸に苛まれていたわ・・・」
その時、輝夜の顔に雫が落ちた。永琳が慌てて目を擦る。
輝夜は寝返りを打ったが、起きなかった様だ。
「お師匠様、泣いてるんですか?」
鈴仙がハンカチを永琳に渡した。
「ありがとう。格好悪い所を見せちゃったわね。・・・あの時の事を話すとこうなるから嫌なのよ」
「大丈夫ですよ、気にしないで下さい。・・・・・・・・・年を取ると涙もろくなると言いますから」
ポカッ!
「あいたっ(;x;)」
「あなたって娘は良いところで!!」
「ひぃん、ちょっと場を和ませようとしただけなのに・・・良かれと思って~(;x;)」
輝夜はひとまず守矢神社という就職先を得て、自宅警備の任を解かれる事になった。
だがヘビやカエルを相手に、ブリーダーのやる仕事はあるのだろうか。
一人その事に気付いていたが、永琳が喜んでいるのなら、もうしばらく黙ったまま様子を見ようと思う鈴仙であった。
了
いつも世話になっている永琳に20万円のマッサージチェアをプレゼントするために、妹紅に雇われて毎日飲む味噌汁の塩分を増やすという自分抹殺業務に就いた輝夜。
しかしその月給は1円。あまりのマゾさに嫌気がさした輝夜はてゐに師事して詐欺を習得しようとするも、永琳にばれて逆に大目玉を喰らい水泡に帰す。
一発逆転を目指した輝夜は守矢神社の主催する「大ボケさんいらっしゃい大会」に出場、ツッコミ役の早苗を相手に持ち前の破滅的なボケを披露して見事に優勝した。
ツッコみ切れなかった早苗は心にトラウマを抱える事になったが、賞金でようやく永琳にマッサージチェアをプレゼントできた輝夜は大満足なのであった。
だがその反動で燃え尽き症候群にかかってしまった輝夜。そんな輝夜に自分探しをして欲しいと願った鈴仙は、早苗の迷惑を顧みず守矢神社へのホームステイを提案する。
早苗を手伝ったり(?)間欠泉地下センターで空に芸を仕込んだりという普段とは違う生活の中で、輝夜が見出したものとは・・・?
↑これだけ分かっていれば、前作を読む必要はありません
輝夜が守矢神社から帰ってきて数日が経った。
相変わらず仕事や家事をする訳ではないが、鈴仙は何やら考え込んでいる輝夜の姿をちょくちょく見かけるようになった。
何も言わずにじっと自分の手を見つめている。
食事中も何だかボーっとしている。
話しかけても生返事しかしない。
永琳によると、輝夜はこれから一皮むけようとしている所なのではないかとの事だ。
色々と憶測だけを巡らせて心配を深めても無駄なので、鈴仙は輝夜が自ら動き出すまで放っておくことにしていた。
そんなある日の昼下がりの事だった。
輝夜が鈴仙の部屋に入って来て、鈴仙の横にちょこんと座った。一応正座だ。
どうしていつも薬学の勉強中に入って来るのだろうと思わなくもないが、とにかく主である輝夜が鈴仙の横に正座した以上、鈴仙としては畏まらざるを得ない。
鈴仙も輝夜に膝を向けてきちんと正座をした。
「姫様、何か御用ですか?」
輝夜はしばらくじっと鈴仙の赤い目を見つめていたが、やがておもむろに手の平を差し出した。
「・・・おて」
「・・・・・・・・・は?」
「『は?』じゃなくて、『おて』よ『おて』!!いい?私が『おて』って言って手を出したらね・・・」
「ちょっと待って下さい!姫様、まさか私に芸を仕込もうとしていますか?」
「ええそうよ。心配しなくても大丈夫、私ならイナバを一流の・・・」
「じゃなくて!犬や猫じゃないんですから、『おて』なんてしませんし、したくありません!」
「犬や猫ではないけど兎なんだから『おて』くらい・・・」
「私をそんじょそこらの野良兎と一緒にしないで下さい!誇り高き月兎なんですよ!ちなみに大概の兎は『おて』なんてできません!」
「この際そんな誇りは捨ててしまいなさい!そして私が『おて』って言って手を出したら、右手をここに・・・」
「のせません!!!」
息を切らせながら鈴仙が全力で拒否すると、輝夜は急に涙目になった。
何だこの無駄な罪悪感は。
輝夜が鈴仙の両肩を掴んで前後に揺さぶりながら訴えかける。
「イナバ~、お願いだから『おて』してよ~。きっとこれが私の天職なのよぉ」
「天・・・職?」
輝夜にぐらんぐらん揺らされながら鈴仙は思い出した。
そう言えば守矢神社へのホームステイ中に間欠泉地下センターで空に芸を仕込んだと言っていた。
もしかしてそれに「やりがい」的なものを感じたのか。
そしてもしかしてこれは輝夜が本当の意味で手に職を持つチャンスなのか。
金策の為ではなく、真に自分のやりたい事として。
そう言うことなら協力しない手はない。
でもその前に・・・
「姫 様、まず は その 揺さ ぶり を 止め て 下 さい。まと もに 喋 れま せん」
輝夜が目指している職業は、言葉に表せば「ブリーダー」ということだろう。
鈴仙の考えでは、プロになる為にはプロの近くで学ぶのが一番手っ取り早い。実際に自分も永琳の側で学んでいる訳で。
幻想郷の面々の中でブリーダーのプロ・・・とは言わずとも、ペットを飼っていると言えば、永遠亭を除けば古明地さとりか八雲紫くらいだろうか。
はっきり言って八雲紫は怖い。というか、式神とペットでは微妙に違う気もする。となれば、答えは一つだ。
「地霊殿で働かせてもらえないか、頼みに行きましょう。あそこなら猫や鴉を始めとして、色々なペットがいるはずです」
「うん!ありがとうイナバ!」
二人は早速車に乗り、数百匹の兎達に引かれて目的地へ向かった。
「なるほど、お話はよく分かりました。輝夜さんは地霊殿でブリーダー修行がしたい・・・という事ですね?」
「そうなの。是非姫様を地霊殿で働けるように・・・」
「ちょっと待って下さい。その前に、一つお聞きしたい事があります」
早苗がゴンッと湯飲みを置いた。
「それならどうして地霊殿に行かないんですか!!!どうして守矢神社に来るんですか!!!どうして私にいっちょ噛ませようとするんですか!!!」
「・・・三つも聞いてるじゃない」
「いいから答えて下さい!!」
「だって私達さとりさんの事よく知らないもの」
「私だってあんまり知りません!!」
「それに早苗さんは姫様の親友でしょ」
「は?は?誰が誰の親友ですって?は?」
「そう言わずに、何とか取り次いで欲しいのよ」
「もう私をこれ以上巻き込まないで下さい!!本当に準レギュラーに昇格してしまいます!!」
「準レギュラー・・・?」
「今回のタグに私の名前が入っていないのがどういう事か分かりますか!?私が『永遠亭メンバー』に含まれてしまっているという事なんです!!これは由々しき事態です!!!」
「ちょっと言っている意味がよく分からない・・・」
「とにかく!私はもうあなた達と関わり合いになりたくないんです!帰って下さい!!」
「そう・・・それなら仕方ないわね・・・」
鈴仙が立ち上がった。
話を聞かずにお茶菓子を頬張っていた輝夜の手を取る。
「姫様、帰りましょう。姫様のブリーダーへの夢は断たれました」
「えぇっ、そんなぁ!早苗ちゃんは私の親友だからきっとお願いを聞いてくれる、ってイナバが言うから来たのに!」
「申し訳ありません。私の見込み違いだったようです」
鈴仙が恨めしそうな目をチラッと早苗に向ける。
輝夜は涙目で真っ直ぐに早苗を見つめる。
「な・・・何ですか、そんな目をしたって無駄ですからね・・・」
ここで情に流されてしまっては負けだ。
早苗はキラキラ光る瞳で何かを訴えかける輝夜から目を逸らした。
部屋から出ていく鈴仙と輝夜を見送りもせず、早苗は一人部屋に残った。
これで良かったのだ。
早苗に断られたくらいで終わってしまう夢なら、最初から大した夢ではない。
というか、そもそも永遠亭と地霊殿の間で話すべき事なのに、守矢神社に来る事自体が間違っている。
そう、最初から早苗には関係ない話なのだ。
自分に言い聞かせつつ、早苗はもう一口お茶を飲んだ。
廊下を歩いて行く鈴仙達の会話が遠ざかっていく。
「残念ですが、姫様の職業探しは一からやり直しです」
「一からって・・・どこから?」
「もちろん、やりたい事を探すところからです。職業探しは自分探しです。また守矢神社にホームステイして・・・」
・・・。
・・・。
・・・。
・・・・・・!?
「ちょ、ちょっと待ったあああぁぁぁ!!!」
「はぁ~~~~~~・・・・・・」
十分後、兎車の上には輝夜、鈴仙、そして深いため息をつく早苗の姿があった。
向かう先はもちろん地霊殿。
「早苗さん、ありがとう!きっと私達の気持ちを理解してくれるって信じていたわ」
「早苗ちゃんは私の親友だもの!当然よ!」
「は・・・はは・・・そうですよね・・・」
どうしてこうなったのか。
地霊殿へ一緒に行ってさとりと交渉するだけなのだが、早苗は気乗りしなかった。
神様達がやった事とは言え、過去に守矢神社は勝手に空に力を与えて地霊殿の面々に迷惑をかけた経緯がある。
その後ろめたさもあって、早苗は何となくさとりと会いたくないのだ。
それでもまた輝夜が守矢神社に転がり込んで来るよりはマシだし、少しくらい我慢しよう。
最良の選択肢とは思いながらも、早苗はまたため息をついた。
そんなこんなで、一行は地霊殿に到着した。
早苗が地霊殿の扉をノックしようとする前に、中からさとりが扉を開けた。
「いらっしゃい。何か御用かしら?永遠亭のご一行様」
さとりが上目遣いに挨拶をする。
幼げな容姿に似合わぬこの落ち着いた態度もまた、早苗が距離を置きたくなる一因でもある。
だが、「永遠亭一行」とは聞き捨てならない。
「私を永・・・」
「私を永遠亭メンバーに加えないで下さいって?あら、ごめんなさいね。でもあなたの心がすっかり永遠亭に馴染んでしまっていたから・・・」
「そんな事あ・・・」
「そんな事ありませんって?でもあなた、自分で思っているより輝夜さんの事が好きみたいよ」
「なっ・・・!!!」
「クスッ・・・自分の気持ちにも気付かないなんて不器用な巫女さんね。あなたは心のどこかで輝夜さんの事を世話の焼ける妹みたいに可愛く思っているのよ」
「嘘よ!!私は・・・私は・・・!」
そんなはずはない。
今まで輝夜にどれだけ振り回されてきたと思っているのか。
大ボケさんいらっしゃい大会ではツッコみ切れない姿を衆目にさらす羽目になり、守矢神社へのホームステイでは「お手伝い」と称して無駄に仕事を増やされた。
一緒にいるだけで精神負担が半端じゃない。
今だって来たくもない地霊殿に関係もないのに無理矢理連れて来られている。
別に放っておけないからここまでついて来た訳ではない。
あれだけ嫌いな態度を露わにしている早苗を無防備に慕ってくる輝夜に、少しずつ胸を打たれ始めている・・・なんて事は絶対にない。
なのにちょっとさとりに揺さぶられたくらいで何故こんなに動揺してしまうのか。
「クスクス・・・あなたの心の声はからかい甲斐があって面白いわね。さて冗談はこのくらいにして、結局何の用なの?」
早苗はガクッとなった。冗談か。
何だか本題を語る気力も失せたが、どうせ用件も勝手に悟られるのだろう。
「・・・輝夜さんを地霊殿で働かせて欲しいって?それは構わないけど・・・その前に輝夜さんには面接の一つも受けてもらいましょうか」
輝夜がさとりの面接を受けている間、鈴仙と早苗は応接間で待機しているよう言われていた。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・早苗さんって、本当は姫様の事が好きだったのね」
「さとりさんが言った事はでたらめです。さとりさん本人も冗談だって言っていたでしょう。忘れて下さい」
「へぇ、そうなんだ」
「ええ、そうですとも」
「ニヤニヤ」
「・・・。」
「・・・新ジャンル、ツンデレ巫女・・・」
ポカッ!
「あいたっ(;x;)暴力反対!!」
一方、面接室ではさとりの面接が始まっていた。
「じゃあまず、あなたがこの仕事を選んだ理由は何ですか?」
「(この質問は確かチルノちゃんの著書、『100%合格する楽勝就職面接術』に出てきたテンプレの奴じゃない。楽勝ね)以前からブリーダーの仕事に興味があって、」
「あ、もうその続きは言わなくていいです。聞く価値が無さそうなので・・・」
「おりょ」
「じゃあ次、あなたの特技を見せて下さい」
「(特技?・・・って言ったら、やっぱり今は芸を仕込む特技がホットよね。でも『見せて下さい』かぁ。周りに動物はいないし・・・いいや、さとりちゃんに『おて』を仕込もう)分かりました、お見せしましょう。さとりちゃん、私が・・・」
「や、やっぱり今の質問は無しです。無かった事にして下さい」
「(でもここで私が天性のブリーダーだって所を見せておかないと、雇ってもらえないかも知れないわ。ここは無理矢理にでもさとりちゃんに『おて』をさせないと!!)いいからいいから、私を信じて、」
「信じません。・・・言っておきますが、私は飼い主の立場だから芸なんてしませんよ」
「あれ、そうですか?(じゃあ胸のとこにぷかぷか浮いてる目玉みたいなのに『おて』を仕込もうかしら)」
「この目も私の体の一部ですから芸はしません。そもそも手が付いてないでしょう」
「むむぅ・・・」
「もう、次の質問に行きますよ。・・・あなたの短所は何ですか?」
「ありません」
「少しは考えてから発言して下さい」
「(考えてって言ったって、私に短所なんてある訳ないじゃない)考えたけどありません」
「そういう短絡的な結論は考えた内に入りません」
「なんで~」
「はぁ・・・次です。挫折した経験はありますか?」
「(挫折・・・挫折・・・詐欺をしようとして失敗した事くらいかな・・・でも『詐欺』って言ったら印象悪いし、何か他に挫折は・・・)」
「詐欺の失敗ですか」
「あぅ」
「ではその詐欺に失敗した時、どうやって克服しましたか?」
「(潔く諦めたんだけど・・・『諦めた』って言ったら印象悪いし、どうしよう・・・)」
「簡単に諦めちゃったんですね」
「・・・さとりちゃんってば、どうして私の考えてる事が分かっちゃうの!!」
「えっ、どうしてって・・・私がサトリだからですが・・・まさか知らずにここへ来たんですか?」
「知らない。何それ?」
「道理で・・・地霊殿で働きたいなんて、おかしいと思ったんです。えっと・・・私は『サトリ』という種別の妖怪で、人の心を読む能力を持っています。もちろん輝夜さんの心の声も聞いています」
「えっ・・・それって・・・」
「初めて私の能力を知った人は、みんなあなたと同じ反応をするわ。みんなが私を怖れて、みんなが私を避けて・・・」
「それって凄く便利ね!!」
「・・・は?」
「わざわざ喋らなくてもいいんだよね!(いぇーい、さとりちゃん聞こえる~?)」
「き・・・聞こえます・・・」
「(さとりちゃんお願い、私を雇って!!)」
「・・・だからって伝えたい事は口で言ってもらっていいですか・・・反応に困りますので・・・」
「(口で言ったら雇ってくれる?)」
「え・・・えーと、それは・・・」
応接間では鈴仙がまだ早苗をおちょくっていた。
「東風谷早苗はっ!世界中の誰よりもっ!蓬莱山輝夜を可愛く思っていますっ!!!」
「ええい、黙りなさいってばこのっ・・・!」
早苗が鈴仙に飛びかかる・・・が消えた。幻覚か。
いつの間にか早苗の背後に立っている鈴仙がおちょくり続ける。
「あるぇ~?何でそんなにムキになるのかな~?」
「それだけ正反対の事を言われたら誰だって怒りますよ!」
「『正反対』だって!むふふ、子供みたいな言い草!」
「むきぃ~っ!!!」
「ちょっと、うるさいわよ。大きな音に驚くペットもいるんだから、気をつけて」
早苗が髪を掻きむしっている所へさとりが入って来た。もちろん輝夜も一緒だ。
悪いのは鈴仙なのに自分だけが注意された気分で、早苗はさらに機嫌が悪くなった。
「そんな事よ・・・」
「そんな事より輝夜さんは合格なのかって?クスッ、早苗さんは本当に輝夜さんの事が気になって仕方ないのね」
「・・・。もう、何なんですかみんなして!別にいいですよ、結果なんて教えてくれなくても。どうせ受かってる訳ないんだから」
「いえ、合格よ」
「・・・へ?」
「だから合格。合格というより、ここで働く資格があると言った方がいいかしら」
「・・・どういう意味ですか?」
「多くの人は地霊殿に近づくことを嫌う。それは私に心を読まれるのを怖れているから。あなたの様に一時は我慢しようと割り切る人もいるけど、ここで恒常的に働こうなんて人はまずいなかった」
「まぁ、そりゃそうかもしれませんね・・・失礼かも知れませんが」
「でも輝夜さんは違った。この人は心を読まれる事なんて何とも思っていない。我慢すらしていない。・・・世界中のみんなが輝夜さんみたいだったら、こいしは・・・いえ、つまらない想像ね」
「世界中のみんなが輝夜さんみたいだったら私が発狂します」
「そんな訳で、輝夜さんは地霊殿で働くことのできる数少ない人材よ。歓迎するわ」
「さとりさんこそ輝夜さんを歓迎できる数少ない人材だと思いますよ」
「ただし、一つ条件があるの。輝夜さんの天衣無縫ぶりはきっと私の手に余るわ」
「でしょうねぇ・・・その気持ち、痛いほどよく分かります」
「だから輝夜さんの保護者に一緒にいて欲しいのよ」
「はぁ、保護者ですか。さしずめ永琳さんですかね」
「部下はダメよ、保護者たりえないもの。・・・どこかにいないかしら?輝夜さんの部下というよりは親友で、輝夜さんの事を妹のように可愛く思っていて、何だかんだ言いながらいつも世話を焼いてくれる様な人は」
「そんな奇特な人いるわけ・・・」
その時、早苗は変な視線を感じた。
輝夜が早苗を見つめているではないか。意味が分からない。
そして早苗は気付く。鈴仙もさとりもじっと早苗を見ている事に。
とても嫌な流れだ。
「えっ・・・保護者ってもしかして・・・私・・・ですか?」
「もしかしなくてもあなたよ。明日からとりあえず一ヶ月、それ以降は・・・」
「ちょ、ちょっと待って下さい!無理ですよ!一ヶ月も神社を空けるなんて、神奈子様はもちろん、諏訪子様すら許すはずがありません!!」
ここで輝夜が早苗の両肩を掴んだ。
瞳を潤ませて、キラキラとした視線を早苗の両目に注ぎ込む。
早苗は視線に耐え難くなって目を逸らした・・・が、逸らした先にも輝夜の顔があるではないか。
目をどこに逸らしても、顔をどちらへ向けても、輝夜のうるうるがついてくる。
・・・鈴仙の仕業か。
「あれれ~、早苗さんは姫様の事が嫌いなんですよね?それなら姫様がどんな潤んだ瞳でお願いしても撥ねつけられますよね?どうして視線を逸らそうとするんですかぁ?」
鈴仙がニヤニヤしながら言った。輝夜に肩を掴まれていなかったらぶん殴っているところだ。
一方、輝夜はその掴んだ両肩を前後に揺さぶり、いよいよお願いモードに入る。
「早苗ちゃん、お願い!!ブリーダーは私の夢なの!天職なの!!」
もう耐えられない。
早苗は固く目を閉じて輝夜の視線を無理矢理遮った。
「天職なら私の協力なんか無くてもやり遂げて下さい!」
「手に職を着けて永琳を安心させたいのよ!!」
「職業なんて他にも沢山あるじゃないですか!」
「ダメなの!動物を扱うこの仕事がいいの!!」
「動物なんてどこにでもいるじゃないですか!!守矢神社にだって、ヘビやらカエルやらが山ほど・・・」
輝夜の揺さぶりが止まった。
・・・あれ・・・?
私もしかして今、とんでもない事を言いませんでしたか・・・?
早苗が固く閉ざした瞼を、恐る恐る開いてみる。
・・・と、そこには向日葵の様に明るい輝夜の笑顔。
まぶしくて目が潰れそうな心地がした。
「ホント!?守矢神社でブリーダーとして雇ってくれるの!?」
「いやそんな事は一言も・・・」
「ありがとう、やっぱり私の親友だね!早苗ちゃん大好き!!」
ああ、何て無邪気な顔で笑うのだろう・・・。
早苗の耳にだけ、何かが崩れていく音が聞こえた。
これはきっと鈴仙の仕業ではない。
守矢神社。
輝夜達と一旦別れて一人帰った早苗は、二柱の神様に輝夜を雇う「許可」をもらおうとしていた。
「輝夜さんがウチで働きたいって?いいんじゃない、人は多い方が楽しいものだよ」
前にも聞いた様なセリフと共に、包容力のある神様達はあっさりと輝夜の受け入れを認めた。
早苗はこの時、一つの知識を得た。
どうしようもなく絶望した時、人は笑うものなのか。
「はは、あはははは、認めて下さってありがとうございます・・・」
明日からが本当の地獄だ。
一方、永遠亭。
今日も例によって、輝夜は疲れて早めに寝てしまった。
輝夜の寝顔を見ながら、永琳は地霊殿での出来事について鈴仙から報告を受ける。
「そう。姫がそんな事を・・・」
「はい。手に職を着けてお師匠様を安心させたいって」
永琳が眠る輝夜の頭を優しくさすった。
「姫、永琳は今でも十分に幸せでございます・・・」
やれやれ、また始まったよ・・・と鈴仙が足を崩して壁にもたれる。
ただ鈴仙もこういう光景を見るのは嫌いではない。
「姫様って、結局お師匠様の為にブリーダーをやりたがってるんですかね?」
「それは違うわ、うどんげ。姫は確かに動物が好きなのよ。そうでなければ『天職』なんて言葉出てこないわ」
「でもお師匠様の為に働きたいって・・・」
「姫はね、自分と同じくらい皆にも幸せになって欲しいのよ。自分だけが幸せなんて嫌。皆を幸せにする為に自分が犠牲になるのも嫌。姫にとっての『幸せ』という言葉は、自分も他人もないのよ・・・」
「ふぅん・・・何か、姫様らしいですね」
「その為には少しくらい我が儘を言う事もあるかも知れない。間違えて突っ走って、余計に迷惑をかける事もあるかも知れない。でも私はそんな姫についていくと決めたの。あの日以来・・・」
「あの日?」
「月の都で、姫が私に蓬莱の薬の調合を命じた時。うどんげはあの時の話は知っていたかしら?」
「いいえ、初耳です。姫様もお師匠様も、あまり語ろうとしませんでしたから・・・」
「そう・・・そうね。あの時、姫の飼っていた兎が死んだのよ。大往生で、もう老衰でいつ死んでもおかしくない状態だったんだけどね。それでも姫は三日三晩泣き喚いていた」
「それで自分は死にたくないと思ったんですか?」
「・・・ちょっとニュアンスが違うわね。姫はその兎の死を通して、もし自分が死んだらご両親にこの悲しみを味わわせる事になると思ったのよ。それで私に蓬莱の薬について尋ねた」
「確かに親より早く死ぬのは親不孝ですが・・・だからって禁忌だった蓬莱の薬に手を出したんですか?」
「私はその時姫に、この薬が禁じられている事も、死ねない事の不幸もたっぷり諭したわ。でも姫の意志は揺るがなかった」
「つまり姫様は、死ねない事が不幸だと知りながら、ご両親の為に蓬莱の薬を飲んだと。それじゃやっぱり姫様は、自分を犠牲にしてるんじゃないんですか?」
「いいえ。私が不死について語った時、姫は言ったわ。『それでも永琳と一緒なら怖くない』って・・・」
「・・・姫様は不死を不幸と思わなかったんですね」
「ええ。きっと今も思っていないわ。それどころか姫は、私の考えまで変えてくれた・・・結局、姫が蓬莱の薬を飲んだのは、既に不毛な永遠を手にしていた私の為でもあったのね。姫がいなければ私は今頃、永遠を不幸と思う永遠の不幸に苛まれていたわ・・・」
その時、輝夜の顔に雫が落ちた。永琳が慌てて目を擦る。
輝夜は寝返りを打ったが、起きなかった様だ。
「お師匠様、泣いてるんですか?」
鈴仙がハンカチを永琳に渡した。
「ありがとう。格好悪い所を見せちゃったわね。・・・あの時の事を話すとこうなるから嫌なのよ」
「大丈夫ですよ、気にしないで下さい。・・・・・・・・・年を取ると涙もろくなると言いますから」
ポカッ!
「あいたっ(;x;)」
「あなたって娘は良いところで!!」
「ひぃん、ちょっと場を和ませようとしただけなのに・・・良かれと思って~(;x;)」
輝夜はひとまず守矢神社という就職先を得て、自宅警備の任を解かれる事になった。
だがヘビやカエルを相手に、ブリーダーのやる仕事はあるのだろうか。
一人その事に気付いていたが、永琳が喜んでいるのなら、もうしばらく黙ったまま様子を見ようと思う鈴仙であった。
了
正位置 ── 自由、型にはまらない、天才
逆位置 ── 軽率、わがまま、おちこぼれ
輝夜がどちらに振れようとかまわない。俺の見方はかわらない。
永琳先生と同じさ。もはや好きを通り越して慈しみの境地に立っているのだ。
確かに彼女は馬鹿だけど、大切な事は絶対間違わない馬鹿だと思ってるからね。
最後に、タイトルにも掛かってくるので書こうか書くまいか悩んだけど、
早苗さんを見習って突っ込んでみるね。
「ぐやタンがなりたがってる職業ってブリーダーというよりトレーナーだと思うぜ!」
次作、楽しみに待っています。
個人的にはもう少しさとりと話していて欲しかったところ、次回は蛙と蛇が――ということで合ってますか?
後コチドリさんどしたんすか
惚れてまぅ
このかぐやはかわいいw
こりゃ次回作も期待。