はて、これは何だろうか?
朝早く竹林を散歩してみれば、奇妙な物体に遭遇した。
銀色なのか鉛色なのかよくわからないそれは、長方形のような形をした箱であった。
「なんだろうこれ・・・?」
私はしげしげとそれを観察する。
自分の背丈よりも頭三つ分程の丈。
秘密箱の様で、だけれどそれ程入り組んでいない表面。
そして無骨な感じの扉のような入口。
恐らくは外の世界の物体なのだろうか。
「ふぅん」
近づいて、扉を押してみる。開かない。
ならば引いてみようと取っ手を探すもどこにも見つからない。
つるつるの状態だ。
「むむむ」
どうにかして開けてみたいが、どうにもびくともしない様子だ。
さて、取り敢えずどうしようか。
「・・・そうだ」
こう言う時こそ、あいつに頼もう。
―――。
コンコンコン。
扉を三度、ノックしてみる。
「はい、少々待ってくれ」
返事の後、暫くして扉が開かれた。
「おや、妹紅じゃないか」
「おはよう、慧音」
ひょっこりと顔を出したのは、上白沢慧音。私の友人で知識人だ。
襦袢姿を見ると、どうやら寝ていたか休日のようだ。
「何だこんな朝早くから。何か困った事でもあったか?」
「うん、取り敢えず暇?」
「まあ授業の時間までまだあるが・・・」
「ならちょっとついてきてくれないかな?時間は取らせないからさ」
「わかった、中で待っていてくれ」
そういって慧音は着替えてくるといい、家の奥へと姿を消した。
―――。
「これは・・・」
普段着に着替えた慧音を、竹林にあるみょうちくりん(別に掛けた分けではない)な物体の元へと案内した。
「どう?外の物ならちょっと詳しいと思ったんだけど」
「・・・」
重い色をしたそれを見つめ、慧音が何事か思案する。
「ふむ、確証はないが・・・」
「お?何かわかった?」
期待の眼で慧音を見つめる。
「多分これは『エレベーター』であろう」
「えれべぃたぁ?」
聞いた事もない単語だ。
「うむ、外にある世界の道具の一種だそうだ」
「へー」
「前に紅魔館の図書館で歴史書を探していた時に偶然見かけてな、どうも移動手段の一種らしい」
「え?これで移動するの?」
もう一度この『えれべぃたぁ』を注視する。
・・・どうみてもこんな重いものが動くはずがないと思うけど。
「いやいや、もちろんこれ単体では動かんし、移動も制限されているそうだ」
慧音が『えれべぃたぁ』に近寄って、ペタペタと手で触ってみる。
「これは建物・・・主にビルと呼ばれる場所につけられているもので、電気の力で動くものだそうだ」
「へー」
「移動は上下にしか動かず、しかし高いところまで数秒もせずに到達するという代物だそうだ」
「そんなの飛べばいいじゃんか」
「・・・普通の人間は飛べんぞ?」
「そういえばそっか」
「話を続けるぞ。このエレベーターの横に付いているこのボタンを押して扉を開けて、中に入る。
すると中に数字のついたボタンが備え付けられている。そのボタンを押せば自動で扉が閉まり、好きな階層までいけるのだそうだ。」
「へー便利だねぇ」
「外の人口の九割は、この道具を用いて生活しているのだそうだ」
慧音が備え付けられているボタンを押してみる。
・・・開かない。
「まぁ、電気が通っていないから当然開かないがな」
「ふぅん」
「まぁこれが幻想郷に流れ着いたということは、向こうではもっと便利な道具でも出たのだろう」
「例えば?」
「そうだなぁ、一瞬で目的地まで移動できる道具とかか?」
「瞬間移動ってやつ?」
「多分な」
・・・空を飛ぶより便利じゃなかろうか?
「ま、こんなものはあっても意味がないがな」
慧音がボタンから手を離し、スタスタをこちらに歩み寄ってきた。
「どうだ、納得したか?」
「まぁ何となく」
「そうか」
うんうんと頷く慧音。ただ私は謎な部分が色々と見えてきたが。
「っと、そろそろ戻らないと授業に遅れるな」
「あ、うん。悪いね時間を取らせて」
「別に構わんさ。お前はこの後どうする妹紅?」
「んー・・・もうちょっとこれを見てるよ」
「そうか、何かあったらまた気軽に声をかけてくれ」
「ありがとう慧音」
「あぁ、それじゃあ私は戻るよ」
そういうと慧音は来た道を戻っていった。
慧音の背中が消えるのを見計らって、もう一度『えれべぃたぁ』に目を向ける。
銀色なんだか鉛色なんだかわからないその物体に近づき、慧音がやったようにボタンを押してみる。
・・・ダメだ、開かない。
諦めて裏に回ろうとした時、もう一つボタンがあることに気がついた。
四角形のボタンの中に、一回り小さい三角形と逆三角形のボタン。
慧音と私が押したのは下向きのボタン。
今度は上向きのボタンを押してみる。
チン。
変な音がして、扉がガラリと開いた。
驚いて後ずさったものの、すぐに元の位置に戻る。
中を覗いてみると、人が数人やっと入れるほどの狭い空間が現れた。
恐る恐る、中に踏み入る。
土の感覚とは違った足触りと、カンカンという音が空間に広がる。
天井を見上げれば、明かりが点った箱が目に映った。
きっとこれはカンテラの様なものなのだろうか?
しかし電気が通っているらしいが・・・一体どこから通っているのだろうか?
壁をコンコンと叩く。固い感触が伝わった。
(慧音が言っていたボタンは・・・と)
入口を見ると、横に色々と数字が書かれたボタンらしきものが見えた。
近寄ってみれば、数字が下からB3、B2、B1、F、2、3・・・と続き、最後には60という数字で終わっていた。
BとかFは解らないにしろ、恐らくこれは60階まで行ける代物なのだろう。
・・・2階は見たことはあるが、60という数字はまるでない。
取りあえず、60という数字を押してみる。
ポォンと音が鳴って、今度はゆっくりと扉が閉じていった。
「おぉう」
・・・そのまま音もなく、開くこともなく、静寂だけが空間に残った。
することもないので、適当に数字のボタンを押してみる。
開けると書かれたボタンもあったが、押しても反応はなかった。
きっと60階に達するまで扉が開かないのだろう、不便だ。
仕方なく床に座り込む。鉄の床は、少々寒く感じた。
―――。
ぼーっと、天井を眺める。
どのくらいの時間が経ったのかすら解らない。
・・・。
・・・。
暇だ。
外の人間はこんなものを使っているのか。
いや、電気がない上に、きっとこれが完成品ではないからであろうけれど・・・暇だ。
何故人間は『えれべぃたぁ』なんてものを作ったのだろうか?ふとそんな考えがよぎる。
高いところなどわざわざ作らずとも、横に広げればいいのではないのだろうか?
別にこんな狭苦しい空間に、わざわざ入りたくもない。
第一高いビル(って慧音が言ってたっけか)など作って、意味などあるのだろうか?
そりゃあ、土地の場所も限られた所ならば解るかもしれない。
しかしこの国は広いと聞いたし、まして疎らに人がいる国だ。
幻想郷だって人間の集落は多いが、別に高い家など作っていない。
精々あって2階だろうか。それなら幻想郷の外ならもっと広いはずだ。
田舎ならば、何キロも離れている場所もある(って慧音が言っていた)そうだし。
歩く事が好きな私は、きっとそっちの方が向いている。
・・・人間もそんなにめんどくさがらずに、もっと歩けばいいのに。
果たして、そんなに高い家を作って意味があるのだろうか?
そしてこれは60階という果てしない数字だ。一体何をする場所なのだろうか?
横に家を広くすればいいのに。
外には長距離を移動できる『車』という道具もあるのに、どうしてだろうか?
そしてこの狭さ。どうにも窮屈でならない。
これを利用するのは1人2人ではないであろう。
きっと、ぎゅっうぎゅうに人が詰まっているのだろう。
その光景を想像してみて、ちょっと笑ってしまった。
しかし私が外の人間なら、階段を使って地道に歩いているだろう。
もっと良ければ、空を飛んでいるが。
そして何故、そこまでして高いところに昇ろうというのだろうか?
周りが自分の数倍高い家がゴロゴロしているのを想像して、ぞっとした。
こうして考えると、外とは奇妙な世界だ。
電話という代物は、離れている同士で会話が出来るそうだ。便利かもしれないが、会って話をする人が減っているそうだ。
パソコンという代物は、それ一つであらゆる情報が手に入るそうだ。それでも人とコミュニケーションがとれるらしい。
もっとも、一切パソコンの前から離れない人もいるらしいが・・・。
セキュリティなるものも存在する。家進入した犯人を知らせるための『けいほーそうち』らしい。便利ではある。
しかし人里で滅多に事件など起きないのに・・・外の世界は犯罪が多いらしい。
どれも慧音に聞いた事はあるが、私には理解できない。
幻想郷は良い。
人と人との触れ合いが多く、いつでも友人を遊ぶことが出来る。
会って馬鹿話をして、時にどこか遠くへと足を進めて冒険もできる。
何より自然が多い。
無何有の世界が広がる光景といったら、言葉に出来ぬほど素晴らしい。
こんな道具がありふれる世界ではなく、この自然の美しさが、私は好きだ。
―――。
チン、と音が鳴って扉が開く。
外を見れば、まだ数刻も経っていない様子だ。
外の自然あふれる光景が懐かしく感じた。
やっぱり、私にはここが一番なんだろう。
そう一人ごちて、よっと立ち上がる。
「あら?あんたここで何してるの?」
前を向けば、不思議そうな顔をした、にっくき蓬莱山輝夜が立っていた。
何故こんなところにいるのか?
「げ、お前か。何でいるんだよ」
「なによげ、って散歩よ散歩。というかあんた何でエレベーターに乗ってるのよ」
「お前これ知ってるのか?」
「えぇ、だって月にも似たようなのがあるからね」
なるほど。
・・・ふと、こんな質問をしてみた。
「なぁ」
「何よ?」
「お前はえれべぃたぁに乗ったことはあるか?」
「そりゃあね」
「何でえれべぃたぁに乗るんだ?」
輝夜がいぶかしむ顔でこちらを見据える。
「当然、高いところに行きたいからに決まってるでしょう」
「ふぅん」
「後はそうね・・・高いところから下々を見るのが楽しいからかしら」
・・・どうにも、やはりこいつとは色々合わないらしい。
「あっそ」
そういって私は、輝夜の横を通って外に出る。
「なによ、質問しといて後は用無し?」
「別に。ただお前とは一生分かり合えないと、再度確信したな」
「何それ?」
ちらりと、もう一度えれべぃたぁを見やる。
無骨な、自然と不釣り合いなそれにはもう乗ることもないだろう。
「ま、そいじゃあなー」
私はあいつの声を無視して、寺子屋へと向かう。
後ろから何事か叫んでいたが、一切無視して駈け出した。
今は昼時だ、きっと授業も一段落しているだろう。
今日は寺子屋の子供と遊んでみたい、そんな気分になった。
「まったく何よあいつったら」
ぶつくさと文句を言って、私も帰ろうとする。
・・・ふと、エレベーターを見据える。
「何故乗るのか、ね」
扉の開いたそれは、動く気配すらない。
「そんなの人それぞれじゃないの」
馬鹿馬鹿しくなって、今度こそ屋敷へと足を進めた。
「でも人間がエレベーターに乗るのは・・・」
チンと、後で音がした。
「生きるため、でしょうね」
扉が閉まる音がして、それきり何もなくなった。
Fin.
それはそれとして一ヶ所パソコンがパコソンになってますよー
幻想郷の人間が、夜中に爆音とともにライトを光らせて疾走する自動車をみたら
きっと腰を抜かすだろうな、とか考えた事はありますね。
エレベーターを使う理由は、そこに文明の利器があるから、とかじゃだめですか。ぐうたららしく。
自分はエレベーターに乗る機会がないのでわからないのですが、忙しい人が使っているイメージがありますね。
時間に追われ、時間に操られている。そういう人程エレベーターに乗るのではないのでしょうか?
仮に世界の人口が100分の1でもエレベーターは発達した…と思う
とまれ、おもしろかったです
横移動に比べて色々消費するものが少ないですし。
妹紅の言葉も頷けますが、ガラス張りのエレベーターから広い景色を見渡すのも、
また趣があって良いんじゃないかなー、とも思ったり。
なんでみんなあんなのに乗ろうとすんだろう?
しかしこれ妹紅に言わせるセリフでない気がします。
彼女が生きていた時代の貴族の家には、茶室みたいな狭い部屋がある。土地の価値だって理解できてるだろうし、幻想郷の危険性は身に染みてわかってるはずなのに。
最初は鉱山などにあるベルトコンベアよろしく、重要な施設や縦長にせざるを得ない建物のみにあったんだと思います。
そのうち一般に普及して利便性が証明され、逆説的にエレベーターがあるからもっと建物を高くしても良い。
高い所までもっと大きな荷物を運ぶ“必要”がある、といった具合に。空間だって有限なのに。
これはあくまで手段の問題ですね。概念としては多分保留にしておいた方がいい話題かもしれません。
それよりも何よりも、もこたんは上には動かず電気は点いてるだけの箱の中に籠もってただけですか!? シュールだ……
>>26さん
エレベーターは最初から娯楽みたいなもんでしたよ