Coolier - 新生・東方創想話

からかさじぞう

2010/11/03 23:11:42
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幻想郷の秋は終わり、冬の足音はすぐ側まで近づいていた。
コスモスが咲いていた道も、今は生命を感じることは出来ない。
吹く風は冷たく、空は暗く沈み、虫のように小さな雪が降っていた。

「もう冬なんだ……」

その道を小傘は一人歩いていた。息を吐くたびにそれは白く染まる。
どこかを目指しているというわけではない。
当てなんてどこにもなかった。
ただふらふらと風に吹かれて、誰か自分を必要としてくれる者がいないか。
それを探して、今日は見つからずにいる。

「はあ……」

もう一度溜息を付き、空を見上げる。
灰色の空は重くのしかかるように蓋をしていた。

「ってわあぁ!」

視線を上げていたのがよくなかった。
何か固いものに足を取られた小傘はそのまま転んでしまう。

「痛ッ! もう、なんなのさ!」

涙目になりつつも、それを睨みつける。
雪をかぶった小さな柱のようなそれは一見何かわからなかった。
被った雪を払うと灰色の表面が見えた。

「……お地蔵さん?」

触れると冷たさを返してくるそれは顔をうずめるように倒れていた。
表面の風化具合から大分昔からここにいたのだろうか。
小傘は重さに苦労しながら頭の部分を持ち上げると、はらはらと土が落ちる。
冷たい体を立て直し、顔にこびりついた土をほろってやる。

「……あなたは一人?」

小傘は変わらない表情にそっと手を添える。
自分と同じようにずっと一人で過ごしてきたのだろうか。

「雪、冷たくない?」

地蔵は何も言わない。

「止むまで、傘貸してあげる」

小傘は地蔵を傘の中に入れると、そのまま隣にしゃがみ込む。
こんなことをするのは、同族意識か、それとも見返りを求めているのか。
こんなことをしても、自分が施してもそれが返ってくることなんて無いのに、僅かにそれを期待している自分がいる。
自分にも手をさしのべてくれる人がいるんじゃないかと、思ってしまっている。
この地蔵もそう思っているのかはわからない。
物は思考することもないし風の冷たさだってわからない。

だけど、感情はあるんだ。大事に使ってもらえば嬉しい、捨てられたら悲しい。
付喪神にならずとも意思はある。そういった道具とも自分は会話したこともある。
何も言わないこの硬い表情の下には寂しさがあるのかもしれない。
それを私が少しでも忘れられさせてあげることが出来ればいい。
それが単なる自己満足でも。

「いつまで降るのかな……」

地蔵は何も言わない。



静かに降り続ける雪をぼんやりと眺める。
どれくらい時間がたったのだろう。雪はもう少し降りそうだ。

「ふう……」

吐くたびに白くなる息で手を温める。
付喪神はあまり気温の変化に敏感ではないので、寒いとは思わない。
肉体よりも精神が脆弱な妖怪の体が冷えるのは、心が冷めたとき。
心が冷え切ってしまえば、生きていくこともできず、意味もない。ひっそりと消えていくだけ。

小傘は地蔵に視線を向ける。
今まで私の体は冷えたままだった。
だけど、誰からも相手にされなかった私の手を温めてくれる人がいた。
彼女は意地悪で苛めっ子だけど、本当は照れ隠しだってわかってる。
それを指摘すると顔真っ赤にして否定して怒るけど、そんなところが可愛いと思う。
そんなこと言ったら、きっと怒鳴ってくるだろうな。林檎みたいに頬を真っ赤にして。
その光景が容易に想像できてしまい、小傘は思わず吹き出してしまう。

「……ねえ、私は今すごく暖かいよ」

隣の地蔵にそっと触れる。
冷たいその眼は今まで何を見てきたのだろうか。

「昔は一人だったけど、今は違う。大好きな人もいる。だから」

私の温度をあなたにもあげたい。私がもらったみたいに。

「お節介……かな」

照れくさそうに小傘は頬を掻く。

地蔵は

「いいえ、とても嬉しいですよ」

何も

「えっ?」
「こんにちは、小傘ちゃん」

言わなかった。

「早苗……」

小傘の背後に立っていたのは優しく微笑う早苗だった。
赤いマフラーを巻いて、胸には大切そうに紙袋が抱かれていた。

「優しいのは結構ですが……風邪引いちゃいますよ」
「私は平気だよ、早苗がいるから」
「……どういう意味なのかよくわかりませんが。ともかく」

早苗は咳払いをすると、紙袋を突き出す。
視線を小傘から逸らして耳が赤い。
寒かったからかな。
小傘は怪訝に思いながらも紙袋を空ける。

「これって……マフラー? 私のために作ってくれたの?」
「余っただけですよ。気に入らないなら返してください」
「ううん。ありがとう早苗」

小傘が心からの感謝と笑顔を向けると、早苗はマフラーに顔をうめて、何かボソボソと呟く。
それを見て小傘の頬は緩んでしまう。
余ったなんて嘘だろう、こんな茄子色のマフラーなんて作るはずがない。
誰かにあげるつもりがなければ。

「……なに笑ってるんですか」
「別に?」
「……ふん」
「あ、早苗。もう一本マフラーない?」

そう訊かれた早苗は不思議そうに首をかしげる。
この場にいるのは二人だけだが、自分はマフラーしているし、誰かにあげるつもりだろうか。

「私のでよかったら……」
「ありがと。じゃあ、この子にもあげて」

この子?
小傘が指さしたのはただの地蔵なのだけど……。

「これって、お地蔵さんですよね?」
「そうだけど、この子も一人ぼっちで冷え切ってるからあっためてあげたいの」
「はあ」
「そ、それに。付喪神になったときにお礼に来るかもしれないよっ」

いまいち小傘の言っていることが理解出来ない早苗だったが、彼女が必死だということ、本当に心配していることはわかった。
早苗は息を吐くと、軽く小傘の頭を撫でる。
やわらかい髪を撫でられるたびに小傘はくすぐったそうに身体を震わせた。

「唐傘地蔵ってことですか? それは期待できますね」

早苗はマフラーを外すと小傘に手渡す。

目を輝かせた小傘は不器用ながらも地蔵にマフラーを巻くと、満足そうに笑う。

「はい! これで寒くないよ!」
「きっと喜んでくれますよ」
「うん! ……あ、けど早苗は寒くない?」

小傘は心配そうな眼差しを早苗に向ける。

「大丈夫ですよ。寒いのは慣れてます」

気丈に言うが、細く白い首元を風がなぞるたびに身体を震わせていた。

「あ、じゃあさ」

小傘は隣りに座るように動作で示す。
早苗が素直にそれに従うと、自分ごと巻き込むように彼女にもマフラーを巻く。

「こ、小傘ちゃん?」
「ほら、これなら寒くないよ」

えへへ、と楽しそうに笑う小傘の顔がすぐ側にある。
それを意識すると鼓動が早鐘のように鳴って、身体が芯から熱くなる。

「ほら、もっとこっちに来てよ。お地蔵さんがはみ出ちゃう」

耳元で囁かれると吐息が耳に当たって、くすぐったくて恥ずかしくて。
だけど、少しだけ嬉しい。

「……こうですか」
「もっと」
「……これで」
「まだまだ」
「……これなら」
「駄目駄目」
「……ええい、これでいいですか!」

半ばヤケになった早苗は思い切り小傘に密着する。
どうせこの場にいるのは二人と地蔵だけだ。
やっと満足したのか、小傘は満面の笑みを浮かべる。

「うん、いいよ。暖かい?」
「……言う必要がありますか」
あさっての方を向きながら早苗はぼそぼそと呟く。
そうだね、と小傘は微笑って、

「ねえ」

小傘は地蔵に問いかける。

「あなたも暖かい?」

地蔵は何も言わなかった。
温めてもらった手は、他の誰かを温めるためにある。




ここまで読んでいただきありがとうございましたこがさちゃん可愛い
すねいく
https://twitter.com/kitakatasyurain
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コメント



0.3220簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
ほっこりと温まりました!
6.100スポポ削除
久しぶりにかなり深いところまでときめいた。この短さで見事なものよ。
9.100名前が無い程度の能力削除
こがさちゃんマジ可愛い
こがさな万歳
11.100KASA削除
ひゃっほおぉぉおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉぉッ!!
12.80名前が無い程度の能力削除
いいねぇ
17.100名前が無い程度の能力削除
落ち着いた小傘ちゃんもかわいいな
24.100名前が無い程度の能力削除
こがさな神
31.100名前が無い程度の能力削除
これは神。
素晴らしいこがさな。
33.100名前が無い程度の能力削除
心に沁みる暖かさでした。
37.100ぺ・四潤削除
恐らく今までの中で一番幸せな気分になれたこがさなでした。
短いながらもお互いの愛が存分に感じられてよかったです。
誰かに漫画化してもらって読んでみたいですね。
39.100名前が無い程度の能力削除
ちくしょー、かわいいなっ!
40.100名前が無い程度の能力削除
ほっこり
41.100名前が無い程度の能力削除
かくして、世にも珍しい砂糖吐き地蔵が誕生するんですね。
雪が止むまでバカップルに挟まれるお地蔵様に黙祷、と同時にパルパル。
45.100名前が無い程度の能力削除
暖かいな~
50.100名前が無い程度の能力削除
後の裁判長である
51.100名前が無い程度の能力削除
短いのに内容がきっちりまとまってるとは素晴らしい
こっち系統のジャンルの作品の中でもかなり良作だと思いました 心がぽかぽか
56.100タカハウス削除
温かいです、心がこう、ぐっときました。
こがさなに目覚めました、ありがとうございます。
59.100名前が無い程度の能力削除
これは良いこがさな
61.100名前が無い程度の能力削除
これはやばいよこがさないいよ!
86.100絶望を司る程度の能力削除
こいつはスゲェ!砂糖以上の甘さがするぜ!
88.100名前が無い程度の能力削除
いいこがさなだ