Coolier - 新生・東方創想話

ブルーベリーチーズケーキのレシピ

2010/11/01 23:43:16
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 からんからんと音を立てて、
 喫茶店出入口の扉上部に取り付けられた、ドアベルが揺れる。

 すでに店内のテーブルの一画に座り、ティーカップを口元へ運んでいた少女が
 それを耳にして、来店客の顔を一瞥する。
 二人の視線が合い、新しい来店客は少女の座るテーブルへと歩み寄っていく。

「2分31秒の遅刻だわ」
 先に来て座っていた、メリーと呼ばれる少女が声をかける。

「いやあ、御免御免」
 後から来た客が帽子を取る。
「電車にバスと連続して遅れるなんてね、未曾有の事態が起きたもので」
 帽子を取った、蓮子と呼ばれる少女が、椅子を引いて向かいに座る。

「私は遅れてないんだけどね」
 メリーがティーカップを置いて横に退ける。
「蓮子は私ほどにはこの逢瀬が楽しみでは無いんだわ」
 メリーがスカートからハンカチを取り出し、よよよ、と泣き芝居を始め、
 蓮子がそれに苦笑する。

 そうして蓮子が自分の飲み物を注文したところで、
「実際、そこまで深刻な話ではないのだけど」
 と前置きして、メリーが話を切り出した。
「蓮子がこうして待ち合わせに遅れることは少なからず私の気持ちを沈ませるのよ」

 メリーの雰囲気が変わったのを察し、蓮子が居住まいを正す。
「なに?いつものカウンセリング?」
「そうね、いつものカウンセリング」
 そう言ってメリーは横に避けていたカップを取ってひとくち啜り、
 カップを戻して話の続きに入った。

「蓮子…私にとっては世界の領界があやふやなまま長らく一人で居たところへ
 突如として蓮子が現れたのよ。劇的な出会いだったわ」
 メリーの台詞に蓮子が鼻先を掻きながら照れる。
「…私にとってもそうよ」

 メリーが話を続ける。
「私の眼の能力は境界を見ること。だから、もし…気を悪くしないで聞いてね?
 もし、私が…同じような眼の持ち主を求めて、能力でもって境界を超えて
 蓮子を見つけたとしたら?」
 メリーは再び自分のカップを取ると、残りを飲み干し、皿に戻した。
「今が私の夢で、夢から覚めれば私は蓮子の居ない、秘封倶楽部も無い世界に
 逆戻りするかもしれない。そういう危うさが今の関係にはあるわ」

 話を聞いて蓮子が腕を組む。
「それは…メリー主体説ね。メリーの目が覚めれば私からも会えなくなって
 サークル活動ができなくなると。確かにそれは問題だわ」

「仮定の話であっても、そんな不安材料を抱えているのよ。だから
 蓮子が時間に遅れるたびに、もう私は夢から覚めたのではないか、
 なんて思いをしながら待たなくてはいけないのだわ」
 メリーはそう言ってすっとテーブルの中央に向けて手を伸ばし、

「だから」
 そしてテーブルに置かれていたメニューを手に取り、くるりとひっくり返した。

「パートナーにそんな心配をさせた埋め合わせとして
 追加の注文をおごるくらいしてくれても良いと思うのよね」
 そこには
『ケーキセットサービス
 飲み物代+¥200
 14:00~17:00のみ
 追加料金でA~Dよりお好きなケーキ1品追加』
 と書かれていた。

 突然の展開に呆気にとられ目を丸くしていた蓮子は、やがて我に返ると
 くっくっと笑った。
「そんな美味しそうなモノ、私だって食べるわ」
 蓮子は手を上げて店員を呼ぶと、追加注文としてケーキセット2人分に変更する旨を伝えた。

 店員が来てメリーのカップを下げ、代わりに2人分の飲み物とケーキのセットを置いて
 去ったところで、今度は蓮子が口を開いた。
「メリー、あなたは今会ってる私が夢の住人かもしれないと言うけど、私にだって同じ事だわ」
 そう言って蓮子がフォークでケーキの端を切る。

「望まぬとは言えあなたがぶらりとどこかへ行ってしまって」
 フォークで刺して口へ運ぶ。
「このまま帰ってこなかったらどうしよう、とか不安に思わない訳でもないわ」
 口の中にケーキを入れて咀嚼する。そしてカップを取って紅茶を飲んで流し込む。
 メリーもケーキを食べながら蓮子の話を聞いている。

「だから、メリーの方から私に逢う事を望むように、私に気を引くように、
 焦らすために遅刻の時間を作るのは必要不可欠なのだわ」

 そこで2人が沈黙し、客の少なかった店内は有線から流れる音楽に包まれる。
 それにかすかにカリカリと小さな音が混じり、店内に響いている。

「そう…」
 沈黙を破ったのはメリーで、そのままテーブルに身を乗り出し、
 手を伸ばして蓮子の頬に指で触れた。

「やっぱり意図的に遅れて来てたわけね?」
 触れた指で頬をぎゅっと掴み、このやろうとばかりにギーと引っ張り上げる。

「ひたたい」
 メリーの指に引かれ、蓮子の柔らかそうな頬が伸び、顔の輪郭が変形する。

 そして少し引っ張ったあたりでメリーが指を離す。
「おー痛た」
 蓮子がかすかに朱のさした頬をさすり、それを見てメリーが深くため息をつく。
「そういう理由だとすると、遅刻をやめる気はない訳ね?」
「ないわね」
 蓮子が紅茶を取って一口すすり、イチチと言って息をかけて冷ます。

「ふーん、でもそれだと、蓮子のおごりでこの店のメニュー全制覇してしまう、か、も」
 トン、と、テーブルに置かれたメニューの上に、人差し指を着いてメリーが不適に笑う。

 カップに息を吹いていた蓮子は、その台詞を聞いてぎょっとした表情を浮かべる。
「ちょっ、遅れる度に私におごらせる気?」
「当然ね」
 澄ました表情で紅茶を飲むメリーを見て、
 蓮子はテーブルに突っ伏して頭を抱えた。
「メリーの方がお金持ちのはずなのに苦学生にたかるとは…」

 蓮子はそのまま顔を伏せ、しばしウォォ…と呻いていたが、
「まあいいわ、サークル活動の経費の内だと思えば」
 と気を取り直した面持ちで顔を上げた。
 メリーにはこの言葉は意外だったようで、
「え、このサークルってどっかから出資でてるの?」
 と訊ねた。

「そういう訳ではないけど、気分の問題」
 蓮子も先ほどのメリーのように澄ました顔で応え、紅茶を飲んだ。
「気分の問題でいいの?」
「いいのよ」

 それから二人は各々のケーキをつついていたが、
 ふとメリーが動かしていたフォークを止めた。
「ねぇ蓮子、さっきの気分の問題って…」
 ケーキに集中していた蓮子が目線を合わせる。
「ん?」
「いや、やっぱり何でもないわ。…カウンセリングありがとう。少しは楽になったわ」
「どういたしまして」

 そうして二人はティータイムセットを平らげ、席を立った。
「メリー」
 伝票を取る時に、蓮子が声をかけた。
「仮にこれが夢だというならまた続きを見ればいいのよ。
 メリーがここにその価値ありと思うのならね」

 そうして二人は扉を開けてドアベルを鳴らし、店から出ていった。

 メリーと蓮子という名の二人が去り、店の中は静かになった。
 
 それからしばらくの間も、カウンターの向こう側で、鉛筆を紙に走らせていた、

 わたしは、

 もう常連となった二人の少女から着想を得た
 新作ケーキのレシピを書き終えて、鉛筆を置いた。

 しばらく前からこの店はあの少女たちの待ち合わせ場所に選ばれたらしく、
 月に何回か彼女たちが来るようになった。

 カウンター奥からでは話している内容は詳しく聞き取れずよく解らないが、
 思春期の少女にありがちな他愛ないやりとりをしているのだろう。

 それよりも二人はお互いの名前をとにかく頻繁に呼び合っていた。
 それでこちらも名前を覚えてしまった。

 わたしはメモ書きを片付けながら思う。
 
 あの少女たちはいつまでこの店に来るだろうか。

 見たところ彼女たちはどこかのカレッジの生徒同士のようだった。
 いずれ学校を卒業する日も来るだろう。
 卒業後にこの街を離れるとなれば、この店にも来なくなるだろう。

 あるいは、卒業後もこの街に残る選択をするかもしれない。
 しかしそれとて、彼女たちが所帯に入り、家族と過ごすようになれば、
 いま少女でいる時間ほどには頻繁に会えなくなるだろう。

 彼女たちはあとどれだけのあいだ、少女でいられるだろうか?

 それとも彼女たちはとても仲睦まじい様子だったから、
 将来も変わらずに付き合っていくのだろうか。

 そしてわたしもこの店も同様に、この先どれだけの
 来店客を迎えることができるだろうか。

 わたしは手元のレシピからケーキの完成を想像しながら思う。
 彼女たちがこれを口にすることがあれば、自分たちがモデルだと気付くだろうか。
 
 ブルーベリーのソースとチョコレートの台座に隔たるクリーム生地を、
 二つを阻害していると見るか、二つを繋いでいると見なすか、どちらだろうか。

 案外、見られていたことを気にして、もうこの店には来なくなるかもしれないが。

 もしできることなら、紅茶や洋菓子にせよ、店の雰囲気にせよ、
 彼女たちの関係を繋いでいけるような場所を提供していきたいものだ。

 そんな風にして諸々のことを考えながら、

 わたしは、
 今日もこの冥い街で、
 喫茶店を営んでいる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

@ブルーベリーチーズケーキ
1.チョコレートクッキーとマカダミアナッツを細かく砕き、
  溶かしバターとレンゲ蜜少量を混ぜ、型に敷き詰め、オーブンで焼く。
2.ゼラチンを水で戻し加熱。
3.クリームチーズを加熱後クリーム状まで混ぜてから
  砂糖とレモン汁とヨーグルトを混ぜ込む。
  さらに2のゼラチンを加えて混ぜる。
4.生クリームを泡立て、3のクリームチーズをこして加えてへらで混ぜる。
5.1で作った台座を型に入れたまま、クッキー生地の上に4のクリームを流し入れ、
  冷蔵庫で冷やす。
6.種無しブルーベリーに砂糖を加えて加熱。火を止めてローズエッセンス1滴を加える。
7.5が冷えたら取り出し、クリームの層の上に6のブルーベリーを流し、再び充分に冷やす。
8.型から出して完成。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
読み終わって下さってありがとうございます。

以前から東方での二次創作を書きたいとは思っていたものの、
生来の遅筆性と話の長さ故になかなか書き上がらず、
もっと短い物で何か書けないか?とネタ探しをしていました。

それで、「蓮子はなぜいつも遅刻をするのか?」という題材を選んだのですが、
それだけでは素材が少なく、しばらくのあいだネタを鍋に放り込んで煮込むことにしました。

それから月日が経ち、今年(2010年)の夏の某日にパンとケーキをムッシャムッシャ食べており、
その時に食べてたケーキから今回の話を思い付いたのです。

ただその時点では終盤で出てくる仕掛けがアリなのかどうか判らず、
資料を調べるのも兼ねて秘封CDを読み/聴き返していました。
そうしたら卯酉東海道ですでに本家がやっていたので、アリだという結論に達しました。

とりあえずなんとか1作は書き上げたので、次回投稿できるのが何カ月先かは分かりませんが、
次の話に取りかかりたいと思います。
なかもと結
[email protected]
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コメント



0.740簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
SS,何気ない日常がどれだけ続くのか、そして自分はどこまで続けていけるのか、日常にあるせつなさをうまく見せていただきました。ありがとうございます。

欲をいえば、最初の夢のくだりがもうちょっとわかりやすかったらと思います。

お菓子作りが趣味なのですが、ブルーベリーのソースに一滴ローズエッセンスを加えるのが面白そうと思いました。

次回作お待ちしています。
7.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです
9.90奇声を発する程度の能力削除
こういう何でもない日常が何時までも続くと良いなぁ
10.70名前が無い程度の能力削除
読み終えて心がやんわり寛ぎます。やさしいお話ですね。

蓮子とメリーの会話が、「わたし」の思うように「他愛もない」やりとりではない、というところが面白くて、そこをもっと際立たせてもよかったかな、と思います。
14.100名前が無い程度の能力削除
予想外の登場人物に驚きました。
この世は移り行くもの、だから出会いがあり別れがあるのは当然の理。
それでも、二人の常連の少女が来なくなるのは少し寂しいのです。
しばらくは変わらないであろう日常が続くことを願って、
つい、今週末はちょっとケーキでも作ってみようかなんて思っちゃいました