「うおぉぉー! 藍しゃま可愛いよー!」
「もふもふさせてくれー!」
「藍しゃま藍しゃま!」
男どもの熱狂的な視線を浴びるのは、八雲藍。
八雲家のお母さん的存在である。
「ゆ、紫さまぁ……」
その藍は今、見事に怯えきっていた。
そんな藍を見て、八雲紫は恍惚とした表情を浮かべていた。
博麗神社。幻想郷と外の世界の境界にある神社である。
そこに行き着くまでは、妖怪の跋扈する道を進まなくてはいけないため、治安のよくなった幻想郷といえども、好き好んで博麗神社に参拝に来ようとする者はいなかった。
とはいえ、全くの来訪者がないかといえばそうではなく、日がな妖怪や、妖怪じみた人間などがちょくちょく顔を出すくらいの人望を博麗霊夢は有していた。
そんな神社での一コマ。他愛のない会話から、日常というものは始まるのであった。
「ハロウィン?」
「そ、ハロウィン」
聞きなれない単語だ。霊夢は思った。
「何それ」
霊夢の疑問に、八雲紫は答える。
「外の世界の、さらに外の国の文化よ。化け物に扮装した子どもたちが他所の家を回って、お菓子をもらうの」
「躾がなってないわね」
「いや、そういうイベントだから……」
霊夢に突っ込みを入れたのは霧雨魔理沙。普通の魔法使いである。
「あら、魔理沙はハロウィンを知ってるのね」
「まあな。流れてきた外の世界の本なんかも結構読んでるし、他国の文化には結構詳しいぜ。第一、魔法なんてもろに外国のもんだしな」
「なるほどね」
「それはともかく」
霊夢が話を戻す。
「なんでいきなりそんな話を?」
「宴会の理由になるでしょ?」
紫は、パチンとウィンクをしてみせた。
「ごめん、どういうこと?」
「物わかりの悪い子ね」
「待て待て紫。ハロウィンを今知ったばかりの、物わかりの悪い霊夢にそれは可哀そうだろ。ここは魔理沙様が懇切丁寧に説明してやる」
「お前ら……」
魔理沙は、ごほんと咳払いをする。
「さっき紫も言ったが、ハロウィンとは外国の文化だ。年に一度、この季節になると子どもたちはお化けやドラキュラの仮装をして、民家に押し入る。そこでこう言うんだ。『トリック・オア・トリート』ってな。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞって意味だ。で、大人は子どもにお菓子を分け与える」
一息に捲し立てた魔理沙は、ぴっ、と人差し指を立てた。
「と、ざっとこんなイベントだ。理解したか?」
「うん、どんなイベントかはわかったんだけど、それで紫は私たちに何をさせようってのよ」
「本当に物わかりが悪いな。私たちがハロウィンに則って、仮装をしみんなの家を回る。勝手知ったる他人の家だ。どこに何があるかなんてお見通しなわけだ。つまり、イベントに託けて好きなもん盗ってこいってことだ。間違えた、借りてこいってことだ。違うか? 紫」
「全然違うわよ」
「だと思ったぜ。ここからは紫が説明する」
「なんで偉そうなのよ」
紫はやれやれ、とため息を吐き、気を取り直す。
「まあ、勝手知ったる、までは大体合ってるわ。二割くらい」
「八割間違いね」
「二割正解だぜ」
「勝手知ったる幻想郷、だけどね。つまり、ハロウィンイベントを満喫する片手間、今日の宴会を知らせてくれば一石二鳥じゃない」
「おお、そいつはいいな。冬もそこまで迫ってきてるし、一丁景気よく飲んでスタート決め込むか」
「ま、私は飲めれば何でもいいわ」
「決まりね。たまには準備くらいするから、あなたたちはハロウィンを楽しんできなさい。どうせ後片付けは霊夢がすることになるんだし」
「毎度のことだな」
「手伝え」
いつも通りの日常の始まりだった。
それでも、霊夢も魔理沙も、そして紫も、その日常を楽しんでやろうという目をしていた。
「ま、じゃあ行ってきますか合法的にお賽銭を徴収できるんだしね」
「お賽銭って徴収するものなのか?」
「誰も入れないんだから、徴収するしかないじゃない」
「そういうもんかなぁ」
「そういうもんよ」
そんな二人のやりとりを見つつ、紫は優しげに微笑んだ。
「夕時くらいには戻ってくるのよ。それまでには準備しておくから」
「あんたはお母さんか」
「へいへい」
そうして、二人は秋の空に向かって元気に飛び出していった。
手を振り見送る紫の顔から笑みが消えたのは、二人の姿が見えなくなってからだった。
「さて…………藍」
「は」
隙間から姿を現したのは八雲藍。九尾の狐である。
「あなたには色々と手伝ってもらいたいことがあるの」
「何なりと」
「まずは――」
神社を出た霊夢は、お金を持っていそうなところから回るか、と永遠亭にやってきていた。
「トリック・オア・トリート(弾幕か、お賽銭か。好きな方を選べ)」
「な……」
カチャリ、と鳴るはずのない音を鳴らし、霊夢は大幣を鈴仙のこめかみに突き付けた。
「なんですかその物騒な括弧書き! ただのカツアゲじゃないですか!」
「ハロウィンってそういうイベントらしいわよ?」
「えぇぇ……何その物騒なイベント……聞いたことない……」
「お賽銭をくれなかったらぶっ飛ばしていいイベントだって紫が言ってた(ような気がする)」
「霊夢さんそれ絶対自分にとって都合のいいように解釈してる」
「で、どうすんの?」
「そんなのもちろん――」
ジャキ、と鈴仙は指を構え、答える。
「――トリックです!」
「でしょうね! 懲らしめてやるわ!」
「何も悪いことしてないんですけどね! まあいいわ、月の狂気に震えなさい!」
そうして、竹林の静寂が破られた。
一方、魔理沙は紅魔館へ来ていた。
勝手知ったる幻想郷。勝手知ったる紅魔館。魔理沙はすいすいと妖精メイドの弾幕を潜りぬけ、大図書館へと向かった。
図書館内に設置されてある、対魔理沙用防衛システムを次々に破壊していき、奥へと進む。
「そこまでよ!」
魔理沙の侵攻を止めるべく、パチュリー・ノーレッジが現れた。
「トリック・オア・トリート(本、借りてくぜ)」
「有無を言わせなさいよ。それじゃあただの強制負けイベントじゃない。ふざけんじゃないわよ」
「別にふざけてなんかいないぜ。忠実にハロウィンを楽しんでるだけだ」
「ハロウィンに謝りなさい。もちろん、本は渡さないわ」
「じゃあ、トリックの方だな」
「トリックは何をしてくれるのかしら?」
魔理沙は口端をつり上げ、言う。
「本を借りてくのさ!」
「だと思ったわ!」
そして始める弾幕勝負。
いつも通りだった。
日も傾きかけた頃、幻想郷を粗方回り終え、集めた戦利品にほくほくしながら霊夢と魔理沙は神社へ戻ってきた。
霊夢の笑顔が凍りつく。
「な、なによこれ……」
「ほう……」
霊夢と魔理沙を出迎えたのは、味噌汁の匂いや紫お母さんの暖かい笑顔などではなく、境内にでんと佇む巨大なステージだった。
「ゆ……」
ぷるぷると震える霊夢、そして――
「紫ぃーっ!」
キレた。
「はぁい」
そんな霊夢に臆することなく、紫は平然と姿を現した。
「どういうことなのこれは!?」
「見ての通りだけど」
「なるほど、わかったわ」
「わかってくれたのね」
「ええ、よぉくね……」
ぎゅっと拳を握る霊夢。
「つまり、ぶっ飛ばされたいわけね」
「乱暴な子ねぇ。ちょっと落ち着きなさいよ」
「神社に得体の知れないものをでんと置かれて落ち着いてられるか!」
「まだ完成してないのよ。手伝ってくれない?」
「知るか!」
「まあ聞きなさいな。今回こんなステージを用意したのは、ハロウィンイベントということで、大々的に宣伝して人間の里からも観客も呼び込もうと思ってるのよ。プリズムリバー三姉妹や、ミスティア・ローレライ、それからサプライズも用意してるわ。今、橙が一生懸命ビラ配りをしているところ」
「いいから片付けろ」
「聞きなさいな。入場料を取るのよ。それで、場所代として霊夢に何割か払おうと思ってるのだけど」
「工具はどこ? 時間がないわよ!」
「わかってくれて嬉しいわ」
紫はにこりと笑った。
「わかりやす過ぎるぜ……」
そんなやりとりを見て、魔理沙は呆れたようにつぶやいた。
トンテンカン、と音が鳴り響く。
霊夢は作業を手伝うべく、音のする方へ向かった。
「あれ? 藍じゃない」
「やあ、霊夢。手伝ってくれるのか?」
霊夢が向かった先には、いそいそとステージを建てている藍の姿があった。
暦の上秋だが、昼間の日射しは強い。厚手の装束を纏った藍は、日中からずっと作業していたのだろう、額には玉のような汗が浮かんでいた。前髪がぴったりと張り付いていることから、相当の労働だったことが窺える。
さすがに暑いのか、袖は捲っている。だぼだぼの袖口から伸びる細い腕も、しっとりと汗で濡れている。
「うん。そうなんだけど……あんた、一人でここまで建てたの?」
「ああ、そうだよ」
手を休め霊夢に向き合う藍。ちょうどいい休憩だと思ったのか、工具を置き、背中をポキポキと鳴らしている。
ゆったりとした装束の上からでもわかる女性の流動的なラインが霊夢の嫉妬袋を刺激した。
つんと張る豊満な胸と、運動で上気した顔がなんとも艶っぽく、健康的であった。
「あんたも大変ねぇ」
霊夢は素直な感想を漏らす。それに対し、藍は笑って応えた。
「はは、今に始まったことじゃないさ。どんな命令でも、主の言うことなら聞かなければいけない。それがつらいところでもあり、誇りでもある」
「そんなもんかしらね」
「そんなもんさ。今回はサプライズもあるみたいだしね。珍しく紫様がはしゃいでたよ」
「ああ、さっきも言ってたわね。サプライズって何?」
「それが、私も聞かされてないんだ。よっぽど自信があるようでね、聞いても『それは本番のお楽しみ♪』としか返してくれない」
「変なこと企んでるんじゃないでしょうね、紫のやつ……」
「あはは……否めないな……」
藍は霊夢の言うことに苦笑いをするしかなかった。
「さて、急いで仕事を片付けちゃおう。スタートは日が暮れたららしいから、もうあまり時間がない」
「はいはい」
そして、夜がやってくる。
結果から言うと、里の人間を交えた宴会は大いに盛り上がった。
ステージの他にも、ハロウィンならではの装飾がそこらかしこにされている。妖怪跋扈する夜の神社に、カボチャ、コウモリ、ウィルオーウィスプの人形なんかも浮かばせてある。黒に近い群青の空の下、博麗神社はおどろおどろしく、いつもと違ったにぎわいを見せていた。
元より種族の垣根など気にしないような輩ばかりの幻想郷住人、その中の酒飲みが集まったのだ。盛り上がるなという方が難しかった。
ある者はプリズムリバー三姉妹の幻想的な音色に酔いしれ、またある者はミスティア・ローレライの鈴のような声に聞き惚れた。
一通りのプログラムが消化され、ステージのライトが落とされる。
人間も妖怪も、さあ飲み直すかとステージから意識を外した時、キィィン――と機械的な音が境内に響き渡った。
「あーあー、マイクテスマイクテス」
にとり特性マイクを持ち、紫はステージの上で口を開いた。
「皆様、本日はこのような場所にお集まりいただき、まことにありがとうございます」
「このような場所ってどういう意味だ!」
霊夢ががなるも、紫はそれを無視して進行を続ける。
「プリズムリバー三姉妹の演奏、及びミスティア・ローレライの歌声はお楽しみいただけたでしょうか」
紫の問いに、会場にいる面々は歓声を以って肯定の意を示す。
紫はその様子を見て満足そうに頷いた。
「ありがとうございます。そして、本日はサプライズイベントを用意しております」
紫はステージの袖の方を向き、スタッフとして待機している藍を見つけた。
「藍、こっちに来なさい」
「はえっ? 私ですか?」
「そうよ。早くいらっしゃい」
自分が出ていくことになるなんて全く予期していなかった藍は、ただただ疑問を頭に浮かべながらもステージに立った。
「おおぉ……」
「尻尾がいっぱいある……」
「ふわふわしてるぅ~」
「う……」
大勢の人間の前に立つことなどない藍にとって、それは一種の罰ゲームであった。
(見られてる……)
何かよくわからないが、とにかく恥ずかしい。
そんな思いがいっぱいになり、藍は頬を紅くして捲し立てた。
(ちょっと紫様、どういうつもりですか! 私、聞いてませんよ!?)
(あら、だって言ってないもの。言ったでしょ? サプライズだって)
(ああもう、言ったのか言ってないのかわかりづらい言い方しないでください! 大体私に対するサプライズをしてどうするつもりなんです! 観客のみんな、期待して待っちゃってますよ!?)
(それは――藍、あなたが楽しませるのよ)
(は?)
紫は藍に向かって、にこりと微笑んだ。
ぞくり。
そう形容する他にはない。紫の笑顔を見た瞬間、藍はどうしようもなく嫌な予感がした。
慌てて紫の行動を止めようとする。
「ちょ、ちょっと待――」
「えい、ちちんぷいぷい♪」
止めたら止まる主人を持っていたら藍も楽だっただろう。
紫はくるくる、と指を回し、呪文を唱える。すると――
ぼふん、と藍の周りを煙が覆い、姿が見えなくなる。
「わぷ! な、なに!?」
煙の中から聞こえてくるのは、もちろん藍の声。しかし、それはどこか高い声で……。
「けほっけほっ。何するんですか紫さまぁ」
「藍、自分の姿を見てごらんなさい」
「へ? うわぁ!? なんですかこれぇ!」
藍の姿は紫の腰ほどもない小さな女の子になっていた。
おおお!!
観客からどよめき、そして歓声が上がる。
「ついでにえい、古今東西♪」
「まだあるんですか!? ていうかそういうネタは危ないからやめてください!」
再び紫は指をくるくると回す。
そして出来あがったのは、カボチャの帽子を被り、マントを羽織った、ハロウィン姿をしたお子様狐だった。
紫はマイクを口元に、再び観客に話し始めた。
「皆様、ご覧ください。こちらは私、八雲紫が式、八雲藍でございます。そして今宵はハロウィン。本日最後のプログラムは、八雲藍メインボーカル、プリズムリバー三姉妹伴奏、ミスティア・ローレライコーラスの即席ハロウィンソングで締めたいと思います」
「え、ちょ、聞いてな……!」
紫は構わず続ける。
「そして皆様、お気づきでしょうか。ハロウィンと言えばカボチャ。つまり、ジャック・オー・ランタン。そしてこちらにおりますのが、ロリっ娘狐の八雲藍。つまり――」
紫は爽やかな笑顔で言い切った。
「ジャック・オー・藍たんです!」
「あんたそれが言いたかっただけかぁぁぁあああ!!」
思わず藍は紫に掴みかかった。
小さい体をいっぱいに使い、紫にしがみついた藍は、締めた首をガクガクと振りまわすが、端から見てそれは子どもが親にじゃれついているようにしか見えなかった。
――うぉおおお!!
外国人のようにガッツポーズをする男たち。
「ママンにしがみつく小狐萌えー!」
「幼い尻尾ふりふり可愛いよー!」
「藍たん! 藍たん! 藍たん!」
男どもの熱気はさらに膨れ上がった。
「見なさい、藍。この様子を。これはみんなあなたのために集まったのよ。あなたのファンなの。あなたはファンの期待を裏切るの?」
「ただの見世物です!」
『藍たん! 藍たん! 藍たん!』
「うう……」
『藍たーん! こっち向いてー!』
「ゆ、紫さまぁ……」
『藍たん頑張ってー!』
すっかり怯えきった藍を見て、紫はやれやれとため息を吐いた。
「全く……しょうがないわねぇ」
「ゆ、紫さま……!」
(悪いことは何一つとしてしていないのだが)許してもらえるかもしれないという希望が見え、藍の表情は明るくなった。
しかし、世は斯くも無情なものか、紫は笑顔のまま告げた。
「GO」
主の命令である。式である藍は紫に逆らうことなどできはしない。
「どちくしょぉぉぉおおお!」
藍はキレた。
わかっちゃいた! わかっちゃいたさ! 紫様がそんなに甘いわけないってことくらい!
「やりゃあいいんでしょうやりゃあ!」
顔は羞恥の紅に染まり、目尻には涙が浮かんでいる。
それでも藍は歌った。
それでも藍は踊った。
幼い声を精一杯張り上げて。九つの尻尾をふりふりと振りまわして。
そんな藍を、紫は舞台袖から穏やかに見守っていた。
(最初こそ、本当にただの思いつきだったけれどね……)
紫は、独りごちた。
「……あなたは、もっと輝いていいのよ。一生懸命で、優しくって、たまに厳しくて……私の、自慢の式――いいえ」
ふるふる、と首を振り、言い直す。
「――自慢の、家族なんだから」
優しく笑顔を浮かべる紫の視線には、即興で踊り、歌う藍の姿。
「んふ、一生懸命で可愛い」
紫は満足そうに微笑んだ。
そんなわかりづらい親心など、もちろん伝わることはなかった。
キラリと星が流れる綺麗な秋の空の下、藍の頬にもキラリと何かが流れたという。
終わり
「もふもふさせてくれー!」
「藍しゃま藍しゃま!」
男どもの熱狂的な視線を浴びるのは、八雲藍。
八雲家のお母さん的存在である。
「ゆ、紫さまぁ……」
その藍は今、見事に怯えきっていた。
そんな藍を見て、八雲紫は恍惚とした表情を浮かべていた。
博麗神社。幻想郷と外の世界の境界にある神社である。
そこに行き着くまでは、妖怪の跋扈する道を進まなくてはいけないため、治安のよくなった幻想郷といえども、好き好んで博麗神社に参拝に来ようとする者はいなかった。
とはいえ、全くの来訪者がないかといえばそうではなく、日がな妖怪や、妖怪じみた人間などがちょくちょく顔を出すくらいの人望を博麗霊夢は有していた。
そんな神社での一コマ。他愛のない会話から、日常というものは始まるのであった。
「ハロウィン?」
「そ、ハロウィン」
聞きなれない単語だ。霊夢は思った。
「何それ」
霊夢の疑問に、八雲紫は答える。
「外の世界の、さらに外の国の文化よ。化け物に扮装した子どもたちが他所の家を回って、お菓子をもらうの」
「躾がなってないわね」
「いや、そういうイベントだから……」
霊夢に突っ込みを入れたのは霧雨魔理沙。普通の魔法使いである。
「あら、魔理沙はハロウィンを知ってるのね」
「まあな。流れてきた外の世界の本なんかも結構読んでるし、他国の文化には結構詳しいぜ。第一、魔法なんてもろに外国のもんだしな」
「なるほどね」
「それはともかく」
霊夢が話を戻す。
「なんでいきなりそんな話を?」
「宴会の理由になるでしょ?」
紫は、パチンとウィンクをしてみせた。
「ごめん、どういうこと?」
「物わかりの悪い子ね」
「待て待て紫。ハロウィンを今知ったばかりの、物わかりの悪い霊夢にそれは可哀そうだろ。ここは魔理沙様が懇切丁寧に説明してやる」
「お前ら……」
魔理沙は、ごほんと咳払いをする。
「さっき紫も言ったが、ハロウィンとは外国の文化だ。年に一度、この季節になると子どもたちはお化けやドラキュラの仮装をして、民家に押し入る。そこでこう言うんだ。『トリック・オア・トリート』ってな。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞって意味だ。で、大人は子どもにお菓子を分け与える」
一息に捲し立てた魔理沙は、ぴっ、と人差し指を立てた。
「と、ざっとこんなイベントだ。理解したか?」
「うん、どんなイベントかはわかったんだけど、それで紫は私たちに何をさせようってのよ」
「本当に物わかりが悪いな。私たちがハロウィンに則って、仮装をしみんなの家を回る。勝手知ったる他人の家だ。どこに何があるかなんてお見通しなわけだ。つまり、イベントに託けて好きなもん盗ってこいってことだ。間違えた、借りてこいってことだ。違うか? 紫」
「全然違うわよ」
「だと思ったぜ。ここからは紫が説明する」
「なんで偉そうなのよ」
紫はやれやれ、とため息を吐き、気を取り直す。
「まあ、勝手知ったる、までは大体合ってるわ。二割くらい」
「八割間違いね」
「二割正解だぜ」
「勝手知ったる幻想郷、だけどね。つまり、ハロウィンイベントを満喫する片手間、今日の宴会を知らせてくれば一石二鳥じゃない」
「おお、そいつはいいな。冬もそこまで迫ってきてるし、一丁景気よく飲んでスタート決め込むか」
「ま、私は飲めれば何でもいいわ」
「決まりね。たまには準備くらいするから、あなたたちはハロウィンを楽しんできなさい。どうせ後片付けは霊夢がすることになるんだし」
「毎度のことだな」
「手伝え」
いつも通りの日常の始まりだった。
それでも、霊夢も魔理沙も、そして紫も、その日常を楽しんでやろうという目をしていた。
「ま、じゃあ行ってきますか合法的にお賽銭を徴収できるんだしね」
「お賽銭って徴収するものなのか?」
「誰も入れないんだから、徴収するしかないじゃない」
「そういうもんかなぁ」
「そういうもんよ」
そんな二人のやりとりを見つつ、紫は優しげに微笑んだ。
「夕時くらいには戻ってくるのよ。それまでには準備しておくから」
「あんたはお母さんか」
「へいへい」
そうして、二人は秋の空に向かって元気に飛び出していった。
手を振り見送る紫の顔から笑みが消えたのは、二人の姿が見えなくなってからだった。
「さて…………藍」
「は」
隙間から姿を現したのは八雲藍。九尾の狐である。
「あなたには色々と手伝ってもらいたいことがあるの」
「何なりと」
「まずは――」
神社を出た霊夢は、お金を持っていそうなところから回るか、と永遠亭にやってきていた。
「トリック・オア・トリート(弾幕か、お賽銭か。好きな方を選べ)」
「な……」
カチャリ、と鳴るはずのない音を鳴らし、霊夢は大幣を鈴仙のこめかみに突き付けた。
「なんですかその物騒な括弧書き! ただのカツアゲじゃないですか!」
「ハロウィンってそういうイベントらしいわよ?」
「えぇぇ……何その物騒なイベント……聞いたことない……」
「お賽銭をくれなかったらぶっ飛ばしていいイベントだって紫が言ってた(ような気がする)」
「霊夢さんそれ絶対自分にとって都合のいいように解釈してる」
「で、どうすんの?」
「そんなのもちろん――」
ジャキ、と鈴仙は指を構え、答える。
「――トリックです!」
「でしょうね! 懲らしめてやるわ!」
「何も悪いことしてないんですけどね! まあいいわ、月の狂気に震えなさい!」
そうして、竹林の静寂が破られた。
一方、魔理沙は紅魔館へ来ていた。
勝手知ったる幻想郷。勝手知ったる紅魔館。魔理沙はすいすいと妖精メイドの弾幕を潜りぬけ、大図書館へと向かった。
図書館内に設置されてある、対魔理沙用防衛システムを次々に破壊していき、奥へと進む。
「そこまでよ!」
魔理沙の侵攻を止めるべく、パチュリー・ノーレッジが現れた。
「トリック・オア・トリート(本、借りてくぜ)」
「有無を言わせなさいよ。それじゃあただの強制負けイベントじゃない。ふざけんじゃないわよ」
「別にふざけてなんかいないぜ。忠実にハロウィンを楽しんでるだけだ」
「ハロウィンに謝りなさい。もちろん、本は渡さないわ」
「じゃあ、トリックの方だな」
「トリックは何をしてくれるのかしら?」
魔理沙は口端をつり上げ、言う。
「本を借りてくのさ!」
「だと思ったわ!」
そして始める弾幕勝負。
いつも通りだった。
日も傾きかけた頃、幻想郷を粗方回り終え、集めた戦利品にほくほくしながら霊夢と魔理沙は神社へ戻ってきた。
霊夢の笑顔が凍りつく。
「な、なによこれ……」
「ほう……」
霊夢と魔理沙を出迎えたのは、味噌汁の匂いや紫お母さんの暖かい笑顔などではなく、境内にでんと佇む巨大なステージだった。
「ゆ……」
ぷるぷると震える霊夢、そして――
「紫ぃーっ!」
キレた。
「はぁい」
そんな霊夢に臆することなく、紫は平然と姿を現した。
「どういうことなのこれは!?」
「見ての通りだけど」
「なるほど、わかったわ」
「わかってくれたのね」
「ええ、よぉくね……」
ぎゅっと拳を握る霊夢。
「つまり、ぶっ飛ばされたいわけね」
「乱暴な子ねぇ。ちょっと落ち着きなさいよ」
「神社に得体の知れないものをでんと置かれて落ち着いてられるか!」
「まだ完成してないのよ。手伝ってくれない?」
「知るか!」
「まあ聞きなさいな。今回こんなステージを用意したのは、ハロウィンイベントということで、大々的に宣伝して人間の里からも観客も呼び込もうと思ってるのよ。プリズムリバー三姉妹や、ミスティア・ローレライ、それからサプライズも用意してるわ。今、橙が一生懸命ビラ配りをしているところ」
「いいから片付けろ」
「聞きなさいな。入場料を取るのよ。それで、場所代として霊夢に何割か払おうと思ってるのだけど」
「工具はどこ? 時間がないわよ!」
「わかってくれて嬉しいわ」
紫はにこりと笑った。
「わかりやす過ぎるぜ……」
そんなやりとりを見て、魔理沙は呆れたようにつぶやいた。
トンテンカン、と音が鳴り響く。
霊夢は作業を手伝うべく、音のする方へ向かった。
「あれ? 藍じゃない」
「やあ、霊夢。手伝ってくれるのか?」
霊夢が向かった先には、いそいそとステージを建てている藍の姿があった。
暦の上秋だが、昼間の日射しは強い。厚手の装束を纏った藍は、日中からずっと作業していたのだろう、額には玉のような汗が浮かんでいた。前髪がぴったりと張り付いていることから、相当の労働だったことが窺える。
さすがに暑いのか、袖は捲っている。だぼだぼの袖口から伸びる細い腕も、しっとりと汗で濡れている。
「うん。そうなんだけど……あんた、一人でここまで建てたの?」
「ああ、そうだよ」
手を休め霊夢に向き合う藍。ちょうどいい休憩だと思ったのか、工具を置き、背中をポキポキと鳴らしている。
ゆったりとした装束の上からでもわかる女性の流動的なラインが霊夢の嫉妬袋を刺激した。
つんと張る豊満な胸と、運動で上気した顔がなんとも艶っぽく、健康的であった。
「あんたも大変ねぇ」
霊夢は素直な感想を漏らす。それに対し、藍は笑って応えた。
「はは、今に始まったことじゃないさ。どんな命令でも、主の言うことなら聞かなければいけない。それがつらいところでもあり、誇りでもある」
「そんなもんかしらね」
「そんなもんさ。今回はサプライズもあるみたいだしね。珍しく紫様がはしゃいでたよ」
「ああ、さっきも言ってたわね。サプライズって何?」
「それが、私も聞かされてないんだ。よっぽど自信があるようでね、聞いても『それは本番のお楽しみ♪』としか返してくれない」
「変なこと企んでるんじゃないでしょうね、紫のやつ……」
「あはは……否めないな……」
藍は霊夢の言うことに苦笑いをするしかなかった。
「さて、急いで仕事を片付けちゃおう。スタートは日が暮れたららしいから、もうあまり時間がない」
「はいはい」
そして、夜がやってくる。
結果から言うと、里の人間を交えた宴会は大いに盛り上がった。
ステージの他にも、ハロウィンならではの装飾がそこらかしこにされている。妖怪跋扈する夜の神社に、カボチャ、コウモリ、ウィルオーウィスプの人形なんかも浮かばせてある。黒に近い群青の空の下、博麗神社はおどろおどろしく、いつもと違ったにぎわいを見せていた。
元より種族の垣根など気にしないような輩ばかりの幻想郷住人、その中の酒飲みが集まったのだ。盛り上がるなという方が難しかった。
ある者はプリズムリバー三姉妹の幻想的な音色に酔いしれ、またある者はミスティア・ローレライの鈴のような声に聞き惚れた。
一通りのプログラムが消化され、ステージのライトが落とされる。
人間も妖怪も、さあ飲み直すかとステージから意識を外した時、キィィン――と機械的な音が境内に響き渡った。
「あーあー、マイクテスマイクテス」
にとり特性マイクを持ち、紫はステージの上で口を開いた。
「皆様、本日はこのような場所にお集まりいただき、まことにありがとうございます」
「このような場所ってどういう意味だ!」
霊夢ががなるも、紫はそれを無視して進行を続ける。
「プリズムリバー三姉妹の演奏、及びミスティア・ローレライの歌声はお楽しみいただけたでしょうか」
紫の問いに、会場にいる面々は歓声を以って肯定の意を示す。
紫はその様子を見て満足そうに頷いた。
「ありがとうございます。そして、本日はサプライズイベントを用意しております」
紫はステージの袖の方を向き、スタッフとして待機している藍を見つけた。
「藍、こっちに来なさい」
「はえっ? 私ですか?」
「そうよ。早くいらっしゃい」
自分が出ていくことになるなんて全く予期していなかった藍は、ただただ疑問を頭に浮かべながらもステージに立った。
「おおぉ……」
「尻尾がいっぱいある……」
「ふわふわしてるぅ~」
「う……」
大勢の人間の前に立つことなどない藍にとって、それは一種の罰ゲームであった。
(見られてる……)
何かよくわからないが、とにかく恥ずかしい。
そんな思いがいっぱいになり、藍は頬を紅くして捲し立てた。
(ちょっと紫様、どういうつもりですか! 私、聞いてませんよ!?)
(あら、だって言ってないもの。言ったでしょ? サプライズだって)
(ああもう、言ったのか言ってないのかわかりづらい言い方しないでください! 大体私に対するサプライズをしてどうするつもりなんです! 観客のみんな、期待して待っちゃってますよ!?)
(それは――藍、あなたが楽しませるのよ)
(は?)
紫は藍に向かって、にこりと微笑んだ。
ぞくり。
そう形容する他にはない。紫の笑顔を見た瞬間、藍はどうしようもなく嫌な予感がした。
慌てて紫の行動を止めようとする。
「ちょ、ちょっと待――」
「えい、ちちんぷいぷい♪」
止めたら止まる主人を持っていたら藍も楽だっただろう。
紫はくるくる、と指を回し、呪文を唱える。すると――
ぼふん、と藍の周りを煙が覆い、姿が見えなくなる。
「わぷ! な、なに!?」
煙の中から聞こえてくるのは、もちろん藍の声。しかし、それはどこか高い声で……。
「けほっけほっ。何するんですか紫さまぁ」
「藍、自分の姿を見てごらんなさい」
「へ? うわぁ!? なんですかこれぇ!」
藍の姿は紫の腰ほどもない小さな女の子になっていた。
おおお!!
観客からどよめき、そして歓声が上がる。
「ついでにえい、古今東西♪」
「まだあるんですか!? ていうかそういうネタは危ないからやめてください!」
再び紫は指をくるくると回す。
そして出来あがったのは、カボチャの帽子を被り、マントを羽織った、ハロウィン姿をしたお子様狐だった。
紫はマイクを口元に、再び観客に話し始めた。
「皆様、ご覧ください。こちらは私、八雲紫が式、八雲藍でございます。そして今宵はハロウィン。本日最後のプログラムは、八雲藍メインボーカル、プリズムリバー三姉妹伴奏、ミスティア・ローレライコーラスの即席ハロウィンソングで締めたいと思います」
「え、ちょ、聞いてな……!」
紫は構わず続ける。
「そして皆様、お気づきでしょうか。ハロウィンと言えばカボチャ。つまり、ジャック・オー・ランタン。そしてこちらにおりますのが、ロリっ娘狐の八雲藍。つまり――」
紫は爽やかな笑顔で言い切った。
「ジャック・オー・藍たんです!」
「あんたそれが言いたかっただけかぁぁぁあああ!!」
思わず藍は紫に掴みかかった。
小さい体をいっぱいに使い、紫にしがみついた藍は、締めた首をガクガクと振りまわすが、端から見てそれは子どもが親にじゃれついているようにしか見えなかった。
――うぉおおお!!
外国人のようにガッツポーズをする男たち。
「ママンにしがみつく小狐萌えー!」
「幼い尻尾ふりふり可愛いよー!」
「藍たん! 藍たん! 藍たん!」
男どもの熱気はさらに膨れ上がった。
「見なさい、藍。この様子を。これはみんなあなたのために集まったのよ。あなたのファンなの。あなたはファンの期待を裏切るの?」
「ただの見世物です!」
『藍たん! 藍たん! 藍たん!』
「うう……」
『藍たーん! こっち向いてー!』
「ゆ、紫さまぁ……」
『藍たん頑張ってー!』
すっかり怯えきった藍を見て、紫はやれやれとため息を吐いた。
「全く……しょうがないわねぇ」
「ゆ、紫さま……!」
(悪いことは何一つとしてしていないのだが)許してもらえるかもしれないという希望が見え、藍の表情は明るくなった。
しかし、世は斯くも無情なものか、紫は笑顔のまま告げた。
「GO」
主の命令である。式である藍は紫に逆らうことなどできはしない。
「どちくしょぉぉぉおおお!」
藍はキレた。
わかっちゃいた! わかっちゃいたさ! 紫様がそんなに甘いわけないってことくらい!
「やりゃあいいんでしょうやりゃあ!」
顔は羞恥の紅に染まり、目尻には涙が浮かんでいる。
それでも藍は歌った。
それでも藍は踊った。
幼い声を精一杯張り上げて。九つの尻尾をふりふりと振りまわして。
そんな藍を、紫は舞台袖から穏やかに見守っていた。
(最初こそ、本当にただの思いつきだったけれどね……)
紫は、独りごちた。
「……あなたは、もっと輝いていいのよ。一生懸命で、優しくって、たまに厳しくて……私の、自慢の式――いいえ」
ふるふる、と首を振り、言い直す。
「――自慢の、家族なんだから」
優しく笑顔を浮かべる紫の視線には、即興で踊り、歌う藍の姿。
「んふ、一生懸命で可愛い」
紫は満足そうに微笑んだ。
そんなわかりづらい親心など、もちろん伝わることはなかった。
キラリと星が流れる綺麗な秋の空の下、藍の頬にもキラリと何かが流れたという。
終わり
いろんなジャンルのお話が見れるのを楽しみにしています。
オババギャグですね、わかります
あ、でもマント越しのもぞもぞした動きとか、時折見えるチラリズムとかは良いものだ。やったー!
紫の藍に対する心情が、序盤~中盤あたりで読み取れなかったのが少々残念です。そのため、最後の最後に持ってきた心情描写も、何だか後付け設定みたく見えてしまい、あまり納得感が出なかったように思います。
特に、サプライズだとしても、藍が紫の心情をまるで読み取れておらず、かなりご立腹なまま終わってしまった点も、その思いを助長するのかな、と感じました。
藍が覚る程度ではないにせよ、読者側に仄めかす程度には序盤~中盤に紫の藍に対する心理描写を置いても良かったのではないかな、と思うのです。
色々なジャンルのお話、楽しみにしています。
それがやりたかっただけでも良いじゃない!!w
はやくフィギュアでろよ
葉月ー!結婚してくれー!(変なテンション
藍たんの弾幕はマイクロカボチャで決まりですね。
あ、駄洒落で決めるなら「GO」より「RUN」のほうが良かったかも
押さないで! 押さないでくださーい!
>2
ありがとうございます。
次はガラっと雰囲気の違う作品にしようと考えております。
>4
ゆかりんだって、たまには弾けたいときがあるんです。きっと。
>5
う、上手い……!
>6
合わせて尻尾をふりふりしてくれると最萌え。
>11
ありがとうございましたー。
時間が……なかった……!orz
>14
幻想郷に行かなきゃですねぇ。
> v さん
やったーありがとうございます!
>27
きっとどこかのサークルがそのうち……(他力本願)
>28
私!? 藍たんじゃなくて!?
>30
当たっても痛くなさそう!
>31
過去に誰かがやってないかどきどき……。