Coolier - 新生・東方創想話

秋は衣玖さんが旬です

2010/10/30 23:33:11
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お姉ちゃんへ

いよいよ私たちの季節も終わりそうですが、いかがお過ごしでしょうか。

私の方は変わったことがありました。

何かって?

ストーカーができました。


姉妹、兄弟と言えども、いつでも一緒にいる訳ではないということは誰でも分かるだろう。
それはつまり、一人で過ごす時間も少なからず存在するということだ。
そして、事件は決まって一人きりの時にやってくるもので……



「人をストーカー呼ばわりとは、いいご身分ですね」

「いや、これでも神様なんですけど」

「それもそうでした」

茶を濁すように、頬を掻きながらそう言って、緋色のヒラヒラしたのを纏った女性が笑う。
この真後ろ、もとい、目の前にいるこの人物が、現在悩みの種となっているストーカーだ。

実に困ったものだ。
今まで人につき纏わられる経験などあろうはずもない。

まったく、難儀なものだと額に手を当てながら首を反らす。
薄青い空に黄色や朱色の飛ぶ様はなかなか映えるものだ。
木々の葉もすっかり衣替えを済まして、その姿を見れば、心も弾もう。
だが、それも平常時ならの話だ。

どうしてこうなってしまったのだろうか……



私と、この謎の人物出会いは唐突だった。

初めに断っておくが、謎の人物ではあるが、初対面ではない。
幾度も宴会の席で姿を目撃したり、声を聞いたりはしているのだ。
しかし、その場で言葉を交わしたことはないし、何よりも現在の行動が摩訶不思議であるので、謎という形容詞が妥当だろう。


そんな謎の人物が現れた訳だ。

奇抜な登場の仕方は突然過ぎて、私自身も理解しきれていない。
降って湧いたように現れたのだ。
そう、文字通り、降ってきた。

あの時は特別に行く当てもなく、かといってやることもなく、ぶらぶらと色の変わった木々の間を歩き回っていた。
そんな折、何とはなしに空を見上げたのだ。
今思えばそれが間違いだったのだろう。
もし、あの時空を仰がなければ、また違った今を過ごしていたのかも知れない。
答えは神のみぞ知ると言えよう。

あ、神様って私か……

自分の存在に一抹の不安を抱いてしまったが、それもこれも全部、目の前のこの人が悪いとしておこう。
まあ、その、何の前触れもなしに空からやってきたのだ。


落ち葉みたいに風に吹かれながら、緩やかに揺れながら静かに降りてきた。
その動きふわふわとした動きに反して、やたら勇ましい姿勢を維持しながらの優雅な着地をする様には、私でなくとも思わず拍手をしてしまうに違いない。
だがそれも、彼女の空高くに向けて突き出された指が、私へと矛先を変えて

「小さな秋、見つけました」

などと、宣言するまでのことだった。
どこか誇らしげな顔と綺麗な曲線を描く人差し指と手の甲に、少しむっとしたのは否定できない。
降ってきた落ち葉が、頭に乗っかったのを見てしまったせいで、そんな気も損なわれることになったのだが。


そんな衝撃的なという形容詞がぴったりな出会いを果たして数日が経った訳だが……
言わずもがな、全く嬉しくない。


「いきなりストーカー呼ばわりされたのは不愉快ですが、改めまして、おはようございます」

意識を現在から過去に飛ばしていたのが不満なのか、目の前で手を振ってくる。
既に意識は帰還しているので、すごい鬱陶しい。

「あ、うん。おはよう」

面倒臭さを隠さずに返事をしてみても対するのは、にこやかな笑み。
その彼女の表情がとても爽やかで清々しいものだったので、私はげんなりした。
相手をしてもらえたのが嬉しいのかは知らないが、先程までより少しだけ機嫌が良くなったような気がした。
これはいいことではあるだろう。

こういうやり取りも何度目だろうか。
初めは何かの冗談かと思ったが、あの日から毎朝どこからともなく現れるようになったのだ。
いやもう、本当に勘弁して欲しい。

「露骨に鬱陶しそうな顔されると、傷つくんですけど」

「あなたが帰るって言うなら、最高級の笑顔で見送るよ」

「嫌です」

はっきり、きっぱり、はもとよりそれ以外の形容詞でも表現できない程に力強い答えだった。
それと同じくらい、彼女の目にも芯のある光が灯っていて、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、素敵だなと思った。
多分、気のせいだ。


「私のいるべき場所はここなのです」

彼女は私の背面に回り込こむ。
なんとなくだが、そっちを振り向く気にはなれなくて、空に目を向けることにした。
風が吹いて木々が揺れる。葉は落ちなかった。
そして、彼女が続ける。

「不本意ですけど」

と。

「なら帰ればいいのに」

私の言葉に、彼女は再び同じ答えを返してくるのだった。
意味不明である。



お姉ちゃんへ


季節は秋から冬に変わりつつありますが、いかがお過ごしでしょうか。

私の方は大変なことが起きてます。

何かって?

ストーカーがやたらはしゃいでます。



「失礼な。私はストーカーではないです」

「そんなのどっちでもいいから、もう少し落ち着けないの?」

私は振り向きながら声を返す。
すれば、彼女の姿が目に映る。

くるくると回ったり、やたらキレのあるステップを踏んだりと、先程から何がしたいのやら、忙しなく動き回っているのだ。
そんな彼女の動きに合わせるように風が吹いて行く。
朱、黄の葉が踊り落ちる中で、彼女の姿だけが鮮やかに浮かんでいて、綺麗だなと、そんなことを思った。
僅かに呆けていると、はたと彼女は身体を止めて、こっちに向き直る。

「落ち着け、ですか……落ち着くなんてとんでもない!」

「やたら元気なのね」

「そうでしょうとも!」

意気揚々と彼女は右手を天に向けて突き出す。
残念ながら、私にはついて行けそうにもない。

「秋と言えばスポーツ。つまり、スポーツの衣玖です!」

そう、声高らかに宣言するのだった。
その意気に応えるかのように、落ち葉が顔に降ってきて、とても煩わしかった。
彼女には申し訳ないが、微塵の興味も湧かない。
そんな私の気を、知ってか知らずかは分からないが彼女は一人で話を続ける。

「という訳で、私と一緒に身体を動かしましょう」

そうは言われても、あまり乗る気にはなれない。
意外? かも知れないがインドア派の私としては運動は遠慮したいものだ。

弾幕なんて如何ですか、と私に訊ねながら、周囲をぐるぐると回ってくる。
実に鬱陶しい。
勿論のことだが、相手をするつもりはない。

わざと彼女のいる方と逆の方に顔を向けて素知らぬ振りをしてやる。
それでも頑張って前に回ろうとするのを見ているとなんだか面白かった。

「むー、あくまでも無視をするつもりですか……」

知らぬ振りを続けていると、彼女は観念したのか少し眉をひそめて腕を組み、何やら思案をし始める。
しばらく考え込んだ後、再び右手を上に突き出して言うのだった。

「なら実力行使です」

「えっ、ちょっと待った!」

不穏な空気を感じたため、一転して彼女に向き直り腕にしがみ付く。
自分でも何故、手を無理やり下げさせたのかは分からないが、そうしなければ大変なことになったような気がしたのだ。

「放してください!」

「いやだよ。なんか恐いし」

何とか宥めようといろいろと言葉をかけてみるが、本人は聞く気がないらしい。
少しずつ上がっていく腕に掴まりつつ思う。誰か助けて下さいと。

もし日記をつけていたなら、今日はとても疲れた、とでも記すことになりそうだ。




お姉ちゃんへ


肌寒いくらいの天気ですが、いかがお過ごしでしょうか。

私の方は少々、追い詰められてます。

何かって?

ストーカーの頭が病んでます。



「ストーカーじゃないですし、病んでもいませんよ」

「じゃあ、そのぼさぼさの頭は何なの?」

「爆発です」

「ほら、意味が分からない」

私がそういうと、彼女は満足そうな笑みを顔に浮かべて語る。
重力に逆らうように跳ね上がった髪の毛。
そんな状態をどうやって維持しているのかも謎である。
少なくとも今の私には理解できそうにもないことは確かだ。

「秋と言えば芸術です。そして、芸術は爆発だと偉い人が言ってました」

「うん。なんか、いろいろ大丈夫?」

「と、いう訳で、芸術の衣玖です。どうです?」

褒め言葉を期待するように目を輝かる。
ああでもない、こうでもないと、格好いいとも艶やかとも思える様々なポーズをとっているのを見せられると、悪くないと思ってしまう。
しかし、髪型で台無しだ。

「もう少しくらいなんとかならなかったの?」

「そう言われても……爆発で他に何にも思いつかなかったんですよ」

じゃあ何があります?
そう聞かれると言葉に窮してしまう。
大体、爆発という言葉自体が非日常的であるのだ。
一部の者に限っては日常的な出来事としてあるのかも知れないが、私は違う。
そんな事象をどうして思いつこうか。思いつくまい。

そう考えると、彼女の考えは随分まともなもののように思えてくるのだった。
私の頭がまともじゃなくなってきたらしい。由々しき事態だ。

「ところで、そのぼさぼさの髪の毛ってどうやったの?」

「静電気です」

「へ、へえ、そうなんだ……」

静電気ってそんなすごいものだっけ……
少なくとも私が知っている静電気は多少髪の毛を浮かせる程度だったはずだ。
もし、これが事実なら静電気に対する評価を改めなければならないだろう。
なんか嫌だけど。

「静電気。試してみますか?」

今ならサービスしますよ。
そう言って迫ってくる彼女をやや強めに押し戻しながら考えを巡らす。
イメージを変えてみたら、姉はどう思うだろうかと。
きっと驚くに違いない。

「そう言わずに、偶には爆発してみたくはないですか?」

「否定はできないね……」

いつも目立たない位置にいる者の立場からしてみると、やはり一度くらい目立つことをしてみたいものだ。
とは考えてみたものの、皆の注目を集めるとは言っても、羨望の眼差しではなく、好奇の視線であることは明白だ。
それは私の望むところではない。後々まで笑いものにされるのは勘弁願いたい。

「遠慮しとく……」

「そうですか。それもいいでしょう」

答える彼女の目に僅かに憂慮の色を見た気がした。
しかし、それは彼女の身体が一回転して再び私の前に現れた時にはすっかり消え去っていたので、やはり気のせいだったのだろう。


この後、ポーズのデッサンやらをやらされる破目になるのだったが……
実に面倒な作業だったとだけ言っておこう。




お姉ちゃんへ

先日木枯らしが吹いたそうですが、いかがお過ごしでしょうか。

私の方は変わったことがありました。

いや、現在進行形にしないといけませんね。

何かって?

ストーカーが真後ろで本を読んでます。



「ストーカーじゃないです」

「はいはい、そーですね」

投げやりに言い放ってやると、不満そうな顔をしてきたが、特に言い返してはこなかった。
本人にも自覚はあるのだろうか?
まあ、あったにせよ、それが行動に反映されていないなら何の意味もない。
けれども、それを指摘したところで、今更だろう。


「……何を思ってそんなの読んでるの」

声をかけられるのを期待するように、チラチラとこちらを伺ってくる。
それを放っておくのも気が引けるので、仕方なしに彼女の行動を訊ねてみることにした。
すると、向こうは待ってましたと、嬉しそうに目を輝かせて。くるりと一回転をする。
そして、ぴたりと止まり、美しい姿勢のまま、人差し指で私を指すのだった。
一言で表すなら「目障り」という言葉が当てはまる。

「読書と言えば秋でしょう」

「逆だと思うけど、間違いではないね」

「と、いう訳で、読書の衣玖です」

彼女は手に持った本を掲げて見せてくる。
結構な大きさのそれには『キノコ図鑑』なる文字が丸めの書体で踊っている。

「先生、図鑑は読書に入りますか?」

「図鑑を馬鹿にしてはいけません。知識が身につくだけでなく、目で楽しむこともできる優れものなんですよ」

そうして彼女は大袈裟な手振りでページを捲る。
その様が、どうにも似合ってなくて、くすりと笑いが漏れ出てしまったのだった。
すると、彼女は咎めるように軽く顔をしかめてみせてくる。

「馬鹿にしてます?」

「そんなこと思ってないよ」

「ならいいんですけど」

笑いかけてやれば、向こうも顔を少しだけ綻ばせるのだった。
眉を僅かにハの字にしたそんな表情で語り出す。

「私ですね。普段は上の方に住んでるんで、図鑑に載っているものでも、実物見たことないの多いんですよね」

「……へえ」

「ええ、そうなんです」

本を捲る彼女の上に雲がかかって、その姿に薄い黒を被せる。
色鮮やかな世界の中で、彼女だけが暗く陰って見えた。
目を逸らすように空に流せば、いつの間にか私の頭上にも雲があるのだった。

そんな空間の中で、ページを捲る音がやけに大きく聞こえた。
時間をかけて風が覆いを捲る。
陽射しが薄黒を塗りつぶす。


彼女は近くにあった木の枝から、赤色に衣を替えた葉を一枚、ちぎり取って、本の間に閉じ込める。

「栞にはちょうど良さそうです」

そうやって微笑む彼女は、私の目にちょっとだけ、素敵に映った。
気のせいではないだろう。きっと。

私の頬を紅の葉が撫でながら落ちていった。




お姉ちゃんへ

食べ物の旬も過ぎそうな頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。

私の方はちょっと変わったことがありました。

何かって?

ストーカーが茸を採ってます。



「ストーカーじゃ……もう、何でもいいです」

「投げやりなのね」

私の言葉を彼女は聞き流すように手を払う。
それから、懐に手を突っ込みながら言うのだった。

「秋と言えば、やっぱり食欲でしょう!」

「逆……じゃないね」

「と、いう訳で、食欲の衣玖です」

言い切ると同時に、懐から手を抜き払う。
じゃじゃん、と自分の口で効果音をつけながら、その手に持ったものを見せつけてくる。

「これぞ、松茸です」

どうだ、と言わんばかりに眼前に突き出してくる。
しかし、現実は厳しい。

「何を根拠に松茸だと判断したのか知らないけど、それは松茸じゃないよ」

「えっ?」

「松茸はそんな毒々しい色もしてなければ、気持ちの悪い斑点もないよ」

「騙された!」

この前見ていた図鑑は一体何だったのかと思う。

ひょっとして、狙ってやっているのかとも思ったけれども、彼女の落ち込みようを見るに、本気だったようだ。
いや、薄らと口元が歪んでいるのを見ると、やはり冗談なのかも知れない。


「ま、まあ元気出しなよ」

「仕方ないじゃないですか……ずっと上で暮らしてたんですから」

自らに言い聞かせるように、首肯を繰り返すのを見ていると、なんだか可哀相にも思えてしまう。
なんだかんだで面倒くさい人だけれど、そんなに悪い印象という訳ではないのだ。

空を見上げれば、雲一つありはしない。
それを見て、心を決める。

「よし、分かったよ。私が秋の味覚を教えてあげる」

「えっ、本当ですか!?」

「あんまり大袈裟に反応をされても困るけどね」


そう、なんだかんだで、秋という季節を楽しんでくれているのだ。
だったら、私が手を貸してやるのも当然とまでは言えないが、おかしくはないだろう。
姉にも手伝ってもらって、今までやられた分、驚かしてやろう。
秋の終わりに相応しい、飛びっきりのものを見せてあげよう。

葉を散らす木々たちは冬を匂わせる風に打ち振るえている。
もうすぐ秋も終わりだと伝えているのだ。

何回も経験してきた秋という季節。
それでも、今年ほど奇妙な秋もなかった。
だから、確かめようと思う。

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」

「アキの次はイクですから」

そんなことだろうと思った。


晩秋の不思議な出会いは、もう少しだけ話が続く。
それは皆をも巻き込んでいって、騒がしい話になるのだが、それはまた別のお話。
あとがき

今年は秋という単語をあまり見ない気がします。なんだか寂しいですね。皆様はどのような秋を過ごされましたでしょうか。
もえてドーン
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コメント



0.710簡易評価
4.70ぺ・四潤削除
一体どういう組み合わせの二人なんだろうって思いながら読んでました。
秋の次は衣玖……?なるほど!
5.90SAS削除
実はいまだにアキの次はイクの意味が分かってなかったりする

わざわざ穣子のとこに出張って秋を一通り満喫した理由もよくわからない
あとは姉妹がこの秋常に一緒に居ない理由とか

でも描写されている景色はとても美しかった。
6.90名前が無い程度の能力削除
不思議と笑ってしまいましたわ
最初オチがわからなかったけど見直してなるほどなっとく
おもしろかったです!
7.100名前が無い程度の能力削除
秋の次は衣玖。うまい!座布団一枚!
11.90名前が無い程度の能力削除
あたいの頭じゃオチの意味がわからなかったわ……。
でもかわいくて和んだので問題無い
13.90コチドリ削除
ウザッ! 衣玖さんウザッ!
アレ? 慣れてくるとちょっと可愛い? でもやっぱりウザッ!

皆様はどのような秋を過ごされましたでしょうか? ですか。
私は現在北の大地に住んでいます。十月だというのに40㎝以上の積雪を記録した地区がある。
私の職場はピンポイントでその場所さ。結論から言わせて貰えば、
助けてっ、秋姉妹!!

それでは最後にハロウィンにちなみまして、トリックオアトリート?
トリート。うざったくも可愛らしい衣玖さんが後を付いてくるこの作品には福岡銘菓ひよこを進呈。
15.80幻想削除
ほのぼのトリックですね。
発想がすごい。
17.80名前が無い程度の能力削除
アキの次はイク……その発想はなかった。
19.80名前が無い程度の能力削除
まさかの五十音か……!
21.100名前が無い程度の能力削除
19さんのコメントでやっと解ったよ・・・!
発想に土下座。そしてそのまま衣玖さんに裸足で踏まれたい
24.100名前が無い程度の能力削除
アキの次はイク……その発送は(ry
私の秋は……まあ、いい奴だったよ……
27.100無在削除
≫「秋と言えばスポーツ。つまり、スポーツの衣玖です!」 
で嫌な予感がしつつ、
≫「アキの次はイクですから」
で、ああ、やっぱり・・・と思ってしまいました。

さっぱりとして読み易い語り口。どこか気だるさを感じさせながらも、ほのぼのとした会話。とても微笑ましいものでした。
なんだかんだで、優しい穣子に癒やされました。
そして、衣玖さん、あなたは何がしたかったんだ……