「どうやら私達、足元がお留守になっていたみたいね」
秋風の午後。お気に入りの喫茶店の指定席で、蓮子は突然そう言った。
「またストッキングが破れたの? 遅刻の言い訳にオナモミを使ったりするから、すぐに伝線するのよ」
「違うわよっ」
にゅぃ、と黒いストッキングを纏わせた足を見せてくる蓮子。少し細すぎの感もあるが、真っ黒なスカートから白いふとももを経由して突き出された黒ストのふくらはぎは健康的な色気を十分に備えていて、奇しくも真っ白な喫茶店のテーブルの上にとても良く映える。異性でなくとも胸が高鳴るが所詮はブーツでムれた足。食欲は失せる。チョコレートパフェを頼んだ後というタイミングを鑑みれば六十点といったところか。
「まったく失礼しちゃうわね。メリーはいつもそうなんだから」
「礼を欠いたとて品は失いたくないものね」
「むぅ……」
チョコレートパフェとアメリカンを運んできたウェイトレスの視線を感じたのか、蓮子は大人しく足を引っ込めた。
「と、兎に角ね! 灯台下暗し! そう言いたいわけよ!」
「灯台ね。何か手近な発見でも?」
「そうなのよっ」
アメリカンに一口つけて、蓮子は薄い胸を張った。
「今まで謎を探して遠くばかり見てたけど、実は身近にいい研究材料が転がっていたのよ」
「ああ、秘封倶楽部の活動のことだったのね」
「当たり前じゃない。メリーと一緒にやることといったら、お茶と買い物と不思議発見しかないでしょう」
「まあ……そうね」
得意のフレーズを拝借された福顔の司会者が脳裏でオーパーツを食い千切る。長きに渡り番組を支えてきた男の骨太なアゴが古代文明を凌駕する一瞬。噛み砕かれた古代ロマンの復讐を誓い、日頃穏やかな吉村先生がトップ賞の象牙を凶器にスタジオを占拠したあたりで意識をパフェに向けた。どうでもよかった。
「けど身近って、こないだのアレよりもっと近いの?」
「ええまあ……あれは酷かったわね」
十日ほど前のことだ。『二丁目のUFO』とかいう訳の分からんオカルトを蓮子が聞きつけてきたのだ。そしてやけに詳細な事前情報をもとに、秘封倶楽部は立ち上がった。
「まさか町会長の名前を追う為にNASAにコンタクトをとるとは思わなかったわ」
「仕方ないでしょ。まさか優曇華院・藤原・オサムなんてクリーチャーが会長を務めているとは思わないもの」
蓮子の父の名を使ってまでNASAに協力を依頼した挙句、判明したのはリウマチに悩む町会長のフルネームだった。宇佐見菊蔵(56)は今や悪質なタレコミ屋として合衆国のブラックリストに名を連ねる国際的愉快犯である。
「藤原オサムでいいじゃないの。どうして優曇華院なんて余計な単語がつくのよ」
「本人が言ってたじゃない。尊敬するお医者さんが名付けてくれたって」
「それがおかしいって言ってるの。どうしてリウマチの相談医がじいさんに愛称を贈るのよ」
待合室で肩を組んでヨーデルを歌う主治医と患者が目に浮かぶ。
「優曇華っていうのは三千年に一度花をつける植物みたいね」
「オサムとどこで繋がるのよ」
「さあ……三千年に一度リウマチが治るとか」
「長生きするわね……オサム」
ちなみに名付け親のドクターは町内で開業している『まごころ医院』の馬心先生。この辺りではリウマチの名医として老人達の信頼を一身に集めているらしいのだが、ネットで検索をかけると不老不死だの月の裏側だのといった怪しい論文の発表を繰り返す奇人ぶりがヒットする。人当たりのいい女医らしいが、相当なアレっぽいので受診は控えようと心に決めた。
「まあオサムはもういいとして、何? 二丁目より近いって、もうほんとにすぐ傍じゃない」
「そ。しかも一部ではかなり昔から知られてたらしいの。本当、足元が疎かだったわ」
そう言うと、蓮子は悔しげに眉を顰めた。が、すぐにアメリカンにブチ込んだ砂糖の甘味で笑顔を取り戻す。このへんのシンプルさは見習いたいところだ。
「蓮子、もったいぶらないで。一体どこに何があったの?」
「ふふん。その気になってきたじゃない。いいわ、教えてあげる」
ふんぞり返って勝ち誇る蓮子は飽き足らず、スツールの上に立ち上がって宣言した。
「本日これより、我ら秘封倶楽部は八雲大学七不思議の謎の解明にあたるものとするわ!」
誇らしげな蓮子は仁王立ちで壁を指差す。方角から見てうちの大学を指しているのだろう。対面に座る私はといえば、堂々と見せ付けられるパンツに価値などはないと、チラリズムを是とした日本文化の慧眼に深く頭を垂れ、それはそれとして携帯のムービーモードを起動させるのであった。
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午後五時十二分四十七秒。誰よりも正しくルーズな時間を誇る蓮子と共に、私は大学にやってきた。私立八雲大学。日本国京都府舞鶴市八雲村の村名を冠する、捻りのない学校である。晩秋まであと一歩といったこの季節、既に景色は飴色に染まり果てていた。
「ねえ蓮子。ほんとに今からやるわけ?」
「当たり前じゃない。メリーも気になるでしょ」
「まあそうなんだけどね」
季節の境に逢魔が時。追い求めるは七不思議。……出来すぎだと思わなくもない。
「ま、いいわ。それじゃさっさと始めましょう。……けど七不思議とはね。ありきたりというか何というか。うちの学校も古いわね」
「謎は古びて朽ちかけたくらいが美味しいのよ」
万物の八割は腐りかけが旨い。今夏、蓮子が発見したバナナの法則である。ちなみに悟りを啓いたその日のうちに蓮子は腹を壊し、父の名前で八百屋に抗議文を出したらしい。宇佐見菊蔵(56)は今や腐りかけのクレーマーとして舞鶴市青果組合の回覧板を賑わせたバナナダイエットの敗残兵である。
「けど、どうして今まで私達の耳に届かなかったのかしら。古びてありきたりなら入学してすぐ聞いていてもよさそうなものだわ」
「それはほら、そこもやっぱりありきたりというか。あるのよ。七つ全部知ってしまったら生きては戻れないとかなんとか」
「ああ、あるわね。実際七つ伝わってる以上ありえないのに、そういう設定」
前提として破綻しているにもかかわらず、なおなくならないお決まりの落ち。お約束という奴なのだろう。なければないできっと寂しいのだ。
「で、脇目もふらず進んでるけど、こっちは理学部の研究棟よ。忘れ物でもしたの? それとも七不思議の一つ目は……」
「そうよ。我が理学部こそがオカルトの舞台。七不思議が一は『時計台の悪魔』よ」
またも胸を反らす蓮子。自分の学び舎に妖しげな噂が立つと嬉しいのだろうか。
「時計台って屋上のあれ?」
「たぶんね」
「へえ。理学部の建物に何であんな古風なものがとは思ってたけど、まさか曰く付きの物件だったとはね」
「昔は文学部の校舎だったみたいよ。んで学部長の専門がスラブ文化史だったとか」
「スラ文がどうして時計台?」
「さー? 入ったことないし。見てみれば何か分かるかもね」
時計台はココーシュニクやボーチカのような分かりやすいロシア建築でもない。時計台を含む理学部研究棟がかつて文学部の建物であったことはおそらく間違いないのだろうが、学部長の専門との関係については話半分未満で聞いておいたほうがいいだろう。
「ところで屋上に鍵はかかってないのかしら」
まさか大学生にもなってフェンスを乗り越えダイブをキメる夢追い人などそうはいまいが、安全管理の面から屋上などの出入り口は施錠されているのが常である。
「かかってる。屋上と時計台の二箇所」
「駄目じゃない。どうやって入るのよ」
「借りてきたわよ。鍵」
「誰から?」
「天文部。あいつら勝手に屋上の合鍵作ってるのよ」
なるほど。口止め料として借りてきたらしい。
「でもそれだけじゃ時計台には入れないじゃない」
「まーねえ。そっちは事務室が管理してるからさ」
七不思議を追っています、なんて言われて気安く鍵を貸し出そうものなら、独立行政法人の危機管理能力の欠如が云々とマスコミに叩かれる昨今だ。さりとて時計台に立ち入る正当な理由も見当たらない。
「とりあえず屋上まで上がれれば時計台もすぐ側だし。行ってみようよ。外から見て良く分からなければ窓もあったし、ね」
にしし、と金槌とガムテープを見せてくる蓮子。空き巣犯のアイテムだ。泥棒は魔法使いのはじまりだというのに。
「やれやれね。それで?」
「ん?」
「だからその『時計台の悪魔』ってのはどんな話なの」
「ああ……なんだ。やっぱりメリー、乗り気じゃない」
「気が乗らないなんて言った覚えはないわ」
「はいはいそうね。それじゃ、教えてしんぜましょう」
ごほん、と一つ咳払いする蓮子。人気のない研究棟の廊下でその音は僅かに木霊した。
「さっき言ったとおりここは昔は文学棟でさ。時計台の下は吹き抜けの教会だったらしいのよ。ほら、うちの文学部って欧羅巴の研究コース多いじゃない」
今は何の変哲もない三階建て校舎の屋上にぽつんと時計台が立っているので不自然極まりないのだが、なるほど天井の高い教会から続く尖塔として据えられていれば、多少は絵になるのかもしれない。
「今もそうだけどフラ文とか英文とか、あとは件のスラ文とか。妙に教授が強かったみたいで、こんな日本の片田舎のガッコに割とガッチリした教会を作らせたらしいの」
「その三つ、宗派バラバラじゃないの?」
「さー。しんない」
主流だけを見ればフランスはカトリック、イギリスはプロテスタント、スラブ系はロシア正教だった気がする。尤も宗教学や各文化研究コースの授業は殆どとっていないので、確かな知識というわけではないのだけれど。
「ま、兎に角リッパな教会があったわけよ。で、話はここから。当時の……まあ何年前だか知らないけど相当昔ね。当時のスラ文にハーフの女の子がいたのよ。すっごい美形ですっごい綺麗な銀髪の。ルーマニアとかあっちの方なのかな。たまーに銀色の髪の子が生まれる王族とか、聞いたことない? ま、いいや。そのハーフの子、当然周りから大人気……って訳じゃなかったみたいで。なんか自分の世界に閉じ篭っちゃって、誰とも話したりしないんだって。儚げって言えば聞こえはいいけど、存在感も薄くって、気付いたらそこにいて、いつの間にかいなくなってた、みたいな。本当に友達とかいなかったらしいわ。授業が終わるといつも一人で教会の十字架を眺めてたんだって」
幸薄げな銀髪の美少女が一人教会で祈りを捧げる。ああ、それはいけない。それでは誰も近づけない。そんな完璧な美しさは既に非日常の側であって、つまり日常の終焉が口を開けているのだ。
「で、ある日のこと。ちょうど今みたいな夕日の時刻にその子がいつものように十字架を眺めていたら、神様が話しかけてきたんですって。毎日そんなに思いつめるほどの願いなら叶えてあげましょうって」
「落ちが読めたわ。その子はその子の世界を強く思った……つまり失踪したのね。こちらよりもあちらの世界を望んでしまった」
「正解」
ぴ、と人差し指を立てる蓮子。軽いウィンクはいつもの彼女なのに、窓から差し込む日暮れの朱が強すぎて、それが本当にこちらの出来事なのかと不安になる。
「文学少女の逃避願望かしらね。……ただし若干続きがあるのよ。その子の噂を聞きつけた物憂げな女学生がね、真似をしたの。朱と黒の斑の夕暮れ。十字架の前で指を結んで。一週間くらい続けたらしいわ。八日目になっていつまでも帰らない娘を心配したご両親が学校に相談に来たんだけど……その頃には割と有名になっててね。毎日夜遅くまで教会に入り浸っている学生がいるって。それでご両親、事務長連れて教会までやってきて……そこには真っ赤な血だまりだけが残されてました、と」
よくある話だ。柳の下に鰌はいない。
「結局二番目の子も見つからなかったらしいんだけどね。血は確かにその子のものだったとかで、それで噂はフリップフロップ。最初の子も悪魔に攫われたんだって誰も教会に近づかなくなっちゃったのよ。そのまま数年。利用者はいないし、そもそもミッション系の大学じゃないしで、耐震補強工事を機に教会は普通の校舎に改築したということよ」
おしまい、と蓮子は結んだ。
「ふうん。失踪者が二名ってことね。それ、確認とれるんじゃない? 校舎改築の数年前ってことでしょ」
時間と場所が特定されるなら簡単なはずだ。
「夢がないなあメリーは。確認して、そんな失踪者はいないって分かったら七不思議が一つ減っちゃうじゃないの。それに主役は二人の失踪者じゃなくて、悪魔が現れる教会のほうなんだから」
「もうないじゃない。教会」
「うん。だから時計台にスライドしたのね。縦に」
「それもう破綻してるんじゃないの……」
なくしてしまったベートーベンの絵の代わりに歴代校長の写真が笑うようなものだ。如何に爽やかに微笑もうと校長のスマイルに音楽家ほどの需要はないし、イキナリ代役を振られたかつての校長たちにしてもいい迷惑だろう。子供たちだってガッカリだ。
「いいじゃない。見てみれば分かるわ。ほらもう屋上よ」
眉唾に耳を傾けつつ蓮子の後をついていけば、いつしか屋上の入り口はすぐそこだった。半ば理学部の倉庫と化した階段の突き当たりは足の踏み場もないほどで、ひょいひょいと先に行って手招きしている蓮子と対照的に、私はといえば山と積まれた実験器具などにスカートが触れないよう、もたもたと秒速十五センチを維持していた。
「なにしてるのよメリー。ほら」
「きゃっ」
差し出された手を握った途端引っ張られた。幸い受け止められた蓮子の胸は薄いわりに堅くはなく、抱きとめられた優しさと暖かさを加えれば及第点といったところか。化粧の薄い蓮子からは香水とは違う柔らかい匂いがする。結局スカートを引っ掛けて倒した人体模型さえこちらを見ていなければ、唇くらいは許せるシチュエーションだった。
「うわ、ノブ埃塗れ。天文部、最近活動サボりすぎね」
ほら、と黒く煤けた手の平を見せてくる蓮子。流石にそこに口づける気は起きない。もう大丈夫、と一人で立つと、アテンションプリーズもなしに開かれる屋上の扉。盛大に捲くれあがるスカートを必死に押さえ込んでいると、蓮子はすたすたと時計台に向かってしまった。彼女に必要なのは胸よりもデリカシーなのだと改めて認識する。
「……どう? 何か分かった?」
夕陽の中、時計台の前の蓮子に追いつき並んで見上げるが、屋上から眺める時計台は文字盤の裏側である。さして見るべきところもなく、悪魔が好みそうな意匠もない。
「とりあえず悪魔はいないわね」
「まあ、悪魔が屋上でぽつんと膝を抱えてたりしたら寂しすぎるしね」
それは悪魔ではなく自殺志願者であり、新たな不思議の提供者である。
「けど、昔は教会だったってのは本当みたいね」
「え?」
蓮子の目線を追い足元を見る。上ばかり見ていたので気付かなかったが、小さな窓がついていた。
「なるほど、ステンドグラスね……吹き抜けの教会のてっぺんだった名残というわけ」
当時は見上げる生徒達を色とりどりに照らしていたであろうステンドグラスも、今やすっかり見下ろされる立場。せいぜい腰より下にある窓は、なるほど珍しい代物ではあるが、七不思議の謎を示す何かであるわけもない。赤と黒の多いグラスだが、それで悪魔や血だまりが生まれるものでもなかろう。まあ、雰囲気作りに一役買っていたのかもしれないという程度だ。
「ん?」
だがそんな期待はずれを前に、私の目は一つの異常を見てしまう。結界の隙間だ。ステンドグラスの模様に沿うように、波打つ隙間が出来ている。
「んー」
あちらとこちらの境界線。私にしてみればそこまで珍しいものでもない。何を隔てた綻びなのかは分からないが、とりあえずつついてみる。
「あら」
ぷにっとした感触。思いがけぬ弾力感に知らず声が漏れていた。
「あらあら」
ぷにぷにとつつきまわす。一瞬ではあるが、夢中になっていたらしい。
「おーいメリー。なにしてんの? 何もないし、とりあえず次行こうよ」
蓮子の声に不意に現実に引き戻された。既に蓮子は校舎への扉に足をかけている。
「いきなりステンドグラスをブチ割る訳にもいかないしさ」
「あ、ええ。今行くわ」
少しだけ後ろ髪引かれる思いで追いかけた。後でまたつついてみようと、天文部へのコネの作り方を考えながら。
∇
「ちょっと咲夜。今私のお尻触ったでしょ」
「触ってませんわ」
「嘘。確かに感じたもの。時間を止めてつっついたのよ」
「心外ですわ。私ならきちんと断りを入れてから触ります」
「触るなって言ってんのよ」
「それは出来かねます。お嬢様とて衣触住を捨てろと言われて頷くことは出来ないでしょう?」
「……人間って食事はいらないんだっけ」
「要りますわ」
「……まあいいけど。今日のごはん、なに?」
「ハンバーグです」
「ワーイ!」
∇
「ほんとだ」
「本当ね」
おー、と見下ろす先は地下六階。現在地はそこへと続く階段の踊り場で、地下五階半といったところか。
「これが八雲大学七不思議の二、『地下六階の火葬場』ね」
うんうんと頷く蓮子はキラキラと目を輝かせて、オカルトマニアの本能を口元から零さんばかりだ。無理もない。七不思議の二は、その舞台すらありえないはずだったのだから。
「まさかほんとにあるとはね……知ってた?」
「知らないわ。教育の建物がいくつあるかも知らなかったし」
教育学部E棟。歴史ある大学の中でも最初期に建てられた校舎の一つで、今は改築した地上階のみが講義に使われている。蓮子によればそこの地下六階に古びた焼き場があるというのだ。だが大学案内を見ると教育学部のE棟は地上七階地下五階建て。実際エレベーターも地下は五階までしか表示はないのである。不思議の二つ目にしてもう詰みか、と思いながらも念のため階段を降りてみたのだが……果たしてそこに存在したのだ。地下五階から更に降りる階段の先が。しかも西階段は地下五階で行き止まり、東階段からのみ至れるという謎の構造。
「人知未踏の地下六階……興奮するわね」
濃密な不自然に唇を舐める蓮子。どうやら蓮子の中で建築業者は人類にカウントされないらしい。犬猫の下に位置するのか、それともイリオモテヤマネコなどのように希少価値を認められて別枠に収められているのか。私としてはせめて彼らの人権を祈るばかりである。
「興奮するのはいいけど、またミステリーを前に鼻血を出してリタイヤなんてのはやめてよね」
「あ、あれはおやつにチョコレートを食べたからよ……!」
化猫の噂を辿って東北まで出向いた時のことだ。ばったり出会った二尾の黒猫を見るや、蓮子は興奮のあまり鼻血を出して倒れこんでしまった。おかげで化猫探索日帰りツアーは急遽予定変更。ブラウスを赤く染めてぐったりした女を抱いた珍客に対する、カプセルホテルの受付の反応はいまだに忘れられない。
一晩寝かせた蓮子はすっかり元気を取り戻したのだが、その際使われた言い訳が件のチョコレートだ。曰くカカオの質が悪いとか。訝しむ私の視線に耐え切れなくなった蓮子は父の名で森永製菓に電話をかけ、カカオの魅力について小一時間ほど唾を飛ばした。決め台詞は『いいカカオは白熊にも勝てる』。宇佐見菊蔵(56)は今や女の声色でカカオを絶賛する武道家として森永製菓に語り継がれる南極住まいの甘党である。
「ならいいけど。今日は食べてないんでしょ」
「チョコパフェを食べたのはメリーの方よ。メリーこそ大丈夫なのかしら。怖くてちびっちゃったりしてない?」
「……体験談?」
「ち、違うわよっ。だ、誰がおしっこなんて……」
じっと見つめる。あわあわと言葉を並べる蓮子はとてもかわいい。だがほどほどにしないといけない。なおも見つめ続けると限界を超えて、また父の名でどこかに電話をかけはじめるに違いないのだ。菊蔵の名誉もそろそろ限界である。可能な限り守ってやらねばならないだろう。
「……とにかく地下六階は在ったわけね。後はそこに何があるかよ」
「そ、そうね。そろそろ日も暮れた頃だし、ちゃっちゃと確認しましょうか」
漸く落ち着いた蓮子が腕時計を見た。星さえあれば時計など必要のない蓮子だが、地下にあってはやむを得ない。倣うように携帯電話の時刻を見ると、あと数分で午後六時。既に外は真っ暗だろう。暗いといえば、今いる階段の踊り場も相当に薄暗い。半ば捨てられた地下フロアは当然静寂に満ちており、壁の向こうの土から何か染み込んできているかのように、空気はじっとりと湿っている。改めて見渡せば怪談にはもってこいのロケーションだ。ちりちりと切れかけた蛍光灯が心憎い。
「うーん。この並び方は講義室よねえ」
「たぶんね。鍵、かかってるけど」
案内にない地下六階。だがその造りは上階と殆ど変わることなく、長い廊下に四角い講義室がぶら下がっている。長く使われていないことを証明するかのように、各教室のプレートは空っぽだ。扉の前を通るたびノブを捻るが全て施錠されていた。
「後はここ、ね」
二人揃って廊下の突き当たりで足を止めた。目の前には固く閉じられた防火扉が聳え立っている。火災を想定して作られた鉄扉だ。頑丈さは折り紙つきだろう。こつこつと叩いた指先の感触からも良く分かる。
「防火扉か……」
扉の存在に問題はない。ここは既に廊下の果て。有事の際は非常通路となる階段と廊下の間には防火扉が設えてあるものだ。おそらく消防法などでの決め事なのだろう。このE棟だって全てのフロアにあるはずだ。廊下と……階段の境界には。
「西階段……なかったわよね」
「ええ。二人で見たもの。間違いないわ」
「じゃあこれ……この向こうには何があるの……?」
顔を見合わせる。しんとした無音に耳が痛む。どれほど眺めてもクリーム色の扉が答えを返してくれることはない。
「謎ね」
「ええ。謎ね」
「『地下六階の火葬場』はこの先で間違いなさそうね」
明らかに不自然な構造だ。怪談の舞台にされても仕方のないところだろう。
「ほらメリー。あれ」
蓮子の指差した先は教室よりの廊下の壁。件の鉄扉と講義室のドアのちょうど中間くらいに張られたオレンジ色のプレートだ。
「防火……何? 掠れてよく見えないわ」
古ぼけてはいるが、プレートはありふれたものだ。おそらく防火管理者の名札だろう。建物には防災の責任者が必要となる。公共施設などにおいてはブロックごとに明示してあることも少なくない。
「防火責任者……その後は漢字四文字ね。……ねえ、最初の文字、霊……って見えない?」
「……ほんとだ。下の方は殆ど読めないけど……うん、一文字目は霊ね」
どういうことだろう。防火責任者に続く四文字。通常そこには人の名前がくるはずだ。火の不祥事があった時、責任をとる者の名が。霊から始まる名前なのだろうか。ありえなくはない、が……。
「ふーむ、なるほどねえ」
ふしゅー、と大きく鼻息を響かせて蓮子は何度も頷いた。
「こりゃ確かに焼き場の噂も立つかもね」
「ほんとおかしな造りね。最下階だけ広く掘ってあるのかしら」
「いやいやメリー。きっとこの先には何もないのよ。『地下六階の火葬場』には曰くがあってね。そこで焼かれた遺体は盗み出されて、地獄の釜に入れられちゃうんだって。だからこの先はきっと地獄の入り口なのさ」
「地獄……ねえ。そういやこのフロア、エレベーターきてなかったわよね。焼き場はともかく、亡骸はどうやって持ち込むのかしら」
各階を貫くエレベーターの位置には白い壁しかなかった。教室のサイズが他階と変わらないのなら、その空間には何があるのだろうか。
「うーん……自分で歩いて、とか……」
「死んだ人が歩くの?」
「そうじゃなくて、生きた人間がこの扉を開けてしまうと……」
「……それはオカルトじゃなくてサスペンスだわ」
行きはよいよい……帰れない。そんな場所はかしこにあるものだ。戦場や牢獄と同じだろう。怖いといえば怖いが秘封倶楽部の管轄ではない。
「ま、いいわ。いずれにしてもこの建物は中々の謎ね。扉の向こう側は後日調査ということで……あら?」
「どしたの、メリー?」
そろそろ次に、と見納めに扉を一瞥すると、小さな亀裂が目に入った。無論扉に穴が開いているわけではない。先程の時計台と同じ、結界の隙間である。
「隙間がある……防火扉の……ここ。縦に、こう……」
「へー。珍し……くもないんだっけ? 私にはさっぱり見えないから良く分からないけど」
「うん……半日も歩けば一つ二つは見つかるわ。けど……さっきも見かけたばかりなの」
「どこで?」
「……時計台の……ステンドグラス」
「……え? どういうこと? 隙間があると、どうなんだっけ?」
「どう、ということはないけれど、『ここ』と『どこか』との接点ではあると思う」
私の目は境界を映すだけだ。意味や原因は分からない。ただ小さな頃から見慣れているせいか、怖いと思う気持ちはなかった。
「どこか、か。うむむ、それが分かれば面白いのに。メリーの能力ももう一捻り欲しいところよね」
このへん? と蓮子は扉をぺたぺた触る。
「ううん。ここ」
さっきのように指でつつく。予想に反せず、むに、と柔らかく沈む感触。なんだろう。さっきと同じような、微妙に違うような……。
「ここ? うーん……何も感じないなあ」
「少しずれてるわ。けど、蓮子は触らないほうがいいかも」
「どして?」
「良く分からないけど……見えないものが触れてしまったら……何かおかしなことになりそうな気がしない?」
「しない……と思うけど、メリーがそう言うならやめておくわ。メリーに何かあったら嫌だからね」
「……うん。ありがとう蓮子」
ぎゅっと蓮子の手を握った。思ったとおり暖かくて、なんだか無性に嬉しくなる。
「さ、それじゃ行こっか。早くしないと今日中に回れなくなっちゃう」
「ええ。……そういや蓮子。さっきの煤の手、洗った?」
「洗いました。まったく、いつまでたってもメリーはお母さんみたいなんだから」
その台詞は何かおかしくないだろうか。そう思ったが蓮子の顔は満更でもなくて、結局何も言わずに歩き出したのだった。
∇
「うにゅっ? ……さとりさま、私のおしり触りましたか?」
「……触りませんよ」
「でも……こいしさまもいないし……」
「こいしもそんなことはしません」
「じゃあやっぱり……さとりさま?」
「……本気で私だと思ってますね……この子は」
「さとりさまなら……いいですよ」
「そういう台詞を簡単に言ってはいけません。いいですか、お空。そもそも女の子なら……」
「うにゅ……」
∇
「そういやさ」
E棟から出るとやはりとっぷりと日が暮れていた。暫く無言で蓮子と歩く。肩を並べて星を眺めるのにも飽きてきた頃、秋の日は釣瓶落とし、なんてありふれた言葉を口にしようとしたちょうどその時、思い出したように蓮子が言った。
「見つからなかった二番目の子なんだけど」
「え?」
「時計台の」
「……ああ、血の残っていた」
「うん。とても生きていられる出血量じゃなかったみたいなんだけど、でも体はどこにもなくって。それで、それじゃあ体はさっきの火葬場で盗まれてしまったんだ、ってことになってるんだって」
見つからない失せ物は、人の手を離れてしまいました。ちょっと昔までは、日本にもそういう闇があちらこちらにあったのだろう。霊や妖怪、七不思議なんてものも、そんな時代の人々にとってはあって当然、寧ろなくてはならないものだったのだ。
「一人目は悪魔に攫われて、二人目は遺体を盗まれて? 散々ね」
「まあね。でね、そんな帰らずの火葬場から逆にやってきた子がいるの」
「へえ。子……っていうと女の子なの?」
「性別は私も知らないなあ」
「じゃあ単純に幼い子ってこと?」
「いや、年もどうだろ。年齢はわかんないし、分かったとしてもそれが幼いかどうかもちょっとねえ」
「どういうこと?」
「見れば分かるわよ」
「見れば、って……」
「ほら、そこ」
「え?」
蓮子の指は私の背後を指していた。肩越しの世界は油絵のような黒さで、私は仄暗い周囲に今更ながらぞくりと肩を震わせて、跳ねるように後ろを振り向く。寂しげな外灯の作る陰間で、それはじっと蹲っていた。
「これ……うさぎ小屋? ……じゃあやってきた子っていうのは」
「そう。この子。地獄行きの焼き場で拾われたうさぎの子。でもねメリー、この子がもといた場所は地獄じゃないの」
「……それは?」
蓮子は人差し指を一本立てている。
「この子は月から来たうさぎ。八雲大学七不思議の三、『満月ウサギ』なのよ」
「まんげつうさぎ……随分可愛らしい不思議が出てきたわね」
蓮子の言葉を聞いてくすりと笑ってしまった。義務教育の頃、蓮子はその比較的珍しい苗字のおかげでウサギだのウサミミだのと呼ばれていたとか。だが本人はそれが気に入らなかったらしい。ふくれ面の蓮子からそんな思い出を聞かされてからというもの、ウサギと聞くとどうしても長い耳を生やした蓮子の姿を想像してしまうのだ。可愛らしい耳のくせに生意気な口をきく蓮子ちゃんは好奇心旺盛に脳内花畑を駆け回り、赤らめた頬で恥ずかしそうに花冠とか作ってくれたりする萌えキャラだ。二割くらいの確率で犬の首輪が差し出されたりするのだが、それはそれでキュンとくるあたり罪作りな少女である。
「……何笑ってるのよメリー」
「別に……ふふっ……笑ってなんか」
「笑ってるじゃないのよ。……分かってるわよ。メリーが考えてることくらい」
「ごめんごめん……ふふ……」
「まったくもう。メリーじゃなかったら怒ってるわよ」
ウサギは蓮子の逆鱗である。うっかり触れてしまったが最後、蓮子は何をするか分からない。
昔、蓮子が中学生だった頃のこと、心無い男子生徒によるウサギ呼ばわりに対し、担任の女教師が迂闊にも『うさぎさんなんて、可愛くていいじゃない』と油を注いでしまうことがあったらしい。腹に据えかねた蓮子はその場で『可愛くて良いというウサギのイメージを破壊する』と宣言。翌日から三週間にわたり登校を拒否して、『青い兎小屋』という長編小説を書き上げ父の名前で文壇に発表した。
餅つきという過酷な労働からの解放を求めて軍に入隊した月の兎が、戦争の悲惨に心砕かれ部隊からも脱走、逃げ込んだ地球の製薬会社で上司のセクハラや先輩社員のウサウサ詐欺に悩みながらも、座薬の営業社員兼スナイパーとして逞しく自らの居場所を築いていくというワケの分からんファンタジーは、その一貫して理不尽な労働環境が一部にウケてプロレタリア雑誌の文学賞に輝いた。
そこまではよかった。
賞には十万円ほどの副賞がついており、受賞者には表彰式を兼ねて雑誌記者からのインタビューが予定されていた。職場のデスクでアイスクリームを頬張っていた宇佐見菊蔵(56)は、覚えのない授賞式への参加を促す外線電話に、何故か二つ返事で快諾したらしい。中身も知らぬ処女作の受賞を『妻と娘に捧げます』と会場を沸かせた菊蔵に、雑誌記者はインタビューの締めに賞金の使い道を教えてほしいと微笑んだ。プロレタリア雑誌『蟹交戦 -ファイトクラブ-』は、『体はキチン質で出来ていた』を合言葉とするバリバリの原理主義誌である。記者も聴衆も『賞金は格差解放の闘争のために』、そんな魂の篭った言葉を期待していたことは間違いない。万雷の拍手で待ち構えられた闘争宣言。……おそらく洒落のわかる男を演出したつもりだったのだろう。政治集会さながらの濃密な期待の中で、満を持して吐き出された菊蔵の夢は『帰りにメイド喫茶をハシゴします』であった。
部数三百万部の蟹交戦にその名を轟かせた新進気鋭のプロレタリア作家は『兎小屋のご主人様』の蔑称を賜り、一夜にして愛玩動物から薄汚れたオッサンの象徴へと転落したウサギの三文字は、宇佐見蓮子という少女の本気を知らしめる墓標となった。見事ウサギの可愛らしいイメージを一掃した蓮子は翌日から元気に登校を開始。私は私、父は父とドライに割り切る彼女は以降快適な学生生活を送ってきたという。また菊蔵は菊蔵で、メイド喫茶のおつりで買ったハーゲンダッツを職場に持ち込み、一日一個を幸せそうに食べていたとか。平和な親子である。
「で、何だっけ」
「何だっけって……」
「ああ、『満月ウサギ』よね」
「……ええ」
やっぱり少し頬を膨らませる蓮子。とてもかわいい。
「とりあえず由来を知りたいわ。ウサギは見れば分かるけど、どうして満月なのかしら」
「ん……そうね。一つは目よ。ほら良く見てメリー。その子の瞳、満月みたいに金色でしょ?」
戻ってきた本題に、蓮子も気を取り直してくれたようだ。
「金色……かな」
どちらかというと酒で肝臓を痛めた黄色に近い気がする。
「まあそんなキラッキラの金色じゃないけど、普通の色じゃないでしょ」
「そう、ね。ウサギの目というと赤とか黒とかが思い浮かぶわ」
「うん。ナマガクの奴らも言ってたけど、やっぱりこの色はおかしいというか、珍しいんだって」
「なまがく?」
「生物学科」
「ああ……」
生物学科は蓮子の所属する物理学科と同じ理学部だ。フロアは違うものの校舎は一緒。彼らに聞いたということはこのウサギの世話は生物学科の誰かがしているのだろうか。
「あら? 蓮子は七不思議の話、聞いたばかりなんでしょう? どうして『満月ウサギ』のことを生物学科に?」
「この子のことは前から知ってたわ。まさか七不思議に祀り上げられているとは思わなかったけど」
なるほど。『満月ウサギ』ではなく『この子』を知っていたのだ。
「良く知っていたわね。こんな場所なのに」
薄暗い周囲は、それもそのはず、ここはただでさえ人気の少ない弓道場の裏手なのだ。用もなく立ち入ることなどありえない立地であり、用などまずない場所である。ウサギ小屋の存在を知らなければ。
「やっぱりナマガクの子に聞いたのよ」
「ふうん。ナマガクね」
蓮子は明るくて気立てがいい。当然私の知らない友達も多い。妬くほど馬鹿じゃないつもりだが、少し寂しい気持ちはあった。
「理学部って変な略称好きよね」
「そう? メリーもさっきしてたじゃない。スラブンとか」
「スラ文は普通だと思うけど」
「ナマガクだって普通でしょ。あ、メリーの研究室はなんて?」
「うーん……セイセイって呼ぶ人が多いかしら。蓮子は?」
「イチモツ」
「……」
私の専攻は相対性精神学。蓮子は超統一物理学である。
「ま、いいや。兎に角『満月』の理由の一つは瞳の色ね」
「……ん、後は?」
「うん。……この兎小屋、結構広いじゃない。この子一人には大きすぎると思わない?」
「そうね。日本人には羨ましい人口密度かもね」
「昔はもっといっぱいいたんだって。もう何年も昔。この子と違って実験用に買われた兎たちが」
「そうでしょうね」
たまたま校内で拾った兎のためだけに、こんな立派な小屋は建てまい。
「まあ実験動物は研究室のケージに入れるわけだから、ここにいたのはお役御免になった兎たちなんだろうけど」
動物実験というと医学部のイメージが強いが、生物学科もやるらしい。目の前でぴすぴすと鼻を鳴らす兎を実験のイメージに重ねると残酷な気もするが、学問の追及とはそういう犠牲のもとに成り立つものだ。発達した文明の恩恵に与っている身であれば、非難など出来る立場ではない。
「そういうわけで、一応飼育担当はいたんだけども、それほど熱心に見ていたわけではなくて。決まった時間に決まった餌を与えて、後は週に一度小屋を水洗いする程度。一羽一羽に名前はないし、そもそも何羽いるのかも数えていなかった。……だから最初は気付かなかったのね。少しずつ少しずつ、兎の数が減っているのに」
「……」
「研究室のメンバーでローテーションを組んで世話していたっていうのもあったんでしょうね。けど、そのうち明らかに兎たちが少なくなって、誰もが異常に気付いたの。兎小屋は見ての通り頑丈な造りよ。誰かに壊されたりしない限り兎の逃げ出す隙間なんてない。わざわざ学校の兎を盗むなんて考えづらいし、じゃあ……どうして?」
ふと見れば『満月ウサギ』がこちらをじっと見つめている。薄暗い檻の中、瞬きもせずに光る二つの瞳は、確かに金色なのかもしれない。
「どうやら兎が減るのは満月の夜らしいと分かったの。もう一桁まで減ってしまった兎たちなら、一羽減れば一目瞭然だものね。でも、それでも何が起きているか誰も調べようとはしなかった。兎は実験用じゃないし、いなくなっても学生達に害はなかったから。……その後も月の巡りに合わせて兎はいなくなる。そして遂に残り二羽になってしまったの……」
すぅ、と息を吸う音がする。蓮子のものか。それとも……。
「流石に一羽もいなくなってしまうのはどうかと思ったのかしらね。十羽以上もいなくなって、残り二羽になってしまって、それで漸く何が起きているか確かめようってことになったのよ。次の満月の夜。数人の男子学生が茂みに隠れて、兎小屋に近づく者がいないかどうか、じっと待つことにしたの」
闇の中息を潜めて、必ず起きるであろう異常を待つというのはどんな気分だろう。悪い予感はしていたはずだ。人間にはその程度の本能は残されている。
「その夜。予想に反して、待てども待てども何も起こらなかったわ。時刻はもうすぐ午前二時。もう今日は何も起きないだろう、二時になったら切り上げて、馬鹿馬鹿しいことをしたものだと酒でも飲もう。そう言って笑いかけた時……一人が気付いたの。ぐちゅ……ぐちゃ……、という何かを挽き潰すような音が兎小屋から……」
徐々に高まる蓮子のトーン。そして私は、
「はいはい共食い共食い」
ジュンジ寸前の蓮子の顔に背を向けて、やれやれと首を振った。
「んあーもう! どうしてメリーはそうなのっ。ここからがいいとこだったのにっ」
ぷりぷりと怒る蓮子。語りたかったらしい。
「長いのよ。E棟で拾った兎が満月の夜に他の兎を共食いしました。一言で終わるじゃないの」
「それじゃ面白くないでしょうに!」
「やっぱり私を脅かして楽しもうとしてたのね。随分肉付けしたんじゃないの? そんな詳細な七不思議聞いたことないわ」
「ぅぬぬ……」
図星のようだ。
「ふむ。FullMoonRabbitならぬMoonstruckRabbitというわけね。……それで? 結局どういうこと?」
蓮子の語る共食い云々は不思議の過程だ。現象を謎に昇華するスパイスの部分である。
「夢を解さぬ女ねメリー……仕方ないわね。仲間の兎を最後の一羽まで食べてしまった『満月ウサギ』はとうとうひとりぼっち。もはや食べるものは学生達の用意する餌しかない。なのに、学生たちは気味悪がって兎小屋に近づかなくなってしまったの。当然檻の中で餌をもらえないんじゃ飢えて死んじゃうわ。だけどね、『満月ウサギ』は死ななかった。餌も、水も与えられない箱の中の兎は、老いることも死ぬこともなくじっと蹲って、今この時まで生き続けているのよ」
両手を広げて不老不死を謳う蓮子。衝撃のラストを演出したかったらしい。若干非難がましい目で見てくるのは先程の邪魔の件だろう。途中で水を差したのは悪かったと思うが、眉唾の尾ひれを延々聞かされるこちらの身にもなってほしいものである。
「死なない兎、ねえ……今も誰も餌はあげてないの?」
「そういう話ね」
「カメラで監視でもしてる?」
「もう、ほんとに夢のない子ねメリーは。そこはキャーとか言って大人しく抱きついてきたりしていればいいのよ」
「キャー」
ご期待通り、いただきます、と抱きついた。
「……んー、いい。何か違う」
「あら、そう?」
「離れた離れた。あ、こら、ブラのラインなぞらないの」
「残念」
仕方なく体を離す。
「リアリティがないとちょっとね」
贅沢な子だ。
「でも蓮子は……ぁ」
お返しに何か軽口を叩こうとして、瞬間、続く言葉を失っていた。
「ん?」
「ここにも……」
「え?」
立て続けに現れた結界の隙間がここにも一つ。兎小屋の前面を覆う網目に沿って、ジグザグに世界が割れていた。
「もしかしてまた見えたの?」
「うん……」
「半日歩けば一つ二つ、だっけ」
「……普段は」
「うちの大学って普段から多いほう?」
「そう、かも。けどこんなに短時間に、それも行く先々にあるなんて今までは……」
す、と割れ目に指を通す。それはやっぱりふにふにと柔らかかった。
「ふーん……ね、それ、次もあったらもう偶然じゃないわよね」
「……そう、かもね」
七不思議を追うたび見つかる結界の隙間。どういう意味があるのだろう。もしかしたら触れてはいけないものなのだろうか。
「よっし、それじゃ次いこ次。七不思議の現場に残された結界の跡かー。なんだかわくわくしてきたわぁ」
上機嫌の蓮子に手を引かれて歩き出す。暫く歩いて振り向いたときは、もう隙間も光る二つの瞳も見えなくなっていた。
∇
「ちょっとイナバ。貴方今私のお尻触らなかった?」
「そ、そんな師匠じゃあるまいし……」
「そうよねえ……でもえーりんは今お仕事だし……やっぱりイナバじゃないの?」
「ち、違いますよぅ」
「んんー? やだイナバったら赤くなってるじゃない。赤くなるってことは興味あるってことじゃないの?」
「そ、それは、だって……」
「やーらしぃ。えーりんに言いつけちゃおっかなー」
「ええ!? や、やめてくださいよぅ……」
「ふふーん、どうしようかしら。……そうね、黙っててほしかったら……これを穿きなさい」
「えぇー……」
「ほらほら早く」
「うぅ……何コレ……ぱっつんぱっつん……」
∇
「ここ?」
「そう」
「ああ、『てんじんさま』って天神様のこと」
「そうよ。学問の神様、菅原道真公。平安時代の貴族にして学者様ね」
つれてこられたのは教養棟。一般教養系の教室や大講堂を含む、当校最大の校舎である。三階の半分を占める大講堂は変わった造りで、舞台袖にあたる位置に小さなお社が存在する。最初は校舎建造の地鎮が目的なのかと思っていたのだが、どうやら祀られているのは天神様らしい、ということを入学二ヵ月後に誰からか聞いた。そういえばあれは誰だったろうか。今も付き合いのある誰かではないような気がするのだが……。ともあれ学び舎に学問の神様ならおかしくもなかろうと単純に考え、日々印象を薄れさせていた天満天神の小さな社が、まさか『てんじんさま』として七不思議の四に数えられていたとは驚きである。
「確かに今でこそ学問の神様だけど、天満宮はもともと祟り封じが目的だしね。纏わる怪異もなくはない、か」
現代では祀られるモノが何であるかは無視されがちだ。交通安全から恋のライバルの自滅まで、人々は神社や寺社に何でも願うし、おわす神々が何であるかなど知ろうともしない。『満月ウサギ』に食べられた兎たちもこの『てんじんさま』に供養されたというのだから節操のないことである。
「左遷された恨みで呪いを残したんだっけ」
――老いぬとて松はみどりぞまさりける我が黒髪の雪のさむさに
老松の瑞々しい緑と、流された地で老い衰えていく自身とを比べ嘆いた悲憤の歌である。この社に緑の配色が多いのはせめて道真を慰めんとする意味があるのだろうか。
「まあ……単純に言えばそうね」
時は平安。延喜の元年。一時は右大臣にまで上り詰めた道真だが、それを快く思わない貴族たちの誣告により太宰に左遷される。以後中央に返り咲くことなく西端で果てた道真は、死後になってその無念を晴らしたという。生前の政敵を次々と祟り殺した道真は遂に朝議中の清涼殿に落雷を齎し、朝廷要人に多数の死傷者を出した。それをきっかけに朝廷は道真と流刑になっていた彼の子孫の罪を解き、もはや雷神、祟り神として怖れられるようになった道真を鎮めるために、全国に天満天神を建てたのだ。
「『てんじんさま』もそんな話かしら」
「いや、どっちかっていうと学問の神様って側面が強いかな。メリーも聞いたことない? ここのお社はすっごい霊験あらたかで、ウチの大学を希望する高校生がお祈りすると、必ず合格できるって噂」
「知らないわ。うちの学校しか受からないの?」
「ご利益は当校に限られます」
「それはほんとに学問の神様なのかしら……」
まあ今のご時世求められるのはピンポイントに夢を叶えてくれるプチ神様だ。時代のニーズに合わせた神様の理想形なのかもしれない。
「伝え聞く合格率は何と百パーセント」
「誇大広告だと思うけど。あまりサービスしすぎると定員オーバーしちゃうわよ」
地方の総合大学にすぎない八雲大学だが、そのおおらかな校風と一部の名物教授の人気によってか、偏差値以上に入試の倍率は高かったりする。
「そこはほら、やっぱり美味しいだけの話なんてのはないわけで」
続きがあった。
「限定効果とはいえ驚異のご利益百パーセント。けど当然神様だってボランティアでやってるわけじゃないってことね。合格祈願には代価が要るの。……桜舞う春に見合った生贄がね」
「……クラシックな装置ね」
人柱ときた。等価交換を基本とする人の世が生んだ神の限界か、はたまた神頼みなどという人任せにはしる愚か者への最後の忠告か。軽挙を諌める最終防衛線であるはずの生贄システムは、人の心を軽んじる者ほど容易く手を出す諸刃の剣である。
「余裕のない受験生にそんな選択肢を見せるものじゃないと思うけどね」
「そうね。今年も倍率、結構なものだったんでしょう」
「らしいわね。今年の一年生は優秀な子が多いみたいだし、それなりのハードルではあるんじゃないかしら」
聞くところによると都心の有名私大並みらしい。マニアックな専門に惹かれて入学を希望した私からすれば、正直偏差値も就職率も中の上程度の地方大学が、それほどまでに普遍的な人気を誇る理由が分からない。穏やかで良い大学だとは思うが、今の時代、研究も就職もそんな長閑が許される状況ではないのである。
「そうそう、その今年の一年生。入学式で新入生代表を務めた女の子なんだけど……『おねがい』して入った、って噂らしいわ」
「生贄を捧げて? 新入生代表ってことは主席合格者でしょう。生贄を捧げる必要なんてないと思うけど」
「どうも他がぼろぼろだったみたい。滑り止めの滑り止めまで全敗で、第一志望のココだけ主席突破なんてあり得るの……? って話」
「呆れた。他人の受験事情まで広めるなんて品のない。仮にその子の合否がその通りだったとしても、それで誰かを生贄に捧げたなんて極端の根拠にはならないわ。そんな噂を立てられて、かわいそうよ」
「そうだね。そこはメリーに同意する。名誉毀損の類だと思うわ。だからここからはただの事実の列挙として聞いてほしいんだけど」
少し困ったように顔を顰めて続ける蓮子。これまでと違い実在する人間の話だ。蓮子にしても気分のいいものではないのだろう。双蛾と言えば贔屓目かもしれないが、綺麗な形が歪む様は見ていて楽しくはない。
「その主席の子。長野の諏訪だか松本だか、高校はあっちの方なんだけど、実家が神社なんだって」
「長野の諏訪って諏訪大社?」
「いやそんな有名どころじゃなくて。何を祀っているのかは分からないけど、よくある町の小さな神社よ。で、メリーが言った諏訪大社とか、山岳信仰に連なる守矢神社とか、あの辺には色々あるんだけど、その中にはやっぱり受験生の巫女さん……っていうのかな? まあ、娘さんのいる神社もあったのよ。主席の子と同じ町にね。同級生だったみたい。……全国紙の地方欄によると、受験シーズン真っ只中に同級生の子は行方不明になってるわ。お社ごとね」
「お社ごと……って、神社がなくなったの?」
「そう。まあ住居を兼ねた本社ではなくて、ずっと山の中にあった分社らしいんだけど。綺麗さっぱり土台から」
それは地方欄で済む現象なのだろうか。
「娘さんについては勿論今も地元警察が継続捜査中よ。けど分社の方は被害届が出なかった為にそれっきりみたい」
「どうして届けないのかしら」
「うーん、これは客観的な事実ではないけど……所有者である神主さん、行方不明の子の親御さんね。この方が『お社は神様にお返しした』ってことで、それ以上警察に訴えたりしなかったらしいわ。娘さんについても似たようなことを言ったみたい。まあ、そうでも思わないとやっていけないってことでしょうね」
高校生の娘さんなんてご両親にしてみれば可愛くてしかたがないだろう。当然娘なんていない私には想像することしか出来ないが、その胸のうちを思うといたたまれない。
「見つかるといいわね、その子」
「そうね……けど、こうも考えられない、メリー? 神主さんの言ったことは全て本当で、その子は神様と一緒にどこか遠くで楽しく暮らしているの。新しい友達に囲まれて、もしかしたら人間以外の友達も出来たかも。……ね、そういうこともあるかもしれないでしょ?」
ぱち、とウィンクする蓮子。いたずらっ子のような笑顔が私だけに向けられている。
「そう……そうね。そうかもしれないわね。じゃあ、だったら『てんじんさま』の人柱なんかじゃなかったわけよね」
「あるいは諏訪の神様のお引越しを手伝ってあげたのかもしれないわ」
「ふふっ、狐のマークの引越し屋さんね」
八雲大学の校章は複数の三角形を束ねた複雑なシンボルであるが、この三角形は狐の尻尾をモデルにしているらしい。何故狐なのかは分からないが、図形の内側に刻まれた方程式が理系の生徒には好評だとか。
「うん。まあその子たちはともかく、『てんじんさま』ってのはそういう話。何かを失う代わりに願いを叶えてくれる七不思議の四。まあ、叶う願いが大学合格じゃ、大学生の興味は惹けないかもね」
社の屋根には薄く埃が積もっていた。屋内とはいえまめに手を入れねば穢れは積もる。そういうことだろう。都合のいいときだけ頼られる神様に少し同情しつつ、手の届く範囲で軽く埃を払い落とした。
「……行きましょうか」
「そうね。……大丈夫? メリーは疲れてない?」
「平気よ。もう折り返してるしね。後三つでしょ」
「うん。じゃ……あ、そうだ。あれ、見える? 結界の隙間ってやつ」
「ああ、そうね。探してみる」
あちらとこちらを結ぶ境界。それは苦労なく見つかった。社を閉ざす格子状の扉、そのすぐ手前に鋭い切れ目が走っている。
「やっぱりというか、あるわ。何なのかしらね、この手触りといい」
「ん、どんな感じ?」
「えっと、赤ちゃんの手みたいに柔らかくて暖かくて……」
「へー。ね、ちょっとだけなら触っても……」
「駄目よ。さっき言ったじゃない。それに多分触れないわよ」
概念への接触は認識が必要だと思うのだ。
「ちぇー。残念」
「うん……ごめんね」
「やだ、メリーが謝ることないわよ」
蓮子には悪いが危険は冒せない。境界の向こう側がどうなっているのか、私は全く分からない。もし触れることが出来てしまって、蓮子に何かあったら、その時こそ私は本当に後悔する羽目になる。触らぬ神に祟りなし。好奇心を原動力にする秘封倶楽部だが、触れてはいけないものも世の中にはあるのだから。
∇
「ん……?」
「八坂さま? どうしました?」
「んー……この部屋、私と早苗しかいないわよね」
「そのはずですが……八坂さま?」
「ふむ……おぉぃ諏訪子ォ! 早苗が私の尻を撫でたぞぉぉ!」
「うぇ!?」
「早苗が! 早苗が遂に女の尻に興味を! 今夜は赤飯だ諏訪子! 諏訪子ォ!」
「ぎゃああ! デッカイ声でなに言ってるんですか八坂さま! 触ってません! 私じゃありませんって!」
「大丈夫、鉄道警察は呼ばないからね。いいんだよ早苗。それが大人になるってことなのさ」
「何ですかその優しい目! 冤罪です! それでも私はやってません!」
「いいからいいから……おおい母さん! じゃなくて諏訪子! 赤飯だ! 赤飯の出番だよ! 村長に小豆の督促だ! 諏訪子! 矢文だ! 諏訪子ォ!」
∇
「五番目の舞台は屋内プール、ね」
「いつ見ても無駄に豪華よね」
体育学部もないというのに、八雲大学には立派な屋内水泳施設が存在する。これは近所にある附属小学校が、建築時に予算の都合でプールを造れなかったからだ。八雲小の校長、通称ヤクプリが過去に作成した同人誌『衰退を続ける日本文化におけるスクール水着の意義と二次性徴前のときめき』こそが、予算圧縮の主因に違いないというのがもっぱらの噂であるが、とにかく校内にプールのない小学生達を救わんと、大学は部員七名の水泳部の為に見事な屋内プールを建造した。今も週に幾度か水着袋をもった子供たちと、最新式のデジカメを首から下げたヤクプリがミッ○ーマウスマーチなど口ずさみながら、元気良くプールにやってくる。彼が校長であることを知らぬ大学生により二割の確率で通報されるという微笑ましい定例イベントだ。なまじ教育熱心な好人物であるだけに、残念なオッサンである。
「充実した設備のおかげで、一時は水泳部員もたくさんいたらしいんだけどねえ」
「あら、そうなの? ずっと一桁なのかと思ってたわ」
「プールが出来たばっかりの頃は三十人近くいたらしいわよ」
「それがこの閑古鳥? 何かあったのかしら」
「さあねえ。まあ有名指導員とかいないし、大会で結果も出せてないみたいだし、大学の水泳部としては魅力がないんじゃないかな」
なるほど。遊び感覚ならサークルで十分だ。本気で水泳を考えるなら施設だけ立派でも仕方がないのだろう。
「ただ、七不思議の方は別の理由をつけているわ」
「人が寄らなくなる話なのね」
「うーん、人によるかしら。まあシンプルな話ね。そこのプールで入水自殺した女子水泳部員の霊が出る、ってさ。原因はいじめ。泳いでると足を引かれて、やっぱり溺れちゃうんだって」
「気持ちよく泳げる話じゃないわね」
「実際溺れた子、結構いるみたいよ。ほら、小学生とか来てるじゃない。ヤクプリの迅速な救助で大事には至ってないようだけど、溺れかけた子は一人や二人じゃないみたい。『ヤクプリお手柄!』って校内新聞、知らない?」
オッサンも無駄にプールサイドでシャッターを切っているわけではないらしい。しかし校内新聞でその見出しはあんまりではなかろうか。
「後で聞くと、誰かに足を引っ張られたって言う子が多いのよね。まあ足がつったりするとそんな気がするのかもしれないけどさ」
「子供の話だしね……とは言えないか。子供は霊感が強いっていうし、案外本当かもしれないわね」
「試してみる?」
「水着を持ってきてないわ。蓮子は?」
「ナッシン」
「残念」
折角蓮子はスクール水着の良く似あう体型だというのに。
「けど……ここが七不思議の舞台というのは間違いなさそうね。そこ、結界の隙間があるわ」
やれやれと首を振った拍子に目に入った水面の亀裂。競泳プールの真ん中あたりのコースに、漂うようにへばり付いている。
「ここ? ……第四レーンね。やっぱり。溺れかけた子たちは皆このレーンを泳いでいたらしいわよ。うちの水泳部も第四レーンだけ使わないみたいだし」
「たまたま、ではないのよね?」
「それはないわ」
こういうことらしい。競泳用の長水路は八レーンから成る。現在水泳部員は七名しかいないからどこかのレーンが空く計算だ。だがそんな場合、普通は第四、第五レーンから埋まっていき、最後に残るのは第一か第八レーンのはずである。複数名が同時に泳ぐ水泳競技において、水面の波は素人の想像以上に選手のタイムに影響を与えるものだ。そして波はプールの端にいくほど強くなる。陸に近づくほど大きくなる津波と同じことだ。競泳では端のレーンほど泳ぎにくくなり、公式試合においては好タイムの選手ほど中央の第四、第五レーンに配置するものである。
波に慣れるという練習でもない限り、特等席の第四レーンを空けておくというのは、確かにおかしな話ではあった。
「ふーん。無人の第四レーンか……あ、七不思議のタイトル、そんな感じかしら」
これまでの四つでなんとなく名付け親のセンスがわかってきた。そう遠くないネーミングだと思うのだが。
「んー、おしい。三十点。七不思議の五は連鎖する溺死者、『道連れアンカー』でした」
「おしいかしら……アンカーって錨のこと?」
「それもあるかも。泳いでる最中に足に錨を巻きつけられたら、溺れるしかないからね」
超重量による強制停泊。しかも錨は水底を突き抜け地下深くまで沈んでいくのだ。引き摺られるという泳者にとっては悪夢に等しかろう。
「でも多分アンカーって、最終泳者のことだと思うわ。その自殺した子ってリレーの選手だったらしいの。このレーンで道連れに足を引くのはリレーのメンバーを集めているんだって。最後の犠牲者がアンカーを務めて、代わりに第一泳者が解放される。溺れさせる度に自分の解放の順番が繰り上がるってわけね」
「そんなお化けだか妖怪がいたわね」
「七人ミサキね」
祟り殺した相手を仲間に引きずり込むと、七人のうち誰かが成仏する。常に人数の変わらない恨みの群れである。全国各地に存在する怪談だが、地方によっては水の霊でもあるようだ。
「水の底の苦しさから逃げたくて他の誰かの足を引く。そうやって次々代替わりしてるのに、最初の自殺した女の子は解放されないんだって」
「それはそうよ。恨む先が違うもの。いじめが原因の自縛霊なら、そっち側から解決してあげないといけないんじゃないかしら」
足を引かれて亡くなった人たちの苦しみは溺死のそれだが、自殺した子の苦しみは生き地獄だ。かつて生きた世界がどうしようもなく辛くて怖くて、なのに眩しくて仕方がないから泣きながら足を引くのだ。どれほど道連れを増やしたとしても、怒りも悲しみも癒えることはないだろう。
「そういうことね。だから当時の水泳部員、この時も七人だったらしいんだけど、祈祷師だか除霊師だか、そういう人を連れてきてお払いを頼んだらしいわ」
「そんな簡単に呼べるものかしら……」
「八方手を尽くしたんじゃない? よっぽど怖かったんでしょうね」
蜂の巣の駆除などとは訳が違うと思うのだが。
「そうして連れてきたのは若い女性。どこかのお寺の尼さんだったみたいね。変わった方で、こういう幽霊とか妖怪は人間と平等だ、分かり合える、って公言してたって。その話を聞きつけて、藁をも縋る気持ちで引っ張ってきたんじゃないかしら」
それは大層な変人だろう。檀家の目を気にしていたら中々言えない台詞である。
「部員達の想定外は、女性が掛け値なしの本物だったってことね。水泳部としてはお払いでも何でもして、第四レーンを使えるようにしてくれるだけで良かった。だというのに、彼女は本当に自殺した子と話をしてその子を理解してしまうの。水の中で足を引かれながら、ずぶ濡れの髪で女性は笑って言ったわ」
――ご安心ください。方法が分かりました。
そして喜ぶ部員たちに続けたという。
――彼女の無念を晴らしましょう。あなた方全員、彼女の後を追ってください。
「水泳部員たちは凍りついた。どういうわけか、自殺の原因が自分達のいじめであることを知られてしまったのだから。そして焦った七人は自らが呼んだ女性も殺して死体を土に埋めてしまったのよ」
「うわぁ……それは人としてどうなのかしら」
「まあ怪談だからね。それらしい悪役は必要なんでしょ。ちなみに七人全員が『おねがい』して入学したって設定よ」
「前科者ってわけ? 徹底してるわね」
「私としては由来よりも、実際第四レーンで事故が多発している原因が知りたいかな。結界の隙間の意味もね」
ふと見ると亀裂はゆらゆらとこちらに流されてきているようだ。さっきから見ているが、ここの隙間は波に揺られて水面を漂っているらしい。ゆったりと位置を変え続けているのだが、常に第四レーンの中にある。これが事故の原因なのだろうか。
「ここまで来てれば触れそうね……ねえ蓮子、ちょっとこっちの手握ってて頂戴」
膝の裏にスカートを巻き込み蓮子に体重を預けてプールに乗り出す。指先に感じる手触りは、やはり低反発材のように癖になる柔らかさだった。
「あらメリー。少し重くなったんじゃない」
「失礼ね」
「一人でチョコレートパフェとかパクパク食べてるからよ」
「蓮子はすぐに森永製菓に電話するからチョコはダメよ」
「あ、あれはたまたまよ……」
「だといいんだけど」
ぴ、と指の水を払ってハンカチで拭った。屋内とはいえ秋の水は冷たくて、対照的に握られた蓮子の手がやけに熱く感じる。きっとそれはチョコレートの単語に反応して、蓮子の体がカロリーを燃やしているのだろう。
「じゃあ帰りにどこか寄っていきましょうか」
「賛成。酔無双は?」
「いいわね。久々にあそこのラムアイスが食べたいわ」
酔無双は駅ビルの地下三階にあるバーだが、お洒落な雰囲気と意外に充実したデザートのお蔭で、女性に人気のお店である。尤も、女性客の目当てはデザートだけではない。
「メリーのお目当てはバーキーパーのお姉さんじゃないの?」
「……それもあるわね」
客を優しく迎えてくれる長身のお姉さんが兎に角かっこいいのだ。
「そういえばバーテンダーさん増えたらしいよ。早速怪我したのか、片手包帯でぐるぐる巻きだって。でもやっぱり美人のお姉さんみたい」
「へえ……あの店長も子供みたいな顔してやるわね」
「あの童顔。あれこそ犯罪よね」
マイブームのお店に思いを馳せて屋内プールを後にする。七不思議も残るは二つ。見上げた月はそろそろ中天にかかる頃だった。
∇
「……ムラサ。ちょっとそこにお座りなさい」
「はい? なんです聖、改まって」
「いいから。……ムラサ、それはきちんと責任を取る覚悟を持ってのことですか?」
「へ?」
「病める日も健やかなる日も、いつ如何なる時も最大限の愛を注ぐつもりがあるのですか?」
「あの、何の話か良く分からないんですが……聖のことなら大好きですよ?」
「……そうですか。いいでしょう。いつかこういう日が来るとは思っていました」
「……聖? って、どうして脱ぐんですか!? はっ!? いつの間にか布団が! 椿の花が! BGMが欲情の摩天楼に!」
「まったくムラサは変わらないな……誠に奥手で誘い受けであるっ! いざ、南無三――!」
∇
二つの工学棟の間を抜けるように歩いている。相変わらず雲のない空。冴え冴えと注ぐ月の明かりで校舎は蒼く照らされていた。
「ん? どうしたの蓮子?」
「いや……」
ふと、少し前をいく蓮子がこちらをじっと見ていることに気付いた。
「もしかして結構前から見てた? ごめんね気付かなくて」
「ううん……そう、でもないんだけど……」
なんだろうか。妙に歯切れが悪い。
「んー」
と思ったら突然その場で足踏みを始めた。
「な、なに?」
「なんでもない」
すぐにやめたがかなり訳が分からない。
「さ、いこ。もうすぐだよ」
「う、うん……あっ」
蓮子に促された途端何かに足をとられてバランスを崩した。幸い数歩よろめくだけで転ばずには済んだが、とっさに差し出された蓮子の腕にしがみ付いてしまう。
「ぁ……はは、ありがと。かっこわるいね私」
ごめんごめんと蓮子に並ぶ。笑いかけた蓮子は何故か白い顔をしていた。
「い、いや……行きましょ」
私の手を握ったまま蓮子は歩き出す。少し痛むほど強く握られているのだが、それを告げる気にはならなかった。暫くお互い無言で歩く。
「……着いたわ」
「うん……これが……」
「七不思議の六……『墨染の桜』よ」
見上げるのは大きな桜の木。勿論この季節だ。花は影も見当たらない。
「知らなかった。中庭にも桜の木があったのね」
「私もはじめて見たわ。桜なんて正門の桜並木だけだと思ってたわよ」
見る者を圧倒するほど大きく、そして広々と枝を伸ばした見事な桜だ。日当たり良好とはいえない中庭で、よくぞここまで育ったものである。
「この中庭が死角なのよね。五つの建物に囲まれているのに、どれもこっちを向いた面は窓の少ない階段側や裏廊下。わざわざここまで入り込みでもしないと、中々拝めない代物ね」
そうなのだ。見渡す壁はどれも変化のない白いコンクリートで、窓も扉も一つか二つ。数少ないそれらも角度が悪く、これでは構内から中庭を見ることは難しい。そして申し訳程度のベンチこそあるものの、どこからもアクセス不便な日の当たらない中庭にわざわざやってくる物好きなど滅多にいないわけで、自然、この立派な桜の木は見る者のほとんどない不遇の扱いを受けているのである。
「もったいないわね」
「うん……だからこそ七不思議に選ばれたんでしょうけど」
「そうね……『墨染の桜』? やっぱり花の色が違うのかしら」
「そうらしいわ。昔は普通の色だったみたいだけどね。お馬鹿さんが根元に死体を埋めてから、墨に浸したような花をつけるようになったんだとか」
「もしかして……?」
「そ。さっきの水泳部員たち。人目につかないと思ったんでしょうね。殺してしまった女性の体をここまで運んで埋めたらしいの。深く、深く、誰にも見つからないように。けどそんなの全然意味がない。だってそもそも埋めるところを見られているんだもの。この、桜の木にね」
翌年の春から桜は不吉な色を散らすようになったという。埋葬された罪を告発するように。
「いっそ壮観らしいわよ。揚羽蝶が舞うようにひらりひらりと花が散る。既にこの世の景色ではないって、著名な歌仙が詠ったこともあるんですって」
――生きては見えぬ 色に捧げん
「自らにあてられた歌に何かを感じたのか……いつしか『墨染の桜』は理由を手に入れたのよ。魅入られた人間を死に誘うバケモノとしての存在理由をね」
「蓮子……」
「ん……いや、本人を前にバケモノはないわね」
その話のとおりなら桜に非は欠片もない。死体の色を吸った花びらも、死に誘うという美しさも、全てヒトから与えられたものだ。
「まあでも話は分かったでしょ? 後はほら、結界の隙間。探してみましょ」
ね? と私の手を引く蓮子。だがその必要はないのだ。
「ううん蓮子。探さなくていいわ。だってほら、あるもの、そこに。……死体を埋めた場所、なんでしょうね」
桜の太い根のすぐ手前。長さ百六十センチ弱の隙間が身を捩るように横たわっている。ぴったりと閉じた亀裂の向こうは暗く冷たい土の下なのだろう。無念を叫ぶ骸の声が、桜を藍墨に染めたのだ。
「へぇ、ってすぐ足元じゃない! 早く言ってよメリー!」
「あ、うん……そうね」
言われて気付く。本当、ぼおっとしていたものだ。
「ごめんね」
いっそ笑えてしまう。花もつけていない桜に魅入られたなんて。
「まったくもう……で?」
蓮子はぶつぶつと腕を組んでこちらを見る。あちらも笑うしかないようだ。
「うん。やっぱり柔らかい……けど、今までと少し違う感じ」
いや、今までも手触りは少しずつ違ってはいたのだけど。
「しっとり手に吸い付くような……溶かしたマシュマロみたいな? けど少しひんやりしてるわ……」
やわやわと撫で擦る。不思議な触感だった。だが勿論それによって劇的な何かが訪れるわけでもない。
「ふーん……けどそれだけか。なーんだ残念。何か起きると思ったんだけどなあ」
途端、蓮子は手を広げた。
「いやいやいや……」
手の平を天に向けたまま蓮子はこちらを向いた。だらりと、空気まで緩んだ気がした。
「やー、でも中々面白かったね。またやろうよ、メリー。今度は……そう、桜の季節にでもさ」
にっこり微笑む蓮子。それは祭りの後の笑顔で。
「帰ろっか。アイス食べてこうよ」
「蓮子……?」
「うん? あ、はは……いやね、ちょっと期待してたんだけどね。こう、七不思議を一から回ってみれば何か起きるかも、って。メリーの隙間もあったしさ、途中から結構本気だったんだけど……」
「どうしたの? 『墨染の桜』は六つ目でしょ? 七不思議はまだ……」
「終わりなのよ。尻切れで悪いとは思うけど、私は知らないの。七つ目がどこにあるのかね。六まで辿れば自ずと知れる……みたいな話だったから、いけるかなって思ったんだけど。……七つ目を知ったら帰ってこれない、って説もあったし、一枚奥の謎なんだろうなあ……やっぱ、ここまでみたいね」
やれやれと大げさに首を振って、蓮子は桜から身を離した。そうしてゆっくりと歩きながら破れた証明の式を晒す。どこで間違えたのか、教えを請うように。
「ねえメリー。ここに来る途中転びそうになったよね。……どうして?」
「え? あれは……さあ、どうしてかしら。多分何かに躓いたんだと思うけど」
「……そう。……メリーはさ、一度その前にも転びそうになってる。そっちはどうしてか、憶えてる?」
蓮子は私が二度転びかけたと言う。さて……?
「ほら、最初の時計台に行くときさ」
「ああ、屋上に出る前ね。あれは蓮子が急に引っ張るからじゃない」
「ん……そうだっけ? ……ああ、ああ、そうね。確かに私、メリーの手を引っ張ったわね」
そうだそうだったと一人頷く蓮子。解を得たというのに、その声は晴れやかとは言えないものだった。そして、
「……気付いてなかったと思うけど。メリーと私、この桜の下まで同じ歩数で辿り着いたんだよ」
そんなことを言った。
「……え?」
「だからさ、足を踏み出した数よ。七不思議を探しに学校に来てから。万歩計があれば多分ぴったり同じ数」
「嘘でしょう?」
「ほんとだって」
「……どうして?」
普通に考えてそれはありえないことだ。肩を並べて歩いてきたとはいえ、身長の違う私と蓮子とでは当然歩幅もかなり違う。歩くコースだって寸分違わぬわけじゃないし、それぞれ微妙な寄り道もしてるはずだ。特に七不思議の現場では思い思いに調べて回ったりしたのだから、二人の歩数が全く一緒だったというならば、それは天文学的な確率の奇跡が起きたということだ。
「なんとなく気づいたのはE棟の地下かな。ほらあそこ、しんとしてるから音が響くじゃない。薄暗くて耳に神経いってるしさ。ふと気付けば、ぺた、ぺた、ぺた、ぺた……って。メリーと私の足音が完全に一致してたのよ」
そうだったろうか。全く憶えていない。
「地下六階の防火扉を調べて引き揚げて、蛍光灯の切れかけた階段を上っていった。それから暫くしてぼんやり思ったの。ぺた……ぺた……って、ああ、この音まだ一度もずれてないんだってね」
「……」
「『てんじんさま』の頃には数えだしたわ。弓道場の兎小屋から大講堂のお社まで二人揃って三百六歩。そこから屋内プールまで二百七十歩。そしてこの桜の下までが二百十二歩。ねえ、これって偶然……!? はじめはなんだか面白かった……流石秘封倶楽部、息がぴったりだって……けどこんな偶然あるわけがない! いつまでたっても足音は一つで、怖いくらいに同じ数で! ……だから壊したの……わざと四回、その場で足踏みしてね。そうしたら……すぐにメリーは追いかけてきた! 『多分何かに躓いて』!」
たたらを踏んだ私が、蓮子の乱した歩数に追いついたと言う。本当に……?
「蓮子……ちょっと、どうしたの……?」
蓮子は私の背中に回り込むように歩き続ける。いや、そうではない。蓮子は帰り道を歩いているだけなのだ。もう終わりだと、言ったのだから。
「35.48026691408194/135.3796935081482、35.479830080036926/135.38053035736084、35.47946313760458/135.37962913513184。……分かるかしら?」
ゆっくりと首を振る。
「……そうよね。これはねメリー、七不思議の四、五、六。大講堂と屋内プール、それからここ中庭の経緯度よ。時計台や弓道場は『見』てなかったけど、この数字の規則性で分かるでしょう? これは螺旋よ。七不思議の現場は内向きの渦巻きを描いているの」
蓮子は月を見るだけで現在地を把握する。仮借なく、小数点の彼方まで。
「……うずまき」
頭の中に学校の俯瞰図を広げる。時計台。教育学部。弓道場。大講堂。屋内プール。中庭の桜。言われてみれば全てを線で結ぶと蚊取り線香のように渦を巻く。その線は各施設を結ぶ最短距離であり、建物の構造上それ以外のルートを選ぶ余地はない。
「教会の悪魔が時計台に引っ越すわけよね。Z軸の移動なら経緯は変わらないもの」
はあ、と蓮子はため息をついた。
「ね? 偶然にしては結構なものよ。なんだか何か起きそうな気がしてこない?」
「……ん、」
「ありゃ、反応薄いわね。……やっぱり私だけだったのかな。こんな『目』で月を見るから、ありえない想像しちゃうのかしら」
あはは、と私の後ろで頭をかく蓮子。私はそれに振り向いた。そんなことはないと。おかしな目はお互い様でしょうと彼女の手を握るつもりで……それを見た。
「――蓮子。ストップ」
「え?」
「そこで止まって。絶対に動いちゃ駄目」
「……何、か、?」
黙って頷き握り締めた蓮子の手をゆっくり引いた。そのまま蓮子の身体を抱きしめて一歩下がる。重なり合う胸と胸は跳ねる鼓動まで同じリズムだった。
「正解よ蓮子。あなたの方程式」
私達を挟んで桜の正面。距離にしてほんの数メートルのところ。『結界の隙間』がぽっかりと口を開けていた。中庭の半分を飲み込むほどに大きな穴だ。恐る恐る覗き込んだその内側はぐにゃりと歪み、まるで宇宙を潰して流し込んだようなどろどろのスープ。具は月の欠片に幽霊船、彼岸花。何の冗談か真っ赤な洋館まで浮かんでいた。そしてそれらの周りでこちらを見つめる無数の目。全てが揺蕩う闇の色は――。
「……そういうこと。内向きの渦か……そう、それは虹なのよ蓮子。七不思議の最後、七番目の場所が分からないと言ったわよね。あなた、それ以外は知ってるんじゃない? 誰が、どんな目にあったのか。例えば、ねえ……桜の下に死体を埋めた七人はどうなったの?」
すべては内へと至る螺旋の方程式。最外周にある時計台、南端教育E棟地下。西門手前の弓道場に、北を向く大講堂、屋内プールと続き、中央中庭に至る道。辿れば円を描き損ねたように内へ内へと迷い込んでいく蟻地獄だ。
「部員たちは……帰ってこなかった。女性を埋めたその夜に、全員失踪してしまったわ」
わざとらしく番号が振られ、次の不思議にバトンを渡すかのような無意味な連続性。そう、そもそも七不思議に順番があることが既におかしかったのだ。スタートとレールが用意された七つの怪談。ならばゴールはどこにあるのか。……七不思議とは定められた順路を辿り、定められた歩数をもって至ることで成る式なのだ。
「そうでしょうね。七つ目は……そういうもの。ねえ、いい加減教えてよ。最後の七不思議……なんていうの?」
抱きしめたまま、背中に聞いた。
「……七人はいなくなってしまった。除霊を頼んだ夜の大学を最後に、それきりぷっつり足跡もない。だから不思議はここで終わり。七不思議の七――『八雲所縁の神隠し』でね」
そう。七人はどこかに消えてしまった。桜に至り、境界の裏側に誘われて。だが――
「違うわ」
「……メリー?」
儀式は内へと光を呑みこむ暗黒星雲だ。事象の地平線に足を踏み入れたが最後、引きずり込まれた光はその色を変えながら暗い星へと落ちていく。ああ、気付くべきだった。外から中へと誘う先があちら側の世界というなら、七色の不思議は一方通行の警告灯だったのだ。時計台の血、火葬場の炎、月色の兎、祟封じの社、水底の少女、藍墨の桜。ならば最後に辿り着く色は……。
「知ってる? 虹ってね、地獄の釜の弦、って呼ばれたりするのよ」
「じごくの……つる?」
「弧を描いて外から内へ、赤に始まり紫に終わる……八雲大学七不思議の七は、『八雲紫の神隠し』よ」
腕の中の蓮子を力いっぱい抱きしめる。睨み付けた隙間の目は笑うように端を歪めて、気付けば少しずつ隙間は閉じ始めていた。
∇
明くる日の昼過ぎ。太陽の光に目を細めながら、私たちは馴染みのボックス席で向かい合っていた。
「いや惜しかったわねえ。もう少しで結界の向こう側が拝めたっていうのに」
「惜しかったって……ダメよ蓮子。あれはダメ。確かに結界のあちら側に興味はあるけど……『あそこから』入っちゃいけないわ」
「どゆこと? 入り口によるの?」
「う、ん……そうなのかな……? なんていうのかしら、良く分からないけど……あれは選んじゃいけない扉のような気がする……」
「ふーん……ま、メリーが言うならそうなのかもね」
レモンティーのストローに口をつけて、蓮子はぐっと伸びをした。少し眠そうなのは季節の割に日が柔らかいからだろう。酔無双は不思議な店だ。地下三階にあるというのに日も当たれば雪も降る……らしい。
「けど、なんにしても大発見よね。まさかうちの学校にあんなオカルトが転がってるとは思わなかったわ」
「そうね。二尾の黒猫以来の大当たりね」
「うんうん。よっし、それじゃ今日から一つずつあたっていきましょ。昨日はざっと流しちゃったから色々見落としがあると思うし、噂が本当かどうか実験してみないとね」
蓮子はまくし立てながら片手でシロップを弄んでいる。レモンティーに入れるかどうか、まだ迷っているらしい。
「でもあれ、当たりは当たりだけどそれは七つ目だけじゃない? 他の六つは七つ目までの餌というか呼び水というか……あからさまにルーティングが目的のような気がするんだけど」
「だけど餌にもリアリティは必要でしょ。七つとも本物に越したことはないわ」
「うーん……そうかもしれないけど」
どちらにしろそれは誰かの配置した謎ということだ。大発見の割に高ぶる気持ちが薄いのはそういう理由からだろう。
「不満そうね、メリー」
「そんなことはないけどね。ただ、今思えばいかにもな引っ張り方してたじゃない。時計台で消えた子の身体を焼いた火葬場で拾ってきた兎だっけ? 滅茶苦茶な繋ぎ方で結局七つ目まで結んじゃって」
「あー、そのへんはねー。昨日も言ったけど、私はどっちかっていうと由来の信憑性よりも、起きると言われている現象の再現性のほうに興味あるからさ」
「まあ、ある程度のスイッチはあるかもしれないけどね」
個々に見ていく分には七つ目が開くことはない、と思う。あれは学校という魔方陣を舞台に、一定の手順を踏むことで『あちら』に飛ぶ大空魔術だ。おそらく最終的な歩数も何か意味のある数字だったのだろう。
「ねえ、その、メリーの言う穴ってさ、なんなのかしらね。メリーの良く見る結界の隙間が開いた状態ってこと?」
「そう……かも。全ての隙間がああいうものなのかどうかは分からないけど……蓮子はアレキサンダーの暗帯って知ってる?」
「アレキサンダーってあのアレクサンドロス大王?」
「違う違う。別のアレキサンダーさんよ。アレキサンダーの暗帯っていうのは、主虹と副虹との狭間の空間が周りに比べて薄暗くなる現象のこと」
「シュコーとフクコーって何?」
ぼんやりと首を傾げる蓮子。理系の彼女の方が詳しい話だと思ったのだがそうでもないらしい。
「虹の話よ。虹って良く見ると、色の濃い虹ともう一つ淡い色の虹がセットになっていることがあるのよ。色の濃い方が主虹で薄いのが副虹。で、その二つに挟まれた内側の部分って、虹の外側に比べて仄暗く見えるのよ」
原理は学部の友達に聞いて頂戴、とアイスコーヒーを一口すする。
「要は虹に挟まれた不気味な空間ってこと。……でね、七不思議の現場にはそれぞれ結界の隙間があったじゃない? それからこの七不思議、それぞれ一から七までが虹の外側から内側、赤から紫までを表してるように見えるんだけど……各隙間の向こう側にも、やっぱり対応する何かがあったとしたら……って、昨日少し思ったのよ」
「こちらの虹色とあちらの虹色の狭間の世界……それが七つ目の穴の中だって言いたいのね」
「思いつきだけどね。此岸と彼岸の境界、胡乱で薄暗い隙間の世界が、実はあちこちで口をあけているのかもしれないわ」
「……メリーってペシミストよね」
「せめてロマンチストと言って欲しいわ」
「そんなロマンがあるものですか」
ロマンを解さぬ女は困る。二人揃ってため息をついた。
「それにしても……」
友の無粋を十分に嘆いた後、汗をかいたグラスをぐいと横にやって、正面から蓮子を見た。
「学校の七不思議なんて、一体どこから聞いてきたのよ? 昨日までは一つも知らなかったんでしょ?」
昨日から思っていたことだ。朗々と謎を語る蓮子は詳しすぎた。聞いたばかりと言いながら、まるでその目で見てきた悲劇のように、淀みなく六つをエスコートしてみせたのだ。
「ああ、うん。昨日聞いたのよ。うちのOGだって、すっごい綺麗なお姉さんに」
「昨日のいつ?」
「あれは、ほら、あの時だから……えっと、あれ……? いつだっけ……? ええと……大学じゃないし、喫茶店……? う、ん……どこかの喫茶店……かな? だから、夕方?」
「……夕方からは私と一緒だったじゃない。昼はあなたゼミの必修があったんでしょ? 蓮子は午前から出歩く人間じゃないし、ねえ、昨日のいつ、どこでその話を聞いたの? その人の名前は聞いた?」
「ん……聞いた、と思うんだけど……?」
頭の周りをクエスチョンマークで埋め尽くす蓮子。本気で思い出せないらしい。そんな馬鹿な、と思う。狐に化かされたわけでもあるまいに。
「分からないなら無理に思い出すことはありません。思い出してはいけないことも、世には幾つもあるのですから」
「……え?」
突然降ってきた言葉に頓狂な声を上げてしまった。
「お待たせいたしました。ミントラムになりますわ」
浅いグラスに乗せたジェラートが目の前に置かれる。見上げたのはとんでもない美人だった。
「あれ、ゆーぎさんは……?」
「今日は早上がりですわ。なのでお二人のオーダーは私が引継ぎを。何か追加のご注文はおありですか?」
「あ、いえ……今は……」
くるりと纏められた金髪は下ろせば妖艶に見る者を誘って靡くのだろう。豪奢なドレスが似合うに違いない目の前の女性は、男装に近いバーキープのスタイルだった。全然似合っていない筈なのに、ダークスーツを完璧に従えている。初めて見る顔だがこの店のスタッフなのだろう。そういえば新しい人が入ったと蓮子が言っていたか……?
「ああ、それは別人ですわ。彼女は今日はお休み。私はここの店長の古い友人よ。ヘルプを頼まれたの」
「そうですか……あれ、私口に出していました……?」
「ふふ……それはそうと、こちらをお召し上がりになったらまたお呼びくださいな。メリー様に新味のリサーチをお願いしたいと、『ゆーぎさん』から言付かっておりますわ」
「え? あ、ありがとうございます……」
おそらく新しいジェラートを閃いたのだろう。そんな時、彼女は良く私の舌を借りると言って、色々ご馳走してくれるのだ。
「あー、メリーばっかりいいなーっ。私にはないんですかっ?」
相手が誰でも蓮子は臆さない。こういうときには羨ましい性格だ。
「稀にお父様のお名前で森永乳業に電話をかけるので、蓮子様にアイスを与えてはいけない、と伺っております」
「蓮子……」
私の知らないところでそんなことを。
「い、いや、そんなことしませんよ……? あ、あは、ははは……」
「ですので、蓮子様にはレモンティーのお代わりを。……あら、あちらのお客様がお呼びのようですわね」
ぴん、とグラスを弾く音が私の耳にも届いていた。気障な客もいたものである。
「それではお二人ともまた後ほど」
女性はゆっくりと去っていく。なのに気付けばもう姿が見えなかった。
「はー……不思議な人ね。あ、お名前聞くの忘れてたわ」
「いいじゃない。今日だけのヘルプみたいだし」
「まあそうなんだけど」
「それよりメリー。今の人、どっかで見た気がしない?」
「しないわよ。あんな美人一度見たら忘れられないでしょ」
「うーん……最近あったような気がするんだけどなあ……」
凄みに近い麗貌である。芸能界に身を置いていたとて、彼女を忘れることは出来まい。
「蓮子は大物ね」
「うむむ……あ、大物と言えばさ、メリー。知ってる? 大江山連峰の奥地でUMA発見、って」
「UMA? ……あなた前のUFOを忘れたの? きっとまた優曇華院・諸田・アツオとかいうオチじゃないの?」
「いやいやメリー。今度こそは大当たりよ。自信アリ」
良く反らした薄い胸に根拠がないことを、付き合いの長い私は知っている。
「昨日の夕方、学校の図書館でそれっぽい文献も見つけたのよ。この後行ってみましょ」
あれ、昨日の夕方って……私と一緒じゃなかったっけ?
「まあいいけど……図書館で?」
「そうよ。『丹後風土記残欠考抄』って本」
「それは鬼退治の伝説じゃないの……?」
鬼ってUMAに含まれるのだろうか。
「だからさ、きっと昔の人がUMAを見つけて、それを鬼って呼んだのよ」
「まあ、当時ならそう呼ばれたかもね」
「でしょ。大江山には計三つの鬼伝説があるみたいだし、それぞれの伝説の鬼が持つ共通点を結んでいけば、きっとUMAに迫れるはずよ」
「そうねえ……まあ確かに朝敵や異人山賊のバッドアピールにしちゃ、鬼っていうのは人間の枠を超えた設定ではあると思うけど」
「ね? メリーもそう思うでしょ。うん、これはいけるわよ。化猫以来の大当たりの予感がひしひしとっ」
「今年に入って当たりなし。通算六連敗中ですものねえ」
言いながらふと違和感を感じた。……六連敗? なにか最近すごい本物、見つけなかったっけ……?
「うぎぎ……白岩山でツキが落ちたのよ……」
「埼玉県まで遠征したのにねえ。まあ夏に雪女を探しに行く方が悪いような気もするけど」
「むぐぅ」
むーむー唸りながらストローに口をつける蓮子を見ているうちに、違和感は頭から溶けていった。うん、蓮子の与太に付き合って、偶には本物に巡り合って。秘封倶楽部はそういうものだ。
「けどまあ、そろそろ秘封倶楽部にも大きな発見があってもいいわよね」
「例えばUMAとか」
「例えば雪女とか」
例えば……そう、別の世界の入り口だとか。
「ふふん、メリーもやる気出てきたみたいじゃない」
「やる気がない、とは一言も言った覚えはないわ」
「はいはい。それじゃ今日は図書館行って、その足で大江山だからね」
「ええっ今から? あのね蓮子、府内っていっても近所じゃないのよ? 電車の経路とか分かるの? 着く頃には夜になってるんじゃない?」
「時刻表は道すがら携帯使えば平気よ。それに夜のほうが、なんだか出そうな気がするじゃない」
「まったくもう……蓮子は言い出したらきかないんだから」
出会った頃からそうだ。これからもそうなのだろう。
「そこが魅力でしょ? ほら、夜になるのが嫌なら早くそれ食べて学校行こうよ」
蓮子が指したミントラムは既に半分溶けていた。
「ぁーあ、楽しみにしてたのに……」
常温に近づいたジェラートを口に運ぶ。それでも濃厚なラムに混じって鼻を抜ける一滴のミントの香り。冷たいうちに食べなかったことが悔やまれてならない。
「もうグラス傾けて飲んじゃえば?」
「嫌よはしたない」
クリーム状のジェラートはそれでも甘く舌を潤してくれる。昨日の夜は結局食べられなかったのだ。今日こそは、せめてきちんと食べたいではないか。
「……昨日の夜? 何で食べられなかったんだっけ……というか、そもそも食べようとしてたんだっけ……?」
「何が?」
「昨日の夜さ、酔無双のジェラートの話したっけ?」
「私と? 嫌ねメリー。私昨日は夕方から一人で図書館にいたのよ。分かるわけないじゃない」
「そう……そう、よね。ごめんね、多分私の勘違い」
昨日の夜。何故かすぐに思い出せないが、おそらくそれはいつもどおりの夜だからだろう。少し恥ずかしくなる。私ったらいつもアイスのことばかり考えているのだろうか。
「それよりメリー、ほら早く。あと一口じゃない。それ食べちゃって図書館図書館」
「駄目よ。新味のリサーチがあるって言ってたじゃない」
「えー?」
「一口あげるから」
「Good!」
折り良くそこにそう言った本人が通りかかった。
「あ、ゆーぎさん。そろそろ例の新味、お願いします」
「ん? 新味? そんなこと言ったかい?」
「えー? 言いましたよう、ついさっき。忘れちゃったんですか? それとも……もしかして忘れたいくらい酷い味だったとか……」
「んん? 話が良く見えないな。けどまあいいさ。二人が言うならそうなんだろう。確かに考えてる新メニューがあるんだ。少し時間をくれるなら持ってくるよ」
一瞬の思案顔の後、にっこり笑ってゆーぎさんはキッチンに入っていった。去り際にさらりと流れる金髪が目蓋に残る。掛け値なしの金髪ロング。本当に光を弾く金色があるなんて、彼女を見るまで知らなかった。夜はあの髪を惜しげもなくアップに結わいてバーキープに勤しむのだ。ちっこい店長でなくとも惚れこむというものだろう。
「なんだろ。ゆーぎさん疲れてるのかな」
「ど忘れでしょ。お客さんは私達だけじゃないもの」
「ま、そうよね」
少し寂しいが、そこは流石に仕方ない。
「メリーも気をつけてよ。忘れっぽいんだからさ」
「失礼ね。私が何を忘れたって言うのよ」
「こないだ五千円貸してくれるって言ったじゃない」
「言ってません」
「ニュウ」
天を仰ぐ蓮子に倣って、私は店の天井を見る。きらきらと陽が降り注ぐ地下三階。謎な造りだ。いつかここも調べてみようか。
「さあ蓮子。ぐんにゃりしてないで。ゆーぎさん来るよ」
「んー」
「ほら、食べて学校行くんでしょ」
ぺち、と蓮子の手を叩く。
「……そうね。ゆーぎさんにツキを貰って行きますか」
その手を握られた。
「ええ。七度目の正直といきましょう」
その手に強く応える。さあ、夜は大江山だ。封じられた秘密が今度こそ待っているに違いない。
∇
「ゃん」
「……なんて声出すんですか幽々子様」
「酷いわ妖夢。きちんと責任をとってもらうわよ」
「退屈なら紫様と遊んでくださいね」
「……最近妖夢が冷たいわぁ」
「幽々子様がゆるすぎるんですよ。……まったく、幽々子様といい紫様といい……」
「んー、その紫、今日は来ないわよ。今頃大忙しなんじゃないかしら」
「……珍しいですね。新手の悪戯でも思いついたんでしょうか」
「そうね……その、後始末かしら」
とても素敵な秘封倶楽部のお話でした。
所々で挟まれる宇佐見菊蔵(56)に大笑いしました。
宇佐見菊蔵ェ…ってか763!
面白かったです
そこへ無駄に絢爛たるレトリックと宇佐見菊蔵(56)による肉付けを加えた笑える話。だと思ってた。
俺が甘かった。
紫様の登場は予期していたのに、尚特大の衝撃を受けた。
本当に作者様が開けた隙間に引きずり込まれそうになった。
貴方が境界をいじったお陰で、俺の思考はまだちょっと混乱している。
恐ろしいヒトだぜ、冬扇さんは。
とっても面白かったです!!
圧倒的な荒唐無稽さに底知れぬ恐怖がたゆたっていて
でもお尻と菊蔵さんのパワーがそれ以上w
幻想郷のおヒップにタッチできるなら
陰惨な雰囲気漂う怪奇現場も
鼻歌まじりに突撃できますね。
いつものハイテンションジェットコースターギャグなのかなーと思っていたら、物語そのものに引き込まれてしまいました。そう、正に引き込まれる。明日も仕事だということを忘れてしまうほどに。
やっぱ七不思議ってどうしようもなく引き込まれますねw
ミステリーとコメディの掛け合いがお見事!
菊蔵さんを労わってあげたい。
シリアスとギャグを同列に扱って纏め上げるセンスは過分にして知らず。
とても面白い作品でした。
流石です、面白かった。
笑いを含みながら次第にシリアスに変わっていく話に惹きつけられますね。
隙間を触るとお尻に触ることになっていたり、触られた側のそれぞれの会話や蓮子とメリーの会話など面白いお話でした。
いや、大変面白かったです
欲望の摩天楼で不覚にも噴いてしまった
本当に面白かった。
ギャグとシリアスとホラーとちゅっちゅの併せ技
いやはや…、最近は売り物でも、このレベルの作品は中々無いというに…。
とてもおもしろかったです。
序盤のゆるい日常から終盤のミステリアスな非日常へ
幻想少女の尻や菊蔵を交えながら進行する秘封倶楽部の活動に引き込まれました
そして、暗帯の先にはいつも通りの桃源郷
本当にごちそうさまでした
これは100点以外つけようがないな
そしてさりげなく『欲情の摩天楼』ってwwww
楽しく読ませていただきました。所々の小ネタにくすり、シリアスな雰囲気にドキドキさせていただきました
グッジョブ
ギャグとミステリーが上手い具合に混ざり合いとても面白かったです。
ぐいぐい引き込まれる面白さと、とてもジャンルの分類に困る話でありました。
秘封的にも菊蔵的にも面白過ぎです。
月のイナバと地上の因幡はプロレタリア漫画だったんですね。わかります。
オリキャラの菊蔵はもちろんその原因を作る蓮子もメリーの語り役も映えてましたね
最後の螺旋の話は特に上手かったです
存分に楽しませて頂きました
この菊蔵さんなら、別に名誉がなくなっても気にしなさそうだw
最高だ
とても面白く、だけど、とても怖い。一気に引き込まれました。
ファンタズムなお話、すごく面白かったです。
大変良いものを読ませていただきました。秘封の二人がとても生き生きしていて良かったです。
いろいろと幻想郷との繋がりが垣間見えて面白かったです。
あと、聖で爆笑しましたw
笑えて、和めて、ひやひやして……。色んな要素が注ぎ込まれていてとても面白かったです。
現実にここまで気の合う友達がいたら楽しそうですね。
もしかして女の子の日常ってこんな夢に満ち溢れているんでしょうか。
なわけ無いか・・・
驚きました。そして面白かったです。
ミステリアスな雰囲気でドキドキして、幻想郷とのリンクの仕方にクスリとさせられて、大満足の内容でした。
素晴らしかったです。
隙間の話なのに隙がない。
菊蔵…w
女性のお尻って魔性ですよね
冬扇さんはほんまに恐ろしいお方や……!
面白かったです。
ギャグとシリアスのバランスが取れてて読んでいて飽きなかった
後に作者みて納得、さすが引き込む力が普通じゃないなぁ
螺旋とかの説得力のあるトンデモ話が面白かったです
途中からそう思わざるをえないほどのストーリーに、読み終わったあと唖然としてしまいました。
ひとまず、菊蔵と蓮子の仲の良さに全俺が嫉妬です
おっさん共のキャラが濃すぎるw
とても面白かったです
凄過ぎてそれ以上言えないぜw
あと聖とムラサのその後をkwsk!!
読むんじゃなく、気付いたら読まされてた。
一段落ついたからそろそろ一息つこうか、という所でコメディタッチに移り変わり、気分転換した気になり、そのまま読み進めてしまう。
緩急の付け方が巧すぎて、真似なんてできない。
こんなのが大量にあったら、時間がいくらあっても足りないくらいやばい。
ぶっちゃけすげえ。
あれ以外にはどんな言葉もこの物語を締めることはできないんだろうな
が、内容は十分。緩急付いた展開と時折り挟まる突拍子もない行動に引き込まれました。
良い大作でした
ともかく素晴らしい作品をありがとうございました。
と、思ったら最後にゾクッとしました。ゆかりんなにやってんの
菊蔵は確実にウィキペディアに載るレベルの有名人
でも見た人の殆どがアンサイクロペディアと間違えるんだろうなwwww
ただ、掬蔵がかわいそうなので宇佐蓮子には自重してほしい。
いつものエネルギーはありませんでしたけど、
秘封らしいやりとりに巧みな言葉回しは健在で、とても楽しめました
さすがの筆力ですね~。
いつものペダンティックなまでの圧倒的言葉力こそ抑え気味だったものの、
端々に感じられるセンスにニヤリとせざるを得ません。
男前ひじりん、イケメンゆーぎ、おとん神奈子…みんな最高です!
菊蔵ェ…
蓮子は自重…しなくていいぞもっとやれw
ギャグを散らしつつ、しっかりとした筋立てのホラーチックなストーリーが堪りません。
螺旋や虹の喩えもお美事。
それでいながら、ラスボス幻想少女の尻をきっちり撫で切るところなど、ニヤニヤしてしまいましたw
文句なく100点満点を捧げさせていただきます!
アンタは最高だ!
ところで、赤ちゃんの手みたいに柔らかくて暖かいという神奈子様のお尻について、
詳細をお願いできませんかねぇ…(チラッ
私の妖気アンテナがピンピンなんですが?w
メリー妄想のうさ蓮子ちゃんが良い。
菊蔵は、八王子市長以来の当たりキャラだった。
あなたの作品には、いつもお金を振り込みたいwそれくらいおもしろい!
現実と幻想郷の狭間、境界、どこかで繋がる扉。
ホラーも交えて楽しめました。
すっかり、作中にひきこまれました。
「ん……そうだっけ? ……ああ、ああ、そうね。確かに私、蓮子の手を引っ張ったわね」
蓮子とメリーを間違えてますよ。
とても面白かったです。
小ネタも満載ですね。
大空魔術で鳥肌たちました。
まあ悪戯も程々にと
所々に散りばめてある笑いや薀蓄、そして虹の色になぞらえた七不思議の帰着点を
「八雲紫の神隠し」に持っていく構成の妙。なんというか、すげえとしか言いようがない。
お金払ってもいいレベル
冬扇先生、私もゆゆ様のお尻触りたいです……
ラスト、あまりにも自然に記憶を改竄されていく下りがゾクッとしました。あぁ、怖さを紛らわすために父親の名前で森永乳業に電話するか……。
素敵な秘封をありがとう
原作の設定をここまでスマートに、かつ物語の枠組みとして最初から存在していたかのように表現できることに恐怖を感じました。
歩数が一致してしまうという、理由も結果も分からない謎の現象が解き明かされないのも心を掻き毟られるようで素敵でした。
もう文句なしの大百点満点です。
あと何かある度に菊蔵を語って暴走する蓮子がとてもかわいいと思いました()
何を言っているかry
堪能しました。
原作を踏襲しつつ、オリジナリティあふれるキャラ付で魅力的に動き回る蓮子とメリー、
読みやすい文章に引き込まれ、菊蔵さんの濡れ衣にニヤニヤしながら話を進めていくと、突如口を開ける怪異。
七不思議の締めに出てきた紫のなんたる魅力的なこと!
こんな力技を惜しみなくやってのける氏の構成力に脱帽です。
ハードカバーで出ても良いレベル。
原作を踏襲しつつ、オリジナリティあふれるキャラ付で魅力的に動き回る蓮子とメリー、
読みやすい文章に引き込まれ、菊蔵さんの濡れ衣にニヤニヤしながら話を進めていくと、突如口を開ける怪異。
七不思議の締めに出てきた紫のなんたる魅力的なこと!
こんな力技を惜しみなくやってのける氏の構成力に脱帽です。
ハードカバーで出ても良いレベル。
面白い!
ワクワクしながら読めた
ありがとう!
→まさか『てんじんさま』として七不思議の四に数えられていたとは驚きである。
ここで七不思議に順番があるっていう
違和感があったんだけど
意図的とは気づけなかった
後半でスッキリしたw
秘封のこの雰囲気が好きだ