前回までのあらすじ
みょんなことから家を失い、建て直しのための資金が必要になった魔理沙
しかし一攫千金を狙ったレースで妖夢に完敗を喫したのであった。
「バレない反則は高等技術、これが大人の知恵というものよ」
「まったく、ウドンゲは役に立たないんだから」
「すいません師匠…」
彼女の名は八意永琳。
わがままで引きこもりなお嬢様、輝夜と役に立たないイナバ達をを養うために食い扶持を稼ぐ永遠亭の大黒柱。
しかしあろうことか輝夜は永琳たちに内緒で高級な物品を買い集めていたのだ。引きこもり輝夜がそれらを何処で使うのかは分からない。
永琳を初めとする永遠亭の住人達に重くのしかかる負債。このままでは永遠亭は滅亡あるのみ。
永琳は永遠亭を存続させるため、自らオーナーとなりイナバ達を競走妖へと参加させることにした。
しかし世の中は非情、競走妖となったイナバたちの大半は勝利を挙げることなく、そのまま供養されてしまう始末。
現在も競走妖として頑張っているのは、イナバ4匹と自分のみ。このままでは永遠亭存続の危機。
辛うじて賞金を稼いでいた優曇華も、前回の西行妖トライアルで全治6ヶ月の重症を負ってしまう。
「こんな窮地で、私までもが負けるわけにはいかないわね」
「うー、今日も疲れた」
前回、妖夢に完膚なきまでに叩き潰された魔理沙であったが、それが逆に負けず嫌いの根性に火を付けた。
本番では逆に妖夢を泣かしてやることを心に決め、毎日毎日訓練に励む。
「橙のやつ、すばしっこすぎるぜ」
「あら魔理沙、毎日頑張るわね」
ここはマヨヒガ、通常外界とは遮断された紫の世界であり、隠れて努力する魔理沙にとっては絶好の練習場所。
おまけに橙・藍と練習相手にも困らない。魔理沙はそこに居候していたのだった。
「魔理沙さん、今日もわたしから逃げ切れませんでしたね」
「うっさいうっさい」
最近の練習は「橙とのおにごっこ」こればっかりだ。
マヨヒガに来るなり、橙に妖夢に勝つための方法を聞いてみた。橙なら的確なアドバイスをくれると信じていたから。
しかし橙は突拍子も無いことを答えたのだ。
「じゃあ、明日からわたしと鬼ごっこしましょー」
最初、こんなもんでホントに速くなるのか?と疑問に思った魔理沙だったが、予想を完全に裏切られた。
橙は速い、速すぎる。自分が鬼だと全く追いつけないし、橙が鬼だと逃げ切れない。
実際橙はスピードもあるのだろうが、加速力が凄まじい。一瞬でトップスピードまで加速するのだから油断したとたんに捕まってしまう。
この感触は妖夢に負けたときとソックリだ。並ぶ間もなく抜き去られたあの時と。
それが魔理沙の根性に火をつけ、毎日日が暮れるまで鬼ごっこに明け暮れているのだった…。
「今日も魔理沙さんはへなちょこでした」
「あらあら、魔理沙の評判も地に落ちたものね」
「その評判は紫限定だぜ」
「そんなこと無いわ、私は橙に追いつかれたことなんて一度も無いもの」
「ゆかりさまはズルしてスキマへ逃げ込むだけじゃないですか」
「橙の晩御飯は無しね」
「ゆかりさまはつよすぎます わたしではかてません(棒読み)」
「最初からそう言えばいいのよ」
「子供相手にムキになるなよ、おばs」
魔理沙の視界に夜が降りてくる。
その日、魔理沙はいつもより早い睡眠を取らされたのだった。
「まさか現世斬にこんな反動があるなんて思わなかったわ」
「私もですよ幽々子様…」
見事デビュー戦を勝利した妖夢、しかし現世斬の反動は予想以上に大きくレース後3日間も寝込んでしまった。
人知を超えた加速力を引き出す『現世斬』にはそれ相応の代償を支払わなければならないことが分かった妖夢。
「慧音、本番には間に合うかしら」
「それは問題ない。1週間休んで本番には絶好調になるプログラムを考えておいた」
自信を持って言う慧音。そもそも妖夢に勝てる競走妖なんて同世代にはいないのだ。
「それなら心配ないわね。よかったよかった」
「よくありませんよ幽々子様!まだ見ぬ強敵が居たらどうするんですか!?」
足元がおぼつかない妖夢だが、訓練を欠かすわけにはいかないと立ち上がる。
「妖夢、いまのあなたの仕事は休むこと。オーバーワークが元で負けたらどうするの」
「それに、見知らぬ強敵が居ても西行妖賞には出られないだろう」
あ、そうかという顔をする妖夢。
「やれやれ、妖夢の真面目さは弱点にもなりうるな。しかたがない、どうしてもと言うなら庭師の仕事をしてみるか」
妖夢は戸惑った。私は庭師を解雇されたというのに。それを引き受けてしまっては幽々子様に合わせる顔が無い…
「ただし、うちの盆栽だがな」
脱力する妖夢とそれを見て笑う慧音。そのやり取りを見ていた幽々子は思った。
「問題ないわ、今年の三冠は戴いたわよ」
毎日のように鬼ごっこを続ける魔理沙に変化が現れたのは一週間後、迫り来る橙を全力で振り切り、ついに逃げ切ったのだ。
「遂に逃げ切ったぜ」
「やりましたね魔理沙さん」
魔理沙は不気味な笑みを浮かべながら橙に近づく。
「もう手加減はしないぜ」
「じゃあ、わたしもらんさまとの訓練並みに本気でいきますね」
「へっ、本当はいっぱいっぱいなんだろ?」
魔理沙、完敗。
橙の本気は恐ろしかった。藍の訓練パートナーは伊達ではない。
日が暮れる頃、橙とまりしゃは手を繋いでマヨヒガへと帰っていった…。
「よし、今日も私と飛ぼうか」
「今日は負けないぜ」
一日の仕事を終えた藍は魔理沙を練習に誘った。
初めのうちは橙との鬼ごっこだけでバテてしまっていた魔理沙であったが、10日もすれば体が慣れたのか藍と一緒に訓練をするようになった。
藍も橙と同じく速い。だが橙とはスピードの質が異なっている。
橙が爆発的な加速力を持っているのに対し、藍はトップスピードを長く持続できるタイプのようだ。
藍は自分の強さと弱さを知り尽くしている。白玉楼記念もその特性を生かし、先に抜け出してそのまま逃げ切ったのだ。
同時にスタートすれば魔理沙が先に前に出る。じわりと加速する藍は魔理沙がバテるのをじっくりと待ち、
減速したところを抜く。いつもの訓練はこんな感じだ。
ところが西行妖賞まであと5日と迫った日、変化が訪れた。
いつもの通りダッシュよく飛び出す魔理沙とそれを追いかける藍、二人とも風を切り裂くようなスピードでの攻防。
藍はいつもよりやや早めに仕掛ける。
「今日の魔理沙は何時もと違う」
魔理沙が減速しなかったのだ。藍はスピードを一気に上げることが出来るタイプではないので、結果最後まで追いつけなかった。
「今日は減速しなかったな、なんかクスリでもやったか」
「失礼なやつだな、実力だよ実力」
「さすが魔理沙さんですね、1ヶ月でここまで粘りが増すなんて想像以上ですよ」
「あら、橙は魔理沙の調教に成功したのね」
魔理沙は橙にいいように調教されていたらしい。魔理沙はちょっと悔しくなった。
「それにしては今日の魔理沙はしぶとかったぞ。一昨日までとは別人みたいだった」
「あー、たしかに今日は絶好調だったぜ」
「一日休んで体力が回復したのね」
「だが、なんでこんな急に粘り強くなったんだ?自分でもビックリだぜ」
「魔理沙さんはこれまで本格的な訓練をした事がなかったみたいですから、1ヵ月みっちりと訓練させてみたんです」
「たしかにこの1ヵ月、こんなに本気で飛び回ったのは初めてだぜ」
「魔理沙さんに足りなかったのは体力と魔力だったんです。スタミナ強化ほど地道な作業は無いですから楽しめるような訓練にしました。
元々スピードは十分すぎるくらいありましたから」
一ヶ月の訓練の成果なのか、少々本気で飛ばしても体力や魔力が切れることがなくなった魔理沙。効果は十分にあったらしい。
だが、これだけであの稲妻のような妖夢に勝てる自信はなかった。
「で、これで妖夢の奴に勝てるのか?」
「大丈夫、絶対勝てますよ多分」
「どっちだよ」
「競妖に絶対なんてありませんからっ!」
そして遂に西行妖賞当日がやってきた。
この日は同時に2つのG1が行われる「夜桜デー」。白玉楼が年間で最も美しいこの時期に競妖も一番盛り上がる。
特に今年の第10レース『神主賞・春』と第11レース『西行妖賞』は幻想郷中が注目するレースだ。
とにかく観客数が普段の比ではない。超満員。第1レースから歓声と悲鳴が飛び交う戦場となっていた。
そして、その戦場の真っ只中に霊夢はいた。
「よし、珍しく第1レースゲットよ」
前回魔理沙を裏切ったが故に降りかかった災い。それを振り払うべく1ヶ月もの間競妖から離れていた霊夢。ここは出直し戦である。
「今日は魔理沙に賭ける為だけに来た」と言って出かけた霊夢だったが、やはりと言うべきか第1レースから手を出すことに。
しかし霊夢にも運が戻ってきたようで好調な滑り出しを見せる。そんな霊夢に声を掛ける人がいた。
「霊夢、こんなところで何をしているの?」
「それはこっちのセリフよ、レミリア」
レミリア・スカーレット、紅魔館の主でもあり競妖の創設者でもある彼女に対して無礼なことを言い放つ霊夢。
「私は応援に来たのよ」
「あら、あなたもオーナーだったのね」
「当然よ、私が競走妖持たなくてどうするの」
レミリアは幽々子に負けず劣らずの大オーナー、所有する妖怪の数も半端ではない。
今回の神主賞・春にも3匹の競走妖を登録していたのだった。
「ねぇ霊夢、私のとっておきに賭けてみない?」
「とっておき?」
そういうとレミリアはパンフレット第10レースのページを開いた。
第10レース、神主賞・春(G1)左回り6400メートル、出走20匹。
「強い妖が勝つ」と言われるこのレースには、今年も常識外れの強さを持った競走妖が萃まっている。
その中でも1番人気の本命に推されたのはエーリン。去年の神主賞・春の勝者で今年は連覇を狙っている。
「たしかにエーリンは強敵。でも私のとっておきは間違いなく勝つわよ」
レミリアのとっておき…それは7番人気だった。
「って、フランドールじゃないの」
7番人気フランドール、通算成績11戦3勝。霊夢の経験上こいつほどの曲者はいない。
デビュー戦で大楽勝し、『三冠確実』とまでいわれたフランドール。しかし狂気とも呼べる性格同様レース振りも狂気そのものだった。
とにかく飛ばす。ルールなんてお構い無しにひたすら飛ばす。当然魔力が切れれば急ブレーキ大惨敗。
ところが偶に逃げ切って勝つこともあった。それがあろうことか昨年暮れの『幻想郷最速選手権』こと幻想郷記念だったのだ。
当然配当は超大穴、幻想郷記念の歴代最高配当になってしまった。
賭けるほうとしてもこんな迷惑な奴はいない。信頼することも無視することも出来ないのだ。
「うーん、オッズは魅力的でもフランに賭けるのは狂気の沙汰ね」
こんなときには当てにならないメイド長予想で逃げるか…、霊夢は◎を探した。
「ねぇレミリア、あなたメイド長予想を信じる?」
「咲夜、私に楯突くとはいい根性しているわ」
メイド長予想ではフランドールに印が無い。レミリアはかなり不機嫌な様子。
「へぇ、メイド長はコレを本命予想なのか」
メイド長予想◎、それは2番人気のヤクモランだった。
レースは滞りなく進み、いよいよ第10レースの時刻が迫っていた。
今日の霊夢はここまで9戦2勝で収支はトントン。まずまずの成績。
「さぁ、ここからが本番よ!」
覚悟を決め投票窓口へと向かう霊夢、すでに投票する相手は決まっているようだ。
所持金の大半を勝妖投票券へと注ぎ込む、その手際はベテラン勝負師そのものだった。
大勝負を仕掛けているのにもかかわらず表情を変えない。負ければ魔理沙を応援することは叶わない。
それでも投票してしまったものは取り戻せない。あとはレースを見守るのみ、霊夢は静かにレース開始を待つことにした。
「橙、あなた何に賭けたの」
紫は橙に問いかける。このレースのために橙は昨日の晩寝ずに予想をしていたのだ。
「えーっと…らんさまからフランドール、マイハートブレイク、スターオブダビデです」
「レミリアの妖怪ばっかりね」
「レミリアさんの作戦は周到ですね。フランドールが逃げ切ればそれでよし。仮にバテても他の追込型二匹が抜き去る算段でしょう」
「それでも藍が軸なのね」
「らんさま外してどうするんですかっ、ゆかりさま」
「ごめんなさいね。それで…エーリンは?」
「切りました、さっぱりと」
「え゛、私本命エーリンなのに」
「あなたがヤクモランね」
「おまえがエーリンか」
意外にも永琳と藍は今回が初対決だった。永琳はデビューして5年目の大ベテラン、対する藍もデビューから2年半が経過している。
お互いにレースを知り尽くしている強敵同士。観客もそれを知っているかのようにオッズも一騎打ちだ。
永遠亭の大黒柱永琳、マヨヒガの大黒柱藍、立場は違えど背負うものの重さは分かる。
「残念ですが、長距離レースで私に勝てる競走妖などいません」
「残念だが、それも今宵限りだ」
エーリンは通算35戦10勝、そのうち7勝を5000メートル以上のレースで挙げている生粋のステイヤー。
対するヤクモランは通算17戦12勝だが、勝ちレースで最も長い距離は4800メートルのレースだった。
「あなたの体力と魔力で6400メートルも戦えるのかしら」
「能書きはいい、飛べば分かるさ」
そう言うと二人は目を会わすことも無く、スタートゲートへと向かっていった。
永琳は永遠亭の存続が懸かっているという圧力を、藍は未知の強敵を叩き潰せるという嬉しさを必死にこらえながら。
スタートゲートには早々と一匹の競走妖がスタートの瞬間を待ちわびていた。
「ゲートに飛び込む競走妖…」
狂気のフランドールだった。すでにゲートに入っている。
「さぁ、今日も賞金を稼ぐとしましょうか」
永琳は自己暗示をかけるように呟きながらゲートに収まる。
「今日も楽しい大レース~」
藍はハイな気分でゲートに入っていた。
他の競走妖たちも続々とゲートに入り、観客の大声援が巻き起こる中スタートが切られた。
それと同時に一筋の光が集団の先頭に立つべく猛スピードを出す。
大方の予想通り、先頭に立ったのはフランドール。一人旅の展開だ。他の妖怪たちはスタミナ切れを恐れてフランドールには付いていかない。
レースはコーナーを6つも抜ける長丁場、位置取りが大切だということを出走20匹のうち19匹は理解している。
エーリンは2番手につけ、その直後にはリリーブラック。ヤクモランはクロマク、スターオブダビデと並んで10番手追走だ。
大観衆が声援を送る中、20匹は栄光のG1でのゴールを目指し疾走していく。
序盤の位置取り合戦が終わるとレースは落ち着いた。落ち着く予定だった。
なんとレースの折り返しにも差し掛からない3000メートル地点で藍が仕掛けたのだ。それはセオリーでは考えられない超早仕掛け。
他の妖怪たちは藍の強さと狡賢さを知っているが故に藍を追いかける、狐に化かされた瞬間だった。
藍は周りのペースが上がった直後にペースを落とし、マイペースで集団を追いかけていくのだった。
「なんてことっ!このペースではフランドールが逃げ切るのね!!」
永琳は迂闊にも藍の策に嵌ってしまった。自分を追い抜いていく妖怪たちのペースに騙される。
マトモに戦えばこの距離で永琳に勝つのは至難の技、だからこそ策を講じた藍。
普段の永琳であればこんな罠に引っかかることは無かっただろうが、G1独特の雰囲気とフランドールのペースに完全に飲まれてしまっていた。
5000メートル地点で永琳は我を取り戻しペースを落とすが、既に藍は永琳の横にピタっと並んでいる。
この時点で永琳はかなりのスタミナを消耗しているはずなのだが、口元には妖しい笑みが浮かんでいた。
「こざかしい子狐には世の厳しさを教えてやるわ」
「うえ~、終わらないよ~~」
5400メートル地点でフランドールはバテた。ここでフランドールの勝妖投票券は残念ながら紙くずとなってしまったようだ。
先頭がリリーブラックに入れ替わる。その瞬間、藍と永琳が同時に仕掛けた。
「色々当てられない状態にしてやるぞ」
「あなたみたいな子供が私に適うはずが無いじゃない」
藍は永琳を見て仰天した。永琳の体には力がみなぎっている。先程までとは息遣いが全く違うではないか。
「貴様、クスリかっ!」
「バレない反則は高等技術、これが大人の知恵というものよ」
永琳は永遠亭存続のために手段を選ばない。常に競妖で薬物を使用していたのだ。コイツは無尽蔵のスタミナを補う悪魔のクスリ。
直線に差し掛かり、ヤクモランとエーリンはリリーブラックを抜きトップに躍り出る。そしてその直後にマイハートブレイクが迫る。
「そんなクスリが楽しいか?」
「ふんっ、その余裕いつまで続くかしら!?」
永琳はまさに余裕たっぷりに言い放った。今の彼女のスタミナはクスリのおかげで無限大なのだ。
一方の藍は既に800メートルの全力疾走の上、6400メートルと言う距離のせいで限界だ。
しかしクスリに手を付けた永琳を許しておくわけにはいかない。ヤツは競妖を愚弄したのだ。
しかし残り400メートル地点、粘る藍を振り切り、ついに永琳が一歩前に出た。
「勝ちましたお嬢様ッ!!」
永琳は一気に藍を打ち負かすべく前に出る、そして藍の姿が視界から消え勝利を確信したその瞬間、彼女の耳に呪文が届いた。
「目覚めよ、テンコースピリッツ」
言葉では形容しがたい威圧感が永琳を襲う。
「飯 綱 権 現 降 臨 !」
ここにきて藍は最強の札を切った。自己に幻神を憑かせその力を全て解放する飯綱権現降臨。
これを使って勝てなかったレースは今まで無い。まさに必殺の技。
それによって生み出されるスピードは正に疾風、
6000メートルを飛んできてどこにそんな力が残っていたのかと思わせる破壊的な速度だった。
「イカサマに負けるわけにはいかんっ!」
「な、なんですってー!!」
藍は残った力全てを飯綱権現降臨に注ぎ込み、永琳に襲い掛かった。
並ぶ間もなくぶっちぎられる永琳、反撃しようとしたその直後彼女に悲劇が襲いかかった。薬物による肉体の破滅がやってきたのだ!
これまで行った35回に及ぶ薬物使用のツケを支払う時が、遂に来てしまったのだ。
崩れ落ちる永琳はマイハートブレイク、リリーブラックにも抜かれてしまった。
「このレース貰った!」
「らんさまが勝った!!!」
喜ぶ橙と紫、藍は2着に8妖身の差をつけ圧勝、見事にG1・2勝目を挙げたのだった。
「やったぞ橙!」
「わーいわーい」
「よくやったわね、藍」
6400メートルの激闘を終えた藍の元に橙と紫がやってきた。ふらふらになりながらも藍は二人を迎える。
表彰台で橙を抱きかかえながら勝利インタビューを受ける藍、
あれだけの激闘の後で喋るのも精一杯だったがその表情は清々しかった。
「やりましたー、60倍ゲットです!」
「獲得賞金13000コイーン!」
観客がどよめく、橙と紫の勝利インタビューに感嘆の声とため息が入り混じった声が挙がった。
「あのー二人とも、私の勝利インタビューなんですが…」
その栄光の陰で、永琳は心身ともにボロボロになっていた。
10度の勝利と引き換えに削った命、それが今まさに尽きようとしていた。
「これで、永遠亭も終わりなのね―」
「し、師匠ぉぉぉぉーーーー」
薬物乱用による成れの果て。八意永琳は二度と飛べぬ体になってしまった。
「ふぅ、第一関門突破ね」
そう言いながら霊夢の足は払戻し窓口へと向かっていた。
そう、霊夢の賭けた先は藍だったのだ。これで10戦3勝、収支は大幅プラス。
「今日の私には神が降りている・・・・!」
そして霊夢は、この資金を無駄にすることが無いよう第11レースの予想に入ることにしたのだった。
霊夢の行く末は栄光か、はたまた破滅か……。
「今日は負けないぜ」
みょんなことから家を失い、建て直しのための資金が必要になった魔理沙
しかし一攫千金を狙ったレースで妖夢に完敗を喫したのであった。
「バレない反則は高等技術、これが大人の知恵というものよ」
「まったく、ウドンゲは役に立たないんだから」
「すいません師匠…」
彼女の名は八意永琳。
わがままで引きこもりなお嬢様、輝夜と役に立たないイナバ達をを養うために食い扶持を稼ぐ永遠亭の大黒柱。
しかしあろうことか輝夜は永琳たちに内緒で高級な物品を買い集めていたのだ。引きこもり輝夜がそれらを何処で使うのかは分からない。
永琳を初めとする永遠亭の住人達に重くのしかかる負債。このままでは永遠亭は滅亡あるのみ。
永琳は永遠亭を存続させるため、自らオーナーとなりイナバ達を競走妖へと参加させることにした。
しかし世の中は非情、競走妖となったイナバたちの大半は勝利を挙げることなく、そのまま供養されてしまう始末。
現在も競走妖として頑張っているのは、イナバ4匹と自分のみ。このままでは永遠亭存続の危機。
辛うじて賞金を稼いでいた優曇華も、前回の西行妖トライアルで全治6ヶ月の重症を負ってしまう。
「こんな窮地で、私までもが負けるわけにはいかないわね」
「うー、今日も疲れた」
前回、妖夢に完膚なきまでに叩き潰された魔理沙であったが、それが逆に負けず嫌いの根性に火を付けた。
本番では逆に妖夢を泣かしてやることを心に決め、毎日毎日訓練に励む。
「橙のやつ、すばしっこすぎるぜ」
「あら魔理沙、毎日頑張るわね」
ここはマヨヒガ、通常外界とは遮断された紫の世界であり、隠れて努力する魔理沙にとっては絶好の練習場所。
おまけに橙・藍と練習相手にも困らない。魔理沙はそこに居候していたのだった。
「魔理沙さん、今日もわたしから逃げ切れませんでしたね」
「うっさいうっさい」
最近の練習は「橙とのおにごっこ」こればっかりだ。
マヨヒガに来るなり、橙に妖夢に勝つための方法を聞いてみた。橙なら的確なアドバイスをくれると信じていたから。
しかし橙は突拍子も無いことを答えたのだ。
「じゃあ、明日からわたしと鬼ごっこしましょー」
最初、こんなもんでホントに速くなるのか?と疑問に思った魔理沙だったが、予想を完全に裏切られた。
橙は速い、速すぎる。自分が鬼だと全く追いつけないし、橙が鬼だと逃げ切れない。
実際橙はスピードもあるのだろうが、加速力が凄まじい。一瞬でトップスピードまで加速するのだから油断したとたんに捕まってしまう。
この感触は妖夢に負けたときとソックリだ。並ぶ間もなく抜き去られたあの時と。
それが魔理沙の根性に火をつけ、毎日日が暮れるまで鬼ごっこに明け暮れているのだった…。
「今日も魔理沙さんはへなちょこでした」
「あらあら、魔理沙の評判も地に落ちたものね」
「その評判は紫限定だぜ」
「そんなこと無いわ、私は橙に追いつかれたことなんて一度も無いもの」
「ゆかりさまはズルしてスキマへ逃げ込むだけじゃないですか」
「橙の晩御飯は無しね」
「ゆかりさまはつよすぎます わたしではかてません(棒読み)」
「最初からそう言えばいいのよ」
「子供相手にムキになるなよ、おばs」
魔理沙の視界に夜が降りてくる。
その日、魔理沙はいつもより早い睡眠を取らされたのだった。
「まさか現世斬にこんな反動があるなんて思わなかったわ」
「私もですよ幽々子様…」
見事デビュー戦を勝利した妖夢、しかし現世斬の反動は予想以上に大きくレース後3日間も寝込んでしまった。
人知を超えた加速力を引き出す『現世斬』にはそれ相応の代償を支払わなければならないことが分かった妖夢。
「慧音、本番には間に合うかしら」
「それは問題ない。1週間休んで本番には絶好調になるプログラムを考えておいた」
自信を持って言う慧音。そもそも妖夢に勝てる競走妖なんて同世代にはいないのだ。
「それなら心配ないわね。よかったよかった」
「よくありませんよ幽々子様!まだ見ぬ強敵が居たらどうするんですか!?」
足元がおぼつかない妖夢だが、訓練を欠かすわけにはいかないと立ち上がる。
「妖夢、いまのあなたの仕事は休むこと。オーバーワークが元で負けたらどうするの」
「それに、見知らぬ強敵が居ても西行妖賞には出られないだろう」
あ、そうかという顔をする妖夢。
「やれやれ、妖夢の真面目さは弱点にもなりうるな。しかたがない、どうしてもと言うなら庭師の仕事をしてみるか」
妖夢は戸惑った。私は庭師を解雇されたというのに。それを引き受けてしまっては幽々子様に合わせる顔が無い…
「ただし、うちの盆栽だがな」
脱力する妖夢とそれを見て笑う慧音。そのやり取りを見ていた幽々子は思った。
「問題ないわ、今年の三冠は戴いたわよ」
毎日のように鬼ごっこを続ける魔理沙に変化が現れたのは一週間後、迫り来る橙を全力で振り切り、ついに逃げ切ったのだ。
「遂に逃げ切ったぜ」
「やりましたね魔理沙さん」
魔理沙は不気味な笑みを浮かべながら橙に近づく。
「もう手加減はしないぜ」
「じゃあ、わたしもらんさまとの訓練並みに本気でいきますね」
「へっ、本当はいっぱいっぱいなんだろ?」
魔理沙、完敗。
橙の本気は恐ろしかった。藍の訓練パートナーは伊達ではない。
日が暮れる頃、橙とまりしゃは手を繋いでマヨヒガへと帰っていった…。
「よし、今日も私と飛ぼうか」
「今日は負けないぜ」
一日の仕事を終えた藍は魔理沙を練習に誘った。
初めのうちは橙との鬼ごっこだけでバテてしまっていた魔理沙であったが、10日もすれば体が慣れたのか藍と一緒に訓練をするようになった。
藍も橙と同じく速い。だが橙とはスピードの質が異なっている。
橙が爆発的な加速力を持っているのに対し、藍はトップスピードを長く持続できるタイプのようだ。
藍は自分の強さと弱さを知り尽くしている。白玉楼記念もその特性を生かし、先に抜け出してそのまま逃げ切ったのだ。
同時にスタートすれば魔理沙が先に前に出る。じわりと加速する藍は魔理沙がバテるのをじっくりと待ち、
減速したところを抜く。いつもの訓練はこんな感じだ。
ところが西行妖賞まであと5日と迫った日、変化が訪れた。
いつもの通りダッシュよく飛び出す魔理沙とそれを追いかける藍、二人とも風を切り裂くようなスピードでの攻防。
藍はいつもよりやや早めに仕掛ける。
「今日の魔理沙は何時もと違う」
魔理沙が減速しなかったのだ。藍はスピードを一気に上げることが出来るタイプではないので、結果最後まで追いつけなかった。
「今日は減速しなかったな、なんかクスリでもやったか」
「失礼なやつだな、実力だよ実力」
「さすが魔理沙さんですね、1ヶ月でここまで粘りが増すなんて想像以上ですよ」
「あら、橙は魔理沙の調教に成功したのね」
魔理沙は橙にいいように調教されていたらしい。魔理沙はちょっと悔しくなった。
「それにしては今日の魔理沙はしぶとかったぞ。一昨日までとは別人みたいだった」
「あー、たしかに今日は絶好調だったぜ」
「一日休んで体力が回復したのね」
「だが、なんでこんな急に粘り強くなったんだ?自分でもビックリだぜ」
「魔理沙さんはこれまで本格的な訓練をした事がなかったみたいですから、1ヵ月みっちりと訓練させてみたんです」
「たしかにこの1ヵ月、こんなに本気で飛び回ったのは初めてだぜ」
「魔理沙さんに足りなかったのは体力と魔力だったんです。スタミナ強化ほど地道な作業は無いですから楽しめるような訓練にしました。
元々スピードは十分すぎるくらいありましたから」
一ヶ月の訓練の成果なのか、少々本気で飛ばしても体力や魔力が切れることがなくなった魔理沙。効果は十分にあったらしい。
だが、これだけであの稲妻のような妖夢に勝てる自信はなかった。
「で、これで妖夢の奴に勝てるのか?」
「大丈夫、絶対勝てますよ多分」
「どっちだよ」
「競妖に絶対なんてありませんからっ!」
そして遂に西行妖賞当日がやってきた。
この日は同時に2つのG1が行われる「夜桜デー」。白玉楼が年間で最も美しいこの時期に競妖も一番盛り上がる。
特に今年の第10レース『神主賞・春』と第11レース『西行妖賞』は幻想郷中が注目するレースだ。
とにかく観客数が普段の比ではない。超満員。第1レースから歓声と悲鳴が飛び交う戦場となっていた。
そして、その戦場の真っ只中に霊夢はいた。
「よし、珍しく第1レースゲットよ」
前回魔理沙を裏切ったが故に降りかかった災い。それを振り払うべく1ヶ月もの間競妖から離れていた霊夢。ここは出直し戦である。
「今日は魔理沙に賭ける為だけに来た」と言って出かけた霊夢だったが、やはりと言うべきか第1レースから手を出すことに。
しかし霊夢にも運が戻ってきたようで好調な滑り出しを見せる。そんな霊夢に声を掛ける人がいた。
「霊夢、こんなところで何をしているの?」
「それはこっちのセリフよ、レミリア」
レミリア・スカーレット、紅魔館の主でもあり競妖の創設者でもある彼女に対して無礼なことを言い放つ霊夢。
「私は応援に来たのよ」
「あら、あなたもオーナーだったのね」
「当然よ、私が競走妖持たなくてどうするの」
レミリアは幽々子に負けず劣らずの大オーナー、所有する妖怪の数も半端ではない。
今回の神主賞・春にも3匹の競走妖を登録していたのだった。
「ねぇ霊夢、私のとっておきに賭けてみない?」
「とっておき?」
そういうとレミリアはパンフレット第10レースのページを開いた。
第10レース、神主賞・春(G1)左回り6400メートル、出走20匹。
「強い妖が勝つ」と言われるこのレースには、今年も常識外れの強さを持った競走妖が萃まっている。
その中でも1番人気の本命に推されたのはエーリン。去年の神主賞・春の勝者で今年は連覇を狙っている。
「たしかにエーリンは強敵。でも私のとっておきは間違いなく勝つわよ」
レミリアのとっておき…それは7番人気だった。
「って、フランドールじゃないの」
7番人気フランドール、通算成績11戦3勝。霊夢の経験上こいつほどの曲者はいない。
デビュー戦で大楽勝し、『三冠確実』とまでいわれたフランドール。しかし狂気とも呼べる性格同様レース振りも狂気そのものだった。
とにかく飛ばす。ルールなんてお構い無しにひたすら飛ばす。当然魔力が切れれば急ブレーキ大惨敗。
ところが偶に逃げ切って勝つこともあった。それがあろうことか昨年暮れの『幻想郷最速選手権』こと幻想郷記念だったのだ。
当然配当は超大穴、幻想郷記念の歴代最高配当になってしまった。
賭けるほうとしてもこんな迷惑な奴はいない。信頼することも無視することも出来ないのだ。
「うーん、オッズは魅力的でもフランに賭けるのは狂気の沙汰ね」
こんなときには当てにならないメイド長予想で逃げるか…、霊夢は◎を探した。
「ねぇレミリア、あなたメイド長予想を信じる?」
「咲夜、私に楯突くとはいい根性しているわ」
メイド長予想ではフランドールに印が無い。レミリアはかなり不機嫌な様子。
「へぇ、メイド長はコレを本命予想なのか」
メイド長予想◎、それは2番人気のヤクモランだった。
レースは滞りなく進み、いよいよ第10レースの時刻が迫っていた。
今日の霊夢はここまで9戦2勝で収支はトントン。まずまずの成績。
「さぁ、ここからが本番よ!」
覚悟を決め投票窓口へと向かう霊夢、すでに投票する相手は決まっているようだ。
所持金の大半を勝妖投票券へと注ぎ込む、その手際はベテラン勝負師そのものだった。
大勝負を仕掛けているのにもかかわらず表情を変えない。負ければ魔理沙を応援することは叶わない。
それでも投票してしまったものは取り戻せない。あとはレースを見守るのみ、霊夢は静かにレース開始を待つことにした。
「橙、あなた何に賭けたの」
紫は橙に問いかける。このレースのために橙は昨日の晩寝ずに予想をしていたのだ。
「えーっと…らんさまからフランドール、マイハートブレイク、スターオブダビデです」
「レミリアの妖怪ばっかりね」
「レミリアさんの作戦は周到ですね。フランドールが逃げ切ればそれでよし。仮にバテても他の追込型二匹が抜き去る算段でしょう」
「それでも藍が軸なのね」
「らんさま外してどうするんですかっ、ゆかりさま」
「ごめんなさいね。それで…エーリンは?」
「切りました、さっぱりと」
「え゛、私本命エーリンなのに」
「あなたがヤクモランね」
「おまえがエーリンか」
意外にも永琳と藍は今回が初対決だった。永琳はデビューして5年目の大ベテラン、対する藍もデビューから2年半が経過している。
お互いにレースを知り尽くしている強敵同士。観客もそれを知っているかのようにオッズも一騎打ちだ。
永遠亭の大黒柱永琳、マヨヒガの大黒柱藍、立場は違えど背負うものの重さは分かる。
「残念ですが、長距離レースで私に勝てる競走妖などいません」
「残念だが、それも今宵限りだ」
エーリンは通算35戦10勝、そのうち7勝を5000メートル以上のレースで挙げている生粋のステイヤー。
対するヤクモランは通算17戦12勝だが、勝ちレースで最も長い距離は4800メートルのレースだった。
「あなたの体力と魔力で6400メートルも戦えるのかしら」
「能書きはいい、飛べば分かるさ」
そう言うと二人は目を会わすことも無く、スタートゲートへと向かっていった。
永琳は永遠亭の存続が懸かっているという圧力を、藍は未知の強敵を叩き潰せるという嬉しさを必死にこらえながら。
スタートゲートには早々と一匹の競走妖がスタートの瞬間を待ちわびていた。
「ゲートに飛び込む競走妖…」
狂気のフランドールだった。すでにゲートに入っている。
「さぁ、今日も賞金を稼ぐとしましょうか」
永琳は自己暗示をかけるように呟きながらゲートに収まる。
「今日も楽しい大レース~」
藍はハイな気分でゲートに入っていた。
他の競走妖たちも続々とゲートに入り、観客の大声援が巻き起こる中スタートが切られた。
それと同時に一筋の光が集団の先頭に立つべく猛スピードを出す。
大方の予想通り、先頭に立ったのはフランドール。一人旅の展開だ。他の妖怪たちはスタミナ切れを恐れてフランドールには付いていかない。
レースはコーナーを6つも抜ける長丁場、位置取りが大切だということを出走20匹のうち19匹は理解している。
エーリンは2番手につけ、その直後にはリリーブラック。ヤクモランはクロマク、スターオブダビデと並んで10番手追走だ。
大観衆が声援を送る中、20匹は栄光のG1でのゴールを目指し疾走していく。
序盤の位置取り合戦が終わるとレースは落ち着いた。落ち着く予定だった。
なんとレースの折り返しにも差し掛からない3000メートル地点で藍が仕掛けたのだ。それはセオリーでは考えられない超早仕掛け。
他の妖怪たちは藍の強さと狡賢さを知っているが故に藍を追いかける、狐に化かされた瞬間だった。
藍は周りのペースが上がった直後にペースを落とし、マイペースで集団を追いかけていくのだった。
「なんてことっ!このペースではフランドールが逃げ切るのね!!」
永琳は迂闊にも藍の策に嵌ってしまった。自分を追い抜いていく妖怪たちのペースに騙される。
マトモに戦えばこの距離で永琳に勝つのは至難の技、だからこそ策を講じた藍。
普段の永琳であればこんな罠に引っかかることは無かっただろうが、G1独特の雰囲気とフランドールのペースに完全に飲まれてしまっていた。
5000メートル地点で永琳は我を取り戻しペースを落とすが、既に藍は永琳の横にピタっと並んでいる。
この時点で永琳はかなりのスタミナを消耗しているはずなのだが、口元には妖しい笑みが浮かんでいた。
「こざかしい子狐には世の厳しさを教えてやるわ」
「うえ~、終わらないよ~~」
5400メートル地点でフランドールはバテた。ここでフランドールの勝妖投票券は残念ながら紙くずとなってしまったようだ。
先頭がリリーブラックに入れ替わる。その瞬間、藍と永琳が同時に仕掛けた。
「色々当てられない状態にしてやるぞ」
「あなたみたいな子供が私に適うはずが無いじゃない」
藍は永琳を見て仰天した。永琳の体には力がみなぎっている。先程までとは息遣いが全く違うではないか。
「貴様、クスリかっ!」
「バレない反則は高等技術、これが大人の知恵というものよ」
永琳は永遠亭存続のために手段を選ばない。常に競妖で薬物を使用していたのだ。コイツは無尽蔵のスタミナを補う悪魔のクスリ。
直線に差し掛かり、ヤクモランとエーリンはリリーブラックを抜きトップに躍り出る。そしてその直後にマイハートブレイクが迫る。
「そんなクスリが楽しいか?」
「ふんっ、その余裕いつまで続くかしら!?」
永琳はまさに余裕たっぷりに言い放った。今の彼女のスタミナはクスリのおかげで無限大なのだ。
一方の藍は既に800メートルの全力疾走の上、6400メートルと言う距離のせいで限界だ。
しかしクスリに手を付けた永琳を許しておくわけにはいかない。ヤツは競妖を愚弄したのだ。
しかし残り400メートル地点、粘る藍を振り切り、ついに永琳が一歩前に出た。
「勝ちましたお嬢様ッ!!」
永琳は一気に藍を打ち負かすべく前に出る、そして藍の姿が視界から消え勝利を確信したその瞬間、彼女の耳に呪文が届いた。
「目覚めよ、テンコースピリッツ」
言葉では形容しがたい威圧感が永琳を襲う。
「飯 綱 権 現 降 臨 !」
ここにきて藍は最強の札を切った。自己に幻神を憑かせその力を全て解放する飯綱権現降臨。
これを使って勝てなかったレースは今まで無い。まさに必殺の技。
それによって生み出されるスピードは正に疾風、
6000メートルを飛んできてどこにそんな力が残っていたのかと思わせる破壊的な速度だった。
「イカサマに負けるわけにはいかんっ!」
「な、なんですってー!!」
藍は残った力全てを飯綱権現降臨に注ぎ込み、永琳に襲い掛かった。
並ぶ間もなくぶっちぎられる永琳、反撃しようとしたその直後彼女に悲劇が襲いかかった。薬物による肉体の破滅がやってきたのだ!
これまで行った35回に及ぶ薬物使用のツケを支払う時が、遂に来てしまったのだ。
崩れ落ちる永琳はマイハートブレイク、リリーブラックにも抜かれてしまった。
「このレース貰った!」
「らんさまが勝った!!!」
喜ぶ橙と紫、藍は2着に8妖身の差をつけ圧勝、見事にG1・2勝目を挙げたのだった。
「やったぞ橙!」
「わーいわーい」
「よくやったわね、藍」
6400メートルの激闘を終えた藍の元に橙と紫がやってきた。ふらふらになりながらも藍は二人を迎える。
表彰台で橙を抱きかかえながら勝利インタビューを受ける藍、
あれだけの激闘の後で喋るのも精一杯だったがその表情は清々しかった。
「やりましたー、60倍ゲットです!」
「獲得賞金13000コイーン!」
観客がどよめく、橙と紫の勝利インタビューに感嘆の声とため息が入り混じった声が挙がった。
「あのー二人とも、私の勝利インタビューなんですが…」
その栄光の陰で、永琳は心身ともにボロボロになっていた。
10度の勝利と引き換えに削った命、それが今まさに尽きようとしていた。
「これで、永遠亭も終わりなのね―」
「し、師匠ぉぉぉぉーーーー」
薬物乱用による成れの果て。八意永琳は二度と飛べぬ体になってしまった。
「ふぅ、第一関門突破ね」
そう言いながら霊夢の足は払戻し窓口へと向かっていた。
そう、霊夢の賭けた先は藍だったのだ。これで10戦3勝、収支は大幅プラス。
「今日の私には神が降りている・・・・!」
そして霊夢は、この資金を無駄にすることが無いよう第11レースの予想に入ることにしたのだった。
霊夢の行く末は栄光か、はたまた破滅か……。
「今日は負けないぜ」
読みながら私も予想しちゃいましたよ。
ええ、もう惨敗しましたとも。
フラン-エーリンに第三回最萌用コイン全部。
現実と幻想の境界が曖昧でよかったです・・・。
しかし、エーリン薬使用発覚の瞬間
「そうだ!エーリン!勝てばいいんやー!」と脳内で白熱する自分がいました。
そこまでの迫力と臨場感、書き下ろしてのけるその技術、お見事でした。
今作品で最強なのは橙じゃないかと思う。
心の底から興奮してしまう不思議。
これが競妖というものか……。
フランには長距離逃げ馬演じるほどのクレバーさはないかやっぱり
今回はふらん単勝にコインいっこ(チキン野郎
次回は魔理沙単勝にコイン全部(駄目人間
ていうか、マキバオーを思い出してみたり。
今回みたいな、主人公以外が活躍する話って好きですねぇ~♪
にしても、エーリンに賭けてたのに、見事に外れちゃいました。