……
…………
「アハハハハ! ねえ、紫さまぁ。もっと早く走りなよぅ」
「そうだよー、ちょっと運動したぐらいでそんなにへばっちゃってると、またおば…」
ブルルルルワァァーーーーーーーバ、バババババスッ
禁断のラストワードを口にしようとした子供の口に、特殊な投法で空気抵抗の効果が付加されて凄まじいナックルが掛かり、赤と青に分裂したように激しくぶれるカラフルなボールが勢いよくぶっつけられた。
「わはー。リグル、死んじゃった? もしかしてこれは食べてもいい妖怪なのかー」
強烈な弾幕?をデンプシーロールの集中砲火を浴びたが如く顔面に被弾し、ひぇぇと目を回してぶっ倒れた蟲っぽい少女。
それを無邪気に大きく開いたおくちに指を当てて、よだれを垂らしながら心配?する金髪紅眼の赤いリボンがよく似合う女の子の名はルーミアという。
日の光が燦燦と降り注ぐ、恐らくは幻想郷で一番のどかな広場に少女たちのかしましい笑い声と、咎めるような怒鳴り声が響いた。
「こらー! リグル!! あなた、なんて酷いこと言うのよ。ひそかに実年齢のこと気にしている紫さまにそんな本当のこと言っちゃあ駄目でしょっ! ほら、紫さま…うつむいてスキマにかお突っ込んでシクシク泣いちゃってるじゃない」
ボールをぶん投げた姿勢から片手をピンと伸ばして、地べたに伸びているゴキ…ゲフンゲフンを指差し、黒いねこ耳に金のピアスがお洒落な妖怪少女、橙がぷんすか怒った。
そんな二人を楽しそうに見守り、口元に手を当ててコロコロと鈴が鳴るような笑いを押し隠すのは夜雀の少女ミスティア・ローレライ。
「うー…ん、ひ、酷いよ橙…。スペル宣言もしないでいきなり弾ぶっつけるんだもん」
「あー、うん、それはゴメンねリグル。…でもっ! たとえ冗談でも紫さまの悪口は許さないよ」
「う…ご、ごめん…」
「あやまるならわたしじゃなくて、紫さまにだよ。ほら」
「……ごめんなさい、紫さま」
しゅんとして自分の失言を詫びる、顔面をボコボコに腫らした男の子っぽい女の子、リグル・ナイトバグ。
ぽふ…
「あ…」
目の端に涙を浮かべたリグルの頭に、たおやかな母性に満ちた白く温かい手が乗せられた。
「ふふ、いいのよ橙。リグルだってそんなこと本気で言ったわけじゃないんだから。ねえ、そうでしょうリグル?」
「……うん。なんか…今の生活が、紫さまに拾われてからの毎日が、あんまりにも楽しいから…ちょっと調子に乗りすぎちゃったみたい…。本当に、ごめんなさい。ゆか…あっ」
よしよし
「……」 何も言わなくていいのよ、と無言で優しく頭を撫で続ける女性。顔を真っ赤にして、彼女のされるがままに身を委ねるリグル。
「わはー…いいなぁ、リグルぅ」
「紫さま…綺麗」
そんな暖かな光景をうらやましそうに見詰めるルーミアとミスティア。
「もう、そんなに物欲しそうな顔で見ないの。えーい!」
ねこ耳の少女が背後から抱きつき、肩が露出した中華風の赤い衣装から覗くほっそりとした両腕をいっぱいに広げて、二人の頭をぐりぐりとかき混ぜるように撫でた。
「わはー」
「ちょっ…なによぅ」
「紫さまや藍さまよりは頼りにならないだろうけど、わたしもあなたたちのこと、好きだよ」
目をチェシャ猫のように弓形に細め、二人に頬擦りする橙。
無邪気に喜ぶルーミアと、照れくさそうに口を尖らすミスティア。
………
………………
………………………
遥かなる理想郷(アルカディア)
穏やかな陽光のもとで、元気よく戯れる戦災孤児たちと八雲一家の面々。
次元のスキマに位置するマヨヒガの上空で、そんな彼女たちを祝福するような清々しい風が吹いている。
此処は、幻想郷一の実力者であり慈愛に満ちた大妖怪、八雲 紫の隠遁する平和な聖域――八雲教会。
質素な家屋にささやかな広場。
様々な世界に繋がるスキマから、生活に必要な物資はすべて自給自足される争いごととは無縁の場所。
現在の陰謀渦巻く荒廃しきった幻想郷において最も自然に――人間らしく、妖怪らしく暮らせるところ。
元々夜のくらやみに身を潜める邪妖――ルーミア、ミスティア、リグルなどの闇を払拭する程度の愛が無条件に注がれるサナトリウム。
「…いつまでも、このしあわせが続くといいのに…ね」
リグルの頭を撫で続けながら、八雲 紫は願う。
……。
平穏な風が舞う、どこまでもたかく、気高い理想を持った青空に
お昼ごはんができましたよー
と、紫の忠実なる式の声が溶けていく。
紫たちは、はーい、と元気よく答えて――こじんまりとした、どこか懐かしい――八雲教会のなかに笑いあいながら呑み込まれていった。
それは
紅魔館において 白玉楼において
有象無象のべつくまなく 敵味方一切の区別なく
破壊する 葬り去る
最狂の悪魔が出撃する日の 葬霊どもが迎撃する日の
穏やかな 真昼の 情景であった
過去、幻想郷に巻き起こった大戦争がある。
その闘争は、言語を絶する程に救いの無いものであった。
なかでも、史上最強のヤクザ集団『八雲一家』の跳梁跋扈ぶりは物凄まじく
その神出鬼没、絶対的な恐怖は互いに血みどろの潰しあいをしていた紅魔館、白玉楼、永遠亭でさえも恐れおののく程であった。
四つの暴力組織。それは世界を隔てる博麗大結界のうちで激しく対立しあい、時に手を組み、どちらともなく裏切りあい刻々と版図を変える巨大な勢力図。幻想郷ではその迷惑極まりない、挿しつ挿される不毛な争いごとを趣味とする宗主たちを指して『刺天王(してんのう)』と呼称していた。
即ち――
白玉楼、生と死の境界 -Border of life- 西行寺 幽々子
紅魔館、紅と魔の境界 -Red Magic- レミリア・スカーレット
永遠亭、永遠と須臾の境界 -Lunatic Princess- 蓬莱山 輝夜
そして
それら、抜きん出た絶対者どもにさえ、畏怖の念を抱かせた刺天王の筆頭――八雲一家の重鎮――
幻想と世界の境界
-The ultimate east fantasy-
八雲 紫
両手に構えた白と黒の二丁拳銃――ピースメーカー。
西部の荒野ならぬ東方の幻想郷を渡り歩く稀代の弾幕遣い、八雲 紫の愛銃である。
それはトリガーを引くだけで連射の利くオートマグに比較すると旧態依然としたシングルアクションリボルバー。その重量や機構の癖の強さから両手に扱うには不向きな銃だ。にも関わらず、幾多の強敵を葬り去ってきた紫奥義銃神弾幕結界――白と黒の境界神(GUN GOD)。
紫が命じるとスキマから現れた誰のものとも知れぬ神隠しの白い朧手がすぐさま二丁の銃把に伸び、自動的にハンマーコックを引き起こす。
いつでも射撃可能になった両銃を手に、ゆったりとライトアーム、レフトアームを十字に交差し、祈るように乙女は目を閉じる。
そして、徐々に開きゆく黄金の魔眼に満ちる――氷のような蔑視と共に――死刑宣告は下される。
ガキン、と引き金を絞る美麗な指先。二丁の幻銃よりマズルフラッシュの美しい花弁が咲き誇る。
世界を切り裂いていく二条の幻想。
結末を見届けるまでもなく、八雲 紫は細い柳眉を哀れむように顰めて冷笑する。
――ああ、貴方達は所詮幻想には程遠い無残な幻影に過ぎないのね、と。
白と黒の優美なフォルムにそれぞれ”士魂”と刻みこんだバレルより放逐される――旧き”紫紺”の幻想を纏いて天地を裂き、標的を捉えて原理不明の無限速度で飛来する謎の超高速飛行物体(座薬ともいう)。
無論、ターゲットたりうるのは八雲 紫に敵対できる程度の力ある大妖怪ども。
いくら弾速がありえぬほど速かろうとも、自らの急所に突き進む弾丸をおとなしく喰らうほど甘くは無い。
避ける
空間を渡る
魔力を込めた腕で弾く
狙い澄ました銃弾で相殺する
などなど。
取れる対抗策は妖怪の種類に応じて千差万別。
回避が不能な弾幕などありはしない。
だが
だが、しかし
「――無駄よ」 隙間なく張り巡らされた防禦策の手前に忽然と出現する極小のスキマ。
八雲 紫の放った幻想弾は間髪入れずにその禍々しい奈落に呑み込まれる。
……
…………
どういうことか
ソレはいかなる手段をも掻い潜り、たとえ空間を跳躍し那由多の距離を逃れようとも
……その脅威からは決して逃れられ無い。――獲物の急所の手前にぱかりと開く”アビス”の出口……!
”ハンター”八雲 紫に狙われた猛獣(標的)の回避成功確率は…0.0000000001%以下。
是は、現在でいうアポロ13、デューク東方のスナイプ能力を大きく凌駕する。
”八雲 紫”
圧倒的な
現実と
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幻想の
”境界”
――……!?
グニィィヨオン……………ヒョョォォォォォォ……………クォォォォォォォォオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォオオオオオオオーーーーーーン
深淵より、解放、無限速度、座薬型永久機関、眦を見開く敵、回避不能、それは、致命の、場所へ――
……ズン
”ひぎぃ”
……。
……。
……。
……。
夕暮れの黄昏色。
日没後の宵闇色。
世界を隔てる二色の境界に悠然と腰かける幻想の守護者。逆光に霞んだ顔には、混沌のなかにうすら寒い輝きを放つ黄金の瞳。
輪郭しかおぼ付かぬ真のカオスより、ニィィ…と吊り上げられた真っ赤な下弦の月が、物言えぬ敗者へと言葉を紡ぐ。
「この世に法など無いの。大黒天より力があればこの世はどうとでもなる。力とは座薬、そう――光と闇、根源の渦の力よ」
八雲 紫。
幻想郷成立に深く関わる大妖。
人妖の持つ甘さや心とは無縁の存在。
その秘められた能力は……計り知れない。
……
…………
けれども…
彼女は、変わった。
……変わって、しまった。
†††
八雲教会、お茶の間兼礼拝堂
「はい、熱いので焦らないで召し上がってくだいね」
ほこほこ湯気を立てる具材の弾幕密度が絶望的に薄い野菜スープの鍋が、極普通の一般的家庭にあるようなちゃぶ台の真ん中に敷かれた紫お手製の鍋敷きの上にどすんと置かれた。
熱そうに顔をしかめる耐熱糸で編まれた鍋敷きには、しあわせそうに微笑んでる八雲ファミリーたちの笑顔が刺繍されていた。
「…いつも済まないわねえ、藍。貴女にばかり苦労かけてごめんね?」
そう思うんなら働いてくださいよ、えー…めんどいから嫌よ、などという昨今ではお約束となりつつある駄目なやり取りを返す事無く、八雲 紫が信頼を寄せる配下にして家事手伝い、第一の式神「八雲 藍」はにっこりと微笑んで首を振る。
「いえいえ、紫さま。いいんですよ、貴方はそんな些末なことを気にせずとも」
そう答えると藍は片手に構えたおたまをくるりと回し、
「さぁ、橙。みんなの分もお皿を用意してちょうだい」
「は~い、藍さま! ん……よっと。ありゃりゃ」 ぐらぐら がたがた すぃーー
パシ
「…もう、橙はそそっかしいなぁ。ちゃんと前を見て運ばないと駄目じゃん。ほら」
両手に抱えた人数分の大皿の上で、バランスを崩し危うく床に叩きつけられそうになった皿をミスティアが見事にキャッチした。
しょうがないなぁ、と言いながらもミスティアの口元はどこか嬉しそうに弛んでいた。
おー、めしめしー。ルーミアってやっぱし食いしん坊だよね。
ソーナノカー? そうなのよー。
「わはー」 いち早くちゃぶ台につき、両手を広げてわはーわはーと飯を催促するルーミア。
「ひぇぇ」 ルーミアの餓えた視線に晒され身の危険を感じるリグル。
「ルーミア、リグルは食用蟲じゃないんだから食べちゃいけないんだよ」お姉さんぶった橙の叱り声。
……
…………
「こらこら、お前たち食事の時間ぐらい静かにしないか。今日は只でさえ備蓄が少ないお肉を久しぶりに入れてあげたんだから、仲良くお行儀よく、ちゃんと紫さまに感謝して頂かないと駄目だぞ?」
きらーん
ルーミアの赤い両目が漫画ちっくな十字光を放射した。
「にく! にくー、にくにくぅ!! 目の前のが取って食べれる鍋?」
「いや…鍋は入れ物だから食べれないから。正確には野菜スープに極少量含有される謎肉…ゲフゲフ、『お肉』だよ」
久々の動物性タンパクに目を輝かせて喜ぶルーミアはそんな藍の律儀な突っ込みなど耳に入らぬ様子で、
「そーなのかー、そーなのかー」
…実に、素直に、嬉しそうに笑っていた。その騒がしくも…過去の不幸を微塵も感じさせぬ孤児たちの様子を無言で見守っていた紫は、過去の過ちを噛み締めるように…現在の幸福を噛み締めるように…静かに微笑んで目を弓形に細めていた。
「ま、いいわ。さ、全員のお皿にスープは行き渡ったことだし、頂きますの挨拶をして冷めない内に食べましょうか」
「「「「「「はーい」」」」」」
「では、今日も紫さまのおかげで無事食事にありつけたことを創造主に感謝して…」藍がいただきますの音頭を取る
「「「「「「いただき…」」」」」」
障子の向こうに――
……。
……。
……。
――みっつのひとかげが。
ガララララ… 縁側とお茶の間を隔てる障子が遠慮の無い響きを立てて開け放たれた。
「おー、やってるやってる。ちょうどいいタイミングだったみたいね、姉さん」にやりと赤い少女が微笑んだ。
「あはははは、ごーはんだ、ごはんーだー、さぁーぁーたーべーよぉー♪」
白い服を着た朗らかな少女が土足のままズカズカと畳みの上を歩み、ちゃぶ台に乗っかっている大鍋を覗き込んだ。
「ぽ? なぁにコレ。んー……出汁? ま さ か …これがメインディッシュなのぉぉ!?」
目をまん丸に見開いて驚愕する……メルラン。あまりの貧しい食卓に狂人の振りも忘れて、素で失礼極まりない言葉を漏らした。
「な……」 予想外の事態に硬直していた八雲一家の視線が、ぎしぎしと突然の闖入者へと注がれた。
「な、なによあんたたちは! いきなりやってきて、ひとんちの食卓を馬鹿にして……っ。文句があるなら表に」
す…
……。 驚きから覚め、激昂する橙を制するように、静かに藍の片手が差し出された。
「貴殿ら……葬霊楽団プリズムリバー三姉妹の方々とお見受けする。騒乱と災厄を奏でるあなた方が一体なんの用向きでこの”マヨヒガ”を訪れた? 返答如何によってはたとえ紫さまの旧友西行寺 幽々子殿の子飼いの部下といえど容赦はせぬぞ……」
炯々と獣の眼光を放ち、割烹着が似合う優しいお母さんのようであった式神――八雲 藍は、凶暴極まりない肉食獣が唸るような威嚇音と共に、青白い狐火をしゅうしゅうと吐いた。
「ら、藍さま…」 普段見慣れぬ凄惨な鬼気を発する、先の大戦で蛇蝎の如く忌み嫌われた暗殺者の本性を垣間見て脅える、橙と無言で成り行きを見守る――今は闘う力を持たない孤児たち。
……。
……。
……。
……。
平和の象徴であった八雲教会に、ピリピリとしたきな臭い闘争の煤煙が満ちていく。
「は。笑わせてくれるわね、藍さんとやら。騒乱と災厄? 今の言葉は我ら心躍る音楽をこよなく愛する楽団に喧嘩を売っていると考えていいのかな? ねえ、この口の悪い狐おばさん…さっさとやっちゃうべきかな、姉さんたち」
剣呑な眼光で藍を睨むリリカ・プリズムリバー。
「貴様らの演奏が…音楽? 笑わせる。そんな戯けた寝言がまかり通るのであれば、たちまち幻想郷はエセ音楽団まみれになってしまうわ。いい? どうやらあんたたちは物凄くお馬鹿な勘違いしているようだからこの際きっぱり言っておくけど、私と紫様がどうして最強の…」
「藍。――おやめなさい」
過熱する藍の言葉を静かな――冷水のような声色で紫は遮った。
「紫様…………失礼を。兎に角だ、いいか、お前たち。この非戦区域であるマヨヒガに来たのであれば、最低限これだけは確約しろ。――争そうな。……もし、この誓約を破り我らが領域内で戦闘行為を行なう不届き者どもあらば……すべからく、この八雲 紫が股肱の式、八雲 藍の銃口から逃れられると思うな」
ズズズズズズ………
重苦しい重圧が室内に漏れ出ていた。
藍は割烹着の下、青い道士服の懐から忌まわしい金属塊を覗かせた。
彼女の主、八雲 紫が銃を捨てた今となってはもう使用することもないだろうと封印していた過去の亡霊。
その名を
”テンコ アナコンダ 44マグナム”
くすんだ色を陽光に反射させ鈍く光る、燻し銀のガンバレル。道術を得意とする藍が己の特性を最大限に発揮できるようミスリル銀で特殊加工された破邪の聖銃である。この銃も大口径の多聞に漏れず一撃必殺のコンセプトで鍛造されている。
藍の主である紫のピースメーカーとは違い、ダブルアクションで作動するリボルバーマグナム。
シングルアクションのそれと比べ形式としては新しい部類に属し、使いやすさでは雲泥の差を見せ付ける。
だが、元から卑怯なまでに胡散臭い妖力を銃と直結させている、紫の旧銃と比較すること自体意味の無いことではある。
装弾数は6発。44マグナム座薬弾。威力的には申し分ないシロモノ。
アナコンダ――その名の通り大蛇のような巨大でおぞましい風格を持つビッグマグナムだ。
サイドプレートには天狐を模したシンプルなエンブレムが刻印されている。
たかが一介の式が持つには分不相応な殺し道具。しかし…
「私の弾丸は有象無象の区別なく、容赦なく、例外なく貴様ら仁義に外れた弾幕の徒を秘儀らせる。……紫様のお優しい情けに甘え、ゆめゆめ侮るな……我ら八雲の存在を」
「……(ふ、ふん! さすがは前大戦終結の立役者たちといったところね。でも、力とは知恵。いつまでもそんな時代遅れの任侠が通用するとは思わないでよね)」
ぐっと唇を噛み締め押し黙るリリカ・プリズムリバー。ニヤニヤするのみでそれを傍観するメルラン。
そして――
「……紫殿。…妹たちが失礼した。許して欲しい…」
低気圧な雰囲気で億劫そうに非礼を詫びたのは葬霊楽団のリーダー、ルナサ・プリズムリバー。
さらり、と目に掛かる金髪を撫で上げて両眼を糸状に眇め、ルナサは言葉を続ける。
「……今回此処マヨヒガを訪れたのは別に八雲一家と事を構える為では無い。むしろ紫殿、あなたを護る為に来たともいう」
…やはり、そうか…
紫はどこか諦めた面持ちで、いつか訪れるであろうことを確信していた救われぬ現実を受け止める。
紫の力――ありとあらゆる境界を操作する程度の能力。
これが、紅魔館と白玉楼の泥沼化した抗争を終息させた――八雲 紫にしか成し得なかった和平手段の真実。
「…幽々子様より、伝言がある」 無愛想に事実のみを淡々とルナサは告げる
「…聞きましょう」
かっての親友、今では袂を分かった懐かしき少女の思い出が、紫の胸を締め付けた。
「…これが、その伝言だ『――紫、お久しぶりね。相変わらず貴女は腑抜けたままごとを続けているのかしら。…かっては幻想郷にその人あり、と畏敬と畏怖を込めて囁かれていた貴女…残念だわ。変わってしまったことを、今更とやかく言うつもりはないのよ。けど、昔日のよしみで忠告してあげる。貴女が張った紅魔館と白玉楼を隔てる結界――実力者であればあるほど、出入りが制限される堅牢無比の永続結界――それを破壊しようとしている者が居ます。我ら刺天の王が結んだ不戦の和約を破り捨て、侵攻の橋頭堡と為そうとする不逞の輩が貴女を…紫を殺害し、結界を無効化しようと企てている。わたしの勘では…恐らく…今夜、途轍もない、紫、貴女ですら殺しきる程度の脅威が、不戦の地”マヨヒガ”を襲撃することになると思うの。そこで――』
ルナサは言い馴れない長文を一息に朗読し、ふぅ、と大きく溜息を吐く。そして最後に一言、紫に宣言した。
「……我らがあなたの護衛に駆り出されたという訳だ」
「……そう。幽々子が……ね」
寂しげに目を閉じながら、紫は懐かしい親友が企む、真の狙いを悟ってしまった。
――幽々子。本当に貴女が私の身を案じるのであれば、この子たち”味方殺しの葬霊三姉妹”を派遣する筈も無い。……紅魔館の刺客…たぶん、レミリアかフランドールといった昔の私でも侮れぬデーモンロード達と私たちが交戦してる間隙を突いて、邪魔な勢力をすべて諸共に始末する気ですか……。昔から意地汚いところのある幽々子らしい単純思考ね。…どうして、分かってくれないの…? 幽々子。闘争は次の闘争を呼ぶ、救いの糸も垂らされぬ無間地獄でしかないことを…。
「……(紫様…もはや生涯銃は持たぬ、と誓った貴方の命令なれど、貴方がようやく手にすることが出来たこの幸せ、撃ち砕こうとする奴等の魔手から護る為にはこの八雲 藍、何度でも何度でも…紫様が真の平穏を手に微笑んで頂けるようになるまで…修羅にでも羅刹にでもなりましょう)」
……
…………
………………
互いに疑惑の目を向け合い、油断無く牽制し合いながらマヨヒガの表向き平和な午後は過ぎていく。初対面の無礼を詫び、腹に抱える黒い思惑を仕舞い込んだリリカとメルランがにこやかにルーミアたちと笑いながら遊んでいる。それをハラハラしながら見守る藍。とくに何をするでもなく、二人縁側で茶を啜るルナサと紫。
ずずず……
「……」
「……」
どこか白々しい、爽やかな春風が、マヨヒガを吹き抜ける。
「……」
「……」
ずず…
なにも考えぬ無我の境地。どこか間違えた明鏡止水に至っているルナサを横目に、紫は…
――風が、出てきたわね。
夜が堕ちて来るのを、待つ。
《八雲の境界 完 次章 永遠の道化師-妖星乱舞- に続く》
それは、かつてここ創想話に参加したもの、否東方に関わるすべての物が絶対不可侵と不文の法を持って定めた結界だった。 その禁を侵し、約をたがえ、初めて理想の郷にメスを入れたのは、デュークしん。 やはりあなただったか・・・。
だがしかし!! いくら伝説の侵食結界を擁するデュークしんと言えども、我が心の亡霊嬢を秘儀らせはしn(ゥドオォゥゥーーーーーーン!!)
― さよならなんかは言わせない~ 僕らはまたいつか出会えるから~ ―
「うつむいてスキマにかお突っ込んでシクシク泣いちゃってるゆかりん萌え!!」
銃にはあまり造詣の無い私ですが、いい隙間様と狐様で……
リグルンとミスチーも素敵で、続きが楽しみです
テンコーと44マグナムの組み合わせも、意外な感じでグッドです!
全く先の読めない展開。
次回、マヨヒガを舞台に、再び愚かな争いの幕が開いてしまうのでしょうか…?
………結局はひぎらせあいなんだけどね(笑