勢いとは力である。フォースである。運命という壁を貫くグングニルである。
それは、明確な指向性を持ったどこまでも伸びるベクトルである。それを止めることは容易ではなく、下手にそれを止めようとすれば、テンションという名の刃にその身を貫かれることになる。
鉄板から細い鉄の糸を成型するの如くの勢いで伸びるそれは、正面から受け止めようとすれば、瞬きの時間すら許さず身を貫く。
悪意の無い純然たる思いは、さしずめ妖刀。ただ、それだけを求めるのだ。愛だけを。
けれどそれが、正しい方向を向いているかは別の問題なの、とそういう話。
『真っ赤な紅茶と鰯の頭』
「さっ、霊夢。今日は紅茶を持ってきたの、飲んでっ!」
幻想郷の境に存在する博麗神社。
そこで連日、レミリアお嬢様は明後日の方向へハートブレイクショットを打ち捲くりである。
「紅茶ね。私は緑茶派だけど、そこまで言うのならまぁ別に」
良いわよ、と続けながら、外の世界から手に入れた、とかいう魔法瓶の中から注がれた紅茶を渡された霊夢はしぶしぶながらも、その瓶のキャップを受け取った。
「ん?」
紅茶といえど、何やらやけに赤い。おまけに冷たいものは冷たいまま、暖かなものは暖かなままという魔法瓶の中から出てきたそれが湯気の一つも上げない。
「ねぇレミリア。この紅茶なんか血みたいに真っ赤ね」
「そりゃそうよ。だってそれ私の血だもの」
それを聞いた霊夢は、唇寸前まで持っていったその手を止める。
「飲めるかーーーー!!!」
霊夢はキャップごと、紅茶とレミリアが言ったそれを神社の庭先へとぶん投げた。
「あーー! 一滴一滴、ドモホルンリンクルのように抽出した私の血がーー!」
背中の蝙蝠羽をはためかせて、キャップを追いかけるレミリア。
「あのねレミリア。血は人間社会に置いて紅茶とは言わないの」
庭先でキャップを拾い上げながら、冷たい霊夢の言葉にマイハートブレイクのレミリア。
「うぅ、霊夢が冷たい…。お互い命を賭して、弾幕ごっこをしあった仲だっていうのに…。あぁ、あの日の燃え滾る愛は一体どこへっ」
「いや、そんなの最初っから微塵も無いし」
「大丈夫ですよ、お嬢様。あの紅白は照れているだけです。ただウブな生娘なだけ。既成事実とかさえ作ればこっちのものです、負けないでお嬢様っ!」
無責任に、庭先で佇む咲夜はレミリアを炊き付ける。
私だったらいつだってオッケーですよ、お嬢様。むしろ、カマン! とかいう嫉妬心を優しげな笑顔の中に隠しつつ、咲夜は言った。
「うん、分かってる。ほんとは霊夢も私に、あいあいあいあいあいらびゅー♪ なのよね。だからレミリア負けないっ! いつの日か、必ず霊夢を私のモノにしてみせる! 誤解しないでね霊夢。私は別に貴女の膜が好きっていうわけじゃないから。例え霊夢が私の知らぬ間に生娘で無くなっていたとしても、私の愛は変わらないわっ!」
苦手な日光にもめげず、陽が注ぐ中、拳を高らかに掲げるレミリアだが、テンション的に明後日の方向を向いてしまっていることは、当の本人以外が分かっていた。
膜?
と、生娘な霊夢は虚空を見て呟いた。
「というわけで、飲んでっ、霊夢!」
ばさっ、っと羽をはためかせ、霊夢の傍らへ飛ぶ。
自身の服の裾で、汚れてしまった魔法瓶のキャップを拭き拭きして、新たにそこへ血を注ぎ、差し出す。
生娘の血が、他の人間と比べ美味しいことを知っているレミリアとしては、吸血鬼の生娘の血も美味しいと考えただけであり、そこに悪意は無い。美味しい飲み物を、霊夢に持ってきただけなのだ。
「レミリア。人間は血とか飲まないから」
そういう事実を分かっていないけど。
「大丈夫、霊夢。私だって伊達に500年生きてるわけではないわ」
えっへんと、無い胸を張るレミリア。
その姿を見て、「あぁお嬢様、いつまでもそのままで」とか鼻血を出しそうになっているのは咲夜だが、二人はそれに気が付かない。
「ふむ、その心は?」
「私の血を飲んで霊夢も吸血鬼の仲間入り。そして永遠の愛を二人で」
うん、悪意は無い。あるのは多分、愛情とか、劣情とか、きっとそんなのだ。
レミリアが浮かべるは笑顔。
「それが嫌だって言ってんのよ」
霊夢が浮かべるは冷笑。
同じ笑いであるのに、そこにある温度差は台風とか引き起こしそうであると、咲夜は思った。
「なんでなんでー、なんで飲んでくれないのーー?」
レミリアは駄々っ子モードに突入する。その様はさしずめ、れみりゃ様という感じだ。
「むしろ、何で私が貴女の血を飲もうと思うのかと、貴女に言いたいわね。私は生まれてこの方人間だし、それを辞めようとは思わないの」
「レミリアは、霊夢に吸血鬼になって欲しいですっ!」
「却下」
「がーん。何よっ、そんなに魔理沙がいいのっ!!」
「いや、魔理沙とは別にそういうのじゃないし」
「アリスか、アリスなのねっ!」
「いや、アリスとも別に―」
「霊夢の、霊夢の人形好きーーー! 無機物がそんなにいいのっ!?」
「いやだから、別に人形も好きじゃないし」
「はっ、着せ替え!? まさか着せ替えとか楽しむタイプなの霊夢は。だったら、私で、私でして霊夢っ!」
自ら何らかの答えに行き着いたのか、服をいそいそと脱ぎ始めるレミリア。
咲夜は「いけません、お嬢様。そんな破廉恥なことをっ!」と言いながら両手で目を覆うが、指の隙間からそれをしっかりと見ている。その様子を見て鼻からは赤いものが流れていた。平たく言うと紅茶である。人間はそれを紅茶とは呼ばないけれど。
「はいはい、日も高いしもう寝なさい。喰らえっ、にんにく」
ぽーいと投げたにんにくが、柔らかな弧を描きながら、服をはだけたレミリアのおでこに衝突する。
レミリアはよろけれるが倒れない。
「くっ、にんにく程度にレミリア負けない。私の霊夢に対する愛は、にんにく程度では止められないわ」
「止まっちゃいなさいよ。誰も困らないから」
恋する吸血鬼レミリアは倒れない。いや、ほんとは倒れたのだけど、それは後ろでなく前方である。
可愛らしい口をあんぐりと開けて、尖った牙を閃かせる。平たく言うと、「ばったんきゅ~」と言いながら霊夢に覆いかぶさったということ。
「飲むのが嫌なら、私が吸うわ~」
「それは勘弁よ~」
言いながら、霊夢が懐から取り出したるは鰯の頭。
「煌く牙を、喉元にー。きゅう…」
白目を剥いて、ばたりこと気を失い倒れるレミリア。もっとも、正気はとっくに失っていたような気がするけど。
覆いかぶさるように倒れたレミリアの頭を、よしよしと撫でながら、
「ねぇ咲夜。レミリアってどこまでが本気なのかしら?」
そう尋ねる霊夢。
「どこまでもお嬢様は本気だと思いますよ」
あぁ、私もお嬢様の頭を撫でたい。と思いながらも、しれっと返す咲夜。顔は冷静そのものだが、鼻から流れる赤いものがそれを台無しにしている。
「そりゃまた難儀な話ね」
よっこいしょ、と言いながら身を起こす霊夢。
その動きで、霊夢に覆いかぶさっていたレミリアが横へコロンと転がる。
「レミリアもおねむだし、私もお昼寝しようかな」
いやいや、眠らせたのあんただし。と咲夜は突っ込みたかったが、降りかかる火の粉を払おうとするのは生物的に見て当たり前のことである。
「ねぇ霊夢?」
「何、咲夜?」
部屋の片隅に畳んであった布団を広げながら霊夢が聞き返す。
「霊夢はお嬢様のことをどう思っているの?」
少なくとも嫌ってはいないのだと、咲夜は思った。嫌っているのなら、何かしらの吸血鬼に対する結界を張ってここへ来るのを拒むだろうから。
「んー、手間のかかる妹みたいなものかしら。ただこの妹は、ことある度に血を飲ませようとしたり、吸おうとしたりするから困り者ね」
言って微笑する。
霊夢の中にあるものは、吸血鬼だからであるとか、妖怪であるから、という区別は存在しない。レミリアという個人を捉えている。
彼女を動かすものは、情などではなく、ただ事実のみである。故に、事実が彼女を不快にさせていないのだとしたら―
今の関係が前に進むことはあっても、後ろに戻ることは無いだろう。
咲夜はそう思った。
嫉妬が無いと言えば嘘になる。けれど、今のお嬢様の行動、思いは喜ばしいことである。それが明後日の方向を向いた恋愛感情であるにせよ、それすらもお嬢様は500年もの間、ただの一度も無かったのだ。
なれば、従者である自分は、それをただ応援すればよい。
「あれ、帰るの咲夜?」
「えぇ、どうせお嬢様は泊まって行くって言い張るでしょうし」
苦笑する咲夜。
「明日の朝頃にでも、お嬢様を迎えに来ますわ。それまでお嬢様をよろしく」
「この娘が悪さをしなければ、よろしくしとくわ」
「お嬢様に悪気は無いんですよ」
「知ってるわ」
霊夢の前には、如何なるものも意味を為さない。
そのものの本質だけを瞬時に理解し、受け入れる。そこにそれと関わりあった時間という概念は無い。その時理解せぬもの、受け入れられぬことは、決して彼女はどれだけの時が経っても理解することは無く、受け入れることなど無い。
そして、霊夢はレミリアを受け入れていた。無論、霊夢であるが故に何でもかんでも受け入れるわけでは無く、自らが不快、嫌だと思えば当然の如く拒否をする。
けれど、レミリア自体もそれを楽しんでいる。
その二人の関係に何かを言うのは、無粋だろう。
「では、お二人共、良い夢を」
言って、咲夜は博麗神社に背を向け大地を蹴り、空を舞う。
のんびりと空を翔るその背に、巫女の神童歌が届いた。
「神の園にて 戯わむれる 童女童女 笑顔かな―」
春の訪れた幻想郷。そこに祝詞が響く。
幻想郷には罵倒し合う声と、それを吹き飛ばすくらいの笑顔が溢れている。
この世界は、世界自身が望まぬものを排除する。
なれば、ここにあるものはすべからく美しいのだ。
幻想郷にあるものは、何一つ変わらない。だがそれは、不変を意味するものではない。あらゆるものがその本質を変えぬまま、成長し進化していく。それは紛れも無い変化であるが、人の世の理には反している。
春には花見。それも幾度も行われるだろう。そうなれば自分は料理と後片付けに奔走することになるだろう。
けれど、それが何だというのか。
そこにお嬢様の笑顔があるのなら、楽でありこそすれ、苦であるはずがない。
主の幸せは、従者の幸せ。その笑顔は、従者の笑顔。
徐々に咲き始めた桜を眼下に納めながら、咲夜は微笑む。
その光景は、レミリアと霊夢、幻想郷そのものの行く先を映しているかのように見えたからだ。
神童歌を子守唄代わりに聴き、笑顔で寝入っているであろう主人を思い浮かべて、咲夜は微笑んだ。
空は青い。ならば未来も明るいはず。
幻想郷は皮肉で溢れているが、それを超える暖かな想いに包まれている。
真に否定されるものなど、最初からここには無い。
何が起ころうとも、誰もが笑うような結末しかここには存在しない。
明日も明後日も、続くであろうレミリアと霊夢のドタバタ。
その様に嫉妬を超えて、微笑めている自分に咲夜は驚くと共に、自分も幻想郷に染まったものだと思った―
それは、明確な指向性を持ったどこまでも伸びるベクトルである。それを止めることは容易ではなく、下手にそれを止めようとすれば、テンションという名の刃にその身を貫かれることになる。
鉄板から細い鉄の糸を成型するの如くの勢いで伸びるそれは、正面から受け止めようとすれば、瞬きの時間すら許さず身を貫く。
悪意の無い純然たる思いは、さしずめ妖刀。ただ、それだけを求めるのだ。愛だけを。
けれどそれが、正しい方向を向いているかは別の問題なの、とそういう話。
『真っ赤な紅茶と鰯の頭』
「さっ、霊夢。今日は紅茶を持ってきたの、飲んでっ!」
幻想郷の境に存在する博麗神社。
そこで連日、レミリアお嬢様は明後日の方向へハートブレイクショットを打ち捲くりである。
「紅茶ね。私は緑茶派だけど、そこまで言うのならまぁ別に」
良いわよ、と続けながら、外の世界から手に入れた、とかいう魔法瓶の中から注がれた紅茶を渡された霊夢はしぶしぶながらも、その瓶のキャップを受け取った。
「ん?」
紅茶といえど、何やらやけに赤い。おまけに冷たいものは冷たいまま、暖かなものは暖かなままという魔法瓶の中から出てきたそれが湯気の一つも上げない。
「ねぇレミリア。この紅茶なんか血みたいに真っ赤ね」
「そりゃそうよ。だってそれ私の血だもの」
それを聞いた霊夢は、唇寸前まで持っていったその手を止める。
「飲めるかーーーー!!!」
霊夢はキャップごと、紅茶とレミリアが言ったそれを神社の庭先へとぶん投げた。
「あーー! 一滴一滴、ドモホルンリンクルのように抽出した私の血がーー!」
背中の蝙蝠羽をはためかせて、キャップを追いかけるレミリア。
「あのねレミリア。血は人間社会に置いて紅茶とは言わないの」
庭先でキャップを拾い上げながら、冷たい霊夢の言葉にマイハートブレイクのレミリア。
「うぅ、霊夢が冷たい…。お互い命を賭して、弾幕ごっこをしあった仲だっていうのに…。あぁ、あの日の燃え滾る愛は一体どこへっ」
「いや、そんなの最初っから微塵も無いし」
「大丈夫ですよ、お嬢様。あの紅白は照れているだけです。ただウブな生娘なだけ。既成事実とかさえ作ればこっちのものです、負けないでお嬢様っ!」
無責任に、庭先で佇む咲夜はレミリアを炊き付ける。
私だったらいつだってオッケーですよ、お嬢様。むしろ、カマン! とかいう嫉妬心を優しげな笑顔の中に隠しつつ、咲夜は言った。
「うん、分かってる。ほんとは霊夢も私に、あいあいあいあいあいらびゅー♪ なのよね。だからレミリア負けないっ! いつの日か、必ず霊夢を私のモノにしてみせる! 誤解しないでね霊夢。私は別に貴女の膜が好きっていうわけじゃないから。例え霊夢が私の知らぬ間に生娘で無くなっていたとしても、私の愛は変わらないわっ!」
苦手な日光にもめげず、陽が注ぐ中、拳を高らかに掲げるレミリアだが、テンション的に明後日の方向を向いてしまっていることは、当の本人以外が分かっていた。
膜?
と、生娘な霊夢は虚空を見て呟いた。
「というわけで、飲んでっ、霊夢!」
ばさっ、っと羽をはためかせ、霊夢の傍らへ飛ぶ。
自身の服の裾で、汚れてしまった魔法瓶のキャップを拭き拭きして、新たにそこへ血を注ぎ、差し出す。
生娘の血が、他の人間と比べ美味しいことを知っているレミリアとしては、吸血鬼の生娘の血も美味しいと考えただけであり、そこに悪意は無い。美味しい飲み物を、霊夢に持ってきただけなのだ。
「レミリア。人間は血とか飲まないから」
そういう事実を分かっていないけど。
「大丈夫、霊夢。私だって伊達に500年生きてるわけではないわ」
えっへんと、無い胸を張るレミリア。
その姿を見て、「あぁお嬢様、いつまでもそのままで」とか鼻血を出しそうになっているのは咲夜だが、二人はそれに気が付かない。
「ふむ、その心は?」
「私の血を飲んで霊夢も吸血鬼の仲間入り。そして永遠の愛を二人で」
うん、悪意は無い。あるのは多分、愛情とか、劣情とか、きっとそんなのだ。
レミリアが浮かべるは笑顔。
「それが嫌だって言ってんのよ」
霊夢が浮かべるは冷笑。
同じ笑いであるのに、そこにある温度差は台風とか引き起こしそうであると、咲夜は思った。
「なんでなんでー、なんで飲んでくれないのーー?」
レミリアは駄々っ子モードに突入する。その様はさしずめ、れみりゃ様という感じだ。
「むしろ、何で私が貴女の血を飲もうと思うのかと、貴女に言いたいわね。私は生まれてこの方人間だし、それを辞めようとは思わないの」
「レミリアは、霊夢に吸血鬼になって欲しいですっ!」
「却下」
「がーん。何よっ、そんなに魔理沙がいいのっ!!」
「いや、魔理沙とは別にそういうのじゃないし」
「アリスか、アリスなのねっ!」
「いや、アリスとも別に―」
「霊夢の、霊夢の人形好きーーー! 無機物がそんなにいいのっ!?」
「いやだから、別に人形も好きじゃないし」
「はっ、着せ替え!? まさか着せ替えとか楽しむタイプなの霊夢は。だったら、私で、私でして霊夢っ!」
自ら何らかの答えに行き着いたのか、服をいそいそと脱ぎ始めるレミリア。
咲夜は「いけません、お嬢様。そんな破廉恥なことをっ!」と言いながら両手で目を覆うが、指の隙間からそれをしっかりと見ている。その様子を見て鼻からは赤いものが流れていた。平たく言うと紅茶である。人間はそれを紅茶とは呼ばないけれど。
「はいはい、日も高いしもう寝なさい。喰らえっ、にんにく」
ぽーいと投げたにんにくが、柔らかな弧を描きながら、服をはだけたレミリアのおでこに衝突する。
レミリアはよろけれるが倒れない。
「くっ、にんにく程度にレミリア負けない。私の霊夢に対する愛は、にんにく程度では止められないわ」
「止まっちゃいなさいよ。誰も困らないから」
恋する吸血鬼レミリアは倒れない。いや、ほんとは倒れたのだけど、それは後ろでなく前方である。
可愛らしい口をあんぐりと開けて、尖った牙を閃かせる。平たく言うと、「ばったんきゅ~」と言いながら霊夢に覆いかぶさったということ。
「飲むのが嫌なら、私が吸うわ~」
「それは勘弁よ~」
言いながら、霊夢が懐から取り出したるは鰯の頭。
「煌く牙を、喉元にー。きゅう…」
白目を剥いて、ばたりこと気を失い倒れるレミリア。もっとも、正気はとっくに失っていたような気がするけど。
覆いかぶさるように倒れたレミリアの頭を、よしよしと撫でながら、
「ねぇ咲夜。レミリアってどこまでが本気なのかしら?」
そう尋ねる霊夢。
「どこまでもお嬢様は本気だと思いますよ」
あぁ、私もお嬢様の頭を撫でたい。と思いながらも、しれっと返す咲夜。顔は冷静そのものだが、鼻から流れる赤いものがそれを台無しにしている。
「そりゃまた難儀な話ね」
よっこいしょ、と言いながら身を起こす霊夢。
その動きで、霊夢に覆いかぶさっていたレミリアが横へコロンと転がる。
「レミリアもおねむだし、私もお昼寝しようかな」
いやいや、眠らせたのあんただし。と咲夜は突っ込みたかったが、降りかかる火の粉を払おうとするのは生物的に見て当たり前のことである。
「ねぇ霊夢?」
「何、咲夜?」
部屋の片隅に畳んであった布団を広げながら霊夢が聞き返す。
「霊夢はお嬢様のことをどう思っているの?」
少なくとも嫌ってはいないのだと、咲夜は思った。嫌っているのなら、何かしらの吸血鬼に対する結界を張ってここへ来るのを拒むだろうから。
「んー、手間のかかる妹みたいなものかしら。ただこの妹は、ことある度に血を飲ませようとしたり、吸おうとしたりするから困り者ね」
言って微笑する。
霊夢の中にあるものは、吸血鬼だからであるとか、妖怪であるから、という区別は存在しない。レミリアという個人を捉えている。
彼女を動かすものは、情などではなく、ただ事実のみである。故に、事実が彼女を不快にさせていないのだとしたら―
今の関係が前に進むことはあっても、後ろに戻ることは無いだろう。
咲夜はそう思った。
嫉妬が無いと言えば嘘になる。けれど、今のお嬢様の行動、思いは喜ばしいことである。それが明後日の方向を向いた恋愛感情であるにせよ、それすらもお嬢様は500年もの間、ただの一度も無かったのだ。
なれば、従者である自分は、それをただ応援すればよい。
「あれ、帰るの咲夜?」
「えぇ、どうせお嬢様は泊まって行くって言い張るでしょうし」
苦笑する咲夜。
「明日の朝頃にでも、お嬢様を迎えに来ますわ。それまでお嬢様をよろしく」
「この娘が悪さをしなければ、よろしくしとくわ」
「お嬢様に悪気は無いんですよ」
「知ってるわ」
霊夢の前には、如何なるものも意味を為さない。
そのものの本質だけを瞬時に理解し、受け入れる。そこにそれと関わりあった時間という概念は無い。その時理解せぬもの、受け入れられぬことは、決して彼女はどれだけの時が経っても理解することは無く、受け入れることなど無い。
そして、霊夢はレミリアを受け入れていた。無論、霊夢であるが故に何でもかんでも受け入れるわけでは無く、自らが不快、嫌だと思えば当然の如く拒否をする。
けれど、レミリア自体もそれを楽しんでいる。
その二人の関係に何かを言うのは、無粋だろう。
「では、お二人共、良い夢を」
言って、咲夜は博麗神社に背を向け大地を蹴り、空を舞う。
のんびりと空を翔るその背に、巫女の神童歌が届いた。
「神の園にて 戯わむれる 童女童女 笑顔かな―」
春の訪れた幻想郷。そこに祝詞が響く。
幻想郷には罵倒し合う声と、それを吹き飛ばすくらいの笑顔が溢れている。
この世界は、世界自身が望まぬものを排除する。
なれば、ここにあるものはすべからく美しいのだ。
幻想郷にあるものは、何一つ変わらない。だがそれは、不変を意味するものではない。あらゆるものがその本質を変えぬまま、成長し進化していく。それは紛れも無い変化であるが、人の世の理には反している。
春には花見。それも幾度も行われるだろう。そうなれば自分は料理と後片付けに奔走することになるだろう。
けれど、それが何だというのか。
そこにお嬢様の笑顔があるのなら、楽でありこそすれ、苦であるはずがない。
主の幸せは、従者の幸せ。その笑顔は、従者の笑顔。
徐々に咲き始めた桜を眼下に納めながら、咲夜は微笑む。
その光景は、レミリアと霊夢、幻想郷そのものの行く先を映しているかのように見えたからだ。
神童歌を子守唄代わりに聴き、笑顔で寝入っているであろう主人を思い浮かべて、咲夜は微笑んだ。
空は青い。ならば未来も明るいはず。
幻想郷は皮肉で溢れているが、それを超える暖かな想いに包まれている。
真に否定されるものなど、最初からここには無い。
何が起ころうとも、誰もが笑うような結末しかここには存在しない。
明日も明後日も、続くであろうレミリアと霊夢のドタバタ。
その様に嫉妬を超えて、微笑めている自分に咲夜は驚くと共に、自分も幻想郷に染まったものだと思った―
和みのひと時をありがとうございました^^
ホントに微笑ましいです♪・今の時期にピッタリの話ですね。
ギャグで笑わせておきながら、後半は暖かほのぼの風味。
いーい仕事してらっしゃいますねぇ♪
てか、膜がどーとか言ってるレミリアを見て某爆炎の魔法使いを思い出した…
後半はいつも通りほのぼにょになったけど。
知り合いで東方書いてる人ほとんど居ないのでもっとカケ。
飲もう。
戯言は兎も角、面白いです。
これからもグリグリ期待しております