森。住み慣れているはずだった。どの獣道がどこへ、どの花がどこに。ほとんど覚えてしまっていたし、今のところ記憶を疑う必要は無かった。しかし、何故か得体の知れない不安が常に付きまとっていた。
少し前までなら、笑い飛ばしていたはずだ。しかし、先の満月の夜、冥界を中心に、血が流れた。
人里が襲われた。人里といっても、全ての集落が一箇所に固まっている訳ではなく、ある一定の範囲にわたって集落が散在していた。その規模はまちまちで、町とも言えるものもあるし、寂れた農村といったレベルのものもある。
そして、一番冥界に近い人里が、完全に潰されていた。老若男女問わず、皆殺しだった。遺体の状態はどれも原型を留めていなかった。遺体すら残っていない人も少なくなかった。そればかりか、建物にも謎の破壊跡が、かなり残っていた。
そして、冥界。妖夢が、襲われた。最後は幽々子が犯人を追い詰めたが、瀕死の妖夢を選び、捕り逃した。
その後、犯人の人相が配られた。その絵からは、幽々子の静かなる殺意が見え隠れしていた。何が何でも見つけ出し、自分の手で始末するつもりだ。しかし、一向に手がかりを掴めていないようだ。原因は、連絡先が不定期に飛び回る騒霊三姉妹であることと、何より、あの絵を解読できるのは、この幻想卿でも恐らく妖夢以外誰もいないところにあった。ひょっとしたら妖夢でも無理かもしれない。相変わらず、する事が、何処かぬけている。
何かが狂いかけている。あの夜以降、不安と同時に頭にその思いがこびり付いていた。
もうじき迎える満月の夜の不安をひとまず頭から締め出し、人里のほうに足を向けた。指定された時間には間に合いそうに無いが、魔理沙が時間通りに来たためしがなかった。
「で、人を呼びつけておいて、何故こんなに遅かったの?」
「まあ、細かいことは気にするもんじゃないぜ。」
「太陽が九十度傾くまで待たされたことが細かいこと!?」
「お前ら、何も人の目の前で喧嘩しなくてもいいだろ。」
「だいたい、私を呼び出したのは魔理沙じゃない。それなのにいい訳一つも!!」
「仕方なかったんだ、アリス。うん、不可抗力だったんだ。だから気にするな。」
「何、自己完結してんのよ!!」
「アリス、この空の広さを見ろ。そんな細かい事なんか気にならなくなるぜ。」
「何も、火に油を注がなくても・・・」
「だいたい、細かいことをいちいち気にしているから、友達ができないんだ。もっと心を広く持とうぜ。」
「ば、馬鹿。それは地雷だ!!」
「っっっっっ!!」
瞬間、何かが、ものすごい勢いで、切れた、気がした。
「ああ、そう、そうなのね。分かったわ。そんなに、決着が付けたかったのね。御免なさい。私、気がつかなかった。いいわよ。今すぐに死になさい。あなたを殺して、私は生きる。今度こそ幸せを掴んで見せるわ。」
「うわ、待て、落ち着けアリス。仕方なかったんだ。こう、人類が十進法を何故採用したのかとか、こう、色々考えていたんだ。だから、落ち着こうな。人間、リラックスが大事だぜ。」
「そんなもの、堕天使細木○子がそう占ったからに決まってるじゃない。それより、覚悟はできて?今まで気づいてあげれなかった分、うんとサービスしてあげるわ。跡形も無く吹き飛ばしてあげる」。
「お前、何言っているんだ!?って、ちょっと待て。なんで私も見るんだ!?」
「うわ、馬鹿。本気で魔力を練るな。分かった。悪かった。謝る。だから落ち着け。」
「脳味噌に虫がわいている腐れ魔法使いに馬鹿呼ばわりされる筋合いは無いわ!」
「こう、あれだ。発想の転換だ。いい人生経験になったと思えば。」
「魔理沙に人生語られるほど、落ちぶれちゃいないわよ!!」
「散々愚痴られたり、睨まれたり、挙句の果てには殺されそうになっている私の人生って、何んだろう・・・」
何か、深刻にブルーな声が聞こえた気がしたが、とりあえず無視して魔理沙に詰め寄る。ふと見ると、魔理沙の服がボロボロなのに気がついた。
「ああ、これか。まあ、何だな。磔って健康的にも精神的にも良くないな。体中が痛くて仕方ないぜ。」
「「磔!?」」
「ああ、昨日の夜、霊夢が家に殴りこんできてな。神社まで拉致られて、磔にされたんだ。」
「何やったんだ、お前?」
「また、神社で悪戯をしたの?」
「ああ、まあ。しかし、霊夢も心が狭いな。たかが下着数枚であの仕打ちだ。」
「し、下着って、霊夢の?」
「ああ、そうだぜ。霊夢の下着だ。しかも、ちゃんと着用済みのだぜ。」
急に、魔理沙との距離が、遠のいた気がした。万里の長城ぐらい。
「魔理沙、お前どうやって下着を盗んだのだ?霊夢の目を盗んで。」
何やら、疑問点と着眼点がズレてる奴が、一応気になる事を聞く。
「ふ、そこら辺には抜かりが無いぜ。なにせ私には紫がついていたんだからな。あいつに任せればバッチリさ。」
どうやら、何故か共犯者もいる様だが、今の私には、ほとんど何も聞こえてこなかった。
さようなら、魔理沙。少しの間だけど、私、結構楽しかったから。
「おーい、アリス、大丈夫か?返事をしろー。」
「ああ、魔理沙。御免なさい。私、貴方のこと誤解していたみたい。本当に、御免なさい。貴方、私のために無理をしてたのね。でも、大丈夫。私、もう一人でちゃんと生きていけるから。だから貴方はもう我慢するのを止めて、思う存分趣味に走って。さあ、行って。貴方の愛しい下着が待ってるわ。」
「な、何を勘違いしている!私が霊夢の下着を欲しいんじゃないぜ。」
「じゃあ、何故下着なんか盗むのよ、この変態。」
「いや、だから私が欲し訳じゃ無いんだ。仕方無かったんだ。気がついたら食費が捻出できなくなっていてな。」
「それで、何で下着を盗むのよ。まさか、下着を食べたの!?」
「そんなことするか!!いいから、少し落ち着いてくれ。」
何やらこの変態、すごく無理な注文をしてきた。
「腹が減ってきて食べ物買うために、人里で仕方なく募金箱を持って立っていたんだ。」
「別に貴方の持っているマジックアイテムをいくつか売ればよかったんじゃない?」
「ああ、それがな、何故か研究が大失敗して、吹っ飛んだ。ちゃんと整理して直さなきゃ誰も買ってはくれそうに無いんだ。おっかしいな、あんな事故が起きる研究じゃなかったんだがな。」
ああ、この前の謎の轟音は魔理沙の家の方からしたっけ。おかげで、修理途中の人形一体が駄目になったけど。
「で、そんなこんなで金が全部出ていちっまたんだ。家って結構修理費いるんだな。それで、さっきの話の続きなんだけどな。なんか変なおっちゃん達が来て頼みごとをされたんだ。お前、博麗神社の巫女さんの知り合いだな。頼む巫女さんの下着を持ってきてくれないかってね。前金で結構な量を払ってくれるみたいだから引き受けたってわけだ。成功報酬は紫と一緒に山分けしたけど、結構な額だったぞ。」
今、変態どもに付け狙われている霊夢に心から同情した。
「で、紫と一緒に凶事を働いたのだろ。それが何でバレたんだ。」
また、こいつか。他に色々言うことがあるだろうが。
「ああ、それなんだがな。霊夢が里に下りたときに、丁度おっちゃん達が霊夢の下着を頭に被って、はしゃぎ回って、宴会を開いていたのを発見してな。それでバレた。」
霊夢、私は何時までも貴方の味方だからね。だから、怒り狂って人類の粛清なんか考えちゃだめだからね。
「それからどうも、キレた霊夢に紫が締め上げられて、吐いたらしい。それで私も御用という訳だ。」
悪、ここに滅びる。
「しかし紫の奴、酷いもんだぜ。全部私に罪を押し付けて逃げやがった。今度会ったらあいつの取り分請求してやる。」
結局、大きな悪は滅びなかったようだ。
大体、美しく醜い友情劇の全貌が見えてきた。要するに、昨晩私に連絡をよこした後、紫の計略に嵌められ、怒り狂った霊夢に抵抗虚しくしばき倒され、今の今まで磔の刑に処せられていたということか。
「それって全面的に貴方が悪いんじゃない。で、私はそのとばっちりを食らったって訳ね」
「文句があるなら霊夢に言え。霊夢の心が地平線よりも広くないから悪いんだぜ。」
反省をしている可能性、零。
そして、ふと思い出した。そう言えば、私の下着も何着か行方不明になっていなかったっけ。てっきり、風に吹き飛ばされたものと思っていたけど。
「ああ、そう言えば。喜べ、アリスの下着も欲しがっていた奴もいたぞ。お前も結構知られるよになったな。そのうち友達がいっぱいできるかもしれないぜ。」
任務、了解。ターゲット、ロックオン。始末、開始。
「っておい、アリス。何、こう丁度人の頭を割るのにいい感じの岩を持ち上げているんだ!?わ、馬鹿、よせ。落ち着け。殺人は犯罪だぞ、な。分かった、話し合おう。酒でも飲みながら、話し合おう。話せば分かる。あ、アリス様。た、頼むから、お、落ち着いてください。ああ、そうか分かった。分かったぞ、アリスが言いたいことは。元々お前の下着だったからな。全額貰うのは割が合わないよな。50、50でどうだ?」
救いようの無いこの愚か者に神が制裁を加えないのなら、そんな神はいらない。この愚者を殺して、神も殺す。そして私が神になる。
謎の鈍い音が人里近い森に、日が沈むまで断続的に続いた。
翌日、仕切りなおしとなった。
「で、結局何の用だったの?」
足元に転がっている包帯の塊に蹴りを入れた。何やらくぐもった唸り声が聞こえてきた。
「お前の辞書には、慈悲とか、自愛の精神とか、最低でも手加減という文字は無いのか?」
「五月蝿いわね、慧音。自業自得よ。」
「いや、しかしだな。これは、いくらなんでもやり過ぎでは。」
「そう思ったから、この馬鹿をすぐにここに運んだんじゃない。」
昨日、いい加減腕が痛くなってきたので岩を振るうのを止めて見たら、隅のほうで震えていた慧音と、ピクリとも動かなくなっていた血と肉の塊と化した魔理沙を発見した。さすがにこのままじゃまずいと思い、急いで永遠亭の八意永琳の所に運んで、一命を取り留めた。昨日はそれでひとまず解散となり、改めて今日集合することになった。魔理沙がまだ安静の状態であるので、こうして永遠亭に集まった。
「で、声は出せるんでしょう?だったら早く言いなさいよ。唯でさえ昨日一日丸つぶしになっているんだから。こっちだって忙しいんだからね。貸しにしとくわよ。」
「私は骨と肉が丸つぶしにされたぜ。」
まだ何か言いたそうだったが、睨みつけて先を促す。
「お前達を呼んだのは、他でもない。先の満月の夜のことだ。」
場に、緊張が漂う。
「アリス、お前が知っていることは何でも教えてくれ。」
「私は大して何も。被害の程度くらいしか知らないわよ。」
「やっぱりな、予想どうりだぜ。これだから引きこもりは。」
ムカついたので、蹴りを二発プレゼントした。魔理沙は壮絶に悶絶しだした。
「そこで、私にお鉢が回ってきた、と言う訳だな。」
「あ、ああ。慧音、お前歴史に詳しいんだろ?」
「まあな。しかし、私が知っているのは犯人の凶行の一部始終と逃走途中までだ。今回のことに関しては、私の能力は何故か上手く働かなかった。凶行が行われたことを知ったのも終わってからのことだからな。何がどうなっているのか、さっぱり分からない。」
「ああ、くそ。結局、手がかりは無しか。」
「知って、何をする気なの?」
「アリス、隣の部屋で寝てる妖夢を見ただろ。」
妖夢はあの日以来、この永遠亭で治療を受け続けている。しかし、今のところ目を覚ます気配が無い。
妖夢を死の直前まで追い込んだ。私の数少ない友達をこんな目に合わせたことは、私が心を決めるには十分だった。最近のこの不安感の原因を、何かが決定的に狂いだす前に取り除く。しかし、あれから色々手を尽くして情報を集めたが、すべて徒労に終わっている。
「妖夢を、あんな状態にした奴、許しちゃおけねえ。」
「そう、魔理沙も。何か久しぶりに意見が一致したわね。」
「ああ。しかし、何の手がかりも無いんじゃ、お手上げだぜ。」
「なら、紅魔館のパチュリーに聞いてみたらどうだ。少なくとも、この惨劇の原因くらいなら知っているかもしれない。」
慧音がナイスな提案をした。
「ああ、紅魔館は今だめだ。ちょっとまずい。」
「何でよ。まさか紅魔館でも悪さしたんじゃないでしょうね。」
「そのまさかだぜ。実は咲夜の下着が欲しがっていた奴がいてな。紫の奴と一緒に忍び込んだんだ。あそこじゃ紫が能力使うとレミリアにバレそうだからな。」
こいつ、やっぱり殺したほうが良かったんじゃないかと思えてきた。全世界の女の敵だ。
「それで、咲夜の下着を盗むのには成功したんだが、何故か門番にバレてな。大騒ぎになっちまったんだ。それで紫と口裏あわせて、フランドールを霊夢の下着で買収し、全部罪を門番に被せてきたんだぜ。」
グッバイ、中国。どうかあの世で大人しく成仏してね。
「いやー本当、危機一髪ってとこだったぜ。こっそり窓から出たはいいんだが、その後いきなり、何も無い所から咲夜様の匂いがするって門番が飛んで来たんだからな。おっかしいな、ちゃんとカモフラージュ率80%だったんだけどな。なんでバレたんだろ。」
世の中、変態ばっかりだ。
「まあ、何とか気転を利かしてどうにかしたけどな。と言う訳で、今紅魔館行くと少し拙いんだ。」
「何よ。結局魔理沙も人に罪被せてるんじゃない。しかも無実の。」
「まあ、後で謝っておくか。百年後くらいに。」
今、この世のためにこの馬鹿を始末するべきなのか。
「おい、それはいつ決行したんだ?」
「あー、確か二十日ほど前だったかな。」
「ふむ、お前の小さすぎる決意は無駄になるかもしれないな。」
「うん?何でだ?」
「丁度そのころ町の方に向かう、何やら怒り心頭なメイドと何やら活き活きとした黒い大きな傘をさした怪しい奴らの集団を見つけた。」
「で、その集団が向かった先は?」
「よく分からんが、オルターエロという、店主がスキンヘッドの店に入ったらしい。その後の目撃者によると、三角木馬やローソクなどのいかがわしい道具を大量に運んでいたらしいぞ。」
その後、紅魔館で何が行われたか、想像に耐えなかった。
「と言う訳で、多分、生きているまい。」
「無実の中国に何て事をしたのよ!!」
叫びながら、魔理沙を力いっぱい蹴り続けた。
「こら、そこの貴方。いくら明日完治するといってもまだ安静なのよ。止めなさい。」
さすがに騒ぎを聞きつけて八意永琳がやって来た。
「た、助かったぜ。」
「ああ、貴方には後で、死ぬほど不味い、馬鹿が少しでも直る薬を、たっぷり飲ましますからね。」
一応、怒りを抑え、八意永琳に質問しようとした。
「あの、・・・」
「ああ、永琳でいいわよ。」
「じゃあ。永琳、魔理沙は明日には直るんですか?」
「ええ、私の薬は良く効くから。」
あの怪我でもすぐに完治するらしい。
「じゃあ、何で妖夢はまだ目を覚まさないの?」
「それは私にも分からないわ。受けた傷が普通じゃないってこともあるけど。」
「普通じゃない?しかし私の記憶によると、物理的な攻撃ばかりだったぞ?」
「ええ、そうね。信じられない力で殴りつけられた物が多いわね。左腕は違うかもしれないけど。」
「左腕は、空間ごと握りつぶされたってところだな。だからどの攻撃も一応物理的なものだ。」
「でも、何か訳の分からない力が作用しているのかもね。運んできた幽々子が負っていた傷も普通じゃあ無かったし。」
「幽霊が傷を負った?」
「ええ、負っていたわ。普通は外見が傷ついたらほっとけば勝手に元に戻るのにね。まるで、生き物が負わされた傷みたいだったわ。本人も痛がっていたし。幽霊を治す薬なんて初めて作ったわよ。」
どうやら、相手は得体の知れない力を使うみたいだ。
「でもね、それが直接的な原因じゃ無いみたいね。まるで、生きる力を使い果たしたみたいよ。半霊にこの言葉を使うのもどうかと思うけど。」
普通の幽霊は力を使い果たした後、消滅を迎えるだけだ。今妖夢の状態は、それなのか。
「そうだな。どれだけ殴られても、酷い怪我を負っても、立ち上がったみたいだしな。何が何でも幽々子を守る、て言ってたらしい。」
「本能的に察知していたのね。幽霊に苦痛をもたらして死に追いやることができる、幽々子にとっても危険極まりない存在であることを。」
なんて、馬鹿な、娘。
「なんで、そこまでして幽々子を守ろうとしたんだろうな。自分には勝ち目が無いってことが分かっていただろうに。」
「ただの主従関係だけでは、無いだろうな。」
「それはたぶん、幽々子に対する、」
「愛だな」 「愛ね」 「愛だと思う」 「愛じゃないかしら」
見事に、皆意見が一致した。
それじゃあ、と言い、永琳が立ち上がる。
「ん、どうしたんだ?」
「これから別の仕事よ。薬師だけでは、いい加減家計を支えきれなくなってきたから。」
「永遠亭の?でもここって結構お金ありそうに見えるんだけど。」
「元々ひっそり暮らしていただけだから、特別な収入源があるわけじゃないのよ。私の薬師としての稼ぎで今までは普通にやってきたんだから。」
「何かあったのか?」
「輝夜様が前のお前たちとの一件以来、今までの鬱憤を晴らすべく豪快にお金を使いだしたの。おかげで家計は火の車。私も副業を持たなければならなくなったってわけよ。」
何か、同情したくなる話である。
「そう。で、これから何を?」
「これからライブがあるのよ。歌ってみたら変に人気が出ちゃって。」
翌日、魔理沙を拾った足で白玉楼に向かった。妖夢の件がありあの夜のことを聞くのは気が引けたが、関係者の中で唯一喋れるのが幽々子だけなので、仕方なく訪ねることにした。次の満月の夜まで、さほど時間が残っていなかった。
白玉楼に着いたが、相変わらず閑散としていた。訪問を主人に伝えに行く庭師は今は居ない。結局無断で家に上がることにした。何度呼んでも返事が無かったからだ。
広間まで来ると、幽々子が倒れていた。
「おい、幽々子、どうした!?返事をしろ!くそ、息が無い。衛生兵は何処だ!?」
幽霊に本来息があるはずも無いのだが、魔理沙と同様、頭が混乱していてまともな思考ができなかった。
「くそ、おいアリス。何かメッセージを残していないか探すぞ。ここで何が起きたか調べるんだ。」
何やらバタバタと何かを探している魔理沙を脇目に、ここで何が起きたかを推理してみた。
推理その1:
遂に我慢しきれずに猿蛇合戦に乱入。パンツゲッチュウを狙うも返り討ちにあう。その後、某CIA工作員に麻酔銃で頭を射抜かれ、身包みを剥がれ、クレイモアを辺り一面に仕掛けられた。その後、起きた幽々子は近くに置いてあった食べ物に手を出そうとして、爆死。
推理その2:
その辺でバッタリ出くわした某ポケモンマスターにゲットされ、マスターリーグに参戦。善戦むなしく圧倒的な物量と火力の差でゴリ押しされ、力尽きる。その後HP0で野に放たれ、何とか家にたどり着くも死亡。敗因はモンスター達のストライキで幽々子しか連れて行けなかったことと、幽々子のやる気の無さ。要マスターボール。
推理その3:
突如現れた恐竜帝国に対抗するために、某ゲッターロボに乗るも、ゲッターの力を信じきれず、故意にペダルの踏むタイミングをずらし、空中で爆散。ゲッター線汚染が広がる中、責任を取らされ一人で恐竜帝国に立ち向った。そして最終決戦を終えるも、その時の傷が原因で死亡。
「そう、マスターリーグは伊達じゃなかったのね。」
「ああ、何言っているんだ、アリス。頭大丈夫か?」
「魔理沙だけには言われたくないわよ。ところで貴方、何しているの。」
「ふん、見て分からんか。心の狭いやつめ。せめて遺書ぐらい残してやるのが親切心だぜ。」
「遺書って、そんなもの無かったでしょ?」
「だから私が用意してやるって言ってるんだぜ。霧雨魔理沙にこの家と家にあるものを全て譲りますっと。よし出来た。」
私が何かを言う前に、魔理沙の後頭部に扇子が突き刺さる。遺書偽造は未然に防がれ、崩れ落ちる魔理沙を見届けた後、ゆっくりと体を起こす幽々子に向き合った。
「大丈夫なの、起きて。」
「平気よ。ただの寝不足だわ。ここ最近、ろくに睡眠を取ってなかっただけよ。」
「貴方が睡眠不足だなんて、珍しいわね。」
「ええ、まったく。ところで、何の用かしら。まさか本当にこの家の財産が目的だったの?」
「それはあの馬鹿だけよ。後で好きにしていいわ。」
「じゃあ、遠慮なく。丁度お腹が空いていたのよ。」
「貴方には悪いけど、私はあの夜のことについて聞きたいことがあったの。いいかしら?」
ええ、と答え眠そうに先を促してきた。
「まず、相手はどんな奴だった?それと、どこに潜伏しているの?」
「一人よ。見かけは普通の何処にでも居る様な女で、狂気に支配されていたと思ったわ。ただ、扱う力は尋常ではなかったわね。戦い方は素人そのものだけど、力は凄いし、凄く速く動けるし、何より空間を操れるわ。貴方も気をつけなさい。出会わないことを勧めるわ。それより、何故こんな事を聞くの?」
「不安なのよ。何かが狂っていく、そんな気がしてならないのよ。あの夜から。」
「そう、でも心配しないで。あれだけは私が必ず滅ぼすから。」
瞳に暗い悲しみと殺意を灯しながら、見つめてくる。
「私ね、それだけでは終わらない気がしてるの。確かに、かなりの犠牲が出たし、妖夢のこともあるけど、何かこう、予想が出来ないことが。」
吹き付けてくる風を、常に接している土を、いつも飲む水を、失敗した魔理沙人形を燃やす火を、感じるとき。何時ごろか違和感を感じるようになった。あれだけで終わるとは、到底思えなかった。
ふう、と何か諦めた表情をして幽々子がため息をついた。
「何とかしなければならない。何を、どうすればいいのか、まだ全然分からないけど、このままだと取り返しがつかないことが起きる気がするの。」
「貴方の言いたいことは、何となく私にも分かるわよ。でも、何が起ころうとしているのか、私にも分からないわね。」
「何ででもいいの。何か変わったことや思いついたことでも。」
「それが分かっていたら、私がどうにかしているわよ。でもね、一つだけ言える事は、月が本来の力を取り戻した後からって事ね。」
「やれやれ。それじゃあ、偽者の方がまだマシだったって事か。アリス、お前のせいだぞ。アリスが、月見が出来ないって騒がなきゃこんなことには・・・」
いつの間にか復活した魔理沙を踏みつけて、黙らす。
「月の狂気は、何を何処まで狂わすことができるのかしらね。」
「まったく、怖い光だぜ。ゲッコービームとでも呼ぶか。」
「ああ、もう!!いちいち話の腰を折らないでよ。魔理沙は黙ってて。」
「ふふ、貴方たちって本当に見てて飽きないわね。」
「お願いだから、魔理沙と同列に扱わないで。」
「いいじゃない、別に。人生充実していれば、それだけで幸せよ。幸せが無い人生なんて無意味よ。」
永遠を生きる幽々子にとっての人生観は、恐らくこれからの妖夢の苦難と涙の連続を意味していた。がんばれ、妖夢。いつか良い事があるさ。
聞きたいことを聞き、生活能力が極めて零に近い事を今更証明するこの屋敷を出ることにした。珍しいことに玄関まで幽々子が見送ってきた。
「貴方達も、あれを追っているの?」
「ああ、何時までものさばらしちゃおけないからな。」
「私は、もっと元凶に近いものを追っているんだけどね。」
「そう、分かったわ。でもさっきも言ったけど、貴方たちって本当に見てて飽きないの。」
「ああ、そうか?だったら聴衆料払ってもらうぜ。」
魔理沙に肘を入れて、黙らす。
どこか、暗いところがある、微笑が私達に向けられてきた。
「だから、これだけは言わせて。」
何か、悲しみに似た感情が、一瞬、瞳に灯った。
「まだ、死なないでね。」
満月の夜になった。あれから色々手を尽くしたが、何の成果も無くこの日を迎えてしまった。結局、この日動くであろう凶悪犯を抑えることが、事態解決の一番の近道であると思い、滅入っていた気持ちを入れ替えた。
魔理沙とは分担して見回りをしたかったが、万全を期すために行動を共にした。捕り逃して幽々子が始末してしまったら元も子もないからだ。
慧音は人里を守ると言って、再度人里を封鎖して、行動を共にしていない。
しかし、日付が変わっても何の動きも無かった。いい加減飽きてきたのか、眠そうにブーブー文句を言い出した魔理沙を引きずりながら見回りを続けた。何としても幽々子よりも先に見つけなければならないからだ。
私も半ば諦めかけてきたころだった。突如封鎖され、見えなくなっていた人里が現れた。嫌な予感。何事が起きたか分からず、慧音のもとに急ぐ。高ぶる焦りを抑えつつ、辺りを警戒しながら全力で急いだ。
倒れている、慧音。頭が白くなり立ちすくむ。魔理沙にドヤされ、何とか我に返る。慧音の傍に寄った。まだ上下している胸。少し安心し、呼びかける。意識はあったようで、力なく目を開けた。
「おい、しっかりしろ!何があった?喋れるか?」
「あ、ああ、何とかな。迂闊だった。まさか人里に潜り込んでいたとはな。後ろから不意を突かれて、このざまだ。」
「そんな、馬鹿なこと。だって、封鎖する前に人里は念入りに調べたじゃない。」
「今はそんなこと、どうでもいい。慧音を永遠亭に連れて行くことが先だ。この怪我、ほっといていいレベルじゃないぜ。」
「いや、私のことは後でいい。今はあっちに向かった敵を追うことが先決だ。新たな犠牲が出てしまう前に、何とかしてくれ。」
「でも、その怪我。」
「大丈夫だ。伊達にワーハクタクをやっている訳じゃない。この程度ならまだ何とかなる。」
「おい、アリス。慧音がこう言っているんだ。奴を追うぞ。まだそんなに離れていないかもしれないぜ。」
「でも、魔理沙。」
「いいから、行け!犠牲が出るのを黙って見ている気か!」
慧音の気迫に押されるように立ち上がり、示された方向に向かった。
「魔理沙・・・」
「大丈夫だ。本人がああ言っているんだ。あいつを信じるべきだぜ。」
迷いの無い魔理沙の背中について行きながら、やがて竹林が見えてきた。
敵。竹林に入っていくのが見えた。私たちも続いて竹林に突入する。敵が向かう先はどうやら永遠亭とは関係ない方向だった。
「魔理沙、もうすぐ敵を捕捉できるわ。一気に畳み掛ける?」
「取り押さえるんだろ?私が前方で奴の気を引くから、アリスは気づかれないように回り込んでくれ。アリス、サバイバルの基本はCQCだぜ。」
さらに距離が縮まる。そして、広場に出た。男。広場の中央で私たちを待ち構えていた。私達も立ち止まり、睨み合った。
「やあ、お二人さん。ご苦労様。付いて来れなかったら如何しようかと思っていたよ。」
「ずいぶん余裕ね。言っておくけど私達、慧音ほど甘くないわよ。」
「それは、いいな。大いに愉しませてもらうとしようか。」
構えの様なものを取った。私達も身構える。慎重に間合いを取りながら、撃ち込むチャンスを探る。場に気が満ち、ぶつかり合う。息が、苦しくなってきた。
仕掛けられた。私に向かって打ち込んできた。咄嗟に動けなかった。男の拳が私を捉える前に、魔理沙の援護が来た。飛び退り回避する男に、反射的に撃ち込んだ。当りはしたが、大した魔力を練り込んでない魔法に期待するのは、都合が良すぎた。
「アリス、動き回れ。奴の攻撃を避けることが先決だ。いつもの調子はどうした!」
魔理沙の叱咤に我に返った。呑まれていた。こちらは二人だというのに。
今度は魔理沙が仕掛けた。簡単に避けられはしたが、私が反撃を許さなかった。とにかく二人で弾幕を張り、男に攻撃をするチャンスを与えないことにした。しかし素早い身のこなしで、ことごとく避けられた。焦りが募ってきた。隙。一瞬だが、見逃さなかった。
「魔符、アーティフルサクリファイス!!」
強力な魔力が相手に向かって収束していく。捉えた。しかし、男は笑っていた。悪寒。無理だと思っていた体制から簡単に身をかわし、こちらに物凄い勢いで突っ込んでくる。誘われた。そう気が付いたときには、男は目の前まで来ていた。光。気が付いたらあの場から数メートル離れた位置に倒れていた。男はさらに離れた位置でうずくまっていた。どうやら魔理沙が咄嗟にマスタースパークを放ったらしい。
「助けるんだったら、もっと上手くやりなさいよ。このヘタレ大艦巨砲主義!」
「もっと上手く体を動かせ。この温室引きこもり!」
確かに、殴り合う喧嘩などしたことの無い私にとって、接近戦は危険だった。
男はゆっくりと体を起こし、嫌な笑みを浮かべていた。接近されることを警戒して、余分に間合いを取る。腕を突き出してきた。脳裏に幽々子の言っていた言葉が浮かぶ。
「魔理沙、避けて。例の攻撃よ!」
慌てて避けようとする魔理沙のために、男に牽制を放つ。男の手のひらが閉じ、任意の空間が握りつぶされた。しかし、魔理沙を捕らえ切れなかった。距離を離し、睨みあう。
「気をつけて、魔理沙。あいつ、空間をある程度操ることができるみたいよ。」
「ああ、幽々子が言ってた通りだな。洒落になっていないぜ。」
「とにかく、射程範囲に入らないように気をつけて。マスタースパークも掠っただけみたいだし。」
再び手を突き出してきた。その顔には、狂気の笑みが浮かんでいた。魔理沙と別れて避ける。猛然と風が迫ってきた。拳。今度は何とか身を捻り、拳をかわす。振り上げられた足は、身を地面に転がすことで間一髪避けた。三撃目は魔理沙の援護で中止された。魔理沙に向かって腕が突き出される。これも間一髪避ける。その間に体を起こした私と、睨み合った。慌てて牽制をバラ撒いて距離を取ろうとしても追いつかれ、打ち込まれる。衝撃。今度こそ捉えられ、派手に吹き飛ぶ。強かに背中も打ち、咳き込む。
今度は魔理沙に向かって、男は突進した。光。マスタースパークで迎撃するも避けられ、接近を許す。何とか吐き気を抑え援護した。何とか避け続けているが追い詰められてた魔理沙が、それで息を吹き返した。
防戦一方だった。このままでは、遠からず殺られる。
また、男の腕が突き出されてきた。私と魔理沙は横に飛んで避ける。再び、悪寒。男の顔が今まで以上に狂気に歪んだ。閉じた手が、開かれた。衝撃の奔流に、飲み込まれた。
辛うじて意識は保てたが、全身の激痛にのた打ち回り、血反吐を吐いた。
「これで、終わりだよ。お二人さん。結構愉しめたよ。」
男の狂気の目は、地面に転がる私達を精確に捉える。腕が突き出されてきた。刹那、男の腕が光に呑み込まれる。魔理沙だった。男が飛び退り、距離を取った。
「まさか、これを狙っていたとはね。恐れ入ったよ。」
「当たり前だ。私はタダじゃ転ばないことで有名なんだぜ。当たらないんだったらお前が止まった時に撃てばいい。さあ、これでその腕は使えなくなったぜ。」
しかし、男の顔に、背筋が冷たくなる様な笑みが浮かべられていた。嫌な予感。止めようとして、魔法を放とうとした。体が思うように、動かない。光が、男を貫く。マスタースパークだ。しかし、今度は掠めただけだった。
何とか立ち上がろうとして、凍りついた。男の後ろ。虚空から腕が数本、出ていた。
全ての手が、一斉に開かれた。憶えていたのは、そこまでだった。
気が付くと、全身の感覚がまるで無かった。それでも、何とか目を開く。まず最初に目に飛び込んできたものは、狂った笑顔だった。死。その恐怖に捕らわれた。
「やあ、気が付いたようだね。生憎、僕の腕はいくらでも会ってね。かなり疲れるけど。それより、早速再開といこうじゃないか。待ちくたびれたよ。」
何一つ、考えることが出来なかった。ただ、恐怖に怯えているだけだった。
「色々君達の愉しみ方、考えたんだからね。頑張って愉しませてよ。まずは君だ。」
私を見た。男の顔を見て、悟った。殺される。それも、壊れるほどの苦痛を伴って。男が近づいて来た。恐怖で、体が震えた。
男が、立ち止まった。気づくと、魔理沙が目の前に、立っていた。
男が距離を取る。面白い物を見つけた様な顔をしていた。魔理沙は立っていられるのが不思議な状態だった。声を出そうとした矢先、魔理沙が歩み出た。
何をするつもりなのか分からなかった。ただ魔理沙を見ているしか出来なかった。
不意に、魔理沙の背中が語りかけてきた。
(私達、結構いろんな事をしてきたよな。修羅場も何度も二人で潜ってきたよな。)
魔理沙は歩みを止めなかった。
(だから、今度も二人で何とか出来るさ。もう動けないタマじゃないだろ?)
男に向かって、駆け始めた。
(私たちが組めば、敵なんかいない。そう思わないか。だから自信を持てよ。)
魔理沙の左腕が、グチャグチャに潰れた。それでも止まらなかった。
(初めに決めたよな、役割分担。私が奴の隙を作り、アリスが仕留める。)
強力な衝撃波が、魔理沙を打つ。それでも駆け続けた。
(ラストチャンスだ。代償は私の命。)
虚空に腕が現れた。魔理沙がマスタースパークを放つ。外れはしたものの、男の攻撃は中断された。更に放つ。魔理沙はマスタースパークを牽制目的に使う気か。どこにそんな魔力を残していたのか分からなかった。不意に妖夢の姿が浮かぶ。命を削って放っているのか。
マスタースパークが男の目の前の地面に着弾する。光が男を包む。魔理沙が一気に距離を詰めた。確実に当たる距離。即ち、零距離。
(じゃあな、アリス。後は、頼んだぜ。)
魔理沙が私に、笑みを向けた気がする。死ぬ気だ。今更になって気が付いた。魔理沙が、死ぬ。不意に涙が溢れてきた。
密着状態で、ファイナルスパークが放たれた。光が二人を包む。吹き飛ぶ男の影に向かって、私は止めの一撃を放つ。
「魔操:リターンイナニメトネス!」
確実に捉えた。しかし、何故か立っている男を発見した。すでに構造上不可能のはずだった。失敗した。絶望感と共に思った。魔理沙は確認できなかった。
男の目が私に向いて意にことに、気が付いた。男の向いている先を見ると、幽々子が魔理沙を抱いて立っていることに気が付いた。
「ふん、やはり来たか。しかし、よくここが分かったな。アレを潰してからさほど時が経っていないというのに。」
「ええ、私も思いもよらなかったわ。まさかあの女と同質の物が二人もいるとはね。日ごろ行いが良かったみたいね。ここの事は、ほとんど感よ。」
この男以外にもまだいたのか。そして、前の犯人は女だということを思い出す。
よく見ると、幽々子の片腕が無かった。衣服もボロボロだった。既に前の奴と殺り合ったっということか。そして、そいつを殺し、すぐにここまで来て魔理沙を寸前で助け、男と睨みあっているというのか。
「でも、貴方、よく分かったわね。私があの女を殺したことを。」
「当たり前だ。アレとコレは唯の媒体だ。全て私が動かしている。まだ、直接には干渉できんのでな。」
「そう。じゃあ、今の私が話している貴方が元凶なのね。いいの、教えて?」
「貴様の働きを賞賛してのことだ。二度ならず三度まで私の前にこうして立ちはだかるのだからな。それより、惜しいな。殺すには。どうだ、私と組まないか。まだ、私が直接干渉するには時間がかかる。こうして、影を人間に取り付かせてもすぐに潰される。取り付かせても、この人間どもの意思で動くからな。ただ力に溺れて破壊を繰り返すだけの手駒は弱すぎる。かと言って、妖怪どもを操るにはまだ時間がかかる。」
「その貴方の操り人形達を使う目的は、何?」
「それは、余興の範囲外だ。その内、分かるさ。それより、どうだ?私と組めば、ほとんどの物が得られることになるぞ。」
「せっかくだけど、お断りね。」
「ほう、何故だ。今の中途半端な永遠を確実な物にも出来るのだぞ。そこまであの半霊の事を根に持っているのか?」
「それもあるけど、私は唯、守りたいだけよ。私の幸せを。そして、今の幻想卿を。」
「ほう、確実な永遠の命よりも大切な物なのか?」
「貴方が思っているほど、永遠なんて良い物じゃないわよ。」
幽々子の瞳に、あの時見せた暗い悲しみが灯る。
「取り残されるのよ。親しかった者、お世話になった者、敵だった者。皆、私を置いて逝ってしまう。死ねば彼らは私を忘れる。でも私は彼らを忘れない。忘れない限り彼らは私の心の中で生き続けている。彼らの姿を見ることも出来るわ。でも、彼らは話しかけても答えてはくれない。」
幽々子の心の痛みが伝わってくる。
「たまにね、叫び出したくなるのよ。そして、何もかも忘れてしまいたくなる。でも、私にはそれが出来ない。忘れてしまえば、本当の意味で彼らは死んでしまうから。だから、私には忘れる資格が無い。永遠を生きるということは、永遠に背負い続ける物が増え続ける、て言うことなのよ。貴方には分からないでしょうけどね。」
幽々子、あの別段大きくない背にどれほどの物を背負っているのか、想像が付かなかった。
「いずれ来る別れを、避ける事は出来ない。山奥で誰とも会わずに暮らすことは、私の趣味じゃない。だから、私は今を楽しむ事にしたの。今を積み重ねていかなければ、悲しみに溺れてしまうだけだから。」
幽々子が、私と抱いている魔理沙を見た。
「この娘達は、本当に見ていて飽きないわ。他の娘達もね。この娘達が起こす騒動や宴なんかは、いつも私を楽しませてくれるわ。」
「それが、貴様の言う幸せか。小さいな。理解する気も起きぬわ。所詮貴様もその程度か。」
「ええ、所詮元人間ですから。」
幽々子が改めて、男を睨みつける。
「だから、貴方にはやらせない。この娘達も、彼らが居たこの幻想卿も。貴方の好きにはさせない。」
「笑止。貴様に何が出来る。」
「この身砕けるまで、何度でも貴方の前に立ち塞がってあげるわ。」
魔理沙を静かに地面に置き、身構えた。場に、殺気が満ちる。
「残念だが、今日はここまでだ。この続きは次の満月の夜としよう。せいぜい足掻くがいい。貴様のその小さな物のために。」
幽々子が撃ち込んだ。辺りに爆音が轟いた。
数日後、私は永遠亭を訪れた。永琳が入院を嫌った私に通院を義務付けたのだ。
体の方は永琳の薬のおかげで、ほとんど良くなっていた。ただし、無茶をした魔理沙はまだ意識を取り戻していなかった。
永遠亭の前まで来ると、丁度出てきた幽々子と遭遇した。幽々子の傷もすっかり良くなっていた。
「あら、御機嫌よう。どうしたの、こんな所で。」
「あの時はどうも。永琳がまだうるさくて。もう、すっかり良くなったっていうのに。」
「そう。でもね、無茶はいけないわよ。自分の体を少しは大事にしなさい。それはそうと、貴方に良い事と、悪いことがあるわ。」
自分のことを完全に棚にあげて、何やら意地の悪そうな笑みを浮かべて言ってくる。
「まず、良い事からね。魔理沙がさっき、目を覚ましたわよ。」
それを聞いて思わず駆け込みそうになるのを、幽々子が遮って来た。
「そして、悪い事。私が貴方を通してあげない。」
「何故!?」
「通行料を払ってもらうわ。そうね、タダ働き一年分なんてどう?」
「なんで、関係ない人の家に入るのに通行料を払わなきゃならないのよ!!」
今にも噛み付きそうな私を尻目に、笑いながら道を空けた。
「仕方ないわね。結構便利になると思ったのに。今日だけはタダでいいわよ。」
何か半呆け幽霊が寝言を言っているが、かまわず永遠亭に入る。
早歩きになっていることを意識しながら、魔理沙の居る部屋を目指す。
魔理沙には言う事が沢山あった。何故あんな無茶をしたのか。言わなければ、気がすまなかった。
魔理沙が居た。よう、と気軽に声をかけて来た。何も考えることが出来なくなった。
気が付いたら、涙を流しながら魔理沙に抱きついていた。
「うわ、馬鹿。まだ、傷が治りきっていないんだ。頼むから勘弁してくれ。」
「魔理沙、魔理沙、魔理沙・・・」
声が、上手く出なかった。
「お、おい。落ち着け。どうしたんだよ、一体。」
「魔理沙、御免なさい。私、本当に。本当に御免なさい。」
「おい、何でアリスが謝るんだ?別に何かされた覚えは無いぜ。」
「あの時、貴方に助けられっぱなしだった。最後もあんなことさせちゃったし。」
「なんだ、そんな事か。いいぜ、別に。気にするなよ。もう、すんじまった事だ。」
そう言い、白い歯を見せながら笑みを向けてきた。何か、胸が締め付けられた気がした。
「魔理沙、ありがとう。本当にありがとう。」
魔理沙を力いっぱい抱きしめていた。
「あ、う。あ、アリス。その、な。何て言うか、こう、そろそろ・・・」
顔を赤くし、狼狽している魔理沙には悪いと感じながら、もう少し魔理沙の温もりを感じていようと思った。
少し前までなら、笑い飛ばしていたはずだ。しかし、先の満月の夜、冥界を中心に、血が流れた。
人里が襲われた。人里といっても、全ての集落が一箇所に固まっている訳ではなく、ある一定の範囲にわたって集落が散在していた。その規模はまちまちで、町とも言えるものもあるし、寂れた農村といったレベルのものもある。
そして、一番冥界に近い人里が、完全に潰されていた。老若男女問わず、皆殺しだった。遺体の状態はどれも原型を留めていなかった。遺体すら残っていない人も少なくなかった。そればかりか、建物にも謎の破壊跡が、かなり残っていた。
そして、冥界。妖夢が、襲われた。最後は幽々子が犯人を追い詰めたが、瀕死の妖夢を選び、捕り逃した。
その後、犯人の人相が配られた。その絵からは、幽々子の静かなる殺意が見え隠れしていた。何が何でも見つけ出し、自分の手で始末するつもりだ。しかし、一向に手がかりを掴めていないようだ。原因は、連絡先が不定期に飛び回る騒霊三姉妹であることと、何より、あの絵を解読できるのは、この幻想卿でも恐らく妖夢以外誰もいないところにあった。ひょっとしたら妖夢でも無理かもしれない。相変わらず、する事が、何処かぬけている。
何かが狂いかけている。あの夜以降、不安と同時に頭にその思いがこびり付いていた。
もうじき迎える満月の夜の不安をひとまず頭から締め出し、人里のほうに足を向けた。指定された時間には間に合いそうに無いが、魔理沙が時間通りに来たためしがなかった。
「で、人を呼びつけておいて、何故こんなに遅かったの?」
「まあ、細かいことは気にするもんじゃないぜ。」
「太陽が九十度傾くまで待たされたことが細かいこと!?」
「お前ら、何も人の目の前で喧嘩しなくてもいいだろ。」
「だいたい、私を呼び出したのは魔理沙じゃない。それなのにいい訳一つも!!」
「仕方なかったんだ、アリス。うん、不可抗力だったんだ。だから気にするな。」
「何、自己完結してんのよ!!」
「アリス、この空の広さを見ろ。そんな細かい事なんか気にならなくなるぜ。」
「何も、火に油を注がなくても・・・」
「だいたい、細かいことをいちいち気にしているから、友達ができないんだ。もっと心を広く持とうぜ。」
「ば、馬鹿。それは地雷だ!!」
「っっっっっ!!」
瞬間、何かが、ものすごい勢いで、切れた、気がした。
「ああ、そう、そうなのね。分かったわ。そんなに、決着が付けたかったのね。御免なさい。私、気がつかなかった。いいわよ。今すぐに死になさい。あなたを殺して、私は生きる。今度こそ幸せを掴んで見せるわ。」
「うわ、待て、落ち着けアリス。仕方なかったんだ。こう、人類が十進法を何故採用したのかとか、こう、色々考えていたんだ。だから、落ち着こうな。人間、リラックスが大事だぜ。」
「そんなもの、堕天使細木○子がそう占ったからに決まってるじゃない。それより、覚悟はできて?今まで気づいてあげれなかった分、うんとサービスしてあげるわ。跡形も無く吹き飛ばしてあげる」。
「お前、何言っているんだ!?って、ちょっと待て。なんで私も見るんだ!?」
「うわ、馬鹿。本気で魔力を練るな。分かった。悪かった。謝る。だから落ち着け。」
「脳味噌に虫がわいている腐れ魔法使いに馬鹿呼ばわりされる筋合いは無いわ!」
「こう、あれだ。発想の転換だ。いい人生経験になったと思えば。」
「魔理沙に人生語られるほど、落ちぶれちゃいないわよ!!」
「散々愚痴られたり、睨まれたり、挙句の果てには殺されそうになっている私の人生って、何んだろう・・・」
何か、深刻にブルーな声が聞こえた気がしたが、とりあえず無視して魔理沙に詰め寄る。ふと見ると、魔理沙の服がボロボロなのに気がついた。
「ああ、これか。まあ、何だな。磔って健康的にも精神的にも良くないな。体中が痛くて仕方ないぜ。」
「「磔!?」」
「ああ、昨日の夜、霊夢が家に殴りこんできてな。神社まで拉致られて、磔にされたんだ。」
「何やったんだ、お前?」
「また、神社で悪戯をしたの?」
「ああ、まあ。しかし、霊夢も心が狭いな。たかが下着数枚であの仕打ちだ。」
「し、下着って、霊夢の?」
「ああ、そうだぜ。霊夢の下着だ。しかも、ちゃんと着用済みのだぜ。」
急に、魔理沙との距離が、遠のいた気がした。万里の長城ぐらい。
「魔理沙、お前どうやって下着を盗んだのだ?霊夢の目を盗んで。」
何やら、疑問点と着眼点がズレてる奴が、一応気になる事を聞く。
「ふ、そこら辺には抜かりが無いぜ。なにせ私には紫がついていたんだからな。あいつに任せればバッチリさ。」
どうやら、何故か共犯者もいる様だが、今の私には、ほとんど何も聞こえてこなかった。
さようなら、魔理沙。少しの間だけど、私、結構楽しかったから。
「おーい、アリス、大丈夫か?返事をしろー。」
「ああ、魔理沙。御免なさい。私、貴方のこと誤解していたみたい。本当に、御免なさい。貴方、私のために無理をしてたのね。でも、大丈夫。私、もう一人でちゃんと生きていけるから。だから貴方はもう我慢するのを止めて、思う存分趣味に走って。さあ、行って。貴方の愛しい下着が待ってるわ。」
「な、何を勘違いしている!私が霊夢の下着を欲しいんじゃないぜ。」
「じゃあ、何故下着なんか盗むのよ、この変態。」
「いや、だから私が欲し訳じゃ無いんだ。仕方無かったんだ。気がついたら食費が捻出できなくなっていてな。」
「それで、何で下着を盗むのよ。まさか、下着を食べたの!?」
「そんなことするか!!いいから、少し落ち着いてくれ。」
何やらこの変態、すごく無理な注文をしてきた。
「腹が減ってきて食べ物買うために、人里で仕方なく募金箱を持って立っていたんだ。」
「別に貴方の持っているマジックアイテムをいくつか売ればよかったんじゃない?」
「ああ、それがな、何故か研究が大失敗して、吹っ飛んだ。ちゃんと整理して直さなきゃ誰も買ってはくれそうに無いんだ。おっかしいな、あんな事故が起きる研究じゃなかったんだがな。」
ああ、この前の謎の轟音は魔理沙の家の方からしたっけ。おかげで、修理途中の人形一体が駄目になったけど。
「で、そんなこんなで金が全部出ていちっまたんだ。家って結構修理費いるんだな。それで、さっきの話の続きなんだけどな。なんか変なおっちゃん達が来て頼みごとをされたんだ。お前、博麗神社の巫女さんの知り合いだな。頼む巫女さんの下着を持ってきてくれないかってね。前金で結構な量を払ってくれるみたいだから引き受けたってわけだ。成功報酬は紫と一緒に山分けしたけど、結構な額だったぞ。」
今、変態どもに付け狙われている霊夢に心から同情した。
「で、紫と一緒に凶事を働いたのだろ。それが何でバレたんだ。」
また、こいつか。他に色々言うことがあるだろうが。
「ああ、それなんだがな。霊夢が里に下りたときに、丁度おっちゃん達が霊夢の下着を頭に被って、はしゃぎ回って、宴会を開いていたのを発見してな。それでバレた。」
霊夢、私は何時までも貴方の味方だからね。だから、怒り狂って人類の粛清なんか考えちゃだめだからね。
「それからどうも、キレた霊夢に紫が締め上げられて、吐いたらしい。それで私も御用という訳だ。」
悪、ここに滅びる。
「しかし紫の奴、酷いもんだぜ。全部私に罪を押し付けて逃げやがった。今度会ったらあいつの取り分請求してやる。」
結局、大きな悪は滅びなかったようだ。
大体、美しく醜い友情劇の全貌が見えてきた。要するに、昨晩私に連絡をよこした後、紫の計略に嵌められ、怒り狂った霊夢に抵抗虚しくしばき倒され、今の今まで磔の刑に処せられていたということか。
「それって全面的に貴方が悪いんじゃない。で、私はそのとばっちりを食らったって訳ね」
「文句があるなら霊夢に言え。霊夢の心が地平線よりも広くないから悪いんだぜ。」
反省をしている可能性、零。
そして、ふと思い出した。そう言えば、私の下着も何着か行方不明になっていなかったっけ。てっきり、風に吹き飛ばされたものと思っていたけど。
「ああ、そう言えば。喜べ、アリスの下着も欲しがっていた奴もいたぞ。お前も結構知られるよになったな。そのうち友達がいっぱいできるかもしれないぜ。」
任務、了解。ターゲット、ロックオン。始末、開始。
「っておい、アリス。何、こう丁度人の頭を割るのにいい感じの岩を持ち上げているんだ!?わ、馬鹿、よせ。落ち着け。殺人は犯罪だぞ、な。分かった、話し合おう。酒でも飲みながら、話し合おう。話せば分かる。あ、アリス様。た、頼むから、お、落ち着いてください。ああ、そうか分かった。分かったぞ、アリスが言いたいことは。元々お前の下着だったからな。全額貰うのは割が合わないよな。50、50でどうだ?」
救いようの無いこの愚か者に神が制裁を加えないのなら、そんな神はいらない。この愚者を殺して、神も殺す。そして私が神になる。
謎の鈍い音が人里近い森に、日が沈むまで断続的に続いた。
翌日、仕切りなおしとなった。
「で、結局何の用だったの?」
足元に転がっている包帯の塊に蹴りを入れた。何やらくぐもった唸り声が聞こえてきた。
「お前の辞書には、慈悲とか、自愛の精神とか、最低でも手加減という文字は無いのか?」
「五月蝿いわね、慧音。自業自得よ。」
「いや、しかしだな。これは、いくらなんでもやり過ぎでは。」
「そう思ったから、この馬鹿をすぐにここに運んだんじゃない。」
昨日、いい加減腕が痛くなってきたので岩を振るうのを止めて見たら、隅のほうで震えていた慧音と、ピクリとも動かなくなっていた血と肉の塊と化した魔理沙を発見した。さすがにこのままじゃまずいと思い、急いで永遠亭の八意永琳の所に運んで、一命を取り留めた。昨日はそれでひとまず解散となり、改めて今日集合することになった。魔理沙がまだ安静の状態であるので、こうして永遠亭に集まった。
「で、声は出せるんでしょう?だったら早く言いなさいよ。唯でさえ昨日一日丸つぶしになっているんだから。こっちだって忙しいんだからね。貸しにしとくわよ。」
「私は骨と肉が丸つぶしにされたぜ。」
まだ何か言いたそうだったが、睨みつけて先を促す。
「お前達を呼んだのは、他でもない。先の満月の夜のことだ。」
場に、緊張が漂う。
「アリス、お前が知っていることは何でも教えてくれ。」
「私は大して何も。被害の程度くらいしか知らないわよ。」
「やっぱりな、予想どうりだぜ。これだから引きこもりは。」
ムカついたので、蹴りを二発プレゼントした。魔理沙は壮絶に悶絶しだした。
「そこで、私にお鉢が回ってきた、と言う訳だな。」
「あ、ああ。慧音、お前歴史に詳しいんだろ?」
「まあな。しかし、私が知っているのは犯人の凶行の一部始終と逃走途中までだ。今回のことに関しては、私の能力は何故か上手く働かなかった。凶行が行われたことを知ったのも終わってからのことだからな。何がどうなっているのか、さっぱり分からない。」
「ああ、くそ。結局、手がかりは無しか。」
「知って、何をする気なの?」
「アリス、隣の部屋で寝てる妖夢を見ただろ。」
妖夢はあの日以来、この永遠亭で治療を受け続けている。しかし、今のところ目を覚ます気配が無い。
妖夢を死の直前まで追い込んだ。私の数少ない友達をこんな目に合わせたことは、私が心を決めるには十分だった。最近のこの不安感の原因を、何かが決定的に狂いだす前に取り除く。しかし、あれから色々手を尽くして情報を集めたが、すべて徒労に終わっている。
「妖夢を、あんな状態にした奴、許しちゃおけねえ。」
「そう、魔理沙も。何か久しぶりに意見が一致したわね。」
「ああ。しかし、何の手がかりも無いんじゃ、お手上げだぜ。」
「なら、紅魔館のパチュリーに聞いてみたらどうだ。少なくとも、この惨劇の原因くらいなら知っているかもしれない。」
慧音がナイスな提案をした。
「ああ、紅魔館は今だめだ。ちょっとまずい。」
「何でよ。まさか紅魔館でも悪さしたんじゃないでしょうね。」
「そのまさかだぜ。実は咲夜の下着が欲しがっていた奴がいてな。紫の奴と一緒に忍び込んだんだ。あそこじゃ紫が能力使うとレミリアにバレそうだからな。」
こいつ、やっぱり殺したほうが良かったんじゃないかと思えてきた。全世界の女の敵だ。
「それで、咲夜の下着を盗むのには成功したんだが、何故か門番にバレてな。大騒ぎになっちまったんだ。それで紫と口裏あわせて、フランドールを霊夢の下着で買収し、全部罪を門番に被せてきたんだぜ。」
グッバイ、中国。どうかあの世で大人しく成仏してね。
「いやー本当、危機一髪ってとこだったぜ。こっそり窓から出たはいいんだが、その後いきなり、何も無い所から咲夜様の匂いがするって門番が飛んで来たんだからな。おっかしいな、ちゃんとカモフラージュ率80%だったんだけどな。なんでバレたんだろ。」
世の中、変態ばっかりだ。
「まあ、何とか気転を利かしてどうにかしたけどな。と言う訳で、今紅魔館行くと少し拙いんだ。」
「何よ。結局魔理沙も人に罪被せてるんじゃない。しかも無実の。」
「まあ、後で謝っておくか。百年後くらいに。」
今、この世のためにこの馬鹿を始末するべきなのか。
「おい、それはいつ決行したんだ?」
「あー、確か二十日ほど前だったかな。」
「ふむ、お前の小さすぎる決意は無駄になるかもしれないな。」
「うん?何でだ?」
「丁度そのころ町の方に向かう、何やら怒り心頭なメイドと何やら活き活きとした黒い大きな傘をさした怪しい奴らの集団を見つけた。」
「で、その集団が向かった先は?」
「よく分からんが、オルターエロという、店主がスキンヘッドの店に入ったらしい。その後の目撃者によると、三角木馬やローソクなどのいかがわしい道具を大量に運んでいたらしいぞ。」
その後、紅魔館で何が行われたか、想像に耐えなかった。
「と言う訳で、多分、生きているまい。」
「無実の中国に何て事をしたのよ!!」
叫びながら、魔理沙を力いっぱい蹴り続けた。
「こら、そこの貴方。いくら明日完治するといってもまだ安静なのよ。止めなさい。」
さすがに騒ぎを聞きつけて八意永琳がやって来た。
「た、助かったぜ。」
「ああ、貴方には後で、死ぬほど不味い、馬鹿が少しでも直る薬を、たっぷり飲ましますからね。」
一応、怒りを抑え、八意永琳に質問しようとした。
「あの、・・・」
「ああ、永琳でいいわよ。」
「じゃあ。永琳、魔理沙は明日には直るんですか?」
「ええ、私の薬は良く効くから。」
あの怪我でもすぐに完治するらしい。
「じゃあ、何で妖夢はまだ目を覚まさないの?」
「それは私にも分からないわ。受けた傷が普通じゃないってこともあるけど。」
「普通じゃない?しかし私の記憶によると、物理的な攻撃ばかりだったぞ?」
「ええ、そうね。信じられない力で殴りつけられた物が多いわね。左腕は違うかもしれないけど。」
「左腕は、空間ごと握りつぶされたってところだな。だからどの攻撃も一応物理的なものだ。」
「でも、何か訳の分からない力が作用しているのかもね。運んできた幽々子が負っていた傷も普通じゃあ無かったし。」
「幽霊が傷を負った?」
「ええ、負っていたわ。普通は外見が傷ついたらほっとけば勝手に元に戻るのにね。まるで、生き物が負わされた傷みたいだったわ。本人も痛がっていたし。幽霊を治す薬なんて初めて作ったわよ。」
どうやら、相手は得体の知れない力を使うみたいだ。
「でもね、それが直接的な原因じゃ無いみたいね。まるで、生きる力を使い果たしたみたいよ。半霊にこの言葉を使うのもどうかと思うけど。」
普通の幽霊は力を使い果たした後、消滅を迎えるだけだ。今妖夢の状態は、それなのか。
「そうだな。どれだけ殴られても、酷い怪我を負っても、立ち上がったみたいだしな。何が何でも幽々子を守る、て言ってたらしい。」
「本能的に察知していたのね。幽霊に苦痛をもたらして死に追いやることができる、幽々子にとっても危険極まりない存在であることを。」
なんて、馬鹿な、娘。
「なんで、そこまでして幽々子を守ろうとしたんだろうな。自分には勝ち目が無いってことが分かっていただろうに。」
「ただの主従関係だけでは、無いだろうな。」
「それはたぶん、幽々子に対する、」
「愛だな」 「愛ね」 「愛だと思う」 「愛じゃないかしら」
見事に、皆意見が一致した。
それじゃあ、と言い、永琳が立ち上がる。
「ん、どうしたんだ?」
「これから別の仕事よ。薬師だけでは、いい加減家計を支えきれなくなってきたから。」
「永遠亭の?でもここって結構お金ありそうに見えるんだけど。」
「元々ひっそり暮らしていただけだから、特別な収入源があるわけじゃないのよ。私の薬師としての稼ぎで今までは普通にやってきたんだから。」
「何かあったのか?」
「輝夜様が前のお前たちとの一件以来、今までの鬱憤を晴らすべく豪快にお金を使いだしたの。おかげで家計は火の車。私も副業を持たなければならなくなったってわけよ。」
何か、同情したくなる話である。
「そう。で、これから何を?」
「これからライブがあるのよ。歌ってみたら変に人気が出ちゃって。」
翌日、魔理沙を拾った足で白玉楼に向かった。妖夢の件がありあの夜のことを聞くのは気が引けたが、関係者の中で唯一喋れるのが幽々子だけなので、仕方なく訪ねることにした。次の満月の夜まで、さほど時間が残っていなかった。
白玉楼に着いたが、相変わらず閑散としていた。訪問を主人に伝えに行く庭師は今は居ない。結局無断で家に上がることにした。何度呼んでも返事が無かったからだ。
広間まで来ると、幽々子が倒れていた。
「おい、幽々子、どうした!?返事をしろ!くそ、息が無い。衛生兵は何処だ!?」
幽霊に本来息があるはずも無いのだが、魔理沙と同様、頭が混乱していてまともな思考ができなかった。
「くそ、おいアリス。何かメッセージを残していないか探すぞ。ここで何が起きたか調べるんだ。」
何やらバタバタと何かを探している魔理沙を脇目に、ここで何が起きたかを推理してみた。
推理その1:
遂に我慢しきれずに猿蛇合戦に乱入。パンツゲッチュウを狙うも返り討ちにあう。その後、某CIA工作員に麻酔銃で頭を射抜かれ、身包みを剥がれ、クレイモアを辺り一面に仕掛けられた。その後、起きた幽々子は近くに置いてあった食べ物に手を出そうとして、爆死。
推理その2:
その辺でバッタリ出くわした某ポケモンマスターにゲットされ、マスターリーグに参戦。善戦むなしく圧倒的な物量と火力の差でゴリ押しされ、力尽きる。その後HP0で野に放たれ、何とか家にたどり着くも死亡。敗因はモンスター達のストライキで幽々子しか連れて行けなかったことと、幽々子のやる気の無さ。要マスターボール。
推理その3:
突如現れた恐竜帝国に対抗するために、某ゲッターロボに乗るも、ゲッターの力を信じきれず、故意にペダルの踏むタイミングをずらし、空中で爆散。ゲッター線汚染が広がる中、責任を取らされ一人で恐竜帝国に立ち向った。そして最終決戦を終えるも、その時の傷が原因で死亡。
「そう、マスターリーグは伊達じゃなかったのね。」
「ああ、何言っているんだ、アリス。頭大丈夫か?」
「魔理沙だけには言われたくないわよ。ところで貴方、何しているの。」
「ふん、見て分からんか。心の狭いやつめ。せめて遺書ぐらい残してやるのが親切心だぜ。」
「遺書って、そんなもの無かったでしょ?」
「だから私が用意してやるって言ってるんだぜ。霧雨魔理沙にこの家と家にあるものを全て譲りますっと。よし出来た。」
私が何かを言う前に、魔理沙の後頭部に扇子が突き刺さる。遺書偽造は未然に防がれ、崩れ落ちる魔理沙を見届けた後、ゆっくりと体を起こす幽々子に向き合った。
「大丈夫なの、起きて。」
「平気よ。ただの寝不足だわ。ここ最近、ろくに睡眠を取ってなかっただけよ。」
「貴方が睡眠不足だなんて、珍しいわね。」
「ええ、まったく。ところで、何の用かしら。まさか本当にこの家の財産が目的だったの?」
「それはあの馬鹿だけよ。後で好きにしていいわ。」
「じゃあ、遠慮なく。丁度お腹が空いていたのよ。」
「貴方には悪いけど、私はあの夜のことについて聞きたいことがあったの。いいかしら?」
ええ、と答え眠そうに先を促してきた。
「まず、相手はどんな奴だった?それと、どこに潜伏しているの?」
「一人よ。見かけは普通の何処にでも居る様な女で、狂気に支配されていたと思ったわ。ただ、扱う力は尋常ではなかったわね。戦い方は素人そのものだけど、力は凄いし、凄く速く動けるし、何より空間を操れるわ。貴方も気をつけなさい。出会わないことを勧めるわ。それより、何故こんな事を聞くの?」
「不安なのよ。何かが狂っていく、そんな気がしてならないのよ。あの夜から。」
「そう、でも心配しないで。あれだけは私が必ず滅ぼすから。」
瞳に暗い悲しみと殺意を灯しながら、見つめてくる。
「私ね、それだけでは終わらない気がしてるの。確かに、かなりの犠牲が出たし、妖夢のこともあるけど、何かこう、予想が出来ないことが。」
吹き付けてくる風を、常に接している土を、いつも飲む水を、失敗した魔理沙人形を燃やす火を、感じるとき。何時ごろか違和感を感じるようになった。あれだけで終わるとは、到底思えなかった。
ふう、と何か諦めた表情をして幽々子がため息をついた。
「何とかしなければならない。何を、どうすればいいのか、まだ全然分からないけど、このままだと取り返しがつかないことが起きる気がするの。」
「貴方の言いたいことは、何となく私にも分かるわよ。でも、何が起ころうとしているのか、私にも分からないわね。」
「何ででもいいの。何か変わったことや思いついたことでも。」
「それが分かっていたら、私がどうにかしているわよ。でもね、一つだけ言える事は、月が本来の力を取り戻した後からって事ね。」
「やれやれ。それじゃあ、偽者の方がまだマシだったって事か。アリス、お前のせいだぞ。アリスが、月見が出来ないって騒がなきゃこんなことには・・・」
いつの間にか復活した魔理沙を踏みつけて、黙らす。
「月の狂気は、何を何処まで狂わすことができるのかしらね。」
「まったく、怖い光だぜ。ゲッコービームとでも呼ぶか。」
「ああ、もう!!いちいち話の腰を折らないでよ。魔理沙は黙ってて。」
「ふふ、貴方たちって本当に見てて飽きないわね。」
「お願いだから、魔理沙と同列に扱わないで。」
「いいじゃない、別に。人生充実していれば、それだけで幸せよ。幸せが無い人生なんて無意味よ。」
永遠を生きる幽々子にとっての人生観は、恐らくこれからの妖夢の苦難と涙の連続を意味していた。がんばれ、妖夢。いつか良い事があるさ。
聞きたいことを聞き、生活能力が極めて零に近い事を今更証明するこの屋敷を出ることにした。珍しいことに玄関まで幽々子が見送ってきた。
「貴方達も、あれを追っているの?」
「ああ、何時までものさばらしちゃおけないからな。」
「私は、もっと元凶に近いものを追っているんだけどね。」
「そう、分かったわ。でもさっきも言ったけど、貴方たちって本当に見てて飽きないの。」
「ああ、そうか?だったら聴衆料払ってもらうぜ。」
魔理沙に肘を入れて、黙らす。
どこか、暗いところがある、微笑が私達に向けられてきた。
「だから、これだけは言わせて。」
何か、悲しみに似た感情が、一瞬、瞳に灯った。
「まだ、死なないでね。」
満月の夜になった。あれから色々手を尽くしたが、何の成果も無くこの日を迎えてしまった。結局、この日動くであろう凶悪犯を抑えることが、事態解決の一番の近道であると思い、滅入っていた気持ちを入れ替えた。
魔理沙とは分担して見回りをしたかったが、万全を期すために行動を共にした。捕り逃して幽々子が始末してしまったら元も子もないからだ。
慧音は人里を守ると言って、再度人里を封鎖して、行動を共にしていない。
しかし、日付が変わっても何の動きも無かった。いい加減飽きてきたのか、眠そうにブーブー文句を言い出した魔理沙を引きずりながら見回りを続けた。何としても幽々子よりも先に見つけなければならないからだ。
私も半ば諦めかけてきたころだった。突如封鎖され、見えなくなっていた人里が現れた。嫌な予感。何事が起きたか分からず、慧音のもとに急ぐ。高ぶる焦りを抑えつつ、辺りを警戒しながら全力で急いだ。
倒れている、慧音。頭が白くなり立ちすくむ。魔理沙にドヤされ、何とか我に返る。慧音の傍に寄った。まだ上下している胸。少し安心し、呼びかける。意識はあったようで、力なく目を開けた。
「おい、しっかりしろ!何があった?喋れるか?」
「あ、ああ、何とかな。迂闊だった。まさか人里に潜り込んでいたとはな。後ろから不意を突かれて、このざまだ。」
「そんな、馬鹿なこと。だって、封鎖する前に人里は念入りに調べたじゃない。」
「今はそんなこと、どうでもいい。慧音を永遠亭に連れて行くことが先だ。この怪我、ほっといていいレベルじゃないぜ。」
「いや、私のことは後でいい。今はあっちに向かった敵を追うことが先決だ。新たな犠牲が出てしまう前に、何とかしてくれ。」
「でも、その怪我。」
「大丈夫だ。伊達にワーハクタクをやっている訳じゃない。この程度ならまだ何とかなる。」
「おい、アリス。慧音がこう言っているんだ。奴を追うぞ。まだそんなに離れていないかもしれないぜ。」
「でも、魔理沙。」
「いいから、行け!犠牲が出るのを黙って見ている気か!」
慧音の気迫に押されるように立ち上がり、示された方向に向かった。
「魔理沙・・・」
「大丈夫だ。本人がああ言っているんだ。あいつを信じるべきだぜ。」
迷いの無い魔理沙の背中について行きながら、やがて竹林が見えてきた。
敵。竹林に入っていくのが見えた。私たちも続いて竹林に突入する。敵が向かう先はどうやら永遠亭とは関係ない方向だった。
「魔理沙、もうすぐ敵を捕捉できるわ。一気に畳み掛ける?」
「取り押さえるんだろ?私が前方で奴の気を引くから、アリスは気づかれないように回り込んでくれ。アリス、サバイバルの基本はCQCだぜ。」
さらに距離が縮まる。そして、広場に出た。男。広場の中央で私たちを待ち構えていた。私達も立ち止まり、睨み合った。
「やあ、お二人さん。ご苦労様。付いて来れなかったら如何しようかと思っていたよ。」
「ずいぶん余裕ね。言っておくけど私達、慧音ほど甘くないわよ。」
「それは、いいな。大いに愉しませてもらうとしようか。」
構えの様なものを取った。私達も身構える。慎重に間合いを取りながら、撃ち込むチャンスを探る。場に気が満ち、ぶつかり合う。息が、苦しくなってきた。
仕掛けられた。私に向かって打ち込んできた。咄嗟に動けなかった。男の拳が私を捉える前に、魔理沙の援護が来た。飛び退り回避する男に、反射的に撃ち込んだ。当りはしたが、大した魔力を練り込んでない魔法に期待するのは、都合が良すぎた。
「アリス、動き回れ。奴の攻撃を避けることが先決だ。いつもの調子はどうした!」
魔理沙の叱咤に我に返った。呑まれていた。こちらは二人だというのに。
今度は魔理沙が仕掛けた。簡単に避けられはしたが、私が反撃を許さなかった。とにかく二人で弾幕を張り、男に攻撃をするチャンスを与えないことにした。しかし素早い身のこなしで、ことごとく避けられた。焦りが募ってきた。隙。一瞬だが、見逃さなかった。
「魔符、アーティフルサクリファイス!!」
強力な魔力が相手に向かって収束していく。捉えた。しかし、男は笑っていた。悪寒。無理だと思っていた体制から簡単に身をかわし、こちらに物凄い勢いで突っ込んでくる。誘われた。そう気が付いたときには、男は目の前まで来ていた。光。気が付いたらあの場から数メートル離れた位置に倒れていた。男はさらに離れた位置でうずくまっていた。どうやら魔理沙が咄嗟にマスタースパークを放ったらしい。
「助けるんだったら、もっと上手くやりなさいよ。このヘタレ大艦巨砲主義!」
「もっと上手く体を動かせ。この温室引きこもり!」
確かに、殴り合う喧嘩などしたことの無い私にとって、接近戦は危険だった。
男はゆっくりと体を起こし、嫌な笑みを浮かべていた。接近されることを警戒して、余分に間合いを取る。腕を突き出してきた。脳裏に幽々子の言っていた言葉が浮かぶ。
「魔理沙、避けて。例の攻撃よ!」
慌てて避けようとする魔理沙のために、男に牽制を放つ。男の手のひらが閉じ、任意の空間が握りつぶされた。しかし、魔理沙を捕らえ切れなかった。距離を離し、睨みあう。
「気をつけて、魔理沙。あいつ、空間をある程度操ることができるみたいよ。」
「ああ、幽々子が言ってた通りだな。洒落になっていないぜ。」
「とにかく、射程範囲に入らないように気をつけて。マスタースパークも掠っただけみたいだし。」
再び手を突き出してきた。その顔には、狂気の笑みが浮かんでいた。魔理沙と別れて避ける。猛然と風が迫ってきた。拳。今度は何とか身を捻り、拳をかわす。振り上げられた足は、身を地面に転がすことで間一髪避けた。三撃目は魔理沙の援護で中止された。魔理沙に向かって腕が突き出される。これも間一髪避ける。その間に体を起こした私と、睨み合った。慌てて牽制をバラ撒いて距離を取ろうとしても追いつかれ、打ち込まれる。衝撃。今度こそ捉えられ、派手に吹き飛ぶ。強かに背中も打ち、咳き込む。
今度は魔理沙に向かって、男は突進した。光。マスタースパークで迎撃するも避けられ、接近を許す。何とか吐き気を抑え援護した。何とか避け続けているが追い詰められてた魔理沙が、それで息を吹き返した。
防戦一方だった。このままでは、遠からず殺られる。
また、男の腕が突き出されてきた。私と魔理沙は横に飛んで避ける。再び、悪寒。男の顔が今まで以上に狂気に歪んだ。閉じた手が、開かれた。衝撃の奔流に、飲み込まれた。
辛うじて意識は保てたが、全身の激痛にのた打ち回り、血反吐を吐いた。
「これで、終わりだよ。お二人さん。結構愉しめたよ。」
男の狂気の目は、地面に転がる私達を精確に捉える。腕が突き出されてきた。刹那、男の腕が光に呑み込まれる。魔理沙だった。男が飛び退り、距離を取った。
「まさか、これを狙っていたとはね。恐れ入ったよ。」
「当たり前だ。私はタダじゃ転ばないことで有名なんだぜ。当たらないんだったらお前が止まった時に撃てばいい。さあ、これでその腕は使えなくなったぜ。」
しかし、男の顔に、背筋が冷たくなる様な笑みが浮かべられていた。嫌な予感。止めようとして、魔法を放とうとした。体が思うように、動かない。光が、男を貫く。マスタースパークだ。しかし、今度は掠めただけだった。
何とか立ち上がろうとして、凍りついた。男の後ろ。虚空から腕が数本、出ていた。
全ての手が、一斉に開かれた。憶えていたのは、そこまでだった。
気が付くと、全身の感覚がまるで無かった。それでも、何とか目を開く。まず最初に目に飛び込んできたものは、狂った笑顔だった。死。その恐怖に捕らわれた。
「やあ、気が付いたようだね。生憎、僕の腕はいくらでも会ってね。かなり疲れるけど。それより、早速再開といこうじゃないか。待ちくたびれたよ。」
何一つ、考えることが出来なかった。ただ、恐怖に怯えているだけだった。
「色々君達の愉しみ方、考えたんだからね。頑張って愉しませてよ。まずは君だ。」
私を見た。男の顔を見て、悟った。殺される。それも、壊れるほどの苦痛を伴って。男が近づいて来た。恐怖で、体が震えた。
男が、立ち止まった。気づくと、魔理沙が目の前に、立っていた。
男が距離を取る。面白い物を見つけた様な顔をしていた。魔理沙は立っていられるのが不思議な状態だった。声を出そうとした矢先、魔理沙が歩み出た。
何をするつもりなのか分からなかった。ただ魔理沙を見ているしか出来なかった。
不意に、魔理沙の背中が語りかけてきた。
(私達、結構いろんな事をしてきたよな。修羅場も何度も二人で潜ってきたよな。)
魔理沙は歩みを止めなかった。
(だから、今度も二人で何とか出来るさ。もう動けないタマじゃないだろ?)
男に向かって、駆け始めた。
(私たちが組めば、敵なんかいない。そう思わないか。だから自信を持てよ。)
魔理沙の左腕が、グチャグチャに潰れた。それでも止まらなかった。
(初めに決めたよな、役割分担。私が奴の隙を作り、アリスが仕留める。)
強力な衝撃波が、魔理沙を打つ。それでも駆け続けた。
(ラストチャンスだ。代償は私の命。)
虚空に腕が現れた。魔理沙がマスタースパークを放つ。外れはしたものの、男の攻撃は中断された。更に放つ。魔理沙はマスタースパークを牽制目的に使う気か。どこにそんな魔力を残していたのか分からなかった。不意に妖夢の姿が浮かぶ。命を削って放っているのか。
マスタースパークが男の目の前の地面に着弾する。光が男を包む。魔理沙が一気に距離を詰めた。確実に当たる距離。即ち、零距離。
(じゃあな、アリス。後は、頼んだぜ。)
魔理沙が私に、笑みを向けた気がする。死ぬ気だ。今更になって気が付いた。魔理沙が、死ぬ。不意に涙が溢れてきた。
密着状態で、ファイナルスパークが放たれた。光が二人を包む。吹き飛ぶ男の影に向かって、私は止めの一撃を放つ。
「魔操:リターンイナニメトネス!」
確実に捉えた。しかし、何故か立っている男を発見した。すでに構造上不可能のはずだった。失敗した。絶望感と共に思った。魔理沙は確認できなかった。
男の目が私に向いて意にことに、気が付いた。男の向いている先を見ると、幽々子が魔理沙を抱いて立っていることに気が付いた。
「ふん、やはり来たか。しかし、よくここが分かったな。アレを潰してからさほど時が経っていないというのに。」
「ええ、私も思いもよらなかったわ。まさかあの女と同質の物が二人もいるとはね。日ごろ行いが良かったみたいね。ここの事は、ほとんど感よ。」
この男以外にもまだいたのか。そして、前の犯人は女だということを思い出す。
よく見ると、幽々子の片腕が無かった。衣服もボロボロだった。既に前の奴と殺り合ったっということか。そして、そいつを殺し、すぐにここまで来て魔理沙を寸前で助け、男と睨みあっているというのか。
「でも、貴方、よく分かったわね。私があの女を殺したことを。」
「当たり前だ。アレとコレは唯の媒体だ。全て私が動かしている。まだ、直接には干渉できんのでな。」
「そう。じゃあ、今の私が話している貴方が元凶なのね。いいの、教えて?」
「貴様の働きを賞賛してのことだ。二度ならず三度まで私の前にこうして立ちはだかるのだからな。それより、惜しいな。殺すには。どうだ、私と組まないか。まだ、私が直接干渉するには時間がかかる。こうして、影を人間に取り付かせてもすぐに潰される。取り付かせても、この人間どもの意思で動くからな。ただ力に溺れて破壊を繰り返すだけの手駒は弱すぎる。かと言って、妖怪どもを操るにはまだ時間がかかる。」
「その貴方の操り人形達を使う目的は、何?」
「それは、余興の範囲外だ。その内、分かるさ。それより、どうだ?私と組めば、ほとんどの物が得られることになるぞ。」
「せっかくだけど、お断りね。」
「ほう、何故だ。今の中途半端な永遠を確実な物にも出来るのだぞ。そこまであの半霊の事を根に持っているのか?」
「それもあるけど、私は唯、守りたいだけよ。私の幸せを。そして、今の幻想卿を。」
「ほう、確実な永遠の命よりも大切な物なのか?」
「貴方が思っているほど、永遠なんて良い物じゃないわよ。」
幽々子の瞳に、あの時見せた暗い悲しみが灯る。
「取り残されるのよ。親しかった者、お世話になった者、敵だった者。皆、私を置いて逝ってしまう。死ねば彼らは私を忘れる。でも私は彼らを忘れない。忘れない限り彼らは私の心の中で生き続けている。彼らの姿を見ることも出来るわ。でも、彼らは話しかけても答えてはくれない。」
幽々子の心の痛みが伝わってくる。
「たまにね、叫び出したくなるのよ。そして、何もかも忘れてしまいたくなる。でも、私にはそれが出来ない。忘れてしまえば、本当の意味で彼らは死んでしまうから。だから、私には忘れる資格が無い。永遠を生きるということは、永遠に背負い続ける物が増え続ける、て言うことなのよ。貴方には分からないでしょうけどね。」
幽々子、あの別段大きくない背にどれほどの物を背負っているのか、想像が付かなかった。
「いずれ来る別れを、避ける事は出来ない。山奥で誰とも会わずに暮らすことは、私の趣味じゃない。だから、私は今を楽しむ事にしたの。今を積み重ねていかなければ、悲しみに溺れてしまうだけだから。」
幽々子が、私と抱いている魔理沙を見た。
「この娘達は、本当に見ていて飽きないわ。他の娘達もね。この娘達が起こす騒動や宴なんかは、いつも私を楽しませてくれるわ。」
「それが、貴様の言う幸せか。小さいな。理解する気も起きぬわ。所詮貴様もその程度か。」
「ええ、所詮元人間ですから。」
幽々子が改めて、男を睨みつける。
「だから、貴方にはやらせない。この娘達も、彼らが居たこの幻想卿も。貴方の好きにはさせない。」
「笑止。貴様に何が出来る。」
「この身砕けるまで、何度でも貴方の前に立ち塞がってあげるわ。」
魔理沙を静かに地面に置き、身構えた。場に、殺気が満ちる。
「残念だが、今日はここまでだ。この続きは次の満月の夜としよう。せいぜい足掻くがいい。貴様のその小さな物のために。」
幽々子が撃ち込んだ。辺りに爆音が轟いた。
数日後、私は永遠亭を訪れた。永琳が入院を嫌った私に通院を義務付けたのだ。
体の方は永琳の薬のおかげで、ほとんど良くなっていた。ただし、無茶をした魔理沙はまだ意識を取り戻していなかった。
永遠亭の前まで来ると、丁度出てきた幽々子と遭遇した。幽々子の傷もすっかり良くなっていた。
「あら、御機嫌よう。どうしたの、こんな所で。」
「あの時はどうも。永琳がまだうるさくて。もう、すっかり良くなったっていうのに。」
「そう。でもね、無茶はいけないわよ。自分の体を少しは大事にしなさい。それはそうと、貴方に良い事と、悪いことがあるわ。」
自分のことを完全に棚にあげて、何やら意地の悪そうな笑みを浮かべて言ってくる。
「まず、良い事からね。魔理沙がさっき、目を覚ましたわよ。」
それを聞いて思わず駆け込みそうになるのを、幽々子が遮って来た。
「そして、悪い事。私が貴方を通してあげない。」
「何故!?」
「通行料を払ってもらうわ。そうね、タダ働き一年分なんてどう?」
「なんで、関係ない人の家に入るのに通行料を払わなきゃならないのよ!!」
今にも噛み付きそうな私を尻目に、笑いながら道を空けた。
「仕方ないわね。結構便利になると思ったのに。今日だけはタダでいいわよ。」
何か半呆け幽霊が寝言を言っているが、かまわず永遠亭に入る。
早歩きになっていることを意識しながら、魔理沙の居る部屋を目指す。
魔理沙には言う事が沢山あった。何故あんな無茶をしたのか。言わなければ、気がすまなかった。
魔理沙が居た。よう、と気軽に声をかけて来た。何も考えることが出来なくなった。
気が付いたら、涙を流しながら魔理沙に抱きついていた。
「うわ、馬鹿。まだ、傷が治りきっていないんだ。頼むから勘弁してくれ。」
「魔理沙、魔理沙、魔理沙・・・」
声が、上手く出なかった。
「お、おい。落ち着け。どうしたんだよ、一体。」
「魔理沙、御免なさい。私、本当に。本当に御免なさい。」
「おい、何でアリスが謝るんだ?別に何かされた覚えは無いぜ。」
「あの時、貴方に助けられっぱなしだった。最後もあんなことさせちゃったし。」
「なんだ、そんな事か。いいぜ、別に。気にするなよ。もう、すんじまった事だ。」
そう言い、白い歯を見せながら笑みを向けてきた。何か、胸が締め付けられた気がした。
「魔理沙、ありがとう。本当にありがとう。」
魔理沙を力いっぱい抱きしめていた。
「あ、う。あ、アリス。その、な。何て言うか、こう、そろそろ・・・」
顔を赤くし、狼狽している魔理沙には悪いと感じながら、もう少し魔理沙の温もりを感じていようと思った。