Coolier - 新生・東方創想話

アポロ異聞 2 -紅き殺戮者たち-

2005/04/16 03:42:24
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 静かな湖畔。閑静な森林。目に優しい青と緑が、何も知らずにこの領域を訪れる旅行者の心を癒す。だが、彼らはすぐに知ることとなるだろう。自分たちが……決して足を踏み入れてはならない結界の内側に居て、血に餓えた蝙蝠の牙に掛かる寸前であることを。
 
 ――森と湖。それら清浄な自然色を犯すように打ち立てられた、歪な、赤い赤い道標。
 巨大な墓標。
 恐怖をもたらす悪魔城。
 偉大なる魔の君臨する――真紅に染め抜かれた館の外観は、血と運命の絆を意味している。
 即ち、敵対者に血塗られた死を。ファミリーを繋ぐ血よりも濃い絆、頭領(ドン)に絶対の忠誠を。
 


 この地を治める紅き貴族の絶対的カリスマを思えば、到底ありえぬことではあるが、
 もし…ファミリーの結束を乱す裏切りものが現れたなら…血の粛清を。




 ………
 
 ………………





    ――紅魔館。


 汝、彼の門扉を叩くことなかれ
  もし、それでも征くのであらば…
   すべての希望を捨てるがいい
   
      心せよ
  
 其は、紅き異界  ”クリムゾン・デスペアー”
  光差さぬ、アンダーグラウンドに入門し…
   生きて陽の目を見れると思わぬことだ
    
      忘れるな
    
  支払う代価は一枚しかない、生命のコイン
   得られる運命は――――絶望のみという真実を
 
 
 
                 -とある漢詩人の戯曲より-
 
 
 
 紅魔館。
 …紅き悪魔の支配する古びた城館。
 
 此処に在籍する住人たちは人外魔境の幻想郷に於いて…なお、外れた者たち。
 人間、妖怪、小悪魔、魔女、そして…吸血鬼。統一性の無い種族だと愚者は言う。
 だが…此処に限って言えば、そんなありきたりなカテゴライズに意味など無い。
 
 天上天下、紅魔独尊。
 
 彼の者たちを律するは、ファミリーの長、紅魔自らが定めた――血の掟のみ。
 如何なる道義も
 如何なる信義も
 組織のメンバーを縛るに能ず
 理を説いても
 利を説いても
 くだらぬな、と
 冷笑を以って彼女らはせせら哂う
 
 
 知能に従いし者は 地に伏せよ
 本能に従いし者は 天に吼えよ
 
 
 紅魔の怒りを…
 …畏れるのだ。
 
 くどいようではあるが――無知なる善良な郷民諸君が理解できるまで、
 浅はかな好奇心で無用な絶望を味わうことが無きよう――何度でも言おう。
 此処は紅魔館。
 魔の巣窟。
 最早…人妖の境界を、禁忌の存在を、遥か彼方に置き去りにした――
 

 
 
 悪魔どもの住まう地だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 






 
 
 
 
 
 † アポロ13異聞  開幕  ~ the Underground empire of Scarlet Devil. †

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 ……。
 
 窓一つ無い大広間を照らし出すのは、広々とした荘厳な空間を演出する大シャンデリア。
 不遜なまでに高い志を象徴するような、ゴシック様式で建造されたと思しき天井に吊るされ、永遠に不変なる黄金の骨組みにずらりと並ぶ煌びやかなクリスタルランプ。透き通る結界に収められた蝋燭の灯火がジリジリ燃え続け、三千世界を犯し尽くす輝かしい栄光の陽を、超越者たる館の住人たちに投げかけていた。
 その光のお陰で広間は明るい。どこぞの神社に代表される一般的なみすぼらしい住居などは及びもつかぬ程、明るい。
 だが満遍なく――ホールの隅々まで例外無く暴き出す筈の烈光は、広間の真中にぽっかり開いたアビス――大きな長櫃型のテーブルに着く数体の人影たちを前にし、途端にその溢れんばかりの輝かしさを失う。



 人型をした闇
 
 そう
 
 闇、だ。
 
 ありとあらゆる光は、黙然と着席する五人の闇を切り裂くことあたわず。
 スカーレットファミリーに……健康的な陽は不要なり。
 彼女たちには、長櫃の上座に傲然と佇む紅きカリスマの威光があれば、それでよいのだ。
 
 

 暗黒議会の上座。緋色のカーテンを背後に幾重にも吊るし上げた、豪奢な玉座にちょこんと座する、組織の長――紅魔の嬢。
 永遠に幼きその容姿は、瀟洒な従者を筆頭にその道を往く者どもすべてを魅了して止まない。
 500を越える年齢を重ねた重厚な貫禄、悪戯っぽく微笑む口元、どんな宝石よりも美しく輝く真紅の魔眼。
 堪えきれぬ保護欲と耐え切れぬ圧倒的恐怖。
 矛盾した属性をいくつも併せ持ちながら、それら反発しあう萌え要素が奇跡のような調和を彼女にもたらしていた。流麗に輝くさらさらのブロンドアッシュは、たとえ日の光を浴び灰になっても、永遠に朽ち果てぬであろう幻想を悪魔の崇拝者どもに与える。
 背中でぱたぱた動く蝙蝠の羽が、どこからともなく流れているセプテットの緩やかで荘厳な演奏によりもたらされた重苦しい空気を緩和して、紅月の崇拝者たちに無意識の領域に浸透する飴と鞭のような効果を発動させていた。
 彼女は……まさに、カリスマの塊のような美少女であった。
 
 
 
 
 
 
 そんな中、紫檀の長櫃に不作法な頬杖をつきながら、館のあるじ、紅きマフィアの頭領――
 
 
 紅魔 レミリア・スカーレットは――怠惰な溜息をついた。
 
 
 
 
「お嬢様。お加減が優れませんか?」
 長櫃の右側、レミリアから見て左に位置する忠実なるしもべがあるじの身を案じた。
「いえ…そうではないわ、咲夜。ただ…ちょっとばかり気になることがあってね」
 形のいい眉を顰め、レミリアは不機嫌に答えた。
 レミリアに咲夜、と呼ばれた少女がその言葉を受け、穏やかな慈しみに満ちた視線を厳しいものに変える。
 
 紅魔館執事(バトラー)兼メイド長
 
 ――十六夜 咲夜。
 
 人外ひしめく幻想郷。なかでも最凶最悪の名を欲しいままにする紅魔館において、唯一人の人間である。
 かと言って彼女は別にあるじの食料、愛人としてお情けでこの悪魔の館に籍を置かせて貰っている訳では無い。
 否、最悪という呼び名は咲夜の存在があってこそ、畏怖と共に民草どもの間で囁かれる代名詞なのであろう。
 十六夜 咲夜。くどいようではあるが、彼女は人間だ。
 正真正銘、生まれた時から――恐らくは死ぬ時まで、彼女は人間。
 けれども、そんな事実が紅魔館の敵対者に対し、どれほどの意味を持つであろうか。 
 
 人間だから、超越者である紅魔たちよりも組し易い?
 人間だから、冷酷非情に命(ANA)を奪うことに徹しきれない?
 人間だから、話せば分かり合えることもあるかも?
 
 甘い。なんとも甘い希望的観測に満ちたピントずれの問いかけだ。
 ……残念ながら、これら全ての問いに対する答えは……
 
 否(ナイン)だ。
 
 ある意味彼女――十六夜 咲夜こそが紅魔館で最もタチが悪い存在。
 純粋な力では無論レミリアなどには遠く及ばぬが、咲夜にはそれを補って余りある特性がある。
 時間停止? 確かにその能力は希少ではあるし脅威でもあるが…それを打ち破れる程度の能力者は彼の八雲 紫などの大妖を例に挙げるまでもなく、幻想郷では珍しくもなんとも無い。その程度の能力に依存するぐらいではパワーバランスのインフレ化した紅魔館に於いて『最悪』とまでは呼称されまい。
 少なくとも彼女の能力が最悪の由来ではない。では、咲夜の恐ろしさとは? ナイフの腕前? 身体能力?
 ……勘違いしないで欲しい。そういった直接的な戦闘力では所詮、センスこそは並外れているものの、特に鍛えているわけでもない人間が、基本性能で人間を大きく凌駕する海千山千の妖怪どもを差し置いて脅威と認識される筈が無いのだ。
 
 十六夜 咲夜。紅魔の忠実なるしもべ、悪魔の犬。彼女の、真の恐ろしさとは……


 
 
 
 
「あれ? お嬢様、気の巡りがお悪いんですかー? じゃあ、わたしが気功で…」
 一番レミリアから離れた下座、けれど真正面から彼女の尊顔を見ることが出来るおいしい位置に座する少女が、ほえほえ暢気にズレたことを発言した。そしてそのまま席を立ちレミリアの傍に歩いていこうとする。

「……」それをじと目で見守る七曜の賢者――パチュリー・ノーレッジ。
 (……馬鹿な子。不用意にレミィに近づいたらどういう目に遭うのか、いい加減学習しなさいよ。……ま、どうでもいいけど)
 
 冷徹な目で策士はこれより彼女の未来に展開される悲惨な運命を予測。だがすぐに興味を失い、手元に開いた「世紀末賭博破戒禄」という――駄目な人と、もっと駄目な人たちが欺き、手を組み、信頼する振りをしてまた騙しあう――救いの無い物語に没頭する。
 口元を緩めて、ふふん…と馬鹿な人間たちを嘲笑しながら『私ならば、もっと上手くやれるのにね』と芸術的な詐術を秘めた想像の翼を羽ばたかせる。
 …そんな物騒極まりない策動を必要ならば手足のように操り、当たり障りの無い真実を一欠けら織り交ぜた虚言を呼吸するように当たり前に吐ける天性の陰謀家、彼女こそが――
 
 紅魔館における上納金などファミリーの金銭を一手に引き受ける出納係にして知識の番人。
 
 ――パチュリー・ノーレッジ。またの名を動かない大図書館兼金庫番。
 
 
 知識と金銭。彼女は幻想郷の通貨ペリカ自体には殆ど興味を持たない。だが、それを所持することによって生じる様々な特権と、春度の高い本から得られるいかがわしい知識をこよなく愛する素敵に人間らしい魔女である。
 賢者は清貧であるべし、という戯言は彼女には無縁。心の裡に複数の爛れた欲望を持つあたり、狂信的なレミリア信者である咲夜よりもよほど人間的な性質だとパチュリーは自認している。
 
 (……くだらないわね。こんな茶番さっさと終らせて、彼女の行方を……)
 彼女は本のページをダルそうに捲り、議会や本の内容とは関係の無い謎の思考を巡らせていた。
 
「……魔理沙(ボソッ)」 誰にも聴こえない呟きが漏れた。
 
 
 
 
 
 
 そして…
 





 
「……さがれッ中国! わたしのお嬢様に泥臭い手で触るんじゃあない……っ!!」
 
 
 
 
 
 ――赫眼発動。
 中国と呼ばれた少女の行動は十六夜 咲夜の逆鱗に触れた。
 咲夜の激怒が頂点に達するや否や、清らかで純粋な青い瞳は――嫉妬と不条理の満ち満ちた真っ赤な狂気に染まった。
 完全で瀟洒なメイド長。普段の彼女は、狂気など負の感情とは無縁の優しい頼れるお姉さんであることは間違いない。
 だが…彼女の敬愛する――心の底、魂の器に注がれた血酒、五臓六腑を大地にぶちまけてもなお足りない程度に信仰する素敵なお嬢様――が絡むと、話は全く別の様相を帯びてくる。
 
 もしレミリアの歓心を買おうと近づく不逞の輩あらば、スカートの下、魅惑の太ももに装着された流線型の座薬状先端部が不吉に輝く銀のナイフ”ジャック・ザ・ルドビレ”が相手の急所を確実無比にひぎらせる。キレた咲夜の能力射程に捉えられ、その凶刃を見てしまってからの刺突回避は絶対不可能。
 
 静止した世界の中、ゆったり瀟洒に歩み寄る悪魔の犬。すぅ…と背後より優しく頬を撫でられ…………っ! 下方から内臓を抉り取るような一突きでブッスリANAを突き抜かれる。
 高位の妖怪相手に本気で試したことはまだ無いが、恐らく八雲 紫みたいな余程外れた人外が相手で無い限り、その手に構えた恐怖のナイフ”ジャック・ザ・ルドビレ”で貫かれた無残な裂傷を無効化できる妖怪は居ないであろう。彼女はまさに――恐怖のひぎぃ執行人、エクスキューショナリー。
 
 紅魔館の容赦なきヘルバトラー、十六夜 咲夜。味方にすればこれ程頼もしい少女もそうは居まい。
 だが…しかし、そこで素直に「さすが咲夜さん、頼りになりますね!」と頷けぬ問題が一つ浮上する。
 咲夜の凶刃はなにも敵対者のみに振るわれるものではない。即ち味方であろうと敵であろうと、彼女の独断的主観に於いて自分とレミリアの愛を阻むものは…有象無象の区別なくひぎらせ、欠片も悔いることの無い程度の忠烈無比なひとりレミリア親衛隊なのだ。ゲシュタポも真っ青な忠犬っぷり。パチュリーが気まぐれに実施した犬度テストでは、測定不可能な数値を示していたぐらい完璧な悪魔の犬だ。
 
 
 
「え? ええっ!?」
 
 ――時は、
 
「嫌…っ、誤解です! さく」

 止まる
 
 
 
 ……
 …………
 
 カッ カッ カッ  静止した世界で、悠然と行進するブーツの踵が小気味いい音を立てる。
 
 カツン――「……」踵を打ち鳴らす音が止まった。
 目標地点到達。
 赫眼で標的を視認。
 烈火の如く燃え盛る両眼で中国の顔を覗き込む。
 ……誤爆の可能性は、ゼロ。世界を犯す絶対時間の中で咲夜は思考する。
 
 ――慌てふためいた間抜け顔。
 ――なんて無様。
 ……なんで、貴女は、そうも私の嗜虐心をそそるのよ……。
 
 
 
 すぅ…  絶対殺害の銀のナイフではなく、メイド服の各所に収納された無銘のナイフをゆっくり取り出し
 
「……」口を開いたまま固まり続ける少女の顔。咲夜の世界で繰り広げられる狂宴は見えていない筈なのに

 その表情には絶望的な 恐怖が










「…フン」 ヒュゴ……ッ  ――とすん。

 勢い良く額のど真ん中にソレを突き立てた。
 …ちょっとすっきり。

 
「ま、一応あんたもファミリーの一員だからひぎらせやしないわよ」 流石は館のメイド長。実に分別ある独り言。
 足取り軽く元の居場所に引き返す咲夜。
 
 そして…
 時は、動き出す――
 

 
「や さんライトイエロォォぅぅーーーーー!!」 ぶしゅうぅぅーー

 墓標代わりにそそり立つナイフが朱にそまった。
 ……。
 このナイフが似合う可哀相な少女こそ、かの有名な無名の門番。名前を…
 
 
「五月蝿いよ、ちゅーごく。騒ぐならお外でやりなよ。ねえ、お姉さま」
「ん。そうね、フランの言うとおりだわ。大体なんで門番のあなたが此処に居るのかしら」
「ええ、そうですねお嬢様。大方ちょっと前に何故か有り得ないほど人気が出たから、調子に乗っているんでしょう」
「(じとー)……あんまり調子こいてると……殺すわよ?」
 
 一癖も二癖もある個性派揃いの悪魔たち、されどこの時ばかりは見事に一致した意見。
 さすがに紅魔館の結束は固い。そんな暖かなファミリーを余所に、ひとり取り残された血飛沫に濡れる影。
 止めを刺すように冷たい視線と冷たい言葉と鋼のヤイバが孤影にグサグサ刺さりまくった。
 ――中国と呼ばれた少女の額と胸に。

 ……
 …………


「う、うう……酷っ」 ――咲夜さん たまには名前を呼んでくださいよ 我泣き濡れてうずらと戯る…
 何時の間にか止まって何処かへ消えた中国の血糊を誰も気にする事無く(峰打ちだったのだ)議会は進む。
 
 
 
「ねえ、喧嘩を売ってきたのは向こうなんだから…いつもみたく、ぱぁーっと殺っちゃおうよ」フランドールの発言。
「……ですが、妹様。今回の事件には色々不審な点が」レミリアの右向かいに座する賢者の反論。
「どうでもいいじゃん。理由なんて。ねえ、お姉さま」レミリアの隣、対等な者のみ許される座から悪魔の妹は小馬鹿にしたように策士を流し目で見やり、レミリアの肩にしなだれかかる。
「ん。フラン。今は議題の途中なんだから、あんまり甘えてきちゃ駄目よ」一応咎めてはみたものの、それほど怒ったそぶりも見せず、レミリアは仔猫の頭を撫でる感覚で何気なく妹の頭を撫で撫でする。
 ごろごろ猫っぽい甘え声を出して、しあわせそうに目を細めるフランドール・スカーレット。
 
 場に満ちる退廃的な雰囲気。


「…(お、お嬢様…嗚呼、妹様と姉妹丼…流石ですわ素敵ですわ完璧ですわ十全ですわ! 咲夜は、一生ついていきます!!)」目が危ない。鼻血ぐらい拭け。
「…(特別な立場を鼻にかけ、私を軽んじるその態度…むかつくわね…。たとえありとあらゆる破戒(誤字ではない)を司る悪魔の妹といえど、あまりこの私を舐めてると……殺しますよ? 座薬は常に前から飛来するものとは限らないのだから…。――まあ、今に見てるがいいわ、殺戮戯曲の紅月姉妹。今はあなた達の下についていてあげるけど、いつまでも紅い月の天下が続くとは思わないことね……クスッ)」本に没頭する振りをし伏せた顔に、クスクスと暗い笑みが浮かんだ。



 それぞれの思惑を他所に、議会は進む。
 

「……」 あの…私の名前、聞いてくれないんですか…


 ………
 
 ………………
 

 
「――兎に角、事件の真相がどうあれ、どこの死骸の幽霊ともわからぬヤツラ『白玉楼』に舐められたまま手をこまねいているのは論外だわ」
「そうですね、お嬢様。むしろこれはあの意地汚い亡霊姫どもを始末するいい機会なのかもしれませんよ」
「あはは、さすが咲夜だね。どこぞの腰抜けとはぜんぜん違うんだぁ」ちらり。ニヤニヤ。
「……レミィ。どうしても、やるのね……?」……。沈黙。
「ええ、パチェ。荒野の賢者、移動大図書館ヴワル要塞のあるじである客分の貴女にも手伝って欲しいな」
「……そうね。私たちは親友だものね。レミィがやる気なのに私が断る理由なんてないわ。――いいでしょう。このパチュリー・ノーレッジ、知識と策謀のすべてを賭けて紅魔館の敵に、我らの恐ろしさを知らしめてやりましょう」
「ふぅん、ようやく重い腰をあげるんだね、パチュリー。でもあんたなんかの出番は無いと思うな。だって――」



 フランドールの囁き声が広場の隅々まで届いた。
 パチュリーが目線を上げると、先程までレミリアの膝で甘えていたフランドールの姿は其処には無く

 

 
  
   


     
 
”あはははは… だって”

”ねえ? この私が…”
 
”先陣を切るのだから”

”もう、すべては――手遅れよ”
 
 広場の四方から姿の見えぬフランドールの嘲笑が木霊した。

 
  
    


 
「……(フォーオブアカインドか。味な真似を…。ご丁寧にステルス遮蔽まで施して)」

 忌々しげに舌打ちする知識の魔女。彼女とフランドールの弾幕相性は破滅的に悪い。パチュリーが得意とする属性魔法の座薬弾は、スペル無効化能力を持つ相手になんの痛痒も与えられない。仮に3つまでの分身を撃破したところで肝心の本体が無傷では同じことの繰り返しだ。


「……(妹様、確かにあなたは強大だ。たとえ白玉楼の雑魚どもが幾千万群がろうとも、あなたは小揺るぎもしまい。この戦争、もはや勝ったも同然でしょうね。あくまでも……普通ならば、だけど。しかし――今回の騒動は私にとってもいい機会)」


 黙して語らぬパチュリーを訝しげに見ることもなく、紅魔館の首魁は愛する妹に出陣の激励を行なう。



 
「ああ、フラン。まったく貴女はせっかちねえ。これじゃあ私たちが愉しめないじゃない。久しぶりに思い切りこの銃を振るえると楽しみにしてたのに」

 咲夜、とレミリアは頬杖を突きながら右手を宙に差し出した。
 
「はい、お嬢様」 一瞬たりとも主人を待たせる事無く、レミリアが所望した兇器をそのか細き御手に握らせる咲夜。







 紅い、銃。
 
 紅(くれない)に染まった真っ赤な銃身に漆黒の銃把。
 絶大な威圧感を放ち見る者を蟲惑する呪われた悪魔の銃。
 長大なバレルに刻まれた殺し名” Scarlet Arm.454Casull Auto ”
 使用弾丸は454カスールを改造した13mm爆裂座薬弾。
 そのリコイルの大きさにより、もはや人類には扱いきれぬ、
 ”バケモノのバケモノによるバケモノの為の闘争”に使用すべく生を受けた凶銃。
 先の大戦では幻想郷中の実力者たちを恐怖の坩堝に陥れたレミリア専用の愛銃である。
 

 
「ふふ、この子を握るのも久方ぶりだわ。――うん、きちんと手入れが行き届いているようね? いい仕事よ、咲夜」
「はい、恐れ入ります、お嬢様。紅魔に仕える従者として、そのような勿体無いお言葉を戴き恐悦至極、感謝の極みですわ」
「まあ、フランが出る以上、万が一にもコレを撃てるチャンスなんてないでしょうけど…」



 淫靡な笑みを浮かべてレミリアはすぅー…と右手のオートマグを中国の方に向ける
 
「……? ひぃぃっ、お、お嬢様ぁ…そんな危ないものをこちらに向けないでくださいよぅ!」

 慌てふためく少女を射界に収め、ばぁん、と悪戯っぽく口を開くレミリア。
 
「……」 中国は気を失った




「あは、あはは、あははははははは!!!! 冗談よ、冗談なんだからそんなに気を張らないの。美鈴。本当、貴女は虐め甲斐があるわねえ…ふふ、愉快だわね、とても、とても愉快だわ…だって」

 ぎりっ…  トリガーに指を掛けたまま、次第に力を込めていく。


 
「……(また、厄介なものを…。こと、殺戮に関してはレミィたちの右に出る者などそうはいないでしょうね。けど…)」

 こっそりネグリジェのポケットに収めた対吸血鬼用の切り札を愛しげに撫ぜるパチュリー。
 

「……(けど、こちらとてそれに対抗する切り札が無い訳では無い)」

 獅子身中の虫。凶悪な力とは裏腹に純粋な心を持つ紅魔の嬢は、親友を疑うことなど知りはしない。
 彼女が視ている運命のピースには、裏切りという負の要素は加味されていない。
 








「…だって」 ガキン 



 ドグォォオオォォーーー……ン

 
 
 死を告げる撃鉄のシンフォニー。
 口から白いたましいを漂わせている美鈴の頭上を13mm爆裂座薬弾の暴威が掠めて空を裂く。
 紅煙を纏う弾丸はそのまま館の外壁を木っ端微塵に砕き散らし、真紅の螺旋の渦を巻いて夜空に飛び立って往った。
 
 
 
 
 



 
 
 


 
 
 
「こんなにも、月が紅いから……私の可愛い妹に敵う者など……」
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 凄まじい銃撃の反動を、片手でなんなく受け止めたレミリア。
 壁に穿たれた深淵に銃を構えたまま、可憐な夕顔のような笑顔を咲かせ、
 既に此処には居ない妹に絶対の自信と信頼に満ちた言葉を贈る。
 
 
 
 
 




 
「――居る筈もない」









「ええ、その通りですとも。お嬢様」
「……そうね(くくく…それは、どうかしらね)」
「……」ポカーン
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 漆黒のインキをぶちまけたような夜空には、大きな大きな、真円に近い紅月。
 明日の晩は宵待月。そう、今夜はいまだ満月には至らない――
 
 




 《 紅魔館にて  完  次章:八雲の境界  に続く》


 


アポロ13特別編、第二弾です。
もう、かなり殺伐とした様相なのですが、どういうことでしょう。
読んでくれているありがたい方が居る以上は最後まで書くつもりですが。

レミィの銃、やっちゃまいました。ヘルシング、好きなんですよ…。
レミィ=アーカード、よくありそうな組み合わせなんですが、それ以外思いつかないから仕方がない。

各所で既出なような銃ですが、生暖かく見逃してくれると感謝の極み。
この物語のコンセプトは、こういう兇器を駆使したひぎらせバトルなんで、どうしようもないのです。
銃撃戦も一応STG…ですよね? 石投げられそうで怖い…。
しん
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コメント



0.890簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
爆裂する座薬…怖っ!
6.100名前が無い程度の能力削除
諸君 私はひぎぃが好きだ

諸君  私はひぎぃが好きだ


諸君  私はひぎぃが大好きだ


チビで太ったメガネの少佐殿も、大喜び間違いなしの問題作。
是非とも、この調子で最後まで突っ走ってくださいッ!!
12.100空欄削除
なんですかこの大変破壊力が大きすぎる座薬たちは!
14.80おやつ削除
次は八雲編か……正直あの連中がひぎられるなんて想像できません!!
俺の貧弱な想像力を打ち砕いてください!!