Coolier - 新生・東方創想話

東方降魔録~the Scarlets~:第伍章

2005/04/14 07:55:57
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しかし、その彼女の眼前で罠の口がこじ開けられた。内から迸り出た無数の光によって。
七色が紅を打ち砕き、紅が七色を散らし、互いに滅ぼし合い、切ないほどに美しい幻想の乱舞を見せながら両者は消えて行った。
そしてその後から、美しい紅の髪や肌や服をあちらこちらと焦がし千切れさせながらも、美鈴が未だ闘志を失わない瞳と共に姿を現した。
「えっ…?!」
避けられるはずのないタイミングと間合い、そして確実に殺せる威力。それを確信していたフランドールは驚愕に目を見開いた。
…美鈴のスペルが自分を中心にして広がるものであったのは本当に幸運だったと言えよう。
罠の口が閉じる瞬間彼女は、スペルカードを二枚連続で使用して威力を相殺したのである。
同時使用にはパワーが足りなくとも、一枚目が限界に達した瞬間の二枚目の使用は問題なく出来る。
そのタイミングを見切るだけの実戦の勘は十分にあった。
ただ、近距離でのスペル同士の激突の余波は彼女を十二分に痛めつけ、目の前の少女相手の生存可能時間を大きく減らしていた。


「そろそろ限界ね。もう少し放っておくとかなり危ないわ、あの子。…咲夜」
主人の一瞥が与えられたと同時に、メイド長は弾丸のように吹っ飛んで扉を叩きつけるように開いた。
…この時、レミリアは重大な事を気付けなかった。
彼女が美鈴の運命を知り、このタイミングで扉を開けたことが、また新たな運命を呼び起こしてしまったことを。
いかな彼女とて、操っていない間は運命を操ることは出来ないのである。


背後で扉の開かれる音を捉えた瞬間、美鈴ははっきりと心を決めた。
ここを先途と力を振り絞り、彼女は至近距離から更に神速でフランドールの眼前へと迫った。
「くっ…秘弾『そして誰も」
「いなくなったりしませんっ!絶対に、もう一人ぼっちになんかしませんからね!」
美鈴の絶叫に、フランドールが一瞬呆けたようにスペル宣言を止めた。その刹那、美鈴の大博打の賭け札が二人の間に叩き付けられた。
それは今までの戦闘の最中ずっと力を込められ続け、極限まで威力を引き上げられた呪符。消耗も威力も通常の呪符の比ではない、最後の切り札。
「彩符『極彩颱風』――――!」
「!この至近距離でスペル?!きゃっ…」
触れ合いそうな程近づき合った二人の中心で、七色の太陽とも見紛うばかりの閃光が弾けた。
レーヴァティンにも匹敵する程のエネルギーの密着距離での直撃は、さしものフランドールをも貫き「殺して行った」。
しかし、密着距離で放った美鈴もその余波をまともに受ける。
呪符発動の際に身体にみなぎる力そのものが鎧とはなったが、それでも到底耐え切れないようなエネルギーだった。
「熱い、痛い、痛い、いた、…あはははははははははははは」
フランドールは身体中を光に貫かれながら狂った嬌声を上げ続けていたが、それはやがて嫌な喉鳴りと共にぴたりと止んだ。


時間を止めながら美鈴へもう少しまで近づいていた咲夜は、突然の光の炸裂に視界を奪われて動きを止めた。
その後ろでは、圧倒的なスピードで咲夜に追いついていたレミリアが、苦手とする強い光をもろに浴びて呻く。
そして、その一瞬の停止が、次の美鈴の行動を止めることを不可能にしてしまった。
圧倒的なエネルギーの奔流の中、美鈴の全身は裂かれて血を次々と噴き出させ、焼け焦げて行く。呪符を握っていた右手は腕ごともって行かれ、前に踏み出していた左足までもその後を追うようにぼろりと溶け消えて行く。
しかし、それでも彼女は残った左手を伸ばし、死に続けながらも再生を続けているフランドールの頭をがしりと掴んだ。
これからすることは普段の二人の魔力差では到底不可能な行為だが、今だけは、「死んで」いるフランドールに隙が出来る。
破壊を殺しきることは美鈴の力では到底適わないと判っているから、彼女は逡巡を抑えて全力で殺せた。後ほど処罰は甘んじて受けよう。


閃光に眩むレミリアの目に、その瞬間、唐突に未来が閃いた。
「あ、あの子…何て馬鹿な真似を!」


「森羅万象はすべからくして陰陽の気より成り、魂魄も即ちそれなり。我は気を呼ぶもの、気を放つもの紅美鈴なれば、我は汝を呼ぶ、緋き狂『気』よ!疾く我がもとに来たれ、律令の如く急ぎて!」
彼女が呪詞と共に意識を集中すると、フランドールから右腕を伝って紅の光が美鈴へと流れ始めた。
彼女の能力は「気」を使う能力。そして、陰陽の訓えによれば、感情もまた五行の気から成るものである。狂「気」も、力の及ぶ範囲までなら使うことは出来た。今夜増え過ぎた分だけでも狂気を自らに引き受けて霧散させてしまえば…と彼女は考えていた。


しかし、彼女もまた重大な事に気が付かなかった。この狂気は破壊の権化たるフランドールから発したものであり、それ自体が滅びの力を帯びていたのだ。
その力は、美鈴の気を使う能力を狂わせ、破壊し、その制御を次々と引き千切って荒れ狂った。
身体から叩き出される絶叫と共に、正気までが飛び出して行くようだった。紅が周囲の世界全てを塗り潰して行く。呪符がまるでその時を選んだかのように力を使い果たし、光までもが消えて行った。
愕然とした彼女の眼に、飛び込んで来たレミリアと咲夜、その後ろのパチュリーが映り…そして、それすら紅の中にぼやけて行った。


「…あれ?」
何故か室内を照らしている光の中、フランドールは目を白黒させた。今までいったい何をしていたのだろう。目と頬が熱く濡れている…また悪い夢でも見ていたのだろうか。それとも、まだ夢の中?この地下室には光なんてないはずだ。…ああ、やはり夢なのか。光がどんどん消えて行く…。
「美鈴っ、しっかりして!」
突然、咲夜の甲高い叫びが少女の耳朶をがんと打ち、ぼやけていた視界が像を結んだ。
「…?」
最初、彼女にはそれが何だか判らなかった。咲夜が抱えている、真っ赤に濡れた奇妙な形の塊。しかし、どこか見覚えがあった。
血の緋…彼女自身の紅…そして、門番の髪の赤。脳裏で三つの色彩がフラッシュバックし、唐突に彼女はそれが何であるのかを理解した。
「美鈴…?」
やっぱりこれは悪い夢らしい。そうに違いない。
それは、片腕と片足をなくし、美しかった赤い髪も無残に焼け焦げてぼろぼろになった、美鈴の無残な姿だったのだ。
彼女は、何度も頭を振って、しまいに頬をつねってこの夢を覚まそうとした。しかし、悪夢は覚めなかった。
「ふらん…どーる、様?」
目をどこか空ろに開き、美鈴はフランドールをしげしげと見つめた。やがて、にこりと嬉しげに笑った。
あの誕生日の時と同じ、幸せでいっぱいの笑い顔。今度は自分のことではないのに。
空ろだった両眼にふいと光が点る。気遣うような優しい眼差し。
「よかった…元に戻られた、んですね」
そして、再び彼女の目から光が消えた。その次の瞬間…ほんの刹那の間に様々なことが起こった。
レミリアが伸ばした爪を一挙動で投げ、咲夜が時を止めて真横に飛び退き、顔を俯かせた美鈴の腕が閃いた。
突き出された美鈴の貫手は…彼女は長いこと掌と拳しか使っていなかったのに…ほんの髪の毛一筋ほどの差で咲夜の脇腹ぎりぎりを笛の音のような風鳴りと共に突き抜け、更に手刀となって横に薙ぎ払われようとした所でレミリアの飛爪を受け、身体ごと吹っ飛ばされて壁に叩き付けられた。
「美鈴っ?!」
正に、ほんの一瞬の差だった。修羅場を潜り続けた本能の警鐘が咲夜を辛うじて救ったのだ。
愕然と叫んだ彼女の眼前で、ぼろぼろだった美鈴の身体が見る見る回復を遂げて行った。
焦げた皮膚は剥げ落ちて新しい皮膚に入れ替わり、失われた手足が生え、髪の毛までもあっという間に伸びて行った。
確かに彼女は妖怪だ、治癒能力は強い。しかし、この異常なまでの再生ぶりはどうしたことか。
そして何より、俯いていてもはっきりとそれと判るあの瞳の紅い輝きは。…これではまるで。
「さすがにフランの狂気ね…吸血鬼の属性まで付加したか。しかし、あの狙い…」
ゆらりと起き上がる美鈴を見つめ、レミリアが呟いた。
「まあいいわ。咲夜、あの子を取り押さえて。パチェは処置の準備を」
彼女の声と共に、
「かしこまりました」
取りも合えず目の前の状況に対応した咲夜が両手にナイフを広げ、
「喘息の調子が良くないのに」
いつの間にか辿り着いていたパチュリーの手にした本がひとりでにめくれ始めた。それを見届けると、レミリア本人は展開について行けずに呆然としている妹の脇へと降り立った。


レミリアは妹の瞳を覗き込んだ。そこには、彼女の姿がしっかりと映る程度には正気が窺えた。それを確認して彼女は面に出すことなく安堵した。
二人で暴れ回られたら、さすがに手を焼く。さっきあれだけ死に続けていたのに、心の方はともかく、身体と魔力はまだまだ元気である辺り、彼女の妹ながらとてつもないものだった。
「どうやら熱は下がったみたいね」
呟きと共に、冷たい紅色の光がフランドールを包み込む。
「放っておくと、また月に影響されるからね。少し大人しくしていなさい?」
混乱しているフランドールに、切りつけるような厳しさで彼女は命じた。実際、本気で抵抗されたら、多少は消耗しているとは言えこの破壊の化身を止められるかどうか、運命の悪魔にさえ自信はないのだ。


レミリアの後を引き継ぐように、へたり込んだままのフランドールの周りを薄い光がさらに覆った。
「出力を無理矢理抑えるのは、全力で放出するより疲れるのに…」
いつもの冷めた無表情のまま、パチュリーは白く細やかな指にスペルカードを淡く輝かせていた。そして、すぐに激しく咳き込み出して膝を折った。そんな友人をレミリアは抱き上げ、紙のように白い頬を伝う汗をそっと指で拭った。
「お疲れ、パチェ。『ロイヤルフレア』…太陽そのものではないけれど、月の作用を押さえ込む即席結界としては理想的ね。…少し不快だけれど」
おそらく同じ不快感を感じているに違いない妹を見下ろし、彼女は冷厳に言い放った。
「今夜の間だけはそこで我慢なさい。もしも結界を破ったりしたら、私があなたを罰するよ。私は主だけれど、あなたはまだそうではない。夜の権威は私と共にある。ツェペシュの末裔ならば、例えいかなる狂気の中にあろうと生まれながらに知っているはず」
それは、幼くもぞっとするような声だった。古き血脈の血潮そのものに溶け、受け継がれ続けてきた深く昏い闇の威厳がその中にはあった。そして、彼女はそれを生まれながらの王者としてそうあるべきように使いこなしていた。
惑乱しながらも無邪気だったフランドールの瞳に、ほんの一瞬夜そのものが灯った。そして、彼女は主たる紅魔に膝を折った。
「…分かりました、お姉様」
レミリアはそれを、冷たく苦い笑いと皮肉を湛えて見つめていた。王たるものの力を疑い、打ち倒せる者は新たな王となれる。
妹がそれを出来ないのはその資格が未だないからだけではない…そう、一番の理由は彼女が妹に与えた最も強い権威、水面に細く煌く月のように、揺れながらも消えることのない姉への愛なのだと彼女は知っていたからだ。


そして、その一方で。
「美鈴…いったい」
ナイフを構えながら、メイド長もまた当惑していた。この野獣のような気配、見えない感情、そして何より…濃密な殺気。
美鈴がこの紅魔館とその住人に殺気を向けるなど、想像したことすらなかった。いつだって一番早起きして門を磨き、うずら達の世話をし、遅番の部下を精のつく中華料理で労ってやっては幸せそうに笑っていたのだ。


ふと、美鈴の身体ががくがくと激しく揺れて殺気が薄らぎ、その唇から言葉が途切れ途切れに絞り出された。
「さ、く、や、さ、ん…と、め、ら、れ、な」
そこでぶつりと言葉が消え、殺気が蘇るのにわずか遅れてだんと足が踏み込まれた。しかし、その直前に咲夜は背後の空間を縮めて大きく退がり、時を止めて無数のナイフを投げ放った。跳弾と軌道変化を駆使して前後左右上下斜めから、全て手と足と影を狙って。
生半可な加減では止められそうにない…彼女は、美鈴を完全に動けなくするつもりだった。
銀のナイフはそんな彼女の思惑よりもなお冷酷無情に美鈴へ迫り、その肌に触れた所でぴたりと止まった。
時の流れなくしては物体は変化を行えないため、停止している内はナイフは刺さらない。しかし、動き出した瞬間には、どうせそれを止めるには手遅れなのだ。
灼熱の紅に染まった門番の全周を、無数の刃は既にびっしりと包囲していた。
「幻世『ザ・ワールド』」
宣言と共に、スペルカードが純銀色の輝きを放った。


そして、時間が動き出すと同時に彼女は絶句した。一つの長い音のような無数の音を立てて、ナイフは次々と叩き落され続けていた。
…確かに、止まった時間の中とはいえ咲夜の時間だけは動いていたのだから、その間に投げ打ったナイフにも、多少の「時間差」はあるのかも知れない。しかし、ほんの小さなそのラグを読み切って動き出した順に叩き落して行くなど、そんなのは人間業どころか妖怪業とも思えない。
そう思った瞬間、咲夜の脳裏にある事が電撃のように閃いた。
もっと何年も前、一度だけ教えてもらったことがある。美鈴が戦う時には、周囲に微弱な気を糸のように張り巡らせているのだと。そして、その気の結界に侵入するもの全てを手で触れるように感じ取れるのだと。
そう、それに違いなかった。一番最初に動き出したものからその糸に引っかかり、あるいは叩き落され、あるいは命中場所を知った美鈴がその一点に集中させた気によって弾かれたのだろう。しかし、それにしても…。
(感知と反応を本能レベルで同期させていなければそんな真似は出来ない。しかも、一瞬の間だけではなく)
どうやら、今は強化されているらしいとは言え自分は相当にこの門番を見くびっていたようだ…最後のナイフが叩き落されるのを見ながら、彼女は油断なく再びナイフを構えた。
その視線の先の美鈴には傷ひとつなかったが、さすがに呼吸が僅かながら乱れていた。
ただでさえあれだけの負傷の再生を行っているのだ、消耗は小さくあるまい。
「…思考も行動も追いつかなくなるまで叩き込めばいいわけね」
次のスペルカードを掲げた彼女の眼前で、光が瞬いた。
とうとう書き溜め分が全部消えた…(潰)どうやら第五話です。かなりアレですが、次の話までにはかなりかかりそうですが、生暖かく見守って頂ければ幸いに思います。そして、美鈴を応援されていた方々…すみません、EX化により主人公交代です(笑)


そして、この場を借りまして、第四話でフリーレスを下さった方に厚く御礼申し上げます。場面切りとは言え、やはりあまりに短過ぎましたので、今回は、今までの2話分を一度にまとめて見ました。ご助言本当にありがとうございました。


最後に、ちょっとした注釈。レミリアの飛爪と言うのは、萃夢想で彼女が使うCボタン飛び道具のことを指してます。爪っぽく見えましたので、勝手に設定。お許し下さいレミリアさ(スカーレットシュート
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