Coolier - 新生・東方創想話

prismatic concerto ~虹色の旋律に乗せて~(上)

2005/04/13 11:04:30
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それは、けして手に入らない幸せの幻想
この手のひらから零れ落ちてしまったものを幻視し
虚構の現実の中で必死に過去をつなぎとめ

私はまるでピエロのように、滑稽な舞台の上で一人踊りつづける

しかしそれは、確かに
儚くも、騒がしく、泣きたくなるほどに幸せな
大切な日常だったのだ







雲ひとつない青空。じりじりと照りつける太陽の下、幻想郷の外れも外れ、人里はなれた山奥にひっそりと佇むここ博霊神社の境内で箒を手に掃除をしている少女が一人。彼女はこれこそが巫女装束だといいはるが、おおよそ巫女が着るにふさわしいとは思えない奇抜なデザインの衣装を身にまとい、お世辞にもやる気があるとはいえない緩慢な動きで仕事を進める彼女の名は、楽園の素敵な巫女さんこと博霊霊夢。まだ年若い少女ではあるが、たった一人でこの博霊神社の管理を任されている身である。ちなみにその博霊神社はというと、今日も今日とて参拝客は無しの閑古鳥が鳴いているようなありさまである。この分だとどうやら幻想郷は今日も概ね平和なようだ。
「ふぅ・・・それにしても暑いわね」
手の平を翳しながら霊夢は空を仰ぎ見る。そこには梅雨時を過ぎ、嫌味なほどに元気を取り戻した太陽がその力を存分に主張していた。これがどこぞの吸血鬼にはたまったものではないらしく、雨にも日光にも弱い彼女は梅雨入り前と比べると最近はめっきりやってこなくなっていた。この連日のうだるような暑さに霊夢も少々疲れ気味ではあったが、おかげで厄介ごとの種が一つなくなったと思うとそう悪いものでもないかもしれないとも思うのだった。
「少し休憩しようかしら」
余りの暑さに耐えかねた霊夢はもはや完全に仕事をやる気が失せていた。ちなみに霊夢が境内の掃除に取り掛かってからまだ時刻にして十分ほどしかたっていない。したがって境内のほとんどがいまだ手付かずのままなのだが、お茶が飲みたくなったのだから仕方がない、というかどうせまともな客などこないのだから少しくらい掃除をさぼったところで問題ない、と身も蓋もない理論で自分を納得させると、さっさと太陽の下から退散しようと。
「・・・・やっぱりめったなことは考えるものじゃないわね・・・罰が当たったのかしら」
したのだが、神社の鳥居に背を向けたそのとき、まさにその鳥居の方角から騒々しい音が聞こえてきた。
騒々しい、といってもただの雑音というわけではない。それは、定められた一つの流れにのって響き渡る調律された調べ。奏者の心一つでそれは澄んだ音色にも、激しい楽にもなる。それは音楽と呼ばれるものだ。
ただ、この場合の奏者に当たる人物は、それをもっぱら騒がしくするためにしか使わない。それこそまさに、彼女等三姉妹の存在そのもののように、である。
「それにしても」
やはり罰が当たったようだと霊夢は考える。彼女にとって厄介なことに、背中越しに聞こえてくる騒音は、少しずつではあるが、だんだんとこちらに近づいてきているのだ。わざわざこんな凝った騒音を奏でる人物に、霊夢は心当たりが三人しかいなかった。だれであるにせよ三人一緒にせよ結局は「まともな客」ではないのだが、どうやらこちらに向かってきているようである以上、客の相手をしないわけにはいかない。霊夢がため息一つ、面倒くさそうに後ろに振り向くと、そこには霊夢の予想通りの知り合いが、予想とは違い一人で、ふらふらとまさに幽霊にはふさわしく、騒霊にはふさわしくない様子で鳥居の方へと向かっているところであった。
「・・・・・・」
肩をがっくりと落とし、まるで生気のない様子で近づいてくるのは、霊夢の記憶に間違いがなければ騒霊三姉妹の長女、ルナサ・プリズムリバーであった。いつもの様に彼女の周りにはやかましく音を鳴らしつづけるヴァイオリンがふわふわと浮かんでいた。遠めにもなにやら落ち込んでいる様子なのはわかるのだが、それでも演奏は止まらないらしい、器用というか、霊夢にとっては迷惑以外の何物でもなかった。落ち込んでいても演奏は騒がしいままなのね、などと霊夢がとりとめもないことを考えているうちに、ルナサは霊夢のすぐそばまでやってきていた。とりあえず鳥居は超えたのでやはり客であったようだと思い、霊夢はルナサに声をかけた。
「ちょっと」
「・・・・・」
「ちょっとあんた」
「・・・・はぁ」
自らが奏でる騒がしい音楽のせいなのか、それとも単に霊夢に気づいていないだけなのか、ルナサはため息をつきながらふわふわふらふらと境内の方へと進んでいく。暫く同じように声をかけつづけていた霊夢であったが、一向にルナサは霊夢に気づかなかった。このままでは埒があかない、少々乱暴なやり方だがこの場合仕方がないだろう。勝手に一人納得した霊夢はすその中からお札を数枚手に取ると、問答無用でそれをルナサに打ち付けた。
「へ?・・・うわぁっ!」
突然自分を襲った霊夢の弾幕に、動揺したルナサであったがそこは腐っても幻想郷の住人。とっさの判断で身をひねると見事に弾幕の隙間をすり抜けてみせた。
「あ~びっくりした」
「びっくりした、じゃない、なんでもいいけど静かにしてくれないかしら?さっきからうるさくてかなわないんだけど」
「へ?ああ」
気だるげにかけた霊夢の言葉に、さも今気づいたといわんばかりに演奏を中止するルナサ。どうやら無意識のうちに演奏をしていたらしい、とてつもなく器用だが、やっぱり霊夢にとっては迷惑以外の何物でもない。
「まったく、別にうちにくるのはかまわないけどこれからは静かにしてくれると助かるわ」
「っていつのまにかこんなところまできてたのか」
「こんなところとは酷い言い様ね・・・・いやまぁ、こんなところだけど」
「なんだ、そこにいるのは紅白じゃない」
「・・・あんた喧嘩売りに来たわけ?」
思わず弾幕ごっこを始めてしまいそうになった霊夢であったが、ため息一つで懐に伸ばした手を収めた。正直こんな暑い日に弾幕ごっこに興じる気にはなれなかったからだ。
「で、あんたはどうしてこんなところまで来たわけ?いっておくけど厄介ごとならごめんよ」
「別に好きでこんなところまできたわけじゃないんだけど・・・・はぁ」
折角いつもどおりになったかと思ったら、またため息をつき始めたルナサに思わずため息をつく霊夢。
「とりあえず、なにがあったのかは知らないけどため息つくのはやめてくれない?こっちまでため息つきたくなるから」
「注文が多いわね・・・」
そういって又肩を落とすルナサ。ルナサと霊夢は特に親しいというわけではない。というか先日の騒ぎ――あの白玉楼にとりついている、もとい住み着いている亡霊娘が春を奪うというはた迷惑な事件――以来何かにつけて行われた宴会の席で見かけたことがある程度の仲でしかない。とはいえ、霊夢の知る限りでは常に騒がしい――というか落ち込んでいても騒がしいのは変わらなかったが――彼女がここまで落ち込むとはそれなりのことがあったのだろう。しかしながら霊夢にはそれについてどうこうしようという気はない。人間、ではないが誰しも落ち込むときくらいある。そんなものにいちいちかまってはいられない。霊夢にとっては今のこの暑さの方がよほど問題なのだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・はぁ」
と、思ってはいるのだが、いかんせんこのはた迷惑な客はため息をつくばかりで、ここから動くつもりも自分から何かを言い出すつもりもないらしい。どんな客であれ、客は客、無下に追い払うのはなんとなくためらわれるのでじっと立ち尽くしていた霊夢であったが、ついにこの炎天下の中にいつづけることに限界を感じ。
「もう、暑いから中に入りなさい。お茶くらいならだしてあげるわ」
そう、折れることにした。

結局、厄介事には首を突っ込まずにはいられない霊夢であった。







プリズムリバー家といえば地元でもかなり有名な貴族の名家だった。代々貿易商を営んでいる我が家は、一代目である曾おじい様がその業を起こしてからというもの莫大な資産を蓄えつづけている。いまやその商いの規模は、西へ東へ、まさに世界中をまたにかけ、今もなおその規模は拡大しつつある。

それが、私、ルナサ・プリズムリバーが幼少の頃よりお父様に教えられてきたことであった。

私の家族は、お父様とお母様、おじい様におばあ様に、そして妹達が三人の合計八人家族である。八人というとそれなりの人数ではあるが、私の家はその程度の数は物ともしない程に大きかった。お屋敷が立派であること、これは私の自慢の一つだ。

私に自慢できることはたくさんある。その中でも一番は、やっぱり家族のことだ。お母様とおばあ様は美人だし、なによりいつも私たち姉妹に優しくしてくれる。お父様もおじい様もいつもお仕事で忙しかったけれど、それでも世界中のいろいろなところから珍しいものを手に入れてはいつも私たち姉妹にそれを見せてくれた。お父様達がいつも家に持って帰ってくるお土産の品は、私たち姉妹の楽しみでもあった。そして、三人の可愛い妹達。私たち四人姉妹がそろって歩くと、いつもみんなが可愛い可愛いといってくれた。


「ただいま、今日もお土産を持ってきたぞ」
ある日、お父様がいつもの様にお土産を手に家へと帰ってきた。
「おかえりなさいお父様、今日は何を持ってきたの?」
「私が先に見るの~」
「お父様っ、早く、早く」
「わっ、わっ、お姉ちゃん達痛いよ~」
帰ってくるなりのお父様の第一声に、私たちは群がるようにしてお父様にまとわりつく。私はもちろん、妹達も目を輝かせて、我先にと他の姉妹を押しのけてお父様にせがむ。そんな私たちの様子をみて満足げな笑みを浮かべたお父様は、しかし笑みを浮かべただけでなかなか目当ての品を見せてくれようとはしない。
「お父様~はやく~」
そんなお父様の態度に痺れを切らしたのか、妹の一人、次女のメルランがお父様をせかした。もちろん私も他の姉妹もお父様にメルランと同じ気持ちを目で訴える。
「はは、ごめんごめん。今日のはね、東の国から手に入れた珍しいものなんだよ」
そういって、お父様は手にもった鞄の中から小さな小箱を取り出した。
「あっ!私があける!」
お父様の手からいち早く小箱をひったくるようにして受け取った三女のリリカが、箱を開けるのもじれったいという風に乱暴に中身を取り出した。
「うわぁ」
それは、誰の声だったか。私の声だったか、妹の誰かか、あるいは四人ともだったのか。ともかく、それを見た瞬間、私たちはみんなそれに魅入られてしまったのだ。
「綺麗・・・」
それは、私の呟きだった。今リリカの手に収まっているのは、リリカの小さな手よりも小さな手鏡だった。もちろん、ただの鏡ではない。うちのお屋敷にはたくさんの部屋と、たくさんの鏡がある。そのどれもがとても素敵なものだった。だから、ただの鏡であったのなら、ここまで私たちが夢中になることなんてなかった。意匠の凝ったレリーフもさることならば、その鏡の一番の魅力は、鏡面が放つ不思議な彩色だった。それは確かに鏡であって、その中には私たち姉妹の顔がしっかりと映し出されている。だというのに、その鏡は虹色の光を放っているかのようにも見えるのだ。しかも、その色彩は鏡を少し傾けるたびに、まるでカレイドスコープの様に様々な輝きを放ち、その美しい変家はさながら虹色の煌きを持った川の流れのようだった。
「これはね、魔法の鏡なんだ」
「魔法の鏡?」
なるほど魔法の鏡ならこの不思議な光彩にも納得できるというものだ。
「そう、持ったものの願いをかなえてくれるものなんだよ」
「うわぁ、ほんと?」
お父様の言葉に私たち姉妹はさらに目を輝かす。こんなに綺麗なだけじゃなく、願いまでかなえてくれるなんてなんて欲張りな鏡なのだろうか。
「ねっ、ねっ、私これ欲しい!」
「あ~ずるい!私も欲しい!」
と、暫く鏡を黙って見つめていたかと思うと、リリカとメルランがそんなことを言い出した。お父様のお土産はそのときどきによって、興味をもてるもの、もてないもの、あるいは四つ数がそろっているもの、一つしかないもの、と様々であったが、四人ともがここまで興味をもって、かつ一つしかないものというのは意外と珍しいのだった。このときは言おうとしなかったけど、実はお父様のお土産は変なものが多かったりしたのだ。
「だめ~、これは私の~」
「え~ずるいよっ」
「ああ、困ったな、これは一つしかないんだよ」
いつのまにか喧嘩をはじめてしまった妹達にお父様はどうしたものかと慌てているばかり。先に鏡を手に持っていたリリカが抱え込むようにして必死に鏡を渡すまいとしているのに対し、メルランがこれまた必死にリリカから鏡を奪い取ろうとしている。ああ、困ったなぁ、こうなっちゃうと二人とも止まらないから・・・
「あっ、あの」
と、私とお父様が二人しておろおろしていると、突然私の後ろから遠慮がちな声がかかった。思わず振り向くと、四女のレイラがなにやら顔を真っ赤にしてこっちをじっと見つめていた。
「わ、私も、それ欲しい」
控えめで遠慮がちな声で、だけどしっかりと意思のこもった声でレイラが言った。そんなレイラの言葉に私もリリカもメルランも、そしてお父様もみんな驚きで思わず固まってしまった。
なぜ驚きか、それはレイラが自分から何かを欲しいといったことだった。レイラは甘えん坊で、なにより優しい子だった。だからこうやって何か取り合いが始まるといつでも誰かに譲ってしまい、自分からはけして欲しいとはいわなかった。
そんなレイラが、なんと自分から欲しいと主張したのだ。これが驚かないはずがない。そんなわけで、私達がはとが豆鉄砲を食らったような顔、をしていると。
「そっか・・・・じゃあ、これはレイラにあげるね」
と、リリカが笑顔でいった。
「うん、私もいいよ。レイラにあげる」
そんなリリカを見て、メルランも笑顔で続けた。
「いいの?」
「うん」
リリカが鏡を差し出すと、レイラがおずおずとそれを受け取った。レイラは暫くそれを眺めた後、花のような笑顔を浮かべて言うのだった。

「ありがとう、お父様、リリカお姉ちゃん、メルランお姉ちゃん」







「それで、何があったわけ?」
お茶の入った急須と、自分用の湯のみ、来客用の湯飲みを乗せたお盆を卓の上に置くと、とりあえず霊夢は自ら切り出してあげることにした。こういった手合いは自分のことを話したがっているくせに、自分からは話そうとしないので、こちら側から話しやすいように促してあげたほうがスムーズに行く。そのくらいのことがわかる程度には、霊夢も人付き合いをしてきたつもりであった。
「その・・・実は」
ただでさえ俯いていたルナサの顔がさらに下を向く。ようやくまともに話してもらえそうな雰囲気に霊夢は安堵しつつ静かに見守ることにした。
「ここの巫女の胸が絶望的に無いという話を聞いていてもたってもいられなく」
問答無用で座布団をなげ飛ばした。
「余計なお世話。というか次ふざけたことぬかしたら問答無用で祓うわよ」
「冗談なのに」
芸術的なまでに顔面にクリーンヒットした座布団を横にのけつつ残念そうな顔をするルナサ。そんなルナサに呆れてまたため息をつく霊夢。どうやら今日はため息が大安売りらしい。いや売っているのは霊夢自身だが。
「冗談いってられる余裕があるのなら大丈夫ね、さっさと帰れ」
「冗談でもいってられないとやってられないのよ」
「はぁ・・・ならさっさと言いなさい。でないと私がやってられなくなる」
本日一番の盛大なため息をつく霊夢。悩みを聞く前ですらこれだ。それではこれから話が進んでいくとどれだけ疲れることになるのだろうか。それを考えるとさらに疲れてしまう霊夢だった。
「その・・・実は、リリカと喧嘩した」
「・・・リリカって、確かあんたの妹よね」
「そうよ」
ふむ、と一人納得する霊夢。どうやらこんどこそは真面目に話す気になったらしい。
「それで、原因は?」
「その、リリカが私のヴァイオリンを壊したから」
「ヴァイオリン?」
ルナサのその言葉にきょとんとする霊夢。それもそのはずだ。なぜなら、ヴァイオリンなら今まさにルナサの手元にあるからだ。そもそも先ほどまで彼女はそのヴァイオリンを使って演奏をしていたはずでは?
「ああ、違うんだ。これじゃなくて、その、他にもヴァイオリンがあるんだ」
霊夢の表情を見てその言わんとするところを理解したのか、ルナサが慌ててそう付け加えた。
「なるほどね、それで、なんであなたの妹はそんなことをしたわけ?」
「それは・・・」
と、ルナサは今朝の状況を話し始めた。

朝起きてみると、そこではいつもの様にメルランとリリカが喧嘩、というか弾幕ごっこで遊んでいた。リリカがいつもの様に何かメルランをからかったのだろう。何かと姉にちょっかいを出すリリカに反応してメルランが攻撃を仕掛けるのはいつものことだ。騒がしいのは問題ないが危なっかしいのは問題だ。そう思い常々注意をしつづけていたルナサであったが、再三の指摘に関わらず二人は一向に毎朝の恒例行事を止める気配は無かった。もはや半ばあきらめていたルナサが騒がしい朝の光景に嘆息したそのとき、コントロールを誤ったリリカの攻撃がテーブルの上に置いてあったルナサのヴァイオリンを直撃したのだった。

「それで、リリカと言い合いになって勢いあまって出てきちゃったっていうわけ」
「・・・・」
しゅん、と肩を落としたルナサに、霊夢は呆れて物が言えなかった。
「まったく、それってそこまで落ち込むほどのことじゃないでしょう。相手はわざとじゃなかったわけだし。あなたが折れればそれで終わりじゃない」
「それはそうなんだけど・・・」
と、さらに肩を落とすルナサをみて、霊夢はため息をつかずにいられなかった。どうやらよほどのことを言ってしまったのか、それとも本人がまじめすぎるのか、罪悪感やらなにやらにはさまれて素直になりきれない様子だ。
「はぁ・・・あんたがどうしたいのかは知らないけど、ここで落ち込んでるだけじゃあ何も変わらないわよ」
「・・・・・」
「まったく・・・」
わかってはいるが踏ん切りがつかない。何かに耐えているかのようなルナサの表情がそう語っているように霊夢は思えた。しかしこれ以上は当人達の問題であって他人が口出しするような話でもない。すっかりぬるくなってしまった茶を啜りながら霊夢はルナサが決意をするのを気長に待つことにした。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・ぬるい」
「・・・・あんたがさっさと話さないからよ」
いつのまにか霊夢に習って茶を啜っているルナサ。その顔には何か決意をした彼女の思いが浮かんでいる、かに見えた。この分ならどうやら安心だろう、やっと開放される。そう思い霊夢はほっと一息つく。
「あのヴァイオリンは、特別なものなのよ」

どうやらまだまだ話は続くようだった。







あれからというもの、レイラは毎日のように鏡を見ている。どこに行くときも肌身はなさず持ちつづけているところをみると、どうやら相当にあの鏡が気に入ったようだ。
なぜだかあの日はルナサお姉ちゃんやメルランお姉ちゃん、お父様にお母様におじい様におばあ様、なんと家族皆に偉い偉いと誉められた。今まで二人のお姉ちゃん達には子供扱いされつづけ、妹のレイラにもおよそ姉らしい振る舞いをしてこなかったわけだが、メルランお姉ちゃんとはいつも喧嘩になってしまうのにレイラにはああもすんなりと欲しかった鏡を渡すことができた。なるほど確かにいつもわがままばかりの私が今回ばかりはとても大人な行動だったと思う。どうやらようやく、私ことリリカ・プリズムリバーも立派なお姉さんになれたようだ。そう考えるととても楽しい気持ちになる。レイラも嬉しそうで、私も皆に誉められた。これほど素晴らしいことは無い。なるほどこうすると誉められるのか、次からは間違えないようにしよう。
そんなこんなで、私が思わずスキップをしてしまいそうになりながら浮かれた気持ちで廊下を歩いていると、どうやら浮かれすぎていたらしい、曲がり角からやってきた人影に気づかずに正面からぶつかってしまった。
「「きゃっ」」
まるで鏡合わせのように見事に同じタイミングで二人してしりもちをつくと、その小さな悲鳴も見事にユニゾンした。唯一二人の間で違っていたことといえば、私がぶつかった相手の手から、小さな鏡が零れ落ちたことだった。
「わっわっ、ごめんなさい。大丈夫?レイラ」
その鏡を見れば顔を上げずともぶつかった相手などはすぐにわかる。私は目の前の妹にすぐさま謝罪の言葉をかけた。
「・・・・レイラ?」
と、なぜか私の言葉に反応もせず、レイラは床のある一点を凝視している。もちろんその視線は、先ほどレイラが落とした鏡に向けられていた。
「ああっ!ごめんね!鏡、大丈夫かな?」
私はとっさに鏡を拾い上げると、どこか壊れているところはないか、特にその鏡面を丹念に調べた。よかった、どこも壊れてはいないようだ。私はほっと一息つくと、レイラに鏡を手渡した。
「よかったね、どこも壊れてないよ」
折角お姉さんらしいところをみせたばかりだというのに、ここで鏡を壊してしまっては台無しになってしまう。そんなことも杞憂に終わり私はとびっきりの笑顔でレイラの反応を待っていたのだが、どうにも先ほどからレイラは反応が薄い。鏡を受け取ってからというもの一向に俯いたまま一言も言葉を発しないレイラの表情を伺おうと私がレイラの顔をのぞきこもうとすると。
「力・・・想い・・・足りない」
突然、レイラがよくわからないことを呟いた。私には正直よく聞き取れなかったのだが、それでもレイラは確かに妙なことを言っていたと思う。そんなレイラの言動に不安を感じた私が、レイラに呼びかけると。
「え?あ、リリカお姉ちゃん。ごめんなさい、大丈夫だった?」
まるで、今の今まで私の存在に気づいていなかったかのようにレイラは答えた。
「あ、うん。私は大丈夫だよ」
そのレイラの態度に私はなんだか府に落ちないものを感じていたが、当のレイラ本人はいたって普通で特に気にしている様子はない。なんだろうか、レイラは普段から大人しい子ではあったが、こういう風にぽけっとするようなことはなかったはずだが?
「ごめんなさい、私が鏡を見ながら歩いてたから・・・」
「へ?そ、そんなことないよっ!私だって浮かれてたし」
「浮かれてたって?」
「うっ・・・えっと・・・それは」
考え事をしている最中に声をかけられたせいか、私は慌ててついつい言わなくてもいいことを口走ってしまった。これは大失敗だ。正直浮かれていた理由なんて恥ずかしくていえたものではない。そんなことを言ってしまった時点で折角築いた私の姉としての威厳は即座に失墜してしまうだろう。そんなわけでとりあえず曖昧に返しておいたら、レイラは少しむくれた顔をして抗議をしてきた。しかしそんな顔をされると私のいたずら心が刺激される。あえて教えようか教えないかの境界で曖昧に揺れることによって相手の興味をそそろうとする。なぜかいつの間にやら自分が優位にたってしまっているようだ。そんな妹の可愛さに、さっきのはきっと気のせいだと自分に思い込ませると、私はレイラとしばし戯れるのだった。


それからというもの、レイラが一日鏡を眺める時間がどんどん長くなっていった。







「はぁ~・・・う~」
「ほらほら、そんなに落ち込まないの」
「だって~」
姉のメルランの慰めの言葉も空しく、リリカは肩を落としながらずっとため息をついたり唸ったりを繰り返していた。彼女は朝からずっとこんな調子である。一方メルランはというと、妹のことを心配しているのかどうなのかわからないようなお気楽な調子で、大丈夫大丈夫と繰り返していた。彼女も朝からずっとこんな調子である。ちなみに、彼女等が常に持ち歩いている楽器たちは、奏者のことなどお構いなしといわんばかりに騒がしく演奏をし続けていた。これらも朝から変わらずこんな調子である。
「大丈夫だって、どうせ姉さんだって勢いで言っちゃっただけだから。ほっとけば向こうから謝ってくるわよ」
「それはそうだろうけど~・・・ああもうっ!」
と、突然頭を抱えて暴れだすリリカ。すると、そんな彼女の様子に合わせて楽器たちもさらに騒がしさを増した。どうやらこの楽器たち、奏者の様子に合わせて騒がしさを増す程度の能力は備えているらしい。そんな妹の様子を、メルランは相変わらず楽しそうに見ている。やはり心配などしていないかもしれなかった。
「大丈夫大丈夫。それに、ちゃんと直せば姉さんだって許してくれるよ」
「お~い」
「でも直せなかったらどうするの?」
「大丈夫よ。なんとかなるわ、きっと」
「おい、そこの二人!」
「ほんと、姉さんは気楽でいいよね~」
「おい!無視するな~」
「何言ってるの。人生前向きに考えなきゃ、生きてないけど」
「おいってば!」
「はいどちら様?」
「ってうわぁ!」
今まで完璧に無視されていたにも関わらず突然声をかけられたことに驚き、先ほどから二人に声をかけつづけていた少女は、思わず箒からずり落ちそうになった。
「あ~びっくりした。あんまり普通に無視するから聞こえてないのかと思ったぜ」
片手で帽子を抑えつつ崩れた体制を整え、改めてしっかりと箒に乗りなおす少女。この炎天下の中全身みるからに暑そうな黒を基調とした衣服を身にまとい、とんがり帽子をかぶった彼女の名は霧雨魔理沙。見ての通りの魔女である。
「あら、そこなところにいるのはリリカのお友達じゃない。何でまたあなたがいるわけ?」
そんな魔理沙の様子を歯牙にもかけずに平然と話し掛けるメルラン。そんなメルランに魔理沙は無言で真下を指差すことで答えた。その指し示す先には、森の中にぽっかりと浮かぶように一軒の家が建っている。
「あのこぢんまりとした家がどうかしたの?」
「こぢんまりとしてて悪かったな。あれは私の家だ。それで、ここは私の家の真上だ。とりあえず人の家の上で騒ぐのはやめて欲しいんだが」
「あら、あなたはこういうのは好きなんじゃなかったかしら」
「私は賑やかなのは好きだが騒がしいのは好きじゃないぜ」
「あらそう」
メルランは魔理沙の言葉に素直に従うと、彼女の周りを騒がしく音を出しながら動き回っていたトランペットの動きを止めた。ついでにリリカにも演奏を止めるように促すと、リリカは無言のまま楽器の動きを止めた。そんな二人の様子に、魔理沙はほっと一息つく。
「やっと静かになったぜ。今度からは少なくとも私の家の周りでは騒がしくしないでくれると助かる」
「善処するわ」
「って、今日は一人少ないんだな。それに一人は珍しく大人しいし、本体だけだが」
先ほどから一言も口を挟もうとしないリリカを、ものめずらしそうな表情で見やる魔理沙。
「余計なお世話」
そんな魔理沙に一言だけ返答すると、リリカはまたもや落ち込んだように肩を落とした。
「このこったら朝からずっとこんな調子なのよ~」
「何かあったのか?」
「実は、かくかくしかじかで落ち込んでるの」
「そりゃ災難だったな」
「そうなのよ」
「で、何があったんだ?」
「実はあ~んなことやこ~んなことがあって」
「嗚呼、それは大変だぜ。落ち込むのも無理はない」
「・・・・・・はぁ」
魔理沙とメルランの漫才じみた問答を見ても、ため息をつくばかりで全くのってこないリリカに、魔理沙まで思わずため息をつく。騒がしいのは好きじゃないが賑やかなのが好きな彼女は、辛気臭いのは嫌いだった。そういうわけで、今のリリカのような態度を見ているとどうにも面白くないのだ。
「まったく、何の悩みか知らないが相談くらいなら乗るぜ?友達のよしみだ」
「ほんとに!?」
「うわっ、なんだおまえ・・・元気じゃないか」
魔理沙の言葉を聞くや否や突然元気になったリリカに、驚き半分呆れ半分で返す魔理沙。なんとも調子のいいことで、リリカは先ほどとはうって変わって次々とやつぎはやに朝の状況を話し始めた。
「おいおい、そんなに早口で言われても困るぜ。もっとゆっくりしゃべってくれ」
「も~、ちゃんと聞いてるの?」
「おまえなぁ・・・」
そんなリリカの様子にがっくりと肩を落とす魔理沙。もしかしたら自分ははめられたのかもしれない。そんな考えも頭をよぎったが、自分から首をつっこんだ以上今更話を聞かない、などとはいえない。なんだか腑に落ちないものがあったが、仕方が無いので魔理沙はリリカの話を聞くことにした。

「ふむ、つまりはこのヴァイオリンがなおればいいんだな?」
そう言う魔理沙の手の中には一つのとても年季の入っていそうなヴァイオリンが収まっていた。たった今メルランから手渡されたものだ。しかしそれは、ヴァイオリンではなく正確にはヴァイオリンだったもの、である。要するに、そのヴァイオリンは壊れているのであった。しかもその本体は真中から真っ二つに破壊されており、弦もその全てが切れてしまっている。とてもじゃないが楽器として機能するとは思えない。そんなヴァイオリンを見て、さてどうしたものかと魔理沙は思案に暮れていた。
「どう?なんとかなりそう?」
「なるぜ」
「ほんとに!?」
不安そうな表情から一転してリリカはぱっと明るい表情をつくった。そんなリリカを一瞥すると、魔理沙は難しい顔になって再び黙りこんでしまう。
実際、直すだけならなんとかなる。無機物の修復はそんなに難しい施術ではないし、まだこのヴァイオリンが壊れてからそれほど時間がたっていないのが幸いした。その魔法は時間がたてばたつほど成功率が低くなるからだ。それはいい、だがしかし、一つだけ問題がある。それをどうにかしない限り魔理沙の能力の範囲内ではどうにもできない。
「何か問題でもあるの?」
と、魔理沙が突然黙り込んでしまったことで思い至ったのか、相変わらずの気軽な調子でメルランが魔理沙に問うた。
「ああ、ありありだぜ。だがまぁ、心当たりが無いわけでもない」
「心当たり?」
「あんまり気は乗らないけどな」
むぅ、となぜか唸りだした魔理沙に不安げに顔を曇らすリリカ。そんなリリカを見て、魔理沙は少し慌てた調子で付け加えた。
「あ~でも大丈夫だ、多分。なんとかなるだろう」
「それじゃあ・・・」
「ああ、なんとかしてやるぜ」
なんとなく胸を張りながら答える魔理沙にリリカは満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
「よかったね、リリカ。やっぱり持つべきものは友達ね」
「うん、持つべきものは友達だ~」
「はは・・・」

全く調子のいいやつらだ、そんなことを思いながらも、魔理沙は心当たりの人物に頼み込むための算段に頭を悩ませるのであった。







「レイラ、レイラ!れ~い~ら~っ!」
「へ?あ、メルランお姉ちゃん」
「あ、メルランお姉ちゃん、じゃないよ~。さっきから何度も呼んでるのに全然気づかないんだから」
まったく、と呆れる私にレイラはごめんなさいとその顔に苦笑いを浮かべつつ謝った。
「もう、そんなに鏡見るのが楽しいの?」
「えっ、あ、うん、楽しいよ」
「?」
なぜだか歯切れの悪い妹の言葉に、なんとなく違和感を覚える。どうしたのだろうか?以前ならもっと幸せそうに、楽しいと断言していたと思う。それが、レイラの態度はまるで本当は楽しくないと思っているような、楽しいと思い込もうとしているかのような、不思議なものだった。
それにしても、最近レイラは鏡をみてばかりのような気がする。お食事の時も、お稽古の時も、外に出るときも、お屋敷の中にいるときも、私たちと一緒にいるときも、そして一人のときも。なるほどこう考えていると、どうやら本当にいつでも鏡を見ているようだ。しかしやっぱりよくわからない。どうしてレイラはこんなにも鏡に入れ込んでしまったのだろうか?確かにレイラは普段から特別物を欲しがったりしない子である。そんなレイラがこの鏡にだけは特別な興味を抱いたのだ。それならレイラが鏡を大切にするのも頷けるというものだ。しかし、だからといってここまではまってしまうものなのだろうか?
どうやらいつのまにかまた鏡を見始めてしまったらしいレイラに呆れながらも、私はレイラに習って、レイラの手元にある鏡を見てみることにした。
やっぱり綺麗だ、とは思う。鏡に浮かぶ虹色の不思議な色合いは、けして同じ色を保ちつづけることなく、常に新しい顔を見せる。それは一体どんな業のなせるものなのか。お父様はこれを魔法の鏡といっていた。確かにこの鏡なら、魔法の鏡というのも嘘ではないかもしれない。それくらいに魅力的な鏡だ。しかし、それでも所詮鏡は鏡。それこそレイラの様にいつまで眺めていても飽きないというほどの物では無いと私は思う。やっぱりレイラは少し夢中になりすぎだ。
「レイラっ、レイラ?」
いい加減鏡を見つづけるのに飽きた私がレイラに話し掛けようとすると、レイラは先ほどの様に何の反応も示さずにじっと鏡を見つめるままだった。
「も~う、そんなに鏡ばっかり見てると、いつか鏡の国に連れていかれちゃうんだから」
そんなレイラに、私は昔読んだ童話を思い出し、その童話の中にあった台詞を借りて少しばかり冗談を言ってみた。すると
「・・・え?」
レイラはそんな私の冗談に、その目を大きく見開いて、ビクっと大袈裟に肩を震わせた。
「レッ、レイラ?・・・大丈夫?」
まさかこれほど驚くとは思っていなかった私は、慌てて声をかけた。
「え、あ、うん。大丈夫、大丈夫だよ」
「レイラ?なにかあったの?」
あまりに不自然な様子の妹に、私はすごく心配になる。一体レイラはどうしてしまったというのだろうか?
「レイラ?本当に大丈夫なの?」
「うん、私は大丈夫だから。それよりお姉ちゃんはどうして?」
「へ?あ、うん。お食事の時間になってもレイラがこないから、呼びに来たんだけど」
「あ!ごめんなさい、ついぼ~っとしちゃって。それじゃあ早く行かなくちゃ、皆きっと待ってるよ」
「えっと、うん、そうだね・・・」
なんだか上手くごまかされたような気もするが、レイラは大丈夫といって聞かなかった。なんだかよくわからないけど、レイラがそういうのならきっと大丈夫なのだろう。こういうことは、悪く考えると悪くなってしまう。だからきっと大丈夫。そう、大丈夫なのだ。少し前を歩くレイラの後ろ姿を見ながら、私はそう納得するのだった。


しかし、レイラの様子は日に日に悪くなっていき事態は悪くなる一方だった。
歯車は狂いはじめていた、誰にも気づかれることなく







「よ~し、着いたぜ」
「ここどこ?」
「どこ?」
心当たりのところに行く、という魔理沙に従い三人がやってきたのは、ぐるっと見渡す限り森に囲まれた中、これまた不自然に円く切り取られた森の中心に家が一軒だけ建てられているという辺鄙な場所。
「アリスの家だ」
そう、ここは魔法の森の外れ、魔理沙と同じ魔法使いである七色の人形遣いアリス・マーガトロイドの住居、マーガトロイド邸。その上空であった。
「アリスって、あのいつも人形とばかりしゃべってる人?」
「ああ、あのいっつも一人で友達のいなそうな人~?」
「そうだぜ」
「ってこら!人の家の上でまたずいぶんなことを言ってくれるじゃないの」
突然会話に割り込んできた声に、三人が地上を見やると、そこには館の主人であるアリスが人形を引き連れながら不機嫌そうな顔で空を睨んでいた。
「事実だぜ」
魔理沙の容赦ない一言に、よく見ると心なしか顔が引きつっているかのように見られるアリス。そんな彼女の周りを囲っている人形の数が増えているのは、よく見なくても明らかだった。
「ああそう、つまりあんたはわざわざこんなところまで喧嘩を売りにきたわけね」
「違うぜ。売りに来たのは厄介事だ」
「どっちだって同じよ!」
どうやら怒りのボルテージが臨界点を超えてしまったらしい。アリスの怒号とともに、彼女の周りを取り巻いていた人形達がいっせいに動き出し、その全てが大小さまざまな弾幕を打ち出した。
「うわっと、たまに会いに来た知り合いに対する歓迎にしては酷いぜ」
「たまに来るたびに勝手に人の家に入り込んでは物を取っていくようなやつにはこれで十分よっ!って避けるんじゃないわよ!」
「それは無理な注文だぜ」
指揮者であるアリスを中心に、綺麗に隊列を組んだ人形達が、まるでワルツを踊っているかのように飛び回りながら魔理沙に向かって攻撃をしかける。しかしそのことごとくを、魔理沙は箒の先を後ろをと少しずつ動かしながら、器用に避けていく。どれだけ激しい攻撃であれ、アリスが地上から攻撃を仕掛けている以上、その攻撃は直線的な物にしかならない。ただでさえ直線的な弾幕を好んで使用するアリスの攻撃を避けるのは魔理沙には容易いことであった。とはいえ、それも今のままであれば、の話であり。どうやら軽々と自らの攻撃をかわしている魔理沙にアリスの機嫌はどんどん悪くなっているようだ。アリスがもしこれ以上攻撃を激しくするつもりならば、もしスペルカードを使いはじめたら、魔理沙とて余裕でいられなくなる。自分からけしかけたこととはいえ、これ以上ややこしいことになるのもあれだ。さてどうしたものかと魔理沙が考えていると。
「あ、あの!さっきは失礼なこといってごめんなさい!でも話を聞いて欲しいんです!」
リリカの悲痛な叫びが二人の弾幕ごっこに横槍を入れた。
「何?どういうこと?」
リリカの叫びは二人の動きを止める程度の効果はあったらしい。とりあえず一旦攻撃を止めたアリスは、訝しげな表情で魔理沙に問うた。ちなみに人形達は臨戦体制のままである。
「あ~、実はそれなんだが」
こちらもわずかばかり驚いた様子の魔理沙は、突然のアリスの言葉に思わず言葉が詰まってしまっているようだ。
「はぁ、まぁいいわ。とりあえず降りてきなさいよ。このままじゃ首が痛くなるわ」
なにやら疲れた表情で、アリスが促すと、三人は素直にアリスの前に降り立った。ひらりと箒から飛び降り、ふわりと着地した魔理沙とリリカ、メルランが改めてアリスに向き直ると、リリカがおずおずとその手にもっていたヴァイオリンをアリスに手渡した。
「何これ?ヴァイオリン?また派手に壊れてるのね」
「はい。実はこれを直して欲しいんです」
「それで、どうして私がそんなことしなくちゃならないのよ」
「そういうこというから友達が少ないんだぜ」
「うるさい余計なお世話よ!そういうことじゃなくて、これくらいならあんた一人でもできるでしょうってことよ!」
「あ~、それは」
と、アリスの言葉を受けた魔理沙は、何故だかばつが悪そうに頬を掻く。
「いや実は、魔方陣を忘れたんだ」
「は?」
「あ~ほら、私は物を直したりはしないからな」
「ああそう、確かにあんたはどちらかといういと壊すほう専門だもんね」
あはは、と乾いた笑いを浮かべながらごまかす魔理沙に、アリスは呆れ顔を浮かべつつうな垂れた。ちなみに、物体の修復魔法は初歩の初歩であり、もちろんアリスも破損した人形の手入れなどのために習得はしている。
「あの~、それで、協力していただけるのでしょうか?」
「してくれるの~?」
「えっ?ああそれは」
いつのまにか置き去りにしてしまっていた当人達から声をかけられ一瞬戸惑ってしまうアリス。正直、この程度のことであったら別に協力を拒む理由は無い。ただこの流れからすると魔理沙は確実に家に上がるだろう。間違いない。そう考えるとどうしてもしり込みしてしまうアリスであったが。
「お願いしますっ!」
「お願い~」
どうにも真剣味の感じられないメルランはともかく、まるで今にも泣き出してしまいそうな顔をしているリリカを見ると、アリストしても断ることなどできそうにも無かった。
「はぁ、全く。しょうがないから協力してあげるわよ。ただし魔理沙。家の中のものを勝手に物色したらただじゃおかないから」
「ああ、善処するぜ」
「あのねぇ」
「わ~い!やったー!ありがとー」
「ってうわっ」
少しもこちらの意を汲もうという気が無いらしい魔理沙に、アリスが脱力すると、突然リリカが大声でその喜びの気持ちを表した。言葉もなぜか敬体から常体に移っており、先ほどのしおらしい態度とは大違いである。
「よかったわね、リリカ」
「うん、さすが魔法使いだね~」
「そうね、やっぱり持つべきものは魔法使いね」
「何よこれ・・・」
お気楽そうなメルランの態度は何も変わってはいないが、いきなり態度が変貌したリリカに戸惑いを隠せないアリス。というかこれはもしかして
「騙されたのかしら、私」
「まだまだ修行が足りないぜ」
意地の悪そうな笑みを浮かべながら肩を叩く魔理沙に、アリスは完全に頭を抱えてしまった。

アリス・マーガトロイド、彼女はどうやらお人よしなだけでなく非常に素直でもあるようだった







この手に収まっている小さな手鏡は、私の大切な大切な宝物だ。
お父様が持ってきて、お姉ちゃん達が譲ってくれた鏡。初めて勇気を出して、お父様のお土産を欲しいといった私の一言に、皆とても嬉しそうな顔をしていた。だから私は、そんなみんなの優しさが嬉しくて、この鏡は絶対に大事にしようと心に誓ったのだ。
だけど最近、私はこの鏡のことが怖い。気が付くと鏡を覗き込んでは、周りのことが見えなくなることがある。家族の皆に話し掛けられても気づかなくなることが多くなったのだ。それに、近頃は突然不思議な声が聞こえることもある。何を言っているのか意味はよくわからなかったが、その声は間違いなく私に語りかけていた。
ふと、ついこの間メルランお姉ちゃんに言われた言葉が頭をよぎる。鏡の世界に連れて行かれる、というその言葉が。
そうきっと、この鏡は魔法の鏡なのだ。それはお父様やお姉ちゃん達が思っているような冗談半分のものではなく、本当に本物の魔法の鏡。
そういえば最近、お父様のお仕事が上手くいっていないという話をお姉ちゃん達から聞いた。お姉ちゃん達の話には難しい言葉が多くて私にはよくわからなかったのだが、確かにお父様も、ここのところずっと家にいて、お仕事にいっているような様子も見られない。ああ、もしかしたらこれもこの鏡のせいなのだろうか?この鏡は、私たちを不幸にする呪われた鏡なのだろうか?
いくら考えても、私には何もわからなかった。
ただ一つわかるのは、私はこの鏡が怖くて怖くて仕方がないということ。いつか本当にこの鏡に飲み込まれてしまうのではないか?そう考えると、とても誰にもこのことを話せそうになかった。まるで、そのことが引き金になってしまうかのように思えて。
誰かに相談することもできず、鏡を手放すこともできず。私は一人おびえつづける日々が続いた。




突然、夜中に目が覚めた。同時に、心臓が狂ったように私の胸を打ちつけた。
「っつ・・・あぅ・」
真夜中に起こった突然の出来事に、私の頭は対応しきれない。呼吸をするのも困難な状態に私は小さくうめき声をもらしながら、とっさに胸を抑えた。
「っう・・あ・・・はぁ・・はぁ」
私がベットの中でうずくまりながら、暫くじっと耐えていると段段と心臓の鼓動は正常なリズムへと戻っていった。
何度か深呼吸をすると、ようやく体は落ち着いてくれたようだ。急な事態に混乱した体は、全身に汗をかき服が肌に張り付くような感覚がして気持ちが悪かったが、今はそんなことを考えている場合ではない。とにかく私は混乱した頭を整理するために、今の状況について考えをめぐらす。このようなことは少なくとも今までは一度もなかった。だから原因はわからないが、体はまるで激しい運動をした後のような感じで、酷くだるさを覚える。それに先ほどもなんだか体の奥底にあった熱が奪われていったような、そんな不思議な感覚があった。
私が困惑しながらも必死に頭を働かせていると、ふと、頭に誰かの声が響いたような気がした。
またもやの突然なことに、私の心臓はどきりと大きく鼓動を打つ。だがしかし、今の声には聞き覚えがある。
そう、それは時折聞こえてくる鏡からの声と同じ声であった。おかしい、今鏡は私の手の中にはないのに。
もしかしてまた何かよくないことが起こるのだろうか?そんな恐怖に私は泣きそうになりながらも、ベットから起き上がるといつも鏡を置いておくことにしてある方に目を凝らす。
「えっ?」
一瞬、私は自分の目を疑った。慌てて部屋の明かりをつけると、改めて同じ場所に視線をやる。しかし何度見ても、やはりその場所には鏡はなかった。
「そんな・・・どうして?」
予想外の事態に私の頭は混乱を極める。私は今まで一度も鏡を置く場所をたがえたことはなかった。そして、気が付かないうちに鏡を手に取っていることはあっても、置いておいた鏡がなくなってしまうことなど今までなかったことなのだ!それなのに!
「いやあああぁぁぁああっ!」
と、私が恐怖で震え出したそのとき、どこからの声かはわからなかったが、突然の悲鳴が響き渡った。その声が誰のものかはわからない。だけど私は確実に現実へと手を伸ばした悪夢に、この身を震わせながらも部屋を飛び出したのだった。


正直どこへ向かえばいいのかなどわからなかった。ただ自分の感覚の赴くままに、私は着実に悪夢との距離を縮めていった。
そして私は、ついに廊下で震えながらとある部屋の中を凝視している人影を発見した。
「ルナサお姉ちゃん!メルランお姉ちゃん!リリカお姉ちゃん!」
「レイラ!?だめっ!」
「え?」
私のことを確認したルナサお姉ちゃんが、必死に首を振って私をこさせまいとしていたが、私はもう「それ」を見てしまった。
「あ・・あ・・」
部屋の中、水音を響かせながら蠢いている黒い影に私は言葉を失う。今私の目に映っているのは悪夢の具現。ただ人の倍以上もありそうな巨躯に翼を生やしたその姿は、まさに悪魔そのもの。そしてその悪魔はこちらに背を向けながら、なにやら体を折り曲げて、盛んに水音を立てている。水音?
「いや・・・いやぁ・・」
大きく見開いた目からぽろぽろと涙の粒を零しながら、その光景を見つづけているルナサお姉ちゃんを見て、私はぺたんと腰を落とした。
私たちの目の前にある部屋。そう、ここはお父様の部屋だった。そしてあの悪魔の足元に転がっているものは?
「いやっ・・・いやああぁ!」
あまりに急な凄惨な現実に、私は耐え切れず悲鳴を上げる。
あのぴくりとも動かないものがお父様だというのなら、あの悪魔が啜っているものはお父様の血?それならあの悪魔は、お父様を食べているとでもいうのだろうか。
現実となった恐怖と、認めたくない事実に、私はただただ呆然と目の前で繰り広げられる残酷な光景を見つづけるしかなかった。
「力・・・足りぬ」
「・・・え?」
突然、動きを止めたかと思うと、悪魔はなにやら言葉をしゃべり出す。そしてその頭をぐるりと回し、こちらに振り向いた。その行動に、私はびくりと肩を振るわせる。悪魔がこちらを見ている、その深くまるで深遠の闇のように色のない瞳に、私はまるでその場に縫い付けられたかのように身動きをとることができなかった。
「力が・・・足りぬ・・・生贄を」
「あ、あぁああぁ」
「力を・・・寄越せ!」
「あ、あ、ああぁあ!うわああぁぁあ!」
言葉がなくても、その姿を見ただけできっと私は理解しただろう。たった今、悪魔の標的は移ったのだ。私たち姉妹へと。
「ひっ!いやっ、いやぁ!」
悪魔の意図に気づいたお姉ちゃん達が懸命に逃げようともがく。しかし、恐怖ですくんでしまったのか、誰一人として立ち上がることはできなかった。せめてもの抵抗として、私はしりもちをついた体制のままずりずりと背後へとあとずさる。そんな私たちを、少しずつ、少しずつ悪魔は追い詰めていく。こつんと、背中に固い感触が伝わった。確認するまでもなく、壁までたどり着いてしまったのだ。もう逃げ場はない。
「リリカ!リリカ逃げて!」
と、先ほどから微動だにしていなかったリリカお姉ちゃんに向かってルナサお姉ちゃんが声を張り上げる。しかし、そんな声にもリリカお姉ちゃんは全く反応しない。目の前の余りの光景に対応しきれていないのかもしれない。そんなお姉ちゃんのことを最初の標的と定めたのか、悪魔はじりじりとその足をリリカお姉ちゃんの方へと進めていく。
「リリカ!」
「リリカお姉ちゃん!」
「・・・・」
リリカお姉ちゃんの目前には、既に悪魔があと一歩というところまで迫ってきてしまっている。このままではリリカお姉ちゃんが悪魔に殺されてしまう!どうしたらいいの?このままじゃ!このままじゃ!
「力・・・渡してもらう」
「リリカっ!」
「リリカァァっ!」
辺りに二人の絶叫が木霊し、まるでその声を引き金にしたかのように、悪魔はその腕を振り上げる。そしてそのままリリカお姉ちゃんに向かってその死神の鎌をふりおろ

「いやあああああああああああぁぁっぁぁぁぁぁあああぁぁっ!!!」

見渡す限りを、白い光が埋め尽くした。
「ぐああぁ!これは・・・宿主か!まさか・・・これほどとは!・・・ぐおおおお!」
その白い光に飲まれ、悪魔は苦しそうにうめき声をあげ始める。
突然の出来事に、私は一体何がどうなっているのかわからなかった。私を中心として放出される白い光。まるで体の中から何かが溢れるような感覚に翻弄されるばかりで、それでもとにかく、私は夢中で祈っていた。お姉ちゃんを助けて!お願い!お願い!!
「ぬああ・・まだだ!まだ!・・・ぐああああぁぁ!!」
私の想いに呼応するかの様にいっそう激しさを増す光に、ついに耐え切れなくなったのか、ひときわ大きな叫び声とともに悪魔は跡形もなく消滅した。
「・・・・消えた?」
光がやみ、しんと静まり返った中に、誰かの呟きが響いた。たった今まで悪魔のいた場所は、まるで初めからそこには何もいなかったかのように、何一つとして痕跡と思われるようなものは残っていなかった。しかし、部屋の中にはしっかりと、お父様だったものが横たわっており、これが悪夢などではなく現実なのであるということを、私にいやでも思い出させる。

驚異が消え去った安堵と、未だ受け入れきれぬ現実に、私達は声も上げずたださめざめと泣きつづけることしかできなかった。





結局、あの日の夜生き残ったのは私たち姉妹だけだった。他の家族は皆例外なく無残な姿で発見された。
あの夜以来、私の周りはめまぐるしく変化していった。
最近、どうやらお父様が家にいる時間が多くなったのは、お仕事で失敗をしてしまったからであるらしく、代々築き上げてきた地位も、莫大な量残っていた資産もそのほとんどが失われていた。身よりも、資産も全て失ってしまった私たちは、一人、一人と親戚の家に引き取られたり、養子に取られたりしていった。

しかし、私だけは、その変化を受け入れることもできずに一人部屋でうずくまるばかりであった。その手に、壊れた鏡を握り締めながら。
どうもはじめまして
思ったよりも長くなってしまったので二つに分けてみました

彼女達の物語はもう暫く続きます
稚拙な文章ではありますが、しばしお付き合いいただければ幸いです
SHO
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