この話は「リグルの狂気 そして彼女は狂気に堕ちる」の続きです。駄文ですがそちらの方を先に読ん
で頂いたほうがわかりやすいかと。
それでは蟲に寄生された蟲の末路、どうぞご堪能あれ。
そのつながり編
何時間、こうして体を丸め深遠の中にいなくてはならないのだろう。
自分を抱く形でそこに居るリグルは薄くなってきた思考で考える。
自分が、他の人間や妖怪を弄るために犠牲にしてきたもの。
それは、自分の
自我。
失っていった、ではない。
一挙に失った。だ。
自分の中に芽吹かせてしまった本当の狂気は自分が仮初めの狂気を味わうたび、成長していった。
そして、
今、心だけでなく、体までのっとられた。
自分の死に方は、他でもない自我の損失。
ここで[リグル・ナイトバグ]という妖怪は消え、代わりに自分をのっとっている[何か]が、幻想郷に存
在することになる。
その死に様は、
地獄の業火で焼かれるよりも、
悠久の海へ水没するよりも、
悪魔に嬲り殺されるよりも、
よりいっそう酷い気がした。
なぜなら、自分は死んだと思っても、自分の肉体は生きているから。
しかし、そこまで考えて、自分にはどうしようもない、という考えに至った。
その思考はだんだん闇の中へ埋没していく。
もはや何もかもどうでもいい。
「…貴方は誰?」
レミリアは厨房で茶を淹れていた美鈴に向かって問いかける。
紅魔館。
咲夜とパチェリー、フランドールはさぞ驚いたことだろう。
今まで屍のように何も喋らず、これといった動作もしなかったレミリアが
「咲夜、厨房に行くわよ。」
立ち上がり、いつもの我侭な駄々っ子のような口調でそう言ったのだ。
驚かないほうがおかしい。
パチェリーなど驚きの余り失神してしまったくらいだ。
やれやれ。
パチェリーはフランドールに任せ、永遠に幼き紅い月と完璧で瀟洒な従者(今はとり見出し気味)は厨
房に向かったのだった。
「誰って…美鈴ですけど?どうしたんですか?お嬢様?」
白々しく嘘をつく、が、如何せんレミリアは真実を知っている。
「…嘘はつかないほうが身のためよ。どっちにしろ殺すけど。」
(どっちにしろ殺すんですか!?)
美鈴の性格までコピーしているため出てきたツッコミを心の中だけで言うに留まり
近くの開け放たれたままの通気口、
(ラッキィ~~!)
(しまった!)
美鈴は、いや、形態模写は蟲形態に変化、
レミリアが走り出した頃には既に外に逃げ出した後だった。
「紫…この状況、どう解釈すればいいと思う?」
「さあ?全っ然わかんない。」
確かに。
紫の見解は当たっている。
今目の前のリグルは、
リグルだった生き物は、
もはや自我があるとは思えない。
ただ本能に従い、自分の敵と判断したものには情け容赦のない鉄槌をお見舞いする。
そんな第一印象を受ける生き物だった。
劫聯燐。
それがソレの名。
蜂の両翼のごとき羽。
指の先の爪は半幽霊の剣とも張り合えそうだ。
背からは始めからついていた腕以外の蜘蛛の腕を思わせるものが計四本、生えている。
蝶のような触覚がいつの間にかもう二本、頭から生えていた。
蟲神。
全ての蟲の頂点に君臨する、絶対的存在。
どういうわけかは知らないが、リグルがそうなったのだ。
もはやリグルだとは判別できないが。
「どうする?霊夢?」
ばっちり隙間に逃げ込む準備をしながら霊夢に訊く。
「もちろん、止めるッ!」
あんなものをほうって置いたら、幻想郷がどうなることやら。
そのことを懸念しての言葉だった。
「うッがああああぁああぁああああ!!!」
劫聯燐は一声咆哮すると、
体を丸め、
次の瞬間には霊夢の三寸目の前に奴の顔、
「ッく!!」
身をひねり寸前でかわす。
羽の羽ばたく速度が速すぎるために周りに衝撃波を起こし、木々をなぎ倒していく。
「ちょッ、紫!のうのうと見てないで手伝いなさいよ!」
隙間から観戦を決め込んでいるらしい、扇片手に妖しい笑みを浮かべながらこっちを見ている紫を怒鳴
りつける。
「そんなこと言ってる暇あるの?ほら、来たわよ。」
―後で覚えてろ。―
劫聯燐の蜘蛛の手と普通の腕、計6本の腕による猛襲を裁きながら霊夢は心の中で悪態をつく。
「ッくそ!咲夜!追うわよ!!」
「えっ、あ、はいッ!」
形態模写の出て行った通気口を恨めしげに睨み付け、
「レッドマジック!」
(いきなり最強レベルのスペルですか!?)
レミリアは相当頭にきているらしい。
壁をぶち破るためだけに強力なスペルを発動。
こんなんでスタミナ持つかなあ。
色々な思考が飛び交う中、
「咲夜ッ!時間とめてとっ捕まえてきなさい!!」
レミリアがその鋭い犬歯をむき出しにして叫んだ声によって我に戻る。
「早くッ!!」
やれやれ。
全く、世話の焼けるお嬢様だ。
しかし、そんなお嬢様の命令は絶対。
自分の存在価値は、このお嬢様に仕える事なのだから。
「時符[プライベートスクウェア]!」
発動。
この瞬間から咲夜は時の干渉を受けなくなる。
自分だけの世界を自由に飛びまわれるわけだ。
恐らくこの力から逃げられるものなど殆ど居ないだろう。
形態模写も例外ではない。
その硬い甲殻を引っつかみ、時を動かしても逃げられぬようがっちりと握りなおしてから
時を動かす。
「お嬢様。捕まえてまいりました。」
彼女らしい瀟洒な態度でレミリアに手に握られた一匹の蟲を差し出す。
「ご苦労様。流石は咲夜ね。」
咲夜の手から必死で逃げ出そうともがいている形態模写を冷ややかに睨みつけ、
蟲が、ボン、という音と共に煙に包まれ、
「うわッ!」
咲夜は思わず手を離す。
煙の中に、逃げ出す人影が見えた。
「逃がすかッ!」
レミリアは空中をすばやい動きで移動、人影の目の前へ。
「…は?」
人影は何がなんだかわからないようだ。
今しがた急に自分の目の前に現れたレミリアを逃げることも忘れて見つめている。
「私から逃げられると思うなよ?…慧音。いや、リグルの蟲!」
形態模写が変化したのは他でもない上白沢慧音だった。
美鈴よりもこっちのほうが基本性能が高い、と踏んだのである。
しかし、レミリアと咲夜というペアに月の異変時に本人はコテンパンにされている。
勝機などない、と考えたほうがいい。
逃げるための時間を稼げればいいが、向こうのメイド長には無限に時間がある。
ソレを封じなければ逃げることなど不可能だ。
そう考えた結果だった。
(二人なら勝てても、一人じゃ、ねえ。)
根拠のない自信。
しかし、ソレは今の形態模写に少なからず勇気をくれた。
「行くぞッ!国符[三種の神器~剣~]!!」
剣を自分の手のひらで創生しながら咲夜に向かって突っ込む。
十中八九レミリアには勝機はないだろう。
何せ今日は
満月だから。
紅くないと入っても、今宵の月は紛れもない満月。
「今日は満月だから、」
咲夜に凶刃がとどく数瞬前のレミリアの言葉、
咲夜は時間を止め、
レミリアの後ろに命令を待つ状態で待機する。
「本気で」
形態模写が再び飛び込んできた。
レミリアは拳を振り上げ
「殺すわよ!」
痛烈なアッパーがあごに直撃。
形態模写はもんどりうちながら宙をきりもみ、
「必殺[ハートブレイク]!!」
一本の槍を頭上に創造、
「くらえっ!」
形態模写めがけて投げつけた。
世界が揺れている。
そんな状況の中で形態模写の目に入ったのは、一本の巨大な紅い槍。
次いで目に入ったのが、
自分の体を貫通した、紅い槍。
「…?」
痛みすら感じない。
もはや感覚すら機能を果たさなくなったのか。
地に槍の先が刺さった。
つまり、落ちた。
いつの間にか目の前にレミリアと咲夜の姿。
「貴様ごときに高レベルなスペルを使う必要はないわ。」
(…お嬢様、さっき使ってませんでしたっけ!?)
形態模写は口の端だけで薄く笑いを作ると、
「…お前らにアレは倒せない。…アレは…劫聯燐は、…ね。」
もう既に蟲の息だ。
それでもまだ死なないのは生命力が高いが故か。
だが、
「…ゴウレンリン?」
それが何なのか、レミリアはそちらのほうが気になった。
「そう。…蟲の神。……実態は一冊の本だけど…ね。」
「ほん?…蟲符の手引のことか?」
「…よく知ってる…じゃない。」
「まあね。」
(お嬢様、話題に混ぜてください!)
「とりあえず、貴方…達には絶対倒せ…ない。あそこに…行って、」
あごで森を示し、一呼吸おいて、
「……絶望してきなさい!」
それが最後の言葉。
形態模写の首にはもう力がこもる事はなかった。
「…どう思う、咲夜。」
非常に後味が悪い。
なぜ我々にそのゴウレンリンとやらを倒せないと言い切れたのか。
それだけが引っかかった。
「…霊夢たちが危ないですね。」
いきなりそこに来たか。
先を読みすぎだろ。
「では、行きますか?お嬢様?」
「…もちろん!」
夜はまだ始まったばかり。
主人と従者は森に向かって飛び立った。
―強すぎる。―
霊夢すらそう感じるほど、劫聯燐は強かった。
飛び退って距離をとり、針を飛ばす。
「だらああぁあ!!」
その針を咆哮と共に腕の爪で全てはじき落とす。
腕を振り落とした回転の勢いを利用し、霊夢に向かって飛び掛る。
だが。
「かかったわね!神技[八方龍殺陣]!!」
劫聯燐のいる場所は、たちまちの内に陣のど真ん中。
弾幕が幾重にもなって劫聯燐を襲う。
「うりゃあ!!」
短い咆哮、前に迫っている弾幕をはじき落とすが、弾幕は次から次へと迫ってくる。
かわしきれるはずがない。
だんだん劫聯燐でも打ち落とせずに被弾する弾が増えてきた。
そして、
後頭部にもろで直撃した弾、
それにより発生した一瞬の隙が
残りの殆どの弾幕を避けられなくする要因とした。
「…どうだッ!!」
勝ち誇ったように胸を張って誰ともなしに言う、が。
「…まだみたいよ。」
紫の言葉、
目の前に小さな蟲何百匹もの集まりからできたような球体。
その球体は一気に収束すると、
爆ぜた。
そこに劫聯燐の姿はない。
「…萃香の霧散と同種の力ね。厄介なのは…」
紫が
「その蟲一匹一匹が自我を持っている、ということ。」
冷静に
「どうする?霊夢。」
分析をする。
迫り来る小さいながらも凶暴そうな蟲の群れ、
(仕方ないわね。)
「境符[四重結界]!」
結界で虫達を包囲する。そこに
「霊符[夢想封印 集]!」
たたみ掛ける様に霊夢の攻撃。
劫聯燐は結界の中で体を元に戻し、
「ッハア!!」
気合と共に繰り出した拳、
その一撃だけで
紫の四重結界が破れた。
「まさか!?一発だけで!?」
紫も驚きを隠せない。
だが、結界を破ってもまだ夢想封印が残っている。
迫り来る札、
しかし劫聯燐はいとも容易く
身を捻りかわす。
数発かすったが、まあ気にしない。
今度は目標を変更。
隙間から首だけ出している紫に襲い掛かる。
「…魍魎[二重黒死蝶]。」
しかし、それにはさしたる動揺を見せずにスペル発動。
その爪が紫に届かぬうちに劫聯燐は弾幕の直撃を受け吹っ飛んだ。
と。
「霊夢!大丈夫?加勢に来たわ!!」
「お嬢様、お待ちください~!」
レミリアと咲夜だった。
「ずいぶん苦戦してるの?」
霊夢はレミリアのその問いかけに
「五月蝿いわね。私を誰だと思ってるの?」
無愛想に答える。
「まあとりあえず、」
苦笑しながらレミリアは
「アレを殺さないとね。」
劫聯燐を指差した。
「…ええ。手を貸してくれる?」
霊夢が訊く。
「もちろん。」
「…リグル…ちゃん?」
チルノは先ほどからその場にへたりと座り込み、目の前の信じがたい光景をただ呆然と眺めることしか
できなかった。
「リグルちゃん?」
先ほどよりもはっきりとその名を呼ぶ。
しかし、リグルは、リグルだった生き物はもはや「リグル」とは呼べなかった。
ただ髪の色によってようやく見分けられる、といった程度。
それも非常にあやふやなものだ。
リグルは何故、あんなことになったのか。
それはチルノには知る由もない。
だが、コレだけは言える。
リグル本人は、苦しんでいる、のだと。
チルノ特有の勘というかなんというか。
そういう類の力でわかるのだ。
考え深くない、ともいえるが。
結局チルノにはリグルの無事を祈るしかできなかった。
何故、形態模写は劫聯燐を殺せないといったのか。
ただ、それだけが引っかかっていた。
よく考えればわかることだったのだ、
奴はスペルではない。
奴は、リグルの狂気の具現体。
リグルの体を媒介とし、自身を強化。
その代償として、自我をのっとられるわけだ。
もっと早く、気づくべきだった。
リグルの体を媒介として使用している、ということは…
「闘蟲[弾幕秋月]。」
スペルを使用できる、ということ。
劫聯燐がそれを使用した瞬間、いつぞやの闘蟲が大量に召喚され、一瞬のうちに陣を張る。
弾幕秋月。
宛ら満月のような球体を形成する5,6匹の闘蟲が、コレでもかとばかりに飛んでくる。
だが。
避け切れない訳ではない。
霊夢、紫、レミリア、咲夜、各々自身で抜け道を探し出し、弾幕秋月をかわしていく。
「メイド秘技[殺人ドール]!!」
まず始めに手を出したのは咲夜。
次いで
「神霊[夢想封印 瞬]!!」
霊夢の奥義が炸裂。
「結界[生と死の境界]!!」
すかさず紫も結界を張り
「紅魔[スカーレットデビル]!!」
止めとばかりにレミリアの紅き十字架。
その全ては劫聯燐を八方塞の状態に陥れ、
物凄い爆音と共に劫聯燐は全ての弾幕を体で受け止めた。
「…やったか?」
そう口を開いたのはレミリア。
「……多分ね。」
霊夢の声、
しかし、
劫聯燐は、立っていた。
「…耐久力ありすぎですよ、あれ。どうします、お嬢様?」
咲夜が少々絶望を含んだ声でレミリアに問い、
「…おかしくない?」
紫が意味深な発言を。
「…何が?」
油断なく劫聯燐を睨みつけながら霊夢が訊き返す。
「だって、」
紫が劫聯燐を指差しながら
「何でアレは無傷なわけ?」
いった言葉に、ようやく気がついた。
アレだけの弾幕を受けておきながら、劫聯燐はまったくの無傷。
よくよく思い出せば「八方龍殺陣」を使用したときにもかすり傷一つついていなかった。
くぅ~~~~~…
突如響いたその場に似つかわしくない間抜けな音。
それは他でもない劫聯燐の腹の音だった。
「………何?」
緊張感というものがないのか。
だが霊夢とは違い、紫はもっと妥当なことを考えていた。
「…まさか…いや…ありえない!」
柄にもなく取り乱している紫を見て、他三人も尋常ではない、と悟ったらしい。
「何がよ?どうしたの、紫?」
レミリアが訊くと
「いや、私の想像なんだけど…」
もったいぶってくる。
「じれったいわね!早く言いなさい!」
咲夜が少々怒り気味に先を促す。
ようやく、といった感じで紫の口から出た言葉は実に意外だった。
「アレは、私達には倒せないわ。逆に…殺される。」
はあ?
三人の意見はその一言に尽きる。
「なんでよ?何で私達が殺されるって言い切れるの?」
「恐らく、基本性能としてアレには[ダメージを食欲に転換する]程度の力が備わっている、と思う。」
恐らく、に相乗して思う、が付いている。
実にあやふやだ。
だが、劫聯燐の得物を物色するように周りの様子を伺っている様から、その予想が外れていないことを
予感させた。
やがて、その目は一人の少女で留まる。
得物はできるだけ体力を使わずに手に入るほうがいい。
それは霊夢でも紫でもレミリアでも咲夜でもなく、
チルノだった。
劫聯燐の唇が酷薄に歪み、
涎を撒き散らしながらチルノに向かって飛び掛った。
「きゃあああああ~~~~~!!」
チルノの悲鳴、そして…
もはや、何もかもどうでもいい。
そう決めたはずなのに。
まだ何かが引っかかる。
―。
…―?…何だっけ?
思い出せない。
何か、大切な、自分にとって、大切な…
守ると、決めた者。
そうだ。確か……
チルノ。
そうだ。チルノ。
結局自分は彼女を守れたのだろうか?
そこまで考えて、突如
「きゃあああああ~~~~~!!」
という悲鳴、そして、
目の前の視界が、開けた。
朝起きて目を開けたときのごとく。
目の前には目に涙を浮かべて絶叫するチルノの姿。
いったい何に絶叫しているのだろう。
しばらく考えて、
自分
だということに気が付いた。
何で私が・・・!?
チルノを・・・!?
そうだ。
コレは私ではない。
あの、本の意思だ。
そうと決まれば…
唐突に、劫聯燐の動きが止まる。
その場にいる5人には訳がわからない。
しかも
「貴様!チルノだけは傷つけるなっ!!」
「ウルサイ!オマエハスデニコノカラダノシュドウケンヲワタシニヒキワタシタダロウ!?」
「うるさいうるさいうるさいうるさ~い!!いいからチルノは傷つけるなっ!!!」
「ナゼソコマデソコノムスメニコダワル!ゲンソウキョウノジュウニンスベテヲコロスツモリジャナカッ
タノカ!?」
「チルノは、この私に唯一優しくしてくれた妖怪だ!こんな私を介抱してくれた大切な妖怪だッ!私の唯
一の大切な妖怪だっ!!それを傷つけるというのなら、化けて出てやるッ!!」
「ムジュンシテイルゾ!オマエノケツイハソノテイドデユラグモノダッタノカ!?」
「そんな決意、チルノに対する決意とは天と地の差だ!チルノを護る、誓ったんだ!」
一人から二人の声が出ている。
混乱するのも無理はない。
と、
劫聯燐の手が頭の蝶のような触覚を握り、
蜘蛛のほうの腕はその真意に気づいたのかそれを阻止しようとし、
「うらあああああああぁああ!!」
「ヤメロオオオォオ~~~~!!」
触覚を、一思いに、引きちぎった。
あらゆる想いを乗せて。
劫聯燐の体から青白い炎が上がり、その高さは周りの木よりも高くなった。
…やがて炎が消えると、そこには
一冊の本の燃え滓、そして
仁王のように佇むリグルが
あった。
リグルはチルノに近づき、
「チルノちゃん、ごめんね。」
そういってチルノの胸へ、倒れこんだ。
「ひぐっ、リグルの、馬鹿ぁ~~~。」
嗚咽とともに出た言葉、それは紛れもない喜びが混じっていた。
リグルが戻ってきた。
それだけで、今は十分だった。
リグルの意外と小さな体を、精一杯の力で抱きしめる。
―もう二度と、離さないからね。―
「…よかったの?あの二人放っておいちゃって。」
夜が白み始め、レミリアの活動時間は終えようとしていた。
紅魔館。
とある一室で、例の四人は談話をしていた。
「なんで?私にだって情けくらいあるわよ。」
「いや、結構ひどい目にあってたからね、貴方は。」
「でも自分が実際にそういう状態になったら、もしかしたら幻想郷を破壊しつくしたかもしれないわ。
それを抑制できた分で、チャラにしたのよ。」
「…ふ~ん。」
「まあコレで全て元通りになると思いますし、良かったじゃないですか。」
そう。
コレで全ては、終わったのだ。
「う…ん……」
リグルは額にある冷たい感覚で目が覚めた。
「…………」
無言のままのそりと起き上がり、
「チルノちゃん!?」
急に思い出した。
と、自分の背後で
「うわっ、何よ!?」
聞きなれた声が。
チルノだ。
「…良かったあ…」
安堵のため息をつく。
と、チルノの頬が妙に紅いのに気づく。
「…どうしたの?」
「いや、」
チルノはらしくない恥ずかしそうにもじもじとして、
「あのこと、ホント?」
リグルにはわからない。
「あのこと?」
鸚鵡返しすることしかできなかった。
「だ~か~ら~~」
顔を鼻先一寸までずい、と近づけ
「私を護る、って。」
チルノの顔がかなり上気している。
何がなんだかわからずしどろもどろしているうちに
「そうだよね!」
は?
「だから、あそこで触覚引きちぎってくれたんだよねッ!」
へ?
「ホントに、ありがとッ!!」
首に抱きつかれた。
ここまでされると流石に血圧が上がる。
「ちょっチルノちゃん離してってば~~!」
「イ・ヤ。もう絶対離さない!」
「ひえぇ~~~!」
と、突然チルノの腕の力が弱まる。
「?…チルノちゃん?」
チルノは先ほどとは打って変わって、真剣なまなざしでリグルを見つめている。
「リグルちゃん、わたしのこと、…好き?」
唐突にそんなこと言われても。
「いやっすきっていうかなんていうかあ~そのだから…」
何を言っているかわからないその言葉は、
「好き?嫌い?どっち?」
チルノの強引な言葉に封殺される。
リグルはふっと、小さな微笑をたたえ、
「好き、だよ。」
風が吹いた。
蛍と氷は引き寄せあい、そして…
朝日が、上っていた。
幻想郷に、平和が戻った。
今までと、なんら変わりない平和、日常が。
ただ変わった点、それは
あらたなつながりが、できたこと。
そのつながり…了 リグルの狂気…完
で頂いたほうがわかりやすいかと。
それでは蟲に寄生された蟲の末路、どうぞご堪能あれ。
そのつながり編
何時間、こうして体を丸め深遠の中にいなくてはならないのだろう。
自分を抱く形でそこに居るリグルは薄くなってきた思考で考える。
自分が、他の人間や妖怪を弄るために犠牲にしてきたもの。
それは、自分の
自我。
失っていった、ではない。
一挙に失った。だ。
自分の中に芽吹かせてしまった本当の狂気は自分が仮初めの狂気を味わうたび、成長していった。
そして、
今、心だけでなく、体までのっとられた。
自分の死に方は、他でもない自我の損失。
ここで[リグル・ナイトバグ]という妖怪は消え、代わりに自分をのっとっている[何か]が、幻想郷に存
在することになる。
その死に様は、
地獄の業火で焼かれるよりも、
悠久の海へ水没するよりも、
悪魔に嬲り殺されるよりも、
よりいっそう酷い気がした。
なぜなら、自分は死んだと思っても、自分の肉体は生きているから。
しかし、そこまで考えて、自分にはどうしようもない、という考えに至った。
その思考はだんだん闇の中へ埋没していく。
もはや何もかもどうでもいい。
「…貴方は誰?」
レミリアは厨房で茶を淹れていた美鈴に向かって問いかける。
紅魔館。
咲夜とパチェリー、フランドールはさぞ驚いたことだろう。
今まで屍のように何も喋らず、これといった動作もしなかったレミリアが
「咲夜、厨房に行くわよ。」
立ち上がり、いつもの我侭な駄々っ子のような口調でそう言ったのだ。
驚かないほうがおかしい。
パチェリーなど驚きの余り失神してしまったくらいだ。
やれやれ。
パチェリーはフランドールに任せ、永遠に幼き紅い月と完璧で瀟洒な従者(今はとり見出し気味)は厨
房に向かったのだった。
「誰って…美鈴ですけど?どうしたんですか?お嬢様?」
白々しく嘘をつく、が、如何せんレミリアは真実を知っている。
「…嘘はつかないほうが身のためよ。どっちにしろ殺すけど。」
(どっちにしろ殺すんですか!?)
美鈴の性格までコピーしているため出てきたツッコミを心の中だけで言うに留まり
近くの開け放たれたままの通気口、
(ラッキィ~~!)
(しまった!)
美鈴は、いや、形態模写は蟲形態に変化、
レミリアが走り出した頃には既に外に逃げ出した後だった。
「紫…この状況、どう解釈すればいいと思う?」
「さあ?全っ然わかんない。」
確かに。
紫の見解は当たっている。
今目の前のリグルは、
リグルだった生き物は、
もはや自我があるとは思えない。
ただ本能に従い、自分の敵と判断したものには情け容赦のない鉄槌をお見舞いする。
そんな第一印象を受ける生き物だった。
劫聯燐。
それがソレの名。
蜂の両翼のごとき羽。
指の先の爪は半幽霊の剣とも張り合えそうだ。
背からは始めからついていた腕以外の蜘蛛の腕を思わせるものが計四本、生えている。
蝶のような触覚がいつの間にかもう二本、頭から生えていた。
蟲神。
全ての蟲の頂点に君臨する、絶対的存在。
どういうわけかは知らないが、リグルがそうなったのだ。
もはやリグルだとは判別できないが。
「どうする?霊夢?」
ばっちり隙間に逃げ込む準備をしながら霊夢に訊く。
「もちろん、止めるッ!」
あんなものをほうって置いたら、幻想郷がどうなることやら。
そのことを懸念しての言葉だった。
「うッがああああぁああぁああああ!!!」
劫聯燐は一声咆哮すると、
体を丸め、
次の瞬間には霊夢の三寸目の前に奴の顔、
「ッく!!」
身をひねり寸前でかわす。
羽の羽ばたく速度が速すぎるために周りに衝撃波を起こし、木々をなぎ倒していく。
「ちょッ、紫!のうのうと見てないで手伝いなさいよ!」
隙間から観戦を決め込んでいるらしい、扇片手に妖しい笑みを浮かべながらこっちを見ている紫を怒鳴
りつける。
「そんなこと言ってる暇あるの?ほら、来たわよ。」
―後で覚えてろ。―
劫聯燐の蜘蛛の手と普通の腕、計6本の腕による猛襲を裁きながら霊夢は心の中で悪態をつく。
「ッくそ!咲夜!追うわよ!!」
「えっ、あ、はいッ!」
形態模写の出て行った通気口を恨めしげに睨み付け、
「レッドマジック!」
(いきなり最強レベルのスペルですか!?)
レミリアは相当頭にきているらしい。
壁をぶち破るためだけに強力なスペルを発動。
こんなんでスタミナ持つかなあ。
色々な思考が飛び交う中、
「咲夜ッ!時間とめてとっ捕まえてきなさい!!」
レミリアがその鋭い犬歯をむき出しにして叫んだ声によって我に戻る。
「早くッ!!」
やれやれ。
全く、世話の焼けるお嬢様だ。
しかし、そんなお嬢様の命令は絶対。
自分の存在価値は、このお嬢様に仕える事なのだから。
「時符[プライベートスクウェア]!」
発動。
この瞬間から咲夜は時の干渉を受けなくなる。
自分だけの世界を自由に飛びまわれるわけだ。
恐らくこの力から逃げられるものなど殆ど居ないだろう。
形態模写も例外ではない。
その硬い甲殻を引っつかみ、時を動かしても逃げられぬようがっちりと握りなおしてから
時を動かす。
「お嬢様。捕まえてまいりました。」
彼女らしい瀟洒な態度でレミリアに手に握られた一匹の蟲を差し出す。
「ご苦労様。流石は咲夜ね。」
咲夜の手から必死で逃げ出そうともがいている形態模写を冷ややかに睨みつけ、
蟲が、ボン、という音と共に煙に包まれ、
「うわッ!」
咲夜は思わず手を離す。
煙の中に、逃げ出す人影が見えた。
「逃がすかッ!」
レミリアは空中をすばやい動きで移動、人影の目の前へ。
「…は?」
人影は何がなんだかわからないようだ。
今しがた急に自分の目の前に現れたレミリアを逃げることも忘れて見つめている。
「私から逃げられると思うなよ?…慧音。いや、リグルの蟲!」
形態模写が変化したのは他でもない上白沢慧音だった。
美鈴よりもこっちのほうが基本性能が高い、と踏んだのである。
しかし、レミリアと咲夜というペアに月の異変時に本人はコテンパンにされている。
勝機などない、と考えたほうがいい。
逃げるための時間を稼げればいいが、向こうのメイド長には無限に時間がある。
ソレを封じなければ逃げることなど不可能だ。
そう考えた結果だった。
(二人なら勝てても、一人じゃ、ねえ。)
根拠のない自信。
しかし、ソレは今の形態模写に少なからず勇気をくれた。
「行くぞッ!国符[三種の神器~剣~]!!」
剣を自分の手のひらで創生しながら咲夜に向かって突っ込む。
十中八九レミリアには勝機はないだろう。
何せ今日は
満月だから。
紅くないと入っても、今宵の月は紛れもない満月。
「今日は満月だから、」
咲夜に凶刃がとどく数瞬前のレミリアの言葉、
咲夜は時間を止め、
レミリアの後ろに命令を待つ状態で待機する。
「本気で」
形態模写が再び飛び込んできた。
レミリアは拳を振り上げ
「殺すわよ!」
痛烈なアッパーがあごに直撃。
形態模写はもんどりうちながら宙をきりもみ、
「必殺[ハートブレイク]!!」
一本の槍を頭上に創造、
「くらえっ!」
形態模写めがけて投げつけた。
世界が揺れている。
そんな状況の中で形態模写の目に入ったのは、一本の巨大な紅い槍。
次いで目に入ったのが、
自分の体を貫通した、紅い槍。
「…?」
痛みすら感じない。
もはや感覚すら機能を果たさなくなったのか。
地に槍の先が刺さった。
つまり、落ちた。
いつの間にか目の前にレミリアと咲夜の姿。
「貴様ごときに高レベルなスペルを使う必要はないわ。」
(…お嬢様、さっき使ってませんでしたっけ!?)
形態模写は口の端だけで薄く笑いを作ると、
「…お前らにアレは倒せない。…アレは…劫聯燐は、…ね。」
もう既に蟲の息だ。
それでもまだ死なないのは生命力が高いが故か。
だが、
「…ゴウレンリン?」
それが何なのか、レミリアはそちらのほうが気になった。
「そう。…蟲の神。……実態は一冊の本だけど…ね。」
「ほん?…蟲符の手引のことか?」
「…よく知ってる…じゃない。」
「まあね。」
(お嬢様、話題に混ぜてください!)
「とりあえず、貴方…達には絶対倒せ…ない。あそこに…行って、」
あごで森を示し、一呼吸おいて、
「……絶望してきなさい!」
それが最後の言葉。
形態模写の首にはもう力がこもる事はなかった。
「…どう思う、咲夜。」
非常に後味が悪い。
なぜ我々にそのゴウレンリンとやらを倒せないと言い切れたのか。
それだけが引っかかった。
「…霊夢たちが危ないですね。」
いきなりそこに来たか。
先を読みすぎだろ。
「では、行きますか?お嬢様?」
「…もちろん!」
夜はまだ始まったばかり。
主人と従者は森に向かって飛び立った。
―強すぎる。―
霊夢すらそう感じるほど、劫聯燐は強かった。
飛び退って距離をとり、針を飛ばす。
「だらああぁあ!!」
その針を咆哮と共に腕の爪で全てはじき落とす。
腕を振り落とした回転の勢いを利用し、霊夢に向かって飛び掛る。
だが。
「かかったわね!神技[八方龍殺陣]!!」
劫聯燐のいる場所は、たちまちの内に陣のど真ん中。
弾幕が幾重にもなって劫聯燐を襲う。
「うりゃあ!!」
短い咆哮、前に迫っている弾幕をはじき落とすが、弾幕は次から次へと迫ってくる。
かわしきれるはずがない。
だんだん劫聯燐でも打ち落とせずに被弾する弾が増えてきた。
そして、
後頭部にもろで直撃した弾、
それにより発生した一瞬の隙が
残りの殆どの弾幕を避けられなくする要因とした。
「…どうだッ!!」
勝ち誇ったように胸を張って誰ともなしに言う、が。
「…まだみたいよ。」
紫の言葉、
目の前に小さな蟲何百匹もの集まりからできたような球体。
その球体は一気に収束すると、
爆ぜた。
そこに劫聯燐の姿はない。
「…萃香の霧散と同種の力ね。厄介なのは…」
紫が
「その蟲一匹一匹が自我を持っている、ということ。」
冷静に
「どうする?霊夢。」
分析をする。
迫り来る小さいながらも凶暴そうな蟲の群れ、
(仕方ないわね。)
「境符[四重結界]!」
結界で虫達を包囲する。そこに
「霊符[夢想封印 集]!」
たたみ掛ける様に霊夢の攻撃。
劫聯燐は結界の中で体を元に戻し、
「ッハア!!」
気合と共に繰り出した拳、
その一撃だけで
紫の四重結界が破れた。
「まさか!?一発だけで!?」
紫も驚きを隠せない。
だが、結界を破ってもまだ夢想封印が残っている。
迫り来る札、
しかし劫聯燐はいとも容易く
身を捻りかわす。
数発かすったが、まあ気にしない。
今度は目標を変更。
隙間から首だけ出している紫に襲い掛かる。
「…魍魎[二重黒死蝶]。」
しかし、それにはさしたる動揺を見せずにスペル発動。
その爪が紫に届かぬうちに劫聯燐は弾幕の直撃を受け吹っ飛んだ。
と。
「霊夢!大丈夫?加勢に来たわ!!」
「お嬢様、お待ちください~!」
レミリアと咲夜だった。
「ずいぶん苦戦してるの?」
霊夢はレミリアのその問いかけに
「五月蝿いわね。私を誰だと思ってるの?」
無愛想に答える。
「まあとりあえず、」
苦笑しながらレミリアは
「アレを殺さないとね。」
劫聯燐を指差した。
「…ええ。手を貸してくれる?」
霊夢が訊く。
「もちろん。」
「…リグル…ちゃん?」
チルノは先ほどからその場にへたりと座り込み、目の前の信じがたい光景をただ呆然と眺めることしか
できなかった。
「リグルちゃん?」
先ほどよりもはっきりとその名を呼ぶ。
しかし、リグルは、リグルだった生き物はもはや「リグル」とは呼べなかった。
ただ髪の色によってようやく見分けられる、といった程度。
それも非常にあやふやなものだ。
リグルは何故、あんなことになったのか。
それはチルノには知る由もない。
だが、コレだけは言える。
リグル本人は、苦しんでいる、のだと。
チルノ特有の勘というかなんというか。
そういう類の力でわかるのだ。
考え深くない、ともいえるが。
結局チルノにはリグルの無事を祈るしかできなかった。
何故、形態模写は劫聯燐を殺せないといったのか。
ただ、それだけが引っかかっていた。
よく考えればわかることだったのだ、
奴はスペルではない。
奴は、リグルの狂気の具現体。
リグルの体を媒介とし、自身を強化。
その代償として、自我をのっとられるわけだ。
もっと早く、気づくべきだった。
リグルの体を媒介として使用している、ということは…
「闘蟲[弾幕秋月]。」
スペルを使用できる、ということ。
劫聯燐がそれを使用した瞬間、いつぞやの闘蟲が大量に召喚され、一瞬のうちに陣を張る。
弾幕秋月。
宛ら満月のような球体を形成する5,6匹の闘蟲が、コレでもかとばかりに飛んでくる。
だが。
避け切れない訳ではない。
霊夢、紫、レミリア、咲夜、各々自身で抜け道を探し出し、弾幕秋月をかわしていく。
「メイド秘技[殺人ドール]!!」
まず始めに手を出したのは咲夜。
次いで
「神霊[夢想封印 瞬]!!」
霊夢の奥義が炸裂。
「結界[生と死の境界]!!」
すかさず紫も結界を張り
「紅魔[スカーレットデビル]!!」
止めとばかりにレミリアの紅き十字架。
その全ては劫聯燐を八方塞の状態に陥れ、
物凄い爆音と共に劫聯燐は全ての弾幕を体で受け止めた。
「…やったか?」
そう口を開いたのはレミリア。
「……多分ね。」
霊夢の声、
しかし、
劫聯燐は、立っていた。
「…耐久力ありすぎですよ、あれ。どうします、お嬢様?」
咲夜が少々絶望を含んだ声でレミリアに問い、
「…おかしくない?」
紫が意味深な発言を。
「…何が?」
油断なく劫聯燐を睨みつけながら霊夢が訊き返す。
「だって、」
紫が劫聯燐を指差しながら
「何でアレは無傷なわけ?」
いった言葉に、ようやく気がついた。
アレだけの弾幕を受けておきながら、劫聯燐はまったくの無傷。
よくよく思い出せば「八方龍殺陣」を使用したときにもかすり傷一つついていなかった。
くぅ~~~~~…
突如響いたその場に似つかわしくない間抜けな音。
それは他でもない劫聯燐の腹の音だった。
「………何?」
緊張感というものがないのか。
だが霊夢とは違い、紫はもっと妥当なことを考えていた。
「…まさか…いや…ありえない!」
柄にもなく取り乱している紫を見て、他三人も尋常ではない、と悟ったらしい。
「何がよ?どうしたの、紫?」
レミリアが訊くと
「いや、私の想像なんだけど…」
もったいぶってくる。
「じれったいわね!早く言いなさい!」
咲夜が少々怒り気味に先を促す。
ようやく、といった感じで紫の口から出た言葉は実に意外だった。
「アレは、私達には倒せないわ。逆に…殺される。」
はあ?
三人の意見はその一言に尽きる。
「なんでよ?何で私達が殺されるって言い切れるの?」
「恐らく、基本性能としてアレには[ダメージを食欲に転換する]程度の力が備わっている、と思う。」
恐らく、に相乗して思う、が付いている。
実にあやふやだ。
だが、劫聯燐の得物を物色するように周りの様子を伺っている様から、その予想が外れていないことを
予感させた。
やがて、その目は一人の少女で留まる。
得物はできるだけ体力を使わずに手に入るほうがいい。
それは霊夢でも紫でもレミリアでも咲夜でもなく、
チルノだった。
劫聯燐の唇が酷薄に歪み、
涎を撒き散らしながらチルノに向かって飛び掛った。
「きゃあああああ~~~~~!!」
チルノの悲鳴、そして…
もはや、何もかもどうでもいい。
そう決めたはずなのに。
まだ何かが引っかかる。
―。
…―?…何だっけ?
思い出せない。
何か、大切な、自分にとって、大切な…
守ると、決めた者。
そうだ。確か……
チルノ。
そうだ。チルノ。
結局自分は彼女を守れたのだろうか?
そこまで考えて、突如
「きゃあああああ~~~~~!!」
という悲鳴、そして、
目の前の視界が、開けた。
朝起きて目を開けたときのごとく。
目の前には目に涙を浮かべて絶叫するチルノの姿。
いったい何に絶叫しているのだろう。
しばらく考えて、
自分
だということに気が付いた。
何で私が・・・!?
チルノを・・・!?
そうだ。
コレは私ではない。
あの、本の意思だ。
そうと決まれば…
唐突に、劫聯燐の動きが止まる。
その場にいる5人には訳がわからない。
しかも
「貴様!チルノだけは傷つけるなっ!!」
「ウルサイ!オマエハスデニコノカラダノシュドウケンヲワタシニヒキワタシタダロウ!?」
「うるさいうるさいうるさいうるさ~い!!いいからチルノは傷つけるなっ!!!」
「ナゼソコマデソコノムスメニコダワル!ゲンソウキョウノジュウニンスベテヲコロスツモリジャナカッ
タノカ!?」
「チルノは、この私に唯一優しくしてくれた妖怪だ!こんな私を介抱してくれた大切な妖怪だッ!私の唯
一の大切な妖怪だっ!!それを傷つけるというのなら、化けて出てやるッ!!」
「ムジュンシテイルゾ!オマエノケツイハソノテイドデユラグモノダッタノカ!?」
「そんな決意、チルノに対する決意とは天と地の差だ!チルノを護る、誓ったんだ!」
一人から二人の声が出ている。
混乱するのも無理はない。
と、
劫聯燐の手が頭の蝶のような触覚を握り、
蜘蛛のほうの腕はその真意に気づいたのかそれを阻止しようとし、
「うらあああああああぁああ!!」
「ヤメロオオオォオ~~~~!!」
触覚を、一思いに、引きちぎった。
あらゆる想いを乗せて。
劫聯燐の体から青白い炎が上がり、その高さは周りの木よりも高くなった。
…やがて炎が消えると、そこには
一冊の本の燃え滓、そして
仁王のように佇むリグルが
あった。
リグルはチルノに近づき、
「チルノちゃん、ごめんね。」
そういってチルノの胸へ、倒れこんだ。
「ひぐっ、リグルの、馬鹿ぁ~~~。」
嗚咽とともに出た言葉、それは紛れもない喜びが混じっていた。
リグルが戻ってきた。
それだけで、今は十分だった。
リグルの意外と小さな体を、精一杯の力で抱きしめる。
―もう二度と、離さないからね。―
「…よかったの?あの二人放っておいちゃって。」
夜が白み始め、レミリアの活動時間は終えようとしていた。
紅魔館。
とある一室で、例の四人は談話をしていた。
「なんで?私にだって情けくらいあるわよ。」
「いや、結構ひどい目にあってたからね、貴方は。」
「でも自分が実際にそういう状態になったら、もしかしたら幻想郷を破壊しつくしたかもしれないわ。
それを抑制できた分で、チャラにしたのよ。」
「…ふ~ん。」
「まあコレで全て元通りになると思いますし、良かったじゃないですか。」
そう。
コレで全ては、終わったのだ。
「う…ん……」
リグルは額にある冷たい感覚で目が覚めた。
「…………」
無言のままのそりと起き上がり、
「チルノちゃん!?」
急に思い出した。
と、自分の背後で
「うわっ、何よ!?」
聞きなれた声が。
チルノだ。
「…良かったあ…」
安堵のため息をつく。
と、チルノの頬が妙に紅いのに気づく。
「…どうしたの?」
「いや、」
チルノはらしくない恥ずかしそうにもじもじとして、
「あのこと、ホント?」
リグルにはわからない。
「あのこと?」
鸚鵡返しすることしかできなかった。
「だ~か~ら~~」
顔を鼻先一寸までずい、と近づけ
「私を護る、って。」
チルノの顔がかなり上気している。
何がなんだかわからずしどろもどろしているうちに
「そうだよね!」
は?
「だから、あそこで触覚引きちぎってくれたんだよねッ!」
へ?
「ホントに、ありがとッ!!」
首に抱きつかれた。
ここまでされると流石に血圧が上がる。
「ちょっチルノちゃん離してってば~~!」
「イ・ヤ。もう絶対離さない!」
「ひえぇ~~~!」
と、突然チルノの腕の力が弱まる。
「?…チルノちゃん?」
チルノは先ほどとは打って変わって、真剣なまなざしでリグルを見つめている。
「リグルちゃん、わたしのこと、…好き?」
唐突にそんなこと言われても。
「いやっすきっていうかなんていうかあ~そのだから…」
何を言っているかわからないその言葉は、
「好き?嫌い?どっち?」
チルノの強引な言葉に封殺される。
リグルはふっと、小さな微笑をたたえ、
「好き、だよ。」
風が吹いた。
蛍と氷は引き寄せあい、そして…
朝日が、上っていた。
幻想郷に、平和が戻った。
今までと、なんら変わりない平和、日常が。
ただ変わった点、それは
あらたなつながりが、できたこと。
そのつながり…了 リグルの狂気…完