Coolier - 新生・東方創想話

異幕『恋色マジックポーション~Happy like a magic potion』

2005/04/07 12:05:19
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 幻想郷の竹林。魔理沙の住む魔法の森と並んで、人々の近寄らない深い森である。竹の葉は茂り、さらさらと細やかな音を立てる。その竹林の葉から漏れる日の中、鈴仙・優曇華院・イナバは永遠亭の縁側で、一人お茶を飲んでいた。
「はぁ~、平和ね。ベータカロチンが五臓六腑に染み渡るわ~」
 鈴仙が飲んでいるのは、永遠亭特製のニンジン茶である。茶葉にニンジンの輪切りを干したものを混ぜたお茶で、ふやかしたニンジンはそのまま食べることも出来る。この鈴仙と、もう一人のウサギ・てゐには好評のお茶だ。
 鈴仙はもう一度お茶に口を付ける。……実に、平和だ。争いを避けて月から逃げてきた鈴仙にとって、この幻想郷の平穏な日々は何物にも代え難い幸せなものであった。そして、噛み締めるようにもう一度口を開く。
「はぁ~、平和へい……」
 瞬間、ばさばさ、ばきいっ、と派手な音を立てて竹林の上から落下してくるものが一つ。
「わぁぁっ!? な、なんだお前はっ」
「い、いてて……少し慌てすぎたぜ」
 謎の落下物は、魔理沙だった。

「なんだ、魔理沙か……お呼びじゃないわよ、あっちいきなさい」
 しっしっ、と鈴仙は魔理沙を追い払う仕草をする。
「おお、良かったぜ。ここには霊夢の魔の手が伸びてきていなかったんだな」
 魔理沙は安堵の息を一つ吐いた。
「あー? あのおめでたい巫女がどうかしたの?」
「詳しい話は後だ。おいウドンゲ、お前の師匠に用が有る」
「お前にその名で呼ばれたくない。それに、師匠は忙しいのよ。あんたなんかに……」
「いいわ、ウドンゲ。魔理沙を通しなさい」
 鈴仙の背後の障子が開く。そこに立っていたのは月の頭脳・八意永琳であった。
「ええ~? 師匠、なんでこんなヤツ通すんですか~」
「暇だからよ」
「そんな、身も蓋も無い……」
「まあ、上がるぜ」
「仕方ないわね……」
 鈴仙はいまいち納得できない、という表情のまま、魔理沙を永遠亭の玄関へ通した。


 魔理沙は永琳の自室に通されると、永琳のつく席の対面にどっかりと座り込んだ。永琳は自分の傍らに鈴仙を控えさせると、口を開く。
「それで、私に用とは何かしら」
「まあ、まずはこれを見てくれ」
 魔理沙は永琳の前にどん、とシチューの鍋を置いた。
「あー? シチュー?」
「ふむ……」
 永琳はお玉に少しシチューを取ると、それを指先に付け、ぺろりと舐めた。
「なるほど、美味しいわ」
「あー、手土産のつもり? なら、私も……」
 シチューに手を伸ばそうとする鈴仙の手を、永琳が制止する。
「待ちなさい、ウドンゲ。薬の効かない私でなければ、『魔』に魅入られるわよ」
「はい? 『魔』?」
「そう、魔理沙の『魔』」
「まあ、そう言うことだぜ」
 魔理沙はこれまでのいきさつを二人に話した。


「なるほど。しかし良くもまあ、これだけの薬を作ったわね。これ一つで国が傾くわ」
 永琳は素直に感心する。人どころか妖怪までもここまで狂信的に操れる薬と言うのは、過去を探してもそうは無いだろう。
「自分でもびっくりだぜ。まあ、成功したのが大失敗だったわけだが」
「……自業自得じゃない」
 鈴仙は呆れ顔でつぶやいた。
「そう言うなよ、私だって反省してるんだぜ」
「本当に反省してるのかしら? まあ、困っている人を無碍に扱うのもやぶさかではない。少し待っててもらえるかしら?」
「え~? 師匠、なんでそんな甘いことを……」
「ウドンゲ、情けは人のためならず、よ」
 そう言い残すと、永琳は自室を後にした。


 四半時間ほどで、永琳は魔理沙の待つ部屋へと戻ってきた。手には何やら香炉のような物がある。
「おお、早いな」
「え、こんなに早く……むぎゅ」
 永琳は言いかけた鈴仙の口を塞ぐ。
「ええ、とりあえず幻想郷全ての人に効果のあるものにしたわ。これは香の形だけれど、立ち上った煙は増殖を繰り返して、幻想郷全体を覆う。まあ、あっという間に広まってあっという間に消えていくウィルスみたいなものね」
「あー、うぃるす? 全体魔法みたいなもんか」
「まあ、そう言うこと。効果時間は、あのホレ薬の効果が完全に消えるまで。ただし副作用が一つある。この煙に当てられたものは、ホレ薬の逆……つまり、あなたを嫌いになる。それでも構わないかしら」
「ああ、もうなんでも構わないぜ。現状よりは多分マシだろう」
「……本当に解ってるのかしら。まあ、いいのね?」
「おう、やってくれ」

 永琳は頷くと、障子を開けて縁側に出た。香炉を掲げ、何やら呪言を短く呟くと、香炉からぼふ、と音を立てて煙が立ち昇った。煙は段々と広がり、そして四散して行く。
「これであなたは幻想郷一の好かれものから、幻想郷中の嫌われものになったわ。用事が済んだらさっさと出て行きなさい」
「あー? なんだ突然手の平返したように……」
「師匠が出て行けと言ったら、さっさと出て行きなさい。ああ、なんかあんたの顔見てたらムカついてきたわ!! 多少痛めつけてから、簀巻きにして放り出してやる!!」
 鈴仙の赤い目が、さらに赤く輝き出す。全てを狂わす、鈴仙の狂気の瞳である。
「お、おい待てよ……」
 鈴仙の突然の豹変振りに、魔理沙の頭は混乱していた。
(そうか、さっきの煙の効果かっ)
「てめえ永琳!! 計ったな!!」
「あら……私はあなたの要望に応えただけ」
 永琳はくすくすと笑みを浮かべた。
「さて、早く逃げたほうがいいんじゃないかしら? 姫があなたに気付く前に」
「……もう、遅いわ」
「げ、輝夜っ」
 廊下側の障子が開き、月の姫、蓬莱山輝夜が部屋に入ってくる。
「癇に障る声がすると思ったら……案の定、ね」
「くそっ、逃げるぜ!!」

 さすがにここにいる三人を、同時に一人で相手にするのは不可能だ。魔理沙は箒に跨ると、障子を突き破って外に飛び出す。
「あっ、待ちなさい!!」
 鈴仙と輝夜は魔理沙を追って外に出る。そして、魔理沙に向かって膨大な量の弾幕を打ちこんだ。『難題・蓬莱の弾の枝』と『散符・真実の月(インビジブルフルムーン)』の同時攻撃である。
「うわわわっ!!」
 魔理沙は自分の回りに星型の障壁を撒き散らし、なんとかそれを凌ぐ。そして、そのまま一目散に竹林を飛び去っていった。
「追うわよ、イナバ」
「お任せください、輝夜様!!」
「やれやれ……ま、もういいでしょ」
 永琳は懐から布袋を取り出すと、中身の粉を輝夜と鈴仙の鼻先に振りまいた。『ウィルス』のワクチンである。薬師が毒を作るときには、その解毒剤も用意するものである。二人がその粉を吸うと、殺気立った表情が段々ときょとん、としたものに変わっていった。

「え……? あらら?」
「あれ~……なんでムカついてたんだっけ」
「永琳、これはどういうこと?」
 頭に疑問符を浮かべる二人に、永琳は笑って応えた。
「まあ、簡単な話です。性格の悪い娘に処方する薬を撒いたのですよ。少し前に、この辺じゃ珍しい良識人から頼み事をされたものでね。あらかじめ全部用意しておいたの」
「あ、そうか。情けは人のためならずって」
「ええ、間違ってる方の用法。これで少しはおとなしくなるといいんだけど」
「うーん……でも、ちょっとやりすぎじゃないですか? 幻想郷中に嫌われるって……」
「あら、イナバは優しいのね」
「べ、別にそういうわけじゃあっ」
「まあ、あの娘なら大丈夫でしょう。反省するにしろしないにしろ、ね。さて、姫とウドンゲには、もう薬の効果は関係ないわ。このシチューでもいただきましょうか」
「あ、私がやりますっ」
 ウドンゲは永琳の手から鍋を受け取ると、永遠亭の厨房へ向かった。


 竹林から脱出した魔理沙は、またあてもなく空を飛び続けていた。
「さて……どうするか」
 さっきまでとは違い、雑魚の妖怪達に襲われることはないようだ。しかし、いつ誰に会うかは解らない。
(やっぱり、自宅でおとなしくするのが一番か)
 さっき来ていた紅魔館の連中も、薬の効果が変わったのなら、いつまでもあそこにいるわけではないだろう。とりあえず、こっそり様子を見てみればいい。魔理沙は魔法の森へ向かい、進路を取る。方向転換しようとした瞬間。魔理沙の横を、斬撃の波動が通りすぎた。
「うわっ!?」
「……避けたか」
 魔理沙はその発生源を目で追う。……妖夢だ。
「おい、いきなりなんだ!!」
「いるのよね……こっちから出向いてでもぶった切らなきゃ気が済まないようなやつが」
 妖夢は静かにそう言うと、剣を握りなおし、それを魔理沙に向かって突き付ける。
「黒い魔術師、霧雨魔理沙。お前の命、この魂魄妖夢が貰い受ける」
「いやおい、待てよ……」
「悪党相手に待つ時間は、私には無い。覚悟しろ!!」

「待ちなさい、妖夢」
 二人は声のほうへ向いた。幽々子である。
「……あなただけでは不安だわ。ここは私に加勢しなさい」
「ああ、私に加勢するんじゃないんですね」
「どちらでも一緒よ。この私をわざわざこんなところまで来させて、不埒な悪行三昧。許し難いわ」
「ちょっと、話を聞けよ。大体お前らをここに来させたのは霊夢……」
「現の世は音速が速い。あなたの言葉など聞くまでも無く無駄だと解る」
「いや、聞くと得すると思うぜ……だから、霊夢が」
「問答無用!! この楼観剣と白楼剣で、たたっ斬る!!」
 気合一閃、妖夢は魔理沙に向かい、二本の剣を横に薙いだ。
「うわわっ」
 魔理沙はそれを後ろに退き、紙一重で避ける。逃げ遅れたスカートの裾が、音も立てずに空に舞った。

「あ、危なかったぜ……胴体分離マジックなら、余所でやれよ」
「ふん、種も仕掛けもないマジックだ。分離したまま戻ることはない」
「それじゃあマジックでもなんでもないぜ」
「だから、最初からぶった斬ると言ってるんだ」
 会話の間にも、二人から立ち上る殺気は消えることはない。
(口八丁で逃げるのは無理かっ)
 不意に、魔理沙の目の前を一匹の蝶が舞う。いや、一匹だけではない。気がつけば、魔理沙は蝶の群れの中にいた。
「ま、まずいぜ、こいつらの技はっ!!」
「……死出の蝶。夜摩天の裁きの手間を省いて、冥界の底に叩き込んで上げる」
「くそ、こうなったらっ」
 魔理沙はミニ八卦炉にありったけの魔力を込め始める。
「マスタースパーク……?」
「そんな見え見えの魔法、誰が食らうと思うの?」
「ああ、もちろん思ってないぜ」
「!?」
 魔理沙は真下に向かってマスタースパークを放った。光の奔流が地面に到達すると、すさまじい爆風を立てる。
「しまった!!」
 妖夢と幽々子の二人は、その爆風で舞い上げられた塵に視界を遮られ、魔理沙の姿を見失う。
「……逃げられたか」
 塵が晴れて行く頃には、既に魔理沙の姿は見えなくなっていた。


「参ったぜ……あいつらマジで来るんだもんなぁ」
 魔理沙は妖夢に斬られたスカートの裾に目をやる。
「くそ、お気に入りの服だったのに。ああもう、今日は生まれてこれまで最悪の日だぜ……」
 日を見ると、既にかなり傾いてきている。夜になれば、より状況は悪化するだろう。早めに安全な場所を探さなければならない。
「ホントに、我が家が空いている事を祈るぜ……」
 魔理沙は自宅へと向かった。


 魔法の森、魔理沙の自宅近くまで来ると、魔理沙は箒から降り、近くの茂みに隠れながら近付いていく。
(……よく考えたら、なんで私の家に行くのにこんなにこそこそしなきゃいけないんだ?)
 理不尽だ、と魔理沙は段々と腹が立ってきた。しかし、状況が状況だけに、余計なトラブルは避けたい。魔理沙は息を潜めて、さらに家へと近付いた。

 魔理沙は木の影から自宅の様子をうかがう。……窓に、何か動くものがちらりと見えた。背中に蝙蝠のような羽根の生えた少女である。
「レミリア……まだいるのか」
 今のレミリアには、ホレ薬の異常なテンションがない。ということは、昼間に外を出歩くような真似はまずしないだろう。考えてみれば当然のことだ。
(仕方ない、どこか別の場所へ……)
 魔理沙がそう思った瞬間。世界が止まった。
(こ、これは……)
 目の前に数本のナイフが飛来し、そのまま制止した。
「そして時は動き出す」
 声と共に。
「うおおおおっ!?」
 ナイフが魔理沙を襲う。魔理沙はそれを上体を後ろに逸らして回避した。そのまま仰向けに倒れると、丁度眉間の位置に穴の開いた帽子が顔に落ちてきた。

「あ、危なかったぜ……もう少しで眉間にコイン投入口が出来るところだった」
「あら、それは残念。百円でコンティニューできる便利な体になれるチャンスでしたのに」
「残念だが、私の命は百円じゃ買えないぜ」
 気が付けば、魔理沙の後ろに咲夜が立っていた。
「まあ、なんでもいいのよ。一本づつ体に刺していって、最後に首が飛ぶゲームでもね」
「お前のグロい創作に付き合ってやる趣味はないな」
「じゃあ、私の魔法の実験台にでもなってもらおうかしら」
 さらに家からパチュリーが出てくる。

「さて……私とパチュリー様、それにお嬢様の心を弄んだ代償を払ってもらいましょうか」
「極刑ね」
「待てよ……私はお前らをハメたつもりなんかさらさら無いぜ。勝手にホレ薬を飲んだのはそっちだろう」
「あなたが余計なものを作ったのが悪い。創造主ならば最後まで責任を持て、黒い魔術師」
 魔理沙の家の二階の窓が開き、中からレミリアが顔を出した。……さすがに直射日光には当りたくないのか、そこから動こうとはしなかったが。
「さて、どうしてくれようか、この悪戯小娘は。私の僕にして、永遠に扱き使ってあげようかしら?」
「いえいえ、私が一瞬の苦痛を永遠に感じ続ける責め苦を与えましょう」
「それなら……私が五体にそれぞれ、違う属性の魔法で戒めるわ」
 例によって、三人は本気である。冗談は通じそうにない。
「……ああ、もういいぜ。諦める。煮るなり焼くなり好きにしな」
 魔理沙は腕を組んで、目を閉じた。

「ふふ、浅はかだね、お前は。そうやって諦めた振りをして、頭の中では必死に『今ここからどうやって逃げるか』と考えている」
 レミリアの指摘に、魔理沙は一瞬息を詰まらせる。
「そうね……今組んでいる腕の片方で、お得意の魔砲のための魔力をチャージしているところかしら? それを煙幕に使おうと言うなら、無駄よ。爆風の塵などパチェの風の魔法ですぐ吹き飛ぶ。そして逃げようとしてるあなたを追って、咲夜が時を止め……」
「チェックメイト、ですわね」
「そういうこと。さあ、泣いて許しを請え。私に跪いて哀願しろ。そうすれば慈悲深い私の気分が少しは揺らぐかもしれないよ?」

 レミリアの言葉に魔理沙は再び目を伏せると、皮肉っぽく笑みを浮かべた。
「ああ、全く参ったぜ……その通りだよ。必死扱いてどう逃げるか考えていたさ。だが、私が頭を下げるときは、頭上に帽子が引っかかりそうな木の枝があるときだけだぜ!!」
 魔理沙はミニ八卦炉に込めた魔力を一気に開放させ、スペルを発動する。『オーレリーズ・サン』。元来これは太陽系儀を模した球体を弾幕と成す技なのだが、今魔理沙が発動したのは、その変形である。太陽を模した球体が激しく光り輝き、辺りを白に染めた。
「く……目、目がっ」
「咲夜!! 時を止めなさい!!」
「駄目です、お嬢様!! 時を止めても、これじゃ……魔理沙が見えない!!」
 攻撃力が一切無い代わりに、魔理沙がその場を離れても、この発光は十数秒続いた。そして、光が弱まった頃には、当然魔理沙の姿は無い。
「なんてこと、私達から逃げ切るなんて」
「……甘く見てたわねえ。なかなかやってくれるわ、あの小娘」


「ああもうっ、逃げ切れたはいいが、もう帰る場所がないぜっ!!」
 日はさらに傾き、光は段々と黄色から赤へ染まっていく。ホントに今日は、最悪の日だ。……それにしても。
「私、こんなに弱かったか……?」
 思えば、既に逃げの手を打ったのは三回。うち二回は出し抜いてやったというプライドはあるが、それでも戦績としては恥臭いものである。魔理沙は大きなため息を吐いた。
(……自信、無くすぜ)
 しかし、落ちこんでばかりもいられない。これから、どうしようか。
「アリスの所は……駄目だろうなぁ。むしろ躍起になって人形で追いかけてきそうだぜ、あいつ」
 そうなると、後は一つ。
「霊夢のとこに行ってみるか……あいつなら、多少嫌われてても匿ってくれるくらいはしてくれそうだ」
 魔理沙は博麗神社に向かった。


 夕暮れの博麗神社、その母屋。霊夢は一人、自室でお茶を飲んでいた。
「おい、霊夢!!」
 障子の向こうから声が聞こえる。しかし、霊夢は眉一つも動かさない。
「霊夢!! ……なんだ、いるじゃないか」
 障子が開き、魔理沙が中に入ってくる。霊夢は魔理沙の方に振り向きもせずに、お茶を一口啜った。
「なあ、ちょっと今ヤバいことになってて……悪いが、匿ってくれ」
「……」
「おい、聞いてるのかよ」
 魔理沙は霊夢の前のちゃぶ台を、ばんと叩いた。そこで初めて、霊夢の眉が少し動く。
「……聞こえてる。別に、匿って欲しいならその辺の隅でじっとしてればいいわ」
 冷ややかな声である。相変わらず、魔理沙の方には見向きもしない。
「な、なんだよ……」
「あまり、大声を出さない。暴れない。埃が立つ」
 そこで、魔理沙は霊夢の目を見た。空気を見るような目。今の霊夢には、魔理沙がただ動いて喋るもの、くらいの認識でしかないように思える。魔理沙と霊夢は長い付き合いだが、魔理沙はそんな視線を今まで霊夢から向けられたことは無かった。
「……もう、いいぜ……わかったよ」
 その視線に、耐えられない。魔理沙は帽子を深く被りなおすと、そのまま出ていった。


 魔理沙はとぼとぼと神社からの道を歩いていた。そして、あの霊夢の自分を見る目を思い出す度、胸が苦しくなってくる。
(友達だと思ってたのに……くそっ……)
 その気持ちを怒りに変えようとするが、上手く感情をコントロールすることが出来ない。きっと、沈んでいく夕日のせいだ。魔理沙はそう、思い込もうとしていた。
(もう、どこも行けないぜ……森の適当な場所で、野宿でもするか……)
 適当なところなんて、あるだろうか。魔理沙は力なく、森のほうへ歩き始めた。


 日はすっかり沈み、辺りは闇に包まれる。その夜は三日月で、月の光はひどく頼りない。そんな中、魔理沙は一つの明かりを見つけた。……森の近くの古道具屋、香霖堂である。ここに来るつもりは無かった。むしろ、今までは避けていたくらいだ。
(そうだ、香霖なら……)
 魔理沙は店のドアに駆けより、ドアノブに手をかけた。
「こ……」
 ……そこで、霊夢の冷ややかな視線が魔理沙の脳裏に浮かんだ。
(霖之助にあんな目をされたら……私は、どうなる……?)
 ……泣き出してしまうかもしれない。けれど、その泣く自分を助けてくれる人は、誰もいない。そう思うと、声が出なかった。
(駄目だ、やっぱり森へ行こう……)
 魔理沙はドアノブから手を離し、香霖堂に背を向けた。……と、ドアのほうからがちゃ、という音が聞こえる。

「……魔理沙?」
 ドアの隙間から、霖之助が顔を出した。
「香霖……」
「何してるんだ、こんな時間に」
 魔理沙は動けない。家の中の光は逆光になっていて、霖之助の表情が見えなかった。
「まあ、入れよ。せっかくだし、晩御飯でも作っていくかい」
 冗談っぽく霖之助が言う。……その表情は、笑っていた。
「こ、こーりーん……」
 魔理沙は駆け出し、霖之助に飛び付いた。
「わ……ど、どうしたんだよ魔理沙」
 魔理沙は霖之助にしがみ付いたまま、子供のように声を上げて、泣きじゃくっていた。


 霖之助は魔理沙を家の中に通すと、泣き止むまでそばで待つことにした。
(……いつ以来かな、魔理沙がこんなに泣いているのは)
 それは魔理沙が本当に幼少の頃だろうか。霖之助の記憶の中でも、魔理沙が泣いている場面はほとんどなかった。
「あ、ああ……みっともないとこ見せちゃったな」
 魔理沙は両腕の袖で目を擦りながら、努めて冷静に言った。こういうところはやっぱり意地っ張りなんだな、と霖之助は思う。
「……で、どうしたんだい、一体」
「それはこっちのセリフだぜ。なんでお前は薬の影響、受けてないんだよ」
「ああ……それは、これさ」
 霖之助は懐から白い包み紙を取り出した。

「なんだ、アブない薬か?」
「違うよ。薬師に頼んで作ってもらった、『薬の効果が効かなくなる薬』さ」
「あー? なんでまたそんなもんを……」
「朝の魔理沙がしてきそうなことといえば、ホレ薬でも僕に盛ろうとすることかと思ってね」
「なんだよ、最初から読まれてたのか……さては、永琳も全部知ってたな。くそ、なんだったんだ今日の苦労は」
「霊夢を追いかけていって、あれからどうしたんだい」
「どうもこうも無いぜ。今日は、お前に完敗だ。ああ、飯がまだなら私が作ってやるよ。もう、大分遅いけどな」
 魔理沙は立ち上がると、厨房へ向かう。
「ああ……頼むよ。実は、今日は朝から少し調子が悪いんだ。外を出歩いて、さらに悪化したらしい」
「調子が悪い?」
 魔理沙は霖之助のほうに小走りで寄ると、霖之助の額に手を当てた。

「おい……お前、熱があるじゃないか」
「ん? ああ……少し寒気がすると思ってたが……」
「馬鹿、こじらせたらどうするんだ。薬飲んで寝てろよ」
「……残念だけど、三日間は薬が全く効かないんだ」
「ああもう、なんでそんなもん飲んだんだよ。すぐおかゆ作るぜ」
 それは魔理沙のせいなんだがな、と霖之助は思うが、口には出さないでおいた。
「いいか、おかゆ食べたらすぐ寝ろよ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
 結局魔理沙はその夜、霖之助を付きっきりで看病したのだった。


 翌朝、霖之助が目覚めると、腹の辺りが何やら重たいことに気付く。魔理沙が、霖之助の布団に突っ伏して寝ていた。
「……まったく、人間最強の魔法使いも、こうなると形無しだな」
 霖之助は額に当てられた塗れ手ぬぐいに手をやった。まあ、多少の騒動を起こすくらいは大目に見てやろう。もちろん、自分の手に収まる程度の騒動なら。
(もう少し、寝かせておいてやるか)
 霖之助は再び目を閉じた。


 事件の発端から三日、薬の効果は切れ、霖之助の病気も回復し、幻想郷は全て元通りになった。……その三日目、香霖堂を訪れた霊夢に、魔理沙が『最高』と連呼したこと以外は。

<異幕『恋色マジックポーション』了>
どうも、アホアホSS書きのNVK-DANです。薬は余り好きじゃありません。
まずはここまでお読みいただき、まことにありがとうございます。今回は色々詰めこみすぎて、やや冗長になってしまった感があります。前後編で雰囲気がらっと変わっちゃうのもなんだかなぁ。

というわけで、後半は姑息にシリアス系を重視してみました。出来るだけ原作に忠実に、を念頭にやってきたのですが、段々と「俺魔理沙」が暴れ出してきてしまい、本人は楽しそうですが私は悲しい。

ともあれ、この長々としたSSを、さらにはこんなコメントまで読んでくれた読者の方へ、最大級の感謝と、今後ともよろしくということでどうか一つ。


……あ、ニュー紅魔館ネタに中国入れるの忘れてた。
NVK-DAN
http://www.geocities.jp/nvk_dan_21/
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コメント



0.3820簡易評価
7.70宇多削除
兄貴の一人勝ち!
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つまり結末はコレなわけですね
10.90名無し削除
個人的にとても好きな作品です。
久しぶりに頼れる兄貴(というかマトモなこーりん)を見たなぁ…

とにかく魔理沙がかわいい。激しくGJ!!
13.100七死削除
最高ッ!!!っと叫んでも足りないからもうひとつ!をつけちゃう。

まるで二枚の向き合う壁の間にスーパーボール(エンシェントアーティファクト)を放り込んだように跳ね回る話の展開は、見ていて実に愉快痛快軽爽快嬉々快々!
とある一点を足場にして話の流れがガラリと変わってしまうのも、パタパタした展開の中でもきっちり要点が抑えられているのも、なんだかんだで魔理沙が可愛いのも全てが無駄なく洗練されてて堪りません!

決して肩に力が入らず、さりとて刻む歩幅に乱れは無い。 それが楽しいって事でしょう? とさらりと魅せられた。 そんな乙女が織り成す文楽の妙! 実にお見事に御座いました!
15.100名前が無い程度の能力削除
アンタ最高!
途中のしょんぼり魔理沙が可愛すぎ。
18.90しん削除
面白れえ…。軽快なテンポが心地いいー… 
魔理沙が香霖に泣きつくシーンで、彼の実直な店主に激しい殺意の波動を感じたが、タマにはそういう普通な香霖もいいものだ…
22.100名前が無い程度の能力削除
霖之助さんやりますねw
いくら魔理沙でも幻想郷の全員を敵に回すとはかくも恐ろしき・・w

結果として騎士となった霖之助に魔理沙が惚れる事は・・・・・ないのか(汗
39.100削除
貴方様、最高っ!

いや、もう他に何も言えません 最高っ!!
44.90名を失念する程度の能力削除
良質なコメディに仄かなシリアスがよく効いている。それでいてしつこくない。
実においしいシチューだ