「らんさま……」
「どうした橙、どこか痛いのか?」
「……スッパテンコーって、楽しい?」
ここはマヨヒガ。幻想郷のはずれにある静かな場所。
私、八雲藍は主人である紫様の式となって以来ここに住んでいる
当時、なぜ紫様が多くの妖狐の中から自分を選んでくれたのかは分からなかった。
私は紫様と過ごすうちに多くのことを学び、式神として成長することが出来た。
そのうち術も使えるようになり、紫様の結界修復作業の手伝いも見よう見まねで出来るようになった。
結界がきれいに張れると、紫様は私を褒めてくれた。その時はそれだけで幸せだった。
炊事洗濯掃除、これらもすべて最初は紫様に教わった。
これは私に才能があったのか、見る見るうちに上達した。それこそ今ならば吸血鬼付きのメイドとしてもやっていけるだろう。
今思えば紫様が私を選んだ最大の理由はここにあったのかもしれない。
年月を経るごとにだんだんと仕事が増えてくるようになった。単に紫様が仕事を怠けているので私にしわ寄せが来ているだけなのだが。
しかし、忙しい中でも私は充実した生活を送ってきた。
ここマヨヒガに居ながらにして幻想郷中の結界の様子は手に取るように分かるし、それをこの場から修復することも出来る。
そんなある日、紫様は私にこう言った。
「藍、あなた式神を使う気は無い?」
その一言がキッカケで、私は橙を使役することになった。
はじめは橙もわがままで私の言うことなど一つも聞いてくれなかったのだが、愛情を持って接するうちに私を信頼してくれたのだろう。
炊事や掃除の手伝いをしてくれるし、私の尻尾の手入れもしてくれるようになった。
昼下がりに縁側で橙を私の尻尾の中で昼寝させることが私の最高の喜びとなった
そんな平和な日々が永遠に続くと思っていたのだが、ある日その考えを改めざるを得ない時がやってくる。
博麗神社、この禍々しい物が建立された日、歴史は動き始めたのだ。
当初は紫様も博麗神社の存在こそ知ってはいたものの『ささいなこと』としてとらえていた。
実際歴代の巫女は時折結界を壊す騒動を起こしはしたものの、日常おこる結界のほころびに毛が生えた程度のものだった。
橙の修行に丁度いいものでもあり、私は橙を連れてよく修復に出かけた。
私にとっても橙を連れ出す良い口実になっていたこともあり、巫女の行動を黙認することにしていたのだ。
事態が激変したのはちょうど数年前、博麗霊夢が巫女になってからのことだ。
この紅白、こともあろうに結界を自由に張ったり消したりする能力を持っているのだ。
弾幕ごっこで結界を使う、格闘ごっこで結界を破る、しかもその質と量は半端ではなかった。
本来結界があるはずの無い場所に結界を張れば、空間にひずみができる。
そのひずみが本来の結界に悪影響を及ぼし、修復が必要となるほころびが出来る。
スペル『封魔陣』『二重結界』なんてものを幾度と無く使われた日(長い冬の後春が来た日)には、私は徹夜で修復作業を行ったのだ。
オマケに最近は白黒の魔法使いと一緒に大暴れしている。たのむからこれ以上仕事を増やさないでくれ。
しかも最近は紫様は寝てばかり。修復を手伝って貰うことすら出来ない。
橙は橙で一向に術の上達が見られない。本人が遊び半分で修行しているからなのだろうか。
私は日々の生活に疲れていた。炊事洗濯掃除に毎日の仕事、さらには橙の教育、寝たきり紫様の介護。
そんな時、私は結界修復の帰りにふと立ち寄った森で一軒の店を見つけた。
「香霖堂」ここは怪しいアイテムがずらりと並ぶ幻想郷の中の幻想郷。その中でも一際怪しいのが店の主人だったりする。
この店の品物と雰囲気に私は魅せられた。懐かしさと新鮮さが入り混じるこの空気が心地よかったのか。
毎日仕事帰りに立ち寄っては主人と他愛の無い話で盛り上がった。
ある日、私は親しくなった店の主人に自分の悩みを打ち明けた。橙の教育のこと、紫様の介護のこと等々。
すると店の主人は
「藍、君はかなりストレスがたまっているようだね」
と言い、その解消法を教えてくれた。
それが「八雲藍」と「素裸天狐」との出会いだったのだ。
自我を開放すること。店の店主が放った一言が私を素裸天狐に目覚めさせるカギとなった。
自分の思いの丈を幻想郷にぶちまけることこそが「自我の開放」ということだったのだが、私の本能は既にそれを理解していたのか。
私はマヨヒガに戻り、素早く橙を寝かしつけ紫様を隙間の中に押し込む。
そしていよいよ素裸天狐を実行に移すことにした。
だが、ここで最大の敵が私の素裸天狐を阻んだ。
その最大の敵を人は『理性』と呼ぶ。人が人たるのは理性のおかげであるのと同時に、妖もまた理性の有無によって獣と区別される。
平常ならば理性というものは最大限尊重しなければならない。理性を否定することは己を否定することに匹敵する。
私は悩んだ、10分間悩んだ、悩みぬいた末に一つの結論を出した。
「式神は、常に向上しなければならない」
次の瞬間、私は素裸天狐となった。
自己を解き放ち、幻想郷と一体となるこの行為。私の中に世界と一つになった感触が伝わってくる。
その姿はまさに(省略されました 詳細を見るにはスッパテンコーで検索してください)
それからというもの、私は実に晴れ晴れとした心で毎日を送ることが出来るようになった。
結界の修復作業は日に日に増していき、さらに紫様の睡眠時間も私の仕事量と正比例するかのように長くなってゆく。
それでも私は週2回の素裸天狐のおかげでストレスを溜めることも無くなった。
しかし一つだけ気になる点がある、橙である。
私が素裸天狐に目覚めてからというもの、何か余所余所しい。初めは親離れ或いは反抗期なのだろうと思っていた。
それにしては反応がおかしい。反抗というよりもなにかに怯えているかのような反応を見せるのだ。
私の尻尾にもぐりこむ事もしなくなった。食事が終わればさっさと自分の部屋に篭ってしまう。私との接触を避けるかのように…
私は再び香霖堂の店主に相談することにした。
ある晴れた休日午後の昼下がり、私はいつものように香霖堂を訪れた。
私が素裸天狐に目覚めてからというもの、店の主人とはさらに親密になっていた。
親密というよりは、同じ世界を共有するもの同士とでも表現したほうが良いのか、会話が実にかみ合う。
1時間ほど会話を楽しんだ後、本題を切り出した。
すると店の店主は一瞬固まった。額には汗がにじんでいる。
「君は、君だけの世界に入っているのかい?」
そう一言言うと、主人はいつものおかしな主人へと戻った。
私はこのとき主人の放った言葉の重さを理解できなかった、いや理解したくなかったから理解しなかったのかもしれない。
何事も無かったかのように、その後日が暮れるまで私は店の主人とのお茶を楽しんだ。
その夜、素裸天狐を終えた私の元に橙がやってきて、私に問いかけてきた
「らんさま……」
何か弱弱しい、というか悩みがあるような表情だ、私は心配になり
「どうした橙、どこか痛いのか?」
とすぐさま橙の体を案じた。だが、帰ってきた答えは私の想像を絶する恐るべきものだったのだ・・・!!
「……スッパテンコーって、楽しい?」
私の時間が止まった。そして同時に昼間の香霖堂店主の言葉が脳内を駆け巡る
「君は、君だけの世界に入っているのかい?」
私は全てを理解した。いや、理解せざるを得なかった。
私が入り込んでいた世界は、私だけの世界ではない、私と橙の世界だったのだ……
次の日、私は珍しく太陽の光で目を覚ました。
そんな私の元に橙が朝食を運んできた。いつもの橙お手製の朝食は私の生きる楽しみの一つだ。
私はその朝食を一口づつ味わい、堪能する。そして食べ終わり箸を置いた後
「一つおねがいがあるんです」
私は橙の質問を聞くことにした。
「なぁに、どうしたの橙?」
「この手紙の字が読めないから読んでください、紫様。」
私は橙から手紙を受け取り、それを声に出して読む。
「幻想郷探しの旅に出ます、お暇をください」
一週間後、紅魔館が尻尾つきメイドを雇ったという知らせがマヨヒガに届いたのだった。
藍様の気持ちは香霖にしか分からないな・・・
しかし、中々良いスッパテンコーでした。
続き期待したいです。