一方、その頃。
「この波動…まさか」
「美鈴ね…無茶をする」
地下へ続く扉の前で、背後には蒼白なメイド達を従えながら、レミリアとパチュリーが立ち尽くしていた。
「一人で突っ走るなんて…早く行かないと!」
主の傍らにあった咲夜が、その名高い瀟洒さを思わず忘れて、命を待たずに扉に手をかけたその時。
「待ちなさい、咲夜。開けてはだめ」
「お嬢様?!」
何故お止めになられるんですか、と反射的に言いかけて、彼女は口をつぐんだ。従者は、主の言うことに反論するものではない。
「あの子らしいわね…被害を出来るだけ少なく抑えようとしているんだよ」
「…それで、どうする?レミィ」
パチェの言葉に、迷うことも無く紅魔は答えた。
「しばらくここで待つわ。部下のたっての願いとあれば、見届けてやるのも主の度量ではないかしら?」
メイド長は、今度はその瀟洒さを失いはしなかった。ただ、わずかに眉を動かしただけだった。
「勝手な行動は許さないわよ、咲夜」
その冷たく権威ある声を鞭の如く振るい、レミリアは己がメイド長の綻んだ完璧を叩き直す。タイミングを奪われ、咲夜の動きが今度こそ完全に止まった。
「…邪魔になるのよ、私達が今入るとね」
「パチェ」
余計なことを、とばかりに彼女は傍らの魔女を睨みつけた。そして、やれやれとばかりに肩を軽く竦める。
「あの子は変わってるからね…一緒に戦えば、きっと他人を庇う戦い方をする。雑魚の大軍相手ならともかく、あのフラン一人相手にそれは害にしかならないわ。動きを鈍らせたら、どんな耐久力を持ってたって…」
そこまで言うと、彼女はしなやかな手をぱっ…と広げて見せた。
「…しかし…それでは、彼女を見殺しに?美鈴の実力では、フランドール様相手では邪魔が入ろうと入るまいと…」
咲夜が言いかけると、パチュリーが再び口を挟んだ。
「でも、それが一番。少しでもフランの力を無駄にさせられる。それに、その間にもっと確実な迎撃準備が整えられるわ。仮にも君主ならば、最終的に自分の支配するものに及ぶ被害が一番少なくなる道を選ぶものよ。情に流されて被害を拡大させるよりはね」
「っ…」
咲夜は口をつぐんだ。彼女のいつでも冷静な思考と計算は、心のどこかで確かに同じことを囁いていたからだ。
そんな咲夜をしばらく見つめて、ふと、珍しくも口元に僅かな笑みを浮かべて魔女はレミリアに視線を遣った。
「…でも、そんなのは最良の策じゃないのよね?大のために殺される小もあなたの所有物。だから…」
「…噛むよ、パチェ。ええ、そうよ…美鈴が危なくなったら突入するわ。あの子も私の所有物、勝手に死ぬのは許さない。ぎりぎりまで粘らせてからなら、美鈴を連れ出すのも簡単でしょう」
「お嬢様…!」
顔をぱっと輝かせた咲夜に、レミリアは牙を見せてにいと笑った。
「私は何も、美鈴に気を遣っているから入らないわけじゃないんだよ。気を遣うのは本来あの子の力。ちょうどいい機会だからあなたも見ておくといいわ…私が何故、彼女を門番にしたのかをね」
その言葉を聞いて、咲夜は訝しげに眉を寄せた。
(…美鈴がそんなに強いってこと?いつもナイフの的で半ベソなのに?コッペパンにバターがついただけであんなに喜ぶ子なのに…?)
「…30文字を除いては本当ね…」
「…何か言ったかしら、パチュリー・ノーレッジ?」
「いいえ、何も」
果たして、部屋の中では。
「はぁああああああああっ!」
果たして何が起きたのか、四方から上下左右に振り抜かれた破壊の魔杖は空を切り壊し、ぼきり、ばきりと鈍い音と共にダイヤのフランドールの小さな身体が吹っ飛んで石壁に叩き付けられ…ふっ、と消えた。残った三人のフランドールはきょとん、と目を瞬いている。何が起こったのか把握出来ていないのだ。
…解説すると簡単な話で、レーヴァティンが振り下ろされたその瞬間、美鈴は思い切りダイヤのフランドールの懐へ自分から飛び込み、魔杖を振り抜こうとして無防備になった胸部へその勢いのまま肘を叩き込んだのだ。飛び回る少女達の動きと攻撃タイミングを見切って、なおかつあの害悪の杖の擦れ擦れを通って最短距離で懐へ飛び込むのは、むろんこんな説明ほど容易く行くものではない。もっとも、フランドールは美鈴の実力を実際より低く見て弄びにかかっていたため、隙が大きかったと言うのもある。普段情けない姿ばかり見せているのがこんな所で幸いしようとは…。彼女には、少々複雑な気分だった。
さて、これで少しは怯んでくれればいいのだが…
「わあ、すごいすごい美鈴!いつもとは全然違うよ!」
…やはり無理だ。正気ならともかく、狂気の中には怯むような理性はあるまい。手を叩いて喜ぶ少女達の動きを探りながら、美鈴はゆっくりと深呼吸した。呼吸に合わせて、体内に力が満ちて行くのが判る。そして、練り上げられていく力の半分は身体に、もう半分はいまだ手にしている呪符に。
「この波動…まさか」
「美鈴ね…無茶をする」
地下へ続く扉の前で、背後には蒼白なメイド達を従えながら、レミリアとパチュリーが立ち尽くしていた。
「一人で突っ走るなんて…早く行かないと!」
主の傍らにあった咲夜が、その名高い瀟洒さを思わず忘れて、命を待たずに扉に手をかけたその時。
「待ちなさい、咲夜。開けてはだめ」
「お嬢様?!」
何故お止めになられるんですか、と反射的に言いかけて、彼女は口をつぐんだ。従者は、主の言うことに反論するものではない。
「あの子らしいわね…被害を出来るだけ少なく抑えようとしているんだよ」
「…それで、どうする?レミィ」
パチェの言葉に、迷うことも無く紅魔は答えた。
「しばらくここで待つわ。部下のたっての願いとあれば、見届けてやるのも主の度量ではないかしら?」
メイド長は、今度はその瀟洒さを失いはしなかった。ただ、わずかに眉を動かしただけだった。
「勝手な行動は許さないわよ、咲夜」
その冷たく権威ある声を鞭の如く振るい、レミリアは己がメイド長の綻んだ完璧を叩き直す。タイミングを奪われ、咲夜の動きが今度こそ完全に止まった。
「…邪魔になるのよ、私達が今入るとね」
「パチェ」
余計なことを、とばかりに彼女は傍らの魔女を睨みつけた。そして、やれやれとばかりに肩を軽く竦める。
「あの子は変わってるからね…一緒に戦えば、きっと他人を庇う戦い方をする。雑魚の大軍相手ならともかく、あのフラン一人相手にそれは害にしかならないわ。動きを鈍らせたら、どんな耐久力を持ってたって…」
そこまで言うと、彼女はしなやかな手をぱっ…と広げて見せた。
「…しかし…それでは、彼女を見殺しに?美鈴の実力では、フランドール様相手では邪魔が入ろうと入るまいと…」
咲夜が言いかけると、パチュリーが再び口を挟んだ。
「でも、それが一番。少しでもフランの力を無駄にさせられる。それに、その間にもっと確実な迎撃準備が整えられるわ。仮にも君主ならば、最終的に自分の支配するものに及ぶ被害が一番少なくなる道を選ぶものよ。情に流されて被害を拡大させるよりはね」
「っ…」
咲夜は口をつぐんだ。彼女のいつでも冷静な思考と計算は、心のどこかで確かに同じことを囁いていたからだ。
そんな咲夜をしばらく見つめて、ふと、珍しくも口元に僅かな笑みを浮かべて魔女はレミリアに視線を遣った。
「…でも、そんなのは最良の策じゃないのよね?大のために殺される小もあなたの所有物。だから…」
「…噛むよ、パチェ。ええ、そうよ…美鈴が危なくなったら突入するわ。あの子も私の所有物、勝手に死ぬのは許さない。ぎりぎりまで粘らせてからなら、美鈴を連れ出すのも簡単でしょう」
「お嬢様…!」
顔をぱっと輝かせた咲夜に、レミリアは牙を見せてにいと笑った。
「私は何も、美鈴に気を遣っているから入らないわけじゃないんだよ。気を遣うのは本来あの子の力。ちょうどいい機会だからあなたも見ておくといいわ…私が何故、彼女を門番にしたのかをね」
その言葉を聞いて、咲夜は訝しげに眉を寄せた。
(…美鈴がそんなに強いってこと?いつもナイフの的で半ベソなのに?コッペパンにバターがついただけであんなに喜ぶ子なのに…?)
「…30文字を除いては本当ね…」
「…何か言ったかしら、パチュリー・ノーレッジ?」
「いいえ、何も」
果たして、部屋の中では。
「はぁああああああああっ!」
果たして何が起きたのか、四方から上下左右に振り抜かれた破壊の魔杖は空を切り壊し、ぼきり、ばきりと鈍い音と共にダイヤのフランドールの小さな身体が吹っ飛んで石壁に叩き付けられ…ふっ、と消えた。残った三人のフランドールはきょとん、と目を瞬いている。何が起こったのか把握出来ていないのだ。
…解説すると簡単な話で、レーヴァティンが振り下ろされたその瞬間、美鈴は思い切りダイヤのフランドールの懐へ自分から飛び込み、魔杖を振り抜こうとして無防備になった胸部へその勢いのまま肘を叩き込んだのだ。飛び回る少女達の動きと攻撃タイミングを見切って、なおかつあの害悪の杖の擦れ擦れを通って最短距離で懐へ飛び込むのは、むろんこんな説明ほど容易く行くものではない。もっとも、フランドールは美鈴の実力を実際より低く見て弄びにかかっていたため、隙が大きかったと言うのもある。普段情けない姿ばかり見せているのがこんな所で幸いしようとは…。彼女には、少々複雑な気分だった。
さて、これで少しは怯んでくれればいいのだが…
「わあ、すごいすごい美鈴!いつもとは全然違うよ!」
…やはり無理だ。正気ならともかく、狂気の中には怯むような理性はあるまい。手を叩いて喜ぶ少女達の動きを探りながら、美鈴はゆっくりと深呼吸した。呼吸に合わせて、体内に力が満ちて行くのが判る。そして、練り上げられていく力の半分は身体に、もう半分はいまだ手にしている呪符に。