Coolier - 新生・東方創想話

東方降魔録~the Scarlets~:第壱章

2005/04/06 09:01:50
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赤い、紅い、とても緋い満月が幻想郷を照らす。そんな静謐で神聖で、そして妖美な夜は、夜の貴族達に強い力を与える。…力の流れは水の流れと同じ。器に多過ぎる水は溢れ出さずにはいられない。運の悪いことに、その夜は、一人の少女の力のリズムが頂点に達するまさにその夜でもあった。自らの強すぎる力のゆえに更なる増幅に耐え切れず、少女は力を溢れさせ、溢れた無色の力は彼女の内に眠っていたものの色に染められ、戦慄すべき暴威となって、少女の心までもその嵐の中へと呑み込んでしまったのであった。








東方降魔録~the Scarlets~








「…フラン…?」
吸血姫ははっと顔を上げた。真紅の光に染まったテラスにあって、その顔が急速に色を失って行く。
「お嬢様…?」
いつにない主の態度に、従者は身体をわずかに強張らせた。
「…そうか…私としたことが。この月…今のあの子には強過ぎる。」
闇よりもなお黒い翼が力に満ちて開かれ、暴風となってテラスのテーブルを薙ぎ倒し…そして、次の瞬間、倒れたはずのそれらは何事もなかったように瀟洒に佇んでいた。

「咲夜…今すぐに全警備を配置につかせなさい。最上級の警戒態勢でね。パチェ…は、たぶんもう気づいてるわね。私は先に行って、彼女と一緒に扉を可能な限り封じておく」
「はい、かしこまりました」
何も聞かず、咲夜はその場から文字通り消えた。詳しく聞くまでもない…彼女も、主にやや遅れてそれを感じ取っていた。地下室からの凶悪な力の奔流を。


「はー…、はぁ…、…熱…うぁあああああっ…!」
闇に満たされた地下室の中、少女はうずくまって己の身体をかき抱いていた。ぎゅうっと指が握り締められて、二の腕に食い込んでとろりと血液をにじませる。しかし、もはやその痛みだけが彼女を辛うじて支えていた。首をひたすらに横に振りながら、己の内から沸きあがって来る大波に必死で彼女は抗った。
「やだ…だめだったら…出て来るなっ…!もう絶対にやだ、やだ、やだぁあっ!」


以前の少女なら、別に抗うことはなかったろう。それはとても馴染み深いもので、彼女の本質でもあった。何より、地下室しか知らなかった彼女にはそれを否定する必要は一切なく、楽しみですらあったのだから。だが、今は違う。もう、泥濘のような暗闇は打ち砕かれていた。彼女は今の幸せを知って、その幸せを知らなかった幸せを捨て去っていた。押し寄せて来るものに身を任せれば、今の幸せはきっと全て失われてしまう。
何も知らなかった時には幸せだった、あの孤独の中に戻ってしまう。


…即ち。
壊せ、壊せ、壊セ、コワセ、コワセ、コワセコワセコワセコワセコワセ…
「いや、嫌、嫌ぁっ!私は皆と、一緒にコワレ違う、コロシテ違う、タノシイ楽しくなんかない、助けてお姉様、美鈴、咲夜、パチェ、魔理沙、霊夢、助けて…助けてよぉ…」
彼女らの顔を想おうとすればするほど、その身体のぬくもりと熱くて甘いであろう血の幻覚が彼女らへの想いに混ざり込んで狂わせてゆく。…吸血鬼の愛情と吸血の衝動は、多くの場合不可分のものであるから。
「ワタシハダレ、ワタシハホロビ、違う私はフランコワシタイコワシタイ駄目駄目だめだめダメダメダメダメダ」
少女の視界で、紅い光が弾けた。


ちょうどその瞬間、地下室の扉が砕けんばかりに突き開けられた。
「フランドール様、いかがなさいましたかっ!」
翻った髪の、その炎と太陽の赤が血の真紅の中でなお赤々と燃え盛った。
この異変の中心に、咲夜よりもパチュリーよりも、そしてレミリアよりもなお早く駆けつけた人物…それは、美鈴だった。気を使う程度の能力のゆえに膨れ上がる狂「気」に最も早く気づき、躊躇うことなく彼女は地下室へと駆けた。偶然にも厨房へつまみ食いに行く途中で、すでに地下室に非常に近い場所にいたがゆえに、幸か不幸かレミリア達が向かうよりもなお早くその扉をくぐっていたのだ。


地下室の空気は、気を抜けば飲み込まれてしまいそうなほどの禍々しい狂気に満ちていた。これは、あの紅白と黒白によって開放される前のフランドールそのもの…いや、それよりもなお格段に凄まじい。彼女の額に脂汗が滲んだ。正直、生きて帰れる自信は全くなかった。元よりそれも覚悟の上だが…。
「め、い、り、ん…?」
のろのろとフランドールの顔が上がる。うつむけられたその顔の表情は、影に隠れて窺い知れない。気を読もうとしても、不気味なほどに静まり返ったその気からは何も読み取れない。


「フランドール様…眠れないのですか?それでしたら、私がまた歌など歌ってさしあげますから…さ、ベッドに戻りましょう?」
抑え切れずに小刻みに震える声ながら、可能な限りいつも通りに美鈴は声をかけた。
「めいりん…」
一瞬、フランドールの声に色が戻った。美鈴の瞳に儚い期待が瞬いたその次の瞬間。
「に…げ、……てぇえええええっ!!!」
風が唸った。フランドールの絶叫は、溢れる魔力を受けて衝撃波となって美鈴を襲った。
「きゃ…ぐはっ!」
美鈴の長身が木の葉のように吹き飛ばされ、壁に半分までめり込んだ。
とてつもない威力だった。とっさに気の障壁を張りながら後方へ跳んで衝撃を受け流したから良かったものの、もしも無防備でまともに食らったならば、頑丈が取り柄の彼女とはいえただでは済まなかっただろう。


しばし沈黙が降り、美鈴が壁から身体を引き剥がす音だけが室内に響いた。やがて、
「……ふ………ふ…うふふふふふふふふ…………。……ねえ、美鈴…あそぼうよ。こんなに月も血も紅いんだから…」
低い声と共に上げられたフランドールの瞳は、影の中で爛々と光っていた。そして、その表情は…とても無邪気で、心底楽しそうで、そして無惨だった。美鈴はぞっと身を震わせた。妖々と輝く少女の瞳を覗き込むや、彼女はゆっくりと構えをとった。全力で戦わなければ間違いなく壊される。それが確信出来たからだ。


いや、予想はしていたのだ。部屋の外にまで溢れ出した狂気を感じた時から。しかし、それを肯定したくはなかったのだ。
「いいですよ…フランドール様。思う存分、煙も出なくなるまで遊びましょう」
全力をただ逃走だけに出し切ればおそらくは逃げ切れる。しかし、こうなることを予測していながら何故一人だけでこの部屋に来たのか?それを考えれば、美鈴にはこの答えしか残されていなかった。


今晩のフランドールは、あまりに強過ぎた。もしも外に出してしまえば、紅魔館の住人全てでかかっても止められるかどうか判らないほどに。たとえ止められても、下手をすればパチュリーや咲夜までも含めて大勢の死者が出てしまうだろう。それだけは絶対にさせられなかった。


おそらく、このあまりに紅い満月さえ過ぎてしまえば彼女は再び理性を取り戻す。狂気以外のものを知り始めた今、自らの手で大好きなものを壊してしまったなら…きっと少女はもう一度壊れてしまい、もう直ることはなくなってしまう。…狂気が即不幸せだなどと思うほど、美鈴は人間じみてはいなかった。いかに人間に近い思考形態をしていようとも。しかし、この少女にはもっと与えてあげたいものが一杯ある。狂気の笑顔の他にも、もっと眩しい笑顔をたくさん教えてやりたかった。もっともっと幸せになって欲しかった。


ならば、この場で叶う限り彼女の魔力を使わせ、いつものように取り押さえられるようになるまで粘ることだ。そうすれば死者は出ない。それが彼女の出した結論だった。


門番一人で何が出来る、全くの無意味だ。…果たしてそうだろうか?フランドールの攻撃には「精密さ」と言うものがない。そもそも敵意による攻撃をしているのではなく、ただはしゃぎ回っているだけに過ぎないから、特に狙いをつけようと言う意識がないのだ。


だから、大軍の中に放り込む分には最悪の被害をもたらすが、個人を相手にすると著しく無駄が多くなる。つまりは…紅魔館の総員で取り囲めば確かにこちらの攻撃を当てることはたやすくなるが、同時に被害人数も大きくなってしまう。それならば、美鈴がまず一人で当たり、力を浪費させておくのが、全体的な被害の度合いを減じる最良の計であった。少なくとも、彼女はそう信じていた。
「それでは参りますよ…フランドール様っ!」
言うと同時に彼女は地を蹴った。遠距離でのスペルカード戦や弾幕合戦は無意味、どころか自殺行為だ。少女の圧倒的な弾幕により全て押し流され、動きを止めた彼女を破滅が呑み込むだろう。


「えっ…?」
ほとんど弾幕ごっこしか経験のないフランドールには、弾幕ひとつなしのいきなりの格闘戦は予想外だったらしい。目を丸くして動きを止めたその瞬間、少女の腹部へと右の突きが食い込んだ。
「がっ」
呻き声が飛び出し切るよりもなお早く、身体をくの字に折ったフランドールの首筋の急所を美鈴の手刀が一撃する。
「ぐっ!」
小さな身体が空中でぐらりとよろめき、落下する…かに見えたが。
「く、くくくくくくく…あははははははははははは!」
瞬時に顔を上げて後退すると、少女は明るく笑い出した。
「すごいね、美鈴。とっても重くて、とっても痛い。こんなに強かったんだ…」
漂い出した鬼気に思わず追撃の動きを凍らせ、
(やっぱり、このくらいじゃ満月の吸血鬼を気絶させるのは無理ね…)
絶望的な思いと共に、美鈴は左半身に構えた後ろ手で密かにスペルカードを握り締めた。


「くすくすくす…どうしたの、ひどい顔だよ?もっと楽しくやろうよ…禁忌『フォーオブアカインド』」
ささやくように死の宣告が告げられる。真紅のカードが三枚、少女の手から離れてその周囲に浮かんだ。ハート、クラブ、ダイヤの絵柄がそれぞれ記されたカードは、緋い虹とでも言うべき輝きを宙に散らしながら、くるくると踊るように回っていた。そして、ちらちらと宙が七色に瞬いたかと思うと…カードは忽然と消え、代わりに4人の少女がそこにいた。どれもそっくり同じ、寸分の狂いもないフランドール達。いや、よく見ればひとつだけ違いはあった。杖の先がそれぞれ、スペード、ハート、クラブ、ダイヤを象っていた。スペードの杖を持っているのが、元々のフランドールのはずだ。


美鈴には見慣れた光景だったが、それでも彼女の額に一筋の汗が浮かぶ。もっとも、既に額はこれ以上汗をかく余地もないほど濡れつくしているが。…そして、その様子を視界にとらえ、フランドールが悪夢のような、何とも無邪気で寒気のする笑顔を見せた。欠片も悪気がなく、だからこそ邪悪な悪戯っ子の笑み。
「「「「今日は特別…+禁忌『レーヴァティン』!」」」」
その四人がそれぞれに、整然とスペルカードを掲げた。その瞬間、彼女達の杖からどこまでも緋い破壊の光が噴き出し、まるで炎の剣のごとくに姿を変えた。それが存在するだけで、周囲の空間がねじ壊され始めているのが判る。
「…絶対うそだー」
不敵な笑顔を保っていた美鈴の表情がゆるみ、少しづつ締りのない投げ遣りの笑顔に変わって行く。スペルカードの同時起動って、そんな馬鹿な。しかもフォーオブアカインド×レーヴァティンだから、単純計算ではレーヴァティンは通常の四倍魔力消費。いくら分身の出力は本体には及ばないとは言え、満月とは言え、こんなの出鱈目もいいとこだ。やってられるかこんちくしょう。


少女達は、そんな美鈴の表情を鼠を捕らえた猫のように見物しながら、散開して彼女の周りをくるくると飛び回る。
「「「「それじゃ、いっくよー!せーの…」」」」
四本の魔杖が、四方からタイミングを揃えて迫る。一本だけを取っても、そこいらの妖怪なら軍団単位で薙ぎ払われた上で影も残らないような呆れんばかりの力の塊だった。


私が殺されても、それはそれでアウト…よね。やっぱり泣いちゃうだろうな、妹様。
もはや恐怖や絶望さえも超えた白い領域で、美鈴はふとそんなことを考えた。


…そして、轟音と閃光が炸裂した。
天のお告げ、もとい悪魔の囁きにより書き始めてしまいました。書いても書いてもなかなか終わりが見えない…^^;

結末まではかなり時間がかかりそうですが、生温かく見守って頂ければ幸いです。
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コメント



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21.60干水削除
め・・・めーりんが格好良くなってる・・・