Coolier - 新生・東方創想話

因果巡合の起(下)~求生求悪・告解~

2005/04/06 02:20:29
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4/3に投稿した~求生求悪~の後文です
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~求生求悪~


地上人達は壮麗な天への進行を為す術も無く、その姿形が見えなくなるまで列を見送った。

列の先頭には蛭子が、永琳の姿を模して先導していた。
『姫と道中で語り合いたいので、お前が私に代わり皆に指示を授けて頂戴。
 私の姿ならば皆も意気揚々と進んでくれるだろうから』
 と蛭子に半ば強引に自分の姿を模写させていた。

段々と大きくなる月へ行列は進んでいく。
地上と月を分かつ結界の手前まで来た辺りで永琳は手綱を引く月兎に止まるよう命じた。

永琳は車上から降りると車体の天上へと軽やかに軽やかに舞い上がると
護衛の月兎達は何事かと永琳に傾注した。

徐に車上から月兎達を見下ろし、
一回り辺りを見回すと月へと語りかけるように月を仰いで喋り始めた。


「私はこれより姫をかどわかす!これを阻む者は何人であろうとも容赦無く討ち取る!」


永琳の右手には弓が左手には矢が握られていた。
あまりに突然な宣言に、周りにいる誰もが耳を疑った。
永琳の側にいた月兎もその言葉を鵜呑みには出来ずに永琳に問いかけた。

「……じょ…冗談はお止し下さい八意様。お戯れは月へ着きましてから……」

言い終わる前に永琳は弓を引き絞り、手綱を握る月兎へ撃ち放った。
矢は月兎の胸へ間隙無く突き刺さると矢に籠められた呪力が発動し、
驚愕の表情のまま月兎は石となり、砂となって舞い散った。

牛車の周囲全ての月兎達がその事実すら悪い冗談であるとしか思えず、
その場に縫い付けられたように動けなかった

ただ一人、永琳の姿を模した蛭子だけがその事実を真正面から受け止めきれた。

「何をなさるのですか、八意様!」

蛭子は永琳のあまりにも唐突な行動に激しく憤慨した。
「私の姿を模写しているなら先刻私が言ったこと、
 今私が仕出かしたこと、どちらも理解できたでしょう?蛭子。」

薄く笑いを浮かべながら戯けるように答える。
背中の矢筒から再び矢を手にすると自分と瓜二つの蛭子を鏃で指した。

「さあ、早く周りから下がりなさい!さもないと皆、同じ命運を辿ることになるわよ。」
永琳の声に圧されて月兎達がたじろぐ中、蛭子が号令した。

「……総員、構え!」
蛭子が発した永琳の声に月兎達は反射的に得物を抜き払い、
牛車の上にいる永琳に向けてそれぞれの得物の穂先を向ける。

蛭子は永琳と同じ一対の弓矢を目の前に出現させた。
弓を引き絞り永琳へ狙い定めると、矢に能力を注ぎ込み初撃で牽制を計り動きを封じようとしていた。

矢は月の光に似た淡く、儚い光を発し始めた。
月兎達も動揺しながらも自らを鼓舞するように、得物を強く握り締めた。

「八意重兼永琳!月読様への反命行為、及び謀反の罪、
 並びに殺生の大罪により拘束します。総員、かかれぇ!」

号令と同時に蛭子は撃ち放った。
永琳も同等の能力で同じ軌道へと撃ち込み、盛大な火花を撒き散らして相殺した。

蛭子が永琳の姿、能力を模倣している限り双方に勝利も敗北もありえない。
それ故に蛭子は初撃で永琳より先じて打ち込むことにより、月兎達の圧倒的な手数で押さえ込もうとした。
月兎達に気をとられれば蛭子が、蛭子に気をとられれば月兎達が永琳を行動不能の状態にする。

蛭子にとって永琳の頭脳、能力を有している状態であればこそ、簡単な詰め将棋に等しかった。
いかに永琳が不死といえども蛭子を無視することは出来ず双方とも第二撃を構えたまま動けずにいた。

「八意様、御免!」

その間に長槍を携えた4人の月兎達が永琳目がけ槍を振り落とした。
永琳は振り下ろされる槍を避けるどころか見ようともせず蛭子に向けて撃ち放った。

蛭子も相殺せんと続けて撃ち返す。
二人の放った矢は闇夜を切り裂き火花を撒き散らし消滅した。

その間に月兎の槍が確実に永琳を捉えたと誰もが思っただけに、
その光景の奇妙さに永琳以外全ての者の動きが止まった。

4本の槍は永琳の頭上で見えない何かに阻まれるように止まっていた。
心に思い描いた絵との食い違いに誰もが心奪われた須臾の間を永琳は見逃さなかった。
符を結びつけた矢を真上に向けて放つと符を発動させる呪詛を紡いだ。

その挙動に蛭子が一番に我に返ったが既に遅く、自分の身を守るだけで精一杯だった。
真上に放たれた矢は符と融合して七色の光そのものに変化した。

光は全方位へと射出され滝のように降り注いだ。
永琳と蛭子は光の弾よりも強い力を注いだ弓をかかげて、自らの周囲を防御した。

牛車の周りを取り囲んでいた月兎達は光を避けることも防ぐこともできず、
撃ち抜かれて光と共に力無く堕ちていった。


光の弾雨が降り止むとその場に残っているのは牛車と、その上に立つ永琳と、その姿を模した蛭子のみ。

蛭子は永琳の頭脳を駆使して今起きた状況を瞬時に考察して、一つの結論を導き出していた。

槍を止めたのは永琳の力ではなかった。
永琳が槍を止めたのなら蛭子の追撃で為す術も無く取り押さえられていたはず。
ましてや符術を繰る暇など在り得ない。
ならば誰が槍を止め、永琳に術を繰る時を与えたのか。
該当する人物は一人しかおらず、その事実は真実であっても受け入れることが出来なかった。

「姫様は……姫様は何故、このような事を望まれたのですか…?」

弱々しく事の真意を永琳に問いかけた。
蛭子を見つめたまま永琳は沈黙を守る。
答えが返ってこない事に蛭子は苛立ち、大声で問う。

「何故です!八意様は姫の御心を知っておられる故に
 このような事に手を染めたのではないのですか!
 従者達を皆殺しになさる程の大事がそこにはあるというのですか!」

永琳は押し黙ったまま再び矢を抜き取ると蛭子に狙いを定めて弦を引き絞った。

狙いを定められたのを知りながら、蛭子は泣いていた。その理解できない輝夜の意図に。
理不尽に生を奪われた月兎達のために。
事の次第を理不尽なままにして、怒りと責任を全て被ろうとしている永琳のために。

「何故…何故なぜナゼ何故なぜナゼ何故なぜナゼッ!?」

憤る怒りを糧に蛭子は背中から矢を引き抜き三度構え合った。
しかし永琳の頭脳を駆使する蛭子は既に自分の敗北を悟っていた。

蛭子と月兎達による永琳捕縛が簡単な詰め将棋であったのなら、
今の蛭子も簡単にその命を詰まれる運命にある。

そして同じ能力同士の対峙にただ時間だけが過ぎ去る中、その膠着を打ち破る一声が遂に上がった。

「あなたの手に余るなら私が後押しする?永琳」

牛車の中からその声の主が降り立ち、優雅に衣を棚引かせて永琳の後ろへと回り込んだ。

「何をぐずぐずしているのか知らないけど、
 いつまでもすることが無いのは退屈だわ。私も参加させてもらうわよ。」

永琳の後ろには輝夜の姿がある。

蛭子の能力が戦闘で活かされるのは他者の助力があればこそ必勝できた能力である。
裏を返せば蛭子自身が孤立無援の状態ではどうあっても勝てる道理はない。

今まで自分以上の者と対峙したことのない蛭子にとって初めて味わう絶望でもあった。
永琳の頭脳をもって輝夜の裏切り、自分の弱点を同時に理解できてしまった時、
すでに勝敗は決していた。

しかし自分の命の心配よりも輝夜の真意を質したい気持ちで埋め尽くされていたため、
絶望とは裏腹に蛭子の怒りは素早く声帯を伝って外へと放出された。

「姫様、何故なのです!何故このような真似を……」

怒りの訴えをまるで意に介さずに、涼しげな顔で輝夜は答える。

「あなたに言っても詮無きこと。いちいち言葉にしなくては気付く
ことも出来ない無能者など、私にはいらないわ。消えなさい。」

言い終えて輝夜は、袖口から色とりどりの宝玉を提げた銅色の枝を取り出した。
力に満ち満ちたその枝は月の光に照らし出され、恐怖を覚える程に輝いていた。

「試すには丁度良い状況だから使わせてもらうわよ。
 蓬莱の珠の枝に溜め込まれた願い……どれ程のものか。」
永琳は背中越しにその力の波動を感じ取っていた。

「姫、…それはもしや『五常の宝珠』?」

「そう、穢くも哀れな地上人が禁忌を犯し、
 その代償に自らの命を落としてまで私の手元に届けた唯一の回答。
 ……彼だけは見事試練に打ち勝った。」

輝夜は悲しそうに宝珠を撫で、愛でる。

「五常の徳を犯すは五戒の業。徳を我が物にせんとする者は業に手を染め、
 巡り巡りてその身を滅ぼす。それを知り得てなお進む。
 心が擦り切れて亡くなってしまわないように。私が私のままでいられるように…。」

謡うように呟くと、宝珠から何かが漏れ出した。目には見えない何かが。
宝珠から漏れ出したモノは輝夜の力に反応して同化していく。

ほんの少しの間に、周辺一帯を覆い尽すほどの輝夜の膨大な魔力が空間を支配している。

その圧倒的な戦力差に蛭子は、
これから訪れる自分の死が少し先の未来に確実に迫っているのを今まで以上に感じられた。

その圧力に圧倒されて蛭子の心は完全に折れ、自らの死期を受け入れてしまった。

矢を引き絞ったままの状態で固まっていた蛭子は構えを解き、弓矢を捨てると力無く項垂れた。
無抵抗になった蛭子を永琳は不満げに睨み付けた。

「蛭子、もう諦めてしまったの?足掻くことを止めて潔く死のうと
いうの?それがあなたの限界?」

項垂れた蛭子を永琳は責め立てるように問い詰める。
「私を…殺そうとする人が…可笑しなことを……仰いますね…。」

武力も精神も圧倒された蛭子は呻くように呟いた。
その言葉に永琳は更に怒りを燃やした。

「あなたは先ほど、何故姫がこのような事を仕出かしたか聞きたが
っていたわね。その答えを聞いてあなたは納得したのかしら?そ
れを納得し切った上で諦めたの?」

既に思考を放棄して捨て鉢になっていた蛭子には、永琳が何を言いたいのか理解できなかった。
蛭子は永琳の言葉の意味を汲み取れず、いつ輝夜が問いに答えたのか蛭子にはわからず狼狽するばかりだった。
蛭子の様子を見て落胆のため息をつくと、出来の悪い教え子を諭すように優しく語りかけた。

「あなたは『五常の宝珠』についての真意を理解できずにいるよう
ね。私の頭脳を用いながらその体たらくでは仕様がないわ。」

空間を支配する魔力が次第に輝夜の元に集約していくのを永琳と蛭子は感じ取った。
早く決着を着けようと、暗に永琳を急かしているその意図に気付きながらも永琳は喋り続けた。

「五常に纏わる禁忌と姫の動機は同義よ。その答えは至って単純。
 そして姫が先ほど申された言葉こそが答。生も死も踏み越えて、
 喩え森羅万象を敵に廻しても一歩も譲らない強靭なまでの業悪こそを姫は求めた。
 禁忌を踏み倒し、徳をも凌辱する強悪さを!
 ……もし姫の真意を自分で理解できていたのなら、
 あなたはこんな状況には立たされていなかったでしょう…。」

輝夜と永琳の決意の深さを知り、
その邪悪と言えるまでの独善たる精神に蛭子は体を震わせて自分の両腕を抱きすくめた。

その様子を見て輝夜は楽しそうに笑った。

「何を震えることがあるの、蛭子?私は私の考えで生きていくだけ。
 そのために私はあなたを殺すの、ただそれだけのこと。
 じゃあね、蛭子。」

輝夜は一点に集めた途方も無い魔力を、月を背負う蛭子目掛けて解き放った。

輝夜に続いて永琳までもが力を撃ち放ち、
針ほどの隙間もない魔力の塊が蛭子を跡形もなく消し去り、
その背後の月へと向けて飛んでいった。

全てを終えた輝夜と永琳は牛車に乗り込むと満月を背にして、再び地上へと堕りていった。

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~告解~


狂おしく光り輝く満月を、牛車の中から仰ぎ見ながら問いかけた。
「後悔はないの?穢き地上で隠れ住むことになるのに。」

輝夜が意地悪く薄笑いを浮かべながら、正面に居る永琳に聞く。
永琳もまた笑みで応えた。

「姫の願いは全てこの私が叶えてみせましょう。それが私の為すべき事なのですから」
それを聞き、輝夜は更に意地悪く更に問い詰めた。
「それは自分の罪悪感を拭い去りたいが為に、
 贖罪からの行動なのかしら?もしそうなら私への忠誠心からではなく、
 あなたが楽になりたいが故に取った行動ともとれるわね。」

輝夜はそう言い放つとまた月を仰いだ。
「贖罪の気持ちがない、と言えばそれは嘘になります。
 しかし今は姫様に再び仕えることができることを嬉しく思うとともに、安心でもあるのです。
 蓬莱の薬によって不死となったこの体では、誰も彼もが過ぎ去っていきます。
 そして年月を重ねる毎に私の存在は神格化され、ついには〝重兼〟を襲名する運びになりました。
 それは当主であられる月読様の機嫌を損ねることでもありました。
 もはや私の住まうべき場所は姫様、あなたの傍しかないのです」

輝夜は楽しそうに笑って永琳を見据えた。

「そういえばあなた〝重兼〟の神名を再会した時にも名乗っていたわね。
 こうして改めて考えてみると、あの母様に睨まれるのも無理ないわね。
 人望、智力、武力は永琳の方が上。面白いはずがないわ。
 それに母様の力では薬を作ることはできない。私と永琳がいてはじめてできる物だもの。
 永琳ひとりでは母様が掠め盗ったのと同じ精度が関の山。
 私を連れ戻す遠因の一つなのでしょうけど、当てが外れたわね。
 ……母様は私を連れ戻す理由にはなんておっしゃったの?」

「月読様は『長きに渡り穢き地上で反省したことでしょうから、迎えに行って頂戴』と。」

「相も変わらず見栄っ張りでらっしゃるわ、母様は。」
袖口で口元を隠しながらクスクスと笑う。

永琳は視線を沈ませて思い出すように言った。
「以前に、月読様の気分が優れないということで診察する機会があったのです。
 その時に採取した体組織から月読様が服用された薬の純度を測定してみましたが、
 私たちが服用したものと比べるとやはり効能が薄い結果が出ました。
 恐らく月読様の寿命はあと千年もつかどうか………」

輝夜は母親の寿命宣告を聞いても驚いた様子もなく、
「そう」

とただ一言だけ呟いた。


「あなた、どうして〝重兼〟の地位を捨ててまで月を見限る気になったの?」
唐突に輝夜は話題を振ってきた。

少し驚いたように目を見開いた後、苦笑いをしつつ永琳は答えた。

「重兼の名に未練など一欠けらもありません。
 確かに月読様に並び神の名を冠する誉れ高き名ではありますが、
 私にとってはただの名前にしか過ぎません」

伏目がちになる永琳を他所に、輝夜は愉快に尋ねた。
「あら、八意家の神名は未だかつて襲名したものは誰一人としていなかったはずよ?
 家門の神名は、特に医を司る八意家は頂点を名乗る神名は禁句だったはず。
 それを覆すほどの実力を見込まれていたというのに何も未練はないの?
 その気になれば月を支配することも出来たでしょうに」
平然と言ってのける輝夜に永琳は苦笑いした。

「ありません。重兼の名は私以外の月の民にとって畏敬の象徴でした。
 今まで普通に語り合っていた者ですら、仰々しく私を奉りました。
 神に祀り上げられた代償として私は何をすることもなく、只々崇められ過ごさなくてはなりませんでした。
 そして感じたのです。私はここで“生きる”ことは出来ないのだと。
 襲名以後、より姫様を慕い想うようになりました」

輝夜は目を細めて永琳を見た。

「天才というのはじっとしていられないものなのかもね」
独り言のように呟いて小さく笑う輝夜を見て、永琳も小さく笑った。

こうして永琳と笑いあえる日がきた幸せを輝夜は噛み締めていた。
永琳が輝夜を想っていたのと同様に、輝夜もまた永琳の事を片時も忘れたことはない。

しかしそれを口にするほど輝夜の性根は真っ直ぐではないので、
その気恥ずかしさと嬉しさが手伝って輝夜は思いつくこと全てを永琳に喋りたくて仕方がなかった。

「そういえば永琳、あなたどうして蛭子に自分の姿を模写させたの?
 あいつが永琳の能力を使わなければもっと早く片付いていたのに」

「それは……蛭子自身も知らない能力を封じるために、あえて私の頭脳を使用させたのです。
 戦力差が有りすぎると返って生存本能を刺激して能力を開花させかねなかったのです。
 智とは……知り過ぎるということは時に行動を縛ってしまう代物なのです。
 知ってしまった後には、愚かだった頃には戻れない。
 私の姿を模写させたのは滞りなく敗北を知らせる為、そういう理由です」

永琳の言葉を聞いて輝夜は不満気に問うた。

「……蛭子は私たちよりも強い力を持っていたっていうの?」
永琳は黙って頷いた。

「そんな馬鹿な話ってある?月で最も位の低い役職に甘んじてるような奴が、誰よりも強いだなんて!」
納得のいかない輝夜を宥めるように永琳は話し始めた。

「彼女は………蛭子が始めから神名だということは知っておいでですよね?」

「まあね。神名は母様と蛭子、それに新しく加わったあなたの3人だけしか居ないから」

「おかしいと思われませんでしたか?その地位の低さにも拘わらず神名を拝命していることを。
 それは月読様が月に昇り、月の盟主になられる以前から蛭子は月に居たのです。
 そして不定の彼女が彼女たる唯一の持ち物、それが彼女の神名、蛭子です。
 そしてその神名は月の民にとって……いえ、太陰の光に生きる者にとって
 決して勝つことのできない相克の存在、太陽の力が備わっていたのです。」
輝夜は驚き、眼を見開いたまま聞き入っていた。

「恐らく月に居る間は能力の開花はなかったでしょう。それはあっ
 てはならない矛盾となるでしょうから。
 同じ太陰の力だけなら決して私たちに勝ち得はしないでしょうが、
 太陽の力を用いたならば戦局は覆ります。
 それを危惧した故の策なのでしたが、納得されましたか?

永琳の説明に聞き惚れていた輝夜は我に返った。

「……そう、そんな力が蛭子にあったなんて寝耳に水だわ。でも、もうなんの心配もないわね。
 その蛭子はもうこの世にはいないのだから」

輝夜の言葉に頷きながらも、ある小さな可能性が永琳の頭の片隅に引っかかっていた。

善も悪も踏み越えて超人への決意を誓った永琳ではあったが、
その知識が仇となり有意識下でも無意識下でも殺生に対する罪の意識を拭えないでいた。

その罪悪感が永琳に小さな可能性を危惧していた。
危惧とは蛭子の地上での活動にあった。

蛭子の地上での活動における、蛭子の『子孫』達である。

調査する土地柄に応じてその地で美しいと称される女に成り代わり、
その土地で権力を有する地上人に近づいてはその力を利用し、
用が済めば蛭子自ら穢れを祓うと永琳は聞いていた。

先ずは穢き民同士で祓いあう。ここまでは妙案だった。

しかしその渡世術の中でひと際異彩を放っていたのが地上人との交配による『子作り』である。
蛭子の子ども達がこの地上には数多く存在していると見て間違いはない。

太陽と太陰の力を内包していた蛭子が子を生したとするなら、
その子孫達には他の地上人にはない特異な力が発現しているはず。
そしてその力は太陰に偏っている月の民をも凌ぐ力を現すだろう。
この地上に住まう限り、いつの日か蛭子に縁を持つ、そんな異能の持ち主が眼前に現れるのではないのかと、
そんな考えがふと永琳の頭を擡げた。

しかし可能性はあくまで可能性。

もしその可能性が実るとするならば、その因果応報すらも調伏してみせると永琳は己に誓った。

「姫、私たちに与えられた時間が永遠とはいえ、月の民達も黙ってはいないでしょう。
 暫らくは隠れ住まう覚悟をして頂きます。よろしいですね」

輝夜は目を輝かせながら顔を突き出し喜々として答えた。

「そうね、私達は追われる身の上。
 私がこの苦境を望んで迎え入れたのだからその位は我慢するわ。
 それにね、あなたが迎えにくる前に隠れ住むことは予め決めていたことだからちっとも構わないわ。
 それに、きっと月の民だけじゃない。
 恐らく薬を飲んだ地上人も私を追ってくることになるでしょう。」

態度と発言の食い違いに輝夜自身も狂気染みたものを感じたが、同時にこれまでにない程の充実感も味わっていた。

「禁忌を一度破ってしまえば二度も三度も同じ事ですか?」
永琳は皮肉混じりに平然と笑った。

「そう、禁忌が常態することで禁忌は普遍と化す。普遍となった禁忌はもはや禁忌ではないわ。
 代わり映えしない日常を破るためには何か張り合えるものが必要でしょ?
 永遠に討ち合い続ける、私を永遠に憎み続ける者の誕生を。
 そうあってこそ玻璃のような永遠になると思わない?」

輝夜の考えに呆れながらも、永琳は喜びの笑みを作らずにはいられなかった。

「姫がそうあられるからこそ、私はあなたに仕えたいのです。」

涼やかに笑い合う二人を乗せ月光に照らし出された牛車は、
満月から隠れるように竹林の奥へ奥へと分け入っていった。



このhpのシステムをイマイチ理解していなかったので、短い文章の方がいいのかな?と勝手に
自己完結してしまったのですが、他の方々の作品を読んでそーでもないということに気付き、
こうして全文を投稿する形になりました。

咲夜さんと対峙した時の永琳の驚きように端を発し、
永琳が咲夜さんを知っているのではなくて、咲夜さんの力や気配が身に覚えがあるのでは?と推理して、
輝夜の話に咲夜さんのルーツを混ぜ込んでみた次第です。
そのことには一切触れてませんけどw
海豹
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コメント



0.490簡易評価
9.60名前が無い程度の能力削除
これはとてもよい輝夜と永琳ですね。
ちょい輝夜が怖いですが