Coolier - 新生・東方創想話

溶け合う記憶と紅茶の香り

2005/04/03 22:34:34
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※今作品は最萌に投稿した「瀟洒な夕景には紅茶の一杯。」に3倍くらい加筆したら、別作品になったものです。


紅魔館のまわりは一面紅い。
そこを居城としている悪魔が毎日のように大量の人の生き血を啜るからだとか、この紅い瘴気そのものが悪魔の一部であるだとか色々と噂のネタに事欠くことがない。
確かに赤い霧を起こしているのは悪魔であるが、それはテリトリーの主張と誤って侵入しないようわかりやすくしただけのことなのである。
それ故、大抵のものは紅魔館の『紅』が追い払ってくれる。
門番というのはつまり、それでもやってくるという明確な侵入者に対する第一次防衛ラインの別名に過ぎないのである。
言い換えてしまえば、ここまで来る者は幻想郷屈指の実力者である紅魔館の主に用事がある者というわけであり、更にストレートな表現を用いるとそんな命知らずは皆無に等しいのである。
簡潔に言ってしまえば、門番というのは暇なのだ。
だが、同時にスコレーというのは偉大な力を発揮する。
紅魔館の外には門番の詰所と燃料食料等を保管する倉庫しか存在していなかったが、門番達の有り余っていた労力がのっぺりとしていた倉庫の1階を簡易なカフェテリアへと変貌させていった。
その名も上海紅茶館。
門番達の敬愛する警備隊長の愛称と、これからも発展を遂げて欲しいという願いを織り交ぜてその名をつけたのだが、その真意を当の隊長本人に伝えないことは門番達の暗黙の了解となっていた。


日は西に傾き、気の早い月は既に白く輝きはじめている時刻。
濃い霧の中とはいえこの2点の強い光明は相対する形で存在を示していた。
紅い光と白い光のコントラストは何も天上だけの話ではない。
真紅が産み落としたかのような鮮烈な館と、ひっそりと佇む白いカフェテリアが地上においても小規模ながらコントラストを描いていた。
簡素な白塗りの木材壁に、休憩時間中とはいえ監視が可能なように備え付けられた大きな窓、倉庫の片隅で埃をかぶっていた黒板は今や看板代わりのスターである。

そんな上海紅茶館を紅魔館警備隊長である中国…もとい紅美鈴は訪れようとしていた。
黒板には戯れに書かれたおすすめメニューと、木炭の在庫が尽きかけているという連絡が書かれている。
中国…もとい紅美鈴はそれに一通り目を通したあと、入手先不明のガラス戸に手をかけた。
扉を開けるとまず感じられるのは、適度の湿気と不快にならない程度のシロカビの匂い。
それは倉庫としての上海紅茶館の息吹であり、次に感じられたのはカフェテリアとしての薫りであった。
空間一杯に広がる淹れたての紅茶の香りに、中国…もとい紅美鈴は首をかしげる。
長の役職に就く者は基本的に一般の者と同じ時間に休息をとらない。だからこの時間に休息に入っているものは一人だけのはずなのである。
……私以外の誰がここにいるんだろう?
そんなことを疑問に思いながらも門番達のサボりであるという疑念を抱かないのが、中国(以下略)に向ける部下達の信頼が厚いひとつの要因となっていた。
歩みを進めていくと、必然とカウンターに腰掛けていた人物に目がいった。
いや、歩みを進めなくてもその人物は視野に入っていたはずなのだが、香りを先に認識してしまうほどその人物はこの上海紅茶館で自然に振舞っていたのである。
そう、今は長の役職に就く者の休憩時間。ならばこの場にもう一人居てもなんら不思議はない。
「珍しいですね、咲夜さんがこっちでティータイムなんて。」
「館内の紅茶がなくなりそうだったから、ついでにね。」
カップを優雅に持ち上げて紅魔館メイド長は応える。
「あなたも休憩?」
どの席に座ろうか悩んでいる中国に咲夜は隣を促すよう視線を送る。
「え、ええ。そうです。」
隣に座ることに関して流石に躊躇いがあったのだが、あまり逡巡しても失礼に当たると思い直し慎重な様子ではあったが中国は咲夜の隣に腰を下ろした。
中国が椅子に全体重をかけたことを確認して、咲夜は席を立つ。
「あなたは何を飲む?」
唐突な行動ではあるが、この場では特に不審な行動というわけでもない。
誰かがお茶を淹れてこなければ、一生お茶を飲むことは叶わない。
その点でいうなら『上海紅茶館』というよりも『上海紅茶缶』ともっと受身な名称の方が似合いそうなものである。
だが、それはカフェテリアの事情であって中国の事情ではないのが社会の難しいところなのだ。
「いいえ、咲夜さんのお手を煩わせるわけには!」
慌てて立ち上がろうとしたところで、額に軽く置かれた指がその動きを止めてしまう。
「いいから、興が乗っただけよ。」
人差し指の主は可笑しそうに口元を緩めて、中国の拒否権を完全に奪い去ってしまった。
「……じゃ、じゃあ、キーマンをお願いできますか?」
「かしこまりました。祁門でございますね。」
「どうしてわざわざ漢名を用いるんですか?」
「どちらかが言わないとけじめがつかないからよ。」
戯れながらも優美さを全く欠かない一礼の後、紅魔館メイド長はカウンターの奥に姿を消した。
最後の言葉の真意を中国は理解できなかったが、全てを理解する必要はないと割り切ることにした。


「……ふう。」
カウンターテーブルに頬杖をつきながら、中国は軽く息を吐く。
ため息というよりは、思考を切り替えるために一度体中の空気を入れ替えたかったという理由からである。
中国にとって人間である十六夜咲夜は不可思議な存在であった。
寿命という概念が根本的に違うからかもしれない。咲夜がここに見習いメイドとしてやってきた頃から、メイド長となって紅魔館の顔となった現在に至るまで、中国は警備隊長としてあり続けていた。
見習いの頃には武術の基礎を指導したこともあったが、今では実力において数段咲夜のほうが勝っている。
中国にとって十六夜咲夜とは可愛らしい後輩であると同時に敬愛すべき上司であり、また紅茶を飲み交わす同僚でもあるのだ。
しかし、長命種である妖怪にとってその圧縮された時間は距離を測りかねる要因となっていた。
当の咲夜は人間らしく過去は過去、今は今できっちりと割り切っているのだが、その辺りで悩むのが生真面目な中国らしい。


「はい、御待遠様。こちらがご所望の紅茶と、私が食べたかったお茶請けになります。」
音もなく差し出されたティーカップによって中国の思索タイムは終了を告げる。
「あ、ありがとうございます。」
「そんなことはいいから、温かいうちに味わいましょう。」
いつの間にか湯気も新たになみなみと注がれたダージリンを口にしながら、咲夜はお茶請けに手を延ばした。
中国もそれにならってカップに口をつける。
テーブルに置かれていたときから十分に薫っていた蘭の香りが、体全体に染み入ってくるような錯覚を覚える。
「……流石、お上手ですね。咲夜さん。」
門番であるとはいえメイドであるから茶の淹れ方は一通り習得している。
だからこそ、こんな感想しか言葉にできなかった。
「あら、ありがとう。でも、他のお茶に関してはあなたの方が上手でしょう?」
「とんでもない、私のは下手の横好きです。ひとつの茶葉でここまで味を引き出すことはできませんよ。」
白磁のカップを両手に包み込むようにして中国はこたえる。
程よく中身の減った紅茶は、カップの中でほんのりとしたオレンジ色をたたえていた。
その色合いを楽しむかのように中国は微笑みを浮かべながら、カップの中の液体をゆっくりとまわす。
自然と浮かんだ笑みは咲夜の評価があまりにも過分に感じられた為の自嘲もほんの少しだけ混じっていた。
「そうかしら? 私はあなたの淹れてくれたお茶、好きよ。」
そんな中国の内心など何所吹く風とお茶請けに手を延ばすくらいの気軽さで咲夜は言葉を重ねる。
聞く者によっては等閑に聞こえるかもしれないが、そこには咲夜なりの親しみが込められているのであった。
中国もそれを察することができないわけではなかったが、いざ視線をカップの中身からメイド長に移しても、普段から思考が読む取れない人物だけに判別はつかなかった。
「ほら、私がまだ見習いの頃、あなたに武術を教えてもらっていたじゃない? その時の休憩時間にあなたの淹れてくれたお茶とお菓子がいつも楽しみだったわ。」
カップを口に運びながら、咲夜は風味を楽しむように軽く目を閉じる。
「そうだったんですか?」
妖怪のような長命な生き物は記憶の仕方も人間とは根本的に異なっているのである。
武術を教えたという事実は記憶に残っているが、休憩時間のような日常までは中国の記憶に残っていなかった。
「ええ、先代のメイド長がアレだったからお菓子とかそういうものを貰うことができたのはここだけだったわ。」
「ああ、なるほど……。」
その言葉によって、楽しげに思い出に浸る咲夜の表情とは対照的に中国の表情に影が差した。

紅魔館のメイドは大きく分けると4つの部署に分けられて配属される。
紅魔館の外周を守る警備隊。
図書館の司書兼、紅魔館客人であるパチュリーの身辺警護(看護?)部隊。
悪魔の妹と共に紅魔館奥に残された部隊。
そして、紅魔館の主である紅い悪魔の身辺から紅魔館内部を司る近衛メイド隊。
体制上部署ごとに分かれてはいるが、基本的に部署ごとに優劣というものは存在しない。役職上の上下関係は存在するが、紅い悪魔の下にメイドは全て平等なのである。
しかし、先代のメイド長はエリート意識の強い人物で、紅い悪魔の一番近くにある近衛メイドが最も優れているという振舞い方をしていた。
メイド長がそうなのであれば当然、部下のメイドにもその考え方は伝染する。
中国が直接被害にあうことは滅多になかったが、部下の門番達の不満は幾度となく耳にしていた。
そんなエリート意識の蔓延していた『誇り高きメイド隊』に非力な人間風情が入隊してきたのである。しかも紅魔館主直々の推薦で。
あとは想像に難くないだろう……。

「あなたはきっと覚えていないだろうけれど、このお菓子はあなたがよく持ってきてくれていたものなのよ。」
「えっ、そうなんですか?」
咲夜の言葉によって、今まで全く意に介していなかったお茶請けに初めて目を向ける。
そこにあるのは様々な種類のクッキーたち。
10種類入っているクッキー缶のもので、1種類ずつを持ち出して門番達に文句を言われたことがあった。
「……ああ、そうでしたね。」

刈り込まれた青芝。
ハンカチの上の小さなクッキー。
淹れたての紅茶。
湯気をさらう風。
傍らに座る少女。
最後のクッキーに頬を染めながら手を延ばしていた。

それは記憶の断片なのか単なる幻想なのかわからなかったが、クッキーを介して中国の前にそんな風景が浮かんでいた。
「あれがひとつのクッキー缶の中身を分けただけだって知った時はショックだったわよ。」
「す、すみません……。」
中国にとっての非は皆無のだが、つい謝ってしまうのが彼女の性なのである。
「乙女の麗しいメモリーに瑕を付けたことは謝って許されることではないわ。」
咲夜の口には意地の悪い笑みが浮かんでいるのだが、下を向いて恐縮してしまっている中国にはそれが見えていない。
「で、では、どうすれば?」
「そうね、今度はあなたがお茶を淹れてちょうだい。美鈴。……ただし、お茶請けは手作りの点心ね。」
屈み込んで中国の顔を覗き込むようにして咲夜は告げる。
刹那、中国の目にはあの頃の少女の面影が重なって見えた。
「……あっ、は、はい!」
たったそれだけのことなのに、なぜかどぎまぎしてしまう。
「よろしい。楽しみにしているわよ、美鈴。」
中国にとってはワンテンポ遅れた返答だったのだが、咲夜には許容範囲だったのだろう、咲夜は笑みを浮かべて中国から離れる。
だが、中国の目には少女が笑顔を浮かべたように映っていた……。

刈り込まれた青芝。
ハンカチの上の小さなクッキー。
淹れたての紅茶。
湯気をさらう風。
傍らに座る少女。
クッキーへと延ばした手。
袖口から見える痣。
ばつが悪そうに赤らめた顔。
青みが浮かんでいた頬。

その記憶が何をきっかけにして再生されたのか中国本人にしてもわからなかった。
何となしに思い出してしまったのかもしれないし、咲夜と少女の笑顔を重ねてしまった中国自身に納得がいかなかったからなのかもしれない。
だからこそ中国は自然と咲夜が席についたことと同時に声をかけていた。
「……咲夜さん、ひとつだけ訊いてもいいですか?」
「何かしら?」
「……どうして、あの頃のことを楽しそうに語れるんですか?」
ガチガチに身構えた中国と、悠然とくつろいだ感じの咲夜の様子は、結論から言えば質問前後で変わることはなかった。
「そうねぇ、長命のあなた達にはわからないかもしれないけど、人間の一生は短いから煮詰めることができるのよ。普通、フォンを作るときは煮詰めすぎるとエグみが出てくるのだけど、不思議とね、これに関してだけは旨みだけが残るのよ……。」
完全な微笑みがあるとしたらこのことを言うのだろう。微笑みを浮かべたままカップを口にする咲夜に中国は暫し見惚れてしまう。
しかしながら、妖怪である中国には咲夜の言葉を理解することはできても、実感としては「そーなのかー」程度のことなのであった。
「……なるほど。」
もちろん、そんな返答などできるはずもなく神妙そうな顔つきで中国は頷いて見せる。
「そういえばフォンで思い出したのだけど、上質な湯が取れそうな良い乾物が手に入ったのよ。やっぱり点心は2人で作りましょうか?」
咲夜もそんな中国を察してか、さりげない感じで話を逸らした。
「でも、私たち2人が持ち場を離れると紅魔館の守りはどうします?」
休憩時間程度なら問題はないが、料理会となると1日がかりとなる。
館の維持に関しては一般メイドたちで十分に事足りるのだが、緊急事態の場合はどうしても責任者が必要となるのも事実なのである。
もっとも、咲夜の提案自体が話を逸らす為だけの思いつきの産物に過ぎないわけなのだが……。
「どこぞの魔女にはあとでご馳走するからって言っておけば門番くらいやってくれそうだけど、誠実さに難があるわね。食べ物で釣るといったらピンク色幽霊にでも頼もうかしら……。」
だが、その思いつきを真に受けた中国を見て、逆に咲夜も興が乗ったのか真剣に検討し始めた。
「咲夜さん、その呼び方は誤解を招きますよ……。それにあの亡霊のほうが信用できません。」
そんな咲夜の内面の変化など露知らず、中国は控えめに自分の意見を述べる。
「それはまあそうなんだけど……。私の目当ては食い意地の張った幽霊じゃなくて、お庭番の方よ。」
「ああ、妖夢さんですか。確かにあの方なら安心して任せられますね。」
幽々子と妖夢で評価が全く異なるが、他所の主従なんてものは大抵そんなものである……。
「本人は不本意でしょうけどね。」
あまりにも簡単に想像できる情景を思い浮かべて、そう2人は笑みを交わした。

「さて、そろそろ戻ろうかしら。」
お互いの紅茶がなくなったタイミングを見計らって咲夜は、カップを持って立ち上がった。
「紅茶を淹れてもらったんですから、片付けは私がやっておきます。」
咲夜の腕を掴みそうな勢いで中国は制止の言葉をかける。
「いいわよ、あなたは早く持ち場に戻りなさい。侵入者っていってもあいつらくらいなものだけど、最初に接触するのはあなたの役目。私のところまで来るのにしばらく時間があるだろうから。」
「でも……。」
「それに私の方があなたより時間を上手に扱うことができる。それじゃあね、美鈴。楽しかったわ。」
頑として譲りそうになり中国に咲夜は微笑みを浮かべ、手短な挨拶と共に中国の帽子を取って彼女の顔の上に被せる。
それが頭についた糸くずを取るかのような自然な動作だったので、中国は自分の視界が遮断されたことを自覚するまでしばらく時間を要してしまった。
「ちょ、ちょっと咲夜さん、いきなり何するんですか。」
帽子を顔から取りその言葉を口にするほんの数瞬の間に、既にカップは綺麗に片付けられ、さっきまで談笑していた相手の姿は忽然と消えてしまっていた。

「………………。」
感嘆の息を漏らしながら、中国は帽子を被り直し扉の方へと歩みを進める。
たったあれだけの間に床もテーブルも丁寧に掃き清めているところは、もはや流石と言うしかなかった。
中国はそんな様子のカフェテリアを一通り見回して扉の取っ手に手をかける。
口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「咲夜さん、私たちは人間のように記憶を煮詰めることはできませんが、その代わり記憶をアルバムみたいに何かを媒体にしていつまでも残しておくことができるんですよ。もちろん、楽しい思い出ばかり残ってくれるわけじゃないんですけどね……。でも、今日という日はとても楽しかったです。」
中国はその言葉を残して上海紅茶館を後にする。

言葉の先は1本の柱。
百年以上増築を続ける上海紅茶館にとって比較的新しいそれは、2本の傷を持っていた。
ひとつは或る見習いメイドが自らこの柱を据え付けたときの記念に残したもの。
もうひとつは紅魔館メイド長が懐古と戯れに自分の背丈を刻んだもの。
新たな傷を抱えた上海紅茶館はふたつの異なる記憶をしまい込んで、今日もひっそりと佇んでいる。


ここまでお付き合いくださってありがとうございます。
東方SS初参戦の葉爪というものです。

この作品のテーマは無駄話。
特に意味のない会話と、気まぐれの応酬でどんどん行方不明にっていく展開。
でもまあ、人間にしても妖怪にしても日常なんてそんなものだろうなという気持ちで書きました。
友人と駄弁っている感覚で、読後の印象よりも読中に少しでも和んでいただけると幸いです。
葉爪
[email protected]
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コメント



0.3110簡易評価
4.60so削除
この雰囲気とっても好きです。

まさに瀟洒!!
64.50名前が無い程度の能力削除
数年前なので今更感もありますが、美鈴が咲夜さんに格闘技で劣るってことはないんじゃないのかなあ・・・・・・?

まあそれ以外は雰囲気で楽しめましたので、この点です。