Coolier - 新生・東方創想話

鉄の鏡

2005/04/03 03:57:33
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このSSは過ぎ去りし肖像の続編に当たります。

 *

「よっと」
 門前に立った美鈴が剣を封じた符をするすると解いていく。符と言っても紙製のものではなく布製の長いもので、それを巻き取っている美鈴の手はダメージを受けないように薄い気の光に包まれている。
 全ての封を解き終えた剣からは、鼓動のような奇妙な気配が発せられている。横で見ている妖夢にも、未だ鉄拵えの鞘に収められた剣が放つ妖気が判る。

 カチリと音を立て鯉口が切られる。

 僅かに姿を見せた刃から、いや、美鈴自身から噎せ返るような妖気が溢れ出し、辺りを覆う。禍々しく紅い光を放つ刀身に妖夢は息を呑んだ。

 鉄同士が擦れ合う、鞘走りの音が妖夢の耳に長く響いた。

 美鈴が大きく息を吐き出しながら抜き放った刀には先ほどまでの息が詰まるような気配はなく、血のような紅は嘘のように鳴りを潜め、刀身は幽かな虹色の燐光を帯びている。
 妖夢は、ふと、自分が息を止めていた事に気付き、美鈴に倣うように大きく息を吐き出した。額に手をやるとそこは冷たい汗に濡れていた。それと対称的に口内はカラカラに乾き、咽が張り付きそうな具合だった。
「それがお爺様の?」
 妖夢は何とか口の中を湿らせて言葉をひねり出した。
「そう。だいぶじゃじゃ馬に仕上がっちゃってねぇ。でも前のが大人しい奴だったから釣り合いが取れるかな」
 カラカラと軽く言い放つ美鈴に、妖夢は本当にその禍々しい妖刀を打った人物なのかと疑いを覚えた。事前に美鈴が抜いても問題はないと言われていたにも関わらず、先ほど妖気が満ちた時にはいつでも彼女を切る覚悟をしたほどだったというのに。彼女は妖怪である事すら疑わしいほどに陽の気に満ちている。
 それとも、刀を打つ時には別人のように鬼気迫るとでも言うのだろうか。それも疑わしいと妖夢は考え直した。師に渡す剣の身を一目見たいと頼んだ時に、二つ返事で快諾された事を思い出したのだ。拒まれる可能性を考えていた妖夢には拍子抜けもいいところだった。
「ちょっと振ってみる?」
 気軽に言わないで欲しかった。
「大丈夫なの?」
「それだけのモノを振り回してるのに変な事聞くのねぇ。自信持って振ってみなさいって」
 楼観と白楼に目を遣りながら言う美鈴の言葉に、妖夢は意を決した。楼観・白楼は振るう事が出来、美鈴の妖刀は振るえぬなどと言ったら魂魄の剣がこの妖刀に劣ると言うようなものだ。妖夢にはそのような事は断じて、
「あー。あんまり鼻息荒くすると、喰われるわよ?」
 剣に手を伸ばしかけた妖夢の思考に、楔を打ち込むような美鈴の言葉が割り込んだ。
「済まない。こんな心持ちで剣を持ってはダメだわ」
 血気に迫って剣など持てば、間違いなく足下を掬われる。妖夢は改めて美鈴から鞘に収められた剣を受け取り、大きく息を吸い込み鯉口を切る。
 同時に剣から、いや、剣を通して膨大な何かが妖夢に流れ込んでくる。鬱積とした澱みのようなもの、行き場のない憤りが力を存分に振るえと叫き立てる。
 それは美鈴の言葉の前であれば、或いは妖夢を侵したのかも知れない。しかし、本来のままあれば妖夢が剣術を操る能力は決して凡百のモノではない。剣を扱う者は剣に扱われてはならない、いや、扱われないのだと妖夢は意志を強く保つ。
 妖夢はそれを冷静に受け流しながら、大きく息を吐き出した。

 軽く振りかざした剣が、空を切断する。

「なるほど。これは確かにじゃじゃ馬ね」
 美鈴の言った妖刀の表現がどうにも軽すぎるように思われていたのだが、実際に握ってみて妖夢にも合点がいった。剣を通して膨大な妖気が流れ込む事により、妖怪でさえそれにあてられてしまうと言うのが呪いの正体のようだ。結果的な呪いであって自発的な呪いではないのだろう。それでも、下手に振るえば必要ないモノまで斬りそうな過剰に鋭い剣であるが。
「お爺様が受け取ったモノもきっと余程の業物なんでしょ?」
 妖刀を鞘に収めながら妖夢は美鈴に訊ねた。これほどの物を打つ刀鍛冶ならば、他のモノもさぞかし恐ろしい品なのだろうと妖夢は思ったのだ。
「うーん」
 妖夢の言葉に美鈴は腕を組んで首を傾げた。
「あれ。違うの?」
 妖夢は拍子抜けしたように言った。
「そうねぇ。渡したのは本当にただの剣よ。ただのね」

 *

「お早うございます、レミリア様」
「ふぁ~。おはよー、咲夜ー」
 本日も規則正しく日の入りとともに起き出してきたレミリアは、咲夜に挨拶を返しながら大きく伸びをした。背から生えたかすかに振るわせている羽を除けばただの少女に見えなくもない彼女は、実際の所500年は生きた悪魔であり強力無比の吸血鬼である。
「今日はお客様がいらしてますよ」
「ああ。今日はおじいさんに会う日だったわね」
 レミリアは何でもないことのようにそう言った。
「あら。ご存じだったのですか?」
 咲夜は既に今日老人が訪れることを知っていた風のレミリアに軽い驚きを返した。主人があらかじめ起こることを知っているのは一再ではなかったので、咲夜にもその程度の驚きで済む事なのである。レミリアとしては余り驚かなくなって残念らしいのだが。
「そ。結構楽しみにしてたのよ。おじいさんってあんまり居ないし」
 レミリアの言う通り彼女はあまり老人という物を目にした事はない。紅魔館にいる人間は咲夜だけで他は皆妖怪ばかりである。咲夜が老人になるにはまだしばらく時間が掛かるのだろうし、妖怪はそもそも年を取らない。妖怪ならば外見のみ年を取らせる事は出来ない事でもないが、妖怪とは言え女性ばかりのこの館に好んで年老いた姿を取る者は居なかった。
 人里にでも行けば老人くらい居るのだろうが、そのために昼更かしをするのも億劫であり、夜に行っても寝静まっているだろう。夜な夜な起こしては見物するというのは、レミリアにも忍びない事だと感じられる。彼女はそれなりに敬老精神は豊富なのである。なぜなら見た事の余りない珍しいものだからだ。
「そうだ。咲夜がおばあさんになってみない?」
「なりません」
「ちぇー」
 咲夜に断られてレミリアは僅かに残念そうにした。どこまで本気で言ったのか判断が付きにくい所である。
「咲夜がおばあさんになるまではまだ掛かりますので、今日はおじいさんで我慢して下さいな」


「お嬢様がお目覚めになりましたので、こちらへどうぞ」
 レミリアを起こしに行った咲夜が客間へと帰ってきた。
「心尽くし感謝する。とても美味だったよ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
 そう言った剣士のカップは既に空であり、用意された茶菓子も食べ尽くされていた。と言ってもその半分以上を貪っていたのは美鈴なのだが。
「それでは御武運を、剣士どの」
 そう言う美鈴の頭からはナイフが一本生えており、あまり締まらない。客人を差し置いて遠慮会釈無しにクッキーをボリボリと喰らう美鈴に咲夜が入れたツッコミである。客を差し置いて食べまくる事と、客の前でナイフを投げる事のどちらが失敬なのかは判断に困るところだろうが。
「門番殿ともまた立ち合いたいものだな」
「その時は打ち直した剣でお相手しますよ。剣が欲しくば倒してみよ、って感じで」
「それはまた楽しみが増えたな」
 二人はにやりと笑って堅く視線を交わす。相変わらず美鈴の頭にはナイフが刺さったままだったが。


「儂のような訪問者はよく来るのかね?」
 レミリアの元へと案内されながら剣士が咲夜に尋ねた。彼が案内される途中数人のメイドに挨拶をされたのだが、彼女たちは必ず視界が通る境目に二人以上で配置されていた。つまり、侵入者に対する備えがあると言う事だ。
「お嬢様がここに来られた頃には頻繁にあったそうですよ。私が来た当初も結構あったんですけど……」
 そう言って咲夜は困ったような表情を浮かべた。
「最近では剣士様が本当に久しぶりのお客様ですわ」
 咲夜が言うにはお祭り気味に押し寄せてきた者達のほとんどは、館にたどり着く前に一蹴されていたらしい。それなりに出来る者も肉弾戦で来る者は概ね美鈴の眼鏡に適わず、弾幕ごっこで来る者は咲夜か気まぐれに動くレミリアの友人である魔女に一蹴される。その上暇な妖怪どもはそれを多様な趣味で潰しているため、その他の手で来ても強い。かといって加減をして通した者など主人の暇つぶしにもならないのである。
 そして、ようやくレミリアの元へたどり着いた者はその強さに絶望する。その辺りの噂が広まりに広まり、現在の閑古鳥状態に至る。今も続く警戒は一種の遊びであり、侵入者よ来いと言う期待でもある。
「それではさぞかし退屈していよう。失望させぬよう気を付けなければな」
「大丈夫ですよ。どうせ八つ当たりされるのはうちの門番ですし」
 美鈴ならば苛立ちの紛らわしに使われてもどうでもいいと思っているのか、それとも彼女の目を信用しているのか。
 話を続ける間に長い廊下を抜けていく。外から見ても大きな館だったのだが、それよりもさらに内部が広い。
「外見よりも随分と広いが、主殿の仕業かな?」
「いえ、これは私が」
「ほぅ。いや、なるほど。先ほど茶を振る舞っていただいた時はそういう事か」
 咲夜の答えに剣士は大いに頷く。咲夜が出した茶も茶請けも、またそれを置いたテーブルと椅子さえもが一瞬で現れていた。それの理由に納得が行ったのだろう。
「ここでは人間のお嬢さんもただ者ではないと言う事か」
「あら。ただ者でない剣士様も半分は人間でしょう?」
「む、これは一本取られたな」
 そう言って剣士はからからと笑い声を挙げた。

「この先にお嬢様が居られます」
 前方には意匠を凝らした巨大な門がそびえ立っている。剣士は門に向かい無造作に歩き出す。
「ここまでの案内感謝する。旨い茶をありがとう」
「いえ。またどうぞいらして下さいな」
 そう言って咲夜は微笑むと、剣士に向かって優雅に礼をした。男の歩みに合わせるように、悪魔の元へと続く門は重い音を立ててゆっくりと開いていった。


「よくぞここまで来たわね、人間。私が紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ」
 レミリアは甲高い子供の声で朗々と言い放った。外見こそまるで幼子のようだが、老剣士ほどのものからすればその濃密な妖気を感じ取れないはずもない。
「我が名は、」
「わー、やっぱりおじいさんね」
 が、その強大なる魔は言いかけた老剣士の方へ目を輝かせて駆け寄った。言葉を止められた彼も些か混乱したようではあったが、すぐに表情をゆるめた。苦笑い気味ではあったが。
「老人は珍しいのですかな?」
「珍しいわ。妖怪は年を取らないし、咲夜はおばあさんになってくれないし」
「あの若いお嬢さんにそれを求めるのは少々酷というものですぞ、レミリアどの」
「やっぱりだめかぁ」
 半ば子供に含めるように言う剣士の言葉に、レミリアは残念そうにする。
 その刹那、レミリアの気配が変わった。
「さて。待たせたみたいだし、おじいさん見物に時間を取るのは悪いわね。あなたが面白いかどうか試してあげるわ、魂魄妖忌」
「む」
 レミリアは老剣士、魂魄妖忌を見て愉快げに笑う。この館で彼はまだ名乗ってもいなければ、出会った人々の名も聞いていなかった。ただ一介の剣を振るう者として訪れたからだ。故にレミリアがその名を知っているはずはない。
「私は何でも知っている、ってわけでもないけど。名を違う事はそう無いわ、運命を視ればね」
「運命を視る、か。それは恐ろしい事だ」
「そう、そこそこに恐ろしいわ。でも、何でも操ってると私が何も出来ないの。操ってるだけでね」
 そう言ってレミリアは軽く肩をすくめた。それは500年生きた魔の姿のらしくもあり、戯れを語る子供のようでもあった。
「だから私はこんがらがった運命に突っ込むのが好きなのよ。平たく言えば、さあ遊びましょう、って事」
 運命を操っている暇などないほど忙しいのがレミリアにとって好ましいのだ。運命を操る事に忙殺されたりしたら、それは運命に操られているだけである。彼女にとってはいかなる運命であっても自分が参加して遊べなければ意味は薄い。それに、なにもかも操ろうと全て視ていたら世界の方が先に進んでしまう。
「儂も運命を切った事は未だ無い。今、試させていただこうか」
 そう言って妖忌は美鈴から譲られた刀を抜き放った。レミリアはそれにますます笑みを深める。魔王は人間を打倒するべきであり、魔王は人間に打倒されるべきである。化け物同士の屠り合いも良い。しかし、ひ弱なはずの人間が見せる煌めきは、何物にも代え難い美味である。それは紅い茶とすらも引き替え難い。

「運命を裂いてみなさいな、半人半霊」
「運命を斬って見せよう、紅魔」


 レミリアの手から紅い魔力の塊が放たれ妖忌を襲う。妖忌がそれを切り払うとほとんど同時に、音を置き去りにして殺到したレミリアの鉤爪が迫る。

 鈍色の刃が一閃を引く。

 返す刀で切り飛ばされたレミリアの腕が宙を舞い、それは床に落ちる前に無数の蝙蝠に変ずる。彼女自身でもある使い魔たちは、妖忌の間合いから離れて飛び退った主人の下へと戻る。彼女の腕には傷を負った様子は一切無い。
 間髪を置かずレミリアはさらに速度を上げて妖忌に向かい突進した。およそ視認出来ないような速さで迫るレミリアが妖忌の間合いに侵入した瞬間、彼女の胴が斬れ飛んだ。悪魔がそれさえ気にも留めずに爪を振るうと妖忌の剣はそれを迎え撃ち、返す刀で上半身を一刀両断にする。
 しかし、それでもレミリアには何の変化も起きなかった。刻まれた肉体は無数の蝙蝠となって再び集まり、傷一つ、服にさえ異常のないレミリア・スカーレットへと回帰した。
「恐ろしい方だな、レミリアどの」
 妖忌は己の正直な心を、畏れを口にした。口調に乱れはなく、体に震えはないがそれは全くの本心だった。眼前の闇は血よりも紅く、深い。闇を畏れない者は剛胆などではなく、ただの危機感をすり減らした愚か者であると妖忌は考える。
「斬ったはずだがまるで手応えがない。いや斬っていないのだろうな」
 苦もなくレミリアを迎え撃っているように見えて、その実、何の痛手も与えられていないのだ。妖忌が斬れないものに出くわしたのはこれで三度。一つは彼の主の友人であり、一つは全ての元凶である。そして今、紅色の悪魔が一つ加わった。
「そう。刃物では鋭すぎて傷が付かないわ。かといって正面から削るには吸血鬼は強すぎる、そうでしょう?」
 これほどの魔を断つのに、半分とは言え人の身では刃を以てしなければそれこそ刃筋も通らぬ。しかし、剣では深く広い闇を掻き回すばかりで一向に手応えがない。剣でなくては通らず、剣では傷つかない。
「欲しければ、別の武器をあげてもいいわ。パチェの所にはそれ向きの奴くらい幾らでも転がっているわよ?」
 レミリアは老剣士の知らない友人の名を挙げてそう誘惑する。美鈴が打ったモノなど足元にも及ばない力を秘めた品など五万と有ると言う。それらの品にかかれば山を穿つ程度なら造作もない。
「いや。この剣で斬れぬならば、儂が斬れぬという事」
 美鈴の打った剣はただの剣である。一目見た程度では妖怪が打った事すら疑わしいほどに平凡なただの剣。人も斬れぬなまくらに手渡せば鉄の棒にも劣り、振りかざしたところで嵐を呼ぶような事もない。何の力も与える事はない。
 しかし、人を斬る剣豪に振らせれば人を断ち、妖怪を斬る剣鬼に振るわせれば妖怪を断つ。山を斬る闘神が持てば山を断つだろうし、或いは木こりが持てば木を断つだろう。持ち手の力をそのまま現す無骨な剣は、業を映す鏡のようでもあった。
「この剣こそが今のこの身には好都合」
 妖忌には斬らねばならないモノがある。一体あの門番はどこまで知っていてこの剣を渡したのだろうか。己の力をどこまでも浮き彫りにする、ある意味担い手にとって最も恐ろしいこの剣こそを妖忌は必要としている。その事を知って渡したのならば彼女はあまりにも気が聡すぎる。
「いいわ、その業のみで私を斬って見せなさい」
 それが最も狭く、しかし、数少ない正解であると彼女は知っている。道具ごときでレミリアを斬れるのならばとうに誰かが彼女を斬っている。彼女を斬るのに半端な力などは陽炎にも等しく、むしろ邪魔でさえある。人が永遠に幼き月を斬るのに必要なのは業と、それに応えるだけの剣のみで、それ以外は全て余分なのだ。

 レミリアは言うが早いか迅雷の如く妖忌の剣の結界に至り、鉤爪と剣を交差させた。さらに魔力を強めた爪は斬られることなく、嵐のように剣と打ち合い続ける。それはさらに回転を速め、遂に妖忌の剣を弾いた。
 妖忌は体ごと押しやられ、弾かれた剣では次の一撃を防ぎようもない。レミリアの爪が彼に迫る。人の身ではそれの前には薄紙のように引き千切られるだろう。

 甲高い音が響いた。

 妖忌の腰から逆手に抜き放たれた短刀は妖気を帯びてレミリアの爪を腕を切り裂き、半ばで耐えきれずに折れ砕けた。それが僅かな時を、妖忌が体勢を立て直すだけの時間を稼いだ。
 そして、砕けた短刀の手応えは、今、断てる、と伝えた。
 確信を持って放たれた妖忌の一閃がレミリアを断つ。

 そのはずだった。
 本来の得物ではない短刀は紙一重の時を稼ぎきれず、切り裂かれながらも伸ばされたレミリアの腕は妖忌を薙ぎ払う寸前で止められ、彼の剣は見いだしたレミリアを穿つ一点を貫けずに止まっていた。

「惜しかったわね。それとも本当ならば斬れたのかしら?」
 レミリアはからかうように、試すように微笑む。
「いや。今斬れぬならばまだ斬れぬと言う事。まだまだ未熟という事ですな」
 言って妖忌は剣を収めた。妖忌にも本来ならば、などと言うつもりは毛ほどもなかった。もしも、などと言い出すのならば、そもそも門番に剣を折られた時点で終わっているという見方も出来るのだ。
 自身の得物が妖忌の手にない事も彼自身の選んだ運命である。跡継ぎに己の得物を託した時から彼の闘いは既に始まり、今も続いているのだから。
「むぅ」
「どうしたの?」
 妖忌が突然うなり声を挙げて悩み込む。
「いやはや。門番殿やお嬢さんと、まるで最後のように話してきたのを思い出しましてな」
 言って妖忌は額を平手で軽く叩いた。思い出せば交わしてきた会話は再会を期して、というようなものだった。このまま戻りに早くも会ってしまえば、どうにも据わりが悪いと感じたのだろう。妖忌が何とか二人と顔を合わせずに帰れないものかと訊ねると、
「だめよ。ちゃんと二人に会って間の悪い感じでここを出なさい」
 レミリアは意地の悪い顔で妖忌に言った。
「儂は敗れた身。勝者には従うしかありませんな」
 妖忌が苦り切った顔を作ってみせると、二人は顔を見合わせて笑い声を挙げた。

 *

「斬れるものしか斬れない剣なのよ」
 美鈴が妖忌に渡したのは何もしない剣なのだという。担い手の足を引っ張る事こそしないが、また手助けとなる事もしないのだと。
「だからそれで何か斬ったとしても、凄いのは妖忌どので私の剣じゃないってこと」
 美鈴はそう締めくくり、故にそれはただの剣であると言った。
「何というか、怖い剣ね。試されているみたい」
 その剣で斬れないのならば、全ては技量不足であると言う事だ。自身の実力を冷静に評価され、突きつけられるようで恐ろしい。
「でも」
 そう言って妖夢は付け加える。
「お爺様には合っているような気がするわ」
 自身に何より厳しい巌のようなあの師には、担い手に厳しい無骨な鉄の剣が似合う気がしたのだ。美鈴もその言葉に共感を得たのか、大きく頷いた。
「ところで。せっかく来たんだから一勝負、どう?」
 美鈴はにやりと笑い、酒でも勧めるようにして妖刀を掲げて見せた。
「そうね。打つ方だけでなく、斬る方も見せて貰いましょう」
 妖夢も笑みを浮かべて美鈴に応える。碁打ちが白熱しているのか、妖夢が戻るとほとんど日を置かずまた紅魔館へ遣わされたのだ。ちょうどいい機会を利用しない手はない。

 美鈴としては妖夢に言っていない理由もあった。レミリアとの勝負で砕けた短刀も打ち直すと言ってあるのだが、妖忌が短刀を使うところは見ておらず、どう打つべきか途方に暮れていたのだ。彼の弟子と打ち合えば、それを類推する事も可能だろう。レミリアと妖忌の一戦の内容をまだ知らない妖夢にはそれを知るはずもない。
 それに妖夢と剣を交わす事は、手紙のやりとりの間隔を随分と狭めてきた彼女の主の意志にも適う事だろうと思う。同時にそれは、挑戦者を心待ちにしている美鈴の主の心にも適うはずだ。

 一礼の後に鞘が鳴る。直後、剣がぶつかり合う甲高い音が蒼天に広がった。
 くそ、背水の陣だ!

 こんにちは、あまり久しぶりじゃない人妖の類です。
 私的に実験作な前作が意外に好評で、なんか背水の陣っぽく緊張してたりです。

 書いているうちに結構妄想が広がったりで、お爺様中心に白玉楼を扱ってみたい誘惑にも駆られたり。
 良作が既にいくつもあるので要らない気もしますが。

 ここまで読んで下さった方に感謝を。
人妖の類
簡易評価

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コメント



0.6470簡易評価
9.100しん削除
とても、とても格好いい話。登場人物すべてがいい味出してる。美鈴の頭にはナイフが刺さったままだが。
中でも妖忌とレミリアのやり取り…凄まじくいい。美鈴の頭にナイフが刺さったままだが。

>お爺様中心に白玉楼を扱ってみたい
是非。
17.80藤村流削除
渋いオヤジさん熱烈歓迎中です。
妖忌の鋭さとレミリアの規格外の強さに恐れ戦きました。
力と技の素晴らしい競演でございました。感謝。
19.90名付けられていない程度の能力削除
成る程なあ、熱いぜ、爺さん。白玉楼に帰ってこられるのは何時なんかのう
22.80とら削除
じーさんカコイイ!!
まさしく剣豪。剣士の鑑ですなー。
妖夢がじーさんみたいになれる日は来るのか・・・
34.80名前ガの兎削除
小気味良いお話
文章から面白さが滲み出てるみたいです
グレート
49.80名前が無い程度の能力削除
渋いねぇ……まったく……じーさん渋すぎるぜ。
だがそれがいい!
拳をぐぃと握りしめながらニヤリと顔が緩むような読後感、実にお見事。
84.10074削除
熱っ!
105.100名前が無い程度の能力削除
爺さんカッコイイ…
113.90名前が無い程度の能力削除
かっけーじーさん