―――気がつけば、あたりは一面の海に覆われていた。
青く澄み渡る荘厳な空に、この身を浸すのは未だ見たことのない蒼海。
それで、彼女はこれが夢であると理解した。
なぜなら、彼女はそのどちらもが己にとって毒であると理解していたからだ。
空に浮かぶ輝く太陽は彼女の身を焼く業火であり、蒼海の流水は彼女の体を蝕む毒である。
だから、それは本来ありえぬ光景だったのだ。
その夢は彼女が内に秘めた願望だったのか、あるいは外に自由を求めるが故に発露した幻だったのか。
けれど、彼女にはそれで満足だった。
本来なら見る事かなわぬ青い空と青い海を、夢とはいえ見ることができたのだから。
吸血鬼の彼女にとって、それは得がたい価値あるものに思えたのだ。
ザァッと、音を立ててあたりの景色が移ろいで行く。
それで漠然と夢から覚めるのだと理解した彼女は、うれしそうに微笑んだ。
だって、こんなに素敵な夢を見られたのだ。
今日は素敵な一日に違いないと、自然とそう思えたから。
そうして、彼女は目を覚ます。
幸せな夢から目を覚ました彼女を待っていたのは―――部屋一杯のラーメンの海だった。
「……えぇ~、何これー……」
半ば呆然とした様子でつぶやいた彼女を、果たして誰が攻められようか。
少女、フランドール・スカーレットが目を覚ませば、視界には間近にある天井とあたり一面のラーメンである。
もはや意味がわからなかった。
「いや、あの夢からなんでこんな素っ頓狂な……っていうか臭ッ!? ニンニククッサァ!!? しかもとんこつって何の嫌がらせ!?」
おまけに吸血鬼が苦手なニンニクたっぷりとんこつ使用。漂う香りは香ばしいガーリックの匂いがプンプンしやがるのである。
逃げようにもドアはラーメンの海に深く沈んでおり、脱出するには潜水せねばならなかった。
それだけでも耐え難い地獄である。だがしかし、そこにしか出口はないわけで。
さて、どうしたものかと思考を巡らせ始めたところで……見覚えのある顔が彼女の目の前をぷかぷかと流れてきた。
「こぁーっこぁっこぁっこぁっこぁっこぁ!! お目覚めですか妹さまごぉっ!!?」
とりあえず、腹が立ってその知り合いの顔を全力でぶん殴ったフランは何も悪くないと断言させていただきたい。
フランの一撃を受けてラーメンの海に沈んだ名もなき小悪魔。
しかし慣れているのか、数秒の後にあっさり復活した彼女はプリプリとご立腹な様子でフランの目の前に浮上した。
「もう、何するんですか妹様。危うく顔面破裂するところだったじゃないですかッ!」
「うるさいよ、この馬鹿小悪魔。今度なにやらかしたのさ?」
「まぁ、失礼な。どうしてそうすぐに人のせいにするんですか。私が今まで何かしたことがありましたか?」
「大量にあったでしょうが! え、ていうか何その心底不思議そうな反応!!? ものすんごく腹立たしいんだけどッ!!?」
不思議そうにこてんと首をかしげる小悪魔は非常にかわいらしかったのだが、残念ながらフランには怒りを煽る結果にしかならなかったらしい。
彼女の怒りもある意味では仕方のないことか。彼女がかかわった碌でもない事には、大抵目の前の小悪魔が絡んでいるのである。
魔法少女やらされたり、姉が300mクラスに巨大化したり、小悪魔が分裂したり、幽香が小さくなったり、他にも数えればきりがない。
「……で、本当のところは?」
「いえ、お嬢様がとんこつラーメン食べたいと言い出しまして、止めるのもかまわず適当な術式で呼び出そうとした結果がこれです」
「……ごめん、ちょっと待って。ツッコミが追いつかないっていうかお姉様の自滅なのコレ?」
頭が痛くなってきたのか、眉間を指でほぐすフラン。
その彼女のまん前を、白目を向いてぷかぷかと流れていくお姉様ことレミリア・スカーレットの姿。
頭が痛くなるの通り越して、今度は胃がキリキリ痛んできた。
「まぁ、そそのかしたの私なんですが」
「結局あなたのせいじゃないのコレ!?」
「あだだだだだ!? 割れる割れる割れる割れるぅ!!?」
フランの掌が小悪魔の頭を鷲掴みにしてギリギリと締め上げる。
小悪魔は両手でフランの手を引っぺがそうとするのだが、ピクリとも動かないこの悲しさ。
残念ながら、力の弱い悪魔である小悪魔では、吸血鬼であるフランに抗うすべはねぇのである。
「ごめんなさい妹様わざとじゃないんです! 私もまさかこのようなことになるとは思わなかったんですけど期待はしてました!!」
「それで謝ってるつもりかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!? ギブゥゥ!!? ギッブアァァァァァァァァァップゥ!!?」
はたして小悪魔に本気で謝る気があったんだか、それともあるいはいつものようにおちょくっただけだったのか。
後者の場合だったのならば大層な勇気かもしれないが、残念ながらこの小悪魔、悪戯の為になら命を賭けちゃうアホの子である。
おそらくは後者なのだろう。毎度のことながら傍迷惑この上なかった。
フランのアイアンクローからようやく解放され、小悪魔は涙目になって頭を抑えている光景は、なんともシュールである。
「それにしても地下が丸ごと水没するなんて、どこかの漫画みたいになってきましたねぇ」
「いや、漫画でもこんな素っ頓狂な状況は無いと思うんだけど」
「そんなことありませんよ。まぁ、その漫画ではラーメンじゃなくて尿でしたが」
「尿ッ!!?」
頭をさすりながら言葉にする小悪魔に、フランが驚きながら飛ぼうとして頭をぶつけた。
何しろ、麺とスープの海は天井付近まで迫っているのである。飛ぼうとすれば頭をぶつけるのは道理である。
今度はフランが頭を抑える番となり、涙目で必死に痛みをこらえていたりするのであった。
「ひとまず、お嬢様をつれて一階に脱出しましょうか」
「痛たたた……一階は無事なの?」
「えぇ、玄関開けちゃえば流れちゃいますからね。今は咲夜さんたちが掃除に大忙しです。私は、お嬢様と妹様を救出しに来たわけです」
「……そうだったんだ。ありがと、小悪魔。一応、お礼言っておくわ」
「いえいえ、妹様が無事で何よりです」
ニコニコと笑顔で言葉にする小悪魔に、照れくさくなったのかフランはそっぽを向いて傍を漂っていたレミリアを抱きかかえた。
そんな彼女を微笑ましそうに見守っていた小悪魔を見る限り、どうやら照れ隠しであることはばれてしまっているようである。
顔を真っ赤にしながらあわてて話題を変えようとするフランの様子は、確かに可愛らしいと思えることだろう。
「と、ところでお姉様は何で気絶してるのかな?」
「あぁ、ニンニクの匂いにやられてしまったんでしょうね」
「そっかぁ、お姉様ったらだらしないなぁ。私はぴんぴんしてるのに」
「しょうがないですよ。妹様は私が紅茶とかにニンニク混ぜてましたし」
「へぇ~、なるほどねぇ。それは納得―――」
……。
…………。
………………。
「ねぇ、どういうこと?」
「ギーッブ!!? 頚動脈絞まってますから、絞まってますからぁぁぁぁ!!?」
聞き捨てなら無い台詞を聞いて、片手でギリギリ首を締め上げるフラン。
それも仕方あるまい。ニンニクが弱点の吸血鬼の食事にまさかのニンニク混入である。そりゃ、首のひとつでも絞めたくなるのもしょうがない。
しばらく締め上げていたのだが、小悪魔の顔が青くなってきたので仕方なく開放すると、盛大なため息をついてフランは言葉をこぼす。
「まぁ、小悪魔の悪戯は今に始まったことじゃないし、別にいいけどさ。そのおかげで私は無事なんだし」
「うぅ、妹様の寛大な心に感謝です」
「とにかく、脱出しよう。お姉様このままにしておけないし」
「わかりました。水中で息ができるようになる魔法かけますから、少し待っててください」
言うや否や、小悪魔は短い呪文を唱えるとフランとレミリアの額に指先で触れる。
すると淡い光が体を包み込み、目を白黒させるフランに小悪魔が指をぴんっと立てて言葉をつむぐ。
「これで、水中でも息ができますし、会話もできます。このとんこつスープの海でも視界が効くようになりますから、これで一階まで行けるでしょう。
難点は、麺が視界の邪魔をすることですが……」
「そこまでできれば十分だよ。とにかく、行こうか小悪魔」
「はい!」
元気よく返事を返し、小悪魔は自分にも魔法をかけるとフランに手を差し出した。
その行動にフランが不思議そうな表情をしていると、小悪魔は苦笑してから言葉をつむいだ。
「妹様、泳ぐの初めてですよね?」
「あ、そういうことか。それじゃ、慣れるまでお願いしていいかしら?」
「もちろん、しっかりエスコートさせていただきます」
笑顔を浮かべて小悪魔の手をとると、彼女も満足そうに笑みを浮かべる。
お互いの手をしっかりと握り、頷き合うとスープの海の中へと潜水を開始した。
しばらく目を瞑っていたフランだったが息ができることを確認してゆっくりと目を開けると、悲惨な自室の惨状に思わず顔を顰める。
ベッドも何もかもがとんこつスープに沈み、ところどころ麺が絡まっているのだ。
そりゃあ、顔を顰めたくもなるというものだろう。
「妹様、行きますよ」
「うん」
小悪魔の言葉に頷き、彼女の導かれるままに体を動かす。
おそらく紅魔館前の湖で水浴びでもしているのか、あるいは紅魔館の広大な風呂場で泳いでいるのか。
ずいぶんと達者な泳ぎでフランの手を引く小悪魔の姿は、なんとも頼もしいと感じてしまう。
もともと天井の高いフランの部屋は入り口まで距離があり、泳いだことの無いフラン一人だったならここまで潜るのも一苦労だっただろう。
あっという間に入り口までたどり着き、部屋から廊下へと三人は移動する。
案の定、廊下は天井までスープと麺で埋め尽くされており、普通にここまで来ようものなら途中で窒息死すること間違いなしだ。
「みんな大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ、皆さん一階に退避してますから」
「そっか、よかった」
ホッと胸をなでおろし、フランは安心したように言葉をこぼす。
ここ地下だけでも相当の人数の妖精メイドが居たし、パチュリーも居ただろう。
全員一階に避難したということで、最悪の事態だけは免れているようだった。
まぁ、なんだかんだで図太い神経をした紅魔館のメイドたちである。気合と根性で自力で脱出しそうな気もするが、それはさておこう。
小悪魔につれられて、レミリアを放さないようにしっかりと抱きしめるフラン。
あちこち見て回ったがひどい有様で、まさにそこは麺とスープの地獄といった様子だ。
何より匂いがひどい。もう本当にひどい。具体的に言うとスッゲェニンニク臭い。
そんな惨状にフランが顔を顰めていると―――
すぃー
今、なんかものすごく見ちゃ行けない人を見た気がした。
「ねぇ、小悪魔」
「気にしちゃ行けません」
「いや、だって今の竜宮の―――」
「まやかしです」
どこぞの竜宮の使いが我が物顔でラーメンの海を泳いでいた気がしたが、小悪魔がかたくなに否定するんで多分気のせいだったのだろう。
そういうことにして無理やり納得したフランは、晴れやかな表情で綺麗さっぱり先ほど見た光景を記憶から抹消した。
何事も、見なかったほうがよかったことだってあるのである。どっとはらい。
そんなわけで長い長い廊下を泳いでいくが、一向に一階に上がる階段が見えてこない。
もともと、この紅魔館は咲夜の能力で拡張されているため、見かけ以上に広大な空間が広がっているのである。
その地下部分を埋め尽くすラーメンに戦慄すら覚えるが、状況が状況だけに素直に戦慄を覚えたくないフランの心境は複雑だった。
そうして廊下を泳いでいたがふと―――後ろから奇妙な音が聞こえてきた。
「小悪魔、後ろからなんか聞こえるんだけど?」
「え? ……まさか」
フランの言葉に一瞬戸惑った様子の小悪魔だったか、何か思い当たる節があったのか恐る恐るといった様子で振り返る。
それにつられてフランも後ろを振り向くが、特に何かが見えた様子は無い。
ただ、その音だけが確実に近づいていることがわかるだけ。
それでも、小悪魔は事態を悟ったのか今までとは比べ物にならないスピードで泳ぎ始めたのだ。
「ちょ、どうしたの小悪魔!!?」
「急ぎますよ妹様、奴が来ます!!」
「……奴?」
珍しくあわてた様子の彼女に、フランは首をかしげながら後ろを振り返る。
相変わらず、彼女の視界には何も見えない。音だけが近づいてくるというのも、ある意味では恐怖を煽るものかもしれない。
やがて、フランの目にも近づいてくる音の正体が見えてくる。
そうして彼女の目に映ったのは、どーみても10mは超えてる巨大な鮫だった。
「は?」
彼女が間の抜けた声を上げるのも仕方のないことか。
ラーメンの海だって普通では考えられないのに、さらには巨大な鮫である。
彼女には本の知識しかないが、鮫があんなにでかくなるなんて聞いたこともないわけで。
そんな風に、小悪魔に引っ張られながら呆然としていたフランと、鮫の目が交じり合った瞬間。
それが当然のように、鮫がスピードを上げてこちらに向かってきた。
「き、来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? ていうか速ッ!!?」
「任せてください妹様、何を隠そう私は水泳の達人だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「言ってる場合かぁぁぁぁぁ!!?」
いつもどおりのコント繰り広げながら、それでもスピードを跳ね上げた小悪魔はさすがと言うべきか。
しかし悲しきかな、相手はもともと水中の生物。スピードには雲泥の差があった。
フランが迎撃できればよかったのだが、片手は小悪魔につかまり、片手はレミリアを抱きかかえている。
両手がふさがった状態では、彼女の能力は使えない。仮に片手を使えたとしても、巨大鮫のスピードは予想以上に速い。
彼女の能力はまず相手を認識することから始まり、相手の破壊の「目」を認識し、「目」を自身の手に転移させ、そして握り潰すことで対象を破壊するのだ。
単純に見えて、彼女の能力はこれだけの工程が必要になる。
少なくとも、彼女が能力を行使する前に食われてしまうだろう。
小悪魔の手を離せば、泳ぐのに不慣れなフランはレミリアと共に食われ、そしてレミリアを抱える腕を放せば何とかできるかもしれないが、その場合はレミリアが食われてしまう。
そんなこと、フランにとっては絶対に許容できないことだった。
だから、彼女はどちらも選べない。小悪魔に連れられて、どうしようもない現実に歯噛みするしかない。
そして、無常にも距離は縮まりつつあった。
フランの目には、巨大鮫がニィッと歪に笑ったように見えたかもしれない。
その鋭い鋸歯が並んだ大口を開け、今まさに巨大鮫は自分たちを食いちぎろうとしている。
もう駄目だと、フランがギュッと目をつぶった瞬間―――
「……私の、妹に」
頼もしいその声が、耳に届いた。
ハッとして声のほうに視線を向ければ、いつの間にか気がついていたらしい目を開けたレミリアの姿。
ギラリと鋭い眼光に怒りを滲ませ、その手には既に、膨大な魔力を圧縮して生み出された真紅の槍が握られていた。
「手を、出すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
大口開けたことが、巨大鮫にとってはあだになったのか。
レミリアにしては珍しい咆哮にも似た叫びと共に、投げ放たれた真紅の槍は巨大鮫を貫いた。
槍に貫かれた余波で体は四散し、粉々に砕けていく鮫の残骸が遠くなっていく。
それの少し後のことだった。
ザパァンっという水の音と共に、体にまとわりついていた不快なスープの感触から解放される。
勢いを止められず、転がるように飛び出してきた彼女たちはゴロゴロと一階の廊下を転げまわる羽目になった。
まさに、間一髪といったところか。
そのことを理解して、小悪魔もフランもホッと安堵の息をこぼしていた。
「た、助かりましたお嬢様。し、死ぬかと思いましたよさすがに」
「こ、小悪魔、いまちょっと話しかけないで。うぅ、ニンニクの匂いが気持ち悪いぃ……」
小悪魔のお礼に、先ほどの威勢はどこへ行ったのか完全にグロッキーである。
口元を抑えて涙目になっているレミリアを見て、元気そうなのを確認してホッと安堵の息をこぼしたフランは、いまだに疲れて倒れこんだままの小悪魔に視線を向けた。
「ねぇ、小悪魔。あの鮫はなんなの?」
「……あはは、お嬢様が『フカヒレラーメンが食べたい』とか言ってましたから、それでじゃないですかね」
「あぁ……なんつーはた迷惑な」
げんなりした表情でため息をついたフランは、立ち上がるとレミリアのそばにまで歩み寄った。
いまだに気分が悪そうなレミリアの背中をなでながら、フランは小さく微笑んだ。
「ありがとう、お姉様」
「何を言ってるのよ、妹を守るのは姉の役目でしょ? あ、ごめん。もうちょっと上さすって」
「はいはい」
クスクスと笑みをこぼしながらも、レミリアの言葉ば通りに背中の上のほうをさすってやる。
いわれた場所をさすってやると、羽がピクピクと動いて案外面白い。
あの時、レミリアが目を覚まして鮫を迎撃していなければ、自分たちは今頃鮫の胃袋の中だっただろう。
あの時、あの瞬間だけは、本当に……尊敬できる姉として、格好良く思えることができた。
やっぱり、レミリア・スカーレットはフランドール・スカーレットにとって、最高の姉なのである。
そんな彼女たちに歩み寄る影がひとつ。
三人がそちらに視線を向ければ、何ゆえか博麗の巫女の博麗霊夢があきれたようにこちらに視線を向けていた。
「随分と派手に出てきたわねぇ。しかもこっちを無視するし」
「霊夢、なんで?」
「咲夜に呼ばれてきたのよ。異変だから何とかしろって」
心底めんどくさそうにフランの言葉に答えながら、霊夢はツカツカとスープと麺に浸された地下へ続く階段に視線を向けている。
確かに、異変って言えば異変かもしれないが、こんなあほな事で巫女まで呼ばなくてもよかったのにとフランが思ったのは秘密である。
しかし、同時にどうやってこれを解決するのか気にもなるわけで。
「ねぇ、霊夢。どうやって解決するつもり?」
「は? そんなの簡単でしょ」
答えは、予想外のものだった。
フランは目を丸くして瞬かせ、霊夢は自信満々といった様子で笑みを浮かべて腕を組み。
「食べればいいじゃない」
そんな、素っ頓狂な言葉を口走った。
「はい?」
フランが間の抜けた声を上げたが、それも無理あるまい。
地下の空間はかなり広大なのだ。食えばいいという発想が出ること自体そもそも間違っている。
しかし、そんなフランの声もなんのその、霊夢は脇の袖からマイ箸を取り出すと、パンと手を合わせて、そして一言だけ紡ぎ出す。
「それじゃ、いただきます!」
「え、いやちょっと待って。食べれるわけないじゃな……、え、嘘、マジで? これだけの量を食べるって女の子としてどうなのって言うか人としてどうなの!!?
ていうか本当に食べきりそうな勢いだしっ!!? ちょっ、霊夢おちついて!? いやオマッ、霊夢さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!?」
その日、フランの盛大なツッコミと共に、広大な地下のラーメンはすべて巫女の胃袋の中に消えていった。
▼
かくして、ひとつの異変は終わりを告げた。
後に残ったのは満足げな巫女と、ニンニクくさい紅魔館のみ。
当然、吸血鬼のレミリアたちがそんな場所に住むわけにも行かず、彼女たちは博麗神社にしばらく居候をすることになったとか。
パチュリーが紅魔館に消臭の魔法をかけたが、完全に匂いが取れるまで一週間はかかるだろうということだった。
その間、レミリア達は博麗神社での生活を満喫していたのだが……。
「はい、今日は味噌ラーメンよ」
「れ、霊夢。もうラーメンは勘弁してください」
「大丈夫よレミリア、明日は塩ラーメンだから」
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
彼女たちのラーメン地獄は、まだまだ続きそうである。
青く澄み渡る荘厳な空に、この身を浸すのは未だ見たことのない蒼海。
それで、彼女はこれが夢であると理解した。
なぜなら、彼女はそのどちらもが己にとって毒であると理解していたからだ。
空に浮かぶ輝く太陽は彼女の身を焼く業火であり、蒼海の流水は彼女の体を蝕む毒である。
だから、それは本来ありえぬ光景だったのだ。
その夢は彼女が内に秘めた願望だったのか、あるいは外に自由を求めるが故に発露した幻だったのか。
けれど、彼女にはそれで満足だった。
本来なら見る事かなわぬ青い空と青い海を、夢とはいえ見ることができたのだから。
吸血鬼の彼女にとって、それは得がたい価値あるものに思えたのだ。
ザァッと、音を立ててあたりの景色が移ろいで行く。
それで漠然と夢から覚めるのだと理解した彼女は、うれしそうに微笑んだ。
だって、こんなに素敵な夢を見られたのだ。
今日は素敵な一日に違いないと、自然とそう思えたから。
そうして、彼女は目を覚ます。
幸せな夢から目を覚ました彼女を待っていたのは―――部屋一杯のラーメンの海だった。
「……えぇ~、何これー……」
半ば呆然とした様子でつぶやいた彼女を、果たして誰が攻められようか。
少女、フランドール・スカーレットが目を覚ませば、視界には間近にある天井とあたり一面のラーメンである。
もはや意味がわからなかった。
「いや、あの夢からなんでこんな素っ頓狂な……っていうか臭ッ!? ニンニククッサァ!!? しかもとんこつって何の嫌がらせ!?」
おまけに吸血鬼が苦手なニンニクたっぷりとんこつ使用。漂う香りは香ばしいガーリックの匂いがプンプンしやがるのである。
逃げようにもドアはラーメンの海に深く沈んでおり、脱出するには潜水せねばならなかった。
それだけでも耐え難い地獄である。だがしかし、そこにしか出口はないわけで。
さて、どうしたものかと思考を巡らせ始めたところで……見覚えのある顔が彼女の目の前をぷかぷかと流れてきた。
「こぁーっこぁっこぁっこぁっこぁっこぁ!! お目覚めですか妹さまごぉっ!!?」
とりあえず、腹が立ってその知り合いの顔を全力でぶん殴ったフランは何も悪くないと断言させていただきたい。
フランの一撃を受けてラーメンの海に沈んだ名もなき小悪魔。
しかし慣れているのか、数秒の後にあっさり復活した彼女はプリプリとご立腹な様子でフランの目の前に浮上した。
「もう、何するんですか妹様。危うく顔面破裂するところだったじゃないですかッ!」
「うるさいよ、この馬鹿小悪魔。今度なにやらかしたのさ?」
「まぁ、失礼な。どうしてそうすぐに人のせいにするんですか。私が今まで何かしたことがありましたか?」
「大量にあったでしょうが! え、ていうか何その心底不思議そうな反応!!? ものすんごく腹立たしいんだけどッ!!?」
不思議そうにこてんと首をかしげる小悪魔は非常にかわいらしかったのだが、残念ながらフランには怒りを煽る結果にしかならなかったらしい。
彼女の怒りもある意味では仕方のないことか。彼女がかかわった碌でもない事には、大抵目の前の小悪魔が絡んでいるのである。
魔法少女やらされたり、姉が300mクラスに巨大化したり、小悪魔が分裂したり、幽香が小さくなったり、他にも数えればきりがない。
「……で、本当のところは?」
「いえ、お嬢様がとんこつラーメン食べたいと言い出しまして、止めるのもかまわず適当な術式で呼び出そうとした結果がこれです」
「……ごめん、ちょっと待って。ツッコミが追いつかないっていうかお姉様の自滅なのコレ?」
頭が痛くなってきたのか、眉間を指でほぐすフラン。
その彼女のまん前を、白目を向いてぷかぷかと流れていくお姉様ことレミリア・スカーレットの姿。
頭が痛くなるの通り越して、今度は胃がキリキリ痛んできた。
「まぁ、そそのかしたの私なんですが」
「結局あなたのせいじゃないのコレ!?」
「あだだだだだ!? 割れる割れる割れる割れるぅ!!?」
フランの掌が小悪魔の頭を鷲掴みにしてギリギリと締め上げる。
小悪魔は両手でフランの手を引っぺがそうとするのだが、ピクリとも動かないこの悲しさ。
残念ながら、力の弱い悪魔である小悪魔では、吸血鬼であるフランに抗うすべはねぇのである。
「ごめんなさい妹様わざとじゃないんです! 私もまさかこのようなことになるとは思わなかったんですけど期待はしてました!!」
「それで謝ってるつもりかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!? ギブゥゥ!!? ギッブアァァァァァァァァァップゥ!!?」
はたして小悪魔に本気で謝る気があったんだか、それともあるいはいつものようにおちょくっただけだったのか。
後者の場合だったのならば大層な勇気かもしれないが、残念ながらこの小悪魔、悪戯の為になら命を賭けちゃうアホの子である。
おそらくは後者なのだろう。毎度のことながら傍迷惑この上なかった。
フランのアイアンクローからようやく解放され、小悪魔は涙目になって頭を抑えている光景は、なんともシュールである。
「それにしても地下が丸ごと水没するなんて、どこかの漫画みたいになってきましたねぇ」
「いや、漫画でもこんな素っ頓狂な状況は無いと思うんだけど」
「そんなことありませんよ。まぁ、その漫画ではラーメンじゃなくて尿でしたが」
「尿ッ!!?」
頭をさすりながら言葉にする小悪魔に、フランが驚きながら飛ぼうとして頭をぶつけた。
何しろ、麺とスープの海は天井付近まで迫っているのである。飛ぼうとすれば頭をぶつけるのは道理である。
今度はフランが頭を抑える番となり、涙目で必死に痛みをこらえていたりするのであった。
「ひとまず、お嬢様をつれて一階に脱出しましょうか」
「痛たたた……一階は無事なの?」
「えぇ、玄関開けちゃえば流れちゃいますからね。今は咲夜さんたちが掃除に大忙しです。私は、お嬢様と妹様を救出しに来たわけです」
「……そうだったんだ。ありがと、小悪魔。一応、お礼言っておくわ」
「いえいえ、妹様が無事で何よりです」
ニコニコと笑顔で言葉にする小悪魔に、照れくさくなったのかフランはそっぽを向いて傍を漂っていたレミリアを抱きかかえた。
そんな彼女を微笑ましそうに見守っていた小悪魔を見る限り、どうやら照れ隠しであることはばれてしまっているようである。
顔を真っ赤にしながらあわてて話題を変えようとするフランの様子は、確かに可愛らしいと思えることだろう。
「と、ところでお姉様は何で気絶してるのかな?」
「あぁ、ニンニクの匂いにやられてしまったんでしょうね」
「そっかぁ、お姉様ったらだらしないなぁ。私はぴんぴんしてるのに」
「しょうがないですよ。妹様は私が紅茶とかにニンニク混ぜてましたし」
「へぇ~、なるほどねぇ。それは納得―――」
……。
…………。
………………。
「ねぇ、どういうこと?」
「ギーッブ!!? 頚動脈絞まってますから、絞まってますからぁぁぁぁ!!?」
聞き捨てなら無い台詞を聞いて、片手でギリギリ首を締め上げるフラン。
それも仕方あるまい。ニンニクが弱点の吸血鬼の食事にまさかのニンニク混入である。そりゃ、首のひとつでも絞めたくなるのもしょうがない。
しばらく締め上げていたのだが、小悪魔の顔が青くなってきたので仕方なく開放すると、盛大なため息をついてフランは言葉をこぼす。
「まぁ、小悪魔の悪戯は今に始まったことじゃないし、別にいいけどさ。そのおかげで私は無事なんだし」
「うぅ、妹様の寛大な心に感謝です」
「とにかく、脱出しよう。お姉様このままにしておけないし」
「わかりました。水中で息ができるようになる魔法かけますから、少し待っててください」
言うや否や、小悪魔は短い呪文を唱えるとフランとレミリアの額に指先で触れる。
すると淡い光が体を包み込み、目を白黒させるフランに小悪魔が指をぴんっと立てて言葉をつむぐ。
「これで、水中でも息ができますし、会話もできます。このとんこつスープの海でも視界が効くようになりますから、これで一階まで行けるでしょう。
難点は、麺が視界の邪魔をすることですが……」
「そこまでできれば十分だよ。とにかく、行こうか小悪魔」
「はい!」
元気よく返事を返し、小悪魔は自分にも魔法をかけるとフランに手を差し出した。
その行動にフランが不思議そうな表情をしていると、小悪魔は苦笑してから言葉をつむいだ。
「妹様、泳ぐの初めてですよね?」
「あ、そういうことか。それじゃ、慣れるまでお願いしていいかしら?」
「もちろん、しっかりエスコートさせていただきます」
笑顔を浮かべて小悪魔の手をとると、彼女も満足そうに笑みを浮かべる。
お互いの手をしっかりと握り、頷き合うとスープの海の中へと潜水を開始した。
しばらく目を瞑っていたフランだったが息ができることを確認してゆっくりと目を開けると、悲惨な自室の惨状に思わず顔を顰める。
ベッドも何もかもがとんこつスープに沈み、ところどころ麺が絡まっているのだ。
そりゃあ、顔を顰めたくもなるというものだろう。
「妹様、行きますよ」
「うん」
小悪魔の言葉に頷き、彼女の導かれるままに体を動かす。
おそらく紅魔館前の湖で水浴びでもしているのか、あるいは紅魔館の広大な風呂場で泳いでいるのか。
ずいぶんと達者な泳ぎでフランの手を引く小悪魔の姿は、なんとも頼もしいと感じてしまう。
もともと天井の高いフランの部屋は入り口まで距離があり、泳いだことの無いフラン一人だったならここまで潜るのも一苦労だっただろう。
あっという間に入り口までたどり着き、部屋から廊下へと三人は移動する。
案の定、廊下は天井までスープと麺で埋め尽くされており、普通にここまで来ようものなら途中で窒息死すること間違いなしだ。
「みんな大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ、皆さん一階に退避してますから」
「そっか、よかった」
ホッと胸をなでおろし、フランは安心したように言葉をこぼす。
ここ地下だけでも相当の人数の妖精メイドが居たし、パチュリーも居ただろう。
全員一階に避難したということで、最悪の事態だけは免れているようだった。
まぁ、なんだかんだで図太い神経をした紅魔館のメイドたちである。気合と根性で自力で脱出しそうな気もするが、それはさておこう。
小悪魔につれられて、レミリアを放さないようにしっかりと抱きしめるフラン。
あちこち見て回ったがひどい有様で、まさにそこは麺とスープの地獄といった様子だ。
何より匂いがひどい。もう本当にひどい。具体的に言うとスッゲェニンニク臭い。
そんな惨状にフランが顔を顰めていると―――
すぃー
今、なんかものすごく見ちゃ行けない人を見た気がした。
「ねぇ、小悪魔」
「気にしちゃ行けません」
「いや、だって今の竜宮の―――」
「まやかしです」
どこぞの竜宮の使いが我が物顔でラーメンの海を泳いでいた気がしたが、小悪魔がかたくなに否定するんで多分気のせいだったのだろう。
そういうことにして無理やり納得したフランは、晴れやかな表情で綺麗さっぱり先ほど見た光景を記憶から抹消した。
何事も、見なかったほうがよかったことだってあるのである。どっとはらい。
そんなわけで長い長い廊下を泳いでいくが、一向に一階に上がる階段が見えてこない。
もともと、この紅魔館は咲夜の能力で拡張されているため、見かけ以上に広大な空間が広がっているのである。
その地下部分を埋め尽くすラーメンに戦慄すら覚えるが、状況が状況だけに素直に戦慄を覚えたくないフランの心境は複雑だった。
そうして廊下を泳いでいたがふと―――後ろから奇妙な音が聞こえてきた。
「小悪魔、後ろからなんか聞こえるんだけど?」
「え? ……まさか」
フランの言葉に一瞬戸惑った様子の小悪魔だったか、何か思い当たる節があったのか恐る恐るといった様子で振り返る。
それにつられてフランも後ろを振り向くが、特に何かが見えた様子は無い。
ただ、その音だけが確実に近づいていることがわかるだけ。
それでも、小悪魔は事態を悟ったのか今までとは比べ物にならないスピードで泳ぎ始めたのだ。
「ちょ、どうしたの小悪魔!!?」
「急ぎますよ妹様、奴が来ます!!」
「……奴?」
珍しくあわてた様子の彼女に、フランは首をかしげながら後ろを振り返る。
相変わらず、彼女の視界には何も見えない。音だけが近づいてくるというのも、ある意味では恐怖を煽るものかもしれない。
やがて、フランの目にも近づいてくる音の正体が見えてくる。
そうして彼女の目に映ったのは、どーみても10mは超えてる巨大な鮫だった。
「は?」
彼女が間の抜けた声を上げるのも仕方のないことか。
ラーメンの海だって普通では考えられないのに、さらには巨大な鮫である。
彼女には本の知識しかないが、鮫があんなにでかくなるなんて聞いたこともないわけで。
そんな風に、小悪魔に引っ張られながら呆然としていたフランと、鮫の目が交じり合った瞬間。
それが当然のように、鮫がスピードを上げてこちらに向かってきた。
「き、来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? ていうか速ッ!!?」
「任せてください妹様、何を隠そう私は水泳の達人だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「言ってる場合かぁぁぁぁぁ!!?」
いつもどおりのコント繰り広げながら、それでもスピードを跳ね上げた小悪魔はさすがと言うべきか。
しかし悲しきかな、相手はもともと水中の生物。スピードには雲泥の差があった。
フランが迎撃できればよかったのだが、片手は小悪魔につかまり、片手はレミリアを抱きかかえている。
両手がふさがった状態では、彼女の能力は使えない。仮に片手を使えたとしても、巨大鮫のスピードは予想以上に速い。
彼女の能力はまず相手を認識することから始まり、相手の破壊の「目」を認識し、「目」を自身の手に転移させ、そして握り潰すことで対象を破壊するのだ。
単純に見えて、彼女の能力はこれだけの工程が必要になる。
少なくとも、彼女が能力を行使する前に食われてしまうだろう。
小悪魔の手を離せば、泳ぐのに不慣れなフランはレミリアと共に食われ、そしてレミリアを抱える腕を放せば何とかできるかもしれないが、その場合はレミリアが食われてしまう。
そんなこと、フランにとっては絶対に許容できないことだった。
だから、彼女はどちらも選べない。小悪魔に連れられて、どうしようもない現実に歯噛みするしかない。
そして、無常にも距離は縮まりつつあった。
フランの目には、巨大鮫がニィッと歪に笑ったように見えたかもしれない。
その鋭い鋸歯が並んだ大口を開け、今まさに巨大鮫は自分たちを食いちぎろうとしている。
もう駄目だと、フランがギュッと目をつぶった瞬間―――
「……私の、妹に」
頼もしいその声が、耳に届いた。
ハッとして声のほうに視線を向ければ、いつの間にか気がついていたらしい目を開けたレミリアの姿。
ギラリと鋭い眼光に怒りを滲ませ、その手には既に、膨大な魔力を圧縮して生み出された真紅の槍が握られていた。
「手を、出すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
大口開けたことが、巨大鮫にとってはあだになったのか。
レミリアにしては珍しい咆哮にも似た叫びと共に、投げ放たれた真紅の槍は巨大鮫を貫いた。
槍に貫かれた余波で体は四散し、粉々に砕けていく鮫の残骸が遠くなっていく。
それの少し後のことだった。
ザパァンっという水の音と共に、体にまとわりついていた不快なスープの感触から解放される。
勢いを止められず、転がるように飛び出してきた彼女たちはゴロゴロと一階の廊下を転げまわる羽目になった。
まさに、間一髪といったところか。
そのことを理解して、小悪魔もフランもホッと安堵の息をこぼしていた。
「た、助かりましたお嬢様。し、死ぬかと思いましたよさすがに」
「こ、小悪魔、いまちょっと話しかけないで。うぅ、ニンニクの匂いが気持ち悪いぃ……」
小悪魔のお礼に、先ほどの威勢はどこへ行ったのか完全にグロッキーである。
口元を抑えて涙目になっているレミリアを見て、元気そうなのを確認してホッと安堵の息をこぼしたフランは、いまだに疲れて倒れこんだままの小悪魔に視線を向けた。
「ねぇ、小悪魔。あの鮫はなんなの?」
「……あはは、お嬢様が『フカヒレラーメンが食べたい』とか言ってましたから、それでじゃないですかね」
「あぁ……なんつーはた迷惑な」
げんなりした表情でため息をついたフランは、立ち上がるとレミリアのそばにまで歩み寄った。
いまだに気分が悪そうなレミリアの背中をなでながら、フランは小さく微笑んだ。
「ありがとう、お姉様」
「何を言ってるのよ、妹を守るのは姉の役目でしょ? あ、ごめん。もうちょっと上さすって」
「はいはい」
クスクスと笑みをこぼしながらも、レミリアの言葉ば通りに背中の上のほうをさすってやる。
いわれた場所をさすってやると、羽がピクピクと動いて案外面白い。
あの時、レミリアが目を覚まして鮫を迎撃していなければ、自分たちは今頃鮫の胃袋の中だっただろう。
あの時、あの瞬間だけは、本当に……尊敬できる姉として、格好良く思えることができた。
やっぱり、レミリア・スカーレットはフランドール・スカーレットにとって、最高の姉なのである。
そんな彼女たちに歩み寄る影がひとつ。
三人がそちらに視線を向ければ、何ゆえか博麗の巫女の博麗霊夢があきれたようにこちらに視線を向けていた。
「随分と派手に出てきたわねぇ。しかもこっちを無視するし」
「霊夢、なんで?」
「咲夜に呼ばれてきたのよ。異変だから何とかしろって」
心底めんどくさそうにフランの言葉に答えながら、霊夢はツカツカとスープと麺に浸された地下へ続く階段に視線を向けている。
確かに、異変って言えば異変かもしれないが、こんなあほな事で巫女まで呼ばなくてもよかったのにとフランが思ったのは秘密である。
しかし、同時にどうやってこれを解決するのか気にもなるわけで。
「ねぇ、霊夢。どうやって解決するつもり?」
「は? そんなの簡単でしょ」
答えは、予想外のものだった。
フランは目を丸くして瞬かせ、霊夢は自信満々といった様子で笑みを浮かべて腕を組み。
「食べればいいじゃない」
そんな、素っ頓狂な言葉を口走った。
「はい?」
フランが間の抜けた声を上げたが、それも無理あるまい。
地下の空間はかなり広大なのだ。食えばいいという発想が出ること自体そもそも間違っている。
しかし、そんなフランの声もなんのその、霊夢は脇の袖からマイ箸を取り出すと、パンと手を合わせて、そして一言だけ紡ぎ出す。
「それじゃ、いただきます!」
「え、いやちょっと待って。食べれるわけないじゃな……、え、嘘、マジで? これだけの量を食べるって女の子としてどうなのって言うか人としてどうなの!!?
ていうか本当に食べきりそうな勢いだしっ!!? ちょっ、霊夢おちついて!? いやオマッ、霊夢さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!?」
その日、フランの盛大なツッコミと共に、広大な地下のラーメンはすべて巫女の胃袋の中に消えていった。
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かくして、ひとつの異変は終わりを告げた。
後に残ったのは満足げな巫女と、ニンニクくさい紅魔館のみ。
当然、吸血鬼のレミリアたちがそんな場所に住むわけにも行かず、彼女たちは博麗神社にしばらく居候をすることになったとか。
パチュリーが紅魔館に消臭の魔法をかけたが、完全に匂いが取れるまで一週間はかかるだろうということだった。
その間、レミリア達は博麗神社での生活を満喫していたのだが……。
「はい、今日は味噌ラーメンよ」
「れ、霊夢。もうラーメンは勘弁してください」
「大丈夫よレミリア、明日は塩ラーメンだから」
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
彼女たちのラーメン地獄は、まだまだ続きそうである。
ところで、衣玖さんは何をしてるんですかw
そして竜宮の使いは自重しろw
泳ぎにくそうだなあ。油ぎっとぎとになりそうだなあ。
どちらかというと、むしろさっぱりと素麺が食べたくなりました。
ぬるぬるするぅ~~~!!
いや、にんにく好きだよ?
醤油派なだけで。
"空(そら)"という字には"空(から)"という読み方もあってですな……
やっぱり白々燈さんのギャグは最高だわwwwww
食いたかったのはフカヒレチャーシューニンニク抜きだったと推察
部屋一杯のラーメンを想像しただけで胸やけがwww
・・・カー○ィが霊夢の腹の中にお試し幻想入り・・・
しかし無念、ニンニクは、苦手だ……!
とんこつスープの中でよく平気だったなあの鮫
面白かったです、このこあふらのシリーズ好きです。
ありがとうございます。