深夜二時。
私、咲夜は悩んでいた。
今日も一日、一生懸命働いた。
とはいえ、お嬢様は昼から神社に遊びに行っていて、今日は泊まりらしい。その分、仕事の量は少なかった。
お夕飯を頂いて、お風呂に入って、読書して、ダーツなんかもやっちゃったりして、美容体操なんかもやっちゃったりし、いつもより自由に時を過ごしていた。
そんなこんなで、いつの間にか深夜二時。
私、咲夜はこれからの行動をどうするか、悩んでいた。
というかぶっちゃけ、
「おなかすいた」
そう、お腹が空いたのだ。人間、起きていたらお腹が空くのだ。咲夜、時を止めたりするけど人間なのです。
太るとわかってはいるが、食べたい。そして、こんな時に限って味の濃いものが食べたい。勢いよく胃を満たしてくれるものが食べたい。
というか、
「ラーメン、食べたいなぁ」
深夜に食べるラーメンほどおいしいものはない。
肌寒くなってきた季節に、熱々のラーメン。考えただけでよだれが出てくる。
「……うん、行っちゃおう」
そうして、咲夜はラーメンを食べに行くために、夜の空を駆けた。
「ごめんください」
「らっしゃい」
湖を超え、森を抜けたところに、ひっそりとその屋台は佇んでいる。
夜しかやっていないこの店は、知る人ぞ知る隠れた名店として確固たる人気を博している。
席に座り、注文する。
「みそもやし。ネギ増し増しで。トッピングに味玉ね」
「脂は?」
「もち、ギタで♪」
「好きですね」
「癖になっちゃった」
「少々お待ちを」
小ぢんまりとした屋台の席は、三人座るのが精々だ。
もちろん、調理場との距離も近い。目の前で調理している様がよく見える。
これが中々に面白い。
寸胴の中には、玉ねぎ、人参、ネギ、鶏がら、生姜など様々な具材が、出汁を作るために放り込まれている。テボ(麺を茹でるための調理器具)の中で踊る麺を眺めるのも楽しい。白っぽい麺が黄色くなり始めたらちょうどいいと最近覚えた。拍子を取るようにチャーシューを切る包丁捌きなんて惚れぼれするほどだ。
特製の味噌だれを器に入れ、スープを流し込む。しっかりとかき混ぜたら、そこに麺を入れる。見栄えするよう、菜箸で伸ばし、折ってだ。細かい配慮が心憎い。
ちゃっちゃっちゃ。
ちゃっちゃっちゃ。
その上に豪快にもやし、ネギを盛りつけ、チャーシューと味付け玉子を落とす。
深夜のヒーローの出来あがりだった。
「へい、お待ち」
「わぁ」
どん、と目の前に置かれたどんぶりからは、食欲を掻き立てる、匂い付きの湯気が立ち昇っている。香ばしい味噌の匂いだ。
「おいしそう! いただきまーす」
欲望のままに麺に手を付けるのはだめ。それは素人のすること。まずはスープの味をみる。これが通。
蓮華で一掬い、スープを流し込む。
瞬間、味噌の痛烈なしょっぱさが舌の付け根を刺激する。
「んぅ~~っ」
思わず目を結ぶ。しかし、これがいい。これがいいのだ。このしょっぱいスープが、太麺と上手く絡まり、絶妙な味加減を演出してくれるのだ。
もやしとネギを掻き分け、麺を掴む。見ると、掴んだ麺のあちこちに白い粒のようなものが付着している。
「ごくり」
そう、これこそがこの店の売り、豚の背脂である。先ほどの『ちゃっちゃっちゃ』の正体。上質な豚の背脂はラーメンに入れると、その熱でちょうどいい具合にとろけ、全体に拡がり麺を、スープを、具を引き立て、コクを出してくれる。
とはいえ、あまり多くてもあとで気持ち悪くなる。私が注文した『ギタ』は脂ギタギタのことで、食べきる自信のある通のみが頼むコアな注文だった。
ふーふーなんてしない。熱々のまま食べるのです。
「げほ! えほっ、ごほっ!」
熱気で咽ることってあるある。しかしこれはラーメンを食べる上で避けては通れない道。途中で噛み切るなんて軟弱な真似、お天道様が許しても、この咲夜が許さない!
もちもちとコシのある麺を咀嚼する。太麺が濃いスープと絡まって実においしい。
真夜中にラーメンという背徳感が更においしさに拍車をかけているような気がした。
咲夜、調子に乗って頬張ります。うまうま。
麺と一緒に、もやし、ネギを口に入れる。もちもちの麺の中に、シャキシャキとしたもやしの清涼感、ピリリと鼻から抜けるネギの味わいがなんとも言えない。
「あむっ」
味付け玉子にかぶりつく。半分になった玉子の中から、とろりと黄身がこぼれ出た。茹で過ぎず、半熟過ぎず、実にいい仕事をしている。じわりと薫る醤油の風味が優しく舌を刺激した。
「はむっ」
お次はチャーシュー。薄切りにされたチャーシューは口に入れると、ほろりとほどけて口の中に溶けていった。
「あふぅ……」
さすがにお腹がつらくなってきた。となると、ここは――
「おじさん、胡椒とにんにくちょうだい」
味変だ。別に味が変なわけではない。味を変える。よって味変だ。
ぱっぱっと胡椒を全体に振り、どぼどぼとおろしにんにくを入れる。
第二ラウンド――ファイッ。
ズズッ、ズ……。
最近、外の世界では麺を啜れない若者がいると聞く。だからどうというわけではないが、少しもったいない気がする。ラーメンやそばなんてのは、こうやって音を立てて食べるのが一番おいしいんだ。決して下品ではない。
さておき、胡椒とにんにくの入ったラーメンはまた別の顔を見せた。
にんにくの強烈な薫りが麺全体を包み、食欲を更に更に掻き立てる。にんにくを入れたことにより、全体がまろやかになったが、それを胡椒がピリっと引き締める。緩めるところは緩めて、締めるところは締める。そんな関係。
気付けば顔からは汗が噴き出していた。瀟洒さなんて欠片もない。
だが、それでいい。それがいいんだ。
ラーメンを食べるときは、外聞なんて気にせずに、ありのままの感情で向き合えばいいのだ。
たかがラーメン、されどラーメン。食べるときは全力だ。そして、食べ終わったら、こう言うんだ。
「ふう、ごちそうさま。とってもおいしかった。また来るわね」
「ありあっした」
無愛想なおじさんだけど、その顔は確かに笑っていた。
深夜二時の背徳は、私に確かな幸せをもたらしてくれたのだった。
ただ一つ、誤算があるとすれば――
「咲夜、臭ぁぁぁああああああっ!!?」
「も、申し訳ありま」
「いや! しゃべ、しゃべんないで! いやあああ臭い!!」
――主が吸血鬼だったってことかしら。
にんにくは歯磨きをしても臭いが残るから、気を付けなければいけません。くすん。
寒い時期に道を歩いているとそう呻く生物になる私にとって、目の毒な作品でした。
咲夜さんとラーメンの組み合わせがなんとも斬新でいいなぁと思いました。
美味しく堪能させていただきました。
咽る咲夜さん可愛い。でも一生懸命ふーふーしてる咲夜さんも可愛いと思う。
お嬢様ニンニク苦手というよりも純粋に臭かったんだろうなw
何でこんな時間にこのお話を読んでしまったのか……腹減った 腹が鳴りやがるーー。 ラーメン食いてーーーー。
深夜に食べるラーメン(袋系インスタントラーメンでも可)て何であんなに美味しいんですかね?
どのような補正が掛かっているのか知りたい所です。
話は変わりますが、ちょっと小洒落たラーメン屋さんに行くと、口を付ける部分に対して
直角に柄がついている木製のレンゲがたまにあるじゃないですか。
あれってとっても……
ス ー プ が 飲 み に く い ん じゃっ!!
相変わらずお腹の減る小説、ごちそうさまでした。
そういう訳で今度ラーメン食いに行ってきます。
咲夜さんには是非とも 店先にあるピンクのウサギのぬいぐるみが欲しくなったり、本棚にパタ〇ロ!がおいてあったり、ときどきポテチのコンソメ味を食べたくなったり、輪ゴム二つで(体感時間にして)20分程を潰したり、そうあって欲しいですね。
ラーメンが食べたいですw
いやあ、屋台って本当にいいもんですね
にしてもラーメンと咲夜さんって面白いですね
年頃だもんな、それくらい食べるんだろうなあ
えーい辛抱堪らん!この話見てたら食べたくなってきた!
痛風の足痛むけどラーメン食べに行く!
美鈴もラーメン作ったりするのかなぁ。
しかし、夜中のラーメンは舌を火傷しようが構わない程度の魅力を持っているのは確か
腹が減って仕方ない…
そばやラーメンは音をたてて食べるべき!下品じゃないに同感
飯食ったばかりなのに腹が減ってきたじゃないかどうしてくれる(褒め言葉
明日の朝はラーメンだな、間違いない。
しかし、俺はまさに麺を啜れない人間なんだがどうしたもんか……
でも胡椒と大蒜両方投下ってした事無いなあ。ウマいかどうか今度やってみます。
さてしかし、近所にお好みの拉麺屋はあるけれど、そこはこってりしたつけ麺がウマい所だ。困りましたぞ。
以下、誤字など。
小じんまりとした -> 小ぢんまりとした
帰りにラーメン行きましょう!ラーメン行きましょう!ラーメン行きましょう! 超門番
私のお腹が凶悪な唸りをあげております 冥途蝶
さて、ラーメンでも食べるかな…。
でも、お腹が鳴っちゃう。だって、女の子だもん!
みたいな。そんな咲夜さんが好きです。
ありがとうございました!
>奇声を発する程度の能力さん
上手く伝えられたようでなによりですw
>ぺ・四潤さん
ふーふー咲夜さんいいですねー。
今度はそっちで書いてみますw
>10
食べちゃえばいいんですよー(甘い誘惑)
>KASAさん
行ってらっしゃいませ~。何かしら増し増しで!
>コチドリさん
ありますあります。
うどん屋にあるようなやつですよね。
あれを考えた人がなに考えてたのか知りたいです。
>15
こってり行ってらっしゃいませ!
>幻想さん
綺麗で瀟洒なクール咲夜さんより、ただの女の子な咲夜さんの方が好きだったりしますw
>17
あなたとは趣味が合いそうです。
マンガを読んでる咲夜さんとか、いいですねぇ。
これからも庶民派咲夜さんを書いていこうと思いますw
>20
シャツにスープが飛んでたりとかいう間抜けな感じだったら最高ですね!
>22
(計算通り……!)
>26
ふふふ、食べちゃえばいいんですよ。
>爆撃さん
関係ないけど、以前明らかに80kmは出しているであろう石焼きイモを見て「それじゃ誰も買えないだろ……」とか思いました。
関係ないですね。
>31
1時。ちょうどいいですね!
……GO。
>32
きっとぶたメンとかも食べますよ。たぶんUFOにマヨネーズかけます。
>35
あとから押し寄せてくる後悔。
だがそれがいい。
>終焉刹那さん
どうしようも何も、ねぇ?
食べるしかないですよw
>名も無き脇役さん
おかげさまで1本パク……創作することができました!
ありがとうございます!
>39
食べてない食べてない。まだ食べてないからラーメン食べちゃっていいですよ。
>40
まさに二郎という名前が出てきてくれて嬉しいですw
今回「なりたけ」というラーメン屋を意識して書いたので。(二郎と似ているため)
美鈴には、とっておきの麺があります。
>43
おもいおもい!w
>44
夜は特にみそがおいしく思えます。
私だけ?
>48
チーズとんこつ、梅とんこつ。3種類の味噌。
最近は珍しい系も多いですよね。
選んでいるうちにお昼が終わっちゃったり……さすがにないか。
>H2Oさん
咽ようが火傷しようが! 私は麺をすすって、音を立てる!
>52
自己責任でお願いしますw(太る、肌が荒れるなどなど)
>53
煮干しだしですかー。それもいいですね。
ただ、当たりのお店が少ないかなってイメージです。
いいとこあったら教えてください。
>61
よだれを止めるためには、食すのです。
>63
ノー。ノーテロ。テロじゃないでーす。
>66
まあ、ありがちなオチでしたねw
お腹が空いたら食べる。当たり前だ(某編集長っぽく)
>68
わかってますね!
めしあがれ!
>コバルトブルーさん
ありがとうございます!
私自身食べるのが好きってだけなんですけどねw
>71
ドンッ(ラーメンどんぶりを置く音)
>73
朝からはきつそうw
>75
ありがとうございます!
どうでもいいけど、ちょっとゆるい映姫様を想像してしまいました。
映姫「白ですー」
みたいな。
>79
ふふふ、バレちまっては仕方ない。何を隠そう私は裏ラーメン会の四天王が一人、葉月ヴァンホーテン……って何言わせるんですか!
>83
お茶を啜ることから始めるトレーニングがあるみたいですよ。
>84
あ''はん! ご指摘ありがとうございます~(恥ずかし顔)
>お嬢様・冥途蝶・超門番さん
紅魔づくし! ありがとうございます!
>95
そうそう。食べたい時に食べればいいんですよ。
でも俺は豚骨細麺派だから10点減点な!
ありがとうございます!
私のたった一つの武器なので、そう言っていただけるとありがたいです。
>104
私もとんこつ好き!
機会があればとんこつラーメンSSも書きたいですね。
>106
お昼にでもどうぞ!
夜でもいいですよ。
>107
ありがとうございました!
上手く伝えられたようで良かったです。
>神田たつきちさん
たこ焼きはこの前書いてみたのですが、結構難しかったですorz
ただ、ネタがないわけでもないので、いずれ投下したいと思います。
>109
ノー。テロリストチガイマース。
相変わらずおいしそうです。ていうか本当にラーメンの匂いがする…近所で作ってるのかな?
いままで行ったラーメン屋の中では「亀王」ってとこのチャーシューが絶品だったので(あまり外食はしませんが)、それを想像しながら読みました。
涎がとまらん。
とてもよかったです、ごちそうさまでした。
なんか…
ムラムラしちゃいました! シーマシェン!
あなた様の食事の描写は好きです
もともと支那そば風あっさり系や鳥塩系が好き
ああ、もうとっても食べたくなる描写でした
うますぎるッ。
そこは意識して密度を濃くしてます。
ただ、やり始めたらきりがない部分ですので、言葉の選択を慎重に、できるだけ簡潔に描写できることを心がけたいものです。
お粗末さまでした~。
>115
食べるところって、可愛いですもんね。しょうがないです。
>ワレモノ中尉さん
こぼさないようにお気をつけてw
>117
ありがとうございます!
なんと嬉しいお言葉……!
>118
好みが分かれますが、あっさり好きな人はお酢なんかを入れてみるといいかもですね。
>119
あとから食べるのさ!
>112
我慢しなくていいのよ?
>スポポさん
いい時間ですね。
バターなんかも落としてみたら更に!
こりゃ恐ろしいSSだ
そしてこの作品は我々(読者)を太らせるんじゃないかと思うくらい食欲に駆り立てさせる。
お代は100点でいいですかね。
ノーノー。夕食時は避けました。
ワタシワルクアリマセーン。
>132
紹介してください。
>134
いえ、むしろチャルメラのタイミングの良さの方が恐ろしいですw
>135
ありがとうございます!
あ、お客さんお釣りです!
っ【体重】
新作読んでから思いだしました。申し訳ない
しかしオヤジ視点を見てからだと咲夜ちゃんがいっそう可愛く見えるッ!!
二つ合わせて読んでいただき、ありがとうございました!
いってらっしゃいませ!
>160
ありがとうございますー。
アリス洋菓子店から来ましたが食べ物の話が本当に親近感が湧きます。
僕もラーメンは咽てもズルズルすすります。
過去作にまで来ていただき、本当にありがとうございます。
リアルな食事風景を、これからも磨いていきたいと思います。
ありがとうございました。
一人称が咲夜な咲夜さん可愛かったです。