話をしよう。
あれは……なんて、いつだったかといえばたった今のことで、要するにこれは些細な惚気話で、正確には些細な異変の話だ。
そもそも現在進行形で起こっているんだから、君にとっては明日の出来事、だなんて言うつもりは一切ない。
私も私で少し動転している。まずは心を落ち付けなくては。といわけなのでお茶を淹れながら、こんなことを考えて心を落ちつけよう。
彼女は猫のような女性だ。凛々しく、ツンとしていて、けれどほんの時々甘えてくれる。
時としてむっちゃ甘える。唯一不満があるとすれば、私の膝の上で丸くはなってくれないことくらいか。
想像してみて欲しい。
あの博麗霊夢が、艶やかな毛並みを湛えた一匹の猫だとしたら!
……。
……ふぅ。
さて、生憎と私――東風谷早苗はあちらの世界にいたころから猫を飼ったことがない。そして猫について別段博識なわけでもない。しかし飼いたいな、という漠然とした気持ちはあった。飼うなら、凛々しくて、ツンとしていて、けれど甘えてくれるコが良い。
今でも覚えているのは学校帰りに立ち寄るデパートのペット売り場でのこと。
ある一つのケージがなんとなく気になって、前を通りかかる度に、決まってその一匹の猫を眺めていたこと。
ロシアンブルーだった。涼しい相貌に惚れてしまったのかもしれない。好きだった。触ってみたいとか、色々思った。
以来、私は飼うならこのコが良いな、なんて考えるようになる。もっとも母が猫アレルギーだったから、元より実現を期待はしない。諏訪子さまはカエルだし、食べられたら嫌とも思う。思うだけ。
ある日、ケージを眺める私の隣にはクラスメイトのニャーコちゃんがいた。もちろんあだ名。猫が好きだからというだけの理由でついたあだ名。本名は覚えていない。
彼女の曰く『ロシアンブルーって、人見知りなんだけど、懐くと凄いんだって』
その言葉に私はトキメいた。人見知りで警戒心も強いけれど、懐くととても献身的になるという。でも変なもので、それっきりロシアンブルーを飼いたい、とは思わなくなってしまった。
逆説的に、懐けばツンとしなくなるのか、なんて考えた。そんな女子中学生なのだった。
ならケージ越しに、ほんの時々だけこっちを見てくれるだけで良いや。私はそう思うようになる。
冷たくされたいってわけではないけれど、でも心のどこかでそれを望んでいるのかもしれない。そんな感じ。
とまぁ、猫に馴染みの無い私が先入観から話をしているが、霊夢さんは猫のような女性である。断言。
さて、霊夢さんはお茶が好きだ。ちなみに私は霊夢さんの淹れるお茶が好きだ。霊夢さんも私の淹れるお茶が好きなら嬉しい。彼女はお茶が好きなのだが、しかし猫舌だ。猫だから。
私が淹れたてのお茶を差しだすと、霊夢さんは注意深く湯呑に触れてから、まずそこで一度眉をしかめる。そして私のほうをちらりと見る。『ふぅふぅして』という甘えの意思表示だと私は思い込んでいるけれど、実際に霊夢さんの口からその台詞を引き出せた試しはない。次には湯呑の縁にそっと唇を近づける。恐る恐るといった様子で。熱さのせいでか、湯呑を持つ指先がふるふると震えている。そういうわけでだいぶ熱そうなのが分かっている時は、霊夢さんは自分で少し息を吹きかけてから、ほんの少しだけお茶を飲む。頼んでくれれば、私がふぅふぅするのにっ。
「……やっぱり、熱かった」
顔を赤くして、目をぎゅっとつむって、霊夢さんが言った。今さっき淹れたばかりのお茶だ。私も自分の湯呑に口を付ける。そんなに熱いとは、思えなかった。
「ふふ、霊夢さん。無理しなくってもいいのに」
「だって、折角早苗が淹れてくれたんだもの、すぐに飲みたいじゃない」
「そんなに特別なものでもないのに」
私が言うと隣に腰掛ける霊夢さんが私の膝をポンと叩く。
「あんたがもっとぬるめに淹れてくれればいいの」
「こうして縁側でお茶を飲むのも風流ですが、季節のせいか、すぐに冷めてしまうんですよね」
「ちゃんとしてよね」
そんなことを言われてもどうしようもないので、私はただ無言で、赤らんだ頬を膨らませる霊夢さんの横顔を眺める。博麗神社は守矢神社と違って秋の気配はまだ遠い。彩りに欠けるというだけのことで、夕刻の境内の気温はだいぶ低くなってきた。
「……ねぇ、ちょっと」
こちらを見ずに、霊夢さんが呟いた。
「そんなにじろじろ見ないでよ」
「なんでですか」
「だって、分かってるでしょ」
恥ずかしいのかこちらを一切見てくれない。頬が赤いのは秋風に撫でられたというだけではなさそうだ。
「うーん、そうですねぇ」
「それで早苗を呼んだんだもの」
「そうでした」
「ねぇ、どうしたらいいの、かな」
「そうですねぇ」
このままで良いと思う、なんて口には出来ないけれど。
「早苗、ちゃんと考えてるの?」
「とりあえず、ソレ、ちょっと触らせてもらえますか」
「な、なによ、いきなり! 駄目、駄目だって」
のけぞりながら霊夢さんが声を大にする。身体を捻じらせて、ようやく目と目が合った。
「このままでは、なんにも解決できません」
「むぅ」
「ね? はい、それでは触りますよ」
「も、もう。早くして――」
観念したのか霊夢さんがこちらに身を寄せてくる。そろそろ、私も異変と立ち向かわねばならないらしい。深呼吸してソレを見つめる。
まじまじと見つめてから、ソレに手を伸ばす。触れる。ふさふさ。
「にゃ」
「……ふむ」
私が触れたと同時に、ソレはピクリと動いた。
猫なのだ。博麗霊夢が猫なのだ。
「ば、ばか! くすぐったいって」
「うーん……どうしましょう」
「どうすんのよ、本当に」
「どうしたら取れるんでしょうかね、このネコミミ」
引っ張ってみても取れそうにない。触れようとするとピクリと動く。そして霊夢さんが小さな声を漏らす。生えているとしか言い表せない。
霊夢さんの頭に生えたふさふさのネコミミは、取れる気配がない。
* * *
何もネコミミと猫舌だけで、私は霊夢さんを猫だなんて言っているのではない。今まで接してきた霊夢さんを総括的に見て、彼女が猫だと言っているのだ。
例えば猫なで声というのがある。しかし大切なのはそれ自体ではない。猫なで声を安売りしないからこそ、猫らしいのだ。
想像して見てください。渋々といった様子のまま猫なで声で「にゃぁ」って鳴く猫霊夢さんを。
……。
……うむ。
さておき、そんなに前ではないけれど、幻想郷に電話が通った。博麗神社と守矢神社はさほど近くない。私はこれでいつでも霊夢さんと話せる、と喜んだのだが、一方の霊夢さんはあまり乗り気な様子ではなかった。だからこれまで、一度を除いて霊夢さんが私に電話をかけたことはなかったし、また私から電話をしても長電話に発展しなかった。
一度を除いて、なのだ。その一度とはいつか。今日のことだ。今朝のことだ。早朝だった。秋の空が少しずつ白んでくる、そんな時間だった。私はベルの音に目を覚ました。諏訪子さま神奈子さまがこの程度の音で目覚めるとは思えなかったけれど、時間が時間である。何用かと急いで電話に駆け寄った。あちらの世界ではおばあちゃんちくらいでしか見る事のできなかった黒電話。こちらでは、コレが未だ現役なのだ。もちろん、私の記憶の中の黒電話とまるきり同じというわけではない。幻想郷では、今となっては懐かしくも思える電線も電柱も何も見ない。電話が通ったというのも河童の技術に依るところで、その仕組みは私には見当もつかなかった。しかし、ベルの音は記憶の中のそれと一緒だ。ベルの音には不思議な響きがある。例えばケータイの電子音と、黒電話のベルの音と。どちらも私を急かし立てるけれど、黒電話のベルの音の方が優しい気がした。おばあちゃんちでよく見かけたのが理由なのかも。
ということで受話器を掴む。寝ぼけてたせいで手を滑らせた。受話器を落とす。宙ぶらりんりんになった受話器を緩慢に掴んで耳に当てる。
「ふぁい、もしもひ」
欠伸交じりに口にすると、
「ちょ、ちょっと! がたん、って、び、びっくりしたじゃん!」
霊夢さんの声だった。
「あら、珍しいですね霊夢さん。おはようございます」
「お、おはよう早苗」
電話そのものに慣れていないといった風で、霊夢さんはそれっきり黙ってしまう。しばらく幽かに聞こえる息遣いに耳を傾けた。そうしていたら、知らないうちに眠りそうになってしまったから、霊夢さんに先を促す。
「それで、こんな時間にどうしたんですか?」
「え、えっと、相談があって、っていうか、今日の昼間で良いから、うち来て欲しくて……」
「今日の昼間、ですか……うーん」
電話の向こうの霊夢さんは寝間着姿なんだろうか。そんな風に思うと、今すぐ飛んでいきたい気分だった。昼間は昼間で生憎と幾つか用事がある。
声だけだと、いつも以上に相手の様子が気にかかる。つまり霊夢さんの相談事というのが気になり、霊夢さんの音無き息遣いまでもが気になり始める。
変なことを考えているつもりはないけれど、姿が見えないだけ気になることは増えるのだ。
「ちょっと用事がありまして、夕方くらいになってしまいますが……」
「夕方、かぁ……ホントは、すぐにでも会いたいんだけど……なんて」
尻すぼみな言葉は、それでも私の鼓膜をしっかりと揺らす。
だから要するにその言葉が私たちの総てになって、するとつまり火照ったような息遣いとか、どことなく潤んだ調子の声色とか、いわんやこのシチュエーションが。
今まで電話など寄越さなかった霊夢さんが、私に電話をかけていて……!
霊夢さんが赤面している様子を、意地悪にもありありと脳裏に再現できる!
ただまぁそういうわけで、私にはその言葉が猫なで声に聞こえた。猫なで声というか、なんか猫っぽいな、って。別にねだるような調子ではないけれど。
それは単なる意思でしかないのに、むしろだからなのか、その言葉は私の心のど真ん中を射抜いて行った。
電話って、声だけだから。色々想像できるのだ。だ!
「わっかりました!今すぐ行きます!」
「いや、今すぐ来られても困るけど」
「ぬぅ」
「ご、ごめんね。私、電話とか得意じゃなくて……」
「ふふ、そんな」
「だから、えっと。今日、私に会いに来てくれれば、いつでも」
「はい。絶対に行きますから。後でお会いしましょう?」
「うん! ありがと、さにゃえ」
この時、私は単純に霊夢さんが私の名前を噛んだだけだと思っていた。
しかし……うん。会ってみたら本当に猫になりかけているとは。夜中、頭がむずむずして目を覚ました霊夢さんは、自らの頭にネコミミが生えていることに気が付いた。そして自分でしばらくいじった後、どうしようかと思って、真っ先に私に電話をしたというのだ。ふむ。
そして夕刻、縁側で二人してお茶を飲んで、今に至る。
現在、私は霊夢さんの部屋にいる。正座でちゃぶ台を挟み向き合っている。霊夢さんはもじもじと、落ち着かない様子で座っていた。
「ところで霊夢さん?」
「にゃに?」
霊夢さんはもう開き直った様子で、些細な口調の乱れを訂正しなくなった。良きことかな。
「なんで電話、あまり好きじゃないんです?」
「なんでって言うと、色々あるけど」
霊夢さんは、電話は『得意ではない』と言いはすれど『好きではない』とは言っていなかった。しかし、こう尋ねて何も指摘しない辺り、あまり好きじゃないんだろう。
今後は電話の頻度を改めないといけないかもしれない。週一くらいにしよう。電話嫌いが、早苗嫌いになったら私は生きていけそうにない。
「なんというか、私あんまり愛想良く喋れないし、それで機嫌悪いって思われたくないし……」
ちょっと俯きがちに、そんなことを言う。私は上手く返事をできそうになくて、頬を掻く。
そんなことないのに、って否定は簡単にできたけど、どうしてか口にはしなかった。
「あとさ、電話でたくさんお話しちゃうと、早苗と会う頻度減っちゃうんじゃないか、とかさ」
「霊夢さん……」
目の奥が、なんでだか熱くなる。――そんなことないのに。やっぱり口にはしなかった。
口にしたら、なんだか安っぽくなってしまいそうで。
それよりも、手まりが欲しいと思った。ねこじゃらしも欲しいと思った。こじんまりと座布団の上に正座する霊夢さんが、もはや猫にしか見えなかった。何故だ!
ネコミミだけのせいじゃない。
「急に呼んじゃってごめんね。でも、こんな姿で外なんて歩けなくって」
「私は満足ですよ?」
「え?」
「もちろん、ネコミミの霊夢さんを見られるのもそうですが、それよりも、こうして頼ってもらえるのが、嬉しいんです」
「ネコミミの私をって、ちょ、ちょっと、どういうことよ……って、思ったけど」
霊夢さんの右耳がひくひくと動く。もちろんネコの方。
「思ったけど、まぁ……ありがと」
はにかんだ表情を眺めていたら、私も照れ臭くなってしまった。
昼ごはんからだいぶ経ったけど、晩御飯まではまだ遠い。そんな時間。
ぐぅっと、お腹が鳴った。私のではなくて、霊夢さんの。
ぬ、顔を赤らめて俯いてしまった。
耳はひょこひょこと動いている。
「……ちょっとお腹が空きましたね」
「ん、ちょっと待ってて」
私がフォローになっているかは微妙な台詞を口にすると、霊夢さんはそそくさと部屋を出て、レースのかかった籠を手にして戻ってきた。
「クッキーなら」
「おぉ、ひょっとして、手作りですか?」
「ううん。違う。……アリスが作ったからって、持ってきてくれたの」
「そういえばアリスさん、お祭りの時にはお菓子屋さんをやりたいって言ってましたね」
「美味しいよ、これも」
霊夢さんに勧められるけど、なんとなく手に取る気になれなかった。ちょっと口惜しいというか、アリスさんに嫉妬。
気にしすぎなのは分かるんだけど。別に特別なプレゼントとか、そういうつもりではないだろうに。
「……確かに美味しそうなんですが、ところで、これはいつもらったものでしょう?」
「ん? 昨日よ」
それもそうか。そんなに前のものなわけないはずだし。
「それで、食べないの?」
「霊夢さんこそ、食べて良いですよ?」
「わ、私は昨日も食べたし、いいや」
「でも……」
さっきお腹、鳴っていたような? なんてそのままに尋ねられるはずがない。
霊夢さんが落ち付きのない様子で髪の毛をいじっていた。視線があちらこちらに泳いでいた。
このクッキーをもらったのが昨日で、昨日の晩にネコミミが生えて。
思い当たる節に一つ一つ当たるとしたら、十分怪しいわけでして。
「ひょっとしたら」
「にゃっ」
霊夢さんが小さく跳ねた。
「霊夢さん」
「な、なに?」
「そこは、にゃに、です」
「なに?」
「むぅ……と、それは良いとして、アリスさんの家へ行きましょう」
「な、なんで?」
「ネコミミの原因は、このクッキーなんじゃないですか」
「どきっ」
思わずなのか計算ずくか、どちらにせよ可愛いから良いのだけれど、霊夢さんの心音が口から飛び出る。
「……あー、なにか心当たりあるっていう耳の動きですね、それ。っていうか、なにか裏がありそうなんですが」
「そ、そんなことにゃいし」
「もー、惚けるのも可愛いですがここばかりは惚けないで下さい!」
私が言うと、霊夢さんは頬を掻きながら、口先を尖らせた。
「わ、分かったわよ。掻い摘んでまとめるから――」
* * *
えーっと、うん。そういうわけで昨日のこと。境内の掃除を終えた私は、普通に薄めのお茶を啜りながら縁側に腰かけていた。そしたらアリスが来たの。
で、
「ちょっと協力してほしいことがあるの」
って。
「このクッキー、食べるとネコミミが生える魔法をかけてあるんだけれど――」
なんのことか分からないでしょ。私もなんのことかと思った。はぁ? って思ったし、実際にはぁ? って言った。
幻想郷って、何につけても突飛な奴が多いのよね。それで、
「何も貴女に食べてみて欲しい、って言っているわけじゃないの。誰でも良いから、貴方がネコミミを生やしてみたい、って思う人に食べさせてみて頂戴――」
だったら何も言わないで食べさせれば良いのに、アリスも変よね。それに私に言ったら、まず早苗に食べさせるって分かってるじゃない。まぁそのつもりよ。うん、今も。
とはいえ、なんでわざわざ私なのか分からないじゃない。それで尋ねたんだけど、
「私は私で試したい相手がいるけれど、作りすぎちゃったから」
要するに誰でも良かったらしいわ。自分で試してみたのか、って聞いたんだけど、
「私が? もう、冗談言わないでよ。私にネコミミ生えたって、面白くないわ」
まったくね。ネコミミが生えても、ちっとも面白くなんてないわ。ちょっと早苗! 笑わないでよ。
なんでこんなけったいなものを作ったのか分からなかったんだけど、アリスが言うには、
「だって、好きな人にネコミミが生えていたら、面白いじゃない」
ですって。呆れちゃうわ。…………もう! 早苗、今笑ったでしょ!
まぁね。まぁ私も、早苗にネコミミが生えたら面白いと思うし? え? 面白くない? 面白いわよ。
……なんか堂々巡りになっちゃうわね。
でもね、アリスのお菓子って美味しいじゃない。時々差し入れとかしてくれる数少ない人物なのよ、アリス。
そういう手前、見た所普通のクッキーを突っぱねることは、私にはできなかったの。
例え怪しい魔法がかけてあっても、美味しければいいかな、とか、ちょっと思っちゃったの。
……分かったわよ。正直に言うわよ。
お腹空いてたんだってば……。
魔法の効果は、見ての通り。別に毒とかじゃなかったわ。
ということで、毒見はしたから、早苗も食べなさい。
遠慮します、って……! もう!
私だって、早苗のネコミミ姿を見たかったの! お腹空いてたっていうのは理由の三割くらいで、残りの七割は早苗のネコミミだったんだから!
ほら、いいから食べなさい……! むぅ、なんで逃げるのよ、ケチ!
お前もネコミミにしてやろうか!
いや、まぁホントによかったわよ。蝋人形にならなくて。悪ノリしたアリスなら、やりかねないわ――
* * *
「早苗! 蝋人形とネコミミならどっちがいい?」
「残念ながらどちらも嫌です!」
「うぅ……いいから早苗も、私と一緒にネコミミになりなさいよ!」
クッキーを手にした霊夢さんが私を追い回す。耳がひょこひょこ動くのがもうたまらない。
「私は霊夢さんのにゃんこ姿を見れればそれだけでいいんですよ」
「もー! 変なことを言うにゃ!」
「あー! あー! にゃ、って! にゃあって!! 可愛い!」
思わず抱き着く。抱きしめる。ハグする。力加減ができない。しない。
「く、苦しいって」
「だって、元はと言えば、霊夢さんがドジっ子だからいけないんです。自業自得です」
「もぅ、ドジとか言うな」
「まぁ、なんにせよ……」
アリスさんGJ。結果論としてはね。一歩間違えれば、霊夢さんの三割の空腹が無ければ、私が今の霊夢さんの立場なのか……こわいこわい。
作った手前、彼女自身で試してみれば良いのに、っていうか霊夢さんも私のネコミミが見たかったから、って、なんじゃそりゃ。
ずっと前に諏訪子さまに同じことを言われたのを思い出した。
でもなんていうか、霊夢さんに特別思えてもらえてるんだよな、って改めて。うーん、なんかジンときた。おかしい? おかしくない。
「でもどうして、犯人であるところのアリスさんに直接相談しなかったんです」
「言ったじゃん、バカ」
「え?」
「こんな姿、早苗以外に見せられないし」
決して目は合わそうとしてくれない。
例えるなら、目の前をちらつくねこじゃらしが堪らなく気になるのだが、しかしあえて我慢して澄まし顔をしている猫に似ている。
すると私はねこじゃらしということになってしまうけれど、それでもいいか。
なんだか私は、霊夢さんを眺めるだけで、幸せな気がしてしまうから――
「でもいつまでもこのままでもしょうがないですし、帽子をかぶって、明日にでもアリスさんのところへ行きましょう?」
「一緒に来てくれる?」
「ふふ、もちろんですよ」
「そ、っか」
霊夢さんがネコミミをいじりながら頷く。
何度か言ってきたことだけど、私としてはネコミミ霊夢さんを見られれば、それだけでオールオッケーだったりする。
もちろんネコミミでなくてもいい。ネコミミがなくても、霊夢さんはやっぱり猫っぽい気がするからだ。
というわけで霊夢さんは猫っぽい。そんな霊夢さんを見れる私は、ひょっとしたら特別な存在なのかもしれない。
ヴェルタースオリジナルくらい甘々で蜜月な関係とひっそり自称しています。ひっそり。
だから下らなくて些細な異変で構わない。私は霊夢さんと同じ世界に生きられるのなら構わない。
なんにせよとにかく霊夢さんは猫可愛い。ふたたび断言してみるのだった。
* * *
森の奥、日差しも人目も気にする必要のない道すがら。霊夢さんは一切帽子を取ろうとはしなかった。
よっぽど気にしているのだろうか。しかしまぁ、よくよく考えてみると、ネコミミの一つや二つ、幻想郷では珍しくないのではないだろうか。
むしろそれくらいあって普通な気がするし、事実そうだったりする。しかしだとしても私には霊夢さんが没個性に思えるはずがない。私にとって霊夢さんは、やっぱり特別な存在なのです。甘くてクリーミー。
それともこういうことだったりして。霊夢さんは記号的特徴に支配されたそんな幻想郷の常識に囚われないよう奮闘しているのだ――とか。
「なに?」
「なんでもないですよ」
「絶対なにか変なこと考えてたでしょ」
麦わら帽のつばに隠れて霊夢さんの顔は見えない。なのにどうして霊夢さんは、私のことが分かるのだろう?
って思ったけど、私も霊夢さんの気持ちがなんとなく分かってしまうので、原理としてはそれと一緒なんだろう。
いわゆる見えない赤い糸ってものですね。ふふ。
とっても恥ずかしい人な気がして、照れ隠しに、霊夢さんの手を握った。
――今、霊夢さんはの左手は非常にさびしがっている――
という、あるはずもないサードアイで盗み見た霊夢さんの気持ちを理由に添えて。
「ちょ、どうしたの?」
「おててのしわとしわを合わせて?」
「…………幸せ?」
「なーむー」
あんまり南無南無いっていると宗教上の理由でどうにかされそう。
一人ではしゃいでいたら、霊夢さんは無言のまま、指を私の指の間に滑り込ませてきた。
ちょっとだけ抵抗してみたら、霊夢さんも躍起になって指をからませてくる。
とりあえず幸せだった。
手を繋いだまましばらく歩いて行く。静かな装いのアリス邸は、木漏れ日を揺らしながら、ひっそりと佇んでいた。
ドアベルを鳴らす。不思議な音がした。鳥の囀りと、紅くなった葉が実をこすらせて立てるさざ波の音と、そして全部を飲み込んでしまう森の静謐と、そのどれにも似ているような音だった。間違いなくここが森の中であると、そんな風に感じさせる音。
すぐにドアが開いた。
アリスさんは何か作業でもしていたのだろうか、眼鏡をかけている。知的な装いは無邪気さを隠し切れていない。なるほど案外と、突飛なことをしれっとやってのけそうである。
「あら、どうしたの?」
「どうしたのって、ねぇ」
「とりあえずアリスさん」
「ん、なぁに?」
「グッジョブでした」
サムズアップしておいた。
「なに言ってんのよ早苗!」
「なんだか良く分からないけれど、とりあえず用事があるなら、上がって良いわよ」
お礼を(二つの意味で)述べながら、アリスさんに促されるまま部屋に踏み入った。
窓際のテーブルには、編みかけのマフラーが置かれていた。
私の視線に気が付いてか、アリスさんがその編みかけマフラーを手に取る。その目は、暖かくて、優しげだった。
「ごめんなさい。ちょっと編み物していたの。贈り物にしようと思って。もう寒くなってくるしね。貴方たちも、お互いにマフラー作り合ったり、しないのかしら?」
「私、編み物できないし」
「あら、それなら早苗が教えてあげれば良いじゃない」
しゅんとした霊夢さんに対して事も無げに言ってから、アリスさんがテーブルを片づける。
「教えてくれるの?」
霊夢さんが私を見上げた。遠慮がちな視線は、よく私の心を捉えていた。
「あったり前じゃないですか! 今すぐにでも教えましょうか? 編み物ナウしますか!?」
「なんだか今日の早苗、元気ね」
霊夢さんが朗らかに苦笑する。苦笑しながら、繋がったままの腕を揺らした。
ふとすると未だ指をからめたままであるのを忘れそうになる。それくらいに一心同体。
「それにしても、別に二人の仲を見せ付けに来たのではないでしょう?」
呆れたようにアリスさんは笑っていた。
「ひょっとして、忘れているかもしれないから言っておくけれど、霊夢、帽子をかぶったままよ」
「べ、別に忘れているわけじゃ」
「そうですそうです。このことでアリスさんを尋ねて来たんです」
「あら、そうだったの?」
アリスさんも楽しそうに、それも企み事の行く末を見届けるような、そんな笑みを零す。
私の頬はといえば、昨日っから緩みっぱなしだ。
「はい、霊夢さん。帽子、取りますよ」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」
手を繋いだままだったおかげで、霊夢さんの動きが少し遅れる。
問答無用で麦わら帽を摘まみ上げると、ぴょんっ、とネコミミが飛び出した。
アリスさんは目を丸くしてから、ふふふ、と堪えがちに笑い声を上げた。
「もう、どうして貴方が、そんな有様になっているのよ……早苗がなんともなくて、貴方が帽子をかぶっている時点で、そんな気はしていたけれど」
「だって……」
耳まで真っ赤にして、霊夢さんはそっぽを向いてしまう。
「はい、というわけで、アリスさんの魔法はバッチリ効果を発揮したというわけですね。ありがとうございます」
「どういたしまして……というか、こちらこそ、ありがとう。これで心おきなく餌付けできるわ」
「餌付け……?」
「いいの、こっちの話。それで――まぁ、そうよね。どうしたら元通りになるか、よね。こうなった経緯は敢えて聞かないわ。ふふ、霊夢も、お腹空いてたみたいだったものね」
「食いしん坊みたいに言うな」
「あら、霊夢さん、良いんですか。アリスさんの機嫌を損ねてしまったら、元通りにする方法も分からなくなっちゃうかもしれませんよ?」
「そうね、猫も気まぐれって言うけれど、私も結構気まぐれなのよ。秋の空ほどではないにしろ」
「気まぐれオレンジロードですね」
「なんで二人とも息ぴったりなのよ。妬くわよ」
「私も早苗もネコミミ愛好家なのよ、きっと。さて、それで本題に戻すと――」
アリスさんが仕切り直す。私と霊夢さんを椅子に掛けさせると、アリスさんは壁際の本棚に向かって行った。
それに伴ってかは知らないが、自律人形達がティセットを私たちの前に並べ始める。いつ見ても素晴らしい出来栄えだ。
霊夢さんそっくりの人形を作ってもらいたいとも思ったけれど、霊夢さんのそっくり人形が、アリスさんの掌に抱かれるような様子は全く以て想像したくないので止めにした。
久々に嗅ぐ紅茶の香りは鮮烈で、下手な香水なんかよりももっと魅力的だった。紅茶の満たされたティカップが自律人形によって私と霊夢さんの目の前に並べられた頃に、アリスさんは一冊の本を手にしてテーブルに返ってきた。
「白雪姫って、あるでしょ」
彼女の手にした本が、白雪姫だった。
「あれから着想を受けてるの」
眼鏡をクイッと押し上げて、アリスさんがページをめくる。
「別に死にもしないし、眠りもしない、そもそも毒でもなければなんでもないんだけれど」
「なんでもなくはないって」
「ネコミミですからね」
「あぁ、そうだ霊夢。治ってしまう前に、どんな調子か教えてもらえないかしら?」
「どんな調子って?」
「色々な感覚のこと。それこそ、自分の身体の一部としてしっかりと捉えられるかしら」
「耳って言っても、なんの役にも立っていないわ。聞こえ方も変わらない。思い通りには動かせない。触るとくすぐったいし」
「単純に慣れてないってだけかもしれないわね……くすぐったいの?」
「うん」
「そう。まぁ、そうよね。生えたばっかりなのだし、多少敏感なのかもしれないわ」
他人事のように呟きながら、アリスさんがページを捲る手を止める。
「ということで、白雪姫のオマージュだから、そのネコミミを甘噛みすれば、元通りになるわ。ね? 簡単でしょ?」
なるほど。簡単です!
…………。
いや、色々おかしいんじゃ。
アリスさんがこちらに差し出すページには、王子様が眠ったままの白雪姫に接吻しているシーンが描かれていた。
少し冷静になれば全く以て白雪姫が関係ないのは分かるけれど、どうやらこの場に冷静な人間など一人もいないようで、その儀式染みた行いというのが、どことない信憑性をまとって聞こえるのだった。もちろん私も全然冷静ではない。
――冷静だったらまずアリスさんに解決策を聞くだなんて過ちは犯さない。
それにしても王子様役というのは些か荷が重いが、しかし私以外にこの役が務まる人がいないのが分かり切っているので、俄然張り切らざるを得ない。
私は今、非常に張り切っている。
「おー、なるほどー! 簡単ですね!」
「な、な、早苗もなに冗談いってるのよ! 魔法なんだから、反対の魔法をかけるとか、薬を飲むとか、そういうことをしないと駄目じゃない!」
「おまじないっていうのは、古式ゆかしい魔法と同義よ」
アリスさんが毅然とした態度で言う。なるほど言われてみればそんな気がしてくる。願掛けというのは、時として奇跡をも起こしかねない。そもそも白雪姫のオマージュと言いながら耳を甘噛みだなんて、まるで意味が分からない。それならキッスでいいんじゃないかとも思うけど、意味が分からないからこそのおまじないなのだ。
指きりとか、人って書いて食べたりとか、おまじない、沢山あるし、そのどれも深く考えたら意味がない。
だからネコミミを甘噛みするのも似たようなもので、大したことでない気がするのだ。
「ばば、馬鹿言わないでよ! いや、そもそも馬鹿な魔法作らないでよ! もう!」
「でも私、最初に言ったわよ? 別に貴女に食べてみて欲しいわけじゃない、って」
「で、でもぉ」
「霊夢さん!」
「なによ、早苗」
「強さは三段階ありますが、どうしますか?」
「何の強さよ」
「噛む力のです」
「な、な……」
ぷるぷる震えている。
「にゃー!!」
鳴き声付きで猫パンチされた。
「とにかく、方法は教えたわ。簡単よ。別に難しくないでしょう。でも私の家で色々ととんでもないことをされたら困るから、肝心のコトは、余所でやってね」
大丈夫です、プラトニックです。と返事をして、お茶を飲み干してから、霊夢さんと共にアリス邸を後にする。
しっかしまぁ、なんと言うか。私の右手が手持無沙汰なのはさておき、本当にしょうもない魔法である。
さっきまであんなに乗り気だったじゃないか、と思われるかもしれないが、それとこれとはまた別の話なのだ。魔法って素敵。
森は静かで暗くて、少し湿っぽくて。いやに聞こえる胸の音は、私のか、霊夢さんのか。どっちでも同じか。
私も私で霊夢さんの方を見れなくて、霊夢さんは霊夢さんで帽子を深くかぶっているんだろう。
気まずいというか、落ち着かない。空気を握った掌が汗ばんで、びっくりするほど足も重くて。
うーむ、変な感じ。
「……んで、どうすんの」
落ち葉を踏む音が一つになって、つまり霊夢さんが立ち止まって、それに気が付き私も振り向く。
「まぁ、ここなら誰にも見られないし……家っていうのも、なんか変じゃん」
「そ、そうですね」
さっきまでの威勢はどこ行った、私!
怖気づいたか、私!
自分を鼓舞して、鼓舞しきれない。
ストッパーを外しきれない。自分の中のわざとらしさに自分で気づいて、どうしよう。
そうこうしているうちに、霊夢さんは麦わら帽を胸元に抱いていた。私が相も変わらず逡巡しているのに待ちくたびれてか、近くの楓に寄りかかっていた。
なんていか、その顔がちょと意地悪な気がして、さっきまでと打って変わって落ち付いた様子の霊夢さんが気になって。
「どうしたの、早苗?」
「い、いやいや、なんでも」
「なんか早苗のそういう姿を見るの、好きかも。早苗が面白がってた理由も、分かったかな」
立場が完全に逆転してるっていうのに気がついたところで、私が踏ん切りつかないことには変わりがなく、霊夢さんの微笑みが意地悪なのも変わりない。
さっきまで熱い熱いと思っていたのに、今度は逆に、汗が冷えて、寒くなる。
色んなことが表裏一体で、私と霊夢さんの立場も表裏一体で。
「早苗は嫌なの?」
「な! そんなことは」
「それなら別に、躊躇する必要、ないじゃん」
ぐぬぬ。
返事の代わりに霊夢さんに歩み寄る。落ち葉が音を立てた。音が色が、頭の中で飛び交う。
赤は紅葉の赤かもしれないけれど、霊夢さんの赤かもしれなくて、延々と木々が投影する影の黒色は、霊夢さんの髪が黒いからかもしれなくて――
それこそ森の下草が緑色なのは私の髪の色が故かもしれない! 露の身の消えば我こそ先だため後おくれむものか森の下草!
混乱してきて、ままよとばかりに霊夢さんの両肩に手をかける。
「れ、霊夢さんの方こそ平気なんですか?」
「だって早苗だもの。気にしない」
口から心臓が飛び出そう。今もし心臓が飛び出たら、霊夢さんが受け止めてくれるだろうか。
それなら私の心臓も本望だろう。私としては本望じゃない。
「それに、いつまでもコレ、生やしていたくないし……」
コレ、と言いながらネコミミを揺らす。霊夢さん自身も、だいぶ扱いに慣れてきたようだ。
「やっぱり、早苗にもあのクッキー、食べさせればよかったわ」
「……もう、なんですか、それ」
「お互い様になるじゃん、っていうかまだ家にネコミミクッキーあるんだし、食べなよ」
「もう、お断りです」
「ま、そうよね」
沈黙。
それはそれは静かで、どこか無音の中心に吸い込まれてしまいそうで。
間が持たない。むしろ間なんて、持たせなくて良いのかもしれないけれど――
「ほら、折角ムードとかさ、考えて取り繕ってるんだから、早くしてよ…………」
「…………うん」
霊夢さんの肩に体重をかけて、楓の木の幹に霊夢さんが押し付けられる。ほんの少し背伸びをして、ソレが目の前に迫る。
毛並みは霊夢さんの髪の毛とおんなじで、黒く艶やかで。
まじまじと眺めると異形に違いなくて、それこそ何か、悪いことをしているような気持ちになる。
――普通にキスするのなんかよりよっぽど、背徳的で。火照りが止まない――
口を開く。唇が触れた。毛触りが気持ちい。温かい。そのまま歯が触れたから、口を閉じた。
「にゃっ……」
霊夢さんの短い声の後、ポンっと音を立てて、ネコミミが消失した。
ふと我に返る。足元の落ち葉が風に舞う。秋風は冷たい。マフラーを編まなくちゃと思った。自分の分は霊夢さんに編んでもらおう、そうしよう。
ネコミミは風と共に去りぬ。
Gone with the Windである。
風と共に去ったのはネコミミだけで、私たちはまだここに逗留している。
私たちの、こっ恥ずかしい気持ちだけが残ってしまった。
* * *
布団が二つ並ぶ。目を覚ました私の目の前に、霊夢さんの顔があった。その寝顔がとても近かった。ぼんやり眺める。私の胸の拍動、霊夢さんの安らかな寝息、全部がシンクロしたような、そんな気がする。
仮に霊夢さんが本当の猫だったら、どうしよう。
抱きしめて布団に入ろう。私の膝の上でお昼寝してもらおう。
なんて、容易ではないにしろ、どれも人間のままできることに気が付いたから、結局特別なんて何もない。
考えて、ちょっと赤面。
心のどこかで落胆しながら、ほっとした。
カーテンはまだ朝陽を透かさない。寝返りを打って時計を見上げる。私のいつも目覚める時刻だった。
「ちょっとだけ、いいかな」
自分に言い聞かせて、霊夢さんの耳にそっと手を伸ばす。反応してか、ピクリと動いた。知らないうちに笑顔が浮かんだ。
ネコミミには触れたけど、霊夢さんの耳、触ったのは初めてなわけで。いやはや珍妙な話。こんなことがなければ、別に耳に触ろうだなんて、思わなかっただろうし。
顔を洗おうと洗面台に向かう。勝手知ったる霊夢さんの家である。
途中、電話のベルを聞いた。霊夢さんの家も、やっぱり黒電話だった。その音色は我が家のものとはどこか違う。布団の中で丸くなっている霊夢さんのことを思うと、早くベルの音を止めたいとも思う。迷った挙句、私は受話器を手にした。
「はい、もしもし」
「もしもしって、お前霊夢じゃないだろ」
「はい早苗です」
「かけ間違えたか?」
「かけ間違えていないですよ魔理沙さん」
「あぁ。名乗ってなかったか。まぁそれは良いとして、大変だ。大変なことが起きた」
「霊夢さんも起きる前ですよ。大変なことなんて、起さないでくださいよ」
「私が起こしたんじゃ……ないけど、私の身に大変なことが起こっている」
「とりあえず聞くだけ聞きましょう」
「霊夢に相談するつもりだったんだけどなぁ、まぁ良いか」
「霊夢さんなら私の隣で寝てましたよ」
「真偽のほどはさておき、突っ込まないぞ」
「邪な想像は止めて下さいね。はい、それで、なんですか」
「それがだな」
「はい」
「ネコミミが生えた」
思わず硬直。意識が半日くらいまで遡りそうになる私を、おーいおーいと、魔理沙さんが私を呼び戻した。
「あ、あぁ……」
「な、なんていうか、すっごく恥ずかしいんだ」
「ですよねぇ」
「……どうしたらいいと思う?」
「うーん、それは――」
言葉を選びながら、でもそんなことより、霊夢さんが起きてしまう前に、もう一度その寝顔を見たいと思った。
「そうですね、アリスさんに甘噛みしてもらうと良いですよ! それでは」
「は? え、ちょっと待てって――」
「ガチャン」
だから手短に恐らくの正解を提示して、擬音と一緒に、受話器を置いた。
まだあのクッキーが残っていることを思い出す。
お土産にしようかなんて血迷って、神奈子さまと諏訪子さまのネコミミ姿を思い浮かべた。
「うーん」
やっぱり、霊夢さんだけでいいや。
* * *
「あぁ、神奈子? 早苗帰ってきたけど、やっぱり今回も駄目だったよ。そんでさ、次は吸血鬼のとこの魔女にも付き合ってもらおうかって」
「……諏訪子、そんなに早苗にネコミミ付けさせたいわけ?」
「だってさあ、嫌がられると、余計に生やしたくなるじゃん」
「で、誰に頼んでたの?」
「人形遣いのアリスだよ。彼女、頼んだらすっごい乗り気でさ」
「……ふーん」
「まぁ上手くいかなかったようだけどね。また次だよ、次」
「……へぇ」
「早速紅魔館のパチュリーにアポ取ってみてさ、これまた快諾してくれて。『君の頼みは断れないよ。神は絶対だからね』だってさ。パチュリーってそんなキャラだっけ?」
「さぁ、どうだったかなぁ」
「ちょっとちょっとー。神奈子ちょっと冷たくなーい?」
「いや、まぁ……良いんじゃないかな……止めはしないよ」
猫耳万歳!!
ふぅ…いい話だったよ
まぁ、いい話だったよ
しかし魔理沙が再び犠牲になるきがしてならないw
早く結婚しろ!
甘くてクリーミーなお話でした!
どんどんやってくれ
甘噛シーンのリバース展開にどきどき。
霊夢に猫は似合うなー。
さすが神。