サニーミルクはその日、参道を自分の足で駆けあがり、博麗神社を目指した。
細かい作法は知らなかったが、飛んで行くより、正面から足で入る方が神に気に入られると思ったのだ。
参道わきの手水舎で手を清め、賽銭箱の前に立ち、両手をぱんぱんと叩き、目を閉じ、手のひらを両方合わせて一心に祈る。
「幻想郷の神様、どうかルナとスターにもう一度会わせて下さい」
サニーは目を開けて神社の祭殿を見つめた。
だが少なくとも、ここに彼女の祈りに応える者はいない。
「そんなんじゃ、願い事はかなわないわよ」
背中から掛けられた声にびくりとして振り向くと、箒をもった霊夢が苦笑している。
「れ、霊夢さん……ああそうか、鈴を鳴らすんだった」
サニーが慌てて鈴をじゃらじゃらと鳴らしたが、霊夢はまだ足りないと言った。
「ほら、あんたの目の前にあるのは何?」 と賽銭箱を指差す。
「ああそうか、でも私、お金持ってないし……」
「気持ちだけでいいのよ、貴方の心がけが神様に分かってもらえればいいわ」
霊夢はサニーの頭に手をのせた。
「ええっ、でも霊夢さん、生活苦しくないですか?」
「ばかねえ、私だって賽銭だけで生活しているわけじゃないのよ」
サニーはポケットをまさぐり、光る結晶を霊夢に差し出した。
「これ、ルナから貰った月の水晶です、これでいいですか」
「う~ん、まあいいか。私から神様に収めておくわ」
霊夢はサニーから水晶のかけらを受け取り、境内の掃除に戻ろうとすると、
はらりと一枚の新聞が落ちてきた。
二人が空を見上げると、一人の天狗が新聞をまき散らしながら一直線に飛んでいく。
「また天狗ね、掃除が面倒になるからやめてほしいのに」
霊夢は何気なく粗末な新聞紙を拾い、しばらく文章に目を通すしたあと、あっさり投げ捨ててしまう。
「毒にも薬にもならない記事ばっかりね、もう少し面白くならないものかしら」
飛び去るふりをして霊夢の反応をこっそりうかがっていた天狗にサニーが呼びかける。
「だそうですよ天狗さーん」
天狗は泣きながら帰って行った。
「はあ~、どうせなら、紅魔館の内情とか書いてあれば読むのに」
うつむくサニーの頭を、霊夢が軽くなでながら言う。
「まあ、焦ってもどうにもならないわよ」
「霊夢さん、幻想郷の巫女がそんなんでいいんですか」
サニーが語気を強めたのに霊夢は驚いた。
いつもは自分の折檻を恐れて逃げ回ると言うのに。
霊夢もつられて語調が荒くなる。
「仕方ないじゃないのよ、この前見たでしょ。
レミリアをお仕置きしようにも、紅魔館は特濃の霧で囲まれていて、
吸い込んだだけで私も魔理沙も寝込んじゃったし、
紫も運命だか運勢操作だかで今でも意識不明だし。
出てきたところを迎え撃つしかないの。
今はとりあえず、お友達の点検でもしてあげて」
レミリアは月と星の妖精の力を吸収してより強力な魔力を身につけ、
再び紅色の霧を紅魔館と最寄りの人里に発生させた。
それを始めとして様々な異変を起し(もっとも、サニーミルクBlackによって結構阻止されてはいるが)
妖怪の恐ろしさを人々に再認識させようとしているらしい。
それは人間との共存を選ぶ人外にとってもはた迷惑な話であった。
大妖怪たちが抗議しようとしても、レミリア自らの持つ運命操作の能力と、
妖精の力を用いた星の運勢操作でことごとく切ない目にあわされていた。
内燃機関の排気音が聞こえてきて、やがて静まった。
式であるバイク、サニーホッパーがサニーを心配するようにこちらを見ている。
少なくともそんな雰囲気だった。
「そう、ごめんなさい霊夢さん、今日はもう帰る。いくよサニーホッパー」
サニーホッパーは答えるようにエンジンを軽く吹かし、
ひとりでに動いてサニーに寄り添い、石段を器用に下っていく。
「二人に出会えるといいわね」 霊夢は後姿を見送りながらつぶやく。
「はあ、文先輩には敵わないなあ」
夕暮れの九天の滝の傍。
昼間に新聞をばらまいた天狗、姫海棠はたてはあまりに露骨な霊夢の酷評に落ち込んでいた。
そして、新聞がさっぱり売れないのだ。
やはり自分は向いていないのだろうか、と考え込む彼女に取引を持ちかけたのは、礼の吸血鬼。
「もしもし、そこの天狗さん、良い記事ネタがありますよ」
夕陽を背にしてたつ従者とその主。
この事をどうにかして嗅ぎつけたレミリア=スカーレットとそのメイドの十六夜咲夜が彼女に取引を持ちかけたのだ。
「あなたは、あのレミリア=スカーレット! でもどうしてここに?」
「お嬢様は専用の広報誌を欲しています。こちらからメイドと吸血鬼の情報網で
集めた特ダネを提供しますので、それを記事にしていただきたいのです」
「こう見えても私も報道者、誰かの提灯記事なんて嫌よ」
拒絶をしめすはたてに、レミリアは笑った。
「それでこそ妖怪、別に私を持ちあげる必要はないの、
まあ、好意的に書いて欲しいとは思うけどね。
お前が私達に取材し、それを記事にする、それなら良いでしょう?」
はたては売り上げ不振で新聞紙の調達にも事欠いていた。
幻想郷のパワーバランスの一角を担う紅魔館の独占取材。
一気にメジャーな天狗記者になれるだろう。
ごくりと唾を飲み、承諾する。
数日後、サニーは再び神社に願かけに行き、そこで珍しい光景を目にした。
霊夢と魔理沙が熱心に新聞を呼んでいる。
「最近の花果子念報は充実しているわね、美味しいキノコや木の実のなる場所とかが
詳しく書いてあって、私太っちゃうかも」
「天狗にしては西洋魔法の記事も充実してるぜ」二人ともほくほく顔である。
かなり実用的な記事になっているらしい。サニーも新聞紙を手にとって読んでみた。
以前より紙面が増え、記事の内容も豊富になっていた。紙の質も改善されている。
二人が話していた通りに興味をひかれる記事が多く、
特に美味しいキノコスポットの記事がサニーの心を捉えた。
「みんなで食べたら楽しいだろうな……」
「おっ、お前もキノコが気になるか、今度キノコ鍋をやろうぜ、ルナとスターも連れてこいよ」
「魔理沙!」霊夢が魔理沙の袖を引っ張る。
「す、すまん」魔理沙もはっとして謝った。
「魔理沙さん、気にしないで下さい、ちょっと離れ離れになっているだけです」
「そうか、大変だな妖精も」
「いいえ、それより今度の宴会、私も呼んで下さいよ」
「おう、酔った妖精も可愛らしいからな、宴会の匂いがしたら湧いて出てこいよ」
場の空気を何とか回復させた後、サニーが再び新聞に目をやると、
気がかりな単語が飛び込んでくるではないか。
花果子念報 提供スカーレット家
(もしかしなくても紅魔の仕業)
サニーは血相を変えて飛んで行った。
「おい、サニーどこへ行くんだ」
サニーミルクは、一見役に立つ記事の裏に、紅魔の恐るべき意図を感じ、
新聞に記載された印刷所を探して走り回っていた。
(……よくあるパターンだと、便利な記事でみんなの心を掴んで、安心しきった所で
ねつ造全開の記事で洗脳する、と言ったところかしらね……)
道なき道をサニーホッパーで走る。
妖怪の山付近、見慣れない四角い建物が見つかった。
かつて外界から流れてきた本で見た『工場』と呼ばれる施設に近いようである。
棒を持った人間が警備しているが、サニーの姿を消す能力があれば問題はない。
内部では大掛かりな機械が動き、新聞が刷られている。
その近くで、誰かの激しい声がした。
「こんなでっち上げ記事を書けっていうの? 信じらんない!」
「でっち上げじゃありません。貴方はわが紅魔館発の情報として書けばいいんですよ。
それに、誰のおかげで貴方の新聞がここまで成長したと思っているんですか」
「それは……」
「これを出さないと、協力は打ち切ります。そして『姫海棠はたてはダメ天狗』という噂を流しますよ、こあっこあっこあ」
感情的になっている鴉天狗を小悪魔は軽くいなしていた。
おそらく紅魔があの鴉天狗を支援しているのだろう。
サニーがよく近づいてみようとした途端、床に仕掛けられた警報装置を踏んでしまう。
「やばっ」軽くパニクり、姿を消す能力を解除してしまった。
人間や妖怪の警備班がサニーを取り囲む。
「ふふふ、やっぱり来ましたね、サニーミルク、いやサニーミルクBlack」
小悪魔が不敵な笑いを浮かべる。
「やはり紅魔の仕業だったのか、一体何を企んでいるの? 答えなさい」
「ふふふ、この最新記事をごらんなさい」
小悪魔は一部の新聞紙を投げ渡した。
サニーミルクはそれを手にとり、目を丸くする。
一連の異変、光の妖精の仕業?
紅魔館周辺を囲み、人里に日照不足などの被害を及ぼしている赤い霧の原因が、
紅魔館当主レミリア=スカーレットではなく、
実は太陽の妖精サニーミルクにある事が関係者の証言で明らかになった……。
「ちょっと、事実無根よ、それに何よこの『関係者』って?」
「こあっこあ。今まで本当の記事を出してきたのは人々を信用させるため。
この記事も今まで通り信じるはずです。あと姫海棠さん、この妖精の始末をお願いしますよ」
小悪魔の足元に魔法陣が浮かび上がり、赤い光に包まれてその場から消えた。
狼狽していたはたてが引き攣った顔で笑い出し、脂汗をたらしてサニーに向き直った。
「ア、アハハハハハ
よ、良く考えたら、ただの妖精じゃん。こんな奴に私の未来を邪魔させるもんか。
そうよ、こんな奴なんか踏み台にして、私は次のステップに進むんだ」
「勝手な事を。私達妖精にだって未来があるのよ」
「それは残念、私の記者人生もまだまだこれから、永久に一回休みしてもらうわ。
警備陣の皆さーん、頑張った人には射命丸文の下着写真を進呈します
頑張って下さーい。あとその妖精は好きにしちゃって構いませーん」
「うおおおおおおおおおおおおおおっ」
人妖入り混じった警備陣が鼻息を荒くしてサニーに襲い掛かる。
サニーはすかさず姿を消し、地面に伏せて転がった。
たちまち数人が同士討ちで頭を割られ倒れる。
「こざかしい真似を!」
はたては天狗の扇を一振りし、風を起こす。
まだ縛られていない新聞紙の束が工場を舞う。
「きゃっ」
サニーは吹き飛ばされ、積み上げられた段ボール箱に突っ込んだ。
「いたた、中身の無い箱で良かったわ」
続いて襲ってきた妖怪の警備員を、霊石『当たり判定』で強化された肉体能力で投げ飛ばす。
次の瞬間、人間の男がサニーに抱きついてきた。
「妖精なら○○しても無罪ハアハア」
「離せ、そういう目で見るんじゃない」
今の力なら倒す事は容易である、しかし……
(人間って、一度死んだら生き返らないんだっけ?
いずれにしても、もし死なせたら後味悪いし、里の人とか阿求さんとかが厄介だし、じゃあ……)
「当たり判定フラッシュ!」
「まぶしっ」
サニーは当たり判定の不思議な力を解放し、工場が光で満ち溢れた。
警備員たちは目を覆い、魔力に当てられて気絶する。
(ボスを退治しないと)
「とう!」
サニーは渾身の力ではたてに体当たりし、共に印刷機に突っ込み、爆発が起こる。
「これで印刷はできないぞ妖怪!」
「おのれ妖精め」
はたての蹴りがサニーの胸にさく裂する。
他人を巻き込みたくないと言うサニーの願いが奇跡を呼んだのか、
吹き飛ばされるとなぜか採石場にワープしていた。
「サニーミルクBlack! ここが貴方の墓場となるのよ」
『死亡フラグ』と俗称されるセリフを聞き流し、サニーは頼れる相棒を呼ぶ。
「来て、サニーホッパー!」
サニーホッパーがはたての横を高速で通り過ぎ、風でスカートがめくれそうになる。
慌ててスカートを押さえるはたて。
「いやあっ」
なぜかそこに射命丸文が超低空ではたてに接近し、カメラを向けた。
「シャッターチャンス」
「ちょっと、文、何すんのよ」
「勝手に自分を写されるとそういう気持ちになるの、思い知ったか」
「バレてた?」
「当然よ、あんたと紅魔館の癒着も分かっていますよ、記事にさせていただきます」
文は風と共に去って行った。
「ああムカツク~」
視線をサニーの方へ戻したが遅かった。
サニーの足が目の前に迫っていた。
「サニーキック!」
「ぐわあ」
吹き飛ばされたはたては、なおも立ち上がろうとしたが、やがて膝をつき、
赤い紅葉のような光を出して消滅した。
後に残ったのは、力を失った小さな鴉だった。
「むきゅ~」
射命丸文がその場に戻ってきて、人の姿を維持できなくなったはたてを回収する。
「うちのアホな後輩が迷惑かけました、そして後日貴方の活躍は記事にさせていただきますよ」
「いいですけど、文さん、紅魔館の事何か知りませんか」
「いい記事ネタを提供してくれたお礼に話しましょう。紅魔館潜入まではできないのですが、レミリア嬢は最近、取り込んだはずの妖精の力をコントロールしきれてないそうですよ」
「二人の力を押さえられない?」
「近いうち、何か進展があるかも知れませんよ、では」
文は去り、サニーもサニーホッパーと共に家に帰る。
一部始終を見ていた小悪魔が悔しそうに見ていた。
「おのれサニーミルクBlack、このままでは済まさんぞ」
そう言って、翼をはためかせ、紅魔館へと帰って行った。
小悪魔は思う、主にお仕置きされたら嫌だな、どう言い訳しようかしらと。
紅魔館、レミリアの自室。
『部下からの報告を聞くのにふさわしい大幹部の椅子が欲しいわ』
と言うわがままで設置された豪華な椅子に座り、足を組んで小悪魔の報告を聞いている。
「……てなわけで、失敗しちゃいましたこぁ」
「良くやるものね、面白いわ。こあ、次の悪戯を考え……ううっ」
レミリアが頭を抱えてうめいた。小悪魔がすぐに駆け寄って来るが、レミリアはその手を乱暴に払いのけた。
「お嬢様、また発作ですか」
「触るな、さっさと行け」
「は、はい」
あわてて退出した小悪魔のかわりに、咲夜が瞬時にその場に現われた。
「お嬢様、無理をなさらないで下さい」
「妖精ども、あくまでこのレミリアに逆らうか……」
歯を食いしばり、内なる妖精を抑えようとする。
「取り込んだ妖精を解放された方がいいのでは?」
「咲夜は黙ってて。完全にわが血肉にして見せるわ」
荒い息遣いで吸血鬼は答えた。
その後、はたてが紅魔館と結託して偽記事を出そうとしていた事が文の手でスッパ抜かれ、サニーも濡れ衣を着せられずに済んだ。
そして、サニーが神社に遊びに来た時、一面に謝罪記事の載ったはたての新聞が再び神社に届けられた。
「懲りない天狗ね」
霊夢は呆れたが、記事欲しさに紅魔館と結託した事、妖精つまりサニーミルクを陥れかけた事への謝罪と後悔が、自分の言葉で語られていた。
あと量は少ないが、天狗の山のちょっとした事件や、寺子屋の上白沢慧音のインタビューが三人の興味を引く。
「妖怪にしてはまあまあしおらしい態度ね」お茶を飲みながら霊夢がつぶやいた。
「出資者がいなくなって便利な記事が減ったが、なんかこう、こっちの方が悪くないぜ」
魔理沙もそれなりに評価している。
「メディアって怖いですね、使い方を誤ると」サニーがしみじみ言う。
その後、派手な事件よりも、市井に暮らす妖怪や人間の素朴な暮らしや出来事を地道に伝えるスタイルで、花果子念報はそこそこの部数を保つようになる。
サニーミルクの頑張りで、またひとつ、紅魔のはた迷惑な野望が打ち砕かれた。
彼女は成り行きとはいえ、妖精、人間、妖怪の自由と平和のために戦い続ける。
負けるなサニーミルク。戦えサニーミルクBlack。
あとがきのパンチ力で笑いました。
続き物という注意書きがほしかったかもしれません
定番のシーンはもっとやりたいと思います。
洗脳されている子供たちを解放して、『みんな逃げるんだ!』とか
作品を書くのが遅いので、注意書きにはこれから気をつけます。
能力については、もっとチートじみた設定にしようかとも思いましたが、わざと曖昧にしました。
高純 透様
BlackとRXのストーリーを別々の作品でパロディにするか、両作品のストーリーを一作品に混ぜるか迷っています。
10人ライダーならぬ10人妖精、いいですね。
いつになるわかりませんが、個人的に一番妄想する書きたいシーンは、
水木一郎さんの『永久のために君のために』をバックにサニーとレミリアが最後の戦いをするというものです。
『お前は紅魔館の塵となれ!』てな具合に。
どうか気長に待っていただけると幸いです。