『…っそうした旦那さんを殺した犯人は、この中にいます』
所謂探偵の常套句が、私の耳を右から左に通り抜ける。
彼の推理もどこ吹く風、私の耳は通っても脳には届かない。
音量をもう少し下げてくれると助かるんだが、生憎私の相方にそういう常識は通じない。
私が漫画を読んでいるのにかかわらず、テーブルの向かいに座ってテレビに釘付けになっているのがそれだ。
「犯人は……奥さんね」
マジメなな顔でテレビに釘付けのメリーが、神妙な顔で推理する。
私は生憎話の流れすら見ていなかったので分からないが、メリーが言うならそうなのだろう。
「へぇ、なんで?」
一応聞いてみた。
「声優が一番豪華だわ」
……聞かないほうが良かった。
ともあれその探偵物のアニメは無事探偵が犯人を当て、例のごとく勝手に動機を話したあたりでメリーがテレビを切る。
一体何を見てたんだこの子は。
「ああ面白かった」
やっと静寂が戻った私の部屋に、今度はメリーの煎餅をかじる音が響く。
どうやら内容は満足だったらしい。
「オチはいいの?」
「いいのいいの、どうせとってつけたような動機があるだけよ」
まぁ、探偵物の定番はそんなものだ。
ワイダニットはないがしろ……ハウダニットとフーダニットがそろえば、あとは勝手に自供する。
所詮人の心のことなのだから、推理しろというのが無理というものか。
「蓮子はそういうの読まないの?」
「あいにく、ミステリーは嫌いよ」
オカルトとミステリーは言ってしまえば、逆の存在だ。
人智の及ばない現象に対して、全て人の仕業。
それだけが理由ではないが、どうにも夢がない。
「誰が犯人だとか、アリバイだとか動機だとか……結局人の仕業ってのがね」
ミステリー、という括りにある以上その常識をこえることは決してない。
そう、ミステリーという名前の時点ですでにオカルトの存在は否定されているのだ。
「あら、そうでもないわよ?」
だがメリーは笑う。
またあの……魔女のような笑いで。
「蓮子には愛がないのね」
「……聞き飽きたわよ、それ」
「人が犯人だと決め付けるから楽しめないのよ……もっとオカルティズムに考えましょうよ」
「それとは話が別でしょ」
ようは幽霊だの妖怪だのが犯人だと思え、という事だろう。
だが突き詰めていけば結局はやれトリックだ、やれ時間差だ。
不可能にみえる謎には必ずほぼ無理矢理人の手が加えられ、実現させられる。
そんなもの、オカルトに対する冒涜だ。
「ふぅん……じゃあいいわ、蓮子に分からせてあげる」
向かいに座っていたメリーが立ち上がり、私の隣に腰掛ける。
シャンプーの香りが鼻をくすぐり、どうにも照れくさい。
「何よ……『また』やる気?」
「蓮子に分からせるにはこれが一番かな、って思ったの」
手際よく、メリーが『ゲーム』の準備をする。
どこからか用意された封筒に四つ折の紙を仕舞うと、ノートを広げる。
二度目にもなれば手馴れたものだ。
これはそう『ゲーム』。
メリーがゲームマスターとなって、綴る一つの物語。
「また私が勝つだけよ」
「あら、あんなの難易度は下の下よ」
二度目というからにはそう、一度目があった。
あれはまたいつだったか……そう、前も同じ『ゲーム』で戦ったわけだ。
その時はまぁ、私が勝った。
……というよりは、勝ちを譲られたのほうが正しいのか。
それはまた、別の話だ。
「今回は……本気で行くわ」
「……上等じゃない。気に入ったわよ。それだけはっきり言うなんて」
息巻くメリーに、私も袖をめくる。
『水平思考ゲーム』と呼ばれるこれは、そう難しいゲームではない。
問題に対し、質問をする。
その質問から、問題の答えを探していく。
それを繰り返していくだけのゲームなのだから、解答側が圧倒的に有利なのだ。
まぁ『前回』はそこをつけこまれたわけだが……今回は今回で理由がまた違う。
そう、今回は勝っても失うものはないのだから。
「答えを当てたら蓮子の勝ちよ」
「そうね、またじゃあ晩御飯でも奢ってもらおうかしら」
「ふふ、楽しみにしてるわ」
余裕たっぷりのメリーが、どうにも腑に落ちない。
さっきも言ったがこれは解答側が圧倒的に有利。
というよりそもそもが勝ち負けを決するようなゲームですらないのだ。
「難易度はそうね……中くらいにしておきましょうか」
「何よ、いきなり難しいのにしてもいいわよ?」
「蓮子にはどっちも多分同じくらいだから大丈夫よ」
クスクスと笑われ、少し癪に障る。
どうやら今のは馬鹿にされたのくらい私にも分かる。
どっちも同じ、ということは難易度が中でもそれ以上でもどの道分からないということだ。
「いいじゃない……叩き潰して後悔させてあげる」
「あら今回は乗り気ね」
前回のゲームでノウハウは把握した。
それに今回はメリーも本気だというのだから、少し心が躍る。
相手を屈服させるこのゲームが、私には少し愉快に感じられた。
「じゃあ、いくわよ……ちゃんと蓮子にあわせて、ミステリーにしてあげる」
そう言ってメリーがペンをとる。
そのか細い指がノートの上を走り、字を綴っていく。
前回の問題は確かに理不尽だった。
今回も類にもれず、頭痛がする程度には理不尽だ。。
以下がそのノートの抜粋。
そこには……『また』彼女がいた。
『ある巫女さんがある部屋の中で殺されました』
「……また出たわね」
前回のゲームで散々脳内神経を壊してくれた単語に、多少頭痛がする。
前回は空を飛び、今度は殺されたか……忙しいな。
『さて、どうやって彼女は殺されたでしょう?』
お得意の掌を上に向けるポーズで私を睨む。
今回も問われたのはハウダニット……だがまた、問題はどこか不安定だ。
しかも前回より輪をかけて曖昧、これがメリーの本気ということか。
ゲームはここからが本番。
これに質問して、情報を固着していくのがプレイヤーである私の役目。
「そうねじゃあ」
「ああ、待って」
開こうとした口にメリーの人差し指が触れる。
それに少し戸惑っているあいだに、メリーがペンを走らせる。
「ミステリーだから、こうじゃなくちゃね」
「『この部屋は密室である』……なるほどね」
ノートに書かれた文字を私が読み上げる。
こうしてこの問題には、新たな『設定』が固着された。
これを遵守するのがゲームマスターのメリーの役目……つまりこの情報には、メリーですら逆らえないのだ。
「密室ってのが曖昧ね、どういう定義?」
「『部屋の出入りが出来ない状態のこと』、この状態では人の出入りは出来ないの」
このゲームはとりあえず設定の確認から入るのが定石だ。
どこに言葉遊びで真実が隠されているのか分からない。
「じゃあその密室の中には、巫女さんと犯人が居たわけ?」
「いいえ、『密室が構築されてから崩壊するまで、部屋の中に人は巫女しかいなかった』」
「殺された瞬間は? 部屋は密室だったわけ?」
「ええそう、『巫女が殺されたとき、確かに部屋は密室だった』」
ふむ、と一度頭の中で整理する。
部屋の中で巫女が殺されたとき、部屋は密室だった。
そして部屋の中には巫女以外はいなかった。
……いきなり頭が割れそうになってきた。
「ふふ、前みたいにまた答えを教えてあげましょうか」
「……一応聞いとくわ」
「なんと、妖怪が空間を越えて突然部屋の中に現れたのでした!」
なんじゃそら、と答えを一蹴する。
そんな荒唐無稽が納得できるはずもなく、また考える。
「密室は分かったわ……そして密室の定義は、『人の出入りを禁止する』ってのでいいのね」
「ええそう」
「じゃあそうね、物はどう?」
もしその密室の鍵が、チェーンロックとかならどうだろう。
この鍵なら確かに部屋の中に『人を進入させることはできない』。
だがこれなら、腕くらいなら通るのだ。
「【犯行は刺殺か絞殺、チェーンロックの間から腕を伸ばし巫女を殺した】」
「へぇ、面白いこと考えるのね」
メリーがクスリと笑う。
それならもちろん、この私の【主張】が正解のはずがない。
「『部屋はキーロックよ、閉めたらもう密室の間は開かない』」
むぅ、と頭を悩ませる。
その扉はもう使えないらしい。
「じゃあそう」
「『その部屋には窓もないわ』」
私の質問を先読みし、メリーの言葉がそれを押しつぶす。
入り口も駄目、窓も駄目。
つまり人だけでなく物すらも行き来は出来ないらしい。
「窓もない部屋ね……私なら勘弁だわ」
「そうね、ふすまはあるかもよ」
「はぁ? 何それ」
「どの道一緒よ……『その部屋には人も物も密室の間は行き来していない』」
窓があろうがなかろうが、そこは問題ではないらしい。
人も物も行き来できない状態で、部屋に一人でいた巫女が殺された。
確かにこれはミステリー。
だがここには『不条理はない』はず……それがこのゲームの根底にはある。
「愛がない……愛がないわ」
「もういいわよそれ」
また、愛とのたまうメリー。
前回も確か同じことを言っていたような気もする。
「クスクス、愛がないから蓮子には気がつけないの……愛がないから、『勝手に思い込む』」
「……それもヒントのつもり?」
「ええ、大事なのは愛よ」
また愛ときたか……。
自分は巫女を殺しておいて、人には愛を説くのも不条理な気がする。
『ある巫女さんがある部屋の中で殺されました』。
ここにどう愛を求めろと?
ええい、気になったところから聞いていくしかないのか。
「ある部屋……ってまた曖昧ね」
「そうね、『そこは巫女の部屋』」
「自分の部屋で殺されたわけね……じゃあ鍵も自分でもっていた?」
確かさっきキーロックと言ってたはず。
それならば、鍵は存在するはずだ。
「ええ、『鍵は巫女が自分でもっていた。殺されてからも密室が崩壊するまでは彼女が持っていた』」
この鍵……密室を構成するこの鍵こそ、この問題のそれこそ鍵な気がする。
「ちなみに『合鍵は存在しない』わ、密室トリックのタブーね」
「ふぅん、じゃあマスターキーはどう?」
確かに『彼女の部屋』という設定があるが、これはあくまで自分の家の自分の部屋を指しているとは限らない。
どこかのホテルの一室を借りれば、そこだって『巫女の部屋』になりうる。
「【マスターキーで犯人が部屋に入り、一度鍵をした。その後巫女を殺害したあとに部屋に鍵をかけて出て行った】」
これなら【密室後に巫女を殺すことが出来る】。
つまり一度密室を崩壊させることで『密室が構築されてから崩壊するまで、部屋の中には巫女しかいなかった』という設定をすり抜けられるのだ。
だがこれでも、メリーの顔は笑っていた。
「『マスターキーは存在しないわ、この部屋を開けられるのは巫女の持つ鍵一つだけ』」
「……」
さすがに私の顔にも難色が広がっていく。
メリーの『設定』が、どんどん私の首を締め上げていく。
自分以外だれも居ない密室で殺された巫女。
そこに、どんなトリックがあるというのだろうか。
メリーはまた、『愛が足りない』という言葉を使った。
つまりそこにも、ヒントがきっとあるはずだ。
「殺された……殺された?」
問題文を読み返し、一番愛のない単語を見つける。
殺された、という事は誰かが巫女を殺したのだ。
なのにこの問題ではそこがまるまる抜かされている。
メリーは確か『妖怪が空間を越えた』とのたまった。
それはそう……殺したのが人間であるとは限らないということじゃないか。
「殺されたとき部屋の中には、巫女が一人……だったわよね?」
「ええそう」
「でもそれは……人が、ってことでしょ?」
「ええそうよ、空間をこえる妖怪が現れるからね」
クスクスと笑うメリー。
だがその人が、という言い方は引っかかる。
「そんなの信じないわよ……【部屋の中には人以外にも、他の動物が居てその動物殺された】」
「言い換えましょう、『部屋の中に動物は人間の巫女しかいなかった』」
「病原菌はどう? 【巫女は密室の中で病気で死んだ】」
「『巫女は健康体よ、病気どころか風邪も引いてないわ』」
「空気は? 【息が出来ず巫女は死んだ】」
「『巫女は窒息死ではない』わ」
「……じゃあ物は!? 【巫女は机の角に頭をぶつけて、机に殺された】!」
だんだんと口調が荒くなる。
あれも違う、これも違う。
まるで霧の中で針の糸を通すかのように、【主張】という名前の弾丸を撃っていく。
「『巫女は事故死ではない』わ」
「ぐっ……」
これがメリーの本気、らしい。
私の放つ弾幕は、彼女にかすりもせずに虚空に消える。
このまま私は、妖怪が空間を越えたとかいう馬鹿げた理論を受け入れなければいけないのだろうか。
部屋には、巫女以外の動物はいない。
密室は誰も通さない。
鍵は部屋の中に存在する。
何だろう……何かが私の心に引っかかる。
事故死でもない、病死でもない。
それでも巫女は『殺された』。
そんな、全ての設定をすり抜けるような答えがどこに……。
「あ……」
自分の思考の単語が、頭に引っかかる。
殺された、という解答。
確かにここには、愛が足りないのかもしれない。
いうなれば……殺される、理由だ。
「どうして巫女は殺されたの? 誰かに恨まれていた?」
「いいえ、『巫女は誰からも恨まれていなかった』」
「それでも殺された……殺した相手に、悪意はあったの?」
「……」
少し、そこでメリーが悩む。
悩むといっても、少し視線が泳いだぐらいだが……。
「そうね、『悪意はなかった』」
そうなるとやはり、人間説は少しピントが合わない。
例えるならそう事故死や病死のような、無機質なもののほうが単語にはあう。
「そっか……そういうことね」
少しだけ、私には分かった。
事故死ではない。
病死ではない。
ならもう一つあるじゃないか……人を殺す、無機質なもの。
「巫女……っていうだけで年齢は聞いてなかったわね、いいえ年齢はいくつでもいいわ」
設定にそんなことは書いていなかった。
つまりそれなら、いくつだろうと問題はない。
「【巫女は老衰で死んだ……寿命に殺された】のよ!」
これなら全ての条件はクリアされる。
誰も部屋に入れず、密室の部屋で巫女は一生を終えた。
……なるほど、愛があるんだかないんだか。
悔いがないのならそれは、愛のある一生かもしれないが一人か。
私なら親戚大勢に囲まれて、大往生したいわ。
「……い」
「へっ?」
メリーの小さい声がゆっくりの部屋に響いた。
もう一度顔をメリーに向けると……笑っていた。
「『巫女は老衰で死んだのではない、もちろん突然の発作も病死に含まれるわ』」
「なっ……」
老衰でもない。
じゃあ何が一体?
考えれば考えるほど、背筋が冷たくなる。
まるでそこを、空間を越えた妖怪がなでているかのよう。
「あ、ありえないわ! 事故でも病気でも寿命でもないなんて!」
「いいえ、蓮子には見えないだけよ」
「愛がないから? そんなの理由にならないわよ!」
こんなことはありえない。
密室の中で、一人で殺された巫女。
そこに推理の余地なんでもう、存在しない。
だって、そこには誰もいない。
そんな一人の空間で、誰に殺されるって?
たった一人ぼっち。
そう、一人……。
……。
「ふふ、どう? 妖怪のせいにする気になった?」
「生憎そういうわけにはいかないの」
これは、そうミステリーとの勝負なのだ。
ミステリーをすべてオカルトで済ませるのは、ミステリーに屈服することと同じ。
だから私は、私が信じたオカルトを守りたい。
だってそう、私が信じたオカルトはもっと高尚なものだ。
人の手がそこに、介入しないと証明したい。
……だが、それがかなわない。
どこをどう考えても、メリーの設定が邪魔をする。
事故死を許さず、病死を許さず、寿命を許さず。
「蓮子は強情ね」
「プライドの問題よ」
「……それはどうかしら?」
呆れたようにメリーが掌を上に向ける。
そのまま腕にしていた時計をみると、視線を時計から窓の外へ。
「もういい時間ね、そろそろ終わりにしましょうか……おなかもすいたし」
「ま、待って! まだよ、私はまだ諦めてない!」
必ず答えは存在する。
そうでなければこのゲームは成り立たない。
だがそれが……雲散夢中。
「いいわ、じゃあラストよ……最後に蓮子の【主張】を聞くわ、それで決着にしましょ」
「……分かったわ」
私に許されるのは、最後の一回の解答。
それが、私の最後のチャンス。
私は、私の信念を守ってみせる……!
「整理するわよ。『巫女は密室の中で殺された、密室の間は室内には誰もいなかった』」
「ええそう」
最後のチャンスに、慎重にノートを復唱して整理する。
何だろう、一体何が足りないんだろう。
「『密室には物も人も通れない』」
「そう、『外からの干渉は不可能』」
それでも、巫女は殺された。
どうして?
何が彼女を、死に追いやったの?
「『事故死ではない、病死ではない、寿命ではない』……」
「ええ、そう」
考えれば考えるほど泥沼だ。
事故死でもない?
病死でもない?
窒息死でもない?
寿命でもない?
ならどうやって?
他殺?
他殺なら何?
刺殺? 絞殺? 圧殺? 撲殺?
悪意もないのに?
悪意が働かない以上、他殺であるはずがない。
そう、他殺ではない。
他殺では……。
「それよ!」
「?」
最後の最後。
私の中で、何かが弾ける。
他殺ではない。
そう、それが……答えだったんだ。
「決まった?」
「……ええ」
もう、それしかない。
私がたどり着いた唯一の答え。
それが私の……最後の切り札だ。
「巫女は……」
そして私の口から、言葉が漏れた。
最後の、主張。
これが私の反撃の……トリルだ。
カラン、とガラスのコップが音を立てる。
中の氷がぶつかり合い、音色を奏でた。
「まだ怒ってるの? 蓮子」
「……別にぃ」
目の前では、笑顔でメリーが食事をしている。
手にもっているジャンクフードは全て、私の財布で支払われたものだ。
私はそう……勝てなかった。
「いいところまでは入ってたのにね、残念だわ」
私を慰めるようにメリーが頭を撫でる。
それ今ポテトを食べた手じゃなかろうか。
「私はね、知って欲しかったの」
「……何を?」
「ミステリーの、素晴らしさ」
何よそれ、と言いたかったが反論は出来ない。
何を言ってもいまでは負け犬の遠吠えだ。
「オカルトは確かに神秘的で素敵よ? でもだからって、ミステリーを馬鹿にしたらいけないわ」
人の手で創られたミステリー。
それを私はオカルトと比べ、どこか心で見下していた。
所詮は人に出来る範囲のこと。
神秘なる我等がオカルトには適わない、と。
「ミステリーだって、人間の英知の結晶よ……何十年何百年と歴史を重ねてきた、一つの文学なんだから」
「はーいはい説教はいいわよもう!」
帽子を深くかぶり、聞かないふりをする。
だが今回で少しは身にしみた。
ミステリーも、オカルトに負けないぐらいの価値はあると。
……いや、それはまだ早いか。
「それで?」
「? どーしたの?」
ズズズズと音を立てて行儀悪くジュースを飲むメリー。
ここではそっちのほうが行儀がいいのは確かか。
「答えよ答え! これで不条理だったら許さないからね!」
私の答えははずれた。
だが、メリーから答えはまだ聞いていない。
やはり聞いてから晩御飯は奢るべきだったか……。
「ふふ、蓮子にはまだ難易度が高かったかしら」
そういうと鞄から封筒を取り出すメリー。
そう、全ての答えはここに書いてある。
前回は確か、数式だったが今回ははたして……。
「敗因は何だったと思う?」
「……愛は、あったつもりよ」
巫女は殺された。
だが、誰かに殺されたのではない。
それは悪意がなかったから。
だからこそ、私は最後に答えた。
巫女は……自ら死を選んだ。
【自分で自分を殺した】のだと。
「『巫女は自殺ではない』……あいかわらず愛がないわ」
「どこがよ? 誰も犯人はいない……愛ある話じゃない!」
「いいえ、言ったわよね? 愛がないから見えない……愛がないから、『勝手に思い込む』って」
思い込む?
それはどういうことだろう。
私が思い込んでいること?
問題文をみて、勝手に決め付けたこと……。
「私は言ったわよね『巫女は殺された』って」
「ええ、問題文にも書かれてるじゃない」
「そこで思考停止するようじゃ、まだまだね」
「え……」
そう、問題文を疑うことからこのゲームは始まるのだ。
じゃあなんだ?
私が思い込んでいること?
『ある巫女さんがある部屋の中で殺されました』。
殺された……殺された。
何度も反復した言葉。
そこだけに焦点を絞って考える。
メリーだってその言葉を繰り返した。
そう、メリーはいつだって「殺された」という単語を使った。
……じゃあ、なんだ。
もしかして……。
「そ、そんなのあるわけないじゃない!」
「やっと気がついた?」
クスクスと笑いながら、メリーが封筒を開ける。
私にもそこでようやく理解できた。
そう、『殺された』ということが『愛がないこと』ではないのだ。
私が決め付けていたこと……それこそが、愛という言葉を盲目にしていた。
そこに気がつけなかったのが私の……敗因だ。
「じゃ、じゃあ答えは……」
「ええそう」
そこから導かれるのは一つ。
『巫女は*****かった』
つまり……。
ああ、そうか……答えは最初から彼が言ってたじゃないか。
これは所謂私の、完敗だ。
「ふふ、蓮子とは違うのよ、蓮子とは」
ここの出来が違うとばかりにメリーが自分のこめかみを叩く。
広げられた封筒の中身。
そこには大きく、1つの文字。
いやこれは数字……私にはいまや逆の、阿鼻叫喚の数字。
そう、自殺でもない。
他殺でもない。
事故死でも、病死でも、寿命でもない。
だがもう一つだけある。
人が、『殺される方法』。
そう……あくまで論点は、『殺される方法』だったのだ。
「……う」
悔しい。
というより思い込みに振り回された自分が情けない。
戦いの中で、戦いを忘れるとはこのことだ……。
「あらあら」
悔しさで涙目になっているのにメリーが、そっと抱きしめてくれた。
ジャンクフード屋の中なのに、今はそれもどうでもいい。
「……次は」
「?」
泣きじゃくりながら、鼻水声で。
声を絞った。
「次は私が……問題だすから!」
「……ええ。楽しみにしてるわ」
それを母のような笑顔で迎えてくれたメリーに少し、顔の温度が上がった。
その上がった温度と、早くなった動機。
それのほうが私には……十分なほどミステリーだ。
-了-
所謂探偵の常套句が、私の耳を右から左に通り抜ける。
彼の推理もどこ吹く風、私の耳は通っても脳には届かない。
音量をもう少し下げてくれると助かるんだが、生憎私の相方にそういう常識は通じない。
私が漫画を読んでいるのにかかわらず、テーブルの向かいに座ってテレビに釘付けになっているのがそれだ。
「犯人は……奥さんね」
マジメなな顔でテレビに釘付けのメリーが、神妙な顔で推理する。
私は生憎話の流れすら見ていなかったので分からないが、メリーが言うならそうなのだろう。
「へぇ、なんで?」
一応聞いてみた。
「声優が一番豪華だわ」
……聞かないほうが良かった。
ともあれその探偵物のアニメは無事探偵が犯人を当て、例のごとく勝手に動機を話したあたりでメリーがテレビを切る。
一体何を見てたんだこの子は。
「ああ面白かった」
やっと静寂が戻った私の部屋に、今度はメリーの煎餅をかじる音が響く。
どうやら内容は満足だったらしい。
「オチはいいの?」
「いいのいいの、どうせとってつけたような動機があるだけよ」
まぁ、探偵物の定番はそんなものだ。
ワイダニットはないがしろ……ハウダニットとフーダニットがそろえば、あとは勝手に自供する。
所詮人の心のことなのだから、推理しろというのが無理というものか。
「蓮子はそういうの読まないの?」
「あいにく、ミステリーは嫌いよ」
オカルトとミステリーは言ってしまえば、逆の存在だ。
人智の及ばない現象に対して、全て人の仕業。
それだけが理由ではないが、どうにも夢がない。
「誰が犯人だとか、アリバイだとか動機だとか……結局人の仕業ってのがね」
ミステリー、という括りにある以上その常識をこえることは決してない。
そう、ミステリーという名前の時点ですでにオカルトの存在は否定されているのだ。
「あら、そうでもないわよ?」
だがメリーは笑う。
またあの……魔女のような笑いで。
「蓮子には愛がないのね」
「……聞き飽きたわよ、それ」
「人が犯人だと決め付けるから楽しめないのよ……もっとオカルティズムに考えましょうよ」
「それとは話が別でしょ」
ようは幽霊だの妖怪だのが犯人だと思え、という事だろう。
だが突き詰めていけば結局はやれトリックだ、やれ時間差だ。
不可能にみえる謎には必ずほぼ無理矢理人の手が加えられ、実現させられる。
そんなもの、オカルトに対する冒涜だ。
「ふぅん……じゃあいいわ、蓮子に分からせてあげる」
向かいに座っていたメリーが立ち上がり、私の隣に腰掛ける。
シャンプーの香りが鼻をくすぐり、どうにも照れくさい。
「何よ……『また』やる気?」
「蓮子に分からせるにはこれが一番かな、って思ったの」
手際よく、メリーが『ゲーム』の準備をする。
どこからか用意された封筒に四つ折の紙を仕舞うと、ノートを広げる。
二度目にもなれば手馴れたものだ。
これはそう『ゲーム』。
メリーがゲームマスターとなって、綴る一つの物語。
「また私が勝つだけよ」
「あら、あんなの難易度は下の下よ」
二度目というからにはそう、一度目があった。
あれはまたいつだったか……そう、前も同じ『ゲーム』で戦ったわけだ。
その時はまぁ、私が勝った。
……というよりは、勝ちを譲られたのほうが正しいのか。
それはまた、別の話だ。
「今回は……本気で行くわ」
「……上等じゃない。気に入ったわよ。それだけはっきり言うなんて」
息巻くメリーに、私も袖をめくる。
『水平思考ゲーム』と呼ばれるこれは、そう難しいゲームではない。
問題に対し、質問をする。
その質問から、問題の答えを探していく。
それを繰り返していくだけのゲームなのだから、解答側が圧倒的に有利なのだ。
まぁ『前回』はそこをつけこまれたわけだが……今回は今回で理由がまた違う。
そう、今回は勝っても失うものはないのだから。
「答えを当てたら蓮子の勝ちよ」
「そうね、またじゃあ晩御飯でも奢ってもらおうかしら」
「ふふ、楽しみにしてるわ」
余裕たっぷりのメリーが、どうにも腑に落ちない。
さっきも言ったがこれは解答側が圧倒的に有利。
というよりそもそもが勝ち負けを決するようなゲームですらないのだ。
「難易度はそうね……中くらいにしておきましょうか」
「何よ、いきなり難しいのにしてもいいわよ?」
「蓮子にはどっちも多分同じくらいだから大丈夫よ」
クスクスと笑われ、少し癪に障る。
どうやら今のは馬鹿にされたのくらい私にも分かる。
どっちも同じ、ということは難易度が中でもそれ以上でもどの道分からないということだ。
「いいじゃない……叩き潰して後悔させてあげる」
「あら今回は乗り気ね」
前回のゲームでノウハウは把握した。
それに今回はメリーも本気だというのだから、少し心が躍る。
相手を屈服させるこのゲームが、私には少し愉快に感じられた。
「じゃあ、いくわよ……ちゃんと蓮子にあわせて、ミステリーにしてあげる」
そう言ってメリーがペンをとる。
そのか細い指がノートの上を走り、字を綴っていく。
前回の問題は確かに理不尽だった。
今回も類にもれず、頭痛がする程度には理不尽だ。。
以下がそのノートの抜粋。
そこには……『また』彼女がいた。
『ある巫女さんがある部屋の中で殺されました』
「……また出たわね」
前回のゲームで散々脳内神経を壊してくれた単語に、多少頭痛がする。
前回は空を飛び、今度は殺されたか……忙しいな。
『さて、どうやって彼女は殺されたでしょう?』
お得意の掌を上に向けるポーズで私を睨む。
今回も問われたのはハウダニット……だがまた、問題はどこか不安定だ。
しかも前回より輪をかけて曖昧、これがメリーの本気ということか。
ゲームはここからが本番。
これに質問して、情報を固着していくのがプレイヤーである私の役目。
「そうねじゃあ」
「ああ、待って」
開こうとした口にメリーの人差し指が触れる。
それに少し戸惑っているあいだに、メリーがペンを走らせる。
「ミステリーだから、こうじゃなくちゃね」
「『この部屋は密室である』……なるほどね」
ノートに書かれた文字を私が読み上げる。
こうしてこの問題には、新たな『設定』が固着された。
これを遵守するのがゲームマスターのメリーの役目……つまりこの情報には、メリーですら逆らえないのだ。
「密室ってのが曖昧ね、どういう定義?」
「『部屋の出入りが出来ない状態のこと』、この状態では人の出入りは出来ないの」
このゲームはとりあえず設定の確認から入るのが定石だ。
どこに言葉遊びで真実が隠されているのか分からない。
「じゃあその密室の中には、巫女さんと犯人が居たわけ?」
「いいえ、『密室が構築されてから崩壊するまで、部屋の中に人は巫女しかいなかった』」
「殺された瞬間は? 部屋は密室だったわけ?」
「ええそう、『巫女が殺されたとき、確かに部屋は密室だった』」
ふむ、と一度頭の中で整理する。
部屋の中で巫女が殺されたとき、部屋は密室だった。
そして部屋の中には巫女以外はいなかった。
……いきなり頭が割れそうになってきた。
「ふふ、前みたいにまた答えを教えてあげましょうか」
「……一応聞いとくわ」
「なんと、妖怪が空間を越えて突然部屋の中に現れたのでした!」
なんじゃそら、と答えを一蹴する。
そんな荒唐無稽が納得できるはずもなく、また考える。
「密室は分かったわ……そして密室の定義は、『人の出入りを禁止する』ってのでいいのね」
「ええそう」
「じゃあそうね、物はどう?」
もしその密室の鍵が、チェーンロックとかならどうだろう。
この鍵なら確かに部屋の中に『人を進入させることはできない』。
だがこれなら、腕くらいなら通るのだ。
「【犯行は刺殺か絞殺、チェーンロックの間から腕を伸ばし巫女を殺した】」
「へぇ、面白いこと考えるのね」
メリーがクスリと笑う。
それならもちろん、この私の【主張】が正解のはずがない。
「『部屋はキーロックよ、閉めたらもう密室の間は開かない』」
むぅ、と頭を悩ませる。
その扉はもう使えないらしい。
「じゃあそう」
「『その部屋には窓もないわ』」
私の質問を先読みし、メリーの言葉がそれを押しつぶす。
入り口も駄目、窓も駄目。
つまり人だけでなく物すらも行き来は出来ないらしい。
「窓もない部屋ね……私なら勘弁だわ」
「そうね、ふすまはあるかもよ」
「はぁ? 何それ」
「どの道一緒よ……『その部屋には人も物も密室の間は行き来していない』」
窓があろうがなかろうが、そこは問題ではないらしい。
人も物も行き来できない状態で、部屋に一人でいた巫女が殺された。
確かにこれはミステリー。
だがここには『不条理はない』はず……それがこのゲームの根底にはある。
「愛がない……愛がないわ」
「もういいわよそれ」
また、愛とのたまうメリー。
前回も確か同じことを言っていたような気もする。
「クスクス、愛がないから蓮子には気がつけないの……愛がないから、『勝手に思い込む』」
「……それもヒントのつもり?」
「ええ、大事なのは愛よ」
また愛ときたか……。
自分は巫女を殺しておいて、人には愛を説くのも不条理な気がする。
『ある巫女さんがある部屋の中で殺されました』。
ここにどう愛を求めろと?
ええい、気になったところから聞いていくしかないのか。
「ある部屋……ってまた曖昧ね」
「そうね、『そこは巫女の部屋』」
「自分の部屋で殺されたわけね……じゃあ鍵も自分でもっていた?」
確かさっきキーロックと言ってたはず。
それならば、鍵は存在するはずだ。
「ええ、『鍵は巫女が自分でもっていた。殺されてからも密室が崩壊するまでは彼女が持っていた』」
この鍵……密室を構成するこの鍵こそ、この問題のそれこそ鍵な気がする。
「ちなみに『合鍵は存在しない』わ、密室トリックのタブーね」
「ふぅん、じゃあマスターキーはどう?」
確かに『彼女の部屋』という設定があるが、これはあくまで自分の家の自分の部屋を指しているとは限らない。
どこかのホテルの一室を借りれば、そこだって『巫女の部屋』になりうる。
「【マスターキーで犯人が部屋に入り、一度鍵をした。その後巫女を殺害したあとに部屋に鍵をかけて出て行った】」
これなら【密室後に巫女を殺すことが出来る】。
つまり一度密室を崩壊させることで『密室が構築されてから崩壊するまで、部屋の中には巫女しかいなかった』という設定をすり抜けられるのだ。
だがこれでも、メリーの顔は笑っていた。
「『マスターキーは存在しないわ、この部屋を開けられるのは巫女の持つ鍵一つだけ』」
「……」
さすがに私の顔にも難色が広がっていく。
メリーの『設定』が、どんどん私の首を締め上げていく。
自分以外だれも居ない密室で殺された巫女。
そこに、どんなトリックがあるというのだろうか。
メリーはまた、『愛が足りない』という言葉を使った。
つまりそこにも、ヒントがきっとあるはずだ。
「殺された……殺された?」
問題文を読み返し、一番愛のない単語を見つける。
殺された、という事は誰かが巫女を殺したのだ。
なのにこの問題ではそこがまるまる抜かされている。
メリーは確か『妖怪が空間を越えた』とのたまった。
それはそう……殺したのが人間であるとは限らないということじゃないか。
「殺されたとき部屋の中には、巫女が一人……だったわよね?」
「ええそう」
「でもそれは……人が、ってことでしょ?」
「ええそうよ、空間をこえる妖怪が現れるからね」
クスクスと笑うメリー。
だがその人が、という言い方は引っかかる。
「そんなの信じないわよ……【部屋の中には人以外にも、他の動物が居てその動物殺された】」
「言い換えましょう、『部屋の中に動物は人間の巫女しかいなかった』」
「病原菌はどう? 【巫女は密室の中で病気で死んだ】」
「『巫女は健康体よ、病気どころか風邪も引いてないわ』」
「空気は? 【息が出来ず巫女は死んだ】」
「『巫女は窒息死ではない』わ」
「……じゃあ物は!? 【巫女は机の角に頭をぶつけて、机に殺された】!」
だんだんと口調が荒くなる。
あれも違う、これも違う。
まるで霧の中で針の糸を通すかのように、【主張】という名前の弾丸を撃っていく。
「『巫女は事故死ではない』わ」
「ぐっ……」
これがメリーの本気、らしい。
私の放つ弾幕は、彼女にかすりもせずに虚空に消える。
このまま私は、妖怪が空間を越えたとかいう馬鹿げた理論を受け入れなければいけないのだろうか。
部屋には、巫女以外の動物はいない。
密室は誰も通さない。
鍵は部屋の中に存在する。
何だろう……何かが私の心に引っかかる。
事故死でもない、病死でもない。
それでも巫女は『殺された』。
そんな、全ての設定をすり抜けるような答えがどこに……。
「あ……」
自分の思考の単語が、頭に引っかかる。
殺された、という解答。
確かにここには、愛が足りないのかもしれない。
いうなれば……殺される、理由だ。
「どうして巫女は殺されたの? 誰かに恨まれていた?」
「いいえ、『巫女は誰からも恨まれていなかった』」
「それでも殺された……殺した相手に、悪意はあったの?」
「……」
少し、そこでメリーが悩む。
悩むといっても、少し視線が泳いだぐらいだが……。
「そうね、『悪意はなかった』」
そうなるとやはり、人間説は少しピントが合わない。
例えるならそう事故死や病死のような、無機質なもののほうが単語にはあう。
「そっか……そういうことね」
少しだけ、私には分かった。
事故死ではない。
病死ではない。
ならもう一つあるじゃないか……人を殺す、無機質なもの。
「巫女……っていうだけで年齢は聞いてなかったわね、いいえ年齢はいくつでもいいわ」
設定にそんなことは書いていなかった。
つまりそれなら、いくつだろうと問題はない。
「【巫女は老衰で死んだ……寿命に殺された】のよ!」
これなら全ての条件はクリアされる。
誰も部屋に入れず、密室の部屋で巫女は一生を終えた。
……なるほど、愛があるんだかないんだか。
悔いがないのならそれは、愛のある一生かもしれないが一人か。
私なら親戚大勢に囲まれて、大往生したいわ。
「……い」
「へっ?」
メリーの小さい声がゆっくりの部屋に響いた。
もう一度顔をメリーに向けると……笑っていた。
「『巫女は老衰で死んだのではない、もちろん突然の発作も病死に含まれるわ』」
「なっ……」
老衰でもない。
じゃあ何が一体?
考えれば考えるほど、背筋が冷たくなる。
まるでそこを、空間を越えた妖怪がなでているかのよう。
「あ、ありえないわ! 事故でも病気でも寿命でもないなんて!」
「いいえ、蓮子には見えないだけよ」
「愛がないから? そんなの理由にならないわよ!」
こんなことはありえない。
密室の中で、一人で殺された巫女。
そこに推理の余地なんでもう、存在しない。
だって、そこには誰もいない。
そんな一人の空間で、誰に殺されるって?
たった一人ぼっち。
そう、一人……。
……。
「ふふ、どう? 妖怪のせいにする気になった?」
「生憎そういうわけにはいかないの」
これは、そうミステリーとの勝負なのだ。
ミステリーをすべてオカルトで済ませるのは、ミステリーに屈服することと同じ。
だから私は、私が信じたオカルトを守りたい。
だってそう、私が信じたオカルトはもっと高尚なものだ。
人の手がそこに、介入しないと証明したい。
……だが、それがかなわない。
どこをどう考えても、メリーの設定が邪魔をする。
事故死を許さず、病死を許さず、寿命を許さず。
「蓮子は強情ね」
「プライドの問題よ」
「……それはどうかしら?」
呆れたようにメリーが掌を上に向ける。
そのまま腕にしていた時計をみると、視線を時計から窓の外へ。
「もういい時間ね、そろそろ終わりにしましょうか……おなかもすいたし」
「ま、待って! まだよ、私はまだ諦めてない!」
必ず答えは存在する。
そうでなければこのゲームは成り立たない。
だがそれが……雲散夢中。
「いいわ、じゃあラストよ……最後に蓮子の【主張】を聞くわ、それで決着にしましょ」
「……分かったわ」
私に許されるのは、最後の一回の解答。
それが、私の最後のチャンス。
私は、私の信念を守ってみせる……!
「整理するわよ。『巫女は密室の中で殺された、密室の間は室内には誰もいなかった』」
「ええそう」
最後のチャンスに、慎重にノートを復唱して整理する。
何だろう、一体何が足りないんだろう。
「『密室には物も人も通れない』」
「そう、『外からの干渉は不可能』」
それでも、巫女は殺された。
どうして?
何が彼女を、死に追いやったの?
「『事故死ではない、病死ではない、寿命ではない』……」
「ええ、そう」
考えれば考えるほど泥沼だ。
事故死でもない?
病死でもない?
窒息死でもない?
寿命でもない?
ならどうやって?
他殺?
他殺なら何?
刺殺? 絞殺? 圧殺? 撲殺?
悪意もないのに?
悪意が働かない以上、他殺であるはずがない。
そう、他殺ではない。
他殺では……。
「それよ!」
「?」
最後の最後。
私の中で、何かが弾ける。
他殺ではない。
そう、それが……答えだったんだ。
「決まった?」
「……ええ」
もう、それしかない。
私がたどり着いた唯一の答え。
それが私の……最後の切り札だ。
「巫女は……」
そして私の口から、言葉が漏れた。
最後の、主張。
これが私の反撃の……トリルだ。
カラン、とガラスのコップが音を立てる。
中の氷がぶつかり合い、音色を奏でた。
「まだ怒ってるの? 蓮子」
「……別にぃ」
目の前では、笑顔でメリーが食事をしている。
手にもっているジャンクフードは全て、私の財布で支払われたものだ。
私はそう……勝てなかった。
「いいところまでは入ってたのにね、残念だわ」
私を慰めるようにメリーが頭を撫でる。
それ今ポテトを食べた手じゃなかろうか。
「私はね、知って欲しかったの」
「……何を?」
「ミステリーの、素晴らしさ」
何よそれ、と言いたかったが反論は出来ない。
何を言ってもいまでは負け犬の遠吠えだ。
「オカルトは確かに神秘的で素敵よ? でもだからって、ミステリーを馬鹿にしたらいけないわ」
人の手で創られたミステリー。
それを私はオカルトと比べ、どこか心で見下していた。
所詮は人に出来る範囲のこと。
神秘なる我等がオカルトには適わない、と。
「ミステリーだって、人間の英知の結晶よ……何十年何百年と歴史を重ねてきた、一つの文学なんだから」
「はーいはい説教はいいわよもう!」
帽子を深くかぶり、聞かないふりをする。
だが今回で少しは身にしみた。
ミステリーも、オカルトに負けないぐらいの価値はあると。
……いや、それはまだ早いか。
「それで?」
「? どーしたの?」
ズズズズと音を立てて行儀悪くジュースを飲むメリー。
ここではそっちのほうが行儀がいいのは確かか。
「答えよ答え! これで不条理だったら許さないからね!」
私の答えははずれた。
だが、メリーから答えはまだ聞いていない。
やはり聞いてから晩御飯は奢るべきだったか……。
「ふふ、蓮子にはまだ難易度が高かったかしら」
そういうと鞄から封筒を取り出すメリー。
そう、全ての答えはここに書いてある。
前回は確か、数式だったが今回ははたして……。
「敗因は何だったと思う?」
「……愛は、あったつもりよ」
巫女は殺された。
だが、誰かに殺されたのではない。
それは悪意がなかったから。
だからこそ、私は最後に答えた。
巫女は……自ら死を選んだ。
【自分で自分を殺した】のだと。
「『巫女は自殺ではない』……あいかわらず愛がないわ」
「どこがよ? 誰も犯人はいない……愛ある話じゃない!」
「いいえ、言ったわよね? 愛がないから見えない……愛がないから、『勝手に思い込む』って」
思い込む?
それはどういうことだろう。
私が思い込んでいること?
問題文をみて、勝手に決め付けたこと……。
「私は言ったわよね『巫女は殺された』って」
「ええ、問題文にも書かれてるじゃない」
「そこで思考停止するようじゃ、まだまだね」
「え……」
そう、問題文を疑うことからこのゲームは始まるのだ。
じゃあなんだ?
私が思い込んでいること?
『ある巫女さんがある部屋の中で殺されました』。
殺された……殺された。
何度も反復した言葉。
そこだけに焦点を絞って考える。
メリーだってその言葉を繰り返した。
そう、メリーはいつだって「殺された」という単語を使った。
……じゃあ、なんだ。
もしかして……。
「そ、そんなのあるわけないじゃない!」
「やっと気がついた?」
クスクスと笑いながら、メリーが封筒を開ける。
私にもそこでようやく理解できた。
そう、『殺された』ということが『愛がないこと』ではないのだ。
私が決め付けていたこと……それこそが、愛という言葉を盲目にしていた。
そこに気がつけなかったのが私の……敗因だ。
「じゃ、じゃあ答えは……」
「ええそう」
そこから導かれるのは一つ。
『巫女は*****かった』
つまり……。
ああ、そうか……答えは最初から彼が言ってたじゃないか。
これは所謂私の、完敗だ。
「ふふ、蓮子とは違うのよ、蓮子とは」
ここの出来が違うとばかりにメリーが自分のこめかみを叩く。
広げられた封筒の中身。
そこには大きく、1つの文字。
いやこれは数字……私にはいまや逆の、阿鼻叫喚の数字。
そう、自殺でもない。
他殺でもない。
事故死でも、病死でも、寿命でもない。
だがもう一つだけある。
人が、『殺される方法』。
そう……あくまで論点は、『殺される方法』だったのだ。
「……う」
悔しい。
というより思い込みに振り回された自分が情けない。
戦いの中で、戦いを忘れるとはこのことだ……。
「あらあら」
悔しさで涙目になっているのにメリーが、そっと抱きしめてくれた。
ジャンクフード屋の中なのに、今はそれもどうでもいい。
「……次は」
「?」
泣きじゃくりながら、鼻水声で。
声を絞った。
「次は私が……問題だすから!」
「……ええ。楽しみにしてるわ」
それを母のような笑顔で迎えてくれたメリーに少し、顔の温度が上がった。
その上がった温度と、早くなった動機。
それのほうが私には……十分なほどミステリーだ。
-了-
中々、悩ませる……。
でも、なんというか、続けられると、段々謎解きが主で、蓮子とメリーが消えていくような気がしてしまいました。
でも、次回作も気になる……。
『巫女はころされたかった』
殺害方法は餓死。
というのが自前の貧相な脳味噌で導き出された答え。
答えがあってるかどうかはともかく、おもしろかった。
今回も面白かったです。
冒頭の彼の台詞からすると、犯人は……。
ミステリーもメリーにかかるとこういう風になるんだなぁ。
次回も楽しみにしています。
1=I
うむむ~
それを読んだ巫女は殺された。
したがって犯人は手紙。
というのを考えてました。愛がある答えと言えば答えになります…よね?
ほら、「殺し文句」って言いますし
『巫女は早く食べたかった』
お八つを食べる前で現場保存のために食べられず生殺し
とか?
わからん
とりあえず諦めたのでポイント入れさせていただきます。投了、投了。
やめてほしい
肝心の私の答えは、作中の蓮子と一緒にメリーに一蹴されたので、他の読者さんの解答に期待。
心のないミステリーはミステリーではないと
何故かそんな文章を思い出した
目で殺す、的な感じで殺された。
命を奪う方法を考えたら負けって意味ですよね。
愛に溺れる
…だといいなぁ
答えは最初から彼が言ってたじゃないか
↓
っそうした旦那さんを殺した犯人~
↓
(し)っそうした旦那さんを~
↓
失踪した旦那さんを~
↓
『巫女はそこにいなかった』
↓
そっそんなのあるわけないじゃない!
そう・・あくまで論点は『殺される方法』だったのだ。
遺体の様子を聞くことがタブーだからこその思い込みか?
↓文字
逆の、阿鼻叫喚(無限地獄)の数字
↓
無限の反対(の数字)で一文字
↓
『零』
↓愛(妄想)
前回魔女の家に行きそびれたから、今度は向こうで二人が同棲してるんだろ(妻問婚な)
↓
巫女が神社から魔女の家に行く直前(朝)は『神社は巫女一人の密室』(夜中は鍵を掛けっぱなし)で外に出て、鍵を掛け、神社を発つ(密室崩壊まで巫女一人→密室の再構築。『巫女が殺された時に』部屋には巫女一人とは言ってない)
※最初の『ある巫女さんがある部屋の中で~』が引っかかる。←今ここ
果たして巫女はどこにいたのか?うむむ。
巫女は死んでいなかった
退屈とか寂しさに殺されたとかそんな感じ?