「やぁ、いらっしゃい」
ドアを開ける音が聴こえて、僕は本から視線を上げずに言った。
店主である僕が本から視線を上げなくても、“お客様”は無言だった。特に何かを探しにきているという風でもなかった。
お香か、それとも香水か。“お客様”からは仄かに白檀の香りがした。僕は本の紙面に視線を落としたまま、右手の人差し指で店の入り口の方を指した。
「映らないテレビはそこ」
ちょっと左の方に指先を移動させる。
「鳴らないラジカセはそこ」
店の棚の上を指差す。
「吸わない掃除機はそこだよ」
ふう、と“お客様”が嘆息した。
「失語症のオウムと、円形脱毛症のカッパと、無毛症の毛ガニは置いていませんか?」
凛と、何か鈴のような響きを持った声で、“お客様”はそう言った。
僕に顔を上げさせるのには及第点のレトリックだった。僕はしおりを挟まずに本を閉じて、「何かお探しですか?」と呟いてみた。
「ええ、探し物です」
そう言って、“お客様”であり、“閻魔様”である女性は僕をまっすぐに見た。
「一体何をお探しでしょう?」
「この店の、店主殿を探しております」
「店主なら目の前に居りますが」
「いえ、私が探しているのは、もう一人の店主殿です」
「座ってくれ。そこの温まらないストーブの上でいい」
僕が促すと、閻魔王――四季映姫は、小柄な身体を年代モノの石油ストーブの上に落ち着かせた。
今日は非番ですか? サボリの泰斗である部下のお守りは? 残業は? そんな野暮な質問を吐くつもりは無かった。ここは俗世とは違う、僕が創り僕が支配する『香霖堂』の店内であるし、閻魔様が用があるのは僕でなくてもう一人の店主の方なのだ。もうひとりの店主は僕に輪をかけて退屈な奴で、世間話をして楽しい相手ではない。それぐらい、目の前にいる“お客様”も当然知っているはずだ。
「何か飲むかい? 生憎、茶しかないんだ」
僕が問いかけても四季映姫はそれに答えず、代わりに店内をぐるりと見渡し、ほうと息をついた。
「おかしな店ですね」
「具体的にどこがおかしいか、言ってくれれば店主に伝えておくよ」
「なんというかこう――雑然としすぎています。少なくとも、こういうのはゴミ捨て場であって店とは普通呼びません」
「ご意見ありがとう、必ず伝えておく。そして君が出入り禁止にならないことを祈る」
「それは困りますね。依頼する前から追い出されては」
そう言って、閻魔王は少女の顔で笑った。おや、と僕は思った。オフのときの彼女は、こんな表情もできるのか。
今までの経験から言えば、彼女は子犬だった。僕だけでなく、幻想郷に住まう大概の者は僕と似たり寄ったりの意見を持っていると思う。彼女は子犬だ。何にでも興味を持つ一方、何にでも噛みつくはた迷惑な子犬。それ故、白か黒かの二択を嫌う妖怪からは遠巻きにされていた。
のろのろ、だらだら、なあなあが常態の幻想郷において、キビキビ、ハキハキ、カリカリの三拍子が揃った数少ない存在は、今は売り物という粗大ゴミの上にきちんと膝をそろえて座っている。その隙のない座り方はのろのろ、だらだら、なあなあとはやっぱり遠かったけれど、かといってキビキビ、ハキハキ、カリカリにも遠い気がした。自然体……とでも言えばいいのだろうか、その辺の形容詞はよく知らない。よく知らないのだからアレコレ考える必要もないだろう。
僕は来客用の湯のみに茶をそそぎ、彼女に手渡した。四季映姫は小さく礼をして、火傷しないように慎重に口をつけた。
「もう一人の店主さんが聞くよ。今日は一体、いかなるご用件で?」
「……幻想郷というのはおかしな所です」
問いには答えずに、四季映姫は独り言のように言った。
「人々の間に、妙な噂が流れることがあります」
「ほほう、話の種に聞いておくとするよ」
「そうですね……魔法の森の入り口にある道具屋の店主は二人いる、とか」
「興味深いファンタジーだ。続けて」
「そのうちの、何の益体もない思索に耽っているほうが表の店主。そして、報酬次第で幻想郷のあらゆる人妖の願いを叶えてくれる謎の存在、それが香霖堂の二人目の店主である。……私が聞いたのは、そんな噂話です」
「その噂話は五割ほど当たってるが、五割ほど外れている。現実とずれているのは、大きく分けて二つの点だ」
僕が言うと、彼女は不安そうな表情になった。
「叶えてあげられるのは、僕が僕個人の能力の範疇で出来ることだ」
「それは人としての方ですか? それとも、妖怪としての方ですか?」
「どちらも同じさ。僕は頭脳労働者だし、殺し合いにも弾幕遊びにも興味が無いからね。そういう筋の悪い話なら最初から御免蒙る。同様に、人妖を傷つけたり、著しく迷惑をかけることになる依頼も受けない。これが一つ目の条件だ」
僕が四季映姫を見ると、四季映姫の目が『続けて』と言っていた。
「二つ目は、僕に依頼できる条件だ。依頼主が僕に払う報酬の内容について、だ」
「ほほう、話の種に聞いておきましょう」
そうは言いつつも、四季映姫は隠さず緊張していた。僕は僕が数秒後に口にする言葉が彼女をがっかりさせることのないよう、祈るような気持ちで二つ目の条件を出した。
「もう一人の森近霖之助がやっている店から、気に入った品物をひとつ以上買うことだ。値段の高低は一切関知しない。ただモノを買ってくれればそれでいい。――これが二つ目の条件だ」
四季映姫の顔が、ほっと安堵したような表情になった。
「噂は本当だったんですね。――あなたがここで“神様”をやっているという話は」
「誰が言ったか知らないな。僕は神様じゃない、半分が人間で半分が妖怪の、単なる訳のわからない奴だよ」
「それでも、己の願いを聞いてくれるものを人は神と呼びます」
四季映姫は確信めいた口調で言い、湯気が消えかけている湯飲みの液面にじっと見ていた。
「私は神ではありません。無論、大概の人や妖怪とは違う生き方をします。それでも、私にだって縋りたい神様はいる。それがあなただった」
「やけに今日は軟弱な発言が多いんだね。普段の高圧的な物言いも給料のうちなのかい?」
「そういうわけでは」
彼女は乾いた笑い声を上げた。結構な毒を含ませたはずだし、普段の彼女なら目くじらを立てて今の発言を糾弾していたはずだ。僕はさっきからはぐらかされ続けていた。この小さな閻魔様は今日は本当にニュートラルな状態でこの店に来たらしい。
四季映姫は急に改まると、タチの悪い悪戯をしでかしてしまった子供のような口調で言った。
「少々長くなりますが、聞いてくれますか?」
「あぁ」僕は微笑んだ。「それもお仕事だからね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
彼女が帰ると、入れ替わりに霊夢が来た。
どこかへ行った帰りなのか、突然雨に祟られてここに避難してきたという具合だった。彼女は掌で肩についた水滴を払い、どたどたと店内に入ってきた。
「やぁ、いらっしゃい」
「こんにちは。……って、誰か来てたのね? 湯飲みが置いてある」
温まらないストーブの横、遊べないパソコンの上に置かれた空の湯飲みを目ざとく見つけて霊夢は言った。
「まぁ、そうだね」
「珍しいのね。霖之助さんが客に茶を出すなんて」
「客にはお茶を出すつもりだ。それが泥棒魔法使いや居直り強盗みたいな巫女でない限りは」
「相変わらずキツイわ。私にそんな口が利けるのはあなただけね」
それでも、今まで僕に商品の代金を手渡した覚えがないことを自覚してか、霊夢は僕の物言いにも苦笑するだけだ。
当然だ。彼女に聞かせる薀蓄も、こういう物言いも、僕が貰うはずだった代金代わりのものだ。
霊夢は勝手に店の奥へ入って行き、彼女専用の湯飲みに茶を注いだ。今日も長居をするつもりらしい。少なくとも、雨が上がるまではここにいるつもりなのだろう。ふわりとした霊夢の匂いが横を通り過ぎ、ストーブの上に着席する音が聴こえた。僕は本から顔を上げずに、「なぁ、霊夢」と話しかけた。霊夢がこちらを向くのを気配で察して、僕は訊いた。
神様って、いると思う?
しばらく、彼女は茶を啜りながら質問の内容を反芻しているようだった。ずずっ、という気持ちのいい音が店内に響いた。
「いるじゃない。妖怪の山には変なのが三人もいるわ」
「予想通りの返答だな、三十点。僕が言いたいのは、君や僕、あの神様たちをも生んだ、もっと大きな存在のことだ」
「もっと大きな存在、ねぇ。もう少しわかりやすく言ってくれる?」
「その神様ですら創造した存在……と言えばいいかな。造型は何でもいい。ちゃんとした人の形をしていても、不定形でも、あるいは大自然や自然界を貫く法則そのもの、そんなものを表象してもいい。融通も聞かず話も聞かず、尊大で、傲慢で、冷酷で……。そんなとてつもないものが、君は存在すると思うか?」
彼女が困るのが気配でわかった。ちら、と本から視線を上げると、霊夢は真剣に思い悩んでいる様子だった。
霊夢はつかの間、顎に人差し指を置いて考えるしぐさをして、結局諦めたように首を振った。
「ねぇ、今日は何かあったのかしら?」
「何も無いよ。単純な興味から発した質問だ」
「そう。じゃあ思いつきでもいい?」
「構わない」
「いるでしょうよ、そりゃ」
僕は顔を上げた。彼女はどこか釈然としない表情をしていたけれど、それでももう一度自分に言い聞かせるように言った。「いるに決まってるわ」と。
これには正直、驚いた。僕はてっきり、彼女は神様なんて信じていなんだろうと思っていた。彼女はこれで妙にリアリストだし、そういう不可知のものには最初から頼らないシビアさも持ち合わせてもいる。それはまさしく子供から大人へと変化する前の人間にありがちな、青臭い厭世観と極端な虚無主義に他ならないんだろうと僕は多少ナメていのだけれど、案外そうでもないらしい。
彼女は神の実在を――僕でさえ半信半疑の、大いなる存在の実在を信じているという。
これで結構、まだまだ子供なのかも。
彼女は僕の頭の中で渦巻く思索に気づいたのか、少し慌てたように言った。
「だって、そうでしょ。偶然だけで無から有は生まれないって理屈は私にもわかるし、神様だって誰かが生んだに違いないわ。宇宙とか地球とか、そんなものは私の頭に納まりきる話じゃないけど、そういう存在がいなければ説明がつかないことって多いじゃない」
うん、そうよね、そうだよね、と呟きながら霊夢は言った。
「いるのよ、きっと。この大宇宙を創った神様が」
預言者のように重々しく言った彼女を見て、僕は思わず笑ってしまった。
からかわれたと思ったのか、霊夢は「何よ」と口を尖らせた。
「巫女が神様を信じてちゃおかしいの?」
「いや」僕は笑いながら首を振った。「非常に面白い意見だった。今後の参考にさせてもらうよ」
僕が言うと、彼女は怪訝な表情でお茶を啜った。
付喪神がいる店で
寒い夜だった。
まだ冬でもないのに、寒さは毛穴から浸透して身体を心から冷やしてゆく。底冷えとは今夜のような寒さを言うのだろう。試しにほう、と息を吐いてみると、吐息は思った以上に白く濁った。
僕が足音を殺して塀に近づくと、塀の上に座って物憂げに月を見ていた野良猫が僕を見た。
なんだ、お前? 友好的とは言い難い表情で猫がそう言った気がした。
どいてくれるかい? そう心で語りかけると、野良猫は拒否するのも野暮だと思ったのか、素直に塀から飛び降りた。
いい子だ。ぴんと立った尻尾にそう語りかけると、猫は思い出したように振り返ってにゃあと鳴いた。
猫を見送ってから、壁の高さを見繕った。瓦で葺かれた塀の高さは僕の目線の少し上だから、大体一間もない高さだろう。僕は地面を蹴って塀の縁に両手でぶら下がると、膂力を総動員して身体を浮かせた。そのままの状態で壁に足を踏ん張り、瓦で滑らないように留意しながら強引に塀の上に引きずり上がる。上手く行った、ほとんど音も立っていない。
塀の中に飛び降りると、僕は身を屈めて庭を見た。よく整備された庭は、月明かりに朧に照らし出されてひどく現実感のない光景に見えた。豪邸、と言って差し支えない家屋の瓦屋根も、頼りない青白い光の下では凹凸を失い、巨大な箱のように見えるだけだった。今は丑の刻、どう考えても家人は寝静まっているに違いない時間帯だ。
僕が歩き出すと、今まで眠っていたらしい池の鯉が水音を立てた。ほんの小さな水音で家の人間が起きてくる心配はないだろう。そのまま庭を突っ切って縁側にたどり着いた僕は、障子の向こうで聞こえるひそかな寝息に立ち止まった。
僕はしばらくの間、気配を殺してその寝息に耳をそばだてた。
不思議な感覚だった。この向こうには人が寝ている、決して友人と言うわけでもないけれど、決して見ず知らずの他人とは言えない男とその家族が。
突然、めまいのような感覚を覚えた。
僕は今、人が知るべきでない世界に足を踏み入れつつある。それは危険な誘惑だったけれど、何よりも甘く、全身を溶かしてしまうような快感があった。言うなれば、それは絶頂感に近い物だった。スリル、有体に言えばそう名づけられる感情に脳髄を焼かれてしまったように、僕はしばらく意味不明の快感に酔った。
人の人生の塵芥を垣間見て、その人が修正したいと思う過去、創りたいと願う未来の手助けをする。それは道具屋商売で得る快感とは別の快感を僕にもたらした。僕はその満足感に陶酔しながら、僕という生き物の皮の下で何者かが蠢き、甲高い産声を上げるのを聞いていた。
それが、後に香霖堂のもう一人の店主となる存在――“神様”――が誕生した瞬間だった。
しばらくして我に返った僕は、ずり落ちた眼鏡を押し上げ、懐に手を突っ込んで目的の物を取り出した。
折り畳まれた半紙に包まれているのは、『親展』と筆書きされた手紙と札束だった。手紙の方はともかく、厚く重ねられたお札の方はどう見積もっても三百円はある。目玉が飛び出るような大金には違いないし、紙と言えどそれなりの重さがあった。ごくり、と生唾を飲み込んだ僕は、半紙で札束を包み直すと、縁側についた夜露を手で散らして手紙と札束を置いた。
手紙を置いた瞬間、なぜか唐突に興奮が萎んで、急に寒くなった。寒さとは違う理由で震え出した膝が言うことを聞かなくなる前に、僕は一目散に逃げ出すことにした。
庭を横切りながら、もし、と僕は考えた。僕が逃走した後に泥棒が忍び込んであの札束を認め、あの大金をごっそり盗んでしまったとしても、それはそのコソ泥のせいであって僕のせいではないだろう。僕が今後、あの手紙と札束に責任を感じる筋合いはない。ともかくこれで用足しはできたし、後は逃げるだけだった。
助走の勢いそのままに壁に取り付き、一気に身体を持ち上げて、来た時と同じ要領で僕は塀の上に登り切った。
飛び降りようとしたとき、不意ににゃあという間抜けな声が耳に届いて、僕は塀の下を見た。
「なんだ、見てたのかい」
ちょうど僕が飛び降りようとしている地点に居座った猫は、僕のその言葉に小首を傾げた。僕はシッシッと猫に言ってみたが、猫は岩であるかのように僕の足元から退いてくれない。それどころか、まるで観察するように僕をじっと見つめている。
僕は一度だけ、背後を振り返った。縁側に僕が置いてきた手紙と金一封がそこにあることをしっかりと確認する。おまけで、屋根の上に怪しい人影がないのも確認した僕は、少し体勢をずらして猫の横に飛び降りた。
安堵のため息をついた僕に、猫はにゃあと鳴いて両の目を月光に光らせた。
猫に表情と言うものがあるならば、それはきっと僕の行いを咎める表情だったのだと思う。僕はふん、と鼻を鳴らし、眼鏡を押し上げながら言った。
「生憎だが、君には僕が犯人だということを立証することはできないよ」
僕の言葉に、猫は首を傾げた。僕は猫の傍にしゃがみこんで、おいでと指を動かした。
「その理由は複数ある。第一に僕はここに来ることを誰にも話していないし、僕の友人が僕のアリバイを作ってくれている。今夜の僕は、道具店の奥の間で酒を馳走になってへべれけになっているんだ」
ごろごろ。僕の黄金の指使いに猫が喉を鳴らした。
「現場には証拠らしい証拠も残してはいない。さらに僕はこの家から金を盗んだんじゃなくて、この家に金を押し付けてきたんだ。となると僕の罪は住居侵入だけだ。これは生憎、妖怪だらけの幻想郷では裁かれないことが多い」
猫が気持ちよさそうに僕の足にまとわりついてきた。もっと撫でてくれ、猫はそう言っている。
「そして最大の理由だが、この事件には目撃者らしい目撃者がいない。唯一の目撃者は君だけだ。つまり、君さえ黙っていてくれれば、今夜僕が犯した罪は永久に闇の中に葬られることになる。な、いいだろ? これに免じて黙っていてくれないか?」
僕が顔を覗き込んでも、猫はもう何も答えはしなかった。ただ、もっと撫でてくれと言いたげに僕に尻尾をぱたぱたと動かしているだけだった。
オチたな。僕は猫の頭をポンポンと撫でて立ち上がった。
お預けを食らった猫があからさまに不満そうな顔で僕を見てきたけれど、僕は首を振った。
「君と僕はもう共犯関係だ。君は今、僕から贈与を受けてそれを受け取った。穏やかに暮らしたければ口を噤んでいることだ」
ちぇ、勝手にしろい。そう吐き捨てるように僕を一瞥した猫は、そのまま路地の向こうに消えていった。
これでよし。僕は物わかりのいい猫に感謝した。
身体が芯から冷えていた。僕は両手をこすり合わせてわずかな熱を得ながら、寒空にぽっかりと浮かぶ月を見上げた。
天蓋に映っただけの月が、今日はやたらと透き通って見えた。僕はその月から視線を外すと、踵を返して誰もいない道を静かに歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それが、初めての“神様”だったのですか?」
「あぁ、そうだよ。記念すべき第一回だった」
四季映姫は静かに頷いた。頷きながら、湯飲みをパソコンのディスプレイの上に載せて、僕を値踏みするような目で見た。
「なんでそんなことをしたんです?」
「ああ、そいつは『商売する気あるのか』って質問に次いでよく訊かれる質問だ」
僕は「これも少々穏やかな話じゃなくなる」と前置きしてから言った。
「最初の依頼者は人間の里に住む男だった。若い頃から苦労したとかで、今はとある大店の主になってる男さ。僕にとっては友人でもあり、恩人でもあり、師匠でもある。そんな彼が、今からざっと十五年くらい前のある日、僕に願いを叶える“神様”になってくれるよう頼み込んできた」
「どうしてそんなことを」
「贖罪さ。自分が昔犯した罪を償うために、僕に協力して欲しいといってきた」
これ以上四季映姫に話してよいのか。僕は多少不安に駆られたのだけれど、四季映姫は予想外に冷静だった。
その目が続きを待っていることを確かめて、僕は続けた。
「彼は若い頃、一度だけ盗みを働いた事があったそうでね。始めたばかりの商売が立ち行かなくなって資金繰りに困っていた。ちょうど祝言を挙げて、これから娘が生まれるというときで、なんとしても金が必要だった。そこで彼は質屋に忍び込んで、必要最低限の金子を盗み出した。そのおかげで彼は店を潰さずに済んだ」
「それで?」
「彼はあのときのことをずっと悔いていたそうだ。良心の呵責を感じれる男だったし、何より可愛い我が子を盗んだ金で育てたと思いたくなかったんだ。商売が軌道に乗り始めて余裕が出てくると、彼はあの時盗んだ金を返さなければならないと思い立った。僕は彼の頼みを聞いたよ。その夜、件の質屋に忍び込み、謝罪の手紙と一緒に金を返した。無論身元は明かさなかったけどね。里では最初、傘地蔵の仕業って騒がれたらしいけど、いつの間にか風変わりな神様の仕業ってことになっていた」
「それだけ、ですか?」
「それだけと言ってもらったら困るな。これでも結構スリリングな体験だったんだけど」
僕が苦笑すると、四季映姫はすみません、と謝った。
顔を上げた四季映姫の眼が、そこで思い出したようにきらりと光った。
「それじゃああなたは、結果的に犯罪の片棒を担いだということになるのですね?」
僕は「そうなるね」と答えておくことにした。
「しかし、彼の思いを否定するのは例え閻魔様でも出来ないよ。僕は彼を尊敬しているし、彼の望みも間違っていたと思わない。彼は父親として、人として、一番高潔な選択をした。それでも君が偏屈な正義を振り回そうとするなら、僕は全力で彼を擁護すると思う」
「いえ、そういう意味ではないんですよ」
四季映姫は慌てたように首を振った。
「私がこれからお話しするのは、彼よりもっと悪辣な罪を犯してしまった人のお話ですから」
その一言に、僕の頭の中の危機センサーが反応した。僕が彼女の顔をまじまじと見つめても、彼女の思いつめたような表情に変化は無かった。
「悪いけど、話を聞いた後でも話によってはお断りするよ?」
「はい、承知しております」
四季映姫は静かに微笑んだ。閻魔という仰々しいイメージとは裏腹に、その笑顔は酷く儚げだった。その笑顔を見る限り、目の前に座っているのはただの可憐な乙女だった。閻魔王と呼ばれて人に傅かれるより、いっそお姫様とかお嬢様とか呼ばれて紅茶でも啜っている方が似合いだと思う。そんなことを思うのと同時に、こんなにひ弱そうな存在が一体どれほどの罪を犯したのか、彼女の過去に対する興味が僕の中にも沸いてきた。
「長い話になります」
「そうか。それなら長期戦の準備をしてくるとしよう」
僕はカウンターを立ち、部屋の奥から魔法瓶を持ってきて、残りの湯を全部注いだ。この中にお湯を注いでおけば、一時間ぐらいは適温の茶が飲める優れものだ。もちろん、非売品。
僕は魔法瓶の蓋を閉じ、彼女に向き直った。それを期に話を始めるのだろう、彼女はふうとため息をついた。
「私には昔、人間の友人がいたんです」
四季映姫は訥々と語り始めた。
「昔、とは? 君が生まれた辺りから話すのはよしてくれよ」
「そこまではさかのぼりませんよ。今からちょうど百年前のお話です」
百年。大半の妖怪から見れば瞬きするほどの時間だと言うが、実際に潰してみるとそれは膨大な時間の流れだ。人間ならば生まれてから土に還るまでを考えてもおつりが来る年月だろう。昔話として語り出すには悪くない一区切りの範囲だった。
四季映姫は続ける。
「ふとしたことで知り合ったんです。当時、私はまだ人里で地蔵菩薩をやっていましてね。是非曲直庁の閻魔王登用の求めに応じようか迷っていました。そんなとき、私に手を合わせながら相談を持ちかけてきたのが彼女だった」
初めて聞く話だった。おそらく、第三者に話したのは彼女だってこれが初めてなのだろう。
それだというのに、四季映姫はどことなく楽しげな表情をしていた。
「彼女が相談してくる悩みは様々でした。生活のこと、親のこと、将来のこと……。地蔵菩薩として彼女の相談に乗る傍ら、よく笑い、よく泣き、よく怒る彼女に、私もなんやかやと勇気づけられました。おかしなものです、地蔵菩薩が逆に相談に乗ってもらうんですから」
「おかしくない」僕はちょっと大きな声で言った。「ぜんぜん、普通だと思う」
「はい。……彼女と知り合って五年ほど経って、私が閻魔王に転職した頃です。彼女はある男と恋仲になりました。人里の、とある店の若旦那とです。祝言を挙げてしばらくして、彼女は子供を身ごもりました。私も自分のことのように喜びました」
四季映姫は古い記憶を確かめるように、次に言う言葉を慎重に吟味しているらしかった。
開けては閉じられる口は酸欠の金魚を思わせた。僕が彼女の湯飲みに新しい茶を注ぐと、彼女は小さく頭を下げた。
「しかし、幸せも長くは続きませんでした。彼女は娘を産んですぐ、肺を病んでしまったんです。当時としては不治の病――治る見込みはありません。彼女は生まれたばかりのわが子を置いて、半年と経たずにあっけなく亡くなりました」
突然暗転した話にも、彼女の口調はあくまでも淡々としていた。ということは、それが話の核心ではないのだろう。
彼女は一呼吸置いて、続けた。
「しかし亡くなる直前、彼女は友人である私にある頼みごとをしたんです」
「頼みごと?」
「はい。私の代わりに娘を頼む、何があっても娘だけは守ってやってくれ、と」
僕は妙なひっかかりを感じて口を開きかけたが、四季映姫は視線でそれを制した。懇願する視線だった。察しろ、ということか。
頷く代わりに僕は浅く嘆息した。結核は悪質な感染性の感冒で、一昔前までは罹患したら隔離されて死を待つのが常道だった。彼女は一時は将来を誓い合った男から病を理由に離縁され、娘も取り上げられて一人寂しく死を迎えたのだろう。脂っこい話だ。
「私は彼女との約束を守り、母を亡くした彼女の娘に目をかけ続けました。彼女はすくすくと育ってゆきました。母に似て、明るくて利発で、素直な子でしてね。でも」
一時はほころびかけた顔を再び曇らせて、彼女は言った。
「彼女が十七歳のときです。突然、彼女は死の運命に絡め取られた」
僕は四季映姫の顔を盗み見た。その表情の中に僕が示すべき反応へのヒントはなかった。痛み、悲しみ、悔しさ。今の彼女の表情は、そのどれにも当てはまらない。その顔は、がさがさの瘡蓋だらけになった彼女の心がどれほどの長い間、そのことで苦しんできたのかを雄弁に物語っていた。
「花咲く季節でした。何かして家に帰る途中、彼女は足を滑らせて川へと転落したんです。私の執務が忙しく、ちょっと目を離した隙でした。近くを通りかかった人に助けられたはよかったものの、彼女は生死の境を彷徨うことになりました。否、助けられたとは言えないでしょう。私は私を呪いました。……彼女は十日後、正真正銘の死人となってしまうことがその時点で決定されてしまったからです」
ヘタに慰めの言葉をかける愚は犯さず、僕は「それで?」と先を促した。こういうときは悩ませないほうがいいのだろう。僕はそれを本能としても経験としてもわかっているつもりだった。
彼女は頷いて、先を話し始めた。
「……私は悩みました。閻魔王として、彼女の後見を約束した存在として、私はどうすべきなのか」
「どうすべき、とは?」
「私は閻魔王です。自分で言うのもなんですが、閻魔王は死んだ衆生の一切を取り仕切る存在ですから。私の思惟ひとつで、その者が来世で六道輪廻のどこに生まれるかぐらいは簡単に左右できる。閻魔王とはそういうものです」
「物騒だね」
「はい、反吐が出るほどに」
四季映姫は再び笑った。反吐が出る。僕は彼女の口の悪さに舌を巻いた。
「私の能力と権限がそんなものである以上、私さえその気になれば、彼女は死の運命から逃げ切ることが出来る」
驚く僕に、四季映姫はあくまで淡々とした口調で続けた。
「私はそれに気づいたとき、酷く悩みました。時間はなかったし、天秤にかけるには重過ぎる内容でした。しかし……」
彼女は結局「その気」になった。続くはずだった彼女の言葉を心中で引き取ると、僕の心臓がひとつ大きく拍動した。
そんな僕の表情に気づいたのか、四季映姫は自嘲の笑みを浮かべながら言った。
「私は罪を犯しました。閻魔王である自分の立場を利用して。部下の死神を金銭で買収して。私は彼女の決定された運命を捻じ曲げて死を回避させました。彼女が死ぬ予定だったという事実そのものを、是非曲直庁の記録から抹消するところまで徹底的に」
部屋の温度が二、三度、一気に低下したように感じられた。例えようのない黒い水が僕の身体のどこかから滲み出してきて、胃の辺りを絶望的な冷たさで冷やしていった。
“まっすぐ”が服を着て歩いているような存在、それが四季映姫・ヤマザナドゥだ。大半の人間は僕と同じ予備知識を持っているし、彼女自身もそういう認識を持たれていることを知っているはずだ。絶対正義を信じ、日常の大半を己が信じる倫理の貫徹に捧げる孤独な裁判官。糞真面目、堅物、融通が聞かない……表現する言葉は何でもいい。とにかく、彼女はこれ以上なく真面目で公正な裁判官であって、まかり間違っても公私混同することなど有り得ない、はずだった。
しかし、彼女は罪を犯した。亡き友との誓いを果たすためとはいえ、その職務と立場を最大限に利用して、その手を真っ黒に染め上げた。バレればクビ、ことによっては是非曲直庁全体の大掛かりなドブ浚いにまで発展しかねない、危険な罪で。
僕が受け止めるのにはとてもじゃないが重すぎる話だったし、それを受け止める価値が僕にあるとも思えなかった。
何か気の利いた言葉をかけようとして果たせず、僕は湯飲みの残りを啜った。酷く苦い味がした。彼女もそこで茶を一口啜り、遠い目で続けた。
「彼女は死なずに済んだ。有り体に言えば死の淵から生還したのです。私は穢れた手で、底なし沼から彼女を引きずり上げた」
四季映姫は両手で湯飲みを持ったまま、ここではないどこかをじっと眺めるように、店の床のある一点を眺めていた。いや、その瞳にはもしかしたらなにも映ってはいなかったのかもしれない。少なくとも彼女が見ることを望んだものはそこにはない気がしたし、あるべきでもないと思う。
「私は……」
四季映姫は付け加えるように言った。
「私は、とんでもない愚か者です」
パラパラ、という小さな音が聴こえたのはそのときだった。どうやら幻想郷には雨が降り出したらしい。
「笑ってくれてかまいません。己の不注意の結果を、周りを巻き込むことで清算させたのですから」
話の核心を語り終えて、四季映姫は多少饒舌になっている風だった。胸のつかえが取れたせいもあるのだろう、彼女が乾いた笑い声を上げると、彼女から発している白檀の香りですら少しくすんだように感じられた。
「私は満足するのと同時に酷い自己嫌悪に苛まれました。いくら約束をしていたとは言え、結局は私情に変わりありません。私は閻魔王としての職務を穢した。それは当然、責められるべき汚職であって……」
「その辺でやめておいてくれないか」
僕はやや鋭い声で彼女を制した。四季映姫は不思議そうに僕を見た。
「言っておくが、ここは誰かに話を聞いてもらって傷を癒す場所じゃない。つけ加えるなら、個人的にはその選択が間違っていたとも思わない。それと一番重要なことだが、僕は四季映姫というお客さんがなかなかに気に入っているんだ。僕のお気に入りを貶めるようなことは言わないでくれ」
「えっ?」
「聞こえなかったのかな」僕の口は勝手に動いた。「続きはどうしたんだい」
しばらくぽかんとしていた四季映姫は、ややあってから柔和に微笑んだ。
「今の台詞は、愛の告白ですか?」
「酷く少女趣味的な勘違いだね。そう感じたならそう受け取ってもらっても構わないが、生憎僕個人としてはその気はなかった。それだけは理解しておいてくれ」
「ひとつ発見しました。あなたは見かけによらず、結構情熱的ですよね」
「男が情熱的じゃダメなのか?」
「いえ、白ですよ」彼女はもう一度言った。「全くの白です」
四季映姫はごほん、と咳払いを一つした。
「依頼内容を話してくれるかい?」
「えぇ、ずいぶん前置きが長くなってしまいましたが」
四季映姫は湯飲みをパソコンの上に置いて、「一か月後の七月二十日、それが私の友人の命日……ちょうど百回忌にあたる日です」と言った。
「私があなたにお願いしたいのは、友人の娘、私が助けた娘のその後の調査です」
「その後?」
「はい。なにぶん、もう何年も彼女とは会っていないんです。彼女は本当の寿命を全うしているかも知れませんし、していないのかもしれません。あなたには彼女のその後を追い、彼女が今どう生きているか、もしくはどのような最期を迎えたかを調べて欲しいのです」
数秒間、ちぐはぐな言葉が頭の中を漂った。僕がしばらく無言でいると、彼女が先回りした。
「私にとって彼女の存在は痛い腹です。今さら下手に注目されるようなことをして古傷を探られるような行為は慎まなければなりません。それに、閻魔である私が訪ねていったら、彼女の遺族も何事かと訝るでしょう」
「説明になってない。君が閻魔様なら、彼女がその事故の後、どんな余生を送ったかぐらいは知ってるんじゃないのかい?」
僕の問いに、四季映姫は視線を逸らした。
「……わかりません。私は彼女を助けると同時に彼女を自由にしました。あんなことをした以上、もう彼女に関わることがいいことだとも思えませんでしたしね。それに私はその後すぐに配置転換を申し出ましたから」
「配置転換? 君がこの地区の閻魔王を降りてたって言うのか」
「そうです。ほんの五、六十年ばかりの間ですけれどね。ご存じありませんでしたか?」
「知らなかったな」
「もしも彼女が私の任期中に天寿を全うしていたら、あなたに依頼をする必要はなかったんですがね」
彼女は笑った。僕の無知を笑っているようでもなかったけれど、それはどちらかといえば癪に障るような笑みだった。僕はちょっと肩をすくめて、「閻魔様がほとぼり覚ましって訳かい」とやり返した。途端に彼女は不安そうな顔になった。
「ダメでしょうか?」
「いや、受けるさ。どんな願いでも、神様は無下にしないものだからね」
四季映姫はほっとした顔になった。僕は内心で笑っていたけれど、同時に一抹の寂しさも感じていた。
真面目で堅物で、誰よりもまっすぐで、それ故に洗練された甘え方を知らない人。友の百回忌を期に、娘の人生がいかなるものであったかを墓前に報告しようとする律儀な人。そんな彼女が頼る他者は、やはり部下や同僚、友人ではなく、誰にでも公平に優しいはずの神様でなければならなかった……そういうことになるのだろうか。僕は心のどこかで四季映姫を愛おしいと思うのと同時に、なんだか救われないような、やるせないような、複雑な気分になった。
そんな視線に彼女は気づかなかったらしい。彼女はふと顔を上げて、のんびりとした所作で後ろを振り返った。
「おや、博麗の巫女が来たようですよ」
僕の反応を確かめるように、四季映姫は悪戯っぽく笑った。僕はその目に向かって、はぁ、とため息を吐いた。
「勝手に店の周りに結界を張ってくれるな。準備がいい人だな」
「ふふふ、聞き耳でも立てられたら困りますからね。こう見えても閻魔王です。ちょっと本気を出せば、博麗の巫女にも気づかれない程度の結界を張ることぐらいはできます」
「恐ろしい人だ。僕にはいまいちその価値がわからないけれど」
四季映姫は湯飲みを取り上げ、何かを飲み下すように豪快にお茶を流し込んだ。
「また来ます。そろそろ部下を叱りに行かねばなりませんので」
四季映姫が立ち上がる。僕が「あぁ、今後もご贔屓に」と声をかけると、彼女は店を出る一瞬前、扉に手をかけたまま立ち止まった。
「言い忘れていました。彼女の娘の名前はハルコです。春に、子どもの子。いずれ来る春のように、優しい子になって欲しいと……」
四季映姫はそこまで言いかけて、言おうかどうか迷ったように僕を見た。
僕が無言を通すと、四季映姫は言った。
「私は美しくなってほしいということで別の名前を推したんですけれどね。私が出した候補の中で、春子というのを友人が気に入ってしまいまして。押し切られてしまったんです」
最後にそんな予備情報を付け加えて、彼女は僕の顔を見た。僕はその視線の真意がわからなかった。
僕が肩をすくめると、四季映姫は「いえ、なんでもありません。失礼しました」と視線をそらしてしまった。
彼女が店を出ていく。店の中には仄かな白檀の香りだけが消え残っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「珍しいね」
突然話しかけられて、僕は驚いて振り向いた。僕の店より清潔で、僕の店より整理整頓されていて、僕の店より客が来ている食器屋の女将さんが僕を見てにっこりと笑った。僕は振り向いた瞬間にずれてしまった眼鏡を押し上げながら「ええ、まぁ」とよく分からない返事を返した。
「このところ、ぜんぜん姿を見せなかったじゃないか。珍しくお客が来てたのかい?」
「珍しく?」
もう五十の大台に差し掛かった女将さんの顔が、しまった、と言いたげに表情を失った。
僕は茶碗を棚に戻しながら言った。
「珍しくもなにも、閑古鳥ですよ。ただちょっと最近、雨が降っていたので人里まで来るのが億劫だったんです」
このとき、僕がどういう笑顔を作ったのか記憶にない。きっとさわやかな表情をしていたのだと思う。これ以上ない、さわやかな表情を。
おばさんは引きつった笑いでその自虐に応えて、それから僕が手に持っていた湯飲みに視線を落とした。
「何か探してるのかい?」
「えぇ」僕は棚の上に湯飲みを戻しながら言った。「ある人に贈り物をしようと思ったんです。それで探してるんですが、迷ってましてね」
「贈り物? ははぁ、そうだったの」
女将さんの目が光り、皺だらけの顔も心持ち引き締まって十も若返ったように見えた。
僕は内心で苦笑した。エサが来たら涎をたらす、これぞ商人の顔だ。僕はこういう表情を見るたび、僕自身商売人でありながら圧倒される気分を味わってしまう。彼女らとは人種が違うのだと思うほかなかった。
「はい、贈り物です。でも、なかなか決められなくて」
「そうかいそうかい。で、霖之助君はその人に湯飲みを贈ろうと思ってるの?」
「いえ、それすらわからないんです。流行のものは難しくて」
僕は傍にあった茶碗を手に取った。つややかな釉薬に赤と青の色付けという、渋い柄の茶碗だった。どうみても流行りにはならなそうだし、気のある若い娘に贈る代物でもないだろう。
僕が茶碗を置いて、隣にあったどんぶりに手を出したときだった。女将さんは不意に背伸びして、僕に耳打ちした。
「まさか、いい人に、かい?」
この女将は若い頃、恋焦がれる人から茶碗を貰って喜んだ経験があるのか?
「ご期待に添えなくて申し訳ないんですが、違いますよ。恩人……みたいな人にです」
「恩人」
僕が即座に否定すると、女将さんはがっかりしたような表情になった。反面、感心したようでもあったけれど。
女将さんは「恩人……恩人……?」と呟きながら視線を僕から離した。知り得る限りの予備知識を掘り起こして、僕の交友関係を漁っているようだった。数秒間考えてみてそれらしい該当人物がいなかったらしく、代わりに眉を顰めて首を傾げてしまった。そりゃそうだろう、僕だって春子さんとやらを恩人として仰いだ記憶はない。
「それで、どんなものを贈りたいんだい?」
「いえ、皆目見当もつきませんでね。女の人はどんなものを贈られて喜ぶかなんて。だから、さっきから店屋を梯子して回ってるんです」
「そうだったの。それでうちに来たってわけ?」
「はい。……女の人の趣味って難しいですねぇ。それが百歳近い老婆ともなるとなおさら見当もつきませんで」
「百だって?」
女将さんは大声を上げた。店内にいた客がいっせいに顔を上げる。内心に舌打ちしつつ、はっとした表情になった女将さんに僕は耳打ちした。
「贈るまでは秘密にしたいので、どうか内密にお願いします。ね?」
「あ、ああ、ごめんね。それにしてもあんた――」
齢九十何歳のお婆様の知り合いがいるのか? そう問いたいのだろう。
僕はすがるような気持ちで言った。
「春子さんって言いましてね、ちょっと前にいろいろと世話になったことがあるんです。ご存知ですよね?」
女将さんは即座に顔をしかめた。
「誰だい、春子って?」
「失礼しました」
僕は手に持っていた塗り箸を棚に戻すと、すたすたと店の出口に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
突然、疲れが来た。汗を拭き拭き歩きながら、思えばこの一週間、店にこもりきりで外出はご無沙汰だったことを思い出した。そこへ追い討ちをかけるかのように日差しがきつくなってきているし、全身の筋肉が悲鳴を上げて、ちょっと尋常でないぐらいに歩くのがつらくなってきていた。
もう限界だ。僕はそう判断した。
適当に歩きながら腰掛けられる場所を探していると、商店が甍を連ねる通りの外れに一軒の茶屋があることを思い出した。僕はふらふらと茶屋を目指して歩き、店に着くなり崩れ落ちるようにして椅子に着席した。
ここまできて、茶ではないだろう。僕はどちらかといえば苦手な部類に入る甘酒を注文し、さらに三色団子を一皿注文することにした。その上なんと、柏餅まで注文した。これが昼食になる予定だったし、できるだけ糖分を摂取して頭を働かせたかった。
死ぬほど甘ったるい甘酒を飲みながら、僕は嘆息した。
狭い幻想郷のこと、人里に降りて聞き回れば割と苦なく春子さんを見つけることができるだろう。そんな期待は四軒目を梯子したところで打ち砕かれ、今は漠然とした徒労感が体中を支配していた。
生きているか死んでいるかすらわからないとはいえ、もう少しとんとん拍子に事が進むと思っていた。それがなかなかどうして、半日も経ったのに手がかりすらつかめない。最初こそ、ちょっとは捜索に手を焼いた方が面白いのだなどと考えていた僕だったけれど、手を焼くどころの話ではなかった。まったく情報がないのだ。まったく。少ないのとまったくないのでは、当然維持できるモチベーションの質も違ってくる。
訊き方が悪いんだろうか、と僕は考えてみた。直接「春子さんという方を知っていますか?」と訊ければいいのだが、それをやってしまうと後々きっと面倒なことになる。滅多に人里にこない僕が人を探していると知れたらそれだけで噂になるだろうし、まかり間違って是非曲直庁の人間の耳に入らないとも限らない。探している人が存命でないというなら尚更だ。
いっそ墓地に行ってしまおうか、と僕は一瞬考えた。最寄りの墓地ならここから一時間ほどでいけるし、そもそも八十年という時間の流れを考えたら、おそらく墓地を回ったほうが手っ取り早いのだろう。これだけ訊いて回って知っている人がいないというのも妙な話だ。それはとどのつまり、春子さんが残念ながらご存命でなく、しかもかなりの昔にすでに亡くなっている可能性が高いことも意味している。人々の記憶から消え去るぐらいの遠い昔に。
あれこれ考えを巡らせつつ甘酒を一口飲んだ僕は、目の前にある小間物屋の店先に視線を泳がせた。父親とその娘が店先に並べられたかんざしとか櫛とかをあれこれ手に取って眺めている。
きゃっきゃと声を上げる娘と、その娘の小さな手をしっかりと握る父親。それは腹が立つぐらい幸せそうな光景だった。
僕はその親子に向かって言い訳するように思考を紡いだ。
そりゃ僕だって出来れば春子さんが存命であると信じたいよ。四季映姫には息子や孫に囲まれた幸せな老後を送っていらっしゃったと報告したいし、そういう報告で彼女が救われるなら、僕が”神様”をやっている甲斐もあるというものだ。
しかし、生き物には呑み込まなきゃならない事実というものもあるじゃないか。だってそうだろ? 例えば数年後、その娘さんはどこの馬の骨とも知れない男にお熱を上げて勝手に傷物になるだろうこととか……。
「あら、香霖堂の旦那じゃないか」
突然話しかけられて、僕は下賤な思索を打ち切った。
見ると、目の前に見覚えのある顔があった。ふっくらとした丸顔に、癖の強い赤髪をどうにか二つ結びにした女性は、僕の目の前に立つと人懐っこい笑みを浮かべた。
「あぁ、君は四季映姫の部下の……」
「小野塚小町」
死神――小野塚小町は、獲物の大鎌を背中に担ぎながら言った。「以後お見知りおきを」
小町が軽く腰を折ると、背中に担いだ大鎌が太陽の光を鈍く反射した。僕は眉を顰めて目を瞬いた。
「呆れたな。今日は日曜日じゃなかった気がするが」
「へへ、あたいの持ち場は伝統的に客が少ないんだよ」
「だからって持ち場を放り出した死神が堂々と人間の里を歩いてていいのか?」
「そんなことは恥じるようなことじゃないね。あたいからサボリを取ったら何が残ると思う?」
今回の依頼主である四季映姫の部下は、そう言って上司の数倍は豊満な胸を自慢げに反らした。
自分からサボリを取ったら何が残る? 引け目を感じこそすれ、誇るようなことではないと思ったが、一方でその開き直り方に感心したのも事実だ。
僕の貧弱な人物壮観を検索すれば、“小野塚小町”の項目に書いてあるのは一言だけだ。『サボリの権化』、以上。きっと彼女とあまり面識のない人妖の大半が僕と同じだと思う。そしてその情報には間違いがない。
そんなことを考えつつ、僕が串団子に手を伸ばすと、小町の方からが話題を変えてきた。
「……それで旦那、今日は買い物かい?」
「まぁ、そんなところだよ」
「ふーん」
小町は何かを考え込むように呻吟すると、やおらお辞儀をするようにすばやく腰を折り、僕が手に持っていた三色団子の一番上にかぶりついた。「あ、こら」と僕が声を上げたときには、小町は団子をうまそうに咀嚼し始めた後だった。
どうして幻想郷の女は僕のものを勝手に持っていくんだ? 僕がめまいを感じて首を振ると、小町は僕の左手を取って数枚の小銭を置いた。面喰って小町の顔を見上げると、小町は取っとけというように掌を振った。団子代、ということらしいが、それはどうみても団子代より少し多目だった。手のひらに置かれた小銭の重さが思わず取り落としそうな程の重さに感じられて、思わず涙が出そうになった。
「あのさ、旦那」
「なんだい?」
「団子のお礼と私の名誉のために教えてあげるよ。私は今日はサボりじゃない。逃げ出してきたんだ」
「逃げ出してきた、って?」
同じじゃないか、と言おうとしたんだけれど、その前に団子を飲み込んだ小町は、不意に表情を曇らせた。
「今もしかして、要するにそいつはサボりじゃないかって疑わなかったか?」
「ぜんぜん」僕は首を振った。「そんなことは思ってない」
小町は僕の下手な嘘を看破したらしく、苦笑顔で言った。
「事情が違うんだよ」
「事情?」
「いや、ね。なんだかこのところ、四季様がカリカリしてるんだ」
「いつものことじゃないか」
「いつもの五割増しで」
「あぁなるほど」僕は乾いた笑い声を上げた。「そりゃ逃げ出したくもなる」
小町は不意にため息をついた。まだ小間物屋の店先にいる親子を眺めるその横顔は疲れが滲んでいた。
「なんだか四季様、様子が変なんだよ。夜も昼も仕事、仕事、仕事で、いつもの三倍ぐらいの数の死者を裁いてるんだ。一方で妙に落ち着いてるというか上の空というか。手を止めてぼーっとしてることもあるし……。ま、周りの死神は震え上がって命がいくつあっても足りないって騒いでるね。いくら死者を連れてきても追いつかないし、せっつかれるのも参るんで、今日は隙を見て逃げてきたんだ」
「へぇ」
僕は興味のないふりを装った。
「恋煩いかな」
小町は苦笑した。
「それはないよ。仕事が恋人みたいな人だから」
苦笑しながらも、僕の表情を伺う小町のそれはどこか粘つく視線だった。
あの閻魔王、やっぱりバランスを崩しているらしい。僕の店に来たときはやけに落ち着いていたから大丈夫かなとは思っていたけど、それは大間違いだった。やはり杞憂ではなかったのだ。
適当にやるとか、なあなあにするとか、そういういい加減な発想からなまじ離れすぎているが故に、彼女は精神に負荷がかかるとすぐに表に出る。そして、その皺寄せは少なからず部下である死神に来る。
小町は独り言のように言う。
「あの人がああいう風になるときはね、たいてい隠し事をしているときなんだ」
「そうなのか。確かに、あれじゃ隠し事はできなさそうだ」
「おまけにあの人、ああなる直前に香霖堂に行くって言ってたんだよねぇ」
「ああ、僕の店には来たね」僕はなるべく落ち着いた口調で続けた。「それがなにか?」
「旦那。人が突然仕事にのめりこみ始めたり、魂が抜けちまったみたいにぼーっとしたりするぐらい情緒不安定になるって、どういうときだと思う?」
「いろいろあるさ。例えば歯が痛いとか」
「歯が痛い?」小町が鸚鵡返しに訊き返してきた。
「なんでもいい。ごく小さなことを気にする人もいるだろ?」
「仮にも閻魔王だよ、あの人は」
「立場や地位は関係ない。肩こりがひどい、雨が降りそうだ、上司にいじめられた、そんなことが派手に精神に影響する人もいる」
僕は言いながら、柏餅を全部、一気に口の中に入れた。
「少なくとも僕は、こういう旨いものが食べられなかったら不機嫌になると思う」
僕が言うと、小町は僕の顔をじっと見つめ出した。
探るような目つきが不快だった。僕は小町から視線を外さないまま串団子を頬張り、碌に咀嚼しないうちに残っていた甘酒で流し込んだ。喉が焼きつくような甘さをじっと耐えてやり過ごす。
「もしかして」僕は思い切って尋ねてみた「僕を疑ってる?」
小町は無言だった。四季映姫の件について僕を疑っているのは明らかだろう。僕も対抗して無言を貫いた。下手に言い訳を考えると尻尾を出しかねない。これはプライベートな話題だし、何より死神には絶対に話してはいけない話だ。
茶屋の前で沈黙し対峙し合う死神と道具屋の店主。思えば妙な構図だった。
僕が意地でも無言でいると、小町はふっと表情を緩めた。
「いや、まさか。疑ってないよ」
僕が「それはよかった」と言うと、小町は再びお辞儀するように上半身を傾け、残り一個となった団子にかぶりつき、顔を動かして器用に串から外した。
「お行儀が悪いな。将来嫁にいけなくなるぞ」
「ご心配なく。売れ残ったら旦那が買ってくれるかい?」
「飯炊き女でどうだい? まだ結婚する気はないんで嫁は困るんだ」
「ははは、そうかい。じゃああたいはあたいを買ってくれそうな殿を探しにいくとするよ。ごちそうさま、旦那」
小町は再び懐から銭を取り出して僕の手に握らせると、行き交う人の波を踊るように掻き分けてどこかへと消えていった。また涙が出そうになった僕は、甘酒の残りを啜った。
ふと気がつくと、小間物屋の店先からあの親子はいなくなっていた。
僕は深々と嘆息して、『香霖堂』に帰るために立ち上がった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「落ち着いて聞いてくれ」
「はい」
「残念だけど、どうやら春子さんは亡くなっている可能性が高い」
依頼されてから二週間が経っていた。僕は相変わらず精力的に人里を探し回り、相変わらず四季映姫は精力的に仕事に打ち込んでいるようだった。
僕は四季映姫の顔を注視してみたけれど、その顔には何らの変化も現れなかった。少し眉を顰めただけでその一言を受け流した閻魔王は、取り乱すかわりに髪をかき上げ、嗚咽を漏らすかわりに浅くため息をついた。
「亡くなられた、と?」
「僕はこの半月で人里の半分ぐらいの店は回ったつもりだ。それこそ茶屋から古巣の道具屋までね。けれど、彼女の名前を憶えている人はいまだ現れていない。春子さんは人々の記憶から消える程度の昔、もう何年も前に逝去されていたと考えて間違いないと思う」
「わかりました。して、遺族は?」
「悪いがそれもまだ見つかっていない。聞きまわってはいるんだけどね。もしかすると――」
春子さんに直系の子孫はいなかったのかもしれない。そう言いかけて、僕は僕が言おうとしていたことに怖気を振るった。
いかんいかん、何を言おうとしてるんだ、僕は。まだそれは確定していない事実だし、仮定の話として聞かせるにも少々絶望的すぎる。
下手なタイミングで口を噤んだ僕にも、四季映姫は無言だった。
アシンメトリーのボブヘアを右手で撫でつつ、四季映姫はじっと何かを考え込んでいる風だった。その反応は僕が事前に予想していたものよりはるかに静かで、穏やかな反応だった。
「冷静なんだね」
「そうですね。覚悟はしていましたから」
そりゃそうだろう。彼女が言うところの「汚れた手で」彼女を死の淵から引きずり上げてから、もう八十年ほど経っているのだ。よからぬ想像とは知りつつも、それはどちらかと言えば受け入れなければならない現実の部類に入っていたはずだ。
それでも、一世紀だ。やるせなくなって僕は彼女にお茶を薦めた。四季映姫は小さく頭を下げたけれど湯飲みに口をつけず、すぐに“パソコン”のディスプレイの上に置いてしまった。
彼女は憔悴していた。それぐらいは僕にもわかる。仰々しい帽子の下の小顔は張りを失ってどことなく青白く見えるし、目なんか一週間前より明らかに落ち窪んでいて、その周りをクマが彩っている。彼女の白い肌に暗い隈の色はとても痛々しく、残酷なものに見えた。
小町が言っていたことだけれど、今の四季映姫は間違いなく精神に変調をきたしている。その影響が身体のほうにも出始めているのは一目瞭然だった。今ここにいるのはきっと抜け殻なのだ。通常の五割増しの執務をこなし、理由なく部下を怒鳴り続けた後、まったくの残りカスを使って僕の報告を聞きにここまでやってくる。足りなくなった分の元気は、文字通り自分の骨身を削って捻出しているらしい。彼女はいかにもそういうことをしそうな人だし、事実そういうことをしてしまう人なのだ。
冷静なのは外見だけなのかもしれない。不気味に落ち着いている四季映姫の態度に、僕は何かしら嫌なものを覚えた。僕が口を開こうとすると、彼女が一瞬早く口を開いた。
「ねぇ、店主殿」
「なんだい?」
「なぞなぞをしませんか?」
「なんだって?」
僕は思わず訊き返した。訊き返した直後、店の隅に飾ってあったボロボロのバービー人形がカタンと音を立てて倒れたのは、果たして偶然だったのか。
四季映姫はにっこり笑って言った。
「なぞなぞです。昔、やりませんでしたか? 『上は洪水、下は大火事、なーんだ?』って」
「……答えは風呂だ」
「そう、正解です」
くすくすという感じに笑う彼女を見て、僕は真剣に真剣に驚いた。彼女がこんな児戯を――有体に言えばおちゃめな行為を――どちらかといえば初対面に近い僕の前でやるとは思っていなかった。一瞬、僕は彼女が許容量を超えたストレスを感じて精神を病んだのかと考えたけれど、彼女の二つの眼はしっかりと僕を見て笑っていた。彼女が冗談を言うことは珍しかったが、有り得る事態なのだと理解すべきらしい。
「それで、そのなぞなぞというのはなんだい?」
僕が問うと、四季映姫は首を振った。
「もう、問題は出しました」
「『上は洪水、下は大火事』?」
「ふふ、どうでしょうか」
意味深な一言を残して、彼女は立ち上がった。そして一瞬、迷ったような素振りを見せた後、振り返って何かをつぶやこうとした。けれど四季映姫は再び何も言わず、口を閉じて天井を見上げた。
天井を見上げた四季映姫の横顔には、薄くはあったけれど確かに落胆の色があった。何か重要なことを告白しかけて、結局止めたというような、歯切れの悪い落胆の色だった。
それは一体、何に対しての落胆だったのだろう。僕が何か言おうとする前に、四季映姫は立ち上がった。
「おや、もう帰るのかい?」
「ええ。お恥ずかしい話ですが仕事が溜まっていましてね、却って勤労の善行を積むことにしますよ」
「閻魔王は二交代制だと聞いていたけれど」
「何、少しぐらいの超過勤務はご愛嬌ですから」
ハハ、と笑った四季映姫だったけれど、それが超過勤務どころの話でないことは小町から聞いていたし、実際四季映姫の表情はパサパサのパンみたいに乾ききっていた。その乾ききった表情を見て、僕は言わないはずだった一言を言ってみることにした。
「なぁ、閻魔様」
「なんでしょう」
「君は今いろいろなことを考えすぎているようだ」
「はい?」
「けれど、まだ結果が出たわけじゃない。まだ結果が出ていないことを悩んでバランスを崩すのは君らしくないんじゃないか」
僕の言葉を反芻するような表情をしていた彼女は、やがて微笑した。
「それは誰に聞いたんです?」それは誰かの関与を確信する口調だった。
「何の事だかわからないな。僕は憔悴した様子の君を見て心配しただけだ」
「これでもいたって元気のつもりなんですがね」
「君は僕と同じで嘘が下手だ。外見は嘘でごまかせないことを知らない」
四季映姫は僕をじっと見つつ、何かを得心したように頷いた。
「やっぱり小町ですか」
「どうでもいい」僕は思わず強い口調で言った。「依頼人の君に倒れられちゃ困るから言っているんだ。悪いことは言わない、飯と睡眠ぐらいは普通に摂ったほうがいい」
僕の表情をじっと見ていた四季映姫は、やがてふっと笑った。
「ふふ、お気遣いありがとうございます」
そうは言っていたけれど、四季映姫の眼は隠し事を看破する大人のそれだった。
僕は下手な嘘までついて小町の団子代の借りを返そうとした自分のセコさを呪いたくなった。これじゃあいかんと何か付け加えようとしたのだけれど、その前に彼女はすたすたと出口に向けて踵を返していた。僕は諦めて心の中で小町に謝ることにした。
四季映姫は去り際に、倒れたままこちらを恨めしそうに見ていたバービー人形を戻していった。
「可愛いお人形ですね」
彼女も下手な嘘をついた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「春子って誰だ? 妖怪かい?」
五十がらみの八百屋の親父は、浅黒い顔をきょとんとさせて訪ね返してきた。僕はめまいを覚えながら首を振った。
「いえ、何でもありません。ありがとう」
八百屋の親父の訝るような視線を背後に感じながらも、僕はすたすたと店を後にした。
ついに最後の希望が潰えた瞬間だった。これで人里のすべての店子を回ったことになる。金物屋から呉服屋、乾物屋や八百屋まで、およそひと月かけて探し回ったのだけれど、結局春子さんの家であるという「ある店」は見つからなかった。僕の記憶では過去に畳んだ店も結構あったのだけど、それにしたってここは人里だ。遺族のひとりすら見つからないのはおかしいだろう。もう何軒の店を回っただろう、三十、五十――?
空を見た。久しぶりに雨が降らない日だったけれど、相変わらず陰鬱な曇天だった。
ふと、何かふくよかな香りを感じて僕は立ち止まった。見ると、僕は裏道を一本入ったところに立っていて、いやらしい赤や緑の極彩色に塗られた店の前に立っていた。この店には入った覚えがない。何の店だっけ、このやたら派手な店は。人垣の向こうに視線を奔らせると、格子の奥にいた女と目が合った。
爬虫類の目が、白塗りの顔の中心に光っていた。何かしらぞっとするものを感じて眉を顰めると、紅を引いた女が艶やかに笑いかけ、僕に手招きしてきた。
僕は踵を返して駆け出した。
自分の想像に吐き気がした。仮に、春子さんが「そういう場所」で一生を終えていたとして、それをどうして四季映姫に報告できるというのだ?
僕は駆けた。ずいぶん長く駆けた気がした。裏路地から出る辺りで駆け足は早足になり、里を出る辺りで早足は歩きになり、道祖神が突っ立つ道又まで来たところで遂に足が止まった。
もう日が暮れかけていた。東――博麗神社が位置する妖獣街道の方に来たおかげで香霖堂からは遠ざかってしまったけれど、人里からは一里ほど離れた。よろしい、これだけあの香りから遠ざかったなら心置きなく途方に暮れることができそうだ。
息が切れていたし、全身から噴き出た汗が服を濡らしていた。どこかに座って休みたくなった。
僕は栗の大木根元にある道祖神をちょっと見た。胡麻石のグラマラスな造形を見ていると、馴れないことをしたくなった。
「やぁ。ごきげんよう。隣、いいかい?」
道祖神は堂々と僕の問いかけを無視した。
「君とは以前どこかで会ったことがあるような気がするなぁ。どこでだったかな」
僕は同意を待たずに道祖神の隣に座った。
「いや、前世かも。前世で僕らは将来を誓い合ったけれど引き裂かれてともに心中した恋人だった、とか」
壊れかけの縦笛みたいな音を立てて、頭上を何か鳥が行き過ぎた。
「……運命って、信じる?」
メガネをはずして、服の袖で汗をぬぐった。
道祖神はけんもほろろだった。まるでスレたネコのように、ツンとそっぽを向いている。
「地獄に落ちろ」
と、そのときだった。突然、きゃはきゃはという笑い声が空気を震わせて、僕は思わず座ったままの姿勢で三センチほど飛び上がった。
「何を馴れないことをやってるのよ」
僕が座った方とは反対側、栗の大木の向こう側に腰を下ろしていたらしい小柄が這い出てきて、僕は一瞬前の言葉を呪った。十二、三歳ぐらいの幼い顔立ちに豪華な縮緬の着物、雪駄と杖の旅支度に麦わら帽子というなんともチグハグな格好の少女は、僕が目を白黒させているのを見て微笑んだ。
「久しぶりね、霖之助ちゃん。あなたが外出なんて珍しいわね」
「その呼び方はよしてくれ。僕がそんな歳かい、九代目」
「霖之助ちゃん」に対して僕が「九代目」と返すと、彼女はキビキビとした動きで這い進んでくるや、さっと僕の鼻をつまんだ。結構強めに鼻を摘まんだまま、稗田阿求は叱るような口調で言った。
「二人きりのときぐらい『九代目』はよしなさい。私が数百年も前にあなたのオムツを換えてやった話、繰り返しますか?」
「あのときは阿弥だっただろ。しかも鼻水を拭われたことぐらいは何度もあるが、オムツを換えられた覚えはない」
「同じよ。私は嘘はつかない」
「信じない。たとえ僕が女だったって与太話をもし信じるとしてもそいつは信じない」
「信じなさい」阿求は恐ろしいほど真剣な表情で僕の鼻を引っ張った。「鼻がもげる前に」
僕は鼻とプライドを天秤にかけて、結局メガネを掛け続けるために必要不可欠な鼻を選んだ。僕が小刻みに頷くと、阿求はよろしい、と言って鼻から手を放した。
「なんだかなぁ」勝ち誇った表情の阿求に、僕は負け惜しみを言う気になった。「君も阿求になってから暴力的になったもんだよ」
九代目御阿礼の乙女――稗田阿求は、それを聞くと満足そうに笑った。
彼女と僕の交友関係を知る者は少なくなった、と思う。表の――というか人間の感覚だと、僕と彼女の関係は僕が『幻想郷縁起』の英雄伝に記載されていて、そのために僕が彼女に目録を貸し出して簡単なインタビューを受けていて、僕が十一年蝉について彼女の家を訪問した程度だと思っていることだろう。実際、「阿求」との付き合いはそれまで皆無であったのも事実だったし、まだ阿弥だったときの記憶が不完全だった阿求が僕のことを覚えていなかったのもまた事実だ。
しかし、人の縁というものはどこかで必ず“絡む”ものだということを知っている人間も意外に少ない。それが、彼女が「阿弥」だった時代、僕もまだ年端も行かぬ洟垂れ小僧だった時代に絡んだということであれば、公言しない限り人間にそれがバレることはほぼないと言っていいだろう。
僕がまだ不満そうな顔をしていると、阿求はそれをどう解釈したのか、意地悪に笑った。
「お、珍しく悩んでるのね」
「悩んでないよ。誰かさんのおかげで鼻が取れそうに痛いってだけだ」
「違うよ、全然違う。霖之助ちゃんが顎先を触るときは何かを真剣に悩んでる時だもの」
その一言に、僕は顎先から手を放した。ほらね、と阿求は笑った。
「今日は一人で取材旅行かい?」
僕が強引に話題を変えると、阿求はううん、と首を振った。
「散歩。人里を横切って、往復するだけの」
「もう日が暮れるよ。それに人里を往復するのは僕の足でも二時間はかかる」
「あら、一日かけて散歩しちゃいけないの?」
「身体に響くだろう」
「ややっ、心配されちゃった」阿求はやけに嬉しそうに笑った。「阿求では初めてだ」
敵わんなぁ。僕は嘆息した。阿弥としての記憶が少しずつ戻ってくるなり、阿求は僕のことを「霖之助ちゃん」と呼ぶようになっていたし、僕は僕よりお姉さんだった阿弥がいきなりミニサイズになってしまったことで、いまいち昔の感覚を思い出せないままでいた。そのおかげで、僕はよほど周りに人がいない時以外は彼女を「九代目」と呼んでいたし、彼女は僕に対して敬語を使った。それがいいことなのか悪いことなのかはわからないし、きっと阿求自身にもわからないのだろう。
「心配してるなら、どうなんだ?」
「家まで送ってほしいな」阿求はやけに可愛い子ぶって言い、ダメ押しのように流し目をよこした。「ダメ?」
「後者なら及第点に足りないけれど、前者の頼みだったら聞くよ」
「それでもいい」
阿求はそう言った。ひそかに恋い焦がれるには歳が足りなさすぎたけど、笑顔だけは「阿弥姉さん」のままだった。
人里の外れにある稗田の屋敷までは約一里ほどあった。雨雲はすでに散っていて、今は赤く燃える空が綺麗だった。それでも折角晴れた夕焼け空はすでに暗くなりかけていて、闇である空の上の方にぽっちりとひとつ、星が輝いていた。
その光景から目を離さずに、僕は阿求に言った。
「実はね、また“神様”をしてるんだ」
ふうん、と阿求は頷く。僕はその反応に不満だった。少し追加することにした。
「人を探してる」
「ふうん」
「しかも、なぞなぞの答えを見つけるように言われてる」
「ふうん」
「どっちもいまだに見つからない。結構悩んでる」
「ふうん」
神様となぞなぞと見つからない探し人、どう考えても繋がりそうにないファクターを繋げようと、阿求は少し四苦八苦しているようだった。
僕は最後の最後に付け加えた。
「とどめに、その人はもう死んでるかもしれない」
「人なんて簡単に死んじゃうよ」
阿求は僕が誰を探しているのか知らないはずなのに、妙にわかりきったような口調で言った。
「死んでると思う?」
僕は訊ねてみた。阿求は少し考えて、「やめよう」と首を振った。
無遠慮な質問だったと思って僕が口を閉じると、阿求は苦笑いした。
「私が――阿求があなたに”神様”をお願いしたときのこと、覚えてる?」
「あぁ。もちろん」僕も負けじと苦笑いした。「吸血鬼に追いかけられた」
「それにメイド長にも門番にも追いかけられたんだっけ?」
「後でティーセットを渡して丸く治めた」
「大変だったのね」
「確かに。紅魔館からアポロ計画の資料を取り戻してくれ、なんて言うお客さんがいなければしなくてもよかったお仕事だ」
「筋の悪い話なら断るんじゃなかったの?」
敵わん、と僕は嘆息した。本当に敵わん。敵う日が来るのだろうか?
彼女は犬から餌皿を取り上げる飼い主のような、得意げな顔をして僕を覗き込んでいる。僕はその表情から逃げるように視線を薄闇の空に向けた。
「昔読んだ本に」と僕は呟いた。「外の世界の神様の話が載ってたことがある」
「興味深い話ね。話のタネに聞いておくわ」
「外の世界の神様はさ、凄いんだ。それこそここの神様とは全然違うぐらい。光あれ、なんて一言で宇宙を作って地球を作って人を作って、ね。七日目には疲れてゴロンと寝ころんでしまうような神様なんだけど」
「それは凄いわね」阿求は笑った。「幻想郷の神様よりずっと勤勉じゃない? 六日間も連続稼働するなんて」
僕は歩きながら続けた。
「でも怖いんだよ、外の神様って。外の世界の神様は閻魔帳ならぬ神様のマル秘ノートを作ってるんだ。いずれその神様が世界を破滅させるときに、あらかじめ救う予定の人間をそのノートに書き留めておいてるそうだ。そのノートに名前が書かれていない人間は、どんなに頑張っても善人として生きられなくて、いつか必ず罪深いことをして神様に嫌われてしまう。だけど、その神様はその人間を嫌うことも自分であらかじめ決めているんだ。だってそうだろ? 時間の概念ですら自分が作ったわけだし、その人が将来どんな罪を犯すかなんてもう全部知ってるんだから。いやもっと言えば、その人が将来どんな罪を犯すかも神様が決めてるとも言える。神様は自分で作った人間に自分で作った罪を犯させて、それでその罪を見てうわぁ人間って最悪だなぁなんて言ってるんだ。凄い性格をしていると思わないかい?」
だから何なの? と阿求は視線で問いかけてきた。
だから何だったんだろうね? と僕も考えてしまった。
「昔読んだ本にね」と阿求は呟いた。「外の世界の神様の話が載ってたの」
「興味深いファンタジーだ。話のタネに聞いておこう」
「外の世界の神様はね、とっても凄いの。それこそ日本の神様とは全然違うぐらい。光あれ、なんて一言で宇宙を作って地球を作って人を作って、ね。七日目には疲れてゴロンと寝ころんじゃうような神様なんだけど」
「そりゃいい」僕は力なく笑って言った。「幻想郷の神様よりずっと勤勉だ。六日間も連続稼働するなんて」
阿求は歩きながら続けた。
「その神様の息子はもっと凄いんだよ。生まれたころから完全に神でもあったし、完全に人間でもあったのね。昔から目が見えない人の目を見えるようにしてあげたり、石をパンに変えたりしてたんだけど、結局みんなに悪人だって言われて殺されちゃうの。十字架に磔になって、手足に釘を打たれてね。痛かったと思うし、とても苦しかったと思う。男の人でもああいうことをされたら泣いちゃうよね。でもそれは自分から望んだことだったんだって。自分が人々の罪を背負ったのよ。人間はさ、例えば弟を妬んで殺したり、生きるために娼婦になった人に平然と石を投げたりして神様を悲しませるから。その罪を雪ぐために、その神様の息子は進んで処刑されたってわけ。凄いよね、そういうことに自分の命を使える人って。私には絶対できないし、とっても立派なことだと思う」
だから何なんだい? 僕は視線で問うた。
わからないの? というように阿求は笑った。
「……僕はそんないいもんじゃない。そこまで強烈な意志は持てないし、きっと十字架に磔になる前には逃げちゃうと思う」
「そんなことないよ。そういうことをしてるってだけで、神様はきっと喜ぶよ」
僕が口を噤んでしまうと、阿求はちょっと残念そうな顔をした。僕は頭を掻いた。
やれやれ、もう少し女の子を喜ばせられるような奴に生まれたかった。僕は鼻の頭を掻いてごまかした。
「どうして、神の子は死ななければならなかったんだろう」
僕は星を仰ぎながら言うと、阿求が言った。
「人間の罪を雪ぐため」
「どうして彼が死ぬことが罪を雪ぐことになるんだ?」
「神様だから、人々の罪を集めて、自分が犠牲になることで雪ぐことができる、そういうことじゃない?」
「そいつは、わざわざ神様の息子がやらなきゃいけないことなのかな」
意地悪な質問だと、僕自身思った。阿求は少し考えてから、言った。
「裁くな。汝が裁かれないために」
「なんだい、それ」
「神様の言葉よ」阿求は得意げに笑った。「私に求聞持の能力があるってこと、忘れちゃったの?」
「そうだったっけ。覚えておくよ」
「霖之助ちゃんも言ったでしょ? 罪だって神様が創ったものなのよ」
阿求は僕に倣って空を見上げた。一番星が輝く夜の世界は、きっと神様の会心の作だったのだろう。そう思わせるには十分なほど、見ている世界が僕らの目に美しかった。
「人間がね、善悪を決めたり、人を裁いたりすることって、本当はできないのよ。すべからく罪を犯すようにできている人間には、何が正義で何が罪かなんてわからない。白黒つけるってことは、人間や妖怪が考えてるよりきっと大変な事なのよ。何が正しくて何が間違っているかもわからないんだからね。そんな人間が、人の罪を背負って死ぬことなんてできるわけない。それは神様の息子だって泣いたり、悲鳴を上げるぐらいに苦しくて辛いことなんだから」
そうなのかな。僕は阿求が言ったことを素直に納得する気になれなかった。人を裁くこと。それはそんなに難しいことだろうか。自分や誰かを傷つけた存在に罰を課し、罪を贖わせることがそれほど難しいのだろうか。裁判自体は四季映姫だってやっていることだし、事実人間はその裁定に従って六道輪廻を転生する。いくら外の世界と幻想郷の死生観に違いがあるとはいえ、生き死にのシステム自体にそれほど違いがあるとは信じられなかった。
納得しない様子の僕に気づいたのか、阿求は「あくまで外の世界の話、ね?」と僕の顔を覗き込むようにした。僕が曖昧に頷くと、阿求は安堵したように笑顔になった。
その後はしばらく、とりとめのない会話が続いた。話しているうちに、阿求が住んでいる稗田の屋敷が近くなってきた。僕たちは人里と屋敷への分かれ道に立った。
「ここまで来ればもう大丈夫。ありがとう、霖之助ちゃん」
阿求が言った。僕は頷かずに口を開いた。
「家の前まで送るよ」
「覚えておいて。そういうことは言っちゃいけないの。女の子が一人で歩きたいって言ったら、それはもう絶対なのよ。そうじゃないと乙女の秘密が守れないから」
「そうかい。肝に銘じておく」
僕は頷いた。頷きはしたけれど、僕は阿求の前を去らなかった。
「もう行きなよ」
「霖之助ちゃんこそ」
「君が先に行ったら僕も行くよ」
「私もそのつもりなの」
「僕もだ」
僕たちはたがいに勧め合って、拒否し合って、立ち尽くしていた。
阿求は困ったような表情を浮かべた。強情な僕にしびれを切らしたのか、阿求が杖の先っちょで僕の足の甲を突いて言った。
「行ってよ。私、霖之助ちゃんのこと嫌いになっちゃうよ?」
嫌われるのは流石に嫌だった。僕が仕方なく踵を返して歩き出すと、しばらくして背後に足音が聞こえ始めた。
「姉さん」
十歩ほど歩いたところで、僕はもう一度振り向いた。僕の声に、阿求はちょっと驚いたように振り返った。
なんて言葉を掛けたものか、僕は一瞬迷った。迷ってから、阿求を見た。闇の中にも白く浮かび上がる麦わら帽子が目に付いた。
「その帽子、似合ってるよ」
声にならない笑みを浮かべて、阿求は大きく手を振った。あの麦わら帽子は、彼女が”神様”の報酬として僕の店から買っていったものだった。
立ち去ってゆく姉さんの背中は百数十年前よりだいぶ小さくなっていて、今にも闇に溶けてしまいそうだった。
次第に遠くなっていく背中を見ながら、嫌われてでも家まで送ると言わなかった自分を、僕は意気地なしだと思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ、流れ星だ」
僕はひとりごちてしまってから、急に気恥ずかしくなった。ぼーっと薄闇の空を見ているうちに、三十分で帰りつける距離を一時間ほどかかって歩いていた。僕は早足で香霖堂を目指しながら、再び思索を開始した。
明日はどこを巡ろう。僕は意地悪くそればかり考えていた。もう人里の店に春子さんを知っている人はいなかったし、春子さんの家であった商店が何年も前に店を畳んでいたとしても、その事実すら忘れられているのは尋常ではない。少なくとも、春子さんの店が数十年も前になくなっていなければ有り得ないことだ。商家以外の一般民家を回ってその後の消息を尋ねようと、結果は同じなような気がした。いずれは墓地に行き、無縁仏を含めたすべての墓石を改めなくてはならなくなるだろう。
――けれど、どうしても踏ん切りがつかなかった。彼女は本当に死んでしまったのか? 僕は何故か意固地になっていた。四季映姫はきっと、僕に春子さんが生きていたと、息子夫婦や孫、あるいは曾孫なんかに囲まれて静かに余生を送っていたと報告してほしいに違いない。それがひどく甘い願望だったとして、誰が批判できるというのだ? 寿命や時間の流れ、それは抗うには大きすぎる力だったけれど、彼女が手を汚し、悩んできた分に間尺が合わなさすぎる答えは伝えたくなかった。
ひどく重い足を引きずるようにして歩きながら、やっとこさ愛する我が家にたどり着いた。
月明かりの中で見上げた異国風の佇まいは、我が家と言うにはあまりにも現実感のない光景に見えた。
懐を探り、カギを探す。おや、ない。どこかで落としたのか――。
「旦那、お帰り」
足元から声が発して、僕は心臓が口から飛び出そうになった。思わず悲鳴を上げてその場を飛び退くと、闇の中で二つの目がちろちろと光った。
玄関に背中を預け、ひどく疲れた表情で膝を抱えていたのは小町だった。
「何やってるんだ、こんな時間、こんなところで」
友好的とは言い難い口調で言うと、小町の方も無言で頷いた。その丸顔に人懐っこいと評判の笑顔はなく、奇妙なほどの無表情だった。
どうにも小町は友好的な話し合いをしにきたようではなかったけれど、かといって険悪な話をしに来たようでもなかった。つまり、真意が読み取れない。真意が読み取れないなら訊くのも藪蛇だと思った。敵意に似た小町の視線を無視して、僕は玄関のそばにあった売り物の植木鉢を持ち上げた。
「四季様が倒れた」
僕は植木鉢を持つ手を硬直させた。小町の顔を見返した視線が、責めるような視線とかち合った。
「馬鹿だよねぇ、あの人も。何があったのか知らないが、普段から普通の閻魔王の三倍ぐらいは働いてるんだ。普段より三倍働けば身体の方が参るってわからないはずないのにねぇ。食事も睡眠も摂らないまま裁判に出て、終わった途端にバッタリさ。あたいがあの人を負ぶって永遠亭の薬師の所に担ぎ込んだんだよ。チョイとしたもんだろ」
口調こそ軽かったけど、その表情は相変わらず無表情だった。あるいはその表情には何かの感情が浮かんでいたかもしれない。怒り、不安、憤り……だけどそのときは、その無表情に浮かんでいたのが怒りだったのか不安だったのか、青白い月明かりの下では窺い知ることができなかった。僕は植木鉢の下にあった合鍵を拾いながら言った。
「上司」
「誰の上司だい?」
「君の上司さ」
「あぁ」と小町は頷いた。
「大事ないのか?」
「あぁ、大事ない。安静にしてれば治るとさ」
「そうか。それはよかった」
「あぁ、よかったともさ」小町は吐き捨てるように言った。「本当に」
僕が無言でいると、小町は僕の目をまっすぐに見つめた。小町はすっと腰の裏に手を伸ばし、何かを取り出した。一瞬、殴りかかられるかと思って身構えた僕だったけれど、小町の手に握られていたのはキセルだった。
小町は僕の許可を求めることもなく、慣れた手つきで刻みタバコを丸めて雁首に詰め込んだ。
「あの人には」
小町は次にマッチを取り出して擦った。しゅっ、と小気味よい音がして、小町の顔が赤く照らし出される。
「恩があるんだ」
ぽかっ、と白い煙を吐き出しながら、小町は僕の顔を見た。
「一世紀ほども前の話だ。どうかして親より早く死んだあたいは、気がついたら三途の川で石を積み上げてた。そりゃ苦しかったよ。自分が生前にどんな罪を犯したのかも覚えちゃいない、それなのに罪だけは永遠と償わさせられる。死んでるのに死んだ方がマシだって、何度も思ったさ。そんなあたいをあの人は拾い上げて、あろうことか死神として傍に置いてくださったんだ」
小町はそこでもう一度煙管を吸った。煙管の先が赤く燃えるのが、ひどくさびしかった。
「あの人がどうしてあたいにそこまでしてくれたのかは知らないしどうでもいい。ただ、あたいはあの人に恩がある。助けてもらった恩と、小町って名前をもらった恩。あたいがそれを忘れない限り、あの人に降りかかる火の粉だったら払うし、あの人の望むことならあたいがやる。あの人を傷つける奴は許さない。地の果てまででも追って行ってぶん殴ってやるって死神になるときに決めた」
小町はそこまで一息に並べ立てて、不意に小首を傾げた。
「いや、ぶん殴るだけで済むならまだ上品かも。ちょっかい出した瞬間にチリにしてやったとしても文句は言わせないかも知れない。……あたいにしちゃあ見上げた勤勉さでそう考えてるんだよね。真剣に」
「そいつは」僕は思い切って尋ねてみた。「何かの脅迫か?」
はいともいいえとも言わず、小町は再び煙を吸い込み、月を見上げて煙を吐いた。流れてきた煙がひどく目に染みたけど、僕は小町から険悪な視線を外さなかった。
小町は膝頭に煙管を叩きつけ、急に立ち上がった。
「まさかな。それじゃね、旦那」
すれ違いざまに、小町は僕の肩を二度叩いて行った。言葉とは裏腹に、ひどく力のこもった挨拶だ。その背中は僕の慰めが必要であるようには見えなかった。そしておそらく、女性にしては大柄である彼女の肩を掴んで引き留める権利も、僕にはないらしかった。
僕は大きくため息をつき、月明かりの下では探すのも難しい玄関の鍵穴に合鍵を突き刺した。カチリ、そういう音が聞こえる前に、小町が口を開く気配がした。
「そう言えばさ」
僕は振り返った。小町は結構な大柄を闇の中に佇立させたまま、こちらに背を向けていた。
「香霖堂には神様がいるんだってな。願いを聞いてくれる神様が。死神仲間から聞いたことがある」
どき。心臓が脈打った。僕の動揺を悟ってか、小町がちょっとこちらを振り返る素振りを見せた。
「なぁ、旦那。旦那は――」
本当に“神様”なのか?
おそらく、その唇はそう動こうとしたのだと思う。それと同時に小町がまとった鎧のような空気が剥がれ落ち、中から一瞬だけ、何かに縋る表情が覗いたような気がした。そして小町はその表情のまま、困ったように視線を空中に泳がせて、結局どこにも舫えずに足元に落としてしまった。
「いや、いい。変なことを言ってすまないね」
小町の無表情がまた戻り、それとともに僕がイエスと答えるタイミングも、永遠に失われたらしかった。何かに縋りつこうとした目は、今は全てを背負い込もうとする寡黙さに代わっていて、もう僕のどんな言葉も届きそうになかった。僕が首を振ると、小町はもう振り向きもせず、まるでそうすることが決まっていたかのように闇夜に消えていった。
一人残された僕は、店内に入ってカウンターの上をまさぐった。あった、マッチだ。
僕はカウンターの隅に置いてあった“ランタン”を引き寄せ、マッチを擦った。
しゅっ、という軽い音とともに店内が明るく照らし出され、商品の陰影が朧に浮かび上がった。“ランタン”のガラス蓋を開け、芯にマッチの火を移すと、やわらかな光が何倍にも拡大された。
僕は逃げ込むようにしてその光の中へ入ってゆき、椅子に座ってため息を吐いた。
椅子に座ったまま、眠ってしまいたかった。阿求の励ますような目と小町の責めるような目がかわるがわるに明滅して、なかなか気分が落ち着かなかった。
間違いなく、小町は四季映姫が過労で倒れた原因を僕に求めている。それがたとえ四季映姫の側から言ってきたことだとしても、小町はたった一人の上司の急を、知ってすぐ僕の店へ来たのだろう。その原因を作った存在がいる店へ、誰に吐き出せばいいかわからない憤懣をぶちまけに。
「恨まれたもんだな」
僕はいつの間にか自嘲の笑い声を上げた。誰にも聞かれることなく、その呟きは店のすすけた壁に吸収されていった。
爽快感とは無縁の疲れを全身に感じながら、僕は目の前をちらつく小町の顔から逃げるために目を閉じた。
眠りに落ちる一瞬前、明日は墓地へ行こうと僕は決めていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「妙な天気だよなぁ」
僕の数歩先を行く男がぽつりとそう言った。確かに、午前から急に曇り出した空はくすんだ鉛色をしていて、薄気味の悪い風が吹いていた。周知の事実だけど、陰鬱な空模様というのは否応なく人を陰鬱な気分にさせる。
一応、数歩後ろを歩く僕も首肯してみたのだけれど、男は振り向かずにもう一度「妙な天気だよなぁ」とぼやくように言った。最初から僕の意見など気にしていない様子だったので、僕は二回目の呟きを無視した。
僕たちが昇っているのは、幻想郷を囲う山々に切り通された杣道だった。ほとんど訪れる人もいないのか、道とは言っても一人がやっと踏めるほどに黒土が剥き出しになっただけという、なんともワイルドな道だった。僕は持ってきたキクの花束と桶をしっかりと抱え直しながら、男の後について歩いた。
「大きなお世話かもしれないけど」男は空に向けていた顔を下げ、僕の方を向いた。
「なんかこう、まさに墓参り日和って感じだよな」
「僕もそう思います」
僕が失笑すると、男も失笑した。失笑はしたけれど、決して僕は目の前の男が嫌いではなかった。三十がらみの男は人里の墓守で、幻想郷に数個存在する墓地のひとつを管理していた。昼過ぎに訪ねて来た僕に嫌な顔ひとつせず、それどころか案内すると言ってさっさと奥の間に引っ込んでしまった男の手には、先祖代々書き足されてきた墓地台帳があった。思わず涙が出そうになった。幻想郷で不足なく欠点なく人に優しいのは常に男なのだ。傷ついた心に優しさがほしいとき、幻想郷の女なんか使い物にならないのだ。
幻想郷にそう多くはないものの、この狭い箱庭の郷にも墓地は数個存在する。それらすべて回るにはそれなりの時間と体力が必要で、挙句に僕は空を飛べなかった。迷った挙句、僕は人里から一番近いところにある墓地を目指して店を出た。まだ太陽が出る前に店を出たと思っていたのだけれど、二つ目の墓地を検める頃には昼近くになっていた。
全身汗びっしょりになり、夏になりかけの太陽はだいぶ西の方へ傾いていた。天候の急転も相俟って、あまり時間の猶予がありそうな気配ではなかった。汗を服の袖で拭いながら、僕は人里を回って墓守の家を聞き出し、祈るような気持ちでその家の戸を叩いたのだった。そしてそれは正解だった。
男は右手に持った墓地台帳を左手でぱたぱたと叩きながら僕を見た。
「その、君が探している人、ええと」
「春子さんです」と答えた後、少し付け足した。「春みたいに明るくなってほしくてつけられた名前だそうです」
「そう、その春子さん。その人と君はどんな知り合いなんだい」
「あぁ、厳密に言えば知り合いという程でもないんです。遠い昔、少しお世話になったことがあるだけですから」
僕が淡々と嘘を並べると、男は曖昧に頷いた。そういう人間関係もアリだと、きちんと心得ているのだろう。
「もう何年も前のことです。この間ふとしたことでそれを思い出して、人里を当たってみたんですが消息が分からなくて」
「わからない?」男はさすがに驚いたようだった。
「えぇ。ずいぶん昔の話ですから」
「重ねて、生きてるかどうかもわからない、ねぇ」
「そうなんです。生きて会えないなら、せめて墓参りだけはしたいと思いまして」
男は僕を憐れむような目で見た。
「なんというか、脂っこい話だな」
「脂っこい話だと思います」
僕らは顔を見合わせて苦笑した。苦笑しつつ、僕はどこかで良心の呵責を感じずにはいられなかった。そろそろ小さな嘘を重ねるのも心苦しくなってきた。それがたとえどんなに小さくても、事実と違うことを言い募るのはやはり気持ちいいものではない。僕らはそれを機に無言になり、墓地まで半里ほどの道のりを黙々と歩いて、墓地に着いた。
最後の墓地は人里から一里ほども山を分け入った中にあり、規模だけで言えば一番狭かった。盆も彼岸もこれからである墓地に人の影はなく、閑散としていた。いや、それは閑散としているというより、ほとんど打ち捨てられていると言った方が正しいような気がした。狭い墓地は森に半ば覆い隠され、墓石の上にも通路の上にも隙間なく枯葉が降り積もっている。そこに整然と立ち並ぶ苔むした墓石の群れは、墓というよりも南方の古代遺跡を彷彿とさせた。
ここに春子さんがいる。そして、四季映姫のなぞなぞの答えも――。頭によぎったその予感に、僕は震えた。
無言でいる僕に慌てたのか、男は僕の背中を叩いて言った。
「さぁ、さっさと探しちまおう」
墓守の男はその前に顔を俯けて墓に分け入っていってしまった。僕もやや遅れてその背中を追うことにした。
「春子さん、春子さん……」
男が台帳と墓石をにらめっこしながら墓石の群れの中を歩き出した。
ひどく閑散とした一角に立ち並ぶ、無個性な墓石の群れ。それはひどく現実感のない感情を僕に抱かせた。ある者は豪華な御影石でできた墓、ある者は墓石すらない、卒塔婆だけの墓。墓石、あるいは法名碑に刻まれた故人の名前をひとつひとつ当たってゆく。
これも違う、これも違うと呟きながら、僕たちは恐ろしく単調な作業を続けた。墓の中には法名が刻まれていない墓も少なからずあったし、卒塔婆だけの墓だと朽ちて読み取れないものもあった。僕たちは台帳と墓に視線を往復させ、指先で墓についた汚れを丁寧に落としながら春子さんを探した。
十分ぐらい経った。
十五分は過ぎ去っていった。
二十分は間違いなく経過した。
もし、と僕は考える。もしこの中に春子さんの墓石がなかったら。僕はその後を想像してみた。病み上がりの身体に鞭打って復帰してきた四季映姫に頭でも下げるのだろうか。そんなことはしたくなかったし、森近霖之助という男はそこまで情けない男ではない、と思う。何が何でも見つけなければならないのだ。僕は野暮な想像を振り払うように首を振り、墓石を検める作業に没頭した。
三十分ほど経ったときだったろうか。不意に男の足が止まり、僕も立ち止まった。
「あぁ、これだよこれ」
三十分も経った時だった。墓守がある墓を指して声を上げた。心臓がゴトッと鳴り、僕はその墓に釘付けになった。
それは何の変哲もない、灰褐色の胡麻石の石塔だった。それに近づいて目を凝らした僕は、墓石の正面に『
「これだ、辷石……辷石春子」
「間違いないですか?」
「ああ、間違いない」男はきっちりと最後の頁まで台帳を捲り、頷いた。「これがこの墓地にいるたったひとりの春子さんの墓だ」
墓守が台帳と睨めっこしながら言う。僕は曖昧に頷き、改めてその墓石を正面に捉えてみた。
ずいぶん古い石の塔が建つだけの墓は、墓とも言えないほどに荒れ放題の有様となっていた。曖昧に切り取られた一画に建つ四角い石塔は雑草に覆われ、供物を乗せていたのであろう皿は風雨にひっくり返され、何かの菓子の包み紙の残骸だけが散乱していた。供養になりそうなものはひとつもなく、ちびた蝋燭と萎れきった花の残骸だけが、かつてここを訪れた何者かの痕跡を忍ばせていた。
感動の対面を喜ぶにも、存命の報告が出来なかった悔しさに歯噛みするにも、それはあまりにも寂しすぎる光景だった。
言いようのない寂寥感と徒労感に苛まれて、僕は崩れ落ちるようにしてその墓の前にしゃがみ込んだ。
視線を感じて僕が振り向くと、台帳を畳んだ墓守が気の毒そうな顔をした。
「なんというか、凄いな」
「ええ」それ以上の答えに窮した僕は、眼鏡を押し上げてどうにか間を繕った。男だってそれ以上、どう評していいかわからなかったのだろう。僕らは無言で、しばし春子さんの墓を見つめた。
何分経っただろう。僕は無言で立ち上がった。持ってきたバケツと花束を脇に寄せ、素手で雑草を除き始める。そんな僕を見かねてか、男も台帳を懐に仕舞って僕を手伝ってくれた。
あらかた墓が綺麗になったところで、僕は桶の水で雑巾を湿らせ、墓石を丁寧に拭いた。墓守と僕の二人がかりで苔や泥の汚れを落とし、枯れた花を捨て、なんとか供物を備えるだけのスペースが確保できたことには、幻想郷には弱い雨が降り始めていた。
僕は整備された墓を再び正面に捉えた。なんとか他の墓並には綺麗になったものの、それはいくら綺麗にしてみたところで無個性な石の塔にすぎなかった。
そこに眠っているのが四季映姫の友人の子であるという事実。それがどうしても目の前の光景と一致しなかった。
「大丈夫か?」
遠慮がちにかけられた声に、僕は我に返った。すみません、と口の中に呟いた僕に、男は精いっぱいの笑顔を向けて見せた。
「雨も降り始めたしな、そろそろ線香をあげるとしよう」
努めて明るく発せられた提案に従うことにした。僕はマッチを擦り、持参した数本の線香に火をつけて墓石の上に置いた。弱い雨風にも負けずに立ち昇った煙に促されるようにして、僕はやっと墓石に手を合わせた。
もしそこに、と僕は考える。もしそこに春子さんの痕跡とか思念とか、そういったものを見つけることができたなら、あるいはそれは四季映姫への何らかの慰めになるのかもしれない。その一心で墓石を見つめたけれど、それは本当にただの石にすぎなかった。生前はいかに人々から愛されていた人と言えど、死ねばこんな風に放置され、草木に埋もれて寂しく忘れ去られていくしかない。その事実が肩にのしかかってくるだけだった。
男が立ち上がろうとする気配を察して、僕は顔を上げた。
「もし」と僕は言った。
「もし僕が死んでも、いつかはこういう風になるんでしょうか」
「なるさ」
顔を上げた墓守は即答した。
「迷いがないんですね」
「自然の摂理だよ。時間の流れはどんなものも風化させちまう」と、遠い昔のことを思い出したかのような口調で男は言った。「それについては人間の方がよく理解していると思う」
「そういうものですか。僕にも半分、人間の血が流れてるんですけれどね。どうしても理解したくない光景に見えます」
「もう半分の血が邪魔をするのかもな」
「もう半分の血、ですか」
「そうさ。血はその生物の考えを支配する、と思う。妖怪は妖怪の考え方、人は人の考え方をする。思考は身体に流れる血にも影響される」
「哲学的ですね」
「そうかな? ま、そう思わなきゃやっていけないぐらいの世界で人間は生きてるからな」
無精ひげの横顔は半分冗談だという表情だったけれど、僕は素直に納得した。妖怪と人間はどうしたって同じ時間は生きられないのだ。僕は人間に比べて長命だし、人間とも妖怪とも違う。目の前の光景が理解できなかったのだから、とどのつまりそういうことなのだろう。人間には人間の考え方、妖怪には妖怪の考え方がある。とすれば、半妖である僕には、僕なりの考えがあるのだろうか。それが理解できるようになる日はきっと来ないことも同時に理解した僕は、もう一度だけ墓石に手を合わせる気になった。
「さあさ、雨も降りだしたことだし、とっとと帰ろう。な?」
背後からそんな声が聞こえた。立ち上がった墓守が、曖昧に頷いて立ち上がった僕の背中をどしんと叩いた。
「しゃんとしろよ。そんなんじゃ、あの世にいる初恋の人に笑われちまうぞ」
その一言に、僕は墓守を見た。
「なんです?」
「なんです、って」
「今、僕になんて言いました?」
「あの世にいる初恋の人に笑われる、って」
「初恋って」
訝るように言った僕に、墓守はばつが悪そうに頭を掻いた。
「なんだよ。そこまで恥ずかしがらなくてもいいだろ? うまく言えないんだが、いい思い出じゃないか。君にしても、さ。まだ若い。これからは生前に彼女が成し遂げられなかったことを代わりに頑張るとかさ、あるだろ?」
「なんでそうなるんです?」僕は呆れ半分で言った。「それに、初恋というならもう少し若い子にすると思いますけど」
僕としてはごく軽い皮肉のつもりだったのだけれど、墓守は大きく顔をしかめた。
「君さ、それは犯罪ってもんだ」
「だから、どうしてそうなるんです」と僕は呆れて言った。
「だってそうだろ? 初恋もそこまで行くと病気だぜ。君にとっては大きなお世話だろうが」
「老婆に初恋をする男がいるなんて、そういう勘違いをする方が病的ですよ」
は?
首の後ろに手を回していた墓守の表情が固まった。その表情を見て、僕は苦笑を引っ込めた。
「君は誰の話をしてるんだ?」
墓守は呆気にとられた表情で僕を見つめた。
その瞬間、僕の頭の中に火花が散った。
まさか。僕は足をもつれさせながら墓石に向き直ると、墓石の横の面を見てみた。
「お、おい、一体何を――」
墓守の男の声が背後に聞こえた。あった。半ば朽ちかけた墓石の横に、それは確かに刻まれていた。
そこに刻まれた文字を苦労して読み取る。風化してはいたが、そこには僕の想像を大きく裏切る文言が刻まれていた。
僕は、そこで“なぞなぞ”の答えを知った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
永遠亭につく頃には、すっかり日が暮れかけていた。
門の前にいた兎二人に取り次ぎを頼むと、二人は僕にあからさまな疑念の目を向けた。四季映姫の見舞いに来たという言葉が全面的に信用されるはずはないことは重々承知していたけれど、それでも二人は永遠亭の実務を取り仕切る薬師に取り次いでくれた。
「ま、お見舞いって言うことなら止めないわ。けど、病人の前で切った張ったはやめてちょうだいね」
汗と泥にまみれた僕の表情から何を読み取ったのか、永遠亭の薬師は噛んで含めるように言った。それでも僕が頷くと、彼女は諦めたように笑い、僕を病人専用の離れへと案内してくれた。
埃一つ落ちていない廊下は、やけに長い道のりに感じられた。よく整備された白州の庭に消毒液の匂い。それはとても不釣り合いな光景と空気だった。
落ち着かない所だね。失礼を承知で言おうとすると、その前に薬師が立ち止まった。僕が銀髪のうなじに視線を送ると、薬師はこちらを見ずに、ふう、とため息をついた。
「あれ、あそこからどかないもんだから困ってるのよ。あと二日も経てば今度はあの子がここで療養することになるかもね」
そこにいた人影を見て、僕もため息を吐いた。
せいぜい頑張ってね。八意永琳の視線はそう言っていた。僕が苦々しく睨みつけると、彼女は肩をすくめつつ廊下の奥へと消えていった。
離れの一番奥、おそらくは療養者専用の部屋らしい部屋の前に、見慣れた大柄が座り込んでいた。胡坐をかいて、獲物である大鎌を抱くようにしながらうつらうつらと舟を漕いでいるのは、小野塚小町だった。
ふと、背後に視線を感じた。僕が肩越しに振り返ると、廊下の曲がり角から三人分の頭が覗いていた。慌てて引っ込んだ黒髪の頭は蓬莱山輝夜、畳み切れていない兎耳は鈴仙とてゐだろう。その顔はこれから起こるかもしれない「切った張った」を熱望しているようだったけれど、生憎派手に立ち回ってギャラリーを喜ばせるのは性に合わない。
もっとも、病室の前で石と化した小町は梃子でも動きそうにない。文字通りチリにされるかもしれない恐怖が全身を駆け巡ったけれど、僕は覚悟を決めた。一瞬、主の命令に逆らった足を叱咤して、僕は小町に歩み寄った。
肩を叩く。舟を漕いでいた頭が止まり、薄く開けられた目が僕を捉えて見開かれた。
「旦那、じゃないか」
僕は頷くと、小町の目を正面から見た。
「お休みの所悪いんだが、四季映姫と話がしたいんだ。そこをどいてくれるかい?」
そう言うと、小町の目が放心から警戒へと素早く切り替わった。
「どうして」
「言えない」
「それもどうして」
「それも言えない」
「言えないってことなら」小町の目が警戒から意固地に駄々をこねる子供のものに変った。「あたいも退けない」
友好的とは言い難い反応だった。僕は喉の奥でため息を押し殺しながら、言った。
「小町。君は昨日、僕の店に神様がいると言っていたね?」
小町は何の話だというように僕の顔を睨みつけた。
「あれがもし、本当だったら?」
「どういうことだ?」
「あの店に」僕は一瞬迷ってから言った。「本当に神様がいて、君の上司が僕にお願いをしていたとしたら?」
小町の目に何らかの変化が現れることを期待したけれど、無駄だった。そんなこととっくに知っていたとでも言いたげに、小町の目は続きを待っている。
続く言葉を考える時間を稼ぐためだけに眼鏡を押し上げた僕は、結局懇願するような口調で言った。
「小町、お願いだ。意地の張り合いなら後でやろう」
「退けない。四季様をああしちまった人間をどうして会わせられるっていうんだい?」
「四季映姫がこうなったのは僕のせいじゃない」
「少なくともその原因は作ったって認めるんだね」
「好きに解釈したらいい。とにかくそこを退いてくれ」
「ダメだね。それだけ会いたければ実力行使してみたらいいじゃないか。男だったら拳骨で通るのも悪くないだろ?」
小町は僕を嘲るように笑い、肩をすくめた。だけどその笑顔はどう見ても泣き笑いの顔だった。あまりに継ぎはぎだらけの笑顔を見られたくなかったのか、小町はぷいとそっぽを向いて「とにかく、四季様はあんたは会わない。帰ってくれ」と言って黙ってしまった。
あまりにも強情な態度に、僕は腹の底に久しく感じなかった熱を感じた。僕はもう一度、眼鏡を押し上げて言った。
「そんなことを判断する権利は君にはない」
「なんだって?」
その一言に、小町が顔を険しくした。その眼は僕の背筋に何かしらの戦慄を奔らせたけれど、僕は自分に恐怖を感じる間を与えないよう、素早く口を動かした。
「彼女は自分の意志で僕の所に来た。そして、僕に神様をしてくれるように頼んだ。そして君には、彼女が僕に何を願ったのかを知る資格はない」
「知る資格、だと?」
「そうだ。彼女は僕に仕事を頼んだ。君ではなく、僕にだ。これがどういうことかわからないのか?」
「わからんね。どういうことだ」
小町がぐっと奥歯を噛みしめる。
いいさ。わからないなら、教えてやる。
「君には、僕の進路を遮る権利も、僕に帰るよう促す権利も、僕に拳骨で通れと強制する権利もないと言ったんだ」
「おい」
「いいか、よく聞け意地っ張り。僕は彼女に仕事の結果を報告する義務がある。君はその邪魔をしている。今の君と僕、どっちが彼女にとって邪魔なのか、よく考えろ」
瞬間、小町の左手が素早く動き、僕の胸ぐらを掴んだ。
踏ん張る間もなく引き寄せられ、憤怒に燃える小町の顔が視界に大写しになった。
「言わせておけば、よくもいけしゃあしゃあと――!」
許容量を超えた怒りに、小町の真紅の瞳が見開かれた。それでも同じぐらい敵意が籠った視線で応えた僕を、小町は立ち上がって引きずり起こした。女性では間違いなく長身の部類に入る身長のせいで、僕らは必然的にかなりの至近距離で睨み合うことになった。
僕は心の中で喚いた。上等だ、いつでも何発でも来いよ。二、三発は元より覚悟の上なんだ。鞭打ちされようが、十字架に架けられようが構うもんか。
無言でそう伝えると、逆上した小町が右手を大きく振りかぶった。
絶対に視線だけは逸らさないと決めた刹那、それを遮るように「小町」という鋭い声が障子の向こうから飛んできた。
はっと手を止めた小町は、振りかぶった手を収めることも忘れて障子の向こうに視線を移した。
冷静そのものの声は続けた。
「香霖堂の店主殿がいらっしゃったんですね?」
小町の目が一瞬僕に向けられ、すぐに戻される。「え、ええ……」と応じた小町に、声は続けた。
「構いません。通してください」
「できません」小町は即答した。
「いいですか小町。今店主殿が言ったことは本当です。私はその方に頼み事をしました」
「そんなこと、今は関係ないでしょう? 四季様は療養に専念していてください。こいつは今追い返しますから」
「誰がそんなことを頼みました?」
「頼まれなくてもあたいがやります。だって、あたいは四季様の……」
「小町、これは命令です」
声のトーンが低くなり、小町はびくっと肩を震えさせた。小町の懇願するような視線に応えず、四季映姫の声が叱るような色を帯びた。
「あなたは帰りなさい、小町。以後、決してこの話を聞いてはなりません。いいですね?」
「でも」
「二度は言いません。その方をお通ししなさい」
ぐっと唇を噛んで、小町は俯いた。俯いたまま、小町は僕の胸ぐらから手を放し、道を譲るように大柄を退けた。
僕は無言で小町の横の障子を開けて、閉めた。障子に映る影が一瞬の間を置いて消えてゆくのを見届けて、僕は四季映姫を見た。
「どうか気を悪くしないでやってください。あれで結構、強情なのです」
苦笑顔とともに言った四季映姫に、僕は無言でかぶりを振った。
改めて、彼女の憔悴ぶりに目を見張った。閻魔王の証である帽子も被らず、華奢な体を布団に横たえている彼女は、生気が抜けきってまるで枯れ木のようだった。小町が決して上司愛だけで彼女をかばおうとしたわけではないことぐらい、僕にもわかった。
座れ、と彼女は視線で言った。僕が無視すると、彼女は一瞬、戸惑うような表情を見せた。
「どうしてあんなことを頼んだんだ?」
まず最初に、僕は問うてみた。四季映姫は僕の様子見を受け流すように無言を貫き、窓の外に見える庭園に視線を向けた。
僕が続きを言おうとすると、四季映姫はそれを手で制した。
「少し、外を歩きましょう」
僕が何らかの反応をする前に、四季映姫はさっさと布団をはねのけて立ち上がった。
あっちを向いててください、と言われて、僕は慌てて四季映姫から視線を外した。
背後に衣擦れの音がする。重苦しいような。もどかしいような時間が過ぎると、もういいですよ、という声が聞こえた。
枕元に置いてあった閻魔王の帽子をかぶった四季映姫は、服装も元の通りになっていた。それから彼女は僕を促すように障子に視線を移すと、僕の横を通り過ぎて障子を開けた。
有無を言わせない所作だった。仕方なく僕も彼女の後ろについて廊下に出ると、四季映姫がはたと立ち止まり、無言で縁側の下に視線を落とした。
見ると、縁の下から兎の耳が二つ分、隠れることなく丸見えになっていた。
四季映姫は「ね?」というように僕を見た。確かに、ここでは盗聴なしに話は出来そうにない。
四季映姫と僕は無人の廊下をすたすたと歩き、永遠亭の門から僕らの履物を履いて外に出た。
門から出る前、僕は一度だけ永遠亭を振り返った。追ってくる人影はないし、これはあの薬師から外出の許可が出たと思ってよいのだろう。
竹藪から延びる道を歩く。四季映姫は過労で倒れたとは思えないしっかりとした足取りで僕の数歩先を歩いてゆく。僕は少し歩幅を広げて、四季映姫の真横に並んだ。
しばらく、僕たちは無言で竹藪を歩いた。四季映姫の足取りはしっかりしていて、この広大な竹藪の中でもその足取りは迷うことがない。彼女に任せておけば大丈夫だと楽観することにした僕は、彼女が歩くままに迷いの竹林を突っ切り、野原を横切り、道をただまっすぐに歩いた。
時々、四季映姫は視線を空の上や丘の向こうに移し、どうでもいい発見をしては僕に報告した。あそこを野兎が駆けて行きました、とか、今日は星が綺麗ですね、とか。
星? 僕も空を見上げた。午後はあんなに曇っていたのに、世界に蓋をしていたかのような雲はどこかへと消えていた。
僕が顔を下ろすと、四季映姫が微笑んだ。僕も微笑もうとしたけど、そろそろ潮時だろう。
「春子さんを見つけたよ」
歩きながら僕が話を切り出すと、四季映姫はそれを予期していたかのように「そうですか」と頷いた。
その呟きをかき消すようにして風が吹いて、遠くの森がざわめいた。そのざわめきが収まるまで待って、僕は続けた。
「君は僕に嘘をついた。いずれバレる嘘だとわかっていながら、僕に神様をしてくれるように頼んだ。そうだね?」
頷いた、ように見えた。それは僕の勘違いだったかもしれない。
だけど、四季映姫は待っていた。僕が続きを話すことを。
「驚いた。春子さんの墓にも、墓守の墓地台帳にも、春子さんが亡くなったときの年とその時の年齢が刻まれていた。それは八十年前、彼女が十七歳の時だった」
十七歳。それは春子さんが川に落ちて溺れた歳。彼女がその手を真っ黒に汚しながら、彼女を死の運命から引きずり上げた――はずだった歳。しかし、それは違った。春子さんは十七以上、歳を重ねることはしていなかった。
「君は春子さんを助けてなどいなかった。君は君の友人との約束を破って、春子さんを見殺しにしていた。そして君は閻魔王の職務を全うした。君が汚職してまで春子さんを助けたなんて話は、嘘だった」
四季映姫の代わりに肯定するように、もう一度だけ風が吹いた。
「あれだけ駆けずり回って春子さんを知ってる人に会わないのはおかしいと思ったよ。そりゃそうだ、八十年も前に死んでいれば、彼女の名前なんか憶えている人の大半は土の中だ。彼女が亡くなったことで辷石家は断絶しているんだから遺族もいやしない。そして閻魔王である君はそれを知っていた。知っていて僕に遺族探しを頼んだ」
それはとても残酷な天秤だった。片方の皿には生命の節理と、それを司る閻魔王としての職責が。もう一つの皿には、友人との約束と春子さんの命が。
彼女は悩んだのだろう。友人の死を期に昏い過去を思い出し、忘れるためにごまかすために身体を壊した今現在の彼女のように。
四季映姫は悩んだ。悩まないはずがない。悩んで、悩んで、悩み抜いた挙句――彼女の中の天秤は、閻魔王ではなく春子さんの命を持ち上げてしまった。
それでも、だ。僕は鼻から息を吐いた。
「わからないな。いずれバレる嘘をついてまで、君は一体何がしたかったんだ?」
そう問うと、四季映姫はやっと小さく反応した。無表情のまま硬直した顔には、嘘がバレてしまった動揺も、その記憶によって生じる狼狽もありはしなかった。それでもやがて、青白い顔を二、三度震わせて形作られた表情は、ゆっくりと自嘲の笑みに代わっていった。
「さぁ、私にもよくわからないんですよ。教えてほしいぐらいです」
「それじゃあ通らない。なぞなぞの答えもわからない。それ以前に君は依頼人だ。僕の疑問に答える義務ぐらいはある」
「義務?」
「あるだろ?」
「私がどんな意図であなたに依頼をしていたとしても、あなたは報酬さえ貰えればそれでいい、違いますか?」
「小町は僕から君を守ろうとした」僕は言った。こちらを向いた四季映姫の顔に、なおも続けた。「僕がそれで引き下がっても、小町の手前がある」
四季映姫は頷いた。頷きながらも歩調を落とし、道端の石ころをつま先で蹴とばした。
「わかりました、閻魔様。いままでお世話になりました――。私が裁判で賽の川原行きを決めたとき、春子の魂はそう言ったんです」
僕は四季映姫の顔を見た。月も出ていない暗闇の中で、その横顔の輪郭はひどくぼやけていた。
「自分を見殺しにした上、賽の河原で石を積む判決を下した相手に。いっそ、めちゃくちゃに責めてくれてもよかった。よくも約束を破ったなと、私が死ぬのはあなたのせいだと、詰ってくれてもよかった」
ほう、と四季映姫は白く息を吐いた。僕は思い切って尋ねてみた。
「後悔、してるのかい?」
「はい?」
「その、春子さんを見殺しにしてしまったことを。だからこんな依頼を――」
四季映姫は苦笑しつつ、即座に首を振った。
「後悔したことなどありませんよ。私の友だってそれぐらいの分別はある人でしたし、私のしたことを恨みはしないでしょう」
決然とした声に、僕はちょっと驚いた。
驚いた表情の僕をじっと見ていた四季映姫は、僕から視線を外し、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「というより、後悔なんてできないんです。私が私の判断を疑うということは、魂の理、ひいては世界の理に矛盾が生じるということです。後悔することは許されなかった。あの日、春子を見殺しにしたことも、友との約束を破ったことも、間違ってはいなかった。そう自分に言い聞かせ続けました。それは今も同じなんです」
その言葉を聞いているうちに、さんざん振り回された憤りも萎んでいった。
再び四季映姫は口を開いた。開いたけれど、その口は何を言うこともなく閉められた。そして何かを思いついたように開かれた口が、再び――。
数度そんなことを繰り返してから、四季映姫は諦めてしまったようだった。
「うまく、明文化できないんですが」
「構わないよ」
「私自身、よくわからないんです。閻魔王としても、意志ある存在としても、私はあの選択を後悔したことはありません。いや、もっと願望めいたものかもしれません。少なくとも後悔したことなどないと、そう信じている」
「うん」
「けれど、私のどこかで痛み続けている心がある。本当にこれでよかったのか、本当に間違っていなかったのか。もやもやしたものがずっと心の中を埋めていて、私を悩ませた。どんなに正しく生きようとしても、どんなに説教を重ねて自分の正しさを肯定しようとしても、確信には至れなかった」
「うん」
「八十年、付き合い続けました。でも、そのもやもやはなくならなかった。実は自分で答えに気づいている? それは絶対に違うと思う。私は後悔などしていないから。だったら、この感情は一体何なんでしょう? それがわからないままなんです」
「うん」
「説明になっていませんね」
「そう思う」
僕らは低く笑った。笑った後、僕らの間には決して心地いいとは言えない沈黙が降りてきた。
しばらく無言で歩くと、四季映姫は駆けだした。おや、と僕が顔を上げると、四季映姫は僕の前に立ってこちらを振り返った。
「目的地に着きましたよ」
そこは人里に近い、小高い丘の上だった。四季映姫のそばに歩み寄ってみて、僕は思わず目を丸くした。
そこからだと幻想郷が一望できた。降り注いできそうな星空が頭上に輝き、眼下には人里の明かりがあった。圧倒的な闇の中にあっても、頭上と眼下の頼りない明りたち。百万ドルの夜景、とまではいかなかったけれど、この慎ましい箱庭の世界にはむしろ似合っていると言えた。
四季映姫は丘のてっぺんにしゃがみ込んだ。一瞬、迷った後、僕も彼女のそばにしゃがみ込んだ。白檀の香りが、今までで一番近くに感じられた。
「春子が生きていた頃」四季映姫が呟いた。「ここでよく星を見ていました」
もう一度、誰かを誘って来てみたかったのですよ、と四季映姫は言った。僕は頷いた。
ここに来るときは、何かに一区切りついたときと決めていたのかもしれない。僕の勝手な想像だけど、彼女は自分がこの明かりを見ることに対して引け目を感じていたのかもしれない。それは人間たちの生そのものだった。ちっぽけで慎ましい人間の生活に何かしらの尊厳を感じることが出来なければ、あの光を綺麗だと褒めることはできないだろう。そして四季映姫には、それを綺麗だと褒める資格が自分にはないことをわかっている。
夏だというのに丘の上は寒かった。僕らは肩を寄せ合うようにした。
「綺麗ですね。八十年前と変わらない」
「あぁ」
「本当に、綺麗です」
「うん」
僕らはしばらくの間、下界を眺めながら沈黙した。沈黙は長く続きそうになかった。
時計の秒針が半周するぐらいの時間が流れた後、四季映姫は浅くため息をついて、俯けていた顔を空の上に向けた。
しばらく、なんと言おうか迷っている風だった四季映姫は、やがて呟くように言った。
「たぶん、私は誰かに見てほしかったんだと思います」
「それが、なぞなぞの答えかい?」
「そう結論してもいいでしょう。八十年前、私が下した判断の結果を誰かに見てほしかった。私と春子の八十年をありのままに見てくれる第三者が必要だと思った、私のなぞなぞはそういうことではないでしょうか」
「その役割は」少し動揺して、僕は訊いた。「僕でよかったのかな?」
四季映姫は頷いた。
「正直、最初はあなたの存在が渡りに船だったから、という理由以外にはなかったでしょう。けれど、あなたで正解でした」
「それはどうしてだい?」
「あなたは優しかったから」
思わず、僕は四季映姫の顔を見た。星空を眺めていた顔を下ろして、四季映姫は笑った。
この笑顔はどこかで見たことがある。逡巡してみて、僕は気がついた。わからないの? と言った時の阿弥姉さんの笑顔だった。
「あなたは理性で物事を割り切ることがない。私のしたことについてありのままを感じることができる人だったから……それでは理由にならないでしょうか?」
「そんな美辞麗句は僕以外の誰かのために使う言葉だと思う。それに、そんないいもんじゃないよ、僕は」
「あなたは少し朴念仁に過ぎる。そんなことを言っているから……」
四季映姫はそこで説教を打ち切り、気恥ずかしそうに俯いた。
「嫌、ですね。今回だけは封印しようと思っていたのに」
「構わないさ。そっちの方がやりやすくて」
「そういう言葉もよろしくない」
「封印したはずだろ?」
「もう破ってしまいましたから」
僕らは再び顔を見合わせて微笑み合った。
また沈黙。そして、四季映姫が何かを言おうとする気配。
「ねぇ、“神様”」
四季映姫がか細い声で言って、僕は視線を四季映姫に戻した。
ためらいに震えながら、色素の薄い唇が言葉を紡ぐ。
私は間違っていたんでしょうか。
僕は無言のまま、四季映姫から視線を外して、再び闇の中に浮かぶ光を見つめた。
きっとその一言は、彼女が八十年以上、口に出せずにいた疑問なのだと思う。そして、僕は四季映姫にこの一言を言わせるためだけに神様をやらせられた。白も黒も、彼女の選択の結果をつぶさに見てきた僕にしか下せない。そして今、彼女はなぞなぞの答えを知りたがっている。八十年前に自分が下した判断の、その正誤を僕に求めている。
僕は口を開こうとした。開こうとはしたけれど、舌がしびれたように硬直して、結局何も言えずに再び口を閉じた。
少し迷ってから、僕はゆっくりと首を振った。
「僕にはその判断はできない」
四季映姫が僕を見た。僕はその瞳から逃れるように目を伏せた。そして阿求――阿弥姉さん――がいつか言っていた言葉を思い出して、言い訳するように付け足した。
「知ってるか? 善悪の基準は神様が作ったそうだ。だから人や妖怪が誰かのしたことの善悪の判断をすることはできないんだ」
四季映姫の顔がそれとわからない程度に強張った。その瞳は人里の明かりを反射して、まるで泣いているように見えた。
僕はやっぱり意気地なしだった。僕は四季映姫の望みがなんなのかすでに理解していた、理解していたけれど。それを僕の口から語ってしまったら、その言葉はいつか僕に降りかかってくる気がした。そして僕には、いつか自分に返ってくるだろう言葉を受け止めきる自信がない。
あぁ、と四季映姫は泣きだしそうな声で言った。落胆したようにも、何かが腑に落ちたようにも聞こえた。
「そうですね――」
四季映姫の瞳は僕から離れ、人里の明かりも通り越して、そこに漂う不可視に舫われたかのようだった。不意に、失ったものが目の前に現れたかのように。今まで見えていなかったものが、急に見えるようになったかのように。その眼はどこまでも闇の中に何かを追い続けた。
その一瞬で何を納得したのか、四季映姫は不意に悪戯っぽく笑った。
その顔は青白くやつれてはいたけど、憑き物が落ちたように、少し晴れやかに見えた。
「ねぇ、神様。もうひとつお願いがあるんですけれど」
「何かな?」
「少し、眠りたいと思います。肩を貸してくださいませんか?」
「……あんまり寝心地はよくないと思うよ」
「構いませんよ。――ダメでしょうか?」
「いや、構わないよ」
「ふふ、ありがとうございます」
四季映姫は僕の肩に頭を持たれ掛けさせて、すっと目を閉じた。過労をで倒れたのだから、疲れていたのかもしれない。あるいは、八十年ぶりの熟睡に落ちることを察知した彼女の身体が、無意識に睡眠を欲したのかもしれない。それなら、僕の肩ぐらい貸してやるのが道理だろう。
四季映姫の体温を肩に感じた。白檀の香りだけでない、彼女自身の香りまで感じられた。
「眠ります」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
そう言って、四季映姫は眠りに落ちていった。
その眠りが安らかであってほしかった。僕はその瞬間、生まれて初めて、僕を生み出した何者かに向けて祈った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「疲れてるね」
その一言に、僕は庭に咲いたコスモスの辺りに泳がせていた視線を戻した。横を見ると、こちらをじっと見ていたらしい阿求の視線とかちあった。
苦笑とともに否定しようとして、そういえば今しがた、自分が何を考えていたのか思い出せないことに気がついた。疲れていなければ有り得ないことだと納得した僕は曖昧に頷くことにした。
「いろいろあったんだ」僕は言い訳するように言った。「本当に、いろいろなことが」
「そう。大変だったね、霖之助ちゃ……」
そのときだった。襖を開ける音が聞こえて、阿求がはっと口を噤んだ。侍女が何やら中途半端な笑みを湛えてやってきて、僕の隣にお茶を置いて去っていった。
足音が十分遠ざかった辺りで見返した僕に、阿求はばつが悪そうに舌を出した。
「いろいろと大変でしたね、霖之助さん」
「使い分ける意味があるのかい、それ」
「あるの。言ったでしょう、乙女には……」
「秘密が必要だ」
「先に言わないの」
阿求の平手が僕の額を叩いた。叩かれた衝撃で眼鏡がずれて、斜めに切り取られた視界に阿求の笑顔が映った。それと同時に縁側を風が吹き抜けて、座敷机の上にあった本のページをぱらぱらとめくり、紙擦れの小さな音を立てた。
阿求はまだ何か不満そうだった。僕が首を傾げると、阿求はいそいそと僕の隣に腰を下ろして口を開いた。
「驚いたのよ? 夜中に突然訪ねてきたと思ったら、背中に閻魔様を背負ってるんだもの」
「悪かったよ。永遠亭に帰るよりこっちの方が近かったんだ」
「そういうことじゃないの」なにをそんなに怒っているのか、阿求はぶうっと頬を膨らませた。「本当にニブちんなのね」
「は?」
「ほら、ニブちん」
「なにチンでもいい。ごめんたら」
「もう。あの後永遠亭の薬師に怒られるわ、部下の死神が心配して押しかけてくるわで大変だったんだから」
「返す言葉もございません」
「もう」
ぷんすかと怒っていた阿求だったけれど、しばらくすると膨らませていた頬から空気を抜いて、僕と同じようにコスモスに視線を落とした。
互いに互いが何か言い出すのを待っているような気配だった。僕はずずっと紅茶を一口啜る。
「訊かないのか?」
「ん?」
「なんで僕が四季映姫を背負ってやってきたのか」
「訊いてほしい?」
「出来れば遠慮してほしいけど」
「ま、いいよ。訊かないでおいてあげる」
大体予想はつくしね、と阿求は独り言のように言った。一瞬、どきりとした僕は、中途半端に持ち上げたままのカップをソーサーに戻した。
つんと澄ました顔でコスモスを眺めている阿求の横顔からは、考えていることがうかがい知れなかった。予想はつく、と阿求は言った。それが阿求の明晰な頭脳が弾き出した演繹なのか、それとも女の勘という奴が働いた結果なのか、そこまではわからなかった。
僕は一口紅茶を啜った。幻想郷の東、ちょうど博麗神社の裏手に聳える山が夏に差し掛かった大気にかすんでいた。空の青と山の緑、そして夏の到来を告げる入道雲の白が眩しかった。僕は眼をかばうようにして、庇の上を飛ぶ揚羽蝶に目を向けた。
空を飛ぶことができたら、と僕は考えた。空を飛ぶことができたら、苦難など何もないように見えるこの光景を独り占めした気分になれるのだろうか。
「姉さん」
「何?」
「後になって自分がしたことが正しかったのか、迷ったことってあるかい?」
顎先を触りながらの僕の質問に、阿求は考え込む顔つきになった。溜めに溜めた膨大な記憶のデータベースを検索していたらしい阿求は、しばらくして「あるよ」と頷いた。
ただ頷いた僕に、阿求はちょっと不満そうにこちらを見た。
「内容については訊かないのね?」
「乙女には秘密が必要なんだろ?」
「わかってきたじゃない」
「まぁね」
阿求は僕が何を求めているのかわかったようで、ふうとため息をついた。
「でもさ、そういう時は悩むだけ無駄なのよ。自分がした選択を悩むときっていうのは大概間違ってる時だもん。ただそれを認めたくない自分がいるだけでね」
僕は頷いた。四季映姫もそうだったのだろうか、と考えてから、僕は詮無いことだとその想像を打ち消した。僕は言ったではないか。善悪の判断は、神様以外につけられないと。だったら阿求が言ってることも、きっと判断の付かないことなのだろう。
考えをまとめるように足をぶらぶらとさせていた阿求がぽつりと言った。
「ね、霖之助ちゃん」
「なんだい?」
「もしも今、それは今回の件に関係あるならさ」
「うん」
「もしそうだとしたら、あの閻魔様には、慰めの言葉以上にもっと必要なものがあると思う」
何かを教えようとする口調だった。僕はその「もっと必要なもの」を頭の中に探してみたけど、生憎該当するような情報は何一つなかった。
僕は諦めて首を振った。
「彼女に対して僕が出来ることなんか限られてる。僕じゃ役不足だ」
「そんなことないよ。逆に霖之助ちゃん以上に適任はいないとも言える」
「そうかな。僕が意気地なしだったせいで、却って四季映姫を傷つけちゃったんじゃないか。それ以前に、僕が何を言っても、それで四季映姫が過ごした年月が癒されることはなかったと思う。僕の言葉はちっぽけすぎる。“神様”なんてやっちゃいるけど、しょせんはまがい物だし」
「だから、そういうことじゃないって」
感情的にまくしたてた僕を、阿求はちょっと悲しそうな顔で制した。「……ごめん」と謝ると、まったくもう、と阿求は怒ったように呟いた。
阿求はぶらぶらさせていた足を止め、僕に言い聞かせるように言った。
「それはきっと神様にもできないことなのよ。霖之助ちゃんじゃないとダメなの」
「それはどういうことだ?」
「女には秘密が必要だけど」阿求は足袋を履いた足で、雪駄の鼻緒をひっかけた。「もっと必要なものがあると思わない?」
「なんだろうな、そいつは」
僕が訊ねると、わからないの? と阿求は小首をかしげた。やっぱりわからない。
僕の間抜け面を見て笑った阿求は言った。
「辛いときにそばにいてくれる異性のパートナーよ」
一瞬、何を言われているのかわからなくて、僕は首を傾げようとした。その瞬間、白檀の香りや肩に感じた四季映姫の温もりが脳裏に甦ってきて、物凄い勢いで頭に血が上った。僕は紅茶のカップを持ち上げて啜ろうとして、中身がないことに気がついた。
仕方なく、僕は空のカップを啜るふりをした。阿求はにやにやといやらしく笑った。
「……それも僕じゃ不足だろ、なぁ」
「さて、どうでしょう? 結構いい線行ってるんじゃないの? そうじゃなければ黙って背中に負ぶわれたりしないと思うし」
「悪い冗談だ」
「あらら、ウブなのねぇ」
「からかわないでくれ」
真っ赤になっているだろう僕の顔を見て、阿求はケタケタと笑った。その笑顔は悪魔の笑い声だった。
僕はきっと、命ある限りこの笑い声に翻弄され続けるんだろう。何十年も、何百年先も。それでもいいかと思えるのは、僕が節操なしだからなんだろうか。それとも、阿求となった阿弥姉さんの笑顔が、僕は大好きだからなのだろうか。
ため息をついて、僕は阿求と同じように沸き立つ入道雲に視線を注いだ。妙に艶めかしく見える雲は、外の世界の大海に浮かぶ海洋生物を思わせた。
どうせ寒くて薄いに決まっているけど、空の上の空気というのはきっと澄んでいるのだろう。
無条件でそう思わせるには十分なほど、空の色が眩しかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕が本を読んでいると、ドアにぶら下げたカウベルがカランカランと音を立てた。
「やぁ、いらっしゃい」と僕は紙面から顔を上げずに言って、店内を指さした。
「直したら映りそうなテレビはそこ」
ちょっと左の方に指先を移動させる。
「念じれば鳴るかもしれないラジカセはそこ」
店の棚の上を指差す。
「何かの間違いでゴミを吸ってくれるかもしれない掃除機はそこだよ」
最大限のリップサービスのつもりだったけど、“お客様”はそれでも嘆息した。
「なぁ旦那、顔を上げてくれないかい?」
僕は本を持ち上げて顔を隠しながら声をした方を向いた。
「顔を上げたらチリにするんだろ?」
「しないよ」
「それとも、殴る?」
「殴らない」
「……胸ぐらを掴むぐらいは、するかも」
「掴まれたいのかい?」
僕は視界から本を退けた。小野塚小町が憮然とした顔で店内に突っ立っていた。僕は本を閉じ、カウンターの上に置いた。
僕は辛抱強く彼女の一言を待った。しばらくして、迷ったように押し黙っていた小町が口を開いた。
「四季様が退院したんだよ」
「そいつはよかった」僕は深く頷いた。「本当に」
「そうだね。本当に、よかった」
小町の乾いた笑いとともに、再び僕らの間に沈黙が落ちた。かちこちと陰鬱に鳴るハト時計の音が間の悪さに拍車をかける。僕はせわしなく小町の足元に視線を泳がせ、それを言い出すタイミングを計っていた。小町も僕が何か言うのを待っているようだった。
たっぷり、三十秒ほどの時間が流れた。覚悟を決めて、僕は頭を掻きながら沈黙を破った。
「悪いな、隠してて。君にもだいぶひどいことを言った気がする」
「いいってことさ」小町は首を振った。「それに、あんたの言う通りだよ。あたいはあの人のこと、何にもわかっちゃいなかった。あの人がそんなことを頼んでいたなんて知らなかったんだ」
小町は今、「知らなかった」と発言した。ということは、あの閻魔様は事のあらましをあらいざらいに喋ってしまったのか。
僕は驚愕する代わりに湯飲みの残りを啜り、称賛の声の代わりにふんと鼻を鳴らした。
「それを知った時、君はなんて言ってみた?」
「四季様は意外に繊細なんですね、って正直に」直接的な物言いに驚いた僕に、小町は意地悪な笑みを向けた。「そう言ったら三十分説教。正座で」
「そりゃいい。元に戻ったみたいだな、彼女」
「泣いてたけどね」
「泣いてた?」
僕にさえ見せなかった涙を、四季映姫はついに流してしまったらしい。
小町は照れくさそうに笑った。
「そう。あたいを叱りながら、もうボロボロ泣いちゃってさ。最後には泣きながらありがとうって抱きしめられちまった」
「そいつは可愛いな」
「あぁ、思わず押し倒したくなるぐらいだった」
僕らは顔を見合わせて笑い合った。
「それで、今日はどんな御用なのかな?」
僕が訊くと、小町は頷いた。頷きながら、懐から一枚の紙幣を取り出して見せた。十円札、結構な大金だった。
「香霖堂の店主殿に報酬を払うように、だってさ。あたいが選んだものでいいっていうから、あたいが代理できたんだ」
「退院したんじゃなかったのかい。それとも、病み上がりの身体で早速お仕事か」
僕の言葉に、小町は首を振った。
「墓参り、だとさ。その友人とやらの」
そう言えば、と僕は思い出した。今日は七月二十日。四季映姫が言っていた、友人の百回忌に当たる日だった。
彼女が何かを乗り越えたことを知って、僕は頷いた。
「そうかい。用向きはもう一人の店主から聞いてる。何時間でも居座って見ていってくれ。大したものは置いてないかもしれないけれど」
僕は店主として謙遜するつもりで言ったのだが、小町は「そうするよ。大したものは置いてなさそうだけど」と鸚鵡返しに頷いて見せた。僕がむっとすると、小町はそれを見てケラケラと笑った。
小町は店内をぐるりと見渡し、あれやこれやと物色を始めた。
洗濯機の影、様々な物に半ば隠された窓辺で、小町の目が止まった。
「ぶっさいくな人形だなぁ」
小町は素直だった。確かに、一週間も前、四季映姫が「可愛い」と評したバービー人形は誰が見ても不細工なはずだった。
妙にバタくさい顔立ちと、やたら健康的に見える小麦色の肌。着ているのは細工の行き届いたウエディングドレスだったけれど、それにしたって泥と煤にまみれて酷くくすんでしまっている。無縁塚でこれを手に入れたとき、こんなものは売れるはずがないと思いはしたけれど、かといって非売品にもせずにずっと窓辺に置いてあったものだった。
小町はやたら真剣な顔でじっとバービー人形を見ていた。そしてあちこち検めた後、「これ、いくらだい?」と僕に訊ねてきた。
「僕が言うのもなんだけど、買うのか、それ」
「あぁ、妙に引き込まれてさ。もしかして非売品だった?」
「そういうわけじゃない。君の正気と、センスと、帰ってから上司に小言を言われる可能性を心配してるんだ」
「いや、ね。こいつが言ってきてるんだよ、ここから見る風景は飽きちゃった、ねぇあなた私を外に連れ出して、って」
そんな上品に頼まれたら連れ出さないわけにはいかないだろう? そう言って人形を見つめる小町の横顔は、無邪気な子供のようにも、子供を慈しむ母親のようにも見えた。小町は決して不細工ではない。それどころか、ときどきハッとすることがあるぐらい人を惹きつける魅力があった。それだから、その不細工なバービー人形と小町の対比は少し可笑しかった。
その横顔には、持って生まれた美貌以外の何かがある、と僕は思う。例えばそれは花の香りのように、あるいは空を仰いだ時に見える雲のように、目ではなくて心の奥底でひそかに感じる類の美しさだった。
美しさ。その単語に、ふと僕の脳裏に浮かんできた言葉があった。春子、やがて来る春のように明るくなってほしいと、四季映姫の友人が名づけた名前。しかし、四季映姫自身は美しくなってほしいという願いを込めた別の名前を推したと言っていたっけ。ならば四季映姫はなんという名前を推したのだろう?
チチチ、とけたたましい鳴き声を上げて、窓の外を鳥が飛んで行った。
その白い軌跡を見ながら、僕はふと、とある女流歌人の名前を思い出していた。
六歌仙の一人として名を馳せた才人。そして彼女はその文才だけでなく、絶世の美女としても有名だったはずで――。
脳裏を駆け巡った壮大な思いつきに、僕は一瞬呆けた後、思わず失笑してしまった。
ただの死霊だった小町。前世を失い、罪を償って石を積んでいた彼女を、閻魔王である四季映姫が死神として拾い上げたその理由。
それが単なる偶然ではなかったとしたら。
それが、一度は破ってしまった約束を、四季映姫が取り戻そうと必死に足掻いた結果なのだとしたら。
無論、それは僕の想像にすぎなかったし、その想像を肯定する証拠など何もなかった。ただ、目の前の死神の少女の横顔を見ていると、億万の反証だって僕の確信めいた想像を否定することはできない気がした。
自分がとんでもない独り相撲を取らされていた可能性を思いついた僕は、今更ながらに可笑しくなった。
馬鹿だな、あの閻魔様は。君は白黒をつけてほしかったんじゃない。君は許してほしかったんだ、自分の選択を。白黒なんて、とっくについていた。
ただ、それは僕の仕事じゃなかった。君を赦すことができる人は一人だけだった。そしてその人はいつでも君の隣にいた――。
「トンビに攫われた一件落着、か」
僕の呟きは、小町には聞こえなかったらしい。
小町は人形のスカートをめくっていた指を止めると、何か納得したような表情で頷き、「いくらだい、これ」と僕を見た。
僕は首を振った。
「持って行ってくれ。報酬は頂かなくていいともう一人の店主から言われてる」
「なんでだよ。あれだけのことをしてもらったんだ、四季様も納得しないよ」
「無論タダとは言わない。その代りと言っちゃなんだが、君にはやってもらいたいことがあるとさ」
「なんだい?」
「君も、四季映姫の友人の墓に墓参りしてやってくれ。それはその餞別だ」
僕の提案に、小町は納得しかねる表情で僕を見ていた。上司が律儀だと妙なところで部下に感染するのだろう。僕は苦笑しつつ言った。
「幻想郷の女らしくないな。僕の店から勝手にモノを盗っていく巫女や魔法使いもいるんだ、何を遠慮してるんだい」
「あいつらと一緒にするなよ。それに、あたいなんかが四季様の友達の墓参りに行っていいもんかな?」
「保障する」僕は頷いた。「君は墓参りに行くべきだよ。これは運命だ」
「そうか、そういうもんかな」
「どうしてもイヤか?」
「いや、有り難く受け取っておくよ」
僕が軽く頷くと、小町は人形を見ながら頭をぼりぼりと掻き毟った。
ああ、とか、うん、とか、何かを言いかける口が何度も開閉される。僕は小町の一言を辛抱強く待った。
「それと、さ」
「はい」
「ありがとうな。あの人……四季様を助けてくれて」
僕は首を振った。
「僕は何もしていない。ただ、頼られたから力を貸しただけだ」
「頼られたから?」と小町が首をかしげた。
「そう。人は誰かに頼られたら助けてやらなけりゃならないだろ? 僕が“神様”かどうかなんて関係ない」
「そいつは」と小町は言った。「どうしてだい?」
「簡単さ。男に生まれた意地だ」
「意地?」
「そう。か弱き乙女に頼られたら、痩せ我慢してでも助けてやらなけりゃならない」
僕は意味なく握り拳を握って見せた後、それでは足りない気がして、貧弱な二の腕に力こぶを盛り上げさせて見せた。
「男ってのはそういうものさ」
爆笑されると思ったのだけれど、小町は大笑いする代わりに微笑し、何かを納得したような表情で頷いた。
おや……と僕が眼鏡を上げたときには、小町の顔は微笑に代わって人懐こい笑顔が戻っていた。
「ひとつ、発見だ」
「なんだ?」
「あんた、結構カッコイイところあるよな」
「発見されるようなことだったのか」と僕がため息をつくと、小町はガハハと豪快に笑った。僕もつられて苦笑したところで、壁にかけてあったハト時計が間抜けな音を立てて作動した。
ハトは計三回、窓から飛び出して、世界に午後三時が訪れたことをわかりやすく解説してくれた。
それをしおに、小町が言った。
「そろそろ行くとするよ」
僕が頷くと、小町はバービー人形を手に持ってドアを開けた。開け放たれた窓の外には七月の陽光が降り注いでいて、店内の薄暗さに慣れた僕の目にはやけに眩しく感じられた。
小町は流れ込んできた夏の空気を大きく吸い込んでから、ドアの外に歩き出した。
「今後ともごひいきに」と僕はその背中に言った。「またね」
背中を向けたまま、ちょいと手を上げて応じた小町は、それを最後に光の世界へと踏み出していった。
小町が出て行くと、僕はふうとため息をついた。
そう言えばもう三時か。森を抜けて人里に帰るには一時間はかかる。まだ見ぬ客が人里とこの店を往復するまでの時間を考えると、今日はもう実質的に店仕舞いだろう。
それなら、後はゆっくり読書でもするとしようか。僕はカウンターに放り出してあった分厚い本を手に取ると、しおりを挟んでいたページを開いた。
僕の手元には今、一週間も前に阿求が貸してくれた聖書がある。
聖書、聖なる書物。基督教の流入を良しとしない幻想郷にとって、この一冊は貴重品だった。阿求はこれをどこで手に入れたのか、稗田家の屋敷から帰る際に僕に押し付けたのだった。必ず読んで。それが阿求からの言いつけだった。
それは名前とは裏腹に、とても残酷な神様のことが書かれていた。思惑にそぐわない人間を痛めつけ、殺し、滅ぼす神様の行い。その派手な振る舞いは、道具に浮いたサビのごとき付喪神の僕には強大すぎる神様だった。これを笑いながら読み進めることができる姉さんの心理はちょっと推し量れないものさえあると思う。
ちゃんとした人の形をしているのか、それとも不定形なのかもわからない。融通も聞かず話も聞かず、尊大で、傲慢で、冷酷で……そんな風に意味不明でろくでなしの神様と付き合っている「外」の人間は、僕らよりもきっと我慢強いのだろう。けれど、そんな理不尽な神様だからこそ、人間は神様に縋ろうとする。その神様に近づこうとする――。
いるかいないかもわからない神様に対し、狂信と絶望の果てない繰り返しを続ける人間たち。僕がその精神の在り様を理解できるようになる日は遠いだろう。
けれど、僕もいつか祈るのだろう。信じてもいない神に縋る日が来るのだろう。自分の中で償却できない理不尽に直面したとき、心がどうしようもなく迷うとき、人は自分でない存在に救いを求め、その対象を神と呼ぶ。そんな日が自分にも訪れたら、そのときの僕はどのようにこの物語を思い出すのだろう。
“いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事に感謝しなさい。
これこそ、神があなたがたに望んでおられることです――。”
大昔、この世界のどこかで偉い人がそう言った。その瞬間だった。
カランカラン、とドアにつけたカウベルが鳴った。
「やぁ」と僕は紙面から顔を上げずに言った。「今日はずいぶんと遅いご来店で」
「神様を、探してるの」
肩で息をしながら店に飛び込んできた“お客様”は、息を整えるのもそこそこにそう言った。
僕は返事をする変わりに含み笑いをして、ぱたりと本を閉じた。
「神様は、いるかな?」
「いるわ」“お客様”は言った。「だから探しに来たの」
「座ってくれ。奇跡が起きれば暖まるそのストーブの上に」
振り向きながら笑った僕に、博麗霊夢は怪訝な表情をした。
了
割とすんなり読めました。こーりんはやっぱりいい男ですねえ。
無粋だと思いますけど、えーき様の小町に対するしぐさや言葉の中にもっとそれっぽさがあればいいなあと思いました。
素晴らしい。
とりあえず
ありがとう
ちゃんと物語の引き立て役になってるのがいいですね。
人間じゃないけどヒューマンドラマというか、ちょっと大人な幻想郷って感じでとても心にグッときました。
ナイスな物語でした。
四季様も小町もあまり見ない面が新鮮で面白かったです!
スクロールバーを見てうわあと思いましたが、終わってみればあっという間でした。
どんどん物語に連れ去られる感覚が実に楽しかったです。
このような大作を書き上げた作者に感謝を。
惜しむらくは、数箇所に誤字脱字が有った事位ですか。
しかし、それすらも気にならずに読み飛ばせる程の大作、ご馳走様でした。
最後の「気づき」がとてつもなく快かったです
閻魔様は自分の判断に迷いを抱いてはいけない
そうは言っても彼女とて人格があり感情があり心があるのならばきっと悩むことだってあるでしょう
そんな時は誰かに頼るのが一番ですね
霖之助と小町の優しさが実に良かったです!
※あと、無粋かとは思いますが一つだけ言わせていただきますと霖之助の役不足の使用法が間違っているかとおもわれましたので一応報告させていただきます
胸きゅん報告。撃ちぬかれました。やられました。阿求だからこその台詞だなあ。一度言われてみたい。長生きできないけど。
ブラボーです。果てしなくブラボーです。完成度がたっかいっていう印象。
幻想郷に飛び立つことができました。
香霖堂の裏の顔っていうだけでわくわくするのに、いい展開だなあ。
そして阿求が可愛いったらありゃしない。すでに書いた気がしますが百回書いても気がすみません。
ただ……。長文でこのフォントは目に痛かった……。細いフォントの感想群があまりに心地よすぎて涙が出そうになるほどです。
長かったですけど割りとスラスラ読めました。
こう言うのを、話に引き込まれると言うんでしょうね。
おもしろかったです。
胸の内を打たれる想い、良作でした。
グイグイ引き込まれるお話でした。
しかし小町に「売れ残ったら旦那が買ってくれるかい?」と言われた時に
「ああ、、勿論買わせて貰うよ」と霖之助には言って欲しかった。
こーりんカッコイイよ!
むしろ、こういうのもありな気がしました
すっきり終われるいい話です
とりあえずこまっちゃんかっこいい
シリーズ化楽しみにしています。
格好良い霖之助は大好きです。
久しぶりの霖之助関係の長篇なので内容も相まってなかなかに楽しませていただきました。
霊夢が果たして何を頼むのか 気になるところです
読み進めて行くと意外な程にしっくりきました
面白かったです
賽の河原は三途の川のほとりにあって、子どもたちは三途の川を渡らしてもらえず賽の河原で苦を受けている。
地獄に三途の川があるわけではなく、地獄行き等の審判は三途の川を渡ってからするものだから、賽の河原で石を積む判決を下すということはない。
(三途の川はあの世とこの世の間にあるものだから、賽の河原はこの世にある)
いい話だっただけに、逆に気になってしまった……
私はこの作品での個々の役割や、男女の住みわけの解釈が素敵だと思いました。
これからも是非よろしくお願いします。ありがとうございました。
非常に楽しませていただきました。役不足だけは気になりましたが
しかしそうか、優しさは男の担当なのか……すごく納得しました
そういう考えもありますが、子供が親より先に死んだとしても水子でもない限り結構な額の金銭を奉仕されてるわけですし、子が親に殺された場合も無条件で石積みなのかという問題もあります。あくまで東方世界の感覚だと石積みとは閻魔王裁定が下った後の刑罰だと考えます。
あと、一応「役不足」は誤用だと知りつつ書きましたが指摘があったので修正いたしました。
いい物語を読ませて頂き、本当にありがとうございました。
続編も期待してしまいます……!
シリーズ化にも期待
>「『上は洪水、下は大水』?」
これは誤字…?
シリーズ化、そうでなくとも続編に期待。
淡々とした中に厳しさや鋭さや優しさやユーモアが滲み出ている文章と、
主人公のとぼけた会話が心地良く、一気に最後まで読んでしまいました。
続編も楽しみに待っています。
文章や対比に引き込まれました。
こんなお話がもっと増えればいいのになーーー!!!! お嬢様
感動の余韻が気持ちいい!!こんな名作がタダでみれるなんて! 超門番
とても美しいお話でした。ベリッシモ・ブラボー!!!ですわ 冥途蝶
Oh……これはひどい間違い。即刻修正いたしました。
もっと読んでみたいです。
善悪の基準が定めたのは神様でも何を正義にするかは自分しだい。
なんかそんなフレーズが思いつきました。
といっても最近の世の中ではその正義が原因で戦争が起きたりもしていますが、この四季さまはこの正義を貫いていいと思いました。
あ、あと関連性の結びつけが見事でした。
小町が結びついてくるとは思わなかったので・・まぁ僕が浅はかだからかもしれませんが・・・
次回の話も楽しみにしてますね。
眼福感謝。
素敵な作品をありがとう。不思議な優しさに満ちていて、とても面白かったです。
そして神のように頼れる青年
よりも、阿求ねえさんが俺得でした。
ごちそうさまです。
いやー、面白かったです
霖之助かっこええなぁ。
映姫、小町がより好きになりました、ほっこり。
バカと天才は紙一重という奴でしょうか。
でもフォントが読みにくいかなぁ
それでも100点
小町もいいキャラしてる。脇役の人たちも。
「私は間違っていたのでしょうか」
と今までの自分の行いについて問いかけるシーンは、非常に衝撃的でした。
きっと、私たちは、自分の過ちを真直ぐ見るの時というのがある、映姫にとっては
今がその時なんでしょう。ああ、この人は過去をこの上なく後悔しているのかもしれないと
思いました。
お礼にこの小説にぴったり(?)な偉い人の言葉を一つ
私たちは助けてもらうこともなく自分の穢れた行いの手に渡された、
されど神よ、あなたは我々の父です
私たちは粘土であなたは陶器師(いざや63:08)
我々はみな、あなたの手のわざです
(一章ほど戻って)
たとえ私たちが救われると約束される子でなくても
あなたは我々の父です、我々の穢れを負ってくださる主人です
にしてもイケメンだな霖之助。
続編期待してます
結局、神様は霖之助の自作自演?
神こーりんww その発想はなかったw
なる程ね、そこでこまちの元ネタ2人を持って来ますか
えーき様、篁に相当思い入れがあったんだろうかね…
あとAQN姉さん…
読後「あれ、思ったより短い?」
最初は違和感を覚えた各キャラも途中から全く気にならないほどに惹き込まれました。
素晴らしい読み物をありがとうございます。
そして映姫の八十年目の問いは脳内で映像が再生されるほど印象的で、小町のルーツには思わず唸らされた。
とっても面白かったです。
話の種(ryという言い回し(返し?)が地味にツボった
女中登場、からの言葉遣い変更、な阿求が可愛らしい
すごく面白かったです
この小説の神様である作者様に感謝を伝えたいです