雑多なものが積まれた店内で霖之助は暇そうな眼差しを本に向けていた。
外の世界のコンピューターについて書かれた本のようだが、ほとんどの単語の意味がわからない。
興味はあるが理解ができないものを読み続けるというのは中々に退屈なことだった。
それなのにやめないのは他にすることがないくらいに暇だったからだ。
湯呑みを手に取るとすっかりぬるくなっていた。淹れなおそうと椅子を立ち上がると、ドアに付けられたベルが鳴り来客を知らせる。
「お邪魔しますわ」
訪れた客は紅魔館のメイド、十六夜咲夜だった。霖之助は読んでいた本を閉じると、カウンター越しに向かい合う。
彼女は常連と言っていい程度にはこの店に訪れる。尚且つ白黒魔法使いや不良巫女などと違い、代金を現金で払ってくれるのでありがたい。
背筋をまっすぐに伸ばして歩く姿は機械のように正確だ。立ち振る舞いも何処と無く優雅さを感じさせる。
そんな完璧に思える彼女ではあるが案外抜けた面もある、ということが最近分かってきた。
「いらっしゃい。本日は何をお求めで?」
「暇を潰せるようなものを。それと珍しい酒とかはないかしら?」
「暇を潰せるようなものね……」
はてと、霖之助は考える。
咲夜に暇があるとは思えないから、主人のためだろう。たしか読み終わってしまった漫画があったはずだが、酒は魔理沙や霊夢が片っ端から飲んでしまうせいでなかった。
戸棚の奥に隠しても見つけるあの勘の良さは一体何なのだろうか。
「酒は生憎無いが……ああ、そうだ」
酒は無いが珍しい飲み物は他にもある。
確か紫からもらった奴がまだ何本か残っていたはずだ。何処にしまっただろうか。
「少し待ってもらえるかな」
アレだったらレミリアのお気に召すだろう。
霖之助は店の奥に引っ込んだ。
◇
「これは……?」
コップに注がれる黒い液体を見た咲夜は呟く。氷に触れるたびに泡を出すそれは幻想郷には中々珍しいものだろう。
「コーラ、と呼ばれる飲料水だ。こっちじゃ材料がないから作れないんだ」
「へえ……」
「外の世界では酒と同じかそれ以上に親しまれている」
「変わった形ね、この瓶」
興味深そうに瓶を見つめる咲夜。
「そのデザインは女性の体を参考にした、と言われている。本当かどうか定かではないけどね」
「言われるとそう見えなくもないけど……」
「他にも辛口と甘口がある、なんて話もある。まあ、そんな話が出るくらい身近なものということだろう」
「ふうん……」
霖之助に対し生返事を返す咲夜。霖之助の雑学披露よりも味のほうが気になるようだ。
霖之助は肩を竦めると、飲むように促す。
「コーヒーみたいな色ね。苦いのかしら」
「それは飲んでからのお楽しみだ」
カラカラと氷を揺らしていた咲夜は、コップに口を付けると流しこむ。
そして盛大に吹き出した。
「…………」
「けほっ、ごほっ!」
水もしたたる良い男。そんなフレーズを霖之助は思い出した。
コーラを顔中から垂らしながら霖之助の姿はいい男には見えなかったが。コーラを咽返し咳き込み続ける咲夜もとても瀟洒には見えない。
「……元は薬だったらしいが、吹きつけて使うものではないと思うな」
「ご、ごめんなさい!」
いつもの冷静な表情を崩し、あたふたとハンカチを差し出す。
取り乱すことの少ない彼女にしては珍しく動揺しているようだった。無理もないが。
「別にいいさ。魔理沙や霊夢と比べれば」
実際、この程度なら軽いものだ。
それに彼女の普段見ることのない一面を見ることができたのは幸運だったかも知れない。
「それで。味はどうかな」
霖之助は咲夜から受け取ったハンカチで顔を拭きながら訊ねる。
「ん……。喉越しがすっきりしてるわね。ビールよりも飲みやすいわ」
咲夜は今度は落ち着いて味わう。
喉を通るたびに走る刺激はビールやラムネよりも強く、刺激的だ。口の中で弾ける泡も心地良い。
「おいしいわね。これならお嬢様も気に入ると思うわ」
「お気に召したかな?」
「ええ、いただくわ」
毎度どうも。
霖之助は咲夜から受け取った買い物袋に数本詰める。
「それじゃあ失礼するわ」
「今後ともご贔屓に」
それはあなた次第ね。
言い終えると同時に咲夜の姿は消え、トランプがはらはらと舞い落ちる。
先程まで彼女が立っていた場所にはトランプだけが残された。
「……完璧で完全ね」
後片付けをするのは僕なんだけどな。
霖之助は溜息をつくとトランプを紙帯でまとめる。
そして、適当な値段をつけると商品棚に放り込んだ。
◇
紅魔館のリビングでは少女達がかしましく会話を続けていた。
その中心にあるのは咲夜の持ち帰ったコーラだ。
「へえ、なかなかいいじゃない。気に入ったわ」
「うん、美味しい。ありがと咲夜」
小さな喉を鳴らすレミリアは機嫌よく言い、フランは笑顔で感謝する。
咲夜も二人の言葉に笑顔で返す。
「なかなか刺激的ですね。新鮮な味です」
「……私には刺激が強すぎるわね」
調子よく煽り続ける美鈴と渋い顔をしてコップを置くパチュリー。
喉の弱い彼女には炭酸がきつかったようだ。
「アイスコーヒーでも淹れますか?」
小悪魔はパチュリーを気遣って申し出る。
「ええ、お願い」
「私もお願い」
咲夜もアイスコーヒーを希望する。香霖堂で飲んだので彼女は遠慮したのだ。
「少々お待ちください」
そう言って小悪魔は立ち上がり、キッチンに姿を消す。
「ああ、咲夜。漫画もありがとうね。店主にも礼を言っておいて」
「かしこまりました」
レミリアの言葉に恭しく頭を下げる咲夜。
「あ、読み終わったら私にも貸してください」
「私も読みたい~」
その言葉に美鈴も反応する。
彼女の瓶口を手刀で斬る演技に目を輝かせていたフランもさらに目の輝きを増す。
「……出来たらでいいのだけど、別に読みたいわけじゃないけど、私も」
「あら、素直じゃない人には貸したくない気分ね」
「……かしてください」
「ん~、声が小さいけどまあ、いいわ」
本に埋めるように顔を隠すパチュリーにレミリアは意地悪く笑う。
わずかに見える耳は真っ赤になっていた。
「お待たせしました」
トレイにアイスコーヒーをのせた小悪魔はパチュリーと咲夜の前に差し出す。
「ありがとう」
少し顔を紅くしたパチュリーは一口すすると息を吐く。
彼女好みの冷たさは熱くなった体を適温に戻していった。
「ん~」
大人しくコーラを飲んでいたフランはアイスコーヒーを見つめる。
そして、何かよからぬことを考えたのか口元を歪ませる。眼には怪しい光が灯っていた。
「めーりん」
「ん、なんですか?」
フランはこそこそと何かを美鈴に耳打ちする。
それを聞いた彼女は躊躇うような表情で応える。
「……怒られますよ」
「私の命令ってことならきっと大丈夫」
うー、と唸る美鈴。
彼女の頼みはできるだけ訊いてやりたいと思っているが、これはどうなのか。
ちらり、とフランを見る。
期待に満ちた眼には有無を言わせない威圧感も秘めている。
逆らうのはあまり良くないことになりそうだ。
「……今回だけですよ」
「ありがとう美鈴っ!」
無邪気に喜ぶフランに美鈴は溜息を吐く。
子どもって残酷だな、と495歳の幼女を見て思った。
「あ、咲夜の後ろに何かいるっ!」
「えっ?」
フランの叫びに振り返る咲夜たち。
その隙に美鈴は咲夜のアイスコーヒーとコーラを眼にも映らぬ速さで入れ替える。
「何もありませんよ」
「おかしいな~。なにか見えたんだけど」
「魔理沙でも潜り込んでいるのかしら」
何事もなかったように咲夜はコップを手に取る。
ただし、中身はアイスコーヒーではなくコーラだ。
何も知らずに彼女は少しずつ口元に惨劇は近づけていく。
数秒後、リビングにぎゃおー!というレミリアの悲鳴が響き渡った。
外の世界のコンピューターについて書かれた本のようだが、ほとんどの単語の意味がわからない。
興味はあるが理解ができないものを読み続けるというのは中々に退屈なことだった。
それなのにやめないのは他にすることがないくらいに暇だったからだ。
湯呑みを手に取るとすっかりぬるくなっていた。淹れなおそうと椅子を立ち上がると、ドアに付けられたベルが鳴り来客を知らせる。
「お邪魔しますわ」
訪れた客は紅魔館のメイド、十六夜咲夜だった。霖之助は読んでいた本を閉じると、カウンター越しに向かい合う。
彼女は常連と言っていい程度にはこの店に訪れる。尚且つ白黒魔法使いや不良巫女などと違い、代金を現金で払ってくれるのでありがたい。
背筋をまっすぐに伸ばして歩く姿は機械のように正確だ。立ち振る舞いも何処と無く優雅さを感じさせる。
そんな完璧に思える彼女ではあるが案外抜けた面もある、ということが最近分かってきた。
「いらっしゃい。本日は何をお求めで?」
「暇を潰せるようなものを。それと珍しい酒とかはないかしら?」
「暇を潰せるようなものね……」
はてと、霖之助は考える。
咲夜に暇があるとは思えないから、主人のためだろう。たしか読み終わってしまった漫画があったはずだが、酒は魔理沙や霊夢が片っ端から飲んでしまうせいでなかった。
戸棚の奥に隠しても見つけるあの勘の良さは一体何なのだろうか。
「酒は生憎無いが……ああ、そうだ」
酒は無いが珍しい飲み物は他にもある。
確か紫からもらった奴がまだ何本か残っていたはずだ。何処にしまっただろうか。
「少し待ってもらえるかな」
アレだったらレミリアのお気に召すだろう。
霖之助は店の奥に引っ込んだ。
◇
「これは……?」
コップに注がれる黒い液体を見た咲夜は呟く。氷に触れるたびに泡を出すそれは幻想郷には中々珍しいものだろう。
「コーラ、と呼ばれる飲料水だ。こっちじゃ材料がないから作れないんだ」
「へえ……」
「外の世界では酒と同じかそれ以上に親しまれている」
「変わった形ね、この瓶」
興味深そうに瓶を見つめる咲夜。
「そのデザインは女性の体を参考にした、と言われている。本当かどうか定かではないけどね」
「言われるとそう見えなくもないけど……」
「他にも辛口と甘口がある、なんて話もある。まあ、そんな話が出るくらい身近なものということだろう」
「ふうん……」
霖之助に対し生返事を返す咲夜。霖之助の雑学披露よりも味のほうが気になるようだ。
霖之助は肩を竦めると、飲むように促す。
「コーヒーみたいな色ね。苦いのかしら」
「それは飲んでからのお楽しみだ」
カラカラと氷を揺らしていた咲夜は、コップに口を付けると流しこむ。
そして盛大に吹き出した。
「…………」
「けほっ、ごほっ!」
水もしたたる良い男。そんなフレーズを霖之助は思い出した。
コーラを顔中から垂らしながら霖之助の姿はいい男には見えなかったが。コーラを咽返し咳き込み続ける咲夜もとても瀟洒には見えない。
「……元は薬だったらしいが、吹きつけて使うものではないと思うな」
「ご、ごめんなさい!」
いつもの冷静な表情を崩し、あたふたとハンカチを差し出す。
取り乱すことの少ない彼女にしては珍しく動揺しているようだった。無理もないが。
「別にいいさ。魔理沙や霊夢と比べれば」
実際、この程度なら軽いものだ。
それに彼女の普段見ることのない一面を見ることができたのは幸運だったかも知れない。
「それで。味はどうかな」
霖之助は咲夜から受け取ったハンカチで顔を拭きながら訊ねる。
「ん……。喉越しがすっきりしてるわね。ビールよりも飲みやすいわ」
咲夜は今度は落ち着いて味わう。
喉を通るたびに走る刺激はビールやラムネよりも強く、刺激的だ。口の中で弾ける泡も心地良い。
「おいしいわね。これならお嬢様も気に入ると思うわ」
「お気に召したかな?」
「ええ、いただくわ」
毎度どうも。
霖之助は咲夜から受け取った買い物袋に数本詰める。
「それじゃあ失礼するわ」
「今後ともご贔屓に」
それはあなた次第ね。
言い終えると同時に咲夜の姿は消え、トランプがはらはらと舞い落ちる。
先程まで彼女が立っていた場所にはトランプだけが残された。
「……完璧で完全ね」
後片付けをするのは僕なんだけどな。
霖之助は溜息をつくとトランプを紙帯でまとめる。
そして、適当な値段をつけると商品棚に放り込んだ。
◇
紅魔館のリビングでは少女達がかしましく会話を続けていた。
その中心にあるのは咲夜の持ち帰ったコーラだ。
「へえ、なかなかいいじゃない。気に入ったわ」
「うん、美味しい。ありがと咲夜」
小さな喉を鳴らすレミリアは機嫌よく言い、フランは笑顔で感謝する。
咲夜も二人の言葉に笑顔で返す。
「なかなか刺激的ですね。新鮮な味です」
「……私には刺激が強すぎるわね」
調子よく煽り続ける美鈴と渋い顔をしてコップを置くパチュリー。
喉の弱い彼女には炭酸がきつかったようだ。
「アイスコーヒーでも淹れますか?」
小悪魔はパチュリーを気遣って申し出る。
「ええ、お願い」
「私もお願い」
咲夜もアイスコーヒーを希望する。香霖堂で飲んだので彼女は遠慮したのだ。
「少々お待ちください」
そう言って小悪魔は立ち上がり、キッチンに姿を消す。
「ああ、咲夜。漫画もありがとうね。店主にも礼を言っておいて」
「かしこまりました」
レミリアの言葉に恭しく頭を下げる咲夜。
「あ、読み終わったら私にも貸してください」
「私も読みたい~」
その言葉に美鈴も反応する。
彼女の瓶口を手刀で斬る演技に目を輝かせていたフランもさらに目の輝きを増す。
「……出来たらでいいのだけど、別に読みたいわけじゃないけど、私も」
「あら、素直じゃない人には貸したくない気分ね」
「……かしてください」
「ん~、声が小さいけどまあ、いいわ」
本に埋めるように顔を隠すパチュリーにレミリアは意地悪く笑う。
わずかに見える耳は真っ赤になっていた。
「お待たせしました」
トレイにアイスコーヒーをのせた小悪魔はパチュリーと咲夜の前に差し出す。
「ありがとう」
少し顔を紅くしたパチュリーは一口すすると息を吐く。
彼女好みの冷たさは熱くなった体を適温に戻していった。
「ん~」
大人しくコーラを飲んでいたフランはアイスコーヒーを見つめる。
そして、何かよからぬことを考えたのか口元を歪ませる。眼には怪しい光が灯っていた。
「めーりん」
「ん、なんですか?」
フランはこそこそと何かを美鈴に耳打ちする。
それを聞いた彼女は躊躇うような表情で応える。
「……怒られますよ」
「私の命令ってことならきっと大丈夫」
うー、と唸る美鈴。
彼女の頼みはできるだけ訊いてやりたいと思っているが、これはどうなのか。
ちらり、とフランを見る。
期待に満ちた眼には有無を言わせない威圧感も秘めている。
逆らうのはあまり良くないことになりそうだ。
「……今回だけですよ」
「ありがとう美鈴っ!」
無邪気に喜ぶフランに美鈴は溜息を吐く。
子どもって残酷だな、と495歳の幼女を見て思った。
「あ、咲夜の後ろに何かいるっ!」
「えっ?」
フランの叫びに振り返る咲夜たち。
その隙に美鈴は咲夜のアイスコーヒーとコーラを眼にも映らぬ速さで入れ替える。
「何もありませんよ」
「おかしいな~。なにか見えたんだけど」
「魔理沙でも潜り込んでいるのかしら」
何事もなかったように咲夜はコップを手に取る。
ただし、中身はアイスコーヒーではなくコーラだ。
何も知らずに彼女は少しずつ口元に惨劇は近づけていく。
数秒後、リビングにぎゃおー!というレミリアの悲鳴が響き渡った。
いいなあ。ワープする度おいてってくれるのか。
子どもの頃、りんごジュースだと言われてビールを飲まされたのを思い出しました。
咲夜さんのコーラシャワー浴びてみたい。
炭酸じゃないつもりで一気に喉まで流し込むとマジ噴きますよね。
何気に手刀で瓶を切っている美鈴がさすがです。