Coolier - 新生・東方創想話

Viviani's Soup

2010/10/18 02:31:36
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「あら残念ね、『そこに海はない』の……はずれもはずれ大はずれ~☆」
憎たらしい笑顔で、目の前の彼女が笑う。
部屋に響いた黄色い声が耳を劈き、頭痛がする。
その妖艶なような無邪気なような笑顔がいまは小憎らしい。
『彼女』はそのまま指でくるくると宙をかき混ぜると、そのまま私の額を小突く。
「『蓮子』は頭が固いのね、もっと柔らかくしなきゃ」
「海がない、とは聞いてないわよ」
「言ってなかったもの、ふふふ」
また笑うと、目の前にあった『封筒』を私に見せびらかす。
『ゲームマスター』の彼女には、いまや全ての決定権がある。
彼女が黒と言えば黒、白といえば白。
いまや世界の構築は彼女の指先一つにかかっている。
その曖昧な情報を少しずつ固着していくのが、『プレイヤー』の私の仕事だ。
これはそう、『ゲーム』。
プレイヤー宇佐見蓮子とゲームマスターメリーの、不条理で不公平で、それでいて公平で。
それでいて無邪気で、残酷な……魔女たちのゲームなのだから。




『Viviani's Soup』




「猫」
物事には何事にも、順序がある。
起承転結があって始めてそれは一本の線につながる。
その『ゲーム』の始まりは、意外と身近な単語から根を広げていくことになる。
ちなみに私は、首輪には鎖がついているほうが好きだ。
「ふぅん」
メリーの言葉を一度、聞き流す。
これで諦めてくれればどうでもいい会話のキャッチボールが続かなくてすむ。
「だから、猫」
まぁ、そんな事で諦めてくれるわけもないのはいつものことだ。
なので仕方なく首をひねる。
「……何それ」
「えっへへ、可愛いでしょ?」
屈託のない笑顔で手にしていた本を私に広げる。
そこにはもちろん、猫。
猫猫子猫、右に猫左に猫。
「猫っておいしいんだっけ?」
「私も一匹飼いたいなぁ……ゴロゴロしたいなぁ」
私の皮肉もなんのその。
自分から話しかけておいてすぐさま妄想の世界に入っていく。
「どうしたの? この本」
「落ちてたの」
行動原理的には犬みたいだがそれは突っ込むとまた流そうだからスルーしよう。
ともあれその本、というより雑誌の『猫ちゃん大特集』にいまやメリーは釘付けだ。
古今東西から世界の干からびた猫から首の長いのまで。
総20ページはありそうなものを右から左まで嘗め尽くして読んでいく。
「あ、これ可愛い! これもこれも!」
どうやらお気に入りを見つけたのか、雑誌をいちいち私に見せては指を刺していく。
しかしそこで微妙な違和感。
品種はバラバラで、一貫性もない。
「……それ、もしかして」
そこでようやく気がつく。
メリーの判断基準は、可愛いとかじゃない。
彼女が見てるのはもっと単純なもの……そう所謂、色だけだ。
「この黒さ、たまらないわよね」
「はぁ……」
あきれて視線を自分の手元の漫画に戻す。
ここを突っ込んでも、どうせどうでもいい黒猫批評が返ってくるに違いないからだ。
あとは適当な相槌でも打って、この場をごまかそう。
「でも残念だわ」
だがそう、私にも限度ってものがある。
流せる話は流せる。
だがそれができないほど、メリーの質問は……いや懐疑は、どこかずれていた。
「二本尻尾が生えた猫は載ってないのかしら」
「……」
うんうん、そうね、どうかしら、どちらかといえばそうね。
そんな当たり障りのない単語たちが頭から消えていく。
メリーは確かに、たまに外れたことを言うことがある。
そりゃあ人間まっすぐに育つほうがおかしいし、誰だって少なからず疑問に思ってることくらいあるだろう。
しかし今のはどうだろう。
一般常識から酷くかけ離れたその質問は、いささか私の思考を鈍らせる。
「ないでしょ、そりゃ」
だから、つい答えてしまった。
あたりさわりのない返事をすればいいだけなのに、つい。
「どうして?」
「どうしてってそりゃ……いないからよ」
持ってた漫画を机の上に投げ、メリーを見る。
視線は私でなく、雑誌の黒猫。
それとにらみ合い、目を輝かせている。
「そりゃ猫又だなんて妖怪は聞くけど、迷信でしょ?」
「迷信でいいじゃない、オカルト研究会の名前はどうしたのよ」
「妖怪とかそんなのは専門外ね、つまらない。くだらない」
秘封倶楽部はそんな、世界びっくり動物を探すようなものじゃないわ。
もっとこう、オカルティズムな現象を追い求める高尚なサークルよ。
「それは蓮子が信じていないだけでしょう?」
するとメリーが雑誌を私の目の前に置く。
見開きのページにはでかでかと黒猫が鎮座している。
「まだ私、最後のページは見てないの」
「はぁ」
それが何か、と聞く前にメリーが人差し指で私の唇に触れる。
「だから最後のページに描かれた猫はまだみてない……それが二本尻尾の猫じゃないって証明できる?」
「簡単じゃない」
「開くのは駄ー目」
ページの端にかかった指が止められる。
なので鎮座した黒猫はまだ、私をにらんだまま。
「私も蓮子も、次のページにどんな猫が載ってるかなんて分からない……それなら、そこに『二本尻尾の猫が載ってない事は証明できない』」
「……随分とまぁ、暴論ね」
「簡単な量子力学よ」
クスクスと笑うメリー。
そりゃあ量子力学だって私の分野だ。
だからといっておめおめ論破される謂れもない。
「『二本尻尾の猫なんて居ない、だからそこには載ってるはずがない』……これで十分よ」
「どうして? 蓮子は全ての猫を調べたの?」
猫の次はカラスかと呆れる。
そりゃあ、尻尾の生えた猫を全て調べれば二本尻尾が生えた猫はいないと証明できる。
だがその全てとは、どこまで?
図鑑に載っているだけじゃない、全世帯……いや、全世界の家の猫にはたまた野良の猫。
それら全てを調べて初めて、私の論理は証明される。
それに対してのメリーの主張は単純だ。
『二本尻尾が生えた猫は居る』。
たった一匹の猫を調べるだけでその全てが終了してしまうわけだ。
「次のページを見ればいいだけでしょ? 何でそんな難しいことになるわけよ」
「それじゃあ面白くないじゃない」
お手上げ、というポーズをとるとメリーが雑誌を閉じる。
結局謎は謎のまま、二人の主張は同時に存在してしまった。
最後のページには何が載っていたのか……それは分からないままだ。
「じゃあいいわ、ゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「ええ、楽しい楽しいゲーム」
そう言うと、近くにあった私のかばんを漁りだす。
取り出したのは、所謂筆記用具とノート。
だがそれだけでは足りないのか、さらに漁り出す。
「うーん、ないなー……」
「ちょっと、誰の鞄だと思ってるのよ」
「あ、これでいいや」
鞄の底のほうから出てきたのは封筒。
何の変哲もないただのそれは、クリアなビニールに包まれたままの新品だ。
「使っていい?」
「別に」
いいけど、と言う前に既にビニールは破られ中身があらわになる。
まぁ、1枚しかいらなかったから別に問題ではない。
それより問題なのは、それを何に使うかだ。
「えっとちょっと待ってね」
用意されたのはペン、ノート、封筒。
これが彼女の言うゲームの道具らしい。
そしてノートの一枚を手荒に破くと、私に背を向けて何かを書き始める。
「見ちゃ駄目だからね」
そう言ってそれを4つに折ると、丁寧に封筒に仕舞う。
ここまでくれば、そこに何が書かれているか私には想像がついていた。
「何よ、クイズでも出すの?」
「うーん……そう、クイズ。でもタダのクイズじゃないわよ」
そこに書かれているのはいわゆる『答え』。
だが出す側と出される側での優位は圧倒的に出す側に委ねられる。
何故なら答えを複数用意する問題を出せば、出題側の勝利は揺らがない。
ならどうするか? 簡単だ……答えを固着してしまえばいい。
所謂この封筒が、メリーの問題の心臓だ。
「答えを当てたら蓮子の勝ち、蓮子が諦めたら私の勝ち」
「いいじゃない、大分私に有利みたいだけど?」
「そう? じゃあ蓮子が負けたら二本尻尾の猫探してきてね」
ニコニコと笑いながら言ってのける。
どうやらまだ引っ張ってるらしい。
「いいわよ、次の秘封倶楽部の活動は猫又探しにしてあげる!」
京都中の猫を調べてやろうじゃない、と意気込むとメリーがまた笑う。
ルールは圧倒的に私が有利。
それなのにこの魔女のような笑みはなんだろう。
「じゃあ始めましょうか」
メリーが隣りに座り、肩がぶつかる。
髪の毛がふわりと揺れて私の鼻をなでると、妙なむず痒さに脳が少し弛緩した。
「ノートも使うの?」
「ええ、これがないとね」
何故か広げられたノートに、メリーの手にはペン。
質問する側の私が使うならまだしも、私の分のペンはないようだ。
「なるほど、問題を書くのね」
「ああ、それはいいわね」
こっちが理解したつもりが、まさかの提案にとられる。
どうやらそれ以外にも、ノートは使われるらしい。
そしてメリーの手がゆっくりと動きだす。
短い文章をぶれない書式でさらりと書き上げると、口で朗読する。
先に答えを書いたのだから、きっと用意していたことには間違いない。
だがそれは、問題にしては……どこか奇妙。
いや、シンプルといえばシンプルだ。
その問題が聞いてきたのはハウダニット。
どうやって、だ。

『ある神社の巫女が魔法使いに会うために、5kmはなれた屋敷へ2分かけて行きました』
「はぁ?」
問題の途中で、思わず口から声が漏れる。
そのままメリーは両手のひらを天井に向けて、私の真似をする。
『さて、どうやって彼女は屋敷まで行ったでしょう?』
「……」
疑問符が目の前を通り過ぎては弾けて破片が脳に突き刺さる。
言いたい事は色々あるが、どこからどう突っ込んでいいのか分からない。
「ええと……そうね、うん」
「うふふ、もう分かっちゃったかしら?」
「安心して、私は正常よ」
いまだに問題がうまく租借できず、脳が整理しきらない。
そうだ、そのための質問があるんだ。
無限の質問の弾丸が、言うなら私の武器。
「魔法使いがなんですって?」
「知らないの? 魔法使い、魔法使うの」
いきなり頭痛が増した。
魔法とはまた、荒唐無稽。
定義すら曖昧なものが問題の定義な時点で問題が破綻している気がする。
まぁそんなのは些細な問題だ。
私の隣の家のタカシお兄ちゃんだって今度仙人になるらしいから、魔法使いだっているのだろう。
それはあくまで呼称……いまはそこには触れないでおこう。
「巫女と魔法使い? どこに接点があるのよ」
「二人は恋人同士なの、割れ鍋に綴じ蓋な素敵な仲よ」
すると、メリーの手が動いた。
持っていたペンが、開いたノートに走る。
書かれたのは、何のへんてつもない文字。
だがそれが、また私を頭痛へと誘う。
「『二人は恋人同士』……なにこれ」
自分で書かれていた文字を読んで、また疑問符が浮かぶ。
ただそれを書く為に、ノートを広げていたらしい。
「設定」
「……頭痛が痛い」
「大変、前に前進しましょう!」
これ以上突っ込むと私の脳みそのほうが先に可及的速やかに出来るだけ早く自ら自殺してしまいそうだ。
ここはまぁ無視しよう。
そういう設定であるなら、もう何も突っ込むまい。
それより私が考えるべきは、この問題の根本だ。
「5kmを2分でね……時速150km? 高速道路でも捕まるわね」
問題は最初からこの一点。
どうやってその巫女さんは、5kmの道のりを2分という時間でたどり着いたのか。
普通に考えれば今も言った乗り物だ。
車、新幹線、飛行機に船。
どれも時速150kmぐらい出せるはずだ。
しかし今のままではどうにも情報が足りない。
というかこの問題では、不十分なのだ。
「ふふ、悩んでるなら質問していいわよ?」
「はぁ? 何それ」
そう言われて、私もようやくこのゲームの仕組みに理解する。
用意された封筒。
設定の書かれたノート。
これらは全て、彼女のゲームに必要だったのだ。
「シチュエーションパズル……水平思考ゲームね」
「あら、言わなかったかしら」
頭痛のせいで聞き逃したかもしれないが、まぁそこは置いておこう。
シチュエーションパズルとは、普通のクイズとは違う。
問題に対する質問が許されているのだ。
その質問を繰り返すことにより、答えを見つけ出すというもの。
そうと分かれば頭を切り替えなくては……ええと、そうね。
「2分っていうのはどうも曖昧ね……神社から出て、その屋敷にたどり着くのに2分ってこと?」
「ええ、そう」
「それは広義的な意味じゃなくて? たとえば、たどり着くってのはその屋敷の前に着いたってこと? それとも屋敷の中に入ったところまで?」
「そうね……そういう意味では、屋敷に入るまでよ」
なるほど、と大体頭の中で整理していく。
曖昧な部分を少しずつ明らかにしていくのが、このゲームの鍵だ。
つまりその巫女さんがその屋敷に入る必要はない、ということ。
「『神社から出て、屋敷に入るまでが2分』?」
「ご名答」
ニコニコと笑いながら、私の言葉をメリーがノートに綴る。
こうしてその『設定』という情報は固着された。
この『設定』は、絶対だ。
これは私を有利にし、メリーを不利にする私の武器。
これを繰り返していくのが、この水平思考ゲーム。
「神社から出て、5kmはなれた屋敷に2分で入ったわけね……」
こうなれば、答えは簡単だ。
初速から一気に時速150kmまで加速し、そのまま家に突っ込めばいい。
まぁ一度も減速しないというのが条件だが。
「うーん、じゃあそうね……神社から屋敷までの間に、障害物とかはある?」
「……」
それは、何気ない質問のはずだった。
障害物さえなければ、私の論理は確実になる。
だがなかなか返事が返ってこない。
「そうね……『神社から屋敷までの間に、障害物はない』わ」
「よっしゃビンゴね! じゃあ簡単よ」
車でもなんでもいい。
とりあえず時速150kmでる乗り物さえあれば、2分で5kmなんて無茶な距離も解決できる。
「巫女さんは車にのって、屋敷に時速150kmで突っ込んだ……なんだ、あっけないもんね」
この際その巫女さんの安否など知ったことではない。
問題の条件文は全て満たしたし、設定にも忠実だ。
「……ぷっ」
だが、メリーの鼻息が私の顔を撫でる。
そして大きな口を開けて笑うと、私の額を人差し指でつつく。
「ふふ、びっくりさせないでよ蓮子」
「? 何よそれ」
触れられた額がじわりと熱くなる。
そのままメリーの指が華麗にペンを持ち上げると、ノートを埋めていく。
『巫女は乗り物にはのっていない』
「んなっ……」
叩きつけられた設定に、しばし呆然。
乗り物には乗っていない……つまり巫女さんは、着の身着のままで時速150kmを出したらしい。
「じゃ、じゃあ何よ……巫女さんが自分で空でも飛んだとでもいいわけ?」
「……ええそう」
そこで、メリーはペンを置く。
あえて今喋った言葉は、書かなかった。
「最近の巫女さんは、空を飛ぶ程度なら出来るのよ?」
「……何よそれ、答えのつもり?」
だがそれが答えなわけがない。
それならその文字を、ノートに書けばいいだけだ。
「そう答え……おめでとう蓮子、貴方の勝ちよ」
「はぁ?! 何それ!」
メリーが手でパチパチと手をたたく。
それが祝勝の合図らしいが、私には耳障りなだけだ。
「人が空を飛んだって? ありえないわ!」
「いいえ、巫女さんは空を飛んだの。飛行機みたいに、空気を裂いてね」
それもそう、時速150kmで。
機械も使わず、人がそんな事を出来るなんてありえない。
だが彼女はそうだと言ってはばからない。
「どうして怒るの? 蓮子の勝ちなのよ?」
「納得いかないわね、そんなの……人は空は飛ばないわ」
「どうして? 蓮子は人間全員を調べたの?」
「なっ……」
どこかでまた、カラスが鳴く。
これはつまりそう、先ほどの繰り返しだ。
『空を飛ばない人間を全て調べて初めて私の主張は証明される』。
「なるほど……そういう事ね」
どうしてメリーがこんな問題を出したのか、ようやく理解する。
これは先ほどの仕返し。
この『巫女が空を飛ぶ』という主張を認めることは、私の勝利に繋がる。
だがその不条理な答えを受け入れることは、『二本尻尾の生えた猫はいる』という意見を受け入れたのと同じなのだ。
「続けましょ……『空を飛ぶ人間はいない』、これが私の主張よ」
「……ふふ、おかしな人」
「じゃあ、逆に聞くわ……どうしてそのノートに書かないの? 『巫女は空を飛んだ』って」
その質問で、メリーの眉が一度狭まる、
だがすぐにそこは平野を取り戻し、にこりと笑う。
「さぁ、どうしてかしら」
そこにその言葉を書けば、このゲームは終了だ。
だがそれを書かないのには、理由がある。
それは、このゲームが……『私に不条理を認めさせるゲームだから』。
私が『巫女が空を飛ぶ』という言葉を受け入れたとき……幻想に屈服したときが、私の本当の負け。
そのために私とメリーは、対等でなければいけない。
だからこの問題も、『不条理があってはいけない』のだ。
「質問よ、『乗り物の定義は』?」
「ええそうね、『車、電車、飛行機……人を運ぶもの全て』よ」
「じゃあ動物や魚は? マグロかなんかに人間をくくりつけたら運ぶ、とは言わないわよね」
「あら残念ね、『そこに海はない』の」
キャッキャと笑うと、持っていた封筒を見せびらかす。
それの中には、メリーの言う答えが待っている。
そこに『巫女は空を飛ぶ』と書かれていると、メリーは言う。
だが私は信じない……いや違うか。
私は『信じてる』、メリーの問題が公平だと。
「動物も同じよ、『巫女は移動するときに足を使って移動した』」
「……」
メリーのペンがノートを埋めたところで一度、言葉を止める。
今の言葉を受け入れるなら、巫女は時速150kmで走ったことになる。
だがそれは、ありえない。
不条理な答えを、私は受け入れない。
「車で突っ込んだとか、動物にくくりつけたとか……蓮子は随分と酷いのね」
「貴方に言われたくないわね、こんな問題だしておいて」
「いいえ、蓮子には愛がないわ」
愛、ときたか。
愛ある嘘もあれば、愛のない嘘もある。
かくして愛とは、不条理なものなのかもしれない。
「愛のない蓮子には分からない……合理的な世界しか見えないから、真実が見えないの」
「んなのは今は、関係ないでしょ」
そこで一度ノートを見返す。
そこに書かれた設定は、私が唯一信じられる情報だ。
愛?
愛か……。
『巫女は足を使って移動した』
『神社から屋敷までの間に障害物はない』
『二人は恋人同士』
「……うん?」
下から上に目を滑らせると、一番最初の一文で目が止まる。
そうだ、巫女と魔法使いは恋人同士。
それをわざわざここに書いた意味はなんだろう。
そしてもう一度問題文に目をやる。
『ある神社の巫女が魔法使いに会うために、5kmはなれた屋敷へ2分かけて行きました』
読めば読むほど頭が痛くなる文章を、何度も読んで反芻する。
私がずっと考えてきたのはハウダニット。
どうやってその巫女が、魔法使いに会いに行ったのか。
じゃあその巫女はなぜ、魔法使いに会いたかったのだろう。
「なんで、巫女は魔法使いに会いたかったの?」
「……恋人同士が会うのに、理由がいる?」
いままでと趣向が違う問題に、メリーが訝しがる。
これはいわゆる、ワイダニット。
問題とは関係のない……会うための、理由だ。
「『どうしても巫女は魔法使いに会いたかった』?」
「ええ、そう」
「ふぅん……」
だからその巫女は、時速150kmを出して屋敷にたどり着いた。
じゃあどうしてそんなことを?
時速150km出す理由が、何処にあったのだろう。
「2分って言ったわね……それは、その巫女が望んだの?」
「ええ、そう」
「……質問を変えるわ、『その方法を使うことを、巫女さんが望んだ』の?」
「ええ、そう」
「『その方法を使う時、その時間は変えられる』?」
つまりその移動時間2分を、3分または1分に変えられるのか。
その移動時間に、巫女の意思が介入するかということだ。
「……いいえ、『その方法を使えば、どうやっても彼女は2分でその屋敷にたどり着く』」
ここまでをまとめよう。
その方法をとったのはその巫女の意思だ。
だが時速150km出したのは、その巫女の意思ではない。
「……なるほどね、『その方法をとることは、巫女にとって意味があるの』?」
「ええ……そう」
「つまり、『その巫女はその方法をとることが目的であって、その屋敷に行くことに意味はない』?」
「……」
何もメリーは言わなかった。
だが私の言葉は、確かに彼女のノートに綴られた。
かなり短縮にまとめられた一文で、私の情報が固着する。
つまり、こういう事だ。
「『巫女が向かう先は、その屋敷である必要はなかった』」
その巫女が望んだのはあくまで、魔法使いに会うことだ。
その結果が、時速150km。
その結果が、その屋敷にたどり着いた。
ただそれだけのことだ。
「……なかなか、頭がさえてきたわね」
埋められたノートには、私の言葉が一言一句埋められる。
その巫女はどうしても魔法使いに会いたかった。
つまり、会うためにその屋敷に行ったわけではない。
ということはつまり……。
「そっか……じゃあ、『その屋敷に魔法使いはいない』」
そもそも前提が間違っていたのだ。
魔法使いに会うために、その屋敷に行ったのではない。
魔法使いに会うために、時速150kmを出したのではない。
全てが魔法使いに会うための方法をとっただけで、その他はただの結果だ。
「そう、『その屋敷に魔法使いはいない』」
つまりどういう事だろう。
その巫女は『魔法使いに会うために』ある方法を使った。
その結果『2分で5km先の屋敷にたどり着いた』。
だがそこに、『魔法使いはいなかった』。
なんだろう……あと少し。
もう少しで分かる気がする。
この奇妙で奇怪な、謎の答えが。
「つまり『魔法使いには会えなかった』……そういうことね」
「……いいえ」
「?」
調子に乗っていた私の推理が止められる。
巫女は屋敷にたどり着いた。
だが屋敷に、魔法使いは居なかった。
なのにメリーの首は、横に振られた。
「それはこの問題には関係ないわ……その巫女が魔法使いに会えたのか、会えなかったのかは分からない」
「はぁ? また今度は……」
何を、と言葉を続けようとしたところで思考が止まる。
メリーの顔が私の視界に入ったから。
その表情は……たとえるならそう、悲哀。
切ない、悲しみの青色。
「あ……っ」
その時だ。
その憂いた表情に見惚れたからとか、そんなのが原因じゃない。
そのメリーの言葉と表情が、この奇怪な問題と一致する。
そうだ、一つだけある。
人が……時速150kmを超える方法。
メリーが憂いた意味、巫女がどうしても会いたかった意味。
その全ての符号がいま、私の中で絡まりあう。
その絡み合った意図は次第になじみ、一本の線へと姿を変える。
それはまるで、カンダタがかつて上ったような一本のか細い糸。
儚くゆれる……幻想の架け橋。
「……そう、分かった」
「!」
メリーの手からペンを取り上げる。
その突然の行動にメリーが大きな目をさらに広げ、私を見る。
そしてノートに私は大きく書いてやった。
『巫女は空を飛んで、屋敷に行った』。
「蓮子……」
自分が何をやっているのか、分かってるつもりだ。
ゲームマスターに逆らうプレイヤーなど、聞いたこともない。
だがどうしても、体が動いた。
……理由は分からない。
メリーのこんな顔をもう、見たくなかっただけとかそんなでいいや。
「あいにく……湿っぽい話は嫌いよ」
『屋敷にはいなかったけど魔法使いにも無事会えました、めでたしめでたし』
私の汚い字では、どうにも情緒がない。
だがこうして設定は固着された……いやまぁ、私が無理矢理したのだが。
「はい、これで私の勝ちね。晩御飯奢ってもらうわよ」
ペンを投げ、ノートを閉じる。
呆気にとられたようなメリーは、一度私をみる。
透き通ったような瞳に吸い込まれそうになる前に、彼女の頬が緩んだ。
「あははっ、なぁにそれ」
その意図がメリーにも伝わったらしい。
そう、その巫女は空を飛んだのだ。
この問題はそこで、終わりだ。
メリーは言った、私の解答には愛がないと。
その言葉を反芻してようやく私にも分かった。
空を飛ぶという不条理……その愛のある不条理を作ることでメリーは、『愛のない真実を今塗りつぶした』のだ。
それを私は、受け入れよう。
それは私が、幻想に屈服したからではない。
ただ、目の前の子を笑わせたかっただけ。
……ああ、かくも愛とは不条理なものだろうか。
愛?
ああそうね、それも愛。
これも愛……かな。
「じゃあご飯でも食べに行きましょうか」
「そうね、もう良い頃合じゃない」
窓を見れば、外はもう暗い。
いつのまにかこの魔女のゲームに、これだけの時間を費やしてしまったらしい。
ノートを閉じて、私の鞄にしまう。
その時だ、一枚の紙が床に落ちる。
「あ……」
「……」
それは封筒だ。
全ての答えが書かれた封筒。
それを拾おうと私もメリーも手を伸ばし、床の上で手が重なる。
「……ふふっ」
「あははっ」
幻は幻に。
この空想の、幻想の世界はもう閉じた。
それをいまさら、腸を引きずり出すのは野暮なもの。
この中にある愛のない回答はすでに、答えである価値を失くしたのだ。
メリーがそれを拾い上げると、二つに破る。
真実の書かれたその紙は形を失い、書いた本人の手で葬られた。
そこには何が書かれているか、今の私には分かる。
最初の私に分からなかったのには理由がある。
それは『時速150km』という常識だ。
メリーは一度もそんな言葉を使っていない。
私が勝手に使い、勝手に思い込んでいただけ。
そう、『時速150kmで進む事と、2分で5kmを進むことは違う』のだ。
……これ以上は野暮と言ったのは私か。
「ほら、蓮子行きましょう」
すでにメリーは支度をすませ、今にも扉を出ようとしているところだ。
破いた封筒は既にゴミ箱へ。
しかし上手く入れ損ねたのか、敗れた紙のかけらが入りそこなって落ちている。
それを拾い上げると、文字が見えた。
縦に書かれた文字に目を滑らせ、少し苦笑い。
『F t v』……まぁ、あの子らしいといえばあの子らしい書き方か。
土は土に。
それは世界の常識だ。
それを丸めて、ゴミ箱に突っ込む。
ゴミは、ゴミ箱に。
それも世界の常識か。

「あ、ほら雑誌忘れてるわよ」
机の上に放置された雑誌を拾う。
今日の論議の発端の、例の雑誌だ。
そういえば最初の問題にはまだ、決着はついていなかった。
二本尻尾の猫が、この雑誌に載っているのか。
今思えば幼稚な話だ。
ここに載っていなかったからといって、『そんな猫がいないなんて証明にはならない』。
またカラスでも呼んで、全ての猫を調べる気にもならない。
「ああそうそう、まだ最後のページみてないんだった」
メリーに雑誌を手渡すと、ページをペラペラとめくる。
私も横から首だけ割り込み、一緒に猫の羅列を眺めていく。
今見れば確かに、可愛いかもしれない。
従順な犬もいいが、フラフラしたその性格はどこかメリーに似てる。
それは少し、現金か。
「あ」
「あ……」
最後のページはあっけなく開いた。
そこに居たのは、一匹の猫。
踏ん反り返ったその、カナダ生まれの猫の尻尾の数は……。

それもまた、野暮な話だ。


-了-
ここまで読んでくださってありがとうございます。
まだまだ未熟なので分かりにくいところがあったら申し訳ありません。
問題の答えは皆さんの心の中にということで・・・。

とりあえず単語とかうみねこに影響されまくっててもうしわけないです。
それでは機会があればまたどうぞよろしくおねがいします。
スーパー食いしん坊
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コメント



0.900簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
とても好み。いいなあこの雰囲気。
5.80奇声を発する程度の能力削除
最後の猫の尻尾の数は一体…面白かったです。
6.90名前が無い程度の能力削除
なるほど…うん。なるほど。
どこか懐かしい感じがしました

巫女の移動についてガチで考え込んでしまった。
あの子の速度で5kmを2分?無理じゃね?
じゃあ空間でも飛んだ?それじゃ2分もかからない。
とかなんとか!
フタを開けてみれば納得の解。
9.80爆撃削除
シュレディンガーに、白いカラス。
白いカラスのほうは、もう見つかってしまったしなあ。
納得できるようで納得できない自分はまだまだ幻想人じゃありませんでした。
10.100名前が無い程度の能力削除
こ、これは……
秘封倶楽部って普段からこの手のことをやっていそうですね。
12.100名前が無い程度の能力削除
こんな雰囲気好きです
ちょっと考えてくる
14.90桜田ぴよこ削除
良い雰囲気でした-。うみねこの影響も確かに感じられましたがそれもまた良し!
面白かったです
15.100名前が無い程度の能力削除
ああ、なるほど
悲劇ではなく喜劇を
16.100名前が無い程度の能力削除
愛だな、愛。

ちょうど甘さひかえめのが読みたいと思ってたところに
期待以上のものが投下されてて嬉しいです
18.90玖爾削除
『ウィングキャット』と呼ばれているものらしいですね。
なんで日本にはいないんだろう。
常識をすっとばした問題の理不尽さが、この二人にぴったりだったように思います。
しかしメリーさんが超怖え。
20.80名前が無い程度の能力削除
「いや、巫女さんは空飛べるだろjk」
そう思った俺はいろいろとダメになってるかもしれない。
22.100名前が無い程度の能力削除
あああ、そうかひょっとしてスープって海亀の……。
巫女さんが飛ぶ事といい、面白かったです。
28.100名前が無い程度の能力削除
うみねこに影響されてるのはなんとなく分かりましたw
でも上手く東方風にアレンジされていると思いますし、蓮子とメリーのそれぞれの考え方がとても面白かったです
冒頭の出だしのワクワク感とは少し違ったお話になってしまいましたが、それもまた良し、ですね!
30.90名前が無い程度の能力削除
わかんない…なんでみんなわかってるの?バカなの?俺が。
31.100マーチ削除
なるほど相思相愛って訳か。

嗚呼まったり
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『F t v』と言われると、
どうしても福島テレビが頭に浮かんでしまって解らない…
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え、神社凄い場所に建ってるな?とか思ってしまった俺の答えは合っているのかどうか・・・
一応障害物も無いし巫女さんは空飛んでるし、矛盾は無いはずなんだけど。
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いいね
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垂直に5キロなんじゃね?と考えた俺は野暮。
工学系には難しい話だ・・・・・・