事の経緯と結論を羅列する前に、まずはその原因を述べることがまず必要であろう。
起があり、承に繋がり、転を経て、結へと至る。これはあらゆる事象を記録し解析するに当たり、まことに当然の態度であり節度である。少なくとも、不肖私、稗田阿求は考える次第である。
ただし、この原因なるものは、実のところまるで取るに足らない。そう断言できる。
いや、それが珍しいというわけではない。
歴史上の悲喜劇は、突き詰めて見ればまことに莫迦らしい、ささやかな物事の積み重ねによって引き起こされるからだ。
それも無理からぬことで、しょせんは神ならぬ人の業、偉人名君と讃えられる王とて四六時中哲学的な思考に浸っていたわけはなし、暴君暗君と怖れられた王とて全員が全員血と殺戮に欲情する趣味を持ち合わせていたわけではない。彼らの大半は常人の認識の範疇に納まる程度の人格の所有者であったことは断言できる。それらを想像し妄想し誇張してきたのはあくまで第三の記録者である。
今回、幻想郷全土を動乱の渦に叩き込んだこの異変についても、きっかけは本当にささいな――まったく完全に日常の延長において生じた。
当事者たちはそのつもりはまったくなかったに違いない。これも断言できる。
彼女らは、いつもの余興としてそれを口にしたに過ぎないし、いつもの冗談で実行したに過ぎない。
ただ、蟻の一穴で堤が崩れ去ることもあるように、生じた結果だけが甚大だった。
もたらされたその結果を事前に測定するなど、例え神でも不可能であったろうし、悪魔であっても無理であったのだろう。
しかし、そうした推測や仮定は、今となっては何ら意味はなさない。何故なら結果はすでに目の前にあり、現実としてただ其処に在るからだ。
神は賽を振らない。悪魔は賽の目を変えられない。事実は事実として在り、それは何をしようと不変である。
……前置きが長くなってしまった。
とりあえず、どんな者にも理解できる原因を述べよう。
つまりそのとき、彼女らは酔っ払っていたのだ。
博麗神社で宴会が開かれるのは、天狗がゴシップ記事を書くくらいに当然の日常だ。
名の知れた大妖が在野の下級妖怪と笑いながら酒を酌み交わし、莫迦話で盛り上がるのも、今に始まったことではない。
聖白蓮などはそのあたりに関して実に感慨深いものを覚えたりもしているようだが、大半の連中にとってはどうでもいいことではある。
機会主義、刹那主義、享楽主義――表現のしようは多々あろうが、とにかく人妖のほとんどはそうした事実を気にしてはいなかった。
酒がうまくて生きてるのが楽しい、これ以上に望むことなどあろうか。それが彼女らの偽らざる本音である。今が楽しければ、その理由やら何やらなど考える必要もない。
その日の博麗神社の宴会も、いつもの通り始まり、いつもの通り終わるはずだった。
宴もたけなわ、皆に程良く酒が回り切った頃。
それまで眉をひそめながら杯を傾けていた八雲紫が、上機嫌で酒をかっ食らっていた博麗霊夢に歩み寄る、それまでは。
「霊夢、ちょっと話があるのだけど」
それは、小細工も何もない。直球勝負の真剣勝負だった。
酔いの欠片も表に出さず、真摯という単語を具現化したが如くの表情で、八雲の大妖は呼びかけていた。
それに対する博麗の巫女の反応は、いつも通りではあった。
「何よ?」
幻想郷でも最強クラスの大妖、八雲紫。その彼女に対して対等に口を利く者は――実は結構いたりするが、少なくとも人間の中ではごく少ない。
博麗霊夢はしばし紫の顔を見上げ、それがいつになく真面目であるのを見てとると、傍らに杯を置いた。
普段どれだけ呑気に見えようと、本質的に彼女は頭が良く、勘がいい。紫が本当に、いつもの韜晦も冗談もないことに、一目で気づいていた。
万物の境界を操る絶対の強者、妖怪の賢者たる八雲紫がこのような態度を取る相手と場合は、ごく限られている。
博麗霊夢はそのことを察し、そしていくつもの異変を共に乗り越えてきた戦友としての気遣いもあって、こう語を続けた。
「腐れた魚みたいな面して何かあったの? 死にかけたジィさんの×××でももう少ししゃんとしてるわよ。オットセイの○○○でも煎じて飲んだらどうかしら?」
――注釈しよう。
博麗霊夢、彼女には微塵の悪気もない。博麗の巫女は旧知の友に対して、まったくの気遣いからそう口にしていた。
「霊夢ぅ…………」
――八雲の大妖。境界の支配者。妖怪の賢者。幻想郷最強の一角。
八雲紫はさめざめと泣いた。かなりのマジ泣きだった。
「な、何よ、どうしたのよ? こら、靴底にへばりついたガムよりもしぶといのがあんたの信条でしょうが。××を迎えた生娘でもあるまいし泣くな。ちょっと聞いてる? あんたの面の両脇にくっついてんのは屑肉の詰まった××じゃないんでしょ? おいこら、泣くな――っっ!!」
そもそもの責任は、守矢神社と香霖堂、そして河童にある。
少なくとも八雲紫はそう考えていたし、レミリア・スカーレットもそれに同意している。
射命丸文も苦々しくうなずいたろうし、風見幽香も保証したろう。
一応、簡単に事のあらましを説明するならば、それは本来どうということはないはずだったのだ。
いつもの如く商売道具を仕入れてきた森近霖之助が、一際珍しい品を手に入れ、それを東風谷早苗が目にし、懐かしさに駆られて八坂神奈子、洩矢諏訪子にそのことを報告した。
守矢神社の二柱は、自分たちに仕える風祝に甘い。それはもう角砂糖十個に練乳で味付けしたミルクコーヒーよりも。
さっそく香霖堂に出向き、件の品を手に入れた。
後になって射命丸文が調査したところによると、それは外の世界において「デーブイデープレイヤー」と呼ばれているらしい。それも「液晶付き」の。
もちろん幻想郷に、外の世界における現代的家電製品を稼働させうる電力源などありはしない。だが、地底に核融合動力炉が築かれ、河童たちがそれに対する研究開発を進めていたこのとき、まったく不可能な技術というわけでもなかった。
守矢神社の二柱の依頼に奮い立った河童の技術者たち――特に河城にとりの努力と奮闘は、それこそ某国営放送の伝説的ドキュメンタリーに描かれても何ら見劣りするものではなかったが(余談ながら後日、山の妖怪たちが当時の河童たちの様子を語る際、何故か「河童たちに衝撃が走った――」という言葉が決まり文句の如く入れられる)、とにもかくにもいくつかの経緯を経て、「デーブイデープレイヤー」は良好に動作するようになった。
問題があるとすれば、この機械はそれ自体ではまったく用をなさず、「デーブイデー」なるもう一つの道具をもって初めて役に立つものであった、という事実だろう。
いかな河童の技術とはいえ、外の世界の現代的家電製品、その規格に合わせた映像媒体の作成は荷が重い。というよりはっきり不可能だ。
だが幸いなことに、商売人らしからぬ商売人の半妖怪はその「デーブイデー」をも仕入れていた。だからこそ守矢神社の二柱は、河童たちに電力だけでも何とかしてくれと依頼したわけだが。
東風谷早苗は幻想郷でその残る生涯すべてを費やすと覚悟を決めている。だが、やはりそこは年端もいかぬ少女、ときに郷愁を覚えるのは致仕方ない。
自分のために親代わりの神々が骨を折ってくれたという事実にも素朴な感動を覚え、目前にプレゼントされた外の世界の製品に、早苗は文字通り驚喜した。
そして、同世代の友人であるところの博麗霊夢、霧雨魔理沙などにもこの喜びを分かち合おうと、「デーブイデー鑑賞会」なるものに招待したのである。
ここまでは単なるホームドラマ、微笑ましい団欒に過ぎない。
ただ、森近霖之介が仕入れられた数枚の「デーブイデー」の内容が、ホームドラマとも団欒とも全く縁のない代物であったことが最大の問題だった。
あえて具体名は避けるが、それは恋愛やら友情やらほのぼのやらといった単語とはまるで無縁の、戦争とか流血とか闘争とかがまず第一に列挙される類のものが揃っていたのである。
「『泣いたり笑ったりできなくしてやる!』かよ。すげぇな、この先生」
「ねえ、『エスキモーの×××』って何かしら?」
「あははは、それはねぇ」
「す、諏訪子様!」
「『豚のような悲鳴を上げろ』ってすごい脅し文句ねぇ」
「来た来た来た、戦争大好き演説!」
「うわー……『諸君、私は戦争が好きだ』ってか。私には理解できんぜ」
「英国は各員がその義務を果たすことを期待する!」
「ほざけライミー! 塩水に浸って喜ぶ漬物どもが!!」
「革命の当たり籤を引き当てただけの皇帝野郎! 陸亀は巴里にすっこんでな!!」
「……あのぅ、霊夢さん、早苗さん?」
「そっとしときなよ、魔理沙。スイッチ入ってるから」
「さすが我が子孫。血は争えないねぇ」
「……呪われた血統って言葉が頭をよぎるんだがどうよ?」
「……いわないでちょうだい。普段は本当にいい娘で、いい相方なんだ……」
以上、守矢神社で繰り広げられた一コマである。
ちなみに早苗は外の世界で中学校に通っていた頃、これらの映画を見たことがあるらしい。別段戦争映画や闘争モノが好きだったわけではないが、さりとて毛嫌いするほどに拒絶反応を覚えたわけでもなく、まずまず普通に楽しんだ記憶があるという――東風谷早苗、巨大ロボからBL、ミリタリーからテディ・ベアまで、広すぎる守備範囲を誇る風祝。諏訪子と合わせて三遊間は鉄壁だ。
幻想郷育ちの霊夢たちには理解できない部分は早苗たちがいくらか注釈を入れつつ、鑑賞会は終了した。
魔理沙としては、まぁ珍しいものが見れたな、というていどの出来事であった。外の世界の趣味はわからんと首をひねってもいたあたり、彼女には少女としてまっとうな道を歩むべき資格がある。
だが、博麗霊夢は違った感想を持った。
彼女の周囲には、実は結構育ちのいい連中が多い。大物妖怪が顔を並べているのだからそれも当然だが、とにかく下品という形容が当てはまる奴は一人もいない。無理矢理に名前を上げるとすれば、霧雨魔理沙がやっとという健全さである。
外の世界の映像、そこに映された兵士やら鬼軍曹やら何やらが口にする、時に下品、時に過激な台詞回しは、霊夢にとっては非常に新鮮で、斬新だった。
博麗霊夢は以来、幾度となく守矢神社を訪れ、早苗や二柱と「デーブイデー」にまつわるあれこれを語り合った。早苗たちとしても、捨てたとはいえ自分たちの元いた世界の事物について、興味を持たれるのも説明するのも嬉しいし、楽しい。快く質問に応じ、年頃の娘が口にするには下品に過ぎると思われる言い回しについても説明を加えた。
また、これは早苗などにとってはいささか意外なことに、博麗霊夢は下ネタじみた事柄に対しても抵抗というものがなく、知識も豊富だった(もちろん実体験はなかったが)。日本古来の神道――というか大衆文化は、性についても密接な関わりをもっていたし、男根信仰というものもあったからだ。性的な事物を忌避し始めたのは、明治よりさらに以後、もっといってしまえば第二次大戦後に西洋のキリスト教的価値観が浸透してからのことで、幻想郷はその以前に外の世界と切り離されていた。
かくして、霊夢の言葉遣いは変わった。変わり過ぎてしまうほどに。
具体的には、
「さかりのついた雌○でももっと上品に鳴くわ。とりあえずその顔についた×の穴で×○を垂れる前と後に『サー』をつけなさい」
だの、
「それが弾幕のつもり? ××の○○から○×でも飛ばした方がよっぽどマシだわ!」
だの、
「この×○△が! 二つの○○をもがれた△△野郎!」
といった、放送禁止用語の羅列が博麗神社で飛び交う事態となったわけである。ちなみに伏せ字が多いのは閻魔の検閲がある故としてご容赦いただきたい。
実際に口にされた連中の二割は激高し、三割は唖然とし、五割は卒倒した。
さらにタチの悪いことに、博麗霊夢は思春期特有の疾患にかかったそこらの少年少女ではなく、数多の幻想の頂点に立つ博麗の巫女であり、しかも歴代最強といわれるバケモノであった。
暴力的というのも生ぬるい舌鋒と、口先以上に強大な実力に、勝負を挑んだ妖怪たちのことごとくは敗北し、幾人かは決して消えない心の傷を刻まれたという。
余談ながら真っ先に被害を受けたのは、たまたま折悪く神社を訪れていた萃香とレミリアで、後日泣きながら杯を交わす姿が目撃されている。腕力一筋に生きてきた素朴な鬼たる萃香、貴族育ちの令嬢レミリアにとって、霊夢の変貌は衝撃以上の何かであったと推測される。
これを見かけた比那名居天子が好奇心丸出しで霊夢に弾幕勝負を挑み、心身ともに丁重にヤスリがけされて(「パパとママの気まぐれで湧き出た腐れ○○○が。これからあんたの名前は雌○三等兵よ。嬉しいでしょう?」)天界に叩き返され永江衣玖に慰められたり。
噂を聞きつけた射命丸文が出会い頭に「ネタが欲しいならば這いつくばりなさい。飢えて枯れた○のように」といわれて、写真を取ることも忘れて呆然としたり。
魂魄妖夢はいわれた台詞の半分も理解は出来なかったがとにかく怖くなって半泣きで冥界に逃げ帰り布団にうずくまったりと。
それまでの呑気な巫女が突如として鬼軍曹になってしまった事実に、人妖たちは震撼した。
ただし一方で、許容するというか面白がる向きもあるにはあり、例えば西行寺幽々子は「あらあら」と苦笑していた。
「昔の妖忌も、年を取って落ち着く前は結構やんちゃなところがあったわ。今の霊夢の言葉遣いが可愛く思えるくらい」
とは彼女の評だが、妖夢は優しくも厳しい剣士の鑑であった祖父との思い出を守るべく、必死で耳をふさいだという。
「ねえ、一輪。××って何かしら?」
「姐さんは知らなくていいことです!」
「それはだね」
「ナズーリン、それ以上はいってはなりません!!」
汚れを知らない聖を守り抜こうとしているのは命蓮寺。
白蓮の危険な探究心を、一輪と村紗が真顔でいさめ、星はナズーリンの口をふさぎにかかった。無垢なる大地はこのような決死の努力で守られているのである。
永遠亭の面子も平然たるものであった。
もとはレミリアと同じような姫育ちとはいえ、一時期市井で暮らしていたこともあって、輝夜には俗語に対する知識と理解があった。永琳もまた、長く生きていた月人だけあり、「罵倒するにももっと教養を積まないと」と論評する余裕すらある。
鈴仙に至っては、大人しげな外見とは裏腹にもとは月の兵士――つまりは本物の軍隊に身を置いていただけあって、むしろ懐かしそうな表情ですらあった。
「あの頃は私も同じように……」
とうっかり呟いて、慌てて口をつぐんでいるあたり、意外な過去があるらしい。
普段は抜け目ない悪戯兎であるところの因幡てゐが、永遠亭ではもっとも純情に近い感性をもっているようで、この件に関しては沈黙を決め込んでいる。
とはいえ、大多数の人妖は、このような悟りを開けたわけではなく。
心を抉られる者、恐怖を植え付けられた者、ついには霊夢の姿を見るや「サー! イエッサー!」と叫んで敬礼することを遺伝子に刻みこまれた者などなど。
被害は着実に広まっていた。
――八雲紫が酒宴の席で、ついに限界を迎えて霊夢に詰め寄るに至ったのには、こうした前振りがあったわけである。
「だからね、霊夢。貴方は年頃の娘だからして、おのずと口に出してはならない類の文句とか、単語があるわけなのよ」
紫は懇々と――というよりは切々と――そう訴えた。
「人里あたりに行って御覧なさい。もしも貴方のような下品な言葉を使う娘がいたら、誰であれ絶対に顔をしかめるわ。というか引くわ。ドン引きよ。賭けてもいい」
「いいたいことはわからないでもないけれど――」
と、霊夢は首を傾げる。
「私だって、誰かれ構わずこんな物言いをするわけじゃないわよ? いっていい時と場所と相手はわかってるつもりだけど」
つまり紫はいっていい相手に分類されているらしい。涙を誘うべきその事実を懸命に無視しつつ、紫は叫んだ。
「どんな時と場所と相手でもいうなっつってんのよこのお莫迦ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
まことに切実な絶叫であった。
幻想郷最高位の大妖怪、八雲紫。実はかなり純情な××歳(本人の希望による伏せ字。決して放送禁止用語というわけではない)。
「そうだよ、そうなんだよ! 紫もいいこというね!」
「霊夢……昔の貴方に戻って……」
紫の左右でうんうんとうなずいているのは萃香・レミリアの東西鬼コンビ。
さらにその横では魂魄妖夢も決死の表情でうなずいている。彼女は三日前、ようやく布団から出てこれるようになったばかりだ。道を踏み外した友のため(?)、ともすれば萎えかける足を叱咤して神社までやって来たのである。
「この一件に関する限り私も紫さんに味方しますよ。あ、あ、あのような台詞は、霊夢さんのような女の子が口にするようなものではないのです」
射命丸文が引きつった顔で口をはさんでくれた。
これも紫にとっては意外なことだったが、組織的な山の中で生きてきた文は、ありていにいって下ネタに弱かった。実は箱入り娘なのかもしれない。そういえば文々。新聞にドロドロした色恋のスキャンダル記事は見かけた記憶がない。
記事にするなど言語道断、とも言明している。まあ、これについては紫もうなずけることで、放送禁止用語で埋め尽くされた紙面など、そこらの少女が読みたがるとは思えない。一部の男性諸氏は喜ぶかもしれないが、あいにくと文々。新聞の読者にそのような層は含まれていないし、文も含めたいとは思わないらしい。
「…………」
いつの間にか加わっていた風見幽香も、そっぽを向きつつ顔を赤らめてこくこくうなずくという、何とも微妙な賛同をあらわにしていた。危険度最悪の花の妖怪は、意外にウブであった。受けに回ると弱い女、風見幽香。
「御覧なさい、霊夢! 皆が貴方の変貌に心を痛めている。博麗の巫女たる貴方が、それがわからないというの!?」
興味深そうに見物している幽々子、輝夜らについてはごく自然に視界から外しつつ、紫は叫んだ。その姿はまさに道徳の具現、良識の徒。似合わないことおびただしいとかいってはいけない。
「そーだそーだ!」
「わかって、霊夢!」
「大和撫子は死んだ! 何故だ!」
「少女だからか!」
「言葉の暴力絶対反対!」
「我々は恥じらいと慎みを要求する!」
賛同者一同も口々に叫ぶ。一部興奮して意味不明になっているが、とりあえずいわんとするところは理解できよう。
それはまさに魂の叫び。
呑気で優しかった霊夢。清純無垢な、安らぎの巫女。雨に打たれた小犬に傘をそっと差し出して、自分は濡れて帰るような女の子(注:嘆願者たちの美化された思い出。実際にはこれらの事実はなく、あくまでイメージ映像です)。
それを取り戻すべく、少女たちは命を賭ける覚悟があった。
一方。
それを受けた博麗霊夢の顔はというと――
さながら、偉そうに肩肘を張る任官したての士官候補生に出くわした、実戦経験豊かな古兵の如しであった。表現を変えるなら、「現実というものをどう教え込んでやろうかな、この最下級の○×どもに」といいたげな顔であった。
サディスティック極まるその表情に、鈴仙などは「あれは月で出会った鬼教官と同じ顔……」と懐かしげな気分になったほどである。
教官、もとい博麗霊夢は朗らかに凶悪な笑顔でいった。
「勇敢なのは感心よ、淑女諸君。気に入ったわ。後で魔理沙を××××してもいい」
おいちょっと待て何故私が、と青ざめる魔理沙を一顧だにすることはなく、博麗の巫女は宣告した。
「ならばその勇気に殉じなさい。要求があるならその力で罷り通れ。右の頬を打たれたならば左を殴り返せ、それも骨を砕くほど徹底的に。『ともあれ、私はカルタゴは滅びるべきだと思う』――ローマはそうして版図を広げたのよ」
古代ローマの大カトもかくやと思われるほど冷徹な顔で、彼女は言った。
注釈しておくが彼女は博麗の巫女、この幻想郷の守護者にして庇護者、神に仕える清らかな少女――そのはずである。多分、きっと、おそらく。
かくして、史上まれに見る莫迦らしい決戦は幕を開けた。
具体的には、
「淑女ども! 私たちの目的は何だ!?」
「「「「貞淑(ヴァーチャ)! 無垢(イノセンス)! 清純(ピュア)!」」」」
「そのためにすべきことは何だ!?」
「「「「撃て(ファイア)! 撃て(ファイア)! 撃て(ファイア)!」」」」
「私たちは少女か!? 純白を胸に誓った乙女か!?」
「「「「Sir! Yes , Sir!! I , I , Sir!!!」」」」
「ならば私たちの掲げる旗は!」
「「「「生涯一途! 全年齢対象! 純情同性交友!」」」」
「「「「最初は交換日記から! 我ら幻想大和撫子! 被弾が怖くて少女ができるか!」」」」
と、八雲紫の絶叫に一同が応え、
「淑女! 淑女! 淑女! 上等じゃないの。軒先という軒先に、城壁という城壁に、奴らの躯を吊るしましょう。裂いて捌いて開いて晒してやるわ、戦争処女ども!」
「……いやそれヤバくないか? 博麗の巫女として、つーか人として」
猛る霊夢を、この一件に関してはまったくの常識的ツッコミ役に納まった魔理沙が(かなり引きつった顔で)諌めたり。
「そこまでよ!」
「あ、あなたは比那名居天子……! 何故……っ?」
「勘違いしないでちょうだい、隙間妖怪。私は私の借りを返しに来たまで。衣玖のふかふかな胸に慰められるのも今日でお終い、私は私の意志で、一人の少女として立つ!」
意外な援軍に紫たちが助けられたり、
「――悪いね、同胞。私は私のために動く。けれどあんたたちも悪いんだよ? 『渡る世間は鬼ばかり』……嫁姑に夫婦親子のご家庭は荒れるものなのさ」
「てゐ……っ、裏切ったか!」
そして土壇場で裏切る者があり、
「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「レミリア!」
「振り返るな、八雲紫ぃぃぃ! お前は私たちの、この郷の少女たちを背負って戦っているのだろう! ならば前を向け! 進めぇぇぇ!!」
「くぅっ……」
「――私は先に行く。だがお前は後から来い。この郷に平和と慎みを取り戻した後で、な……」
「……いずれ地獄で会いましょう、吸血鬼。その献身、決して無駄にはしない……」
「それでいい、それでいい……はは、満足だ……私は務めを果たした……」
熾烈を極めた戦の中で、幾多の仲間を失われたり、
「……幽香、ここはもう無理よ。残念だけど退きなさい……」
「…………。突撃行軍歌ぁ、斉唱!!」
「なっ!?」
「それは子供のころに聞いた話 誰もが笑うおとぎ話(以下閻魔の検閲により中略)」
「「「「そうよ未来はいつだって このマーチとともにある ガンパレード・マーチ ガンパレード・マーチ……」」」」
「オール! ハンデッドガンパレード! オール! ハンデッドガンパレード! 全軍突撃! 例え我らが全滅しても、この戦争、最後の最後に少女と少女が生き残れば我々の勝利だ!」
「全軍突撃! どこかの少女の未来のために!」
圧倒的苦境の中、幽香の歌声に全員が唱和し、熱狂的な戦意を燃え立たせたり(どこかの世界の軍事用語でガンパレード状態という)、
「……はは、ざまぁないね、私も……所詮私も……お人好しのお莫迦さんの一員、だったのか……」
「てゐ、あなた……最初からこのつもりで……」
「私は私のために動く……私の信じた旗が、私の愛したともがらが、勝って生きて笑って過ごせるために……それだけさ……ね……」
「てゐ? てゐ!?」
「ああ……大己貴命様……来てくれた……の? 私は……あなたに教えられたことを……果たせましたでしょ……う…………か……?」
「てゐぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
さらに土壇場で表返った者がいたりと。
それはもう、ヘロドトスやトゥキディデス、あるいは司馬遷が知れば間違いなく筆を取り歴史書一冊書き上げたに違いない、それほどに激烈な戦であった。彼らがことの原因を記すに当たりどのような苦悩を覚えるはともかくとして。
かようにして、幻想郷で古き良き少女の在り方を守らんとする崇高な戦は繰り広げられ、そして――
結果からいうならば、八雲紫は勝利した。
というか、八雲紫、八雲藍、レミリア・スカーレット、十六夜咲夜、パチュリー・ノーレッジ、紅美鈴、伊吹萃香、星熊勇儀、魂魄妖夢、比那名居天子、村紗水蜜、雲居一輪、寅丸星、四季映姫・ヤマザナドゥ、風見幽香、射命丸文、河城にとり、因幡てゐ、藤原妹紅、上白沢慧音などといった幻想大和撫子連合が勝利した、というのが正確だろう。
いかに天才・博麗霊夢とはいえ、異変の黒幕級から幹部級(専門用語でいうところのexボスから中ボスまで)がずらりと揃った連中に決死の覚悟で挑まれては、いささか分が悪かった。
異変の解決時であればまた結果は変わっていただろうが、今回かかっていたのはたかが言葉遣いである。紫たちにとってはまことに切実極まる命題ではあったが、博麗霊夢にとっては負けたら負けたでまぁいっか、で済むような事柄でしかなかった。身も蓋もない結論をいうならばそういうことだ。
繰り返しになるが、幻想郷の少女たちは勝利した。
無数の犠牲と無数の悲喜劇の果てに、半壊した博麗神社の境内で、少女筆頭(異論は認めない)八雲紫はそのことを宣言した。
「淑女諸君、我々はここに勝利した。
だが、これは終わりを意味するのだろうか? いや、そうではない。
淑女諸君、我々はこれより新たな義務を果たさねばならない。
そう、この一つの勝利によって取り戻された貞淑と無垢と清純を、より広く、より多く、より深く、無数の枝葉へと育て上げるという義務が。これは血反吐を吐きながら戦場を駆け回り、砲火の下に戦友と支え合う、そのことよりもさらに困難で長い戦いとなるだろう。
だがしかし、淑女諸君、私は信じている。我々ならば、この次なる戦にも必ずや勝てるであろうと。
それは確信よりもなお深く、信仰よりもなお堅い。何故なら私は知っているからだ。
我が愛すべき淑女諸君、いかな過酷なときにも互いを信じ合い、助け合い、そして勝利した皆の姿を、見てきたからだ。
幻想ではない、現実における皆の姿を、この胸に刻んできたからだ。
淑女諸君、現時刻をもって我々はその部隊を解散する。我らはしかし、決して忘れることはないだろう。その挺身と献身を、永遠に刻み込むだろう。
であるならば、大和撫子は永遠であり、諸君らもまた永遠なのである」
粛々たる声音で部隊解散(?)の演説を終えた紫に、満身創痍の少女たち(何故か死傷者はいない。レミリアやてゐまでがしっかり健在なことにツッコミを入れるのも野暮というものだ)が駆け寄り、口々に歓声を上げた。
感動的なその光景を眺めつつ、
「……あいつら、要は暇人なのね」
と、敗者(の、はずである。その割に傷一つないが)――博麗霊夢は、転がっていた酒瓶を拾い上げて口をつけ、
「お前もな」
終始傍観者に徹していた霧雨魔理沙――事の成り行きについていけなかったともいうし、呆れ果てていたともいう――は、ツッコミついでにこう呟いた。
「……これで大丈夫か幻想郷」
多分大丈夫だ。それが幻想郷なのである。
はてさて。
実のところ、これですらまだ、一つの「起」に過ぎない。
いかに熾烈で鮮烈で苛烈であったとしても、これすらもまた導火線に過ぎなかったのだ。
少女たちは勝利した。
だが、ピュロスしかり、ハンニバルしかり、勝利することと勝利し続けることは、また別の問題である。誰もがアウグストゥスになれるわけではない。
この世は回り回る巨大な歯車に過ぎぬ。一つの歯車は次の歯車を。次の歯車は次の次の歯車を。
万物は連鎖し、連続する。それは永遠に続くのだろう。
幻想郷の歴史がまた一ページ……
“終わり、あるいは新たなる始まりへ”
面白かったです、すごく。
頼もしいですね、幻想郷。
最初の阿求の語りがちょいくどいと感じたため、こんな点数で。
なあんだこれ。ベタな戦争の一幕に吹きました。
子犬に傘やるような少女っていうのもお気に入り。
だが、これで終わりじゃないということは……。
はっ! まさか、ひじりん……!
ところでこれは、フェアリーテイルガールズ最終話が、全編海兵隊用語で描かれる予告として見ていいんだよね?
あなたの独特な語り口調はいつも私を奮わせる!!
・・・たとえそれがアホな内容でもな
洩谷の血統がどうしようもなさ過ぎるw
面白かったです。
みんなのテンションが熱くて面白くて反応がそれぞれちがってて楽しかったです!
プラトニックの旗の下に集った、紫様をはじめとする幻想大和撫子連合に不滅の栄光あれ。
それにしても霊夢さん、ハートマン軍曹じゃなくてフォーリー軍曹を真似していれば
こんな事にはならなかったのに……。
戦争の最初犠牲者は真実だ……。何なんだこれw
ちょっと合ってるかも、なんて
あれ?こんな時間に届け物?
大丈夫だ。問題ない。
地の文が真面目っぽいのが余計に笑いを誘いましたwww
面白かったですよー
シリアスがシリアスにならない不思議、あら不思議。
現実の大和撫子が失われ幻想郷入りしたのでしたら、せめて幻想郷では守り愛しみ育まないと‥‥。
さすがは大妖中の大妖、八雲紫さま。英断に最大級の賛辞を送らせて下さい。勿論、参加なさった妖怪諸嬢(?)にも♪
真の聖戦を見せて頂きました。
そして聖戦のまごうかた無き最良の記録者である 7th fall さまにも心からの感謝を。
「あなた、ばかでしょ!!!!(大爆笑)」