一
「それは、できない相談だわ」
フランドール・スカーレットの瞳からはすっかり輝きが消え失せて、凍り付いた古明地こいしの顔を抑揚もなく映し出していた。
魅力的な提案だと思っていたのに。どうしてこうなったのか、こいしはこの状況に至る経緯を思い出していた。
§
入り口の大きく重い鉄扉を開け中に入ると、真っ暗な景色ばかりが視界いっぱいに広がっていた。それを見たこいしは漠然とした感想を脳裏に浮かべる。
──ああ。彼女の罠にはまっちゃったかしら。
ぼう、と部屋の片隅に薄い明かりが灯る。炎とも太陽とも質の異なる、不可思議な光である。それが六芒星の魔法陣を描いて、真っ暗な部屋の奥に浮いている。
後ろ手で扉を閉める。罠と分かったところできびすを返して逃げ出すような無粋さは、この幻想郷に似つかわしくない。それは日々を夢遊病のように生きるこいしにとっても、同じことである。
暗い部屋の中央に足を踏み出す。依然として不気味な光を放つ魔法陣のことなどお構いなしで。
「いるんでしょ、フラン。隠れていないで出ておいで」
折角遊びに来たのに暗がりからの出迎えとは、あんまりではないか。そんなこいしの呼びかけに対し、魔法陣が音もなく動き始める。部屋の外周をなぞるように。
魔法陣はより強い光を放つと、緑色の光彩を放つ玉を生み出した。それは魔法陣を離れ、部屋の中央へ向けて飛んでいく。そこに佇む、こいしをめがけて。
袋の鼠となったこいしだが、その表情に焦りはない。一歩後ろに引き下がると、背後から飛んでくる光弾の狭間をすり抜けた。光弾そのものに目もくれず。
その程度の芸当など、息をするより容易い行為だった。彼女が見たものは、弾丸の軌跡などではない。万物、ひいては攻撃に宿った意志と相反するもの、無意識が彼女の視界に映っていた。
その無意識がある方向に体を動かせば、攻撃は自ずとあらぬ方向へ飛んでいく。増して攻撃が「彼女」の小手調べ的な弾幕、禁忌・クランベリートラップともなれば、なおさら無意識を見つけるのは簡単だ。
背後から撃ち放たれた弾丸と、部屋の奥からこいしを狙う弾丸とを幾度かあしらった。同時に視線を巡らせて、この甘い罠を仕掛けた「彼女」の行方を探す。
日々退屈を持て余している彼女のことは、よく知っている。だからきっとこの弾幕は、その退屈を紛らわすために考え出した趣向の一つなのだろう。
つまりこの攻撃には、次の仕掛けがあるということ。
「ねえ、フラン。早く出ていらっしゃいよ。それとも、このスペルは耐久弾幕にでもなっちゃったのかしら?」
自らのスペルカードを取り出し、弾幕の準備をする。出てくるつもりがないというなら、こちらからいぶりだしてみよう。そんな単純な発想だった。
それを押し止めるように、変化が生じる。弾丸を撒き続けていた魔法陣が不意に消え去り、それと入れ替わるように天井で魔法の光源が灯って部屋の闇が退いていく。
それによって、ようやく部屋の全貌が明らかになる。
家具、調度品の類が見当たらない、ちょっとしたダンスホールほどの広さがある空間。壁を覆う無骨な鋼鉄は、頻繁に行われたであろう弾幕に晒されて、至る所に窪みができている。こいしはその部屋の、赤と黒の市松模様に配置されたタイルの中心にいた。
部屋の隅に、見慣れた姿が見える。赤いチョッキとスカート。サイドテールに結った金髪と、頭の上に乗るナイトキャップのような帽子。そして背に生える枯れ枝のような翼と、七色に光る水晶のような羽根。そんな姿をした少女が部屋の片隅、こいしの右前に佇んでいた。
こいしの左前にも佇んでいた。
こいしの右後ろ、左後ろにも立っていた。
合わせて四人。顔も髪型も、背格好も服装も、そして背中の奇怪な翼に至るまでまったく同じ姿をした少女が、部屋の四隅に立っている。
「うふふふ。いらっしゃい、こいし」
フランドール・スカーレットの声がこいしを取り囲む。四方向からの声は、まるで反響のように聞こえてくる。
禁忌・フォーオブアカインド。分身したフランドールに四方から囲まれるのは、常人には悪夢のような光景だ。
黒い丸帽子のつばを持ち上げて、四人に増えたフランドールを見渡してみる。
「なるほど。罠は目くらましで本命はこっちなのね?」
フォーオブアカインドの分身は、通常スペルカードの発動後、本人に近い場所へと出現する。それが四隅に現れたということはクランベリートラップは時間稼ぎで、その隙に四人の分身は部屋の暗がりを移動して、部屋の四隅にたどり着いたというところだろう。
そして、フランドール本人と分身との見分けをつけさせないためでもある。絶望する以前に、感心する。
「こいしったら、いつも私の弾幕を簡単に避けちゃうんだもの。だから今日のは一生懸命考えた取って置きよ?」
本当によく考えたなと思う。
フランドールとは、遊びに来るたびに弾幕ごっこをしている。しかし彼女は情緒の起伏が激しくて、その攻撃にはむらが多い。弾幕の動きも単調になりがちなのだが。そんなフランドールが真面目に弾幕パターンを考えて、こいしとの遊びに新たな彩りを添えようとしている。
人一倍飽きっぽいこいしのために、である。
「嬉しいな。どんな弾幕を見せてくれるのかしら?」
四人のフランドールが、一斉に左手を向けてくる。その指先に輝き始める、禍々しい光。
「それはねえ、こうするのよ!」
四人が一斉に、翼を広げて飛び上がる。こいしを中心にして時計回りに回りながら、左手から弾丸を撃ち放つ。
十字砲火など生ぬるい。四方八方を埋め尽くした弾丸の中から、無意識を見つけだして攻撃を避けていく。
──これを避け続けるのは、ちょっときついかしら?
弾幕の密度が上がれば、撃ち手が意識していない部分はそれだけ小さくなる。現在のフランドールのように、四方からこいしの姿を捉えているならなおさらだろう。
通常のフォーオブアカインドは、分身を一人ずつ撃ち落として行くのが基本である。しかしこうも動き回られては、それもままならないだろう。
では、どうするべきか。フランドールが知恵を絞って考えてくれた余興に対して、こいしはどう答えるべきか。
「ほらほら、この程度でもたついていたら、次の攻撃が避けられないわ?」
周回を続けるフランドールの指先に、新しい光が灯り始める。追い打ちの弾丸を飛ばすつもりなのだろう。
前後左右から破壊の弾丸を飛ばされたら、こいしにも避ける手だてがない。さてどうしようかと、若干悠長に周囲を見回してみる。
そこで一つ、気が付いたことがある。
「そお、れっ」
可愛らしいかけ声と共に、三方向から一際大きな弾丸が放たれる。それを認めると、残った弾丸をすり抜けある方向に向かった。最も無意識の濃い方向、すなわち一人だけ破壊の弾丸を撃たなかったフランドールの方へと。
フランドールのびっくりした顔。それに飛びつくように腕を振り上げ、無意識の弾丸を身に纏う。
深層・無意識の遺伝子。弾丸を帯びた体当たりで、フランドールの体を弾き飛ばした。
と、同時に。残った三体の分身が消え失せる。
残ったただ一人のフランドールは、空中で体勢を立て直しながら目をぱちくりとさせた。取って置きの弾幕をいとも簡単に破られたのが、まるで信じられないようだ。
「あれ、どうして? どうして本物が私だって分かっちゃったの? 誰が本物か分からないようにしたのに」
フランドールの疑問に、笑顔のままで肩を竦める。
実際、フランドールの本体に気が付いたのはまぐれに近い。何度かいつものフォーオブアカインドを体験していなければ、危なかっただろう。
「だってフラン、本物はいつもあそこで弾幕を撃つことができないじゃない」
ぴたり、とフランドールの動きが空中で止まる。
フランドールはそのままの体勢でその言葉を理解し、きっかり十秒後にたった今の弾幕に残されていた重大な盲点を認識して、愕然となる。
「……うん。いい線行っていたと思うよ?」
「あ」の形に口を広げて固まるフランドールのために、自身の指同士を絡めながら慰めの言葉を探す。
「普段はフランと分身が、同じ方から攻撃するものね。四カ所に散らばれば、私の隠れる無意識は小さくできる」
指を組み替えながら、必死に言葉を紡ぐ。
「……でも誰が本物かは、慣れるとすぐに分かる、かな」
フランドールが口を尖らせむくれっ面を作る。少なくとも本人にとって、今の弾幕は会心のできだったようだ。
ぎり、と真っ赤な瞳がこいしを射る。
「ふんだ。この程度のスペルカードを破ったくらいで、いい気にならないことね!」
「さっきは取って置きだって言ってたじゃない」
再びフランドールは空中に飛び上がり、こいしとの距離を広げる。まだまだやる気は十分のようだ。
「次の取って置きを見せるわ。覚悟はいい?」
まあ、あの程度で終わるとはこいし自身も思ってない。フランドールが見せた弾幕は、彼女が持つスペルカードの中でも簡単な部類に入るもののアレンジに過ぎない。
こいしも宙を舞いながら、次の無意識を探し始めた。
無意識を操る覚り妖怪、古明地こいし。
破壊の力を操る吸血鬼、フランドール・スカーレット。
こう見えて彼女らは、ひょんなことで知り合った大の親友同士である。
§
一頻り弾幕ごっこを繰り広げたあと。こいしが壁にもたれ掛かって息を吐いていると、フランドールの素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「あーっ!」
首をフランドールの方へと向けてみる。彼女は背を向けた状態で、何かを持ち上げていた。
確認のため、近づいてみる。フランドールが持っていたのは、熊か何かと思しき人形だった。
「熊か何か」と表現せざるを得ないのは、首から上が消し飛んでどこにも見当たらなかったからである。
「また壊しちゃった……お姉様に怒られちゃうわ」
恐らく安全な場所に退避し忘れた人形に、弾幕ごっこの流れ弾が当たってしまったのだろう。フランドールの様子は人形を破壊してしまった後悔の念より、怒られることに対する焦燥の方が先んじているようだ。
その時、背後の鉄扉がごとんと音を立てる。誰かが部屋に入ってきたようだ。弾幕ごっこの直後を見計らったように現れるあたり、きっと外から遊びが終わるのを待ち構えていたに違いない。
部屋に姿を現したのは、二人分のティーセットを乗せたワゴンを押す長身のメイドが一人。フランドールの部屋は地下にあって、途中には急勾配の階段がある。どうやってワゴンをここまで運んできたのか。
「妹様、『お客様』。お茶が入りましたわ。お菓子と一緒にお召し上がりくださいな」
十六夜咲夜が、こいしとフランドールに声をかける。ろくに挨拶もしないでこの紅魔館を訪れているのだが、こいしは賓客扱いだ。
フランドールは首なし人形を咲夜に見えないよう隠したまま、部屋の片隅にある天蓋つきのベッドと小さなテーブルを指さした。この広い部屋の、数少ない調度品。
「ありがと。あっちに置いといてくれる?」
「かしこまりました」
咲夜は微笑を浮かべて、二人の目の前から消え失せる。
次の瞬間には咲夜の姿がテーブルの近くに現れ、文字通り目にも止まらぬ速さでティーカップを並べ終えている。時間を操る紅魔館のメイド長は、相変わらず仕事が速い。
手際よく白磁のティーカップに紅茶を満たすと、フランドールとこいしに向き直る。
「お茶が終わった頃合いを見て、下げに参りますわ。ごゆるりとなさってくださいな」
ワゴンを押しながら、静かに部屋をあとにする。あとに残されたフランドールとこいしは、思わぬ水入りに顔を見合わせた。
「……お茶、飲もうか?」
「そうだね」
二人は連れ立ってテーブルに向かう。紅魔館の広い庭園で栽培し、メイド長の能力で熟成させた赤いブレンドティーが、白いカップの中で湯気を立てていた。付け合わせに用意されているのは、果実の飾られたストロベリーのムース。この館ではとかく赤いものが好まれる。
これだけ赤いと、本物の血でも入っていやしないかと心配になるのだが。咲夜が吸血鬼ではない客にそんなものを飲ませるはずはないと、フランドールは笑う。
一頻り弾幕ごっこで遊んだあとは、こうして準備されたお茶を手に、二人向かい合ってお喋りを楽しむ。それが、フランドールの所へ遊びに来た時の定番となっていた。紅茶もムースも、幸いにして鉄の味はしない。
「あーあ。どの弾幕も最初に考えた時はいい線行ってたと思ったんだけど。こいしにはあっさり破られちゃった」
フランドールは不満げな顔をしながら、若干不器用にムースをフォークで切断する。力余ってフォークと皿が触れ合い、カチンと音を立てた。
「結構ぎりぎりだったわよ? もう一ひねりできれば、今度は撃ち落とされちゃうかも」
フランドールのご機嫌をとりながら、ティーカップに口をつける。えぐ味が少なく飲みやすい口当たりだった。
ご機嫌取りとは言ったものの、彼女との弾幕ごっこはこいしにとってもスリリングな一時であることは間違いない。こいしが来ない時はフランドールの姉、レミリア・スカーレットや、たまに遊びに来る人間が相手になるらしいが、よく生き残っていられるものだと感心する。
「でも、新しい弾幕を考えるのって案外楽しいね。ねえ、こいしも何か新しいスペルカードを見せてよ。毎回同じ弾幕ばかりだと、退屈じゃない?」
こいしは苦笑して首を振った。幾ら無意識から弾幕を引っ張り出しても、限度というものがある。
「手持ちのスペルカードは全部使い切っちゃった。また今度来る時までに、考えておくわ」
フランドールは困り顔でうつむいた。金髪の吸血鬼は新案のスペルカードが不発に終わったお陰か、少し遊び足りなさそうな様子だった。
「うーん。それじゃあ、おやつが終わったら何して遊ぼうか? パチェの所にご本を借りに行く? それとも、庭園で追いかけっことかかしら」
いずれも魅力的な提案ではある。しかしこいし自身は、少々腑に落ちないことがある。フランドールとの遊びは楽しいが、日々無意識のままに新たな未知を求めている彼女としては物足りなくなってきていた。
「それよりもね、フラン。私、もっと面白い遊びを思いついたのだけれど、聞いてくれる?」
フランドールが顔を上げ、興味に目を輝かせ始める。その様子に若干の期待を寄せながら、その提案を彼女に聞かせることにした。
「紅魔館の外に出てみない、フラン?」
二
こいしの自宅は、地底の奥深くにある。
紅魔館のある湖を出て山の麓の森を抜けると、人間の集落から離れた一件の神社がある。その裏手には、時折間欠泉が吹き出す洞穴があり、その中に深く深く潜っていくと、広大な地底世界が姿を現す。
その道中も内部も、こいしにとっては退屈な岩だらけの景色である。自然な太陽の光の下に照らされた地上の光景や色彩は、彼女の好奇心を刺激するには十分過ぎる事物だった。ある事件によって地底から地上に続く道筋ができて以来、こいしのフィールドワークは地上が主体となっている。
岩だらけの洞窟を抜け地底の大河にかけられた橋を渡れば、旧都と呼ばれる地底の繁華街に入っていく。地上を追われた妖怪達が人間を襲うことも忘れ、日々をのんびりと過ごしている場所である。力の強い鬼達が実権を握っており、その統治の下で独自の社会が築かれている。
その旧都の中央通りをまっすぐ歩いていく。道沿いの家屋には、飲み屋を示す赤提灯がぶら下がる。その入り口で、内部で、鬼達が酒杯を片手に浮かれ騒ぐ。一年三六五日、昼夜を問わず旧都はこの調子だ。
それらの全てに、興味を覚えることもなく通り過ぎる。また鬼達もこいしに気づく様子がない。鬼達の無意識を選んで渡り歩いているので、その存在に気づかれることがないのである。
旧都の中央に歩き進むにしたがって、道を行く妖怪の数は多くなるどころか、逆にまばらになっていく。家屋と呼べるものすらなくなり、閑散とした空き地が旧都の中心にぽっかりとできている。地底で最も嫌われている妖怪が住む屋敷によって、旧都に小さなドーナツ化現象が起こっていた。
その屋敷、地霊殿こそこいしの自宅である。広い空き地の中心にぽつりと、白亜の壁に赤い柱の洋館が建っている。立地も含め、繁華街の和風長屋から明らかに浮いた邸宅だった。
こいしは屋敷正面の大扉に手をかけて、手前に引く。扉には鍵がかかってなく、ゆっくりと開きだす。滅多に来客がないため、防犯の必要性は忘れ去られていた。
地霊殿のエントランスホールは、動物で埋め尽くされている。犬猫は無論のこと、鳥類、特に烏のような人に慣れないものまで屋敷の中を我が物顔に飛び回っている。その全てが、地霊殿で飼われるペットである。
こいしは彼らの背を踏まないように注意して歩きながら、その更に奥を目指す。
玄関口から左右に通路が伸び、凹の形を描くように通じている。こいしは右手に向かって歩き、その通路の奥を目指す。エントランスホールから入ってすぐの場所に家族が揃って利用する食堂があるので、最初はそこに足を踏み入れる。
食堂に入るなり、中央に置かれた大きなテーブルの奥に一つの影が座り込んでいるのに気がついた。こいしはその姿を見て、破顔する。
──本当にもう、相変わらずなんだから。
その人物は一切手がつけられていない料理の皿を前にして、椅子に座ったままうつらうつらと船を漕いでいる。
紫色の髪。それらを止めるヘアバンドから伸びるチューブと、それに繋がる左胸の「第三の眼」。
こいしは無意識に潜り込んだままその人物の背後へと回り込み、一気に抜け出して両肩を叩く。
「おー、ねー、えー、ちゃんっ」
肩を叩かれたその人物は、びくりと大きく伸びをして、左右を見回し、のちにまだ眠そうな目をこいしに向ける。いつでも彼女は、こんな感じ。
「……おかえり、こいし。ご飯は食べて来たかしら?」
「うん、まだ」
その人物……こいしの姉、古明地さとりは柔らかく微笑むと、すぐ隣の椅子を手で引いた。
さとりは毎日そうやって帰りが不定期なこいしを待ち、一緒に食事を取ろうとする。
「少し待っていなさい。冷えたご飯を温めてくるから」
「いいよ、別に。コールドスープだと思って食べれば、それはそれでおいしいと思うわ?」
こいしはさとりの隣に座ると、ナプキンを手にとった。今日の夕食は地底野菜のオードブルに白いんげんのスープ、川魚のムニエル、そして灼熱地獄の熱で燻製にしたロースト肉。しかしそれらの全てが作ってから時間が経っているために、いずれも冷めきっている。
その冷えた夕飯を食べながらこいしから一日の出来事を聞き出すのが、さとりの日課の一つだ。
「こいし。今日はどこに行ったの?」
さとりが「元」温野菜にフォークを突き立てながら、早速こいしに聞いてくる。こいし自身はそれを煩わしいと思ったことがない。彼女はむしろ、常に地霊殿の内部に引き篭もっているさとりに、外の様子を色々と教えてあげたいと思っているくらいだった。
「紅魔館に行ってきたわ。フランに会いに」
さとりは二度三度瞬きして、何かを指折り数え始めた。相当に驚いた様子で。
「珍しいわ。あなたが同じ場所に何度も足を運ぶなんて。地上の吸血鬼のご令嬢と遊ぶのは、そんなに楽しい?」
こいしはその言葉を聞いて、はたと首を傾げる。どうやら指を折っていたのは、ここ最近フランドールを訪問した回数を数えていたようだ。あるいは、何日前に彼女の所を訪れた話をしたか。
言われてみれば、フランドールとの遊びはよく続く。毎度彼女との弾幕ごっこは死線のぎりぎりを行っており、飽きが来るはずもない。それでもお互いのスペルカードは見せ尽くしており、マンネリ化しつつあるのは事実だ。
にもかかわらず、フランドールの所へは頻繁に通う。自覚していなかったレベルで。その理由がこいしには、よく分からない。文字通り無意識の命じるままに、悪魔の赤い館に足を運んでいるから。
「楽しいには楽しいけれど、どうしてかしらね。いつも薄暗い部屋の中で、弾幕ごっこの繰り返しだし。もっと面白い遊びもあると思うんだけど」
そこで、先のフランドールとのやり取りを思い出す。少なくともこいしには、納得が行っていない話である。
この際なので、さとりにも聞いてもらうことにした。
「フランったらね。紅魔館の外には一歩も出ようとしないのよ。出たとしても館のお庭を散歩するくらいでね」
行儀などそっちのけで、フォークを指揮棒のように回しながらまくし立てた。対するさとりは、その所作を諫めることもなく、こいしの話に耳を傾けている。
「だからね。私は、フランに提案してみたの。紅魔館の外に出て遊ばないかって。外で色々なものを見て回るのはきっと楽しいだろうって思ったのよ? でも断られた。あの子はできない相談だって言ったわ」
§
時はこいしが、紅魔館の地下でフランドールに提案を断られた直後のこと。こいしは未練がましく彼女の固辞を聞き返していた。
「どうして、駄目なの? お外で遊ぶのもきっと楽しいと思うのだけれど」
フランはそれを聞いて、表情一つ変えようとしない。こいしの申し出に対してまるで興味がないようだった。
「私は、お屋敷の中で遊んでいるのがいいの」
にべもない回答だった。それでもこいしは、どうにかフランドールに食い下がった。こいし自身の記憶から、彼女の興味を引きそうな物事を色々と探してみることにする。自身の感動を誘ったものを。
「お屋敷の外には、面白いものがいっぱいあるのに? あなたのお姉様みたく神社へ遊びに行くのはどうかしら。あの巫女は妖怪が来るといやそうな顔をするけど、暴れたりしなければお茶を入れて出迎えてくれるわ」
フランドールが黙っているのをいいことに、こいしは身振り手振りまで交えて自分の見聞を披露する。
「人里に出てお買い物するのもいいわね。あそこの人間は、里の中で妖怪達に会っても騒いだりしないし。誰かに会うのが苦手なら観光もいいわね。魔法の森は陰気な場所だけど、紅魔館では見たこともない植物が生えてて面白いところだし、あとは」
果敢にまくし立てているこいしの胸元に、一本の手が伸びる。舌の回転を止めてその行方を辿ると、うつむいたフランドールに到着する。彼女は明らかに困惑している様子だった。何かを恐れ、拒絶するかのように。
「確かに面白そうだけど、やっぱり私はいいわ。こいしが外で見た話を私にしてくれれば、それでいいよ」
好奇心を刺激するに至らなかったようだ。若干の失望を感じながら、フランドールの様子を窺う。
フランドールは固い顔をこいしに向けると、背の裏側から何かを取り出した。それは、先ほどの弾幕ごっこで破損してしまった首のない人形である。
それを、無造作に床へ投げ捨てる。
「知ってるでしょう、こいし? 私の能力のことは」
無言で頷いた。咲夜からフランドール本来の凶悪さは、耳が痛くなるほど聞かされている。弾幕ごっこでその能力を使用することを固く禁じられている、とも。
フランドールはテーブルの上で片手を差し出し、掌を上に向けて広げる。すると、白くてぼんやりとした光の塊のようなものが手の上に集まり始める。
「こいしにも見えるでしょう? これが『破壊の目』。私はどんなものにもこれが見えて、しかも手の中に呼び寄せることができる。私がこれをきゅっとするだけで、どんなものでもどっかーんできちゃうの。そう、例えばこいしだってね」
フランドールの言葉を聞いて、「破壊の目」を乗せたその手がすぼまるのを見て、思わずこいしが身構える。もしかすると、今彼女が手にしている破壊の目の出所は自分自身ではないのか、と。
ぱん。
乾いた破裂音が、フランドールの足下から響いてきた。身を乗り出してみると、そこには先ほどの人形が跡形もなく砕け散っていて、布と綿の屑がわだかまっているだけだった。
これがレミリアによって禁じられた、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力の本来の使い方。それを目の当たりにしたのは、フランドールと出会って以来初めてのことだった。
フランドールが笑顔でこいしを見る。その口元は吊り上がり確かに楽しそうに見える。しかしその目は少しも笑ってはいなかった。
「分かったでしょう? こんな能力を持った私は、お外になんか出てはいけないわ」
もしも外に出れば、自分に関係のないものまで不必要に破壊しかねない。それがフランドールの言い分だった。しかしそれでも、こいしは納得がいかない。
「破壊の目を引き寄せなければ、それで済む話ではないかしら。実際、最近は何も壊していないのでしょう?」
さっきのは例外として、と付け加えるのは忘れない。フランドールが見境なく先ほどの能力を行使していれば、こいしはすでに吹き飛んでいるだろうから。
「それでも、破壊の目はどんなものにも見えてしまう。いつも私の手元にやってきて、壊してくれとせがむのよ。この何にもない部屋でそれを潰さないように気をつけるだけでも、私には精一杯だわ。弾幕ごっこをして気を紛らわさないと、今でも気がおかしくなりそうになる」
フランドールはテーブルに身を乗り出し、こいしの顔を下から見上げる。こいしには、その目に少々熱が篭もっているように感じられた。狂おしいほど病的な。
「だからねえ、こいし。これからもずっと、遊びに来てくれるよね?」
§
さとりはこいしの話を一通り聞き終えると、ナプキンで口元を拭う。彼女はそこで初めて、瞼の重そうな瞳をこいしへと向ける。
「それで、あなたはどうしたいのかしら?」
一切の推量推測を交えないポジティブ・クエスチョン。さとりはいつでもこいしの心情を推理せずに、具体的な返答を求めようとする。彼女の昔からの癖だ。
「もちろん、フランと外へ遊びに行きたいと思ってるわ。絶対にそちらの方が楽しいと思うし。破壊の目が見えるのって、気がおかしくなるほど不便なものなのかしら?」
さとりはこいしの話を聞くと少し思案し、若干困ったような表情を浮かべてこいしを見る。その顔には、少しだけ不安が混じっているように思えた。
「私はフランドールさんに会ったことがないから、その気持ちまで理解することはできないのだけれど。でも、あなたの主張はただの独り善がりになっていると思うわ」
独り善がり。さとりの言葉はどうにも腑に落ちない。地底での暮らしに少々飽きが来ているこいしにとって、フランドールの住む地下室はどうしても恵まれた環境には思えなかったのだ。
「そうなのかしら? フランの場合、ただの出不精にも思えるのだけれど」
さとりは空いた皿をテーブルの片隅に追いやりながら、天井を見上げる。そうやってこいしを傷つけないような言葉を探している。
「彼女にはいつでも、あなたには見えないものが見えているの。見え方が変われば、考え方も変わるものよ」
そこで一度言葉を切って、視線を泳がせる。次の台詞を言っていいものか、僅かに悩む。
「……例え話をしましょう。もしもあなたが何かの弾みで第三の眼が開いてしまって、再び人の心が読めるようになったら、今のように外へ出たいと思うかしら?」
目を見開いた。至極、適切な例えだった。
さとりとこいしは、覚り妖怪である。胸にある第三の眼から流れ込んでくる、他者の思考に埋もれて生きる。こいしは覚り妖怪に対する敵意、悪意に晒された結果、心の病を患って自ら第三の眼を閉じてしまった。その後偶然が重なって無意識のまま行動できるようになった、覚り妖怪の異端的な存在である。
今の例え話で、分かったことがある。自らの能力を憂いて館の中に引き篭もるという点において、さとりとフランドールはとても似ている。だから自然と、紅魔館に足が向いたのだろう。
過ぎた能力を憂うあの子に、何かできることはないか。
「……分かった。もうフランに無理強いはしないわ」
さとりはこいしの返事に、目を細めて頷いた。妹の分別に安堵するようでもある。
残念だが、さとりの言う通り見えているものが違うというのなら、仕方がない。
しかしフランドールと話したり一緒に遊んでいる限りでは、人並みの好奇心を持ち合わせているように思える。外に連れ出す以外に、何か彼女の好奇心を満たす方法はないものだろうか。
考えるこいしの耳に、さとりの助け船が届いた。
「また吸血鬼の館に行きたくなったら、その前に厨房へお寄りなさい。あそこへはまだ挨拶もしていないしね」
それを聞いて、表情を輝かせる。
さとりの言葉は、一つの合図だった。彼女は紅魔館に向けて、取って置きの土産を準備するつもりなのだろう。
それなら、待たずにはいられない。
三
翌日。
こいしがいつものように身なりを整えてエントランスホールへと向かう通路を歩いていると、ほの甘い香りが嗅覚を刺激した。ペット達がその匂いに釣られ、足下を何匹か忙しなく通り過ぎていく。
──ああ。準備、始めてるのね。
こいしもまた、ペット達のあとを追うように甘い香りの根元に向けて足を進めた。地霊殿の住民達にとっては、馴染みの香りだ。
香りの出所は、ダイニングに隣接している厨房である。その中を覗き込むと、さとりが水色のシャツの上から白いエプロンドレスを身に着け、鉄製の竈と向かい合っていた。ペット達が匂いに誘われ、足下にすり寄る。
「ほら、危ないから下がっておいでなさい。あなた達の分もあとで作ってあげるから、今は我慢なさいね」
分厚いミトンを着けた左手には大鍋を持ち、右手には黒く焼け焦げた火ばさみを手にして、竈に隣接する炉の中から赤熱した石の塊を掴み取る。地霊殿の中庭から通じる灼熱地獄で、ペットの火焔猫達が回収してきた溶岩の塊。それを炎の代わりに竈へとくべる。
鍋の中には、透き通ったザラメの山。これが溶岩に熱されて、次第に粘りのある液体へと姿を変えていく。
さとりは火ばさみをへらに持ち替えると、鼻の頭に汗を滲ませながら溶けた砂糖をゆっくりと攪拌する。
その脇から、作業の様子を覗き込む。
「随分とたくさん作るのね。私が持ちきれるかしら?」
こいしの唐突な登場に一瞬手を取めかけるが、それでも細かく泡立つ鍋から目を離すことはない。煮詰める温度によって、再び冷え固めた時の状態が変わる。
「持てる分だけを持ってお行きなさい。余った分は私とペット達がおいしくいただくもの」
再び右手に火ばさみを掴むと、竈の溶岩の積み方を変えて、火力を調整する。それを眺めて、姉の細やかさに苦笑いを浮かべた。
こいしに比べるとうちに篭もることが多く、腕っ節もそれほど強くはない。代わりに地霊殿の誰よりも器用で、一度弾幕ごっことなれば敵対者のトラウマを探り出し、その苦手とする弾幕を忠実に再現して見せる。日常生活にもそれらはよく生かされていて、時折とても凝ったものを自作することがある。丁度今のように。
「今日は何を作るつもりなの?」
こいしの言葉に首を傾けながら、鍋をかき混ぜ続ける。こうして時には半刻ほど、砂糖を混ぜ続けることもある。
「『最初は』キャンディにするつもりよ。果汁で匂いをつけて何種類か作ろうと思ってるわ。それができたらグミやヌガーとかも用意しようかと」
──凝り性だなぁ、相変わらず。
地霊殿における運営維持管理の大半はペットがこなす。できた余暇を、さとりはもっぱら創作に費やしている。暇しているなら外に出ればいいのにと思うのだが、彼女はそれを絶対にしない。
「ねえ、それじゃあ、あれも作るの?」
ちらりと、こいしを見る。妹の不可解な言葉を瞬時に理解すると、彼女に尋ね返した。自身にとっては難なきことのように。
「二、三日待てるなら用意しておくけど、どうする?」
断る理由はない。さとりが丹誠込めて作る創作菓子を、フランドールは喜んでくれるだろうか。
「ええ、お願いね。退屈を持て余すあの館の人達が、感激できそうなものを作ってくれると嬉しいな」
§
更に数日後。こいしは砂糖の匂いがしなくなったのを見計らって、再び厨房に顔を出した。中央に置かれたキッチンテーブルを見て、顔をほころばせる。
テーブルの上にはバスケットが数個、他の食材とは区別するように置かれている。その中には案の定、素敵なものが小山を作っていた。
果汁で淡く色づけられたキャンディ。
直方体にカットされた琥珀色のヌガー。
丸く形成され視覚で柔らかさを想像させるグミ。
そして油紙に取り分けられた形で、もう一種類。
テーブルの上に、一輪の薔薇が咲いている。血のように赤いそれは厨房の明かりを反射する光沢を持ち、一見するとガラス細工のようにも見える。
それは、さとりが作る一番手の込んだお菓子の一つ、地底の薔薇を模した飴細工である。溶けた砂糖をペースト状にして練り、食紅などで色をつけて熱いうちに形を整える。食べるのがもったいないとも思える代物だ。
バスケットの傍らに並べて置かれていた小袋と折り箱を手に取ると、キャンディなどを小分けにして袋に入れ、更に折り箱の中へと詰める。飴細工は壊さないように慎重に油紙で包み、折り箱の一番上に乗せた。
蓋をして箱をリボンで結わえれば、紅魔館へのプレゼントとなる折り詰めの完成である。
──よし。
折り詰めのできに満足すると厨房を出た。そこでふと通路の奥、さとりの部屋の方を見る。
さとりが起きてきた形跡はない。根を詰めて飴細工を作り、今は疲れて寝ているのかもしれない。
──ありがとうね、お姉ちゃん。
その方角に向けて一礼すると、エントランスを目指し駆けていった。
§
自然石に囲まれた狭苦しい洞穴を抜けると、地底とは比べものにならないほどの光輝がこいしを出迎える。
穴の中を這い出て神社の裏庭に出る。強烈な日光に目を慣らすと、一路紅魔館に向けて飛び上がった。
山沿いに森林の上空をしばらく飛ぶと、紅魔館のある湖が見えてくる。紅魔館の魔法使いが日光嫌いな主人のために覆った霧の中を一気に突っ切り、中州に建った赤い館にたどり着いた。
やはり最初はこの館で一番の友人に、お土産を見せておきたい。無意識に紛れたまま門と門番の頭上を飛び越えて、そのまま玄関を突っ切り、フランドールがいる地下室の入り口を目指す。かつてフランドールを幽閉していた名残で、重く巨大な鉄扉が行く手を塞いでいるが、今は施錠などされてなく、フランドールに会う度胸さえあれば誰でも通れる。
そういうものだと、こいしは認識していた。
「あれ?」
扉の異常を、思わず口に出した。重い鉄扉の開閉に使うチェーンブロックがどこにも見当たらない。何かの間違いかと思い扉に手をかけてみたが、押しても引いてもびくともしない。
いったい何があったのかと、途方に暮れ扉を見上げる。
「今は、妹様に会うことはできないわ」
唐突な背後からの声に、肩が竦み上がった。無意識を操るこいしの背後を取れる相手など、この館では一人くらいしか思い浮かばない。
こいしのすぐ後ろでは、時間を操るメイド長が困った表情を浮かべて腕組みをしながら立っていた。
「どういうこと? フランはまた閉じこめられたの?」
咲夜は問いに対して、首を横に振る。嘆息を一つ吐き出して、当惑するこいしを眺めた。
「一時的なものですわ。妹様の癇癪が収まるまでのね。あなたが帰ったあとに、少しお嬢様と喧嘩をしたの」
咲夜の顔と、封印された鉄扉を交互に見る。どうにも、彼女の話は嘘ではないらしい。恐らく鉄扉の向こう側で、フランドールは今も危険な精神状態だ。
「どうして喧嘩なんて。フランは私と思いっきり弾幕ごっこをして、安定していたと思うのだけれど」
咲夜が再びため息を吐いて、こいしの顔をしっかりと見据える。重要な物事を言い聞かせるように。
「あなたには事情を知る権利があるわね。喧嘩の原因というのが、他ならぬあなたなのよ」
§
それは、こいしが紅魔館をあとにした直後のこと。
フランドールは地下室を自ら出ると、レミリアに相談したいことがあると言って居間に顔を出した。
彼女がその相談を持ちかけるのは、初めてのことではない。赤い館の幼い主人は、妹が相談の結果どうなったのかをよく覚えていた。だからフランドールの話を聞くと、とても渋い表情を作った。
「古明地こいしを地下に住ませたいって?」
フランドールは力強く頷いて、両手を広げた。彼女の方は、以前の惨憺たる結果を気にする様子がない。
「こいしにもここに住んでもらったら、私は好きな時にあの子と遊べるし、あの子もきっと退屈しないと思うの。だから、こいしのために部屋を用意して欲しいんだけど」
深い深いため息が口から出る。四九五年の間、箱入りで育ててきた愛しの妹は、他人との付き合いに関する経験が未だ少なすぎる。
「あいつはお前の人形じゃないよ。あの無意識娘が家の中にいつまでも収まってくれると思うかい? あいつを飼い慣らすのは、至難の業だわ」
フランドールが首を傾げだすのを見ると、頭の鈍痛を禁じ得ない。彼女はこいしが喜んで紅魔館の地下に住み着いてくれると、本気で思っているようだ。
「なんで? お姉様はいつでもそうしてきたじゃない。咲夜も、パチェも美鈴も、メイド達も」
横目で脇に控えたメイド長を見る。自身が特に気に入って側に置いている、人間の従者を。
「そりゃあ皆が皆、望んで紅魔館に住み着いてるからね。でも、こいしはそうではないだろう? 放蕩娘だけど、きちんと帰る家がある。それをねじ曲げるような運命の糸は、私にゃ見えないよ」
しかし、フランドールは首を傾げ続ける。レミリアの言葉をまだ承伏しかねているようだ。
「でも、こいしは私と一緒に外へ出たがっていたわ? だから私が一緒にいてあげれば、こいしはきっと寂しくないと思うのだけど」
本気で頭を抱えたくなる。万事「一緒にいること」を望んでいるはずがない。紅魔館の住人は、よくも悪くも特殊すぎる。彼女は少々、世間を知らずに育ちすぎてしまったか。
「あのね、フラン。お前がそう言って紅魔館に住ませようとしたのは、これまでも何人かいたでしょう? でも、全て断られている。だからきっと、今度も悲しい思いをすることになるわ。その前に、割り切った方がいい」
フランドールはその言葉を聞くや、背の羽根に色を合わせる勢いで赤くなったり青くなったりしながら唇を噛みしめる。まるで玩具を買ってもらえない幼児のような怒り方。むしろ、そのものだった。
「こいしは違うもの。きっと私の話を聞いてくれるわ。私達、友達ですもの」
半ば諦めつつも説得を試みる。相手は自分の妹、我が侭の盛りであるのはよく分かっている。
「幾ら友達でも、聞ける願いと聞けない願いがあるわ。それをどうして、分かろうとしないのかしら?」
「分かろうとしてないのは、お姉様の方よ。こいしはこれまでの子達と、違うんだから」
姉妹の口論は、そのまま平行線を辿る。
咲夜はレミリアの脇に控えたままで、そのやり取りを無表情で眺めていた。
§
咲夜がその始終を、こいしに語って聞かせている。
「それで、いったんは妹様も引き下がったんだけれど、まだ納得していなかったみたいでね。次の日から荒れ始めて、メイド二人に大怪我を負わせてしまったの」
呆れて息を吐くしかなかった。一緒に外に遊びに行くのが駄目なら一緒に住めばいいとは凄まじい論理の飛躍だが、考え方の未熟な少女らしい発想ではある。
問題は、それを考えているのが紅魔館の主も持て余すほどの力の持ち主だということだ。
「だけれど、お姉さんの言い方も悪いと思うわ。きつく言い聞かせたって反発されるだけなのに」
「今回のようなことは、初めてというわけではないのよ。妹様に関してはお嬢様も長い目で見るつもりだったのだけれど、さすがに業を煮やしたようでね。でも実際問題、あなた妹様と一緒に住もうと言われて、はいそうですかとそれを受け入れられるかしら?」
表情を改め、真顔で咲夜を見る。実際にその光景を頭に思い描いて、はっきりと言い放った。
「断るわね。間違いなく」
「でしょう? 妹様の機嫌が直るまでは、地下に立ち入らない方がいいわ。さもないと、妹様はあなたの手足を切り落としてでも地下に留め置こうとするかもね」
その光景を想像するのはさすがにげんなりした。自分が出入り口の飾りになるのは、確かにごめんこうむる。
だが、このまま放置して引き下がるのも後味が悪い。何よりこいしの手の中には、姉に頼んでフランドールのために準備した素敵なプレゼントが収まっている。
「……こういうことは初めてじゃないって言ったわね。前に住もうって言われた人は、どうなったの?」
「不幸な奴は、二人いたわ」
咲夜は人差し指を立てる。
「一人は魔法の森に一人で住んで魔法使いをやっている、変わり者の人間。あなたも会ったことはあるわよね? そいつは強くはないけどゴキブリのようにしぶとくて、妹様との弾幕勝負にどうにか勝って黙らせたわ」
続いて中指、二本目の指を立てる。
「もう一人は竹林に一人寂しく居を構えている、やっぱり変わり者の人間。こっちはそこそこの術者だったけれど、何よりどんなに殺されても死なない奴でね。三十回ほど生き返ったところで、妹様も諦めたわ」
咲夜の話を聞き、その内容を咀嚼する。導き出されたのは、ただ一つの回答。
「その二人は要するに、弾幕ごっこでどうにかしたってことね。なら話は早いわ。フランに会わせてくれる?」
咲夜はこいしの迷いのない言葉に、一瞬驚いたように目を見開いて見せた。しかしすぐに持ち直して、自分の指を鳴らす。間髪入れず、その手に鎖が現れる。
「そう言うと思ったわ。念のため警告しておくけれど、荒れてる時の妹様はいつもの数段たちが悪いわよ」
フランドールとの弾幕ごっこを思い出して、唾を飲み込む。普段受けているあの弾幕がどれだけ凶悪な攻撃になるのか、とても想像が付かない。
「まあ、それでも私が行かないと駄目でしょ。フランは私のために機嫌を悪くしているみたいだし」
咲夜は無言で鎖を引き始める。重い鉄扉が、ゆっくりと左右に開き始める。
「一時的に妹様を封じ込めるトラップを解除するから、あなたはその間に通り抜けて妹様の所に向かいなさい。あなたが勝てなかった場合は、悪いけど見捨てるから」
反論の代わりに手にした折り詰めを咲夜に押しつける。片手に箱を掴まされた咲夜が当惑する。
「お土産。私が戻ってくるまで開けないでいてくれると嬉しいわ。フランのために作ってもらったものだしね」
咲夜はしばらく、呆れの混じった顔のままでこいしを眺めながら、鎖を引き続けた。
「戻るつもり満々というわけね。まあ、あなたくらいの妖怪なら、妹様に壊されることはないと思うけれど」
扉の間に現れた隙間に身を踊らせながら、振り返る。
「大丈夫よ。壊されずに済む方法は、何も弾幕ごっこで勝つことだけじゃないでしょう?」
四
こいしは背後の扉が徐々に閉まって行くのを確認することもなく、フランドールがいる地下室への階段を駆け降りていった。行く手には左右の壁から雷撃が迸っていたが、彼女が進むのに合わせるようにそれらは消え失せ、人一人を通すための通路へと変わる。
その階段の一番底までたどり着くと、廊下を横断する水路が行く手を阻む。吸血鬼が渡ることのできない流れ水の水位が低くなるのを見計らって、その上を越える。
その全てが、フランドールを地下室に封じ込めるためのものである。壁を構築する石材も魔力的な強化を施し、破壊の目を消しているという。しかしフランドールは、時折それすらも破って外に出てくることがあるらしい。
フランドールには、破壊の目がどのように映っているのだろう。うっかりすると見境なく目に入ったものから、破壊の目を抜き取ってしまうのだろうか。
彼女がさとりと同じとするなら、外に出たがらない理由は分からないでもない。さとりは容赦なく飛び込んでくる他者の思考を恐れ、フランドールは否が応にも見えてしまう破壊の目を恐れる。
そしてこいしもまた、自らの能力を憂いて、壊れた。
フランドールはこいしのように、能力を封じる手だてがない。狂気に陥るのも当然かもしれない。自らの持つ力に翻弄され、心が壊れても生き続けなければならない。そんな妖怪が、いったい何のために存在するのだろう。
だからこそなおのこと、フランドールには救いの手を差し伸べたいと思っている。似たような悩みを抱えていた自分のように。同じ境遇に苦しむ姉のように。
以前彼女の狂気に触れた二人の人間は、彼女を存分に暴れさせる以外にその怒りを散らす手だてがなかった。しかしこいしには、フランドールの破壊に対抗する別の方法に心当たりがある。
できる、という確証はない。通常目に見えるものではない破壊の目に対して、その方法は通用するのか。
水路を抜けた先の、鉄扉の前に立つ。フランドールは、部屋の中にいるはずだ。臆することなく、その扉を拳で叩く。こん、こん、と済んだ音が響き渡った。
「フラン? 私よ、こいし。入っていいよね?」
こいしの呼びかけに対する返答はない。眠っているのかもしれないし、塞ぎ込んでこいしに言葉を返す気力がないのかもしれない。いずれにしてもフランドールが、おとなしくこいしを出迎えてくれる可能性に期待する。
鉄扉の取っ手に手をかけ手前に引き寄せる。真っ暗な隙間に体を潜り込ませたところで、無意識に足を止める。
一条の光線が、こいしの眼前を突っ切った。
足下の御影石がその一撃で抉れ、一瞬のうちに気化する。その体積の膨張が引き起こす強風が、こいしの帽子を頭から吹き飛ばした。
おいたなんて、生易しいものではない。
「こいし」
部屋の暗がりから、地獄の怨霊よりも低く冷たい声が聞こえてくる。深紅の瞳が二つ闇の中に爛々と輝いて、こいしを射抜こうとする。
「私ねえ。一ついいことを思いついたんだけど、聞いてもらえる?」
こいしはフランドールの声を聞きながら、部屋の暗さに目を慣らしていった。内部の惨状が、次第に明らかなものになっていく。
足下の傷跡によく似た破壊の跡が部屋のそこかしこに刻みつけられていた。鉄製の壁がひしゃげ爪痕のような傷が何本も走り、こいしが来るまでに弾幕ごっこを数戦やらかしたかのような有様である。
「こいしは、いつまでも私と一緒にいたいでしょ。うん、いたいよね。だったら、こいしも紅魔館に住めばいいんだよ。だけどお姉様ったら、取り合ってくれなくて」
目の前に立つそれは、こいしの知るフランドールとはかけ離れた姿をしていた。醜く歪んだ笑顔と炎のように赤く光る瞳を持つそれは、荒々しい悪魔の形相である。
「だからねえ。こいしからも、お姉様にお願いしてくれないかしら? そうすれば、きっと納得してくれるわ」
「悪いけれど、それを聞くことはできないわ」
フランドールに向けて両腕を広げる。それは彼女に対する敵意をでき得る限り彼方へと追いやった、精一杯の努力だった。
「私にもお姉ちゃんがいる。いつもふらふらしてる私のために、どんなにご飯が冷えても私の帰りを待って私と一緒にご飯を食べようとする。離れて暮らすなんて言い出したら、きっとショックで死んでしまうわ。だから、お誘いはとても嬉しいけれど、受けることはできない」
固唾を飲みながら、フランドールの返答を待ち受けた。これで彼女が納得してくれることに、微かな期待を抱きながら。
恐らくは、前の二人もフランドールに対して似たようなことを言ったのだろうと思う。しかしそれでも、弾幕ごっこになってしまったのだ。
フランドールが、薄く肩を震わせ始める。彼女は視線をこいしから外し、くすくすと声を上げて笑っていた。
「ふうん。そういう風に言えって言われたのかしら?」
一瞬、言葉を失った。とんでもない誤解で、言いがかりだ。そんなわけがないとフランドールの言葉を否定する前に、彼女は次の句を喋り始めていた。
「いいよ、別に。断られることも信じたくなかったけど予想はしてたから。だから、私と一つ賭けをしない?」
フランドールはこいしの前で、手にした物体を振りかざした。歪んだ曲線を描く、どす黒い魔杖を。
「こいしの居場所を賭けて、弾幕ごっこするの。もしも私が勝ったら、紅魔館に住んでもらうわ」
身勝手な言い分。こいしが賭けを断る選択は、恐らく存在しないだろう。今のフランドールは、明らかに冷静な判断を失っている。
「……では、もしも私が勝ったら、一緒に外へ遊びに行くって約束してもらおうかしら」
瞬間、耳をつんざくような笑い声が室内を満たした。
フランドールは鬼面のまま、笑い続けている。まるで気が触れたかのように。
「勝てるなんて思ってるんだ。あんたにはコンティニューはおろか、スペルカードも使わせないのにさ!」
フランドールの魔杖が光り輝いた。咄嗟に身を翻して、彼女の無意識へと逃げ込む。
熱風が、こいしの脇を通り過ぎる。
禁忌・レーヴァティン。北欧神話の魔剣になぞらえた高熱のレーザーが、通り道に弾丸を残しながらこいしの周囲を次々切り取っていく。
しかしこれは。元々が風車のようにレーザーを振り回すスペルカードだったが、いつもに比べて速度が、刺々しさが数段上がっている。
例えるなら、限りなく長い炎の剣舞。
このままでは正直旗色が悪い。自分のスペルカードを求めて懐を探り、手にその感触を食い込ませながら、フランドールの様子を窺った。
「あはははははは、どうして反撃しないのォ? 怖じ気付いちゃったのかしらァ?」
自身の深層を自覚していた。反撃を躊躇っている。
このまま戦っても彼女が分からないし、彼女が変わることもできないだろうから。以前の二人のように。
とにかく、フランドールに破壊の目を潰す行動をとらせる必要がある。そのためには、やはりこちらからも反撃して、追いつめていく必要があるか。
そんなことを考えている隙に、弾幕の列がこいしの周囲を覆う。何条にも列をなした、弾丸の檻である。
──カゴメカゴメ!? でも、これじゃあ。
逃げ込むべき無意識が、見当たらない。
格子の間隔が狭すぎて、逃げ場所が見当たらないのだ。しかもこのスペルカードが禁忌・カゴメカゴメならば。
「さあ、これで無意識に逃げ込めなくなったかしら?」
牢獄の向こうから、フランドールの声が響く。恐らく、外から弾丸を撃ち放って、弾丸の牢獄もろともこいしを叩き潰す算段だろう。
普通のカゴメカゴメなら、牢獄が破壊される瞬間を狙って脱出し立ち向かえばいい。しかし現在の格子は締め付けるほど狭く、そんな隙間もできるかどうか。
つまりはこの狭い格子の中で動けないまま、一方的に狙い撃たれるだけ。
──まあ、それはそれで。案外、都合がいいかもしれないけれど。
格子を突き破って、巨大な光弾が飛び込んできた。
§
赤と黒に彩られた部屋の中央に、新たな赤が加わった。
こいしは身を屈めた状態で、そこに倒れている。光弾の直撃を食らって全身を激しく打ちつけ、右手、左足が異常な方向にねじ曲がり、誰が見ても弾幕ごっこを続けられるようには見えなかった。
フランドールがそこに降り立つと、こいしの顔を覗く。
「ねえ、本当にどうしちゃったのよ。一発も弾を撃たないでやられちゃうなんてさァ」
荒い息を吐きながら、フランドールの顔を見上げる。その顔は未だに鬼面を作っていた。
その顔を見上げたまま、無言を貫き通す。
「あら、もう声も出せないのかしら? ともあれ、この弾幕ごっこは私の勝ちってことでいいわよねェ。約束の通り、こいしにはこの館にずっといてもらうから」
フランドールはくすくす笑いながら、無言のこいしを見下ろし……そのまま獲物を見定めるように彼女の周囲をうろうろと歩き回る。
「……いや、まだ安心はできないわね。こいしったら、ちょっと隙を見せると無意識に逃げちゃうから。だから、足をどっかーんさせてもらうね」
こいしが僅かに目を細める。フランドールはその態度を、彼女の逡巡と受け取った。
「大丈夫よォ。ちょっと痛いかもしれないけど、一瞬で終わるから。なるべく壊しすぎないように頑張るわ」
フランドールの手の上に、光の玉が現れる。その破壊の目を見て、微かに眼光を輝かせた。
それこそ、彼女が狙っていた瞬間だったから。
「きゅーっとして」
フランドールが嬉々として破壊の目を握る。
「……あれ?」
思わず鬼面が解けていた。幾ら手を握っても、こいしの体はいっこうに壊れようとしない。
「あれ、あれ、どうして? 確かに破壊の目がここに、あれ、あれれ?」
フランドールは動揺しながら自分の手を何回か握り、更には自分の手の中に現れたはずの破壊の目を探した。破壊の目は、跡形もなく消え失せていた。
「そ、そんなはずは」
もう一度、破壊の目を自分の手の上に呼び寄せようとする。確かにそれは彼女の目前で光の玉の形で発現する。が、次の瞬間にはやはり消えてしまう。
「破壊の目を、無意識の中に隠させてもらったわ」
ようやく聞こえてきたこいしの声に、驚いて足下の彼女を見る。こいしはフランドールを見上げて笑っていた。重傷で動くことも辛いはずなのに。
「上手にできるかは、分からなかったんだけどね。破壊の目は普段見ることなんてできないし」
一瞬、こいしが苦痛に顔を歪める。
「でも、この前フランがお人形を壊した時は、私にも破壊の目が見えたでしょう。それを無意識の中に隠してしまえば、フランには壊せなくなるかなって」
大きく咳き込む。フランドールは青ざめた顔で、こいしを助け起こした。
「まさか、それを私に教えるために、あなたはわざと攻撃を食らったの!?」
口の中を血で汚しながら、笑顔を作る。
「……これで外に出ても、壊してしまわずに……済む、でしょう? だから……もう、外に出るのを、怖がらないで……」
フランドールはこいしの目から光が消えるのを見るや、急いで周囲を見回した。今や先ほどまでの鬼相は完全に消え失せ、別の意味で鬼気迫る表情を作っている。
「咲夜! お姉様! 聞いているんでしょう!? 誰でもいいから、こいしを助けてあげて!」
§
紅魔館の客室の一つ。レミリアは呆れ顔で、眼前のベッドを見下ろしていた。そこにはこいしが、包帯だらけの姿で横たわっている。
「そんな体でフランの部屋から戻ったのは、あんたが初めてだわ。他は倒すか破壊されるかのどっちかだった」
折れた手足を添え木で固定し、額にも湿布を張り付けた風体で、それでも笑顔だった。
「褒め言葉として受け取っとくわ」
「実際大したものさ。家の誰もが、フランの力を完全に封じる手がなかったからね」
レミリアはベッドの脇にある椅子に腰掛けると、気恥ずかしそうにこめかみを引っ掻いた。さすがの夜の王でも怪我をさせた者に対する負い目があるのかもしれない。
「これからも、フランのいい友達でいてくれるかしら。あいつもお前となら、外へ出られるかもしれないし」
首だけをレミリアの方へと動かし、満面の笑顔で彼女を眺め返した。断る理由など、最初からない。レミリアの言う通り、フランドールが外に出られる日が来るといいのだが。
フランドールともう一人、屋敷の奥に引き篭もっている少女の顔を思い描きながら、こいしはそう考える。
客室の扉が開いて、咲夜が顔を出す。その背後には、赤い影がおずおずと蠢いている。
「お嬢様。妹様が」
レミリアは咲夜の方を一瞥すると、無言で手招きする。咲夜はそれを認めると、背後の人物に入室を促した。
フランドールが少し躊躇するような様子を見せながら顔を出す。その布帽子についていたものが目に入っては、苦笑いを浮かべざるを得ない。
「フラン、それは食べるものよ。飾りじゃないわ」
フランドールの布帽子には、さとりの作った薔薇の飴細工が鈍い光を放っていた。彼女は少しはにかみながら、頭に飾ったそれを弄ぶ。
「だって、とっても綺麗だったから」
「他の飴はちゃんと食べてね。お姉さん達の分もと思って、多めに持ってきてあるから」
レミリアが薄い笑みを浮かべると、咲夜に目配せする。
次の瞬間。ベッドの脇に小テーブルが現れる。その上に人数分のティーセットと大皿が乗り、こいしが持ってきたキャンディやヌガー、グミなどが所狭しと並べられている。
レミリアはフランドールを手招きする。
「こいしには、フランが食べさせてあげなさいな。この有様じゃ体を動かすことができないだろうからね」
フランドールもまた笑顔で頷くと、こいしの枕元へと走り寄った。彼女が、レミリアが、思い思いの菓子に手を伸ばす。
甘い香りが、心地よかった。
フランとの対峙では特にそれが映えていたなあ、と。
しかし、物語の進行に対して描写の比重が多すぎるようにも思えました。
特に、物語が動きはじめるのが中盤からというのは、読み手が避けそうで、創想話としては不利な気がしてしまいました。