ふわってなった。
ふわってなったの。
どういうことかっていうと、こいしが私の隣をふわって通り過ぎたときにいい匂いがしたの。
「なにそれ?」
って聞いたら。
「ああ香水つけてみたの」
「わー大人」
「本当はお姉ちゃんの化粧台からこっそりいただいてきたわ」
「背伸びしてるわけね」
「べつにそういうわけじゃないけれど。いい匂いが好きだからなんとなくそうしただけ」
「甘い匂い」
「バニラなの」
「ふうん?」
よくわからない。
でもよくわかってないって思われるのも癪だから、なんとなく誤魔化した。
「こうして匂いをつけておくとわりと無意識の能力が働かなくなるわ」
「あなたにとっては不利になるんじゃない?」
「まあ、でもフランちゃんに認識してもらえるならそれもいいかなと思って」
ぷしゅん。
そんなふうにいつだって、こいしの言葉は最大球速だから困る。
にこにこ笑顔で剛速球なんて詐欺もいいとこだ。
だからなのかな。私はどうしても聞きたくなった。
「ねえ。こいし」
「なあにフランちゃん」
「こいしっていつも遊びにきてくれるけど。どうして?」
「逢いたい気持ちに理由をつけるのはまちがってるわ」
「そ、そうね。それはわかるけれど」
「わかっているのに聞いたの? つまり確認したいわけだ。私がどうしてフランちゃんに逢いにくるのか、その理由を薄々感じながらも確認したいわけだ」
「違うわよ。べつにただなんとなくよ」
「なんとなくか……そういう無意識に依拠する発言が一番本心に近いところにあるんだけどな」
ズイとこいしが迫る。
わたしはソファにもたれかかるようにして、そのままぽてんと横になった。
こいしが馬乗り状態。
バニラの甘い匂いが鼻先まで接近する。
「はぅん」
「クス……本当にフランちゃんってかわいい」
こいしは私の体を起こしてくれた。
なんとなくはぐらかされたようで不満。
「あら。ご不満かしら」
と、こいしはいつもの不敵な微笑を浮かべている。
「不満ってわけじゃないけれど、曖昧なことは嫌いだわ」
「フランちゃんらしいね。破壊でゼロにするのも曖昧さをなくすためかもしれないわ」
「べつにいつも破壊したいってわけじゃないし、このごろはあまり破壊してないわ」
「我慢を覚えちゃってるのね」
「そうよ」
「もっと私といっしょに踊りましょうよ」
「踊る?」
「狂気と戯れましょうよ」
「こいしって気が狂ってるふりをしてるだけでしょう」
「ん。まあそうかもしれないね。本当に気が狂ってるって人はひとりしか見たことないわ」
「へえ。誰よ」
「博麗の巫女さん」
「霊夢が? どうして」
「霊夢さんは完全にひとりで生きていける人間だったわ。対象aに不具合が生じて愛がわからないっていうのならまだしも、完全に対象aを捨てて生きている人間なんて霊夢ぐらいしか知らないわ。ちなみに盗賊さんの場合は……」
「魔理沙のことね」
「そう、魔理沙さんの場合は対象aをきちんと追い求めてる感じがするわね。無いものを在ると言い張るきちんとした正常者。つまるところパラノイア」
「こいしもパラノイア?」
「そうかもしれないけれどそうじゃないところもあるから、私はたぶん境界例じゃないかなぁ」
「ちなみに私はどっちなわけ?」
「パラノイアじゃないの? 存在の矛盾を許容しているように思えるし」
「つまりわりと普通ってこと?」
「普通だよ」
「私は特別がいいわ」
「心の構造に特権的な階級なんてないわよ。ただの多数決があるだけ。多数派は少数派を異常とみなしてるだけ。治療なんて嘘。ただの多数派による少数派の蹂躙」
「ふぅん」
「いっしょに多数派を破壊しまくるのもおもしろそうね?」
「あまりそういうのは楽しそうじゃないわ」
「そう? 破壊しまくりなんてフランちゃんっぽいじゃない」
「このごろは卒業したの」
「あらら。そうなんだ。残念だわ」
「それで?」
「それでって?」
「だからどうして私に逢いにくるのかって話。あなたは曖昧な領域にいるからわからないの?」
「うーん。そうかも。フランちゃんのどこが好きかなんて部分的にしかわからない感じかな」
「部分的?」
「例えば……えーっと、フランちゃんの膝小僧あたりが白くてすらってしてて好きな形ね。あとフランちゃんの髪がお人形さんみたいで好きって感じがする。フランちゃんの瞳がルビーみたいで綺麗に思うし、フランちゃんの羽も宝石みたいだよね。好きかも?」
「ふうん……」
「なにかまだ足りなさそう?」
「ううん。べつにそうじゃないけど」
「私の主観において、フランちゃんの心なるものは捉えきれないのよね。いいえ、無いものを在るといえるだけの虚偽を受容できないといったほうがいいかな」
「だって膝小僧や髪や瞳や羽は私じゃない」
「心とか魂とか?」
「そう」
「そう感じてるのは、心や魂の素描だね。いわば器をみて、それが私なんだって言ってるようなもの」
「こいしの言うことは難しくてよくわからない」
「そう。つまりフランちゃんは儀式を要求してるわけだ」
「儀式って?」
「そうね。例えばわかりやすいのはキスよね。好きってサイン」
「はぅん」
「フフ。でもキスなんかしないわ」
「え?」
「だって今日はそういう気分じゃないもの」
「そ、じゃあべつにいいわ」
「そういうふうに拗ねちゃう」
「拗ねてないわ。事実を認識しただけよ」
「事実?」
「こいしは私のことがあまり好きじゃないみたい」
「そういうわけじゃないけれど? ただ今日はキスみたいなわかりやすいサインは気分じゃないってだけ」
「気分屋なのね」
「そうよ。気のむくまま風のむくまま、それが私の魂」
「風船みたい」
「破裂させちゃう? ドキドキするわ」
「いやよ。あなたのいいところはそういうふわふわしてるところなんだから」
「ふわふわに定評のあるこいし」
「意味わかんないわ」
「意味なんてないんだもの。キスも同じ。意味をあとからくっつけたの」
「でも体が求めているの。だから後づけじゃないわ」
「体が求めてるなんていやらしい表現だわ」
「べつにそういうのが言いたいんじゃなくて」
「わかったわかった。確かにそういうところはあるかもしれないわね。でもそうだとしてもキスの作法も国によってバラバラだし、やっぱり恣意的に感じるわ」
「キスそのものはどこの誰だってするじゃないの」
「そんなにしたいの?」
「……そういう気分」
「なるほど私はそういう気分じゃなく、フランちゃんはそういう気分なわけだ。さてこうなると両者の利益はすれ違っているわけだけど、妥協もしたくないってときどうすればいいかしら」
「どっちかが我慢する?」
「現実的な答えね。でも我慢できなかったら?」
「無理やりとか?」
「野蛮な答えね。でもそれも現実的な答えだわ」
「他にはないでしょう?」
「代償行為という手もあるわね。キスで好きという気持ちを表すのも恣意なのだから、ふたりの気持ちが合致するような言葉を構築すればいいのよ」
「ますますわからないわね……」
「例えばこんなのどうかしら」
こいしは指先をまげて、ハートの形を作った。
こいしらしい気持ちのかたち。
こいしらしいふわふわした、どんな意味にもとれそうな言葉だ。
「ほら、フランちゃんもハートを創って」
「こう?」
ハートを創ってみる。
そしたら、こいしは私の腕をとって、ハートを半分壊した。
何をするの?
って抗議の声をあげる前に指先がくっつく感覚。
ハートとハートがドッキングしていた。
「指先でキスしてみたわ」
「はぅん……」
「フランちゃんって本当見てるだけで楽しい」
「こいしが楽しいならそれでもいいけど、私は見世物じゃないわよ」
「でもフランちゃんみたいに素直な感情が見られるのって稀なんだよ。普通はもっと防御してるもの。どうしてかな。495年の純粋培養の結果かな?」
「私のせいじゃないわ」
「発生過程なんてどうでもいいの。私はフランちゃんの今が好きなの」
「うー」
「あら。フランちゃんのお姉さんに似ている発音だわ。すばらしい。血のなせるわざね」
「当然よ。私は貴族ですもの……」
「めまぐるしく変わる感情の色。フランちゃんって虹の娘さんなのかしら」
「虹は太陽のなせるわざだわ。私にとっては敵」
「じゃあ、その羽はどうして虹のように輝いてるのかな?」
「さぁ……生まれたときから生えていたし、わからないわ」
「触っていい?」
「どうぞ」
こいしの手が私の羽に触れた。
優しい手触り。
いつもは遠慮なんてしないこいしもさすがに勝手がわからずうろたえているようだ。
珍しい反応に、私はおなかの底がポゥって熱くなる気がした。
「もぎとったらダメ?」
「べつに一個ぐらいならいいよ。痛くないし。すぐ生えてくるし」
「ふぅん。でもいいや。なんとなく聞いてみただけ。それに本当はフランちゃんがどういう反応するのか見たかっただけなの」
「なによそれ」
「私はいつだってフランちゃんを観察してるのよ」
「変態さんね」
「覚りとしてはあまりにも普通のことだけどね」
こいしの視線が舐めるように私のからだを這っていた。
好きだって言っていた私の膝小僧あたりから、徐々にあがっていって髪の毛、そして眼。最後に羽。
触られていないのに、ぞわぞわした感覚がした。
「はぅん」
「フランちゃんってわかりやすい」
「単純って言いたいの?」
「いいえそうじゃなくて……。ほらなんとなく、フランちゃんの羽って感情に呼応してるみたいよ」
「え、うそ」
「ほんとほんと。ほら、どんどん紅い宝石がぽわぽわ光っていってるよ。暗いとこだとよくわかるね」
「あ、ああ……やめてよ。見ちゃだめ。見ちゃだめだってば」
「だって光ってるのはフランちゃんの宝石のほうよ。私の責任じゃないわ」
「嘘なんでしょ? 宝石なんてランダムに光ってるだけなんでしょ」
「さてどうかしら? もっと観察してみたらわかるかもしれないわね。紅い宝石が光るときってだいたいなんだか恥ずかしがってるときだと思うんだけど」
「うそうそ絶対うそ。適当に言わないでよ」
「適当じゃなくてきっちり一ヶ月ぐらい観察した結果なんだけどな。ちなみに――」
紅は羞恥、怒り、情熱。
橙はべつに子猫さんの名前ではなく移行状態のとき。
黄は調和。だいたい優しい気持ちのとき。
緑は穏やかな気持ちのとき。リラックスしてるとき。
青は冷静なとき。
藍はべつに狐さんの名前ではなく移行状態のとき。
紫はべつに美少女さんの名前ではなく、妖艶な一言で形容しがたい感情のとき。
こんな感じかなと、こいしは言っていた。
ずっと観察されていたんだ。そう思うと、ほっぺたが熱くなるのを感じる。紅い宝石がポワって光った気がする。
こいしはただ見てるだけだった。
眼を閉じているのにこいしの視線を感じる。
バニラの甘い香りが接近する。
すぐそばに吐息。
脳みそをぐちゃぐちゃにかきまわされるようなクラクラ感。紅い宝石がポワポワって。
紅い宝石がポワポワポワポワポワポワポワポワ。
もはやこれまで。
貴族は無様に死顔をさらさない。
倒れるならば前のめりしかないのだ。
いまこそスカーレット家の究極奥義を繰り出すときだった。
「こ、これは……あまりのかわいらしさに手をだすことがはばかられるという伝説の秘奥義!」
「そう、私を本気にさせたことを後悔しなさい」
しゃがみガード!
そしてフランちゃん、君のスカートの長さじゃそっちの方が無様な気がするぞい……。
やっぱりまるきゅーさんの御話は今回も雰囲気が最高でした。御馳走様でした。
いや、御見それしました。こいしとフランの少女的かつあやしいエロティックさを放つ会話はとても読んでいて楽しかった。
身内ネタ、小手先の芸と誰が言おうと、これは文句なしの100点。
ついでにソース見たけどこれ自動指定してくれるような物があるんだろうか?そうでなければそれこそ狂気。
変に共感してしまいました。でも、なかなか言葉で言い表せなくてもどかしいです。
なので、LANケーブルを握って、作者さんに気持ちを直接送ることにしました。
この作品は、アリスとルーミアの提供でお送り致しました。
ところで携帯からのせいか、黒背景に黒文字部分が見れませんですた。タイトルとか後書きとかコメントとか。
スカーレットの娘達がこの奥義を体得した瞬間から世界はひれ伏さざるを得ないのです。
それが世の理なのです。特に男性においては。そうですよね、大佐?
目がああぁぁ!
普通に面白かったのが何か腹立つでござる。
原理から分からぬ
正気と狂気の基準は所詮多数決、と。
少数派を保護してあげる道義はあっても、尊重する道理は無いのですよ。
本当に創想話って何でもアリだなぁ……
七色とするとアリスとか紫、美鈴あたりも関連付けられそうな気はしますが、どちらかというと機械的に色タグ打ってって(なんとなくご自身でプログラム組まれたように感じるです。テキスト読み込んで一文字ごとに色タグを数値変化させながら挿入するようなやつ?)それにあわせて書いてった感じ……となるとフランドールあたりがやっぱりそれっぽいのかしら。フランちゃんこいしちゃんだし。でも色と話(文章)の関連付けがちょっとふわふわしてる感じなので、そこがもっと鮮やかであってくれたほうが嬉しかったです。
目の痛さはともかくとして、感情の移行と装飾の一致が面白かったです。
小説、というよりはだまし絵的な何かを見ている気分といいましょうか?
なんにしても、胸がキュンキュンしたのでこの点数で。
不思議感覚で心がふわふわ。
不思議感覚で目がちかちかwww
オチで現実に戻ってこれました。