「時よ!」
「時よ!」
「時よ!!!」
「TOKIO!! 間違えた! なんちって!」
「……あれぇ?」
***
「あのね、咲夜。私は知識人であって機械工ではないのよ? 知ってた?」
「初耳ですわ、暇人と知識人が同義だったなんて」
「だからそのあなたの懐中時計を直すなんおい今なんて言った」
「初空耳ですわ」
昼下がり、図書館におけるいつもの風景である。
真顔で対応する咲夜と、眉間に皺を増やしていくパチュリー、そして傍観する小悪魔。
会話を聞けば優雅とは程遠いティータイム、これもまたいつもの風景。
一つ、違うことと言えばこの瀟洒なメイドがやや不完全になってしまったことか。
「ですがこのままでは業務に支障が出てしまいます」
「ホントに能力使えないの? 時計が壊れただけで?」
「いえ無理やり使おうと思えば使えると思うんですけど」
「何」
「ものすごい違和感が。吐き気がするほど」
言って咲夜はおもむろに紙袋を取り出した。
「ちょ、ま」
パチュリーが制止しようと立ち上がったが間に合わない。
咲夜は紙袋に顔を突っ込んで描写も出来ないような音を口から発射した。
いや、ここはあえて描写しておこう。
普段、咲夜は比較的低い、落ち着いた声で話す。
それを更に2段階オクターブを低くしたような唸り声が聞こえてきたたのだ。
吐瀉物が紙袋に落ちる音も加わりそれはまるで地獄のシンフォニー、グロ画像ならぬグロ音声。
しばらくして顔を上げた咲夜はとても良い晴れ晴れとした真顔であった。
そして彼女は言った、「ワン,ツー,スリー」と。
紙袋が逆さになった。
「ちょまああああああ!!!」
パチュリーの鼻孔に酸味がかった空気が──吸い込まれない。
逆さまの紙袋からは何も垂れ流されなかったのだ。
「じゃじゃーん」
「……うん、手品ね。本当に、ほぉんとうに素敵な手品だわ」
「お褒めいただき光栄です」
「一つ尋ねたいのだけれど、今日あなたは私に吐く効果音を聴かせに来たの?」
「滅相もない。仕事に関わる大事な大事な問題についての相談ですわ」
「そうね、そうだったわね。少し勘違いしてたみたい」
「しっかりしてくださいな」
ぴきぴき、という音が聞こえた、確かに聞こえた。
咲夜は初めて十字に走る青筋を見た。
(はっ、これは貴重だわ)
常備していたスケッチブックで素早くパチュリーの顔を描き込んでいく。
鴉天狗の写真機とはこういう瞬間に使うものなのか、思わぬ気づきに目からウロコが落ちかける。
「気は済んだ?」
「趣味:写真撮影に目覚めました」
「妖怪の山がオススメよ。そのまま帰ってこないと更に良い写真が撮れるわ」
「あの、写真とかどうでもいいんでそろそろ本題に入ってもいいですかね」
理性と堪忍袋の緒と血管が切れた、ような音が響いた。
***
「え~話が一向に進まなかったようなので不詳私小悪魔がご相談をお受けいたします」
「パチュリー様どうしたのかしら。咲夜心配」
「……ええと、改めて確認させてもらいますが、愛用の時計が壊れてしまったんですよね?」
「ええ」
「そしたら能力が使いづらくなったと」
「その通り」
「またどうして」
「つまり『懐中時計を止める』って行為が能力を使う一種のトリガーになってるのよ。制約と誓約ね」
「へえ、能力にそんな制限があるなんて初めて聞きました」
「人間と妖怪は違うってことじゃない?」
「ああ、そういえば咲夜さん人間でしたね。忘れてた」
咲夜から聞いた話を紙にまとめながら、小悪魔は眼鏡をかけ直した。
ほんの数十秒で終わる話を延々と漫才風味に続ける必要がどこにあったのか、小悪魔は疑問に思ったが思うだけに留めておいた。
代わりにもう一つの疑問を咲夜に投げかけた。
「普通に動いてるじゃないですか、時計。どこが壊れてるんです?」
「いや私が能力を使えないってことは、つまり壊れているんでしょう?」
「時計としての役割は果たしてるんで壊れてるとは言えないかと」
「ふむ、では壊れているのはパチュリー様の血管ということね?」
「漫才をする気ないんで先進みますねー。問題があるのはむしろ時計ではなく咲夜さんのほうでは?」
「メイド長咲夜、問題アリ」
「あまり面白くないです。んで、咲夜さん自身に原因があるとすると考えられるのは内的、外的の二つの要因のどちらか。もしくは両方」
とんとん、小悪魔がペンを叩く。
思った以上に問題は複雑らしい、本人にあまり緊張感が無いのでどうしようもないが。
もし外的な要因、呪いや封印の類だとすると彼女だけではなくこの紅の館全体に対して喧嘩が売られた可能性もある。
これは由々しき事態だ、大問題だ。
もう一度、落ち着いて話を聞く。
「何か変わったこととかありませんでしたか? 周りのことでも自分自身のことでも構いませんが」
「そうね……この前美鈴が何かを訴えるような目で私を見てたわ」
「関係ないですね。多分咲夜さんが時々お昼支給し忘れるのが原因です。この前コッペパン自分で食べてたじゃないですか」
「お腹が空いていたんだもの。ついうっかり」
「次行きましょう」
「あとはパチュリー様が目の前でお倒れになったり」
「ある意味呪われても仕方ありませんね」
「お嬢様が伊能忠敬真っ青の日本地図を布団にお描きなさったり」
「そっとしといてあげましょう。話を聞く限り外的なものではなさそうですねえ。自分自身に何か変わったことは?」
「背が伸びました」
「おめでとうございます。あの、能力的なことで何かお願いできますか? 物語が先に進みません」
「だから言ったじゃない。違和感と、吐き気」
「その違和感というのは? そもそも動いてる時計に対して壊れているって思う方が不自然なんですよ」
「何かこう、違うって。これじゃない、こうじゃないって感じたの。ううん、説明しづらいわ」
「なるほどなるほど。何となく見えてきましたよ」
紙に書いた『トリガー』と『時計』の二つの単語にぐるぐると丸を重ねて書く。
どうにも、関係してきそうなのはこのキーワードであろうか。
「一つ仮説です。つまり、そのトリガーというのがズレてしまったのでは?」
「どいういうこと?」
「能力発動の条件が変わってしまった……とか。原因は分かりませんが」
「ありえるのかしら、そんなこと」
「魔法や能力なんて不安定なものですから、何かしら術式でタグ付けしておかないと固定化は難しいんですよ」
「適当にひょいひょい使っててごめんちゃい」
「謝らなくていいですし、可愛くないです。真顔で頬を膨らませないでください、拗ねてるんですかそれ」
このメイド長には何か真面目な話に茶々を入れないと喘息が起きてしまう病気でもあるのか。
目元はいつも通りで頬は膨らんだ状態というのは中々どうしてシュールだ。
自身が問題の真っ只中にいることを自覚してないらしい。
「とりあえず時を止める=時計を止めるという図式が変わってしまった、という方向性で考えてみましょう」
「私数字は苦手なんだけど……」
「拾いませんよー。大分問題が単純化してきましたね。要は変わってしまったトリガーを見つければいいんです」
「おお、ようやく解決策が。あなたパチュリー様より優秀なんじゃない?」
「ええまあスルースキルのみに関しては紅魔館随一を自負しておりますから」
「スルースキルに関して詳しく」
「もうここからは心理テストですね。咲夜さん、あなたが能力を使おうとしたとします。何をすれば使えると思いますか?」
「無視されて咲夜ショック」
深層心理というほどのものではない直接的な質問。
意味があるのかないのか分からないがまずは探ってみないことには解決も何もない。
「そうねえ……」
「瞬間的に思いついたので構いません。むしろそのほうが正解に近いかと」
「ううん」
「いいですか? あなたは今お嬢様にお茶を注ごうとしています。その時! お茶を零してしまいました! 時を止めなければ! どうする!?」
「美鈴を!」
「美鈴さんを! は!?」
「ナイフで!」
「ない、え? はいナイフ……まぁいいや、で!」
「眉間にスコン!」
「なるほど! お約束のオチみたいですがレッツトライです!」
***
「あれ? どうしたんですか咲夜さんこんな中途半端な時間に。も、もしかして今日の分のご飯をようやく」
「時よ!」
「へぶしっ!」
(むごい……)
空腹の中食料を諦め、真面目に業務に徹していた彼女にこの仕打。
世は無常であることを小悪魔は悟った。
一方咲夜はナイフを投げた姿勢のままで特に変化は見られない。
能力を使用できたかどうかは本人にしか分からないのだ。
「どうでしたー?」
「もう一回……」
「あ、ダメだったんですねー、じゃ次考えましょう。ナイフしまってください」
「いやでもこういうのは試行錯誤が必要じゃない?」
「咲夜さんが美鈴さんのこと大好きなのはよく分かりましたんで、これ以上は可哀想なんで」
「大好きだなんてそんな……ぽっ」
「今度は別のシチュエーションで考えてみましょうか」
頬を赤らめるメイド長を華麗にスルーし小悪魔は話を続けた。
「迫り来る弾幕! その時あなたは!」
「パチュリー様の!」
「あの、さっきからなんですけどもどうして他人を巻き込むんですか」
「腋をくすぐる!」
「わざとやってるんでしょ。ねえわざとやってるんでしょ」
***
魔法使いの死体が一つ出来上がった。
「……」
「……」
「えーと、そうですね。結果からどうぞ」
「ダメでした」
「はいありがとうございます」
喘息持ち、非常に弱っている状態、咲夜の超絶フィンガーテク。
一般人でさえ食らえば笑いという拷問の中、呼吸困難果ては失禁までしてしまうという。
それをパチュリーが餌食になるとどうなるか、火を見るより明らかである。
「咲夜さん、加減って言葉知ってます?」
「紅茶を入れるのに大切なのはタイミングと加減、この二つですわ」
「流石メイド長です。惚れ惚れいたします」
「限りない棒読みは何かの表れかしら」
「呆れか皮肉の類だと思っておいてください。次行きましょうか」
「そうね……今ものすごく妹様の羽飾りをもぎもぎしたい気分」
「ホントにそれがトリガーか? 本当にそれがトリガーか?」
思わず素が出る小悪魔。
さてこんなくだらないやり取りも積み重なれば結構な所要時間になる。
少し傾きかけていた日はすっかり落ち、外にはもう宵闇が広がっていた。
ただ今図書館にいる二人にはそれを知る由もない.
だがここの主には分かっていた、これからが自分の時間であることを。
「咲夜ァ!!」
突如として轟音と共に図書館の扉がぶち破られた。
咲夜と小悪魔が入り口のほうを向くと、そこには寝ぼけ眼で怒り状態という大変珍しい表情をした雇い主が立っていた。
無論ネグリジェ姿で小脇にお気に入りのぬいぐるみ(熊)を抱えたままである。
「あんたねぇ! 主人の寝起きの世話なんて召使として当然でしょ!? 何してるわけ!?」
「パチュリー様の腋をくすぐっていました」
「ホントに何してんの!?」
それはこっちも聞きたい、と小悪魔は軽くため息をついた。
レミリアの登場によって事態はいよいよもって収拾がつかなくなりそうである。
果たして本人に解決する意志があるのかないのか、咲夜以外には分かりそうにもない。
「呼んでも呼んでも来ないし! やる気あるの!?」
「やる気まんまんですよ。見てくださいこのフットワーク」
「誰がシャドーボクシングしろっつったよ!」
(コント?)
軽快な動きを見せるメイド長、軽快である必要がどこにあるのかはさっぱりである。
「いい? 今必要なのは謝罪でも説明でも無く忠誠! 誠意! さっさと私の望む通りに動きなさい!!」
「分かりました。直ちにベッドのシーツを洗ってまいります。証拠隠滅ですね」
「言ったら証拠隠滅になんねえだろ! っていやいやそういうことじゃなくって!」
「お嬢様、あまり興奮なされるとまた粗相をしでかしてしまいますよ」
「神鎗g(ry」
「抑えてください! 大変残念ながらあの人優秀なんです!」
怒りに震えるレミリアを必死に押さえようとする小悪魔。
必殺技はすでにコマンド入力済みであるが、流石にぶっぱなされると洒落にならない事態にまで発展してしまう。
膨大なエネルギーを目の前にして小悪魔は走馬灯が見えたり見えなかったりたまにテンポが変わったり。
「実はですね! 咲夜さんの能力に少々トラブルがありまして!」
「何、時を止める能力が誰かを小馬鹿にする能力にでも変わったわけ!?」
「あれは天然です!」
「そうだったわね!」
「何か酷く失礼なこと言われている気がいたしますわ」
レミリアが大きく舌打ちをすると手に掲げていたエネルギーが綺麗に消え去った。
だが怒りが収まったわけではなく未だに額には青筋が走ったままである。
「寛大な上司に感謝することね咲夜……!」
「恐悦至極、感謝の極みですわ。ところで恐悦至極ってどんな意味でしたっけ」
「知るかぁ! もういい寝直す! それまでにそのトラブルとやらを何とかしておきなさい!」
怒り心頭のレミリアが頭から湯気を出しながら扉の方へ振り向いた瞬間である。
「はっ!!」
咲夜の脳裏に突然膨大なイメージが雪崩込んできた、キュピーンという効果音と共にだ。
忠誠を誓うべき主の後ろ姿、カリスマが溢れ出す背中、いやそのもうちょっと下。
何をどうすべきか、重要なのはその角度、手首のしなり、スピードである。
レミリアが背後のおぞましき気配に気づいた時にはもう遅かった。
「時よ!!!!」
「あひぃん!」
小気味良い破裂音は、灰色の世界に凍りつき、決して誰の耳にも届かない。
んな意味ありげに言っておいて単にケツ引っ叩いただけじゃねえか、という表情の小悪魔を残したまま。
***
Q.つまりどうなるの?
A.尻を突き出した幼女を小脇に抱えたメイドが幻想郷を飛びまわる。
「さて、今日もお仕事お仕事。時よ!」
「あふぅん!」
「いけない! お皿を落としてしまいましたわ! 時よ!」
「ひやぁん!」
「あなたの時間も私のも、の!」
「うひぃん!」
「ザ・ワールド!!」
「くぅん!」
後日、とっくのとうに能力が戻っていたにも関わらず尻を叩き続けた事が判明。
紅魔館史上最大の内乱が起こったというのは言うまでもない。
「時よ!」
「時よ!!!」
「TOKIO!! 間違えた! なんちって!」
「……あれぇ?」
***
「あのね、咲夜。私は知識人であって機械工ではないのよ? 知ってた?」
「初耳ですわ、暇人と知識人が同義だったなんて」
「だからそのあなたの懐中時計を直すなんおい今なんて言った」
「初空耳ですわ」
昼下がり、図書館におけるいつもの風景である。
真顔で対応する咲夜と、眉間に皺を増やしていくパチュリー、そして傍観する小悪魔。
会話を聞けば優雅とは程遠いティータイム、これもまたいつもの風景。
一つ、違うことと言えばこの瀟洒なメイドがやや不完全になってしまったことか。
「ですがこのままでは業務に支障が出てしまいます」
「ホントに能力使えないの? 時計が壊れただけで?」
「いえ無理やり使おうと思えば使えると思うんですけど」
「何」
「ものすごい違和感が。吐き気がするほど」
言って咲夜はおもむろに紙袋を取り出した。
「ちょ、ま」
パチュリーが制止しようと立ち上がったが間に合わない。
咲夜は紙袋に顔を突っ込んで描写も出来ないような音を口から発射した。
いや、ここはあえて描写しておこう。
普段、咲夜は比較的低い、落ち着いた声で話す。
それを更に2段階オクターブを低くしたような唸り声が聞こえてきたたのだ。
吐瀉物が紙袋に落ちる音も加わりそれはまるで地獄のシンフォニー、グロ画像ならぬグロ音声。
しばらくして顔を上げた咲夜はとても良い晴れ晴れとした真顔であった。
そして彼女は言った、「ワン,ツー,スリー」と。
紙袋が逆さになった。
「ちょまああああああ!!!」
パチュリーの鼻孔に酸味がかった空気が──吸い込まれない。
逆さまの紙袋からは何も垂れ流されなかったのだ。
「じゃじゃーん」
「……うん、手品ね。本当に、ほぉんとうに素敵な手品だわ」
「お褒めいただき光栄です」
「一つ尋ねたいのだけれど、今日あなたは私に吐く効果音を聴かせに来たの?」
「滅相もない。仕事に関わる大事な大事な問題についての相談ですわ」
「そうね、そうだったわね。少し勘違いしてたみたい」
「しっかりしてくださいな」
ぴきぴき、という音が聞こえた、確かに聞こえた。
咲夜は初めて十字に走る青筋を見た。
(はっ、これは貴重だわ)
常備していたスケッチブックで素早くパチュリーの顔を描き込んでいく。
鴉天狗の写真機とはこういう瞬間に使うものなのか、思わぬ気づきに目からウロコが落ちかける。
「気は済んだ?」
「趣味:写真撮影に目覚めました」
「妖怪の山がオススメよ。そのまま帰ってこないと更に良い写真が撮れるわ」
「あの、写真とかどうでもいいんでそろそろ本題に入ってもいいですかね」
理性と堪忍袋の緒と血管が切れた、ような音が響いた。
***
「え~話が一向に進まなかったようなので不詳私小悪魔がご相談をお受けいたします」
「パチュリー様どうしたのかしら。咲夜心配」
「……ええと、改めて確認させてもらいますが、愛用の時計が壊れてしまったんですよね?」
「ええ」
「そしたら能力が使いづらくなったと」
「その通り」
「またどうして」
「つまり『懐中時計を止める』って行為が能力を使う一種のトリガーになってるのよ。制約と誓約ね」
「へえ、能力にそんな制限があるなんて初めて聞きました」
「人間と妖怪は違うってことじゃない?」
「ああ、そういえば咲夜さん人間でしたね。忘れてた」
咲夜から聞いた話を紙にまとめながら、小悪魔は眼鏡をかけ直した。
ほんの数十秒で終わる話を延々と漫才風味に続ける必要がどこにあったのか、小悪魔は疑問に思ったが思うだけに留めておいた。
代わりにもう一つの疑問を咲夜に投げかけた。
「普通に動いてるじゃないですか、時計。どこが壊れてるんです?」
「いや私が能力を使えないってことは、つまり壊れているんでしょう?」
「時計としての役割は果たしてるんで壊れてるとは言えないかと」
「ふむ、では壊れているのはパチュリー様の血管ということね?」
「漫才をする気ないんで先進みますねー。問題があるのはむしろ時計ではなく咲夜さんのほうでは?」
「メイド長咲夜、問題アリ」
「あまり面白くないです。んで、咲夜さん自身に原因があるとすると考えられるのは内的、外的の二つの要因のどちらか。もしくは両方」
とんとん、小悪魔がペンを叩く。
思った以上に問題は複雑らしい、本人にあまり緊張感が無いのでどうしようもないが。
もし外的な要因、呪いや封印の類だとすると彼女だけではなくこの紅の館全体に対して喧嘩が売られた可能性もある。
これは由々しき事態だ、大問題だ。
もう一度、落ち着いて話を聞く。
「何か変わったこととかありませんでしたか? 周りのことでも自分自身のことでも構いませんが」
「そうね……この前美鈴が何かを訴えるような目で私を見てたわ」
「関係ないですね。多分咲夜さんが時々お昼支給し忘れるのが原因です。この前コッペパン自分で食べてたじゃないですか」
「お腹が空いていたんだもの。ついうっかり」
「次行きましょう」
「あとはパチュリー様が目の前でお倒れになったり」
「ある意味呪われても仕方ありませんね」
「お嬢様が伊能忠敬真っ青の日本地図を布団にお描きなさったり」
「そっとしといてあげましょう。話を聞く限り外的なものではなさそうですねえ。自分自身に何か変わったことは?」
「背が伸びました」
「おめでとうございます。あの、能力的なことで何かお願いできますか? 物語が先に進みません」
「だから言ったじゃない。違和感と、吐き気」
「その違和感というのは? そもそも動いてる時計に対して壊れているって思う方が不自然なんですよ」
「何かこう、違うって。これじゃない、こうじゃないって感じたの。ううん、説明しづらいわ」
「なるほどなるほど。何となく見えてきましたよ」
紙に書いた『トリガー』と『時計』の二つの単語にぐるぐると丸を重ねて書く。
どうにも、関係してきそうなのはこのキーワードであろうか。
「一つ仮説です。つまり、そのトリガーというのがズレてしまったのでは?」
「どいういうこと?」
「能力発動の条件が変わってしまった……とか。原因は分かりませんが」
「ありえるのかしら、そんなこと」
「魔法や能力なんて不安定なものですから、何かしら術式でタグ付けしておかないと固定化は難しいんですよ」
「適当にひょいひょい使っててごめんちゃい」
「謝らなくていいですし、可愛くないです。真顔で頬を膨らませないでください、拗ねてるんですかそれ」
このメイド長には何か真面目な話に茶々を入れないと喘息が起きてしまう病気でもあるのか。
目元はいつも通りで頬は膨らんだ状態というのは中々どうしてシュールだ。
自身が問題の真っ只中にいることを自覚してないらしい。
「とりあえず時を止める=時計を止めるという図式が変わってしまった、という方向性で考えてみましょう」
「私数字は苦手なんだけど……」
「拾いませんよー。大分問題が単純化してきましたね。要は変わってしまったトリガーを見つければいいんです」
「おお、ようやく解決策が。あなたパチュリー様より優秀なんじゃない?」
「ええまあスルースキルのみに関しては紅魔館随一を自負しておりますから」
「スルースキルに関して詳しく」
「もうここからは心理テストですね。咲夜さん、あなたが能力を使おうとしたとします。何をすれば使えると思いますか?」
「無視されて咲夜ショック」
深層心理というほどのものではない直接的な質問。
意味があるのかないのか分からないがまずは探ってみないことには解決も何もない。
「そうねえ……」
「瞬間的に思いついたので構いません。むしろそのほうが正解に近いかと」
「ううん」
「いいですか? あなたは今お嬢様にお茶を注ごうとしています。その時! お茶を零してしまいました! 時を止めなければ! どうする!?」
「美鈴を!」
「美鈴さんを! は!?」
「ナイフで!」
「ない、え? はいナイフ……まぁいいや、で!」
「眉間にスコン!」
「なるほど! お約束のオチみたいですがレッツトライです!」
***
「あれ? どうしたんですか咲夜さんこんな中途半端な時間に。も、もしかして今日の分のご飯をようやく」
「時よ!」
「へぶしっ!」
(むごい……)
空腹の中食料を諦め、真面目に業務に徹していた彼女にこの仕打。
世は無常であることを小悪魔は悟った。
一方咲夜はナイフを投げた姿勢のままで特に変化は見られない。
能力を使用できたかどうかは本人にしか分からないのだ。
「どうでしたー?」
「もう一回……」
「あ、ダメだったんですねー、じゃ次考えましょう。ナイフしまってください」
「いやでもこういうのは試行錯誤が必要じゃない?」
「咲夜さんが美鈴さんのこと大好きなのはよく分かりましたんで、これ以上は可哀想なんで」
「大好きだなんてそんな……ぽっ」
「今度は別のシチュエーションで考えてみましょうか」
頬を赤らめるメイド長を華麗にスルーし小悪魔は話を続けた。
「迫り来る弾幕! その時あなたは!」
「パチュリー様の!」
「あの、さっきからなんですけどもどうして他人を巻き込むんですか」
「腋をくすぐる!」
「わざとやってるんでしょ。ねえわざとやってるんでしょ」
***
魔法使いの死体が一つ出来上がった。
「……」
「……」
「えーと、そうですね。結果からどうぞ」
「ダメでした」
「はいありがとうございます」
喘息持ち、非常に弱っている状態、咲夜の超絶フィンガーテク。
一般人でさえ食らえば笑いという拷問の中、呼吸困難果ては失禁までしてしまうという。
それをパチュリーが餌食になるとどうなるか、火を見るより明らかである。
「咲夜さん、加減って言葉知ってます?」
「紅茶を入れるのに大切なのはタイミングと加減、この二つですわ」
「流石メイド長です。惚れ惚れいたします」
「限りない棒読みは何かの表れかしら」
「呆れか皮肉の類だと思っておいてください。次行きましょうか」
「そうね……今ものすごく妹様の羽飾りをもぎもぎしたい気分」
「ホントにそれがトリガーか? 本当にそれがトリガーか?」
思わず素が出る小悪魔。
さてこんなくだらないやり取りも積み重なれば結構な所要時間になる。
少し傾きかけていた日はすっかり落ち、外にはもう宵闇が広がっていた。
ただ今図書館にいる二人にはそれを知る由もない.
だがここの主には分かっていた、これからが自分の時間であることを。
「咲夜ァ!!」
突如として轟音と共に図書館の扉がぶち破られた。
咲夜と小悪魔が入り口のほうを向くと、そこには寝ぼけ眼で怒り状態という大変珍しい表情をした雇い主が立っていた。
無論ネグリジェ姿で小脇にお気に入りのぬいぐるみ(熊)を抱えたままである。
「あんたねぇ! 主人の寝起きの世話なんて召使として当然でしょ!? 何してるわけ!?」
「パチュリー様の腋をくすぐっていました」
「ホントに何してんの!?」
それはこっちも聞きたい、と小悪魔は軽くため息をついた。
レミリアの登場によって事態はいよいよもって収拾がつかなくなりそうである。
果たして本人に解決する意志があるのかないのか、咲夜以外には分かりそうにもない。
「呼んでも呼んでも来ないし! やる気あるの!?」
「やる気まんまんですよ。見てくださいこのフットワーク」
「誰がシャドーボクシングしろっつったよ!」
(コント?)
軽快な動きを見せるメイド長、軽快である必要がどこにあるのかはさっぱりである。
「いい? 今必要なのは謝罪でも説明でも無く忠誠! 誠意! さっさと私の望む通りに動きなさい!!」
「分かりました。直ちにベッドのシーツを洗ってまいります。証拠隠滅ですね」
「言ったら証拠隠滅になんねえだろ! っていやいやそういうことじゃなくって!」
「お嬢様、あまり興奮なされるとまた粗相をしでかしてしまいますよ」
「神鎗g(ry」
「抑えてください! 大変残念ながらあの人優秀なんです!」
怒りに震えるレミリアを必死に押さえようとする小悪魔。
必殺技はすでにコマンド入力済みであるが、流石にぶっぱなされると洒落にならない事態にまで発展してしまう。
膨大なエネルギーを目の前にして小悪魔は走馬灯が見えたり見えなかったりたまにテンポが変わったり。
「実はですね! 咲夜さんの能力に少々トラブルがありまして!」
「何、時を止める能力が誰かを小馬鹿にする能力にでも変わったわけ!?」
「あれは天然です!」
「そうだったわね!」
「何か酷く失礼なこと言われている気がいたしますわ」
レミリアが大きく舌打ちをすると手に掲げていたエネルギーが綺麗に消え去った。
だが怒りが収まったわけではなく未だに額には青筋が走ったままである。
「寛大な上司に感謝することね咲夜……!」
「恐悦至極、感謝の極みですわ。ところで恐悦至極ってどんな意味でしたっけ」
「知るかぁ! もういい寝直す! それまでにそのトラブルとやらを何とかしておきなさい!」
怒り心頭のレミリアが頭から湯気を出しながら扉の方へ振り向いた瞬間である。
「はっ!!」
咲夜の脳裏に突然膨大なイメージが雪崩込んできた、キュピーンという効果音と共にだ。
忠誠を誓うべき主の後ろ姿、カリスマが溢れ出す背中、いやそのもうちょっと下。
何をどうすべきか、重要なのはその角度、手首のしなり、スピードである。
レミリアが背後のおぞましき気配に気づいた時にはもう遅かった。
「時よ!!!!」
「あひぃん!」
小気味良い破裂音は、灰色の世界に凍りつき、決して誰の耳にも届かない。
んな意味ありげに言っておいて単にケツ引っ叩いただけじゃねえか、という表情の小悪魔を残したまま。
***
Q.つまりどうなるの?
A.尻を突き出した幼女を小脇に抱えたメイドが幻想郷を飛びまわる。
「さて、今日もお仕事お仕事。時よ!」
「あふぅん!」
「いけない! お皿を落としてしまいましたわ! 時よ!」
「ひやぁん!」
「あなたの時間も私のも、の!」
「うひぃん!」
「ザ・ワールド!!」
「くぅん!」
後日、とっくのとうに能力が戻っていたにも関わらず尻を叩き続けた事が判明。
紅魔館史上最大の内乱が起こったというのは言うまでもない。
変な性癖に目覚める前にばれて本当によかった(笑
時よっ!!!
咲夜さんが非常に可愛くて面白かったです。
あと小悪魔のキャラが大好き。
これはひどいバカ咲夜
誰かこのメイド止めてください
ナチュラルにうざ可愛いメイド長に乾杯。
スルー検定一級保持者の小悪魔ちゃんに敬礼。
その他犠牲になった紅魔館の皆様に心からの黙祷。
正直一番美鈴が可哀相な気がするなぁ。
小悪魔ナイスすぎてワロタww
それでも咲夜さんと小悪魔可愛いと思ってしまうのが悔しい
軽快なテンポで、飽きることなく楽しませていただきました。
なんという駄メイド長・・・だがそこがいい
読んでる方は面白いんだけど、普段から咲夜がこの態度だと
いくら仕事ができても接してる皆は不快に感じると思うぞ。
要は相手をからかっているだけだし。
何らかの要因で一時的にこんな性格になったとかそれとも
もう少し抑え目にするかした方が良かったんでは?
天然ボケ制御不能www
ワロタww
はたしてパチュリーのスルー能力が低すぎるのか、咲夜さんのあおり能力が高すぎるのか、確実に後者ですねと言えるような作品でしたww
みんなのツッコミもいい感じに冴えてますね。
おもしろかったのですが