――“彼”の今の状況を具体的に説明しろ、と言われたらなんと答えればいいだろうか。
幻想郷ではなんてこともない。
ただのありふれた日常にひょんと非日常が紛れ込んだだけ。そう、それだけだ。
彼――『森近霖之助』の隣に座る少女が、鼻歌をしながらみたらし団子を頬張っていた。
「人里に来るのは初めてなんだろう?どうだい?お味の方は」
「うん!甘くて美味しいわこれ!人間より美味しいかも!!ありがとうお兄さん!」
「そうか。それはよかった」
お互いの名前すら知らない『脆弱な半妖』と『最凶の吸血鬼』――
この奇妙なコンビが出来たのはつい1時間ほど前のことだ。
――1時間前――
森近霖之助は無縁塚で道具を拾った帰り道……荷台を引きながら自分の店、そして家でもある香霖堂への道のりを歩いていた。
いつもと変わらない日常。いつもと変わらない風景。そして――非日常は何の前触れもなく現れた。
ヒュン、と何かが空気を裂いた音が上から聞こえた思った直後……
まるで隕石でも落下したかのような音と共に空から降ってきた“何か”が、霖之助の荷台を完膚なきまでに破壊した。
「――けほっ、けほっ……。うぅ~、煙たいし頭ふらふらするぅー……」
巻き上がる土煙の中から聞こえてきたのは、やけに幼い少女の声だった。
自らにまとわりついていた“荷台だったもの”の木片や鉄クズを簡単にどかし煙の中から出てくる。
年頃は9~10歳程度――金色の髪に幻想郷では珍しい洋風な服、そして特に目を引くのは背中から生えた異形の翼。
その容姿、そしてなにより“何十メートルの高さから落下して無傷”という事実から人間でないことは明らかだった。
「…………。」
目の前にいる少女は妖怪である――が、そんな事を気にしている心の余裕など彼になかった。
残骸となった荷台と道具、放心しながらただただ眺めている。
「うっ……やばっ……日光…が……っ!」
ふらふらとした足取りで歩いていた少女が、突然ドサッ!という音を立てて倒れた。
「……!!?」
放心状態だった霖之助も流石にその音で正気に戻り、すぐさま少女に駆け寄り華奢な身体を抱きとめる。
「(熱射病……?いや、今日は30℃切ってるから妖怪がそんな簡単になるわけないし汗も特に出ていない)」
こんなときでも冷静に状況を判断できるのは経験というよりも根っこからの性格からかもしれない。
「(となると……夜行性の妖怪か。まだ朝だが、それなら倒れた理由も納得できる。極端に光に弱い妖怪もいるしな……)」
そして結果としてそれが功を奏した。
「んっ……。あれ……、お兄さんだれ……?」
少女を日の当たらない木陰に移動させると、すぐに意識を取り戻した。
「起きたか……。大丈夫かい?水が欲しければ取ってくるが?」
いらない、と首を横に振る少女。しかし――
「お兄さんの血もらってもいい?」
「はっ――」
言葉の意味を理解する前に、既に少女は霖之助の首筋に噛み付いていた。ご丁寧に噛んでいる部分はちゃんと服をはだけさせている。
「いだだだだ……ッ!!」
両腕を使って少女を引き離そうとするがピクリとも彼女の身体は動かない。
霖之助の抵抗など“虫がひっついている”程度にしか感じていないのか……ちゅうちゅうと音を立てながら血を吸い上げていく。
十数秒後……ようやく満足したのか少女が首筋から口を離した。
「うぅー!生き返ったー!!」
「ぐっ……きょ、今日は……厄日か……ッ!」
今度は逆に大量の血を抜かれた霖之助が樹にもたれかかりながら腰を落とす。
「お兄さんの“血”変な味がしたけど人間じゃないの?」
急に元気なった少女が霖之助の横に座り、顔を覗き込みながら問う。
「半妖だからね。そりゃあ純血に比べれば変な味だろうね……不味かったかい?」
「ううん!それなりに美味しかったよ!また吸わせてね!!」
「それは遠慮しておくとしよう……さて、と」
フラついた足取りで立ち上がる。
「僕はそこら辺に散らばってる木材を適当に回収して帰るよ。君はどうする?」
「……うーん……お兄さんについてく!」
一番考えたくなかった答えが返ってきたな……と露骨に面倒そうな顔をする。
出会ったのはついさっきでありお互いの名前も知らないで「ついてく!」はどうなのであろうか。
「い、いや、しかしだね……ご家族の方も心配するだろう……?」
『身内で』という意味合いも含めるならばさほど珍しくないかもしれないが、基本的に妖怪に家族構成はない。
そんな事も忘れるほどうろたえる霖之助――否、目の前の少女が奔放さが“自分の妹のような別の少女”に重なったのかもしれない。
「その家族から逃げてきたんだもん。行く当てもないし、助けてもらったお礼もあるし、お兄さんのお手伝いするよ」
うっ……と霖之助が唸る。
自分が捻くれているためか、人でも妖怪でも純粋な気持ちには弱い彼である。
「いや、まぁ別にいいんだけど……って、え?“逃げてきた?”」
嫌な予感が頭を奔った。
「うん。お姉さまったらいつまで経っても外出許してくれないんだもの。いつもお家の中をウロウロしてるだけで」
「あー……一応聞くけど……そのお姉さまは強い妖怪なのかい?」
「ううん。“人間”に負けちゃうくらい弱いよ。私も負けちゃったけど」
「そ、そうか……」
ならいい、と内心ホッと胸を撫で下ろす。
吸血・お姉さま・逃げてきた、という3点からとある吸血鬼の妹を想像したが、どうやら思い違いのようだ。
「人間に負けてしまうほど弱い」などプライドの高さに定評のある吸血鬼は絶対に言わない。実際に負けることもない。
――そう。まともな吸血鬼ならそんな台詞は絶対に吐かないのだ。
「(ふむ……まぁ……大方眷属ってとこだろうな。)」
心の中で完結させ、なんだかんだで存在を忘れていた『荷台だったもの』に視線を向ける。
「さて……修理は店に着けばいくらでも出来るからいいとして……どうやって運んだもんかね……」
つぐつぐ文明の利器の凄まじさを痛感する霖之助。
普段ならなんとはなしに運べる物が、その形を元に戻しただけで何10倍にも運び辛くなってしまった。
木材・鉄くず合わせて目算4,50kgだろうか。
運ぶ方法自体はこういう時のためにビニール袋をいくつか常備しているためそこに入れて持っていけばいいのだが――
「まず破れるよなぁ……。でもこのまま此処に放置するわけにもいかないし……」
結んだ部分ではなく下から持ち上げるように持てばその心配もないだろうが、いかんせんそんな腕力など彼にはない。
どうしたもんか――と、頭を悩ませてる霖之助の服の裾を不意に少女が引っ張った。
「私が運んであげよっか?」
「出来ればお願いしたいところだけどね。流石の妖怪でもその体型であの重さをずっと抱えるのは無理だろう?」
「え~?そうでもないよ?」
霖之助の手からビニール袋を取ると、そそくさと袋がパンパンになるまで木くず・鉄くずを入れると……
“小指1本”で袋を支えながら言う。
「でしょ?」
「は、はは……そ、そうだね……(流石は吸血鬼の眷属。力だけは半端じゃないな……)」
「じゃあいこっ!お兄さん!」
少女が力強く霖之助の手首を掴み、逆側の肩に木材の詰まった袋を3つ乗せる。
何十kgもある物体を片手で支えているが小指で軽々と1袋持っていたので特に突っ込む気は起きなかった。
「そうだね。ここからなら人里まで1時間くらいかな」
「ふぅん。方向は?」
「そこの分かれ道を右に曲がって真っ直ぐ進めば着くよ。幸い障害物も少な…「分かった!」
霖之助の言葉を遮り、少女が彼に教えてもらった道を全力疾走で駆け抜けた。
無論、霖之助の手首を握っていることは忘れておらず……
「ちょっ、タイムタイム!一回止まろう!腕が――「キャー!!風が気持ちいいねおにーさーん!!」
宙に浮いた霖之助の身体を引っ張りながら走り続けること約1分――予想より60倍の速さで人里に着いてしまった。
木陰に入ったところでようやく霖之助の手首を離し、両腕でのびをする少女。
「はぁ~……気持ちよかったぁー!!」
「げ、げほっ。そ、それ……は、よかった……ね。」
元気活発な少女とは対照的に霖之助は今にも死にそうだ。
「と、とりあえず……一旦休憩しようか……甘味処も近くにあるし」
「かんみどころ?」
――そして今に至る。
「……さて、団子も食べたし……そろそろ行こうか」
「んっ、そだね。よいしょ……っと。」
側に置いてあった袋を再び肩に乗せ立ち上がる。
「いこう!お兄さん!」
少女の差し出してきた手を握り返し、2人揃って歩き――出さなかった。
「待った。」
足を止めたのは霖之助の方だ。
「そういえば便利な物を持ってたのを思い出したよ」
それだけ言うと、霖之助が服の中から筒状の何かを取り出した。
「なにそれ?」
「ん?まぁ見てれば分かるさ」
手馴れた動作で筒の中に入っていたらしき棒を引っ張り出し、取っ手についていたボタンを押した瞬間、
バフンッ!――という音を立てて大きく円形に開いた。
「傘!?」
少女が驚嘆の声を上げた。
「ああ「折りたたみ傘」といってね……最近流れ着いてきたんだ。しかも改造を加えてあるから日傘としても使えるんだなこれが」
「はぁーー……凄いねぇお兄さん。でも、傘なんか差しても袋が邪魔で差せないよ?」
「身長差もあるから君の抱えてる袋を1つ僕が持てばいいだけの話さ」
あまりに迷いのない返事に少女が数秒沈黙したあと、
「……お兄さんには重いと思うよ?」
「大丈夫だよ。多分。」
恐る恐る少女が肩に乗せていた袋を一つ手渡すと……
「重ッ!!」
傘を握っているので腕一本で支えていることになるが、それでも想像以上の重さが霖之助を襲った。
「(歩けないほどじゃないが……こんな重いもの何個も抱えてここまで汗一つかいてないのか……)」
「やっぱり重いよね。う~ん……」
そんな彼の心中を悟った少女が何か閃いたように言った。
「あっ!そうだ!私とお兄さんが手繋いでその上に袋乗せて挟みながら歩けばいいんだ!!」
「それなら普通に君が両手使って運んだ方がよっぽど楽なんじゃないか?」――とは言わない。
あくまでも彼を立てるために気を遣ってるのだ。言うはずもなく断れるはずもない。
「じゃあ今度こそ行こっか!」
「ああ、そうだね。日光避けもバッチリだしゆったり歩いていこうか――」
――紅魔館――
「あ嗚呼嗚呼アアア!!!もう!!まだ『あの子』は見つからないの!!?」
だだっ広い屋敷の中に紅魔館の主であるレミリア・スカーレットの怒鳴り声が響き渡る。
「まぁまぁお嬢様。これでも飲んで落ち着いてください」
宥めながら彼女の前に紅茶を置いたのは従者である十六夜咲夜だ。
ふんっ……と鼻息を鳴らし、一応気を落ち着けたレミリアが紅茶に口をつける。
「妹様が落下したと思われる周辺に3人、人里に5人、その他総勢100名を各地に配備させています。すぐ発見できるでしょう」
「って言いながらもう1時間は経ってるじゃない!!使えないわね!!」
「申し開きの言葉もございません。」
スッ――と深く頭を下げる咲夜。
言動こそそれらしいが顔は至って無表情だ。頻繁にこういうことがあって慣れているのかもしれない。
「ああッ……!!もう……!また閻魔辺りからグチグチなんか言われるじゃないのよもう……!!」
レミリアのイライラが限界に溜りきろうとした時、突然扉をノックする音が聞こえた。
――コンッ、コンッ!
「誰ッ!!?」
最早怒りの矛先があらぬ方向へ向けられている。
「失礼します。咲夜様、レミリア様……『妹様』を発見いたしました。」
「そう、ご苦労様。如何いたしますかお嬢様?」
「ふんっ!決まってるでしょ――」
「……さぁ、追いかけっこはここまでですよ?妹様」
人里から離れ、香霖堂へと続く野道……霖之助と少女の周りを100名近い数の妖精達が囲んでいた。
その中心にいるのは紅美鈴――紅魔館の門番を務めている妖怪だ。
少し前から何人か尾けてきているのには霖之助も気づいていたがまさかここまでの大所帯になるとは想像していなかった。
冷や汗を浮かべる霖之助を他所に、隣の少女はいたって冷静だった。
「んー?別に追いかけっこなんかしてたつもりもないしー。っていうかさ……」
霖之助と歩いていた時からは全く想像もつかないほどの威圧感を言葉に乗せる。
「この程度で私に勝てると思ってるの?」
「――ッ。」
妖精達はその迫力に押され誰一人としてその場から動けない。唯一動じていないのは美鈴だけだ。
「……あの、」
そんな張り詰めた空間を打ち破ったのは意外にも霖之助の声だった。
「なんですか?」
「紅魔館の面子がこれだけ来て『妹様』ってことはもしかして……」
「ええ、そうです。貴方の隣にいるお方はフランドール・スカーレット――レミリアお嬢様の妹でもあります」
知らなかったんですか? と、訝しげな表情をする美鈴。
フランドール・スカーレット……実際に(今まで)会ったことはないものの、
その噂だけは霊夢・魔理沙から嫌になるほど聞かされた。
人間なんて食料にしか思ってないし、気が触れてる、情緒不安定……等々、2人からは絶対に近づかないようにと言われていた。
……が、今となってはもう遅いことだ。
「……まぁ、そんな気もなんとなくしてたけどね……。ホントかい?」
手を握りしめたままの少女に訊ねる。
「…………うん。」
「そうか。」
意外にも彼の返事はそっけないものだった。
「そういうわけですので。大人しく妹様を返してはいただけませんでしょうか?」
業を煮やした美鈴が凄みを利かせながら言う。
大抵の人間ならこれだけで逃げ出してしまいそうだが、霖之助は一歩たりとも怯まない。
「それは僕じゃなくて彼女が決めることだ。……フランドール、君はどうしたい?」
「………………帰りたくない。」
霖之助にようやく聞こえる程度の声で呟いた。それだけ本人も迷っているということなのだろう。
分かった。と霖之助が短く答えると自身の服の中に手を突っ込み、
「了解――っと!」
何かを取り出したと思った直後にはソレを地面に叩きつけた。
地面に落ちた物体はとてつもない勢いで煙を噴射し、辺り一面を覆う。
「ッ!!煙幕ですか……ッ!!」
煙は2人だけに留まらず2人を囲む妖精メイド達……そして美鈴を包み込んだ。
「さ、こっちだ。行くよ」
「けほっ!……方向分かるの?」
「何100回も通ってる道だからね。土の感触と足の感覚で分かるのさ。それにしてもコイツが役に立つ日がくるなんてね……」
フランドールの手をしっかりと握り締めながら、巻き上がる煙幕の中を駆け抜ける。
2人が煙の外側に出ると「もう大丈夫かな」と走りを止めた。
「急がないとすぐに何人か出てきちゃうよ?」
「んっ?ああ、その心配はないよ。この煙には感覚障害を起こす毒が含まれているからね。今頃、多人数で煙の中をうろうろと走り回っているだろう」
「そんな物があるんだねぇ」
「僕の店に来ればもっと面白い物が見れるよ?行くか?」
「うん!じゃあ今度は私が走るね!!」
言うが早いが、霖之助の手をさらに強く握り全速力で駆ける。当然その速度に付いていけず彼の身体がビニール袋のように浮くが、
二回目ということもあって少なからず慣れたのか……位置の指示を出しながら霖之助は頭をフル回転させていた。
「(あんなのじゃ大した足止めにもならないし……香霖堂の位置だって普通に知ってるだろうから(というかお得意様だし)まぁ、煙幕が消える前に咲夜が駆けつけてくれば無理矢理追いかけてくることもないんだけどな。あの娘は頭いいから被害とかフランドールの精神面とか後々のこともちゃんと考えるだろうし……むぅ……悪い癖かな。厄介事に首を突っ込むのは……)」
などと考えているうちにいつの間にかフランドールが足を止めていた。
「着いた!!此処だよねお兄さん。こんな変な家がこの辺にあるわけないし」
「変な家言うな。あと、テンションの上がり下がりが凄いぞ君」
こういうのは情緒不安定というのだろうか……そんな事を考えながら扉を開ける。
霖之助が中に入ると、後ろからとことこと付いてくるフランドール。
「はぁーー!すっごい散らかってるね!!」
「あまり乱暴に触らないようにね。商品に傷がついちゃうから」
「はーい」
短く答えると店の中を忙しなく動き回る。
「(こうしてみると……本当にただの子供だなぁ……)」
目の前で無邪気に商品を眺める吸血鬼の姿が、再び自分の妹のような存在の少女と重なった。
「なぁ……」
しばらくの間、興味が尽きなさそうに商品を見ているフランドールを眺めていた霖之助が声をかけた。
「君はどうして逃げ出してきたんだい?」
このまま匿っていても何の意味もない。そう判断したのか単刀直入に訊ねると、商品を手で弄りながらフランドールが答えた。
「……最近まで外の事なんか興味もなかったんだけどね。少し前からちょくちょく紅魔館に来るようになった人から色々聞いて……」
「実際に出てみたいと思った……か。」
「だからお姉さまが眠ってる昼間に出てきたの。そしたら偶然お兄さんのいる場所に落ちてきてこんな事に……」
紅魔館の昼間は非常に隙が大きい。
まず門番は昼寝してサボっている、そしてメイド達も昼時は忙しい。
なによりその主が眠っているのであれば抜け出してくるのはそう難しくもないのだろう。
が、抜け出す方としてもリスクはかなり高い。
なにせ今まで外に出たことがないにも関わらずの直射日光だ。
人間でもかなりキツいのだから吸血鬼ではたまったものじゃないだろう。
「そんなに私が外に出るのが駄目だったのかなぁー……」
至極当たり前な疑問をポツリと漏らす。
「良いか悪いかは知らないけどね、少なくとも僕は咎めたりはしないよ」
「ホント?」
「好奇心から「ああしてみたい」、「こうしてみたい」――なんて思うのは当然さ。それとも君は良からぬ事でも考えてたのかい?」
ぶんぶんとフランドールが首を横に振る。
「そんなことしたって私が得することないもん」
「だろうね。そしてもう一つ言えることがある。」
少し間をおいて霖之助が続ける。
「君のお姉さんは……君のことを大切にしてる。」
「ずっと閉じ込めてただけなのに?」
「ああ。」
「なんで?」
ワケが分からないといった表情訊ねるフランドール。
「気づいたのはついさっきだけど、君の事は結構前から噂で聞いているからね。能力が制御できないんじゃそりゃあオチオチ外には出せれないだろう」
「でも私は別に何もしないよ?ただ幻想郷がどんな所なのか自分の目で見てみたいだけで」
「ああ、そうだ。しかし君は断言できるか?“自分が何かに巻き込まれないか”と。」
霖之助の言いたいことの意図がいまいち掴めないようだ。
どういうこと?――と首を傾げる。
「……幻想郷ではね、異変やら弾幕ごっこやらがしょっちゅう起こるんだ。中には妖怪を見つけただけで退治しにくるおっかない人間もいる。
そんなのに出くわした時……君は冷静に対応できるか?関係ない者を巻き込まないことができるか?興奮しすぎて暴走したりしないか?」
うっ……。とフランドールが短く唸る。
「つまりはそういうことだよ。いくらルールつきだといっても、あまり行き過ぎると今度は大妖怪が出てきて力づくで君をどこかに閉じ込めるだろうからね。
君が精神的に成長するまでは出してやりたくても出してやれないのさ」
「でも……」
頭では分かっていても、まだ納得いかないようだ。
そんな少女に、霖之助が渾身の一言を放つ。
「第一さぁ、妹を愛さない姉はいないんだよ」
今度こそ押し黙ってしまうフランドールだが、霖之助はさらに続ける。
「どうしてそんな事が分かるのか?分かるさ。僕にも出来の悪い妹が2人もいるからね」
その言葉が嘘ではないことは彼の目を見ればすぐに分かった。
「付き合っていても損することばかりだが……それでも愛さずにはいられない。家族なんてそんなもんなんだよ」
無論霖之助も嘘をついたつもりなどなかった。“これだけは絶対に自信を持って言えることだから”だ。
「じゃあ私がちゃんとできるようになったら自由に外に出してもらえる?」
「ああ。」
「絶対?」
「絶対だ」
「それでももしお姉さまが出してくれなかったら?」
一瞬返しに詰まるが、ここまできたらもう勢いである。
「――もしそうなったらレミリアぶん殴ってでも僕が連れ出してやるさ。」
「殴る前にお兄さんが五体バラバラになるんじゃない?」
フランドールの言葉はいたって正論であるが、
「それでも連れ出す。足が無くなっても這いずって連れ出してやる。手足がなくなっても歯を使って君を引きずり出す。約束だ。」
スッ……と、霖之助がフランドールの前に手を進ませ“小指だけを立たせて拳を握った”。
「指切り……は、わざわざ説明しなくても分かるよね?」
「んっ。」
フランドールも手を前に出し自分の小指と霖之助の小指を絡める。
「嘘ついたらお兄さんの内臓引きずり出して紅茶に入れて飲んじゃうからね!」
「それじゃあ破るわけにはいかないな」
霖之助が指を離すと、窓の外に目を向ける。
夕焼けに混じって“2つ”の影がこちらに近づいてきていた。
「さて、お迎えも来たみたいだしそろそろお帰り。お姉さんも心配してるよ」
「うん!またねお兄さん!」
「ああ――って、ちょっと待ったフランドール。これは僕からの新しいお客様へのサービスだ」
言いながら霖之助が手渡したのは一枚の布切れだった。表面には古めかしそうな日本語が書かれている。
「なにこれ?」
「見たとおり御守りだが……まぁ願掛けでもあるかな」
「?」
「君が“1秒でも早く外に出してもらえるように”っていうね――」
翌日……昨日は何年かぶりのハードな一日であったために筋肉痛で1日中寝込んでいた霖之助。
色々どたばたしていて結局どこかに落としてしまった折りたたみ傘や袋はまた回収しに行かなければならない事を考えると一層痛みが増した。
後に知った話だが美鈴はあの後メイド長から1日中お叱りを受けたらしい。
まぁ100人連れた挙句に煙幕だけで半妖一人逃がしてしまうようでは当然といえば当然だろう。
「いだだ……ぬぅ、もう齢かな……齢か。」
ズルズルと足を這いずりながら厠から出てくる霖之助。時刻は既に午後12時を回っていた。
「(やっぱり昼間寝すぎるのは駄目だなぁ。全然眠たくない)」
眠れないのにただジッと布団の中にいるのももったいないのでカウンターに腰掛け本を読み始めた時だった。
――カラン、カラン。
「いるかしら?」
「……今日はいいけど次からは10時までにしてほしいね」
やってきたのはレミリアだった。
まぁ夜中にやってくる時点で大体の予想はついていたがせめてもう少しぐらいはこちらに譲歩して欲しいと思う霖之助だった。
「それで何の用……なんて聞くまでもないな」
成り行きとはいえあんなことをしでかした以上、落とし前として何回かレミリアに殴られる覚悟はしていた。
「ええ、そうね。本当なら首が720度回るくらいの勢いで殴り飛ばしたいところだけど……」
ふぅ……と、溜息を吐きながら頭を抱えたレミリアが続ける。
「フランから全部聞いたわ。あの子があんなに楽しそうな顔で喋ってたのなんて初めて見たわね」
さらに一拍おき……本当に、仕方なそうな表情で、
「感謝してる。ありがと……。」
「…………まさか君の口からそんな言葉が出るとはね……。」
「それより」
照れた表情を見せたのも一瞬のこと。
今度はいつものような邪悪な笑みを浮かべて霖之助の目の前まで歩み寄り、その胸ぐらを掴んだ。
「“この私をぶん殴ってでも連れ出してやる”――って、フランに言ったそうね」
ビクッ!と、突然肩を震わす霖之助。
まさかそっちから攻めてくるとは思っていなかったようだ。
「どう?予行演習でもしてみる?」
言いながら自分の頬を霖之助に向かって突き出す。
「い、いや……それはなんていうか……その…すいませんでした……。」
どうやらフランドールは自分の力で出してもらうしかないようだ――。
完。
幻想郷ではなんてこともない。
ただのありふれた日常にひょんと非日常が紛れ込んだだけ。そう、それだけだ。
彼――『森近霖之助』の隣に座る少女が、鼻歌をしながらみたらし団子を頬張っていた。
「人里に来るのは初めてなんだろう?どうだい?お味の方は」
「うん!甘くて美味しいわこれ!人間より美味しいかも!!ありがとうお兄さん!」
「そうか。それはよかった」
お互いの名前すら知らない『脆弱な半妖』と『最凶の吸血鬼』――
この奇妙なコンビが出来たのはつい1時間ほど前のことだ。
――1時間前――
森近霖之助は無縁塚で道具を拾った帰り道……荷台を引きながら自分の店、そして家でもある香霖堂への道のりを歩いていた。
いつもと変わらない日常。いつもと変わらない風景。そして――非日常は何の前触れもなく現れた。
ヒュン、と何かが空気を裂いた音が上から聞こえた思った直後……
まるで隕石でも落下したかのような音と共に空から降ってきた“何か”が、霖之助の荷台を完膚なきまでに破壊した。
「――けほっ、けほっ……。うぅ~、煙たいし頭ふらふらするぅー……」
巻き上がる土煙の中から聞こえてきたのは、やけに幼い少女の声だった。
自らにまとわりついていた“荷台だったもの”の木片や鉄クズを簡単にどかし煙の中から出てくる。
年頃は9~10歳程度――金色の髪に幻想郷では珍しい洋風な服、そして特に目を引くのは背中から生えた異形の翼。
その容姿、そしてなにより“何十メートルの高さから落下して無傷”という事実から人間でないことは明らかだった。
「…………。」
目の前にいる少女は妖怪である――が、そんな事を気にしている心の余裕など彼になかった。
残骸となった荷台と道具、放心しながらただただ眺めている。
「うっ……やばっ……日光…が……っ!」
ふらふらとした足取りで歩いていた少女が、突然ドサッ!という音を立てて倒れた。
「……!!?」
放心状態だった霖之助も流石にその音で正気に戻り、すぐさま少女に駆け寄り華奢な身体を抱きとめる。
「(熱射病……?いや、今日は30℃切ってるから妖怪がそんな簡単になるわけないし汗も特に出ていない)」
こんなときでも冷静に状況を判断できるのは経験というよりも根っこからの性格からかもしれない。
「(となると……夜行性の妖怪か。まだ朝だが、それなら倒れた理由も納得できる。極端に光に弱い妖怪もいるしな……)」
そして結果としてそれが功を奏した。
「んっ……。あれ……、お兄さんだれ……?」
少女を日の当たらない木陰に移動させると、すぐに意識を取り戻した。
「起きたか……。大丈夫かい?水が欲しければ取ってくるが?」
いらない、と首を横に振る少女。しかし――
「お兄さんの血もらってもいい?」
「はっ――」
言葉の意味を理解する前に、既に少女は霖之助の首筋に噛み付いていた。ご丁寧に噛んでいる部分はちゃんと服をはだけさせている。
「いだだだだ……ッ!!」
両腕を使って少女を引き離そうとするがピクリとも彼女の身体は動かない。
霖之助の抵抗など“虫がひっついている”程度にしか感じていないのか……ちゅうちゅうと音を立てながら血を吸い上げていく。
十数秒後……ようやく満足したのか少女が首筋から口を離した。
「うぅー!生き返ったー!!」
「ぐっ……きょ、今日は……厄日か……ッ!」
今度は逆に大量の血を抜かれた霖之助が樹にもたれかかりながら腰を落とす。
「お兄さんの“血”変な味がしたけど人間じゃないの?」
急に元気なった少女が霖之助の横に座り、顔を覗き込みながら問う。
「半妖だからね。そりゃあ純血に比べれば変な味だろうね……不味かったかい?」
「ううん!それなりに美味しかったよ!また吸わせてね!!」
「それは遠慮しておくとしよう……さて、と」
フラついた足取りで立ち上がる。
「僕はそこら辺に散らばってる木材を適当に回収して帰るよ。君はどうする?」
「……うーん……お兄さんについてく!」
一番考えたくなかった答えが返ってきたな……と露骨に面倒そうな顔をする。
出会ったのはついさっきでありお互いの名前も知らないで「ついてく!」はどうなのであろうか。
「い、いや、しかしだね……ご家族の方も心配するだろう……?」
『身内で』という意味合いも含めるならばさほど珍しくないかもしれないが、基本的に妖怪に家族構成はない。
そんな事も忘れるほどうろたえる霖之助――否、目の前の少女が奔放さが“自分の妹のような別の少女”に重なったのかもしれない。
「その家族から逃げてきたんだもん。行く当てもないし、助けてもらったお礼もあるし、お兄さんのお手伝いするよ」
うっ……と霖之助が唸る。
自分が捻くれているためか、人でも妖怪でも純粋な気持ちには弱い彼である。
「いや、まぁ別にいいんだけど……って、え?“逃げてきた?”」
嫌な予感が頭を奔った。
「うん。お姉さまったらいつまで経っても外出許してくれないんだもの。いつもお家の中をウロウロしてるだけで」
「あー……一応聞くけど……そのお姉さまは強い妖怪なのかい?」
「ううん。“人間”に負けちゃうくらい弱いよ。私も負けちゃったけど」
「そ、そうか……」
ならいい、と内心ホッと胸を撫で下ろす。
吸血・お姉さま・逃げてきた、という3点からとある吸血鬼の妹を想像したが、どうやら思い違いのようだ。
「人間に負けてしまうほど弱い」などプライドの高さに定評のある吸血鬼は絶対に言わない。実際に負けることもない。
――そう。まともな吸血鬼ならそんな台詞は絶対に吐かないのだ。
「(ふむ……まぁ……大方眷属ってとこだろうな。)」
心の中で完結させ、なんだかんだで存在を忘れていた『荷台だったもの』に視線を向ける。
「さて……修理は店に着けばいくらでも出来るからいいとして……どうやって運んだもんかね……」
つぐつぐ文明の利器の凄まじさを痛感する霖之助。
普段ならなんとはなしに運べる物が、その形を元に戻しただけで何10倍にも運び辛くなってしまった。
木材・鉄くず合わせて目算4,50kgだろうか。
運ぶ方法自体はこういう時のためにビニール袋をいくつか常備しているためそこに入れて持っていけばいいのだが――
「まず破れるよなぁ……。でもこのまま此処に放置するわけにもいかないし……」
結んだ部分ではなく下から持ち上げるように持てばその心配もないだろうが、いかんせんそんな腕力など彼にはない。
どうしたもんか――と、頭を悩ませてる霖之助の服の裾を不意に少女が引っ張った。
「私が運んであげよっか?」
「出来ればお願いしたいところだけどね。流石の妖怪でもその体型であの重さをずっと抱えるのは無理だろう?」
「え~?そうでもないよ?」
霖之助の手からビニール袋を取ると、そそくさと袋がパンパンになるまで木くず・鉄くずを入れると……
“小指1本”で袋を支えながら言う。
「でしょ?」
「は、はは……そ、そうだね……(流石は吸血鬼の眷属。力だけは半端じゃないな……)」
「じゃあいこっ!お兄さん!」
少女が力強く霖之助の手首を掴み、逆側の肩に木材の詰まった袋を3つ乗せる。
何十kgもある物体を片手で支えているが小指で軽々と1袋持っていたので特に突っ込む気は起きなかった。
「そうだね。ここからなら人里まで1時間くらいかな」
「ふぅん。方向は?」
「そこの分かれ道を右に曲がって真っ直ぐ進めば着くよ。幸い障害物も少な…「分かった!」
霖之助の言葉を遮り、少女が彼に教えてもらった道を全力疾走で駆け抜けた。
無論、霖之助の手首を握っていることは忘れておらず……
「ちょっ、タイムタイム!一回止まろう!腕が――「キャー!!風が気持ちいいねおにーさーん!!」
宙に浮いた霖之助の身体を引っ張りながら走り続けること約1分――予想より60倍の速さで人里に着いてしまった。
木陰に入ったところでようやく霖之助の手首を離し、両腕でのびをする少女。
「はぁ~……気持ちよかったぁー!!」
「げ、げほっ。そ、それ……は、よかった……ね。」
元気活発な少女とは対照的に霖之助は今にも死にそうだ。
「と、とりあえず……一旦休憩しようか……甘味処も近くにあるし」
「かんみどころ?」
――そして今に至る。
「……さて、団子も食べたし……そろそろ行こうか」
「んっ、そだね。よいしょ……っと。」
側に置いてあった袋を再び肩に乗せ立ち上がる。
「いこう!お兄さん!」
少女の差し出してきた手を握り返し、2人揃って歩き――出さなかった。
「待った。」
足を止めたのは霖之助の方だ。
「そういえば便利な物を持ってたのを思い出したよ」
それだけ言うと、霖之助が服の中から筒状の何かを取り出した。
「なにそれ?」
「ん?まぁ見てれば分かるさ」
手馴れた動作で筒の中に入っていたらしき棒を引っ張り出し、取っ手についていたボタンを押した瞬間、
バフンッ!――という音を立てて大きく円形に開いた。
「傘!?」
少女が驚嘆の声を上げた。
「ああ「折りたたみ傘」といってね……最近流れ着いてきたんだ。しかも改造を加えてあるから日傘としても使えるんだなこれが」
「はぁーー……凄いねぇお兄さん。でも、傘なんか差しても袋が邪魔で差せないよ?」
「身長差もあるから君の抱えてる袋を1つ僕が持てばいいだけの話さ」
あまりに迷いのない返事に少女が数秒沈黙したあと、
「……お兄さんには重いと思うよ?」
「大丈夫だよ。多分。」
恐る恐る少女が肩に乗せていた袋を一つ手渡すと……
「重ッ!!」
傘を握っているので腕一本で支えていることになるが、それでも想像以上の重さが霖之助を襲った。
「(歩けないほどじゃないが……こんな重いもの何個も抱えてここまで汗一つかいてないのか……)」
「やっぱり重いよね。う~ん……」
そんな彼の心中を悟った少女が何か閃いたように言った。
「あっ!そうだ!私とお兄さんが手繋いでその上に袋乗せて挟みながら歩けばいいんだ!!」
「それなら普通に君が両手使って運んだ方がよっぽど楽なんじゃないか?」――とは言わない。
あくまでも彼を立てるために気を遣ってるのだ。言うはずもなく断れるはずもない。
「じゃあ今度こそ行こっか!」
「ああ、そうだね。日光避けもバッチリだしゆったり歩いていこうか――」
――紅魔館――
「あ嗚呼嗚呼アアア!!!もう!!まだ『あの子』は見つからないの!!?」
だだっ広い屋敷の中に紅魔館の主であるレミリア・スカーレットの怒鳴り声が響き渡る。
「まぁまぁお嬢様。これでも飲んで落ち着いてください」
宥めながら彼女の前に紅茶を置いたのは従者である十六夜咲夜だ。
ふんっ……と鼻息を鳴らし、一応気を落ち着けたレミリアが紅茶に口をつける。
「妹様が落下したと思われる周辺に3人、人里に5人、その他総勢100名を各地に配備させています。すぐ発見できるでしょう」
「って言いながらもう1時間は経ってるじゃない!!使えないわね!!」
「申し開きの言葉もございません。」
スッ――と深く頭を下げる咲夜。
言動こそそれらしいが顔は至って無表情だ。頻繁にこういうことがあって慣れているのかもしれない。
「ああッ……!!もう……!また閻魔辺りからグチグチなんか言われるじゃないのよもう……!!」
レミリアのイライラが限界に溜りきろうとした時、突然扉をノックする音が聞こえた。
――コンッ、コンッ!
「誰ッ!!?」
最早怒りの矛先があらぬ方向へ向けられている。
「失礼します。咲夜様、レミリア様……『妹様』を発見いたしました。」
「そう、ご苦労様。如何いたしますかお嬢様?」
「ふんっ!決まってるでしょ――」
「……さぁ、追いかけっこはここまでですよ?妹様」
人里から離れ、香霖堂へと続く野道……霖之助と少女の周りを100名近い数の妖精達が囲んでいた。
その中心にいるのは紅美鈴――紅魔館の門番を務めている妖怪だ。
少し前から何人か尾けてきているのには霖之助も気づいていたがまさかここまでの大所帯になるとは想像していなかった。
冷や汗を浮かべる霖之助を他所に、隣の少女はいたって冷静だった。
「んー?別に追いかけっこなんかしてたつもりもないしー。っていうかさ……」
霖之助と歩いていた時からは全く想像もつかないほどの威圧感を言葉に乗せる。
「この程度で私に勝てると思ってるの?」
「――ッ。」
妖精達はその迫力に押され誰一人としてその場から動けない。唯一動じていないのは美鈴だけだ。
「……あの、」
そんな張り詰めた空間を打ち破ったのは意外にも霖之助の声だった。
「なんですか?」
「紅魔館の面子がこれだけ来て『妹様』ってことはもしかして……」
「ええ、そうです。貴方の隣にいるお方はフランドール・スカーレット――レミリアお嬢様の妹でもあります」
知らなかったんですか? と、訝しげな表情をする美鈴。
フランドール・スカーレット……実際に(今まで)会ったことはないものの、
その噂だけは霊夢・魔理沙から嫌になるほど聞かされた。
人間なんて食料にしか思ってないし、気が触れてる、情緒不安定……等々、2人からは絶対に近づかないようにと言われていた。
……が、今となってはもう遅いことだ。
「……まぁ、そんな気もなんとなくしてたけどね……。ホントかい?」
手を握りしめたままの少女に訊ねる。
「…………うん。」
「そうか。」
意外にも彼の返事はそっけないものだった。
「そういうわけですので。大人しく妹様を返してはいただけませんでしょうか?」
業を煮やした美鈴が凄みを利かせながら言う。
大抵の人間ならこれだけで逃げ出してしまいそうだが、霖之助は一歩たりとも怯まない。
「それは僕じゃなくて彼女が決めることだ。……フランドール、君はどうしたい?」
「………………帰りたくない。」
霖之助にようやく聞こえる程度の声で呟いた。それだけ本人も迷っているということなのだろう。
分かった。と霖之助が短く答えると自身の服の中に手を突っ込み、
「了解――っと!」
何かを取り出したと思った直後にはソレを地面に叩きつけた。
地面に落ちた物体はとてつもない勢いで煙を噴射し、辺り一面を覆う。
「ッ!!煙幕ですか……ッ!!」
煙は2人だけに留まらず2人を囲む妖精メイド達……そして美鈴を包み込んだ。
「さ、こっちだ。行くよ」
「けほっ!……方向分かるの?」
「何100回も通ってる道だからね。土の感触と足の感覚で分かるのさ。それにしてもコイツが役に立つ日がくるなんてね……」
フランドールの手をしっかりと握り締めながら、巻き上がる煙幕の中を駆け抜ける。
2人が煙の外側に出ると「もう大丈夫かな」と走りを止めた。
「急がないとすぐに何人か出てきちゃうよ?」
「んっ?ああ、その心配はないよ。この煙には感覚障害を起こす毒が含まれているからね。今頃、多人数で煙の中をうろうろと走り回っているだろう」
「そんな物があるんだねぇ」
「僕の店に来ればもっと面白い物が見れるよ?行くか?」
「うん!じゃあ今度は私が走るね!!」
言うが早いが、霖之助の手をさらに強く握り全速力で駆ける。当然その速度に付いていけず彼の身体がビニール袋のように浮くが、
二回目ということもあって少なからず慣れたのか……位置の指示を出しながら霖之助は頭をフル回転させていた。
「(あんなのじゃ大した足止めにもならないし……香霖堂の位置だって普通に知ってるだろうから(というかお得意様だし)まぁ、煙幕が消える前に咲夜が駆けつけてくれば無理矢理追いかけてくることもないんだけどな。あの娘は頭いいから被害とかフランドールの精神面とか後々のこともちゃんと考えるだろうし……むぅ……悪い癖かな。厄介事に首を突っ込むのは……)」
などと考えているうちにいつの間にかフランドールが足を止めていた。
「着いた!!此処だよねお兄さん。こんな変な家がこの辺にあるわけないし」
「変な家言うな。あと、テンションの上がり下がりが凄いぞ君」
こういうのは情緒不安定というのだろうか……そんな事を考えながら扉を開ける。
霖之助が中に入ると、後ろからとことこと付いてくるフランドール。
「はぁーー!すっごい散らかってるね!!」
「あまり乱暴に触らないようにね。商品に傷がついちゃうから」
「はーい」
短く答えると店の中を忙しなく動き回る。
「(こうしてみると……本当にただの子供だなぁ……)」
目の前で無邪気に商品を眺める吸血鬼の姿が、再び自分の妹のような存在の少女と重なった。
「なぁ……」
しばらくの間、興味が尽きなさそうに商品を見ているフランドールを眺めていた霖之助が声をかけた。
「君はどうして逃げ出してきたんだい?」
このまま匿っていても何の意味もない。そう判断したのか単刀直入に訊ねると、商品を手で弄りながらフランドールが答えた。
「……最近まで外の事なんか興味もなかったんだけどね。少し前からちょくちょく紅魔館に来るようになった人から色々聞いて……」
「実際に出てみたいと思った……か。」
「だからお姉さまが眠ってる昼間に出てきたの。そしたら偶然お兄さんのいる場所に落ちてきてこんな事に……」
紅魔館の昼間は非常に隙が大きい。
まず門番は昼寝してサボっている、そしてメイド達も昼時は忙しい。
なによりその主が眠っているのであれば抜け出してくるのはそう難しくもないのだろう。
が、抜け出す方としてもリスクはかなり高い。
なにせ今まで外に出たことがないにも関わらずの直射日光だ。
人間でもかなりキツいのだから吸血鬼ではたまったものじゃないだろう。
「そんなに私が外に出るのが駄目だったのかなぁー……」
至極当たり前な疑問をポツリと漏らす。
「良いか悪いかは知らないけどね、少なくとも僕は咎めたりはしないよ」
「ホント?」
「好奇心から「ああしてみたい」、「こうしてみたい」――なんて思うのは当然さ。それとも君は良からぬ事でも考えてたのかい?」
ぶんぶんとフランドールが首を横に振る。
「そんなことしたって私が得することないもん」
「だろうね。そしてもう一つ言えることがある。」
少し間をおいて霖之助が続ける。
「君のお姉さんは……君のことを大切にしてる。」
「ずっと閉じ込めてただけなのに?」
「ああ。」
「なんで?」
ワケが分からないといった表情訊ねるフランドール。
「気づいたのはついさっきだけど、君の事は結構前から噂で聞いているからね。能力が制御できないんじゃそりゃあオチオチ外には出せれないだろう」
「でも私は別に何もしないよ?ただ幻想郷がどんな所なのか自分の目で見てみたいだけで」
「ああ、そうだ。しかし君は断言できるか?“自分が何かに巻き込まれないか”と。」
霖之助の言いたいことの意図がいまいち掴めないようだ。
どういうこと?――と首を傾げる。
「……幻想郷ではね、異変やら弾幕ごっこやらがしょっちゅう起こるんだ。中には妖怪を見つけただけで退治しにくるおっかない人間もいる。
そんなのに出くわした時……君は冷静に対応できるか?関係ない者を巻き込まないことができるか?興奮しすぎて暴走したりしないか?」
うっ……。とフランドールが短く唸る。
「つまりはそういうことだよ。いくらルールつきだといっても、あまり行き過ぎると今度は大妖怪が出てきて力づくで君をどこかに閉じ込めるだろうからね。
君が精神的に成長するまでは出してやりたくても出してやれないのさ」
「でも……」
頭では分かっていても、まだ納得いかないようだ。
そんな少女に、霖之助が渾身の一言を放つ。
「第一さぁ、妹を愛さない姉はいないんだよ」
今度こそ押し黙ってしまうフランドールだが、霖之助はさらに続ける。
「どうしてそんな事が分かるのか?分かるさ。僕にも出来の悪い妹が2人もいるからね」
その言葉が嘘ではないことは彼の目を見ればすぐに分かった。
「付き合っていても損することばかりだが……それでも愛さずにはいられない。家族なんてそんなもんなんだよ」
無論霖之助も嘘をついたつもりなどなかった。“これだけは絶対に自信を持って言えることだから”だ。
「じゃあ私がちゃんとできるようになったら自由に外に出してもらえる?」
「ああ。」
「絶対?」
「絶対だ」
「それでももしお姉さまが出してくれなかったら?」
一瞬返しに詰まるが、ここまできたらもう勢いである。
「――もしそうなったらレミリアぶん殴ってでも僕が連れ出してやるさ。」
「殴る前にお兄さんが五体バラバラになるんじゃない?」
フランドールの言葉はいたって正論であるが、
「それでも連れ出す。足が無くなっても這いずって連れ出してやる。手足がなくなっても歯を使って君を引きずり出す。約束だ。」
スッ……と、霖之助がフランドールの前に手を進ませ“小指だけを立たせて拳を握った”。
「指切り……は、わざわざ説明しなくても分かるよね?」
「んっ。」
フランドールも手を前に出し自分の小指と霖之助の小指を絡める。
「嘘ついたらお兄さんの内臓引きずり出して紅茶に入れて飲んじゃうからね!」
「それじゃあ破るわけにはいかないな」
霖之助が指を離すと、窓の外に目を向ける。
夕焼けに混じって“2つ”の影がこちらに近づいてきていた。
「さて、お迎えも来たみたいだしそろそろお帰り。お姉さんも心配してるよ」
「うん!またねお兄さん!」
「ああ――って、ちょっと待ったフランドール。これは僕からの新しいお客様へのサービスだ」
言いながら霖之助が手渡したのは一枚の布切れだった。表面には古めかしそうな日本語が書かれている。
「なにこれ?」
「見たとおり御守りだが……まぁ願掛けでもあるかな」
「?」
「君が“1秒でも早く外に出してもらえるように”っていうね――」
翌日……昨日は何年かぶりのハードな一日であったために筋肉痛で1日中寝込んでいた霖之助。
色々どたばたしていて結局どこかに落としてしまった折りたたみ傘や袋はまた回収しに行かなければならない事を考えると一層痛みが増した。
後に知った話だが美鈴はあの後メイド長から1日中お叱りを受けたらしい。
まぁ100人連れた挙句に煙幕だけで半妖一人逃がしてしまうようでは当然といえば当然だろう。
「いだだ……ぬぅ、もう齢かな……齢か。」
ズルズルと足を這いずりながら厠から出てくる霖之助。時刻は既に午後12時を回っていた。
「(やっぱり昼間寝すぎるのは駄目だなぁ。全然眠たくない)」
眠れないのにただジッと布団の中にいるのももったいないのでカウンターに腰掛け本を読み始めた時だった。
――カラン、カラン。
「いるかしら?」
「……今日はいいけど次からは10時までにしてほしいね」
やってきたのはレミリアだった。
まぁ夜中にやってくる時点で大体の予想はついていたがせめてもう少しぐらいはこちらに譲歩して欲しいと思う霖之助だった。
「それで何の用……なんて聞くまでもないな」
成り行きとはいえあんなことをしでかした以上、落とし前として何回かレミリアに殴られる覚悟はしていた。
「ええ、そうね。本当なら首が720度回るくらいの勢いで殴り飛ばしたいところだけど……」
ふぅ……と、溜息を吐きながら頭を抱えたレミリアが続ける。
「フランから全部聞いたわ。あの子があんなに楽しそうな顔で喋ってたのなんて初めて見たわね」
さらに一拍おき……本当に、仕方なそうな表情で、
「感謝してる。ありがと……。」
「…………まさか君の口からそんな言葉が出るとはね……。」
「それより」
照れた表情を見せたのも一瞬のこと。
今度はいつものような邪悪な笑みを浮かべて霖之助の目の前まで歩み寄り、その胸ぐらを掴んだ。
「“この私をぶん殴ってでも連れ出してやる”――って、フランに言ったそうね」
ビクッ!と、突然肩を震わす霖之助。
まさかそっちから攻めてくるとは思っていなかったようだ。
「どう?予行演習でもしてみる?」
言いながら自分の頬を霖之助に向かって突き出す。
「い、いや……それはなんていうか……その…すいませんでした……。」
どうやらフランドールは自分の力で出してもらうしかないようだ――。
完。
そのへんをもうちょいうまく書いてあればよかったなあと思います
後は霖之助が肩入れした理由付けがもうちょい欲しいですね
霖之助はお兄ちゃんポジションがよく似合う
それ以外は面白かった。
違和感があるな…。
可愛い話を目指してくれているのは解るんだが。
次回に期待。
それと同じ奴がコメントしまくっているのが・・・
とりあえずフラ霖をありがとうございやす。
個人的には面白かった
霖之助の「いだだだだ……ッ!!」
に何故か吹いた