廊下を歩いて来る妖夢の足音が聞こえて、幽々子は書を引き出しにしまった。もうお茶の時間か。
涼やかな風が吹き抜ける秋の昼下がりに楽しむ書見は、いつも時の流れを忘れさせる。
妖夢がお茶とお菓子を幽々子に差し出して、自分も座る。今日のお菓子は羊羹だ。
羊羹はこないだ紫にもらった物で、人里でも手に入りにくい高級品らしい。
なるほど、上品な甘みだ。
次に幽々子はお茶を口に含んだ。程良い渋みが羊羹の甘みと絶妙な和音を奏でる。
昔は剣しか扱えない不器用者だった妖夢も、いつの間にかこんなに美味しくお茶が入れられるようになって。
美味しそうに羊羹を頬張る妖夢の姿を見つめる幽々子の眼差しは、どこか我が娘の成長を喜ぶ母親の様でもあった。
羊羹を食べ終わった妖夢がいつものようにお喋りを始める。
いつも庭で木々の剪定ばかりをしている妖夢には、お茶の時間に幽々子と話すのが唯一の楽しみのようで、一生懸命あった事を言ったり分からない事を聞いたりしている。
自分に懐き、自分と話したがる子はやはり可愛いくて、幽々子も妖夢との会話を楽しんでいる。
最近では妖夢の話す内容にも教養が出てきて、何かを教えるにしても教え甲斐がある。
いつか妖夢が知識的にも精神的にももっと成熟したら、世界の真理や無常、そしてその美しさを語ってやろう。
その時の事を想像すると、今から幸せになってしまう。
幽々子はお茶をすすった。
「あ、そうだ。幽々子様、『ようじょ』って何ですか?」
幽々子はお茶を吹いた。
いけない、いけない。
天衣無縫の亡霊としたことが、従者の言葉如きにうろたえてしまった。
幽々子は気持ちを落ち着けて、もう一度お茶を飲んだ。
「妖夢、どこでそんな言葉を覚えて来たの?」
「外の世界の秋葉原っていう場所で」
幽々子はもう一度お茶を吹いた。
「行ったの?外の世界に?」
「はい。紫様にお願いしたら快く旅行に行かせてくれました。何でも紫様もちょうど外の世界に用事があるとかで」
「紫ったら相変わらず気まぐれなんだから・・・それで、秋葉原で何があってそんな言葉を吹き込まれたの?」
「ええっとですね・・・」
**************************************************
とにかく人の多い街でした。
外の世界には制服の様なものがあるみたいで、男の人は長髪にバンダナ、シャツはぴしっとズボンに入れた清潔感のある服装で、女の人は・・・みんな咲夜さんの様な服装でした。
で、私は普通に歩いているだけなのに、周りの人達が私の事をじろじろ見るんですよ。
「外の世界は廃刀令が公布されてから百年以上経つからねぇ・・・魂も浮いてるし」
射命丸さんみたいにカメラを構えてる人もいました。私は気になったのでその内の一人に私がどうかしたのか聞いてみたんですよ。
そしたら、その人は私の黒いリボンが燃えていると忠告してくれたんです。
「それは大変だったわね・・・どうして自分で気付かなかったの?」
いやそれが、言われても分からないんですよ。熱くもないし、ほどいてみても何ともないんです。そしたら私がリボンをほどく姿も燃えていると言うじゃないですか。
「・・・。ねえ妖夢、その人はもしかして、『リボン燃え~』って言っていたの?」
へ?・・・ああ、確かそんな感じです。おかしな日本語だなぁと思った覚えがあるので。
「それは意味が違うわ、妖夢。それで、その後は?」
家に招いて下さったので、お言葉に甘えました。
わわっ、幽々子様、何回お茶を吹き出すんですか!
「知らない人について行ってはダメと、いつもあれほど・・・」
まぁ、大丈夫ですよ。おかしな人ならこの楼観剣でスパッと斬り捨てるつもりでしたし。
実際普通の人でしたよ?家にあげてもらって、色んなお話をしました。
あ、外の世界では家にあがる時に靴だけじゃなくて、靴下も脱ぐんですね。
「そんな話は初耳よ。・・・その後何だかんだで一枚ずつ脱がされたんじゃないでしょうね」
いえ?脱いだのは靴下だけです。
その人はやたら私の足首を写真に収めていましたが・・・。
「ああ、そっち系ね・・・完全にアウトじゃない。妖夢、そいつは変態よ。斬り捨てても良かったのに」
ええ?まあ、ペタペタ足を触るくらいで、殴られたり蹴られたりはされませんでしたし。
「・・・足をなめられたりは・・・?」
???
何でなめさせるんですか?
私は無意味に人を虐げる様なマネはしません。
「いえ、なかったならいいのよ、忘れて。それで、何の話をしたの?」
とりあえず、何でみんなが私の事を見ていたのかを尋ねました。
それで言われたのが、私が「ようじょ」だから、です。
私は誰かの養女ではありませんし、葉序でもないですから、意味が分からなくて・・・。
「ごめん、『葉序』って何?」
ああ、葉っぱの生え方です。茎に生える順序で、植物によって何パターンかに分類できるんですよ。
覚えておくと剪定に便利な時もあるんです。
で、その「ようじょ」についていくら尋ねても、「ようじょ」はロマンだーっ!くらいの返答しか得られないんですよ。
「一言にまとめれば『ろりこん』って事でしょう・・・『あしふぇち』と併せてダブルプレーのツーアウト変態ね」
う~ん、「変態」って感じじゃなかったんですけど・・・どちらかと言えば「紳士」な・・・。
「・・・どこが紳士・・・」
どこがと言われると・・・ああ、そうそう。ゲームをしたんですよ。
ジャンケンをして、勝った方が負けた方を、
「脱がす・・・じゃないでしょうね・・・」
???
そんな事しても面白くないじゃないですか。
勝った方が負けた方にビンタするんです。
人を思いっきり叩けるっていうのも、たまには結構気持ちいいものですよ!美鈴さんの気持ちが少し分かりました。
で、負けたらそんな痛い思いをするゲームなのに、その人はジャンケンを後出ししてわざと何回も負けてくれるんです。
紳士でしょう?
「・・・。ねぇ妖夢、その人はあなたにビンタされてどんな顔になった?」
私が罪悪感に襲われないように、ニヤニヤしてくれていました。
「チェンジ!チェンジよ妖夢!!『あしふぇち』と『ろりこん』に加えて『まぞひずむ』!スリーアウト変態よ!!」
・・・幽々子様、専門用語が多くてよく分かりません。
「ああ、ごめんなさい。少し興奮しすぎたわね。余りにもクリーンヒットな変態だったから」
チェンジだけどクリーンヒット・・・?
打てたのか打てなかったのか・・・。
「細かい事を気にしてはダメよ、妖夢。それで、その後はどうなったの?」
次はもっと楽しい事をしようかって誘ってくれました。
「つ、ついに核心に迫って来たわね。それでそれで?」
幽々子様、何でそんなに楽しそうなんですか?
それでも何もありません。
そこで帰って来ました。
「え・・・」
**************************************************
しまい遅れた風鈴が鳴った。秋風に揺れるその音色は、鈴虫の声と合わさって何とも言えない寂しさを醸し出していた。
妖夢の小旅行話は本当にそれだけで終わりの様だ。
大落ち直前で終わってしまった話に、幽々子は呆気にとられた。
「え、それだけなの?そこまで行ってよく帰らせてくれたわね」
「ええ。そのタイミングで紫様が部屋までスキマを開いて入って来て『帰るわよ』って」
「紫、空気読めっ!」
「へ?空気ですか?まあとにかく、紫様に言われるがまま、半ば無理矢理帰って来ました。その人はまだお話をしたそうだったんですけどね」
「話をしたかったのか、それとも・・・」
「で、ちょっぴり可哀想だったんで、今度は幽々子様と一緒に来ますって約束しようとしたんですよ」
幽々子はお茶を吹いた。
「ちょっと、勝手に何て約束するのよ!私は絶対行かないわよ!」
「あ、はい。大丈夫です。『きょにゅうはお断り』だそうです」
「それはそれで・・・腹が立つわね・・・」
**************************************************
・・・私は今、その男性の遺体が発見されたというアパート前まで来ています。
検死の結果、男性は体中の機能が一斉に停止していたとの事で、警察では死因の特定に難航しています。
隣人は密室のはずの部屋の中から「スリーアウト変態の分際で生意気よ」と笑う女性の声を聞いたと証言しており、その不可解さから近隣住民の間では亡霊に魂を抜かれたのではないかとの噂まで流れています。
男性の部屋から金銭は奪われていなかったものの食料品が全て無くなっており、警察は強盗の線で・・・
了
涼やかな風が吹き抜ける秋の昼下がりに楽しむ書見は、いつも時の流れを忘れさせる。
妖夢がお茶とお菓子を幽々子に差し出して、自分も座る。今日のお菓子は羊羹だ。
羊羹はこないだ紫にもらった物で、人里でも手に入りにくい高級品らしい。
なるほど、上品な甘みだ。
次に幽々子はお茶を口に含んだ。程良い渋みが羊羹の甘みと絶妙な和音を奏でる。
昔は剣しか扱えない不器用者だった妖夢も、いつの間にかこんなに美味しくお茶が入れられるようになって。
美味しそうに羊羹を頬張る妖夢の姿を見つめる幽々子の眼差しは、どこか我が娘の成長を喜ぶ母親の様でもあった。
羊羹を食べ終わった妖夢がいつものようにお喋りを始める。
いつも庭で木々の剪定ばかりをしている妖夢には、お茶の時間に幽々子と話すのが唯一の楽しみのようで、一生懸命あった事を言ったり分からない事を聞いたりしている。
自分に懐き、自分と話したがる子はやはり可愛いくて、幽々子も妖夢との会話を楽しんでいる。
最近では妖夢の話す内容にも教養が出てきて、何かを教えるにしても教え甲斐がある。
いつか妖夢が知識的にも精神的にももっと成熟したら、世界の真理や無常、そしてその美しさを語ってやろう。
その時の事を想像すると、今から幸せになってしまう。
幽々子はお茶をすすった。
「あ、そうだ。幽々子様、『ようじょ』って何ですか?」
幽々子はお茶を吹いた。
いけない、いけない。
天衣無縫の亡霊としたことが、従者の言葉如きにうろたえてしまった。
幽々子は気持ちを落ち着けて、もう一度お茶を飲んだ。
「妖夢、どこでそんな言葉を覚えて来たの?」
「外の世界の秋葉原っていう場所で」
幽々子はもう一度お茶を吹いた。
「行ったの?外の世界に?」
「はい。紫様にお願いしたら快く旅行に行かせてくれました。何でも紫様もちょうど外の世界に用事があるとかで」
「紫ったら相変わらず気まぐれなんだから・・・それで、秋葉原で何があってそんな言葉を吹き込まれたの?」
「ええっとですね・・・」
**************************************************
とにかく人の多い街でした。
外の世界には制服の様なものがあるみたいで、男の人は長髪にバンダナ、シャツはぴしっとズボンに入れた清潔感のある服装で、女の人は・・・みんな咲夜さんの様な服装でした。
で、私は普通に歩いているだけなのに、周りの人達が私の事をじろじろ見るんですよ。
「外の世界は廃刀令が公布されてから百年以上経つからねぇ・・・魂も浮いてるし」
射命丸さんみたいにカメラを構えてる人もいました。私は気になったのでその内の一人に私がどうかしたのか聞いてみたんですよ。
そしたら、その人は私の黒いリボンが燃えていると忠告してくれたんです。
「それは大変だったわね・・・どうして自分で気付かなかったの?」
いやそれが、言われても分からないんですよ。熱くもないし、ほどいてみても何ともないんです。そしたら私がリボンをほどく姿も燃えていると言うじゃないですか。
「・・・。ねえ妖夢、その人はもしかして、『リボン燃え~』って言っていたの?」
へ?・・・ああ、確かそんな感じです。おかしな日本語だなぁと思った覚えがあるので。
「それは意味が違うわ、妖夢。それで、その後は?」
家に招いて下さったので、お言葉に甘えました。
わわっ、幽々子様、何回お茶を吹き出すんですか!
「知らない人について行ってはダメと、いつもあれほど・・・」
まぁ、大丈夫ですよ。おかしな人ならこの楼観剣でスパッと斬り捨てるつもりでしたし。
実際普通の人でしたよ?家にあげてもらって、色んなお話をしました。
あ、外の世界では家にあがる時に靴だけじゃなくて、靴下も脱ぐんですね。
「そんな話は初耳よ。・・・その後何だかんだで一枚ずつ脱がされたんじゃないでしょうね」
いえ?脱いだのは靴下だけです。
その人はやたら私の足首を写真に収めていましたが・・・。
「ああ、そっち系ね・・・完全にアウトじゃない。妖夢、そいつは変態よ。斬り捨てても良かったのに」
ええ?まあ、ペタペタ足を触るくらいで、殴られたり蹴られたりはされませんでしたし。
「・・・足をなめられたりは・・・?」
???
何でなめさせるんですか?
私は無意味に人を虐げる様なマネはしません。
「いえ、なかったならいいのよ、忘れて。それで、何の話をしたの?」
とりあえず、何でみんなが私の事を見ていたのかを尋ねました。
それで言われたのが、私が「ようじょ」だから、です。
私は誰かの養女ではありませんし、葉序でもないですから、意味が分からなくて・・・。
「ごめん、『葉序』って何?」
ああ、葉っぱの生え方です。茎に生える順序で、植物によって何パターンかに分類できるんですよ。
覚えておくと剪定に便利な時もあるんです。
で、その「ようじょ」についていくら尋ねても、「ようじょ」はロマンだーっ!くらいの返答しか得られないんですよ。
「一言にまとめれば『ろりこん』って事でしょう・・・『あしふぇち』と併せてダブルプレーのツーアウト変態ね」
う~ん、「変態」って感じじゃなかったんですけど・・・どちらかと言えば「紳士」な・・・。
「・・・どこが紳士・・・」
どこがと言われると・・・ああ、そうそう。ゲームをしたんですよ。
ジャンケンをして、勝った方が負けた方を、
「脱がす・・・じゃないでしょうね・・・」
???
そんな事しても面白くないじゃないですか。
勝った方が負けた方にビンタするんです。
人を思いっきり叩けるっていうのも、たまには結構気持ちいいものですよ!美鈴さんの気持ちが少し分かりました。
で、負けたらそんな痛い思いをするゲームなのに、その人はジャンケンを後出ししてわざと何回も負けてくれるんです。
紳士でしょう?
「・・・。ねぇ妖夢、その人はあなたにビンタされてどんな顔になった?」
私が罪悪感に襲われないように、ニヤニヤしてくれていました。
「チェンジ!チェンジよ妖夢!!『あしふぇち』と『ろりこん』に加えて『まぞひずむ』!スリーアウト変態よ!!」
・・・幽々子様、専門用語が多くてよく分かりません。
「ああ、ごめんなさい。少し興奮しすぎたわね。余りにもクリーンヒットな変態だったから」
チェンジだけどクリーンヒット・・・?
打てたのか打てなかったのか・・・。
「細かい事を気にしてはダメよ、妖夢。それで、その後はどうなったの?」
次はもっと楽しい事をしようかって誘ってくれました。
「つ、ついに核心に迫って来たわね。それでそれで?」
幽々子様、何でそんなに楽しそうなんですか?
それでも何もありません。
そこで帰って来ました。
「え・・・」
**************************************************
しまい遅れた風鈴が鳴った。秋風に揺れるその音色は、鈴虫の声と合わさって何とも言えない寂しさを醸し出していた。
妖夢の小旅行話は本当にそれだけで終わりの様だ。
大落ち直前で終わってしまった話に、幽々子は呆気にとられた。
「え、それだけなの?そこまで行ってよく帰らせてくれたわね」
「ええ。そのタイミングで紫様が部屋までスキマを開いて入って来て『帰るわよ』って」
「紫、空気読めっ!」
「へ?空気ですか?まあとにかく、紫様に言われるがまま、半ば無理矢理帰って来ました。その人はまだお話をしたそうだったんですけどね」
「話をしたかったのか、それとも・・・」
「で、ちょっぴり可哀想だったんで、今度は幽々子様と一緒に来ますって約束しようとしたんですよ」
幽々子はお茶を吹いた。
「ちょっと、勝手に何て約束するのよ!私は絶対行かないわよ!」
「あ、はい。大丈夫です。『きょにゅうはお断り』だそうです」
「それはそれで・・・腹が立つわね・・・」
**************************************************
・・・私は今、その男性の遺体が発見されたというアパート前まで来ています。
検死の結果、男性は体中の機能が一斉に停止していたとの事で、警察では死因の特定に難航しています。
隣人は密室のはずの部屋の中から「スリーアウト変態の分際で生意気よ」と笑う女性の声を聞いたと証言しており、その不可解さから近隣住民の間では亡霊に魂を抜かれたのではないかとの噂まで流れています。
男性の部屋から金銭は奪われていなかったものの食料品が全て無くなっており、警察は強盗の線で・・・
了
幽々子容赦無いな・・・。
とか、変なつっこみどころがあるのが逆に良かったです
そのスリーアウト変態が白玉楼に来てしまう可能性が無きにしも非ずではないのか?
いやいやその前に映姫様が彼奴の新たなターゲットになる可能性も捨てきれない。
……もしかしてご褒美? 変態にとっては。
地霊殿の古明地姉妹が大変なことになっちゃうじゃないか!
ゴロいいなこれwww
ところで可愛い妖夢が意味のわからないままオタク用語を喋っているのにめちゃ滾るのですが、
これはなんていう部類の変態に属されるんでしょうか?
おや?季節外れの蝶g