思うに、人間は死ぬ生き物だ。
あっという間に死ぬ生き物だ。
その一生の短さは、時に哀れに見える。
その一生の短さは、時に羨ましく映る。
もちろん、蟻や雀、豚や狼や熊の方が短命だろう。
だが、私を置いて逝くという点においては、すべて同じだ。
人間の性質が悪いところは、感情や意志を持っていることだ。
感情は他人に新たな感情を芽生えさせ、意志は別の意志と干渉し合う。
人間はそうして影響を与え続け、与えられ続け、己の存在を自認する。
私も、意志や感情を持つ存在だ。
人間から受ける影響は大きい。
もちろん、そのような影響をまったく受けない者や、影響を気にしない者もいるが、私はそのどちらでもない。
なぜなら、私は人間が大好きだからだ。
種族が違うのに何故好きかって?
違うからさ。
違うのに受け入れてくれたからさ。
どこの世界に、角の生えた異質の存在を助け、介抱してくれる者たちが居る?
ここにいたんだ。
助けられた命だ、彼らのために使うのが筋だろう。
そう考えて守護者になったが……嫌なものだな。
情ってやつはすぐに移る上に染みついてしまって、簡単には洗い流せない。
好きな者が先に逝く。
どんどんどんどん、先に逝く。
ある時までは、耐えられたんだ。
こういうものなのだと、これが真理だと己に言い聞かせ続けた。
そうすることで、自分の心を守り続けた。
ある時から、耐えられなくなった。
天災が起きて、里の人間の半分が死んだ。
そのときに負ったトラウマは、今も心を蝕んでいる。
結局人は、死ぬのだ。
月日の流れだけは嫌になるほど早かった。
転生は100年に一度しか行われないというのに、毎年のように御阿礼の子が生まれているかのような錯覚にさえ囚われたことがある。
月日は私からまともな感覚を、徐々に確実に削り取っていた。
ある時に、とうとう私は狂った。
人間の死を、世の理を、ただ恨み憎んだ。
私が恋をしてしまったから。
その人は、先に逝ってしまったから。
先に逝かないで。独りにしないで。
そう懇願しても、時間は流れ続けた。
彼は老いて、老いて、そして死んだ。
彼は死ぬときに言った。
「おまえは独りじゃないよ」
私は理解できなかった。
「あなた以外に誰が居るというの?」
彼は笑った。
「この里に、いくらでもいるだろう?」
それが、最期の言葉となった。
彼は卑怯者だ。
私が人間が好きなことも、彼を愛したことも、天秤に掛けたときにどちらかを選ぶことができないことも知っていた。
だから、そう言われたから後を追えなかった。
彼の遺体といっしょに、湖に沈もうと決めていたのに。
結局、人間と共にいることを選んだ。
誰かが死んだとき、遺族と涙を流し、遺族と埋める。そしていつか、今度はその遺族を埋める。
里の集合墓地は私の涙で濡れている。
すべての墓の前で、涙を流したことがあるのだから。
人間の死は、裏切りと同じだった。
どれだけ必死に護っても、どれだけ親身に付き合っても、私を置いて先に逝くのだ。
こんなに「置いていかないで」と叫んでいるのに。
ある時から、伝記を書き始めた。
村人の全員分、約2500冊。
毎日一人一ページ。彼らが死んだら遺族に渡す。
なんでこんなことを始めたかって?
それは私にもわからない。
ただ、きっかけはあった。
愛した彼の一回忌に、ふと気がついたんだ。
彼は死んだ。遺族も関係者もいずれ死ぬ。
ならば、彼がこの世に居たという痕跡は?
風化してしまった墓石を見たことがある。
何か彫ってあることはわかるのだが、読みとることはけしてできない。
この墓も、彼の居る場所も、いつか風化して忘れ去られる。
なら、何が残る?
何も残らない?
そうだ、何も残らない。
それはイヤだ。
気がついたら、私は自身の「歴史を創る能力」で彼の歴史を書き連ねていた。出生から死ぬまでのすべてを『伝記』として生み出した。
せめて、私が死ぬまではあなたに居てほしい。
そう思ったから。
書き終わった時、得もしれぬ充実感が全身に駆け巡った。
この巻物に、この書物に、彼の全てが込められている。
伝記作りは、いつしか私のライフワークになっていた。
最初は身近な親しい人のを。次は、その人の家族を。
満月の夜にしかできなかった作業も、今の世代まで書き終わることでほとんどがいつでもできるようになった。
能力を使うのは、私が知らない人の歴史を起こすことぐらいだったのだ。
書いていて一つだけわかったことがある。
忘れないことは、幸せなんかじゃない。
忘れられないことは、不幸なのだ。
彼を忘れまいとする行為が、いかに私自身を苦しめるのか。
それに気がついた頃には、すでに止まることは無かった。
そうやって書いているうちに、ある里人が遊びに来た。
そして、私の書いている伝記を見てこう言った。
「この、私の父の伝記……頂けませんか?」
編纂が終わるのはお父上の死後だが、よいのか。
そのことを確認したが、彼は「もちろんそれで良い」と言った。
私は、そんなものを貰っても苦しむだけなのにと、彼を哀れんだ。
案の定と言うべきか。
いざそのときが来ても、彼は父の死を受け止めきれずにいた。
老衰ならまだ良かっただろうに、彼の父は妖怪に食われて殺されてしまったのだ。
鹿を狩りに行って、逆に妖怪に狩られるとは思わなかったのだろう。
襲われたことが間違いないことは、一緒に狩りに行った里人が証言していた。
そして捜索の結果、彼の父の首が林に転がっていた。
別れを言う機会もなく、時間もなく、心の準備すらできていなかった。
無防備だった彼の心は抉られ、その傷はもう二度と治らない。
私は約束通り、全てが綴られた伝記を彼に届けた。
父がどうして襲われ、どこから食われ、どのように苦しみ、どうやって絶命したか。もちろんそれも書かれていた。
彼は、それを読まなかった。
読むことなどできるわけがなかった。
愛する父が死ぬ瞬間の事細かな描写など、目に入れたくはなかった。
当然だ。
そんなこともわからずに、受け取ると言ったのか。
苦しむだけだというのに。
だが、そんな彼を知る者たちも、伝記が欲しいと訪ねてきた。
驚いた。彼がどれだけ落胆したか知らないのか?
受け取ったことで、彼の苦しみが増していることに気づかないのか?
日に日に、依頼は増えていった。
私は御阿礼の巫女にも手伝いを頼み、毎日書き続けた。
いつしか里人に渡すことが当たり前になった。
10年はたった頃だろうか。
里の男が私を訪ねてきた。
それは、父を失い悲しんだ、彼だった。
「伝記読みました。ありがとうございました」
開口一番の謝辞に、私は絶句した。
あんなに苦しんでいたというのに、アレを読んだというのか。
「時が私を少しづつ癒し、つい先日、伝記を読む決心がつきました。父は、突如現れた妖怪から仲間を護るため、自らが囮になり仲間を逃がしたのです。ええ、ここまでは当時聞いていました。読み進めると、妖怪と父の大立ち回りのことまで書いてあったのです。父は、勇敢な父は、決死の想いで妖怪と戦いました。そして父は、たった一つの悔いだけ残し、最期は妖怪に食われました。ああ、申し訳ありません。この涙は気にしないでください。昨日これを読んでから、たびたび勝手に流れてくるのです。ええ、父は最期にこう思ったそうじゃないですか。せめて別れの言葉を、家族に伝えて貰えばよかったと。仲間を逃がした時にはすでに死ぬような予感があったのです。父は、仲間に言伝を頼まなかったことを後悔しながら死んだのです。お礼とは、まさにそのことでございます。頂いた伝記に父の食われた場所が書かれていたのです。私は早速、父の墓参りに行って参りたいと思います。そして言ってやるのです。『私の父でありがとう、私もじき逝く』と」
報告を終えた彼は、もう一度礼をして去っていった。
読む決心がついた。
私には到底理解できない言葉だった。
人間というものは、時間に心を浸食されている。
昨日あった嫌なこと。一昨日あった良かったこと。
そんなものは一日で忘れ去る。たとえ何があったかを覚えていても、そのときの感情は残っていない。
人間の脳では、沢山の情報は保存しておけないのだ。
だから、まずは気持ちが消える。
確かにあった喜怒哀楽が、欠片も残らず消え失せる。
「あの時は悲しかった」とか、「あれは楽しかった」などというのは、そのときの感情を上辺で語っているだけだ。
すでに中身はからっぽなのに。
次に、行動が消える。
誕生日に何を貰ったっけ?
初めてのデートで何を語ったんだっけ?
一度沈殿した思い出は、きっかけがない限り浮かんではこない。
『日常』という新しい記憶に上塗りされ、確かに行ったはずの行動も全て消えてしまう。
彼も、そうだ。
父の死という強烈な記憶は、未だにそのときの出来事を記憶している。
だが、もう中身は消えてしまったのだろう。
あの時感じた激情が、心が壊れるくらいの悲しみと絶望が、もし今も心の中に劣化せずに残っていたのなら、彼が伝記を読むなんてことは決してなかったはずなのだ。
理解できないのは、私が人間とは違うから?
彼を失ったあの悲しみが、劣化せずに残り続けているから?
毎晩布団に入ると、そこにあったはずの温もりが残っていないことに泣いているから?
やはり私は、半分とはいえ妖怪なのだ。
人間よりも出来のいい頭脳を持ったばかりに、死ぬまで悲しみ続けることになるのだろう。
彼の後を追いたいと思わない日は無いのに、結局自分からは死ねないのだ。
なぜかって?
人間が好きだからさ。
彼の後を追って死んだら、誰がこの里を護るというのだ?
妖怪の賢者がバランスを保つ?そうだな、言い方が悪かった。
私は、この里の人間が好きだから死ねないのさ。
賢者はバランスを護るため、人間を守護するだろう。
だが、それはあくまで種の保存という観念での管理だ。
里の子供や老人が数人食われたところで気にもとめないだろう。
里で一番お節介な源蔵お爺さん。その孫の達雄君。なにかとサービスをしてくれる魚屋のお妙さん。頑固だが動物に優しい健吾さん。外から来て村に住み着いた知識人の沙羅さん。寺子屋の子供たち。
誰にも死んで欲しくない。
みんなに幸せでいて貰いたい。
歩んできた日々が、歩んできた道が、気づかぬうちに消えていくというのは悲しいことだ。
それを恐れたり、寂しがったりする人間もいるだろう。
人間にとって―――死がそうであるように―――消えるということは忌むべきことなのだ。
だが、私はこう思う。
大切な記憶が消えることと、発狂しそうなほどの悲しみに苦しみ続けること。
どちらのほうがマシなのかと。
そして、人間の方がマシだと私は思った。
人間は、過去に囚われない。
過去を脱ぎ捨て、死へと向かって歩き続ける。
後ろは決して振り返らない。
私は、結局囚われ続けるのだ。
死ぬまでずっと。ずっと。
そう、そしてあの日だ。
私はついに、妖怪としての寿命を迎えた。
妖怪にだって当然寿命があり、死が待っている。
完全に発狂するまえに老衰で死ねるのは、この身に半分流れる人間の血のおかげかもしれない。
私は布団の上で、ただそのときを待っていた。
医者が村人に今夜が峠だと伝えたのだろうか。大勢の里人が私を見守っていた。
そして、村長が私に言ったのだ。
「今日はババ様に、里人全員からの贈り物がございます」
そう言って村長が後ろを向くと、人垣をかき分けて二人の少女が進み出てきた。
一人は、永遠に変わらぬ私の友。
もう一人は、御阿礼の子だった。
やぁ、御阿礼の乙女よ。そういえばお前は何代目だったか。
「はい、72代目でございます」
72人目の御阿礼の乙女よ、いまさらこの私に何をくれるというのかね?
「はい、是非こちらをババ様にと」
そう言って、乙女は一冊の本を取りだした。
寝込んだままの私に見えるように、顔へと近づける。
古めかしい作りの本で、まるで大昔の歴史書のようだった。
かなり古い紙なのか全体的に黄ばんでおり、蒼であっただろう表紙は青緑色になっている。
なによりその本の厚さは凄まじく、辞書を二~三冊ほど重ねているのではないかというくらいあった。
表題には、『伝記・上白沢 慧音』とあった。
私の……伝記?
「その通りですババ様。あなたの死に際にこれを渡すことは、里人全員が500年前から決めていたことです」
500年前だって?なんでそんな頃から。
「それは、ババ様が伝記を里人に書き始めたのが、今から丁度500年前だからです」
ニコリと微笑む御阿礼の乙女。その笑顔は、何度転生しても変わらない。
周囲を見渡すと、里人はみな笑っていた。
そのどの笑顔も、見たことのあるものだった。
そして、気がついた。
私の大好きな人間たちの血脈は、私の思っていた以上に強くしぶといものだった。
確かに人間は死ぬ。
だが、死んでも消えないものもあるのだ。
ほらみろ。
まるで、私の長い人生での友人たちが、みんなみんなそこに居るようではないか。
みんなが、笑ってくれているようではないか。
「私たちは、みんなババ様に助けられました。私たちの前の代も。その前の代も。御阿礼の乙女に至っては、初代から助けられております」
もう一度、乙女へと顔を戻す。
そこに、72人の御阿礼の子らが確かに見えた。
「そして私たちは考えました。あなたに何か返せるものはないか。一族全てが受けた恩を返すにはどうしたら良いのか。そして、これをお渡しすることに決めたのです」
乙女は、私の胸にそっと伝記を置いた。
皺がれた手でそれを持ち上げると、どこか懐かしい香りが香ってきた。
ああ、重い。
「そこには、500年間のあなたが書かれています。代々、御阿礼の乙女と数十名の協力者が書き続けてきました」
なぜ、私にこれを?
「あなたがしてくれたように、私たちの心にもずっとあなたが残るようにです。私たちは一族が死に絶えるまで、あなた様への感謝を忘れないでしょう」
伝記を、ゆっくりと撫でた。
ざらついた紙の触感は、心を落ち着かせる。
人間は、忘れる生き物だ。
私は人間が大好きだが、人間は私を忘れるだろう。
いつしか記録だけの存在となり、この伝記が風化して消え去ると同時に、この世から私は完全に消え去るのだ。
そう、わかっていた。
わかっていたが。
溢れ出る涙を止めることはできなかった。
私は死ぬ。
私が死んだ先のことなど、私にはわからない。
だが、確実な事が一つ。
みんなが、私に、時を越えた贈り物をしてくれた。
何年も、何年も、何年もかけて。
ただその事実だけが、嬉しくて止まらなかった。
いつしか、周囲も泣いていた。
御阿礼の乙女も泣いていた。
ただ一人、私と共に居続けてくれた友は、憮然顔でこちらを見ていた。
「今は泣くので忙しいだろうから、聞くだけでいい。聞いて」
彼女は、無表情のまま語りだした。
止まらない嗚咽を吐き出しながら、耳だけは彼女の言葉に傾ける。
「ついにあんたも逝くのか。長いようで短い付き合いだったわね」
彼女は俯いてしまう。顔をみたいのに見れない。
「結局、私は置いていかれる。自分自身への罰だと知りつつも、こんなに長く付き合ったやつは仇敵意外にいないからね、流石に寂しいよ」
嗚呼、そんな。
彼女は、私だ。
避け得ぬ別れに嘆いていた、あの時の私だ。
「こんなにも長く付き合ったんだ。最期は私が燃やしてあげる。天に輝く月にまで、あんたを連れて行ってあげる」
彼女は、笑った。
私の前で、初めて笑った。
いつもいつも冷めた目で世界を見ていて、彼女は笑うことが無かった。
笑顔を見たことで、嗚咽はさらに酷くなった。
感謝の喜びと、置いて逝く自分への怒りと、離別の悲しみと、あの人の元へと逝けるという楽しみが止まらない。
喜怒哀楽が混ざり合い、世界が煌めいて見えた。
ただ、涙が視界を埋め尽くし、光で輝いただけだというのに。
「他に、なにかあるかい?最期に私ができること」
…………たなっ、の……緑色の伝記をっ、っく、いっしょ……に……もやして
「緑の伝記?……ああ、これか。これでいいか?」
…………
「わかった、こいつと一緒に逝きなよ」
もう、頷くしかできなかった。
何もかもが混ざりすぎて良くわからなかった。
人間を好きでよかった。
混濁した意識の中で、それだけははっきりとした。
体が気だるくなり、目の焦点が合わなくなる。
もう、時間のようだ。
少しづつ落ちていく瞼を精一杯に開いて、泣き崩れる里人と、御阿礼の乙女と、笑顔の友人を目に焼き付けた。
「じゃあね、ありがとう。慧音」
友人の声が、最期に脳で響いて、消えた。
~~~~~~~~~~
「……そりゃあ、良い話だね。久しぶりにあたいもウルっときたよ」
そうか?良い話だろうか。
「そりゃあもちろんさ。ここしばらくの客はどうも悪いのが多くてね、こういう綺麗な話を待っていたんだ」
それはありがたい。私も誰かに話したくてたまらなかったんだ。もうじきこの記憶は消えることになるからな。
「おお、じゃああたしが覚えておこう!こう見えて、死神の中じゃ記憶力は良い方なんでね!」
妖怪や神の記憶力は信頼しているよ。頼む。
「任せておきな!―――っと、もう着いたか。流石に善人を乗せてると到着が早いね」
楽しい時間を過ごさせてもらった。ありがとう。
「だから、礼を言うのはあたいだって!この先は一本道だし、道に迷うことは無いと思うけど、気をつけなよ!」
うむ、重ね重ねありがとう。では、これで。
「―――あー、ちょっとまった。四季様からあんたに言伝があるんだった」
言伝?いったいどんな?
「そのまんま伝えるよ。『得を積んだあなたには、転生先を選ばせてあげましょう。出来る限りの力で望み通りのものに生まれ変わらせてあげますから、小町に希望を伝えておいてください』だそうだよ」
……四季とは、確か閻魔様の名前だよな。一体どうしてそんなことを?まだ会ってもいないのに。
「四季様はずっと前からあんたを知っていたよ。凄い量の得を積んでいる半獣が居るっていって、何百年も前から見ていたのさ」
閻魔様に見初められるとは、光栄だな。
「全くだよ!」
……じゃあ、希望を言ってもいいか?
「ああ、言いな」
希望が二つでもいいか?
「え?……うーん……まぁ、大丈夫でしょう。四季さまも最大限のことをするっておっしゃってるし」
……なら―――
~~~~~~~~~~
私の愛したただ一人の人間よ。
あなたは今、どんな姿で生きていますか?
あなたはまた、私を愛してくれますか?
長かった。
やっと、やっとあなたに会いにいける。
たとえあなたが忘れても、私はあなたを忘れない。
妖怪っていうのは、人間とは違って頭の出来がいいからね。
私には、あなたの匂いが染みついている。
きっと、彼女が燃やしたあなたの伝記が、私の魂に染みついたんだ。
私は、今度こそあなたと死ぬ。
また人間を愛し、あなたを愛し、そして死ぬ。
人間として生まれて、そんな人生を歩んでみたいんだ。
だから、お願いだ。
今度こそ私を置いていかないで。
FIN
あっという間に死ぬ生き物だ。
その一生の短さは、時に哀れに見える。
その一生の短さは、時に羨ましく映る。
もちろん、蟻や雀、豚や狼や熊の方が短命だろう。
だが、私を置いて逝くという点においては、すべて同じだ。
人間の性質が悪いところは、感情や意志を持っていることだ。
感情は他人に新たな感情を芽生えさせ、意志は別の意志と干渉し合う。
人間はそうして影響を与え続け、与えられ続け、己の存在を自認する。
私も、意志や感情を持つ存在だ。
人間から受ける影響は大きい。
もちろん、そのような影響をまったく受けない者や、影響を気にしない者もいるが、私はそのどちらでもない。
なぜなら、私は人間が大好きだからだ。
種族が違うのに何故好きかって?
違うからさ。
違うのに受け入れてくれたからさ。
どこの世界に、角の生えた異質の存在を助け、介抱してくれる者たちが居る?
ここにいたんだ。
助けられた命だ、彼らのために使うのが筋だろう。
そう考えて守護者になったが……嫌なものだな。
情ってやつはすぐに移る上に染みついてしまって、簡単には洗い流せない。
好きな者が先に逝く。
どんどんどんどん、先に逝く。
ある時までは、耐えられたんだ。
こういうものなのだと、これが真理だと己に言い聞かせ続けた。
そうすることで、自分の心を守り続けた。
ある時から、耐えられなくなった。
天災が起きて、里の人間の半分が死んだ。
そのときに負ったトラウマは、今も心を蝕んでいる。
結局人は、死ぬのだ。
月日の流れだけは嫌になるほど早かった。
転生は100年に一度しか行われないというのに、毎年のように御阿礼の子が生まれているかのような錯覚にさえ囚われたことがある。
月日は私からまともな感覚を、徐々に確実に削り取っていた。
ある時に、とうとう私は狂った。
人間の死を、世の理を、ただ恨み憎んだ。
私が恋をしてしまったから。
その人は、先に逝ってしまったから。
先に逝かないで。独りにしないで。
そう懇願しても、時間は流れ続けた。
彼は老いて、老いて、そして死んだ。
彼は死ぬときに言った。
「おまえは独りじゃないよ」
私は理解できなかった。
「あなた以外に誰が居るというの?」
彼は笑った。
「この里に、いくらでもいるだろう?」
それが、最期の言葉となった。
彼は卑怯者だ。
私が人間が好きなことも、彼を愛したことも、天秤に掛けたときにどちらかを選ぶことができないことも知っていた。
だから、そう言われたから後を追えなかった。
彼の遺体といっしょに、湖に沈もうと決めていたのに。
結局、人間と共にいることを選んだ。
誰かが死んだとき、遺族と涙を流し、遺族と埋める。そしていつか、今度はその遺族を埋める。
里の集合墓地は私の涙で濡れている。
すべての墓の前で、涙を流したことがあるのだから。
人間の死は、裏切りと同じだった。
どれだけ必死に護っても、どれだけ親身に付き合っても、私を置いて先に逝くのだ。
こんなに「置いていかないで」と叫んでいるのに。
ある時から、伝記を書き始めた。
村人の全員分、約2500冊。
毎日一人一ページ。彼らが死んだら遺族に渡す。
なんでこんなことを始めたかって?
それは私にもわからない。
ただ、きっかけはあった。
愛した彼の一回忌に、ふと気がついたんだ。
彼は死んだ。遺族も関係者もいずれ死ぬ。
ならば、彼がこの世に居たという痕跡は?
風化してしまった墓石を見たことがある。
何か彫ってあることはわかるのだが、読みとることはけしてできない。
この墓も、彼の居る場所も、いつか風化して忘れ去られる。
なら、何が残る?
何も残らない?
そうだ、何も残らない。
それはイヤだ。
気がついたら、私は自身の「歴史を創る能力」で彼の歴史を書き連ねていた。出生から死ぬまでのすべてを『伝記』として生み出した。
せめて、私が死ぬまではあなたに居てほしい。
そう思ったから。
書き終わった時、得もしれぬ充実感が全身に駆け巡った。
この巻物に、この書物に、彼の全てが込められている。
伝記作りは、いつしか私のライフワークになっていた。
最初は身近な親しい人のを。次は、その人の家族を。
満月の夜にしかできなかった作業も、今の世代まで書き終わることでほとんどがいつでもできるようになった。
能力を使うのは、私が知らない人の歴史を起こすことぐらいだったのだ。
書いていて一つだけわかったことがある。
忘れないことは、幸せなんかじゃない。
忘れられないことは、不幸なのだ。
彼を忘れまいとする行為が、いかに私自身を苦しめるのか。
それに気がついた頃には、すでに止まることは無かった。
そうやって書いているうちに、ある里人が遊びに来た。
そして、私の書いている伝記を見てこう言った。
「この、私の父の伝記……頂けませんか?」
編纂が終わるのはお父上の死後だが、よいのか。
そのことを確認したが、彼は「もちろんそれで良い」と言った。
私は、そんなものを貰っても苦しむだけなのにと、彼を哀れんだ。
案の定と言うべきか。
いざそのときが来ても、彼は父の死を受け止めきれずにいた。
老衰ならまだ良かっただろうに、彼の父は妖怪に食われて殺されてしまったのだ。
鹿を狩りに行って、逆に妖怪に狩られるとは思わなかったのだろう。
襲われたことが間違いないことは、一緒に狩りに行った里人が証言していた。
そして捜索の結果、彼の父の首が林に転がっていた。
別れを言う機会もなく、時間もなく、心の準備すらできていなかった。
無防備だった彼の心は抉られ、その傷はもう二度と治らない。
私は約束通り、全てが綴られた伝記を彼に届けた。
父がどうして襲われ、どこから食われ、どのように苦しみ、どうやって絶命したか。もちろんそれも書かれていた。
彼は、それを読まなかった。
読むことなどできるわけがなかった。
愛する父が死ぬ瞬間の事細かな描写など、目に入れたくはなかった。
当然だ。
そんなこともわからずに、受け取ると言ったのか。
苦しむだけだというのに。
だが、そんな彼を知る者たちも、伝記が欲しいと訪ねてきた。
驚いた。彼がどれだけ落胆したか知らないのか?
受け取ったことで、彼の苦しみが増していることに気づかないのか?
日に日に、依頼は増えていった。
私は御阿礼の巫女にも手伝いを頼み、毎日書き続けた。
いつしか里人に渡すことが当たり前になった。
10年はたった頃だろうか。
里の男が私を訪ねてきた。
それは、父を失い悲しんだ、彼だった。
「伝記読みました。ありがとうございました」
開口一番の謝辞に、私は絶句した。
あんなに苦しんでいたというのに、アレを読んだというのか。
「時が私を少しづつ癒し、つい先日、伝記を読む決心がつきました。父は、突如現れた妖怪から仲間を護るため、自らが囮になり仲間を逃がしたのです。ええ、ここまでは当時聞いていました。読み進めると、妖怪と父の大立ち回りのことまで書いてあったのです。父は、勇敢な父は、決死の想いで妖怪と戦いました。そして父は、たった一つの悔いだけ残し、最期は妖怪に食われました。ああ、申し訳ありません。この涙は気にしないでください。昨日これを読んでから、たびたび勝手に流れてくるのです。ええ、父は最期にこう思ったそうじゃないですか。せめて別れの言葉を、家族に伝えて貰えばよかったと。仲間を逃がした時にはすでに死ぬような予感があったのです。父は、仲間に言伝を頼まなかったことを後悔しながら死んだのです。お礼とは、まさにそのことでございます。頂いた伝記に父の食われた場所が書かれていたのです。私は早速、父の墓参りに行って参りたいと思います。そして言ってやるのです。『私の父でありがとう、私もじき逝く』と」
報告を終えた彼は、もう一度礼をして去っていった。
読む決心がついた。
私には到底理解できない言葉だった。
人間というものは、時間に心を浸食されている。
昨日あった嫌なこと。一昨日あった良かったこと。
そんなものは一日で忘れ去る。たとえ何があったかを覚えていても、そのときの感情は残っていない。
人間の脳では、沢山の情報は保存しておけないのだ。
だから、まずは気持ちが消える。
確かにあった喜怒哀楽が、欠片も残らず消え失せる。
「あの時は悲しかった」とか、「あれは楽しかった」などというのは、そのときの感情を上辺で語っているだけだ。
すでに中身はからっぽなのに。
次に、行動が消える。
誕生日に何を貰ったっけ?
初めてのデートで何を語ったんだっけ?
一度沈殿した思い出は、きっかけがない限り浮かんではこない。
『日常』という新しい記憶に上塗りされ、確かに行ったはずの行動も全て消えてしまう。
彼も、そうだ。
父の死という強烈な記憶は、未だにそのときの出来事を記憶している。
だが、もう中身は消えてしまったのだろう。
あの時感じた激情が、心が壊れるくらいの悲しみと絶望が、もし今も心の中に劣化せずに残っていたのなら、彼が伝記を読むなんてことは決してなかったはずなのだ。
理解できないのは、私が人間とは違うから?
彼を失ったあの悲しみが、劣化せずに残り続けているから?
毎晩布団に入ると、そこにあったはずの温もりが残っていないことに泣いているから?
やはり私は、半分とはいえ妖怪なのだ。
人間よりも出来のいい頭脳を持ったばかりに、死ぬまで悲しみ続けることになるのだろう。
彼の後を追いたいと思わない日は無いのに、結局自分からは死ねないのだ。
なぜかって?
人間が好きだからさ。
彼の後を追って死んだら、誰がこの里を護るというのだ?
妖怪の賢者がバランスを保つ?そうだな、言い方が悪かった。
私は、この里の人間が好きだから死ねないのさ。
賢者はバランスを護るため、人間を守護するだろう。
だが、それはあくまで種の保存という観念での管理だ。
里の子供や老人が数人食われたところで気にもとめないだろう。
里で一番お節介な源蔵お爺さん。その孫の達雄君。なにかとサービスをしてくれる魚屋のお妙さん。頑固だが動物に優しい健吾さん。外から来て村に住み着いた知識人の沙羅さん。寺子屋の子供たち。
誰にも死んで欲しくない。
みんなに幸せでいて貰いたい。
歩んできた日々が、歩んできた道が、気づかぬうちに消えていくというのは悲しいことだ。
それを恐れたり、寂しがったりする人間もいるだろう。
人間にとって―――死がそうであるように―――消えるということは忌むべきことなのだ。
だが、私はこう思う。
大切な記憶が消えることと、発狂しそうなほどの悲しみに苦しみ続けること。
どちらのほうがマシなのかと。
そして、人間の方がマシだと私は思った。
人間は、過去に囚われない。
過去を脱ぎ捨て、死へと向かって歩き続ける。
後ろは決して振り返らない。
私は、結局囚われ続けるのだ。
死ぬまでずっと。ずっと。
そう、そしてあの日だ。
私はついに、妖怪としての寿命を迎えた。
妖怪にだって当然寿命があり、死が待っている。
完全に発狂するまえに老衰で死ねるのは、この身に半分流れる人間の血のおかげかもしれない。
私は布団の上で、ただそのときを待っていた。
医者が村人に今夜が峠だと伝えたのだろうか。大勢の里人が私を見守っていた。
そして、村長が私に言ったのだ。
「今日はババ様に、里人全員からの贈り物がございます」
そう言って村長が後ろを向くと、人垣をかき分けて二人の少女が進み出てきた。
一人は、永遠に変わらぬ私の友。
もう一人は、御阿礼の子だった。
やぁ、御阿礼の乙女よ。そういえばお前は何代目だったか。
「はい、72代目でございます」
72人目の御阿礼の乙女よ、いまさらこの私に何をくれるというのかね?
「はい、是非こちらをババ様にと」
そう言って、乙女は一冊の本を取りだした。
寝込んだままの私に見えるように、顔へと近づける。
古めかしい作りの本で、まるで大昔の歴史書のようだった。
かなり古い紙なのか全体的に黄ばんでおり、蒼であっただろう表紙は青緑色になっている。
なによりその本の厚さは凄まじく、辞書を二~三冊ほど重ねているのではないかというくらいあった。
表題には、『伝記・上白沢 慧音』とあった。
私の……伝記?
「その通りですババ様。あなたの死に際にこれを渡すことは、里人全員が500年前から決めていたことです」
500年前だって?なんでそんな頃から。
「それは、ババ様が伝記を里人に書き始めたのが、今から丁度500年前だからです」
ニコリと微笑む御阿礼の乙女。その笑顔は、何度転生しても変わらない。
周囲を見渡すと、里人はみな笑っていた。
そのどの笑顔も、見たことのあるものだった。
そして、気がついた。
私の大好きな人間たちの血脈は、私の思っていた以上に強くしぶといものだった。
確かに人間は死ぬ。
だが、死んでも消えないものもあるのだ。
ほらみろ。
まるで、私の長い人生での友人たちが、みんなみんなそこに居るようではないか。
みんなが、笑ってくれているようではないか。
「私たちは、みんなババ様に助けられました。私たちの前の代も。その前の代も。御阿礼の乙女に至っては、初代から助けられております」
もう一度、乙女へと顔を戻す。
そこに、72人の御阿礼の子らが確かに見えた。
「そして私たちは考えました。あなたに何か返せるものはないか。一族全てが受けた恩を返すにはどうしたら良いのか。そして、これをお渡しすることに決めたのです」
乙女は、私の胸にそっと伝記を置いた。
皺がれた手でそれを持ち上げると、どこか懐かしい香りが香ってきた。
ああ、重い。
「そこには、500年間のあなたが書かれています。代々、御阿礼の乙女と数十名の協力者が書き続けてきました」
なぜ、私にこれを?
「あなたがしてくれたように、私たちの心にもずっとあなたが残るようにです。私たちは一族が死に絶えるまで、あなた様への感謝を忘れないでしょう」
伝記を、ゆっくりと撫でた。
ざらついた紙の触感は、心を落ち着かせる。
人間は、忘れる生き物だ。
私は人間が大好きだが、人間は私を忘れるだろう。
いつしか記録だけの存在となり、この伝記が風化して消え去ると同時に、この世から私は完全に消え去るのだ。
そう、わかっていた。
わかっていたが。
溢れ出る涙を止めることはできなかった。
私は死ぬ。
私が死んだ先のことなど、私にはわからない。
だが、確実な事が一つ。
みんなが、私に、時を越えた贈り物をしてくれた。
何年も、何年も、何年もかけて。
ただその事実だけが、嬉しくて止まらなかった。
いつしか、周囲も泣いていた。
御阿礼の乙女も泣いていた。
ただ一人、私と共に居続けてくれた友は、憮然顔でこちらを見ていた。
「今は泣くので忙しいだろうから、聞くだけでいい。聞いて」
彼女は、無表情のまま語りだした。
止まらない嗚咽を吐き出しながら、耳だけは彼女の言葉に傾ける。
「ついにあんたも逝くのか。長いようで短い付き合いだったわね」
彼女は俯いてしまう。顔をみたいのに見れない。
「結局、私は置いていかれる。自分自身への罰だと知りつつも、こんなに長く付き合ったやつは仇敵意外にいないからね、流石に寂しいよ」
嗚呼、そんな。
彼女は、私だ。
避け得ぬ別れに嘆いていた、あの時の私だ。
「こんなにも長く付き合ったんだ。最期は私が燃やしてあげる。天に輝く月にまで、あんたを連れて行ってあげる」
彼女は、笑った。
私の前で、初めて笑った。
いつもいつも冷めた目で世界を見ていて、彼女は笑うことが無かった。
笑顔を見たことで、嗚咽はさらに酷くなった。
感謝の喜びと、置いて逝く自分への怒りと、離別の悲しみと、あの人の元へと逝けるという楽しみが止まらない。
喜怒哀楽が混ざり合い、世界が煌めいて見えた。
ただ、涙が視界を埋め尽くし、光で輝いただけだというのに。
「他に、なにかあるかい?最期に私ができること」
…………たなっ、の……緑色の伝記をっ、っく、いっしょ……に……もやして
「緑の伝記?……ああ、これか。これでいいか?」
…………
「わかった、こいつと一緒に逝きなよ」
もう、頷くしかできなかった。
何もかもが混ざりすぎて良くわからなかった。
人間を好きでよかった。
混濁した意識の中で、それだけははっきりとした。
体が気だるくなり、目の焦点が合わなくなる。
もう、時間のようだ。
少しづつ落ちていく瞼を精一杯に開いて、泣き崩れる里人と、御阿礼の乙女と、笑顔の友人を目に焼き付けた。
「じゃあね、ありがとう。慧音」
友人の声が、最期に脳で響いて、消えた。
~~~~~~~~~~
「……そりゃあ、良い話だね。久しぶりにあたいもウルっときたよ」
そうか?良い話だろうか。
「そりゃあもちろんさ。ここしばらくの客はどうも悪いのが多くてね、こういう綺麗な話を待っていたんだ」
それはありがたい。私も誰かに話したくてたまらなかったんだ。もうじきこの記憶は消えることになるからな。
「おお、じゃああたしが覚えておこう!こう見えて、死神の中じゃ記憶力は良い方なんでね!」
妖怪や神の記憶力は信頼しているよ。頼む。
「任せておきな!―――っと、もう着いたか。流石に善人を乗せてると到着が早いね」
楽しい時間を過ごさせてもらった。ありがとう。
「だから、礼を言うのはあたいだって!この先は一本道だし、道に迷うことは無いと思うけど、気をつけなよ!」
うむ、重ね重ねありがとう。では、これで。
「―――あー、ちょっとまった。四季様からあんたに言伝があるんだった」
言伝?いったいどんな?
「そのまんま伝えるよ。『得を積んだあなたには、転生先を選ばせてあげましょう。出来る限りの力で望み通りのものに生まれ変わらせてあげますから、小町に希望を伝えておいてください』だそうだよ」
……四季とは、確か閻魔様の名前だよな。一体どうしてそんなことを?まだ会ってもいないのに。
「四季様はずっと前からあんたを知っていたよ。凄い量の得を積んでいる半獣が居るっていって、何百年も前から見ていたのさ」
閻魔様に見初められるとは、光栄だな。
「全くだよ!」
……じゃあ、希望を言ってもいいか?
「ああ、言いな」
希望が二つでもいいか?
「え?……うーん……まぁ、大丈夫でしょう。四季さまも最大限のことをするっておっしゃってるし」
……なら―――
~~~~~~~~~~
私の愛したただ一人の人間よ。
あなたは今、どんな姿で生きていますか?
あなたはまた、私を愛してくれますか?
長かった。
やっと、やっとあなたに会いにいける。
たとえあなたが忘れても、私はあなたを忘れない。
妖怪っていうのは、人間とは違って頭の出来がいいからね。
私には、あなたの匂いが染みついている。
きっと、彼女が燃やしたあなたの伝記が、私の魂に染みついたんだ。
私は、今度こそあなたと死ぬ。
また人間を愛し、あなたを愛し、そして死ぬ。
人間として生まれて、そんな人生を歩んでみたいんだ。
だから、お願いだ。
今度こそ私を置いていかないで。
FIN
慧音先生の半妖としての苦しみ、それに対する答えに深く感動しました。
『得』→『徳』かと思います。