第三章
幻想郷年史 第63季 葉月 第二週 地上
「はとー」
小さな人間が、空を見上げながら言った。
太い樹の枝の側で、両手を枕に、仰向けになっている。
「ちょうちょー」
同じく妖怪が、空を見上げながら言った。
網状に張った巣の上で、肩肘をついて、横になっている。
「……かさー」
「……かえるー」
「……さつまいもー」
「……ふなー」
大きな浮雲が、緩やかな風に吹かれて、徐々に形を変えていく。
そのたびに、二人はだらけきった口調で、それらに名前をつけているのだ。
「えーと、ほうきー」
「ほうき? 全然違うでしょ」
「じゃあ何」
「サイダー」
「えぇ、そうかなぁ」
「よく振った後のサイダー」
「ああ、なるほどね」
そう答えて、ふわ……と人間、神田草太はあくびをする。
見ると、隣でもやっぱり妖怪、黒谷ヤマメがあくびしていた。
二人が寝ているのは、おなじみのクスノキの梢に張られた、ハンモック状の糸の上である。
時刻は昼下がり。すでに木陰でお弁当を食べ終えた後で、生ぬるい風に吹かれながら、雲の鑑賞をしているところだった
ヤマメはもう一度あくび混じりに、
「……一週間顔を見せなかったもんだから、妖怪に食われちゃったのかと思ったよ」
「宿題ばっかりやってたんだ。それに、親の手伝いだって、嘘ついてここに来てたのは本当だから、鉄平達との付き合いも断りにくくて」
「ふぅん」
「あ、しばらく来られなくて、ごめん」
「な、なんで謝るの?」
「だって、サイダーが飲めなくて、不満だったんじゃないの?」
「あ……うん。サイダーね。そうそう」
何を慌てているのか、草太の視線の先で、彼女はこくこくとうなずいていた。
瓶を手に持って回しているのも、どこかわざとらしい。
「それに、宿題が終わっても、最近ちょっと変な病気が流行ってるらしくて、外遊びもあんまりいい顔されないんだ。今日だってやっと抜けだしてこれたんだよ」
「ん? え? 何?」
「だからぁ、変な病気が流行ってて、遊ぶ隙が少ないって」
「ほ、ほう。変な病気か。あんたは具合悪くなってたりしないの?」
「全然」
「あらそ」
そこから、ヤマメはいつもの調子に戻ったらしく、サイダー瓶を額に当てて、気だるそうに目を閉じた。
草太は彼女が午睡に落ちる前に、体を起こして尋ねてみる。
「ねぇ、ヤマメ。サイダーだけじゃなくてさ、なんか欲しい物ない?」
「そうねぇ。じゃあ、おにぎり」
「それ、いつもと同じ。っていうか、さっき一緒に食べたじゃん」
「梅干し味、ネギ味噌味、高菜味。それぞれ一つずつで」
「母ちゃんに頼めば、作ってくれるかもしれないけど……」
草太の思惑とは、微妙に異なる。
「他のにしてくれない? できる限り用意して、持ってきてあげるからさ」
「ふぅん、どういう風の吹き回し?」
「お礼だよ。サイダーだけじゃ、何か悪いなと思って。最近ずっとヤマメにお世話になりっぱなしだったから」
「別に気にしなくてもいいよ。どうせ暇つぶしだったんだし。何かをくれるなら、ありがたくもらうけどね」
「だからそれを聞いてるんだろ」
「三十点」
「は?」
ヤマメは寝転んで、目を閉じたまま、微笑していた。
「それを聞かずに、さりげなく渡して五十点。的を外してなければ七十点。場面と勝負所を選んで九十点。もひとつおまけで百点」
「えーと、つまり?」
「自分で考えなさいってこと」
「むむ……」
草太は空に視線を戻し、腕を組んで考える。
極めて難題であった。この妖怪、摘んだ花を贈ったって、「まぁ素敵、ありがとう!」なんていう性格では絶対無い。
それどころか、「あんたの都合で、花を粗末に扱うんじゃない」とかいって、たしなめられるのがオチだろう。
となると、
「意外に食いしん坊だから、食べ物関係……」
「聞こえてるよ」
「いて」
そう言えば、ヤマメは普段何を食べてるんだろう。
土蜘蛛の妖怪。蜘蛛が好きな食べ物と言えば……虫!?
「……あのー、ヤマメさん」
「はい、なんでしょう、草太さん」
「トンボとか好きですか? ギンヤンマでもオニヤンマでも、取ってきてあげるよ」
「なんでさ」
「食べるかも、と思ったから……いででででで!?」
思いっきりつねられて、草太は悲鳴をあげた。
どうやら的外れだったらしい。
眠気が吹っ飛んだところで、もっとまじめに、別の角度から考えてみることにした。
「えーと、ヤマメの好きな物といえばー」
「お」
「空の雲とか、昼寝とか、空中ブランコとか」
「うんうん」
「……どれもプレゼントになりそうにないや」
「ふふふ」
「な、なんだよ。笑うなよ」
「いやいや、草太が今言ったのは、全部当たってるよ。あの雲、私に取ってきてくんない?」
「できるわけ……そっか、綿飴だ」
ヤマメが指す、ちぎれ雲を見て思いつき、草太は膝を打った。
「今年は夏祭りがあるんだ。だから、ヤマメに綿飴を買ってきてあげるよ」
「綿飴?」
「うん。糸みたいな飴に割り箸をさして、くるくる巻き付けていくんだ。見たことない?」
「あったかなぁ……」
彼女は小首を傾げ、ぽりぽりと頬をかいている。
どうやら、こちらが期待したほどまでは、乗り気じゃないらしい。
「ヤマメは妖怪だから、夏祭りを見に来られないし、これならいいと思ったんだけど」
「そんなに気を遣わなくても、地底はいつもお祭り騒ぎだから、いまさら珍しいものじゃないよ」
「でも、御神輿も花火も、すげー楽しいんだぜ。ここからでも、花火は見れるかな。あ、そうだ。あの麦わら帽子を被ってさ。内緒で来てみない?」
「やだよ、そんな人混み。人間は嫌いだし」
「でも僕とは喋ってるじゃん」
「それもそうだねぇ。人間とこんなに会話してるのは初めてだから、たぶんあんたが変な人間なのかしらね」
「……ヤマメには言われたくない」
「あべし」
今度は草太のチョップが、日焼けしない額にヒットした。
ヤマメが人間嫌いだとはとても思えないし、その真相も分からない。
だが草太の方は、この夏に彼女と会う度に、妖怪に対する偏見というものが、着々と取り除かれていった。
妖怪は出会った瞬間に人を食うわけではないし、生臭くも汚らしくもないし、野蛮でも残忍でもない。
もしこれが全部本当のことなら、ヤマメこそが妖怪の中の変わり者ということになる。
これを夏休みの観察日記にして、提出したらどうだろう。巫女様あたりは、面白がって読んでくれるかもしれない。
慧音先生に見せれば、頭突き一つじゃすまされないだろう。
「うーん、さてと」
ヤマメは体を伸ばして、起きあがりながら言った。
「寝てばかりじゃいけない。久しぶりに、修行でもする? フィルドミアズマ鬼ごっこ」
「うん、やろうやろう」
「脚がなまってるんじゃないかね」
「そんなことないよ」
ヤマメの言う鬼ごっこは、ただの鬼ごっこではない。
平地ではなく、この樹の周囲の空間をいっぱいに使った、猿が行うような立体的な競争である。
足を滑らせれば地上まで真っ逆さまなだけに、危険と常に隣り合わせであるが、草太はすでに、慣れ親しむことができるまでになっていた。
並んで大枝に立ち、ふと、一番初めの木登りの時を思い出す。
「ねぇ。ずっと前に、聞きそびれたことがあったんだけど」
「なに?」
「ヤマメはどうして、地上に来たの?」
彼女は、しゅるる、と袖から糸を出して、器用に枝に結びつける。
「……私が妖怪であることを、もう一度はっきり、確かめにくるため」
そう呟く横顔は、この土蜘蛛が時々見せる、大人びたというよりは、老成した妖怪の表情だった。
「……よくわかんないんだけど」
「雲が見たくなった、ってことよ。じゃ、そっちが鬼ね」
ヤマメは綱にぶら下がって、樹の下へと飛び降りていく。
草太は追いかける前に、もう一度、彼女が呟いた言葉を反芻してみたが、やっぱり意味が掴めなかった。
幻想郷年史 第63季 葉月 第二週 地上 人間の里
お昼ご飯を食べてから、草太は家を出た。天気は澄み渡る快晴。
今日の午後は珍しく、三吉達ともヤマメとも遊ぶ予定がなかった。
そうは言っても、仲間から唐突に誘われるかもしれないし、会えばこちらから誘うことになるだろう。
あるいは、
――昼過ぎか。今から遊びに行っても怒られないかな。
草太の足は、駄菓子屋へと向かった。
そこで誰にも会わなければ、サイダーを買ってヤマメの所へ。誰かに会えば、そいつと遊ぶことにした。
田園の側を歩きながら、草太は左手の腕飾りを見る。
はじめはきつかったそれは、今では手の甲を丸めれば取れてしまうくらいになっていた。
ヤマメはあの時、地底に自分が帰る日までには外れると言っていたので、つまりこれはその日が近いこと、すなわち夏休みの終わりが近いことを示している。
できれば最後のイベントである夏祭りに彼女を誘えないか、何か上手い方法が無いかと考えたが、やはり見つかってしまった時のことを考えると大変だし、ヤマメ自身が全く乗り気でないことから、諦めるしかなさそうだった。とはいえ、彼女の性格は、お祭りに合っているような気がしてならないので、また一度くらいは誘ってみようかとも思ってもいたが。
そんなことを考えているうちに、草太はおなじみの駄菓子屋に着いていた。
いつもの友人の姿は見あたらない。が、全く予想外の人間がいた。
店に長い黒髪を垂らした女性と子供の先客がいて、ミチ婆と話し込んでいる。
まずその女性が巫女服を着ていることに、草太は驚いた。そして、その側にいる少女に、ますます驚いた。
「……お美世?」
彼女よりも、巫女様の方がこちらに気がつき、あら、と会釈してくる。
「久しぶりですね」
「は、はい」
草太は挨拶する。
お美世がこちらを見て驚き、何か言いかけたが、止めてしまった。
草太はそれを意識しつつ、ジュースを選んでいたらしい博麗の巫女に質問する。
「巫女様も、サイダーとか飲むんですか?」
「はい」
「へー」
なんだか意外な取り合わせである。
「でも私はラムネの方が好きです。ここのサイダーは炭酸が弱いので、少し物足りません」
「え」
「むせた経験のある子供、ビー玉で失敗した子供は、まれにサイダーに逃げたがります。ラムネに挑戦するべきです。かき氷にかけて食べると、美味しいんですよ。特にこの時期はおすすめです」
「はぁ」
しかも通だ。三吉と気が合うかもしれない。
……でもなんでそんなに詳しいのかが謎だった。
「お二人は、お友達ですか?」
巫女様は、お美世の方に聞いた。
彼女は無言で、草太から視線をそらしている。
「ええ、まぁ」
巫女様がこちらを向いたので、あいまいに返事すると、
「それでは、子供は子供同士で。私はここで失礼させていただきます。お美世さん、また何かあったら、いつでも話相手になりますからね」
「はい」
「そして貴方……申し訳ありません。お名前を存じませんでした」
「あ、神田草太です」
「草太さんでしたか。私の役目はここまでです。お美世さんの話し相手になってあげてくださいね」
「は、うぇ、お、はい」
「では、またお会いしましょう。ごきげんよう」
巫女様は丁寧にお辞儀する。
相変わらず、清楚な雰囲気を絶やさない、綺麗な人だった。
底知れないという点では同じだが、明朗快活なヤマメとはまた違う、草太の知り合いの中では珍しいタイプの人間である。
と思っていたのに、彼女はいきなり子供のように、駄菓子屋の方に手を振って、
「おばあちゃーん! またねー! チルノちゃんによろしくー!」
風に乗って、博麗の巫女は飛んでいく。
後にはお美世と、地面にコケている草太が残った。
「……痛くないの?」
「痛いよ」
草太は起きあがりながら、頭を振ってうめいた。
「博麗の巫女様って……実は変な人なのかな」
「ミチ婆のお孫さんなんだって」
「ああ、そうなんだ……うぇえええ!? 何だそれ! 初めて知った!」
草太は喫驚して、東の空に消えていった女性と、駄菓子屋店内で掃除しているお年寄を、何度も見比べた。
だが、考えてみれば、巫女様も元は里の人間なので、親族がいても不思議ではない。
しかしミチ婆とは想像もしなかった。
「え、じゃあ、チルノちゃんっていうのは?」
「ここによく遊びに来る妖精さん。危なくないかどうか、ミチ婆が巫女様に聞いていたの」
「そっか……あの時の」
草太は、桶から片足を突き出していた、水色の妖精を思い出した。
博麗の巫女の許可が出たのなら、まあ安全ということだろう。
三吉がこれを聞いたら、朝から晩まで虫取り網を持って、駄菓子屋に張り込むことになるだろうが。
そこで草太は、たった今自分が、お美世と自然に会話していたことに気がついた。
近くで見ると、可愛かったお美世は、二年経って本当に綺麗になっていた。
「……お美世、この前はありがとう。知らせてくれて」
「ううん。草太君が間に合ってよかった」
「だから……草太君じゃなくて、草太だってば」
「うん、知ってる」
お美世は口に手を当てて、笑みをこぼした。
ああ、本当に、また笑えるようになったんだ、と草太は安心していた。
巫女様に習って、草太はサイダーではなく、ラムネを頼むことにした。
草太も前はラムネ派だったが、割った瓶で怪我する子供が増えたことで大人がビー玉取りを禁じた境に、サイダーに切り替えた。
でも、案外ヤマメなんかは、こっちの方が好きかもしれない、とも思う。
それよりも、お美世が瓶のミカン水を飲んでいたのが、少し寂しかった。
草太は別に気にしないのだが、男子がこれを飲むと大抵馬鹿にされる。ラムネを飲んだ後、林を駆け回ったり、川で泳いだりと、男の子に混ざって遊んでいたお美世は、もういないのかもしれない。
駄菓子屋の横のベンチで、一人分の隙間を空け、二人並んで座る。
草太もお美世もジュースを飲むだけで、なかなか話すきっかけがなかった。
「青春だねぇ。私も若い頃はねぇ……」
喋っているのは、駄菓子屋内ではたきを動かす、ミチ婆だけだった。
草太のラムネが三分の一程度になってから、ようやく会話する心構えができる。
でも先に口を開いたのは、お美世だった。
「……その飾り、綺麗だね」
「え?」
草太は彼女の言っている物が、自分の手首につけた腕飾りであると気がつき、
「ああ、うん。もらったんだ」
「女の子に?」
「と、父ちゃんだよ!」
「なんだそっか」
「………………」
「草太、あの時凄い活躍だったんだってね。木登りもできるようになったの?」
「なったよ。一人でじゃなくて、教えてもらったんだけど」
「その飾りをくれた、女の子に?」
「そ、そんなわけないだろ! 三吉だよ、三吉!」
「なんだそっか」
「……お美世、ひょっとしてからかってる?」
「ちょっとだけ」
ふっ、と空気がゆるんだ。
なんだか、前に会ったときと、お美世の雰囲気が違う。
彼女の軽い口調は、夏祭り前の、仲の良かった頃を思い出させた。
今度は草太から話しかける番だ。
「熱いねぇ、ひゅーひゅー」
ミチ婆、少し黙ってください。
草太は頭をがっくりと垂らしてから、いつの間にか近くに来ていたご老人を無視して聞いた。
「お美世、博麗の巫女様と知り合いだったんだ。何を話してたの?」
「いろいろ。妖怪のこととか……」
「…………ふうん」
「あと、博麗神社に住んでみないか、って誘われちゃった」
「ぶほっ……げほっ……!?」
草太は久しぶりに、ラムネでむせた。
「お、お美世! まさかお前、博麗の巫女様になるの!?」
「ふふっ」
隣の少女はミカン水の瓶を手に、いたずらっぽく笑う。
「そんなわけないよ。私は空も飛べないし。才能は少しある、って言われたけど」
「じゃあ何で……」
「妖怪を間近で見る機会があるからだって。慧音先生も、それもいいかもしれない、って」
「な、何考えてんだあの二人! お美世の親のこと、知ってるくせに!」
「……………………」
「あ、ごめん!」
草太は慌てて謝りつつ、自分の頭をぽかぽか殴った。
だが当のお美世は気にしてないようだった。
「そんなんじゃないの。博麗の巫女様は、とっても優しかった。この世界で生きる限り、妖怪が間近にいる現実から、逃れることはできない。でも、妖怪にも色々いて、なかには人間と親しくしたがってる存在もいる。今すぐじゃなくてもいいから、気持ちの整理がついたらどうかって。妖怪を知ることで、新しい世界が広がるから……って」
それははじめて聞く、彼女の大人びた意志だった。
無理して背伸びしている感じはない。
「それで、お美世は北里から、今度は博麗神社に行くの?」
「ううん、断っちゃった」
「どうして……?」
「里のみんなが、好きだから」
彼女は里、と言った。南里とも、北里とも言わなかった。
草太にとって半分嬉しく、半分残念な響きだった。
「……鉄平のこと、聞かねぇの?」
ついに、ずっと気になっていた話題を切り出す。
お美世は遠くを見たまま、呟くように言った。
「元気にしてる?」
「自分で会えばいいじゃん。あいつ、心配してたよ。北里でいじめられてたりしないか、とか」
「…………」
「挙げ句の果てに、南里にお美世を裏切り者扱いする奴がいるから、あいつ怒っちゃって」
「あれは、本当なの」
思考の隙間に、その一言はするりと入りこんできた。
木から手を滑らせたあの感覚を、草太は思い出した。
「どういうこと?」
「私が、北里のみんなを、あそこに案内したの」
今度は、命綱無しで、地面に叩き落とされた気がした。
その可能性だけは絶対に無いと思っていたのに。カカシ達に無理矢理従わされたと、みんな思っていたのに。
南里の少年なら誰だって、草太だって信じるはずがなかった。
当人の口から、自供されるまでは。
「……なんで。お美世は、南里の仲間じゃなかったの。ひどいじゃないか。こんなこと、鉄平に言えないよ」
「ううん。鉄平にちゃんと伝えて」
「できないって。無理だよ。あいつぶっ倒れて不良になっちゃうよ。ああもうなんか目の前が暗くなってきた。どう思うミチ婆?」
「そうねぇ。ラムネがこぼれとるよぉ」
「もういい」
草太はラムネの瓶を地面に置いて、ベンチでぐったりした。
お美世は構わず、話を続ける。
「あの頃はね。北里の川は荒れていて、ほとんどが遊びにも魚獲りにも使えなかったの。地震と大雨のせいだって」
「知ってるよ。その頃、魚屋さんで聞いたから……。あれ?」
そう言えば、夏休みの最初の日に、カカシに会った時も、あいつらは南里の川を探していた。
そして文太が最初に占領を宣言したのも、雑木林でも使ってない田んぼでもなく、南川であった。
「そうか、北里で水遊びができなくなったから、あいつらは南にやってきたのか。じゃあ、お美世が案内したのもそれで?」
「うん」
「それだってひどいよ。おかげで南里の縄張りを荒らされて、ひどい目にあったんだぜ」
「うん……ごめん。もっとちゃんと考えるべきだった」
手元の瓶を見つめるお美世は、本心から反省しているようだった。
けど、彼女には彼女なりの理由が存在した。
「百鬼団のみんなはね。お父さんとかお母さんとかが、妖怪に殺されちゃった子がほとんどなの。知ってた?」
「それは、一応知ってたけど……」
「だから、私も仲間なんだって言ってくれて、その時は少し嬉しかったんだ」
「あ、そうだったんだ……」
ようやく草太も、事情が理解できた。
北里に友人が少なく、親を亡くして傷心していたお美世には、百鬼団の気持ちが分かり、仲間意識を感じていたのだ。
もしかしたら、彼らの悪戯が多めに見られていたのも、大人達の配慮だったのかもしれない。
だが、
「何であの二人、仲良くできないんだろう」
「……………………」
それを聞き、草太は今度こそ、お美世の頭がおかしくなってしまったんじゃないかと思った。
「あの……お美世。まさかと思うけど、鉄平と文太のことを言ってるの?」
「そうよ」
「ミチ婆……ラムネもう一つ」
しかし、駄菓子屋の主人は、もう側にいなかった。
奥で水色の妖精と話し込んでいるようにも見えるが、きっと幻覚だろう。
そうか。頭が変になっちゃったのは、自分の方かもしれない。
草太はもう少しこの悪夢の会話と付き合うことにした。
「あのさお美世。あの二人が何で仲が悪いと思う?」
「たぶん、似たもの同士だから」
「いやそれだけじゃなくて」
「妖怪と人間だって、仲良くなれるのに……」
「おおおおおおお美世さん? 何を言ってらっしゃるんでございますでしょうか」
「……あ、草太」
壊れたゼンマイ人形のような動きになった草太に、お美世は思いついたように言った。
「文太君と会ってくれない?」
「ぶ、ぶんたくん?」
「北川の支流の近くに、秘密の泉があるの。そこに文太君がいるから。今から場所を教えてあげるから」
「え、いや、うん」
「鉄平と文太君を、仲直りさせてほしいの。お願い。私が言っても、二人とも聞かないと思うから」
「でも……そんなこと……無理じゃ」
途方もない難題のような気がして、草太は尻込みする。
だがお美世に手を握られ、真剣な瞳で見つめられ、頭の中がかっと熱くなってしまい、
「わ、わかった。文太に会いに行くよ。鉄平も、文太と仲直りさせてみるよ」
「ありがとう!」
お美世は笑顔で礼を言って立ち上がる。
「じゃあ、頼んだからね!」
「お美世!」
スキップしていく背中に向かって、草太は大声で言った。
「もう、大丈夫になったの!? さっき言ってたこと本当!? もう妖怪を恨んでないの!?」
お美世は立ち止まり、昔みたいに元気な声で、叫び返してきた。
「大丈夫じゃなかったよー! いっぱい恨んだし! いっぱい憎んだよー! お父さんを返せって、夢で叫んでたよー!」
「そっ……」
「もうそういうの疲れちゃったのー! だって向こうも死んじゃってるんだもーん! それに、橙ちゃんに負けられないからー!」
「…………」
「草太! 南里も北里も仲良くなったら、また遊ぼうねー!」
お美世は北里へと、帰っていく。夏祭りの日から失われていた、はじけんばかりの生気が、背中から立ち上っている。
その上の入道雲が、田んぼや畑の緑と合わさって、とても大きくて、優しい景色を創り出していた。
どういうことか分からないが、一つだけ確かなことがある。お美世が帰ってきたのだ。
草太は昔を思い出す。あれこそが、南里の子供達、誰もが恋いこがれた後ろ姿だった。
「北川の支流の近く……秘密の泉……川を上って……」
草太は、お美世に教わった場所を復唱して、しっかり覚え直した。
そしてまずは、霧雨店へと向かった。
○○○
草太ははじめて、里の北側にある森を進んでいた。
鉄平と相談し、一人で北里の縄張りに潜入することになったのである。
見つかればたたじゃすまないが、相手が妖怪でもない限り、草太は捕まる気がしない。
お美世の伝言を伝えたときの、南里の大将の顔は見物だった。
裏切り行為を知ったときは梅干しを口に含んだような顔になり、真相を知った時はお茶の葉を鼻に詰めたような顔で、お美世の願いを聞いた時は髪の毛を両手で掴んで唸りだした。
結局、「……俺じゃどうしても無理だから、頼む草太」とだけ言われた。
鉄平に頼まれごとをされる機会など滅多にない。お美世の願いとあわせて、草太は誇らしい気分で進んでいた。
水の音に誘われるように進むと、北川が見えてきた。
南里の川よりもずっと大きな川だ。ここなら釣りをしても、大物に出会えそうである。
お美世から、目的の泉の場所は、この北川を上がって、左手にある森の中と聞いていた。
草太はそれに従って、川沿いを歩こうとすると、
(…………………………いわ……)
――?
誰かに呼ばれたような気がして、草太は足を止めた。
しかし、声の方角が分からない。方角というより、自分の凄く近く、頭の中に小さく聞こえたような。
(……こっちに来ては危ないわ……)
今度ははっきり、心の中に響いた。
何だか女の人が囁くような幽かな声。だが、相変わらず声の主は姿を現さない。
草太は一度しっかり、辺りを見回してみると……、
「なんだあれ?」
川の向こうで、何かが岩の陰に引っかかっているのが見えた。
昔見学させてもらった、里に一つだけある、ビール工場で見たようなタンクだ。
だがまさか、こんなところで酒を造る者がいるわけはない。
里の人間なら誰も……と、草太は思い当たった。
――そっか。ここはもう妖怪の領域なんだ。
いつの間にか、山の麓の森まで入り込んでしまっていたらしい。
だとすると危険だ。さすがに、ヤマメ以外の妖怪に出くわすのは抵抗がある。
草太はきょろきょろと辺りを見回して、誰にも見つかっていないことを確認し、川を下っていった。
川を下りながら、森の中に視線を走らせていると、水の反射が見えた。
「あれかな」
行ってみると、確かにそこに、小さな湖があった。
夏だというのに涼しく、蝉時雨もかなり遠い。湖面には森の景色が、滑らかな鏡のように映っている。
動物の生きた影は見あたらないが、静かで美しい、妖精がよく似合う不思議な空間だった。
北里の近くに、こんな澄み切った聖域のような場所が存在するとは、草太は夢にも思っていなかった。
だが、その美しい湖に、全く似合わない姿があった。
ふんどし姿をした、半裸の巨漢の少年である。
間違いなく、マムシの文太だ。
岸に腰をかけた状態で、思いつめた表情で、湖面をじっと見つめている。
草太は木の影に隠れて、様子をうかがった。
改めて見て、百鬼団の大将は、子供とは思えない大きな体つきをしていた。
筋骨隆々というよりも、体の節々が太く、ずんぐりむっくりした、まさに金太郎そのままのイメージである。
ただ、この綺麗な泉を前に、ぽつんと座る後ろ姿は、どこか浮いていて、孤独を感じさせる背中だった。
なんとなく、声もかけづらい。
十分が経った。
文太は足を水につけるだけで、泳いだりするそぶりはなかった。
ただ気配だけは真剣で、時折出す唸るような声も、涼んでいるというよりも、何かの戦に備えているような物々しさがある。
暑いから服を脱いでいるのか、とにかく半裸の状態なのが不思議だった。
――まさか……。
草太がある仮説に行き着いた時、文太が不意に、泉へと飛び込んだ。
手足をばたつかせて、体が浮き上がったり沈んだりしているのを見ているうちに、確信が強まった。
「た、助けてく……がぼぼ」
草太は慌てて木の影から飛び出し、水面に向かって跳んだ。
泳ぎは下手じゃない。むしろ好きな方だが、この夏はあまり機会が無かったし、助ける相手が相手だったので、大仕事だった。
とにかく暴れる巨体に近づき、下から持ち上げて、何とか落ち着かせてから、誘導する。
岸に上がった草太は、咳き込む文太の背中をさすった。
「文太……お前……」
草太は言いかけたが、やめた。うずくまる文太は、誇りを傷つけられたかのように、心底悔しそうな顔をしていたから。
南里の誰もが知らなかった事実、北里のガキ大将は、泳げなかったのだ。
相撲、かけっこ、木登り、泳ぎ。里の子供にとって、これらの遊びの頂点に立つものが、自然と尊敬を集める。
中でも全てにおいて優れた男は、大将として認められるのだ。南里のリーダーである鉄平も例外ではない。
なので、北里の文太が泳げないというのは、極めて意外だった。
手負いの獣のような、すごみのある声で、丸く広い背中がうめく。
「……おめぇ、何でここに来た」
「……………………」
「北里の奴らが、案内したのか? 喧嘩ならいつでも買うぞ」
「……違う、喧嘩じゃない。ここに案内したのは、お美世だ」
文太が意外そうな目つきで、こちらを見たのは、短い時間だった。
すぐに彼はそっぽを向いて吐き捨てるように、
「そうか、そういうことか。あの馬鹿」
「おい、お美世は馬鹿じゃないよ。訂正しろよ」
「じゃあ、お節介だ。それか、カボチャ色したなすび頭だ」
南里の仲間なら絶対に口にしない、ひどい言いぐさだった。
だが、文太の口調に含まれているのは、憎しみとか悪意ではなく、むしろその逆で、凄く親しみ深い、兄妹について語るようだったのが意外だった。
お美世が目の前の金太郎を、文太君と呼んだ時は、全く似合わないと思ったのだが、なぜか今はそれがしっくりくる。
南里の少年としての気勢をそがれながらも、草太は正直に聞いてみた。
「文太、お美世は……その……お美世はお前に惚れてるのか?」
「はぁ?」
「だからその、見た目じゃなくて波長で……じゃない。なんだ。えーと」
何と説明していいやら。と、形にならない身振り手振りを交えて、言葉に詰まっていると、
「お美世のことなら小さい頃から知ってっぞ」
文太の発言は素っ気なかったが、幼なじみとしては、その内容を信じる訳にはいかなかった。
「何言ってんだよ。だって、お美世は南里の人間だったんだぞ。北里のさらに北に住むお前が、どうして知ってんだよ」
「今お美世は、俺の家に住んでる」
「なっ」
「俺の家とお美世の家は縁続きなんだ」
「えええええええー!?」
今日は驚いてばかりだが、今の発言が一番効いた。まさに、度肝を抜かれた。
何しろお美代と文太では、月とすっぽんというか、白魚と猪である。
「お、お前が? 嘘だろ?」
「嘘じゃねぇよ。俺のジジィの妹が、お美世のババァなんだと」
「は、はぁ」
それくらい血が離れていれば、確かにあり得るかもしれない。
草太はにわかに興味をひかれて、続きを期待した。
先程助けられたことに対して、負い目を感じているのか、文太は不服そうながらも、語り始める。
「……初めて会ったのは、俺が五つの頃だ。家に来て、川とかで遊んだ。あいつは泳ぎが得意で、俺は金槌だった。それをよく、からかいやがった。あいつは……」
小石が湖に投げ込まれ、波紋が一つできた。
「あいつは変わっちまった。俺の親が妖怪にぶっ殺された時は、まだ赤ん坊だったからよくわかんねぇ。けど、親が死んじまったお美世は、お美世じゃなくなってた。久しぶりに会ったのに、にこりともしねぇ。また遊べると思ったのによ」
草太の驚きは増すばかりだった。北里の不良少年の頭が、南里の自分達と同じことを考えていた。
そればかりか、彼はお美世を助けるという一点において、自分達よりも、もっと進んでいた。
「俺はあいつを無理やりこの泉に連れて来た。ここは俺しか知らない秘密の場所なんだ。北里の誰も知らねぇ。お美世以外でここに来たのは、おめぇが初めてだ」
「………………」
「ここで泳げば、あいつは昔のお美世に戻ると思った。あいつは泳ぐのが好きだから、きっとまた笑うようになるだろうと思った」
「………………」
「一人でいさせて、他の連中にちょっかい出させたり、邪魔は絶対させなかった。大人は色々気を遣って慰めようとしてたが、子供だって一人でいたいことがある。俺がその場所をあげたんだ。そのうち、本当に、たまに笑うようになってきた」
「………………」
「そうしたらあいつは、俺に泳ぎを教えてやるとかぬかすから、断ったんだ。逆にしっかり泳ぎを覚えて驚かしてやろうと思ったんだ」
話し方はぶっきらぼうだが、文太はひたむきに語ってくれた。
だから草太も、混ぜっ返したりせず、真剣に聞いた。
不思議な話だった。
文太とお美世の関係は、付き合った期間はまるで違うけど、自分と誰かさんの関係に似ていたから。
「お前、笑わねぇのか」
文太はこちらを見ずに、湖面を睨みつけながら聞いてくる。
草太は首を振って言った。
「笑わないよ。だって僕だって、木登りができなかったんだ」
「嘘つけや。カカシが天狗を見たと言っとったぞ」
「本当だよ。友達に教えてもらって、最近になって覚えたんだ」
「鉄平か?」
「ううん。でも、そいつの教え方が上手かったんだと思う。お美世も泳ぎが上手いから、きっと文太もそのうち泳げるようになるさ」
「ふん」
文太は傲慢に鼻を鳴らして、返事をしてくる。その態度については、大きな図体よりも年相応に映った。
そこで草太は、ここに来た用事を思い出した。
「なぁ文太。北里の奴らもお前も、なんでそんなに鉄平が嫌いなんだ?」
「でかい家に住んでいるからだ」
「そ、それだけ?」
「親もいるからだ」
「それも仕方がないような……」
「お坊ちゃんのくせして、ガキ大将面して、お美世を助けようなんて生意気だ。親無しの気持ちは、親無しにしかわかんねぇ。簡単にわかるとかぬかす奴は、お美世を泣かすだけの大嘘つきだ」
「それは……」
言い返すことができなかった。
南里の少年達だって、お美世本人の話を聞かずに、彼女を取り戻そうとしていたのだから。
「俺は大人になったら、自警団に入る」
「えっ」と草太は、我知らず、動揺の声を上げた。
「里を襲う妖怪どもを、みんなやっつけてやる。そして、俺やお美世のようなガキが、二度と生まれてこない世の中にしてやる」
話を聞き、感心する内に、北里のガキ大将の強さの秘密が、よく分かってくる気がした。
単なる乱暴者ならば、誰も彼についていくまい。ましてや泳げないことを知られているなら、普通は侮られる。
鉄平が南里の子供達に懐かれているのと同じように、文太は百鬼団のような、北里の孤児達にとって、まぎれも無く英雄なのだろう。
ただし、一つだけ、草太にも反論があった。
「文太、妖怪が嫌いか?」
それまで流れていた、どこかまだ、のどかだった空気が変わった。
振り向いた文太の顔には、はっきりとした怒気がにじみ出ている。
「どういうことだよ、おい」
「だから、妖怪をやっつけるんじゃなくて、話し合って、仲良くできないかって」
「んだぁ!? お前、お美世のことを知ってて、妖怪の味方すんのか!?」
胸ぐらをつかまれる。休んでいた火山が噴火したような、ものすごい剣幕だった。
その気持ちがわかるから、納得できるからこそ怖い。だが、草太はそれから逃げたりしなかった。
「よ、妖怪は、雲みたいなもんなんだ!」
草太の指は上を向いている。
怪訝な顔をして、文太は頭上のすじ雲を見上げた。
「くもぉ?」
「ほら、雲は雨を降らせてくれるけど、たまに嵐を起こして、田んぼをひどい目にあわせるだろ。でも本当は雲だって、そんなこと考えてないんだよ。自然のままに動いてるんだ。だから妖怪も同じで、人間に必要なんだよ」
草太は知り合いの妖怪に習ったことを、懸命に説明する。
だが、文太はまるで納得した様子がなかった。
「おい、ごまかそうとすんじゃねぇぞ。雲は雨を降らすかもしんねぇけど、妖怪は俺達に何をくれるんだよ。言ってみろや、こら」
「それは……その……だから……」
そこで草太は、悟った。
「……知らないからだ」
「あ?」
「そうだ。妖怪は僕達を知ろうとしない。僕達も妖怪を知ろうとしない。本当は、何か与えてくれるものがあったはずなんだ。だって、あの龍神像だって、昔河童が作ったものだって、それなのに今は……」
「なんだよ、それ」
「……知らん!」
草太は、文太の太い腕を、振り払った。
「けど、知ろうともせずに人を襲う妖怪も、知ろうともせず妖怪を悪く言う人間も、みんな大嫌いだ! 大人も子供も、みんなだ!」
借り物の言葉ではなく、草太自身の本音が出た。
今度は草太の剣幕に、文太がひるんでいた。
「僕だって、大人になったら、自警団に入ってやる! そして、妖怪も人間も変えてやる! 本当は、どっちも思ってるよりも、ずっと凄い存在なんだって、教えてやる! わかったか、文太!」
草太が怒鳴っている相手は、文太だけではなかった。妖怪を憎む父親も、お美世を襲った妖怪も、里の多くの人間も、そこにいた。
後押しする背中には、ヤマメがいた。博麗の巫女様がいた。草太のじいちゃんも、ミチ婆もいた。
文太は目を白黒させて、
「おめぇ……いったい何なんだ? この前は俺を投げ飛ばして、今日は突然やってきて水に浸かっている俺を引っ張り上げて、お美世のこと聞いて、いきなり妖怪語り出して、怒りだして。おめぇみたいな変な奴、見たことねぇ」
「そんなことはどうだっていい! わかったか、って聞いてるんだ!」
「……俺にはわかんねぇよ、そんなこと。妖怪が嫌いで何がいけねぇんだよ。頭使うの苦手なんだ」
ずんぐりした体が、すねたように座り込む。
「結局おめぇも、俺等とは違う奴だってことだ」
「そんなことないよ。文太のおかげで、今大事なことが分かった」
「俺のおかげ?」
「そうだよ。お前と話さなきゃ、考えつかなかった」
「そうか、俺のおかげ、か」
ふふん、と文太はまんざらでもなさそうに笑った。
百鬼団の頭が、意外に話が通じることに、草太は気がついた。
そこで、もっといい考えが浮かぶ。
「なぁ文太、お前がいない間も、カカシ達は南里の縄張りを荒らしてるんだ」
「だからなんだ? 俺はあいつらの味方だ」
「僕は、北里の連中に、遊ばせてやってもいいと思ってる」
意外そうに、こちらを見る文太の大きな眉が、波を描いた。
「その代わり、北里の遊び場が元に戻ったら、僕達もそこで遊ばせてくれ。お互いの縄張りを、一つにするんだ。その代わり、それまでそこで遊んでいた相手のことは、ちゃんと尊敬するようにするとかして」
「……………………」
「最初は、競争の形にしてもいい。お前なら、きっとみんな言うことを聞く。これ、どうだろ」
今まで、お互いの子供達は、互いに知ろうとも、認め合おうともしなかった。その機会を、草太は作りたかった。
すぐに仲良くなれなくても、憎みあうばっかりなんて、やっぱりおかしい。
妖怪と向き合う前に、まずは自分達から変わろうと、草太はその一歩を、進むことに決めた。
文太は立ち上がった。
「……鉄平は信用できねぇ。あいつは嫌ぇだ」
北里のガキ大将は、草太に手を差し出した。
「けど……草太だったか? お前は面白ぇ。気に入った。またここに、遊びにこいや」
握ったその手は、ごつくて力強かった。
○○○
それから草太は、北里の不良集団である百鬼団、そして南里のやんちゃ坊主共の天狗組、何とかこの二つの集団が喧嘩しないように、知恵を絞った。
百鬼団を招くことを南里の仲間達に話せば大反対されるに決まっているし、文太だってそこまで協力してくれるわけではない。
南里と仲良くして、ルールを守ってください、なんて北里側が受け入れるとは思えない。
だから草太は、逆の事から始めることにした。
わざと互いの組を挑発し、北里から連れてきたカブトムシと、南里のカブトを相撲させてみたのである。
しまいに白熱して、子供同士がとりあう本物の相撲になり、きちんとルールに則った、団体戦になった。
次の日には綱引きに、それから木登りへ。
草太が積極的に、文太に話しかけたのも効果的だった。カカシだけが草太を疑わしげな目つきで追っていたが、気にしてはいなかった。
悪名高い百鬼団が普通に遊ぶようになったことで、北里から普通の子供も遊びに来るようになり、南里の子供にも同じ兆候が生まれていた。
つまり、自分のひらめきは、大成功につながろうとしていたのである。
ということを、草太は、一番伝えたかった相手に今話しているのだが、
「本当、ヤマメの言うとおりだったよ。文太があんなに面白い奴だなんて知らなかった。お美世のおかげでもあるけどね」
「……へー」
「後は、鉄平と文太を会わせるだけだけど、上手くいくかなぁ……。似たもの同士だし」
「……ふーん」
「でも、南里の奴らも明るくなってきたし、慧音先生の合同宿題もできたし、前みたいに遊べるようになったから、たぶん大丈夫だけどね」
「……ほー」
それなのに、ヤマメはさっきから寝転んだまま、興味無さげに相槌をうつだけだった。
覗いてみると、お鶴がすねている顔に、似てなくもない。
「……えーと、何か今日のヤマメさん、機嫌悪くありません?」
「別にー。悪くないっすよ草太さん」
足を投げ出したその態度は、どう見ても不機嫌だ。
いや、今日はこの樹に登った時から変だったけど、ラムネを見せて、お美世の話をして、北里と仲良く遊んだ話をしてから、ますます不機嫌になっていったのだった。
お美世の頼みも北里との関係も上手くいきかけ、めでたしめでたしだと思いきや、今度はヤマメが臍を曲げるとは、上手くいかなかった。
何がいけなかったのだろう。
「ラムネが気に入らなかったの? てっきりヤマメが好きになると思って、持ってきてあげたのに」
「………………」
「ほら、このビー玉だって」
「うっさい。私はサイダーが好きなの。わかった?」
「はいはい」
草太は機嫌取りを諦めて、また雲を眺めることにした。虫の居所が悪い時に、無理に話すことはない。
ヤマメに習って、巣の上に寝ころんで、無駄口をたたかずに、空を見上げる。
降りろとか、帰れとかは、言われなかったので、しばらくそうして過ごした。
「………………」
空色の画用紙に、白い絵筆を走らせれば、それがすじ雲になる。
一握りの綿飴を積み重ねて、その下に添えれば、浮き雲に早変わり。
空の観察は、仲間と遊ぶ時の興奮に比べて、何とものほほんとした時間だった。
けど、草太はこの時間が、一番好きかもしれなかった。
自分と、人間と似ているようでまるで違う存在、妖怪の友人と雲を眺める、この時間の過ごし方が。
結局、先に話しかけたのは草太だった。
「ヤマメ……前にさ。妖怪が雲か、サイダーか、って話をしたよね」
シカトされるかと思ったが、ちゃんと返事があった。
「……それがー?」
「あれ、一緒じゃだめかな」
「……一緒ー?」
「ヤマメって、サイダーみたいな雲な気がする」
一つだけ、低い位置にぽつんとある、浮き雲を指さして言った。
「サイダー色した、夏の雲。あの雲を見てると、そんな風に思った」
近づいたり、遠ざかったり。妖怪にしては親しみやすく、かといって馴れ馴れしくしない。でも、すごく強くて、格好いい。
人間とか妖怪とかいうくくりを越えて、草太はヤマメに惹かれていた。
「他の皆にも、ここからの景色、見せてあげたいな。きっとヤマメだって、みんなの人気者になると思うし」
それは、とてもいい案に思えた。
黒谷ヤマメは、妖怪を恐れていたお美世や、妖怪を嫌う鉄平や文太に、一番会わせてみたい存在である。
三吉やお鶴も連れてきてもいい。この木の上で、ヤマメを先生として、みんなで遊ぶことができたら、人里の雰囲気は変わっていくのではないだろうか。
だが、草太の理想は、当のヤマメに打ち消された。
「草太……もうここには来ない方がいい。というか、来ないでほしい」
「え?」
その口調と表情から、彼女が冗談を言ってるのではないことがわかった。
射るような眼差しに、草太は戸惑う。
「ヤマメ、もしかして本当に怒ってたの? ごめん、謝るから……」
「そうじゃない。ここら辺が潮時だよ。あんたと遊ぶのも、もうこれっきりだ」
「な、なんで!?」
「じゃないと、あんたは不幸になる。妖怪が人間と仲良くしたって、いいことはないんだよ」
全然わからないし、到底納得できる答えではなかった。
「でもヤマメ、妖怪と人間は仲良くなったり、恋することもあるって言ってたじゃないか」
「それはそれ。私は、元々人間が嫌いだしね。信用だってしていないし」
「……今でも?」
「今でも」
「でも、僕は妖怪が嫌いじゃないよ」
「あんたが妖怪の何を知ってんのさ」
とげのある口調だった、昨日文太と話した時以上の疎外感、見ていた夢が遠ざかってしまうような、そんな感覚を味わった。
ヤマメは網から立ち上がって、下の枝に飛び降りる。
「ヤマメ」
彼女は動きを止めぬまま、流れるように枝から枝へと移動する。
草太も立ち上がって、後を追う。
ヤマメの動きは止まらない。
枝の一つ一つ、相手を変えながら、まるでクスノキと踊るように、跳び続ける。
その動きは、高所の恐怖などみじんも感じておらず、人の命の軽さを、鼻で笑っていた。
草太はつたない踊りで、何とかそれについていこうとする。
追いつくかと思った瞬間、ヤマメの体が飛び上がって、上の枝まで登る。
妖怪のバネならではの、草太には真似できない技だ。ついてくるな、と言葉に出さずに言っている。
けど、めげずに幹の方からつたって、そこまで行った。
同じやり方でなくても、そこに至る道がある。
だから、草太は草太のやり方で、ヤマメを追いかけ続けた。
鬼ごっこは、クスノキの頂点で終わった。
ヤマメは一番上の枝で、草太に横顔を向けてしゃがみこみ、雲を眺めていた。
すでに彼女は、逃げるそぶりを見せない。けど、いざ追いつくと、何を話していいかわからない。
ただ、彼女がとても悲しそうだったので、帰ることはできなかった。
「ヤマメ……」
「………………」
「泣いてるの?」
「泣くわけないでしょ」
「でも……」
「よく見なよ。これが泣いてるように見える?」
振り向いたヤマメの睨む顔は、瞳も潤んでなかったし、涙の跡もない、綺麗なものだった。
「わかったでしょ。妖怪は泣かない。ましてや格のある妖怪土蜘蛛なら、なおさら。泣くのは、あんたみたいな弱っちぃ人間の特権なの」
「そっか。やっぱり妖怪って不思議だ」
草太がそう言うと、そこで彼女は、今日はじめて、いつもの笑顔を見せてくれた。
「どっちにしろ、そろそろ地底に帰る時期だったのよ。草太ともお別れというわけ」
「うん、わかった」
やっぱり、ヤマメはサイダーみたいに、格好良かった。
草太もヤマメに習って、未練たらしく引き止めるのをやめた。
「でもヤマメ、何も言わずに帰んなよ」
「……うん」
「また、地上に遊びに来てさ。ここでまた、雲を見ながらサイダー飲もうよ」
「……そうだね」
「約束しよう」
草太は小指を差し出した。
「指きりげんまんで」
自信満々で、男らしく言ったつもりなのに、彼女は呆れていた。
「……全く、いつまで経ってもガキンチョだねぇ。そんな指遊びが何の約束になるのさ」
「じゃ、じゃあどうしろっていうんだよ」
ヤマメは小さく笑って、草太の指に、小指から伸ばした細い糸を絡めた。
そして、
すぅっ、とその顔を近づけてきた。
ほんの一瞬だった。何をされたのか、始めはよく分からなかった。
気がつくと、間近で微笑んでいる、ヤマメの顔があった。
草太は真っ赤になって、ヤマメの手を振りほどくように別れを告げてから、大急ぎで木を下りて、里に向かって全力で走り出した。
西の空を、一度振り向く。大木の上に見える雲は、赤と紫で鮮やかに染め上げられていた。
見慣れた夏の景色のはずなのに、なんだか違う場所の夕日を見ているようだった。
幻想郷年史 第63季 葉月 第三週 地上 人間の里 南
次の日のことである。
ついに北里の川の勢いが元に戻り、南里の少年達が、その縄張りで遊ばせてもらう機会がやってきた。
多少仲良くなったとはいえ、数年来の犬猿の仲。心配が無いわけではない。
それに今回は、南里の大将である鉄平が、ついに文太と相まみえるのである。
里の少年達にとって、今後を占う大事な一日だった。
その記念すべき初日だというのに、草太は南里の畑で、あろうことか草むしりをしていた。
「……あーあ。ついてねーの」
むしった雑草をずた袋に放って、麦わら帽子をかぶった草太は、そうこぼす。
遊びに行けなかったのは、今度こそ親の手伝いがあったから、ではない。
それは間違っていないのだが、根本的な理由は、なんと地震だった。
昨晩またもや地震が起こり、里の人間を慌てさせたのである。幸い、今度の地震は大きくなく、前回の経験も生きていたために、大騒ぎになることはなかった。
ただし、田んぼのあぜ道が崩れて直すことになり、畑の草取りに手が回らないということで、草太も駆り出されたのである。
夏休みに入る前にやらされた二番草の草むしりとは違い、こっちは全て人の手で根っこから引っこ抜かなくてはならない。
炎天下に雑草がたくさん生えているのを見ると、稲じゃなくて草が食べられるようになればいいのに、とも思った。
ひたすら草を引っこ抜いていると、様子を見に来た父ちゃんが、顔をほころばせ、
「おう。だいぶ終わったな、草。もういいぞ」
「本当!? じゃあ遊びに行っていい?」
「違う、今度はこっちの手伝いだ」
「やっぱり……」
草太は文句を言いたくなる気持ちを抑えて、父の後に続いた。
麦わら帽子のつばを上げると、立派な雲が目に入った。空に掌を押しつけたような、円筒状の雲だ。今年見た中で、一番大きな雲である。
ヤマメはあれを見ているだろうか、いやひょっとして今頃、昼寝しているかもしれない。
地底に帰るために荷造りしているのもあり得る話だ。
「草、手ぇ動かせ」
「あいて」
軽く頭をはたかれて、草太は草むしりを再開した。
さっきまでは北里と南里の事ばかり考えていたが、今度はヤマメの事ばかり考えてしまう。
昨日あんな別れ方して、怒ってないだろうか。驚いて帰ってきてしまったけど、もう少し側にいてあげるべきだったのか。
ヤマメは妖怪、ヤマメは妖怪、と自分に言い聞かせるものの、昨日のあの瞬間は、本当にただの女の子に見えた。
いずれにせよ、もう一度会いたいのだけれど、同時にまた会うのが、少々気恥ずかしい。
「広。それお前んとこのせがれか」
「おお」
「おっきくなったなぁ。もう畑任せてもいいんじゃねぇか」
「何言ってんだおめぇは」
父ちゃんの働く姿を見るのも久しぶりだった。
いつも家では黙然としているので、よっぽど仕事が嫌なのかと思えば、おじさん達と談笑する父ちゃんは楽しそうだった。
けれども、日が沈む前に仕事を終えて帰る頃は、また父ちゃんは寡黙な人間に戻っていた。
草太も黙って、その後をついていく。
「草太」
――えっ。
と、草太は足を止めた。
よっぽどのことがないかぎり、父ちゃんは自分を「草」と呼ぶ。
「お前、寺子屋を卒業したら、どうすんだ」
「……うん」
ついに、聞かれる時が来た。
寺子屋の今の組は、来年で卒業となる。その後は、親の仕事を継ぐか奉公しに行くか、あるいはもっと里の難しい勉強をするために寺子屋に残るものもいる。
草太は普通に考えれば、田んぼの手伝いに専念することになる。だが、父ちゃんの言ってることが、そうじゃないことは分かっている。
用意していた答えを、草太は告げた。
「……自警団に入りたい」
「入りたいのか」
「うん」
草太は自分の意思で、そう伝えた。
「辛ぇぞ。無理しなくても、お前の好きな道に行けばいい」
全く意外な、父に似合わぬ発言だったが、返答はすでに決まっていた。
「うん。だから、自警団に入りたい」
「そうか」
父はそれだけ言って、また黙ってしまった。
だが草太は気にしなかった。仕事帰りで鈍くなっていた足取りも、軽くなっていた。
夕日が沈む。
逢魔が時が来る。
人間の里に、妖怪の刻限がやってくる。
それは、この幻想郷に生きる人間にとって、決して逃れることのできない宿命なのだ。
「草太ー!!」
呼ばれて顔を横に向けると、弥彦が大急ぎでこちらに向かってくるのが見えた。
いつもの装備である虫取り網は持っていない。
どこから走ってきたのか、何をそんなに慌てているのか、近くまで来た彼は、肩で息をしている。
「弥彦。お前、北里の川遊びから帰ってきたのか? どうだった?」
「違う! 俺も行ってない! 今日は父ちゃんの手伝いをしてた!」
「なんだ、同じだったんだ。じゃあどうしたの?」
「鉄平達が……!」
ただごとでない様子に、草太は驚いて聞く。
「まさか、喧嘩か? 鉄平と文太か?」
「違うんだ! あの二人は今、診療所にいる! それよりも、大変なことが起きたんだ!」
顔を上げ、恐怖に充血した、弥彦の目がこちらを向いた。
「疫病だ!」
●●●
草太は家に帰らず、急いで南里の診療所へと向かった。全速力である。
弥彦から話を聞いて、滅多に驚いたりしない父ちゃんも、顔色を変えていた。
その表情が草太の中の危機感を増幅させ、気がつけば足が勝手に走り出していた。
疫病。それは妖怪を除けば、里で最も警戒すべき災厄であった。
目に映らず、時間をかけて、稲や畑の作物、そして人の命を、容赦なく奪い去っていく。
弥彦の話では、一体どういうことなのか、北里の住人であるか南里の住人であるかに関わらず、いきなり大量に発病し、診療所へと運ばれたという。
今日川遊びしていた子供達も、かなりの人間がかかったと聞き、いても立ってもいられなくなった草太は、父ちゃんの制止する声も降りきって、ひたすら駆けていた。
診療所は北里と南里にそれぞれ二つずつあり、草太が向かっているのは、南里の外れにある、小さな診療所である。
到着すると、すでに入り口の回りに、大人達が大勢集まっていた。
草太はその人垣に、後ろから飛び込んだ。
「すみません! 友達が入院してるって聞いて、お見舞いに来ました! 通してください! ちょっと!」
「だめだめ! 面会謝絶だとか言われとる!」
「うちの子はどうなったんですか!」
「先生、引っ込んでないで、なんとかいってくれ!」
「うちのこいつも見てくれ! 様子がおかしいんだ!」
がらっ、と戸が動き、分厚い黒縁眼鏡をかけた山川医師が出てくる。
彼はマスクを取りながら怒鳴った。
「やいやい落ち着けぃ! そんなに騒がれたら、治るもんも治らんわい!」
騒ぐ大衆に一喝してから、医師は抱えられていた一人に近づいた。
「……こいつもか」
どよめきと共に、人垣が割れて、その患者から一斉に離れる。
「うろたえんな! 感染るかどうか、まだどんな病気かもわかってねぇ! おい、あんた。診療所はすでに一杯だ。中通りの……」
「そっちも一杯だ! 駄目だって言われたんでこっちに連れてきたんだ! お願いだ先生!」
「それもすでに聞いている。今、慧音様が、寄合所と寺子屋を使えるようにしておいた。後で向かうから、とっとと行ってこい!」
「わ、わかった!」
男が病人を連れて去ると、診療所の主は頭をぼりぼりとかきながら、
「さてお前等、説明してやる。今ここに収容してんのは二十五名、多くが子供だ。ただし、北里の方でも同数、あるいはそれ以上の人数がかかっているらしい」
「先生、そいつは、先月に北里で流行りだした風邪と、同じなのかい」
「断定はできねぇが、その可能性は高い。症状もほとんど変わらねぇ」
再び騒ぎ出す群衆。医師はその様子を前に、また怒鳴った。
「ただし! これがばい菌なのか、寄生虫なのか、食中毒なのか、妖術なのか、まだ判断がつかん! なのに騒いでうろたえて、必要もなくあちらこちらを嗅ぎ回るのが一番困る! ここは俺たちに任せて、お前達は症状が出ない限り、家に引きこもってろ! 今元気な奴らについても、後で協力して、里中を往診して回る! わかったら帰れ! いいな!」
○○○
草太は話の途中から、診療所の裏路地に回っていた。
家と家の隙間に出来た小さな道であり、狭い上に汚れているため、鬼ごっこする子供か、掃除をする機会でもなければ、中まで入る人間は普通いない。
体を横にして進み、柿の木が見える位置で止まると、そこに、垣根の一部分が腐って穴が開いているのが見つかる。
これは去年、三吉に教わった秘密の入り口であり、診療所の裏口へと通じているのだ。
誰も見ていないことを確認し、草太はそこから潜り込んだ。庭を過ぎてから、裏口の扉に手をかける。
やはり鍵がかかっている。入れてくれと言っても、承知してもらえないだろう。
ならば……。
草太は庭に生えていた柿の木に狙いを変えた。
去年の自分には出来なかった、侵入法がある。
草太は木に手をかけて登り、枝の先まで移動してから、家に飛び移る。
そこの天窓を開け、診療所の屋根裏に忍び込んだ。
むずむずする鼻を押さえて、草太は暗闇を見渡した。
すぐ側に、一階へと通じる階段を見つけ、下りようとする寸前、違和感を覚えた。
下の様子がおかしい。前に案内された時と、雰囲気が違う。
もう夕方で、建物の中が薄暗いからかと思ったが、それだけではない。
木張りの床が絶えず鳴っており、会話も聞こえてくる。
「……外はえらい騒ぎだ。どいつもこいつも、自分までかかってるかもしれねぇと、慌ててやがる……否定はできんが」
「とにかく、重病人を隔離することが……」
「寄合所の方はあいつが行ってる。お前は寺子屋に行ってくれ。人手が必要だ」
「慧音様はまだ戻ってこないんですか」
「里長もかかったらしい……」
慌ただしく人が行き来しているため、ここから降りればすぐ見つかってしまうだろう。
草太は別の降り口を探して、屋根裏を歩き回った。
汗ばんだ足を埃まみれにしながら、鼠になった気分で侵入口を捜していると、斜めになった天井の近くで、妙な音が聞こえた。
外の喧噪がここまで聞こえてくるのかと思ったが、違う。
床に耳を当ててみると、ちょうど動物小屋のようで、よく聞いてみると、人の泣き声にも聞こえないでもない。
その側に、下へと通じる鉄はしごが見つかった。草太はそれに手をかけた。
暗い天井から、ランタンの薄明かりが照らす、並んだ寝台へと降りていく。
診療所の病室は、過去に寺子屋に隠れた時の光景と似ていた。しかし、むれた空気も、すえた臭いも、苦しそうに泣き、うめく声も、あの時に無いものだった。
ランタンの近くから、草太は順に、台に寝ている顔を確認していく。
いずれも子供で、知っている顔ばかり。その多くは、今日川で遊んでいたはずの仲間達だった。
そして誰もが、話しかけることを躊躇うほど、苦しんでいた。
北里の子供が、身をよじっている。女の子が体を丸めて、子犬のように泣いている。
栗雄や忠士も台で寝込んでいて、草太が近づいても気がつかず、額が汗でびっしょりだった。
途中の少女の顔を確認し、草太は愕然とした。
「そんな……お美世まで……!」
彼女は眠っていた。息はしているが、死人のように顔が真っ青だった。
昨日まで元気だったはずの仲間達が、こんな姿になっているのは、悪夢としか言いようがない。
疫病とはここまで恐ろしいものなのか。
「……誰だ」
声のした台を、草太は見た。
「鉄平……!」
「その声、草太か?」
慌てて近寄ると、弥彦から聞いた通り、南里の大将である、鉄平が横になっていた。
眉間にしわを寄せた顔を、こちらに向ける。
「悪い。目の前が霞んでて、よくわかんないんだ。そこに、お美世もいるのか?」
「………………」
「そっか。いるんだな。……笑っちゃうよな。向こうに文太までいるんだぜ……あんなに気に食わなかったのに、今じゃ仲良く……おねんねだよ」
大きく一度息を吐き、彼は体を震わせた。
気丈に振る舞っていたが、苦しいのが伝わってくる。
草太は見ていられず、彼をなだめた。
「鉄平、もう喋らなくていいから」
「草太、この前はごめんな……俺のせいで、お前が仲間はずれになるなんて」
「な、何言ってんだよ。あれは僕が嘘ついたから」
「最初に仲間はずれだったのは……俺だったんだぜ」
いきなりだったので、鉄平が何のことを言っているのか、分からなかった。
「五つになる前、俺だけ赤毛のお坊ちゃんだったからな……お美世だって、あの頃は引っ込み思案だった……最初に声をかけてくれたのが、お前だったんだよ……今じゃみんなそんなこと忘れてるけど、俺だけは死ぬまで覚えている……本当のヒーローは、俺じゃなくて……」
すでに、鉄平が半分、夢の中にいることに、草太は気がついた。また彼は、小さく唸りだして、眠りに戻ろうとする。
「仲がいいな、おめぇらは……」
別の声がして、草太は後ろを向いた。
小さな寝台に合わぬ、ひときわ大きな体がある。
草太はそちらに駆け寄った。
「文太、しっかりしろよ!」
「でけぇ声だすな……苦しいんだ」
その弱音は、里の少年を威圧していた力強い調子とは、別人のようだった。
文太は目を閉じたまま、辛そうに眉をしかめる。
「苦しいだけじゃねぇ。悔しい。すげぇ悔しい……」
「文太、喋らないほうが」
「俺も……妖怪に殺されちまうなんて……」
吐き出されたその名詞は、草太の思考の死角から飛んできた。
「妖怪?」
「さっき、慧音様が話している声が聞こえた。俺、耳はいいんだ。妖怪の仕業だと、気づかれちゃいけない、って」
「おい、文太!」
「戦うこともしねぇで、病気で殺すなんて、卑怯だ。そうだろ。やっぱり妖怪なんて、信じらんねぇよ……」
苦悶の表情から力が抜け、布団の端で、ごつい指が動いた。
「なぁ……俺が死んだら、俺の敵を討ってくれよ。俺の親父やお袋も、お美世の父ちゃんや母ちゃんの分も。自警団に入って、妖怪のことで苦しまなくたっていい、そんな世の中にしてくれ……」
「馬鹿! お前も自警団に入るんだろ! みんなを守るって、そう言ってたじゃないか!」
「……………………」
「文太! おい、死ぬなよ! 仲良くなったばっかりだろ!」
「草太っ!」
はっと振り向くと、部屋の入り口に、人がいた。
慧音先生が、鬼のような怖い顔をして立っていた。
「どっから入り込んだんだお前は……! 彼らは今絶対安静なんだぞ!」
草太は乱暴に引っ張られて、別室へと連れていかれる。
だが、そんな痛みなんて気にしていられない。
「先生……」
「いいか、気持ちは分かるが、お前にまでうつる危険が……」
「先生、鉄平と文太は、助かるの?」
「……もちろんだ」
嘘だ。直感的に、そう思った。
「死んじゃうかもしれないの!?」
「馬鹿。何を言う。助かると言っただろう。私が嘘をついたことがあったか?」
「ううん! でも、先生はきっと嘘をつくよ! だって……先生は優しいから……!」
「草太」
慧音先生は膝を曲げて、まっすぐこちらを見てきた。
「確かに、子供達は皆、危険な状態にある。だが、私も診療所の皆も、何より苦しんでいる本人達が今、生かそうと、生きようと頑張っているんだぞ。そんなとき、周囲の人間が信じる気持ち一つで、未来が変わることだってあるんだ」
「…………」
「だから、私達を信じてくれ。お前も信じて、治るように祈ってくれ。それが、あの子達のために、お前ができることだ」
「うん、ごめんなさい」
草太は目をこすって、謝った。
慧音先生は、やっぱり自分よりも大きな存在で、ずっと大人だった。
「草太、私は今から里を出てくる」
「えっ」
「里の外に、優れた薬師がいるんだ。事前に彼女と話をつけてあったのが助かった。助けを借りる時がきたようだ」
「…………」
背を伸ばした里の守護者に、草太は強く肩を叩かれる。
その手は熱くてしっかりしていて、冷えた胸の内まで、勇気づけてくれる温もりがあった。
「お前は外で、私のかわりに、他の子供達を元気づけてやってくれ。頼んだぞ」
「……はい!」
草太は、彼女から渡された役目に、しっかり頷いた。
慧音先生が診療所を出て行ってから、今度は別の人間が病室から出てきた。
「ふぅ、これはしんどい」
口を覆っていた布を取ると、無精ひげを生やした若者である。
長椅子にどっかりと座る彼を、草太は知っていた。
「一雄兄さん」
「ん……ああ、草太か。大変だったな。もっと大変なのは俺だけどね」
昔よく遊んだことのある、三吉のお兄さんである。
そういえば、医者になった彼は、この診療所で働いているのであった。
「慧音様も見たことがないというし。そもそも伝染病なのかすらわからない。最初は北里だけだったのに、いきなり南里の人間も一斉にかかったとなると……うーむ興味深い」
「ちっとも面白い話じゃないよ、一雄兄さん」
「深刻に考えても、病気が治るわけじゃないからな。これが、俺が一番力を出せるやり方なんで。それに、明るく振る舞った方が、絶対上手くいく可能性は高まるんだ」
草太もそれを聞いて、少し気が楽になった。
この独特の信条は、三吉も含めて、山川家の特徴なのかもしれない。
「一雄兄さん、これが妖怪の仕業ってことはない?」
「ぷっ、なんだ。三吉だけじゃなく、草太まで妖怪に興味を持ち出したか。ま、俺もお前らぐらいの頃はそうだったから、変わんねぇか。でもどうして?」
「なんとなく……」
先程聞いた文太の話の真偽がわからないので、慧音先生がそう考えているということについては、黙っておいた。
しかし、一雄兄さんは、真面目な顔つきになって考えた後、
「……あり得ないと思うな。確かに見たことの無い病気だけど」
「そう」
「昔から定期的に、こういうことはあるもんさ。それまで誰も入らなかった山とかから帰ってきた一人の人間が、いきなり病気を広めたりするってことは、歴史上一度や二度じゃない。その度に俺たちみたいな医者が原因を見つけて、次に備えて出来るだけ準備して……ああ、相手が妖怪だと巫女様の出番だけどね。俺の予想は違うけど」
長椅子の若い医師は、顔が天井を向くまで背もたれに乗せ、ふーっ、とまた長い息を吐いた。
その姿勢のまま、膝を指で叩きながら、また話を続ける。
「まぁでも、もしこれが妖怪の仕業なら、直接人を襲うよりも、もっと恐ろしい手段を使って人を苦しめたということになるな。そんな妖怪は、今は地上にはいないはずだし……」
「……地上には?」
何かその言葉が、草太の中で引っかかった。
「じゃあ、地上じゃなくて……地底には、いたりするの?」
「お、なんだ鋭いじゃないか」
教師と悪戯っ子が半分ずつ合わさった、茶目っ気のある目がこちらを射止めた。
「土蜘蛛って知ってるか?」
●●●
西の空、妖怪の山が背中に夕日を浴びて、黒々とそびえ立つ姿をこちらに向けている。
日の入りを告げる鐘が鳴り、里の家々にも、明かりがつき始めていた。
診療所を出た草太には、その光景が目に映っても、その奥までは入っていかなかった。
重苦しい頭の中で、一雄の言葉がぐるぐると回っていた。
(土蜘蛛っていうのは、昔は朝廷に従わない豪族のことをそう呼んだらしいんだが、実際に妖怪になった種族もいたらしい。そいつらは強力な妖術を操る、鬼や天狗と同じくらい恐れられた妖怪だ。だが、一番の能力はそんなことではない。彼らは、疫病を操る)
(疫病を……操る?)
(そう。人間が恐れ、苦しめられた古今東西ありとあらゆる病を、その妖怪は扱うことができる。もちろん、治すことのできない、死に至る病だってお手の物だ。もしその能力を存分に行使されたら、鬼の力や天狗の速さなんて、問題にならないくらい恐ろしいと思わないか? おそらく人間と最も相容れない種族だと思うな)
(……………………)
(はは、そんなに怖がらなくても、そいつらはとっくの昔に幻想郷を捨てて、地底に潜ったってことだ。だから、心配することはないよ)
「……………………」
草太だって知っていた。
地上の人間が、彼らを恐れることはない。
今では、鬼も土蜘蛛も、忌み嫌われた妖怪達は、みんな地底に潜っているのだから。
たった……一人を除いて。
「……そんな……嘘だ……」
「人殺し……」
かけられた一言には、ひやりとする冷たさがあった。
振り返ると、少年が、引きつった笑みをみせていた。
「なんだよカカシ……」
その正体が、かつての狐目の仇敵と知って、草太は嘆息する。
しばらくぶりに会う百鬼団の副首領は、以前と変わらぬ風体だった。
武器は携えていないが、薄汚れたシャツも、そこから伸びる長い手足も、最後に見た時のまま。
ただ、何か様子がおかしい。
いつもの自信過剰のずる賢そうな顔つきが、赤い夕日を背景にして、死人のように青ざめている。
「人殺し……お前は人殺しだ……文太も……お美世も……鉄平も……みんなお前が」
「おい、どういうことだよそれ」
「……妖怪!」
恐怖に裏返った声が、草太の心臓を鷲掴みにした。
彼はまさに、異形の怪物を見るように、草太を凝視していた。
「お前が病気を流行らせたんだろ。だって、俺は知ってるんだ。お前が里の外に出て行くところを、この目でみたんだ」
見られていた。
それは、いつのことなのか。全く気がつかなかった。
だけど見つかっていた。妖怪と、密かに会っていたことを。
「お前も妖怪なのか。そうだよな。じゃなきゃ、あんな動きはできやしない。それとも人間なのか? おい、どっちなんだ」
怯えた目つきで、カカシは熱病にかかったかのように、まくし立てる。
ただし、腰を引いたまま、絶対にこちらに近寄ろうとはしなかった。
「文太は、北里の百鬼団の大将だ。だけどもう、それだけじゃねぇ。南里の連中も、きっと協力してくれる。俺だけじゃだめだ。俺だけじゃ、退治できない」
「カカシ……」
「逃がしやしないぞ。妖怪は慧音先生と、巫女様に退治してもらう。そして、里を裏切ったお前は、俺達が絶対に逃がさねぇ」
「………………」
「逃がさねぇぞ! 神田草太!」
カカシの脅しが遠ざかる。
草太の両足が、里の外れに向かって、無意識に動いていた。
周囲の世界がどろどろになって、食われていく。
心臓と呼吸と足の音が、ヤブキリやヒグラシの声と混ざり合わさって、奇怪な耳鳴りを響かせる。
――そんな、嘘だ。だってヤマメは、そんな妖怪じゃない。
日が沈み、夜がやってこようとしている。伸びきった家の影の間を、草太は走り過ぎる。
あの雑木林へ、秘密の場所へと向かう。その間も、頭の中ではずっと、嘘だ、嘘だ、と繰り返した。
病気が流行りだしたのは、ちょうど一ヶ月前の地震から。彼女もその時にやってきた。
そしていざ彼女が帰る時になって、病気が大流行した。
明るく、底知れぬようでいて、どこか子供のような、
妖怪。病気を操ることのできる、地底の大妖怪、土蜘蛛。
草太は足を止めた。
雑木林の入り口に、人影がぽつんと立っていた。
夕闇の中。見慣れた姿なはずなのに、いつもよりも大きく、じっと動かぬ、気味の悪い影だった。
蛙の声が遠くに聞こえる中、彼女は言った。
「……約束だからね。別れを告げにきたよ」
草太はその姿に近づけない。
氷ついていた心の壁を、内から何かが突き破ろうとしている。
「ヤマメ………」
それを押さえつけ、あくまで慎重に、探るように聞く。
「ヤマメの……仕業なの?」
逆光にある彼女が、どんな表情を浮かべているのか、草太には分からない。
「今、里で変な病気が流行ってる。前にも話した病気だよ。僕の友達……鉄平も文太も、お美世もそれにかかって、今苦しんでる。それが……妖怪の仕業らしいんだ」
「……………………」
「今日教えてもらった。土蜘蛛は、疫病を操るって。僕は今まで、そんなことを知らなかったし……」
少女の影は全く動かずにいた。話が通じているのか、心配でじれったくなるくらいに。
そして問いつめるべきか、誤魔化すべきか、草太はいまだに迷った気持ちのままだった。
ただ闇雲に会話を続ける。
「けど、ヤマメじゃないって、僕は信じたい。だから、はっきり聞かせてほしくて……」
「数は?」
「え?」
「病にかかった数は何人」
「五十……ひょっとしたら、もっと多いかもって」
「なんだ、たったのそれっぽっちだったか」
たったの?
その一言を理解するのに、草太は時間がかかった。
人の命を、イナゴの死骸を数えるように言った、その口調に。
「たったの、って何だよヤマメ! 本当に凄い病気なんだぞ! 大人も子供も苦しんでいて、みんな死んじゃうかもしれないんだぞ!」
「それがみんな死んだって、その倍の数が死んだって、里から人間がいなくなる数じゃないでしょ」
「な……」
「ふふふ」
含み笑いが、やがて大きな哄笑へと変わった。
聞き慣れた甲高い声なのに、この夕闇の中で聞くと、まるで違って届いた。
ひとしきり笑い終えてから、寒気を感じていた草太に、彼女は言う。
「ちょっと、手加減しすぎたかな」
その台詞に、体温がさらに下がった気がした。
抑えつけようとしても、喉から漏れる自分の声は、頼りなく震えてしまう。
「じゃ、じゃあやっぱり……ヤマメが疫病を……!」
「ずいぶん気づくのに時間がかかったね。最後まで気づかないかと思ったけど」
「そんな、でも……理由がわからないよ! ヤマメが病気を流行らす理由が!」
「いいや、草太。あんたは知っている」
ヤマメは、土蜘蛛は断言してくる。
そして確かに、草太は彼女の理由を知っていた。
かつて話してくれた、闇に生きる者達と人との、決定的な溝。
「……ヤマメが、妖怪だから……」
「その通り。妖怪は人を襲う。それが私達の本性だ。そして、土蜘蛛は人を病にする。何もおかしいことはない」
冷静な声音のまま、彼女は酷薄に述べてくるが、草太はまだ受け入れられなかった。
「おかしいよ! だって……だって、僕は病気にかかってない!」
「そうだね……あんたに知らない間に、免疫がついたのかもね。私としばらく遊んでいたんだから」
「そんな……」
「……だとしたら皮肉だね。あんたは私の側にいて、あんただけが私のことを知っていたのに、土蜘蛛の素顔を知らず、疫病を流行らす手助けをしたことになる」
「……………………」
「間の抜けた子供のおかげで、私も仕事がしやすかったってことかね」
「………………っ!!」
気がつけば、草太は無言で飛びかかっていった。
手が空を切る。難なくかわされたと思ったときには、体は地面を転がっていた。
全身に痛みが走る。
ヤマメが冷たい瞳で、じっとこちらを見下ろしていた。
「何の真似だい草太」
「信じてたのに……ヤマメはそんな妖怪じゃないって、そう思ってたのに!」
「あんたが勝手に信じて、勝手に騙されたってことよ」
「でもっ……!」
「所詮は人間よね。みんな同じ。都合が良ければ盲信し、期待を裏切られれば逆上する」
「でもっ、病気になったのは大人だけじゃない。鉄平や文太や……僕より小さな子もいたんだ! それもみんな、しょうがないっていうのか!?」
「しょうがないよ。そういう風に、この世はできているんだ。どんなに生きたいと願っても、死ぬときは死ぬ。変わり続ける世界の中じゃ、大人と子供の区別だって、死を恐れる人の願いだって、あっけなくて小さなもんだよ」
やはり、罪悪感なんてまるでないように、彼女は淡々と告げてくる。
地面の土を掴み、握りこんで、草太は呻くように言った。
「ヤマメはやっぱり、妖怪なんだ……」
「そうさ。私は妖怪だ。今も昔も、これからもね」
「みんな……大人になれずに、死んじゃうなんて……僕のせいで、僕が……ヤマメのことを話さなかったせいで……」
「雲に好かれる人間を、恨む理屈はない。そのことを気づかれたり、話したりしない限りはね」
「……………………」
「悪い夢だったと思って、忘れるのがあんたのためだよ」
「……忘れるなんて、できるわけないだろ」
「……………………」
「それに、あのとき助けた蜘蛛のこと、後悔してないよ」
草太は、地面から立ち上がった。
「だって、苦しそうにもがいていた。一生懸命生きたいって、僕に言ってた。だから助けた。小さな命でも、放っとけなかった」
「それで何? 私も同じように、人間を哀れんでくれ、ってこと?」
「違うよ」
首を振って、その問いを否定する。
「妖怪は死なないから、それがわからないんだ。ヤマメだってそう。でも、僕たちは必死にもがいて生きている。鉄平も文太もお美世も、今必死に戦っている。だから、僕も……」
草太の体はもう一度、妖怪へと向かっていった。
「死ぬのがしょうがないなんて、生きてる限り納得できないよ! 生きようとして何がいけないんだよ!」
投げ飛ばされ、跳ね飛ばされ、地面に転ばされ、その度に立ち上がる。
「もがいたっていいじゃないか! 潔くなくたっていいじゃないか! 死なない限り、間に合う可能性がある限り、僕は絶対諦めない、諦めないからな!」
手足を泥だらけにしながら、草太は命をかけて、黒谷ヤマメに宣言した。
「僕が……ヤマメを退治してやる! みんなを疫病から、救ってやる!」
その言葉を受けて、土蜘蛛は目を剥いた。口の端をつり上げ、牙を見せた。
数百年待ち望んだ宿敵と、ついに巡り会った、怪物の笑みだった。
だがその表情は一瞬で、彼女はなだめるように、肩をすくめて、
「たとえ私を退治できたって、病気がおさまるわけではないよ」
「そんな……」
「雨を降らせた雲に、洪水の責任を取らせるようなものさ」
「…………」
絶望の念に膝から力が抜け、地面へと倒れ込みそうになる。
だが、その寸前、
「……けど草太。もし、そいつらが一人残らず助かる方法がある、って知ったら、どうする?」
「……え?」
草太は泣き顔を上げて、震え声を漏らした。
「病気を操る私は、病気を治す方法だって知っている。里で病にかかった人間達、全てを癒す魔法の水があるのよ」
「ほ、本当に?」
「本当よ。ただし、それは地上には無い。地底にある」
地底。今まで何度か話を聞き、その都度恐れを呼び起こした、忌み嫌われた妖怪が棲む、地獄へと通じる世界。
ヤマメの目が、沈んでいく日の光を受け、妖しく輝いている。
「特別に、そこまで案内してあげるよ。ただし、楽な道では決して無いということだけは、覚悟しておきな。要はあんたにその根性があるかどうかだ」
「…………嘘だ」
「信じる信じないは、そっちの勝手さ。来ないのなら、さっさと帰らせてもらう。もちろん、里の病人は死ぬだろうね。体力の無い子供から……」
「行くよ」
草太はすぐに答えた。
信じても信じなくても、行かなければどうせ、皆は死んでしまう。
だったら、行くしかない。
「元々、僕の責任だ。僕がみんなを、里を救ってみせる。病気を治すために、その水を取ってくる。ヤマメの思い通りにはさせない」
「ほー、言ったね。なら早速行こう。あ、ちょっと待った。その前に、サイダーを二つ持ってらっしゃい」
「さ、サイダー? 今そんなのどうでもいいじゃないか!」
「言うとおりにしないなら、私だって協力するつもりは無い」
ヤマメはきっぱりと言ってくる。
噛みつく草太を、あっさり投げ飛ばし、煙に巻くような口調で。
「そんなこと言ったって、もう店は閉まっちゃってるよ」
「かっぱらってきなよ」
「ど、泥棒しろってこと!?」
「命が助かるかどうかの瀬戸際に、そんなこと躊躇ってる暇なんてないでしょ。必ず二つ、忘れないようにね」
どうあっても、彼女は要求を曲げるつもりはないらしい。
草太は仕方なく、ため息をついて、条件を飲んだ。
「……わかったよ」
「あんまり遅れるようなら置いていくよ」
「そっちこそ、絶対に逃げたりするなよ」
そう言ってから、ここで見張ってないと、ヤマメが逃げ出す可能性があることに気がついた。
草太の顔色を読んだかのように、土蜘蛛はかぶりを振って苦笑する。
「逃げたりはしないよ。なんなら、夜明けまで待っていてあげてもいい。ただし、絶対に一人で来るんだ。友人だろうと、大人だろうと、草太以外の者は連れて行けない。もし、その姿が目に映ったりしたら、遠慮無く地底まで飛んで帰るからね」
「わかった。約束だ」
「へぇ、妖怪と約束なんてしていいの?」
「……ヤマメは、ちゃんと別れを言いに来てくれた。たとえ妖怪でも、約束を破ったりするやつじゃない」
その台詞は草太にとって、里をひどい目に遭わせた、それまで友達だと思っていた相手に対する、精一杯の恨み節だった。
ヤマメは不敵に笑うだけで、それについては何も言わなかった。
「さっさと行って、持って来てらっしゃい」
●●●
駄菓子屋はとっくに閉まっていた。
だがミチ婆はこちらが事情を詳しく語らなかったのにも関わらず、サイダーを二つ、ただでくれた。
しっかりやってきなさいよぉ、と送り出してくれる彼女に、草太は礼を言って、すぐに来た道を駆けだした。
しかし途中で気が変わり、雑木林に戻る途中、寄り道をして、自分の家の近くも通ることにした。
見慣れたはずの平屋が、なぜか恋しく感じる。おそらく父ちゃんも母ちゃんも、自分はまだ診療所にいると思っているだろう。
もうすでに門限を過ぎている。再び外に行きたいなんて言っても、絶対に許可は下りないはずだ。
だから、会う訳にはいかない。
草太は家の前を、黙って通り過ぎた。
その時だった。
「草太!」
後ろから名前で呼ばれて、草太は背筋を伸ばした。
声の主は家族ではなく、三吉だった。
暗がりからこちらに向けて、手招きしている。
「早く、早くこっちに来い」
草太が逡巡していると、彼は近づいてきて、ぐい、とこちらの手首をつかんで、無理矢理引っ張った。
痛みに文句を言う前に、後ろから街道を駆ける音が聞こえてくる。
足音は数人。話し声もした。
(いたか?)
(いや、さっきここら辺に出たと思ったけど、見失った)
(あいつを慧音先生に突き出してやる)
(その前に、ぶっ殺してやる。文太や鉄平の仇を、俺たちが取るんだ)
蔵の影にいる草太は、息を潜めて、その会話を聞いていた。
話し声の主達は、里の連中だけじゃないことがわかった。草太のよく知る、南里の連中も混じっている。
いずれも殺気立っており、会話の内容も物騒きわまりなかった。
おそらく、カカシが仲間内に、自分がヤマメと会っていたことをばらしたのだろう。
やがて、足音が去ってから、三吉と草太は、ほっ、と物陰で息をついた。
「ありがとう三吉」
「ばか、礼なんていい。それより草太、早く俺んちに来い。お前の家の周りには、まだ見張りがいるんだ。うちの納屋なら、ちょっとボロいけど、誰にも見つからない」
「……だめだ」
「どうして」
「僕は、行かなくちゃいけない。じゃないと、もうみんなに合わせる顔が無いんだ」
そう言い訳すると、三吉はいつものとぼけ顔じゃなく、厳しい表情で、こちらを睨んでくる。
「草太、本当のことを話せ」
「…………」
「話せって! 俺はお前が、里を裏切ったなんて信じちゃいない。けど、夏休みの間ずっと、お前が何か隠していたのは知ってる。本当は……妖怪に会ってたんだろ?」
「……うん」
後ろめたい気持ちのまま、草太は正直にうなずく。
見抜いたはずの三吉が、息を呑むのが聞こえた。
「本当だったのか……じゃあ、お前があんなに強くなったのも、妖怪に関わっていたからだったんだな」
「かもしれない。でも、そいつはいい妖怪だと思っていたんだ。きっと三吉や鉄平とも仲良くなれるって、信じていたのに……」
「そうかぁ。俺は会ってみたいと思うけど、鉄はどうかなぁ……。あいつはどっちかっていうと、妖怪が嫌いなほうだし」
三吉は腕を組んで、難しい顔を作って唸っている。
そのふざけた感じは、いつもの幼なじみのままだったので、草太は少なからず安堵していた。
「笑ってる場合じゃないぜ、草太。お前はやっぱり隠れていた方がいい。俺は納屋までお前を案内したら、すぐに兄貴の所に行って、慧音先生に相談してくる」
「いや三吉。頼む。みんなには黙っててくれ。やっぱり一人で行ってくる」
「行くって……どこへ?」
「あいつの本当の住処へ。そこに病気に効く特効薬があるらしいんだ。それを奪いに行く。けりをつけにいく」
そう新たな決意を伝えると、向こうは、何やら「ぐーむ……」と便秘のような唸り声を発してから、
「……わ、わかった。じゃあ、俺も行く」
「は?」
思わず草太は聞き返す。
三吉の膝頭は震えていた。が、顔はしっかりこっちを向いている。
「おっかないけど、お前一人で行かせるわけにはいかない。鉄だって元気だったら、きっとこうしたはずだ」
「でも三吉……」
「一緒に行かせてくれ。なぁ草太。俺達、友達だろ?」
「……あれ、お前それ、前にダサいって言ってなかったか?」
「馬鹿! ダサいって言ったのは、今更言わなくたって当たり前だと思ったからだよ!」
ぐっ、と胸ぐらをつかまれていた。殴りかからんばかりの勢いだった。
しかし、その痛みが、今の草太には、何よりも大切なものに感じた。
「……ごめん三吉。お前の言うとおりだ。でも、あいつは、一人で来いって言ってるんだ。約束を破ったら、すぐに逃げ出してしまうって」
「………………」
「あいつが隠している薬を使えば、里のみんなが助かるはずなんだ。もし逃げられたら、鉄平もお美世も文太も、みんな死んじゃうかもしれない。そうなったら、一生後悔する。だから、何とか一人でやってみせる」
「草太……」
三吉は襟から手を離しながら、少し悔しそうに笑った。
「いつからそんなに格好良くなったんだよ」
それを聞いて、草太は喜ぶよりも、さらに胸が詰まる気がした。
自分が変わったのも、身につけた強さも勇気も、みんなヤマメと出会ったことがきっかけだったということを思い出して。
そして今は、彼女の引き起こした災厄を止めるために、必死になっている。もう、あの妖怪とは友達には戻れないのだ。
「おーい! さっきそこで、声がしたぞ!」
表通りから、子供の叫びが聞こえてきた。
他にもいくつか、通りを走る足音が近づいている。
そちらとこちらを見比べながら、三吉は早口で、
「草太。俺が引きつけておくから、お前は行ってこい」
「三吉」
「そのかわり、絶対生きて帰ってこいよ。騙されたと思ったら、すぐに逃げて来いよ。お前まで死んだら、俺の遊び相手がいなくなる」
「わかった。約束する」
「よし、それじゃあ……」
草太が別れを告げる間もなく、彼は通りに向かって、急いで走り出した。
「おーい! お前ら! 草太はあそこだ! あそこにいるぞー!」
大声でわめきながら、見当違いの方、今まで隠れていた場所とはまるで違う方向を指さしているのが見える。
心の中で感謝し、草太はその隙に、逆側の通りに出て、駆けだした。
●●●
その後は少年達に見つかることなく、無事サイダーを二つ手に入れた草太は、息を切らして約束の場所に戻ってきた。
だが、そこで待っているはずの、ヤマメの姿は無かった。
騙されたと思った草太は、思わずサイダー瓶を地面に投げようとしたが、
「遅かったじゃない。てっきり逃げちゃったかと思ったよ」
上から台詞とともに、ヤマメが逆さになって降ってきた。
いつものように、彼女は反転して地面に立ち、
「ちゃんと二本あるね。よしよし」
「なんでサイダーが必要だったんだよ」
「病気を治す『水』だって言ったでしょ。手ですくって持ってこれると思うの? 汲む物が必要だったんよ」
至極真っ当な理由だったので、草太は多少面食らった。
だが、まだ色々と納得がいかない。
「じゃあサイダーじゃなくてもバケツとか、瓶だけでもよかったじゃないか」
「固いこと言わないで。ほら。それじゃ、乾杯」
「……………………」
「あんたと飲むのは最後だからね。いらないの?」
仕方なく栓をひねり、瓶を鳴らして、草太はサイダーを一気飲みした。
空になった容器をポケットに入れてから、念を押す。
「約束だからな。ちゃんとその水のある場所に連れて行けよ」
「ああ、約束は守ってあげるよ」
ヤマメはそう言って、雑木林の奥へと歩き出した。
草太もそれに続いて、黒で塗りつぶされた森へと入っていった。
深い闇を、両手でかき分けるように進む。
昼間と違って、耳をつんざくような蝉の声は無く、コオロギの音が一つ二つと聞こえてくる。
時々、頭上で何かが飛ぶ気配がして、それがコウモリだと自分に言い聞かせてみても、夜の森は気味が悪くて仕方がなかった。
やがて、闇に目が慣れてきた頃、目前にあの樹が現れた。
初めて見たときは圧倒され、次に見たときは畏敬の念に打たれ、後に慣れ親しんだ大木だ。
だが、夜に見るクスノキは不気味そのものであり、角を何本も生やした巨大な悪魔の姿を思わせた。
ヤマメは無言で、樹の側を通り過ぎる。さっきから、まるでしゃべらない。
頼りにしているのは、彼女と自分の腕を結ぶ、細い銀の糸だけだった。
沢の水音が聞こえてくると、ふっ、と緑色の小さな光が見えた。
目の錯覚かと思ったが、いくつもの光が、点いては消え、点いては消えるうちに、その正体がわかった。
「蛍だ……」
思わず呟きが漏れる。
そういえば、今年は北里に蛍が少ないということを、文太達が言ってた。
ここで見ることのできたのは、運がいいのか悪いのか。
でも闇の中で明滅する淡い光に、草太は少し勇気づけられた。
「……ここよ」
急にヤマメが立ち止まったので、蛍に見とれていた草太は、どん、と後ろに跳ね飛ばされそうになった。
「ここから地底まで降りるんだ。この穴を下ってね」
草太はヤマメの後ろから、それをのぞき込んだ。
体の中身を、水風呂に浸けられたような気がした。
そこに、古井戸のような穴が、ぽっかりと口を開けていた。
開いた瞳孔に映る夜よりも暗く、まさしく黄泉の底まで続いている怪しさがある。
「この下に……ヤマメの住んでいた、地底が?」
「そうよ。一月前の地震で、偶然開いた穴。私の住処に近かったから、ちょいと登ってみたのさ」
「……こんなところから」
では、この穴が全ての始まりで、元凶だったのだ。
これさえ開かなければ、誰も病気にならなかったのかと思うと、恐れよりも怒りの方が強くなってきた。
「……まぁ、もうここに来ることもないだろうね」
ヤマメは言いながら、ふっと闇を撫でるように、手を動かす。
すると、その掌に、太い綱状のくも糸が現れた。先は木の幹に結ばれている。
「そ、それで降りるの?」
「なにびびってんの。今さら糸の下り方を教える必要もないでしょ?」
「そ、そうだけど」
「先に行くよ、草太」
ヤマメは穴に飛び降り、すぐに闇の中に消えていった。
草太も意を決して、そろそろと綱を手にし、地面に開いた怪物の穴へと、飲み込まれていった。
○○○
南里診療所の玄関扉が開き、二人の女性が出てくる。
一人は巫女装束をまとった黒髪の人間、もう一人は四角い帽子をかぶった、銀髪のワーハクタク。
「では行って参ります。先生は里をお願いします」
「わかった。非は向こうにあるため、納得してくれるだろうが、くれぐれも用心してくれ」
「心配は無用です。よほどのことが無い限り、巫女は襲われることはありませんし、異変の解決は、私の専門です」
「万が一、決裂ということになれば……」
「その時は力尽くで。得意分野ですからご心配なく」
「……無茶だけはするなよ」
慧音はしっかり言い渡してから、博麗の巫女を里から送り出した。
夕闇の空を西に飛んでいく、白い姿を見ながら、
「さて……これで災害の根は無くなるはずだが……」
呟きつつ、慧音は診療所に戻る。
たった今、竹林から八意永琳が到着し、患者を見回っている所だった。
数は里全体で、およそ七十名、重症者の多くは子供達で、今も危険な状態だ。
適切な薬を調合しているというが、たとえ命が助かったとしても、後遺症が残る可能性が高いという。
「まさか、こんな事態になるとはな……」
と独り言をこぼしていると、騒がしい足音が重なって近づいてきた。
「慧音先生ー!!」
診療所に駆け込んできたのは二人、北里と南里の問題児だった。
「先生! 大変だ! この里に妖怪の手下がいる!」
「違う先生! それよりも聞いてくれ!」
慧音はすかさず、カカシと三吉、両者のこめかみを、鷲掴みにして持ち上げ、
「静かにせんかっ。ここは病院だぞ。話なら外で聞いてやる」
二人を掴んだまま移動して、外の闇に放り出し、慧音は腕を組んだ。
「さぁ、何があったか落ち着いて話せ」
「みそなうみたさがとよのうかかんいだと……!!」
「一人ずつ話せ! まずはカカシ、お前からだ」
「南里の神田草太、あいつは妖怪の手先だ」
「おいカカシ!」
「この里に病気を流行らせたのも、きっとあいつだ! 妖怪と一緒に、この里を滅ぼすつもりなんだ!」
「てめぇ! もういっぺん言ってみろ!」
「やめんか三吉!」
話し手に飛びかかる少年を、慧音は襟首を掴んで止めた。
「カカシ、どういうことだ。証拠でもあるのか」
「はい。あいつが昨日里から脱け出すところを、この目で見たんです」
「おい、それだけで証拠だって決めつけようっていうのか!」
「それだけじゃねぇ! 文太から聞いた。あいつは妙に妖怪をかばってるって。妖怪に知り合いでもいるのかもしれないって。だから俺は、あいつをずっと尾けていたんだ」
「な……」
「そうしたら、さっき雑木林の所から、森の中に消えていって。あの……妖怪と一緒に……!」
カカシが急に、地べたに崩れ落ちた。
「妖怪だ! あれは絶対にそうだ! 俺の父ちゃんを目の前で食いやがったやつだ! ああ、おしまいだ!」
唖然とする南里の少年の前で、彼はすすり泣きを始めた。
しばし、往来に慟哭が響く。妖怪の恐ろしさを誰よりも知る、親無しの子供の声が。
慧音はその間、何も言わずに、震える背中に手を置いて、いたわっていた。
三吉が魂が抜けたかのように呟く。
「草太……本当に行ったんだ」
うっかり漏らした一言を、慧音の耳は逃さなかった。
「どういうことだ三吉。お前、何か草太から聞いているのか」
「し、ししし、知りません」
「三吉! これは冗談ですませられる話じゃないんだぞ! 草太の命がかかっているんだ! わかっているのか!」
「で、でも、言えないんです! こればっかりは先生でも!」
「話せ! 今すぐだ!」
「嫌だ!」
三吉は泣きそうに顔をゆがませるが、最後まで首を横に振った。
慧音は強行手段を取った。草太と妖怪に関する二人の歴史を、同時に『食った』。
記憶を失い、少年達は昏倒する。ざっと手に入れた歴史を眺めた慧音は、カカシから妖怪の影を、そして、三吉から草太の決意を知った。
「なんということだ……」
博麗の巫女が向かっているとはいえ、そこは妖怪の巣窟である。
ましてや今は夜。子供が一人で生きて帰ってこれる可能性は低い。
「まずいな……」
とりあえず、子供達から噂の根は消してしまうことにした。
だが、もし草太が帰って来られず、これが妖怪の仕業だと里に知られてしまえば、隠すことはできなくなる。
一昨年の傷はまだ癒えていない。今度こそ里の人間と妖怪の関係は、決定的な破局を迎えることになるだろう。
それは慧音にとって、何としてでも避けるべき、最悪の可能性だった。
しかしあるいは、本当に草太が、その薬とやらを持ち帰ることができれば。
「……何とか二人が出会ってくれるならいいんだが」
西の空に、赤い三日月が沈もうとしていた。
●●●
月の光が見えなくなり、周囲は完全に闇となった。手の中の糸の感触だけをたよりに、ひたすら下り続ける。
草太は下にいるであろうヤマメに、何度か話しかけたが、彼女は答えない。
上へと戻る誘惑に度々負けそうになるものの、腰のサイダー瓶に、そのつど引き留められた。
やがて、クスノキのてっぺんから下りる、その四、五倍の時間が経って、ふと草太の足が、何か固いものにぶつかった。
一度蹴ってみて、それが岩の地面だと知り、はじめて到着したのだとわかった。
だが、そこが細長い塔の先端だと教えられても、草太は信じていたかもしれない。それほど、視界は真っ暗だった。
空気はひんやりと湿っており、どこからか水の流れる音がする。
しゃがんで足下に触れてみると、固い岩が水気で濡れていた。
「ここが……地底?」
「……………………」
「……ヤマメ?」
返事のかわりに、小さな白色の光が灯る。
漆黒の中に、青白い顔が浮かび上がり、草太はぎょっと後ずさりした。
「……ふっふっふ、驚いたかね草太君」
「なんだよいきなり……」
「これを持ちなよ」
ヤマメはその『たいまつ』を、草太に手渡してくる。
本物の炎と違って、手を近づけても全然熱くなく、ゆらゆらと動く様は、人魂のようで気持ち悪かった。
指でつついてみようとすると、
「触ると生気を吸われるよ。そいつは鬼火だからね」
「ひぇっ! わっわっわ」
「落っことしても消えたりしないよ。でもその火で、大抵の妖怪は寄ってこなくなる。ここじゃ、ふつうの炎だと、珍しくて逆におびき寄せることになるからね」
「…………」
「いいかい、草太」
お手玉していたたいまつを抱きしめるように持った草太に、ヤマメはにやりと笑って言った。
「私はその『水』のところまで案内はする。けど、道中で妖怪と遭遇しても、守ってやったりなんてしない。うかつに大声出したり、道を外れない限り、そのたいまつが、あんたの命を守ってくれる。ただし、それをうっかり落としたりすれば、それは魂をうっかり落としたのと同じことになる。死にたくなければ、絶対に手から離さないこと。それがここでのルールだ」
草太は何度もうなずいて、ルールを頭にたたき込んだ。
「覚悟ができたのなら、さっさと行こう。長居させるつもりはないからね」
ヤマメは闇の奥へと吸い込まれるように歩き出す。
ふと思った疑問について、草太は口にしてみた。
「ヤマメ……今さらだけど、何で人間の僕をそこまで案内してくれるの? 人間が嫌いなんだろ。病気を広めたいのなら、放っておけばいいのに」
「そりゃあ……まぁ……」
ヤマメは振り向いて、片目をつむった。
「今までサイダーをくれたお礼だよ」
●●●
下に向かう石窟を、流れる川に沿って、草太は歩いていた。
今のところ何も出ないが、あまりにも暗いため、たいまつが無ければ、ヤマメの後ろ頭すらわからない。
それに地上と違って、冷えている上に、全然風が吹かないのが不気味である。
たいまつをしっかり抱えながら、草太は呟いた。
「地獄は血の池や針の山があるって、死んだばぁちゃんが言ってたけど……」
「あるよ。けどそれは、もっともっと深い所。ここはまだ一丁目ですらない。怖気づいたかい?」
「誰がぁ……」
しかし、強がっても、やはり怖い物は怖かった。
前を行く土蜘蛛を盾にするように、固い石の地面を歩き進む。
と、
「ヤマメ、今壁が動いた気がした」
「明かりを近づけると腰を抜かすよ。……おっと」
ヤマメが立ち止まって、こちらの顔の前で、人さし指を立てた。
『しゃべるな』の合図だ。草太は黙って従った。
闇の向こうに目をこらす。なんだか生臭い。
ずるずると重い物を引きずる気配に混じって、雨戸がきしむような耳障りな音を鳴らし、何か巨大な存在が、前を通り過ぎていったのが分かった。
やがて音が聞こえなくなり、臭いが引いてから、ヤマメが立てた指を曲げた。
「……腹が減っていたら、少し面倒なことになってたね」
「なに……? 今の……」
「聞いたら進む勇気が無くなるかもよ」
「進む勇気ならあるよ。どうせ今のも妖怪なんだろ」
「まだ未熟だから、妖怪ともいえるし、蟲ともいえる。他と同じく、地上から地底へと潜り、妖気を吸って巨大化した奴らの一つさ」
「虫!? 今のが!?」
「ムカデの親玉みたいなものね。百倍は大きいけど」
「うっ……」
想像して、吐き気がしてきた。
ムカデだろうとミミズだろうと、その大きさなら、人間なんて一飲みだろう。
しかしもっと恐ろしいのは、前を歩く妖怪が、それを小物扱いしているということだった。
「前に話したはずだよ。地上で忌み嫌われた存在、危険な妖怪の大半が、地下へと潜ったんだ。平和呆けした地上でぬくぬくと暮らす妖怪にとって、ここは汚染されたゴミや毒虫を集めた肥だめに等しい。汚れたもの、卑しいもの、おぞましきもの、強大なもの。全てを一緒くたに集めた、地獄の釜なのさ」
「こんな世界が、あったなんて……」
草太ははるか上にある幻想郷、自分達の住んでいる人間の里を思い出した。
あそこはヤマメが平和と呼ぶ妖怪の領域の、さらに中心にある温室なのだ。それが、幻想郷における、人間に許された世界なのだ。
巨大な湖に浮かべられた、小さな葉っぱの上にすむ、さらにちっぽけな虫けらのようではないか。じゃあなぜ……、
「なんで、そんな思いまでして、僕らはあそこに住んでいるんだろう」
「妖怪にとって、人間が必要だから。……滑るから気をつけなよ」
ヤマメは息も乱さず、それこそ実家の廊下を案内するような落ち着きで、草太を導きながら言う。
「上の幻想郷で行われていることも、私たちがここに住んでいるという現実も、全て妖怪の都合なのよ」
「……………………」
「でも外の世界では、逆のことが起きている。人間と妖怪が対等だった世界は、もうこの世のどこにも無いのかもね……」
冷たく醒めた口調は、相変わらず地上の存在を見下しているふうに聞こえた。
でも、こうして会話している間は、樹の上で語りあった頃と同じ雰囲気がする。
草太は、唯一相談できる妖怪相手に、疑問をぶつけた。
「人間にとってはどうなのかな」
「ん?」
「妖怪にとって人間が必要なら、人間にとっても妖怪が必要かもしれないだろ。いつか、ヤマメが言ってたじゃないか。妖怪は雲みたいなもんだって……」
彼女はしばらく、無言で進んでいたが、やがて言った。
「さてねぇ……それに答えるのは、妖怪の私じゃない」
その腕が無造作に、横を指さした。
「そこのお仲間に聞いてごらんよ」
「え?」
見た先を、明かりが照らした途端、
「……うっ!」
草太は悲鳴を飲み込み、たいまつを、手から落としそうになった。
骸骨だ。ひからびた衣服が、上半身に張り付いている。
骨自体も黄色く変色しており、かなり年月が経っているものらしかった。
「これ、人間の骨!?」
「昔、ここに迷い込んだ人間の成れの果てよ」
「あ、あ、向こうにも……骨だらけじゃないか!」
たいまつを上に掲げると、青白い光が、横穴のさらに奥まで照らし出した。
褐色の頭蓋骨やあばら骨、絵でしか見たことの無かった死の象徴が、ただのゴミの山のように、ずっと先まで続いている。
まさに吐き気をもよおす、地獄にふさわしい光景だった。
「違う世界へと足を踏み入れれば、必ず代償を払わされる。それぞれの境界で出会うことはあっても、その奥へと侵入することは許されない」
「じゃ、じゃあ」
「そうさ。草太、あんただって例外じゃ……」
「ヤマメだってそうじゃないか」
予想外だったらしく、彼女の笑みが消えた。
「……前に言ったはずよ。私はただの気まぐれ。雲が見たくなったの」
「違う。思い出した。ヤマメは確か……妖怪であることを、もう一度はっきり、確かめにくるため、って言ってた」
「……………………」
「それは、そんなに大事なことだったの? 里のみんなを病気にすることも、必要なことだったの?」
「……質問はもう受け付けない。黙ってついてきて」
ヤマメは無感情に言って、また歩き出す。
まだ知りたいことだらけだったが、前を行く妖怪の背中から、拒絶の気配がしたので、草太は聞かなかった。
しかし、ここで聞いておかなければ、後悔する気がした。
最後まで自分に見せようとしない、妖怪の秘密が、ヤマメの半分向こうが、そこに隠されている気がした。
「そろそろだよ」
「え」
と返事した草太の体がよろめいた。
何かを踏んだらしく、靴の底がぬるりと滑る。
「う、わっ!」
転びかけた草太が手をついたのは、床ではなく、川の水面だった。
たいまつを握ったまま、体が水中に沈んでいく。
全身を刺す水の冷たさに、意識が一瞬で白くなり、遠のいた。
誰かが、自分の名前を、呼んでいた。
●●●
「ヤマメ……」
「え?」
名前を呼ばれて、ヤマメは我に返った。
視界には、心配そうにこちらを見る、女性の姿がある。
針仕事をしていた母だった。
「どうしたの? あなたも熱があるんじゃないでしょうね」
「あ……ううん。ちょっと、誰かに呼ばれた気がして」
「ふふ、呼んでるわよ。ほら」
確かに、自分を呼ぶ声がする。
垂木に支えられた草葺き屋根、その薄暗い部屋の奥からだ。
「谷に行ってくる前に、もう一度顔を見せてあげたら?」
「仕方がないなぁ」
ヤマメは苦笑して、そちらへと向かった。
灰の残った炉の奥に、菰をかけ、体を横たえた、弟がいた。
顔はまだ少し赤く、熱が残っているようだ。
「アマゴ、どうしたの? 具合が悪いの?」
弟は首を左右に動かした。
菰の下から、母によく似た手を出して、ヤマメに何か渡してくる。
「これあげる、お姉ちゃん」
それは、小さな腕飾りだった。
貴重品である上等な絹糸を、紋様の形に編んだものである。
受け取ったヤマメは、一度それを弟に返そうとした。
「だめよ。これはあんたの病が悪くならないように、おっかぁが作ってくれたものじゃないか」
「でもお姉ちゃん、アマゴのために谷に行くんでしょ?」
「そりゃそうだけど、いつもの仕事よ。心配することないって」
「…………」
アマゴはじっとこちらを見つめている。引く気は無いようだ。
仕方なく、ヤマメがそれを腕に結ぶと、ようやく安心したような笑みになった。
「ちゃんと帰ってきてね。アマゴが元気になったら、一緒に谷に連れてってね」
「わかったわ。その頃には、お姉ちゃんもちゃんと、おっかぁのように、これを作れるようになっておくよ。あんたにも一つ、作ってあげる」
ヤマメは、まだ熱い弟のおでこを撫でてやってから、立ち上がった。
家の階段を上がり、草葺きの縦穴小屋を出たヤマメは、外の光量に目を慣らした。
一度深呼吸して、山の空気を味わう。天気は薄曇りだったが、雨が降る予感は無い。
山に響く野鳥の鳴き声に、ごつん、ごつん、と木が砕ける音が混じる。
ヤマメは音の源、すなわち、家の裏へと顔を見せた。
「おとう。谷に行って参ります」
「……そうか」
青銅の斧を振るう手を休め、薪を割っていた父はこちらを向いた。
屈強な体格の上に乗るのは、髭だらけの顔であり、日々、獣と対峙する鋭い眼光である。岩をすり下ろすような声音で、彼はヤマメに問いただす。
「ヤマメ。山を知ってるか」
「はい」
「気をつけろぉ。山は知った時が一番怖ぇ。いつもと変わらぬ顔で、人を食おうとする。知っているか」
「はい」
「だが……この里に、お前ほど山が好きなものはいないのも確かだぁ」
父は傷跡の残る顔をゆがめて、笑った。
「気をつけて行って参れよ」
「はい」
ヤマメも笑い返し、また頭を下げる。
走る途中、村の面々に挨拶をしてから、彼女は近くの天狗谷へと向かった。
村を出て、山道を下っていたヤマメは、途中の横に長く伸びた木を、勢いのままに駆け上がった。
大きくはずんだ体が、別の木の枝へと移り、短い助走をつけてから、また跳躍する。
山林をムササビのように移動するその姿を、下界の人間が目にすれば、妖怪かと疑うだろう。
しかし、幼少の頃より、この葛城山で育ったヤマメにとっては、軽い芸当であった。
山は好きだった。
それがどれほど人に厳しいものか、ヤマメはよく知っていた。
けど、山は全てを恵んでくれる。食べるものも、着る物も、住む場所も、遊ぶ場所も、全てだ。
恵むだけではなく、山はあらゆる事を教えてくれる。毎日、森を走る度に、様々なことをわからせてくれる。
ヤマメはそれらを聞いて気がつき、見て確かめ、嗅いで判断し、触れて味わうことで知る。
四季の移り変わり、命の興亡を、間近で感じることができるのは、山に親しむ自分だけの特権だった。
だから、父の祖父の代から、ここに隠れ住んでいる、自分達一族に生まれたことを、ヤマメは感謝していた。
やがて、谷底を流れる川の音が聞こえてくる。
一歩間違えれば、あの世行きは免れない場所に、その薬草は生えていた。
枝に足を引っかけ、斜めになりながら、茂みをよけてみれば、赤い小さな実を房状につけた薬草が現れる。
ヤマメは山の神に祈りを捧げてから、そのうちの一つを、根を傷つけないように、丁寧に掘りおこした。
後は、これを持ち帰るだけである。これだけの大きさなら、里のみんなに分けても、冬まで持たすことができるかもしれない。
ヤマメは病気の弟が待つ、村へと引き返した。
「な~~か~ず~と~ば~ず~の~」
いつものように、歌を口ずさむ。祖母から受け継いだ、一族の歌だ。
鳴かず飛ばずの 時鳥
すすきの流れに 枯れ果てぬ
土にまどろみ 根雪を越せば
燃ゆる御魂の つつじ染め
歌っていたヤマメの目が、道中にある沢に止まった。
流れの中に突き出た、濡れた岩の上に、珍しい色の蜘蛛が動かずにいた。茶色の胴体に青い文様、黄色い目が八つ。
どうやら、木の上からそこに下りてしまったらしい。ヤマメは枝のしなりを上手く利用して、そこまでたどり着き、ひょいとそれをすくって、茂みへと戻してやった。
生きとし生けるものを大切に扱うこと。
仏様の教えだ。ヤマメにとっては、山に住む神様同様、敬うべき大切な心得だった。
「それじゃあ、またね」
ヤマメは別れを告げて、また木から木へと跳びはじめた。
「も~~ゆ~る~み~た~ま~の~」
再び歌を口ずさむ。
あの蜘蛛を助けた分だけ、アマゴの風邪が早くよくなればいいな、そんな罰当たりかもしれないことを考えながら。
様子がおかしいことに気づいたのは、村まであと少しというところで、妙な音を聞いた時である。
集団で土を踏みならす、騒がしい音だ。獣とは違う、動物の声もした。
直感に従い、ヤマメは村へとまっすぐ戻らず、迂回して裏から入ることにした。
村の人間、およそ五十名が、皆中央の広場に集まっている。
それだけなら、村全体の話し合いの時にも、出会える光景である。
しかし、その彼らを取り囲むように、たくさんの男達が槍を向けていた。
囲んでいるその数は、ここの住人より少ない。だが武装した出で立ちは、この山を歩くには、到底似合わぬ物々しさである。
間違いなく、下界の人間、兵士だった。
その一角に、馬が三頭。
乗っているのは、いずれも頭に立派な兜を乗せた、鎧姿の武将だった。彼らの一人が持つ弓は、父が狩りに使う弓よりも、ずっと長かった。
山犬よりも大きい、三頭の犬も引き連れている。黒と白、そしてぶちの犬。
さらに、槍を構えて囲んでいるのとは別の男達が、後ろで穴を掘っている。あんな所に、畑でも作る気だろうか。
村長が、馬に乗った一人に跪いている。
その様子を見ても、別の人間の乱暴な振るまいを見ても、友好的な存在ではあり得ない。
おっかない声が、ここまで聞こえてくるが、何を言ってるかまではわからなかった。
ヤマメはもっと近く、家の陰に忍び寄り、その光景を眺めた。
ああ、なんてことだろう。弟のアマゴが、母の腕に抱かれている。まだ外の風に当ててはいけないのに。ヤマメは心配でならなかった。
父と目が合った。彼は視線だけで、決して声を出すな、そこにいろと言っていた。
ヤマメは、村長と武将様のやり取りを、固唾を飲んで見守っていた。
「違うと申すか、うぬら!」
「はい、私達は、全くの無実にございます!」
「無実だと!?」
「はい、謀反の意志などございません。私達は刀を持ちませぬし、鉄作りも止めております。ましてや妖術など……」
「とぼけるな! 都の陰陽師が、此度の疫病騒ぎを、土蜘蛛の仕業であると断じているのだぞ!」
馬上の将の剣幕は、遠雷を運んできたようだった。
ヤマメにはよく分からなかったが、自分達が何か疑いをかけられているということはわかった。
村長は地面にはいつくばって、頭を下げている。
「確かに我々は、祖先のことがあってか、土蜘蛛と卑しまれております。しかし、あれから百余年、もはやかつての怨恨は消え、天朝様に弓引くつもりは毛先ほどもございません」
「どの舌がそれをほざく!」
「誓って真でございます。それに山に隠れた一族は、我が村の者に限らぬことを、お忘れなきよう……」
「言われるまでもない。すでに北山の里の者どもは、一族ともども皆殺しにしてやった」
「な、なんとむごいことを……!」
村長だけではなく、大人達の誰もが顔色を失い、どよめいた。
人を殺した、と聞き、小屋の影にいるヤマメも、体を震わせた。
「なれど、いまだ都から病の風は退かぬ。頼光公も日に日にやせ衰えていくばかり。貴様らが呪っているのであろう」
「そのような証など、あるはずがございませぬ!」
「なんだと!? ならば見せてやろう! これが、首謀者の坊主が残した、血文字の呪いだ!」
将は紙を取り出し、都人らしく朗々と読み上げた。
汝知らずや 我れ昔 葛城山に年を経し 土蜘の精魂なり
なお君が代に障りをなさんと 頼光に近づき奉れば 却って命を絶たんとや
「しかと聞いたか。この呪符こそ動かぬ証。この葛城山に住む土蜘蛛の民、うぬらこそが元凶としれい」
病を操るとか、そんなことがあるはずがない。
そんなことができるなら、弟の風邪だって、とっくの昔に治っている。ヤマメはそれを説明しに行きたかったが、父の眼が厳しく止めているため、できなかった。
兵士達が穴を掘り終えたようである。その使い道は、すぐに明らかになった。
「ならば、一人残らず、土の下に埋めるのみよ。貴様らを殺せば病はおさまるのだからな」
掘られた穴の前に一人が、ヤマメの友人であるモツゴの祖父が手縄をかけられ、無理矢理座らされた。
「頼光公より授かりしこの刀、切れ味はいかほどのものか、試してみるとしよう」
鈍い光が目に入った。と思った次の瞬間、おじちゃんの首が落ちていた。
鮮血と悲鳴が上がった。立ち上がった村の男が、兵の槍に突かれて倒れた。
ヤマメはがくがくと震えた。モツゴが泣いている。彼女の髪の毛が引っ張られ、また刀が走った。
血が吹き出るのが見えた。けどヤマメは言いつけ通り、声を立てずに、じっとしていた。
村の人間が次々と、大根のように斬られていくたび、口を必死で押さえた。
芋のように突かれていくたび目を覆いたくなった。
鳥が引き裂かれるような悲鳴を聞くたびに耳をふさぎたくなる。
「次は貴様だ! 早く前に出ろ!」
ついに、父の番が来てしまい、ヤマメは誓いを破った。
「おとう!」
一声叫んで、その側に走ろうとした。
だが、
「来るな、ヤマメ!!」
叫んだその首が落ちると同時に、侍がこちらを見た。
母が見たことの無いような、悲痛な顔で叫んだ。
「ヤマメ! お逃げ!」
「おっかぁ! アマゴ!」
「急いで!」
足がすくんでいたヤマメの元に、狼より大きな、ぶち犬が襲ってくる。
それに追い立てられるように、ヤマメは村人達を置いて、逃げ出した。
山遊びで鍛えた足で、ヤマメは懸命に駆ける。急な坂を下り、岩の間を走り抜け、やがて左右を流れる色が、緑に変わる。
森だ。森に逃げ込めば助かる。後の事は考えられず、ヤマメはとにかく、それだけを思った。
走っている山道は、四季を通じて親しんだ道だ。川を下る木の葉のごとく、ヤマメの体は進む。
それでも、脳裏に刻まれた父の最期が、いつもの流れを邪魔する。足に迷いを生じさせる。
引き返して、家族の側にいたくなる。心がちぐはぐになる。
木に飛び移る寸前、何かが体にぶつかり、焼けるような痛みが走った。
唸りと荒い息を間近で感じ、ヤマメは反射的に、つかんだ砂をぶつけた。
狂犬が悲鳴をあげて、牙を放す。
ヤマメは転がりながら、また森へと走った。
「……う」
母が織ってくれた服が破け、血がにじんでいる。
だが、泣いている暇はない。止まれば殺されてしまう。
ヤマメは急いで幹に手をかけ、上まで登った。
大丈夫。山犬だって、木の上までは登ってこれない。
肩を噛まれた左手の力が、どんどん脱けていく。でも腕はもう一つ、両足もちゃんと残っている。
あともう少し。あの枝から、向こうに……。
「ひくっ……」
しゃっくりのような息とともに、ヤマメの口から、血しぶきが漏れた。
胸に、一本の矢が生えていた。
「あ……」
視界がぐらりと揺れる。地面に落ちる前に、ヤマメは最後の力で跳んだ。
枝をいくつか折りながら、体は谷底へと向かっていた。
「……………………」
気がつくと、ヤマメは川の側にいた。
谷に落ちたのだと気がついた。けれども、全身を打ったはずなのに、痛みがまるで感じられない。
ただ、とても寒い。山に生まれて、見つめ続けた物がすぐ側にある。すなわち、自分にも、死が近づいているのが、漠然とわかった。
朦朧とした意識の中、感覚の無い体を、動かそうとしてみた。
首だけが、わずかに傾き、左の瞳が光景を映した。
そこに、大きな、とても大きな樹が立っていた。
ヤマメが倒れているのは、谷川の側に生えた、太い大木の陰だった。
その向こうに澄み渡った青空と、優雅に浮かんだ白雲が見える。
視界の端には滝もあり、水しぶきが陽光を散らしていた。
近くには花まで咲いていた。青紫の花が、群生していた。
ヤマメは泣きたくなった。死にかけている自分にとって、それはあまりにも残酷で、美しすぎる光景だった。
特にあの雲は、なんて綺麗なのだろう。羨ましく、妬ましく、それでいて命を捧げたくなるような、雄大な空がある。
それなのに自分は、矢に貫かれて倒れている。こんな世界が側にあるのに、村ではむごいことが行われている。
たゆたっている雲は、どんな人間よりも無慈悲で、とても遠い存在に思えた。
怖くて逃げたくなった。むしろ死ぬ方が、ありがたいとすら思った。
あの雲も、お侍もいない、そんな世界に生きたい。
おとうもおっかぁもアマゴも、今頃首を斬られて、土に埋められてしまっただろうか。ならば自分も、同じ場所で死にたかった。
土の中で、大好きな家族や、村のみんなと、ひっそり暮らせたら。
それがもし本当になったら、どんなに嬉しいことだろう。
視界が薄ぼんやりしてくる。近くを流れる川の音も遠ざかっていく。
そう言えば、あの蜘蛛、元気かな。
最期にふと、そんなことを思った。
「これで全員か」
土蜘蛛討伐を命じられた将は、馬上から配下の兵に確認した。
「そのようです。里の家から家をくまなく調べましたゆえ」
「ふん。妖術がなければ、所詮は薄汚い辺鄙の民か。おい、早く死骸を埋めろ」
将の指示に、最後の死体が、穴に運ばれていく。
辺りには血なまぐさい臭いが立ちこめており、村を囲う森の木々に、屍肉を狙う烏が集まっている。
速やかに指示を出していると、家の一つから、配下の兵が大喜びで飛び出してきた。
「こりゃあ、金だ! 金だぞ!」
「なに、本当か! 俺にも見せろ!」
にわかに騒がしくなった。
兵達が先を争うようにして、宝を手に入れようと家を荒らし始めた。
「やはり出たか! これ、待たんか! 勝手に持ち去ろうなどと考えれば、打ち首に処すぞ!」
別の将がそれを戒めつつ、宝を没収している。
土蜘蛛といえば、様々な鉱脈を秘匿していると聞いていたが、噂は正しかったらしい。此度の戦利品も、さぞ期待が持てそうだった。
と……、
「む」
急に辺りに霧が出てきた。
山の天気は変わりやすいと聞く。野営の支度はしているものの、首尾よく片付いたため、一刻もはやく都の香りを嗅ぎに戻りたいところだ。
将は馬上から鞭を振るって、配下の作業を急かそうとする。
その時だった。
突然、連れてきた犬が三頭、気が狂ったように吠え叫び出した。
それに呼応するように、乗っていた馬も暴れだす。
「なんだ!? しっかりしろ……うぉ!」
いきなり将は、鞍から投げ出された。
地面に倒れた馬が、泡をふいて気絶している。連れてきた他の馬も同様であった。犬に至っては、白目を剥いて四肢を硬直させている。
戦利品を奪い合っていた兵達も、不穏な空気に気がついた。
霧はどんどん深くなっているが、不思議なことに、里の中は晴れたままで、その周囲を包み込むように、白さが濃くなっている。
この山から逃がさぬよう、村をぐるりと囲んでいるようで、げに怪しき天気であった。
霧の向こうに、影が浮かんだ。
兵の一人が槍を向ける。気づいた他の兵も、一斉に身構えた。
背の低い人影の主は、奇妙な童女だった。
茶色くすすけたざんばら髪を、肩に垂らし、おぼつかない足取りで歩いている。
拍子抜けした将は、指を差して配下に命じた。
「まだ生き残りがいたのか、おい始末しろ」
だが、兵達はその命令に、誰も動かなかった。
互いの顔色を確認するように、槍を構えたまま、躊躇している。
不気味な少女の容貌は、髪に隠れてわからない。右腕をおもむろに持ち上げ、こちらに手をかざした。
突然、兵の一人がうめき声をあげ、胸をかきむしり出した。
錯乱したかのように、仲間の一人にしがみつき、その鎧が、吐き出された黒い血で染まった。
「ひぃっ!?」
血のかかった兵士が、それを慌ただしくぬぐう。その顔、そして首や手に瘤がいくつもでき、音を立ててはじけ飛んだ。
「な、なんだ!?」
異常な事態に、将は狼狽した。気がつけば、兵士の一人一人が、苦しみながらのたうち回っている。
それもただの症状ではない。どれも奇怪でむごく、だがしかし、一人として同じものはなかった。
右を見れば、顔に湿疹ができ、ついには手足が腐っていくもの。翁のような顔になり、尻を汚すもの。枝が体から生えていく者。
左を見れば、その肌が黒く朽ちていくもの。背中を丸めて、動かなくなる者。体の節々が奇妙な形に膨らんでいくもの。顔が青くただれていくもの。
死ぬに死ねない屍達が、苦悶の声で場を満たす、地獄絵図が展開していた。
その地獄の中心で、一人だけ残った将は刀を抜き、及び腰で童女と向かい合った。
「お、おのれ。さては貴様が、都を襲った病魔か!」
童女は何も語らず、立っている。
深い霧の中、その小さな背の向こうに、巨大な何かを、将は感じた。
やがて、背中をこすられるような、ざわざわと地面に広がる気配が足元から伝わってくる。
将は下を見た。
そして、首の締まった鶏のような叫びをあげた。
霧が晴れていく。
曇天の下、瘴気が消えた村には、ほとんど何も残っていなかった。家は全て、村人も兵士の死体も、全て消えていた。
ただ、土埃が吹く中、小さな妖怪だけがぽつんと立っている。
渇いた血と瘴気に汚れた、自分の手を見下ろしていた。
――嫌な……力……。
虚ろな目が、上を向いた。
しばらく空は、晴れる様子が無かった。
みんな……土に還ってしまった。緑の中を飛び回った少女は、もう死んでしまった。
病を操る、忌み嫌われた土蜘蛛が残った。
ぽつ、ぽつと、雨が降ってくる。自分のかわりに、空が泣いてくれている。
雲は相変わらず残酷で優しかった。あんな風に、自分もなってみたかったけれども。
世界は暗くなっていき、湿っていき、ふさわしい場所へと変わっていく。
過去の絵は薄くなっていき、独りで生きる時間が終わり、いつの間にか、地底にも、繋がりがたくさんできていた。
地上は怖い。あの空の雲はもっと怖い。そう思うのが地底に棲む妖怪、土蜘蛛である自分の証。
でも、なぜだろう。心のどこかに残った何かが、今も憧れてしまう。雲だけじゃない。大地に立って生きる、あの眩しい世界の存在に。
(草太)
あれ、誰かが呼んでいる。誰だろう。
(草太、目を覚ましな)
誰……この声は……。
○○○
「草太、起きなよ、草太」
ぺしぺしと頬を叩かれる感触で、草太は目を醒ました。
夢の中で見た少女が、顔を覗き込んでいる。
「ヤマメ……?」
そうだ。彼女はヤマメ。自分は、神田草太。
病気になった里の仲間を救うため、地底にやってきた、人間。
暗闇が続いたさっきの洞窟と違い、今いる場所は明るい空間だった。
手に持った、たいまつの火とは別に、岩が青や緑に光っている。
「だらしがないねぇ。里のみんなを救うんじゃなかったの?」
「ヤマメ……ヤマメが助けてくれたの?」
「手を掴んで引っ張り上げただけだよ。ここの川はそんなに深くない。せいぜいあんたの顔がつかるくらいさ」
「うぅ、いてて、どれくらい経ったんだ……」
「……頭でも打ったのかね。一分も経ってないよ」
「へ?」
一分どころか、三時間は寝ていた気がした。
だが、別に彼女が嘘をついている風にも見えない。
「さぁ、ついておいで。すぐそこだから」
ヤマメに手を引かれるまま、草太は立ち上がって歩き出した。
川の支流に沿って少し歩くと、燐光に照らされた巨大な空洞にたどり着いた。
里の寺子屋三つ分ほどの広さで、これまで進んできた石窟と比較すると、とても明るい。
その奥に、小さな泉があった。とても透き通っていて、浅い水底までくっきりと見える。
泉の真ん中には、水面から半分顔を出した岩があった。青色をした水晶を固めたような外観で、その岩の隙間から水がしみだしているのだった。
ヤマメは水の端に足をつけないようにして、注意深く回り、草太の方を向く。
「これがお待ちかねの水だよ。あらゆる病に効く秘薬。飲めばそいつの肉体、精神と交流し、最適な状態へと戻すべく、悪いものを体から追い出してくれるんだ」
「……精神と……交流し……」
「地底なんだから、これくらい不思議なものがあったって、おかしくはないよ」
「いや……そうじゃなくて」
泉から湧き出ている水は、細い一筋の流れとなって、さっき溺れた川の支流に繋がっている。
草太は先ほどの、不思議な夢を思い出していた。
だがその意味について考える前に、ヤマメに妨げられる。
「ほら、さっさと汲みなよ」
「で、でも瓶一つで足りるの?」
「多すぎるくらいだよ。その水は人間には強すぎるんだ。飲むときは普通の水で、いっぱい薄めなくちゃいけない。口をつけて飲もうなんて考えるんじゃないよ。ここでくたばりたいならいいけど」
「……よし」
泉の端から足を伸ばし、草太はサイダー瓶を寝かせた。
こぽこぽと泡を立てて、瓶の中に水が流れ込む。手に付着したそれは、冷たくもなく、熱くもなく、嗅いでもにおいのしない普通の水に思えた。
草太はサイダーの瓶に、その水を汲み終え、しっかりと蓋で栓をした。サイダーをただでくれただけでなく、蓋を発明したミチ婆に、感謝ということだ。
それを腰にしっかりと結びつける。が、ヤマメには物足りなかったらしく、彼女の糸を加えて、痛いほどきつく縛ってくれた。
その間、草太は改めて、周囲を観察した。
「星空みたいだ……」
「ん? ああ、発光虫さ。元は暗いと光る虫なんだけど、地底はいつでも暗いからね。地上じゃ死に絶えたから、見ることのできない景色だけど、気に入った?」
「……うん」
草太は素直に頷いた。
不思議な世界だった。発光虫だけじゃなく、岩肌も蛍のように明滅している。お互いに、自分達が持つ色で語り合っているように。
音がほとんど無く、川のせせらぎだけが続いているため、心が自然と安まってくる。
自分に与えられた時の流れが、実は借り物なのではないかと錯覚してしまうほど、幻想的な光景だった。
「地底って……綺麗だ」
さっきから恐れてばかりだった人間の感想にしては、調子が良くていい加減だったが、地底には地上に無い美しさがあるということは認めるしかなかった。
そしてそれが、草太には悔しいどころか嬉しく、妙に安心すらしていた。
ヤマメの住んでいた場所は、きっと美しい場所であってほしいという、そんな願いが心の内にあったのだ。
さんざんな目に遭った後でも、やはり自分は彼女に惹かれていたのだということに、今更ながら気がつく。
草太は礼を言った。
「ヤマメ、ありがとう。ここまで連れてきてくれて」
「何言ってんのさ。私は病気をまき散らした妖怪なんだよ?」
「でも……」
「それに、さっきの骸骨を忘れたわけじゃないだろう? ここに来た人間はみんなああなる。今まで地底にやってきて、地上へ帰ることのできた人間は
……一人もいない」
冷たい空気が、背中を通り抜けた。
草太は信じられない思いで、聞き返す。
「一人も……いない?」
「普通に考えればわかることじゃないの。人間は妖怪にとって何よりのご馳走。おまけに地下じゃ滅多に手に入らない。誰もが舌なめずりして捕まえ、頭から丸かじりし、骨にして捨てるのが普通よ」
「で、でも、ヤマメは違うんだろ? 病気をまき散らすだけで、人を食べたりはしな……」
「……………………」
「……い……んだ……ろ……?」
震える声で、草太は確かめていた。
ヤマメは、にんまりと笑うだけで、答えはしなかった。
発光虫が遠くから、ぽつぽつと光を消していく。
幽寂に包まれていた空気にかわって、危険な気配が、周囲を侵食していった。
草太は後ずさりする。
「う、嘘だ! だってそれなら、今まで食わなかった理由がない! ここまでわざわざ連れてきた理由が……!」
「ああ、それは簡単なことさね」
ざわざわと、壁越しに聞く小雨のような音が、洞窟内に響く。
草太の持つたいまつを残して、光が完全に消えていく。闇がそれを食らい、増えていく。
「『こいつら』にも食べさせてあげなきゃ。せっかくのご馳走だもの」
ヤマメは両腕を左右に広げた。
その背後に、振動する闇の塊が迫っていた。
おびただしい数の蜘蛛だった。
あの時見た、指先ほどの蜘蛛達が、うようよと絨毯のように広がり、洞窟の壁面まで這っている。
関節を鳴らす小さな足音が重なって、雨のように聞こえていたのだ。
その使い魔達を従えた妖怪は、赤く光る瞳をこちらに向け、口元に禍々しい笑みを浮かべたまま、甘い声色で囁いた。
「安心しなよ草太。こいつらはみんな毒蜘蛛だから。噛まれて痛いのは一瞬……その後は何にも感じなくなる。体を這い回られる感触も、じょじょに食われていく恐さも無く、悪夢がちょっぴり続くだけで、楽に死ねる。一番柔らかくて美味しそうな目の玉や脳みそは、私が食べてあげる。骨も捨てずに、取っておいてあげる。今まで見た中で、一番面白い人間だったからね、あんたは」
「ひ……」
喉から息が漏れた。歯の根が合わない。体中で蝉が鳴いている気がする。
今まで感じた恐怖、大木に挑戦して落下しそうになった時、強敵に立ち向かった時、友を失いそうになった時、いずれとも違う、原始の恐怖がわき起こる。
すなわち、捕食者に狙われるという恐怖。草太の意思は、根こそぎ打ちのめされていた。
「ひっ、ひっ、来るな!」
鬼火の揺れるたいまつを振り回す。
土蜘蛛、ヤマメは全く恐れぬ様子で、一歩、一歩と静かに近づいて来る。その背後の闇も、草太を囲むように、徐々に移動していく。
足がしびれたように動かないなか、腰に固い感触があった。
ちゃぽん、とサイダー瓶が鳴った。
一瞬、里の光景が、瞼の奥に浮かんだ。
それが、草太を我に返し、わずかな勇気を与えた。
「うわああああ!!」
草太は立ち上がって背を向け、全速力で逃げ出した。
たいまつを抱きしめて、川に沿って岩窟を駆け抜ける。
一度振り向くと、黒い鉄砲水のように、蜘蛛の大群が追ってくるのが見えた。
それから出口が見えるまで、決して振り返らなくなった。
走る、走る、走る。
足に羽が生えたように、体から蒸気を出しながら。
そう信じなければ、すぐにでも追いつかれて、骨に変わっている自分が姿を見せる。
イメージが全て消え去るまで、草太は恐怖に追われて、走るだけの存在に変わろうとした。
そしてついに、道の先に、ぶら下がる一本の糸が見えた。
地面を蹴って、それに飛びついた。たいまつを横にして口に咥え、大急ぎで登る。
小さな光点にすらならない地上の星の光を目指して、迫る暗がりに追い立てられながら、糸を両手両足でたぐり寄せる。
「オイデ……オイデヨ……ソウタァアアア」
耳を塞ぎたくなるような、心をかき乱す声が鳴り響いた。
草太は懸命に、銀の糸を登って、それから逃げようとする。
降りるよりも辛く、走るよりも数段きつい。
だが、草太の身体は、休まず、一心不乱に動き続ける。
ついに、我慢できずに、下を見た。
地の底から膨大な数の蜘蛛が、あふれて押し寄せてきていた。
その中心に、親玉の土蜘蛛が、妖怪がいた。
赤い瞳を爛々と輝かせ、草太との距離をじわじわと詰めてくる。
草太はその姿に向かって、叫んだ。
「嫌だ! 食われてたまるか! 僕はみんなを助けるんだ! ヤマメなんか! 妖怪なんか、地獄にいっちまえ!」
たいまつを片手に持ち、下をめがけて投げつける。
その叫びが天に通じたのだろうか。蜘蛛が伝っていた糸が、ぷつりと切れた。
黒い渦潮が、たいまつの白い炎に霧散し、地下に吸い込まれていく。
ヤマメが怨みを湛えた恐ろしい顔で、何か呟きを残して、地底の闇へ消えていくのが見えた。
腕だけで体を支えていた草太は、もう二度と下を見ることなく、糸をよじ登った。
そしてついに、地底を脱出した。
○○○
地上へと這い上がった草太は、星空を眺める余裕も、そこで休む度胸もなかった。
まだ森は暗く、妖怪の領域から抜け出したわけではない。
何より、地面にぽっかりと開いた穴から、また蜘蛛が湧き出してくるのではないかと思って、すぐに里の方に向かって走り出した。
蛍の沢を横切り、クスノキの側を通り、妖怪の森を疾走した。
遮二無二だった。
自分の体が、自分のものじゃなくなったようだった。
ただ、腰に結わえ付けられた、何よりも重いサイダー瓶が、草太の足を、火がついたように動かした。
汗で湿った上着を、投げ出したくなる。だがその時間すら惜しいほど、草太の心境は切迫していた。
滑る度、躓く度に、藪の中から妖怪が飛び出してくるのではないかと思うと、気が狂いそうになった。
やがて、里の明かりが見えた時、ついに草太はこらえきれずに、涙を流した。
叫びながら、田畑を駆け抜けた。
そこで、急に何かにぶつかった。殺される恐怖に、体が暴れる。
「わああああ!! わああああ!!」
「草太! おい! 落ち着け!」
「ああああ!!」
「落ち着け! 私だ! 草太、目を見ろ!」
何度か頬を張られて、草太は正気を取り戻した。
里の守護者の、慧音先生の、澄んだ青い目があった。
「…………先生」
「ああ、大丈夫。私だ。もう何も心配ない」
「慧音先生!」
草太はその胸に飛び込んで泣いた。
伝わってくるのは、もう何十年も遠ざかっていたように感じた、生者の温かさだった。
生きている。自分はちゃんと生きているということが、しばらく信じられなかった。
慧音先生は落ち着くまで、背中に手を当ててくれた。
「草太、何があったんだ。聞かせてくれ」
我に返った草太は、自分が何のために、地底まで行って恐ろしい目にあって、帰ってきたのかを思い出した。
「……先生、これ! これ、薬!」
草太は腰につけていた、サイダー瓶を見せた。
きつく縛られた糸を、慧音は解いて、確かめる。
「サイダーじゃないか」
「違う! それは、なんでも治す薬なんだよ!」
「薬?」
「うん! 里に病気を広めた奴と、闘って奪いとったんだ! それを水で薄めれば、どんな病気でも治るって! でもひょっとしたらそれは嘘で、中身は毒かもしれない……!」
「貸してちょうだい」
息つく間もなく喋っていると、第三の声がした。
それまで自分が気がつかずにいた、慧音の側にいたもう一人の女性が、その瓶を手にし、光に当てている。
次に、瓶の封印を開け、指先でわずかに舐めて、表情を変えた。
「……驚いたわね。地球にまだ残っているとは思わなかった。やはりここは、幻想郷なのね」
「永琳殿、それは?」
「……この少年の言うとおり、これだけあれば、里の人間、子供も含めて、全てを治療することができるわ」
「な、それは真か!?」
「ええ、すぐに準備にかかるから、貴方はその子の面倒を見ていなさい。それと、人手をあと少し借りるわよ」
「頼みます。この札を見せて、里長に私からだと言えば」
慧音が投げた札を受け取り、永琳と呼ばれた女性は、サイダー瓶を持って消えていった。
「あの人、誰……?」
「大丈夫。里の外から来てもらった医者で、腕は確かだ。薬のことも、全て心得ている」
「………………」
「草太、よくやったな。しかしお前、どうやってあれを手に入れたんだ」
「先生……怒らない?」
「む、そう言われると……わかった。怒らないと約束する。聞かせてくれ」
「僕、あの病気を流行らせた奴と、ずっと遊んでいたんだ。七月のはじめから、三日に一度くらい」
「……やはりそうだったか。悪い予感はしていたんだ」
「ごめんなさい。あんな悪い妖怪だなんて、思ってなかったんだ。ずっといい奴だと思ってたのに、病気があいつの仕業だって知って、それで薬を取りに、そいつの住み処まで行って、追っかけられて……」
その時の恐怖を思い出し、草太の体がまた震えてきた。
「先生! 先生も半分は妖怪なんでしょ? 妖怪って何なのか、分からないよ……! ずっと、あいつが友達だと思っていたのに……やっぱり、妖怪と人間って、仲良くできないの?」
「……………………」
「病気を流行らせたのは、妖怪だから仕方ないのかもしれないけど、それを話さずに、ずっと僕を騙していたんだ。あの薬をくれたけど、それだって本当か分からないし、それから僕を食おうと追っかけてきて、本当に恐かった」
草太は強く反省していた。
わかったつもりで、わかっていなかった。知ったつもりで、何も知らなかった。
妖怪は人間にとって、空の雲でもサイダーなんかでもなく、本当に恐ろしい存在だということを。
「ああ。よく生きて帰ってきた。頑張ったな、草太」
ぽんぽん、と慧音先生は、優しく背中を叩いて言った。
「だが……あまり河童達を責めてやらないでくれ。彼らだって、わざと病気を流行らせたわけではないんだ」
「…………え?」
草太は顔を上げた。
「草太を食おうと追いかけてきたのは、おそらくそこからお前を遠ざけようとするためだろう。妖怪の領域に、人間が入り浸ってはいけない。それが、彼らと私達のルールなんだ。だから、恐怖を使って、お前を妖怪から断ち切ろうとしたのだよ」
「……………………」
「お前に解毒薬を渡したのは、河童達の罪滅ぼしだったのかもしれないな。それとも、お前がそんなに気に入られていたのかな」
「先生……河童って?」
「ん? 草太。お前、河童の姿に気づかなかったのか? まぁ確かに、お皿もそんなに目立たないし、背中の甲羅を見せているのも、最近では珍しいそうだが」
慧音先生が何を言っているのか、草太にはよくわからなかった。
「どこまで聞いていたのかは知らないが、あれは河童の実験工場から流れ出た、薬品類が原因だったんだ。元々は河童達が自分達の病気を治すのに使った、妖力を含む特殊な薬品だ。だが、彼らはそれを捨てていたわけじゃない。川を綺麗にするのは、河童の信念であり、彼らにとってもあってはならない事態だったんだ。だが、一ヶ月前の地震によって起きた損傷により、倉庫の一つから容器が失われていることに気がつかなかった。それが、里の近くの下流に薬品を漏らし、さらに一昨日の余震で、薬品が本格的に流れ出し、今回のような事態を招いてしまったそうだ」
喉がひりつくような、それまでとは全く違う焦燥が、襲ってきた。
「先ほど、博麗の巫女が妖怪の山に飛び、河童と談義することで、すぐに回収して、川を元通りにすることになった。私も先ほど、彼女から事実関係を聞いたばかりだ。このことを知っているのは、私と巫女、そしてお前だけだ。病気になった皆も、誰も知らない」
「……………………」
「もし、これが公になれば、自警団や里の若い衆が暴走し、再び妖怪に対して戦争をしかけることだろう。そうなれば、また血が流れ、多くの死者が出るだろう。親を亡くす子が、また増えるだろう。だから、お前も秘密にしていてくれないだろうか。あの薬のおかげで、みんなが助かるなら、わざわざ恨みを残す必要はない。妖怪のためではなく、里の人間達のためだ。納得して……くれるだろうか?」
「……………………違う」
「草太?」
「……先生、違うよ。河童じゃないよ。そんなわけない。だって……僕はあいつを、土蜘蛛を退治して」
(妖怪は人に退治される。それが儀式の終わり。もう会うことはない)
不意に頭に、その台詞が流れた。
(なれるさ。人間である限り、チャンスはあるよ。だから草太も、妖怪になんてならなくていいのよ)
頭の中を、彼女から受け継いだ言葉が流れていく。
(あんたと遊ぶのも、もうこれっきりだ。妖怪が人間と仲良くしたって、いいことはないんだ)
「あ……ああ……」
草太は悟った。
地底に消える時、最後の呟き。怨み憎しみに満ちたその表情、だと思った。
だけど、それは本当は、悲しみに歪んでいたんだ。
その言葉も、決して呪いなんかじゃなくて……。
「ヤマメ……!」
草太は振り向いた。
だが、雑木林も、その奥の森も、真の暗闇に覆われていた。自分がたどってきたはずの、糸の光も失われていた。
人を引き込むような雰囲気はなく、固く侵入を拒んでいた。
もう二度と、会うことはない、と告げていた。
でも、草太は今、誰よりも会いたい存在がいた。会って話したい、相手がいた。
だけど彼女は、地底へと消えてしまった。
全て、失われてしまった。
最後の言葉だけが、耳に残っていた。
――じゃあね草太。楽しかったよ。
「ヤマメの……バッカヤロー!!」
草太は里中に響くほどの、大声で叫んだ。
幻想郷年史 第123季 長月 第二週 地上 人間の里
「あの時……私は泣いた。だが、何のために流した涙なのか、それはうまく説明できん。ただ、誰のために流したのかだけは、はっきりと分かる」
話続けていた白髪の老人は、湯飲みに残ったぬるいお茶で、喉を湿らせた。
膝の上から、祖父の前に移動していた孫は、ずっと物語に聞き入っていた。
書斎の窓にかかった簾は、西日でほんのりと染まっており、部屋の周りにうずたかく積み重なる書物を、隙間から伸びる薄い光が照らしている。
静かな一室の中央で、物語はさらに続く。
「その年の夏祭りは、結局成功に終わった。里の人間も子供を含めて、みな快方に向かったうえ、博麗の巫女様のおかげで、妖怪は襲ってこなかった。北里の少年達と南里の少年達は和解し、同じ祭りで協力し合い、競い合い、遊びにふけった。だが、じいちゃんは心の底から楽しむことができなかった。打ちあがる大きな花火も、とても悲しかった」
「………………」
「それから仕事柄、様々な妖怪と出会い、交流を続けてきたが、結局その後、彼女に会うことはなかった。ヤマメが実際に残してくれたものといえば、これくらいだ」
文机の横の引き出しに、老人は手を伸ばし、細い糸の輪を取り出す。
渡された男の子は、それを手に持って、ぶら下げてみた。
「これが、手首がきゅーっ、と締まる腕飾り?」
「はは、それはヤマメの作り話だったんだ。本当はそれは、お守りだったんだよ」
「お守り?」
「うむ。はるか昔、里の外で仕事をするものは、そうやって妖気を放つものを身に着ける風習があったのだ。人間の気配を消して、妖怪に見つからず、襲われずに、無事里まで帰れるように、と」
「じゃあヤマメさんは……」
「そう。初めに会ったときから、ずっと答えは出ていた。けどその意味を私は、深く考えなかった。だから彼女の嘘を信じてしまった。その後、再び騙されたと気づいたときには、もう遅かった。謝る機会の無いまま、それっきりだ……」
だが実のところ、それでも、物語の少年は、機会を諦めていなかったのである。
あの後すぐに、昼間とはいえ、無鉄砲にも仲間達に内緒で、地底を目指してみたのだった。
しかし、あの穴は消えて無くなっていた。場所を間違えたのかと思ったが、いくら探しても見つからない。
後で寺子屋の先生に話すと、みっちり説教され、さらに、妖怪の賢者とやらが、地底に通じる道をふさいでしまったことを教えられ、落胆してしまった。
それからは、冬を除いて月に一度は、一人であの樹に登り、サイダーを二人分飲むようになった。
思わず誰かに自慢し、語りたくなるような、美しくて滑稽な空模様も、何度も見た。
だけど、あの色の蜘蛛には出会えずじまいだった。それは取りも直さず、一番会いたい土蜘蛛が、もう地上にいないということだった。
と、回想に耽っていた老人は、腕飾りを返してくる孫が、ふくれっ面になっていることに気付く。
「どうした大樹。子供のじいちゃんがしたことに、がっかりしたか?」
「違うよ。ヤマメさんに怒ってるんだ。なんで嘘なんてついたんだろう」
「ほう」
「だって、私は違う、病気を広めたりなんてしてないって言えば、子供のおじいちゃんは信じてくれたかもしれないよ。ヤマメさんもおじいちゃんも悪くないのに、ずっと仲良くできたかもしれないのに、そんな終わり方間違ってるよ」
老人は微笑して、孫の考えを退けたりせず、静かに語った。
「あの時、じいちゃんも分からなかった。しかし今は、なんとなく分かる。一つは、私が人間だからだ。慧音先生は、私が会った相手を河童だと勘違いしていたが、しかし、言っていることは正しかった。ヤマメは、妖怪に惹かれていた私との縁を、何とか断ち切ろうとしたのだから。当時の私はあまりにも、妖怪に親しみすぎ、慣れすぎていた。それは間違いなく、とても危険なことだった、当時は特に、な」
「でも、僕だって妖怪を何度も見たし、話したことがあるもん」
「ふふ、妖怪と人間が憎み合う世界など、大樹にはわからないだろう。だが、この幻想郷にも、そういう時代はあったのだ。今もこの世界は、絶妙なバランスの上に成り立っている。気を抜けば、人間は妖怪を侮り、再びあの時代へと逆戻りすることになるかもしれん。そのため、我々はお互いに、学び続けなければならん。その姿勢こそが必要なのだ」
厳めしい顔つきで語った後、語り手はまた元の笑みに戻る。
「もう一つ、理由が考えられる。大樹、なぜ妖怪が生まれると思う?」
「それは、妖怪のお母さんのお腹から……」
「いやいや、そうではなく、初めに妖怪として生まれた者の話だ」
「さぁ……わかんない」
「妖怪を創るのはな、物語なんだよ」
とっておきの自説を、祖父は孫にだけ伝えた。
「物語、それこそが、妖怪を生むものだ。その時、森羅万象の能力が、妖怪に与えられるのだ。土蜘蛛は初めから病気を操れたわけではない。幼い人間だったヤマメを妖怪にしたのは、疫病と人の持つ『疑心』を原因とした悲劇の物語だった。その過去がヤマメの本質となり、それ故に、彼女は最後まで人間を疑い、忌み嫌われた妖怪としての自分を蔑んでいた。あの時、ヤマメは彼女の『物語』に従って、私に嘘をついたのだろう」
「………………」
「そしてそれが、私の罪でもある。ヤマメが妖怪となった理由を知り、彼女を最後まで信じる可能性のあった人間といえば、私だけだ。結局その輪廻から、彼女を救い出すことができなかった。それに、この仮説が正しくなくとも、最終的にヤマメを追いつめたのが、私だというのは事実だ……可哀相なことをしたよ」
老人はわずかに咳払いして、ため息をごまかした。
彼の告白を聞いていた少年は、うーん、と唸ってから、
「おじいちゃん、ヤマメさん、また地上に来てくれないかな」
「ふふふ、六十年近く待ったが、まだ来る様子はないな」
「でも、今でも待ってるんでしょ?」
「ああ」
「会いに行きたくない?」
「いや。人間の私には、里でやるべきことがあった。もちろん失敗もしたし、どこまでそれが達成できたかは、私が評価することじゃない。が、振り返ってみると、なかなか楽しい人生だ。何しろ冒険だらけだったしな。それに、私が今さら地底に戻っても、ヤマメはきっと私を蹴り戻してしまうだろうよ」
くっく、と笑って、老人は立ち上がりかけた。
「ねぇ、おじいちゃん」
「んー?」
「妖怪って、人間に退治されなきゃだめなの?」
「うむ、そうらしい。襲うだけの一方的な関係は、妖怪を狂わせ、殺してしまうというが……まぁ、じいちゃんにも、そこら辺の心情はわからんな。まだわからないことだらけだよ」
孫の質問に真面目に答えるため、老人は腰を一度伸ばしてから、座布団に座り直す。
「ただ、本来は妖怪が人を襲うのも、人が妖怪を退治するのも、互いの存在を認め合う、とても大切な儀式だったことは分かっとる。それがいつの時代からか、大樹が生まれるくらいの頃までは、里の人間も地上の妖怪もそれを忘れていて、互いに憎しみ合う関係が続いていた、返す返すも惜しい時代だが……」
「おじいちゃん。ヤマメさんは地底の妖怪だったんだよね。それは、古い妖怪だったってことでしょ」
「ふむ? まぁそうなるな。あいつは確かに、妖怪のしきたりにうるさくて、地上の妖怪に対してプライドも高かった覚えがある」
「じゃあ、今おじいちゃんが言ってた、妖怪退治が大事な儀式だってことを、忘れてなかった妖怪さんなんだよね」
「あるいは、そうかもしれん」
「じゃあ……ヤマメさん、おじいちゃんに退治してもらいたかったんじゃないかな」
はっ、となった。
孫の得意げな笑みが、昔に見た妖怪の笑みと重なった。
六十年前に受けとったメッセージが、新たな命を吹き込まれた、そんな気がした。
「……そうか。そうかもしれないな」
穏やかな笑みで、老人は呟く。
やがてその表情が、忍び笑いへと変わり、ついには大口を開けた笑いとなった。
「これだから子供っていうのは侮れねぇんだ。そらっ!」
「わぁ!」
大きな手で、高い高いをされて、男の子は無邪気に笑う。
老人は床に孫を下ろしながら、頭を撫でて言った。
「どうだ大樹、その秘密の場所に行ってみたいか」
「え? 本当!? 連れて行ってくれるの!?」
「ああ。いずれは、お前に教え継がせようと思っていたんだ。どうする?」
「行きたい!」
だがその時、玄関の方から、母親が呼ぶのが聞こえた。
「大樹ー。お友達よー。遊ぶ約束してたんじゃないのー?」
あまりの間の悪さに、少年の顔が情けなくゆがんだ。
「お、おじいちゃん。約束はしてないよ。でも、遊びに来ちゃったから」
「うんうん、わかっとる。だいたい子供は、約束があろうと無かろうと、会えば遊ぶものだ」
「じゃあ、また今度、その場所に連れてってね! これは約束だからね、おじいちゃん!」
「ああ、約束だ。行ってきなさい。川には気をつけてな」
「うん!」
男の子は元気よく、襖を開けて、部屋を出て行く。
玄関の方から聞こえてきた歓声に目を細めて、老人はお茶の最後の一口を飲み干し、孫が残していった湯飲みと一緒に、おぼんにまとめた。
「さて……」
老人は呟いて、再び文机に向かう。
先ほど孫からもらったヒントにより、頭を悩ませていた部分が埋まっていった。
退治されたかった、か。なぜそれに気付かなかったのだろうか。いや、当然気付かなかったのだ。数十年間自分は、当時の行動を責め続けてきたのだから。
数行を書き加えて、筆を置き、紙の束を持ち上げ、ふむ、と顎に手をやる。
「ようやく完成、か」
六十年かけた手紙の執筆を、その一言で締めくくった。
紐で綴じ、朱塗りの箱にしまおうとして……気が変わり、お菓子の缶箱にした。
「よしよし。さて、誰にこれを預けるかだが……まぁ引き受けてくださるだろう」
老人は立ち上がり、手の中の缶箱の重みを味わう。
さらに、文机を囲む紙束、積まれた書物の数々、妖怪に関する文献と記録を眺め、自らの過去を回想した。
あれから、色々な妖怪と語る機会があった。何度も驚き、何度も死にかけた。
そうした中でわかったことは、人間にとって妖怪と過ごす時間は、普通に生きるよりもずっと長く感じるということだ。
特に、ヤマメと過ごした頃の自分は、まだほんの子供だった。だからこそ、人生を二つも三つも重ねたくらいの、凝縮した時間がそこにあった。
妖怪の魅力も、その恐ろしさも、全て彼女に教わった。その教えにどれほど命を助けられたか、数え切れない。
そのお礼をまずは、彼女に手紙の形で残すことに決めたのである。
この手紙には、自分の人生が詰まっている。決して大げさではない。
最初にこの手紙を書いたのは、別れて一月経った頃、つまり十一になった頃だ。それから二十歳になってまた書き、三十歳になってさらに付け足し、四十歳になってから別の手紙を書き、五十歳になって読み返し、還暦を迎えて、それらをまとめてもみた。
若い頃の方が当時の生々しい感情をきちんと表している。年を重ねるにつれて、それを冷静に考察し、幾分ひねくれた言い回しに変えようとしているのは、恥ずかしい話だ。
しかし、最近になって、考えを改めた。十歳の私が思ったことは、十歳の私にしか許してはならない。二十歳だろうと百歳だろうと、その気持ちを不当にいじってはいけない、そう思ったのだ。
枯れた手でそれらを拭いても、輝きが失せるばかりなのだから。もちろん、枯れ木には枯れ木の魅力があり、役割がある。
あの頃の友人は、ほとんど生き残っていない。
鉄平は大樹が生まれる前に亡くなってしまったし、三吉も大樹を可愛がってくれたが、やはり一昨年に亡くなった。
お美世もカカシも、弥彦も栗雄も忠士も、すでに逝ってしまった。
いずれも形を変えて、自分の力になってくれた友人だと、自信を持って述べることができる。
彼らがいないことは寂しい。だが、この里にはもうすでに、妖怪との新しい関係を築こうとする、新たな世代が生まれていた。
当代の博麗の巫女などは、その象徴でもあった。
子供の頃に仲良くなった巫女とも、その後の巫女とも、まるで違う生き方をしている。
一見怠けているが、妖怪退治に誰よりも情熱を傾け、それでいて妖怪に好かれてしまうという、不思議な少女だ。
彼女がいる限り、妖怪と人間が平和に暮せる幻想郷を、今後も存続させることができることだろう。
鉄平の孫娘もそうだ。しばらく顔は見ていないが、芯の強さは鉄平ゆずりだった。
実家を飛び出して、妖怪と同じ世界で暮らしているらしく、親はかんかんに怒っていたが、それをはじめに聞いたときは、むしろ小気味よかった。
妖怪退治の夢を、孫が受け継いでくれたと知ったら、あいつはどんな顔をするだろうか。
きっと、人間の里の外でも、健やかに成長してくれているに違いない。
これから新しい時代が来る。そのための土は耕した。
あとは最後に一つだけ残った、この個人的な感情をどこに持って行くか。
そして自分が目指した世界を、彼女が受け取ってくれるかどうかだ。
老人は箱を手に、玄関へと向かい、途中で娘に一声かけた。
「ちょっと出かけてくる」
「あら、稗田様のお屋敷? それとも……」
「いや、慧音様のところだ。自警団とは関係ない」
下駄に足をはめながら、老人は思い出して、たしなめた。
「言っておくが、心配は無用だ。この年になって、もう何が起きても驚かん。だから、いらん気は回すな」
「でもお父さん、先週の文太さんのお葬式以来、むっつりとふさぎ込んじゃってたから……」
「ふん、仕事をしていただけだ。全く、大樹まで使われてはかなわんわい」
長年里の自警団の副団長を務め、自分を支えてくれた親友が逝ってしまったのは、確かに辛かったが、今さら別れというのは別段珍しくもない。
むしろ、残した仕事を早めにやり遂げなくては、と奮起していた所だったのだ。
そんな折に、孫が饅頭とお茶の差し入れを、書斎に持ってきたので、ちょうどいい機会だと思って、少年時代の記憶を言い伝えることにしたのだが。
「ずいぶん長かったけど、どんな話をしていたの?」
「それは、あれだな。男と男の秘密話だ。お前が絡むと、ちとややこしい」
「ま、失礼ね。そういうのはもう流行らないわよ」
娘は快活に笑って、父親の苦笑を誘い、背中を送り出す。
「行ってらっしゃい」
「うん、夕飯までには帰る」
そう言い残して、里の自警団の名誉団長、人呼んで妖怪じいさんは、家を出た。
幻想郷年史 第124季 神無月 第一週 地底 石窟
暗い石窟を、明るく跳ねる音がする。ぴょこん、ぴょこん、と、バネを仕掛けたでんでん太鼓のような、愉快な音だ。
釣瓶落としの妖怪キスメが、本を手にして、友人の処に向かっているのである。
彼女は地底の妖怪には珍しく、本が好きであった。
旧都に出かけて本を買い、桶の中でじっくり読むのが趣味であり、特に、地上から珍しい本が入ってきた時などは、すぐに買うことにしていた。
今日手に入れたのは、地上の新聞の寄せ集め。これは珍しいということで、自分だけ読むのはもったいなく、早速、友人に見せに行くことにしたのである。
「ヤマメちゃーん」
いつものように、土蜘蛛の住処に挨拶すると、
「おやキスメ、今日は何かな」
いつものように、気のいい返事が返ってくる。
穴から出てきた黒谷ヤマメに、キスメは持ってきた本を見せた。
「ほら、これ」
「何だいそれ」
「『文々。新聞 地底妖怪向け特集、豪華決定版』」
「また変なものに手を出したね。まぁいいわ。入りなよ」
ヤマメはキスメを、自宅に迎え入れた。
彼女の家は、地底の上層に数多くある洞窟の一つを、改装したものである。
中は広くて快適なだけでなく、台所や温泉の湧くお風呂までついており、生活に不便がないどころか、地底においてかなりレベルの高い住まいだった。
もっともこれは、土蜘蛛の彼女が例外的に優遇されているわけではなく、それなりの理由があるのだが。
キスメは、ここに来た時に椅子代わりに利用する、自分専用の糸にぶら下がった。
奥からヤマメが聞いてくる。
「キスメ、ひょっとして地上に行くのかい?」
「ううん、行かないよ。だって怖いもん。でもちょっと興味があるから、これを読んで行った気分になるの」
「ふふ、怖がらずに行ってごらん。実際に目で見ると、自分だけの発見があるから」
「ヤマメちゃんが連れて行ってくれるなら……」
「それはお断り。あそこにはいい思い出がないからね」
ヤマメは答えながら、お茶を注いだ二人分のカップを持ってきた。
「ありがとう……そう言えば、ヤマメちゃんもパルスィちゃんも、地上が嫌いだよね」
「うん。あんまし好きじゃない」
「けど人間は好き……」
「いや嫌いだってば」
「でも、この前地上から降りてきた巫女さんとかには、嬉しそうに相手してたじゃない」
「あんたはよく見てるねぇ。あれは、戦って面白かったというか、懐かしかったというか、その程度よ」
彼女は苦笑して、お茶を一口飲んだ。
キスメは持参した分厚い本を開いて、
「でも読むだけでも面白いよ。ほら、これとかこれとか」
「どれどれ」
紹介する記事に、ヤマメは興味深そうに相づちをうってくれる。
楽しんでくれているのは間違いない、だが、期待していたほど驚いてはくれない。それがキスメには、ちょっと不満だった。
『白昼堂々、暗闇に潜む魔物』とか『地上に架かる紅い虹と天使の翼』とか、なるべく派手な事件を紹介するが、あまり効果はない。
それより、お茶のおかわりを聞かれる始末だった。
「ええい、これならどうだー! 『真冬の満月、大爆発』!」
「だ、大爆発って。それじゃあもう、お月さんは拝めないってことかしら」
「えーと、犯人は鬼の伊吹萃香さん。天蓋を割ったとか書いてる」
「伊吹……ああ、なるほど。鬼の四天王なら、それくらいは出来るか」
こんな感じで、余裕を持って納得されてしまう。
どうも、この友達のツボは、自分のものとは異なっているらしい、とキスメは考える。
そこで、派手で目立つ事件ではなく、先程ちょっと気になった小さな記事を取り出し、質問してみることにした。
「ヤマメちゃん、サイダーって知ってる?」
彼女の手がカップを持ったまま、宙で止まった。
「さぁ……聞いたこともないね」
「えっとね、昔に、人間の里で流行った飲み物だったんだって」
「それ、今は流行ってないってこと?」
「わかんない。これは六十年前の新聞だから」
「そっか。六十年前か」
「うん。山女印のサイダーだって」
「…………んぴ」
それまで特別な反応を見せなかった土蜘蛛が、変な声を出した。
口に付いたお茶を拭きながら、
「『やまめ』?」
「やった! やっと、ヤマメちゃんが驚いてくれた! 同じ名前だもんね」
「山女印のサイダーって……そう書いてあるの?」
「うん。ここにほら。人間の男の子に取材して書いたって。読んでみる?」
キスメは自慢げに、分厚い本を、はい、と渡す。
「ね、サイダーってどんな飲み物かな。私も飲んでみたいけど、地上は怖いから……ヤマメちゃん?」
思わず、心配になって名前を呼んでしまった。
本に目を通す彼女は、何か思い詰めた面持ちだったから。
同じ部屋にいる存在の言葉も届かず、時折かすかに呟きながら、目を動かしている。
そんな土蜘蛛の表情は、決して浅くない付き合いの釣瓶落としにとっても、まるで記憶にないものだった。
「……そうだね。飲んでみたいね」
ヤマメは新聞をキスメに返してから、お茶を一息に飲む。
「……キスメ、悪いけど、ちょっと出かけてくるわ。しばらく留守になるかもしれない」
「地上に行ってくるの?」
「違う違う。行ったりしないよ」
「本当に?」
疑わしそうに、キスメは見た。
ヤマメは口の端を曲げ、両手を上げて降参し、
「……行ってくる。でも理由は、詳しく聞かないで」
「わかった。そう言われたら聞かない、それが格好いい妖怪の条件でしょ?」
「そうね。でも、あんたは格好いい妖怪よりも、可愛い妖怪の方が似合ってるよ」
「どっちでもいいもん。私もいつかヤマメちゃんみたいに、格好良くて凄くて可愛い妖怪になるから」
「それも買いかぶりだよ、全く……」
「じゃあまたね。お土産も持ってきてね。お土産話でもいいからねー」
元気に手を振って、ぴょこん、ぴょこん、と釣瓶落としは跳ねて去っていった。
ヤマメも手を振り返して、それが見えなくなってから、住み処に戻った。
「さて……」
自分の住む部屋を見渡す。
この広い部屋は、地底の妖怪達が、気兼ねなく遊びに来ることのできる場所として有名だった。
時には皆でわいわい騒ぎ、時には一人の悩みを聞き、時には食事をご馳走し、時には寝床を提供してやる。
連日違う顔が現れるが、根が世話好きなので、苦にはならない。
地底に数多くの知り合いを持ち、それでいて誰からも好かれる人気者の妖怪、それが黒谷ヤマメだった。
ただし、彼女にも触れられたくない場所はある。住み処の一番奥にある部屋にだけは、誰も入れたことはない。
たまに独りになりたい時、ヤマメはそこに籠もることにしていた。
扉を開けると、固い土の床に、小さな囲炉裏が目に入る。
天井は岩肌を隠すように、枯れ草で覆われている。
乾いた木の柱は、ここでは飾りでしかない。そして奥の間には、短い藁の敷物、子供が使うような菰があった。
なぜこの内装にしたのか分からない。失われたはずの、自分が人間だった頃の記憶が、そうさせたのかもしれない。
その部屋のさらに奥に、小さな箱が置いてある。
ヤマメはその蓋を、久しぶりに開けた。
「綺麗に退治されてあげたつもりだったのに……」
取り出したのは、透き通った緑の空き瓶。
サイダーのかわりに、ほんの少しの思い出をつめた、ヤマメの宝物だった。
(続く)
ここまで長かった。集中力の持続限界も近いようだ。
ならば第四章を読む前に小休止を入れるか?
『絶対にノゥ!!』
だけど次で終わってしまうと思うと寂しく思えます。
お約束のシーンでは笑わせてもらいました、草太も慧音先生もセリフだけは真面目なのにw
うーんさみしいわ。
すれ違ったまま別れて終わるとか悲しすぎる……
第4章に期待!
これは何の病気だチクショウ・・・。其の4に逝って来ます。
いよいよラストなんですね。
お金払ってないのが申し訳ない気分です。これが噂の、振り込めない詐欺ですか。
さて。いよいよ締めくくり。作品世界に引き込まれているだけに、ラストスパートがちょっぴり寂しいぜ。
ヤマメ好きな人のお気持ちがわかりました。
ちょっと細かい所かもしれませんが
>それで薬を取り戻すために、そいつの住み処まで行って、
奪われた訳ではないので”取り戻す”は少し不自然かも?
ここまで読むのに累計で6時間程かかったのにまだ読みたくなるってすごいと思います
いずれ連休があれば通して読んでみたいです
第52季生まれ
第64季 寺子屋卒業、自警団少年鍛錬所入門
第65季 鍛錬所卒業、自警団南里方面隊第3分団警備部警邏4班配属
第69季 警邏4班班長
第72季 警邏先任班長→守旧派の上層部と対立し、総務部庶務係へ異動
第74季 魔法の森大火災で非常招集、河童から技術提供を受け迅速に鎮火→前線復帰
第77季 警備部次長 妖怪との融和を図る勉強会「油水和同会」創設
第80季 警備部長 少年鍛錬所指導員
第84季 第3分団副分団長 少年鍛錬所主任指導員
第87季 第3分団長 少年鍛錬所所長
第91季 南里方面隊副隊長 団本部訓練指導部教導部長
第94季 団長補佐 南里方面隊隊長
第99季 団長 第112季 還暦により退職、名誉団長及び人妖交流協会総裁
第123季 逝去(享年71歳) 従二位勲三等功二級
地底の妖怪は空高くの雲へと、地上の人間は地底深くに住む妖怪へと恐れを抱えながら、躊躇いながらそれでも伸ばす手が本当に意地らし 短い出会いの最後の最後が嘘でも願ったことが嘘じゃないなら手が届いて欲しい…
あと孫の名前が大樹ってこれはもう完全に泣かせにきてますね………
続きがめちゃくちゃ気になるけどその前にサイダーを用意しなきゃだ