がさがさと茂みを揺らす音。
不意に耳を突いたその音に勢いよく振り返る。
――野鼠だ。
冬場だというに珍しい、餌でも探しに来たか。
なんにしろ人騒がせ……ここは地上。
以前の様な事が無いとも言い切れぬ。
ざわざわと木々が葉を擦れ合わす。
本能なのか意図せずとも視線がそちらに向く。
――雀だ。焼くとうまい。
が、これも人騒がせ……ここは地上。
……だがしかし、此処まで何も無いとかえって以前の経験の方が疑わしい。
廃れた日常を満たすため地上に降りたが、まぁ……平穏な事。
期待はずれも良い所――はぁ……と疲労感含んだため息をつく。
刹那、再び音のする茂み。
もう騙されないとゆっくり振り返る。
ほら……傘を持った緑髪の……は……?
誰……妖怪?人間?
……?
今日初めての妖怪は幸か不幸か掛け値なしにヤバかった。
――――――――――
「あら……どうしたの?迷子かしら?」
喋った……どうやらそう危なっかしい相手では無いようだ。
目の前の相手は緩慢な動きで小首を傾げる。
表情はニコニコ、柔らかな笑顔。
「今日は地上の妖怪の観察に来たのよ……まぁ、一匹も出てこないけど。」
「一匹も……?」
私の言葉に目の前の緑髪は大層驚いた風にする。
何が可笑しいのか。
表情はニヤニヤ、妖しい微笑。
「ええ、一匹も。私が怖いのかしら?何にしろ、退屈だわ。」
「ふうん……なら私が相手してあげるわ。どこからでも良いわよ?」
え?――どうしてそうなる?
目の前の緑髪は構えようともせず。
表情はニコニコ、獲物を見つけた虎の目がアクセント。
ようやく私は気付く。
コイツは妖怪だと、そして危険だと。
気付いた時には体が動いていた。
間合いを詰め緋想の剣を振り抜く……一撃、一撃で仕留めないとマズイ。
身体中が、本能がそう告げる。
だけども、私は目を疑う事になる。
有り得ない。
剣は簡単に受け止められる、しかも、傘に。
私は間合いを取り、大量の弾を吐き出す。
有り得ない。
だけども妖怪は弾の雨の中を悠然と歩いてくる。
有り得ない。
妖怪は怯みもたじろぎもしない。
私はどうして良いのか分からないまま弾を撃ち続ける。
悪足掻きにすらならないそれを意にも介せず、ぬっと妖怪が目の前に。
「あら――期待外れね。」
有り得ない一言が耳を突き、妖怪の右腕が私の腹部を突いた。
――――――――――
噂に聞いた蒼髪。
傍若無人、世間知らずで寂しがりや。
はた迷惑な天人。
その天人は一撃で地に伏してしまった。
全く、期待外れだ。
異変の首謀者と聞いていたのに。
不意を突かれた位でこの有様では話にならない。
しかし、この天人に対する興味は尽きない。
なぜ異変を起こしたか、暇潰しと言うだけでは無いだろう。
あの紫に食って掛かったと言うのも気になる。
「フフッ……当分の暇潰し位にはなるかしら?」
そう呟いて、傘を閉じ天人を抱きかかえると。
花の大妖の塒、太陽の畑へと向う。
「暴れないかしら?……まあ、良いわ。」
ふと危険を感じるが答えはすぐに見つかり、迷いは晴れる。
向日葵に手を出したら消し炭。
――――――――――
「ん……ぅ……ぅっ……。」
目が覚めると天井が有った。
記憶はあの一瞬で途絶えている。
なら、此処はあの妖怪の住処なのだろう。
柔らかなベッドの上、鎖も首輪も無い辺り食べられる事は無さそうだ。
しかし、状況は良くない。
あの妖怪に連れ去られた、すなわち多分脱出なんて出来ない。
認めたくないが不意を突かれたとは言え力量差が有りすぎる。
しかも私を連れ去った意図も分からない。
あれこれ考えている内に当の本人が現れた。
「あら、お目覚めの気分は如何かしら?」
「腕も足もある分幾分かマシだけど……良いとは言いたくない。」
こんな時でも強気な自分が若干怖い。コレも天人の気質なのか。
当の妖怪は表情すら崩していない、そう言えばあの隙間もこんな感じだったか。
地上の妖怪は強くなるとこうなるのだろうか?確かに威圧感は桁違いだけど。
「強気なのね、早速だけど忠告よ。貴女地上での噂はあまり良くないの。
下手に強気で居ない方が良いんじゃないかしら?」
なんだ此処でもか。どうやら両方に疎まれてしまったらしい。
別段驚きはしない。こんな扱いには慣れている。衣玖の様な扱いですら珍しいくらいだ。
「構わない、慣れてるもの。最低より下が有るなら教えて欲しいわ。
だから、私は私を変える気は無い。だってまだ私を見てもらったことも無いのに。」
何の意図も無い、本音。
ムキになった私に妖怪は「そう」とだけ答えて紅茶を差し出した。
どうやら客人として迎えられた様で少しばかりの安堵と疑念。
妖怪の言葉と態度が矛盾している事は考えずとも分かる。
「どうして私を?」
聞かずにはいられない、そもそも攫われたのだからコレくらい聞く権利は有るだろう。
「暇潰し位にはなるんじゃないかと思ってね。
それに色々と聞きたいこともあるのよ。」
そう答えると紅茶を一口、妖怪は黙ってしまった。
何が聞きたいのか、何がしたいのか。
分からない、分からない。
分かったのは、私を天人括りしていない事。
それくらい。
私も紅茶を一口、薫り立った紅茶が気分を落ち着かせる
まあ、特に興奮もしていないが。
しばらく押し黙っていると妖怪が不意に口を開いた。
「案外、大人しいのね。もっと暴れるかと思ったんだけど……。」
「暴れても痛い目見るのはどうせ私でしょうに。」
「正解、良く解ってるじゃない。
ご褒美をあげるわ。これから幻想郷の案内をしてあげる、拒否権は――
言うまでも無いわね。」
「……散歩に付き合えば良いのね、まぁ良いわ。私はもともとその予定だったから。
付き添いが一人増えてルートが変わっただけよ。」
妖怪に掴まれた手を振り払うのも億劫になり私は提案を受け入れる。
どうせやる事は同じなのだ。一々反発していられない。
「風見幽香よ。」
妖怪は名を名乗った。
「比那名居天子……知ってるでしょうけど。」
私も返す。
それだけ言葉を交わすと私と妖怪、もとい幽香は外へと足を踏み出した。
どこへ連れて行かれることやら。
隙間妖怪が出なければ良い……くらいにしかこの時の私は考えていなかった。
はっきり言って小学生以下。
前後編に分けるほどの量じゃないきがしますが、話の雰囲気自体は結構すきです。
後書きを読むと、堅く考えすぎているきがします。こういう物は楽しんで書けばいいと思いますよ。