前書き
・かの有名なボカロ曲を参考にしてますが元を知らなくても問題ない仕様です
・オリキャラ(元ネタの正体)あり
古明地こいしはベッドで寝転がりながら一冊の本を熟読していた。
「こうしてシンデレラは王子様といつまでも幸せに暮らしました……」
パタン、と本を閉じると、瞼を閉じる。
ちなみに足元には「白雪姫」の本も。先日人里で見つけたものだ。決して能力を利用して盗んだわけではない、拾っただけというのは本人談。
しばらくベッドの上で大の字になっていたが目をぱちりと開くと開口一番に叫んだ。
「私もお姫様になってみたいっ!」
恋し恋焦がれるは世界で一番のお姫様。そんな扱いをされてみたいという女の子らしい願望。
お姫様ということは当然相手役の王子様は必要で、そんな願望を持つということは当然王子様役がいるということだ。
こいしの王子様はもちろん―ー姉であるさとりだ。
すでに彼女の頭の中ではかしずいて自分の手を取るさとりの姿が浮かんでおり、しかも白馬まで従えている。ちなみにこいし自身はピンクのフリフリのドレスというまさにお姫様。
勇ましく微笑むさとりに引っ張られて一緒に馬に乗り、花に囲まれた道を歩いてく……。白い鳩がたくさん飛んで、なぜか教会の鐘が鳴って……。
「……きゃーっ♪」
すっかり想像の世界にトリップしたこいしは顔を綻ばせて顔を両手で隠しながらベッド上をごろごろ転げまわっている。ハート形のこのベッドはそれなりに広く、こいしくらいの背丈の子ならば4人は寝られるだろう。
「これはもう決まりね! 私はお姫様を目指すわ!」
仰向けでぐっと天井に向けて拳を振り上げる。思い立ったら吉日、命短し恋せよ乙女。
……まあ、寿命自体は人間よりもずっと長いのだけど。そういうツッコミは野暮だろう。
「おねーちゃぁーんっ!」
ドンドンと今にもドアが壊れそうなほどの激しいノック音に読書をしていたさとりも思わずびくっと肩を震わせた。
「こ、この声はこいしね。入っていいわ、むしろ入ってちょうだい」
「はぁーいっ♪」
いつになく上機嫌な声と共に扉が開かれる。用件を尋ねようと扉へ目を向けるさとり。そこには――」
「……はい?」
ニコニコ。とびっきりの笑顔を向けて、両手を後ろに組ませるこいし。
その髪は二つに分かれ、いわゆるツインテールとなっていた。
「はい、問題です。いつもの私とどう違うでしょう?」
キラキラと瞳を輝かせて尋ねてくるこいしの勢いに押されて、おずおずと答えるさとり。
だがこの時、彼女はあまりのことにこいしの顔しか見ていなかった。
「ええと……髪型が変わったわね。似合うわよ?」
「……ぶー」
途端に頬を膨らまし、一転して不機嫌モードに。何かまずいことを言ったのだろうかと額から汗が流れる。
こいしは両手に腰を置き、不満げな瞳で顔を覗き込む。
「わかってない! お姉ちゃん全然わかってないっ!」
声を荒げると半ば小走り気味に部屋を出て行った。
「あっ、こいしっ!?」
慌てて呼び止めるが時すでに遅し。バタン! と乱暴に閉められたドアの音が拒絶のように響く。
追いかけようか? しかし追いついたところでどう声をかければいいのだろう?
狼狽しおろおろするばかりであった。
「ふええっ……」
ベソをかきながら部屋へと向かうこいしだが、床につまづくと、
「きゃっ!? ――痛っ……」
そのまま転んでしまい、軽く膝を擦り剥いてしまう。そして足を見ると――
「あっ……壊れちゃった……」
右足の靴のかかとの部分が折れて、壊れてしまっている。さとりが気付かなかったのは、彼女が履いているのが赤いハイヒールであったことだ。もちろん履くのも初めてで、だから転んでしまったわけでもある。
「ううっ、せっかく張り切って用意したのに……」
ハイヒールを脱いで、靴下のまま部屋まで戻る。誰にも見つからなかったのだけがせめてもの救いであった。
ハイヒールをベッドの下に隠し、再びベッドに横になる。今彼女は悔しさと申し訳なさの狭間で揺れていた。
悔しさというのはさとりがハイヒールのことに気付かなかったこと、申し訳なさは単純に怒って出て行ってしまった
自分自身の非から来たものだ。
「ああ、もう……甘いものでも食べてすっきりしたいわ」
ひょいと飛び起きるとツインテールを解き、いつもの帽子を被る。靴もいつものに履き替えて準備完了。
いつもみたいにふらりと部屋を出て、一気に地霊殿を出る。
目指すは人里、目標は――。
「おじさーん、いつものあるー?」
人里のとあるお菓子屋。扉を開けるとこいしは店主であろう老人に向かって
元気な声で尋ねた。
「ああ、お嬢ちゃんか。はいはい、ただいまお待ちを……」
店主はにこりと人のいい笑みを浮かべると店の奥に消えていき、少しして戻ってきた。両手にはお盆を持っており、お盆の上にはイチゴのショートケーキとプリンの置かれた皿が。それを確認するとこいしはごくりと唾を飲み込む。
「ほら、そこの席に着いて」
「はーい!」
店主が手前のテーブルを指差し、そちらへ向かって椅子に座る。客はまだ来ていないようで、
店を独り占めできたような気分になってますます気分も高まる。そんな彼女の前に置かれたケーキとプリン。ここのプリンはこだわりの卵を使っているらしく、スプーンで軽くつつくとぷるんと揺れてほのかに甘い香りを醸し出す、この店の1番の人気メニューだ。
両手を胸の前で組んでぱあっと顔を輝かせるこいしの顔を見て満足そうに微笑むと店主は紅茶を置いて再び店の奥に行った。きっとこれから本格的に準備に入るのだろう。
「いただきまーっす!」
両手を合わせてケーキとプリンに向かい頭を下げ、まずはケーキめがけてフォークを向ける。
「んっ……おいひっ♪」
口の中に広がるクリームの甘さにうっとりと目を蕩けさせ、ゆっくりと咀嚼して楽しむ。そしてケーキが完全に口の中から無くなったのを感じ、皿に置かれていたスプーンに持ちかえる。
上の部分を少し掬い、そっと口元に。途中で落ちないようにゆっくりと確実に持っていく。ようやく口元までスプーンを近づけ、口の中にそっと入れる。
「ふああっ……♪」
口の中で溶けたと思えば一気に甘みが広がり、口の中を蕩けさせていく。これは一種の禁断の果実的なものだ、と大げさではあるが
彼女は真剣に思っていたりする。
この店の店主と知り合ったのはついこの前のこと。ふらふらと散歩をしていたら妖怪に襲われているのを発見し、助けた。
別にそのまま無視していってもよかったのだが、妖怪に襲われながらも持っていた袋を守ろうと抱きしめているのを見て何をそこまで大事にしているのかちょっとした好奇心が湧き、さっさと妖怪を追い払った。所詮は低級妖怪、自分の相手ではない。
何度もお礼を言ってくるのにほんの少しくすぐったいのを感じて事情を尋ねるとどうやら孫にお菓子を届けにいく途中だったということ。生まれつき体が弱く、ほとんど家で寝たきりだというその子は彼が持ってくるお菓子が数少ない楽しみだということ。彼はこいしを命の恩人と
称してそれからは店に来てくれたらいつでもお菓子を振舞うことを約束してくれたのであった。
そして一度この店のケーキとプリンを口に入れた瞬間、こいしはこの味の虜となり今に至る。
「んっ、ご馳走さまでしたっ!」
口元のクリームをぺろっと舐め取り、すっと立ち上がる。彼女の元気な声に気付いた店主がやってきて皿を盆に乗せると満足そうにしている。
「はい、お粗末様。こいしちゃんの元気な声を聞くと私も元気になれるよ。作り甲斐もあるってものだ」
そういって微笑む店主。外見だけならば孫とそんなに変わらない容姿だ、彼にしてみれば孫がもう一人増えたもので嬉しいのかもしれない。
実際、何度か開店時間の前に彼女を店に招いたこともある。
「えへへ、じゃあ私、美玖(みく)ちゃんの家行って来るね!」
美玖とはもちろん店主の孫。店主の紹介で知り合い仲良くなった「友達」と呼べる存在。
「ああ、よろしくと伝えていとくれ」
はーい、と大きく返事をし、手を振ると颯爽と外へと飛び出すこいし。そんな彼女の後ろ姿を店主はやはり温かい眼差しで見送っていた。
店主のいる店がある人里からしばらく歩いて、ようやく美玖という少女のいる村へとたどり着く。
それなりに時間もかかる道のりをあの店主がお菓子を持ちながら目指しているのを想像すると、どれだけ孫のことを溺愛しているかがわかる。
目的の家を見つけると、トントンと戸を叩く。すると少女の母親が出てきて、こいしを明るく出迎えた。店主を救ったことは少女もその家族も知っていたので、みんなこいしには友好的なのだ。
「いらっしゃい、こいしちゃん。美玖も喜ぶわ」
柔和な笑顔でこいしの来訪を喜ぶ母親。母親に案内され、美玖の部屋へと入室する。
「美玖ー、こいしちゃんが来てくれたわよー」
「こいしちゃん!」
寝間着姿でベッドに横になっていた少女が勢いよく上半身を起こすと、嬉しそうな笑顔でこいしを捉えた。その瞳はまごうことなき輝き、そこには妖怪やら人間やらは関係ない、一人の友達を迎える色に染まっている。
「美玖ちゃん、元気そうだね」
こいしもまた、同じ瞳を向けていた。姉やペット達とはまた違う、よくはわからないが温かさがこの美玖という少女から感じていた。
「ゆっくりしていって頂戴」
母親は二人分のお茶を置くと、のんびりと部屋を出て行った。これもこいしへの信頼感の表れである。
「そうだ、ねえ美玖ちゃん。美玖ちゃんはシンデレラのお話知ってる?
「? うん、知ってるよ。いいよね、素敵な王子様と会って、最後に結ばれるし」
腰まで届いた黒い髪、くっきりとした瞳に白い肌。成長すればさぞ美しい娘になるであろうが、今はまだ夢を見る一人の女の子。キャッキャとこいしとお姫様について語り合う。夢見る少女の想像力は侮れない、互いの理想を語り、時にぶつかり合い、認め合う。小一時間ほど話に花を咲かせ続けて、二人が出した結論は以下の通りである。
『王子様に抱きかかえられて白馬の馬に乗る』
「こいしちゃんの所、お馬さんはいないの?」
「うーん……」
口元に手を添えて記憶を辿る。ぼんやりと映像が浮かんできた。もう少しだ……記憶の映像を更に再生させ、明確にしていく。
「――あっ! 思い出した!」
ポンと手を叩く。そう、いた。地底にも馬が。
「見たことはないんだけどね……走るのがすっごく速い馬がいるというのは聞いたことがある」
何でもその馬の走るスピードは天狗と同等、もしくはそれ以上と言われているらしいが非常に気分屋な性格でさとり以外では制御できないとも言われている。以前燐から聞いた話だ。しかも都合のいいことに白馬であり、走る姿は白い光そのものだという。
白馬の王子様の話題で盛り上がっていた二人にとっては何とも興味が引かれる話である。
「うわー、何だかすっごくカッコよさそうだね、そのお馬さん。見てみたいな……」
「私も。お姉ちゃんに頼めばもしかしたら……」
その馬がさとりの言うこと以外聞かないのなら、さとりの力を借りればいいのでは。
普通の人間で、なおかつ体の弱い美玖を地霊殿まで連れて行くのは不可能、ならばこちらから馬を連れて行くしかないだろう。
……試す価値は充分にある。と、こいしは判断した。
「うん、お姉ちゃんに頼んでみる。お馬さんを連れてってもいいかって」
「本当!?」
美玖がぱっと顔を輝かせる。きっと今の自分も同じような顔をしているのだろう。
「一所懸命お願いすれば、もしかしたら頷いてくれるかも……よし、思い立ったが吉日!」
すっと立ち上がると部屋の扉まで進んでいく。こういう時の判断、行動力は彼女ならではだ。
「早速お姉ちゃんに頼んでみる。美玖ちゃんまたね!」
「うん」
手を振ると勢いよく部屋を出て、「お邪魔しました」と母親に言い去っていく。
その姿を慣れた様子で見送る美玖の笑顔は彼女の性格をよく知っているようで、すでに親友と呼べる
ほどの仲だということを示していた。
「……駄目よ」
「えっ、そ、そんなあっさりと……」
地霊殿に戻り早速事情を説明したが、さとりはばっさりと切り捨てるように首を横に振った。
「あの子は本当に扱いが難しい。しかも外の世界に連れ出すだなんて。絶対の安全は保証できないし、
万が一のことが今度こそ巫女に退治されかねない」
無表情で淡々と言う姿にはついさっきまでおろおろしていたのとは違う、地霊殿の主、古明地さとりとしての姿。今この時の彼女はこいしの慕う姉としてではない主としての顔でこいしに言葉を浴びせている。
「こいし、あなたにお友達ができたことは素直に嬉しく思っている。仲良くやってるみたいだし、
感無量と言ってもいい。だからこそやめなさい」
さとりの言うことは大人だ。わざわざ妹の友達を危険な目に遭わせることはないし、もともと自分達は忌み嫌われている妖怪、むやみに人前に出るべきでもないのだ。せっかく人間で仲のいい友達ができたのに、無理をすることはない。
実に的を得ている。
しかしこいしは憮然としていた。頭では納得しているのだが、こうも冷たく言わなくてもいいのではないかという不満が募っているのだ。
「……もしかして、さっきの髪型を変えたりしたのもこれをお願いするためのものだったのかしら?」
――そして、それはまだ心が幼いこいしにとってはスイッチだった。危険的な意味で。
「……お」
「お?」
「お姉ちゃんの馬鹿ーっ!」
もはや怒声と呼べるほどに声を荒げると、そのまま駆け出す。
あっという間に姿が見えなくなると、さとりは椅子に座り頭を抱えるのであった――。
「何よ、何よ、お姉ちゃん……!」
顔を紅潮させ、声を震わせて暗い道を歩いていくこいし。振り払ったはずの怒りがふつふつと再燃焼して、
冷静な思考を削り取っていく。先ほどの姉の注意にも反発したくなっていき、馬の元へと足を運んでいる最中であった。場所は知らないが、地底の奥深くをとりあえず目指す。……ここまで歩いたのは初めてだ。
ゴツゴツした岩や荒れた地面ばかりの風景をどれだけ歩いたことだろう。
「……あっ」
そこに、いた。100メートル以上先の岩の上に立つ白馬を。
その白い体毛は地底の闇の中で光輝いてみえ、天の世界から降り立ったのではないかと錯覚してしまうほど神々しく、闇を照らしていた。
思わず息を呑み、ただ魅入る。美しさに圧倒され、自分の存在を消し飛ばされそうにも感じてしまう。
「――っ!?」
ぞくり、と肩が震えた。
――見られている。
この視線から感じるのは……敵意。
本能が危険を感じとり、この場を離れろと体に告げ、だっと駆け出す。だが、その視線の鋭さと冷たさは彼女の体をも震わせ、動きをぎこちなくさせていた。
「きゃあっ!?」
ただでさえ足場の悪い地面、おぼつかない足で走り出そうとしたのであえなく転んでしまう。
すぐに起き上がろうとするが、右足首に激痛が走り顔を歪ませる。
「痛い……」
どうやら足をひねってしまったらしい。白馬はなおも遠くからじっと睨みを聞かせている。恐怖で体は動けなくなり、飛ぶ力も失われた。
しばらくはそのまま時間が止まったかのように馬は動かなかった。獲物を睨み、じわじわと追い込んでいるようにも思える。
だが、その静寂を破ったのもまた白く冷たい光である。
唸り声を上げると、こいしに向かって一気に駆け出したのだ。
瞬きさえもできない、白い大きな凶器が襲い掛かってくる。こんなスピードで体当たりをされようものなら妖怪といえどひとたまりもない。当分は体が動かなくなるのは必至、打ち所が悪ければ……。
(美玖……お姉ちゃん、ごめんなさい……)
ぎゅっと目を閉じる。せめて怖い光景だけは見たくなかった。
友と姉に何度も心の中で謝り続ける。
……そう、『何度も』だ。
「……えっ?」
それがおかしいことに気づく。だからゆっくりと目を開けると――。
「おイタがすぎますよ?」
背中。自分とほとんど変わらないけれど、誰よりも頼りに見える背中。
自分を守るように両手を広げて立っている――姉のさとり。
「今度、この子にこんな真似をしたら容赦しませんから」
びくっと全身が震えそうになる。白い凶器となった馬よりもずっと冷たい声。
さとりの前で立ち止まっていた白馬はブヒヒン……と情けない声を上げると、がっくりと項垂れた。
「こいし」と振り返るさとり。その目は……心から安堵した笑みであった。
「よかった、怪我は……ああっ!」
が、そこで一転して焦りの表情へと切り替わる。
「足、ひねったのね? ああ、もう……早く帰って手当てをしないと」
慌てて駆け寄るとひねった足を見て、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「そ、そんな大げさな……ひゃうぅっ!?」
一瞬、何が何だかさっぱりわからなかった。
背中と両膝の裏にさとりの手が伸びてきたと思ったら――体が浮いていた。
否、抱きかかえられていた。俗に言う『お姫様抱っこ』なるもので。
「お、お姉ちゃん何を――!?」
「ほら、暴れないの。ほら、あなたも責任取りなさい」
こいしの頭を撫でながらじろりと馬を一瞥し、命令を下すと馬は二人の元に歩み寄り、「乗ってください」といわんばかりにしゃがみこんだ。さとりはこいしを抱っこたままふわりと宙に浮かぶと、そのままひょいと馬の背中にまたがる。
「後ろ、乗れそう?」
「う……うん」
いざ、夢見たことが実際に起きると嬉しさよりも戸惑うものだろうか。
先ほどまで怖がっていた馬に乗り、さとりの背中にしがみついている現状。
「お姉ちゃん、その……」
「何かしら?」
素直にお礼を言いたいのだが、どうしてだか出てこない。
「さっきはごめんなさい……」
「いいわ。私も言い過ぎてたと思うから」
「でも、よくわかったね。私がここに来るの」
そこまで言うとさとりがちらりと振り返り、言った。
「わかるわよ。大事な妹なんだし」
心が読めるとかそういうのではない。血の繋がった姉妹だからこそわかるのだ。
「うぁっ……」
その一言で充分、後はもう顔を真っ赤にして俯くしかなかった。
「こいし」
「ひゃいっ」
「――今夜は久しぶりに一緒に寝ましょうか?」
「うわぁー、こいしちゃんのお姉さん、まるで王子様みたいだったねー!」
「う、うん……カッコよかったわ」
後日、結果を美玖に報告したら、予想通りからかわれた。ベッドにはこいしの帽子が置いており
二人の会話を聞いている。
「でも、いいなぁ。私にもそんな王子様が現れないかな?」
「大丈夫だって! あ、それともうひとつ……」
耳元でひそひそ囁く。すると美玖の目が皿のように丸くなっていく。
実はあの一件の後もこいしはあの馬の元へ通っている。もちろんさとりの同行付きだが。
あれ以来、あの気性が激しく人見知りだった馬も少しだけこいしに心を開いてくれたらしい。
今では背中だけ、わずかな時間ながらも撫でさせてくれるというのだ。
「本当? こいしちゃん、すごいね」
「ううん、そんなことは。それよりも美玖、勝負しない?私があの子と完全に打ち解けるのが先か、美玖が元気になって走り回れるようになるのが先か」
店主や母親の話によると、美玖の体は日に日に元気になっていってるらしい。丁度、こいしと友達になり始めてからだ。それを聞き嬉しく思ったのでそれならばもっと元気になれるようになれば、との提案。
「うん、いいよ。私が元気になったらこいしちゃんの家に遊びに行くね」
「あはは、楽しみにしてるね。私が案内してあげる」
二人の少女は笑い合い、手伸ばす。
「ゆーびきりげんまん」
「うそついたらはりせんぼんのーます……指きった! 実際には飲まないけどね」
「もう、こいしちゃんったら! くすくす……」
少女達の声が響きあう。
(帰ったらお姉ちゃんに教えてあげよ。そしてあの子の名前も考えてあげなくちゃ、ね♪)
大切な人がいる。
初めてできた人間の友達。
そして、素敵な王子様でもある、最愛の姉。
確かにこいしの世界は甘いお菓子のような蕩ける幸せに満ちていたのだった。
・かの有名なボカロ曲を参考にしてますが元を知らなくても問題ない仕様です
・オリキャラ(元ネタの正体)あり
古明地こいしはベッドで寝転がりながら一冊の本を熟読していた。
「こうしてシンデレラは王子様といつまでも幸せに暮らしました……」
パタン、と本を閉じると、瞼を閉じる。
ちなみに足元には「白雪姫」の本も。先日人里で見つけたものだ。決して能力を利用して盗んだわけではない、拾っただけというのは本人談。
しばらくベッドの上で大の字になっていたが目をぱちりと開くと開口一番に叫んだ。
「私もお姫様になってみたいっ!」
恋し恋焦がれるは世界で一番のお姫様。そんな扱いをされてみたいという女の子らしい願望。
お姫様ということは当然相手役の王子様は必要で、そんな願望を持つということは当然王子様役がいるということだ。
こいしの王子様はもちろん―ー姉であるさとりだ。
すでに彼女の頭の中ではかしずいて自分の手を取るさとりの姿が浮かんでおり、しかも白馬まで従えている。ちなみにこいし自身はピンクのフリフリのドレスというまさにお姫様。
勇ましく微笑むさとりに引っ張られて一緒に馬に乗り、花に囲まれた道を歩いてく……。白い鳩がたくさん飛んで、なぜか教会の鐘が鳴って……。
「……きゃーっ♪」
すっかり想像の世界にトリップしたこいしは顔を綻ばせて顔を両手で隠しながらベッド上をごろごろ転げまわっている。ハート形のこのベッドはそれなりに広く、こいしくらいの背丈の子ならば4人は寝られるだろう。
「これはもう決まりね! 私はお姫様を目指すわ!」
仰向けでぐっと天井に向けて拳を振り上げる。思い立ったら吉日、命短し恋せよ乙女。
……まあ、寿命自体は人間よりもずっと長いのだけど。そういうツッコミは野暮だろう。
「おねーちゃぁーんっ!」
ドンドンと今にもドアが壊れそうなほどの激しいノック音に読書をしていたさとりも思わずびくっと肩を震わせた。
「こ、この声はこいしね。入っていいわ、むしろ入ってちょうだい」
「はぁーいっ♪」
いつになく上機嫌な声と共に扉が開かれる。用件を尋ねようと扉へ目を向けるさとり。そこには――」
「……はい?」
ニコニコ。とびっきりの笑顔を向けて、両手を後ろに組ませるこいし。
その髪は二つに分かれ、いわゆるツインテールとなっていた。
「はい、問題です。いつもの私とどう違うでしょう?」
キラキラと瞳を輝かせて尋ねてくるこいしの勢いに押されて、おずおずと答えるさとり。
だがこの時、彼女はあまりのことにこいしの顔しか見ていなかった。
「ええと……髪型が変わったわね。似合うわよ?」
「……ぶー」
途端に頬を膨らまし、一転して不機嫌モードに。何かまずいことを言ったのだろうかと額から汗が流れる。
こいしは両手に腰を置き、不満げな瞳で顔を覗き込む。
「わかってない! お姉ちゃん全然わかってないっ!」
声を荒げると半ば小走り気味に部屋を出て行った。
「あっ、こいしっ!?」
慌てて呼び止めるが時すでに遅し。バタン! と乱暴に閉められたドアの音が拒絶のように響く。
追いかけようか? しかし追いついたところでどう声をかければいいのだろう?
狼狽しおろおろするばかりであった。
「ふええっ……」
ベソをかきながら部屋へと向かうこいしだが、床につまづくと、
「きゃっ!? ――痛っ……」
そのまま転んでしまい、軽く膝を擦り剥いてしまう。そして足を見ると――
「あっ……壊れちゃった……」
右足の靴のかかとの部分が折れて、壊れてしまっている。さとりが気付かなかったのは、彼女が履いているのが赤いハイヒールであったことだ。もちろん履くのも初めてで、だから転んでしまったわけでもある。
「ううっ、せっかく張り切って用意したのに……」
ハイヒールを脱いで、靴下のまま部屋まで戻る。誰にも見つからなかったのだけがせめてもの救いであった。
ハイヒールをベッドの下に隠し、再びベッドに横になる。今彼女は悔しさと申し訳なさの狭間で揺れていた。
悔しさというのはさとりがハイヒールのことに気付かなかったこと、申し訳なさは単純に怒って出て行ってしまった
自分自身の非から来たものだ。
「ああ、もう……甘いものでも食べてすっきりしたいわ」
ひょいと飛び起きるとツインテールを解き、いつもの帽子を被る。靴もいつものに履き替えて準備完了。
いつもみたいにふらりと部屋を出て、一気に地霊殿を出る。
目指すは人里、目標は――。
「おじさーん、いつものあるー?」
人里のとあるお菓子屋。扉を開けるとこいしは店主であろう老人に向かって
元気な声で尋ねた。
「ああ、お嬢ちゃんか。はいはい、ただいまお待ちを……」
店主はにこりと人のいい笑みを浮かべると店の奥に消えていき、少しして戻ってきた。両手にはお盆を持っており、お盆の上にはイチゴのショートケーキとプリンの置かれた皿が。それを確認するとこいしはごくりと唾を飲み込む。
「ほら、そこの席に着いて」
「はーい!」
店主が手前のテーブルを指差し、そちらへ向かって椅子に座る。客はまだ来ていないようで、
店を独り占めできたような気分になってますます気分も高まる。そんな彼女の前に置かれたケーキとプリン。ここのプリンはこだわりの卵を使っているらしく、スプーンで軽くつつくとぷるんと揺れてほのかに甘い香りを醸し出す、この店の1番の人気メニューだ。
両手を胸の前で組んでぱあっと顔を輝かせるこいしの顔を見て満足そうに微笑むと店主は紅茶を置いて再び店の奥に行った。きっとこれから本格的に準備に入るのだろう。
「いただきまーっす!」
両手を合わせてケーキとプリンに向かい頭を下げ、まずはケーキめがけてフォークを向ける。
「んっ……おいひっ♪」
口の中に広がるクリームの甘さにうっとりと目を蕩けさせ、ゆっくりと咀嚼して楽しむ。そしてケーキが完全に口の中から無くなったのを感じ、皿に置かれていたスプーンに持ちかえる。
上の部分を少し掬い、そっと口元に。途中で落ちないようにゆっくりと確実に持っていく。ようやく口元までスプーンを近づけ、口の中にそっと入れる。
「ふああっ……♪」
口の中で溶けたと思えば一気に甘みが広がり、口の中を蕩けさせていく。これは一種の禁断の果実的なものだ、と大げさではあるが
彼女は真剣に思っていたりする。
この店の店主と知り合ったのはついこの前のこと。ふらふらと散歩をしていたら妖怪に襲われているのを発見し、助けた。
別にそのまま無視していってもよかったのだが、妖怪に襲われながらも持っていた袋を守ろうと抱きしめているのを見て何をそこまで大事にしているのかちょっとした好奇心が湧き、さっさと妖怪を追い払った。所詮は低級妖怪、自分の相手ではない。
何度もお礼を言ってくるのにほんの少しくすぐったいのを感じて事情を尋ねるとどうやら孫にお菓子を届けにいく途中だったということ。生まれつき体が弱く、ほとんど家で寝たきりだというその子は彼が持ってくるお菓子が数少ない楽しみだということ。彼はこいしを命の恩人と
称してそれからは店に来てくれたらいつでもお菓子を振舞うことを約束してくれたのであった。
そして一度この店のケーキとプリンを口に入れた瞬間、こいしはこの味の虜となり今に至る。
「んっ、ご馳走さまでしたっ!」
口元のクリームをぺろっと舐め取り、すっと立ち上がる。彼女の元気な声に気付いた店主がやってきて皿を盆に乗せると満足そうにしている。
「はい、お粗末様。こいしちゃんの元気な声を聞くと私も元気になれるよ。作り甲斐もあるってものだ」
そういって微笑む店主。外見だけならば孫とそんなに変わらない容姿だ、彼にしてみれば孫がもう一人増えたもので嬉しいのかもしれない。
実際、何度か開店時間の前に彼女を店に招いたこともある。
「えへへ、じゃあ私、美玖(みく)ちゃんの家行って来るね!」
美玖とはもちろん店主の孫。店主の紹介で知り合い仲良くなった「友達」と呼べる存在。
「ああ、よろしくと伝えていとくれ」
はーい、と大きく返事をし、手を振ると颯爽と外へと飛び出すこいし。そんな彼女の後ろ姿を店主はやはり温かい眼差しで見送っていた。
店主のいる店がある人里からしばらく歩いて、ようやく美玖という少女のいる村へとたどり着く。
それなりに時間もかかる道のりをあの店主がお菓子を持ちながら目指しているのを想像すると、どれだけ孫のことを溺愛しているかがわかる。
目的の家を見つけると、トントンと戸を叩く。すると少女の母親が出てきて、こいしを明るく出迎えた。店主を救ったことは少女もその家族も知っていたので、みんなこいしには友好的なのだ。
「いらっしゃい、こいしちゃん。美玖も喜ぶわ」
柔和な笑顔でこいしの来訪を喜ぶ母親。母親に案内され、美玖の部屋へと入室する。
「美玖ー、こいしちゃんが来てくれたわよー」
「こいしちゃん!」
寝間着姿でベッドに横になっていた少女が勢いよく上半身を起こすと、嬉しそうな笑顔でこいしを捉えた。その瞳はまごうことなき輝き、そこには妖怪やら人間やらは関係ない、一人の友達を迎える色に染まっている。
「美玖ちゃん、元気そうだね」
こいしもまた、同じ瞳を向けていた。姉やペット達とはまた違う、よくはわからないが温かさがこの美玖という少女から感じていた。
「ゆっくりしていって頂戴」
母親は二人分のお茶を置くと、のんびりと部屋を出て行った。これもこいしへの信頼感の表れである。
「そうだ、ねえ美玖ちゃん。美玖ちゃんはシンデレラのお話知ってる?
「? うん、知ってるよ。いいよね、素敵な王子様と会って、最後に結ばれるし」
腰まで届いた黒い髪、くっきりとした瞳に白い肌。成長すればさぞ美しい娘になるであろうが、今はまだ夢を見る一人の女の子。キャッキャとこいしとお姫様について語り合う。夢見る少女の想像力は侮れない、互いの理想を語り、時にぶつかり合い、認め合う。小一時間ほど話に花を咲かせ続けて、二人が出した結論は以下の通りである。
『王子様に抱きかかえられて白馬の馬に乗る』
「こいしちゃんの所、お馬さんはいないの?」
「うーん……」
口元に手を添えて記憶を辿る。ぼんやりと映像が浮かんできた。もう少しだ……記憶の映像を更に再生させ、明確にしていく。
「――あっ! 思い出した!」
ポンと手を叩く。そう、いた。地底にも馬が。
「見たことはないんだけどね……走るのがすっごく速い馬がいるというのは聞いたことがある」
何でもその馬の走るスピードは天狗と同等、もしくはそれ以上と言われているらしいが非常に気分屋な性格でさとり以外では制御できないとも言われている。以前燐から聞いた話だ。しかも都合のいいことに白馬であり、走る姿は白い光そのものだという。
白馬の王子様の話題で盛り上がっていた二人にとっては何とも興味が引かれる話である。
「うわー、何だかすっごくカッコよさそうだね、そのお馬さん。見てみたいな……」
「私も。お姉ちゃんに頼めばもしかしたら……」
その馬がさとりの言うこと以外聞かないのなら、さとりの力を借りればいいのでは。
普通の人間で、なおかつ体の弱い美玖を地霊殿まで連れて行くのは不可能、ならばこちらから馬を連れて行くしかないだろう。
……試す価値は充分にある。と、こいしは判断した。
「うん、お姉ちゃんに頼んでみる。お馬さんを連れてってもいいかって」
「本当!?」
美玖がぱっと顔を輝かせる。きっと今の自分も同じような顔をしているのだろう。
「一所懸命お願いすれば、もしかしたら頷いてくれるかも……よし、思い立ったが吉日!」
すっと立ち上がると部屋の扉まで進んでいく。こういう時の判断、行動力は彼女ならではだ。
「早速お姉ちゃんに頼んでみる。美玖ちゃんまたね!」
「うん」
手を振ると勢いよく部屋を出て、「お邪魔しました」と母親に言い去っていく。
その姿を慣れた様子で見送る美玖の笑顔は彼女の性格をよく知っているようで、すでに親友と呼べる
ほどの仲だということを示していた。
「……駄目よ」
「えっ、そ、そんなあっさりと……」
地霊殿に戻り早速事情を説明したが、さとりはばっさりと切り捨てるように首を横に振った。
「あの子は本当に扱いが難しい。しかも外の世界に連れ出すだなんて。絶対の安全は保証できないし、
万が一のことが今度こそ巫女に退治されかねない」
無表情で淡々と言う姿にはついさっきまでおろおろしていたのとは違う、地霊殿の主、古明地さとりとしての姿。今この時の彼女はこいしの慕う姉としてではない主としての顔でこいしに言葉を浴びせている。
「こいし、あなたにお友達ができたことは素直に嬉しく思っている。仲良くやってるみたいだし、
感無量と言ってもいい。だからこそやめなさい」
さとりの言うことは大人だ。わざわざ妹の友達を危険な目に遭わせることはないし、もともと自分達は忌み嫌われている妖怪、むやみに人前に出るべきでもないのだ。せっかく人間で仲のいい友達ができたのに、無理をすることはない。
実に的を得ている。
しかしこいしは憮然としていた。頭では納得しているのだが、こうも冷たく言わなくてもいいのではないかという不満が募っているのだ。
「……もしかして、さっきの髪型を変えたりしたのもこれをお願いするためのものだったのかしら?」
――そして、それはまだ心が幼いこいしにとってはスイッチだった。危険的な意味で。
「……お」
「お?」
「お姉ちゃんの馬鹿ーっ!」
もはや怒声と呼べるほどに声を荒げると、そのまま駆け出す。
あっという間に姿が見えなくなると、さとりは椅子に座り頭を抱えるのであった――。
「何よ、何よ、お姉ちゃん……!」
顔を紅潮させ、声を震わせて暗い道を歩いていくこいし。振り払ったはずの怒りがふつふつと再燃焼して、
冷静な思考を削り取っていく。先ほどの姉の注意にも反発したくなっていき、馬の元へと足を運んでいる最中であった。場所は知らないが、地底の奥深くをとりあえず目指す。……ここまで歩いたのは初めてだ。
ゴツゴツした岩や荒れた地面ばかりの風景をどれだけ歩いたことだろう。
「……あっ」
そこに、いた。100メートル以上先の岩の上に立つ白馬を。
その白い体毛は地底の闇の中で光輝いてみえ、天の世界から降り立ったのではないかと錯覚してしまうほど神々しく、闇を照らしていた。
思わず息を呑み、ただ魅入る。美しさに圧倒され、自分の存在を消し飛ばされそうにも感じてしまう。
「――っ!?」
ぞくり、と肩が震えた。
――見られている。
この視線から感じるのは……敵意。
本能が危険を感じとり、この場を離れろと体に告げ、だっと駆け出す。だが、その視線の鋭さと冷たさは彼女の体をも震わせ、動きをぎこちなくさせていた。
「きゃあっ!?」
ただでさえ足場の悪い地面、おぼつかない足で走り出そうとしたのであえなく転んでしまう。
すぐに起き上がろうとするが、右足首に激痛が走り顔を歪ませる。
「痛い……」
どうやら足をひねってしまったらしい。白馬はなおも遠くからじっと睨みを聞かせている。恐怖で体は動けなくなり、飛ぶ力も失われた。
しばらくはそのまま時間が止まったかのように馬は動かなかった。獲物を睨み、じわじわと追い込んでいるようにも思える。
だが、その静寂を破ったのもまた白く冷たい光である。
唸り声を上げると、こいしに向かって一気に駆け出したのだ。
瞬きさえもできない、白い大きな凶器が襲い掛かってくる。こんなスピードで体当たりをされようものなら妖怪といえどひとたまりもない。当分は体が動かなくなるのは必至、打ち所が悪ければ……。
(美玖……お姉ちゃん、ごめんなさい……)
ぎゅっと目を閉じる。せめて怖い光景だけは見たくなかった。
友と姉に何度も心の中で謝り続ける。
……そう、『何度も』だ。
「……えっ?」
それがおかしいことに気づく。だからゆっくりと目を開けると――。
「おイタがすぎますよ?」
背中。自分とほとんど変わらないけれど、誰よりも頼りに見える背中。
自分を守るように両手を広げて立っている――姉のさとり。
「今度、この子にこんな真似をしたら容赦しませんから」
びくっと全身が震えそうになる。白い凶器となった馬よりもずっと冷たい声。
さとりの前で立ち止まっていた白馬はブヒヒン……と情けない声を上げると、がっくりと項垂れた。
「こいし」と振り返るさとり。その目は……心から安堵した笑みであった。
「よかった、怪我は……ああっ!」
が、そこで一転して焦りの表情へと切り替わる。
「足、ひねったのね? ああ、もう……早く帰って手当てをしないと」
慌てて駆け寄るとひねった足を見て、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「そ、そんな大げさな……ひゃうぅっ!?」
一瞬、何が何だかさっぱりわからなかった。
背中と両膝の裏にさとりの手が伸びてきたと思ったら――体が浮いていた。
否、抱きかかえられていた。俗に言う『お姫様抱っこ』なるもので。
「お、お姉ちゃん何を――!?」
「ほら、暴れないの。ほら、あなたも責任取りなさい」
こいしの頭を撫でながらじろりと馬を一瞥し、命令を下すと馬は二人の元に歩み寄り、「乗ってください」といわんばかりにしゃがみこんだ。さとりはこいしを抱っこたままふわりと宙に浮かぶと、そのままひょいと馬の背中にまたがる。
「後ろ、乗れそう?」
「う……うん」
いざ、夢見たことが実際に起きると嬉しさよりも戸惑うものだろうか。
先ほどまで怖がっていた馬に乗り、さとりの背中にしがみついている現状。
「お姉ちゃん、その……」
「何かしら?」
素直にお礼を言いたいのだが、どうしてだか出てこない。
「さっきはごめんなさい……」
「いいわ。私も言い過ぎてたと思うから」
「でも、よくわかったね。私がここに来るの」
そこまで言うとさとりがちらりと振り返り、言った。
「わかるわよ。大事な妹なんだし」
心が読めるとかそういうのではない。血の繋がった姉妹だからこそわかるのだ。
「うぁっ……」
その一言で充分、後はもう顔を真っ赤にして俯くしかなかった。
「こいし」
「ひゃいっ」
「――今夜は久しぶりに一緒に寝ましょうか?」
「うわぁー、こいしちゃんのお姉さん、まるで王子様みたいだったねー!」
「う、うん……カッコよかったわ」
後日、結果を美玖に報告したら、予想通りからかわれた。ベッドにはこいしの帽子が置いており
二人の会話を聞いている。
「でも、いいなぁ。私にもそんな王子様が現れないかな?」
「大丈夫だって! あ、それともうひとつ……」
耳元でひそひそ囁く。すると美玖の目が皿のように丸くなっていく。
実はあの一件の後もこいしはあの馬の元へ通っている。もちろんさとりの同行付きだが。
あれ以来、あの気性が激しく人見知りだった馬も少しだけこいしに心を開いてくれたらしい。
今では背中だけ、わずかな時間ながらも撫でさせてくれるというのだ。
「本当? こいしちゃん、すごいね」
「ううん、そんなことは。それよりも美玖、勝負しない?私があの子と完全に打ち解けるのが先か、美玖が元気になって走り回れるようになるのが先か」
店主や母親の話によると、美玖の体は日に日に元気になっていってるらしい。丁度、こいしと友達になり始めてからだ。それを聞き嬉しく思ったのでそれならばもっと元気になれるようになれば、との提案。
「うん、いいよ。私が元気になったらこいしちゃんの家に遊びに行くね」
「あはは、楽しみにしてるね。私が案内してあげる」
二人の少女は笑い合い、手伸ばす。
「ゆーびきりげんまん」
「うそついたらはりせんぼんのーます……指きった! 実際には飲まないけどね」
「もう、こいしちゃんったら! くすくす……」
少女達の声が響きあう。
(帰ったらお姉ちゃんに教えてあげよ。そしてあの子の名前も考えてあげなくちゃ、ね♪)
大切な人がいる。
初めてできた人間の友達。
そして、素敵な王子様でもある、最愛の姉。
確かにこいしの世界は甘いお菓子のような蕩ける幸せに満ちていたのだった。
ここの部分で思わずニヤリとしてしまいましたw
とても良かったです!
ツインテールはイメージし難かった。許しておくれ、作者様。
物語自体はとってもチャーミングですね。悪意の存在しない世界に癒されました。
女の子は生まれた瞬間からみんなお姫様なのさ! って俺クサッ! そしてキモッ!